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はてなキーワード: 民法とは

2018-10-17

なかなか転職をしない人

転職をしたいと口にはするが、一向に転職活動をしない人がいる。

それらの人の特徴をまとめてみた。

かまってちゃん

まず、「かまってちゃんタイプであることが多い。

社会人にとって、転職を考えることは通過儀礼のようなものでもある。

そのため、「転職」というワードは周りの人の注意を引く力があり、かまってちゃんにとってはうってつけのネタとなる。

さらにそこで「自分は現職で大変な思いをしている」「自分はかわいそうである」というアピールをする。

これには、「大変そう」「かわいそう」という悲劇のヒロイン的なステータスを得ようという考えがある。

言い訳がましい

周囲の人が善意アドバイスをすると、急に言い訳を始める特徴がある。

時間がない(忙しい)」「辞めさせてもらえない」がその典型で、自分の非は認めず環境のせいにすることが多い。

現職の愚痴を言う時間は捻出できるのに、転職サイトに登録する時間はとれない、なんてことがあるだろうか。

仮に時間ができても「今じゃない」と別の理由で後回しにし、いつまで経っても先には進まないだろう。

また、「辞めさせてもらえない」のではなく、正しくは本人が「辞めない」だけである

退職会社許可不要であることは民法第627条で定められているし、ハラスメントなどで辞めにくいのだとすれば労働基準監督署相談すればよい。

人情に訴えかけてくる場合もあるが、仮に社員が一人辞めて経営が傾くような属人化したヤバい会社があるとすれば、それこそ早々に転職すべきだろう。

家族がいる人は、家族理解を得られないことを言い訳にすることもある。

給料が下がると生活を維持できないので転職を認めてもらえないというパターンだ。

この場合、本人が家族を説得する必要がある。

しかし、家族さえも説得できないような人が転職をしたところで、たかが知れているだろう。

このパターン場合は、家族判断が正しいことが多く転職をしないほうがいい。

人の意見を聞かない

先に述べたが、あくま転職をしたいのではなく自己アピールのために転職を口にしている。

そのため、同情はほしがるが意見必要としていない。

アドバイスを聞いたように見えて行動に移さないので、容易に見抜くことができる。

本気で心配して関わっても徒労に終わることがおおいので、このタイプとは距離を置くほうが賢明であるといえる。

終わりに

あなたの周りにも似たような人はいないだろうか。

この手の人達と関わってしまい、あなた時間無駄にならないことを祈るばかりである

anond:20181017134745

えっちなのはいけないとおもいます!」

えっちなのはNHKはいけないとおもいます!」

えっちなのは公的学会機関紙はいけないとおもいます!」

えっちなのは子供向け番組はいけないとおもいます!」

えっちなのは、昼間流してはいけないとおもいます!」

えっちなのは一般店で平積みしてはいけないとおもいます!」

とか、様々あるんだが、キズナアイ問題は「子供向け」だからって流れだったな

これには賛否あろう

あとここでは「女は馬鹿な役目をさせられる」問題無視することとする


君の縄AVコンビニで売るのを考えたら、大抵のやつはダメだと思うんじゃなかろか

君の縄AVを17時にNHK民法で流すのも、ダメなんじゃなかろか

子供向け教育番組で「ハイエースしたい」もダメだろう

公的学会誌の表紙を、ジャンプ炎上したゆらぎ荘みたいな表紙にしてたら、怒る人もいるだろうな

そういう中で、キズナアイはどのレベル性的表現かとう言うのは、きちんと論じるべきなんだよな


なんか、萌え絵性的だー、みたいにいい出すやつもいて、まともな話できねぇんだよな

2018-10-16

本題は最後の二行

自分語りしたくなっただけなので、冒頭は適当に読み流してくれるとうれしい。

独身時代過去の私は、適当な異性と寝ることでストレスを発散していた。

セックスはそれ以上もそれ以下の意味もなく、私にとってただの快楽手段だった。

金銭の授受はなく、ただ腰を振って嫌なことを忘れて真っ白になれればそれでよかった。

もちろん世間一般には受け入れ難い行動だと分かっているし、病的な性的倒錯だと気づいていた。

そして現在色々な巡り合わせもあって結婚している。

過去のような行為民法上の不貞行為にあたり、赦されないことである

もちろん配偶者を悲しませるであろうことは想像に難くない。私自身もそうしたいと思っていない。

けど夫婦として生活していく上で、多少なりともストレスが溜まっている。

みなさんどうやって日々のストレスを解消していますか。

できれば誰も不幸にならない手段解決したいです。

2018-10-09

法学論文査読がないという話で覚えておいてほしいこと

以下、司法試験受けるどころかまともに法学単位とれなかった法学徒崩れの一見解です。

査読のある分野とない分野がある

まず、法学にもざっくり2つの分野が存在する。現実社会運用されている実定法研究する「実定法学」と、それ以外の法にまつわる研究をする「基礎法学」だ。

このうち、基礎法学には、少なくとも今「○○ 査読」でググった程度の範囲では、論文誌に査読がある。少なくとも法哲学法制史比較法学法社会学あたりで査読論文誌があるのは確実だ。勿論ないものもあるだろうし、そういうものに関しちゃガンガン批判していくのはありだろう。ただ、少なくとも「全ての法学分野で論文査読がない」というのは明らかに間違い。

実定法学にはおそらく査読がない

こちらはおそらく事実。というか、査読というシステム意味があまりないということは考えられる。これは、実定法学というものイメージがついていないと多分理解しにくい。

あくまで俺認識だが、実定法学においては

  1. 「本当に基礎の基礎の大前提になる考え」
  2. 「それを基にした個別の条文解釈
  3. 「それらが現実個別事例と出くわした際に発生する『どうあがいても解釈のわかれる問題』」

の三段階くらいレイヤー存在する。ひとつ目は誰だろうと覚えてる当たり前の知識だけど、二つ目になると正解がないので絶対に個々人で異なってくるよね、3つめに至っては言うまでもない、みたいな話はおそらくある。

具体例を挙げよう。刑法には「刑罰は何のために存在するのか」という考えにざっくり2つの異なる立場存在する。「ある個人が、悪とされる『行為』を行ったのでそれを罰しよう」という行為価値論と、「社会的に悪い『結果』をもたらしたからそれを罰しよう」という結果無価値論だ。これは刑法における根本的な思想である。それらはどちらが絶対的に正しいとかではなく「どの分野でどの程度どちらの立場を優先するか」というレイヤーで争いがある。

具体的には、「心が壊れた人間による殺人」と「自分赤ちゃんを殺そうとした人間を殺した母親」などだ。前者は刑法39条規定により無罪となるとしよう。なぜなら、心神喪失状態での行為は「自分の行った行為に対する責任」を問うための刑罰を化しても無意味からだ。その人は自分がおこなったことの意味理解していないから、刑罰を科すことに意味がない。ふざけるな、という意見は多数あるだろう。心情的にそれは俺も理解できる。しかし、それでもなお刑罰を科すとするならば、それは「誰かが人を殺したという『結果』が悪いことである。だから、本人が自分行為理解していなくても、社会としてその結果をもたらした人間を罰しなければならない」という立場をとる、ということにならざるをえない。

では、「自分赤ん坊を殺されようとしている母親が、殺そうとしていた人間を殺した」といった場合、その人間に対してどういう立場をとるべきなのか?「人を殺したという結果は社会にとって変わらないのだから赤ん坊が殺された母親であっても刑罰を科すべき」という立場になり得るのか?

この話は、実のところ論理的には適切な例ではない。結果無価値論と行為価値論は違法性阻却の議論で出てくるものであり、前者は心神喪失による有責性の阻却の話で、後者緊急避難追記ブコメで「正当防衛ではないか」とありましたがそのとおりです。ありがとうございます……)による違法性阻却の話でしか出てこないからだ。もっと言えば刑法民法憲法では基礎になる論理が全く異なる。ここで俺が言いたいのは、実定法における「本当に基礎の基礎の大前提になる考え」は、法解釈において多くの矛盾を生み出す、ということだ。そこには「正解がない」。どの場面でどのような立場をとるか、それは1か0かで決められる問題ではなく、「ある場面ではAの立場肯定し、別の場面ではBの立場肯定する」、そういった解釈違いが、刑法民法刑法何百何千もの事例において発生する。それらに対して、「ある事例でAの立場をとり、別の事例ではBの立場をとる」という判断の組み合わせに、論理的整合性をどのようにつけるか。それを生み出すのが、ざっくりと法学における「学説」と呼ばれるものになる。繰り返すがこれは刑法の例であり、民法憲法では細かな部分は異なるだろう。だが、どの分野でも「学界の多数説」「学界の少数説」「実務における判例」の3つが異なる立場にある、というものが1つや2つくらいあるのは当たり前だ。それが実定法学の実情だ、と思っていいはずだ。

そんな現実において、あくまで俺の認識に限って言えば、その「矛盾しない解釈論理体系を構築する」というのは研究をやる上では当たり前のことだ。論文出す以前に、研究ができるかどうかという前提の話。何の話をしているかというと、その能力を持っているかどうかを確認するのが「司法試験」であり、司法試験程度(そう、司法試験「程度」)を合格する能力がないと、法学研究なんてできない、というのが現実なのだ。全体的な解釈整合性をとれているのは当然である司法試験合格すらできない人間研究者になれない。「最低限の研究能力」という点で、院なりなんなりに進んでいる時点で最低限の自然淘汰が発生しているのは実定法学研究では当たり前の前提である。したがって「最低限の論理的整合性が取れてるかどうか」という意味での査読そもそもない……というのが、院生の友人知人を持たない俺の、推測レベルでの解釈だ。そもそも論文を出せる環境にいる時点で、能力保証されているからだ。

そして、そこからさらに「構築した論理体系による学説が『受け入れるに値するものか』」って話にまで踏み込むと、そのための「査読」ってなによという話がある。たとえば、心神喪失状態で何十人と殺した人間無罪にすべきという、法学論理的整合性がとれている説を唱える人がでてきた場合、それを査読する意味とは何か。論理的には正しい解釈体系が、何十人もの法学者によって何十個と出来上がっているなかで、誰の立場をとるか。ここまでくると、正直なところ、査読がどうこうという話ではないのだ。はっきり言えば、「その学説社会が受け入れるかどうか」って話なのだ

この辺りを、法学勉強したことがないひと、いや法学勉強したひとですら勘違いしていることがあるけど、法と社会/法と政治というのは、ものすごく漸近している。法学学説が受け入れ良レルかどうか、というのには少なから社会価値観/社会通念が影響しているし、法は決して固定的なものではなく、社会のなかで変動している。法は社会に内在しているし、社会に対して法は影響力を持つ。

そうした実定法学の特徴が生み出すのは、ある一定レベルを越えると「学説が正しいかどうか」が「その学説が多くの人に受け入れられるかどうか」という問題に近づいていく、ということだ。法学部にいればよくあることだったが、どんなすごい教授でも、講義のうち何か1つくらいは、その人独自の(少数派)学説をとっていることはざらにある。だから、そういった場合に「査読があるかどうか」は問題にはならず、「発表した学説が受け入れられるか/無視されるか」という話が、業績や信用性、実力の評価として組み込まれるんじゃねえかな、とは思う。

まあ、それが客観的指標とは言いがたいのが問題だ、というのは絶対ある。だが、その場合はどのようなかたちであれば「客観的指標」による評価法学が下せるのか、というのも問題になるだろう。

このように、「研究ができる/研究論文を出せる」という環境にいるというスクリーニングの上に、「それが社会的に受け入れられるか」が重要視されるという事後的なスクリーニング、その二つがあるからこそ、実定法学に査読文化がない、というのはおおよそ雑な話としては、言えるのではないかと思っている。

で、これを読んで異論があるガチ法学研究者の人、補足というか訂正頼む。ぶっちゃけ法学でまともに単位とってない俺みたいなアホが補足いれないといけない状況にうんざりしてるんだ。真面目に誰か解説してくれ。

anond:20181009000919

近親婚は子に劣性遺伝可能性が高まるのでNG、という現代法律

こんなこと民法の法文にも過去判例にもどこにも書かれていないが、一体どこから出てきた話なんだろう

ソースはない割に広く膾炙している気がする

2018-10-05

anond:20181004194619

露出度は高いが、他タレントと比すると突出して高いとまでは言えず、メディア出演を制限されるほどのものではない」

"NHK"の"堅い"番組に出ている他のタレントと比べないと駄目じゃない?

ノーベル賞について知識を得るために見てた公共放送民法その他 は大きく対象が異なる可能性があるので、萌え絵文脈を共有しない人が見て不快に思うまでは当然あり得る、と考えるけどな

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web動画、初めはそのままテレビでやってたんだと思ったけどweb限定なのかよ…じゃあなんでもないわ…

2018-09-30

anond:20180930121422

逃げるも何も同じことの繰り返しは飽きるし面倒なのよ

同じことの繰り返しも何も、お前全部逃げてるから一度も答えてないぞ。

アメリカカナダイギリスデンマークフィンランドベルギー などは非難されるべき人身売買の国と言うことですね

国際的にそうは見られてないけども根拠は?お気持ち

ほぼ一年に渡る身体の拘束に加え、失敗すれば臓器の永続的な損傷すら伴う行為を売買する。これが人身売買でないと言う根拠は?

実際にその国々でも議論になってる訳だが。

権威にすがるだけか?

2. 正しい事なら法(民法)で定められている他人権利を奪って良い YES/NO

YESなら親権侵害になるので理想の子どもを育てる目的とやらのために回収できません おわり

既存法律の上のことは一切変えない」と言うのはお前の建てた勝手な前提で、誰の同意も得てないんだけど?

勝手に前提作るわ話に割り込みかけるわ質問から逃げる癖に相手にはどんどん意味不明質問投げるわ

行儀悪いというのも烏滸がましい酷さ。

2018-09-29

anond:20180929223920

民法」という法律日本にあってね

とりあえず明日までに全部読んでみることをおすすめするよ

2018-09-24

anond:20180923160906

法律のことを言い出すんなら

生活必要のある法律自体刑法民法労働法などの社会法)を古文時間で教えたほうがいいと思うがどうでしょう

2018-09-22

anond:20180921163333

>>今回の結婚ルールで言えば「男と女合意ありゃ結婚できる」を憲法OK規定している

<<

正確に言えば「国家は、男と女合意ありゃ結婚できるようにしなきゃダメ」ということになります

から婚姻届を出していない=婚姻制度に従っていない、内縁関係にも配偶者と同等の権利を与えるわけです。

また姪と叔父関係では内縁関係を認めた著名な判例があります

しか婚姻制度に関しては、2の通り、「国家は、自由権平等権等々に立脚して制定しなきゃダメ」と書かれていることから

その他のことについて混ぜ込んではいけないという意味ではありません。

例えば上記判例でも地域の慣習等を踏まえていますし、慣習法法源=法の根拠を求めることは国際法などを見ても自然なことです。

また、法の施行特に民法においては、その社会伝統習俗無視することは法実証主義に反し、法の実学価値を失います

これらのこと、つまり憲法解釈から民法の制定と解釈からも、兄妹婚はダメという社会通念を民法に入れるのは別にいいわけです。

よって兄妹婚を認めて欲しいのならば

「兄妹婚はダメという社会通念はおかしい(平等権に反する)」= 憲法違反だ と言うか

「兄妹婚はダメという社会通念は少なくとも今は存在しない」 と言って政治的民法改正させるかでしょう。

2018-09-21

anond:20180921162752

今回の結婚ルールで言えば「男と女合意ありゃ結婚できる」を憲法OK規定しているのを、民法で「でも一部はダメ」としているのであり、兄妹が結婚できないのは憲法OKとしているもの憲法否定「しない」形でNGにしてる訳だが、その例外形成必要情報では兄妹の結婚NGとするには至れないって事だろう。

法律は勿論付け替え書き換えとりあえず禁止みたいな文章を書き放題だが、

「あれこれおかしくね?」ってなったら外したりしてもええねんで。

anond:20180921161600

>>憲法否定してないのに民法否定してんなら、その民法の方がおかしゆうことになるんやで。

<<

ならないです。

憲法制限する民法 という関係なので、憲法否定していないことは民法が好きにできます

よって民法憲法否定していないことを好きに否定できます

また、「民法はその根拠憲法に求めなければならない」ということはありません

喩えるなら、親が決めたこと以外に子供自分ルールを決めても全く問題ないのと同じです

anond:20180921161741

記載が無いけどそれは別記(民法とか)で補完しましょうね~が2になるわけだけれども、

そこには両性の個人的尊厳というワードになっている。つまり他者がその兄x妹の婚姻に対してとやかく言う権利は基本無いものとして当人らの幸せを願う為に民法で補足を行うよ~ってことなので、そこに三親等以内の結婚制限する根拠は無い。

anond:20180921161330

憲法の話してんやけど。

憲法否定してないのに民法否定してんなら、その民法の方がおかしゆうことになるんやで。

第一、その民法734条の根拠が無いゆうことじゃん。

これはワンチャンあるで…!

anond:20180921152018

民法で「この法律は、個人尊厳と両性の本質的平等を旨として、解釈しなければならない。」って使われていて、こちらは「異性(男女)」の意味で、憲法では「異性(男女)の意味では無い」って本当に理解出来ない。

anond:20180921124942

関係ない連中がぞろぞろ制度を利用しにくる」という事態を防ぐためにこそ、「戸籍に書き込まれる」結婚という制度を利用する意味があるとは思わないか

単に仲のいい同性の友達が同居していることに対して「結婚」と同じ社会的権益を認め優遇するというのは理に適わないが、もしその二人が真剣に互いをかけがえのないパートナーとして終生変わらぬ関係を周囲に対して誓うというなら、その証拠戸籍という形に残すことに何のためらいもないだろう。それならば、病気の際の代理人としての権利法的責任、高度障害・死亡時の介護責任財産分与を求める権利など、「戸籍」に基づき発生する諸々の権利義務をそのカップルに認めるのは理に適っている。同性「婚」というのは、愛や恋ではなく純粋にそういう話だと思っているし、それをただ「仲良く楽しく同居しているだけの二人」に認めよというのは、社会に混乱しかもたらさないのではないか。もちろん、同性婚ができれば深く考えない連中が悪用するということもなるほど起こるかもしれない。しかし、現今の結婚制度の異性間で同様に、たとえば在留資格を取るためとか名義貸しとか逃げ恥とか、そういう風に「結婚」という制度について、深く考えずにただ乗りする例はあるわけで、それでも全体としてはおおむね破綻なく運用されているところを見れば、発生する問題制度を維持する上で致命的となるほど大きな物ではないと推測できるね。「戸籍登録する」というのはそれなりに一定社会的ブレーキとして機能していることが期待できる。


そして、仮に同性婚制度として認めたことで社会認識自体が変化するとしたら、それは二次三次的な作用の方だろうし、その作用社会全体にとって利益こそあれ、不利益がどこにあるのかよく分からない。いや、「不利益がある」と主張する権利が一体どこの誰にあるのか分からない、という方が正しいか。たとえばAとBが仲良く暮らすことがCにとって「目障り」だとして、それを主張してAとBを日陰者にするのは、社会全体にとってプラスマイナスか? 普通に考えて、「Cさんにそんな口出しをする権利はありません」とするのが常識的判断だろう。そんな判断がまかり通るなら、我々は安心して暮らすこともできない。実に全く「余計なお世話」だ。仮に「おたくカップルがうちの○○ちゃん教育に悪いザンス!」とか喚いても同じだ。悪いけどあなたにそんなことを言う権利はないです、としか言いようがない。「目障りだ消えろ」というのはきわめて幼児的な心性だよ。


また、あなたの「概念破壊する改革」という主張も、残念ながら意味不明だ。あなたの「概念」とやらはたかだか10数年のずいぶん狭い観測範囲で培われた単なる「偏見」に過ぎないのではないか大正時代くらいの一般社会の「常識」は現在とはかなり違っているし、あなたの思う「概念」とやらも、実はこの10数年ですらどんどん動いているよ。あなたはその変化を捉えることができておらず(いわば「若い者についていけなくなったヒステリー」で)単なるマイルール常識概念伝統と呼び換えてごまかしているだけではないかね?

それからもう一つ付け加えると、「両性の合意のみに基いて成立」という憲法の条文を「両性は異性という意味から憲法は異性婚しか認めていない」とかいう風に奇妙にねじまげて解釈しているのは、同性婚必死否定しようとしている方々であって、護憲派リベラルではないよ。ここで「両性の合意」というのは、一般には明治憲法下における家制度否定文脈で生まれてきたと理解されているので、その成立経緯を踏まえれば単に「結婚する二人」という以上の意味ではない。(参考:明治民法第750条「家族婚姻または養子縁組なすには戸主の同意を得なければならない。」)護憲派はせいぜい「そんな解釈無理筋でしょう」と言ってるだけだろう。事実は正確に観測すべき。自分の都合良いようにねじまげてはいけない。自分の主張に説得力を持たせたいなら。

2018-09-19

anond:20180919164125

同じく文系だけど統計をやってる。いろいろこの記事に対して言いたいことはあるけど、

必要なのは統計なのだから理系と完全に同じなコースに乗って「理系数学」を学ぶよりは、統計学そのものから入っていくべきではないかと。

いまのところ、「線形代数」そのものやってなくてもいわゆる「線形性を利用した解析」とか普通に出来てるし。

ただまあ統計のものから入ると行っても統計のものが専門の人向けだと結局理系ってことになる。

ブコメしてらっしゃる理系と思われる方々の観点とはぜんぜん違うと思われるだろうし、変な進め方だと思われたら訂正してほしいけど、いちおう

いまのところネットで調べて、「心理統計学の基礎(南風原朝和有斐閣)」とかが良いのではと思って読んでる。

有斐閣ですよ有斐閣文系にはこっちのほうが親和性あるんじゃないの。


https://www.statsbeginner.net/entry/2014/09/27/194747

具体的にははてなブログにあったこ記事を参考にすると良いのでは、と。ちなみに東大出版の基礎系の話は記事にある通り文系にはまあ、って個人的にも思う。

記事中でも話が出てるので詳しくは直接読んでほしいけれど、心理学という分野は「文系だけど数学を使う」ってことが多い分野。それに沿った統計学の解説は、文系への配慮があっていいと思う。

「橋渡し」という意味では、有斐閣アルマspecializedクラスの本で、「民法」とか「刑法総論」とかと同じ感じ。

Advancedクラスの本に「続・心理教育学の基礎」ってのもあって、同じ先生の本を読んで発展させることもできる。

2018-09-16

anond:20180916133928

けれどルワンダぐらいラディカルな社会変動が起きなきゃ改革は難しいんだろうな…

日本も実はそういうチャンスが1945年前後に一度あった

ある程度、選挙制度民法で多少の改善はできたけど、ジェンダーギャップランキングを上げるほどの改革にはならなかったみたい

2018-09-15

anond:20180914175057

いや、だから、具体的個人に対する名誉毀損脅迫にならなければ、ヘイトスピーチ差別的発言をする権利を認めるんだから、今回の件に関しては、蹴る仕草をしただけなので、器物損壊にも該当しない象徴的な行為なんだからその権利は認められるべきとしなければおかしいでしょ?

日本法律でも一般に人に対する有形力の行使暴行をもって論じられるけど、物に対しての有形力の行使原則として付加罰だし、正直民法的にも違法行為とはならんでしょ?ぎりぎり、私有地なら、その様な目的での入場は認めてないので不法侵入考慮されえるけど、誰もそんな話はしてないでしょ?

2018-09-14

マザコン親孝行はいいことだと嫁に説明する方法

誰か教えてくれ。

 

anond:20180913184750 の増田が絶賛されているのを見て、嫁が異常であることを確信した。

 

現在の話で、嫁がうちの母親の過干渉に対し、メンヘラみたいになっている。

俺が「母親」と発言しただけで怯えたりとかする。

 

母親は元々世話好きな性格だが、それは俺に限っての話じゃない。

友達が家に遊びに来ても料理を出したりするし、嫁に対しても同じように飯を作ったりしていた。

要するに子供は皆平等可愛いんだ。

なのに嫁は「私は子供じゃない。大人だ。」の一点張り

誰も年齢が子供だとは言ってねーよ。

 

嫁は一応「実の子供のように思ってくれているのは、感謝してるし嬉しいと思ってる」と言う。

でも「自分のことは自分でやる」と聞こえのいい言い方で、実質母親に「何もするな」と言っている。

ちなみに仕事が忙しくて「自分のこと」と言っている家事は回っていない。(俺が家事をやると「させてごめんなさい」と泣かれるので手が出せない。)

それを心配して、母親が「助けになるように」と飯を作って持ってくるのが、嫁にとっては負担になっているらしい。

 

一度母親の前で泣いて訴えたことがあるらしいが、その時に言った事が

・「自分の家庭」を持ちたい

・私は(俺)くんと結婚したのであって、(俺実家)家の養子になったわけではない

家族とは民法で「本人・配偶者子供」のことで、親は関係ない

・本当は子供が欲しかった。私が親になりたかたから、子供に戻されるのは辛い

主婦にとって料理マウンティングされるのがどれだけ辛いか

・お乳を吸わされて喜ばなければならないのが苦痛

(↑この嫁の言い方もウザい。「お乳を吸う」「親召喚」のような気持ち悪そうな言いまわしをする。)

こういう内容のことを言われて、母親は相当落ち込んでいた。

 

俺は元増田やそのブコメ群と同じように、親孝行して何が悪いと思っている。

嫁は二言目には「自立したい、自立したい」と言い、

今住んでいる家や結婚式場を、嫁に相談せず母親が決めた話をいつまでもぶり返してくる。

(これに関しては母親反省していて、だからこそ力になろうと尽力しているのだが…。)

 

その割に、

嫁は 実 の 父 親 と 旅 行 したりする。

 

意味不明たすけて

2018-09-07

anond:20180907095024

一応現行民法化でも新しくなった民法下でもJK結婚すること自体問題ないぞ。

増田に足りないのは催眠術スキルもしくはハイエースまたはHONDAN-BOXだよ。

2018-09-04

anond:20180904091141

民法でもL字バーで流してるじゃん

Q.E.D.!

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