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はてなキーワード: 慣行とは

2018-11-26

(廃棄で入替えると損金に計上が必要になるから

PCって税法上減価償却になるからひょいひょい入れ替えられない(廃棄で入替えると損金に計上が必要になるから)、とかじゃないのかな? 社会 7 clicks

とある記事ブコメなんだけど、意味がさっぱりわからない。

何を言おうとしてるのかがまるごとわからない。

当方一応会計と税務を仕事にしてるのでその方面知識不足のせいではないと思う。

IT業界事情慣行がわからないせいだと思う。

どなたかこのブコメの含意を解説希望


一応会計税務的に言うと「除却損出て何が不味いの?」という。

2018-10-11

anond:20181011040543

人文学社会科学か。社会科学のほうが科学なのに怪しさが入り込む余地がある気がしてしまうのも奇妙だが、哲学とかだと論理的議論はあっても「正しさ」を決めることはできないからかな。

なんとなく「人文学」と書いたけど,「人文科学」と呼ぶこともある.私個人としては別にどっちでもいいかと思うけど.人文系社会科学系と呼んだりもする(総称は「人文社会系」とか「人文社会科学」とか).「社会科学」は略せないんだよな,「社会学」とかぶちゃうから.このへんは前増田で参考文献として挙げた隠岐さんの著作面白かったから読んでほしい.オススメ

理系でも教授の贔屓やコネはないわけじゃないけど論文数(あるいは引用数)で無能認定する仕組みは馬鹿排除には有効なんだよ(捏造動機にもなるけど)。

論文数で無能認定文系でもよくあることです(ただ,論文をあまり書いていないだけで該博な知識を有してる人なんかは尊敬される.周りは「もっと論文書いて! 読みたい!」って思ってるけどw そういう人がポストを得られていなかったりして業績少ないから仕方ないと思う反面すごいもったいないなと思ったり).ただこれも分野によっては1年に1本書いてりゃまあ標準的,というところもあれば1年に2・3本書くのが当然だろ? という分野もありで,その上分野によっては査読の有無での格付けとかもあまりしないので(そりゃ学振申請書では査読つきとなしを分けて書くけどね),安易に異分野の人が自分野の基準無能判定するのは本当に良くないからやらない方がいいと思う.今年は著書1冊書いてるけど論文は書きませんでした,を理系基準で業績ゼロって判定されたら暴動起きますよ.

あと歴史学文学だと,いちばん大事仕事論文執筆じゃなくて史料校訂だ,という感覚もあったりして,そのへんがきちんと評価されるのが望ましいよなぁと.ある平安貴族について論文書いても分析視角ニッチならあまり引用されないかもしれないけど,どこぞのお寺なり旧家なりにしまわれてたその貴族日記活字に起こして誤字脱字を訂正して単語意味解説して背景情報を補足して(日記って本人にとって当たり前のことは書かれないけど,1,000年経ったらそんなことわからないので),っていう作業をしたらその後平安時代歴史文学をやる人に参照されまくる基礎文献になったりする.こういう地道なレファレンス作りや史料校訂がきちんと評価される仕組みであってほしい……

で,引用数については問題点が2つあって,

1.どうやって数えるのか

これは技術問題.色んな言語で発表される紙の本での引用数,どうやって数えたらいいの……? ってやつ.異国の本屋さんで面白そうな学術書があったから手に取ってみたら私の論文引用されてたとか,異国で買った本をパラパラ読んでたら知り合いの英語論文引用されてたけどその知り合いはその異国語を読めないから多分存在を知らないだろうなとか,そういうの割とあるあるなので,人文系じゃ誰も被引用数なんて気にしてない.ぶっちゃけ無理ゲーだと思う.

あと,英語の本で引用されて,そのあとその英書が10国語翻訳出版されました,という場合は,何回引用されたと数えるべきだと思う? 1回? 11回?

2.それ数えて意味があるのか

そもそも優れた先行研究を褒めるのにもダメな先行研究をけなすのにも引用をするわけで,ある論文の中でむっちゃ参考にされた文献とけちょんけちょんにされた文献の2つがどちらも引用1回ってことにされちゃう不公平すぎない? って思うんだけど.それに,自分の専門分野についてあまりにひどい俗説が広く出回ってるとき学術文献じゃなくても引用して批判することがあるので,たとえば日本近代史の人が小林よしのりの『戦争論』を名指しで批判するとかよくある.純粋引用された数で勝負したら小林よしのり惨敗するマトモな研究者って大勢いると思うんだよね.

というか,文系だと「他人の書いた文章研究対象にする」というのがあるので,村上春樹研究なら当然村上春樹引用するわけで.さら学問分野によっては,「文献リストに先行研究研究対象を一緒くたに並べる」慣行を持つところもあり(これはその分野なら英語圏の査読誌でもそうなってる),たとえば樋口直人『日本排外主義』という日本極右研究した本の文献リストには,日本欧米社会学者が書いた真面目な研究文献と桜井誠櫻井よしこ西尾幹二の本がABC順でごちゃ混ぜに配列されていて,両者は引用形式からはまったく判別できない.本文を読めば前者を参考にして後者分析したり批判したりしてるのがわかるんだけど,機械的区別することは不可能.なので在特会に関する研究が進めば「桜井誠引用数で負ける研究者」がたくさん出てくると思うけど(というか現時点での私が負けてる疑惑),この基準どう考えてもおかしいでしょ.文系の業績を考える上で被引用数はマジで無意味だと思う.

追記

id:q-Anomaly 面白かった。一般文芸と一緒になっているから大変なのかな?理系だとわざわざトンデモさんに言及したりしないしね。間違いを指摘するとき論文ではなくて直接メール、もしくは研究会で議論かな。

もちろん文系でも別に公な場で晒し上げるほどじゃない間違いだったら直接本人に言うとかあるのでそのへんは批判する人の性格とか人間関係にも拠るところはあり,一方で理系でもSTAP細胞ときはさんざん批判論文出てたように思うので公開の場で批判する文化は当然あると思うのだけれど,間違いの指摘を必ず公開の場でやるわけじゃないとか言われるとじゃあこれまで理系には透明性のある評価基準があるけど文系にはそれがないかダメとか言ってたのはいったい何だったんだよ……って思うわ.あなたが言ってきたわけじゃないかあなたに言うのは不当なのかもしれないけれど.

id:hogefugapiyox 増田 理系(理論)でも独創的な論文で高く評価されるけど問題自体が超ニッチ引用は増えないことはありうる。そこで論文誌や国際学会のランクが役立つことはある。正しくてもレベルがそぐわないもの査読で落とされるので

これは文系でもあるあるメジャーテーマ研究していてもつまら論文しか書いてなければ意味はないしマイナーテーマでも面白論文が書ければ就職が決まる.

id:death6coin 参考にしたのと批判したのは別にリストアップする形式がいまからまれ得るかというと・・・難しそうですね。批判にも論外から一部の点で疑問があるまで程度があるだろうし。

「この論文はこんな資料を発掘してくれたので重要だ.でも発掘した資料解釈に疑問がある」とか,どっちにリストアップすればいいんだよという話で.

でもって,リストアップの形式については出典をどう示すかという形式が大きく絡んでくるんですわ.たとえば,歴史学なんかだと先行研究研究対象は別々にリストアップするけど(それでも流石に優れた先行研究ダメダメな先行研究は分けないよな),それは社会学とは違うやり方で出典を表記しているからそういうことが可能なんだという事情もあって,まあこのへんは自分学術書やら論文やらを読んで出典チェックしたことがないとわかりづらいかもねえ.社会学とか一部の分野で全部ごちゃ混ぜにした文献リストを作るのにも合理的理由があるんですわ.

id:hisawooo 増田に言うんじゃないんだけども、トンデモ論文への直接的な批判するなら一番マトモで普通な手段編集者宛のレター(つまりは読者からのお便り欄)じゃないかね(理系の話をしてます

なるほど,そういう慣習があるのね.言われてみれば文系でletter欄って見ないな.

で,文系論文だと本論に入る前に「先行研究の整理」ってやるんですわ.「先行研究Aは基本的妥当だがこの部分の解釈問題があり,先行研究Bは古いため近年発見された資料を使っておらず,先行研究Cは優れた研究だがちょっと私のやりたいことについてあまり触れられてなくて,先行研究Dは論外」みたいに整理した上で,じゃあ先行研究A~Cの成果を踏まえて先行研究Cが見落としている角度から先行研究Bが使ってない新資料を使って先行研究Aとは違う解釈します,みたいに自分論文の意義や新規性アピールするわけ.なので純粋な参考文献だけの抽出とか無理ゲー

id:enemyoffreedom 引用数の正しいカウントがやりづらいのは、さすがにその分野の引用慣習に問題ありな気も。他分野や門外漢から見た透明性の確保も今後は必要になっていきそう。まぁそれだけが業績評価を左右するようだと不健全だが

たくさん引用されたか価値がある研究! とかいローカル基準に基づいてヨソの分野の引用慣習をまるごとdisるならこっちもお前らのそれってPV数狙いのSEO対策でクソ記事垂れ流す互助会みたいなクソ慣習だなって言っていい? つーか文系査読なしで論文のチェックをしない! 不健全! と文系批判対象も引用に含めている! 不健全! ってマジどうやれば同じ口で言えるんだよって感じ.クソ論文をきっちり論文中で批判してるから正しいカウントが難しいって話に正しいカウントがやりづらいか問題とか言われるのマジ批判のための批判じゃん.全部ごちゃ混ぜで引用するのにも合理性はあるんですよ.そんなのはその分野の論文なり著書なりを読んで出典チェックしてみればわかりますよ.何度も言うけど英語圏でもこういうやり方なの.本当にこの慣習を是正たかったら理系の皆さんが大好きな英語で全世界普遍的問題提起をなさってくださいよろしくお願いしますクソが.

すごい大事追記

id:rci このシリーズはとても面白い。

面白いと言ってくれるのはありがたいんだけど,あなた一連の増田ちゃんと読んでる? このトラバリーの中で,私は何度も自分オタクだって言ってるよね? だからhttp://b.hatena.ne.jp/entry/372509722/comment/rciみたいな雑括りされても本当に困るんだけど.まあ記事の隅っこで書いてるから気付かなくても仕方ないところはあるけど,そうやって文系オタク対立構造にされて困るのは私みたいな文系オタクなんだよ.ほんと勘弁して.

正直私はキズナアイについては興味ないし,どうせならシロちゃんやらせればよかったんじゃ,とか思うけど,同時にあのくらいの服装が叩かれるとかおかしいよな,とも思うよ.なぜか服装に関してはゴリゴリ保守派になる連中が多くて目眩がしてるよ.色んな変わった服装を好む人への抑圧だろ.ぜんぜんNHKに出ていいよ.それが多様な社会であり自由社会だよ.

とにかく私は両側にもうウンザリ.ろくに事実関係を調べもせずVTuberについて基本的なことを知りもせずキズナアイを叩く連中にも,ろくに文系について知りもせずどんな研究をしているか理解もしないできないのにクソバイスを垂れ流す連中にもウンザリです.オタク叩きも文系叩きもクソくらえ.どっちも私の敵.ただもう本当にこれ以上関わり合いになりたくないのでここ数日の荒みきった心を『ヤマノススメ』の録画を見ることで癒やしてきます.一連のレイニーブルー展開を鑑みる絶対ここなちゃんはひなたをあおいから寝取ろうとしてるしかすみさんはあおいをひなたから寝取ろうとしてると思うんだよね.

もうちょっとだけ続くんじゃ

これ面白い。「実際は擁護・反発ツィートが多かった」オタがヒステリックにわめいていたことが可視化されました。千田さん、池内さん、森次さん、宇野ゆうかさんあたりはネットリンチ被害者といっていいよなあ

http://b.hatena.ne.jp/entry/373077720/comment/rci

理不尽言いがかりに反発したら「ヒステリックにわめいた」ことになるんだ.そんなの私が書いた増田を「なんで発狂してるの」とか「文系理系と違って感情的」とか言ってきたクソ野郎どもと同じじゃん.

キズナアイ叩きについてはオタクとして腹が立つし社会学叩きについては文系として腹が立つし,とにかくこの騒動に関わった連中全員不快だとしか思わないよ私は.つーか公共放送でへそ出しノースリーブの服着て解説して何が悪いんだか.

あー、この内容の本だから表現の自由戦士に粗さがしされて叩かれた、ってことなのね(今やっと理解)。回収にならなかったら読みたかったのに。

http://b.hatena.ne.jp/entry/374561923/comment/rci

あなた文系学問に敬意なんてさらさら持ってないことはよくわかりました.あなたみたいな人は文系叩きに加わってた方がお似合いですよ.

一章まるまる他人の論なのを擁護するつもりはないけど、なぜ編集も見落としてしまたこの件がいま見つかって話題になったんだろう?っていう話。で、地味な本書がじっくり読まれたのはそのテーマのせいだよね?

http://b.hatena.ne.jp/entry/374571758/comment/rci

勁草書房みたいな文系学術出版では名の知れたところから現代社会と密接にリンクした論争的なテーマの本を,学術書としてはお手頃な価格販売しておいて「地味」はねーわ.あれは当初から論争的な書籍として出版されたものでしょ.そういうのを出したら一般読者からも読まれるに決まってる(だからあの価格でも売れたんだよね).

で,それが日本語で学術出版する意義だって私はこの一連の増田で主張してきたわけだけども.日本語で学術論文学術書執筆することは研究成果を広く私たち社会に届けることと同義であり,文系にとってはそれが重要社会貢献なんだという話を私はしてきたのだけれど,私の増田を「面白い」と言ってた人がそれを真っ向から否定するのには困惑しかないっすわ.あなた,いったいどこを読んでいたの?

ファンタジーに興味のある一般人が中世ヨーロッパについての学術書を読む,小説好きの一般人が文学研究書を読む,古代文明ロマンを感じる人が考古学書物に手を伸ばす,そういった行為の延長として「表現の自由に関心を持つ人が表現規制を主張する著書を読む」という行為があるのであって,それは学術書をじっくり読む動機としては極めて真っ当としか言いようがないです.文系出版を,学問バカにしないでください.

2018-10-10

anond:20181009070341

文字数足りないからこっちに。

自分で読んで判断しましょうよ……理系だって査読を通ったんだから正しいに違いない! なんて思わず批判検討するっしょ? それともそういうプロセスをサボって無批判論文の内容を受け売りしてたひとたちが文系慣行ケチつけてるってことなんですか?

ケチをつけてるんじゃなくて素朴な疑問だったんだけど。

普通にやると人物過去の業績でバイアスかかっちゃうので、それを可能な限り排除するために著者情報を完全に伏せたブラインド査読があるわけで。我々の過去研究[1]では〜 とかも書けないので提出した論文の中身だけで判断されることが保証される。

客観性重視で過去の業績や権威無視して論文の内容だけで勝負したいって人はブラインド査読した方が有利だよね。

客観性より自分意見を主張したい、コツコツ積み重ねたもの評価して欲しい人は総合的な判断の方が都合が良いんだろうけど。

なんか新人は大変そうだなって。

年いったら年功序列が良くて若い頃は成果主義がいい、でも自分業界では年功序列会社ばっかり、みたいに思わないのかな。

2018-10-09

anond:20181009051334

残念ながら出版することは誰でもできるんだ、金さえあれば。

論文の内容の正しさはどうやって保証されてるの?

出版すること自体が業績になるなら、金持ち妄言論文だって言って出版したらそれも業績になっちゃうんだけどいいの?

それがだめなら出版たから業績ってカウントの仕方がそもそも問題だってことになるよね?

たとえば適当査読誌をでっち上げ査読してますと謳って実質無査読論文を垂れ流すことは同じく金があれば誰でもできますが、そうやって出来上がったもの研究者コミュニティにおいて信用を得られるか、というとまた別の問題

著者がこれまでアカデミックキャリアを積んでこなかった人だったりしたら、「あっ……(察し)」となって黙殺ルート一直線でしょうね。アカデミックキャリアを持つ人が書いたダメな本だったら、どこかの書評フルボッコにされた後になかったこ認定かな。学術誌って書評欄ありますよね? あそこ見るといいですよ。雑誌によるけど、権威のある雑誌だったらあれが足りないこれが欠けてる○○語も読めねえのかとか言いたい放題してます。もちろん後発の論文や本の中で批判されまくることもあるでしょうね。当たり前ですけど先行研究批判ちゃんとやるわけで。

出版だって、長年良質な学術書を出版してきた、ある分野での定評のある出版社、みたいなやつがあるわけですよ(cf. anond:20180828185404)。日本語圏でも英語圏でもそうです。そういうとこは慣れた編集さんがきちんとチェックするし、まあたまに事故ることはあります基本的に変なもの学術であるかのように装って出したりはしないわけで。あと最近科研費出版助成とかもあるんで、あんまりにもダメ研究助成されないし、単著出版に際して査読を科す出版社さんも出てきてますね。

まー、こういう評価の仕方は数量化しにくいですねえ。権威主義とか職人芸とか言われても仕方ないかもしれない。

ただ、こんな当たり前のことを説明しなければいけないのかと若干徒労感があるのですが、文系にも研究の出来不出来による評価軸というものはあり、また信頼性を重み付けしようというインセンティブ存在するわけですよ。

査読論文なら盲目的に信奉する理系の人なんていないでしょ? それと同じですよ。単著からって無条件でありがたがったりはしない。だいたい単著ほどのボリュームのものを書く以上はどこかに土台となるような論文(群)が存在し、それは何らかの形で人目にさらされていることが多いわけで(もちろんなんの予兆もなしに単著出しちゃう化物がいないわけじゃないですけど。あとはドイツとか特殊事情がある国もあるので、まあ……)、信頼に値する業績を挙げてきた著者なら「おっ! ついにアイツが単著を出すのか!」「あの研究ようやく本になったのか!」みたいに迎えられるでしょうし、怪しい著者はその段階でお察しな扱いを受けるんじゃないですか。実際に出来上がったものの出来は、それまでの研究の出来からある程度予想つくのはわかっていただけますよね。

もしもこれが日本だけの慣行なら、あるいは社会学だけの話なら、ガラパゴス非難されても仕方ないかもしれない。けれど実際には、アカデミック単著を業績にカウントするのは英語圏ロシア語圏も同じです。フランス語だろうがドイツ語だろうが韓国語だろうが、単著学術的論集の1章は立派な研究業績。私の本棚には英仏独語で出た外国人の著書が並んでますが、どれもそれぞれの国で研究業績として立派に通用しています。私は社会学だけじゃなく歴史学文化人類学政治学学術書も読んだことがありますが、どれもちゃん研究業績として扱われていますし、内容もまっとうな研究でしたよ(ハズレがないとは言いませんが)。

文系出版したがりになんの問題もないかというとそれは違って、文系の中でも色々議論はあります。そしてその議論は非「文系」にも開かれているべきでしょう。ただ、そもそも論として、このへんの文系事情をろくに知らない人が自分野のローカルルールを振りかざして口を出してるのはほんとムカつきますね。文系研究書を1冊でも読んだことがあるのかと。外国語文系論文を手に取ったことがあるのかと。文系論文を読みもせず、英語やその他の言語での学術書を触ったこともない人たちに、文系慣行ジャッジする資格なんてあるはずがない。

追記

id:yuimoke ふむ。文系論文質的担保について。

論文じゃなくて著書の話です。ちゃんと読んで……

id:n314 えっと、内容の正しさの保証は、つまりどういうこと?著書、どこかの書評定評のある出版社、編集さん、出版助成査読、土台の論文群、過去の業績、これらから総合的に判断するということかな?

自分で読んで判断しましょうよ……理系だって査読を通ったんだから正しいに違いない! なんて思わず批判検討するっしょ? それともそういうプロセスをサボって無批判論文の内容を受け売りしてたひとたちが文系慣行ケチつけてるってことなんですか?

id:uturi 文系学問では査読するのは出版社ってこと? そういう文化なのか。

文系基準でも出版社の編集によるチェックは査読とは呼ばないです(査読をする出版社もあります。たとえば→https://twitter.com/saisenreiha/status/1049653174045270021)。一度もそのプロセス査読とは呼んでいないでしょ? 頼むからきちんと読んでください……

id:napsucks でも批判的な観点でチェックされてるかは疑問かな。堂々と立派なところから本出してた旧石器捏造みたいな例だってあるし。

そんなこと言ったら理系査読だって小保方晴子黄禹錫ヘンドリック・シェーンを見抜けなかったんだから、たいした意味ないんじゃないの? って話になりませんか。この3人、NatureScienceに堂々と載ってたんですが。

id:junmk2 金だけで動く会社から出版専門家からフルボッコにされても、そんな情報一般人アクセスしないので、論文があります単著があります権威は十分通用する。「まともな」専門家形式的には変わらない。

たとえばJournal of Nutritional and Environmental Medicineみたいに?(cf. http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20150220#p1

id:himakao この出版不況の中、論文の中身まで編集がしっかりチェックする余裕があるようにはとても思えないんだけど、文系研究者論文本って界隈で質が高いと評価されるとそんなに売れるもんなのか?

売れるわけないでしょ(涙)……とだけ言うのはアレなので補足すると、もちろんこれは本の内容によります現代思想とか戦国時代とか、一般読書家にもファンが多いテーマならひょっとしたらワンチャンあるかもしれませんが、マニアック文化人類学研究とかだったらまあまず売れないです。だから出版助成もらうわけですけど。著者にも金銭負担が生じることは結構あると思いますよ。

id:Dragoonriders なるほど。徒労感はあろうかと思われるけど、畑が違えば、みんなよく知らないんですよ。

徒労感があるのは、文系評価基準を知らない人が多いことに対してじゃなくて、文系の中にも研究の出来不出来があり論文や著書の信頼性を重み付けするメカニズムはある……という至極当然のことに思い至らない人が多いことに対してです。査読が重視されないならあらゆる研究フラットということになりその中で優良な研究を見分ける作業時間を取られるのだから効率だ! みたいな論を立ててる人とかね。人間社会なんだから何らかの形で評価システムが生まれてくる、ってことくらい、別に具体的な事情を知らなくてもちょっと想像力があればわかりそうなもんだけどなぁ。

id:hisawooo その「お前らはよく調べて論文読んでからじゃないとジャッジしちゃいけないけど俺たちは見た目だけで判断して良い」という奢りはどっからくるの?

ちょっとこのブコメで堪忍袋の緒が切れた。

あのなー! 俺はキズナアイ服装なんて公共の場に出して全然オッケーな露出度だと思ってるわ! 特設サイトだけじゃなくてNHKの夜のニュースに出てても批判せんわ! ラノベの表紙におっぱいを強調したチャンネーがいて何が悪いって思ってるわ! 社会学全体や文系全般を叩くやつがいたか反論してるだけ!

もうほんとふざけんな。どっち側もクソすぎて付き合ってられねえわ。

2018-09-26

anond:20180926182228

散々言われている通り、業界慣行によって雑誌が公に廃刊になることは基本的に無い。

2018-09-20

anond:20180919220321

新潮45立ち読みしてきたんだけど、松浦大悟氏が表現規制懸念をしてたね

たぶんこの一連のツイートと同じようなこと書いてた

松浦大悟@GOGOdai5 https://twitter.com/GOGOdai5/status/1014338875278295041

野党が掲げるLGBT差別解消法案には表現規制内包されているのではないか心配している。この法案では行政機関および事業者社会的障壁を除去しなければならないとされ、社会的障壁定義として次のように記述している。→

②《この法律において「社会的障壁」とは、日常生活又は社会生活を営む上で障壁となるような社会における事物制度慣行観念その他一切のものをいうこと。》 観念というのは法律用語であり認識という意味だと思うが、とすると心の中の状態にまで踏み込んでペナルティを課すと読み取れる。→

(...長いかリンク先読んでぬ)

たぶんid:envs氏と同じ種類の懸念だと思う

2018-09-15

anond:20180915063056

そこは自分も疑問なんだが、今の世の中は一定の条件のもとで行為者の自由意志を想定してる。そしてその自由の大きさに応じて責任も大きく認定される。

疑問というのは、これが道徳的に正しいやり方なのかということなんだけど(つまりは、人の自由意志がないなら、責任という概念もなくすべきじゃないか、という)、しかし正しかろうと正しくなかろうと現実は変わらないし、現実慣行がどうだからと言って、自由意志存在を信じることには繋がらない。

2018-07-11

麻原彰晃は復活する

麻原と、弟子12人の死刑囚という構造は、キリストそっくり

キリストも、使徒12人いた。

麻原も、キリストも、正当な裁判を受けられず不条理に死んだ。

全く同じじゃん。

麻原は、正式精神鑑定を受けさせてもらえなかった。

死刑要件を満たしているかどうか不明のまま、死刑になった。

その必要はないと言われて、受けさせてもらえなかった。

もちろん裁判中は合理的自己御言動をとっていたから、たしか正気だった。

だがその後は?

真相は解明されている!裁判記録を読め!」と

正義に酔ってブコメしてる連中がいたが、

麻原が指示したかどうかについては、弟子の口からも、麻原の口からも語られてないだろ。

裁判記録を読めと言ってる連中ほど読んでない。

指示したかどうか明らかではない以上、弟子たちの忖度合戦、つまり裏切りによって麻原が追い込まれたと解釈される余地が残されてしまう。

キリストは、弟子12人に裏切られて死んだ。

裏切られ、十字架にかけられても、裏切った弟子たちを愛して、死んでいった。

弟子たちは後からその話を聞いて、衝撃を受けて、罪悪感が極限まで高まり、ついには彼は神だったのだと捉え返して、認知協和を解消した。

復活の噂をパウロから聞いたとき、すんなり信じられたのも、深い罪悪感と、悲劇性、法的な不条理があったから。

麻原もキリストと同じように、奇跡を起こせなくなった。

最後にはみじめにも、ここ一番の重要タイミングで空中浮遊に失敗した。

信者からしてみれば、ここでは奇跡を起こすだろうというところで、ぶざまに失敗した。

前例のない洪水と、地震があったくらいで、日本社会はびくともしていない。

キリストが死んだときは布が真っ二つに裂けたけど、それと同じような、ささいなしるしに過ぎない。

無力のただなかで死んだ。

しかも麻原の場合はそれに加えて、7人の弟子たちと死刑にされるという、強圧的な執行によって死んだ。

共犯者同時執行慣行が守られずに、国家恣意的判断で死んだ。

平成区切りだとかなんとか言って。

一緒に転生させる判断って何なん?

本当に執行して良かったのか?

2018-05-27

[]高プロ委員会可決されたので、労働者派遣法歴史を振り返るよ(1)

 国会ウォッチャーです。

 とりま安倍内閣総辞職で。

 歴史は繰り返す高プロは高度な専門職で、おちんぎんが平均の3倍を相当程度上回るっていうのが条件で、使用者に対する交渉力が高いから、無理な働かせ方はさせられないよっていう主張なわけね。国富論は、240年前に書かれた本ですが、

親方たちは労働者がいなくても1年、2年耐えられるかも知らんけど、ほとんどの労働者は1週間でギブするしかないがな。親方たちは、裏でこっそり団結してなんとか需要供給の均衡状態よりおちんぎん低く抑えようと協力しとるけど、わいらはそういう団結について、具体的な活動はみーひんな。せやけどそれはあまりに当たり前すぎて、改めて話し合う必要もないほどやからや。しか労働者かて食うて家族を養っていかんと労働者という階層が縮小して、国が貧乏になってしまうやろ。"

みたいなことは、240年前のアダムスミスですら知ってたことやで?バカなんですかね。バカなんだろうね。Inequality of burgaining power交渉力の不均衡、交渉上の地歩の差というやつですがな。

 我らが日本国会はこれと同じような議論をすでに経験していますね。もちろん労働者派遣法です。今回は労働者派遣法の制定時、拡大時、規制強化時、規制撤廃時の議論を振り返りましょうな。

一応の年表

1986年派遣法成立」

1999年派遣対象業務拡大、例外列挙化」

2004年派遣期間無制限化」

2012年労働契約法、5年無期転換ルールの導入」

2014年有期雇用特別措置法による、無期転換規制の緩和」

全部書くかはわからないけど、とりあえずこの記事では派遣法の成立の時に、菅直人の質疑に対し、政府が何言ってたかをみましょうか。

1986年中曽根内閣労働者派遣法の成立」

1986年4月16日社会労働委員会

菅直人(当時社民連

 菅さんは、派遣法の導入によって、正規雇用派遣代替される自体が進むのではないか、直接雇用ができる事業適用外にすべきではないか派遣期間に制限を設けないと、正規職員と同じ仕事をしているし、熟練もしていくけど、労務管理が楽であったり、おちんぎんをあげなくても良いと思って、どんどん切り替わってしまうのではないか、また対象範囲も広がってしまうのでは、と危惧しているわけです。

 政府側は、派遣はむしろ新たな産業として、雇用の確保に資するものであり、代替は起こらない。期間制限を設けても期限直前で雇い止めしてから再雇用するとかするかもしれないし、意味ない。高度な専門知識がある業種しか指定していないか大丈夫対象事業はむやみに広げないと言っていますね。その後どうなったかは、ご存知の通り。左翼は本当に杞憂馬鹿騒ぎするから困るよね(棒)ちな、派遣法はこの時点で限定列挙を明示してますね。高プロ限定列挙なのか、例外列挙なのか、対象業務範囲すら示されないままの法案通過、本当すごいよね。ちなみに派遣先と派遣元のマージンについての質問がありますが、その開示が義務化されるのは2012年の民主党政権時代です。

「(略)この法律施行されたために、いわゆる正社員というか、直接雇いの社員仕事がどんどん派遣に切りかわっていくようなことになる危険がないのかというよりは、大臣はそういうことには絶対にしないんだというか、そういうことを目的にもしないし、絶対にしないのだということなら、その決意といいましょうか、考え方をまずお聞きをしたいと思います。これはぜひ大臣に。」

山口

先生の御指摘、御心配いただいたような問題点も十分配慮いたしまして、今回の制度化に際しましては我が国伝統的な、そしてまたいい形の部分における雇用慣行との調和を十分留意していかなければならない、そういう立場運用努力をするということが基本的取り組みでなければならないと思うのですね。

 それで、この派遣事業がひとり歩きして常用雇用者とか終身雇用者の職場の安定よりも、むしろ雇用不安を生んで雇用における弾力条項みたいな部分でかえって労働者生活権を圧迫する懸念もあるのではないか、こういう御指摘、御心配であろうと思うのですけれども、私は、この派遣事業というもの自体がこうして請負業として、労働力供給という立場でなくて請負業として、これだけ多様的な一つの形の中で一つの企業組織体として、あるいは労働者の参加も含めてそれが一つの事業として成立をしておる、そこも今昔先生が御指摘のように、我々の想像を超えたところに新しい時代に即応した一つの雇用関係あるいは契約関係というもの存在をしている、中には既に上場しているような企業もあるわけでございますから、そういう意味では私は基本的に、雇用の確保、拡大という我々の基本的課題にこの法案が大いに貢献してくれるのではないか、こういう認識の上で、ただその運用を誤りなからしめるべくひとつ十分監視監督していく必要もあるいはあれば、こういう国会論議等の中でも御注意喚起いただきながら、これをいい法案形態として、これが労働者の、国民雇用の安定と確保、拡大につながるようにひとつ努力をしていきたい、かように考えておるところでございます

「(略)今回対象業務を例示という形で十四業務挙げられていますそれからまた、いわゆる常用型と登録型という形で届け出と許可制になっています。つまり、これらの理解あるいは運用で先ほど来局長がいろいろ答えられていますけれども、何一つ歯どめがなくなるおそれがあるのではないかと思うのです。

 というのは、この対象十四業務もっとふえるかふえないか、いろいろありますけれども、こういう業務の中には、例えば従来常雇いといいましようか直雇いでやれていた業務もたくさん入っています。(略)

 だから、そういう意味から考えますと、対象業務というもの基本的な考え方として、先ほど来局長も野放しを認めるわけではないと言われておりましたけれども、できるだけ絞るという考え方が原則ではないか。つまり請負とか直雇いとかにしにくい非常に限定された分野にのみ絞ってやるべきではないか基本的に考えるのですけれども、この点で同感であるかどうかをお聞きしたいと思います

山口

「菅先生の御心配、御指摘している部分については、十分これは慎重といいます社会的な合意というものが成立した業種にできるだけ限定するということはやはり運用上一番大事なことだと考えます。」

(略)

それからもう一つ。先ほどもどなたかありましたけれども、この日本の今回の法律では同一労働者を同一企業派遣をする期間の制限が設けられていないわけですね。そうすると、例えば事務職なんかで二年、三年と同じ人が同じところにいる、それが正規社員の二割、三割あるいは半分を超えていく、仕事のもの正社員と全く同じ、しか身分的にはいわゆる派遣社員ですから労務管理意味で言えば一般的簡単だ、あるいは賃金的な問題でも少しは安くなるとかいうことを考えると、先ほど来の直雇いあるいは正社員仕事を切り崩さないという意味で考えますと、これはやはり派遣期間の制限を設けるべきではないか

 個々の派遣される社員にとってはあるいはもっと長くいたいという人があるかもしれない。しかし、この労働市場トータルで見たときは、そういうふうに長く同じ人を置くような職種にはまさに正社員として雇うべきであって、そうでない場合には短期特殊能力を持った人を雇わなければいけないような場合限定すべきではないか。つまり業務の種類を限定するだけではなくて、その形態特に派遣期間についても限定することによってこの派遣事業野方図に広がっていくことを抑えるべきではないかと思いますが、いかがですか。」

加藤政府委員 

「確かに審議会等の場面におきましても一律に一定期間の制限を設けたらどうかというようなことについていろいろ論議もございました。そういう中で、今お話しがございましたように、派遣労働者雇用の安定を害するという問題をどう考えるか、あるいは一律に一定期間を制限しても結局ヨーロッパ運用の実情にございますように、直前に派遣を中断するというような形での再度派遣を繰り返すという面もあって制度実効確保に問題があるのではないかというような議論等もございまして、明文をもって派遣期間を一律に制限するというようなことはしていないわけでございます

 しかし、基本的に、先ほどから申し上げておりますように、これで常用労働者代替が促進されるようなことのないように運用をしなければならぬ。また、そういう観点に立って、業務指定年功序列的な形で行われているような業務は認めないとか専門的な知識経験を要しないものについては認めないとか、そういう業務限定というものでもいろいろ配慮しているわけでございます。そういう意味で、今御心配のような点については我々も代替促進にならないような配慮多角的にしていかなければならぬだろう、そういう面での運用適正化というものについて十分検討していかなければならぬだろうと思っております

(略)

「もう一つ、少し立場を変えて、派遣される労働者がどれだけちゃんとした保護をされるか、この法案の中で幾つかの点が盛り込まれています。その中に派遣先の就業条件の明示というものが入っております。よく言われるように、中間搾取があるのではないか、非常に高くなるのではないかということが言われておりますしかし、この派遣先の就業条件の明示には、多分時間自分が受け取る給料は入るかもしれないけれども、派遣先と派遣元の契約内容の中に、簡単に言えば一人派遣するのに当たってどのくらいお金が来ているのかということが当然書いてあるわけですから、そういうことがわかれば常識的な形での手数料というか適正マージンみたいなものが見えてくるのではないかとも思うわけです。そういう点で派遣契約の内容を開示するということを加えたらどうかと思いますけれども、局長はどう考えられますか。」

加藤政府委員 

労働者派遣契約の中に記載してございますことは、法で定めておりますことは最低限必要記載事項として述べておるわけでございますが、こういう派遣契約の中でそういう料金関係も当然書かれるだろうと考えております。」

「そうすると、派遣先と派遣元の派遣契約の中にはもちろん料金も書かれて、その内容は派遣労働者に対して開示されると理解していいわけですね。」

加藤政府委員 

「書かれるであろうけれども、そういうことを法律労働者に明示しるということを強制するというのは、こういう市場取引関係で行われるものについて幾らで取引したということを労働者に明示することを強制するのはなじまないだろう、こんな考え方でおります。」

しかし、たしか有料の職業紹介の場合でも、六カ月内一〇%を手数料とすることができるとされているのです。特に、こういう派遣事業場合は、先ほど来言っているように中間搾取問題が非常に心配されるわけですから、それはなじまないとかというよりは、労働行政として特にこういうものを認める場合にどちらを優先させるかであって、そういう点ではそういうやり方をとろうと思えば十分とれるのじゃないですか。つまり、どうも商慣行だとか先ほどの何かの手続になじまないからと言うが、本質的問題労働者権利をどう擁護するかが局長あるいは労働省の本来の最大の目的なわけです。その目的を達するためにどういう工夫があるかということを考えてもらわなければ、一般的になじまないからそれは仕方ありませんでは済まないと思うのです。

 それは盛り込めば公開することになるのじゃないですか。せめて給料に関して一人当たり幾ら自分が受け取れるか、その場合にいろいろな契約があると思いますけれども、例えばオペレーターが一日行ったときに対して派遣から派遣元には月五十万なら五十万来ている、それを開示するということを条件に入れれば中間搾取的なものが省かれると思いますが、重ねて聞きますけれども、そういうことを考慮されるつもりはありませんか。」

加藤政府委員 

「幾らで派遣するかということはまさに両者でいわばサービスの対価として決められる、また派遣労働者に幾ら払うかというのは労働契約上の賃金として払われるものでございまして、これは直接には関係のないものだということでございます。ただ、いろいろ御指摘の御心配になっておられる問題について、例えば事業報告書、収支決算書といったようなものについて法律上とる、ことにいたしておるわけでございまして、そういったような観点からコントロールといったもの法律上も考えておるところでございます。」

「略)つまり人材派遣というのは初めての法律ですから、そういうことも十分考慮されて、派遣される労働者がその本社には机すらなくなるわけですからある意味では労働組合すら非常に組織がしにくいわけですから、それだけに本人が自分を守れるような手だてをこの法文の中にさらに盛り込むことが必要ではないか、このことを重ねて申し上げて、きょうの私の質問を終わります

2018-04-21

anond:20180421141653

あんた、編集者に向いてないよ。

Googleドキュメントマスターしたくらいで偉そうに。

ビルゲイツは、カリグラフィー編集もやったことがなかったから、ワードには高度な編集指図機能実装されてない。はっきり言ってクソワープロだ。

からわからんかもしれないが、indesignやらframemakerやらに実装されている編集記号は、紙ベースで洗練されてきた慣行がそのまま生きている。

そうした実務知識ををわざわざ赤ペン指導してくれた上司無能呼ばわりとは、身の程知らずが過ぎる。

間内フェイクニュースやらキュレーションメディアやらやってるのが適任。

2018-04-18

anond:20180418145544

それな。

女性社会進出というのは進めないといけないけど、

ここはちょっと引っかかるけど。

本当に「進めないといけない」のだろうか。

女性社会進出もタダではないわけだし。

平成29年度の男女共同参画局の予算は8,004,105百万円。

その内訳は、

・あらゆる分野における女性活躍 154,771百万円。

  - 男性中心型労働慣行等の変革と女性活躍

- 政策方針決定過程への女性の参画拡大

- 雇用等における男女共同参画の推進と仕事生活調和

- 地域農山漁村環境分野における男女共同参画の推進

- 科学技術学術における男女共同参画の推進

安全安心暮らしの実現 2,313,840百万円

- 生涯を通じた女性健康支援

- 女性に対するあらゆる暴力の根絶

- 貧困高齢障害等により困難を抱えた女性等が安心して暮らせる環境の整備

男女共同参画社会の実現に向けた基盤の整備 5,535,250百万円

- 男女共同参画視点に立った各種制度等の整備

- 教育メディア等を通じた意識改革理解の促進

- 男女共同参画視点に立った防災復興体制確立

- 男女共同参画に関する国際的協調及び貢献


女性活躍」「女性健康支援」「女性等が安心して暮らせる環境etc...

これだけの金が、女性のためにつぎ込まれてるわけで。

ここまでしないと社会進出できない、男性と対等に立てないのなら、もう社会進出するべきではないのでは?

女性社会進出経済界要望(+フェミの大声)によるものだけれど、

人口の伸びが経済の伸びに結び付く以上、基本的社会進出をさせないイスラームの方が、最後には勝ちそう。

2018-03-29

anond:20180329205832

ストーリー上何か意味があるならそのあたりの描写を細やかにやるけど、ストーリーの本筋と無関係な所を詰めても不毛どころか蛇足わからんけど、その世界の慣習・慣行既得権益としてそうなってるとか、てめぇで勝手理由想像して、それメインの小説でも自分で書けや。

2018-02-19

anond:20180219114242

なんとなくわかってきた。お互い大分遠い分野にいるな。

そっちが挙げてきた理系分野の例は動物学とかなんだが、増田数学物理天文学地学化学分子生物あたりの理系の印象で語ってた。こっちではBook Review欄はあっても純粋教科書の評判であって専門的な議論としてはほとんど読まれてない。文系書籍事情無知だったのはすまない。

追記で書いたけどシビリアンの戦争博論書籍化だっていうのは一応評価してて、ただよくも悪くも売れてしまって一般人から評価されてしまっているのでもっと専門家からの論争がちゃんと前に出てこないと駄目なんじゃないのっていうのはある。

指摘の通り、理系では実際に関わっている人が多くてオーサーが多人数になってしま論文や、関わってる関わってないの境界線上でギフトオーサーシップ問題が除けていない(オーサー定義理系内でも分野によって慣行が違う複雑な問題)ということもあって、人の実績を眺める時どうしても割り引いていく思考になってしまう。コネ採用を当てにするんでなければ、これは確実にこの人の成果だねっていう目に見える業績が欲しいところ。査読なしや日本語発表はあったとしてもこれ評価されないよなって諦めながら実績欄に書く。ショボいって煽ったのはよくなかったかもしれんが、元増田もそこで三浦ダメだって決めつけてはいなくて(上の教授には大事にされてるんだし)、最後の行で実際の学会の評判どうなのよ?って知ってる人に疑問を投げかけたつもり。ブコメちょっと拡大解釈して三浦をディスってる人もいるけどそこら辺は元増田責任を持たないし、自分テレビ解説する学者としての能力があると示すのは三浦説明責任


文系に関しては外国研究とかはあまり視野になかった。自分日本文系で二流分野って評判を聞いてたのも、主に経済学とかであとは社会学系(あまり各国の文化に根ざさないやつ)の知り合いからだし。

文学外国研究に関しては各国の大学自国語で教える意義も大きいし、各国が独自コミュニティ多様性のある研究をする意味もあるのだろう。哲学理系元増田もよくわからん。活発に議論したいなら翻訳頑張れってところだろうか。最近文学系は国から予算削減や学部再編の風当たりが強いようなので当たってなくても流れ弾に敏感になるのもわかる気がする。


国際政治学」に関してはどうだろうか?ここまで議論してわかったが英語論文を書くべきかを決めるのは理系文系かじゃなくて、グローバルなつの学会形成すべき分野か否かってことだと思う。グローバル化効率化に繋がるが一方でローカルの軽視につながる。自然科学世界は一つでなければならない。日本アメリカ物理法則が違ったら困る。日本語研究重要性を説く文系増田だって理系もっと日本語論文を出すことに意味があるとは思っていないだろう。

テーマにもよるが経済学国際関係世界的な一般性を持つ話題だし、国民からもそういった研究が望まれていると思う。日本語で高みを目指してはいけない理由はないと言えば聞こえはいいが、高みに至る勝算がないなら結果は世界から無視されるだけだ。そういった分野は日本語固執してはいけないと思う。

あと単純な利便性。これは日本学会世界で有力になるのとは別の問題。喩えるなら日本常任理事国を目指すことには世界メリットもあるだろうが、日本語国連公用語を目指すと言ったら他の国に迷惑から止めろというべきだろう。

anond:20180219070454

なるべく多くの人に見てもらって情報、反応、反論等欲しかったので煽り気味に書いてるところはある。そこが気に障ったのならすまん。

まあ私の文章煽りや売り言葉に買い言葉がないとは言わないのでそこはお互い様ということで。仲良くマサカリ投げあいましょう。

あくま自分見方を紹介しているだけで理系のやることが全て正しいとも思ってない。ただ理系では日本が一流研究をしていると誇る分野が数多くある一方で、文系の多くの分野で全体としては日本学会は二流という嘆きが聞かれるのも確かだ(もちろんどんな分野にも日本人の一流研究者はいるだろうが)。

これ[要出典]ってタグ貼るべきところ? 私は最初増田anond:20180217012945)で(1つだけだけど)実例挙げたし、体験談ベースの話でよければ私の見た限りでは日本外国研究ってけっこうレベル高いと思うんだけど。外国語に訳されても遜色ないモノグラフがたくさん出てる。

理系では著書でオリジナル発見研究成果を発表する奴はまずいない。いるとしたらほぼトンデモだと思って間違いない。文系増田が挙げてる怪しい医学博士とか。

文系では違うのか。正直文系ガチ研究書は見たことがない。三浦瑠麗の著書も調べてみたが、タイトルや値段を見る限り一般向けだろう。大学書籍部や図書館を探せばあったんだろうか。ただ(博士論文出版等は除いて)著書で最新の研究を発表するというやり方は、どの部分に新規性があるのかの表明や議論双方向性等に問題がないのだろうか?新規研究成果なら第三者査読を経て論文にするのが正統なように思えるが。数学証明のように検証可能性が極めて高ければホームページで発表とかでもいいんだろうけど。

そこからか。何のために研究雑誌Book Review欄があると思ってるんだ……(和文だろうが欧文だろうがたいていのメジャー学術雑誌にはBook Review欄はあるし、場合によっては書評査読がつくよ)。ていうか普通、序章とか第1章とかで先行研究の整理をするし(一般向けも混在するレーベルだと編集に嫌がられることもあるらしいけど)、そこで自分オリジナリティについても言及するよな。

あくまで一例だけど、先日出た研究書の目次はこんな感じ→http://www.unp.or.jp/ISBN/ISBN978-4-8158-0871-6.html適当なUniversity PressのHPを開いて適当新刊をチョイスしただけなので、内容については何も言わないし、言えない。なぜなら私は読んでないからだ。あくまで「ちゃんと章立てに先行研究って入ってるでしょ」というサンプルとして受け取ってほしい。目次で明示されてないだけでちゃんと先行研究の整理をしている本もあるので気をつけて。それはそれとして面白そうな研究だと思うんで余裕があったら読んでみたい)。

駄目な研究は本として出版したってロクに引用されずにアカデミアから消えていくだろうし(もちろんあまりマニアックすぎて引用するひとがいないという悲しい状況も有り得るのだがそういう場合学術雑誌書評でちゃんと良い研究ですよって言われてるからな。おべっか書評がないとは言わないけど、むっちゃ辛辣書評も見かける)、まともな研究書なら議論典拠は明示してあるんだから議論双方向性に問題はないでしょ。

三浦瑠麗の著書、内容(https://www.iwanami.co.jp/book/b261983.html)を見る限りでは研究書ということでいいと思うけど。文系は割と凝ったタイトルつけるひと多いかタイトルだけで研究書じゃないと即断することはできないし(『想像の共同体――ナショナリズム起源流行』も『〈日本人〉の境界――沖縄アイヌ台湾朝鮮 植民地支配から復帰運動まで』も立派な研究書です)、値段についても、うちの分野の研究書の半額くらいの値段で売れて羨ましい限りと思うけど、それが研究であることを否定する材料にはならない(ていうか一般書だとしたら3000円以上ってクソ高では)。国際政治学一般理論みたいに需要がある分野ならそれなりに廉価でも採算取れるよね。研究書は別に専業研究者けが読むものではないので、政治学者以外の教養人にも売れそうだと判断たらこのお値段になるのは別に不思議じゃない(逆にマイナー分野では……お察し下さい。売れない→高い→売れない→高いの悪循環でございます学術成果刊行助成でなんとか刊行できてる研究がたくさんあるんだよなぁ)。気が向いたら図書館で実物見てみるわ。

何度も言うけど、中身は知らない。ひょっとしたらダメダメな内容かもしれない。でもそれは、査読通ったちゃんとした学術論文でも中身がショボかったりオリジナリティ希薄だったりすることがありうるのと同じで、ダメダメから研究業績にカウントされないということにはならない。たとえそれがサラミ論文であったとしても、英語で書かれた査読つき論文だったらそれは業績としてカウントされるべきだよね。公募採用されたり学術界で優れた研究者として認知されるためには内容が優れてないといけないし、こんなサラミ論文しか書いてないやつがなんで○○大の講師なんだ! という批判はされていいと思うけど、それはあくまで内容を見た上での話であって、形式だけを見て業績じゃないと言うことはできないはず。今回の元増田批判が内容を見た上での話なら『シビリアンの戦争』を未読の私は何も言ってないし言う資格がないけど、理系増田も読んでなくて、ここではあくま形式の話をしてるんだよね。形式の話をするなら彼女学術業績としてカウントされるべき本を書いていますしか言いようがない。

一般論からすると著書はオリジナル研究業績であり得るが、逆も然りで著書は必ずしもオリジナル研究業績とはみなされないというべきなのでは。門外漢は著書数もオリジナル業績数とみなせという主張は言い過ぎだろう。

「著書はオリジナル研究業績(でありうる)」「研究書は立派なオリジナル研究成果」と私は書いてるよね? それで前段へのアンサーになってると思うし(そのうしろでちゃんと「一般向けの本」と「研究書」を分けて記述してるよな)、そもそも私は最初増田anond:20180217012945)で「新書2冊はおいといて」って書いてるので、“すべての著書”がオリジナル研究業績なんて端から主張してないってことは読めばわかってもらえると思ってたんだけど(オリジナル研究書籍化したものを「研究書」と呼ぶわけだから、“すべての研究書”はもちろんオリジナル研究業績です。一方で著書のすべてが研究書というわけではないので、“すべての著書”が研究業績というわけではありません。こう書けばわかるかな?)。

後段、著書はオリジナル学術業績とはみなされないという理系ローカルルール持ち出して他人を業績が少ないと批判する方が言い過ぎでは。いやもちろん他分野の常識に詳しくあらねばならない必然性はないけど、他人を「業績が少ない」と批判する以上は他分野の「業績」の基準も知っておくべき、って、そんな無茶な主張? 文学でも歴史学でも政治学でも社会学でも教育学でも文化人類学でも哲学でも法学でも、おおよそメジャー文系研究分野ではだいたい研究書はオリジナル研究業績としてカウントされるんだから(これは英語圏でも変わらないと思うよ。少なくとも私の専門分野や隣接分野では英語だろうがフランス語だろうがドイツ語だろうが韓国語だろうが研究書はオリジナル研究業績です)、文系からするとその常識通用しない方が非常識ですよ。理系ローカルルール勝手学術界の一般ルール敷衍するのやめてもらえます

院生だろうが単著論文を発表するのがふつうの分野の人間からすると、理系では指導教授論文の著者に名前を連ねるのか、変わった慣行だなぁ、って思うけど、それは理系慣行なんだなとして受け止めてるし、この研究者自分学生論文名前を連ねて論文数稼ぎしてる! なんて主張しないよ(もちろんギフトオーサーシップ批判されるべきだけど、理系では自分指導してる学生論文の共著者になるのはギフトオーサーシップではないんだよね? このへん詳しくないので間違ってたらごめん)。分野が違うと業績のカウントの仕方も違うんだなぁ、って受け取っておけばいいじゃない。

その上で現在日本語地位が低い分野や日本語でやる意義がまるでない分野まで、日本語で最新の論文を書いてもよい、あるいは日本語地位を高めていこうなんていう理由がよくわからない。例えば挙げてくれた西洋古代史の最新論文日本語で書くことに何の意味がある?日本全然関係ないのに?解説書や教科書は別だ。日本語で多くの人が学べることには意味がある。でも論文なのだとしたら欧米研究者が読まなければ学問進歩に乗らないんだからただの自己満足だろう。アマチュア研究者だとしたらそれでもいいんだが、大学研究者プロだろう。国から研究費貰って英語が中心の分野で日本語しか書かないのは国民が納得しないだろうから税金泥棒しか言えない。

将来英語が中心じゃなくなることもありうるだろうという論を挙げているがそれは詭弁だ。理系だってラテン語から現代語への変化やドイツ語フランス語凋落を経ているが、最新の論文を主流の言語で書かない理由はない。(欧米科学力を中国が圧倒的に上回ることは考えにくいが)将来中国語になるんだとしたらそれもいいだろう。もし仮に日本がその学問分野で覇権国家になるプランがあってそのためのリソースを投じているっていうなら別だけど、そうじゃないなら英語に圧倒的に負けてる分野はさっさと降伏して英語ベースにしたほうが世界中学者のためになるし日本人世界に認められる学問的成果をあげるためにも効率的だと思うんだけど。国際政治学についていえば英語圏研究が中心だという知識増田にもあって、反米主義だったり日本世界覇権を夢見ていたりといった特殊思想的背景があるわけでもない研究者英語論文を書かないのだとしたら、怠慢あるいは研究先進性の不足の誹りを免れないであろう。

これ最初にも書いたけど、主要国のアカデミアでは文系研究の多くの部分を自分の国の言語でやってます。たとえそれが自分たちとは縁遠い地域のことだとしてもね。日本語英語以外の言語で書かれた日本学論文なんて日本人研究者はあまり読まないんじゃないかと思うけど、たとえばポーランド人ポーランド語日本学論文書いてるし(https://ci.nii.ac.jp/naid/120006355425。ちなみに、このポーランド人みたいに、日本人外国研究者がその国の言葉日本での研究状況を紹介するっていうのは既にあちこちでやられてます)、それは日本アカデミアで読まれていないとしても日本学の発展に寄与ポーランドアカデミアを豊かにしていて、仮にポーランドで極めてオリジナリティが高い研究が出てきたら日本人日本学者も何らかの方法でそれを読まないといけないだろうと思うわけですよ(別に自分で読む必要はない。他人に読んでもらえばいいんだから翻訳ってそういうことだよね)。ポーランドアカデミアは当然ポーランド固有の問題意識を持っているし、その土壌から日本にはない新鮮な日本観が生まれてくるかもしれない、という点で、色々な国のアカデミアがそれなりに独自の発達を遂げていることは重要だと思うけれども。

当たり前だけど西洋古代史の論文日本語で書いてあっても最新の研究動向は反映されているわけ。書いてるひとは西洋諸言語読めるわけだしね。向こうがそれを読めない、または読もうとしないからといって先進性がないわけではない。読まれる/読まれないという尺度研究先進である先進的でないという尺度は別だよね? 混同すべきじゃない。そこにはちゃんと研究蓄積というもの存在しているんだよ。明治期以来、主要文系分野では日本語の分厚い研究蓄積がある。もちろんそこには西洋猿真似だったり「横のものを縦にした」だけの研究もたくさんあるかもしれないけど、それらは日本アカデミアを間違いなく豊かで質の高いものにしてきたと思う。

で、哲学の本場はドイツとかフランスとかイギリスとかだと思うけど(イメージ貧困すぎたらごめん。正直哲学のことはよくわからないんだ……)、日本人哲学者が優れた哲学書を発表すればそれはちゃんと英訳されてオックスフォード大学出版から出版されていたりするのね(https://en.wikipedia.org/wiki/Kojin_Karatani)。これは日本語圏で外国人に読まれない研究を積み上げていても、良いものを書けば「日本研究者面白いことやってんじゃん。翻訳して読んでみようぜ」ってなる実例なんじゃないかと。

根本的な話をするなら、「国際政治学」という分野の標準言語英語である必然性はどこにもないわけだよね。それは英語圏で優れた研究が積み上げられてきた帰結であって、英語圏の人が自分たち言語研究成果を積み上げた結果それが参照されるべき言語になっているだけの話。要するに彼らは先行者利益を得ているわけ。現代思想の分野でフランス語大手を振って歩いているのも、フーコーやその他の人たちがフランス語で優れた成果を書いてきて、それが受け入れられてきたか英語日本語フランス語の文献が訳されまくっているという現状がある。日本語がこの高みを目指してはいけない理由はないよね。

私はここまで書いてきたような理由日本語論文を書くのも重要営為だと思う(加えて、執筆言語自国であることは東アジア欧米の主要国の文系アカデミアとしての標準に則っているので、ことさら日本アカデミアだけが批判される謂れはないよな、とも思う)。ただ理系増田がそれにどうしても同意できないなら、それを説得する言葉を私は持たないなぁ、とも思う。私の論拠はだいたい言い尽くしたので、執筆言語問題についてこれ以上理系増田に答えようとは思わない。なんと言って終わらせればいいかからないけど、とりあえず、お互い研究頑張りましょう。

2018-02-14

アマゾンアップル等を分割すべき、という記事翻訳 (続き)

https://anond.hatelabo.jp/20180214155553文字数制限?に引っかかってしまったのか途中で切れたので続きです。

「003: アメリカ政府より強力」~「005:ジェダイマインドトリック」の前まで

続きはhttps://anond.hatelabo.jp/20180214161344

003: アメリカ政府よりも強力

巨大テクノロジーに屈服してしまったのは連邦政府だけではない。アマゾンの第二本部への入札の一貫として、州とシカゴ市役人アマゾンに13億ドルの給与税を免除し、そのお金をアマゾンが適切と考えるやり方で使えるようにすることを提案した。すばらしい。シカゴ徴税権をアマゾンに渡してしまい、シアトル企業シカゴの住民に最適な方法でお金を使用してくれることを期待しているわけだ。

政府の服従それからひどくなるばかりだ。もしあなたアイスキャンディーを作って子どもたちに売ろうと思えば、高額な食品医薬品局のテストを無数に受け、また原料・カロリー・糖分を表示した完璧なラベルをつけなければならない。しかし、インスタグラムユーザー同意書にどんな注意書きが書いてあるだろう。我々はソーシャルメディアプラットフォームティーンエイジャーの抑うつ状況を悪化させていることを示す大量の研究存在を知っている。自分自身に問いかけてみよう。もしアイスクリーム子どもたちを自殺させやすくしているとしたら、我々はドレイヤーズのCEOがシリコンバレーのディナーで大統領の隣に座るのを肩をすくめるだけで見過ごすだろうか。

こうしたソーシャルメディアプロダクトがタバコと同様の中毒媒介システムであることを信じない人は、7才の子からiPadを取り上げようとして、自分の殺人計画を告げるような視線で見られるといった経験がないのだろう。この手のプラットフォーム中毒性を信じないなら、どうしてアメリカティーンエイジャーが一日平均5時間インターネットにつながったスクリーンに張り付いているのか、その理由自分で考えてみればいい。ソーシャルメディアが与えてくれる様々なご褒美のせいで、我々はまるでスロットマシーンの前にいるように自分の通知をチェックさせられ続ける。子供や十代の少年少女はこうしたプラットフォームがもたらすドーパミンの欲望にとくに影響を受けやすいという研究もある。多くのテクノロジー企業幹部自分の子供にはこうしたデバイスを触れさせないと公言しているのも不思議ではない。

以上のような問題は全て正当な懸念だ。しかしこれらの理由のどれ一つとして、あるいはこれら全てを集めたとしても巨大企業の分割を正当化する理由としては足りない。これから述べるのが、私が信じる四大企業を分割すべき理由だ。

004:トラストを分割すべき理由
経済目的

ヴァンダービルト大学ロースクール教授であるガネシュ・シタラマンの主張は、アメリカには中産階級必要であり、我々の代表民主制が上手く機能するために富がバランスよく分配されるよう、憲法デザインされているというというものだ。富めるものがあまりにも多くの力を持ってしまえば、寡頭政治につながる。だからアメリカ民主主義という舟を安定させるためには中産階級が舵にならなければならないのだ。

経済とそのキーとなる主体である会社の基本的目的は、中産階級を作り出し維持することであると私は信じている。1941年から2000年にかけてアメリカ中産階級世界の歴史においてもっとも優れた「善」の担い手だった。アメリカ中産階級は正しい戦争に資金を提供し、戦い、勝利した。高齢者の世話をし、ポリオ治療にお金を出し、人類を月に送り、世界の他の国に対して、自分たちモデルとなって、消費とイノベーション社会経済改革するエンジンになりうることを示したのだ。

経済の上向きのスパイラルは家庭と企業の間での循環に依存している。家庭が資源労働を提供し、企業がモノと仕事を提供する。競争は発明と優れた製品(ハッピーアワーリアビューカメラetc.)を提供するモチベーションとなり、車輪はいつまでも回り続ける。巨大企業ステークホルダーに対して莫大な価値を作り出す。それなのにどうして私たちの目の前で、歴史上初めて、他の国の中産階級が成長しているのに自分たちの国の中産階級が没落するという事態が起きているのだろう。経済中産階級中産階級が育む社会の安定を維持するためのものであるならば、我々の経済は失敗してしまっているということだ。

過去30年でアメリカ生産性が大幅に向上したのは間違いない。アメリカ消費者があらゆるレベル自由主義社会の羨望の的になったことを否定することはできない。しか生産性の拡大と消費者地位の向上の結果作り出されたのは、高給の雇用経済の安定をすばらしい電話と1時間以内に配達されるココナツウォーターと交換してしまうようなディストピアだった。

どうしてこんなことが起こったんだろうか。2000年代になってから企業投資家が夢中になったのは人間をテクノロジーで置き換えることによって急速な成長と利益の急拡大を可能にしてくれるような企業だった。こうして作り出された巨額の富が安価資本を引きつけ、他のセクター脆弱になった。古い経済に依存する企業と巣立ったばかりのスタートアップには何の希望もなかった。

結果として出来たのは企業にとっても人々にとっても勝者総取り経済だった。社会イノベーション経済の側(領主)とそうでない側(農奴)の二つに分かれてしまった。一つの素晴らしいアイデアがウン億のベンチャーキャピタルを集める一方で、普通の人、あるいはただ幸運でなかった人々(私たちのほとんどだ)は退職後の貯金をするためにもっともっと働かなくてはならなくなった。

億万長者になるのが過去に比べて簡単になったり難しくなったというわけではない。痛いほど明らかなのは過去30年で見えない手が行ってきたのが中産階級を締め上げることだった、という事実だ。30歳の人間がその両親が30才だったころに比べて貧しくなったのは大恐慌以来始めてだ。

何か手を打つべなのだろうか。こうしたイノベーションアイコンたちが、経済の調子を保つための一時的撹乱を行っているだけだとしたらどうしよう。トンネルの向こうではより強い経済と高給が待っているという見込みはないんだろうか。しかしこんなことがありえないという証拠はすでにある。事実、二極化は勢いを増しているように見える。これは我々の社会に対する最大の脅威だ。これが自分たちの住んでいる世界なのだから仕方ないという人も多いだろう。でもその世界私たち自身が作り出したものではないのだろうか。百万人の百万長者を生み出すことからひとりの一兆長者を生み出すことに、私たち意図的アメリカの使命を変えててしまったのだ。アレクサ、これって良いことなのかね?

マーケットは失敗してる、どこでも

今まさに我々は劇的なマーケットの失敗の只中にある。そこでは政府が巨大テクノロジー企業への大衆の熱狂によって黙らされてしまっている。頑丈なマーケット効率的で強力だが、グランドに定期的に入って旗をあげ、チームを動かすレフェリーなしではフットボールゲームが成立しないように、枷のない資本主義私たちにもたらしたのは気候変動、抵当危機、そしてアメリカ医療保険だ。

独占はそれ自体常に違法だったり望ましくないものだったりするというわけではない。単一企業投資を行い、安価サービスを行うのが合理的であるところでは、自然な独占が存在する。しかしこの場合トレードオフとして厳しい規制が伴う。フロリダ電力は1000万人にサービスを提供し、親会社であるネクストエラ・エナジー時価総額720億ドルだが、その価格とサービス基準市民受託された人々によって規制されている。

対象的に四大企業は厳しい規制なしに独占「的」な権力を維持しおおせている。私が彼らの力を「独占『的』」と表現したのは、アップルだけは例外かもしれないが、彼らがほとんどの経済学者が独占の核心だと考える、顧客向け価格の釣り上げを行ってはいないからだ。

しかし、四大企業は我々が本能的に感じる大きな政府への反感を見事に利用し、競争が――私有財産賃金労働自発的な交換、価格システムと同様に――資本主義エンジンの不可欠なシリンダーであることを忘れさせてしまっている。彼ら四大企業サイズの巨大さに加えてチェックを受けない権力によって競争市場は抑圧され、経済本来目的を果たすことも阻害されてしまっている。つまり、活力ある中産階級を作り出す、という目的だ。

空気の供給

どうしてこんなことが起きるのだろう。1990年代マイクロソフトがどうやってネットスケープの息の根をとめたかを思い出すのは有用だ。はじまりは何の問題もなかった。ある会社が優れた製品(ウィンドウズ)を作り出して、それがセクター全体へのポータルになった。今であればプラットフォームと呼ばれるだろうものだ。その成長を維持するため、その会社はそのポータルを自社製品(Internet Explorer)の方向に向け、パートナー(Dell)をいじめ競争シャットアウトした。ネットスケープブラウザの方がより人気で90%のシェアを得ていたとはいえ、マイクロソフト意図的インターネットエクスプローラーを援助しているのでは勝ち目はなかった。

同じ状況は四大企業ではどこでも起こっている。グーグルが上手くマネタイズできるよう、検索結果の最初のページがゆっくり支配されていくことや、iPhoneの画面上の準標準プロダクト(アップルミュージック等)、強豪相手(Snap)を邪魔し、叩きのめせるよう会社(フェイスブック)の持てる全ての資源を按配すること、他の会社がとても競合できないような要求水準の設定と攻撃的な価格設定(アマゾン)。

(不)自然な独占

しかしたら消費者にとってもこういった「自然な」独占の方が都合が良いのかもしれない。しか司法省の考え方は違ったようだ。1998年に、連邦政府マイクロソフト相手に訴訟を起こし、反競争的な慣行を非難した。裁判を傍聴していた人が報告するところによると、マイクロソフト幹部インターネットエクスプローラーをタダで提供することで「ネットスケープ空気の供給を断」ちたかったと証言したのだそうだ。

1999年11月に、ある地方裁判所ではマイクロソフト反トラスト法に違反しており、会社を二つに分割することを命じるという判決が出た(一つはウィンドウズを売り、もう一つはウィンドウズ用のアプリケーションを売る)。会社分割の命令高等裁判所却下されたが、マイクロソフトは会社の独占的な慣行を抑えることで最終的に政府と和解に達した。

和解内容に対して甘すぎるという批判もあったが、司法省があの時マイクロソフトを有望新進企業を芽のうちに潰してしまうという罪状で警告することがなかったら、今のグーグル――今や7700億の市場価値があり、自由市場の信奉者にとっての希望の的だ――が存在しえたかどうか、考えてみる価値はある。反トラスト法がなければ、マイクロソフトマーケットの独占を利用して、ちょうどウィンドウズによってネットスケープ安楽死させてしまったように、グーグルよりもBingを使わせるよう仕向けていただろう。

司法省マイクロソフトに対する訴訟が、マーケットに新鮮な酸素を送り込むという点で最も大きな効果を持った例であることは確かだ。株価にして何兆円ものドルを解き放ったのだから。四大企業による力の独占は、酸素不足のマーケットを作り出してしまった。私は何十回も小さな会社によるベンチャーキャピタル向けプレゼンを聞いたことがあるが、そこで説明される内容はどこでも、いつでも同じだ。「四大企業とは直接戦えませんが、四大企業の買収先としては素晴らしい会社になれます」。その細い針の眼を通すことが出来なければ、会社はその幼少期を生き抜くために必要酸素(資本)を絶たれてしまう。IPOもベンチャーキャピタル資金提供を受けた企業の数も過去数年で着実に減少している。

かつて「悪の帝国」そのものだったマイクロソフトと違い、グーグルアップルフェイスブックアマゾンは巧妙なPRを洗練されたロビイング――オプラ・ウィンフリーコーク兄弟をかけ合わせたようなものだ――と組み合わせて、マイクロソフトに課されたような批判からほとんど逃れおおせている(https://anond.hatelabo.jp/20180214161344に続く)

2018-01-20

シリーズ不寛容社会』0001 日本人が「ネットバッシング」を止められない理由に「日本人が元来持つ特性」があった

 日々、ネット世界悪人が仕立てあげられ、ネットバッシングネットリンチが繰り広げられている。確かに、叩かれるほうには否があり、叩くほうの意見に理がある場合が少なくない。しかし、バッシングが開始され、その流れが定まってしまうと、にわか大勢が参加し、過激さが加速度的に増していくさまは、脅威を感じるときすらある。

 『他人非難してばかりいる人たち バッシングいじめネット私刑』(岩波 明/幻冬舎)は、こういったネット住民たちの多くは一見正義派」を装っているが、目的他人を徹底的に糾弾し、傷つけ、ひねりつぶすことにあるという。

そうだとすると、なぜ、「バッシングすること自体自己目的化したバッシング」が横行しているのだろうか。本書によると、これには「世界が小さくなっていること」と「社会の変化」、そして「日本人が元来持つ特性」が関係しているという。

 まず、「世界が小さくなっている」というのは、インターネットSNSが大きな役割果たしている。“隣人”の範囲が広がりつつあると共に、個人秘密を保つことが難しくなってきている。

新しいデバイスを得たことで容易に他人の弱みにアクセスし、付け込むことができるようになった。また、匿名性が声を過激にしている。

 「社会の変化」については、社会で「コンプライアンス」が重視されるようになってきたことを挙げている。昨今の「クレーマー」は、“普通の人”や“善人”が豹変する特徴があるといわれる。

なぜか。内面的には「他人を許せない」「非難せずにはいられない」という不寛容日本人が増えてきているからだ。背景にあるのが、社会の「コンプライアンス重視」らしい。

 社会で「透明化」が推奨され、会社などで「コンプライアンス」が強調されることを、マジメな日本人は表向き良しとしている。一方で、「コンプライアンス」によって、これまでの慣行が突如「悪」として否定されることがしばしば起きている。

コンプライアンスを遵守するということは、不自由煩雑手続きを伴うということだ。ルールが細かく決まっているほど、余裕がない現場では「違反」も生じやすくなる。もちろん、コンプライアンスは遵守すべきだが、「違反」が発覚したとき他者は「自分は守っているのに」という抑圧された気持ち反動で、バッシングの火を過剰なまでに燃え上がらせる、というのだ。

 「日本人が元来持つ特性」とは、「差異に敏感」なこと。日本という島国の“閉鎖的空間”が培ったものだという。

閉鎖的な空間ではしぜんと同質集団形成され、「微妙差異に敏感」になる。たとえば、多様な民族宗教的背景を内部に持つアメリカに比べると、同質集団である日本には大きな「安心感」があるが、バックボーン価値観が似たようなものになりやすいため、すこしの異質でも排除しようとする働きが起きるのだ。

「アイツはどこか浮いている」「同期で能力はたいして差がないはずなのに、アイツだけ出世した」「あのガンダム作品好きが気に食わない」など、学校職場とかで生じる「妬み」や「憎悪」が「イジメ」や「ハラスメント」に発展しやすいのも、この日本人特性と深く結びついている、と分析している。

 以上の3つの要因が複雑に絡み合い、「ルサンチマン(常日頃から感じている悔しい思いやねたみの気持ち)」を抱えやす日本人は、攻撃できるはけ口を見つけると、ボルテージが一気に増幅。日常は抑えている攻撃的な衝動があらわになる、というわけである

 バッシングをすることによって、物質的な利益を得られるわけではない。むしろ、相当の時間エネルギーを消費してしまう。非合理的な行動なのだ

本書によると、そもそも人の行動の多くは、合理性よりも「快、不快」あるいは「好き、嫌い」の感情で左右されるものだという。攻撃的で不寛容な人たちは、自らの感情に忠実な人たちという側面も併せ持つ。

 閉ざされた狭い島国において、似たような顔をしたものどうしがお互いを監視しつつ、ほんのすこしの差異のために競い合い、憎みそねみ合っている。

私たち日本人は、こういった状況を世界的にみて特別だと気づくこと、特殊だと認めることから始めるべきではないか、と投げかけている。

https://anond.hatelabo.jp/20180120162858

https://ddnavi.com/news/270886/a/

また普段相撲を見もしない奴等が的外れコメントしてる

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/news.yahoo.co.jp/byline/yamadajun/20180119-00080643/

fukken ガチでの勝負を前提として、球場故障もっと寛容になればいいだけの話。なんで八百長を許容するって話になるんだよ。八百長など、競技としても神事としてもまずかろう。

2018/01/20

休場や故障に寛容になったって壊れた身体は戻らねえよ。

つか故障に寛容ってなんだよ。現状でも寛容だよ。みんなサポーター巻いて出てきてるだろ。

競技なら八百長はマズイだろ」はおっしゃる通り。

だが神事八百長の何がまずいんだ?神事なんて多くは演劇だが。

豊穣の神とか疫病神とかと取っ組み合いする神事は珍しくないよね。

故障に寛容wになったって15日連続ガチでやればどんどん怪我人が出る。

はてな民はどうもハード運動部経験者とかが少ないんじゃないだろうか。

からいいこと言ってるつもりで「故障に寛容になる」とか意味不明方針が出て来る。

まともな対策場所数を減らす事だ。収入減っちゃうけどな。


diabah_blue ガチンコ危険と言うなら、危険でなくなるようにルールとして明文化すればよい。フェンシングの剣が真剣でないからつまらいかと言えば、そうではないと感じる。

2018/01/20

これマジで酷くない?

冗談で言ってるんじゃないんだもん。

相撲のような身体をフルにぶつけ合う種目とフェンシングのような相手身体に直接触れない種目を比べてどうする?

レスリング柔道ラグビーアメフト、みんなフェンシングより怪我が多いよ。調べないけど調べるまでもないことだ。

これほとんど「相撲将棋に比べて怪我が多い、将棋みたいにルールを整備しないからだ」って言ってるのと発言馬鹿度は変わらないからな?


いつものことだけど、こういうのを1人が言ってるならいいんだよ。酒飲みながらコメントしたとか睡眠不足コメントしたとか一瞬脳の血管詰まってたとか色々あると思う。でも大勢が星を付けて人気コメントになるのはどうなんだ?全員酔っ払ってるの?

相撲をどうルール整備したら相撲の形を保ちながらフェンシング並みに怪我が減るのかおしえてくれ。

具体的に言ってみなよそのすっごいアイデアを。

きっとそのすごいアイデアレスリング柔道にも応用して怪我を劇的に減らせるはずだ。

言ってくれよさあさあ。

n-styles とりあえず土俵の周りにフワフワのエアクッションでも置いたらどうか。どう考えてもいきなり転落するの危ないし、土俵の外いじって安全策講じても競技性や伝統に大した影響ないでしょ。

2018/01/20 リンク Add Startamtam321hugie

こいつの言ってることならわかるわ。

ルールじゃなくて設備を変えるってこと。

ただすごいみっともなくなるので相撲では出来ないだろうな。

あと勘違いされがちだが、殆どの怪我は土俵の下に落ちたところで怪我するわけじゃないか

相撲を取ってること自体が腰や膝に飛んでもない負担がかかるんだよ。

あと20代前半からみんな糖尿病だしね。

相撲部屋には注射器は珍しくない。

シャブじゃねえよ? インスリン打ってんだ。

junmk2 とうとう八百長擁護まで出てきたよw 伝統腐り過ぎw

2018/01/20

相撲八百長は大昔から伝統だよ。

昔なんて「無気力相撲はやめましょう」って注意が公然協会から出てたの覚えてないかな。

相撲知らない人達は覚えてるもくそもないわな。

勝ち越し負け越し決まったあとの取り組みは平然と流す力士が多くて、

あんまりこれ見よがしに流すな」って注意されたんだよ。

勝つ気がないの明らかな相撲を取る力士がいて、テレビでも流れてたよ。

相手が7勝7敗で自分にとっては重要じゃない取組のときあんまり本気でやるのは「行儀が悪い」って言われてた時代もあった。

プロ野球でも勝ちが決まってる大差で盗塁とかしたらキレられるだろ。しらねーか。

プロ野球は純競技なんだから半神事の相撲八百長よりよっぽどまずい筈だがまかりとおってる慣行だ。

新人選手が大差勝利試合盗塁したら相手チームの監督マスメディア相手に「大変なことやと思うよ」って怒りを表明するぐらいには堂々とやってる。

afurikamaimai 言い分は分からなくもない。ただ「八百長や星のやり取りはない」って言って裁判まで起こして異論潰して回ってたのはまさに大相撲なわけで。後ろから相撲を撃ってることになるんじゃないかな。

2018/01/19

お前等みたいなにわかじゃない普通ファンはみんな知ってる。

相撲には八百長があるし、相撲八百長はい八百長

公式には絶対認められないだけでな。

あと八百長だんだん箍が外れるから

たまに問題にされて処分者が出るのはいいこと。

それが角界なりの自浄作用

相撲ファンはみんなそこまでわかって納得してる。

お前等がなんにも知らずに頓珍漢な事言ってるだけ。

toitoihoh プロレス台本ありのエンターテイメントである代償に、競技としての格闘技を見たい客を呼べないという対価を払っている。だが大相撲はその対価を払っていない。ならば八百長相撲で許される理由は、ない。

2018/01/20

プロレスほどの台本はねえよ。

相撲八百長度・競技としての不純度は日本の腐りはてた格闘技全般、K1やらRIZINやらと同じぐらいだ。いや、あれよりはマシだな。

まり八百長っていうと0か1か・全部取り決めか全部真剣勝負かだと思ってる、この程度の理解馬鹿が知った口を叩くなと。

no9875 ガチンコじゃないなら愛想や体格のいい日本人横綱が常に2〜3人いるように調整してもいいのに、若貴以降ハワイモンゴル出身ばかり横綱になったのはなぜ?伝統という面でもいまいち意味不明なんですが。

2018/01/20

いい質問ですね!

知らないなりにしったかぶったりせずに素朴に疑問を書くなら親切に教えちゃうよ。

相撲八百長基本的に実力を背景とするの。

安定して勝ち越せる人がいて、例えば11勝4敗出来るとするじゃん?

優勝狙えるほどじゃない。でも勝ち越しラインの8勝から3つも星が余ってる。

これを売ってあげるわけ。

何かが懸かってる人にね。

たとえば負け越しピンチから助けて欲しい人。

ただ、星を買う側だって自力で4勝しか出来ないから星を4つ買います」ってわけにはいかない。

自力でも勝ち越せるぐらいの人が、調子悪い場所で終盤に保険で星を買うのよ。

エスポワール号みたいだろ?

疲れも出てる場所終盤で勝ち越し負け越し賭けて全力相撲なんかしたら怪我が増えるじゃん。

相手だってそこで全力でやるほど人情がないわけじゃないし死に物狂いを相手にして怪我したくない。

なら「貸しひとつな」ってことになる。売り買いってより貸し借りなんだよな。金が媒介すること「も」あるだけ。

要は互助会みたいなもんだよ。

はてな民の好きなやつだよ。従業員同士で苦しいとき助け合いをしてるんだ。

安定した互助会大関トップに発生しやすい。

かつて〇皇は互助会会長と呼ばれてたしクンロク大関賞賛されてた。

大関を張るに確かな実力がありつつ星の貸し借り仕切ってる人の安定した成績が9勝6敗。

「さすがの会長、今場所も貫禄のクンロク」「今場所は10勝5敗、乱れが見えた」つって互助会見るの好きな相撲ファンは喜んでたもんだ。


質問に戻るけど

愛想や体格のいい日本人横綱が常に2〜3人いるように調整してもいいのに、

これの答えはもうわかったよね。

八百長は実力足りない奴が上にいく為のシステムではないから」。

イケメンだけど実力がないっていうカカシみたいな奴を横綱に出来るわけではないの。

若貴以降ハワイモンゴル出身ばかり横綱になったのはなぜ?

八百長全盛期は千代の富士時代でさ。

もちろん千代の富士は強かったけど八百長も相当やってたよ。

から長持ちしたの。

もちろん八百長だけで綱を張れるわけじゃないから、十代の貴乃花に力量負けしたのを悟って引退した。

一方で、若貴時代以降は概ね(ゆらぎはある)ガチ時代なの。

から怪我人続出したでしょ?

貴乃花ガチに拘るのは、自分ガチだったからよ。

貴乃花で怪しい相撲なんて若乃花綱取りかかった場所兄弟対決だけだね。

仲悪くなったのあれが遺恨じゃないかって説があるぐらいよ。

普通力士なら実の兄や兄弟子の綱取りかかったとこで本気でやらないなんて当たり前の人情だけど、

貴乃花から

で、モンゴル人は勿論同郷互助やってるよ。

これはあの報道の前から公然の秘密

相撲ファンはみんなわかってたこと。

これもそもそもまともな常識人情で考えて欲しいんだよ。

同じ国からこんな外国まで来て下手すれば高校から部屋住みでチョンマゲ結って相撲やってて厳しい実力社会立身出世目指して、同郷同士助け合うのが当たり前でしょ?

で、脱落していく仲間を見送りながらも生き残った者同士、十両幕内、と目鼻がついてきて、そこで潰し合いなんかするか?

お互いの苦しい状況での星の貸し借りなんて普通に発生するわな。綱取りかかってたら協力するわな。

白鵬は違うが、鶴竜日馬富士横綱になれたのは完全に互助からな。

実力が全く横綱に足りてないとまではいわない。運がすごく良ければ自力横綱になれた可能性はある。

そういう奴等に不運や怪我を回避させて上げるのが互助精神で、それが相撲八百長なわけよ。

モンゴル力士は強いけど、絆も強い。

磐石の互助体制があるので今は日本力士より有利になってる。

それ見ても相撲ファンは「モンゴル人はズルい」なんて言わなかったよ。「日本人ももうすこし助け合え」つってたんだ。

から横綱0人なんだってな。日馬鶴竜ぐらいの器量の力士日本人にも何人かいたから。

ただ報道の通りなら最近白鵬ちょっと道を違えてたみたいだね。

八百長に応じない同郷の後輩に「俺達に勝つのか」とプレッシャー掛けるようなことは相撲ファンから見ても看過できない

悪い互助会になってたからメスが入ったということだね。

https://news.yahoo.co.jp/byline/yamadajun/20180119-00080643/


(追記)

トラバで俺じゃない人が俺と勘違いされている

相撲に詳しくなるには5chかtwitterかって話のようだけどそれは一長一短じゃね?

最近見てないけど5chも現役力士が書き込んでたりしてそんなに悪くはなかったような

ただ俺は身近に相撲好きな人がいたのが一番大きかったと思う

kjkw 『相撲には八百長があるし、相撲八百長はい八百長。』本気で肯定してるにしても、あえて肯定してるフリして書いてるにしても分かり合える気がしない。

どういう意味でのどういう効果のある八百長なのかってちゃんと説明したよね?

ほんとに読んだうえで伝わらないならしょうがないんだけど

はてなって結構文章読めない奴がいるからどっちなのかわからん

ちゃんと読まずに「八百長から悪いだろ!」って言ってるなら疲れる

2018-01-09

anond:20180109093423

貧しくなっていく局面でこういうのが出てきちゃったのがキツいな。

余裕があるうちにキッチリ話を詰めておくべきことだったんだろうが、みんなめんどくさいことは後回しにしてしま典型

三田のやろうとしてることは間違ってない、アシスタントの言い分も間違ってない、ただ回すカネが足りないのでどうしようもない

けっきょく頓挫して今までどおりの漫画界の労働慣行が続くんじゃないかね。

2017-11-29

日本社会が末期なのって政治とか経済とかじゃないんじゃねーの?

そら数値で見ても、払ってる税金に対してインフラ社会保障がぜい弱もいいところで、国連から直々に非難決議声明を食らうほどの、産業革命期のイギリスや、奴隷制があったアメリカヨーロッパ並みの労働人権後進国

IT系なんてうつ病職業病と呼ばれ、ここをみりゃわかるが、自殺志願者しか行かないレベルの滅茶苦茶な慣行文化かしてまかり通り

一度レールに外れれば、東大卒だろうがDr持ちだろうが、人非人の扱いを受けて実質奴婢と変わらない扱いに転落、エリートですらそんな感じだから汚職はなくとも致命的になるまで隠蔽しまくり

明日は我が身だろうに、ネットでも表社会でもそういうどん理由があって落ちたかも聞かずに、自己責任だの負け犬死ねだのと、水に堕ちた犬は棒で叩け精神国民性

努力至上主義の癖に、生きるために泥の中を這いずり回り不死鳥の如く復活した苦労人みたいなのは過去のアラ探して晒しものにしてつるし上げて潰そうとして

そんな奴等のいう勝ち組定義が、金持ちとして生まれるか金持ち婿養子や、玉の輿太鼓持ちになるか、(地方)公務員になること

これさ、射撃国体選手オリンピック選手ですら困窮したり自殺が多発したりさ

まりにも猟師弾圧しすぎて、都会にすらイノシシクマが出没して被害が出るレベルで銃規制とか弾圧とかそういう知識リテラシーが異様に低くしてるだけで

これが増田のいう「海外のような普通の国」なら今頃、アイルランド紛争時代北アイルランドや、70年代イタリアとかレバノンみたいになってるよね

いや税金に関してはしょうがないよ、もう普通に働いてただけで国民の9割が赤字になって経済崩壊するレベルで税負担かけなきゃ維持不可能ってくらい、俺だって大学出て馬鹿じゃないんだから統計政府資料見りゃわかるよ

そういう理由じゃないにしてもさぁ、経済とか政治とか以前に、陰湿国民性がこういう李氏朝鮮みたいな社会と末期を呼んだんじゃないのか?

普通に生きてたらダブルバインドどころの騒ぎじゃねーじゃん、なんだよ嫌なら海外に出ていけとかいってホントに出ていったエリート天才裏切り者売国奴呼ばわりって、頭おかしいんじゃねえの?

真面目に生きてうまくいかない奴等叩く癖に、最初から開き直って悪事全開の半グレとかはビビってたたかねえよな、むしろ野放しにしてる警察罵詈雑言投げてるしさ

頭のおかしネトウヨが「朝鮮人と化した」なんていう表現最近よく使ってるけど、まさにそんな感じだわなとニュアンスは伝わるよ

2017-10-29

何を言いたいのか全くわからない時は一旦立ち止まれ

1.何故そんな迂闊に誰かを悪と決められんの?

usomegane 「キューバでは、アジア出身の人をチーノと呼ぶんだ。日本人中国人とは呼ばない。チーノと呼ぶんだよ」←この発言が一体なんの釈明になっているのか、何を言いたいのか全くわからない

2017/10/28 リンク

http://b.hatena.ne.jp/entry/347126909/comment/usomegane

グリエルの件、批判一色。

特に人気トップブコメがこれ。

これは「わからない」という判断保留じゃなくて

「わけわかんねえ言い訳するな死ね」ってニュアンスだよね。


でもさあ

俺はお前等ほど断片的な情報で人をジャッジ出来ねーし

なによりそこまで無警戒にマスコミを信じられねーわ。


お前等まだ学習しないのか?

メディアでこういう意味不明記述が出てきたとき

俺はもうすぐさまインチキや悪意の匂いをかぎ取る。

だってその記述意味不明で何か伝えるのに不十分なことぐらいは

文章プロであるそれ書いた記者やチェックするデスク最初に気付く筈なんだぜ?

なのにそういう風にぶっきらぼうに置いてあるわけ。


俺はピンと来るよ

「あ、これほんとはそれなりの言い分があるのかもしれない」

「これ書いた奴がわざと”意味不明なこと言ってる”みたいになるように切り取って

 ほんとは付けることが出来る解説故意にやらずになげっぱなしたのかもしれない」

「異様に中途半端なのは”嘘は書いてない”と言い逃れられる範囲誘導してるのかも」

ってな。

仮にマジで記者にもグリエルの釈明が全く意味不明だったとして、

ならもう一歩踏み込んで意図を聞き出す取材こそが仕事だろ。

それをしなかったということの中には重大な無能性か悪意が潜んでるぞ。


2.俺の知ってる範囲南米文化について

まあ今回のケースではピンと来る以前にグリエルが何言ってるのかわかるんだけどね。

あのねえ、まず事実として、

グリエルの言ってることはほんとなの。

キューバとかもっと南下して南米のいくつかの国々ではアジア人を全部「チーノ(中国人)」って呼ぶ。

これ自体に悪意や敵意は無い。


とんでもねえって?

現に無いんだからしょうがないだろ?

君がキューバ長期滞在したら気のいい近所の人が「おはようチーノ!」って挨拶してくる。

友達が出来ても「おっすチーノ!元気か!」とくる。

アメリカなんかには悪意によってわざと雑で不正確な呼び方をする侮辱の仕方があるけど

そういうんじゃなくてデフォで大雑把なの。


アジア人からではなく白人でもそうなる。

アメリカ人」とか「ドイツ人」とか滅茶苦茶な呼び方をされる。

彼等の中の白人イメージ国名で呼ばれるわけ。

どこから来たのであっても白人な時点でそのあだ名になる。


要するに「悪意なく粗雑なあだ名で呼ぶ」という文化が彼等にはあるのだ。

マジだぜ。

国人同士でも出身地とかで粗雑なタグけがされて

その出身地の食いモノとか関係あるスタースポーツ選手名前とかで呼ばれる。

日本になぞらえれば、宇都宮出身者は「餃子」だし香川出身なら「うどん」とか「シンジ」とか呼ばれる感じ。


このやりかたって大雑把に衝動的にやっていくには適してるんだよね。

ステレオタイプ処理って脳の負荷が軽減されるし。

知り合いのアジア人が目に入ったとき「おっ チーノ!」と反応するのは固有名詞検索するよりたぶん早い。

たぶん彼等はそれが心地よいのだと思う。想像だが。

「チーノは吊り目」っていうのもセットなので、丸い目のアジア人相手にもそれをやる。

それ自体はほんとに全然悪意ではない。

日本人だと理解したあとも「チーノ」呼びなんだけど

それとは別に「ジャパ!(JAPA)」とか呼ばれることもある。

何人が相手でも同国人同士でもそんな感じだ。


「ジャパ」なんてほぼ「ジャップ」だからな。

アメリカでは人種等+短縮は絶対許されないものとされてるけど南米ではそうじゃないってだけ。

アメリカ黒人同士がニガーと呼び合うのは禁忌をいじるジョークだけど

南米では禁忌性なんか元からなく「黒いの」って呼んじゃう感じ。

野蛮?でもそれが彼等のやり方だ。


3.なんで俺達は欧米白人文化一方的な味方なのだろうか?

そもそも我々日本人が「ジャップ」とか「ニガー」が許されないって感じるのは

後天的欧米文化を学んだせいでしょ?

何故属性呼びや短縮が許されないのかに理由はなくて、欧米社会文脈ではそうだというのを飲み込んだだけ。

南米人はそんな欧米文化を知らないか、飲み込んでないというだけ。


それだけ。

それだけで、

グリエルのことを悪人とか卑劣人格の持ち主とジャッジする資格がお前等にあるか?

言っちゃえばこれ南米文化だぜ?

なんで欧米白人文化が正しいと決まってるの?

なんで南米文化考慮もされずに間違ってると一方的断罪されてんの?


しか本来どっちにも関係ない極東アジア人たる日本人

欧米白人文化内面化して、疑問も持たずに南米文化断罪してるの、

客観的に見てすごいシュールさだぞ。


まあ普通の日本人がそんな南米感覚文化なんか知らないのはしょうがないけどさあ

自分欧米白人文化無意識内面化してることのほうは常に自覚を持って欲しい。

そこの意識がないのは不覚だと思う。


4.理解出来ない部分があるうちは一方を悪だと決め付けんなよ

あと最初に戻る(そして俺が一番いいたいこと)けど

もっとメディアを疑えよ。

ちょっとでも腑に落ちない中途半端さがあったら判断ストッしろ

非難向けられてる人間の言い分が意味不明な形で紹介されてたら、

1.追い詰められて意味不明なことを言ってる

2.メディアが1のような印象へとミスリードを図っている

という大きく2つの可能性があって、

絶対まずは2を疑えということ。


メディア権力のあるクソだ。

俺は当該記事書いた傲慢で悪意ある記者の方こそきびしい処分下して欲しいわ。

グリエルも「アメリカ慣行を弁えなかった」という理由での処分は免れないとしてもな。


(文中の「南米」はキューバ含めたいくつかの南米国家って意味で、当てはまらない国もあるぞ。念のため。)


追記

anigoka 差別に悪意はオプションであって必要十分条件じゃないことぐらい分からない蒙昧な増田みたいな奴が差別を撒き散らす 割りと本気でそう思う

2017/10/29 リンク

さっそく来たよ。

ある意味理想的タイプが。

E1.anigoka「控えおろう!白人様の王化に浴さぬ蛮人めが!」

こいつすげーよな、なんて言ってると思う?

「おしえてやる蒙昧!お前は白人様の文化コードに対する理解が足りない!」だぜ。

あーあ。


あのなあ、

俺の話は

1.「何故欧米白人文化けが尊重されて南米文化は釈明すら聞いてもらえないのか」

2.「もっとメディアを疑え」

だ。

文化相対性の話です。

これに対する反論

欧米白人文化でこう決まってるんだぞう!お前知らないんだな!」て。

脱力するわ。


俺はね、

そういうコードなんかはあったまわりいanigokaちゃんより数倍はよく理解してるの。

でもね、俺が言ってるのはね、

そんなことで競い合うこと自体がはずかしいって話なの。

勘弁してくれよマジで

お前が自主的白人文化にひれ伏したい徴税なのは勝手だが、みんながそうだと思いこまないでくれ。

少なくとも俺は違うの。


E2.なんでそんな自信満々なんだよ脳無しバナナ野郎が 

極東黄色人種が身すぎ世すぎとしてのパクスアメリカーナするのを俺は咎めないよ。

でもこいつみたいに玉の裏まで白人文化に捧げて、本来相対的視野もなくして、

まるっきり欧米白人文化内面化してる奴は頭が悪い

玉を捧げてるのが偉いのだと思って捧げてない人間説教までするに至っては見るに耐えない。


もう一回聞くぞ?

なんでグリエル母国文化尊重できない? 

特に欧米人でも白人でもないお前が。

ねえ、何故?

答えられないよな。

既に自分思考力を手放して白人様に同化したつもりのバカには。


E3.「郷にいっては~」という逃げ道の無理さ

ここでanigokaくんの援軍を呼ぼう。

codingalonecodingalone 郷に入っては郷に従え ただそれだけのこと。アメリカにいるんだからアメリカで許されない行為はするべきではなかった。無知だったグリエルが悪い。だからあれは言い訳

2017/10/29

もうこれぐらいしかないよな。

郷にいっては郷に従え。

まあ、アメリカからアメリカ作法に従えってのは一見正しいよな。

でも南米文化についても聞いてやることすらしないの?

全部その地に従えってのが正義


であるなら、

例えば日本に来たムスリム

「豚のしょうが焼きを食え、うまいぞ」

ヒジャブなんかとれ、日本では誰もそんなのしてないから変だぞ」

ってやっていいわけか?

それはお前等、「ダメだ!差別だ!」って言うだろ?w


なんでムスリムのめんどくさい独自文化には耳傾けてハラールまでしてやるのに、

グリエルの主張する南米文化は聞いてもやらないんだよ?

合理的に答えられる?

答えらんないだろ。

何故かっていうと、お前等がムスリムには配慮するのも白人猿真似からだよ。

自分で考えて出してる答えじゃないからだ。


E4.「悪意はなかった」と渋々認めるならば

もう一度anigokaの反論に戻る。

anigoka 差別に悪意はオプションであって必要十分条件じゃないことぐらい分からない蒙昧な増田みたいな奴が差別を撒き散らす 割りと本気でそう思う

2017/10/29

これは一旦、悪意がないことまでは認めてるよな?

そう。悪意がないならさ。

これは単に、「田舎者コードを弁えなかった」というだけじゃん。

「オ、オラのクニではこれはたのし仕草ズラ」

「この仕草はオラのクニでは攻撃的なニュアンスはないズラ」

っていうのはバーバリアン・グリエルの正直な説明というわけだ。


ならこの元の記事で。

MLBプレーオフグリエル差別行為”釈明「侮辱するつもりなかった」 監督「本人は後悔」 (Full-Count) - Yahoo!ニュース

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20171028-00090241-fullcount-base

グリエルが完全に攻撃侮辱の為にジェスチュアをしたとキメ付けてる者、

その上で言い訳になってない醜悪言い訳をしてるとして更に非難してる者、

こいつらはいったいなんなの?


anigokaくんもグリエルの釈明を

anigoka “「キューバでは、アジア出身の人をチーノと呼ぶんだ。日本人中国人とは呼ばない。チーノと呼ぶんだよ」”この火に油注ぐヘイポー謝罪文センスw 無意識差別感情こぇー

2017/10/29 リンク Add Starwhkrbt-shouichiyabu_kyu

といって嘲弄してるけどさ

お前等全員、俺が説明したような南米文化現実を知らないで言ってたじゃん?

それは明らかな手落ちでありアンフェアだったよね?

いきなり悪意だ差別だと決め付けて叩いてた癖に、

そうじゃないかもしれないとなった途端「悪意の有無は問題じゃない!」とか言い出すんじゃねえよw

路線変更する前にまずごめんなさいは?

迂闊な判断メディアを疑わなかったことに対する反省は?



E5.まとめ

最後にもう一回繰り返すよ。

なんでお前等は、

欧米白人文化だけを自明ルールとして押しいただき

グリエル南米文化には1ミリも注意も敬意も耳も傾けないの?


アメリカ人がそれをやってるのは傲慢だけど、

日本人であるお前等がそれをやってるのはそれに輪を掛けてみっともなくて、

いちおう同じ日本人としては見てるだけで死にそうになるほど恥かしい。

はっきり言ってお前等には知性もプライド良識もない。

何も考えないからこんなに無惨なバカになりはてたんだ。


でもお前等自身は、とっても良識的で、すっごい知的なつもりなんだよなw

異を唱えられたら白人様を背負いながら「蒙昧!」だもん。

何を言われてるのか理解する脳味噌すら無いくせに(捨てちまってるから)。

良識の中味すら他人任せの名誉属州民の馬鹿どもが。

2017-10-26

自民に入れた学生

これでまた昔ながらのジャップ労働慣行が生き永らえたわけだ

お前らがダセーと思ってるおっさんと同じ運命がお前らを待ってるわけだよ

自民のおかげで就職はいいらしいからどっかの会社には引っかかるだろうが

会社に入ってから何かの楽しみがあるとは思うなよ

2017-10-25

自民のおかげで雇用が増えた

雇用が増えたのは人口減少したか

人口減少したのは昭和から続く土人みたいな労働慣行最近では派遣解禁のせい

どっちも自民党のせい

しか自民のおかげで雇用が増えた

2017-10-07

アメリカでは個人事業主の「民間軍事会社」が無数に存在する

変な話だが早い話、傭兵ってやつだな

アホのネトウヨや訳知り顔のミリオタ日本ではまるで軍事技術は超高度な専門職から一般人が片手間で身に着けられるはずがないとかたわけたこと抜かしているが(チキンホークの分際で徴兵制の話になるとその理屈で逃げるからしかないわけだが)

かに自衛隊普通科でも、前期教育が三か月、後期教育が三か月だ、しかしこれは破格と言っていいくらい訓練に時間をかけている

世界最強のアメリカ海兵隊は、前期後期を合わせても3か月ギリギリあるかないかくらいの訓練期間だ、アメリカ陸軍医者とかパイロットを除いて歩兵に絞れば全部合わせても3か月だ。

訓練内容をさらに絞って、ネトウヨや、学校職場テロリストが占拠してやっつける妄想してるみたいなイキリオタクの陰キャが血眼にして知りたそうな個人戦技だけを絞ってみても、銃の分解手入れ、安全な取り扱い、撃ち方や構え方、付属の機材や武器使用法、タコつぼ掘り、格闘の型を軽くして、あとは銃剣格闘手榴弾の使い方と投げ方、野戦戦術、室内での戦術(手榴弾放り込んでクリアリングしながら撃つだけ!)応急処置といったもので、あとは腕立て腹筋ランニング、といった具合だ、ハッキリ言ってプログラマーやSEの方が覚える内容が高度で多いというレベルなんだな(軍隊のものを悪くいっているわけではありません、あしからず

さてここで思ったこと、今の日本はもはや雇用慣行から商習慣が崩壊寸前のグダグダブラック化が超加速してるわけだが、アメリカのこういうった「個人事業主傭兵」のようなビジネスロジックモデルを輸入して広まったらどうなるだろうか?

まあ、一億総テロリスト時代の幕開けやで~、ヘタすりゃ1970年台のイタリアみたいになるかもな

そうならないように自民党警視庁ははよ今よりももっとネトウヨを育成して、アホ軍事理論叫ばせてそんなことがネットで語れないほどに涵養させた方がええでんがなまんがな

まあ、この不景気どころか国が傾いてるご時世に、のんきにネトウヨやってくれる底辺なんてそうそう見つからない時代になってきてんだろうけどな

2017-09-22

anond:20170922120819

確か、本来裁判所命令がない限り税務署が問い合わせても銀行は口座内容を教えるべきではないはず。

単に慣行グダグダ関係から、やってるだけ。

俺が知っている限り、おおっぴらに言っちゃいけないやつなので、教育には入れられんよなぁ。

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