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はてなキーワード: 批評とは

2018-05-19

食べログにおける一人称「小生」使用理由が分かった

古典の名著『読書について』に匿名批評をするときには縮小詞である「小生」を使えと書いてあった。

お前らも匿名でなにかを批評するとき自分卑下して「小生」を使えよ。

JR和歌山線にて

5月13日のこと。これまで乗ったことがなかったJR和歌山線王寺駅から乗車したところ、

古刹を巡る会(仮称)」の旗を持った老人30人ばかりが同乗することになった。

その一行が着席するや否や、すさまじくデカい声でしゃべりだし、そのやかましさといったら、

ありゃしなかった。

小学生幼稚園団体も及ばないレベル難聴なのかと疑うくらい、全員声がデカい。

運動部高校生外国人カップルもいたが、皆、呆れ顔。

スマホゲームをやっていた高校生ヘッドフォンが聞こえないと友人に言っていた。

さらに、目の前にいたクソババァ様はでかい声で外国人旅行客マナーがなっていない、と

のたまっていたが、お前らのほうがその5万倍は迷惑だと言ってやりたかった。

貸切列車でもないのに、傍若無人なクソジジイとクソババア。

高校生外国人らに手本を示すべき連中が醜態を延々とさらしていた。

赤信号みんなで渡れば怖くない」と、ビートたけし日本人批評したけど、

まさにその通りだった。外国人カップルはそれを学んだことだろう。

旅で気分転換をするはずが、逆にストレスを感じてしまったのは残念だった。

その後、天気は下り坂。大雨が降ったため、和歌山線運転見合わせになった。

最低な老害軍団五条駅で下車したのだが、巻き込まれていることを祈ったのは言うまでもない。

行き場のない怒りを吐き出して、この週末は心安らかに過ごしたいと思う。

2018-05-11

anond:20180511231152

批評ありきで作品を見るオタクも大差ないと思うんだけど、そっちはむしろやらないとニワカ扱いされる風潮

2018-05-06

所感や私感を「ポエム」と呼ぶのをやめろ

詩を名乗る以上韻律や抒情を持ち、言葉は厳しく吟味されているべきではないか

詩のこの厳しさと一般文章を対比して、「散文的(まとまりがなくとっ散らかった)」という表現が生まれたくらいである。

Qiitaの「ポエムタグ技術的な視座からでなく、詩的観点から批評を浴びせられるべきだと思う。

そして「ポエム」を名乗りつつも詩の体をなしていないもの即非公開にし、投稿者は出入り禁止に付すべきである

かような厳しい批評を受ければ、「ポエム」を軽々しく名乗ることも減り、「所感」や「私感」と言った適当表現に落ち着くのではないか

現状のような倒錯が続けば技術コミュニティ疲弊が進むのみならず、詩を含む文芸全般への軽視の風潮さえ招きかねないと危惧する。

2018-05-04

スタートアップ社員モラルについて思うこと

ついさっき、都内某所のカフェで有ったこと。

 

連休中の昼下がりで非常に混雑していたが、運よく2人掛けのテーブル席に座ることができた。

隣の席で30歳前後と見られる男性2人が結構大きな声で話しており、否が応でも内容が耳に入ってくる。

 

どうやら直前まで交流会に参加していたようで、そこで交換したであろう名刺テーブルにずらっと並べていた。

その上で、スマホで交換相手企業情報を調べながら、この会社はどう、この会社はどう、と大声で批評している。

そこまでならサイト等に載っている公開情報からまだしも、交流会で話したであろう内部情報まで話す始末。

挙句の果てには、お互いの交換していない相手名刺写真を撮り合い始めた。

 

社内や個室の店でやるならともかく、ここはスタートアップとか集まってる街だから、どこで誰が聞いているか分らんぜ。

話の内容からどっかのスタートアップ社員だと思われるが、ビジネスモデル技術力を磨く前にモラルを身につけた方が良いんじゃないかな。

 

はてなとかでは批判されがちなオールドタイプ日系企業に勤めるおっさん感想です。

しかしたら情報セキュリティ個人情報に対する自分一般常識が古いかもしれないけど、ちょっと思うところがあったので書き込みました。

マック女子高生」「外国人に言われてハッとした」並みに、「カフェで隣の席から聞こえてきた」が根付くと良いなあぁ。

2018-05-02

[]よくある質問

真面目に答えず、出来る限り嘘と虚構を織り交ぜて答えていきたい。

Q.ハリケーン名前女性名前が多いのは何故ですか。

女性ハリケーンみたいだからだ。

どういうことかってのは、私が言うまでもないだろう。

いずれにしろ大人しく自宅のシェルターにこもって、去るのを待つのみだ。

私は傭兵時代PTSDを患ったときも、女性関係PTSDを患ったときも、そうやって克服してきた。

今でも、あれを越える最強最悪な女……いや、人類出会たことはない。

他に考えられるとすれば、人名の方が親しみやすくて覚えやすいからとか、じゃないか

ちなみに、近年では男性名女性名も均等に使われているようだ。

君が自分の子供に名前をつけるときは参考にしてみるといい。

Q.何が嫌いかより、何が好きかで自分を語るべきですか。

答えはNOだ。

かといって、別に何が嫌いかを語る方が尊いってわけでもないぞ。

要は何かを好きであることも、何かを嫌いであることも等価だって意味だ。

この世は何かを好きな人間と、何かを嫌いな人間が一つの社会で生きている。

相対的評価というものもある以上、好きと嫌いは表裏一体だ。

批評において何が好きであるかが大事なら、何が嫌いであるかも同じくらい重要だろう。

不味いものしか食べない人間は、美味しいもの評価できない。

美味しいものしか食べない人間は、その美味しいものの中から不味いものを選別する。

いずれにしろ自己表現という観点から見ても大事事柄だ。

他人の好きを否定する人間と、その人間の嫌いを否定することに大した違いはない。

あると思っているのなら、それは君のポジショニングトークか、表現方法を選り好みしているからだ。

もちろん、それを選り好みすることは自由であるべきだが、他人の“自由”まで選り好みしてはいけない。

しかし、何らかの好き嫌いを表明することは、被害者であると同時に加害者にもなりうる。

トイ・ストーリー3』が嫌いな人間だっているが、それでイコール自分の好きを否定されたと被害者ぶって相手人格攻撃を始めてはいけない。

重要なのは“誠実さ”だ。

おっと、「何かを好きである時点で誠実」、「何かを嫌いな時点で不誠実」だと思っているのなら、まずそこから降りたほうがいい。

先ほどもいった通り、それらは表裏一体だ。

正当な評価大前提とは、賞賛批判もありうるものを言う。

どちらの態度を取るにしろ、片方を享受するならば、もう片方は甘受することが必然だ。

では“誠実さ”とは何か。

漠然としすぎているな。

まあ一例を挙げるなら、借りてきた言葉で表明した気になったり、それに乗っかって他人好き嫌い否定することは誠実といいにくいだろうな。

しかすると、君のことかもしれないな。

学ぶべき教訓は、「他人言葉じゃなく、自分言葉好き嫌いを語れよ」といったところだ。

・・・・・・え? そのセリフを別の場所で聞いたことがある?

仮にそうだとしても、私はそれを自分言葉として昇華しているので極めて誠実だ。

そこ、ズルいとか言わない。

オタク自分好き嫌いに対してズルくなってしまう生き物なのだよ。

もちろん、私はオタクじゃないが。

Q.ソシャゲ廃人は、MMORPG廃人よりマシですか?

誰をサンプルにして語るかによって違うな。

例えば『クラッシュ・オブ・クラン』のトップランカー。

世界王者ジョージヤオは5台のアイパッドを使い、シャワーときすらビニールをかけてプレイしていたそうだ。

他にはスポーツチームの選手たちが夢中になりすぎて連敗し、監督激怒しているってニュースもあったな。

あと出会い厨とか、親の金を大量に課金に使っていた小学生とか、一通りのことは起きているな。

もちろん、この話は『クラッシュ・オブ・クラン』関連、かつ国外での話であるから気にする必要はない。

こういうのにやたらと法を作りたがる者がいるが、ルールというのはそれがないと社会が回らないか必要なだけだ。

逆に言えば、なくても成立するならルールなんて必要ないってことになる。

日本課金ゲーは運営も誠実で、ゲーマー自己管理が出来ていて健全だ。

ユーザーたちも聡明で、万が一なにかあっても自己責任だと得心できる人たちばかりだから大丈夫だろう。

……いや、さすがにちょっと言い過ぎた。

自分もそういったゲームを多少はかじっているから、何とか取り繕いたかったんだ。

君に嘘はつけても、自分に嘘はつけないらしい。

自分自身にすら嘘をつき始めたらゲームの止め時だからな。

2018-04-30

anond:20180429143405

引用されたくない著者や批判されたくないクリエイター作品も、公表していれば引用批判対象としていいと著作権法に書いてあるわけだから二次創作だけ著者の感情尊重するのはなんか変だと思います作品公表した以上批判を受け引用されパロディを作られるのを許容すべきで、それが表現の自由の根幹でしょう?(もちろん、内心でふざけんなと怒るのは内心の自由範疇だし、気に食わない批判二次創作言論創作物を使って喧嘩を売るのも表現の自由保護されるべき)

引用と丸パクリは違うだろ??

引用あくまでそれに伴う批評主体であって引用される側は従であるけれど、

二次創作基本的原作ありきで、原作の魅力がなければ何の価値もないものなわけで。

価値ある著作物を生み出した人間が、それを独占出来る権利はあるべきだろ。

でなければキャラクタービジネスってのも成り立たなくなる。

価値あるキャラクターを生み出しても、それを他人勝手に使って商売してもOK、生み出した側が独占する権利なし、ってなら

わざわざ生み出そうとは思わなくなるしな。

2018-04-26

ネタバレありパシフィックリムアップライジング見て納得いかないこと

本編見てから批評サイト見てみたらもう色々納得いかないことがあるけど発言力のない人間から適当に書きなぐる

批評とか書いちゃうような自称映画通様は恐らく前作が素晴らしくエンターテイメントだったことに対し、監督が変わっていることで「これはもう絶対劣化から」と決め打ちして見ているのだろう

一方では「結局殴り合いと建物破壊の繰り返し」

一方では「オリジナルテーマ曲そのまま」

一方では前作の夜戦から今作の昼戦になったことに対する文句

そりゃ結局殴り合いと建物破壊になるがそれでいいだろう

戦争映画で「結局銃打つのか」

ホラー映画で「結局人死ぬのか」

恋愛映画で「結局恋するのか」

そんな感想抱かないだろう。

大怪獣と巨大ロボなら殴り合いと大破壊だろう。それがなきゃ米のないおにぎりみたいなもんだ。

そんなのは基礎中の基礎だから変わってなくて当然。

巨大ロボにロマンを抱くならそんなところよりも「グラビティスリング」「双剣」「鞭」「モーニングスター」「可動式銃座」もうこれだけで万々歳だろう。

しかもそれぞれがきちんと魅せる動きをした上で、前作以上に各イェーガーごとの役割差別化がはっきりとしている。

サンダークラウドフォーメーションとは別の形の3人乗りで、銃座は後ろもカバー出来る完全仕様、落ちる薬莢も轟音できちんと仕上げた点についてはもう声をあげて賞賛たかった。

前作と同じテーマ曲を流すのも、前作と同じテーマ曲からこそ意味があるんじゃないか

襲撃受けてフルボッコにされてもうダメだーって空気になっているところに「まだ戦える」というところであの曲、それこそが熱いんじゃないか

時代が変わるような新兵器ではない、基本的には同じイェーガーで「もう一度立ち上がる」

俺達のイェーガーがもう一度!

からこそあの曲じゃないとダメなんだ

戦闘が昼の場面になったのは今回一番大きな変化だったが、前作の時点で既に「暗い所で大きい物が殴り合ってるばっかりで絵面が退屈」というような意見はあったし、それこそ今作で明るくしなければそれぞれの新兵器も見辛く、同じような絵面で淡々と「もう見た」を観客に押し付ける事になってしまう。恐らく今回も夜戦だった場合、前作から映像流用してもバレないだろう。

変形して飛び回ったり遠隔操作ビットからビーム撃ったりするような超兵器が使われない以上戦闘の展開自体は偏りがちなので舞台の見せ方を変えるのは当然である

明るくなった事で誰が攻撃した、誰が吹っ飛ばされたと認識やすくなったことで4vs3の乱戦でも安心して追えるようにもなったのだ。前作では暗い中での戦いであたかわりに世界から集まったということで国籍による認識が出来たわけだが今回はそういう話ではないのだ。

とりあえず他にも色んな批判とかあるだろうがこの三点に文句を言っている奴は「監督が変わったから」で叩いているだけの通ぶりたいマン

個人的に本編において納得がいかないのは

ジェイクとネイトの因縁説明不足

・克服描写ないのにいつのまにか克服してるトラウマ(前作であっさりマコローリーと適合したのに通ずるスカスカ感)。これ詳しく描写しないならそのシーンはいらない。

過去特撮へのオマージュとか言いつつ東京の街にある看板日本語表記中国語表記が混在している事。見ててやすっぽすぎた。オマージュにしては浅い。

シャオ産業社屋で逃げたばかりのニュートンがいつのまにか東京の特等席で戦闘を見てる唐突

ローリーが出てない事に触れなかった事。一応死んだらしいけど、触れてくれないからいつか出てくるのかとワクワクしてたらかすりもせずに終わったのは残念だった。

この辺りは前作でも気になったけど、映画という限られた時間でまとめなくてはいけない弊害でもあるのか。

でも決戦前ジェイクの演説はクソかっこよかったしシャオは髪下ろしたらめっちゃ美人だったしヴィクトリアの「次は大きいイェーガーを作れ」も感動物だし

凄く面白かったよ

2018-04-24

財務省事務次官セクハラ疑惑報道に関して、私が問題に思うこと

長めです。

私は普段からいくつかの報道番組を録画して関心のある部分だけざっと視聴するようにしてるのですが、

今回の事柄テレビ報道問題に感じてる事があります。(新聞は読む習慣がないのでテレビ報道のみについて)

端的にいうと報道番組必要な手順をスキップしてないか?と感じます

まず、私達の住む社会セクハラに対して厳しい態度で臨むという選択に全く異論はありません。

一方でそういった事が起こったとされた場合、何が妥当事実かについて十分な調査検証が行われてない段階で、

誰が加害者で、誰が被害者か、何があったかなどを断定的に語られるのは非常に危険だし、公正な態度ではないと思います

特に報道機関においてではです。

一般の人同士が世間話をするのと、要求される社会役割や影響力が全く違います

私は法律専門家でも何でもありませんが、刑事裁判においては「無罪の推定」という原則があるそうです。(推定無罪という言葉の方が一般的ですが)

検索すればその定義がすぐ出てきますが、以下の文を日本弁護士連合会サイトから引用します。

 「無罪の推定」とは、犯罪を行ったと疑われて捜査対象となった人(被疑者)や刑事裁判を受ける人(被告人)について、

 「刑事裁判有罪が確定するまでは『罪を犯していない人』として扱わなければならない」とする原則です。

 (引用ここまで)

法律世界において、一つには刑事裁判の立証責任所在を示す意味もあるそうですが、

もう一つの意味引用文のままで十分理解可能だと思います

今回の事柄は(少なくとも現段階では)刑事事件ではありませんし、民事裁判でもありません。

ですから刑事裁判原則をそのまま法的に適用しようとは全く思いません。

しかしこの原則意図するところは、人と人のトラブルが起こった時には常に留意すべきではないでしょうか。

繰り返しになりますが、特に報道機関においてではです。

被害にあったと一方の側が主張しており他方がその事実否認しており、また提出された証拠妥当性、当時の状況等々に関して

十分な確認検証がなされない内に、「誰が加害者である」「誰が被害者である」といった断定がいくつも見られました。

更には加害者とされた側に対して「事実」を認める事を要求したり、謝罪要求したりする事もありました。(この場合の「事実」は批判する側が想定している事実です)

報道機関においてだけでなく、政治の場において国家議員の方々も同様の言動が見られました。

直接的に「誰某は加害者である被害者である」と言わなくても、「被害にあった女性記者」という表現被害事実であったという事実認定が前提になった言葉です。

セクハラ発言」という表現もある発言セクハラに該当するという事実認定が前提になっています。(「事実認定」という言葉一般的な意味で使っています。私は法律専門家ではないので)

言外のニュアンスといった問題ではなく、ある事実認定が前提になった発言が多々みられました。

「あのような発言はどこで誰に言ってもセクハラである」と考える人いるかもしれませんが、私はそれは状況次第だと考えます

以前読んで個人的に大変参考になったブログ記事を貼ります

http://d.hatena.ne.jp/ohnosakiko/20090218/1234934521

中年男性性的発言に対する嫌悪感から即座にセクハラ認定していないでしょうか。

何が妥当事実かを追求するには様々な可能性を想定し、また様々な事を疑わなければならないのではないでしょうか。それには被害を訴えた側の証言も含まれるはずです。

加害者とされる側に対しては検証を経ない粗雑な断定を下す一方で、被害者とされる側に関しては考えうる可能性を述べる事も「被害女性」を更に傷つける行為だと批判する人もいました。

もちろん私もこの場合被害を訴えた女性がいわゆる二次的な被害に合わないように配慮するのは必要モラルだと思います

しかし、であれば、加害者とされる側についても必要検証が終わるまでは当該の事実に関する推測は控えるべきではないでしょうか?

対応についての批評は含みません。あくまで疑いを受けている事実に関してです。) 

一方の側が配慮され推測も抑制された状態で、他方が様々な推測を述べられる状態報道において連日続けば

視聴者の印象はある方向に導かれるのは必然で、その事によって社会的制裁がなされてしまうのではないでしょうか。

必要検証を経ず、報道機関によってです。

それは私は非常に不公正で危険な事だと考えます

念の為、本当に念の為言いますが、私は疑われている事実などなかったと主張するのではありません。

疑われている事柄事実なら、必要謝罪処置が当然行われるべきです。

しかしそれは、繰り返しになりますが、十分な確認検証の後なされるべきではないかと主張しているだけです。

また言うまでもないかもしれませんが、仮に今後の検証によって、この次官が疑われている事柄が全て事実だと判明したとしても、私が申し上げた論点はやはり問題だと思います

例えば、ある刑事事件において警察犯罪を立証する十分な証拠が得られないので、被疑者自白強要を行い裁判有罪が確定したとします。

この時、その被疑者が実際に犯行を行っていたかどうかに関わらず、この警察の行動は違法であり批判されると思います

後に被疑者が本当に有罪だという証拠が見つかった時、「どの道有罪なんだから問題ない」とは法律ジャーナリズムに携わる方達は決して言わないと思います

そこまで悪質なものかと思う方がいらっしゃるかもしれませんが、報道機関の持ってる影響力、言い換えれば実際的権力を考えればそんなに差のある話ではないと私は思います

最後に、上で述べたような性質発言をする人ばかりではありませんでした。

慎重でバランスのとれた発言もあり、被害を訴えた側について疑いを投げかけた発言もありました。

しかし私の視聴した範囲ではそれらは極少数でした。

一人ひとりの発言引用すると、様々な論点が出てきてしまうのでやめました。

論点拡散してしまうと、私が重要だと思ってる論点が見えづらくなるので。

2018-04-19

anond:20180419165813

いやエロ抜いて全年齢版として売り出してる元エロゲーなんて腐るほどあるじゃん

市場が成立してしまってるんだから批評的な人がどうとかもう関係ねえだろ

エロいらないエロゲってのはマジでエロいらないの

2018-04-17

anond:20180417141915

からそれは普通に言うじゃん

競技やら何やらで差はあるけど、加齢により何らかのパフォーマンスが落ちること自体は、あっても不思議のないことだと受け止められている

では、他の要素はそうやって人格と切り離して別々に批評されるのに、容姿だけなぜ人格と一体でなければならないのか

他の要素は人格とは別々に消費するのに、容姿だけなぜそうすると文句を言われるのか

そして加齢で容姿が衰えるということをおっさんには何の憚りもなく指摘するのに、同じことを女に言うと叩かれるのはなぜか

これが不思議なわけ

anond:20180417065340

劣化」という言葉は、一般的女性芸能人に対して使われやすい。

世の中には、女の容姿批評されること自体について過剰反応する人は多いということ。

そんなに女の容姿批評されることが嫌なら、女優アイドル職業法律禁止すればいい。

anond:20180417065340

悪くない

批評するのは個人自由

だがその批評自体批評されることもまたその人の自由から

個人的な意見を言うと

老化=劣化という価値観は笑われてもおかしくないな

2018-04-14

誠実ぶってるけど自分の嫌いな価値観を殴りたいだけのやつ

ポリコレとか批評とかを対象にやってるひといるやん

あれサイコパスっぽさを感じる

自分の表出した部分だけ人当たりよく演じて

その実自分のおもいどおりに他人コントロールしようと企図してるだけっていう

2018-04-13

ポリコレとか政治的にはどうでも良くて、ただその作品女性搾取性的とは限らない)されるシーンがあるかどうかを知りたい。

こっちは個人的趣味嗜好でそれを見たくないだけだ。

そういう要素が入ってると萎えるんだよ単純に。

実際は入ってる作品だらけなのでそんな事言ってたら何も楽しめないから、そうではないものも手を出すし

他が良い作品であればそれなりに楽しめるけど、でも「この女性の扱いの酷ささえ無ければもっと面白いのになあ」な気分になる。

それが、一部腐女子が男女恋愛要素は一切入れるなとか、一部百合オタが百合に男乱入させる作者は氏ねと言ってるのと大して変わらん要望ってのは重々承知だ。

けどそんなピンポイントな点に着目した批評はまず無いので

とりあえず西洋からの輸入モノでレーティング低いものだとポリコレ配慮してあってそういう描写いか安心、って状況になってる。

でも日本のはそういう安心感がないので博打するしかない。

つーかそもそもポリコレってそういう目的のものだと思うんだけど。

大勢の人相手に売りたい作品が、多くの人の地雷になりそうな要素は最初から取っ払ってるから安心安全に楽しめます、っつーのをアピールするという。

地雷踏んでもいいからそういう配慮はいらん、って人向けにはそういうのがあるわけだし。

現代思想を絡めて語れない作品は糞



それだったら、アカデミー賞を取るような映画を見て、批評意識して書かれた純文学でも読めばいいだけ。

2018-04-11

anond:20180411222817

その価値観別に可もなく不可もなく……というか、そもそも価値観に優劣をつけること自体気持ち悪さを感じる。

誰がどんな価値観を持っていようと、他人迷惑を掛けなければそれは自由で、他人批評するようなものでもない。(価値観自体評価されたいという願望を持つの自由だが、私個人はそれは気持ち悪いという価値観の持ち主なので……)

で、まあその上で、感想というか疑問を挙げるなら、彼女のどこが気に入って交際しているのかなぁ、という点。

パートナーにも夢を追いかけて欲しいという価値観の持ち主が、何故、主婦になることを望んでいる相手彼女に迎えたのか?

もっとも、彼女に夢を追いかけることを「強要」しない限りは矛盾を抱えながら付き合い続けるのは増田自由だし、彼女負担を掛けない範囲で夢を追いかけて欲しいと彼女を説得するのも増田自由ではある。

ただ単に、なぜ付き合ったのかという点が不思議でならないという、それだけの感想

他人価値観を知りたいとのことでしたので、戯れに私の価値観披露してみましたが、こんなんでご希望に叶いましたでしょうか?

2018-04-09

心の原風景否定とは

LGBT気持ち悪い人に会ってみた

http://news.livedoor.com/article/detail/14539261/

数日前にプチ炎上してたこれ。

この中ですごくストンとき一言に「心の原風景」っていうのがあった。

要するに今になって保毛尾田保毛男を笑うことを社会的非難されると、自分がかつて子供の時に友達と一緒に大笑いしてきたことが罪であったかのように言われてそれにひどく傷つくという主張だ。

記事主題LGBTについてだけど、「心の原風景」で引き合いに出していることとして「女子の夏服から透けた下着」ということがある。

このインタビューを受けた人はきっと他にもエロ本を盗み見たり、同級生女子の胸の大きさを比べて批評したり、生理の日を予想したりとかそういったごく当たり前の男子中学生らしい日常を送ってきた人なんだろうと思う。

また今日になって突然にハリセンボン春菜お笑いを目指すルーツとして「小学生の時にブスと言われてそれを笑いに変えた」という話が再燃してきた。

これもまた一つの「心の原風景」なのではないかと思う。

ハリセンボンの側からしてみると、自分がおどけて見せたことで周囲が笑顔になったということが自分にとって大きな精神ターニングポイントになったのだろうが、おそらく当時の同級生たちは「ブス」とからかった同級生がそれを笑いに変えて、それを大笑いしたということもまた「心の原風景」になるのだろう。

自分はおとなしい陰キャ男子だったからそこまで「心の原風景」を否定されることに拒絶反応はないが、おそらく陽キャとしてプロトタイプバカ男子中学生時代を送ってきた人にとっては、その自分たちが共有してきた「笑い」が実は女性LGBTを傷つけることで成り立ってきたということを今更事実として突きつけられる罪悪勘は非常に不愉快ものなのだろうと思う。

だけど同時にその罪悪感に耐えられなくなるからいまさら罪扱いするなというのも自分勝手な主張なのではないかと思ったりもする。

中学生の時、気になっていた女子の持ち物を一つ盗んだことがある。

当時は悪いと思っていたけれども、ずっと持ち続けていて捨てられなかった。オナニーもした。

それも自分にとっては「心の原風景」だ。

の子が今どこで何をしているかは全く知らないが、こんな陰キャな自分にとっての心の原風景にされてしまたことを知ったら、おそらく気持ち悪いんだろうなと思ったりする。

楽曲丸ごとアップロードして最後にゆっくり音声に「だいぶアレ」って言わせれば批評のための引用になるんだろうか

anond:20180409092835

別にツイートで全部語らなきゃいけない訳でもないし

その後のツイート批評してるなら引用として認められるかもしれないが

その後のツイートでもまともに批評してないしなあその人

anond:20180409091759

横だが、「だいぶアレ」だけで批評であるから引用とみなせるなら

面白い」の一言引用とみなせるのでは

(つーか「アレ」よりは「面白い」の方が批評としてまだ成り立ってる。「アレ」じゃ何が言いたいのかすら分からんわ)

2018-04-08

オッサン「昔のネットはよかった」←昔は金持ち高学歴が多くてノイズが少なかったか

ばればれの匿名でネットをやることの意味 - 続・はてなポイント3万を使い切るまで死なない日記

↑の人も自分よりもスゴイ人がいたから昔のネットがよかったと思ってるんだよね

東浩紀言及してるから思い出したけど、ゼロ年代批評エロゲ批評ブーム

都市に住んでいて、バイトをしないで、エロゲができる暇がある大学生が集まって

たから成立したんだろうし

2018-04-07

https://anond.hatelabo.jp/20180401223048

えー、悩み相談というのはそれを相談という形で他者に解るように言語化してしま過程で、すでにその悩みの解法が一目瞭然誰の目にも明らかになってしまうということがまま起こるものでして。

それを他者から見ると「この人はなぜこのように自明なことで悩んでいるんだ?」などと不思議に思われてしまものですが、一人で悩んでいる間はそにれ気づかないものなんですよね。

で、この場合もまさにそのケースで、きっともう御本人的にも悩みの答えというものはほぼ言わずもがな状態だろうとは思いますが、一応ご相談へのお答えというものをここに返してみようと思います




先ず、ご相談元増田様がなぜ恋人を作らなければならぬと思っておられるのかという点についてですが、これは一読すれば誰もが解るように、

自分恋愛というものから落伍しているという烙印を押されることへの不満、あるいはすでに貼り付けられたレッテル払拭したいという願望」ということに尽きるでしょう。

世間体とかプライドとか言われるものでしょうか、切実な悩みですね。

発端がそのようなものですので、元増田様が交際相手への条件として"自分と同程度の社会的地位及び容姿"を求めるのは、これもまた自然な話だと思います

世間の目からも己の内的な目から落伍者の誹りを受けないためには、一定程度の市場価値のある相手でないと困ります

で、ここからが難しいのですが。元増田様が求めているのはそのような"ステイタス"であるにもかかわらず、ここにさらなる付帯条件がついてきます

それは「ちゃんとした恋愛らしい恋愛がしたい」ということです。元増田様の表現によるなら「ちゃんゆっくりお互い中身を知り合ってからちゃんと付き合える」ということになります

なんということでしょう元増田様が欲しているのは飽くまで"交際という実績"であるのに、そこに"形式的でない本当の恋愛"という矛盾した制限がかかっているのです。

解ります

恋愛のために恋愛するのではなく、真の恋愛(って何?)を演じることが出来るのだということを証明しなければ恋愛出来ないという誹りを免れ得ないのだ」

と考えておられるのは。

しかし、ここで「己のプライド問題解決する」という動機と「他人とお互いの中身を知り合ってちゃんと付き合う」という手段は決定的にすれ違っています

だって元増田様は別に他人の中身になんて興味ありませんし、ここまで詳らかにしてきた貴方の中身を他人に知ってもらうつもりもありはしないのでしょう?

少なくとも貴方がおかきになったこれまでとこれからの中に、他者の中身に対する期待や不安、己の内面を受け入れて欲しいという渇望、のようなものが読み取れる箇所は一箇所としてありません。


持って回った物言いになってしまったので話をまとめると、元増田様は今の所他者を渇望する内的な動機はないが、ちゃん恋愛出来るのだという証明はしたい。という現状にあります

そのような中途半端義務感で恋愛に取り掛かろうとするから良くないのだというのが答えになろうと思います

学生時代勉強のことを思い出してください。「なぜ勉強しなければならないのかは正直わからないが、やらないといけないものらしい」というように強制的にやらされるだけだと、

能率は上がりません。これが中途半端義務感と私が言うところの状態です。

まあ勉強だったら別に能率が上がらないだけで、それでも出来るとは思うのですが、これが恋愛になると相手がいるものです。中途半端義務感で相手を愛そうとしても、

相手から返ってくるのはやっぱり中途半端義務感だけ、ということになりますでしょう? それは本意ではないはず。


で結局どうすればいいのかということですが、どうでしょうひとつ恋愛というものに対する興味をすっぱり忘れ去ってください。

そうした上で「そういえばかつて私を苦しめたあの恋愛というものは一体何だったんだ?」と、改めて興味を持ってください。

この時貴方にはかつての貴方にはなかった"批評性"というものが備わっています。そしてこの興味の持ち方ならば、

あなた恋愛に対する興味は誰かに押し付けられたものではありませんから義務感もなく、"自分"と"恋愛"の間に適切な距離感を保ちながら取り組むことが出来るはずです。

とまあ、この処方箋部分はご参考程度に、その前段までの矛盾点の解説大凡貴方がなぜ"恋愛"に苦しめられているのか、というのはお解りになるはずで、

その解決については自分なりに好きな方法をとってください。良い恋愛貴方に訪れることをお祈りいたしております

余談ですが、私はよく人生相談に乗ると相手のことをバカにしていると誤解されることが多いのですが、そのような気持ちは一切ないとここに弁明させていださきますさようなら

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