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はてなキーワード: バロックとは

2018-10-24

うちの猫にさかりが来た

野良猫を拾って育てているんだけど、どこの猫よりもかわいい

そういや、猫にも冬毛があるのか、発情期が関係しているのか、サバトちゃんだったのにいつの間にか、

アラベスクとすかし模様になったのと、毛並みの発色が異常なぐらい鮮やかになってきた。

それでいて、宝石のようなふくらみがわき腹に点々とついているのがちょっとかわいい

顔は、サバトちゃんらしく、バロック風な大きなお目をしているのがにゃんとも言えない。

そういや、気が付かなかったけど、尻尾が亀のように自由に出し入れできるのがぞわぞわてする。

そういや、毎日近所の野良猫喧嘩ばかりしているけど、さかっているのかなー。

2018-10-18

ファイナルタクティクス2というゲーム

エレメンタルアーツというゲームに続編があったのを知らなかった。

まず、日本国内バロックという会社からエレメンタルアーツというシミュレーションRPGが発売される。

ゲームルールは平凡だが、1999年末の当時のシミュレーションRPGにしては3Dのグラフィックが凄かったゲームである

https://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/991227/game2.htm

http://garakuta-do.game.coocan.jp/kannsou419.html

エレメンタルアーツ韓国ファイナルタクティクスというタイトルで発売される。

http://rollingdice.tistory.com/723

そして、韓国ではファイナルタクティクス2というゲームが発売される。

http://rollingdice.tistory.com/724

しかし、日本でエレメンタルアーツ2という作品は発売されていない。

上記ブログ機械翻訳して読んでみると、2はどうも韓国で作られた続編らしい。

2018-10-13

anond:20181013125559

男性理系に進み女性理系に進む理由は、女性理系が苦手だからではなく、男女とも得意なほうを選んだ結果である、ということらしい。

まず,いわゆる男女平等パラドックスを考えてみよう.男女平等パラドックスとは,男女平等の水準がもっとも高い国が STEM 教育の男女比で女性が少なくなるパラドックスのことだ.

 

(略)

 

調査対象になったどの国でも,読解は男子より女子の方が上回っている.また,一部の国では,科学数学でも女子の方がスコアが高くなっている.

次に,右側のデータを考えよう.こちらについては,Stoet & Geary は,相対的に見てどの科目がいちばん得意かを生徒ひとりひとりに訊ねて,回答を国別に平均している.男女のちがいは,今度はさらに顕著になっている.たんに女子の方が読解に秀でているだけでなく,平均で見て数学科学でも女子の方がすぐれている国ですら,女子は読解の方に長けているのだ.

 

(略)

 

さて,これで生徒たちにこう告げたらどうなるだろう――「得意なことをやってごらん!」 大雑把に言えば,状況はこんな具合になるだろう:女子はこう言う――「歴史国語は A で科学数学は B だから長所もっと伸ばして歴史国語と同じ技能を活かすことにしよっと!」 一方,男子はこう言う――「科学数学は B で歴史国語は C だから長所もっと伸ばして科学数学からんでることをやろっと!」

アレックス・タバロック「男子の方が数学・科学に比較優位がある?」 — 経済学101

2018-03-14

一度改めてワンピース面白序列を決めなおそうか

とりあえず暫定な

覇権 空島編(ロビン過去~エネル

2位 バロック・ワークス編(グランドライン突入直後~アラバスタ)

3位 イーストブルー編(近海の主~グランドライン突入直前)

4位 ホールケーキアイランド編(ゾウ~ビッグマム)

5位 マリンフォード頂上戦争何だかんだ盛り上がったと思う)

6位 ドレスローザ編(ドンキホーテ・ドフラミンゴ

7位 インペルダウン編(これぐらいのテンポが望ましいと思う)

8位 生”き”た”い”編(海列車CP撃破

9位 シャボンディ諸島編(レイリーハンコック

10 パンクハザード編(シーザー

11 スリラーパーク編(ブルック) 

12 ロングリングログランド編(デービーバックファイト

13 魚人島編(何だったのか)

反論がないならはてなにおけるワンピランキングはこれで固定にするぞ―

文句あるなら今の内にいえー

2017-08-09

ゲーム業界側で3D酔いのガイドラインとか作ってほしい

3Dにそこそこの頻度で酔う

自覚したのはドラクエ8で画面をブン回して気分が悪くなったあたりから

映画じゃ全く気にならないがゲーム視点を振り回す奴はかなり辛い

 

そこそこというのが辛くて、洋ゲーでもバットマンアーカムあたりのヌルいやつなら全然平気なんだけど

オブリビオン手出ししたら一発で酔う

そんなふうに気になってるゲームを3D酔いでプレイ中止は時々あって、

バロックなんかも無理してプレイ継続してたら胸が苦しくなってきて諦めざるをえなくなったりした

 

最近ショックだったのは人喰いの大鷲トリコが開始1時間で冷や汗ダラダラとなり

これ以上は翌日以降に障るとプレイ中止して、2、3時間ぐらい横になったこと

ICOワンダと巨像も好きだったので、トリコが3D酔いでプレイできないのは残念だった

 

一度こういうふうに3D酔いにやられると、しばらくはオープンワールドに触れたくなくなってしま

(忘れたころにまた手出ししては痛い目を見るのだが)

 

なのだけれど、今回はちょっと思い出したことがあった

ニーアオートマタで、オプションで3D酔いを抑える設定があったじゃないか

そういう設定が作れるということは、業界内では3D酔いに対する一定の知見が蓄積されてるわけだ

(そりゃそうだ、3Dゲームも20年以上の歴史を積み上げてきてるんだから

 

おそらく「こうすると3D酔いになりにくい」というノウハウはあっても、

一方で「3D酔いを気にして視点移動をデザインするとゲームとして成り立たない」という問題もあるのだろう

ゲーム業界としても、一部の3D酔いしやすい体質向けだけにゲームデザインを変更するのでは商売にならないのはわかる

 

なので、折り合い点として、目安となる「ゲームの3D酔いしやす度数」をガイドライン化して、

ゲーム売場なり、ダウンロード時の参考情報なりに、わかるように表示してくれないだろうか

 

3D酔い度「1」まず酔いません、「2」だと酔いやすい人が体調が悪いと酔う可能性があります

「3」「4」「5」と、3D酔いと折り合いをつけられる難度が上がっていき、

「5」は3D酔いに配慮しないハードプレイが前提となります、となる

 

3Dゲームに手出ししたくないわけじゃない

洋ゲーだって興味をそそられるものは色々ある

だが、初回限定盤を買ってきてプレイしたら3D酔いで寝込むしかないのでは、やはり辛い

 

どうか、おねがいしま

2017-07-05

小学校の頃使ってたリコーダー

ネットで調べたら、「小学校ではジャーマン式」てのが大多数なんだとか。

20年くらい前、自分の通ってた小学校では、バロック式がみんなに配られてたが、いつからか変わったのだろうか。それともうちの地方だけだったのか。

そういや、みんなにバロック式が配られたわけじゃなく、数人はジャーマン式が配られてた。白黒のバロック式じゃなく白一色で、しかも指使いが簡単ジャーマン式が少し羨ましかったのを覚えている。

はいえ、授業は基本的バロック式前提で進むので、違う話で進められちゃう人がかわいそうだなとも思ったし、バロック式とジャーマン式で違いがあるよということを教えるためだけに、学校の都合で勝手に違うやつを配られるのは理不尽だなとも感じていた。

しかしながら今にして思うと、あれはなにか手の障害とか発達面のなにかとか、そういう配慮によって簡単なやつを与えてたのかもなという気もする。

今となっては、誰がジャーマン式を配られてたかなんて思い出せないのだけど、大人目線で見るといろいろ考えさせられるものがあるんだろうなあ、などということを、電車で向かいに座った知らない子供リコーダーを見ながら考えていた。

2017-07-01

「ここは俺にまかせて先に行けぇ!!!







って言う展開を楽しめるオススメマンガアニメゲーム映画ドラマって何かありますか?

特撮とかではよく見かける気がするし、自分が今まで見てきた中で好きなのはワンピースバロックワークス達とそれぞれが戦うシーンやゲームでは新鬼武者ラストシーンなんかがお気に入りです。


オススメじゃなくてもいいのでたくさん教えてもらうと嬉しいです。

2015-02-12

古くて新しいバッハ

最近またバッハをよく聴いているのだけど、やはりいいものだ。300年も前の音楽なのに、何度聴いても新鮮なのである

「古くて新しいクラシック」というと貴方は真っ先にどの作曲家を思い浮かべるだろうか?私はバッハである。というか、バッハをおいて他に居ない。

(もう1人強いて挙げるならベートーヴェンであるが、時代的に「古い」とはちょっと言えない)

とりわけ平均律クラヴィーア曲集は素晴らしく、永遠に色褪せることのない普遍性が感じられる。

他のバロック時代作曲家と聴き比べてみると、いかにバッハ平均律クラヴィーア曲集がその異色さにおいて別次元であったかが分かるだろう。

またバロック以前の音楽古楽)は、現代からすれば、技法的に未完成だった当時の時代を色濃く反映したものが多く、独自技法を完成させて普遍的な何かを提示したと言える作曲家も少ない。

2014-10-18

魔女狩りと3つの近代化

魔女狩り中世現象ではなく、ルネサンスバロック期に猖獗を極めたものとして捉え、近代を準備した諸制度の一環として読解した書。テーマは3つ有って、

視覚を中心とする感覚近代化

自然認識の変容と近代化

他者社会的周縁者の排除近代化

だが、一番のキーワードは「視覚的・認識論的錯誤」。

要は表象されイメージされ像を結んで言説化されたもの近代化過程に於ては特権的地位を獲得し、

知やリアリティの在り方を自在に変容させて行くと云うこと。

もっと端的に纏めれば、想像による思い込み現実を浸蝕する、とでも言えば良いか。

魔女狩りに於ける実際の様々な言説を視覚要素中心に分析することによって、

仮想が暴走して世界の在り方そのもの制度的に規定して行く事態を描き出してみせている。


うみねこ空間だったのか・・・

2013-12-29

http://anond.hatelabo.jp/20131228152322

からオーケストラには指揮者がいる、ってね。

フリーランスだらけの集団をまとめる指揮者で、

いわゆるプレイングマネージャみたいなのって、

バロック以降ほとんどいないじゃん。

ラヴェルを弾き振りしたバーンスタインみたいな超人除く)

 http://www.youtube.com/watch?v=LbI4c2os6YU

フリーランスを集めて仕事する形態なのなら、

元請けした人がマネージメントに集中しないとダメじゃない?

もちろん、物理的には何の成果物も出さなマネージメント業務にも

対価が支払ってもらえることが前提だけど。

2013-07-06

http://anond.hatelabo.jp/20130705233344

元増田です。

ギター弾けるのは凄いですね。

コードを瞬時に理解して指を押さえないといけないから、修練大変だろうと思うので。


自分はポピュラー系の楽器だとベースが大好きだったりする。

へ音の世界で、ある意味バンドの采配がかかっている楽器

ハマったのはバロック通奏低音が原点で、それからだいぶ時間が経って、ニコ動ティッシュ姫演奏に衝撃を受けたのがきっかけ。

レッチリとかから入ったわけじゃないので邪道かもしれないけど。


実は今仕事でペア組んでる子がギターやってて、その話をしたら「最初ジャズベもどきの安物で十分だから、早く楽器買って始めちゃいなよ~」と言ってくる。

気持ちは嬉しいけど、しばらくはヴァイオリン一本になっちゃいそうだなあ・・・

2012-10-24

管楽器奏者のクラシックの嗜好

アマオケで弦をやって10年以上経つけど、未だに管の人達の曲の嗜好がよく分からなかったりする。


とにかく管の人達って、ロマン派後期から現代の音楽をやりたがる感じなのだ

現代くらいかしか定席のないトロンボーンチューバがこの傾向なのはまだ分かる。

ティンパニ以外の打楽器も、やはり近現代から積極活用され始めたので、これまたそっちをやりたいだろうと思う。


しか木管トランペットホルンまで含めて、総じて上に書いたような、言い換えれば「割と大編成志向なのはどういうことだろう。

スコア眺めてる限り、モーツァルトベートーヴェンブラームス管楽器パートだって十二分に面白そうなのになあ。

木管ホルンの深みのある印象的なアンサンブルトランペットティンパニのカッコいいアクセント、どれも弦じゃ絶対経験できないし。


ちなみに弦の意見として言わせてもらうと「オケは弦の豊かな響きが基盤」という意識が非常に強いです。

またヴァイオリンチェロメソッド古典的な造りの曲や、バロックを基本としていたり。

なのでそれに沿ったオーケストレーションをする古典派~ロマン派前期くらいが、どうしても好みになるわけで。

一方、楽器限界に挑戦するような、弾いててやたらくたびれる書き方をしているロマン派後期以降はちょっと・・・という感じ。

打楽器の数も多いので、それに負けないよう人をかき集めようにも、曲によっては技術的に難しすぎて、ゲネ本しか来ないようなエキストラにはまず期待できないなんて事情も。


そして毎回、選曲会議微妙駆け引きの場になると。

2012-01-05

普通の大人になりたくないあなたへ

普通の大人にならなくてすむ方法はそれほど多くあるわけではない。今私の知り合いの女性達は、

大きく二つに分かれているような気がする。とりあえず生活のベースになりうる仕事を持っている人と、

何も持っていなくてそれを探してもいない人のことだ。仕事を探すのは大変だ。比較的頭が良くて向上心がある女達は

パソコンなど新しい技術を覚えようとしている人が多い。

動物達は「棲み分け」と言うもの自然のうちに実行する。 

まり、ある決まった地域、区域に集中していろいろな種類の動物が住むとえさや水が不足し、弱い動物は強い動物

常に攻撃を受けるようになる。それを防ぐ為に動物はさまざまな区域に分かれて住むようになるわけだ。

もちろん「棲み分け」はそれぞれのテリトリー完全に決まっていて、其の場所を確保すれば安全と言うわけではない。

木の上にいる猿は比較安全だが、それでも豹に狙われる。

 この国は人口が、多いから、既にたくさんの成功者がいるような職種にもぐりこんでいくのはかなり難しい。

例えば編集者とかカメラマンなど、もう既に数は足りているどころか、あまっている。先輩達は道を譲ったりなんかしない。

つかんだポストは定年まで決して離そうとしない。そういうところで職を得ようとするのは至難の業だ。

たとえ人気のある出版社に入れても、面白い仕事を先輩達がやすやすと手放すわけがない。

人生に積極的な女達はこの数年、パソコンに進出してきた。パソコンインストラクター

さまざまなソフトを使った事務処理、ゲームプログラム制作、各種インターネットビジネス

そういった女達の進出は目覚しいものがある。女はメカに弱いという常識を逆に利用した「棲み分け」への強い意志だ。

女はメカに弱い、だからパソコンを操りインターネットなどの特性を理解している女はまだ少ない。

それでもパソコンを教えたりプログラムソフトを売り込んだりするときに女のやわらかさは武器になるに決まっている。

有力なコネがない私はそういった分野に進むしかないのではないか

そういうような考えが人間界の「棲み分け」を産むようになる。

そしてそれは大部分が正しい。

この「anan」の特集を読む人たちは、安易な期待をしていないだろうか。

何か、ちょっとした工夫や考え方などで、普通の大人にならずにすむ方法があるのではないかという甘い期待だ。

「毎朝、起きたときに好きな詩集の一節を必ず読み、さわやかなバロックの曲を聴きながら、ナチュラルメイクで、

作りたてのクロワッサンを食べる」みたいなこと、つまり、「日常生活の中でのささやかなおしゃれな工夫」では残念ながら、

人生は何も変わらない。そういう世間的な豊かな生活を楽しんでいるのは、

普通でない」大人たち、つまり具体的に「普通」の人よりも努力した大人達だけだ。普通の大人になりたくない、というのは

まらない人生がいやだと言うことだと思う。日本は変わってしまった。

普通の大人」が「つまらない人生」を意味するようになったわけだが、其の認識はもちろん正しい。

普通の大人」というのは今までの「日本典型的な大人」と言うことだろう。

それなりの会社でそれなりのポジションにいるお父さんを助け立派に家を守り子どもを育てる「おかあさん」というのが

典型的な大人の女の人」だ。それなりの会社でそれなりに働きそれなりの恋人を持つと言うのが「普通の大人の女」だ

其の両方に魅力を感じなくなったというのだと思うのだが、その認識はまったく正しい。

 この2、3年に起こったことだが、この国の「普通」の完全な崩壊証明している。

オウム真理教には「普通」のエリートが多く入信していた。援助交際をする女子高生は「普通」の家庭の娘達で、

神戸の十四歳は「普通」の中流家庭で育っている。テレビメディアはそういったネガティブな人たちを

「特別な環境」に育った「特別な人」だというふうに規定したがっているが、もうごまかすのは無理だ。

もちろん「普通」で幸福に生きている人もきっとまだ大勢いる。特に田舎に多いかもしれない。

だが「普通」が「幸福」だと言う図式はもう存在しない。

普通」はシャープ感覚を持つ若い女の子が忌み嫌うほどに、弱体化してしまった。

それでは普通に成らないためにはどうすれば言いか。コレはもうはっきりしていて訓練しかない。

訓練して特別な技術を身につけないと特別にはなれない。

訓練というと、暗く地味なイメージがある。何か嫌なことに耐えなければならないという先入観があるかもしれない。

それは、なんでも言う事を聞く「普通」の大人を大量に必要とされた貧しい日本の間違ったやり方だ。

この国はごまかしに満ちていて、成功した人に、インタビューで「どんな訓練をしまたか。」とはほとんど聞かない。

「どんな苦労をしまたか」と聞く。

成功した人は、「苦労した人」ということにしたいわけだ。わたしは、24歳で作家としてデビューしたが、

まったく苦労はしていない。今でも苦労なんて全然していないし、苦労なんて一度もしていない。

確かに技術を得るための訓練をするのは単純に楽しいものではない。

語学の訓練を考えてみればわかるが、単調で、忍耐力がいる。ただし、そのことが好きだったら、

それがいくら単調でも「苦労」にはならない。

から長い訓練のためには、その訓練の対象を好きになる必要がある。

どんな人間にも、そういう、長い訓練に耐えられる好きなものが一つぐらいあるはずだ。

それを、見つけることができたかあるいはできなかったか人生はそこで二つに、分かれる。

見つけることはできた人間は訓練が苦にならないから特別な技術を身につけて「特別」になれる。

見つけられなかった人は、特別な技術が何もないから「普通」にならざるを得ない。

「わたしはね、才能はあったのでも努力勉強が好きじゃなかったからこうやってつまらない平凡な人生を送るはめになった、

からあなたにはそうなって欲しくないの、だから今はつらいかもしれないけど勉強しなさい。

今、耐えて、しっかり努力しなかったら私やお父さんみたいに平凡に生きるしかないんだから。」

 そういうお母さんは「努力しなかった」のではない。訓練が苦にならないないかを見つけることができなかっただけだ。

努力好きな人はいない。私も大嫌いだ。だが、好きなことだったら、努力は苦にならない。

訓練ということで言うとたとえば20歳という年齢は既にかなりハンディがある。バイオリニストやバレリーナにはもうなれない。

語学学習を始めるのも遅ければ遅いほど苦労するし、働きながら何か訓練するのは大変だから

25歳という年齢はかなり絶望的だ。30歳になると、せいぜいつまらない人生趣味ごまかすぐらいのことしか残されていない。

趣味というのは魔物だ。「そんなに好きなら趣味でやればいいじゃない」と大人たちは言う。

それも嘘だ。素晴らしい趣味を持っている人はたいてい素晴らしい仕事を持っている。

「特別」な人たちは趣味を必要としていない場合も多い。

まらない仕事をしているが素晴らしい趣味を持っているという人に私はまだあったことがない。

 つまらない人生を送っている「普通」の大人たちは実にさまざまなやり方で若い人に嘘をつく。

「苦労」「努力」「勉強」「趣味」その他にも色々な言葉があって、

学校や家庭やメディアやその他いろいろな場所で、その言葉は囁かれる。

 営業のような仕事に女は向いているのか、女には競争心はあるのか、仕事を持つ女は

どこかさびしそうに見えるというのは本当か、女が普通でなくなると色々な問題が起きることは事実だが、

それはまた別の問題である

 「普通」の大人にならないための方法は簡単だ。好きなことを見つけて、それを誰よりも訓練すること。

  簡単で、しかもそれ以外の方法はどこにもない

2011-09-20

守破離さえしっかりしてればとは言うが

あなたの文章の記述で気になったのはここ。

http://anond.hatelabo.jp/20110424063737

筋を古いモノから流用し、装飾や人々を今の時代に合わせ、最後の結末に自分たちのメッセージを盛り込む。

これだけでも十分面白いモノが出きるのに。

守破離」の全部が大事なのに、今のアニメは「守」だけ「破」だけ「離」だけみたいに、個別の実装しかないものが多い気がする。

その意味でまどまぎは見事に守破離を盛り込んでた。

魔法少女」「萌え」という撒き餌の「守」

QBやその周辺の出来事に象徴される「社会現実性/残酷性」という「破」

魔法少女の枠組みを乗り越え賛否の分かれる結末とメッセージを提示しきった「離」

魔法少女」っていう小さな視野で見ても、かなり綺麗に守破離してる。もちろん違う角度から見たときにも様々な守破離があるのがまどまぎの魅力。

けど、きっともう後16年くらいは守破離をしっかり出来たアニメは出ないんだろう


多分あなたまどマギがオモシロイと思った理由は、あなた解釈戦略にすっとなじむ形だったからだと思う。

たとえばこういう感じ。

http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20110211/p1

でもさ、その守破離(序破Q)のやり過ぎによって、破るべき守を使い果たしてしまったわけじゃないですか。

その後どうやってあらたスタンダードを創り上げていくかの模索が今面白いところなのだ。

それが守破離がないから残念っていうのは、あまりにも保守的姿勢だな、と思う。

あとね、これは引用したサイトから教わった考え方だけど、

アニメを単品で見て評価すると言うこと自体、アニメの楽しみ方としてどうかと思う。

ラノベもそうだけれど、こういうのはその時々の時代である程度群れを見て、なにが起こってるのかを楽しむのが筋であって、

その中から時々、群れを代表するような作品や、10年選手もの異端児が登場するわけじゃないですか。

で、その作品と同時代の礎の作品を比較したりするのって、なんだか青色ダイオード特許問題くらい不毛だと思うわけね。

守破離をきっちりさせた作品が作れるってことはそれだけ時代が煮詰まってこないと難しいわけで。

常にそれだけを求めるのは贅沢病とか教養病だと思う。

ジブリや千年女王のように時代性無視して君臨する作品を除いては、単品で論じることにそれほど意味があると思わんけどな。

あなたが古い作品に対して行なっている楽しみ方を、あなた自身が現代の作品にも活かせとか強制するつもりはないんだけど、

古い作品でそれができるように、新しい作品でもそれがリアルタイムでできてる人がいるわけですよ。

1年間で1割より少ない程度で面白いアニメは出てると思うよ?

けどその1割弱を探すためだけにアニメ世界に飛び込めば、まさに「渡る世間は萌えばかり」、あるいは「前門の厨二アニメ、後門の監督が厨二の自称芸術unkoアニメ」ばかりじゃん!

アニメの作り手にしても、ちょっと成功して有名になるとすぐ芸術気取りしたり宮崎駿後継者気取りしてばっかじゃん!

そんな中途半端なことをするくらいなら、いっそワーグナーみたく「アニメはただの芸術じゃない。神聖な祭事だ!」ぐらい突き抜けつつ「よろしい!私に投資する権利をやろう!」的なノリで資金調達&製造とかやれるだけの実力と人間としてゲス気概を持って挑めよ!

特に'00年代は酷かったよ!観客の声を聞かずに監督が見たいアニメか、大向うの観客の声しか聞いていないアニメばっかだったよ!

「そもそも今客席にいない人を、どうやって小屋に来てもらうか」を考えている人なんて皆無だったよ!

から、こういう指摘は資本主義の犬とか、教養主義人間が、数百年単位の流れを毎年要求するようなウンコだと思うわけ。

週刊ジャンプ毎日連載して、毎日クライマックスで、毎日バトル展開を入れてくれ、みたいな要求するのって、恥ずかしく無いですか?


古い作品のメタ要素、関連情報は確かに作品を面白くしてくれるが そこにこだわり過ぎるとバロック方面に偏るか、焼畑農業しかないと思うんだ。

作品の解釈戦略はいくつかバリエーションがあったほうがいいと思う。

あと、時間に余裕があるなら、最初はこういう「作品解釈エンジン」を休ませてできるだけ何も考えずに見るのが良いと思うよ。


あなたは多分ちょっと、アニメ経験が少ない割に、頭でっかちというか固定的にになりすぎだと思う。

力抜けよ。そうすればあなたの狭い穴にもアレとかコレとか挿入できるとおもうぞ。

2010-09-20

初音ミクと見せかけの魔法

 海外blog初音ミクについて熱い(長い)文章を書き込んでいるのを見かけたので試しに翻訳してみた。無断翻訳なので匿名で。urlは以下の通り。

http://deliciouscakeproject.wordpress.com/2010/09/20/hatsune-miku-and-the-magic-of-make-believe/

=====以下翻訳=====

 初音ミクと見せかけの魔法

 初音ミク歴史は18世紀のヘタリアイタリアに始まる。

 そこにはバルトロメオクリストフォリって名前のすげえヤツがいた。こいつの得意技は楽器を作ることだった。何でも作ったわけじゃない。当時はひどく弱々しいちっこいもので、しょぼい羽柄が並んだ弦を引っかいて金属的なチャリチャリした音を出すもの、つまり鍵盤楽器を作っていた。いわゆる「バロックミュージック」ってヤツだ。クリストフォリが音楽技師として、また機械技師としてやったのは、弦を異なる強さで叩くハンマーを使った仕組みづくりで、それによって演奏家は小さい音(ピアノ)や大きな音(フォルテ)で演奏できるようになった。だもんで皆それをイタリア語ピアノフォルテと呼んだ。もちろん、今ではお前も俺もそして誰もがクリストフォリの発明品をピアノと呼んでいる。

 イタリアピアノ発明することによって、日本初音ミク発明するための扉を開いた。

  ***

 俺は今、ここサン・フランシスコの150席しかない小さな映画館で、秋のアイドル公演を待っている。チケット完売した「39[ミク][[Sankyu!]] Giving Day」コンサートの上演を見るために、愚かな時間無駄遣いをする連中が集まっている。コンサートじゃ電子的に創造されたポップアイドルつまり緑の髪をした女神が、ゼップ東京コンサート会場で生演奏するバンドにあわせて踊り歌っている様子がスクリーンに映し出されている。それはまるで、一部はライブなんだが、本当はそうではなく、「本物」のボーカロイドコンサートでお目にかかれるのに近いものだった。言ってみればゴリラズを見に行くのとそれほど違いはない。伴奏は本物のミュージシャンが作り出しているが、客が見ているのはいわば巧妙なごまかしの表層であり、音楽に命を持たせるために使われる動くペルソナだ。これがミクの魔法である。それは見せかけの魔法だ。

  ***

 クリストフォリがピアノ発明した頃、J・S・バッハ平均律クラヴィーア曲集を書いた。そこでは要するに鍵盤楽器の各音程間で一通り数学的な調整をすれば、突然どのような調号でも十分演奏できるようになるということが言われている。言い換えれば、何か妙なことをしようとした際にいつも調子はずれの音を出すのではなく、初心者から中級までのピアノの生徒がやらかす糞を抑えるような5フラットとか7シャープとかそういったことが完全にできるようになる。これによって18世紀の鍵盤楽器は初めて、いちいちくそったれな調律をしなおすことなく新しい楽想を試すことができる原始的なワークステーションとなった。

 数十年後、ようやくピアノ価格が下がり十分なほど生産できるようになったことで、それは非常識なほどの大金持ちだけの特別な楽器ではなくなった。代わりにそれは有名な王族たちのような常識的な程度の金持ちが購入できるものとなり、彼らは好んで地元作曲家を雇い自分たち(とその客)を楽しませるために音楽を書かせた。こうした作曲家の一人があのヴォルフガング・A・モーツァルトであり、彼の特別な才能は主に下ネタ女性音楽生徒に対する性欲の面で発揮された。もちろん鍵盤楽器からふざけた音を引き出す才能もあり、その短い人生の間にモーツァルトは最も好きな楽器ピアノに決定した。彼が書いた27のピアノ協奏曲(本当に素晴らしいのは最後の10曲ほど。アニメシリーズのようにモーツァルトレパートリーは後半になるほど良くなった)は、単に協奏曲形態にとって画期的な礎石となっただけでなく、ピアノ音楽の基礎を築いた。モーツァルト協奏曲はこう言っているようなものだ。「これこそピアノにできることだ! ピアノだけでなく、オーケストラと一緒でもいい! まさか今更ハープシコードに戻ろうってんじゃなかろうな?!」

 モーツァルトより後の時代の人間は皆彼に同意した。ひとたび音量の大小を調整できる鍵盤楽器を手に入れてしまえば、弱々しいチャリチャリした機械になぞ戻れっこない。これが230年ほど前の出来事だ。ミクへの道は一日にして成らず。

  ***

 ミクの公演にやって来たファンの男女はいろんな連中の寄せ集めだ。彼らの5分の1ほどは当然ながらボーカロイドコスプレをしている。何人かはケミカルライトまで持ち込んでいる。コンサート全長1080ピクセルの巨大なスクリーンで始まり、全劇場サウンド・システムが炸裂し、観衆は最初はためらいがちに見ていたが、最初のいくつかの歌の後は雰囲気が盛り上がってきた。彼らはスクリーンの中の群衆と一緒にリズムに合わせてケミカルライトを振り、曲が変わると歓声を上げ、各ナンバーが終わると拍手をした。単なる録音と録画じゃねえか、などというたわ言は知ったこっちゃない。理論的にはゼップ東京の群衆だって同じように録画を見ていたんだ。本当に「ライブ」で演奏される音楽など、現代においてはクラシックオーケストラ民族音楽演奏くらいしかないし、それにシンフォニーホールですら今日ではマイクが使われている。誰もが電子的な助けを借りて音楽を聴いている。ひとたび電子機器楽器として受け入れることを覚えてしまえば、ミクを愛するのは簡単だ。彼女モーツァルト魔笛アリアを歌っている動画を聞いてみよう。

http://www.youtube.com/watch?v=gr9fbQzNpqA

  ***

 19世紀欧州で、もしお前がピアノ演奏ができない作曲家だったとしたら、お前は存在していなかっただろう。それはもはや単に大小の音量で演奏できる楽器にとどまらず、巨大な和音構造物であり、多音パッセージワークであり、一人の演奏家の手で「あらゆる音符を見ることができる」ものとなっていた。もしピアノがなければきっと「2人のバイオリニストビオラ及びチェロ奏者各1人をかき集めて旋律が上手く行くかどうか調べにゃならん」てなことが起きていただろう。そしてもちろんチェリストは、ある音符について「どぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅん」と演奏するようお前が何度も何度も何度もお願いするのにうんざりして1時間後にはそこを立ち去ったことだろう。

 少なくともピアノがあれば、お前の小さな指以外に迷惑をかけることなく「どぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅんどぅん」とやることができる。

 かくして1800年代においてピアノは中心的な作曲道具となった。そして同時に社会中産階級が暇と屑な時間を持つところまで進化し、そしてもし彼らがスポーツゲーム発明しなければ、彼らは音楽その他を演奏したいと望み、そんでもって家に持ち込むためピアノを注文できるようになった。欧州だけでなく日本でも、少なくともウィリアムペリーが彼らを開国して西洋化が始まった後には、同じことが生じた。基本的にピアノ文明化の証と見なされ、そして有名な山葉寅楠ってヤツがイケてる連中のため日本製ピアノを作り始めた。

 19世紀末20世紀音楽制作にとって黄金時代だった。楽譜を買って他人の歌を演奏する方法で「音楽を作る」こともできたし、あるいは作曲理論について十分に学び自分の曲を創造するというやり方で「音楽を作る」こともできた。そうした取り組みの多くはピアノの周辺で起きた。ピアニストが力を得た。鍵盤があれば、お前はスターになることができた。

 そして、とんでもないことが起きた。

  ***

 ミクだけじゃない。巡音ルカとリンとレンも公演に出てきたぜ! 全ボーカロイドパーティだ。彼らの異なる声質と、ミクと組む様々なやり方は、見事な音の見本集になっている。他のキャラクターが登場するのを見た観客たちは熱狂している。異なるシンセサイザープログラムマスコットに過ぎないにもかかわらず、彼らはまるで我々の友であり家族であるかのようだ。ようつべニコ動を使って彼らを我が家へ招待しよう。彼らの声を我らの生活のサントラにしよう。電子的に作られたアニメキャラが本当のミュージシャンになれるのかって? おk、ならお前に聞いてみよう。魂のない箱がお前の周囲の空気を震わせているけど、それは本当の音楽なのかい?

  ***

 それこそが実際に起きたとんでもないことだ。録音された音楽。録音された音楽こそ、音楽史の中で起きた最悪の出来事だ。

 ひとたび蓄音機を、ラジオを、レコードプレイヤーを、カセットプレイヤーを、CDプレイヤーを持ってしまえば、音楽を楽しむのに「音楽を作る」必要はない。コンサートホールチケットを手に入れる必要もない。単に座って、電気を使った箱にお前を楽しませればいい。ピアノ専門家のための道具に成り下がった。それは淑女が結婚に必要な才能を覚えるためのものに、あるいは子供が(1)それを憎んでいることに気づく(2)両親が子供に才能があることに気づいてプレッシャーを積み上げ始める――まで稽古を受けるものとなった。もし(2)の現象が起きたなら、最後にはピアノを本当の演奏楽器あるいは作曲用の道具として使うようになるだろう。しかしそれはもはや「音楽制作」の中心にはない。

 さらに悪いことにロックギターをポピュラーにしてしまった。ギターが人気になり、ピアノは役立たずとなった。お前が鍵盤楽器を学ぶのは、ビートルズにしてくれるものを持てずバッハベートーベンにしがみつくしかないある種の意気地なしだからだ。誰が決めたルールか知らねえが最低だ。10代のころ、俺はピアノを使ってランキング上位40の曲を弾けたおかげで女の子たちに「いくらか」いい印象を与えられた。けど、結局はクラスの野郎どものうちその曲をギターで弾けるヤツがいつも勝ちやがった。くそったれ。

 だがここで思い出してくれ。俺は、イタリアピアノ発明したことが日本初音ミク発明への扉を開いたと言ってきただろ? ピアノ21世紀に飛び込むときに今一度変革に見舞われたんだ。

http://www.youtube.com/watch?v=-7EAQJStWso

  ***

 もし音楽を生み出す小さな電気の箱が「本物」であるなら、録音済みのコンサートに向かって「アンコール! アンコール! アンコール!」と叫ぶのは極めて正常だ。その音楽はお前を感動させたんじゃないのか? もっと聞きたいと思わないのか? というわけで映画館の観衆はもっともっとと叫び、そして彼らはアンコールを聞けることが分かっていた。なぜならそういう風に録音されていたから。ミクが公演を終わらせるため最後舞台に出てきた時、もう一度鑑賞力のある人々から歓声が上がった。それは人工的なものだが、とことん楽しむため我々はそれを本物だと見なした。まるでドン・コッブが[ネタバレ注意!!]インセプションラストで回転するコマから歩み去るかのように。ミクは夢のような存在だ。サウンド・エンジニアCGアーティスト音楽家が作り上げた美しい夢であり、決して卒業することも年を取ることもスキャンダルを起こすことも業界から追放されることも惑星上から姿を消すこともない完璧アイドルだ。彼女は実際、いくつもの「映像」を持っている。我々は皆、この音楽的見せかけの共犯者だ。過去の聴衆がモーツァルトオペラを、ガーシュウィンミュージカルを、あるいはかのすさまじいレ・ミゼラブルを本物であると信じたように。我々は十分深く信じられるようになるまで偽りの世界を本物だと信じるふりをする。その世界を感じるまで、見せかけの魔法を感じられるようになるまで。

  ***

 ピアノ最後の変革とは、もちろん電子化のことだ。

 真空管からトランジスタを経て迷宮のような電子回路まで。もしピアノの鍵盤が「あらゆる音符を見る」ことのできるインターフェイスだとしたら、それは作曲家に最も未来を感じさせるインターフェイスだ。そして我々にはシンセサイザーキーボードとMIDIコントローラーワークステーション世界が与えられており、そこでは遂にピアノが単なる「楽想を試す場所」から超越した。ちょっとした波形の調整によって、ハンマーと弦の機構に制限されることなくこれらの楽想を正確に響かせることができる。新しい音を作り上げることもできる。楽想の断片を記録し、他の楽想をその上に並べて電子キーボードを個人的な架空オーケストラに仕立てることもできる。ピアノピアノを超えた。それは作曲家の手の延長どころか、作曲家の心の延長となったのだ。

 一つだけ欠けているものがあった。声だ。

 そして、ご存知の通り、日本日本であり、彼らはやってのけた。彼らは人工物を誰よりも巧みに操った。彼らは本物の料理だと見栄えが悪くなるからという理由でプラスチック製の小さな食品サンプルを作った。本物の労働者は間違いを犯しがちだから製造ライン用のロボットを作った。本物の音楽家を家に入れるのは大変だから編曲家のために電子キーボードを作った。そして、人間の声を合成する技術が十分に発達した時、そしてそれが人工音声のためのペルソナ創造するというアイデアと衝突した時、ミクが見せかけの音楽における21世紀スーパースターになるのは当然のことだった。

 中にはボーカロイドというアイデア音楽家の全てを破壊するという人もいるだろう。全ての仕事ソフトウエアがやってくれるのに、誰が人間を必要とするんだ? 俺が思うに、ボーカロイドってのは偉大なる民主化の旗手であり、音楽家のために沢山の扉を開いてくれるカギなんだ。過去において、もしお前が作曲家編曲家あるいはプロデューサーなりたければ、まず自分の曲を書いてそれから演奏家を探し見つけ出すしかなかった。何しろお前の傑作に生命を吹き込みたければ、5人編成のバンド、20人編成のオーケストラ、そして3オクターブ半の音域を持つ歌い手がいないとどうしようもなかったのだから。マジ悲惨。だがミクがいれば誰もが作曲家になれる。誰もが自宅のスタジオで曲を作り、正しい機材があれば、電子機器を使った完全なポピュラーソングを生み出せる。ボーカロイド音楽家仕事を奪うわけじゃない。それまでミュージシャンには決してなれないと思っていた人々の中からミュージシャンを作り出すんだ。動画投稿サイトで毎日そうしたことが起こっているし、こうしたコンサートではそれまで決して聞いたことのないような人々が突然電子王国の宮廷音楽家になれる。非常識なほどの大金持ちだった王家の人々の手にあった手製の楽器から、平民たちの手に握られた緑の髪の女神へ。それがこの大きな3世紀の違いだ。

 何であれ多くの人々が音楽を作ることは、単に大人しく聞いているだけよりもいいことだと俺は信じる。俺は魔法を、ボーカロイドを、ミクを信じている。

=====以上翻訳終了=====

 誤訳は当然あると思う。でも面倒なので修正はしない。

2010-06-06

http://anond.hatelabo.jp/20100605231849

あんなコピペ作っといてこんなこと書くのもなんだけど、個人的にはやっぱり歴史の違いは感じるんだよね。

G線上のアリアを聴いて感じるのはやはり中世的、バロック的な美だ。

紅茶をツーと飲んで、豪奢な椅子に座り、革装の洋書を手に取り、昼下がりの陽射しを横に浴びる午後だ。

それはもちろん厳格に運用された機能和声(古語)が歴史を想起させるのかもしれない。

そういう意味では、生きた化石ゴキカブリを除く)をこの目で見て卑近の生物比較することと、何ら違いがないのかも知れない。

2009-08-07

そういえばクラシックはCD1枚が缶コーヒー1本分の値段で買える音楽ジャンルなんだよなあ

すでにかなり話題になったCDで、今更の感はあるんだけど、パーテルノストロ指揮のブルックナー交響曲全集

0番から9番、それに『テ・デウム』が入って11枚組。

それで、このお値段。

http://www.hmv.co.jp/product/detail.asp?sku=3599098

現在の販売価格だとCD1枚が缶コーヒーよりちょっと高くて、ペットボトルお茶よりちょっと安いくらいか。

おそるべしクラシックCDの激安ぶり。

もちろん演奏も値段抜きに考えても良くて、これ、ライブで聴いていたら泣くんじゃないだろうか。

ブルックナーを聴いたことが無い人はとりあえず持っておいて損はしないと思う。

ブルオタな人はもう既に買ってるでしょう。

演奏会場はドイツバロック建築教会で、ライブ録音。

ちなみにこういう建物

http://www.88250weingarten.de/cam/cam01/image.jpg

http://www.weingarten-online.de/servlet/PB/menu/1117537_l1/index.html

2009-03-15

今更ながら「釣り」に色々と突っ込んでみる

http://anond.hatelabo.jp/20090308152436

http://anond.hatelabo.jp/20090312233645

 

あれ機械じゃん。機械の声だよ? 誰だってあれ聞いて機械だって言うのは一瞬で分かる。それで感動するって本気で馬鹿なんじゃない? 

あれがいいっていうのは、頭がおかしいとしか言いようがない、というか、脳が退化してるんだよ。それしか説明がつかない。つまり、人間の声と機械の声が区別つかなくなってるんだよ。

映画小説テレビ漫画ゲームも言われてきたよね。「あれをやると、妄想現実の区別がつかなくなる」って。初音ミク聞いてる人で、人間の声だとでも思って聞いている人いないと思う。むしろ機械だからこそ「すげー」って思うわけで。

そもそもさ、人間機械の声の区別がつかなくなったからって、音楽的に何か問題でもあるの?

初音ミクはまだまだ機械っぽさが残っているけれど、これから技術が発達すれば、人間の声と区別がつかないボーカロイドが出てくるだろうし、現にほとんど人間の声じゃないのかと思うようなボーカロイド作品も既にあるしなぁ。脳が退化したんじゃなくて、技術が発達したの。

ボーカロイドより人間の声のほうが絶対良いだろって言うのは、バイオリンより人間の声のほうが絶対良いだろって言うのと同じ。楽曲に合わせて使い分ければ良いだけの話で、限定してしまったら音楽はつまらなくなるよ。

 

おまえらは馬鹿か、またはブームに乗せられてるだけだ。まあそれを馬鹿と言うんだがな。

ブームは馬鹿にできない。ブームは時に優れた芸術を生み出すからだ。ゴシックバロックロココアール・ヌーヴォールネッサンス印象派キュビズムシュールレアリズム、これらは全てその時代のブームであり、そのブームは優れた芸術芸術家を生み出してきた。ブームに乗らずに我が道を行くのもアーティストなら、ブームに乗っかって創作活動をするのもアーティストである。ブームに乗せられている者を馬鹿だというのなら、アーティスト馬鹿だらけだ。

 

音楽そのもの以外の部分で初音ミクCDを売ろうとしている

そもそも、ジーン・ケリーフレッド・アステア笠置シヅ子李香蘭の時代から、レコード純粋音楽だけで売っていなかった。映画企業や役者のキャラクター性やダンス、時にはプロパガンダと一緒に売られていた。それを考えれば、初音ミクのほうが、企業プロパガンダにまみれていない分、純粋といえるかもしれないぞ。

 

プロ歌手が毎日どれだけ苦労してるか知ってるか?

俺は質の高い音楽を聴きたい。昔から俺を感動させてくれたのは音楽だし、今後もそういう音楽を聴き続けたいと思っている。片手間で作った音楽ではなく、そのアーティストか24時間音楽のことだけを考え、試行錯誤し、長い時間をかけてやっと作り上げた、己の全存在をかけたような音楽だ。音から受ける心底からの感動は、そのような努力からしか得られない、と俺は考える。

少しでも創作活動をしたことのある者ならわかると思うが、努力して苦労すれば良い作品ができるというわけではない。「24時間そのことだけを考え、試行錯誤し、長い時間をかけてやっと作り上げた」作品いまいちパッとしなくて、ある瞬間に突然思いついて短時間で作り上げてしまった作品のほうが良い出来になるなんてことザラにある。

でもさ、評価されるとしたら、やっぱり単純に作品だけで評価されるほうが良いよ。「長時間かけて一生懸命頑張ったので、それが報われないんじゃかわいそうなので売ってあげましょう・買ってあげましょう」じゃ、プライド持ったアーティストなら嫌だと思うんだけど。

つーか、「音楽そのもの以外の部分で初音ミクCDを売ろうとしている」と非難しておきながら、「長い時間をかけてやっと作り上げた」とか言うのは矛盾している。アーティストの裏の苦労や努力なんて、「音楽そのもの以外の部分」そのものじゃないかw

これ創作活動だけじゃなくて、人生そんなもんなんだよね。単純に長い時間かけてやれば良い結果が得られるってわけじゃないの。

それにさ、ガチで作ったものも良いけど、片手間のお遊びやノリで作ったものも面白いよ。ガチガチばかりじゃつまらない。遊び心もないとね。

あと、初音ミク作品作るのって結構大変よ?私は兄弟のを少し触らせてもらった程度だけど、ミクに歌わせるぐらいなら自分で歌ってしまったほうが遥かに早いと思った。だから良作品には賞賛コメントがつく。もしかして増田のミクに対するイメージって、PCで文字でも入力するようにチャチャっと打ち込めばすぐできるものと思っているのかな?

あと、当たり前だけど、オリジナル曲だったら作詞作曲の手間は同じだよね。

 

理由の1つ目は、消費者が他のCDを買う金がなくなってしまうこと、また他の音楽への興味を失ってしまうことだ。人が娯楽に使えるお金には限度がある。初音ミクCDを買えば、もしかして初音ミクより好きになるような良いCDが近くにあったかもしれないのに、それには目もくれず帰ってしまうことになる。

杞憂。ミクが売れたくらいで、他のアーティストが売れなくなるなんてことはない。ボーカロイドカバー曲は幅広いよ。つまりそれは、ミクをやってる人の音楽好みが幅広いことを意味している。ミクが歌っている楽曲の中にはニッチな物も多い。ミクがきっかけで今まで知らなかった音楽を聴くこともあるし、自分の好きな楽曲のミクカバーを見つけたり、それを初めて聞いて興味持ってくれてるコメントを見るのは嬉しい。初音ミクは、音楽の幅を狭め、音楽に対する興味を失わせるものではない。むしろその逆だ。

 

マスコミや一時的なブームなどに影響されず、自分が自信を持って良いと思える音楽を、自分から探して見つけることだと思う。

何であれ、出だしの頃は物珍しさも手伝って、猫も杓子もやるもんだが、やがては消滅するか、定着して趣味化し、する人はとことんするが、しない人は全くしないというふうになる。車しかり、海外旅行しかり、テレビゲームしかり。ボーカロイドブームもやがては落ち着き、定着して趣味化するだろう。増田が今わざわざ言わなくても。

それに、今ほど個人の趣味を優先させやすい時代はないと思うぞ。情報を発信しているのがテレビラジオしかなかった時代は、周囲に音楽通がいない限り、実質テレビラジオ学校で習う音楽以上の選択肢などなかったのだから。今やネットで古今東西の音楽のとっかかりぐらいはある。世界から、過去から、自分の好きな音楽を探し出せる。それに、ネットを介せば趣味仲間もすぐに見つかる。今の時代は、まさしく「自分が自信を持って良いと思える音楽を、自分から探して見つける」時代だ。ネットが普及してから、個人の趣味オタク化したと思うよ。

 

おまけで、私も自分の好きな音楽紹介しとく。

雨に唄えば より Singin' in the rain

http://www.nicovideo.jp/watch/sm68879

夜来香 & ふるさとのない女 山口淑子李香蘭

http://www.nicovideo.jp/watch/sm1417673

Sex Bomb

http://www.nicovideo.jp/watch/sm2777701(3:30から)

2009-03-12

http://anond.hatelabo.jp/20090312114452

ヨーロッパで城といえば、基本シンメトリーの美しさを誇っているのだが、

そのヨーロッパ人が姫路城を見るとバロック、醜悪な美としてインパクトを受けるのだそうだ。

これは作り話にあらず。

2008-12-11

http://anond.hatelabo.jp/20081211224903

わかる

シャープ系は華やかでフラット系はダークって感じるなぁ

というかキーによる雰囲気ってすべて同じとされてるの?

バロック時代のキリスト音楽とかではDが聖なる調とされてたっていうし(うろ覚え

R&Bとかだとフラット系が多いし(勝手イメージ

音域合わせの便利機能ってだけではないだろうと思うが

2007-04-19

ハルヒ読んだ中学生から

SFって面白い? なんか良いの教えてよ」と相談されるの巻。さてどうしよう。

ここで上手く誘導して「ラノベ読み」から「ラノベも読むジャンル小説読み」に育てたいんだけど。

ハルヒ』好きってことは、ハードSFはアウトだよな、多分。とりあえず今は、超無難なとこで、読みやすくて幼女萌えもある『夏への扉』を貸して時間稼ぎ中。

谷川流オススメ長門百冊)を読ませりゃいいのかと一瞬思ったけど、あれって『ハイペリオン』とか入ってる中級・上級者向けリストだかんなあ。基本的にこれまでラノベ現国教科書しか読んでない人間には辛かろう。なんぼ賢い子でも。俺だって中学生のころじゃ、あのリストは読みこなせなかったと思うし(←自分は賢い子だったといいたいのか貴様)。悩めるわ。いっそワイドスクリーンバロックでも読ませてみるかな。ある意味ラノベっぽいし。『禅銃』(〈小姓〉テラモエス)とか読ませてみたらどうだろう。

うーん……。

http://anond.hatelabo.jp/20070419215937

そのへんは適当に読んでるみたいで、「もうちょっとSF要素が強めのが読みたい」(改めて考えるとよくわからん言葉だ)とのことなんですわ。

http://anond.hatelabo.jp/20070419233602

近作のイメージ(『永久帰還装置』とか『膚の下』とか)が強いもんで、神林はハードル高いかなーと思ったけど、そういや「敵は海賊シリーズがあったね。いいかも。

しかし、海外SFより国産SFの方がハードル低いのかなあ、やっぱり。

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