「食事」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 食事とは

2017-08-19

年を取ったオタクの半分くらいに当てはまる現状

https://anond.hatelabo.jp/20170819005443

子ども自身がぐずるぐずらないじゃなく

母親からして19時の食事が21時になって

こどもがよふかしになるから

次の日が大変なんだよ…

2017-08-18

嫁の誕生日とか資格試験受かったとか祝うの好きで

別に大した演出もしないし、豪華な食事プレゼントでもないんだけど

それを喜んでくれるのが嬉しい

オレの誕生日はほっといてくれて構わない

精神障害ナマポ受給者

「働きもせず、さして具合も悪そうでなく、お気楽ゲームで遊んでる」みたいな

社会寄生して楽して生きる人間底辺代表格のような扱いをされる。

多分、ありとあらゆるナマポの中でも最もヘイトを集めてると思う。

だが実態と言えば、ゲーム10分と集中して出来ない。いや、集中できないどころかゲーム中のテキスト理解できない。

言葉言葉として入ってこない。だから操作理解できないし、ストーリー理解できない。

そんなんだから漫画を含む読書もできない。

動画テレビもだ。あっちはペースをあっちが握ってる分、理解が全く追いつかない。

そもそも何かに自発的に興味が沸かない。

「体を起こして活動をしなければならない」と言う焦燥感に突き動かされているだけであって、

それさえなければ多分1日1食最低限の食事だけして寝ていることだろう。

しかし「どうにかしないと」と言う焦りだけはあって

ハロワに行って病気のことを指摘され紹介できる職がないと言われ、

自分クズさを突きつけられて最悪な気分で帰ってくる。

そんな生き方幸せに見えるんだろうか。

いっそのこと、事故に巻き込まれて腕の一本、足の一本でもなくしたほうが、

世間様が認めてくれるかわいそうな障害者」になれて気持ちが楽になれる気がする。

糖質制限ダイエットについての雑感

糖質制限を始めて2ヶ月弱経ったので、経過や感じたことについて書いておく。

糖質制限にかかわらず、ダイエット健康のために何か始めたい、あるいはやっているが心が折れそうという人の励みになれば幸いである。

開始時の状況・現在体重

29歳男一人暮らし。168cm/95.20kgから始めた。運動は月に1、2度のフットサル程度。

始める前は毎日のように二郎系ラーメンを食べていた。それかすた丼

料理レシピを調べて一読すれば、たいていのものは困ることなく作れる。

現在体重は、84.25kgで、おおむね11kgほど減った。

開始前

始める前に糖質制限について調べた。糖質とは何か、どの程度制限するのか、何を食べて良いのかなどから、細かいことまでインターネットで調べた。よくわからないまま始めると、性格上面倒になってやめたくなるからだ。

金を出したのは、レシピ本1冊だけだ。ネット情報については、レシピに出てくる食材調理法を参照すればある程度真偽が分かるし、書いてあるものを食べてればまあ痩せるだろうくらいの気持ちである

根を詰めすぎるのは良くない。そもそも二郎系を食べていた。それに比べれば、多少間違っていようが、全部マシである

こうしてどのようなものを食べるのか、具体的にイメージしてから開始した。

調べながらでは、調べること自体が面倒になるし、思いのほか糖質が多いものを知らずに食べてしまうと、精神的にダメージをくらい、やめたくなる。

開始から2週目まで

滑り出しは順調だった。料理も回数は少ないが始め、おいしく作ることができた。

自炊したくないときは、大戸屋に行ってご飯抜きにしたり、ローソンで買っていた。ローソン糖質量が少ないパン、甘い物を売りにしているので、助かっている。

主食を一切とらず、一食の糖質量を極端に少なくしたので、この間は辛かった。量をたくさん食べてもエネルギーが足りない感じで、もっと食べたかった。空腹なのとも違う感じだ。

女性は、生理もあるので、ゆるく初めて体を慣らした方がいいんじゃないかと思った。

3週目

3週目に入ると、エネルギーが足りない感じはほぼなくなったが、慣れると逆に余計なことを考えるものであるラーメンが食べたくなったのだ。

糖質0g麺なるものも売っているが、もともと二郎系を食べていたのだ、満足できるわけがない。それでもまだやる気があったし、仕事が忙しくてわざわざ食べに行くよりも早く帰りたかったので持ちこたえていた。

4週目から5週目

飲み会に行った。もともと飲み会では少ないながらもご飯物なども食べていた。

その日は盛り上がり、遅くまで飲んだ。その時、「シメラーメン食べよう」などと言い出したやつがいた。

もともと軽く糖質解放している日である。誘惑に負けてしまった。

その日を境に、食いまくった。1週間毎日二郎系すた丼を食べた。昼と夜に分けてではない。夜に立て続けて食べたのだ。

一番食べた日は茹でる前600gの麺に、おそらく400gくらいの野菜が乗った二郎系すた丼ダブル肉飯増しを食べた。

5週目はみるみるうちに戻って行く腹を見てやばい気づきラーメンすた丼はやめたが、ご飯は食べていたし、おかずも気にしていなかった。この間はお腹は大きくなっていないと思い込みたい。

6週目から現在

こんなことをしていた自分を許し、再スタートを切ることができた。

食べまくったことは、誰に迷惑をかけたわけでもないので、気にしない。むしろ幸せに過ごせてよかったぐらいでないと、自分の罪の重さに押しつぶされて、嫌になってしまう。

スタートを切ってからは、はじめに食べていたような糖質をかなり抑えた食事をすることができている。

途中あんなことがありながら、おおよそ11kg痩せているので、糖質制限はやはり痩せるのだなと驚いている。

まとめ

始める前に調べることが大事。どんなやり方で、何を食べるのかイメージしておかないと、開始後に食事制限+調べるということになって、1日中糖質制限のことを考えることになる。

とりあえずご飯抜いて肉、魚、葉物野菜食ってればいい、くらいでもいいからとにかく何を食べるのかイメージしてから始めた方がいい。

そして失敗は気にしないで次頑張ればいいと思うこと。妥協することや、自分を責めないことが大事である。道を踏み外してもまた戻って来ればいいのだ。

私は踏み外し方がひどかったが、戻ってこられた。

エンジニアになり損なったうつ病

20代前半、休学中、プログラマ都内ベンチャー企業インターンで働く、いまはReact専業のフロントエンドエンジニア。もともとはサーバーサイドエンジニアだったが日本フロントエンド事情は予想外にレベルが低かった。そのために参入障壁が低く、しかしその割に給与が良いので思い切って転向した。

キャリア形成という意味では無問題に進んだというよりプラスに働いただろう。外人ばかりのチームに最初は戸惑いを感じていたが英語でのコミュニケーションにも慣れ、自分でもこの決断に正しさを感じている。いや、いたはずだった。

1年近くの歳月がたって、何も出来なくなった。うつ病の再発だ。突然の出来事というわけでもなく、ただただ諦観けが波のように押し寄せてくる。最初仕事中の傾眠、次は職場での嘔吐。いまはリモートワークを中心に働いているが、朝も夜も熱にうなされているように体がだるく意識が正常を保たない。

おかしな夢を見ているだけだと思いたい。

自分が3年以上うつ病なのも、パニック障害持ちなのも、睡眠障害があるのも、仕事ができなかったり、不可思議ないらだちで何もできなくなるのも、全てが夢ならいい。

期限限界まで休学をはさみ、秋から復学という段になっていよいよと日常生活を送るのすら困難になってきた。食事への意欲の減退もプログラミングへのモチベーションの低下もこのごろは著しく、何をやっても自分ダメだという自己肯定感の著しい低下を感じている。

入院して良くなるならそこに力を注ぐのも悪くないだろう。しかし本当にうまく行くのだろうか。投薬治療では何も良くならなかった。

キャンパスの中で動けなくなり、自己喪失したまま雨に打たれながら多量のSSRIを飲み、死ぬ気で家に帰ったあの日大学へ通うのを諦めたあの日から何か変わったのだろう。

昨日、地元の小さなメンタルクリニックから都内大手大学病院に転院した。医師との一時間近い面談の結果、近々入院して脳に電気けいれん療法を施すのが良いだろうという結論になった。統合失調症ではないという医師見解けが救いだが、きっと怖いのだと思う。脳に電流を流すという行為への言い得ない恐怖。記憶が飛ぶかもしれないという避け得ないリスクと、そうと知った上でそれを飲まざるを得ない窮地、怒りと悲しみが複雑なキルトパッチのように編み込まれ感情を抱えている。

生き残る手立ては他にない。エンジニアとしての腕や力量、情熱、そんなものは病の前には塵のようなものしかない。人間は突然死ぬし、生きるのは難しい。

各位、強く生きて下さい。

件の牛乳石鹸CMがまずかったポイント

https://www.youtube.com/watch?v=CkYHlvzW3IM

なんで炎上したのか、漠然と思ったことを書く。

男性100%共感することはできないけれど、自分自分父親とは全く違う父親になっているので、ふんわりとした言いたいことは分かる。さすがに誕生日に飲んで帰るという暴挙にはでないが、翌日から旅行とか用事があるとかいときに飲みに行って、奥さんから怒られたことは何度かある。

いいパパをやっている人たちも、ふと魔が差しちゃうことがあるわけで、大目にみてほしい。

https://anond.hatelabo.jp/20170818143604

そうね、やはり謝罪は軽いと感じるので製作者の意図はともかく、「その程度で解決するように描くのが気に食わない」と思われることも有りかと。

"夕食の準備がしかけてあるので、子供食事我慢できる"とはいえ、飾り付けをしたりクラッカーを用意して待っていた上で、一度ラップをしてしまったような印象があり、電話をしてまで今か今かと待っていたのかと思えたし19時頃にスタンバイしてたのに21時頃帰宅だと子供の就寝時間考えるとキツいなー等の妄想が膨らんだよゴメンね

https://anond.hatelabo.jp/20170818115947

普通に考えれば「さっき話してたこと」についてでは。謝罪が軽いのはわかりますが。

その後は省略されていますが、次の日の描写を見れば円満解決しているはずです。

テーブルの上に夕食の準備がしかけてあるので、子供食事我慢できるくらいの時間ですから、明確に起きてます普通に飲んでいた時間自体は短かったんだと思います

曖昧だったのですが、六月日差しを考えても買い物自体結構早い時間に行っているような。用事を全て済ませて日が落ちかけた頃に帰宅途中の部下を見かけている訳ですし。

2017-08-17

https://anond.hatelabo.jp/20170817231507

ある一定の年月が経つと急に美味しく食べられたりする物もあるから悲しむものでもないし、よく食えるね〜くらいなら笑って流せる。が、単純に偏食の人と一緒に食事に行く時は店選びなどに気を遣うので面倒くさい

偏食について

自分は偏食が激しい。

詳しくは書かないが一般的料理によく使われるような食材でも食べられないものが多い。

「食べられない」というのは飲み込もうとするとえずく、最悪後で吐いてしまレベルの「食べられない」だ。

特にアレルギー等といった診断は受けていないが、幼少期からずっとそう。

よく子供好き嫌いは親の躾けが悪いという意見も聞くが、

別段甘やかされたとも厳しくされたとも思っていない。

母親料理が好きだったので食卓に並ぶ食材レパートリー豊富だったし、

基本的料理を残すのはやはりNGだったので嫌いな食材があっても頑張って食べていた。

ただ、母親の方も嫌々食べているのを見るのは辛かったらしく、

中学に上がる頃には自分の分の食事から特定食材だけ予め抜かれるようになった。

この時点で頑張って苦手なものを食べ続けることを辞めなければ、

今では好き嫌いのない立派な大人になれていたのだろうか。

ちなみに離乳食の段階で色々なものを食べさせるのが重要という説もあるが

現在苦手な食材離乳食でもよく食べさせられていたらしい。

そういうわけで、どうも理由が分からないまま

結構な偏食家として大人になってしまった。

料理を残したり、選り好みすることが人を不快にさせるのは

理解しているので、極力他人との食事は避けているし、

苦手な食べ物を人に教えることはあまりしない。

ある時は「頑張って克服しよう」と言われ、

どうにか数ヶ月ほど食べ続けたこともあったが、全く克服出来なかったので諦めた。


色々と思い悩んでいたんだけど、最近になって、食事好き嫌いってそこまで悪いことなんだろうか?と思う。

よく偏食の人間に対する意見として「わがまま」というのがある。

食事にありつけるのは有り難いことであるという前提がまずあって、

それを蔑ろにしているから「わがまま」なんだろう。

自分も流石に飢餓状態であれば目の前にあるのが苦手な食材であっても迷わず齧りつくと思う。

こういう都合の良さが「わがまま」なんだろうということは、理解できる。

要するに、食物に対する不誠実さ。感謝の足りなさ。

その前提を理解した上で、これは現代社会に対して、

食べ物がいつでも手に入る恵まれ環境で育った生っちょろい贅沢な若者意見だけど、

味覚って、視力とか、嗅覚とか、聴力に並ぶほど千差万別もので、

しか眼鏡みたいに矯正する術がほとんどない。

目が悪くても、耳が悪くても「親の教育が悪い」という人は偏食に比べたらあまりいないだろう。

(たまにいるんだろうけど)

味覚に関することだけ、家庭環境否定人格否定が当たり前になってくるの、結構辛いと思う。

好き嫌いのない人が羨ましい。


余談だけど、偏食の人間が疎まれ理由として、

人が美味しいと思っているものに対して平気で

「それ嫌い」「よく食べられるね」という言葉を投げつける人が

結構いるっていうのもあると思う。

自分たちの首を絞めているから、やめような!!

安倍ウソ。「1・20に加計学園申請を知った」

安倍ウソ。「1・20に加計学園申請を知った」

安倍は14回も加計学園理事長食事ゴルフをしてるのにね。

極右ファシスト安倍晋三加計学園を知ったのは今年の1月20日加計学園申請をした時だと答弁。しかし、再度聞くとなぜか山本幸三地方創生大臣が答弁に立つ。おかしな話だ。「ぼくちゃん、嘘をちゅいてますから答えたくありませーーン」ということなのだろう。安倍はどうしても加計学園税金ドロボーしたいらしい。国民はこの税金ドロボーを許してはいけない。37億円の今治市土地今治愛媛の96億円の税金安倍のお友だち加計にわたるなど、おかしな話なのだという基本に立ち返るべき。

https://anond.hatelabo.jp/20170817081606

食事時間をずらすしかないんだよ

食事中に話しかけられて冷静でいられるわけが無い

ずらすことで切れる父親食事自分で作るようになるんだよ

優しい父親のがいいに決まってるだろ

ばかなの?

食事中にキレた父親が熱々の味噌汁を嫁に投げつけて、嫁が黙ってそれを片付けて、

嫁は金も学もないからどこにも行けずに結婚生活を続けるしかなくて

子どもは息をひそめてじっとしてる

そんな家庭が理想なのか?

2017-08-16

お盆充の予定

妊娠したらつわり病気コンボで思った以上に辛い

https://anond.hatelabo.jp/20170816125019

増田なんだけど、現状把握メンタル落ち着けるために、今日までの経緯を書き残しておきたいと思う。

まず前提として、増田統合失調症である発症した時と比べてすごく良くなっているが、再発防止のためにセロクエルを主剤としてその他いくつかの薬を飲んでいる。そして、81kgの肥満でもある。

で、妊娠した。そうしたら5wくらいかつわり結構ひどくて、水を飲んでも吐くような日もあり点滴をしてもらうなどしてきた。けれども食べることがちょっと辛くて、妊娠前81kgあった体重が13wの今は74kg台にまで減っている。いい感じにダイエット成功していると思いたい数字だけど、ちょっとばかり不安

また、メンタルを患っており肥満でもあるハイリスク自分でもわかっているので、産科精神科もある大きな総合病院産婦人科にお世話になることにした。

そして、11wの検診の血液検査血糖値が引っかかり、12wの時点で血糖値の推移の検査もしたところ、妊娠糖尿病だと診断された。糖尿の専門医による詳しい診察は二週間後。そんなに大きく基準オーバーした値ではないので、それまでは食事制限をせず、つわりでも食べられるものを食べてくれ、との話だった。

そのことをメンタルの方の主治医に話すと、困ったなあという反応。聞いてみたら、セロクエル糖尿病の人には禁忌の薬らしい。でも、セロクエルにたどり着くまで相当色々試行錯誤した経緯と、血糖値基準値をそう大きくオーバーしているわけではないと言うことで、まだしばらくセロクエルを使うことにした。

それに加えて、血糖値の推移の検査をした日辺りから喉が痛む風邪をひいた。でも産科でお世話になっている総合病院に連絡したら風邪くらいなら他で受けてくれ、と言われたので、地元内科先生に診てもらって、トラネキサム酸を処方してもらった。一時は良くなったのだけれどぶり返してしまい、それからはトラネキサム酸が効かない。風邪を引き始めてから5日経っても治らない。夜中になっても喉の痛みと咳でろくに寝られない上に、私の咳で夫も寝られず寝不足自分だけじゃなくて夫にも迷惑をかけてしまい辛い。多分風邪が長引いているのは、つわりでろくにものが食べられなくて体力が落ちてるからだと思う。

からまた内科にかかろうとしたが、今週いっぱいその内科お盆休み。仕方がないので再び総合病院に連絡し、今週の月曜日産婦人科先生風邪を見てもらえることになった。そうしたらPLなんとかという粉薬と咳止めをもらい、木曜日になっても治らなかったらまた連絡してくれ、と言われた。

が、今日になって赤い糸みたいなものが模様のように入った痰が出て、咳をしてもお腹や胸が痛むようになってきて、これはまずいのではと午前中に総合病院に連絡。そうしたらなんとか明日呼吸器内科に予約を入れてもらえたが、それでも喉が痛いままなのは当然変わらないので辛い。この時点で上の増田を書いた。

辛いので横になっていたのだけれど、午後になってから左腕がピリピリと痺れ始める。ナニコレと思いつつ様子を見てたら右腕も痺れ始め、怖いので総合病院に連絡したいが今でも相当横紙破りな診察をしてもらっているのにまた迷惑をかけるのも気が引けて、まずは#7119に連絡することにした。

電話で問診を受け、妊婦であることも統合失調症があることも妊娠糖尿病であることも話し、そうしたらなるべく早く病院にかかれ、もし足まで痺れてきたら救急車を呼んでもいい、と言われた。

なのでその結果を持って再びかかりつけの産科のある総合病院に連絡。そうしたら、産科先生に診てもらえることになり病院に向かった。向かっている途中、足まで痺れてきて本格的に不安になる。

産科先生に今までの経緯を話し、最初に痺れ始めた左腕は手首にとても違和感を感じるくらいになっているということや、足も痺れてきて、特に右足首の痺れが強いことを伝える。

だが、痺れは息のしすぎで出ているものではないだろうか?と言われ、喉については明日の呼吸器内科で詳しく診てもらってくれ、という話で、この二つの症状については処置検査特に何もなしだった。でも、お腹赤ちゃんについてはちゃんと診てくれて、心拍もはっきりしているし元気だと言われ、そして帰された。

で、今また部屋で安静にしているのだが、手足の痺れは相変わらず、今こうしてキーボードを打っていても違和感は拭えない。

夫には会社から早めに帰ってきてもらったが、夫は手足の痺れについても、医者が何もしなかったのなら大丈夫なのだろう、というように鷹揚に構えている。

でも私は大変不安である

だって喉が痛いのは変わらないし咳だって出るしなぜか手足は痺れている。病院でもあまりちゃんと診てもらえなかった。後から調べたら糖尿で手足が痺れるとあるのに産科先生はその点にすら言及しなかったし。

なので不安不安定で泣き出したりし始めているが夫は持ち帰りの仕事で忙しく話を聞いてもらいづらいので、最初にも書いたが自分を落ち着かせるためにこの増田を書いた。

書いているうちに涙は止まったが、やはり不安は尽きない。

こんな状況でも元気でいてくれる赤ちゃんに励まされるが、しかしこうやって書き連ねてみると本当に大丈夫なのか色々と心配になるレベル

しかしながら、この乱文をここまでお読みいただいた皆様に感謝します。

アイマスラブライブは凄いな

マクロスリズムゲーム出たんですよ。

リズムゲーム得意じゃないけど、何とかハードクリアベリーハードも一番低いのならなんとかって感じ。

そこでポイント加算式のイベントが始まったら

ガラケー並の仕様

そもそもガチャの最高レアリティ複数枚集めてやっとまともに遊べる仕様なのに、ここに更なる廃人仕様を追加とかね。

金と時間がある暇人けが楽しめるゲームになったよ。そこそこの腕前の微課金勢は1週間張り付いて、それこそ睡眠食事を削って最終日になんとか限定アイテムを1個取れるレベル

そして、文句を言おうもんなら公式の書込みと廃人廃課金からの「甘えるなコール

アイマスラブライブもこんな感じがずっと続いていると思うと、なんか尊敬するわ。

スマホゲーはバカのやる物だと思ってたけど、自分の好きな作品は違うと思ってたよ

子猫4は大丈夫だったみたいだ

昨夜は最初姿が見えなくてこれやばいパターンなのではと心配したが、他の猫たちの食事が一通り済んだ頃に現れてくれた

しばらく観察したがくしゃみもせず食欲も普通にあるようだった

一日寝て回復したんだろう

餌をたくさん食わせた甲斐があった

次に心配なのはダイビング子猫だな

こいつは子猫4以上に懐いてくれず、餌もなかなか食べてくれない

なので育ちも悪い

体格は瀕死子猫と同じくらい(瀕死子猫アグレッシブに餌を食うのに何故か小さかった。というかもう瀕死じゃなくなってるかも・・・)

今のところ元気そうだけど風邪に抵抗する体力はあまり無さそう

なんとか餌をたらふく食わせてやりたいが、他の猫に邪魔されるんだよな

一匹では絶対に近寄ってこないし

2017-08-15

https://anond.hatelabo.jp/20170815074955

あーなんか「セックスを推奨してるように読める」だけじゃなくて全体的に話が印象ありきになってるな

こちらがそちらが一番聞きたい部分にちゃんと答えられていなかった、ってのは認めるけど

そちらの

現状の教育が過剰に忌避してるとは思えない。

あんたが具体的にあげた項目は性行為作法以外全部現行の教育現場でやってるって言ってるじゃん。んでそれは流行りの同意プロセスと似たような話だと思うんだけど、コミュ力ありきで察しろみたいな記事しかないけど教育現場でどう教えるつもりなのかが俺はしりたい。

実践的な性教育って教育範疇超えちゃうよね。

このへんの発言も単なる主観の域を出てないよね。少なくとも「実践的な性教育教育範疇を超える」という増田理屈自分にはピンとこない。このまま話し合っても平行線になるし、自分意見の論拠となるデータをちゃんと提示しあって「なにを拠り所にしてそう考えるか・そう主張するのか」を踏まえ直すべきでは?

まずこちから先に提示するけど

自分意見形成過程で見聞きした情報、ないし見聞きした情報と同種の内容が掲載されているサイト。とくに「現状の性教育が不十分である」とする論拠、それから後で書く増田の「実践的な性教育セックス講習ではない」の根拠ととなっているのは1と5。

1ははてブでもホッテントリに上がるくらいブクマがついていたからもしかすると増田も読んだかもしれないけれど、この記事の中に「1990年代は熱心だった日本性教育」という項目があり、次のように書いている。

1990年代は熱心だった日本性教育

 実は、日本学校教育現場でも性教育に熱心だった時期はあった。「性教育元年」と言われた1992年からの約10年間がそれだ。1980年代エイズパニックきっかけとして、「エイズ感染予防のためにも性教育必要」と言われるようになり、学習指導要領改訂。「理科」や新たに始まった「保健」を通じて小学校段階から「性」を本格的に教えるようになった。

 流れが変わったのは、2000年に入ってからだと言われる。

きっかけは、厚生労働省所管の財団法人母子生協会が中学3年生向けに作成した冊子「思春期のためのラブ・アンド・ボディBOOK」の回収騒動だ。冊子にはコンドームの装着方法ピルの紹介などもあり、2002年頃、国会で「中学生の性行動をあおっている」といった激しい批判を受けた。冊子は結局、全面回収されてしまう。

 この当時、国会地方議会マスコミを主舞台として「過激性教育学校でまん延している」「教室性交渉方法を教えていいのか」といった批判が激しくなり、「性教育元年」と呼ばれた動きは教室から姿を消した。

 ここを読めば、現在性教育についての内容が行政の取り組みの段階から過去教育と比べて後退的であるということが分かる。また3の記事でも00年代初頭の性教育へのバッシングについての言及があり、ここでも同様の見方を取ることが出来る。

 「性教育の不十分さ」の可能性については増田自分とそれほど意見が違っていないようだから、ここはそのまま承服してくれるだろうと思う。

 次に5について。これは日本オランダアメリカタイといった実践教育を行っている国との教育内容の比較で、この中からオランダアメリカの部分を引用する。

オランダでは~(中略)~思春期を迎える前の時期から性は食事睡眠と同じように日常生活の一部であり、ごく自然で当たり前のことだと教えられます小学校によっては高学年でバナナを使って実際に避妊具を被せる実習を行うこともあるようです。

~(略)~

このように、オランダ若者は性に関する十分な知識を身につけているため、10代の出産率と中絶率が世界の中でも極めて低くなっています

アメリカでは大きく3つのパターンにわかます

○「総合性教育セクシュアリティ教育)」…性を生物学心理学社会学など多角的にとらえて1人の責任ある人間としていかに行動するかを教え、避妊妊娠中絶同性愛否定しません。

○「禁欲教育」…結婚まで性交せずに禁欲生活を送ることがいか重要かを教える教育です。

○「総合性教育禁欲教育プラスしたもの」はどちらか一方に比重が置かれる場合があります

(強調部分はいずれも元サイト準拠)

これ以外のタイでも、これらと同様に単に性機能避妊方法と言ったごく狭い範囲に教えるのではなく、対人関係人権視点と言った多角的目線で“性”を捉えることを重視している、といったような記述が成されている。

 それで、この1と5を踏まえて言えるのは、まず日本性教育世界はもちろんのこと“過去日本にさえ”遅れているということ。また、これだけ行き遅れている状態性教育についてのカリキュラムを多少なり進展させたところで、それが踏み込みすぎになることはあり得ない、とも言える。

 また、コンドーム仮想利用まで教育にとり入れることを容認しているオランダ出産率、中絶率の低さから言っても「踏み込んだ性教育が、乱れた性風紀を生み出すことと直結することはない」というのも明らか。これで自分

セックスという行為存在自体肯定的に捉えつつ、それはそれとしてセックスする前に必要不可欠な知識はしっかり頭に入れてからやってね」

が単にセックスを推奨するものではない、ということを理解してもらえると思う。

 そして最後増田の言う性教育には限界がある、という主張に対する反論として、先に引用したアメリカ性教育についての文章(抜粋なのでできれば元サイト文章も)を読んで欲しい。

 アメリカ場合特殊で、「同性愛避妊中絶」といった部分までひろく教えるところ、現状遅れているとされる日本さえ先進的に見えるくらいにガッチガチの「反中主義禁欲主義」を掲げるところと、州によって性教育カリキュラムに天と地ほどの差がある。つまりこれは性教育過程で教えるべき知識・教えるべきでない知識」「性教育限界がどこにあるのか」というのは、単に教育者側・行政者側の主観によってしか取り決められていないってこと。

 ともすれば、性教育限界説なんていうのは単なるまやかしで、本当に拠るべきは「性教育限界がどこにあるのか」なんていう主観いくらでも変わるものではなく、「実施した性教育が、実社会にどのような結果をもたらしたか」のはず。そしてその「踏み込んだ性教育実施した結果」は、オランダのそれを見れば分かるように、充分に好意的に捉えていいものになってる。

 はじめの増田記事自分含めたくさんのブクマが集まったのもこの増田のはじめに書いたように

実践的な内容に踏み込めば踏み込むほど、教育とはかけ離れていく

教育とかけ離れれば、それはもうセックス講習

っていう、主観しかない「実践的な性教育セックス講習と同義」「実践的な内容に踏み込む教育とは違うものになる」という理屈立てをさも自明の理であるかのように書いたからなんだよね。

で、自分含めみんなその理屈立てがそもそもおかしいことに気づききれないまま

コンドームを使いましょう

避妊薬を使いましょう

くらいまでならまだ教育範疇だけど

どちらもない時はシックスナインしましょうなんて言いだしたらもう教育はいえない

の部分に突っ込んで、「オーラセックス知識必要」「オーラセックスの話になる意味がわからない」といったように、概ね「踏み込んだ性教育をするべき」という意見にまとまっているはずなのに、各発言にばらつきが出てしまったわけだ。

それで、この辺の話を踏まえたうえで改めてトラバ言及するけど

元増田でも言ってるんだけど

実践的な性教育って教育範疇超えちゃうよね。じゃあ、結局性教育ってどうすればいいんよ

ってのが俺の趣旨なんだけど、言いたいことだけ言ってる感すごくない?

 まず自分質問をする前に、増田自分でさんざん挙げている「教育範疇」というものについて定義する必要がある。明確な定義けがなされなければ増田意見は単なる主観の域を出ないし、主観ありきの出発点で話を始めている以上、そのレールに乗ったまま自分が何か意見を挙げても増田が「それは教育範疇じゃない」と言えばそういうことになってしまう。これはこれまでのトラバ増田が「どう読んでもお前の意見セックスを推奨しているとしか読めない」と主張した、またそう主張し続けることができたことから言っても明らかだ。

 しかしながらそこで「教育範疇とは何か」を定義づけするにしても、先に挙げたアメリカオランダといった他国性教育の例を見れば明白なように、教育者行政者側の視点いくらでも変わり得る「教育範疇」に絶対的基準などないし、もし絶対的基準というものがあるのだとすれば、その基準にもとづいて性教育カリキュラムを制定すればいいわけで、増田の「性教育には限界がある」という主張は成立しなくなる。

 ただ、こう書いて「煙に巻いただけで、さんざん自分質問したことには答えてくれていない」と言われるのは嫌だから元増田

コンドームを使いましょう

避妊薬を使いましょう

くらいまでならまだ教育範疇だけど

どちらもない時はシックスナインしましょうなんて言いだしたらもう教育はいえない

 ここの部分を例に挙げて自分意見を述べておく。

 自分主観と、これまでに引用した記事の知見に拠るなら、妊娠リスク回避しつつ性的快感を互いに感じ合うというのは未成年に依らず性的機能を保持しているあらゆる男女で行われていることだし、別に自分オーラセックス存在を例示するのは何も問題があるとも思わないし、自分はそれが「教育ではない」とは思わない。

 ただ、オーラセックスでも性病感染リスクはあるわけで、「そうするようにしましょう」とまで言うべきだとも思わない。原則として「妊娠したくない(させたくない)、妊娠しても出産できない状況下では、妊娠リスクを伴う性交渉は最大限避けるように努めるべきだ」としつつ、避妊手段や口淫などの性器同士を直接触れ合わせずに性的快感を感じ合う手段を例示する(実際にそういった手段を行うかの判断は生徒側に任せる)のが理想的だと考える。

 どうだろう、増田意見に沿うかはさておいて、ひとまず確かな一意見提示として読んでもらえたなら幸いだけど。

2017-08-16 14:29追記: 全体的にタイプミス意見として明瞭でない部分があったので、論旨は維持しつつ一部文章を手直しした。なんか返信もらえなかったけど、それはそれとしてひとまず読んでくれたのならよかった。

性欲は人生脆弱性

現代社会都市生活を営む男にとって、性欲は人生の大きな脆弱性遺伝子バグとも呼べる存在になっている。よって性欲を沈下させ、断捨離して穏やかな生活を目指す方法考察しよう。そして、そのうえで楽しい人生を送る方法を考えてみよう。

まず始めに、性欲がもたらす危険性を見ていこう。

デートとかだるい

そこらにいる女の子を男がデートに誘い、男がプランを練り、金を多めに出し、女を楽しませて、そのうえで女に評価される、という行為自体が端的に言って時間と金無駄である。その分をほかの趣味に使うなり、いっそのこと風俗に使ったほうがはるか有意義なことは疑う余地もない。何よりこの構造がまず男女平等じゃないので、「デートだるい」という意見自体女性フェミニストにも賛成されることかと思う。

セクハラ危険

さらに言うと、デートでも食事でも、誘う相手と誘い方を間違えると取り返しがつかなくなる。転職が難しくやり直しがきかない日本社会では、一般男性にとってこれは人生を左右するリスクと言わざるおえない。賢明男性はこんなリスクは取るべきではない。

結婚とかあほらしい

「食わしてくざんすよ…!結婚したら生涯…!いずれ必ず…飽きる女を…!しかも年々…相手の態度はでかくなるという…オマケつきざんす…!アホくさっ…! わけのわから制度ざんすよ あれは…」言うまでもなく、これこそが最大のリスクである

性欲に惑わされることの危険性が認識できたところで、ではどうやって性欲に惑わされずに穏やかな社会人生活を送るか考えていこう。ここで目指している状態女性を敵視することではない。無駄に敵を作ったら社会人生活がやりにくくなるだけである。そうではなく、性欲抜きで女性フラットに一人の人間として接することが目標であることは明言しておこう。

オナニーしてみる

日課のようにオナニーをして、昼間は常に賢者状態を維持するというのはい方法かと思われる。おかずは二次元を推奨、それも現実世界ではとうてい無理なものを選ぶのがよいだろう。ケモノロリ強姦ものなどがよいかと思われる。自分指向現実世界で達成困難なものにすることで、リスクを取って女性に手を出そうという気がなくなっていくはずだ。

(一時的に)風俗にはまってみる

さんざんやったし、もういいや。という賢者モードを目指す。

スポーツしてみる

体を動かすことはいストレス発散になり、健康にもなる。種目はなんだっていかと思われる。ジムでひたすら体を鍛えるもよし、ロードバイクマラソンをするもよし、水泳格闘技などもよさそうである。楽しめそうなスポーツを見つけたらガチ勢になってみよう。スポーツに本気になることで、色恋沙汰より楽しめるものを見つけよう、という方向性である

趣味にはまってみる

登山旅行釣り写真などの趣味の深みにはまってみよう。その際に選ぶ趣味はなんだっていいと思われる。人生を楽しむために趣味はあったほうがいい。

友達をつくってみる

男性生涯未婚率が30パーセントに登る社会である独身時間と金が余ってる、そしてそれを自分のために使いたい(割り勘なら付き合いがいい)、ゆえに男友達とばかりつるんでいる、そんな友人を見つけることな造作もないことである

どれもそれほど難しいことではないことがわかってもらえたとだろう。そして、こんな生活をしばらく続けているうちに、本当に心から色恋沙汰とかどうでもよくなっていくのである。みなさんも、一時の性欲におぼれることなく、穏やかで楽しい人生を過ごそうではないか

2017-08-14

食べることが苦痛しょうがない

体重を増やしたいのだが、食べることが苦痛すぎて食事挫折してしまう。

減量したい人が食事制限が辛くて続かないのと同じこと。

痩せ型の人間にも悩みはあるのだよ。

近所のスーパーかわいい女性店員がいたんだけど、彼女が別店舗に異動になってしまった。その移動先の店舗にも通って食事に誘ったけど、やんわり断られてしまった。仲良くなりたいんだけどどうすればいいですかというラジオ投稿をきいた。ちなみに投稿者は50代で相手女性20代後半らしい。

DJ人達は「彼女からしたらお客さんに手は出せないよ~」と笑いつつも、最後は「犯罪にならない程度にがんばって。応援してまーす。」と答えていた。

普通にこの投稿者のことが怖いし、なんでこの投稿読んだんだよとか、DJもやんわりと投稿者諌めるのかと思えば最後は「応援してます」だしわけわかんねーし、そもそも考えすぎかもしれないけどどうかネタであってほしいなと思う。

デレマスのsuperlove☆が大好きって話

タイトルそのまま。

superlove☆の話というより、それが好きな1ファンである私の話なので、興味のある方だけお付き合いください。

先に前提を話しますと、私はおそらくアセクシャルと呼ばれる人種です。平たく言うと、恋愛感情が持てない。

しかしたら、恋愛が出来ないのではなくて、運命の人出会ってないだけ。そう信じてめでたく三十路です。

試しに付き合った方とも性行為…というか、キスすら出来ずに別れ、もしや同性なら?と思うも試す度胸もなく(イメトレではやはり恋愛感情は持てなかった)他人がごく当たり前に抱く恋愛感情憧憬と畏怖を覚える日々でした。

以上、前提終わり。

さて、巷ではシンデレラ5thが終わった頃ですね。全通しました。最高でした。

しかし、話は4thまで遡ります

4thは運命的でした。ままゆに惚れ直したこと。そして、superlove☆を届けてもらったことです。

superlove☆自体CDで聴いていましたが、そのときは「かわいい~」くらいの印象でした。

しかし、4thで、イエパが終わって、そのままセンターに躍り出たのじょがsuperlove☆を歌った時、この曲が真っ直ぐに私の心に刺さりました。

「どんな愛も愛は愛じゃん」

のじょが真っ直ぐにきらきらと歌ってるのを見て、不意打ちで号泣してしまいました。

昔の恋人に別れるときに言われた、「キスもできないなんて、あなたは私のことが好きではないんだよ」という諭すような、諦めたような別れのセリフを思い出しました。

わたしは、キスなんてしなくても、一緒に食事して、笑って、たまに映画なんかみたりして、それで十分だったことを思い出して、そこにのじょの「どんな愛も愛は愛じゃん」って言葉が響きました。

恋人には否定されたけど、確かにそれは恋人になんてならくても、友達でもできることだったけど、私は元恋人とそれをしていたかった。とられたくなかった。それは確かに私の愛だったのではないか、と。

世間一般の愛の形ではないけど、相手に愛ではないと否定された愛でもです。人を愛せないと泣いた日々が救われた気がしたんです。認めてもらえた気がしました。あなたの愛はその形をして、確かに存在してるんだよって。「あとはもう気づくだけじゃん」ってのじょが手をさしのべてくれたから気がつけました。

「パパにママお姉ちゃんに」愛を歌うのじょを見て、私のまわりにはちゃんと愛が溢れていることを思い出して、また泣きました。「アタシなりにとどけたいよ」って歌うのじょを見て、私も、どんなに世間一般ではない形の愛でも伝えることを諦めちゃいけないって思えました。

そしてきっと、愛の形に「上も下もない」んだろうなって思いました。

のじょが「ドアの外も怖くはない」って歌ってくれたから、ドアを開こうと思えました。

「だれもきみを傷付けない」って言葉を信じたいって思いました。

抱えてる不安をぽい!ってして、幸せになっていいんだよって、本当に、肯定感?というんでしょうか?すごく救われたんです。

CDの時点で気がつけよって感じなんですけど、多分これはのじょの、生のパフォーマンスがあったからこそ、心に響いたんだと思います

歌詞だけ見たら「誰も君を傷付けない……わけねーだろ!」って感じですよきっと。

のじょが心から笑顔で、全力で、真っ直ぐに愛をこめて届けてくれたから、私の心にささったんだと思います

それ以来、superlove☆は大好きな歌です。

5thでますます進化したのじょのsuperlove☆を聴いて、改めてそう思いました。

そんな気持ちを吐き出したくて書きました。

すっきりしました。以上です。

あ、superlove☆はスペル大文字なんですが、変換的なあれこれがアレなんで見逃してください。

ちなみにアイマスには祖母が亡くなった時に、「ポジティブ!」という曲で救われたこともありました。ありがとうアイマス

以上です。

superlove☆だいすき!

これからも私なりの愛でアイマスを支えて行きます

家事外注ってあたり前だと思ってた

予備校時代から家事外注アパートに住んでたから当たり前だと思ってたら以外とマイナーだったんだな。

大学社会人結婚を経ても家事なんてほとんどした事ない。嫁も含めて。

先日話題になってたシルバー人材食事以外全部お願いしてる。

一人暮らしなら一万、夫婦子供ができても2万ちょいあればほとんど何もやらずに済む。まあ、子育ては別だけどな。

都会住みで家事自分達でやるとか本当悪手だと思う

幼少の頃に食事中、父親に頬をベロベロ舐められたこと思い出した。

不快感がありながらも愛想振りまいた。

ショッピングモールゲームが欲しいと駄々を捏ねてたら、

体が吹っ飛ぶほど足蹴にして

怒鳴りつけられたことを思い出した。

家族自業自得だと言われ笑われた。

そのショッピングモールの前を通り過ぎるたびに

ネチネチと何年もその出来事をほじくり返された。

思い出して嫌だったからここで書き込む。

殺したいぐらいムカつく。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん