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はてなキーワード: 和歌とは

2019-06-12

かには蟹和歌には詠めない

こういうの教えてください

2019-06-02

[]吟行(ギンコウ)

1 詩歌を吟詠しながら歩くこと。

2 和歌俳句の題材を求めて、名所・旧跡などに出かけること。「仲間と春山を吟行する」

https://kotobank.jp/word/%E5%90%9F%E8%A1%8C-481080

2019-06-01

anond:20190531130225

原典を知ってる方がエラいから

和歌本歌取り典型

令和の時も原典厨が沢山湧いて出ただろ。

負ければニワカ認定というマウンティングをされる。

2019-04-29

推しに振り回されるオタク和歌

西行法師の桜の和歌推しの異性関係に振り回されるオタクの心で意訳しました

春風の 花を散らすと見る夢は
覚めても胸の騒ぐなりけり

【意訳】

何があっても私は推しの味方だよ。

世間の言うことより推しを信じます

初期のオタ。まだ現実を受け止められず目をそらしている段階。可愛いのはここまでです。

いかで我 この世のほかの 思ひいでに
風をいとはで 花をながめむ

【意訳】

夢を崩すようなプライベートプロとして隠し通してください

プロオタクとしての矜持が見えます推しにもプロとしての対応を求めています。対等な関係でありたいという願望も見えますね。

いかでかは 散らであれとも 思ふべき
しばしと慕ふ 歎き知れ花

【意訳】

応援してるファン気持ち考えたことある???????おん??????

末期のオタです。アンチに転じたりそのうち推し変したり。急にTwitterが鍵垢になり愚痴ツイート連投したりする。

春ごとの花に心をなぐさめて
六十あまりの 年を経にける

【意訳】

私の青春推しにすべて捧げました。

古参自分プライベート犠牲にしてもオタクを辞めなかった。気がついたら適齢期なんて過ぎてた。いろいろな修羅場(やらかし)をのりこえてきたのでいちいち驚かない。凪。推しがすこやかならもう何も望まない。

願はくは 花の下にて 春死なん
その如月望月のころ

【意訳】

死ぬ時は推しの顔を見ながら死にたい

ついにその一生を推しと添い遂げ支え続けた。真のオタ。合掌。


参考:

https://hisamitsu.exblog.jp/24276370/

2019-04-17

今日も女は嘘松

世界観

2019-04-14

大学院に行ってみたい

現在大学生で、就職先は実家家業と決まっている。大学院に行ってみたいなあと思ってる。実家継がないといけないんで今すぐには無理だし、いつになるかも分からんけど。

好きなだけ、好きなこと研究してさー。俺古典が好きで、漢籍とか和歌とかさ。宇宙物理学とかも興味ある。生物学も興味ある。全然関連がなくてどれにしようかなあなんて、宝くじあたったらどこに住もうか悩んでるみたいなこと考えてる。あと修士号持ちってなんかカッコいいよな。

大学院に行くなら京大がいい。普通はこの分野に強いからって大学選ぶんだろうけど、京大への強いあこがれがある。あの自由な、学術空間に身を置いて研究してみたい。50年後くらいに叶うかな。

2019-04-06

品田 悦一(しなだ よしかず、1959年1月30日[1] - )は日本日本文学研究者東京大学総合文化研究科言語情報科学専攻教授。専門は日本古代文学歌謡和歌特に万葉集』の東歌)。

群馬県出身東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学聖心女子大学文学教授などを経て、2004東京大学准教授2011年10月教授。初の単著万葉集発明』では、『万葉集』が近代国民国家文化装置として「国民歌集」の地位を与えられるようになり、「創られた伝統」として成立していくことになった過程研究。同著は中国語訳もなされた。斎藤茂吉万葉集享受研究でも知られる。

ネトウヨは「学者は信用できない」と反知性主義に逃げるしかない。

2019-04-01

新元号「令和」の駄目なところ

字面が「昭和」に近い

日常的に昭和と並べて使うことが多いはずで、読み間違いや聞き間違いが増えそうである

ついでに言うと「平和」との聞き間違いも起こりそうだ。

(重箱の隅と言われそうだが、イニシャルの被りや画数まで考慮されているのだから、このくらいは懸念してもいいはず)

(もちろん200年前の「享和」は使用頻度が低いので問題ない)

出典が万葉集である

1300年の伝統を廃してまで和書から選ぶ意義があったのか。

よっぽど良い言葉なら納得がいくが。

出典に意味が薄い

元号の選定にあたっては

国民理想としてふさわしいようなよい意味を持つものであること」

閣議報告で定められているが、

聖人南面而聴天下 嚮明而治」

「大亨以正 天之道也」

百姓昭明 協和萬邦」

「内平外成」「地平天成」

などと比べて

「初春令月 氣淑風和」

では明らかに意味が弱い。

単なる風景描写じゃないか

安倍総理による謎解釈

安倍総理新元号について、

「人々が美しく心を寄せ合う中で文化が生まれ育つという意味が込められている」

と述べたが、

どう考えても「初春令月 氣淑風和」にそんな意味はない。

正月気候もいいか花見宴会をして和歌を詠もう」程度のものである

深読み

出典となる題詞を最後まで読むと

「詩に落梅の篇を紀す。古と今とそれ何そ異ならむ。宜しく園の梅を賦して聊かに短詠を成すべし。」

とある

漢詩ではよく梅のことを詠んでるけど、そういうところは今と昔で変わらないよな、よし俺たちも梅の和歌を詠もうぜ!」

といった意味合いだが、

漢籍から引用をやめたことや「我が国文化」を強調していたことと併せて考えると、

この部分を「漢詩なんかやめよう」という単なる外国文化否定とみなしているような気配がある。

anond:20190401122726

当該箇所は「宴会するにあたって漢詩ではなく和歌を詠もう」という場面なので、

漢籍を出典とすることをやめて万葉集から採ったということと併せて深読みすると、

外国文化否定してナショナリズムを育む」という意志の表れと見ることができるんだよな。

2019-02-18

anond:20190218002044

ガイジンもそうだしバアサンもそうだし

みんなそうだよ

睨めっこしろとでもいうのか

それとも何か和歌を詠んだら目の前にあんたがいたとして歌で返してくれるんですか

2019-02-06

FGO紫式部実装されて、清少納言との百合カプはいつくる?とキャッキャしてるツイッターみてて、紫式部陰キャ清少納言陽キャ(もう古語やね)というざっくり知識から、色々ググって現代語訳された枕草子読み通した。

枕草子、正直色々勘違いしてた。

第一部だけ記憶に残ってたが、あれは彼女の良いところを思うままにつらつら紹介する文章だ。季節バージョン以外に池バージョン、木バージョン、虫バージョンなんてのもあるが正直ツマラネ。やっぱり感性合わねーんだよなぁ。あすなろの章みたいにデマと誤解で大ポカもしてるし。(この辺池上彰っぽさを感じて安心感もある。ぶっちゃけ可愛い

代わりに頭の弁シリーズが大好き。今や頭の弁の名前だけでめめっちゃ興奮する。清少納言目線相手6歳歳下かよ。そりゃ義弟ポジになるわ。恋愛要素ないんかーい。和歌が苦手で変わりに三蹟と称されるまでに文を磨く…には至っていない(片鱗はめっちゃ見せてるけど)若かりし頃の行成の姿がとても良かった。

定子様が出てくるエピソードは正直真っ直ぐ読めない。主人が没落する中で徹底的にポジティブに在りし日を遺したと知ってもう何も言えないわ。先に終わりを知ってしまった闘病日記のよう。いやでもこの作品の中では永遠に二人で仲良くしててほしいわ。

2019-02-04

anond:20190204192918

日本人じゃないとなれないはずの役人和歌漢文を知らないことが過去との連続性のなさを証明している

2018-12-17

anond:20181217022924

貴方が上等な相手だとみなされたいなら和歌でやり取りすればいいんじゃない

馬鹿に向けて発信するときからバカみたいなことを書いてるんだよ

2018-12-12

ぼくは希望が持てない

本やテレビ世界では、今日希望戦士絶望と戦っている。

希望絶望を打ち倒し、世界平和が訪れる。

よくある話だ。

人々は希望に惹かれ、絶望嫌悪する。

それがこの世界セオリーだ。

数々の希望の話を見ながら、ぼくは輝かしいと思うと同時に、いつも少しだけ、

ほんの少しだけ恐怖していた。

ぼくは希望が持てない

ぼくはごく一般的な、平和家族の元に生まれた。

優しい父と母に守られ、愛されてきた。

絵に描いたような幸せ家族だ。

ぼくは父と母が好きであるし、家族になんの不満もなかった。

友達にも恵まれていた。

幼少期は少しいじめられたりもしたものの、人との関わり方を覚え、そのいじめっ子とも仲良くなれたほどだった。

というのも、ぼくがいじめられたと思っていたことも、その子に言わせてみればじゃれ合いの範疇だったことがのちにわかたからだ。

ぼくの世界は、平和だった。

平和すぎるほどに平和だった。

そんな幸せ世界にいながら、ぼくはどうしてもフィクション世界の彼らのように、希望を持って生きることができなかった。

3日に一度、末期ガン余命宣告を受けたらと考える。

一週間に一度、隕石地球が滅んだらと考える。

そんな時、いつもぼくの心に表れるのは

羨望の念だった。

もしぼくが末期ガンになって、残り半年の命だったら?

きっと延命治療なんてしない。

できるだけ少ない苦痛の中で、放置していたゲームをやり切り、行きたい観光スポットに赴き、美味しいご飯を食べて、半年後に満足して死ぬ

不謹慎だが、こんなに幸せなことはないと思う。

もし、明日隕石地球が滅ぶなら?

皆が家族の元で最期ときを過ごそうとして、人がいなくなった渋谷スクランブル交差点に、堂々と大量のチョークを携えて立ち、地球最後落書きをしよう。

描き終わったら、地面に描いたでっかい落書き中央に寝転んで、そこから落ちてくる隕石を眺めながら昼寝でもしよう。

きっと最高に楽しい眠りにつけるだろう。

「終わり」について考えたときのぼくの中にあるのはいだって喜びだ。

きっとなんの脈絡もなく交通事故で死んだところで、明日の部屋の掃除をしなくても良くなることを喜ぶ自分がいるのだ。

明日が来ないこと、それこそが僕の救いだ。

だらだらと毎日が続いてしまったら、きっと放置していたゲームをやり切ることなく、行きたい観光スポットにも一生行かず、独り暮らし節約だけを考えた特に美味しくもないご飯を食べる生活が続く。

人の迷惑を一番に考え、スクランブル交差点で地面に落書きなんて絶対にできない。

「終わり」を考えると恐ろしいと、友人は言った。

隕石で、地震で、地球温暖化で、何かしらの大きな力で、無慈悲に人の今までの営みが消されていくのが恐ろしいと。

話を聞きながら、そうだねと相槌を打ちながら、人の営みが消されることに恐怖を覚えると言うことを、どうしても理解できずにいた。

人間は高度な文明を持ちすぎたせいで、自分地球上に生まれ動物ひとつだということを忘れがちである

動物」と「人」を分け、動物無意識に見下し下等生物だと思っている節がある。しかし、人間はただの動物に過ぎないと、神《ここでは生物支配できない天候、運命等を言う》になることはできないのだと、ぼくは常々思う。

しろ動物を超えてしまった何かになっていたのだとしたら、ぼくは僕の心臓が動いていることすら恐ろしく感じる。

たくさんの動物がこれまで絶滅してきた。隕石で、地震で、地球温暖化で。

人間がそれらの神の力によって死に絶えることが出来るなら、ぼくは人間が地上に存在して良い生き物であったと、やっと安心することができるだろう。

ぼくは、いずれ人間が滅ぶことを、心の底から望んでいる。

ぼくはきっと、希望戦士から見たら倒すべき思想を持っている人間だろう。

きっと倒されて光の力に圧倒され、希望を持てるようにされるのだろう。

でも僕は、希望を持つことが何よりも恐ろしいのだ。

希望を持った人が、その希望が続くと信じて、その希望が失われた時、その先にあるのは深い悲しみと絶望だろう。

でも、希望に触れた人が、いずれこの希望は消えると思っていたら、いざ本当に消えてしまったとき、たしかに悲しいけれど、心の準備ができていた分苦しまずに済む。

後ろ向きなことを言っていることは百も承知だ。

でも、これはぼくなりの心の防衛なのだ。期待せず、希望を持たず、諦める。

もちろん100%後ろ向きな訳ではないが、心のどこかで諦観を持っておく。

希望を持つということは体が浮いてしまうような漠然とした恐ろしさを感じる。

諦観を持っておくことで心に重石ができて、地に足を付けることができる。

「死」は、「終わり」は、僕にとってはエンドではなくフィニッシュだ。

終わりではなく完成なのだ

どうせならヨボヨボの状態でなく、現在の最高点でフィニッシュさせてしまいたい。

忘れじの 行く末までは 難ければ

今日を限りの 命ともがな

(「忘れない」と言ったあなた言葉最後まで変わらないのは難しいだろうから、私はその言葉を聞けた今日死んでしまいたい)

この和歌を歌ったのは儀同三司母という人であり、この歌は恋のうたであるが、ぼくはこの人の気持ちがよくわかる。

きっとこの人も、この幸福状態のまま自分人生を完成させてしまいたいと思ったのだろう。

希望を持つことは素晴らしい。それは同感だ。

ぼくも希望に憧れるし希望に向かって進む姿はかっこいいと思う。

しかし、ぼくがそれをやれと言われたら、きっと迷子の子ものように前に進むことができず立ち尽くしてしまうに違いない。

フィクション世界の悪役のように、人々を絶望に染めてやろうとは思わない。

でも、ぼくにとってぼくのネガティブ思考は、長年連れ添った相棒であり、ぼくの心を守ってくれた騎士でもある。

ぼくはきっと一生こいつを手放すことができない。

希望戦士にも悪役にもなれず、少しだけ希望に恐怖しながら、一般人として生きていくのだろう。

2018-12-06

理由は無いけど西洋文化が苦手

なんでだろう

神話読むのが好きだったんだけど、ギリシャ神話とか北欧神話は全く面白くなかった

和歌集みたいな和歌の本とか方丈記みたいな随筆とか論語とか諸子百家の本を読むのは好きだったけど聖書とかシェイクスピアを読むのは嫌いだった

2018-11-18

anond:20181118011040

じゃあ1000年前から生きてる気分で増田見て「筋肉より頭脳がええで!とりあえずみんな和歌読みなよ!」って説得してみる遊びが捗るやん

2018-11-09

anond:20181109024136

ニコ動ができる千年も前から和歌で「歌ってみた」やってた奴、能楽とか田楽とかで「舞ってみた」やってた奴、みんな名前が残ってる奴の陰に何百倍、何千倍も二流以下のワナビがいたんだよ

そいつらみんな、無意味で無価値でいっさい楽しくなかったかといえば、どうかはわからない

そういう無名シロウトが大量にいたからこそ、わざわざ万葉集だの古今和歌集だのを作ろうという発想もでてきた

下手なシロウト同士で集まって歌の会をやったり、歌の談義をしてた連中も、それなりに楽しかったんじゃないかなあ

2018-10-13

恋を詠った和歌うんざりするほどあるのに

男同士のそれは教えてもらった覚えがない

どういうことだこれ

2018-09-03

ダジャレってすごく高度な遊びなのになぜ馬鹿にされるのだ。和歌だってダジャレ入ってる方がうまいだろ?

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