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はてなキーワード: パフォーマンスとは

2018-11-20

受注側の苦悩

他社、他者より素晴らしい仕事をしたところで

発注者が他社、他者との差のクソさを知らなければ自分の優位性を示せないと気づいた

 

しろ「それが普通」になって、それ以上のパフォーマンス要求されるようになる

やはり発注者素人というのは真面目にやるだけアホなんだろうか

騙して搾り取ったほうが賢い気がしてくる

2018-11-19

アイドルって口パクから「歌う」じゃなくて「パフォーマンスする」って言ってんのかな

【2】2018 晩秋広島博多別府

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anond:20181119183958




2日目



2日目 広島路面電車お好み焼きBTS


心療内科で処方された(があまり使っていなかった)睡眠導入剤を飲んだおかげか、バスの中では途切れ途切れながらも眠ることができた。


9:20

バス広島に到着し、降り立った広島南口は、快晴とは言わないまでも快適な天気と気温だった。

まずは、駅前スタバ一休み。

この旅行記を書いた後、チェックイン予定のホテルにひとまず荷物を預ける事にする。

駅前から路面電車広電に乗り、八丁堀駅に向かった。


東京ではあまりみる事の無くなった路面電車だが、旅行者としては行き先が一目瞭然なのでバスより利用しやすい。

搬送力も魅力的だ。

今更東京で導入する事は難しいだろうが、吉祥寺あたりにあったら便利そうな気がする。


ホテル荷物を預けたら時間12:00前。

ちょうどお昼の時間帯なので、腹ごしらえをしよう。

何を食べるか決めている。広島お好み焼きだ。


目当てのみっちゃん総本店は、観光ブログで紹介される様な有名店だが、地元人達で満杯だった。

「DXスペシャルお願いします。」

しばらくして運ばれてきたのは大皿ドン盛り付けられたお好み焼き

東京で食うのとはボリュームが違う。

広島は街の風情もそうだが、食も気取りや出し惜しみのない、何というか質実剛健さを感じる。

横をみるとスーツの兄ちゃんお好み焼きをおかずに白米を食べていた。

すごいエネルギーだ。

まあ、美味いけどね。


食事の前に気づいていたのだが、広島中心街から平和記念公園が目と鼻の先だ。

観光名所巡りは本来3日目以降の予定だったが、時間もあったので予定を前倒して訪れる事にする。

旅程を組んだ時に全く意図していなかったのだが、韓国ボーイズパフォーマンスグループBTS過去原爆モチーフにしたファッションを着て情報発信した事が問題になっており、タイムリー場所をこの目でみる事になった。


地下歩道を歩き、地上に出ると、川岸青空をバックに原爆ドームが建っている。

歩いて分かるが、やはり中心街から近い。

この距離の近さが当時の被害の大きさを訴えかけてくる。

周囲にはそこかしこ地元ガイドさんがここで起きた事を学生外国人たちに説明する姿が見られた。


自分韓国を敵視する政治性向を持たないし、BTS擁護する立場でもないのだが、この問題を考える時、「果たして戦うべきは何なのだろう」と考える。

韓国人の立場からすれば、植民地支配から解放を喜ぶのは当然で、誇るべきことでもあると思う。

が「自分達の解放を喜び、苦難を超えたことを誇る」事と「相対した相手が死んだのを喜ぶ」事はイコールでは無い。

関連する事としても結ばれる事実であっても、それを言い訳にして他者気持ちを踏みにじる自らの足を無視する事は、とても褒められない。


今回で例えれば、原爆という象徴的な事実を語る時に、自分の方向だけを見て口を開くのは危険を孕む。

その意図が無かったとしても、喜び自らを誇る時に、他者の痛みに目を向けず語る事は「無神経」で「傲慢」だ。

BTSが悪いと言う話ではなく、同様の問題は、日本の側にもある。

自らを誇りたいと思った時、その自らの中にこそが敵がいる。

こういった傲慢さへの誘惑こそが戦うべき相手では無いだろうか。


ガイドさんの説明学生さんたちはどう聞いているのか。

昔の人に起こった過去悲劇だろうか。

これは「自分達に起きる、今の問題」だ。


【3】2018 晩秋、広島・博多・別府 2日目|コンパクトな予行演習 へ >>

2018-11-16

確実に永遠に勝てる上に成功して日本人から人気を得る自信があったか

 国家は全国にこんだけの事務所を建てる自信があって脳が勃起したはずなんだが

既に失敗してて一時期は悲惨だったし、よくもまあ続く根拠がないのにそこまで

やったよな。少なくとも事務所を建て、文書を作ってまでやるからには根拠

あったはずなんだがそれもないことがばれてクソ最悪なんだけど、何で失敗するのに

お前の脳ミソはこんなもんに勃起して、様式しかなくなっても、続けてきたの?

そんな日本人ウケしないくだらねえことに勃起したお前の脳ミソが俺の理解を超えてるんだが。

いずれにしても、今の公務員、凄まじくきもいぞ。先生がいない、文書が死んでる、

普通若い脳ミソがみたら、明らかにキタネエ暴力しか機能してないオッサンが仕切ってる

正論が言える幹部は動いてないし、仮に言ったにしても部下が署長幹部に従ってないか

警察庁警視庁内部では、幹部発狂してるし、どう頑張っても正論通用しない、裁判所

HPにアップしてる判決書は、パフォーマンスでじつは限りなく本物に近いウソ

クソ最悪、そんななってまで仕事続けたいの?もう若い脳ミソからは、あきられていて

お前の脳ミソで勃起する人いないぞ。意味も分からないし、極みを言えば正論ウソだし

本物もいないし、クソキモいんだけど、自覚あんの?

anond:20181116212536

その技術者御社の並のエンジニア3人分以上のパフォーマンスある

そうならどれだけ良かったか

anond:20181116211521

その技術者御社の並のエンジニア3人分以上のパフォーマンスあるなら、そういう人間を使いこなせないお前さんのクビの方が怪しいぞ

技術者職人に万能性を求めるお前さんの方がよほど歪だし、能力に疑問感じるんだが

anond:20181116174454

そういうリスク管理は非常に巧いんですよね。

コミュニケーション相手選びの方法としては、

持つものが多い人(有名人経営者企業)を選んで粘着しまくるってのも特徴にあると思います

持つものが多い人にとって山本一郎相手するのってただのコスト

でも山本一郎総会屋なので粘着しまくるのがパフォーマンスであり営業活動でもある。

「あーこいつに粘着されるの面倒だな、金上げるから黙っててや」と次の売上に繋がるんですよね。

からまれた人は無駄な事したくなくて割と途中で相手にしなくなるんだけど、

その相手勝利宣言しまくって、それに騙される人が一部いるってのも影響力を保てている要因の一つのように思います

2018-11-15

イカゲームと、依存症の恐ろしさと、私

自分ゲーム依存のようになった話をしてみようと思う。

そのゲームソフトハードを購入したのは2017年の後半。

ゲームハード機を買うのは約10年ぶりだった。

とりあえず人気のゲームをいくつか購入した。

その中には2017年ベストゲームと呼ばれているオープンワールドゲームもある。

特に私がハマったのはイカシューティングゲームの2作目。

2017年にはPUBGなどオンライン対戦型のTPS系も少しプレイし始めていたので、特に気に入った。

プレイするのは仕事が終わった夜間と休日だったが、ゲーム性質上、3分〜5分で1試合が終わる仕様なのでゲームテンポが良い。

イカゲームの開発会社はどの作品でも小学生の子供でもプレイできるようなゲーム作りをしているので、飽きずにプレイできる様に設計しているので試合時間を短くしているのだと思う。(PUBGは生き残れば1試合30分はかかる。)

また、PUBGとの違いはウデマエと呼ばれる強さのランクがあり、勝てば上がり負ければ下がるランクづけシステムがあることで、負けた時の悔しさが大きく、ウデマエをあげるために必死プレイし続けていった。

その後、生活に思わぬ影響が出てしまう。

仕事が終わった夜間にプレイしていたのだが、ゲームテンポが良いためかやめるタイミングがつかめ

ずるずると夜遅く、朝方までプレイするようになってしまった。

寝不足仕事をするようになった。

仕事ミスが増えはじめ、パフォーマンスが落ちて行ってしまった。

仕事関係者にも「体調でも悪いの?」と聞かれたこともあるが、ゲームのせいなんて言える訳もなく、適当ごまかした回答をした。

それでもやめることはできず、続けていると今後は体への影響も出て来た。

病院精神科ではない)に行き薬を貰い、ある程度回復したが、それでもプレイをやめることはできなくなっていた。

やめなければまた病気悪化するかもしれないという恐怖よりも体が勝手ゲームに向かってプレイするようになっていた。

薄々感じていたが、病気になってもプレイがやめられなかったことで

自分もしかして依存症なのではないか

と思う様になった。

しかし、依存症は簡単にやめられるものではなかった。

そもそも、そのゲームプレイして楽しいという気持ちはそれほどなかったのである

ただ、ウデマエをあげたいという気持ちだけでプレイを続けていた。

自分意識の中でそのゲームは「勝った喜びよりも負けてイライラする方が遥かに大きいゲーム」という印象だったからだ。

イライラが大きいならやめればいいだけなのだが、なぜか続けてしまう。

しかしたら大手ゲーム会社は皆このような「ハマる」ノウハウがあるのかもしれないが、頭ではデメリット理解しつつもやめられないことが不思議だった。

世にある依存症といえば、酒・タバコギャンブル・買い物・SNSなどだが、私はこれまでそれらを体験しても依存レベルでハマるという段階にはいたらなかった。

スマホソシャゲプレイしたことはあるが、ガチャを含めて課金したこともなく、依存症というレベルにはならなかった。

からこそ自分ゲーム依存になるなんて全く予想もしていなかった。

数ヶ月後、依存症を克服できるような状況の変化が起こった。

コントローラーが壊れたのだ。

私は面倒くさがりで節約家なので、コントローラーが壊れても買うのが面倒でもったいないと思い、プレイ自体をやめざるを得ない状況になった。(元々はゲームハード機とソフトもある程度プレイしたら売るつもりだった)

そして私はゲームをやめることができたのだ。

コントローラーが壊れただけで、依存から抜け出すという何て滑稽な奴だと思われるかもしれないが、事実プレイをしなくなった。

ただ、コントローラーを買いたいという気持ちわずかにあるので依存から完全に抜け出せたのかわからないが、

現在プレイをやめたことにより、なぜ私が依存状態になったのか冷静に振り返ることができるようになった。

これまでの人生、様々なゲームプレイしたもの生活には影響が起きず、今回イカゲームだけはやめられずに危険状態になったのか。

依存基本的に脳の報酬系への影響により起こると言われているところと、このゲーム仕様を合わせて推測すると

1) 1試合が短く、ゲームテンポが早いので簡単に脳への刺激が得られる

ゲームスイッチONにしてすぐオンライン対戦が始まり勝敗も5分で出るという手軽さは今までハマったゲームにはなかった。

2) 運次第で勝ったり負けたりするガチャ要素

オンラインマッチングで4vs4のチーム戦という仕様で味方と会話もできないので、どんな味方とマッチングするか運で勝敗が大きく分かれる仕様になっていることで

→ 運良く強い味方が来たり、敵がたまたま弱くて勝利したとき脳内が、モバイルゲームガチャでたまに当たりを引くのと同じ快楽が得られることで、やめられなくなったのかもしれない

ガチャを何度も引き続けてしまうのと同じ状況に陥っているのかもしれない。

→ 勝つために運よりも立ち回りやプレイ技術必要なPUBGにハマらなかったのは運要素が小さいからかもしれない。

(PUBGでも物資アンチの運という要素もあるが、ある程度立ち回りでカバーできるので今回ハマったゲームほど運要素は必要ない)

3) 連勝した後はほぼ必ず連敗するシステムなので、勝ちすぎて飽きないようにできている

ガチャ要素の部分と似ているが、勝ち過ぎず負けすぎずというようにマッチングの調整を行っているように思える。

子供ターゲットゲームなので飽きない様な仕組みを作れているとも言える。

4) プレイヤーをランク付けすることで、上を目指したくなる

ソシャゲ課金と同じでランクを上げたいという射幸心を煽られると人間はなかなかやめられない。

今回学んだ事

自分には依存症になんてならないと思っていても依存する事はある、とても身近な病気であるということ

・一度患ってしまうと理性で依存から抜け出すのはかなり難しいということ

依存症になったと思ったら病院へすぐに行ったり、環境を変えるべき

自分コントローラーが壊れるという外部環境の変化で運良く抜け出せたが、もし酒タバコギャンブルならそうもいかなかっただろう)

ゲーム動画などのエンタメは以下に脳から快楽物質を出させるので、今後もゲーム依存ネット依存はより社会的問題になるだろう

2018-11-14

anond:20181114175106

これってさぁ。意識高い人へのサービスじゃないっていうなら、他の国風に数えた統計も同時に発表するべきだよね。比較に適さないで数が多く出ちゃうんだから

なんでこういう「パフォーマンス」やるんだろうね?

[]ボヘミアン・ラプソディ

ボヘミアン・ラプソディ』を見てきたので感想。いつものごとくネタバレ気にしてないのでネタバレ嫌な人は回避推奨。あらすじ解説とかもやる気ないので見た人向けですぞ

総評

すごいぞなんと140点。点数の基準は「上映時間映画料金を払ったコストに対して満足であるなら100点」。なんでサントラ買いたいくらいには良かったです。

ただその一方で実はこの映画感想を書くつもりは当初なくて、というのも自分クイーンリアルタイム応援してたファンではないからなんですよね。もちろん日本人普通に暮らしていればCMやら飲食店の店内楽曲クイーンの曲は耳にしてるし聞けば、あああれね! くらいのことは言えるんだけど。

でもどうせファンの人がたくさんレビューを書くと思ってたんで自分が書く必要はねえでしょうと、思ってました。

フィクションでええやないか

んだけど、実際見てみてその周辺の感想とか聞くと、もやもやした気持ちが募ってきたわけです

やはり133分という限られた尺の中では出来事を省略する必要もあったり、感情動線設計エピソードの順序入れ替えなどは行われているわけです。そういう意味でこれはノンフィクションではなくて、エンドロールにも書かれているようにフィクションです。

本国広報プロデューサーもそうフィクションだと発言しているんだけれど、コアなファンであればあるほど史実との違いが目につき、ニコニコ笑いながら(多分なんの悪気もなく)貶すという光景がなきにしもあらず。実在人物フレディ・マーキュリーの伝記的な映画でもある以上仕方ないのだけれど、正解/不正解という視点がついてきてしまう。

オタクオタクであるゆえ仕方がない心性で「かー。しょうがないな、この部分もうちょっとこういう描きを入れてほしかったな。かー」「よくやってるけど30点!(地獄のミサワの顔で想像してください)」的な、本当は大好きなクイーン映画がすごく良い出来で嬉しいのだけれど一言わずにはおれないような。そういう反応多いのです。

気持ちはすごくわかるのだが、ソロで鑑賞にいったこ映画の後ろに行ったカップル男性が「あいクイーンのことになると早口になるよな」とかで、なんか、すごくいたたまれなかったりもする。キミのその愛情彼女さんには全く通じてないし、むしろ映画の感動いまどんどん減らしてるよみたいな。

からこのレビューでは物語フィクション)としてこの映画おすすめします。

若い人もクイーン知らない人もちょっとしか知らない人も寄っといで。これはとても良い映画だったよ。知識なんていらないよ。単体で物語としてよかった。だから観るといいよ。そういうレビューです。

何もないという窒息

映画はフレディがクイーン前身バンドであるスマイルメンバーに声をかけるあたりからまりますデビュー前のフレディは当然まだ若く、瞳だけがギラギラした挙動不審青少年で、当たり前の話だけど何も持ってないわけです。

何も持ってないというのは、金も実績も名声も持ってないし、家庭ではなんだか居心地が悪いし、将来の確固たる保証もないということで、その何も持っていないという閉塞感が初っ端から強烈に描写されます

それがすごく良かった。

それは、この映画ロック界のスーパースター伝説偉人フレディー・マーキュリーを崇める映画ではなくて、何にも持ってないチンピラのフレディから始める映画だっていう鮮烈な意思表示なわけですよ。

野心を持った若者っていうモチーフ映画でも小説でもよく出てくるモチーフなのだけれど、若者は野心を持つってわけではなくて、それは全く逆で、財産らしきものは他に何も持ってないから野心ぐらい持たないと惨めでやってられないってことですよね。

作中で描かれるフレディがまさにそれで、デビュー後彼はすぐさまオレ様キャラを発揮し始めるのだけれど、最初デビュー前のシーンでは内気で繊細な少年なわけですよ。オレ様ってのは虚勢だとすぐわかる。スカウトの前でも音楽プロデューサーの前でもでかいことを言うけれど、それは「いまは何者でもないチンピラだ」ってことを当の本人たちが痛いほどわかってるからにすぎない。

かに伝説バンドクイーンメンバー全員が稀有な才能を持っていて音楽に愛されていたのかもしれないけれど、でもそれは人間的な弱さを持っていなかったことは意味しないし、何も持ってないし、何も確かなことがない。将来何になれるかわからないし、不安だけど、弱みを見せるわけにも行かない。それって、青少年普遍的鬱屈だとおもう。そういう意味で、スクリーンの中のフレディは、たしかに観客席と地続きだと感じました。

生存戦略としての虚勢

から無駄に見栄を張り無駄喧嘩を売ってオレ様は天才なので何をやっても大成功なんだぞー! と嘘でも吠えなきゃならない。それは文字通りの意味で虚勢なのだけど、フレディはその意地を張り通して段々とスターへの階段を登っていくわけです。

生存戦略としての見栄と意地で、それがある程度以上に通用成功する。

からこそフレディは問題解決する手法として去勢音楽しか持たないわけです。下手に成功しちゃったから。そして、バンド内で揉め事が起きても、スポンサー揉め事が起きてもこのふたつで解決していくしかない。他のノウハウはびっくりするほど何もない。

でもその問題解決手法アーティストとして成功するために最適化されているために、フレディ個人内面の寂しさや煩悶を癒やす役には全く立たない。

溝ができつつある恋人であるメアリーとの間をなんとかつなぎとめようとするフレディのやり方は、小学性みたいに真っ直ぐすぎて、純真ではあるのだけれど多分恋愛検定で言うと偏差値43くらいでとてもつらい(っていうかお前隣り合った家の寝室の窓から明かりのオンオフ相手確認するとか昭和少女漫画クラスやぞ)。

バンドメンバーとの関係傲慢ワンマンが過ぎてギクシャクしていくが、こち解決傲慢&虚勢に仲間に対する甘えをトリプルでどん!! しているわけでお前よくこんなんで空中分解しないな?(とおもってたら分解した)という感じで、これまた辛い。こっちは偏差値41くらい。素直でない分2低い。つらい。

全体的にコミュ力中学生レベルでしょう(つらい)。

自分性自認ヘテロなのかゲイなのかで悩むフレディは、その鬱屈がたたって恋人メアリーとは距離を置くことになってしまうし、それをきっかけとして私生活が荒廃していくわけです。周辺に金をばらまき、ドラッグ乱交パーティーに溺れていくけれど、それで内面の寂しさは癒せない。

そもそも音楽&虚勢という生存戦略アーティストとしてのし上がることに特化しているので、私生活を豊かにするには役に立たないわけです。それどころかスターダムにのし上がればのし上がるほど、マスコミの下世話な視線に晒され、心無い詮索で私生活崩壊していく。仕事音楽)に逃げ込もうとするその弱い心が、事態を決定的に悪化させてしまう。

バンド危機だし、フレディは仲間からも「キミって時々本当にクズ野郎になるよね」といわれてしまう。スクリーンを見ながら「せやな」と言わざるをえないわけですよ。

フレディは、フレディの才能に殺されつつあるわけです。

でも、やっぱり、救いはある

この映画ふたり大好きな登場人物が居て、そのひとりはバンド精神的なリーダー?であったブライアン・メイ(演グウィリムリー)。この人の演技が、めちゃくちゃ良かった。特にセリフにならない表情の動きみたいなもので、映画の深みを何層も掘り下げてくれました。

喧嘩をした直後に浮かべる「仕方ないなあ」というような許容の表情や、ラストライブシーン中の「言葉にしなくてもわかってるよ」とでもいいたげなさりげない承認の表情など、どんだけバンドが砕け散りそうでも、メンバー音楽に対する愛を、演技だけで表現してのけた。ぶっちゃけすごい。

朴訥な、言葉は悪いけれど垢抜けない田舎者風のキャラ構築だけど、静かな思いやりと知性が感じられるっていう難しい役だったのにね。

もうひとりはジムマイアミハーバー。このひとは、当初クイーンというバンドプロデューサーから紹介された弁護士として登場します。契約面でクイーンを支えるためのスタッフのひとりでした。

出会ったその最初のシーンで(ヤング傲慢な)フレディからジムという名前はつまらないんでマイアミに変えろ」くらいのことは言われて笑いのもととなり、つまりコメディキャラ位置づけです。

でも物語中盤、フレディは誤解と癇癪からマネージャーであるジョン・リードを一方的にクビにしてしまうわけです。そしてフレディは、後任のマネージャーを「次のマネージャーはきみだ」のひとことで、その場に居たジムマイアミハーバー押し付けちゃうわけっすよ。

そんなの嫌でしょ。自分なら引き受けたくないです。だってクイーンの連中は音楽やってるとき以外は飲んだくれてるか喧嘩してるか女といちゃついてるかで、偉そうだし、わがままだし、人の話聞かないし、どう控えめに評価しても糞ガキ(主にフレディ)だもの

でも、ジムマイアミハーバースタジオ演奏しているクイーンを見て、引き受けてしまう。「わかった、やるよ!」といってしまう。それがすごく胸に詰まるシーンでした。

だってさ、たしかクイーンは(主にフレディ)は人の迷惑を考えないクソ野郎だけど、音楽の才能は本物で、それ以上に音楽と観客に対して真摯なのは見ててわかるんだよね。そこだけは本気で一切手抜きしないで、いいものを作ろうとしてるのがわかるのだ。

ジムマイアミハーバー弁護士としてのキャリアもあるし、こんなワガママ集団のお守りなんかしなくても十分生活できるはずでしょ。一方、クイーンマネージャーを引き受けるっていうのは彼らのツアーもついていくだろうし、各方面からの問い合わせやスケジュール管理もしなきゃいけないわけでしょう。それは控えめに言って、人生を捧げるってのとほぼイコールですよ。このわがまま集団を守って、彼らの盾になり続けるという意味だ。

立派な大の男の人生進路変更させてしまう、クイーン音楽のちからってのは、別段彼らの業績を知らないスクリーンこちらの素人にも、やっぱり分かるんですよ。そこで迂闊にもホロリと泣けてしまった。

(あとで調べて、彼ジムマイアミハーバー本人は最後までマネージャーを続けて、この映画制作にも関わったことを知って二度泣けました)

チャンピオンは誰だったのか?

フレディは前述の通り、性自認問題やら持ち前の癇癪から疑心暗鬼になって、「家族」とまで思っていたバンドメンバーを遠ざけて孤独になり、その孤独がつらくてより酒におぼれて生活がぼろぼろになっていく。

でもそういう最悪の時期を、元恋人メアリーの助言で断ち切ってバンドメンバーのもとに戻るわけです。

そこから映画クライマックスへ、復帰のための厳しいレッスンから1985年のライブエイドに向かっていく。自分HIV罹患していて余命がいくばくもないこと。でもそれでも「同情はゴメンだ。俺の望みは残りの人生音楽に捧げることなんだ」とフレディは仲間に言うわけです。

それに対する仲間のアンサーが「お前は伝説だ」と。

でもフレディは「俺たち全員だ」と応えてライブへとつながってゆきます。幾つもの和解があって、ライブ当日、フレディは素晴らしいパフォーマンスを見せる――というのがクライマックスの展開なわけです。そこで立て続けに流れる名曲の数々ですが、やはりひときクローズアップされているのが"We Are The Champions"という楽曲です。

おそらく誰もが耳にしたことがあるこの曲が名曲だってのはもちろんあるんですが、やはり、この物語の中では、すごく重いです。そして良かったです。

この曲は確か公開当時「傲慢歌詞だ」という批判を受けたはずなんだけど、実際映画館で、物語の中で聞くと、ちっともそういう曲には聞こえないんですよ。歌詞のものは「俺たちはチャンピオン勝利者)だ。今まで色々やってきた結果勝利者になった。敗北者に用はない。俺たちはこれからも挑むんだ」というもので、なるほどそう要約してみれば、傲慢にも聞こえます。とくに大セールスを記録した世界アーティストのそれともなれば、そういうやっかみを受けるかもしれない。

でも、そういうふうには聞こえなかった。

しろ、今まで自分たちがやってきた努力や行動のすべてを自分たちは自分たち自身に胸を張っているけれど、それを周囲には理解してもらえてない、“未だ自分たちは最終的な何かを何も受け取っていない”若者である自分が、自分自身に対して「俺たちは勝利者だ」と励ましているような、自分友達鼓舞するような、そんな曲に聞こえるのです。

しかに名声も金も手に入れたけれど、でもだからといってそれがゴールだなんて思わない。今現在環境は決着ではない、だから敗北者に用はない。もっともっとおれたちは目指す何かに向かって、求めていた何かに向かって手をのばすんだ。そんな歌詞に聞こえてしかたがないわけです。

人間人生の何処かのシーンで、自分を励まさずにいられない心境になるってどうしようもなくあると思うんですよ。

苦境にあっても、自分は間違っていない。今まで歩いてきた道は愚かだったわけではない。それを証明するために現在という試練を超えて、未来で何かを手にしたい。

そんな気持ち世界アーティストであろうともそこらに兄ちゃんおっさんであっても、抱くことはある。むしろそこらのおっさんやおばさんだからこそ、自分応援する必要がある。多くの観衆のそういう内面祈りのような感情を、本人に変わって歌い上げるからこそ大スターになれるんじゃないかと思うわけです。

から"We Are The Champions"という曲におけるWeは、フレディでありクイーンメンバーであり、ライブエイドの観客であり、そしてこの映画を見ている人間でもあるわけです。

それがとても良かった。この映画自分に関する物語として見れることが、とても良かった。

これらのことは別段クイーン情報を知らずとも、楽曲に対する知識がなくてもこの映画を見るだけで十分についていけます

この映画は、伝説バンドクイーンというのが居てその偉業にひれ伏すためのものではなく、かと言って歴史的事実に対して○×クイズをするための出題でもなく、音楽に深い愛を捧げた内気な少年プライドと虚勢を頼りに世界と戦った――そして最後には家族の元へと戻り偉大な勝利を得た。

そういうビルドゥングスロマン映画であって、あるいは中途半端知識のあるファンよりも、何も知らない世代や人々にこそ深く刺さるものだったと思います

https://anond.hatelabo.jp/20181113214442

長年の反日教育をうけてきた中国国民反日感情中国共産党でも制御不能になっている。

中国共産党が最も恐れているのは何より中国国民の反乱。

世界的に独裁者が倒されて民主化している状況にも恐怖している。

反日思想国民をなだめるために尖閣侵入などの過激パフォーマンスを強いられている。

中国共産党も好きでやってるわけではない。

はっきりいって民衆に振り回されるのは韓国と変わらん。

2018-11-12

BTSに対するSWC非難声明邦訳)――これはSWCによる「全面降伏要求」だ

邦訳適当なので適当かもしれない

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November 11, 2018

2018年1111

The Simon Wiesenthal Center denounced BTS, an internationally popular Korean band whose live performance on Japan TV was cancelled.

先日日本テレビ局ライブパフォーマンスの予定を取り消された、韓国国際的人気バンドBTSを、サイモン・ヴィーゼンタール・センター非難する。

“Wearing a T-shirt in Japan mocking the victims of the Nagasaki A-bomb, is just the latest incident of this band mocking the past,” charged Rabbi Abraham Cooper. Associate Dean and Director of Global Social Action of the Simon Wiesenthal Center, a leading Jewish Human Rights NGO.

サイモン・ヴィーゼンタール・センター副部長であり、グローバルソーシャルアクション部門であるラビアブラハム・クーパー師は、「長崎原爆による犠牲者嘲笑するようなTシャツを着用したということは、過去嘲笑するこのバンドが起こした、最新の事例であるに過ぎない」と批判した。

Members of the band posed for a photo shoot wearing hats with the Nazi SS Death Head logo. The SS was a key component of the Nazi mass murder of 6 million Jews during the WWII Holocaust. “Flags appearing on stage at their concert were eerily similar to the Nazi Swastika. It goes without saying that this group, which was invited to speak at the UN, owes the people of Japan and the victims of the Nazism an apology.”

たこバンドメンバーは、ナチ親衛隊の髑髏をあしらった帽子かぶり写真ポーズを収めている。ナチ親衛隊は600万人のユダヤ人第二次大戦中のホロコースト殺害した中心組織だ。「彼らのコンサートで見られた旗はナチハーケンクロイツ酷似している。国連演説にも招かれるようなグループが、日本の人々、またナチズムの犠牲者に対し謝罪の責務を負うのは言うまでもない」

“But that is not enough. It is clear that those designing and promoting this group’s career are too comfortable with denigrating the memory of the past. The result is that on young generations in Korea and around the world are more likely to identify bigotry and intolerance as beingcool’ and help erase the lessons of history. The management of this group, not only the front performers, should publicly apologize,” Rabbi Cooper added.

さらラビクーパー師は、「それだけではない。このグループを作り、運営している人々が、過去について中傷することに無頓着すぎるのは明らかだ。その結果、韓国や、世界若者たちが、偏見不寛容をカッコイものと考えるようになり、歴史の教訓を忘れることを助長することになる。先頭でパフォーマンスをしている彼らだけでなく、グループ運営している人々も、公式謝罪すべきだ」と付け加えた。

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まり報道されていない部分への個人的感想

この2点はかなり気になる――なぜなら日本人でも知らない「長崎広島キノコ雲の違い」を明らかにして非難していること、Mocking the victimsという表現を使って「被爆者侮辱している」とSWC認識していることを明らかにしていることから、決して「ナチの方は謝るけど、原爆部分は言いがかり」というメッセージを受け入れないという姿勢が伝わるからだ。はっきり言ってこのメッセージナチ部分がかすむほどに反核的に読み取れる。謝罪すべき対象については「日本の人々(被爆者)とナチズムの犠牲者」と「日本の人々」を最初に置く念のいりようだ――これはそういう流儀なのかもしれないが。

SWCがこのようなリリースを出すのは驚きに値する。「原爆終戦を促し無駄犠牲を防いだ」という史観にさえ抵触しかねないからだ。原爆を開発した科学者ユダヤ人が多く含まれいたことも鑑みると、このようなメッセージが出たことは極めて興味深い。少なくとも巷間マスコミはてなブックマーク等で言われるように「SWCが出てきちゃったよ、やれやれ」とかいった話ではなさそうなのである原爆開発に積極的に加担したユダヤ人代表するような団体が、「広島」と「長崎」を明示的に分けて「嘲笑した」と非難していることについて、多少の考えをいたして欲しい。

匿名からBTSの率直な感想語る

ネトウヨが騒いでるのでBTS知った人間だけど、今のところBTSの印象ってこんな感じだ

・顔はいいが中身は中二病の軍イキリキモオタ集団

 やっていいことと悪いことの違いも判らない馬鹿

自分信者をArmyと呼び、そのArmy呼ばわりを受け入れる信者キモイ。完全にカルト

 こういうのを好きな奴は人間としてどこかおかしい。

韓国における反日ブームに乗っかって売れてるだけなんだろうな。

 売れるためにとりあえず反日だしとけって態度がもう無理。

 こういうのが好きな奴は反日って言っておけば買うような能無しばっかりなんだろうな。

・中身?実際のパフォーマンス?そんなん見るわけないだろ。表象問題だよ表象問題

 むしろちょっとググったらあかんやつばっかり目に入るんだけど

解散はしなくてもいいけど

 見たくないかゾーニングしてほしいし日本に来ないでほしい。

BTS擁護してるやつは、物事の良しあしが分から

 表現の自由って叫んでるだけだから表現の自由戦士って呼ぼう。

自転車撤去にグチグチ言うエントリーが上がってたが、パフォーマンスも込みで路駐自転車をその場で破壊して撤去するのはどうだろう?

そこら辺に歩いてる人にも参加してもらってストレス発散に使ってもらおう

もう結構な年月好きな二次元アイドルがいる。

展開も定期的にあり、さまざまな側面から公式も楽しませてくれる。

担当アイドルに好きだと伝えられる瞬間も、好きなことを表現できる場もたくさんある。

最初から追っていたわけではないけど、年月を追うごとにアイドルとして成長していくのが眩しくて、そのたびに好きだと思った。

昨今の二次元アイドル業界から見ると、かなり恵まれ環境にいると思う。

ただ、私はどうしてもライブイベントが苦手だった。

公式は定期的に開催してくれ、そのたびにすべて円盤収録もしてくれた。すごいと思う。見に行かなければ済むのは分かっているが、昔からずっと仲の良いオタク仲間は好意的に受け取っているから誘われてしまうし、「ジャンルが好きなら行かなきゃ」と思いながら、チケットが用意された公演は参加はしてきた。

そのたびに私は違和感と「ジャンルは愛してくれている」という、かき集めたような僅かな救いを感じて帰路に着いていた。オタク仲間は感動して泣いていたり、自分担当しているアイドルを演じてらっしゃる声優さんの良さについて話していたりするのが余計、つらかった。私も叶うなら、そちら側に行きたかった。

オタク仲間は私とは担当アイドルが違う。彼女たちが担当しているアイドルを演じてらっしゃる声優さんは、担当ではない私から見ても、キャラクターへのリスペクトや、どうしたらキャラクターに寄り添えるのか、考えてくださっているのがすごく感じられるパフォーマンスだった。

私の好きなアイドルを演じてらっしゃる方は、私の好きなアイドルを好きなのか、分からなかった。どうしても、キャラクターの全景ではなく、一部の性格を切り取って好いているようにしか感じられなかった。その一部の性格は、声優さん自身酷似している部分であるから表現やすいのかもしれない。でも、それは私の担当アイドルのごくごく一部で、本当の性格はそれらと正反対で。ライブでのパフォーマンスを見るたびに、どうしても、キャラクターへのリスペクトよりも、自分表現やすい部分だけ都合よく引き抜いたようにしか見られない私が、何より嫌だった。ソロ曲特に強く感じてしまうから余計、つらかった。

彼はライブを「作品に出てくる楽曲を歌う場」と言っていた。キャラクターとの同一視をする場ではないのは分かっている。私もそこは求めて行っていない。でも、何か少しでもキャラクターへのリスペクトを感じたいと思うのは、それさえも我儘になってしまうんだろうか。彼はジャンルへの愛やユニットメンバーへの愛は語ってくれる。それだけでもじゅうぶん嬉しい。

でも、自身の演じるアイドルへの気持ちや、キャラクターからの代弁をしてくれる、他のユニットメンバーが羨ましくて妬ましくて、ライブ中に少しだけ、「他担になっていたらもっと楽しめたかもしれない」と思った自分がいて、死にたくなった。

担当アイドルのことは今でも大好きでこの先もきっと好きだろうけど、ライブイベントへ行くたびのこの虚しさは、どうすれば良いんだろう。

少し前に確かに8人で立っていた、彼らが羨ましくて仕方なかった。ごめんなさい。

2018-11-11

どうしても気にいらないことがあるので考えたことを書く。

ドームライブに行った。声優が歌うやつ。この時点で察してほしい。察せない人は続き読んでも面白くないだろうから読まなくていいよ。

運のいい友人が2連番で当てたので連れていってもらうことになったのが理由だ。なぜ友人が私に声をかけてくれたかというと、その公演には私の応援する女の子声優が出演するから。それに関してはひとまず置いておいて、披露されそうな曲はほぼ全部知ってるからわりと楽しみだった。

ここでとりあえず私が私の応援する女の子のことがどれくらい好きかっていう話をする。読み飛ばしてくれてもいいです。

まず見た目。圧倒的にかわいい。強い。美しい。のどの形容詞でも言い表せなくて歯がゆい。それでいて完成されてない。ミロのヴィーナスの美しさに近いかもしれない。

次に性格性格言葉説明するのって難しいね。私からするとかっこいいなって思う。本人的には自由奔放に生きてるんだろうけど、私から見るとブレない一本の芯が通ってるように見えて。その芯っていうのはあの子のやりたいことをやっている、ってところなんですね。当たり前のようで、やりたいことをやり続けるって難しいじゃないですか。なんとなく何かに流されて、やりたくないことをやって、あとからなんか理由をつけて自分を納得させるみたいなことあるじゃないですか。私はそういうところがあって、自分のそういうところが嫌いなんです。そういう私から見ると、思うがまま望むがままに進んでいくあの子の姿が輝いて見えるんです。これ性格説明じゃないね

声。しゃべりも歌声も含めて、素敵。性格のところで書いたのは概ね文字情報から見出したあの子脳内イメージなんだけど、それに全然負けてない。自由奔放で気楽な感じと、筋が通ってる強い感じと、ちょっと冷徹な感じと、あとあの子頭がいいんだけど、そういう知性がある感じとか、全部ニュアンスに入っててすごい。これは私の応援する女の子声優さんがすごいんだと思う。ありがとう

で。そのライブに出演する声優はいろんなひとがいる。様々な役を演じてきた人もいるし、アーティストとしても活動してる人もいるし、このコンテンツくらいしか目立った出演作品がない人もいる。私の応援する女の子声優は多分一番最後グループだろう。

本題。私の応援する女の子声優は、歌がそんなに上手くない。ダンス特に目を引く部分はない。気の利いたMCもしてくれない。これって格差じゃないですか?

今のはさすがに冗談で、演者の実力に差があるのが格差からどうたらこうたらって言い出すほど頭の中お花畑じゃない。でも私は納得いかない。

とりあえず誰が悪いのかを考えてみた。

(1)声優本人

ここをお前らオタクのせい!ってできたらよかった。お前らがなんでもかんでも歓声あげて、どうでしたかって聞かれたらよかったーとか最高とか叫んで、SNSで称賛するから、みたいな感じで。

でもそうじゃないと思う。さすがにあのレベルパフォーマンスしてたら自分で気づくはずだ。気づいてほしい。気づかないならもうしょうがないのでいいです。

そもそも私そこまでこのコンテンツちゃんと追ってるわけじゃないけど、知る限りではこの人のパフォーマンスがなんというかダメなのはからだ。私が何度かこの人のステージを見た感じだと、目を見張るような進歩はしてないと思う。でもこれは極めて主観的な話だから、もしかしたら私の脳内の完全無欠最強私の応援する女の子を重ねてしまっているせいかもしれない。もしそうだったらごめんなさい。でもあなた仕事は私にあの子の幻影を魅せることじゃん。

ちなみにこの人より色々とひどかったけどわかるくらいよくなった声優さんもこのコンテンツにいる。だからなに。

から見ると、本人にライブに対する向上心がないのかなあと思わざるを得ない。音域はボイトレで広がるし、ダンスが続かないなら基礎体力をつければいいんじゃないのかな。これは言いがかりだけど最後挨拶かいつもなんか浅いんだよなこの人。でも今回は演者として喋る機会が少なかったか比較的ボロ出てなかったんじゃない?

朗読劇はなんかサービスというか、こういうこと言ったらみんな喜ぶでしょ?みたいなアレでしたね。普通でした。

(2)オタク

ほぼ上述。でもこれはもうしかたないかなって思ってる。だってお前ら、本当は声優パフォーマンスが良いとか悪いとか興味ないもんな?ライブに行って、ペンライト振って、周りと同じタイミングで声出して、終演後に飲み会ツイッターでどこがよかったとか適当なこと言うっていう行為自体気持ち良くなってるみたいだから。ほんとは誰も私の応援する女の子のことも私の応援する女の子声優のことも見てないもんな。いいよそれで。

(3)えらい人のディレクションとか

最近ようやく気づいたんだけどこれもよくないのかも。歌う人にあった音域の曲を歌わせてあげてほしい。ダンスダメなら演出とかダンサーとかでカバーしてあげてほしい。本来ライブで歌う仕事じゃない人を歌わせて、踊る仕事じゃない人を踊らせてるんだから、そういうところはフォローしてあげてほしい。声優としての演技力表現力で勝負させてあげたらもしかしたら違うものが見えてくるかもしれない。曲だってコンテンツ前例を考えたら遠からライブで歌うことになるんだからレコーディングしか歌えないような曲を歌わせるべきじゃないのでは。私作曲家でも振付師でも演出家でもないけど、そういうもんじゃないの?

ここまで読んだ方は声優を褒めたりけなしたりなんなんだって思ってると思う。私が一番そう思ってる。

繰り返しになるけど声をあてる声優としての私の応援する女の子声優仕事完璧なのだ。でもライブとかで出てくると、何かが違う。これは本当につらい。

もしかしてゲームで声あててる人とライブで出てくる人は同じ声帯の別人なんじゃないのかと思うくらい。

何が言いたいかっていうと、私も私の応援する女の子声優を、まっすぐ応援できるようになりたい。もっとこのコンテンツを楽しみたいから。

そのためには、この感情をなんとか整理する必要がある。そしてそれは残念ながら私一人の力ではどうにかできない。

私の応援する女の子声優が、なんとか、一つだけでもライブですごいところを魅せてくれたら、あの子を感じさせてくれたら、その姿で私を陶酔させてくれたら、それだけで全て決着が着くわけです。

圧倒的な歌唱力でも、度肝を抜くようなステージングでも、そこにあの子がいるような表現力でも、あの子に寄り添ってくれていると感じられるようなMCでも、なんでもいいから、なにかを感じたいんですよ。お願いします。

よく考えたら一つだけいいとこあった。時々結構刺さる表情するわ私の応援する女の子声優。そこは好き。でもこれで許せてないってことはいいところ一つじゃ全然ダメだわ。全部やってください。

それにしても表情、よかったなあ。また機会があったらライブに足を運ぼうと思う。万が一パフォーマンスが化けてたら見届けないといけないし。私もすっかり奴隷だなあ。

あとこれはいさら言うことじゃないんだけど個別衣装これじゃない感あるから白衣着て。

おわり

なぜよさこいけが成功するのか

ガーナで『よさこい踊り』が独自の変化を遂げ、超クールダンスへと進化していた「完全にアフリカンナイズされている」 - Togetter https://togetter.com/li/1287106

高知県民ではないので伝統よさこいというのがどういうものなのか知らないが、

ググった限りだともともと盆踊りと同じようなスローペースの踊りらしい。

それが今やドラムやらベースやら電子音が鳴り響く音楽に合わせて踊る集団舞踏パフォーマンスとなっている。

盆踊りとかそういう次元ではない。

現代の音楽昔ながらのYOSAKOIの融合、初めて知った時、これは新しい時代祭り始まったなと思った記憶がある。

地元で人気の踊りはそれなりにあるけれど、それらは地元を離れられない。

地元を離れても受け入れられ、ローカライズされてもなおアイデンティティを失わずに居るのはYOSAKOIだけだ。

あと関係ないけど東京に来て「よさこい」と表現されているもの

わりと高確率YOSAKOIソーランなことが多いので

最近ではYOSAKOIソーラン=よさこい認識してる人も多いのかもしれない。

でもそれってよさこいにもソーランにも失礼なような気がするんだけどこういう事言ったらお気持ちとか言われちゃうのかな。

anond:20181111212053

過激派ネトウヨ広島平和記念式典を在日朝鮮人共産主義者パフォーマンス呼ばわりしつつ抗議活動してるので、表現の自由のあり方としてはかなり攻めてるとは思ってる

2018-11-10

欅坂ナチスっぽいコスプレNGだけど韓国アイドルナチスパフォーマンスはあり?

ブクマカって一体どういう感覚の持ち主なんだろうな

とにかく日本ディスりたいだけだってバレバレから政治的にいつまでたっても超マイノリティなんだよ

リベラル一般的にならないの自分たち責任だってどうして理解できないんだろう

海外リベラル自国愛のない人たちなんていないんだよ

自分たちの国を愛してるからこともっと良くなるってスタンスリベラル標榜してる

はてさも単なるネトウヨと対になってるだけの頭の悪いネットゴミなんだよな結局

はてさをはじめとする頭の悪いパヨクが悔い改めるかネット捨てればもっと世の中良くなるのに

存在のものが罪だよお前ら

2018-11-09

韓国ってナチス関係は野放しなのか?

BTSライブナチス風のパフォーマンスしてる動画が上がってたけど

https://youtu.be/7cIlPIVL5G8

さすがに日本でもここまではもうやれないだろ

韓国では問題ないのか?

アイドルライブに行ってマサイに怒りを覚えた話

私は女性アイドルが好きだ。

彼女たちが歌やダンス真剣に取り組み、パフォーマンスをする姿が好きだ。

からPVを見たり曲を聞いたりするのは勿論、彼女たちの披露する生歌が聞けて、トークが聞けて、パフォーマンスを直で見られるライブに行くのが好きで、度々足を運んでいる。

ある時、某女性アイドルグループ(以下、Rとする)のライブに行った。

Rは最近気になり出したグループで、ライブに行くのはこれが初めてだった。

どんな雰囲気なのかドキドキしたけれど、演者パフォーマンスは予想以上に素晴らしかったし、推しグループの他の子もすごく可愛かった。

セトリセットリストライブでやる曲目)も良かった。楽しかった。

ただ一点だけ不満があった。

それが、マサイの存在だ。

マサイとは、アイドルライブイベントで見境なくピョンピョンジャンプする人のこと。

跳躍力が優れていることで有名なマサイ族になぞらえて、そう呼ばれている。

当然、アイドル達が壇上に居る時に飛ばれたら、後ろの人は視界が遮られてしまい、せっかくのアイドルが見えなくなる。

故に、運営や会場によっては迷惑行為として禁止されたり、「マサイをしたい人は、迷惑にならないよう後方へ行くように」とアナウンスされている場合もある。

このマサイが、Rのライブには存在していた。

それまで行ったことのある他のアイドルライブでは(今思うと幸運なことに)一度もマサイを見たことがなかった。

Rの姉妹グループや同じ事務所所属するアイドルライブには複数回行ったが、いずれも目立ったマサイ行為はなかった。

場合によってはアイドル自身がマサイ行為禁止を呼びかけており、ファンもそれに従っていた。平和だった。

から、いちアイドルオタクとしてマサイという言葉は知りつつも、実際にどういう行為なのかは知らなかった。

だが、実際に目にして、どれだけそれが不快行為なのか思い知った。

整理番号が前だったり、マサイより前の位置に立っていれば問題はなかったかもしれない。

しかし、不幸なことにその時の私の整理番号は、会場キャパから考えても後ろの方だった。

そして、更に不幸なことに、その会場では最前列近くに複数人のマサイが居た。

ただでさえ後方で、人の頭の合間を縫って、ようやくアイドル達の上半身が見えたり見えなかったりするレベル

それ自体は混雑しているから仕方ない。自分は背が高くないし、よくあることだと我慢できた。

けれど、そんな狭い視界の中で、ようやくソロパートを歌う推しが視界に見えたと思ったら、見知らぬ野郎の頭が下から飛び出して、推しの顔が見えなくなる。

これが複数回繰り返された。

その結果、私は否応無く怒りを覚えた。

腹わたが煮えくり返り、キンブレ(キングブレードという市販サイリウム。15色発色可能推しメンバーカラーを点灯させるのに便利)を持つ手が震えた。

出来るならば、能天気ジャンプしているその頭をキンブレで殴り倒してカチ割ってやりたい。そんな暴力的衝動すら浮かんだ。

だけど、私とマサイ野郎たちの距離は数メートル離れているし、人がごった返していてそこまで移動することも困難だ。

何より、もし自分のすぐ近くにマサイが居ても、注意して揉めたりするのが怖いチキンなので、実際には何か言うことすらできなかったと思う。

まり現実はただ黙ってマサイの暴虐に耐えるしかなかった。

会場やRのメンバーからマサイが明確に禁止されていないのも、辛さに拍車をかけた。

こんなに迷惑に感じているのに、自分が出来ることは何もない。

無力さを感じながら舞台を見つめた。

誤解されそうだが、ジャンプする行為を一切やめろと言いたいわけではない。

曲によっては、演者が観客に「みんな一緒にジャンプしてね!」と呼びかけるものがあるからだ。

他にも、振り付けアイドルが一斉にジャンプする時、観客もタイミングを合わせて一緒に飛ぶことが恒例になっているナンバーもある。

そういった、いわゆるお決まりジャンプパートでは、私も飛ぶし周りの人も飛んでいるが、それを不快に思ったことはない。

しろ、みんなで一斉にジャンプすることで、一体感が感じられて楽しいし、会場の雰囲気も盛り上がる。

だが、マサイは上記の「みんなで楽しむためのジャンプ」とは違い、「自分けが楽しむためのジャンプ」だと思う。

自分が楽しければ、平気で後ろの人の視界を遮る。周囲の観客に迷惑をかけても御構いなし。

自分さえ楽しければいい。その自己中心的な考えが嫌なのだ

ただ、後で知ったのだが、マサイを迷惑行為だと思わずに行う人もいるようだ。

ライブが終わって憤懣やる方なかった私は、インターネット上のファンコミュニティを見ていた。そこにはライブ感想が書き込まれることがよくあったので、自分以外の観客の意見が知りたかった。

すると、自分と同じ公演に行ったと名乗っている書き込みの中に、

ライブを盛り上げる為にマサイをした」

というものがあったのだ。

信じられない言い分に目を疑った後、沸々と怒りが湧いてきた。

ライブを盛り上げるために?マサイをした?はぁ〜???

あのな、お前は目の前の奴にピョンピョン飛ばれたら嬉しいか

アイドルを見に来たのに、よく分からないマサイ野郎に視界をチラチラチラチラ何度も何度も遮られて嬉しいか

気持ちが盛り上げるか?「フゥ〜〜!」ってなるか?

なるワケねーだろ馬鹿野郎

ただただ迷惑に感じてイライラするだけだよ。

美味しい食事を食べたいのに小蝿がまとわりついてウザいのと同じ。邪魔迷惑なだけ。

それなのに、まるで会場にいる観客のため、アイドルのためを思ってマサイをしたかのような恩着せがましい言い方をしないでいただきたい。

お前がマサイをしたのは、「自分の」雰囲気を盛り上げるためだろ?

自分が」テンション上げて楽しむためだろ?

日本語は正しく使えこのマサイ野郎

だいたいな、マサイなんぞ居なくたってライブは盛り上がるんだよ。

今まで行ってた他のアイドルライブは、マサイが居なくたって充分に盛り上がってたし楽しかった。

Rだってパフォーマンス自体は魅力的なんだし、観客だってRを見たくて来てるわけだから、仮にマサイが居なくなったところで会場の盛り上がりにそこまで影響するとは思えない。

そもそも最前列のマサイがあまりにウザくて忘れかけてたけど、全体としてマサイなんてせずに見ている観客の方が多かったんだよ。

正確な人数比は分からないけど、300人くらい入ったライブハウスで、マサイやってたのは10人足らず程度だったと思う。

人数としては大したことないんだ。ただその10人足らずが見境なくピョンピョン飛んで視界に入ってくるからウザいだけで。

からマサイをやる人が居なくなったところで、ライブが盛り下がるわけではない。

しろ、マサイが居なくなった方が、余計なことに気をとられずライブに集中できて盛り上がれると断言できる。少なくとも自分はそう。

それだけマサイの存在は鬱陶しいのだ。

自分たちが盛り上げてるなんて思い上がるんじゃねえぞ、このマサイ野郎

というわけで、結果的に、Rのパフォーマンス自体はすごく良かったものの、ライブのことを思い出すと、あの時マサイに視界を塞がれたイライラ不快さまでもが一緒に蘇ってしまい、単純に「楽しかった!」と言い切れない複雑な気持ちになる。

好きなアイドルライブに行ったのに、アイドル以外のことに気をとられて不完全燃焼になってしまったのは、正直言って本末転倒だと思うし、こんなに気にする自分は心が狭いのかもしれないとも思う。

それでもウザいのだ。嫌なのだ

マサイをやる奴は、ライブ前後左右を自分より身長の高いマサイに囲まれて、いくら飛び上がっても周りのマサイが壁になってステージが見えない無間マサイ地獄に落ちればいいのにと考えてしまう。

ただ、マサイが明確に禁止とされていない以上、今後もRのライブからマサイがなくなることは恐らくないだろう。

から、私がマサイを止められるわけではない。

個人的にはマナー違反だと思うが、明確なルール違反ではない以上、マサイをやっている人に「やめろ」と言える筋合いもない(言いたいけど)。

ただ、こうやってマサイによって被ったストレスを吐き出すくらいはさせて欲しい。

というか、散々マサイに対する恨みをぶちまけておいて今更だが、そもそもマサイという名前自体がマサイ族に対する風評被害だし失礼である

どうせなら珍走団みたいな、もっと格好悪い名前にしてほしい。ピョンピョン族とか。

2018-11-06

anond:20181106141539

アレは「自分の頭で考えて、俺達が望んだ回答を導き出しなさい」ってパフォーマンスから

自分で考えた結果、大人教師)に不都合な回答が出てきても認められない。

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