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はてなキーワード: 批評とは

2017-10-22

anond:20171020223313

まずはてなーアニメを語る時に見落としがちなのが、ターゲット視聴者層レベルな。

深夜アニメなんだから子供が見るわけじゃないだろーとか考えてるのは甘い。

 

んで、アニメガタリズで言うと「元ネタわかったー俺すごーい」って満足してるのが一定数おるねん。

https://www.anikore.jp/anime_review/11224/

 

キッズウンコチンコネタ爆笑してるのを批評してるようなもんじゃぜ?

2017-10-17

[]よくある質問

真面目に答えず、出来る限り嘘と虚構を織り交ぜて答えていきたい。

Q.近年、気持ちの悪い欲望顕在化しすぎていませんか。

から見れば、他人欲望は得てして気持ちの悪いものだ。

そもそも気持ちが悪い」というのは「否定」と同じってわけでもない。

私は自分の切った爪を瓶に詰めているが、それを気持ちが悪いと言われても心が傷つくぐらいで何の権利も奪われていないし。

Q.リスペクト基準を教えてください。

偉大な功績を残した人物を、次回のプロジェクトから外す場合リスペクトが足りない。

偉大な功績を残していない人物を、次回のプロジェクトから外す場合リスペクトが足りてる。

クレジット名前を残さないのもリスペクトは足りてる。

まあ身も蓋もないことを言えば、その判断をする個々人が、その対象リスペクトしているかどうかでブレるね。

……え? その判断をする個々人が、その対象リスペクトしているかどうかの基準は?

それは「当人に聞け」としか私は言いようがないよ。

リスペクト”って割と融通の利く概念から

Q.「嫌なら見るな」とはよく言いますが、見なければ嫌かどうか分からない場合はどうすればよいのでしょうか。

その場合は見ればいい。

ただし、嫌だとかネガティブ意見を表明してはいけない。

彼らの言う「嫌なら見るな」っていうのは“そういう意味”だ。

……まあ言論とか表現の自由は、批評自由を奪うものではないので、有り体に言えば無視しても構わない理屈だ。

Q.ピーマンの身はどこにあるのですか。

そういった話は、大抵なんかの聖書を読めば載っているぞ。

私が読んだのだと、他国侵略したレバノン人が、レバニラの怒りを買ったと言われているな。

そのせいで肌が赤くなったらしい。

2017-10-14

うっちー友達たちはあの奇行をどう思うんだろう

モノマネを熱く批評したり、肉焼いたり、クラスが離れて泣きわめいたり、

流石にそろそろ、うっちー奇行に気付きそうなもんだけど

その辺どうなんだろうな。

というか、うちもこの関係ってどうオチを付けるんだろう

卒業式告白して大学では2人で同棲する

最上級ハッピーエンドとしたら、どこまで踏み込むんだろう

うっちーが恋心を自覚するところまで?

もこっちがそれに気づくまで?


うちもこがハッピーエンドを迎えられるよう祈ろう

2017-10-13

anond:20171013131303

客観的に見られるのって大体の人にとってムカつくからだよ。

客観視って俯瞰視とも言い換えられるでしょ?

そんで俯瞰なわけだから上から目線なわけだ。

から見られたらムカつく、わざわざムカつかせてくるってことはなんか悪い意図があるんだろう、って感情の流れ。

昔っから音楽でも、文学でも、スポーツでも、サブカルでも、オタクでも、社会でも、評論家とか分析屋がだいたい当事者からは嫌われてるのは、そいつらが「自分客観的で冷静で、岡目八目で君たちのことをよくわかってますよ」って感じのウエメセなのが頭にくるからよな。

そんで現代は、普通の人でもネットで多くの人間言動を目にすることができるようになって、それを元に客観視っぽいことを簡単に言えるようになって、プロ批評家ですらムカつくのにそういう素人批評やろうなんてなおさらムカつくわけで、だから古来以上に客観視だのウエメセだのマウントだの知ったかだの評論家気取りだのが嫌われてる時代だと思う。

勝手に人を定義するなみたいなのもそうだし、主語がでかいとか述語がでかいとか対象語がでかいとかあの辺の手軽な反論がめちゃめちゃ使われるようになったのも、結局客観して分析してます感が腹立つからだと思うわ。

というこの書き込み俯瞰して知った風な口を利いてるムカつく書き込み

2017-10-08

TVアニメハイスクール・フリート」を見よう!【第十五回】

サトちゃん、ミーちゃんの誕生日を祝ったばかりですが、

10/12りっちゃん誕生日になります

衣笠のファリーヌさんではりっちゃんの好きなバターを用いた「スイートバターブレッド」を発売予定とのことです!

魅力その15 不思議楽しい「透明な批評

さて、そろそろ書くネタも少なくなってきたので突然ですが今日でこの連載も終わりです!

最後お話しするのは作品を楽しむための方法の1つ、透明な批評についてです。


透明な批評とは作品現実存在するかのように考え、問題設定を行い考察していく批評です。

テーマに基づいて作成された作品に上記のような批評を行うのはナンセンス考える人いるかもしれませんが、やってみると楽しいものですよ!


はいふりで透明な批評を行うとしたら、以下のようなものが考えられるでしょう。




製作側は上記の疑問の答えなど用意していないでしょう(もしかすると答えがあるかもしれませんが)

でも、そこにあえて疑問を持ち、はいふり世界を考える。という楽しみ方もあるんです。

以前信田監督ツイートしていましたが、このハイスクール・フリートという作品でとにかく遊んでみましょう。

「透明な批評」だけではなく、様々に考え楽しむことがこの作品では可能なのです。


さあ、本日はここまでです!またいつか会う日まで!

はてなーに読ませたい本ランキング大4位「ヨイコノミライ

エラそうに、今度は何を教えてくださるつもり?

どうして自分の話しか出来ないの?

もうどうせ最後から言うわ。

あなた簡単他人を蔑むのは賢いからじゃない。

他人理解しようともしない、馬鹿からよ。

気楽なもんね。自称批評家さん。

批評っていうのは感想文でも、作者への意見書でもないわよ。

人が作ったもの安易にくさして優越感にひたるヤツのために、皆は必死で描いてるんじゃないわよ。

一読者より昇格してるって言うなら、作品もっと真剣に取り組みなさい。

誠意? 自己顕示欲でしょ? アナタの!

誠意があるんなら、セリフの向こうの作者探しや他の作品とのくらべっこばかりしてないで、内容そのものに興味を持ったら? 貧弱な読解能力でも少しは使って見せなさいよ!

誤解しないでね。私、本当の批評家は大好きよ。作品への新しい読み方を提示して、作品作家と読者に、新しい道を拓いてくれるから

あら。

無責任感想文に、無責任感想を言わせてもらっただけよ。

悪く思わないでね。さよなら

2017-10-07

anond:20171007091405

少し前にも増田漫画批評依頼してたやつがい

そっちで盛り上がってたので、もう少し時間おいてからやってくれ

[] #38-5「危ないアニメ

度重なる押し問答の末、シューゴさんはとうとう爆発した。

そして、一世一代の決心を宣言したのだ。

「もういい! もうたくさんだ! こんな曖昧基準で、表現が統制されてたまるもんか!」

ワガママを言わないでください。社会にとって害悪ものは統制される。それが今回はアニメだったというだけの話じゃないですか」

「俺から言わせればな、普遍性のないボーダーライン大義名分に、表現を統制しようとすることこそ害悪でありワガママだ」

「だからといって今のままじゃ、また苦情が来ますよ」

「上等だ! 奴らが文句を言うのはもちろん自由だ。だが、オレたちにも同じくらい尊重すべき自由がある!」

シューゴさんは頑なだった。

自分にとって不都合な影響を与えたくなくて、躾もロクに出来なくて、その責任をオレたちに擦り付けるしか出来ない。だったら、いっそ何もない家に一生閉じ込めておけ。それが一番確実で健全だ」

シューゴさんがいつもの調子でまくし立て始めた。

父もフォンさんも溜め息をつくが、どこか安堵もしていた。

シューゴさんほどではなかったが、二人とも今回の対応に不服であったのは同じだったからだ。

どこかでシューゴさんが突っぱねてくれることを期待している節があったのかもしれない。


そして、放送後……

シューゴさん、苦情が……」

「変える気はないぞ。主人公たちの武器はこれまでと同じ、人間相手にもバンバン使っていく」

「いや、今回はそこじゃなくて……」

「ん? どういうことだ?」

「『入浴シーンがセクシュアル的でよろしくない。青少年健全な成長に悪影響を与える!』……とのことです」

シューゴさんは大げさに笑って見せる。

父はあちゃ~と言いながら頭を抱えた。

「わっはっは、あ~そっちかあ~」

「ていうか暴力表現に関する苦情はどうしたんです? 今回はアクションシーンがいつもより派手だったから、むしろいつもより来ていると思ったんですが」

「たぶん、入浴シーンのほうが悪目立ちしたってことなんでしょう。そういう描写のほうが問題視されやすいですから

性別関係なく湯気をこれでもかってくらいつけているんですけどねえ。作画の手抜きを湯気で誤魔化しているんじゃないかって疑われるレベルで。更には放送局がそこに雑な修正まで入れてるほどなのに」

「一番スケベなこと考えているのは子供より、そいつらの方なんじゃねえか?」

「また、そういうこと言う……」

「どちらも表現の一形態だろ。これは良くて、これはダメ。ここまでなら良くて、これ以上はダメ。つまり区別しているってことだ。区別するってことは、そこには基準が設けられているはず。なのに、その基準はどういう構造をしている?」

「それは私も知りませんが、彼らの主張自体理解できるでしょう」

「都合のいい言説が使われているだけだろ。是非を判断する境界線はどう可視化されている? それは本当に普遍的な線引きか? 主張に汲み取るべきところがあるからと受け入れていったら、際限なく規制できてしまうぞ」

「そうなんですよね。主張の内容はそれっぽいことを並べてはいても、本質漠然としていますし。象徴的だったり抽象的なものの域を出ていない。とどのつまり恣意的判断しているのを誤魔化しているわけです。それで表現が統制されるべきかと問われたら、少なくとも我々の立場ではNOと言わないといけません」

「そんなこと言っても仕方ないでしょ。私たちも上から通達が来たか業務上やってるだけで、それが本当に正しいことか分からなくても、やらないといけないわけですし……」

「ああ、そもそも上の指示に大人しく従ったのがケチのつき始めだったよな。それで安易に変えてしまったら、他の表現も次々とその対象になる」

「そうして世間の目が矯正されれば、今までは全く問題視されていなかった表現まで規制対象認識される。風当たりだけが強くなっていき、ディストピアが出来上がるわけですね」

「二人とも、検閲のものの是非はともかくとして、結局何らかの対応はしないと……」

この時フォンさんはかなり戸惑っていたようだった。

目の前の問題から目を背けて、二人が不平不満を言っているだけのように見えたからだ。

「それなら大丈夫だ。今回のエピソードお上からの指令は来なくなる」

しかし、この時すでに対策は講じられていた。

アニメによってだ。

「え、どういうことです? むしろ余計に悪化しそうな気がするんですが」

ちょっとした“自由の応用”ってやつだ。実のところオレたちは表現の自由欠点があることを知っている。全面的に守られるべきものだとは思っちゃいない。なぜなら、それは言論の自由だとか、批評自由だとかいったものを受け入れないことに繋がるからだ」

「それは分かっていますが、だったらなぜ……」

「直に分かりますよ、フォンさん。表現の自由欠点があるように、言論批評自由にも欠点があるってことです」

(#38-6へ続く)

2017-10-03

anond:20171003173728

笑いは、モラルを壊す行為でもある。

新しい、鋭い、当世的である、軽やかである、刺激的である、など

モラル(=PC)を破壊することができる力(=面白さや新しさ)があれば、

それは笑いの形を取った批評としてPC以上の社会的価値を産みだすこともできるけど。

ノスタルジーと焼き直しからは、だっせえわ古いは空気読めやという感想しか返ってこなくて当然だと思うんだ

2017-10-01

今の民進党の状況について

今の民進党の状況について色々意見は出ているが、キチンと把握出来ている人がいるか?と言ったらいないと思う。

多分、まずそこを認めないと分からないのかも知れない。

 

要するに、「何が何だかよく分からない」ということをまず認めるべきかなと。

 

別の言い方をすれば、今の民進党は「渦中」にある。

周りを見ながら必死にもがくし、取り乱す人もいる。

渦中にいる人は無我夢中であり、今自分が渦中にいることを自覚していない場合が多いが、外から色々批評している人も

いざ実際自分が渦中に入れば似たような物だと思う(自分には批評している人も「どう捉えて良いのか分からない」ように

見えるが)。

 

自分も「鳥肌実 42歳 厄年ネタで笑っていた人間だったが、「誤魔化し誤魔化し生きていた人間が、ある日その誤魔化しが

効かなくなった」場合、外から見れば今の民進党のように見える、と思う。

 

人間は多かれ少なかれ何かを誤魔化して生きている」みたいな言葉があったように記憶しているが、「誤魔化せなくなったら、

それまで貯めておいたツケが一斉に襲ってくる」ということでもある。

 

結局、七面鳥が「過去データからいか自分が今まで大切にされてきたか」をプレゼンしたところで、感謝祭には料理にされる

という話の通り、これもブラックスワン一種なのだろう。

 

ただ、逆に言えば、「イニシエーション」とも言える訳で、これをキッカケに日本リベラルは多少しっかりするのかも知れない。

映画のような擬似的な話ではないので、キチンと見ておいた方が後々自分のためにもなる気もする。

宇野常寛母性ディストピア刊行記念呪詛

宇野常寛の「母性ディストピア」が刊行されることを記念して、私が宇野ブロックされた時のことについて書こうと思う。

まず最初に言うと、私は宇野尊敬している。

だってそうじゃないか

立命館で「サークルクラッシャー研究」なんてしょうもないことして卒業サラリーマンやりながらミニコミ編集から身を立てて今や地上波キー局コメンテーターにまでなったんだからNHKじゃ時の人として特集まで組まれたよ。誰彼かまわず喧嘩を売って、使えそうなオヤジには取り入って転がすホステススタイルは誰にも真似できるもんじゃない。

で、ブロックされた時の話だけど、メンション飛ばしたり、引用RTしたりしたわけじゃない。

おそらく彼のシンゴジラ批評についてくさしたツイート宇野エゴサーチして見つけたんだと思う。

ツイートの内容は「宇野はいつまで大澤真幸や宮台慎司の残飯整理してるんだ」みたいなもの

ブロックされた時、まず「小せえな」って思った。

普段テレビコメンテータとしての発言炎上すると「耳障りの悪いことには耳をふさぐ愚民どもめ」みたいなこと言ってるくせに批判されるとこれかよと。尊敬してたのに見損なった。

次に「宇野はいつまで大澤真幸や宮台慎司の残飯整理してるんだ」って私の批判妥当かどうかって自己反省をしてみた。

宇野批評の要旨はだいたい以下の2点に集約される。

戦後日本をささえた「大きな物語」は失効したから、これから中間共同体に依って自立して生きていくことが大切だ。

村上春樹ファンとか高橋留美子ファンとか、母性依存した惰弱オタク死ね

前者については大澤真幸や宮台慎司90年代前半から言ってきたことで、これをいまだに繰り返しているのは芸がない。後者についてはそもそも誤読だが、百歩譲ってもほっとけよっていう程度でイキるような話でもない。そもそもこうしたマチズモ的な言説そのものが「大きな物語」への郷愁であり、まさに自家撞着に陥っている・・・とか書けば宇野批評いっちょ上がり。安っぽい。

宇野サブカル批評対象を都合よく解釈編集、捻じ曲げてこの1か2のどちらに接続するだけのものだ。

映画評論家の町山は「評論って串焼きみたいなもので、客観的ディテールや背景の事実などをできるだけ集めて、最後自分主観という串で貫く。集めた材料の量や質、それを外さずに貫けるかどうかで味(面白さ)、強さ(説得力喚起力)が決まる」って言った。

宇野批評は串ありきで、串に合わせて都合のいい材料を集めているだけだ。

考えれば考えるほどブロックされるようなことを言った覚えはない。

何がいいたいかというといちいち裏垢でツイート読むの面倒だからブロック解除してほしいのと、どうせくだらないんだろうけど「母性ディストピア」読むってこと。

あと教養のない若者は仕方ないと思うけど、あまり宇野批評とか真に受けないようにな。 

以上。

2017-09-30

容姿がよかったら素人が描いた漫画批評したりしない

2017-09-29

https://anond.hatelabo.jp/20170929160356

ライムスター宇多丸批評YOU TUBEで見てきたわ。

なるほど的確だね。

29分くらいからの畳み掛けが確かに痛快だった。

「今時ですね、顔を黒く塗って黒人役って…(中略)…イメージとしてのアメリカ感で黒人をやるみたいなの。今時の感覚からしてちょっと無神経なんじゃないかっていう」

日本コメディ特有の、牧歌的無知」とかなるほどねって感じ。

人種差別象徴中途半端ギャグにしてるってところが笑いのレベルの低さなわけか。

ポリコレポリコレ言っても日本差別に対してまだまだ感覚ぬるいな。

ぶこめの「やり直し」が嫌い。

どんだけ上から目線なんだ。

批評レベルが低いからやり直しは、まだわからんではない。

でも、新製品の発表に対して「高すぎるやり直し」みたいなコメントは、メーカーでもないのにお前用に作ってねーよと言いたくなる。

2017-09-28

増田推敲技術

そう呼ぶほど大層なものではないのですが、以下の記事ホッテントリで見かけての感想です。

「係り受け」はここまで簡単になる! 僕が使っている推敲技術

この記事で次のポイントが挙げられています

字数の多い係る語句を、受ける語句の遠くに置く。そのあと順に字数の少ない語句を置いていく。

例文もあります

サイトBlue あなたわたしの本」は僕にとって大切なものです。

原則通り、長い(字数の多い)順に、係る語句が並んでいます

いちど逆にしてみましょう。

僕にとって サイトBlue あなたわたしの本」は大切なものです。

係る語句が二つだけなので分かりづらいかもしれませんが、微妙意味を取りにくくなったと思いませんか?

前提共有に長々と付き合わせてしまって恐縮ですが、ここ、ここなのです。

増田としては、後者の方が分かりやすいような気がするのです。

わざわざ増田を書こうとしたのは、この部分に対する立場の違いを述べてみたいと思ったからなのです。

もちろん、その後に述べられているように、

原則を破って逆の並びにする場合、頭に持って来た字数の少ない語句のあとに、読点「、」を打ってください。

僕にとって、サイトBlue あなたわたしの本」は大切なものです。

(中略)

このあたりから書き手文章センス文体領域に入ってきますので、各自の好みも大きいかもしれませんが。

この辺りは書き手目的や好みで大いに変化するところなので、大真面目に糾弾批評するというものではありません。

肩の力を抜いて、与太話に耳を貸す程度の緩さで読んでいただければと思います




さて、なぜ増田後者の書き方を支持するのか。

ポイントを三つ列挙します。

1. 意味の通じる文章をひとまとめにした方が分かりやす

2. 日本語文章の終盤に重要情報が来る

3. 字数の少ない語句から順番に置いた方が語感がよい


では、順番に見て行きましょう。

第一に、意味の通じる文章をひとまとめにした方が分かりやすいという点です。

サイトBlue あなたわたしの本」は僕にとって大切なものです。

この文章において、『大切なもの』とは『サイトBlue あなたわたしの本」』です。

まり、この文章の最小構成は次のようになるはずです。

サイトBlue あなたわたしの本」は大切なものです。

では、次の文章どうでしょう

僕にとって大切なものです。

これだけを読むと、自然と疑問が湧くことでしょう。何が?と。

増田が例示した二文の前者は意味が通りますが、後者説明不足なのです。

先に述べたように、意味の通じる文章をひとまとめにすることを重視するならば、以下のように文章が組み立てられるはずです。

『僕にとって』 + 『サイトBlue あなたわたしの本」は大切なものです。』


第二に、日本語文章の終盤に重要情報が来るという点です。

日本語最後まで読んでみないと文章意味が確定しないのです。

長い文章の末尾が、『ある』と『ない』では大違いですよね。

英語においては、重要語句を前に持ってきて注目させるという手法は有力だと思います

しかし、日本語は上記の特性を持つ言語ですので、むしろ文章の後ろに要点をまとめた方が読解しやすいのではないでしょうか。

第三に、字数の少ない語句から順番に置いた方が語感がよいという点です。

すぐに思いつく例えとしては、『キモくて金のないおっさん』でしょう。

『金なくてキモいおっさん』では何故か締まりが悪い。それだけです。

もう少し踏み込んで考えるなら、第二のポイントとして述べた通り、

日本語文章の終盤に重要情報が来るというのも影響しているように思います

初っ端から長い語句に出くわすと、どこが文章の要所なのか掴み難い印象を受けるのです。

これは好みの問題でしょうし、ちゃんと考えると例外が多々あるかもしれません。

そこは集合知突っ込みに期待しましょう。

以上、増田感想でした。

長々と失礼しました。

けもフレ2期が放送されて、全部見終わってから作品について批評すればいいのに

作品について騒いで何かいいことあるのかね

スタッフ変わっても人気のある作品って結構あるよね

トップも2のほうが人気あるんでしょ?

2017-09-27

そっちじゃない方の某アニメ監督の話

https://lineblog.me/yamamotoyutaka/archives/13155421.html

元々、この人って頭は良いんだけどのクリエーターとしての実力が伴わず批評悪態ばかりが目立って残念な人だなー。って

位に遠い所から観察した印象しか持ってなかったけど、今回の一連の騒ぎの後に出したこ記事読んで、

憤りとか、怒りとか、煽りとか、そういう感情を超えて、ただただ、みっともない。哀れでかわいそう。って本心で思ってしまった。

その瞬間の心の寒さを文字表現できないのが残念なくらいドン引きした。

精神を病むという事は、自分自分精神状態を異常に思わない所にこそ問題があると思うので、

すぐにでも他人悪態が聞こえてこないネットから離れて安静に療養されることを本気でお勧めします。

2017-09-26

anond:20170926030457

アサミヤキア先生もそうだけど、大塚氏(ヒデシじゃなくてエイジが公式なのか・・・)も角川周辺で働いてきたクリエイターから批評が鋭いね

カドカワグループとしては、それを狙っているのかもだけど。セルフプロデュース的ななろうとかが隆盛だから果たして思い通りに事が進むかどうか…

2017-09-25

anond:20170925144147

心配すんな。通じてるって。

自分が楽しめないからってケチつける」

のが不遜で作り手への敬意を欠いた最低最悪の行為だと言いたいんでしょ?

別にそう思いたいなら思っておいていいよ。お前が一人でそう言ってるだけだから

お前は知らないみたいだから教えてやるが、まともな大人の間ではそういう行為は「批判」「批評」という行為に含まれるんだよ。批判するほうもされるほうも、お互いにその自由を認め合っているんだよ。

からお前が俺を「批判」する自由も俺は認める。同様に俺がお前を「批判」するのも俺の自由特定ようつべ動画を「批判」するのも俺の自由。「エスパー魔美 批判」とかでググってみろよ。俺の言わんとする内容が出てくるかしらんけど。

他にやることあるのでもうレスはやめるが、構ってほしいならもう少し戦略を練ることだね。どうせこれにも「逃げたな」とかレスをつけるつもりなんだろうが、もういいかげんめんどいしつまらんわお前。

2017-09-18

https://anond.hatelabo.jp/20170916200332

シンゴジラときがわかりやすく酷かったが、当時ある程度見て回ったら日本一般的オタク(と言われる)層は大体が以下のような感じということがわかった。

会議風景自衛隊攻撃の仕方などは「リアルで超すごい!さすが徹底調査しただけある!ほかの邦画も見習うべき!」とか必要以上に大騒ぎしてたくせに、石原さとみ英語ツッコミが入ると「怪獣映画リアリティとか何言ってんのww」と言い出す。

評論家が少しでも気に食わない意見を言えば「評論家ってのはクソしかいないからw」と言ってひとまとめにして叩き始め、権威のあるっぽい人が褒めれば「評論家からお褒めいただいたぞー!」「愛が深い」とかまた騒ぎ出す。

他にも否定的ニュアンス意見が出れば晒して叩きまくり、昔からあるゴジラ論なども反日左翼扱いし(なぜだ)パブリックエネミーとして攻撃しまくり。

要するにシンゴジラは褒めるものというのが前提で、その意見に逆らうやつは私刑してもオッケー。自分意見よりもネットの潮流にあわせて賛辞を送るみたいな流れだった。多分、アニメ漫画音楽映画別にきじゃないんだよあいつら。

観測範囲問題とか言うひともいるかもしれないが、逆にどこ行ってもこういうやつらは観測できたよ。もちろんまともなひともたくさんいるだろうが、それを覆い隠す勢いで多すぎた。

正直、こういうひとたちには批評なんてものは早すぎて理解できないんだろうと思われる。そんなひとたちの感想文を読むのは無駄しかないよ。

2017-09-15

寿命が長いと

コンテンツを楽しめる時間が増える

そうすると「あれはあれのパクリ」だとかメタ視点ネタだとか

長くコンテンツを楽しんでいることを前提とした批評だとかネタだとかが出てくる

から平均寿命60歳とかになってくれたら、そういうのがなくなって

純粋コンテンツ面白さを競うことができるのでは?

2017-09-10

anond:20170909130213

当時から気に食わない批評書いた奴や2次創作(例:戦車が書かれてない絵、例:TKTBY)をぶっ叩くみたいに宗教化してたか勘違いしないでほしい

ファン層も更に狭かったし、むしろ今の方がそういう表明をできる空気を感じるまである

2017-09-08

滑稽な男

数か月前、とある場所出会った男性と何回かデートした。その時はたまたま彼氏がいなかったんだけど、今はいる。

その男性は、私と「付き合ってもいいよ」感を凄く出してくる。

からデートに誘ったことはないのだが、暇だったからなんとなくご飯を食べに行くと、何故か私がうきうきで来たかのようなふるまいをされる。「今日デートのこと、女友達相談したりしたでしょ?」などと聞かれる。相談など全くしてなくてウケたが、面白いので「うん、しちゃった(笑)」などと返している。

また、「君ってこういうところあるよね」とか「君ってこういうところがかわいいけどほかの男は気づいてないだろうね」など上から目線批評してくる。「今はまだ彼氏じゃないけど、彼氏になったら云々」などと、私といつかは付き合ってもいいよ的な目線で語ってきたりする。

無害だし上記のような言動面白いし奢ってくれるので誘われたら暇なときは会っても良いけど、忙しい時と彼氏がいる今はちょっとウザいと思っちゃうときすらある。

でも彼は私のこともてあそんでるつもりなんだと思う。本気で付き合いたかったらとっくに交際を申し込まれているはずなのでそういうんじゃないってことは分かる。

単純に自分に惚れてるっぽい女とご飯食べたり、やれそう?!みたいな雰囲気の中で会話するのが楽しいんだろうな。

「地味でうぶな女をもてあそんで楽しんでるハイスペック俺氏」ってツラが滑稽すぎて面白い。私は地味系に見せかけてるだけであって付き合った人数も寝たことがある人数も並みの男性より多いよ。私のこと誘ってくる男はこの人だけじゃないのに、なぜか私がこの人しかいなくて、必死彼女になろうとしてる、っていう構図を会話の中に打ち立てるのがムカつくと同時にウケる

今の彼氏からプロポーズされた日の夜、この人からまた「ご飯食べに行こ~。」ってLINEが来た。

非モテラノベネトウヨ

ふと気づいたのだが、ネットで声のデカいこれらのアホはあまりにも思考回路が似通っている。

よってひとまとめにしてひとつの病状で言い表されるべきだ。

実際、層は近いと言うどころじゃなく被っていることだろう。

非・ラ・ネ病者とは

非モテラノベネトウヨ病の一般的な症状は、「客観的に見れば欠点がすぐわかる自分(の好きなもの)を、とにかく現状はまったく変えないままで屁理屈だけで他人に認めさせようとする」ところにある。

明らかにモテる努力放棄しながらモテないのを逆恨み

自分でも萌え燃えくらいの評価しかできないのにラノベ芸術として認めろとか言い出す。

他国批判するとき人権平等性の問題点理解できるのに、日本批判されると「それの何が悪い」「ここは日本だ」で通して恥じもしない。

子供駄々と言えばそれまでだが、匿名インターネットでいい加減に放言できることを差し引いても度が過ぎている。

無責任に唱え続けるうちに、自分でもそれが正しいと無根拠に信じ始めているのだろう。

から、改めて「客観的にわか欠点」を問われると、ただ発狂する。

真正から反論反証ができない。

詭弁じみた言い逃れをする。

まさしく病気である

ラノベ文学になれるか

こういう話を思い立ったのも、ネットの某所で久々に、相も変わらぬ「文学だって昔は低俗だった」論を壊れた機械のように繰り返している非・ラ・ネ病者を見かけたかなのだが、その「低俗だった」小説東大卒インテリがよってたかって批評し、創作し、芸術性を証明たからこその今日文学だというだけの話を何故理解できないのだろう?

文学だけではない。

SFアニメ漫画

かつて低俗とされ今はそれなりの地位を築いたものは全てその初期に「これは読む(見る)価値のあるものだと証明してやる」と意気込んだ先人が、科学考証を緻密にしたり、作画、芝居、ストーリーテリングの隅々にまで拘って、作品の力そのもので世の中に価値を認めさせてきた結果である

ラノベがいつそんな努力をしたのだろうか。

断っておくが自分自身は、90年代ラノベに退屈な既存文学オルタナティブになるパンク文学の萌芽を見たものである

しかしそれらを感じさせた作家も消え、ラノベは当時よりももっと「ライト」な、消費材としての物語を量産し続けている。

何が悪かったのか?

時代が悪かったのか?

失われた20年とやらの、国全体がネトウヨじみた、いじけた空気に包まれている時代に生まれしまたから、ラノベもいじけるしかなかったのか?

世が世なら、昭和漫画アニメのように負けん気の強い先人が「子供向けのラノベでも芸術性のある作品が作れるんだって証明してやる」と心血を込めて、結果子供たちを熱狂させ、延いては大人にも読まれるような作品を書くことになったのか?

はたまた、出版社主導で、何ヶ月に一冊きっちり出版計画を立てて乱発すると言う、あまりに余裕のない制作体勢のなせる業か。

なんにせよ、こんな志のない作品群が先達たちのように芸術的と認められる未来などというものは、万に一つもあり得ない。

ミソジニスト非モテモテること、レイシストのままの日本世界に認められることと同様に。

客観的事実は揺るがない

非・ラ・ネ病者はネット時代の生んだあだ花である

彼らがかような恥知らず言動常態化させてしまった背景には、匿名文化のいい加減な事を言いっぱなしにできる特性が一因としてあることには疑いがない。

さらネットは、大多数の読者が「くだらない」と思っている事実も覆い隠す効果がある。

「くだらない」戯れ言を世界に発信し、ごく少数の生真面目な読者がそれに反論することで、彼らはそれが「議論に値する」意見であるかのように錯覚する。

いくら自分自身でもどう考えても「くだらない」はずの放言でも、そう彼らは錯覚している。

から機能を正常に作動させて、自分自身の言ってることを客観的に見直すことができない。

客観的ものを見れば、横柄な男は嫌われ、低俗小説もどき芸術として相手にされず、人命を軽んじる国が世界から歴史から認められるはずがないのは、「考えれば」などという言葉を使うことすら大げさに感じるほど当たり前に認識できる。

それができないのはまさしく病気であって、これら非モテラノベネトウヨ論者に共通する病状こそ現代日本蔓延った根本の病を顕著に代表するものであると考えられる。

海外テック記事で「同じことを繰り返しながら違う結果を期待するもの狂人と呼ぶなら、それはソニー(の携帯事業)のことだろう」という批評を読んだことがある。

この前半はアインシュタイン言葉とされる名言らしいが(違うらしいが)、ともあれ、これはソニーのみならず現代日本を覆う理不尽空気もっとも正しく表す言葉だろう。

進歩なくして前進することは不可能なことである

いつ、それに本当に気づけるのか。

2017-09-06

anond:20170904194521

アメコミ映画のソレの稚拙さはほんとにどうにかしてほしい。あの程度を称賛するアメリカ映画批評業界滅びろっていつも思う

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