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はてなキーワード: 好奇心とは

2019-05-22

anond:20190522154809

正直、親に勉強しなさいとはいわれていないし

実際学校(あとほんの少しの塾)以外では

ほとんど勉強らしい勉強したこともない。

 

好奇心クイズ速読の才能があったので旧帝大卒っすわ。

親がしたのは、課題図書系の名作本1揃いから一番奥に隠したつもりのエロ本から

とにかく本という本をたくさん買って家に置いとくだけ。

あと新聞も2紙とってて

コボちゃんからテレビから日曜版のニコリから

すこしずつわかるとこだけ拾い読みはし最後は全部意味がわかるようになったな

 

こちらもお年玉といえば本買ってくれ(電子ゲーム存在もなかったわ)、

なかなか会えない親戚にあったらそこの棚の本読ませてくれって感じだったわな。

みんなネットなんていうスゴい図書館持ってるのになんで読まないのかね。

2019-05-20

6千円払って男性セックスした話 閑話休題

1週間と1日前、6千円払って男性セックスしたわけだがそこから性欲が止まらなくなった

早い話やりたくてたまらない

まず四年やってないのは嘘偽り一切ないし、なんならオナニーもしていなかったのはマジの話。

言われてみればそりゃあ四年間絶食したところに突然とてつもない旨いものを食ったらタガが外れるのもわけないだろう

普通ちょっとずつ栄養食でならすもんじゃん?それをそんなプロに解かれたらそりゃあ気も狂うってもんだよ

というかここまで読んでわかると思うがこの記事はだいぶ個人特定ができてしまう内容なので正直インターネットに流してはいけない文章なんだよな、いやまあこの名前の時点でもバレるし、普通に心当たりある人が見たら一瞬で私のことってわかるし…書いていいと思う?みんな聞きたいの?しょうがないにゃあ…

まあ分かってしまったらそっと私に連絡してきて下さい、酒飲むついでにやりましょう

とまあ最近高校生かってぐらいけつが軽くなってるわけだが、水曜日ひょんなことから職場人間とやった

相手名誉のため名前や業種は伏せるが私が襲ったんだしよくない?ダメですか?そうですか…まあでも大丈夫です、問題あれば自主退職させていただきます、私よりその人の方が有能なので

申し訳ありませんが私の後任はそちらで、もしくは外注でお願いしま

流れとしては中サイズ飲み会があってから二次会で数人になり、最後とっくに終電のなくなった私はそこにいた徒歩で帰れる一人とサシで鳥貴族へ行き、時間稼ぎのような無意味時間を過ごし(なんの会話したか全く覚えていない)、あとは部屋へ行くだけだった

ここまでは及第点のような流れかと思うが、問題は私が生理2日目だったことだろうか、それとも相手彼女いたことだろか(最初飲み会で知った)、まあ今更考えたらどっちも大した問題ではない、後者はうまく二人で収めればいいし、収めていただきたいし、前者に至っては翌日もそいつとやったわけだからなんの問題もないだろう

こちらとしては四年ぶり1度目のセックスからものの数日しか経っていないし、職場人間だし、彼女がいるし、正直好奇心がとんでもなかった、これからどんなことが起こるんだろう、どんな目に合うんだろう、もうその時点で脳汁がとてつもない量が出て、エンドルフィンだかドーパミンだかα波だか何だかがもう目がチカチカするくらいだった、ってか今更思い出したが私は生理前はめちゃくちゃやりたいし、生理中しんどくて死んでるところをさらに追い討ちかけられたいタイプだったから当たり前の流れではあった

そんなに詳細に行為を書いても私の顔を知っている人間たちがただただ嫌な顔をするだけだと思うので大幅に伏せるがとりあえず2回やった、流石だ私、終わった後はとんでもない幸福感、満足感、何でもいいが満ち足りていたし、日は上りきっていた

相手特に喋りながらやるタイプだったのもよかった、言葉責めとかそういうんじゃなくて普通仕事の話?っていうかなんだろう日常会話?みたいな、そこの合間にエロを挟むみたいな、そういうのがたまらなくよかった、今までのセフレにはない現実感の中でセックスしてるのがとてつもなかった

あとは、って書こうとしたけど大体が行為中の私に関する話になるので純粋に聞きたくないでしょ?でもここが一番興奮した部分なんだよな、ということで聞きたい人はわっふるわっふるしておいてください、現実で喋るかまたどっかでまとめます

それでだ、翌朝まあしこたま酒を飲んだので頭がいたい、何もする気にならない、不思議と体のだるさはなかった、相手はのそのそと起き出している、しゃあない起きるかと私はいもの会社での喋り方に変えたのがよかったのか、相手は何で敬語なのと言ってくるし、なんでもうすぐ敬語に戻せんのと言うし、頭を抱えていた

とてつもなくツボを刺激された、普通に朝から一発やりてえと思うほどだった、聞けば今までセフレいたこともないというのもよかった、ひととくらべられないというのも結構ポイントが高かった(リップサービスかどうかはこの際どうでもいい、興奮したから)、でも二回やって気がついたがこいつはそんなに性欲のあるやつではなかった、そこが残念かな…寝起きのセックス最高じゃない?私は大好きだったことを思い出した

他にも色々言われたりして本当に自己肯定力が上がった、というかすごく潤った、ああこれでいいんだみたいな、よくないけどすごい満たされた、心身ともに、やっぱり人間は循環が重要だと思う、やりすぎもよくないけどやらなすぎもよくなさそう、いい具合にいい塩梅

まらん、また多分誘おうと思ってるんだけどダメかな、2度目の最後感触良くなかったんだよね、あ、てか2度目の最後も色々メッセージ確認されるとかあったんだけどそういうところまでガッと盛り上がるものがあった

読み返してここは別に私の顔浮かんでも嫌じゃねえのでは?と感じたので書くんだけど、メッセージのやりとりをとあるアプリを使ってやっていたわけだが、今日はおっけーかイヤか選んでと送ると、しゃーないなあと返ってきたところ、断りきれない優しいところ、そのあと住所などのやりとりもして見事に私に握られてしまったところ、翌朝置いていったピアス会社に持っていくか聞いてくる律儀なところ、朝会社の前まで来るとどうやって接していいかからなくてぶっきらぼうになったところ

その直後私は自分が送ったメッセージだけを全て消した、なぜなら相手が私のメッセージを開いたかどうか、開いて私の分だけ消えていたらどう思うのか、どうするのか気になったから、退勤後確認したら相手メッセージも消えていた、とてつもなく一番興奮した、尋常ではない

そいつは私とのメッセージ彼女と会う前に消そうと思ったのか真相は謎だが自分の手で仕事メッセージ以外の部分を削除したのだ、考えられる?絶対に次会いたい、何を考えてやったのか、絶対に聞きたい、メッセージで聞くのは勿体なさすぎる、どんな顔するのか反応が気になって仕方がない

いいよ〜私の中の狂った部分を刺激されるよ〜、朝イチから読むには汚いし重い記事だけど、どうぞ

他愛もない感謝

9割の死にたさと1割の好奇心増田を書いてみたら、何回もやる中で反応がもらえることがあった。

その中に、読者として前から読んでてファンだった人が言葉をかけてくれてるのがあった。

今でも死にたさしかない時があるけど、その人の言葉を思い出したらがんばれるかもしれない。

たいした思想信仰もない俺にとって、剥き出した自分へ久々にもらえた言葉が、ただ嬉しくてありがたい。

2019-05-18

うちの祖父普通じゃ無さ過ぎて困る件。

高齢者なんて、そりゃ曲者ぞろいなのはわかってる。

80年とか生きてるんだもん、30年しか生きてない自分理解しようというのがおこがましい。

祖父普通じゃないんじゃないかとうすうす思っていたのだが、そもそもうちがだいぶおかしいのではないかと、設定盛りすぎなんじゃないかと思うので、ちょっと判断してほしい。



祖父の話である



近畿のド田舎暮らしている。

電器屋40年、自営業で半生を過ごす。祖母は元芸子、ものすごくよく働く。自営業もかなりの部分を支えた。

息子は一人。自分はその一人息子の子供。



ここまでは経歴的に普通だと思う

問題祖父副業にある。

祖父副業霊能者なのだ

本人、副業というと怒るんだけど、お礼にお金もらってる時点で、副業だったと思う。今は本業だけど。



ゆえに、霊の話がほぼ食卓に上がる。

趣味狩猟(今は引退済み、マツタケ取りと山菜取りくらい)と同じ温度で、霊の話と神の話をする。

子供の時からそうなので、あまり疑問に思ったことがなかった。

中高生の時は、毎回のように祖父祈りを受けるんだけど、あまり実感したことはなかった。

祈りというけど、祖父言葉でいうなら、神霊治療という

昔はあまり実感できなかったけど、今はすごく助かるのでまあ、霊も神さんも普通にいるんだなぁと今は思ってる。


ところが、世の中だと、このジャンル、どうも詐欺しか横行してないっぽくて、何それと思うお祓い方法とかお祈りに、ドン引いてしま

自分最初からちゃん効果があるお祓い受けて育ってきたけど、それが普通じゃないどころか、やっばいジャンルだと知った時のアレ

創〇〇会とか幸〇の〇学とか、そういうお祓いやってるから人気なんだと思ってた。

隠居で家にいることが多くなった祖父とは話す機会が増えて、あんなもんにお金払う奴狂ってると言うようになり、自分でも調べたら、なんでこれに人が集まるんだ?と思えるレベル


しかし、だ。


世間的には、自分のほうがかなりおかしい。

というか、祖父何者なの。

祖父はどう考えても、どこにでもいる爺さんである

なんだったら、かなり偏屈差別主義者で、熟年離婚されなかったのが奇跡レベルのクソ野郎と言ってもいい

祖母に対してDVモラハラてんこ盛りである



それが、霊能者で、人を救うというのだ。わけがからぬ。

何度か他人のお祓いを受ける姿も見るし、自分も受けるけれど、元気になるので効果はあるのは確かだ。

10代のころ、母親が死んだり、こいつが育てた父親があまりにも同じくクソ野郎なので、神とか霊とか嘘なんじゃないか妄言なんじゃないかと疑ったこともある。

神は人間に興味がないのだ、と祖父の言ってることから理解したので、最近はそんな風に思うことはない。

神、と言ってるのは、ただのファンタジーで、人間を救う前提ではないのだ。

科学者が、自分好奇心から病気を解明するのと同じ。ついでに人が救えたというだけのアレ。

できることが多い人間と考えれば、見ず知らずの人間なんか、救うわけないじゃんね



というわけで、祖父はかなりの選民差別モラハラの塊でありながら、他人に憑いた霊を取り除く



こんな不可思議家族がいて、自分普通に育つはずがないのだが、まあ、そんなことはどうでもいい

こういう話を家族しかできないので、鬱憤がたまっていた。世間評価としては嘘だというんだろうな。

30年も交流してきた家族を嘘つきとは言えないから、本物だと信じると思うなら、他人から見れば滑稽だろうな。

自分父親がかなり嘘つきだったので、本人が妄想を信じているだけなのか、その場しのぎで嘘ついているのか、けっこう検証しているつもりなので、祖父詐欺師ではないと思ってる。事実、お祓い結構きく。プラシーボだと言われたらそれまでだけど

自分が、祖父を本物だと確信した出来事がある。

一週間雨が降り続けた時期だった。

「雨が多くて困る、晴れるよう頼むか」と、祖父が言った次の日に、その集落だけ、晴れたことだ。

ぽっかりとまるく晴天がのぞいていた。ほかはどんよりとした雲が覆っていたのに。

自分の子供はちゃん教育できずに嘘しかつかないのに。短気でカッとしやすく、すぐに祖母を怒鳴るのに


神か何かわからないが、視えない何かと、祖父交流を続けている。

最後魔法使いとして夢見りあむ ~夢見りあむがシンデレラガール

話題の第8回シンデレラガール総選挙だが、夢見りあむのシンデレラガールはないと考えている。

夢見りあむは第8回総選挙のために生み出されたアイドルだが、彼女シンデレラになるために生まれたわけではないかである

 

順を追って説明していこう。

夢見りあむについて語るときに、直近で起こった事件で触れるべきことがある。

 

バーチャルタレントとしての魂の座をかけたバーチャル蟲毒である

このイベントもまたいわば選挙であり、その構図は非常に似ている。

そしてここで、語るべきは当然だが、九条林檎の№5である

ヴァーチャル蟲毒において、彼女が盤面をひっくり返すための最初戦術は、無課金勢という大衆武器の使い方を教えたことだ。

当初のヴァーチャル蟲毒を独走していたのは、重課金騎士に守られた姫だった。

九条林檎№5はこの状況に一石を投じた。

重課金の完全武装騎士だろうと、武器が鍬だろうと、10人ならば?100人ならば?1000人ならば?

ほら、見ての通りだ、寄ってたかれば勝てる、お前も参加しよう。

 

今回の総選挙とこの構図はよく似ている。

夢見りあむの票は、当然だがほかの上位勢のアイドルみたいな強力な騎士に支えられたものではない。

だがそのうえで中間3位という結果が、この総選挙においては本田未央すら”倒しうる”ことを知らしめた。

これらはもちろん純粋ファンもいるだろうが、興味本位好奇心運営への怨嗟憎悪といったものがないまぜになった薄く広い票田

だ。

これはこれまでの総選挙お題目だった純粋ファンに支えられてシンデレラを目指す、というストーリーへの巨大な一石だ。

 

起きた結果だけを見れば、同じように見える両者だが、決定的な違いがある。

りあむはキャラクターであり、意思を持った個人ではない、という点だ。

夢見りあむの言動運営に完全にコントロールされたものだということだ。

りあむは声もないため、声優暴走というイレギュラー存在しない。

まり九条林檎の№5のそれはいわば運営への仕掛けだったが、りあむのそれは運営からの仕掛けなのである

 

 

さてそういう見方でみると、夢見りあむの中間3位は別の意味が見えてくる。

彼女は、自然発生した台風ではなく、運営意図した爆弾なのである

夢見りあむは、既存総選挙問枠組みの破壊であることは間違いない。

夢見りあむの出現によって、アイマス界隈は不可逆の変化を遂げた。

シンデレラ魔法が解けたと少なくない人間が感じただろう。

だが、少なくともこの総選挙で生まれ最後シンデレラには魔法をかけなくてはならない。

その最後魔法をこそが夢見りあむ中間3位という順位だ。

夢見りあむは1位でも2位でもいけなかった。

それでは構図が2位もしくは1位のアイドルとの一騎打ちになる。

シンデレラ魔法がかかるためにはそれがりあむに勝つためだけの票に見えてはならない。

りあむは4位以下でもいけない。

りあむは勝つかもしれないという魔法がかからない。

りあむが爆弾たりうるには勝てるかもと思わせなくてはならない。

3位がベストだ。

その場合、構図はりあむによる露払いによって否応なく発生した1位と2位の純粋一騎打ちになる。

りあむは魔法を解いたがそれでもなおりあむに飲み込まれなかった二人は本物ではないか?、と思わせる。

上に2人いることで分かりやすい反りあむの投票先はその2人に分かれる。

まり、りあむの対抗票として投じられるそれは彼女たちを汚さない。

そしてりあむが勝ってもおかしくない空気のまま、どちらかが勝てばよい。

 

   

ここまでくれば分るだろう。

夢見りあむ中間3位は、運営が仕掛けた欺瞞であることが。

りあむはけして悪くはない順位だったとは考えられるが果たして3位だっただろうか?

1位と2位の一騎打ち演出するこんなに都合のいい道化がいるだろうか?

運営がそんな操作をするわけがない?

シンデレラにしたいアイドルガチャブーストらする運営をどうしてそこまで信じられる?

声がついた後、トップアイドルにも下積みにもなれずくすぶるアイドルが少なからずいるのに運営ユーザーに常に真摯であると?

そういう露骨誘引より、もっと分かりにくく巧みな操作を行うようになったのだけではないか

総選挙アイマス最大のコンテンツである以上、票を単純に数えるだけのはずがない。

ドラマの生まれるかどうかわからない総選挙をするようなやわな運営だろうか?

断言しよう、いつからかはわからないが総選挙は間違いなく台本と筋書きがある。

しかし、これはエンターテインメントとして当然の帰結である

しろりあむ事変を計画的に起こしたのであればその手腕は大いに評価すべきだ。

きっとこれからもすごいコンテンツ提供してくれるのは確かだからだ。

  

運営の用意周到さはりあむが投入される前段階として声のあるSSR実装された新アイドルの投入という実験を行っている点からも見て取れる。

アイドルSSRを背負い、声を持つこと、この反響を試したのだ。

いまのゲームは全キャラクターにボイスがついていてもおかしくない時代だ。

そのうえで、新アイドル全員に声をつけない、というのは予算などではなく、もっと大局的な戦略的判断であると考える。

彼女らは目論見通り、燃え上がった。

声がついていて、SSRがあったから、それらをねたむ人間から憎悪しか浴びなかった。

おそらくりあむの声優は既に決まっている。

りあむは明らかに火中の栗であり、燃え上がってから声優を打診するはずもない。

おそらく鎮火のための施策提示も含めてのオファーが回っているはずである

そのうえで、あえて、りあむは、声も、SSRも背負ってこなかった。

りあむが、シンデレラ憎悪を燃やす人間からの票を取り入れるためだ。

シンデレラ魔法時間切れが近かった。

暴発寸前の彼らの票を投じる先を用意してコントロールする必要があった。

りあむは、この第8回総選挙のために生まれた。

だがそれはシンデレラになるためではない。

彼女炎上アイドルとして送り出されているが、実のところ家を壊してでも延焼を防ぐ火消しであるのだ。

彼女こそがシンデレラ最後最後で守るた、最後魔法使いだ。

  

から、この総選挙で夢見りあむはシンデレラガールになることは絶対にない。

だが、彼女は死なないと私は信じる。

これまでアイマスというコンテンツが切り捨ててきた層(見向きもしなかった人を含む)をこそ夢見りあむという女の支持者にしてアイマス世界に取り込むこと。

それが夢見りあむに与えられた役割のはずだからだ。

この負けるために生まれてきて、生きるだけで地獄の綱渡りするアイドルを、私は愛そう。

遥か空高く飛び立つ姿と同じぐらい、彼女燃え尽きて墜落するまでのその姿を見てみたいと思うからだ。


まぁなにかまかり間違ってシンデレラガールになるようにことがあれば、それは私が夢をかなえたファンになるというだけなので、私は全然かまわないのだが。

2019-05-17

はてなユーザー怖くない?

名前的に「はてはて?」みたいな感じで好奇心持った小人みたいのが集まるかと思ったら

言葉暴力で殴りたい放題の戦場だった

はてなっていうサービス名をやめろ

2019-05-14

俺を不幸とはカテゴライズ出来ない辛さ

あとがき最初は色々とドラマチックに書こうとしていたが、最終的にただの自分語りになりました。多分タイトルに込めようとした物ほど深い内容は無いです。

まあでも色々とコメント頂けると嬉しいです。もう私の周りに私に背狂してくれる人が居なくなってしまったので。



あとがきあとがき)全部書き終わってみてみたら文章量えげつなくてやばい

誰にも自分の事をちゃんと話したことがないって、悲しいことです。


家もある、定職もある。俺をあやす友人もいる。俺は前よりはずっとまともになったし、人付き合いも随分うまくなった。

これも家族と俺の問題を許してくれた社会の親切な人たちのおかげだ。借金は多分50万くらいあるが、ようやく職にありつけたのでなんとかなるだろう。

商売も学んだ。小銭くらいすぐ稼げるようになった。借金の元はまあ取り返せそうだ。

俺は社会の屑でもド底辺でもない。そうならずに済んだのは全部周りのお陰だ。だから俺はギリギリ畜生になれずにいる。

誇りも倫理も人道も全部捨てた鬼になれずにいる。俺は根っからの善人だと思うが、犯罪者素養はかなりあると思っている。

俺は不幸ではないらしい。俺もそう思う。つらい時期もあったがなんとか脱した。その時につけた知恵は一生モノ

でも幸福とは決して思えない。というか俺の中に幸福基準が一切無いからなんだろうな。こうやって文字にしてみたら尚更不幸だとは思えない。かなり恵まれてる。

今一番の問題は俺が何に対しても幸福感を感じられない感性を持っている事なんだろうか。

自分語りをさせてくれ。Twitterじゃ誰も俺に関心を示さなかった。ここはそういう場所なんだろう?そして出来れば何か一言俺に物申してくれ。

悪口でも何でもいい。学生の頃もっと教師説教をよく聞いておくべきだった。もう俺の年じゃ誰も俺を思って言葉を発さないんだよ。

ちょっとナルシストで無表情で、でも別に特別他者を害したりしないから悪い奴じゃないよねって感じでそっとしておかれるんだよ。

聞いて行ってくれ。頼む。こことTwitterでだけは現実で誰にも見せたことのない俺が出せるんだ。

俺に一言物申してくれ。

遠慮はいらないぞ。多分一瞬ひるんで1日くらい落ち込むだろうが飲み込める。多分。

さて話そう。どこから書こうか。そうだ

俺は典型的アダルトチルドレンで、無関心な父親とやや過保護母親のいる家で育った。

さらアスペバカで、幼少期のころ地主が威張り散らす様な昔ながら土地引っ越してきた。近所にいたのは悪ガキ集団だったが、俺は気が弱い子ちゃんだったので色々あった。

次第に荒れた。すぐキレる。すぐキレる奴で子供はどう遊ぶか?気軽にキレさせて遊ぶ。誰もが何時ものことかと俺を見下した。

しかもすぐキレて暴れる上に好奇心が強くて普段からいたずら好きだったので、あらゆる悪事の容疑は俺にかけられた。ちなみに俺を擁護するやつはいなかった。

俺を憐れんでくれていた同級生ママも、声のでかい性悪親によるつるし上げが怖くて中立未満を決め込む始末。そんな人が居たというだけ気持ちも幾分救われるが。

ちなみに肝心の教師は俺の事を全く信用していなかった。平成といっても初期の初期だからな。SNSも無かったし俺は小さな町でひたすら1つしかないコミュニティ玩具にされていた。

多分いじめられ経験者はそいつらがどんな奴らだったかすぐわかるだろうが、わからない人のために軽く説明すると今で言うとネット暇人どもみたいな奴等だ。

自由に叩いても許される奴を見つけて、居なければ自分たちで罪を被せレッテルを張り、皆で叩いて自分たちの正しさを証明し合うのだ。

今ってネット有名人断罪した気になれるすごい時代からリアルいじめは少なかったりするのかね?どうせなら大物狩ったほうが楽しいよな?

話がそれた。まあそうやってボス猿が獲物を見つけては取り巻きと叩く。猛烈に叩く。ネットリンチはネットから離れれば避けられるが、リアルは違うぞ。しか小学生

不幸中の幸いは俺がバカだったことだな。俺は学校いじめは良くないと聞いたのでみんないじめなんてやらないと思っていた。

なんかよくわからんけど俺だけ怒られるけど、その事に疑問も持たなかった。バカから。当然不登校なんて選択肢にも無い。そんな発想は無かった。

自分他人と違うって悩み始めたのもここ数か月だからな。15年おせーよ。しかし、あの当時何をされてもすぐ忘れる馬鹿さが無ければ今の俺は無かったと思うとアレはアレで幸運だったとは思う。

ちゃんマジでありがとう。1度や2度かあるいはもっと理不尽言葉を投げかけられたが、あの状況で俺を守ってくれてありがとう。これが一番の幸福だった。

父親は何もしなかったからな。若いのにガキ作ってひーこら働く羽目になったってのもあるだろうが。

父親の話もするか。毒親。おわり。

俺と妹が人嫌いになったのはあんたのお陰だよ。もっと言うと祖父あんなんだったかあんたもそうなんだろうがな。多分そのまた親もそうだったんだろう。

だが俺に罪は無い。俺が平均点よりいい点とったんだからせめて貶すな。本人は高学歴で頭がいいつもりかもしれんが子に対する行動言動としては最低だよ。

俺の自己肯定感が皆無なのはこの父親の影響が多分7割くらいあると思う。もっとかな。

まあでも最終的には平和家族になったから良いけどな。これ以上はやめとくか。心配性なのでよくある話にとどめとこう。

次は何を話そうかな。あ、そうだ。部活の話を聞いてくれ。俺は多感な時期にブラック企業みたいな部活に入って心が壊れたんだ。

マインドクラッシュだぜ。心のピースはある程度組み立て終わったが今でも人の心として大事なパーツがいくつか見つからない。

冒頭で言った「比較的まとも」な感性を取り戻したのはつい最近のことだ。気が付いたら青春時代全部消えてたぜ。幸い友人達のお陰でゼロではないがな。

でも俺のあの辛さを共有できる相手は居ない。暗い部屋に毎日押し込めて、朝は早く夕方遅く。自律神経は乱れまくって夜は眠れず次の日の朝は極限状態

それをコーヒーで無理やり動かすのさ。合宿ハードメニューな上に睡眠時間がどう見積もっても5時間未満。眠気覚ましに俺はバカだったので自主ランニングまでやってた。

お陰で若くしてカフェイン中毒さ。あとなんだ?統合失調症的な?数時間だけだが自宅以外のあらゆる場所殺人鬼が潜んでいて俺を殺そうとしていると何故か思い込んでいた時間があった。

幸い次の日が休みだったので朝から夕までたっぷり寝てある程度回復したが。(その晩からはまた不眠ね)

結局その部活は辞めたんだが、後遺症がひどかった。元々多感な時期で、俺はアスペで、最終的に自衛隊に行った上級生が顧問とともに恐怖で支配していた閉鎖空間で。

そりゃあもう俺へのヘイトがやばかった。まただよ。俺はアスペから理解していなかったがな。惜しいことをした。もっと早くこの世の生き方がわかっていれば俺もちょっと楽しい高校生活を送れてたのにな。

まああの経験が無ければ今の俺は無かったわけだが。今では必要経験だったと割り切っている。

で、部活辞めた後の続きね。あ、ちなみにだけどめちゃくちゃ辞める奴が多かったその部活の中で俺はわりとまともな辞め方をしたんだ。

顧問にこの部活あんたらと幹部矛盾だらけって言って、俺はもうあんたらの考えにそぐえないって。全員参加の夏の大会だって価値が見いだせないって。

顧問は俺の事を褒めたよ。男らしいってな。ほかの先生も今どきの生徒にしては自分の考えを持ってるって。

今思えばあの教師たちも昭和犠牲者だった様に思える。その犠牲者の事を思うとできれば死後裁かれてほしいもんだが。生徒を追い詰めてもらった賞と、その時の賞与で買ったロレックスだぞ。

あれも世の中の仕組みに気づくきっかけの一つだったな。

で、そうそう。部活辞めた後。俺は何もしなった。バイトだけ始めた。人手不足の店で優しい社員の元で働いた。彼らもブラック犠牲者しか現在進行形だったので俺の雰囲気から何かを察してくれていたのかもしれない。

ただ客層がクソ過ぎて辞めた。部活の奴らが夏の大会にギスギスしながら取り組む一方で俺は強迫性障害発症した。まだ治ってない。

ちなみに俺が在籍していた2年間で連勝記録が止まったらしいんだが、俺が辞めた年からまた勝ち始めたらしい。なんなんだろうな。同期も結構やめたから俺だけのせいじゃないんだろうが。

次のバイト普通にクソだった。働く奴の人間性がクソだった。

三が日にシフトに入ってしっかり働いたが、確か5時間以上勤務でお正月ボーナスが出るところを1日4時間半だけ3日間全部働かされてキレた覚えがある。

次に務める飲食店にもクソな奴が一人いたが、他は良かったので結構続いた。ちなみにそこの新人離職率は多分8割超えてた。クッソ忙しい上にクソが居たから。

どっちかに耐えられる奴も両方には耐えられない。俺はまだバカだったのと、田舎に他にまともなバイト先が無いと知っていたのでつづけた。

あとは確か大学2年だったか。そこで派遣アルバイトをして色々知ってついに辞めたんだった。で、ようやく趣味に手が付き始めて、それを商売にしてついに短い間だがノーバイト生活を始めた。

話逸れまくってるな。俺がいかに不幸だったかって話をしないと。

部活辞めた後はの流れはこんな感じだった。

高3...マジでなんもしてない。後からネットで知った情報から察するにほとんど鬱だったと思われる。机の前に座って何時間も何もしなかったり、それを父親にいろいろ言われてまたストレスためたりしてた。

高3男子の部屋いきなり開けてんじゃねぇよ。

大学1年...一応ロケットスタートで仲間は探してボッチ回避。俺は行動力があるんだ。でも特に何もしてない。ここでも最初に入った部活でクソ先輩に当たり部活崩壊したりしたが、もういいや話すのもめんどくさい

2年...俺はこの時何もしてないと思っていたが、よく考えれば大学生ってそんなもんだった。サークルに飽きてひたすらゲーム

3年...俺のビジネス前身を始めた。すこし性格が前向きになるも、コミュ障炸裂。あとゲーム

4年...わりと平穏だった。しかし大きな病気をして価値観がいろいろ変わる。さら就活を通じてまたいろいろと学ぶ。ゲームもやらなくなった

今...楽しくないゲーム楽しいゲームに変わった。ようやく遊び方を思いだしたが時すでに遅し。社会人。ただし今までの経験からブラック回避にだけは成功した。



こんな感じ。いやあ上手く立ち直ったねぇ。もうこの辺に関しては納得しちゃったんで今冒頭にあとがきを書き足しておきました。

じゃあ今から俺が不幸ではないにも関わらず何に嘆いているかを書いてみようと思う。

俺は他人が怖い。それはもう俺がアダルトチルドレンからに違いない。

俺は他者を一切信用できない。幼少期に親どころかあらゆる存在から悪意を受けて育った。悪意の中の悪意だからだ。

そのうえ自己肯定感も低い。時々自信満々になるが実際には何となくそんな気分になってるだけ。部活の奴らはもう底辺ルートに入ったが自分にはまだまだ先があるってね。

でも俺は思うんだ。世の中バカばっかりであいつらはドラマで見た様な恋愛ごっこオナホ探し、財布探しに必死。でも普通はそうなんだよ多分。

世の中大半そんなんばっかで俺は面倒くさいから関わりたくない。サルを除いて残った人類は3割くらいとしてみよう。

やつらはまともだ。親に周囲に愛を受けて育ったから、他者と当たり前に愛の交換ができる。愛とは無償の愛の事ね。セックスもまあ間違いではないが。

だが俺はどうだ。俺は他者に借りを作らない。俺はそいつを信用しないからだ。この時点で愛の交換は成り立たない。

俺は何を交換できるか。利害関係。それだけ。だからビジネス脳はすくすくと育っている。

しかし愛だけはどうしても理解できない。どんな善良な人と会っても信用できないし、俺は自分の事をどちらかといえば闇にいる側の人間から彼らを汚してはならないと思ってしまう。

向こうは気にしないようだが、それならなおさら友達にもならない。今の上っ面な世の中で彼らのような存在は貴重だから、俺のような人間が関わってはならないと。

これが俺の一つ目の悩み。いや根源にして最大の悩みか。

どうしても人が怖い。まして裸で抱き合うなんて不用心な交流なんかできる筈もない。

あ、ちょっと話逸れるけどセックスでイけない女の子もわりとこういう側面あると思うんだけどどうなんですかね。その道のプロの方はいらっしゃいますか?

相手のいるなしはさておいて、俺はセックスも怖い。金を払えばどうにでもなるし、童貞食いが趣味上品な奥様とか多分いるだろ。裏垢界隈で学んだ。

あとこういう哀れな男を落とすのが趣味の人とか、ああそうだ多分今の俺ならおとなしいバカは落とせる。いわゆるだメンズウォーカーとかなんだかって人ね。

最近そういう人に会って何となく察してしまった。おれも多分屑だ。でも俺は変に正義感があるからそういう事はできない。基本的に人よしだからな。

じゃなくて。俺は人が怖いか信頼関係の不可欠なセックスはできない。ましてや恋人も作れない。一度だけガチ恋したことがあるが、多分2度とないような気がしている。

最近ラブコメ漫画が好きなんだけど、俺がどっちの立場でも無理。

相手がどれだけ俺を好きでも答えられないと思う。どんな美女がいつの間にか裸で俺のベッドにもぐりこんでいたとしてもセックスはできない気がしている。

そうだな。愛されたいけど愛し返せる自信がまるでないんだな俺は。彼女ができるとしたら俺の事が純粋に好きすぎるメンヘラ相手責任感感じて一緒にいるくらいが限界じゃないのか。

他のパターンが思いつかない。思ったより俺って誠実だな。このパターンでも俺はすごく悩むと思う、、、いや、こういうメンヘラは大体自分問題直視出来てないだけだから多分俺通報するか誰かに押し付けるわ。

なんだ。うまい例が思いつかないけど平成初期くらいのイメージ主人公だけを無条件に愛してくれる系ヒロイン?がいれば少しづつ変われるかも?なるほどなだから流行ったのか。俺みたいな育ち方をした奴ら向けで。

正直2時間くらいぶっ通しで無修正で書いてるからもう自分が何を書いているのかわからなかったりする。

やっぱ俺ってあんまり頭良くないな。誰が読むんだこんな文章。とは思うがたぶん誰かは読むだろうとか打算している俺もいる。頼む俺にコメントくれ。

しかすると俺は俺をよく知る誰かの言葉が欲しかったのかもしれない。正直無限時間があれば半生全部書いてた気がする。

でも議論するなら愛がどうのこうのの下りに絞るべきだったね。明日時間があれば書き直してみようか。

色々冷めて落ち着いたしもう眠いので寝ます

どなか人を愛せなかった自分が変われたって方、是非色々教えてください。

文句言うな甘えんなだって愛されたいって方もどうぞ。他人を見てきた期間が圧倒的に短いのでそういう生の声も聞きたいのです。

しかし一番聞きたいのは自分の愛し方です。誰に褒められてもどこまでも続く上と比べて自分ゴミだと逆に落ち込むような、そんな人間が何をすべきか。

本当に心の支えがない。

2019-05-13

anond:20190513140219

明らかにコミュ障害っぽい人でもバーに通い出すとハマるっていう現象は何度かみたことある

まれ持っての好奇心とか才能みたいなもんなんだろうね

2019-05-11

GB支援多数派に戻る治療ないのか」について

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201905/CK2019051002000128.html

 

私はMTFでTに該当する当事者

この記事とその1つ前の記事への反応だけど、みんなが訳知り顔であの発言を叩いていることに疑問を感じる。

LGBT当事者自分セクシャリティーを受け入れられないという場合もある。

そして、界隈にいればわかるけど、セクシャリティーが変わることなんてザラ。

活動家でない当事者からすればそんなに叩くほどのことでもないと思っている当事者も少なくないと思う。

 

おそらくここまで叩かれている理由は「戻る」という言葉をつかった点についてなのだろう。

だけど、当事者から言わせてもらうと、もしマジョリティーに戻る方法があったのなら、私はその選択をしたかった。

今の自分を今のままで受け入れる(正確に言えばまだ受け入れきれていない)のにはすごい消耗する。

普通の人が文化的活動をする時間を何千時間堂々巡り希死念慮に苛まれて、貴重なリソースを浪費してきた。

周囲の人から向けられる好奇心の目、社会での扱いの明らかな変化、海外にいけばその落差はより顕著になる。

悩みのタネに気づいたあの頃に、そういった方法論があったらどれだけ救われたことかと今でも思う。

から言葉選びのような瑣末な問題でそういう選択自体を潰すことに恐怖を覚える。

否定的意味を若干含んでいた言葉だったかもしれないが、あの方法方法を探求する姿勢全否定して欲しくない。

ちょっと前には、「マイノリティ理解がある自分・世の中を変える自分」を目指す人が自己肯定を強化したいがために

同性愛者ならばオープンにするべきだと決めつけで正義を振りかざしてきた人が散見された。

そんな話をゲイの友人とも話題したことがあったが、今回のバッシングも似たようなものを感じる。

 

セクシャリティーの多様性否定しない。

だけど、セクシャリティーを変化させる方法を考えることも否定してほしくない。

現場からは以上です。

2019-05-10

本が読めなくなった自分が再び本を読めるようになった話

 本が読めない。

 読書家が人生において遅かれ早かれ直面するところの事件である

 本が読めない。


 特に文学小説が読めなくなった。


 当方二十代後半の男であるが、今より遡ること十八年ほど前にラノベブギーポップは笑わない)と出会い、それ以降文芸における視野国内外純文学文芸作品へと広げ、様々なジャンルにおける読書体験を営みながら、これまでの人生を生きてきたのである

 そして、その読書体験の勢いと呼ぶべきものを二十代の前半辺りにまで持続させ、さてこれから人生においても長い付き合いになりそうだなあ、などと呑気に構えていた時分、不意にその能力消失したのであった。


 読書能力消失

 何故なのかは分からないけれど、突然本が読めなくなったのだ。

 書物との別れ。


 何故なのだろう?

 当方通勤に一時間以上を費やす難儀な民であるため、通勤時間中は心を半ば無にし、脳の活動を極低状態にまで抑え、死んだ目で通勤していたのが仇になったのだろうか。
(皆さん、覚えておいてほしいのだけれど、通勤時間20分を上回るようになると脳の鬱傾向が加速するというエヴィデンスがあるそうなので、通勤時間はできるだけ短縮するようにしましょう)

 でも、俺に関して言えば未だに通勤時間は二十代の前半から変わっていない。むしろ職場の変更から伸びたくらいであって、つまりその移動距離は未だに脳に対して厄介な負担を掛け続けているということになる。


 まあそら本も読めなくなるわな。

 考えてみれば当たり前の帰結である


 とにかく去年の夏に至るまでの数年間、俺は本を読むことができなかった。


 読みたい本はたくさんあった。それこそ山のようにあった。かつて、若き日の盛りに大阪へと日帰りの小旅行に行った思い出があるのだけれど、それは梅田存在する某超大型一般書店に立ち寄るためだけに計画された小旅行なのであった。そんなこんなで、俺はその超大型書店へと赴き、そこで購入できる限りの本をわんさと買った後で、地元へと帰還したわけである。無論、それらの本の内の殆ど積ん読ルートを辿り、今も尚本棚一角を占めその存在感を俺にアピールし続けている。

 まるでそれは十字架だった。

 俺の、購入した時点で尽き果ててしまった、知識に対する独占欲好奇心に対して釘を打ち付けるかのような、それは罪悪感を俺に植え付けるための十字架だった。

 何故なのだろう。

 何故我々は本が読めなくなってしまうのだろう?


 ここに至る理由には色々あると思うのだけれど、第一に思い浮かぶ理由といえば加齢である


 残酷な、そして受け入れがたい真実――加齢は脳を萎縮させる。

 人間の脳は部位によっては三十代を超えてもなお成長し続けると一般に言われているが、しかし厳然として人間の肉体は二十代の半ばを境に衰え続けるのも事実である。というか、どちらかと言えば成長よりも衰退の方を意識せざるを得ないのが殆どではなかろうか、と思う。我々は衰退している。というか、我々の脳は衰退しているのである。衰退しました。
 ――つまりは、我々は一度読書能力を失ってしまうと、よっぽどの克己心を持たない限り――あるいは、そのような驚異的克己心を持たない限り――そのような超人的克己心に基づく人格改造なり人体改造を経ない限り――再び読書能力を取り戻すことは、難しいということなである

 残酷な、そして、受け入れがたい真実

 俺もそうであった。

 読書能力との別れは辛いものである

 それは、まるで一人の気のおけない友人との別れにも似ている。


 結論から言うと、俺は再び読書ができるようになった。


 ぶっちゃけると何でなのかは分からない。でも、確かにできるようになった。

 復活した。アーメン



イースターの季節ですね)

p.s.このテキストを書いたのは4/22です)


 去年の夏頃からその能力は突如として再生した。昨年から現在に至るまでの読書量は、読書能力が失われていた時代を遥かに超えている。ここのところお硬い文学小説にばかり目を通しているのだけれども、ここ一年間くらいで読んだページ数は5000頁を優に超えた。これまでの読書量を遥かに凌駕するレベルである(待っててくれプルースト

 正直なところ、何かを意識して自己改革したという記憶殆どない。強いて言うならば、当時スマートフォン通信制限喫緊重要課題と成り果てていたため、そのデータ通信量を節約するという実情に迫られて、通勤手段である電車に乗り込んでから本を読むようになったのがその理由と言えるかもしれない。


 行きに十ページ、帰りに十ページ。

 それを毎日

 仮に、一ヶ月の間に通勤期間が二十三存在するとすれば、行きに十ページ帰りに十ページを繰り返すのであれば、一ヶ月で我々の読書量は460ページに到達するということになる。

 猿でも分かる(猿には分からない)計算である


 とは言え、まずはそういうレベルから始めるのが得策であろうと思われる。人間は恐らく一日の間に二十ページ以上の本を読むことはできないのだ――特に文学小説のような対象相手取るのであれば、僕らの克己心は我々の想像する以上に貧弱なのである

 さて。


 これは正確に言うとライフハックではない。

 電車の行き帰りで、それぞれ十頁ほどの時間読書に費やすようになった男が存在している、というだけの話である

 そう、キーワード電車だ。脳ミソと通信量のダブルダメージを避けようと、不意に読書人生途上で――つまりはレールの上で――再開しただけの、それだけの話なのである


 参考になったであろうか?

 恐らくは、なるまいと思う。

 とは言え、かつて存在しその後に失われてしまったところの能力が、突如として復活するということは有り得るのだと――俺はただただその事だけを――伝えたかったのだ。今日を生き始めたものけが、かつての息吹に再び胸をなでおろすことができるようになるのである

 皆さん、本を読みましょう。

 魂を取り戻すために。

2019-05-08

意識高い系

僕は意識高い系と呼ばれる人たちを批判する人々が嫌いだ。なぜなら、自分に高い目標を課している人たちの揚げ足取りをする平凡な人たちが公然批判しているのを耳にして、なぜこの人たちは恥ずかしいと思わないのだろうと思うからだ。

どうやら、意識が高く実力も素晴らしいような、思考と結果が結びついている人たちのことは「意識高い」というそうで、そうではなく実力が意識に対して伴っていない人たちのことを「意識高い系」と言うそうだ。平凡な人たちは、いわゆる「意識高い系」の人たちを蔑むことで、自分立ち位置を安定なものにしようとしているのかもしれない。

実際、日本学校では熱心に勉強したり読書したりする人を、ネガティブな印象で捉える風潮がある。大学受験勉強でも、「苦しい先に未来がある」だとか「この苦しさを成績に変えろ」だとか、勉強を苦しいものだと認識し、勉強楽しいと思っている人間はどこかそれを口にして周りの人間と楽しさを共有できない感覚がある。(ただ、私立進学校や県でトップクラス公立進学校はおそらく違うと思う。そもそもそういう人たちはそんなことを1ミリも思わないだろう)

こういう負のイメージ意識高い系批判する人々、さらには風潮を醸し出しているのではないかと僕は考える。むしろ意識高くない人たちが問題なのではないか?彼らは実は意識(だけ)が高くて、それを実行している人々が羨ましくて、ついいじめちゃうツンデレばかりなのか?それとも、自分の狭い世界地図を広げたいとも思わない、好奇心を失ってしまった屍なのか?

いずれにせよ、公然意識高い系批判する人は、せいぜい物欲を満たす程度の自分意識の低さを間接的に晒すのが得意なプロなのだろう。そして、それを恥ずかしいとも思わない鋼のメンタルの持ち主なのだろう。僕は、結果に関係なく意識高い人たちが、その他大勢の凡人に揚げ足を取られるような社会を望まない。

しかし、そのようなことは絶対に起こらないだろう。なぜなら、人を嫌悪する感情は、人間が持つ基本的感情の一つなのだから

2019-05-06

梅田飛び降り動画を見て

何となくtwitterを開いたら梅田飛び降り自殺動画話題になっていた。

人が死のうとする場面を撮影するなんて非常意識

カメラ回してるやつは人としておかしい!

まあ、正論っちゃ正論なのかもしれないけど、そんなことは現代日本に限られたことじゃない。

昔の戦争中のレ●プ動画なんかがあったり公開処刑に群がっていた人々が居た事実から見るといつの時代好奇心や遊び心でそういった行為に及ぶ人間というのはいもので、SNSという便利なツールがあることで広まりやすくなったというだけに過ぎないと個人的に思う。

所詮歴史上の衝撃的なワンシーンでしかなく、撮影者は貧困集落実態繁華街の闇を探るどこぞのカメラマンなんかと根底は同じでそこには善悪は無いんじゃないかなーなんて考えたり。

また、わざわざGW日中なんて人の多い時間を選んだ彼女を見るとその辺も覚悟の上というかそんな気がしないでもないし、彼女の通う学校から部活動にて不適切指導があったという発表もあって彼女があえて選んだ場所でもあるような。

まあその辺は死人に口なしなの憶測の域から出ることは無いし探偵みたく推理したとこで野暮だなと思いながら書いてるとこもある。

それから、「自殺なんてしなくても・・・」なんて声がこういったニュース毎にあるけれど自殺に良し悪しもないと個人的には思う。

同じ人間とはいえ中身は全く別物であって、私たち彼女の心の内など到底理解できないし、他人から見ていくらでも選択肢があるように思えても彼女にとっての選択肢というのはもう飛び降りる以外になかったんだろうな。

飛び降り理由絶望であれ腹いせであれ、それが彼女が選んだ道なんだと私たち傍観しているしかない。私のように彼女をよく知る身近な人間以外は所詮他人他人事でしかない。

ただ、つい最近まで

「もう消えてしまいたい、この世に存在しなかった者として消えて無くなりたい」

とばかり考えていた私にとっては、未熟で卑怯でどうしようもない私とは違い彼女はとても勇敢で強い人間だったのではと勝手に思っている。

そして、今まさに人生の節目っぽい場所にいる私にとって、生きたい、私はまだまだ生きていたいと強く思わせてくれた。

不謹慎ながら動画を見たことで私のレベルが一段階上がったようにさえ感じるほどに。

多分私もあの動画撮影者と何ら変わりないし、もしかしたらそれ以上に世間的に頭のおかし人間なのかもしれない。

それでも、私はあの動画に何か生きる上でプラスになるものを与えてもらった気がするのだ。

青春の思い人は推し概念に一番近い

私は自身オタクであると自認しているが、ツイッター等で語彙力低下した奇声を上げるオタク諸氏と比べると執着・感情が薄い方だと思っている。もちろん推しキャラはいる(いた)が、そこまで熱心にコンテンツを追いかけた試しがないし、数か月で冷めて離れてしまう。

リアル人間関係特定の人とべったり仲良いということはあまりない方だ。

だが、そんな私がこっそり十余年におよび執着している対象がいる。相当気持ち悪い怪文書ポエムになる気がするので、ここでネットの海に放流しておく。


酸味8割のレモネードの甘酸っぱさ

それはまあ、要するに昔好きだった人(実在)のことなのだが。理由を後付けで推察するなら、私がクラスいじめられてて誰も口を聞いてくれなかった時に、最初普通に接してくれたのがその人だったからだと思う。

うんうん、イイハナシダナー。

でもそれだけである。この同級生Tとはその後ほとんど接点がなかった。当時人間関係にびくつきながら生活していたスクールカースト下層地味真面目オタク族の私は、今でいう所のウェイであるTに自ら話しかけることすらなく卒業した。

イイデスネー。

青春の甘さ控えめの思い出デスネー。もちろん私も卒業したら忘れるだろくらいのつもりでいた。ところがそれ以来10年以上、私誰かに恋愛感情を抱いたことがない。

そして私の脳内とある機密性の高いフォルダは新しいデータで上書きされることな放置されてしまった。

感情という糧が欲しい

だが、それでも、たまに、

動悸すらするようなキラキラした感情を抱きたい気分の時がある。

世間蔓延する恋愛を歌った歌詞ポエム意味理解したい時がある。

到底口に出せないこっぱずかしい妄想と共に眠りたい時がある。

そこはハッピーオタクのパワーの面目躍如というやつで、推しがいる時は推しでいい。何せ私は割と夢女寄りだし。しかし冒頭の通り、私は感情の薄いオタクなので、心躍る推しがいない時期が結構多い。

そんな時には私はTの残像を引っ張りだしてきた。当然、卒業してから会ったこともないし、今どこで何をしてるかも知らない。当時の人物像と感情を、私は大事しまい込み、引っ張り出し、焼き増しし、繰り返しコピーしては眺めてきた。最早擦り切れて原型を留めていないその人物像を、流石に私もリアル人物とは捉えられない。人は変わるのだから「このT」はもうどこにも存在しない。どちらかというと偶像とか概念に近い。

つの間にか、この残像への執着はどちらかというと二次元推しに対するそれに近くなっていた。

自分は関わりを持てないし(ほんとは持ちたいけど)持たなくていいけど、

どんな生活してるのかなとかは空想したいし、

でもとりあえず何でもいいか幸せでいて欲しい…

そういう存在になってた。

自分でも意味不明だし超キモイと思うけれど、「推し」って言葉が一番近い。語彙力の足りないオタクなので他に表現しようがない。でも聞いてください!!!三次元に!!推しがいるってハッピーなんですよ!!!何せ推しが生きている限りオワコンにならない!!!どんな覇権アニメでも最後過去の物になるけど、今日推しはどこかで寝て起きて(たぶん)仕事してごはん食べてるんですよ。え?お前何も知らないだろって?うるさいな!!あくまで私の手元に届いてないだけで毎日新規コンテンツ生産されてるんだよ!すごい!!

………。

そんな心持ちでいる。

Tには日本の(きょうび海外かも)どこかで元気にやって欲しい…。

なぜならオワコンにならないのだから

しかし、時代の変化はすごい。私の妄想エアコンテンツではなく、正真正銘本物の新規コンテンツを突如投下してくる。いつだって現実空想凌駕するのだ。

そう、フェイスブックFBである陰キャオタクの私はFB流行りだした当初、当然のように忌避して近寄らなかった。しかしある時気づいた。この恐ろしいツールを使えば疎遠になってしまった同級生とかTとかTとかの最近情報が分かるのでは???いやあまりに恐ろしい。まさしくパンドラの箱である

私はTがいかにクソなウェイ野郎になっていても全然かまわないつもりでいた。何せかつてTHE・クソガキという感じのうるさくて下品でおふざけの酷い子供だった彼であるちょっと反社会的意味での)素行の悪い噂すら耳にしていた。オールオッケーである

推し存在するだけで尊い

よし、好奇心には逆らえない。

…探した。

…見つけた。

かくして、そのアカウントプロフ写真に写っていたのはウェイ感の欠片もない黒髪眼鏡地味男だった。

私は解釈違いのあまり発狂した。

厄介キモ感情激重オタク、ここに極まる

アイエエエエエ!!!???

ナンデェエエエ!!!???

まり記憶と似てないので他人アカウントかと思って五度見した。ほとんど公開情報はなかったが、共通友達欄といくつかの項目的に本人に間違いない。全然違う、違いすぎる。首をかしげながらスマホを回転させ、十n年前の写真とも比較した。私が人の顔をあまり識別できないタイプなのもあるが、わからない。混乱を招いている眼鏡部分を手で隠したりして十度見くらいした結果、やっぱり本人と認めざるを得なかった。

……。

エエエエエエ!!!!????

ナンデェエエエ!!!???

現実による予想鋭角斜め上の襲撃を私は受け入れられなかった。

だってそうだよ。かつてクラスの皆が避けてた奴と平気でヘラヘラ話すようなパワフルなウェイだったから私は救われたのです、好きだったのです。断じて私の推しは、こんな工学部キャンパスで周囲の9割を占めていたような第一印象オタクマンではない。強いて言えばキ・モ・オタクではなく清潔感のあるオタクといった感じなのは救いだが、そういうことではない。人は見た目で判断すべきでないし、スーツ写真だったので地味に見えただけかもしれないがやっぱりそういうことではない。私は数日睡眠妨害を受けた。

しかしこれが現実である10年も経てば人は別人というのは常々思っていたはずなのに、どこか都合良く除外対象に入れて現実逃避していただけだ。

友達申請についても検討したが、もうブームがひと段落して放置されているアカウントが目立つ時期だったし、Tは当時の同級生とあまり繋がっている形跡がなかったのでやめた。申請して「誰だよコイツ申請拒否ポチー」とかされたら一生立ち直れる気がしない。)

私はそのプロフ画像直視できるようにならないままFBそっ閉じした。

そしてちょっとだけ上書きした推し概念をまた脳内しまい込んた。

そして、いつだって現実空想凌駕ry)

脳内現実乖離が激しくなってしまったが、とりあえず推しが元気にしてるならそれでいい。だが、現実は予想だにしない方向からパンチを入れてくる。

私にはKという昔からの友人がいて、Kは同級生だった当時Tと仲が良かった。今でこそ私はKとかなり親しくしているが当時はそこまでてなく、Kを接点にしてTと関わることはなかった。そしてKは根っからの厄介オタクなので、Tやその周囲のウェイ達と親しくしているのが当時不思議だったものだ。クラス友達関係なんて進級や卒業で薄れてしまうことはあるし、Kが当時の同級生について言及したことはほぼなかったため、とっくに関わりないものと疑わなかった。

しか最近、KがポロッとTについてしかも明らかに最近のTについて言及したのだ。私は飲みの席で一気に目が覚めて飛び上がった。

そして「何か近況聞いてるなら教えてよ~」と言ったのだけれど、「そういうのを口が緩いって言うんだよ」とぐうの音も出ない正論スルーされてしまった。Kはこういう奴なのだ。ぐう。

そしてまた数日睡眠妨害を受けた。

しかしここで布団にくるまれてぐるぐるする思考の中、あることに気付いた。Kの友人ということは友達友達であるノード2つ先である。二親等の祖父母の忌引きですら3日休める。めちゃくちゃ近い。存在リアルすぎる。「友達の兄が聞いてきた話」みたいなのとは格が違う。

私は青ざめた。Tは実在人物でこそあれ、もう接点のない準架空存在であると思えばこそ推しとかなんとか言って気持ち悪い感情を向けていたのである。このキモさはリアル人間に向けていいものではない。

アカン。

大体向こうの立場になってみろ。そんな奴いたかぁ程度の同級生から永久的に執着されてるなんて意味不明すぎて、寒気で震え上がるわ。自分だったらお祓いに行く、うん。

……。

でも多分、この脳内のこじれて肥大化したフォルダを今更捨てるとかは無理だ。絶対何かの拍子に思い出してしまう。執着というのは中毒性の高いドラッグのようなもので、これまでの執着が重りになって足を引っ張る。天井まで2/3くらいになった時のガチャくらい恐ろしい。

苦い檸檬匂い

以上、自分が何を思って何に執着しているのか最近よく分からなくなってしまった。

ところで米津玄師のLemonって歌あるじゃないですか、もっといい歌たくさんあると思うけどテレビだと妙に推してるやつ。この前初めてちゃんと聞いてみたら、超いい歌で感動した。サビの「今でもあなたは私の光」っていい言葉だなぁ。うん、そういうことだよ。

もし、もしも、どこかでまた会うことがあったら、変にならない範囲で、お礼を言いたい。

「覚えてないだろうけど、知らないだろうけど、助けてくれてありがとう」と。

私の半生に沢山の感情をくれた感謝を込めて。

でもこれも、ただの一連の空想しかない。そんな機会は万に一つくらいしかないでしょう。

そして私は、未だに直視できないFBプロフ画像風景写真かに変えられてしまう前に保存しておくべきか悩んで、スマホそっ閉じして現実に帰ります

10連休終わりですね、仕事行きたくないです。

2019-05-01

人に期待しない生き方

かにストレスは減ったが、

自分でやらなきゃ行けないと思うようになりそろそろ辛い。

と言うか、誰にも期待できないって孤独すぎる。

期待されたいし期待したい。

切磋琢磨したい。

好奇心がない人が周りに多いのかな。

好奇心がなければ、

スキルは上げようとしない。

他人理解しようとしない。

新しいものに触れない。

これもチョット違うな。

クリエイター好奇心あると思う。

でも他人に興味ないから高圧的な人が多いんだろうね。

から仲良くしたくても嫌になって縁を切ってきた。

今仲良くしてる人達好奇心がないから楽しくはないかな。

でも人としての礼儀とかは出来てるから付き合えてる。

ただ、好奇心がないから新しい発見はないし、知らない事はやりもしないか最近面白くないかな。

別に全部合わせろとは思わないけど、やっても無いのに決めつけないで欲しい。

なんかさ、イラッとくるんだよね

2019-04-30

ハプニングバー、援交、パパ活クラブ。あらゆるチャネルで生きた

ハプニングバー出会い系サイトでの援交、パパ活アプリ恋愛マッチングアプリクラブとありとあらゆるチャネルを使って3年で60名以上とセックスしてきた。

見知らぬものへの好奇心と、生来の性欲と、仕事で埋められない自己肯定感の欠如と、夜の世界で働いていたことに起因する少しの自信と、自己肯定感を補うための買い物による金銭の欠乏と、すべてがないまぜに、東京の夜に埋もれてきた。

上京して3年の都内OL。名のある事業会社に勤めるキャリアOLなので、割と俗っぽい出会い系サイトで会って話すと「こんなちゃんとした人と会えるなんて」と驚かれることも多かった。身元を明かさなくてもふるまいだとか話し方だとかにあらわれる。セックスお金をいただくサービスはいない属性だった。

そんな中、2年半ぶりに彼ができて、とてもそわそわしている。嬉しさと愛おしさと、でも、その反面信じて身をあずけることができない自分がいる。

わたしが後ろめたいことが多かったからか。すこしでも疑問に思われる行動をされると、あらゆる想像が働いてしまう。自分のいままで、自分と接してきた異性たちが秘密をもっていたように。

まだアプリたちを消せていないし、連休中にパパ達と会う予定もある。

そろそろ後ろめたい隠し事をしなくてすむ生活をしたい。一人のひとをちゃんと愛せる人になりたい。

2019-04-29

ギャグ漫画を描きたい

 努力継続するのには、才能が要ると思う。

 と、いうのは何年か人間をやってみてつくづく実感した事だ。

 小学生の頃は漠然と、「まあ、大人になればなりたいものになれているだろう」と考えていた。

 そんな私が、思い描いていた己の夢に対して、何かしらの努力を積み重ねたかというと、そりゃあ多少は頑張った事もあるが、現実はほぼゼロに近い。

 ギャグ漫画家になりたいと考えていた。

 でも、私は「ギャグ」がどういうものかなんて一度も研究した事が無い。落語お笑いも今一つ興味を持てないで大人になった。

 そもそも漫画の描き方を勉強した経験もないし、絵の練習をまともにやった事すら無い。

 子供の頃はよくアホ面で絵を描いていた。算数社会の授業が嫌いだったから、ノート教科書の隙間によく下手糞な落書きをして、先生に見つかっては呆れ顔で注意されていたっけな。

 中学校に入っても絵を描く意欲は持っていた。とても上手な先輩が居て、彼女の絵を見るのが好きだった。自分もこういう絵を描けるようになりたいと思った。

 美術部に入って、真面目に勉強しようとは考えていた。でも、身体の弱い私を心配した家族担任相談して決めた結果、強制的サッカー部に入部させられる事になった。怒られるのが嫌いだったから、部活動には真面目に励んだ。いくら頑張っても運動音痴なままだったけど、卒業式の帰りに、顧問先生に引き留められて、抱き締められながら「よく頑張ったな」と言われた時は、なんだか報われた気がして、泣きそうになった。

 いつの間にか絵を描かなくなった。自然に。多分、部活動に夢中で、余裕が無かったから。

 高校生になって、独創的で可愛くポップな絵を描く少女出会った。彼女は私のことが嫌いみたいで、近寄ると冷たい対応をされたけど、私は彼女の事が嫌いじゃなかった――というより、私は彼女の絵が好きだった。

 影響されて、久し振りに絵を描いた。でも、描いても描いても納得が行かなかった。絵を描こうとするたびに、絵を描くのがつまらなくなって行った。

 彼女みたいな絵を描きたい。それだけだったのに。

 私は絵を描くのをやめた。

 物語世界に浸るのはとても好きだ。だからアニメも見るし、漫画もよく読む。ゲームも頻繁にやる。

 私は眼があまり良くないし、集中力も人より低いと自認している。だから映画だけは、本当に琴線に触れたときしか見ない。

 閑話休題

 中学校で一度だけ、鬱病になって引き籠っていた時期がある。復学したときに、クラス担任が新任の若い先生になっていた。

 彼は私と仲良くしたかったみたいで、よく趣味や好きなものを聞かれていた。でも、特に思いつかなかった。その時期は本当に、何にも没頭できず、打ち込むことすらできず、死んだ魚の目でぼうっと生きていた。好奇心すら砂塵ほども存在しなかった。

 さて、新任の先生は本と映画がとても大好きな人で、私にもそういう自分趣味を勧めて来た。はじめて渡された本は、有川浩の「海の底」、「フリーター、家を買う」、「シアター!」の三冊。

 「気が向いたときに呼んで欲しい」――そう言われた私は、放課後の自室で、ベッドの上に横たわりながらぱらっと本をゆっくり捲りながら、「海の底」を読み進めて行った。

 とても、面白かった。ただの文字列が鮮明な映像に変わって行く感覚は、台詞ひとつひとつが声をとして再生されて行く感覚は、とても奇妙奇天烈だけど楽しくて、己の感性に訴えかけてくる何かが、確かに私の胸を惹き付けて堪らなかった。だから、私は次々と本を読み進めて行った。

 それから、私と先生の奇妙な関係卒業まで続いた。おすすめの本を貸して貰って、私も自分で買った本を先生に貸して、読み終わったあとにお互いの感想を交換する。

 自然と、私の読書量は増えて行った。教科書を読むのは嫌いだったけど、小説を読むのは難の苦も無く出来ていた。

 高校に入ってから幾何か落ち着いたけど、それでも本を買って読む習慣は、いつまでも続いて行った。

 本を読み耽る趣味が出来て、私も何かしらの物語を書きたいという欲が出て来た。

 見様見真似で文章を書いて、それをインターネットにいくつか上げた。

 はじめは、酷評アドバイスも素直に受け止められていた。だけど、自分文章自分なりの拘りが出来て行くたび、評価が怖くて誰にも見せられなくなって行った。

 ランキング上位に来ている小説を読んで、なんでこんなものが? と考えるたび、自分の才能や資質を疑うようになる。

 そして、何の努力もせず、単に良い評価だけを得たかった己を自覚して、恥じ入って、とても死にたくなった。

 もしかしたら、あの駄文は、とても拘ったシナリオ構築のうえで成り立つ、とても凄い小説なのかもしれない。

 あるいは、このサイトの客層やニーズを考え、需要のある設定とキャラクターを考えて作られた、評価されるべくして評価される小説なのかもしれない。

 私には、とてもそんな事はできない。私は自分の好きなものしか書けない。書きたくも無い文章を書くのは、苦痛しかないし、文章を書くという行為は多大な体力を消費する重労働だ。

 案ならいくつでも浮かぶ――だけど、推敲する度に、これで良いのかという疑念が湧いて来る。読み返す度、自分文章がつまらなく感じて行く。ジレンマの中で、私は筆を折った。

 今でもたまに、何かしらの物語を書きたくなる時がある。

 そのたびに、得るものが欲しくて小説を読み始める。義務的にはじめた読書は、とても苦痛に感じてつまらない。読みたくて買った本を棚にしまって、現実逃避をはじめてしまう。心の中に生まれたどろっとした何かが、気分を悪くする。

 一種の習慣と化していた創作行為が、私の心を蝕んでいる。

 ギャグ漫画家になりたいと、今でも考えている。

 絵が下手でもいいから、ギャグセンス大衆受けしなくてもいいから、何かしらの何かを遺したいと思っている。

 努力継続するのには、才能が要ると思う――そんなのはただの言い訳だ。そんなことは、分かってる。

 ただの怠惰人間言い訳だ。無産の人間が尤もらしくほざいたところで、現実は何も変わらない。

 でも、言い訳をしていないと、自己正当化をしないと苦しくて何もできない自分も居る。

 どうすればいいのだろうか。もう、何も分からない。

 取り敢えず、気が向いたら絵を描こう。そう思った。

この職場、心理的安全性が確保されていないね?(ブラック企業)

 

心理的安全性とは、サイコロジカル・セーフティ(psychological safety)という英語和訳したものであり、ビジネスと強い関連性を持つ心理学用語です。

心理的安全性は、他者の反応に怯えたり羞恥心を感じることなく、自然体の自分を曝け出すことのできる環境雰囲気のことを指します。

 

心理的安全性 - 「チームの中でミスをしても、それを理由非難されることはない」と思えるか。

 

エドモンソン氏は、チームの心理的安全性を高めるために個人にできる簡単な取り組みとして、次の 3 点を挙げています

  1. 仕事を実行の機会ではなく学習の機会と捉える。
  2. 自分が間違うということを認める。
  3. 好奇心を形にし、積極的質問する。

 

感情表現を読み取ることについて

縁あって「恋は光」という漫画を読みました。感受性の乏しい自分の心が大きく揺さぶられ、ぽつりぽつりと考え事をしたので日記に残したいと思います。彼らの交換日記のやり取りを見ていたら、連休の夜にしみじみとその日の考えを日記にしたためるのがとても魅力的に思えてしまったのです。

私は創作物感情表現を読み取るのが好きではありません。多少の正解不正解はあるものの明確な真実はなく、その割に読み取った内容に優劣がつく、息の詰まる行為だと思います。ですから創作物の好みは大味のエンタメ作品に寄りがちです。そういった作品では、無理に登場人物気持ちを読み取らなくても、その作品体験している間の自分の心の動きでもって、その作品を十分に楽しんだということに自信を持てる気がするのです。近年だと、「君の名は。」「グレイテスト・ショーマン」などが象徴的です。いずれも、登場人物の心の機微によって深い余韻を残すというよりは、圧倒的な映像音楽で瞬間的な感動を作り出す類の創作物だったと思います

「恋は光」は、恋愛に係る感情表現を主とするにも関わらず、その感情表現によって心揺さぶられたと確信が持てる、とても珍しい作品でした。自分にとって「恋は光」が特別な点は、感情表現の具体性と一意性にあると感じています。例えば、登場人物が悲しければ、どういった理由でどのように悲しいのか心の声でつぶさに語らせます。そこに独自解釈を持ち込むことはおそらく難しいでしょう。作者が表現したい論理構造が、一切の誤解なく、充分な情報量を伴って伝わるように漫画が作られていると感じます。これが「恋は光」の優れた点だとは思いません。論理構造感情表現昇華されていないといった否定的見方もできる側面だと思います。ただ、私に適した感情表現手法が取られていて、その手法を通して届けられた、自分にとっては珍しい豊富情報量を伴った感情表現に心を揺さぶられたということです。

感情表現を読み取りたくない自分、という認知は時に苦痛を伴います。巡り巡って思慮の浅さや希薄好奇心が白日のもとに曝露されるような思いを味わいます。頭を使って感情表現に向き合っている人たちの方が世間体は良いでしょうし、こちらは泣き寝入りするしかありません。創作物くらい好きなように楽しめばいいのでしょうが感情表現に向き合っている人はその苦労に見合う喜びを確かに得ていて、羨ましいやら情けないやら、創作物を楽しむどころではないのです。しかし「恋は光」という作品は、ジメジメした乏しい感受性ものともせず、私に感情表現を楽しむ喜びを届けてくれました。そういう作品出会たことが嬉しく、「恋は光」は私にとって特別作品なのだと思います

まれ人間の子は恵まれ運命にある

ついさっき、ある子育てアカウントを知った。

恐竜が大好きな娘を持つ専業主婦日常ツイートだったが、呟きを遡っていて2つのことに驚いた。

1つは、その娘の好奇心の強さだ。

小学校低学年にも関わらず、誰も知らないような細かい知識を詰め込み、大人でも挫折するような分厚い本を読み、自分なりの考察まで立てている。

私も小さい頃は恐竜が好きだったが、ポプラ社恐竜図鑑を2、3度読んで飽きてしまう程度だった。そもそも生涯でそこまで強い好奇心を抱いたことがなかった。

もう1つは、その家族文化資本の高さだ。

母親毎日恐竜話に付き合い、恐竜の本ならなんでも買い与え、恐竜グッズを作ってあげたり、ディスカバリーチャンネルなどを一緒に見てあげたりする。父親は週末になると博物館に連れて行ったり、恐竜専門家と連絡を取って直接話をさせてあげたり、発掘体験などに参加したりする。娘の祖父母は孫のために恐竜ぬいぐるみ化石プレゼントする。

そうした呟きを見る度に「娘のためにここまでやるのか」と驚愕した。私は自分が恵まれ環境で育ったと自負しているが、周りからこうした施しを受けたことはほとんどなかった。せいぜい図書館に連れて行ってもらったぐらいだ。これこそがいわゆる「文化資本が高い」ということなのだなと認識した。

私が体験たこの2点の驚きからタイトルの主張を導き出せると考える。

その理由は、この娘の非常に強い好奇心が、間違いなく文化資本の高さに起因しているからだ。この家族は娘の「恐竜もっと知りたい、もっと触れたい」という気持ちに100パーセント応えてくれる。自分好奇心を妨げるものが何もないから、深く深くまで研究できる。そしてここで学んだ、勉強の仕方、知的好奇心の満たし方、(多様な体験したことによる)チャレンジする大切さなどは、後の人生においてかけがえのない財産となるだろう。

また、もう1つの理由は、この高い文化資本提供することができるのは、極めて恵まれた一握りの人間だけだからだ。今の時代専業主婦でいるためには夫が相当稼いでいる必要があるし、その夫がその稼ぎを維持しつつ家族サービスまでするには、とんでもないホワイト企業に入るしかないだろう。さら祖父母が健在で何かあれば助けてもらえる体制を作っておくことも必要だ。また、家族好奇心に対して深い理解を示していることも不可欠な点だろう。

以上の理由から、恵まれ人間の子スタートラインから我々よりはるか先に位置しており、親のように恵まれ続ける運命にあるといえる。

2019-04-24

anond:20190423112744

理系子育てだと、直ぐに答えることはなく、「良いとこに気付いたね」と褒めてやり、

「どうしてなんだろうねぇ、不思議だねぇ」と好奇心煽り

「空って青くない時もあるよねぇ」とヒントを出し、会話を続けて行くな。

核ミサイルスイッチを押したい




どんだけ、人が苦しもうと、どれだけの人間が死んでいこうと


ただ自分自身好奇心だけを優先できる




そういう人間で、私は有りたい。

2019-04-23

本が読めなくなった自分が再び本を読めるようになった話

 本が読めない。

 読書家が人生において遅かれ早かれ直面するところの事件である

 本が読めない。


 特に文学小説が読めなくなった。


 当方二十代後半の男であるが、今より遡ること十八年ほど前にラノベブギーポップは笑わない)と出会い、それ以降文芸における視野国内外純文学文芸作品へと広げ、様々なジャンルにおける読書体験を営みながら、これまでの人生を生きてきたのである

 そして、その読書体験の勢いと呼ぶべきものを二十代の前半辺りにまで持続させ、さてこれから人生においても長い付き合いになりそうだなあ、などと呑気に構えていた時分、不意にその能力消失したのであった。


 読書能力消失

 何故なのかは分からないけれど、突然本が読めなくなったのだ。

 書物との別れ。


 何故なのだろう?

 当方通勤に一時間以上を費やす難儀な民であるため、通勤時間中は心を半ば無にし、脳の活動を極低状態にまで抑え、死んだ目で通勤していたのが仇になったのだろうか。
(皆さん、覚えておいてほしいのだけれど、通勤時間20分を上回るようになると脳の鬱傾向が加速するというエヴィデンスがあるそうなので、通勤時間はできるだけ短縮するようにしましょう)

 でも、俺に関して言えば未だに通勤時間は二十代の前半から変わっていない。むしろ職場の変更から伸びたくらいであって、つまりその移動距離は未だに脳に対して厄介な負担を掛け続けているということになる。


 まあそら本も読めなくなるわな。

 考えてみれば当たり前の帰結である


 とにかく去年の夏に至るまでの数年間、俺は本を読むことができなかった。


 読みたい本はたくさんあった。それこそ山のようにあった。かつて、若き日の盛りに大阪へと日帰りの小旅行に行った思い出があるのだけれど、それは梅田存在する某超大型一般書店に立ち寄るためだけに計画された小旅行なのであった。そんなこんなで、俺はその超大型書店へと赴き、そこで購入できる限りの本をわんさと買った後で、地元へと帰還したわけである。無論、それらの本の内の殆ど積ん読ルートを辿り、今も尚本棚一角を占めその存在感を俺にアピールし続けている。

 まるでそれは十字架だった。

 俺の、購入した時点で尽き果ててしまった、知識に対する独占欲好奇心に対して釘を打ち付けるかのような、それは罪悪感を俺に植え付けるための十字架だった。

 何故なのだろう。

 何故我々は本が読めなくなってしまうのだろう?


 ここに至る理由には色々あると思うのだけれど、第一に思い浮かぶ理由といえば加齢である


 残酷な、そして受け入れがたい真実――加齢は脳を萎縮させる。

 人間の脳は部位によっては三十代を超えてもなお成長し続けると一般に言われているが、しかし厳然として人間の肉体は二十代の半ばを境に衰え続けるのも事実である。というか、どちらかと言えば成長よりも衰退の方を意識せざるを得ないのが殆どではなかろうか、と思う。我々は衰退している。というか、我々の脳は衰退しているのである。衰退しました。
 ――つまりは、我々は一度読書能力を失ってしまうと、よっぽどの克己心を持たない限り――あるいは、そのような驚異的克己心を持たない限り――そのような超人的克己心に基づく人格改造なり人体改造を経ない限り――再び読書能力を取り戻すことは、難しいということなである

 残酷な、そして、受け入れがたい真実

 俺もそうであった。

 読書能力との別れは辛いものである

 それは、まるで一人の気のおけない友人との別れにも似ている。


 結論から言うと、俺は再び読書ができるようになった。


 ぶっちゃけると何でなのかは分からない。でも、確かにできるようになった。

 復活した。アーメン



イースターの季節ですね)


 去年の夏頃からその能力は突如として再生した。昨年から現在に至るまでの読書量は、読書能力が失われていた時代を遥かに超えている。ここのところお硬い文学小説にばかり目を通しているのだけれども、ここ一年間くらいで読んだページ数は5000頁を優に超えた。これまでの読書量を遥かに凌駕するレベルである(待っててくれプルースト

 正直なところ、何かを意識して自己改革したという記憶殆どない。強いて言うならば、当時スマートフォン通信制限喫緊重要課題と成り果てていたため、そのデータ通信量を節約するという実情に迫られて、通勤手段である電車に乗り込んでから本を読むようになったのがその理由と言えるかもしれない。


 行きに十ページ、帰りに十ページ。

 それを毎日

 仮に、一ヶ月の間に通勤期間が二十三存在するとすれば、行きに十ページ帰りに十ページを繰り返すのであれば、一ヶ月で我々の読書量は460ページに到達するということになる。

 猿でも分かる(猿には分からない)計算である


 とは言え、まずはそういうレベルから始めるのが得策であろうと思われる。人間は恐らく一日の間に二十ページ以上の本を読むことはできないのだ――特に文学小説のような対象相手取るのであれば、僕らの克己心は我々の想像する以上に貧弱なのである

 さて。


 これは正確に言うとライフハックではない。

 電車の行き帰りで、それぞれ十頁ほどの時間読書に費やすようになった男が存在している、というだけの話である

 そう、キーワード電車だ。脳ミソと通信量のダブルダメージを避けようと、不意に読書人生途上で――つまりはレールの上で――再開しただけの、それだけの話なのである


 参考になったであろうか?

 恐らくは、なるまいと思う。

 とは言え、かつて存在しその後に失われてしまったところの能力が、突如として復活するということは有り得るのだと――俺はただただその事だけを――伝えたかったのだ。今日を生き始めたものけが、かつての息吹に再び胸をなでおろすことができるようになるのである

 皆さん、本を読みましょう。

 魂を取り戻すために。

2019-04-22

技師によるラジハ3話感想

・診断がザルすぎてやばい世間病院もっとしっかりしてる。

検査で異常影が認められた時、医者に報告することはあっても「追加検査をさせてください」とは言えない。

・情に訴えても無駄。というか癌が見つかろうが技師感情的にならない。

・たまきが劇中で撮影しようとしていたのは、ほぼ間違いなく膝関節。

・たまきはなぜ自分エコーをやらなかったのか。

時間外に技師好奇心特定患者撮影することはない。

・ただし、自身体調不良があるときセルフ検査はおこなうことがある(違法である)。

風俗関係商標ってあるんだな。

https://www2.j-platpat.inpit.go.jp/syutsugan/TM_DETAIL_T.cgi?ITEM01=106&KEY01=%83%58%83%5E%83%43%83%8B%83%4F%83%8B%81%5B%83%76&OPT01=02&ITEM02=107&KEY02=%83%58%83%5E%83%43%83%8B%83%4F%83%8B%81%5B%83%76&OPT02=02&ITEM03=103&KEY03=%83%58%83%5E%83%43%83%8B%83%4F%83%8B%81%5B%83%76&OPT03=02&ITEM04=705&KEY04=&OPT04=01&STIME=155592622751405538053141&HITCNT=1&S_FLAG=00&TERMOPT=01&PAGE=01&LISTNO=1&DISP=1

(511)(512)【商品及び役務区分並びに指定商品又は指定役務】 【類似コード

45 個室において異性の客に接触する役務提供派遣による人の住居又は人の宿泊の用に供する施設において異性の客の性的好奇心に応じてその客に接触する役務提供,個室において異性の客に接触する役務提供に関する情報提供派遣による人の住居又は人の宿泊の用に供する施設において異性の客の性的好奇心に応じてその客に接触する役務提供に関する情報提供

42Z99

商標区分45のなかにこんな役務が含まれているようだ。

これって性風俗の事だよな?

性風俗関係ってブランドとして育てるというイメージが私にはなかったので、こういう役務商標にあるというのは意外に感じた。

例えば派遣による人の住居又は人の宿泊の用に供する施設において~で登録されたなんとかかんとかという商標があれば、なんとかかんとかという名前デリヘル開業出来ないらしい。

商標権の効力は類似役務にも及ぶので、箱モノのヘルス名でも恐らくアウト。ということだよね?

2019-04-18

anond:20190418174235

そういえばそんなこともあったね。アントンは何がしたかったんだろう。好奇心かしら。

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