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はてなキーワード: 批評とは

2018-07-22

anond:20180722123403

彼らの生活根本的に解決してないって視点意見述べてる時点で

お前も批評的に消費してるんじゃないの

たとえお前が同じ引きこもりと似たような境遇立場だったとしても

2018-07-19

アマゾン レビュアー書評面白い

名もなき市井書評家たちのコメント面白い。評されている本よりも面白いのではないか、参考になるのではないか、という書評も珍しくない。私がファンになってしまったレビュアーさんが複数人いる。突然レビュアーさんが削除されてたりすると悲しくなる。この仕組みをつくったアマゾンもえらいが、日本読書人たちの質の高さよ。

私自複数書籍上梓しているのだが、レビュアーさんたちの批評は容赦がない。悔しくも思うが書いてあることは概してまっとうな意見である。そしてこちらが本気で容赦なく書いた本(素人でもわかるようにとあえて優しい表現としたりせず容赦なく専門用語を用いて書いた本)はきちんと評価してくれたりもする。

凄い時代になったものだね。

2018-07-18

anond:20180718022926

内向内省思索的な人間はこれからどんどん辛くなるよ。

後生大事に抱えた内面成果物(知性も感性自己憐憫批評精神も)も、言葉にするしかない以上、ネットから逃げられないし、

賢しい連中に語りつくされ解剖されつくし陳腐ものであることが明らかになるだけだし、小賢しい連中にはあくちゅありてぃの添加物として似ても似つかないもの解説され置き換えられる。

酒でも薬でも賭博にでも、早々に依存リタイアすべし。

上手く立ち回れば一緒に堕ちてくれる人間は現れる。

2018-07-13

取り込むべき批評意見とそうでないクレームの違いとは(中身もタイトルも長い)

オタクとして生きていて、よく大事だと思うのが、

個人団体法人関係なく、

至極まっとうな批評と、そうでないアンチクレーマー意見

どうさばいて、どう行動や作品などに取り込むかということ。

はいくら自分の好きな作品でも、例えばfate系列ポケモンのような

有名な作品でも、どうしても嫌なところ・直して欲しいところは

散見するし、それでも好きな作品・好きなところが多い作品から

ファンをやめずにツイッター愚痴垢やアンチスレで

「今回のストーリーすごいgdgd。前作のストーリーのほうがよかった」

公式特定キャラ推しが強すぎてうんざり

設定は矛盾するわマンセーされまくってるわ…」

と、上述のようなものをつぶやいてデトックスすることが多い。

公式にお問い合わせで直接こんなこといってもどうせ聞いてくれない

のはわかっている。だからこそ愚痴の一つとしてそういう場所に流すのだ。

しか不祥事・低品質もの提供を連発するジャンル、例えばFGOなどは

さすがにしっかりとお問い合わせで文句を言う。

上述の愚痴基本的アンチクレームに該当し、公式から見れば大体取るに足らない

取り込むべきでないゴミであり、問い合わせに入れてもしょうがないものかもしれない。

だが好きで居続けたいからこそ不祥事を連発するようなジャンル、あるいは

これから大事になりそうな不祥事を起こしてしまったような公式などには

勇気を出してお小言を言ってしまう。これは批評意見であると私は思う。

無論クレーム愚痴と違って筋が通っているか・伝えるべきか・伝わりやすいか

しっかり見直しからお問い合わせへ送信する。また必要以上のこと、特に

怒りや悲しみなどの文句を使う際に出てしまいがちな強い感情が文中に

出ていないか確認する。

批評意見を出す際は

・理路整然としているか

運営への文句だらけになっていないか

・けんか腰になっていないか

公式が誠実に受け取ろうとしてくれる文か

・「私は公式さんのことを考えて言っているんですよ」アピが入った文に

なっていないか

を押さえないと、すぐにクレームアンチ愚痴に堕してしまう。

私はそう考えている。

無論公式アンチクレームを正しく捌けて、正しく公式のことを見ている

批判意見を取り込むことが必要だ。

twitter公式垢に文句を向ける凸野郎みたいな無益な"コメント"をはねのけ、

問い合わせで丁寧に批判意見を述べるユーザーの話を聞く。

批判意見はうまく取り入れられれば、作品や行動をブラッシュアップするのに

役立つのだ。

批判意見を取り入れることによる改善の例だが、私の実体験を出そう。

前に私は通販で購入したパウチおかゆを開封して腐ったにおいの異物混入

発見し、その会社に問い合わせをした上で商品の中身ごと返品した。

調査のために返品が必要だった)

しばらくして、結果は会社側・あるいは配達業者不祥事ということがわかり、

これからはこれこれこのように対応していきます…といったDMが来た。

DMの中には今までその会社が客からの問い合わせによって改善をしてきた

例をいくつか載せたパンフレットがあった。

批判意見はしっかりと耳を傾ければ、行動や作品改善をもたらすのだ。

しか最近批評アンチというか、批判批評認識が誤っている人が多く、

マンセー根拠のない・薄っぺら賞賛だけに耳を貸して、聞くべき

批評意見クレームなどと混同して流してしま公式個人が多い気がする。

まあ何言っても耳当たりのいい言葉しか聞かないのなら、そんな批評意見

ユーザー側がわざわざ述べる気にもならない、あるいはその層が離れている

のかもしれないが。

これではまるで、野菜を「全部苦いから食べない!」と言い張る子供のようだ。

もっと人々は批判批評の正しい意味・カタチを知り、

クレームアンチとの違い、どんな意見クレームでどんな意見批評になるのか

学習すべきではないだろうか。できれば義務教育に取り入れるべきだ。

これはコンテンツなどの受け手・発信者どちらにも大事な知恵であり、

たとえ仮にオタクでなくても知っておいて損はない、それどころか得だらけではないだろうか。

クレーマーが増えた今、内容にかかわらず強い口調で話しかけられている時点で耳をシャットダウン

してしまう人が多いかもしれないが、時にはクレームではなくしっかりとした

批評意見があるかもしれない。そしてそれを聞かないことにはまず批評意見

述べているユーザーや、同様の意見を携えるユーザーを逃してしまうことになるのだ。

別にユーザー以外にも、友達フォロワーなど、他のことにもこの理論は応用できるはずだ。

また、このような知識を獲得することで、むやみやたらに誰かに怒鳴り散らす

クレーマー抑制できる可能性がある。

日本人の好きな

「こんな言い方の人はクレーマーで恥ずかしい!」

「こんな言い方ならしっかり批評的でかっこいい!」

といった印象操作文句知識を広めればいくら傍若無人クレーマーでも

ある程度は収まるだろう。

クレーム百害あって一利なしだが、批判は百利あって一害なしだと思う。

もっとみんなにも批判クレームをわけて考えられるようになってほしい。

2018-07-12

アニメの演技論って印象批評しかできんのか

いや専門家じゃないから話半分で聴いてもらえばいいんだけどさ。

ブコメも含めて、俺が様式的だと思ってるから様式である

というコメントばっかりじゃないか

※印象批評 - "一定方法判断基準にとらわれず,作品から受けた個人的な印象に忠実であろうとする批評。"

一番原始的で古いタイプ批評


「語尾がいちいち「ンハッ」て吐息っぽくなるあの喋り」

具体的な言及って唯一これくらい?


声門分析して声のトーンとかから文脈を見つけないとこれ以上語ることないんじゃないの。

2018-07-09

こういう具体的な指摘もない揶揄印象操作だけでマウントする古き良きオタクの悪習みたいなもんなので、なんとかなってほしいなーとボーッとして特に何もしていない。

あと話に出てる伊藤も東もTwitterではこういう書き込みをやっちゃい勝ちなんだよな。Twitterタバコ部屋や給湯室の悪口可視化する悪しき文明

イケメン幼女にバブバブしてるだけのアニメファンTwitterアカ平和象徴。鳩。酔っ払いの吐いたゲロとか食ってる土鳩

2018-07-08

anond:20180707233329

反応ありがとう。まあ、たしかに面倒かもね……。部門制にしたことで手間がかかりすぎたのかもしれない。

玉石混交なのはかにそう。ただ、最近医療関係増田記事とかは十分社会批評に値する質だと思う。憂さ晴らしのために書き散らしたからこそ、興味深い記事が生まれることもあると思うんだけどね。

選考者の側でいえば、これまで個人レベル増田傑作選をまとめている例はそれなりにある。だから割と増田文学賞を選考する人はいるんじゃないかなーと思っての企画だった。

はいえ、個人独断まとめ記事を作るのと、今回のような本格的な企画に参加するのではだいぶ差があるのだろうな。

まあ、企画を始めてしまったものは仕方がないので、投票期間までは反応を伺ってみます……。

2018-07-07

北条裕子「美しい顔」 書評

高橋源一郎小説家

「この作品で、作者は、それがどんな過酷体験であったかを、まるでドキュメンタリーのように詳細に描いてゆく。ここまで真正からストレートに『あの日』を描いたフィクションはなかったように思う」

辻原登小説家

「これほどの天災を語る時、かつては必らず誰もが『神』について考え、祈ったり呪ったりしたはずが、なぜ登場しないのか。この作品の優れて批評的な部分は、それを『マス・メディア』に置き換えて語っているからだ。『神』は横倒しになっている

野崎歓フランス文学者)

「読み始めるやすぐに、これは並はずれた作品出会ってしまったのではないかという気持ちにとらわれたのだが、その感覚は読み進めるうちに強まる一方だった。激しく胸を揺すぶられ、ときに唸り声などもらしながら夢中で読み終えた」

作品の全体が緊迫感にあふれ、たまらないほどの悲しみに覆われている。しか文章には勢いがあり、いきいきとした躍動があって、平板に陥ることがない」

「ひょっとして実際の災害とは無縁の作者によるものだとしたら、それはまたこ小説の驚嘆すべき点」

「破格の筆力によって、日本のみならず世界に向かって発信されるべき作品が生まれ出た

「驚くべき才能の登場に興奮が収まらない」

佐々木敦評論家

「これはちょっと相当に凄い小説である。力作と書いたが、まさに言葉に宿る「力」が尋常ではない

「作者は一歩も後ずさりをしようとはせず、逃げていない。こういうことはめったに出来ることではない」

「これは本物の小説である

しかも、作者は実は被災者ではないのだ。しかし、それでも彼女はこの小説を書いたのだし、書けたのだ。

田中和生評論家

(これまでの震災作品は)「震災が起きたという事実を『反映』しているだけで、本質的なところで表現しているとは言えなかった」

ついに2011年に起きた東日本大震災を『表現』する作品が登場したと言っていい

日比嘉高近代日本文学研究者

過酷現実対応せざるをえない未成熟自己の、その痛ましくも力強い格闘の記録であり、成長の物語である私は昼飯のパンをかじりながら読み、落涙したよ

ポスト震災文学を論じていく際には外せない作品として、今後広く長く参照されることになるでしょう。文学研究者として断言します」

[] 増田文学賞 2018前期 「社会批評賞」部門投票所

この記事について

賞の趣旨

投票期間・投票方法

質問について

更新履歴

[] 増田文学賞 2018前期 投票の呼びかけ

エントリー増田文学賞2018前期の投票に関する総合案内用のエントリーです。投票は以下にリンクを張った各部門の投票エントリーブコメにて行ってください。また、文学賞全体に関する質問意見は本エントリーに、各部門に関する質問意見部門別投票エントリーはてブ増田で行ってください。

趣旨

はてな匿名ダイアリー(以下、増田)の匿名性と日記というフォーマットによって生まれた「名乗るほどではない、あるいは名乗ることはできないが誰かに話したい感情体験、発想をウェブ上で共有し、称え合う文化」を守り、増田ますますの発展に寄与する

賞の方針

選考対象

投票選考期間

(注:以上期間はすべて日本標準時とする)

投票について

投票方法

集計および結果発表方法

文学賞運営者は、各部門ごとに投票を集計し、投票されたエントリーのうち投票数上位5件を「ノミネート」、最多票を得たエントリーを「受賞エントリー」として投票所上で発表する。

部門(6部門)

大賞の選出

コメント賞を除く全部門投票を総計し、最も多くの票を得た記事を大賞とする。大賞の発表は別記事にて行う。

その他

質問・回答

この賞に対する質問・回答を記述します(随時更新)。

投票時の増田記法について

id:death6coin 増田記法ブクマに書いてもリンクされないっぽいんだが、別にどうでもいいよね?

集計時はコメント文をプレーンテキストとして扱うので、リンクされなくても大丈夫です。

履歴

2018-07-06

anond:20180706230211

逆にどう褒めるのが正解なのか知りたい。

「私は完全にROM専から偉そうに批評出来ないけどあなた作品を好ましく思う」って伝えたい時に「最高です」の一言で終わる時も普通にあると思うよ

2018-07-05

anond:20180705181927

素直にわからないんだけど、大学出れば批評重要性は理解できるものなの?

批評歴史に残らない

作品歴史に残るが、好評であれ悪評であれ、評論歴史に残らない。

では、評論家とは何のために存在するのだろうか?

2018-07-04

鉄道おじさんの過去

鉄道おじさんは都合の悪い自身黒歴史だと感じたのか、今はどこを探しても魚拓にすら残存していないのですが、13年近く前も鉄道おじさんはまとめ的なサイト日記の様なものをやっていたんですよ。当時も実は彼はゲームパソコンカメラ保有していて、多少消極性はありましたが、今とは比較にならない位の資料付きで、冷静に社会批評を繰り返していました。

高校オートバイとその免許単独所持禁止非行防止の観点からだとか、ゲームソフトの値段がどれも同じなのは社会的な要請であって、若者が余計なトラブルに巻き込まれない様にするための知恵だとか、かと思えば、低賃金長時間労働ポスターを大サイズで全面貼りして、これらの風景は、無機質で社会性に欠け、非常に殺風景風景だと一蹴する記述すら見られました。

言葉こそ冷静に語っていましたが、当時の彼は実録付きで社会批判公然とやっていましたし、一方でサブカル批判は、全くしておらず、むしろサブカルの優位を仄めかす記述も目立っていたのです。彼がにわかサブカル批判に転じ出したのは数ヶ月前辺りからで、それは変質がはっきりと解る程、視点が変化した事が解りました。それは、恐らく彼が社会孤立している焦りから生じたものだと考えられます

まり、彼がまだ若い内は、ネットオタクとしての言論行為をやっていたのが、段々と進歩と年齢を重ね、社会に受け入れられなければならない自身に焦りを感じ、逃げ場所を求めた結果として、サブカルと一蓮托生の日本とその未来という構図を考えざるを得なくなったという訳です。

しかも、彼のこの変心は、オタクでいられなくなりそうな自分の、隠れ蓑としての立ち位置だと思われますので、果たして本心なのかも疑問な所です。丁度今は色々とネットでの論議のやり取りが大忙しですから、彼の考え方を知る、良い機会になっています。ただ、実際には、吐き気半分と言える程、仲間との辻褄合わせに、連日混乱している様が見て取れる事が、残念なのですが。

2018-07-03

はてな界隈に浸ってはいけない

社会は厳しいというけれど増田に書いてあるほどではない

他人も、増田ほど厳しくない。失敗しても、増田ほど否定しない。

陰で言われてるかもしれないが、

それを気にしないくらフォローしてくれる。

そのうち、陰で言われようが結構平気になってくる。

身近な人はそれぞれがチャレンジ精神を有する。

増田ジャーナリズム精神旺盛だが、

批評ばかりしていたら、行動をしなくなるのかもしれない。

そんな人たちとたまに話すのはいいけど、あまり慣れてはいけないなと思った。

2018-07-02

女でも チビなめられて ほんと損(575)

今年の春、部署にAさんという新人が入った。彼は同業界の異職種転職。例えるなら、前の会社ではエンジニアだったが独学でデザイン勉強し、デザイナーとしてうちに就職したみたいな感じ。デザイナー業務は初めてで、年齢の近い私がメンター的な役割を担うことになった。

最初は目も合わせてくれなかった。でも感じが悪いという風でもなく、言葉遣いは丁寧で、こちらが恐縮するくらい「すみません」「時間大丈夫ですか」「ありがとうございます」を言ってくれていたから、特に悪い印象もなかった。

態度が変わったのは、彼の入社から1ヶ月くらい経ってからだった。

私は基本的毎日ヒールの高い靴を履いているんだけど(高さはだいたい8~10センチくらい。職場規定ではなく趣味)、休日に足首を捻ってしまい、ヒールのない靴で出勤した。そしたらいつもは業務のこと以外一切口にしなかった彼が、朝の挨拶よりも前に「あ、意外とちっちゃいんですね」と言った。その言葉自体はよく言われるし、別に問題はない。でもその顔が妙に嬉しそうだったことが印象に残った。

その日を境に、彼の言葉遣いが少し雑になったように感じた。とはいえ今まで「すみません、〜〜ですか?」と言っていたところを「あーすんません、〜〜っすか?」になったくらいだったから、徐々に慣れてきたのかなと思った。

私の同期は、私のことを”ちーなか(仮)”と呼ぶ。理由は同期に”田中ゆか(仮)”と"畑中由佳(仮)"がいて、小さいの「ち」をつけてちーなか。

今の部署に同期はいないのだけど、そのあだ名がどこからかAさんに伝わったらしい。仕事の話をしている最中、彼がぼそっと「ちーなかさん・・・」と言ったので驚いた。その時の彼もまた、なんだかニヤニヤして見えた。

「あー、同期にはそう呼ばれてますね」と返す私の語尾かぶせて、「ちびのちーなか・・・(笑)」と言ったので、ちょっと嫌だなと思っけど、適当に笑ってその場は済ませた。

それからのAさんの言動はどんどんめんどくさい方向に崩れた。

足首が治ってヒールを再開したら「背伸びしちゃってw」みたいなことを言うし、肝心の仕事の指示も前のようには聞いてくれなくなった。

例えば「このデザインだと強調したいところが伝わらないので、こっちの表現抑えてここを目立たせてください」という指示に(実際のデザイナーがこういう言い方をするかはわからないけど)やりもしないで「いやそれだっさw」「XXって広告しらない?あの事例だと〜〜〜」みたいな話を始めてしまう。ちなみにXXは全く条件の違う事例だったり、数年前の流行りだったりする。面倒だけど、仕事から私も引かない。するとわざとらしいため息をついて「わかんないかなぁ。このまま上の人に持ってってよ」みたいなことを言う。

「このクオリティでは一時チェックも通せない。どうしてもと言うなら”上の人”に直接プレゼンする時間を作るが、同じことを言われると思う」と言うと、それはしなくて良いという。上の人どころか、私以外の人には(新卒男性含め)まず強気に出ない。

それから、彼は社内の事例から私が関わったものを抜き出してわざわざ批評してくるようになった。

一度勘違いして別の人の仕事disってきたことがあり、「それは◯◯さんには仕事なので、伝えておきますね」と返すと焦りだし、言い訳をはじめた(◯◯さんには言わないでおいた)。

それから少しおとなしくなったけど、私が社内でちょっとした賞をもらった翌日、アラ探しみたいな赤入れをした画像を添付して長文メールを送ってきたのは本当に引いた。しかも例によって見当違い。当然チームで比較調査検討した末のアウトプットなのに、何の比較調査もしてない前提のコメントマジでうんざりした。最後は「色々書いたけど、総合的には良く出来てると思います」で締められていた。

メール無視していたら、話があるから飲みに行こうと誘われた。断り続けたら、先週の金曜、私の最寄り駅の改札で待っていた(歓迎会の時に最寄り駅の話をしてしまった)。

普段ダイエットのため、余裕があればひとつ手前の駅から歩くことにしているんだけど、「昨日もおとといも待ってたのに」と言われた時、流石にゾッとした。

「ふだんは彼氏の家に泊まっている。今日荷物を取ってまた彼氏の家に行くので飲みにはいけない」と言うと「そっか」とおとなしく帰っていったんだけど、気のせいじゃなければ去り際に「ビッチ」って言われた気がする。

今までも妙な男性に変な気に入られ方をして絡まれることがあったので、今回もそれなんだと思う。

偉そうな先輩社員が思ったより小柄で、いじられ風のあだ名をつけられたいたか自分砕けた態度でいいと思ったのかもしれない。でも私いじられ体質じゃないからうざいだけ。

穏便に済ませたかったけど限界。今までもあまり話を聞いてくれないことは相談していたけど、今週は批評メール待ち伏せ含めて上司にぶちまけることにした。背が低いのがすべての元凶だとは言わないけど、舐められやすいのは確かだと思う。今日は半休で、今は一番高いヒールの靴を履いて電車に乗っている。もうAさんに何を言われてもにこりともしたくない。うざい。

うざい。

2018-07-01

anond:20180701155712

それな。敢えて主語を大きく言うと、リプライが付けられないUI批評批判を書くのは卑怯だ。

はてブはそういう使われ方が一定数を占めているのだからはてなUI面で何らかの対応をすべきだ。

2018-06-27

バカはあらゆる作品を見るな読むな語るな

なんでこんなタイトルかというと、ネットが普及し始めた95年から昨今まで見てきて感じたのが

あらゆる作品に対するアンチのクソさが昨今は悪目立ちすぎてて不愉快だったから。

当然、これを読む人もこの内容で不愉快になることを踏まえて書いていく。

昔のネットは…パソコン通信時代ネットに含めようと思ったが95年当時は、やってることはさほど変わってないので省くとして

作品に対して、不満などが合ってもそれはほとんど表に出てこなかった。

なぜなら、そういう事を語る輩はアンダーグラウンドを好む人の方が多かったからだ。

稀に表に出てくる人もいたが、今でこそ廃れているネットチケットを知っている人が多かったので荒れるようなやりとりは多くなかったし

あっても、作品に対して常に粘着をしているような「 暇 人 」はいなかった。

やりすぎると、今のような匿名性もなかったので自宅を特定された挙げ句に直接攻撃くらうからね。

今も特定されるだろう!という人もいるだろうが、そりゃたいてい自分から近辺の情報さらけ出してるからだよ。

昔は阿呆なことにどこから接続してるか程度だけで特定までされるような状況だった。

まあ、それはそれとして、とにかく表に出てこないわけで争いは地下でのみだった。

が、今はオープン批評することが正しいと勘違いしているのが多い。

本当に正しい指摘をしているなら、まだ分かる。それは言葉を選んでするべきだ。

しかし、アンチ言葉ときたら「面白くない」「糞作品」「下手くそ」どれもこれも指摘らしい指摘はない。

理由を聞けば「見れば分かる」「見なくても分かる」「面白くないに理由必要?」「糞だから糞って言っている」とこんな感じ。

かに対して感じるものがあれば、それはそこに理由があるからであって、上記のような事しか言わんやつは

単純にどこか発達障害が起きているだけだろうと感じる。

理由なく作品を貶すわけだからね、頭がおかしいと言われても変じゃない。

そういう奴が、クソ面白いところは「自分面白いと思った作品登場人物」に対しては、早口で何をいっているか分からんほど饒舌になること。

なんで早口あんなに語るのかが意味分からん

でも、文章で書かせると言っていることの半分も綺麗に表現できていない。

小学生の作文よりも酷いのを見た事がある。

そんな風に語れる能力があるのに、理由もなくつまらんと言い捨てた挙げ句にとことん扱き下ろそうと粘着するという。

やはりどこか病気なのだろうと考えてしまう。

嫌いなら嫌いで、それ以上付きまとわなくてもいいのだ。

それを嫌いといいつつ、他人が高評価をしていると粘着して付きまとってくる。

もはや病気と言わず、これをなんと言おうか。

そんな輩が、表にどんどん出てきたのが2000年はいってから大体2005年以降辺りからとことん多くなった。

それまでは、時々いたがそこまでひどくはなかったのに。

今では文句を言うことが一つの勲章()なのか分からんけど、俺は偉いみたいな勘違いになっているようだ。

正直な所、普段から作品に対して理由のない文句しか言えない奴は、どんなにいい作品であっても

ほとんど理解しないで「キャラが良い」などと登場人物程度の評価しか出来ていない。

読解力そのものがないのだ。

から可愛いキャラでも出てきたら、それしか見えてない。

物語の半分も理解できていないだろう。

まあ…そんな奴に文章にして感想を出してみろと言っても、酷ではあるな。

とにかく、ろくに評価も出来ないバカ理由説明できないで作品馬鹿にするのは許されん。

理由なく攻撃しているというのはキチガイの類と何ら変わらない。

読んで理解できるのなら、まず正しく指摘できるようになってから作品に対しての不満を言えよと。

それが出来ないのなら、二度とあらゆる作品を見るな読むな語るな。

2018-06-26

Hagex-day.Infoが「故人サイト」になってしまたことを受け入れられない

「故人サイト」という本がある。

 慣れ親しんだブログサイトが突然更新されなくなっても、多くの場合理由など分からないが、その本に出てくるサイトは、タイトル通り、管理人の死去によって「故人サイト」になったものばかりである

 例えば主が病没した場合家族などがその旨を報告すれば、読者は悲しいけれどブログ主との別れを受容することになる。

 刑事事件や不慮の事故海外旅行先の病気などで命を落とされても、報道された人物と、ブログに綴られた情報とのシンクロに誰かが気づくことによって、多くの読者がブログ終焉理由を知るに至るケースもある。

 まさか、私が最も長い期間読んでいたブログが、これ以上ない衝撃的な形で、NHKトップニュースになるような(6/26朝)経緯で、「故人サイト」の仲間入りをしてしまうなんて。


 6月25日朝7時、いつものように「Hagex-day.Info」をチェック。更新されていない。予約投稿であろう「本日一曲」もない。

 いつだったか、数日単位更新がなかったときは、「Hagex心配する人の声まとめ」みたいなのもできる位マメに、精力的に更新されていたブログなのだが、朝イチでは更新されていないことは時にあるので、この時点ではいもの朝だった。

 25日の朝9時前、Twitterトレンドに「hagex」を発見し、「へ~、何で?」と見に行ってみたら、とても信じられない、悪夢のような文字が。字は読める、意味は分かるのだが頭が理解しなかった。

 確かに地元福岡で24日夜に勉強会をする旨を彼は告知していたが、まさか

 Twitterで「この被害者Hagexさんでは」という書き込みを読み進め、「福岡セミナー講師が刺された」「講師とはHagexさんだったらしい」ということは飲み込めたが、「刺殺」ってなんだ。もう生きてないのか、死んじゃったのか。

 どうしても飲み込めなかった。とてもじゃないが咀嚼できる情報じゃなかった。

 刺された人がいたとしても、「人違いでした」というオチ絶対にあると思っていた(”ロング・グッドバイ”みたいに、仕組まれ替え玉じゃないか…と。代わりに死ぬ人がいなければ成立しない、酷い願望なのに本気で考えた)。

 タブレットに表示されたHagexさんのお顔、お名前、知りたくなかった。知る必要なんてなかった。Hagexさんが自ら開示されるならともかく、いったい誰が、こんな形で彼の素顔を知りたいと考えるだろうか。

 25日は他の事が手につかなかった。たまたま仕事を休んでいたのは幸いだった。26日の朝も、目覚めてすぐに「あれは夢だったのでは?」と思った。

 

 夢ではなかった。


 Hagexさんのブログは04年4月から始まったらしい。

 私が読み始めたのはいつ頃だっけ?と、記憶に残る最も古い記事検索してみたら05年のこれ。

  http://hagex.hatenadiary.jp/entry/20050813/p1

 この少し前から読み始めていると思うので、約14年間の「Hagex-day.Info」の歴史のうち、約13年間、ほぼ毎日読み続けていたことになる。

 きっかけは発言小町だったと思う。

 その頃よく発言小町を読んでいたのだけど、Hagexさんやトピシュさんの言うところの「もやもや」を抱くことが多い。

 「いや、これ創作でしょ」「これ、トピ主が変でしょ」等々、突っ込みを入れて楽しみたかった私が見つけたのが「Hagex-day.Info」だったのだ。

 その他、発言小町まとめサイト複数あったのだけど、小町運営会社から抗議があったらしく、ある時期に全てなくなってしまった。

 Hagexさんも、「小町運営会社からはてな削除依頼があったが、削除依頼があってもきちんとユーザーサイドの意見を聞いてくれるのは大変嬉しかった。」と仰っていた。

 その後、ブログ批判したサイト運営会社から名誉毀損信用毀損」を理由削除要請があった際も、即削除することなく、ユーザー意見を聞いてくれたはてなに対し、「ユーザーに対して誠実な対応をしてくれた、はてな感謝!」と綴られている。

 それらを読んでいたので、私も「はてな」には良い印象を持っていた。


 Hagexさんのブログ、ごく初期は普通日記、その後は発言小町から抜粋発言小町から転載が禁じられて以降は2ちゃんねるからコピペが多くの割合を占める。

 事件で初めてHagexさんのブログを訪れた人は、「ただのまとめサイト管理人じゃん。何を騒ぐことがあるのか」と思ったりするのだろうか。

 そういう方(はてなにそんな人はいいか…)は、是非右側の「人気記事」に並ぶエントリークリックしてほしい。特にFacebookバカばかり」とか。

 私は、2ちゃんから転載別に嫌いじゃないし、読み物として読んでいた。面白いと思ったものブックマークもした。

 しばらくの間は、「Hagexさんは、時折投入する渾身のエントリーをより多くの人に読んでもらうために、せっせとまとめサイト的な投稿をしてるのだろう」と思っていたのだけど、「三度の飯よりインターネットが大好き」な彼は、まとめ的投稿結構楽しんでいるのだろう、と考えるようになった。

 でも、Hagexさんの真骨頂は、やはり時折アップされる舌鋒鋭いネット批評

 Hagexさんのお蔭で、仕事子育てに追われる私も、「デマは怖い。デマは、面倒でも火消ししなければすぐに広がってしまう」とか、「これ、掘って行ったらココと繋がるのか。やばいよね」等、ネットと、それに連なる世間の怖さを垣間見ることができた気がする。

 あるいは、TwitterRTされてきて、「何これ、こんな安い話によく食いつくよね」と鼻白む思いで見たサイトが、Hagexさんによってコテンパンに貶されているのを読んでスッキリしたり。

 「“落としどころ”なんて言葉はオレの辞書にはない」と言わんばかりの、どこまでもしつこく、容赦ない筆致に、「これ、食いつかれたら大変だわ…」と嘆息することもしばしばだった。

 一方、Hagexさんの映画音楽評は実にユーモラスで、「観て(聴いて)みようかな」と思わせるものだった。Hagexさんのエントリーが切っ掛けで観た映画は少なくない。

 その中でも最も素晴らしく、紹介してくれたHagexさんに感謝しているのは「ザ・フォール 落下の王国である

 ハゲ子の社畜ぶりを自嘲するエントリー最近飼い始めた「猫先生」を含む、Hagexさんの身辺雑記も楽しかった。

 そういえば、「古本屋さんで買った本にかなり昔の写真が入っていた。アップしたら持ち主が見つかるかな?」というエントリー写真とともにアップされていたこともあった。「写真、アップしちゃって大丈夫?」と思う一方、「Hagexさんロマンチストなのかな」と微笑ましく感じたエピソードだった。


 Hagexさんは福岡出身で、貶しながらもこよなく故郷博多弁を愛していること、タバコが大嫌いなこと、小児を性の対象にする行為断じてさないこと(当たり前の事ではあるけど、これに関しては殊に強いHagexさんの意思を感じた。)など、ブログを通じてHagexさんの人となりが、断片的にだけど見えてきたような気もしていた。



 そんなHagexさんが、故郷で開催する初めての勉強会、その終了直後に問答無用で殺されてしまうなんて。

 あれほどネット上の戦いに精通し、危機管理に自信を持っていたように見えた彼が、理不尽暴力の前にはあまりにも無力だった(というか、誰だって無力だ)。

 Hagexさんは、容疑者とされる人物が、自分と同郷だということを知っていたのだろうか。


 酷すぎて、酷すぎて。

 使い古された言葉だけど、これまでの人生で使う機会もなかった言葉だけど、「神も仏もないものか」という叫びが、私の中で暴れ続けている。

 心中で叫ぶだけでは、やりきれなくて辛いので、心の赴くままにだらだらと綴ったのがこのエントリーです。

 東京で行われた一回目の勉強会結構本気で行きたかったのだが、幼い子を持つ身なので諦めていた。「これから勉強会を定例化するのであれば、いつか行く機会もあるだろう」と思っていたが、その機会はもう訪れない。私はHagexさんに会えない。

 「落下の王国、素晴らしくてソフトも買っちゃいました!」と、なぜコメントを入れなかったのか。

 明日明後日も、ずっと続くはずの日常は、いとも簡単に、あっけなく断ち切られるものでもある。その理不尽さに、恥ずかしながらこの歳になって初めて接した気がする。

 十数年の間、ブログへのアクセスが毎朝の日課だったので、今朝もつアクセスしてしまった。「注目記事」のトップにある記事タイトルにまた悲しい気持ちになる。

 「お前は一体彼の何だからこんなに湿っぽい記事をアップするのだ」と問われれば、「スミマセン、コメントも1~2度つけただけの一読者です」としか言えないのだけど、「それなのに、どうしてこんなに辛いのかな、悲しいのかな。」と自問自答しながら、べそべそと泣きながら、Hagexさんにこの駄文を捧げます


 日常どころか人生を、あっという間に断ち切られてしまったHagexさんはどれほど無念だろう。「安らかに」なんて白々しく言える心境じゃない…と思いつつも、それでもHagexさんの眠りが安らかであることを祈らずにはいられない。

「長い間、本当にありがとうございました。どうか安らかにお眠りください」

炎上とかリンチとかの定義を教えてくれ

炎上させるな、リンチするな、過剰に追い込むなみたいな風潮あるけど、具体的に何がアカンと言いたいのかふんわりしててよくわからん

プライバシー侵害とか法に抵触するやつは論外だけど、

罵倒コメントがついたのを通報したりとか、批判したりとか、批判反論したりとか、そういう通常のは炎上とかリンチとは言わんやろ。

hagexの件とか、結果的加害者精神的に追い詰めてしまっていたというのは事実かもしれんけど、

hagexの例の記事も、通常の言論活動範疇に入ると思うし、

付和雷同的かもしれないけど、はてな民による加害者に対する批判や一部の揶揄も含めて殆ど良識範囲内に入っていた、と個人的には思うで。

それとも影響力があるブロガー批判批評したらあかんのか?

もちろん犯罪予告やら罵倒やら名誉毀損だのがあれば問題だけど、実際は加害者の方がそれをしていたわけで。

炎上とかネットリンチとか止めようぜ!みたいな論陣を張ってるブログをいくつか見かけたけど、実際何に気を遣えばいいのかまったく言及されてなくてなぁ。

すでに他の人に批判されてたらもう批判したらあかんの?既にいっぱいブクマ付いてたらもうブクマしたらあかんのか?

ふんわりとネットの向こうの相手が傷つくかもしれないから、空気を読んで可能な限りソフト言い回しをしたり、言及を控えたりしろって言いたいのか?

そういう批判とか批評とかしにくい雰囲気を作って、言論の自由を抑圧するのも害悪だと思うんやけどな。

主張したいことはなんとなくは理解してるし、今回のような痛ましい事件はもう起きて欲しくはないので

そういう主張をしたいなら、炎上とかリンチかい言葉じゃなくて、ちゃんと具体的にNGと思う行為を挙げてくれや。

ブクマブコメしてるオーディエンス一人一人の殆ど炎上させようとかリンチしようという意識全く無いと思うで。

2018-06-18

あんまり語られないズートピア批評

こないだのズートピア見ました?いい映画でしたね。


ストーリーを知らないという方は、検索したら出る。そんなに難しくない。


高度に進化した文明をもって、動物たちがそれぞれ共存している都市ズートピア』。そこでノウサギのジュディが警察官就職するんだけど、いろんな差別偏見と闘いながら問題解決していく、って感じ。ざっくりいうと。


さすがディズニー作品という感じで、すごくいいエンターテイメント映画でもあるんだけど、公開当初によく言われたのが、「人種差別メタファー」とか「『ズートピア』はアメリカ比喩だ」とかだった。

しかに、当のディズニーはそんな説教臭いメッセージを込めたとは言わないだろうけど、見ればわかる。

アメリカという社会がかかえる問題が、いろんな差異(肉食/草食、体格、生息地など)をもった動物共存とその問題として描かれている。

しかも公開当時の2016年が、トランプが「メキシコとの国境に壁を作る」とか言ってた時期だったから、余計に刺さったわけ。



で、この間テレビ放映見てたら、もう一つ、新しく気になった点があった。



ここからは若干ネタバレになるが、劇中で肉食動物が突然凶暴化して野生化する事件が起こる。


それをジュディが上司に報告すると、水牛いかつい警察署長がこう返す。

「おい、いまは石器時代じゃないんだぞ。我々進化した動物が、また野生化しただと?冗談はよせ」

まあうろ覚えなんだけど、こんなことを言うのね。



さっきも言った通り、『ズートピア』は主人公のジュディの姿を通して、周りの動物たちが持つステレオタイプ(そして人間もつ偏見)をあぶり出すという構造で描かれる。


だとしたら、さっきの台詞人間至上主義への批判なのかもしれない。

人間はほかの生物(=野生であり、けだもの)とは違う」、さらに言えば「神から与えられた理性という特権」という信仰

人種問題という人間同士の問題への批判だけでなく、人間のもの(というかおもに西欧社会)がかかえてきた誤謬すらこの映画批判しているのではないかと、そう思ったのだ。



文明化、進化、理性といったものは、不可逆で定向的だといまだに多くの人に思われている。


一度達成された工業化民主化といった文明サルから人間への進化成熟した理性というのは「あるべき方向性」をもっていて逆戻りすることはない。


そしてその法則を外れた、あるいはそのレールに乗れなかったものは「野蛮」であり「けだものである

そうした考え方はたしか思想科学の上ではすでに否定されていたことだ。



しかしそれがディズニー映画の中で意図的に行われたとしたら、これはかなわない。えげつない映画だ。



……だがそんなメッセージ物語の『主題』としては出てこない。まあ俺の勝手思い込みである可能性は十分にある。


でもやけに台詞が「聞かせる」トーンであり、物語の進行にさいしてはやけ冗長な気がした。

2018-06-17

増田文学賞の草案を考えてみた

増田文学100選( anond:20180617025544 )を読んでいて、そろそろ本当に増田文学賞とか創設されてもいいんじゃないだろうかと思い、ついつい草案を作ってしまったので晒してみる。

いま思いついたことを書いただけなので、「俺ならこうする」という対案を寄せてもらえると嬉しい。この草案通りじゃなくていいので本格的な、増田らしい「増田文学賞」を誰か実現してくれないかなあ。

目的

はてな匿名ダイアリー匿名性と日記というフォーマットによって生まれた「名乗るほどではない、あるいは名乗ることはできないが誰かに話したい感情体験、発想をウェブ上で共有し、称え合う文化」を守り、増田ますますの発展に寄与する。

方針

選考手順

部門案(全10部門)

その他ルール

懸念事項

2018年7月7日追記

今日みたらいつの間にかブコメがついていてびっくりした。自分ですら忘れていた。とりあえず言い出しっぺの法則ということで、実験的に今年前期の文学賞主催してみました。

[増田文学賞] 増田文学賞 2018前期 投票の呼びかけ

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