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はてなキーワード: あたりめとは

2021-08-25

自動車リース会社ざまあ

コロナリースいらねーよってなって減益ざまあ

リースなんかいらねんだ

全部買わせるのがあたりめーなんだ!

2021-07-24

世界が(違う意味で)大注目!これが東京2020オリンピック!!

ちょっとまとめてみようと頑張ってみました。2020年以降の時系列がまとまった資料がなく苦労しました・・・世界よこれが日本レガシーだ!!

2021-07-19

anond:20210719025650

あたりめえだろ140Pもある漫画なんて描かねえし載せねから基本

情報量が違うんだからレベルが違うと感じて当然(まあ1冊で単行本にしてマネタイズするんだと思うが)

単純に「これってもしかして京アニ要素?」「洋楽のアレがモデルだよね!」以上に深掘りするところがない

本当に語られる作品というのはどこか欠けているものがあって

「ここをもう少し変えたら自分好みなのに」と万人に思わせるものだよ。

2021-07-09

anond:20210709225727

あたりめーだよ

ほんと麻痺してるし20代前半で辞められたのは正解

人間関係大人向けに変わっていくと思うし成長できると思う

2021-06-07

anond:20210606215923

元増田の『凍ってる』がどのレベルかだな

ほんのりシャリシャリなら、チルドしてるんだからあたりめーだろ!!って感じ

2021-06-06

anond:20210604122239

>みんなグラボに限らず安く買えるなら安く買いたいって思ってる

何言ってんだコイツ

誰でも安く買えるなら安く買いたいのはあたりめーだろが。

安く買えないってことは、需要が旺盛ってことだと何万回言えば理解すんのコイツ

高すぎたら売れなくなるだけだ。つまり今の価格適正価格

2021-06-04

映画アニメ感想が人によって違うと荒れるから嫌だ

受け手によって解釈が違う表現って、視聴者間のレスバトルが引き起こされて嫌な気分になるんだよね。

作品自体面白かったとしても、その後のネットコミュニティが荒れまくると、うんざり気分に上書きされちゃう

人類史もっと一般人推し活とレスバが盛んなこの時代揉め事の種にならないようにはっきり説明してくれる作品解釈の幅が少ない作品が求められるのは自然だね。

まりカップリング論争なんて最早うんざりから公式正史における本命CPは明示されてる方がありがたいってことよ。

そしてCPオタクジャンル以外でも近いことが言える。




現代では、作品のもの効用と、その作品に対してネットお祭りすることの効用が、同じくらい重要になってる。

オタクジャンルでは以前から公式が新情報を追加し続けて、オタク二次創作限界萌え狂い芸やトレンド乗りといったファンコミュニティの活気を絶やさないことが大事。それってまるで作品よりもコミュニティを作ってるみたいではあるけど」なんて言う人がいたけど、映画ドラマでも割とそうなってる。

友達映画見た後の感想会が楽しいのは昔からだが、今はその感想会の重要性がめちゃデカくなったんだな。

そんでここから本題だけど、友達同士の感想会ですら評価が別れるとやや気まずくなるのに、何万人とやりあうネット関係評価が分かれてるとコミュニティが荒れまくってしんどいんだわ。

(ここで友達同士の違う感想を聞きあうのがいいんだろとか言おうとした人もいるだろうが、それは心身が健康かつ信頼関係のある友達とたまにやる時だけ言えること。一時的には議論面白く感じても、やっぱり疲れるから、好みの合わない相手とは次第に一緒に見なくなるぜ。)

人によって受け取り方が違うのは文学性かもしれんが、はっきりしないものについて語り合うのって耐えられないほど疲れるんだよ。

なんなら作品鑑賞時間より、その後のネットコミュニティに入ってる時間の方が長いくらいなんだからさ。

大昔なら他人感想を見るのなんて批評家の本くらいだし、ネット時代もしばらく前であればブログに長文書ける限られた人のものしか目に入らなかったから、我々は自分vs作品孤独に向き合う時間が多かった。

そこで一応自分の中でまとめた自己解釈は、二つ三つの他人感想と違ってても辛くなかった。

でも今は世界と繋がってんだから解釈が固まらないうちに、他人の何千という意見を目にするせいで「私が間違ってるのか?」という不安や「あいつら、読みが浅いくせにそれが正当みたいな顔してやがる」みたいな怒りが沸いてくる。

自分と近い解釈の【仲間】も沢山見つかるが、それは自信を補強するというより、陣営に別れての対立を激化させる効果が大きい。

SNS日常のスキマ時間に入り込んだ現代、スキマ時間対立を目にするのはマジでキツいんすわ~。

から近頃は萌えカプ重視のオタク作品ですら、カップリング論争が激しくなりそうな関係描写敬遠されて、公式CPはほぼ明示、ハーレムでも正妻ポジションがわかりやす作品が、安心できる福利厚生としてウケるんだよ。

シン・ゴジラエンタメ性のバカ高さで内閣総辞職ビームwwwつって盛り上がったが、もしも流行初期にもうちょっと原発比喩か否か」「日本官僚への期待か否か」「庵野政治的主張をしたがらないんじゃないか」みたいな議論厨がファン内の主流になってたら、疲れそうだから人がこなかったと思うわ。


この増田は以下の記事に触発されて書いている。

わかりやすさを求める人への軽蔑トーンが強すぎるぞ、煽ってアクセス集めるのはやめろ、と思ったが、興味深い部分はある。

映画ドラマを観て「わかんなかった」という感想が増えた理由

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/83647

逃げ恥』『シン・エヴァ』…「リテラシーが低い人を差別しない」作品時代を制する

https://gendai.ismedia.jp/articles/-/83706

リテラシーへの思いやりでわかりやす作品が増えており、それは低リテラシーへの差別予防であり、反差別ポリコレと通ずるブームだという指摘は面白かった。

だが、それだけじゃない。

作品から視聴者への差別防止だけでなく、視聴者間の差別も防ぐ効果が、わかりやす作品にはある。

視聴者も他の視聴者差別したり、憎んだりしたくないんだよ。ファンコミュニティ内で荒れたり議論になったりしてほしくないし、自分荒らしたり議論を吹っ掛ける誘惑にかられたくない。

たとえば意味深表現があると、それを誤読した低リテラシーな人に対してどうしても「あーあ、バカな奴ら」って差別的なこと考えちゃうじゃん、そんな感情を誘発させないでほしいんだわ。

しかも本当に誤読してるのがどっちかはわかんないしね。

自分誤読してるのに、ちゃんと読めてる高リテラシー側に対して「バカな奴ら」って差別的なことを考えてるのかもしれないと心配になる。そんでこういうぐちゃぐちゃした思考自分うんざりする。

とにかく「解釈の幅が生まれやす表現」てのは、皆が繋がってコミュニティになってるこの時代には揉め事の原因になるからやめれっつーことよ。

仕草だけで好意を伝えるなんてやったら、それは本当に好意を読みとれるかどうかで揉め、作者が意図してるかしてないかで揉め、仕草から感情勝手解釈して判断するのはデートレイプかに繋がるんだから性交同意書が提案される現代には許されないとかで揉め、言外の意味を察することを求めるのは発達障害に厳しいとかで揉めるんだぞ。だったら好きか嫌いかはっきり言わせよう、となってあたりめーだよな。




だいたいさ、はてなーツイッタラーも5chもふたばも、主語デカい、比喩を使うな、皮肉は伝わらないからやめろ、意味が一意に取れるように書け、みたいなツッコミをする人がすげー増えたじゃんね。

だったら、物語もそれに合わせてわかりやすく直接的で解釈の幅を狭くする描き方をして当然だよな。

そーゆー批判有名人発言ブログに対してだから物語に対しては別だと思う? 物語比喩や間接性こそが価値から明確さなんて求めてないって?

いいや、時代感覚としては根が一緒だと思うよ。

事実半分物語半分みたいなエッセイブログエッセイツイートですら「誤解を招く表現はやめろ」「曖昧さを利用して分断と偏見を煽っている」なんて言われてんだからさ。

受け手によって解釈のブレが生まれやす表現は混乱の元だからやめとけやめとけってのが、ネット発言についても物語表現についても当てはまる時代なんだわ、今は。




追記

ブコメで「他人感想を見るな」などのアドバイズをしている人いるけれど、この記事では困ってるなんて全然書いてないっすよ。

しろ逆で、わかりやすくてSNS受けしてみんなで同じノリがしやす作品が増え、応援上映だのイベント配信だの実況ハッシュタグだのも公式が準備して、モノ消費よりコト消費なんてスローガンも広まって、対人交流好きな人間にはどんどん都合がいい世の中になってるぜ、と言っている。

それなのに、なんでわざわざ我が世の春を捨てるような、古の単独ムッツリオタクとしての生き方回帰せよってブコメつくねん! そもそもオタクだけの話をしてるわけじゃないし!

あとどっちかっつーと、いま助言される立場オールスタイルオタクの方じゃない?

作品と鑑賞者がタイマンで向き合うのが本義で交流共感二の次三の次というの、今の時代では逆風で大変そうですね。もっとコミュニケーションやってみんなで盛り上がる方が生きやすいですよ」ってな。

私はそんなこと言わんけど。

だってこの記事は周囲を見て考えたことを書いたものであって、私自身は6:4くらいでオールスタイルオタクに近いから。本文で一人称を使ってないのは、私の価値吐露じゃないからだよ。

2021-05-24

「同じことを何回も聞かれる」で怒る人がいることが信じられない

なぜ教習所教官あんなにイライラしているのか、甚だ不思議しょうがなかった。

昨日自動車ハンドルを握ったばかりの頃に、「基本的なことが出来てないんだよ!」と怒鳴られたことがあり、「あたりめえだろ」と、率直な感想を抱いた。

その日の夜、

教習所 教官 ストレス

検索したところ、非常にストレスが溜まりやす仕事だとの口コミまとめサイトで拾えた。

なんでも、「交通マナー運転方法などの、自分からしたら常識のことを、毎日毎日若造相手に同じことばかり教え続ける。病んで当然」みたいな理由らしい。


いや、だから何がストレスなの…?

素人の危なっかしい運転に同情させられてハラハラするとか、高速教習で寿命が縮まる思いをするとかなら納得できる。なにせ命の危機だ。気が立つのもさもありなん。

だが、『自分からしたら常識なことを教える』のも、『それを何度も何度も教え続ける』のも、それらは何がどうなってストレッサーとしてはたらくのか、まったく理解できない。

相手は知らないから教えを乞うために教習所に来ているのだし、同時に教えられる人数に限界がある以上は同じことを話すハメになるのもしょうがないだろう。

いや、『しょうがない』という表現もふさわしくない。妥協意味合いなど介在し得ない。そもそもストレスに感じることがおかしいのだから

同一人物に対して、同一内容の教導を複数回行わなければならないにしても、その怒りは不当なものである

何せ相手からすればその指導内容は「知らない」のだ。初見だろうが再度だろうが、知らないもの実践しようがない。無知忘却になんの違いがあろうか。

以前、母が祖母に対して、似たような理由で怒っていた。

「あれこれそうしてって何回も言ってるでしょ!?」とヒステリーを起こしていたので、(祖母が何を忘れて、どういういきさつで怒っていたのか詳しくは覚えていないが)

「忘れたこと責めたら聞きづらくなるんだから、そんなにがなり立てたらだめだよ」と諭したところ、

だって同じこと何回も何回も聞いてくるんだよ!?おばあちゃん、もうボケてわ!」と憤慨していた。

からそれの何が怒りの要因たりえるのか。

よしんばボケていたとして、ボケている相手に「ボケている人間の症状を出すな!」と責めてどうなるのか。理解しかねる。

別に同じこと聞かれてもいいじゃん」と言うと、「あんたは気が長いねえ……」とため息交じりに返された。

自分の気が長いだけなのか、母と教官が短気なだけなのか。どっちなのだろう……

自分なら、教え子や部下から同じことを百回聞かれたって気を悪くせずに答える自信があるのだけれど。

2021-04-28

弱者男性の話をする時に結局「自分たち自分たち肯定するのが必要」になるのをやめろ

弱者は身も心も社会的地位もないか自分を認めたり他の人を褒めたりすんのは無理なんだっつの

そんなの弱者男性でも弱者女性でもあたりめーだろっ…!

なのに弱者男性の話題で、穏当な論者ですよアピールしたそうなやつはどいつもこいつも自己承認とか自己肯定をしたがる。

やめろよ、その「男たちは困ってるだろうが自分たちで自分を救え」みたいなの…! まずそれをやめろっ…!

ボロカスなやつに自助をさせたがるんじゃねえよ。

自助自己肯定っつーのは自助ができる程度の足腰がある人間に求めるもので、いわば病気に対する自己免疫みたいなもんで、不健康な奴がすべきはじめの一歩どころか、自助自己免疫機能する毎日ってのは目指すべき最終目標だろうがっ…!

「困った時の最初手段として自助があてになる状態」を実現することが最終目標! なのに「最初手段としては自助」じゃねえんだよ! 「まず弱者男性同士で認め合うことが必要」じゃねえんだよ!

ブラザーフッドなんて、心身安定してるやつら同士でできるもんだそれは!

まず! お前らが俺たちを救え! 癒せ…! 愛せ…! 育て直し…! 俺ら以外の男や女が俺たちを介護して育て直せ…! 社会正義の実現の為には、その任務をお前達社会が負うのが道理…!

弱者自分たちを肯定できる能力を持てるのは、他者によってある程度満たされてからしかありえない!

なのに、面倒くさくて不快キモくて厄介だからって、勝手自分たちで自分たちの面倒を見ろって態度を取って、しかもそれで善人面をするなっ…!

キモくてカネのないおっさんを愛せ!

https://bunshun.jp/articles/-/44981

2021-02-07

(2/6,7)ご飯の記録をすることにする 感想 どれみ#7,8話

ご飯の記録をすることにする まとめ

2/6(土):4242キロカロリー

 朝:納豆キャベツ千切り、ご飯

 140分13.2キロウォーキング 

 カレーパンクランベリーパン

 昼:キャベツ千切り、ご飯、ぶりの塩焼き

 おジャ魔女どれみを見ながら※1皿洗い

 夜:もずく酢、ピロシキとんがりコーン、マーボー豆腐、鶏のから揚げ4個、酒(氷結3本、バーリアルビール二本)、たこ焼き10

2/7(日):2913キロカロリー

 朝:キャベツ千切り、納豆、マーボー豆腐

 昼:ぶりの塩焼き、キャベツ千切り、キムチソース焼きそば(2.5人前くらい)

 ホエイプロテイン

 夜:マーボー豆腐もずく素、とろろ芋ご飯キャベツ千切り、ソース焼きそば

土曜日の朝計測をしたところ、体重が82.4キロウエストが88cmだった。(1月時点でウエストは90cm)

↑の通り真剣にはダイエットはしていないけど、一応結果は出ている。日常的な運動は大切だ。

距離ウォーキングを行い、疲れ果ててからパンを買うのにハマっている。今週買ったのはカレーパンクランベリーパンピロシキだ。全部最高だった。カレーパンは揚げたてだったので我慢できず歩きながら食べてしまった。そこまで衝動を抑えられなかったのは久しぶりだった。

土曜日に酒を飲みすぎたのか、日曜は気分が落ちていた。”焼きそばをドカ食いしたくなる日は結構参ってる”というバロメーターがある。ずーっと社会人やるの嫌だなぁって気持ちが膨らんできている今日は、まさに参ってたかなぁ。まぁ、お風呂入ってちょっと気分が上を向いてきた。

※1おジャ魔女どれみ#の感想

 第7話 ハナちゃん健康診断

第 7 話 ハナちゃんの健康診断 - おジャ魔女どれみ# - 作品ラインナップ - 東映アニメーション

ハナちゃん健康診断回。合格不合格があるらしい。。魔女界って不思議。。

犬猿の仲だったイカ族とタコ族の二人が恋に落ち、子供あたりめちゃん)を産んだ家族健康診断に参加している。子供あたりめのところで滅茶苦茶笑った。

どれみたちは「人間魔女の子供なんて育てられない」という目と戦い、イカタコあたりめは「この子健康的に育たないとイカ族とタコ族の関係悪化しかねない」というプレッシャーと戦っている。こういうプレッシャーと戦って子育てしている人は多いんだろうな、って感じる。

マジョハートは嫌なやつとして出てくるけど、ちゃんサポートしているいい奴だ。

あらゆる赤ちゃんを眠らせる「ルミナスの子守歌」は魔法よりも魔法だとも思ったけど、タケモトピアノCMとか砂嵐とか、似たようなものあるね。こういう"魔法"を探すのも子育てなのかなと思いました.

第8話 時間を越えて、おんぷママ秘密を探せ!

第 8 話 時間を超えて、おんぷママの秘密を探せ! - おジャ魔女どれみ# - 作品ラインナップ - 東映アニメーション

いつも大人なおんぷちゃんが珍しく荒れるところからまり、珍しく親に甘えて終わる回。トラウマを救うために夢で救ってあげる、っていうのが結構好き。

2020-12-05

出世までの半年

私はイカおつまみが好きだ。

長年セブンイレブンあたりめを食べていたが、徐々に内容量が減っている気がして、イカ離れをしていた。

今年の春、在宅勤務が始まったことで、仕事をしながら存分にイカおつまみを食べられることになった。

嬉しすぎる。

これまで残業中に誰もいないオフィスあたりめやゲソをしゃぶることはあったが、フルタイム好きな時間イカが食べられるとは!

早速コンビニで数種類のイカを購入した。

この中に運命イカがいたのである

それはジャッキという会社のかみかみいかチップだ。

おつまみコーナーで見つけたいかチップ

ジッパーが付いているが一気食いした。

仕事中にもちょうど良い塩分、くどくない甘み。

ひとつひとつチップは噛みごたえのある厚みがあるが、細かく裁断されているので飲み込みづらさもない。

朝昼夜、どんな時間にもマッチする。(ただし夜食べると翌日やや顔がむくむ気がするため控えている)

朝やる気が起きないとき、昼間ムカつく会議の後、捗らない仕事の合間、一山超えた後のご褒美……。

一度食べて病みつきになった私は、売り場にあった3袋を買い占めた。

平日はほぼ毎日ストックが切れると買いに行った。家族にも買ってきてもらうようにした。

おそらくコンビニの裏ではイカ女と呼ばれているだろう。

毎回3袋買い占めていたある日、棚からいかチップが姿を消した。

おそらく買い始めて二ヶ月ほど経ったとこだろうか。

あんなに買い続けていたのに他の商品に負けたのか?私以外に買う人がいなかったのか?

近くのスーパーコンビニどこにもない。

ネット情報を探そうものにもジャッキのサイトにすら記述がない。

箱買いを試みたが途方に暮れた。こんなにおいしいのにSNSでもほぼ情報がない。何故だ。

一週間ほどの出来事だと思うが、仕事が手につかなくなったこともあり、いかチップのことは忘れようと決めた。

ある夜、コンビニへ行った家族からいか復活!」の知らせが入る。

しかも、普通いかチップピリ辛味まであると言うではないか

ピリ辛味に興味はないが、単純に売り場が増えていることに歓喜した。5袋ほど買ってきてもらい、すぐに自分の目でも確かめに行った。

一列だった売り場が二列に!さらピリ辛味も含め三列になっている!!!出世!これは出世だ!!

レジに3袋差し出した私は、きっと誇らしげな表情だったことだろう。

それからというもの、入荷は安定し、私が3袋買っても他の人にも行き渡るような状況が維持されている。

さらに勢いは加速し、陳列棚が増え、多いときには6列近くも取り扱われるまでに出世した。

平和な日々。週5、6袋のペースで消費し続けるいかチップ

相変わらず他の店で売っている姿は見かけない。

布団から出るのが辛くなるほど冷えてきた頃、家族いかチップのおつかいを頼んだ。

電話が鳴った。嫌な予感である。いや、すでに地位確立しているはず。私は電話に出た。

いかが……無い。」

『何で?あんなに棚増えたじゃない…』

もっと売れたかと思って目立つ方の棚も見たんだけどなくて……」

家族も慣れたものであるスナック菓子や季節限定品の棚も見てくれていた。それでも、無い。

違ういかの購入を打診されたが断った。いかチップじゃないとダメなんだ。

15分後、家族帰宅した。

黙って差し出される袋。


いか!!!!!!!ある!!!!!!

見慣れたいつものパッケージ!!!!!!


嬉しすぎて飛び跳ねた。なんと素晴らしいサプライズ

どうやらいかチップは、アメやグミなどポケット菓子的な売り場の一番目立つ場所に並んでいたようだ。

偶然グミを買おうとして見つけてくれたという。

これは、間違いなく出世だ。

日が当たらないおつまみコーナーの一角からレジが目の前の華々しい棚へ大出世である

翌日、すぐに様子を見に行った。キラキラしたグミチョコに混ざって、いかチップがいた。

記念写真を撮りたかったが、さすがに控えた。常識は弁えているつもりだ。いかチップに恥はかかせられまい。

誰にも見つからなくても私一人がそっと買い支えられればと思っていた。

それが今では、新製品が立ち並ぶ熾烈な棚の一番良いポジションに収まっているなんて。半年前には考えられなったことだ。

でも、そろそろ箱買いしたい。

2020-12-03

anond:20201203124348

それで日本が良くなってほしいって思うあたりめっちゃいいやつだな

どっちかというとみんなコロナになって死屍累々世紀末絵図が見たいって思っちゃう

2020-11-01

「全部見た」系アニメレビューって使えない

特定の誰かへの文句じゃないんだけどさ。

増田にもたまに投稿される「今季全部見た」系のアニメレビュー

あれ本当に使えないんだよね。

 

でまた、全部見た系レビューって大抵、全部褒めるんだよ。

そんでブクマのアホに「悪く言わないいいレビュー」とか持ち上げられてるの。

もうね、バカかと。

 

好き嫌いをはっきり言うレビュー

まらんと思ったものはどんどん切っていくレビュー

そういうののほうが使えるんだよ。

 

だって同じものに対するレビューは無数にあるんだから

レビュアーのモノの見方をはっきり押し出してる方が信頼できるの。

普段辛めだけど推してるものの波長合う人のレビューの方が、「あ、この人が勧めてるなら」ってなるじゃん。

 

一人が全部見て、全部に丁寧なレビューなんか書く必要ないんだよ。 

全く。

少しも。

 

そういうことが出来る時点で好き嫌いの薄いつまらない人間(実社会なら素晴らしい人格だけど、芸術世界では凄く才能がない人間だよ)なわけだけど、

そういう人間にしたって興味が濃いものと興味薄いものがある筈なんだわ。

で、レビュー書く価値があるのは興味濃いものだけなんだよ。

すごく好きとか、すごく悪口言いたいとか、それ。

その作品レビューけが、書く価値あって、他人が読む価値あるの。

 

全部のレビュー書いたらさあ、

しろお前の書いたうちの価値のあるレビューが、お前の書いたうちの価値の無いレビューによって埋もれちゃうんだよ。

今の時代情報量が多かったり網羅的だったりすることに意味なんかねーから

情報が鋭く研ぎ澄まされてる、整理されてる事の方が大事から

 

から別にどうしてもっていうなら全部見てもいいけど、

その上ですごく褒めたいやつとすごく貶したい奴についてだけレビュー書けばいいんだよ。

それ以外要らんから

無理矢理全部見て、興味薄いのに興味濃いものと同じぐらいのボリュームを無理して出したレビューとか、粗大ゴミから

読む人にとっても検索する人にとっても無駄だし、なにより書く人間にとって無駄だと思うぜ。

 

「全部見たなんてすごい!」って言ってる奴等は無表情でそのお世辞打ってるぞ。

つの物凄く好きなもの死ぬほど嫌いなものに全力投球したレビューの方がよっぽどみんな本心で感心するから

追記

kuzudokuzu 「お前の意見は使えない」は主張できるが、「私の主張は使える」は主張できない増田。まず適切なレビューというものをやってみせないと、どうやったってその主張は生きない。

2020/11/02

いい挑戦心だが私はそんなの息を吐くようにいつもやってるからな。

自分の語りを貼りながら上を言って私を見習えみたいになると言いたいことが伝わらないじゃん。

増田で今年書いたのはいまこれしか出てこない。増田アニメの話書いてもあんまやり取りできないからね。

https://anond.hatelabo.jp/20200127123616

 

 

追記

akuwaruaku 「使える」って具体的にどういう事?良く考えずにそれっぽい事言う為に使ってるしょその言葉2020/11/03

いやいやそんなぼんやり頭のボンクラ常識で私を測るのはやめて?

 

私にとって「使える」レビューというのは、ある作品についてレビュー者の確固たる執着ポイントをきちんと煮詰めて、怠けずに整理・言語化したものです。

そういうレビューを読んだときに、私の脳味噌はいい感じに新しくシナプスがつながるわけです。

これを私にとっての有用、「使える」と言ってます

ご満足?  

 

 

そしてレビュアーあなたの「使える」(という定義不明目的)の為にレビューしてる訳じゃ無いかもよ?

はあ、あたりめえじゃん?

彼等は私のような視野を持たないからこそ、私から見れば全く無価値形式と内容のレビューをしてるわけで。

私の言う「使えない」は、全く私個人立場の、私個人感性から発せられた、「使えない」です。 

 

たとえばああい個人の偏りを出さないひたすら網羅的なレビューを見て

否定しないいレビュー」とかぼんやりしたブコメ書いて☆をたくさんんもらってなんか優しいやり取りをした気になって満足する人にとっては

あいレビューは正に有用で「使える」のでしょうし、

他にレビュー部分を殆どすっ飛ばし今季放送アニメ目録的に使用してる人にもああいレビューは「使える」かもしれない。

 

つうかさあ、

あのさあ、

こういうのっていちいち確認したり断ったりしないとわかんないこと?

 

君みたいな脳の活動の弱いぼんくらを私はしょっちゅう怒らせるんだけどさ。

例えば私は自分の好みむき出しのあれは素晴らしいあれは良くないってレビューをするわけさ。

みんなが叩いてる作品でも見どころを感じれば褒め称えるしさ。

 

そうすると君みたいな、私から見れば脳味噌半分以上眠ってる奴が怒って突っかかってくるわけ。

「それはお前の感想だろ!」って。

いや当たり前だろ。

逆にそれ以外のなんだと思うのよ。

 

「このレビューは使えない」「この漫画は捨てたもんじゃない」「この漫画は酷い」

はいつも断言的に書く。なんでそう判定するのかはちゃんと具体的に説明するけどね。

こんなの私の意見に決まってるじゃん。

それ以外のなんだと?

(このあいだも「タイムパラドクスゴーストライター面白い」って言ったら、

 みんなが叩いてるから叩いてるだけの奴等が血相変えて怒る怒る)

 

私は自分意見正反対レビュー読むのは大好きだし

自分意見に正面から反論されるのも大好きなんだけどさ、

単なる頭ぼんやりくんの何言ってんのかわからん反発のお気持ちだけみたいなレスポンスだるいんだよね。

 

君みたいな人は、その反発の感情は何からまれてるのかを自己観察してみてほしい。

日頃からちゃんと考えてない、自分気持ちを整理・言語化できてない、断言的自分の好みはこうと表明できてない、

自分がそういう頭ぼんやりモードで生きてるから

断言的ものを言う自信満々な人間に反発を感じちゃってるってことはない?

 

他の理由があるならちゃん言葉にしていってみてよ。

よく考えることに自信があるならば。>akuwaruaku

  

あとトラバにも少しは返答してあげたいんだけど

表示がめっちゃ見づらくて誰へのレスなのか見分けらんないから悪いけど返答しない。

前にかいものと繋げたりしたせいで分かりづらさが更にマッハになった

2020-10-20

anond:20201020000357

なんのために納税してるのかわかんなくなる

あとは死ぬのを待つだけのオイボレに使うなよな

 

サビだらけ傷だらけでもうすぐ寿命の車をわざわざ修理に出さないだろ?あたりめーだろが。

何が人間だ。優生学がどうのとか言われるかもしれないが俺は早く年寄りから順に死んでくれと願っている

2020-09-02

瀬田文学

 二十三時過ぎ、ホテルを出て近所にある和食さとへ向かった。道中、大通りをまたぐ信号を待つ間に何となく周りに目を向けると左方のフェンスに簡易な近隣の地図が括られている。近くに池がいくつもあるようだ。興味を惹かれたので食後に出向くことにした。地図を眺めつつ待つも一向に信号が変わらない。押しボタン式だった。ボタンを押ししばらく待つがやはり青にならない。車の通りが収まっていたので無視して渡った。

 和食さとでは刺身天ぷらいくらかの小鉢のついたようなセットを食ったが大して美味くもなく、胸焼けに似たような妙な不快感が残った。

 店を出て先の地図記憶を頼りに池を目指す。時折地図アプリを参照しつつ最寄りの池を目指すとすぐに着いた。四方を柵で囲まれセメントで岸を固められた、実用を旨とした何の風情もない水たまりだった。過度な期待をしていたわけでもないので、特段失望もなくしばらく柵に肘をついて暗いばかりの水面を眺めた。

 次の池を探して再び地図アプリを開く。目についたのは一つの長方形区画で、短辺に平行に三等分すると、端の三分の一が池で、残りは陸になっており、碁盤の目に道が走っている。また道の周囲が緑色で表されていることから樹木が茂っていることが窺われる。最も目を惹くのは池の中央に浮かぶ円形の陸で、そこへは陸から小路が一本延びている。いかなる場所だろうかと地図をよく見れば霊園だという。深夜に何の縁もない自分が訪ねるのも罰当たりな気がしたけれども、近隣の住民迷惑のないよう静かに立ち入る分には問題ないだろうと自分を納得させ墓地へと向かう。

 その区画境界まで着いたが周囲にはフェンスが張り巡らされており入れない。どこかに切れ目はないかと沿って歩くうち、フェンスに括られた地名表示板を見つけた。ここは月輪つきのわ)だという。

 この名前に触発されて月を見る。今夜は多少雲がかかっているけれども月は八分以上満ち、月明かりを確かに感じる。この優れた月の晩に月輪で池と共に月を眺めるのは非常にふさわしい気がして、池への期待が一層高まった。しかし一向にフェンスの切れ目は見つからず結局フェンスに沿って立つ人家に突き当たってしまった。どうにか入れないか迂回路を探すが地図を見る限り確実に入ることのできそうな場所はあれど、霊園を跨いだ対角側にあり遠い。そこまで行くのは面倒だが、諦めるのも早い気がして、回り道しつつ再びフェンス沿いへと歩き戻るうち気づけば他の池の近辺まで来ていた。その池の名を見ると月輪大池とあり、名前から言ってこちらの池の方がよっぽど立派そうなので、霊園の方はやめ、こちらの池に向かうことにした。

 その池は名に違わぬ立派な池で、近くまで寄ると鳥居が目に入った。その上部に掲げられた文字を見れば龍王神社だという。龍と池という組み合わせが不穏で、気味は悪いが入って見ることにした。鳥居をくぐると白い石の敷き詰められた参道が長く伸び、道の両脇には石灯籠が一列ずつ密に立ち並び、周囲の闇の中でそれらのみが微光を発するように浮き上がっている。それは幽玄さを感じさせるものではあれど古典的怪談舞台のようでもあり、すっと背筋が寒くなる思いがした。足を踏み出すと砂利は一歩一歩が僅かに沈みこむほどに厚く、粉を纏う玉砂利を踏んだときのあの軋む感覚が足の裏を伝わった。参道を歩む途中振り返ると、石灯籠の列が遥かに見え、正面を向き直るとやはり前方にも石灯籠に縁取られた道が長く続く。私は明らかに恐怖を感じた。それでも時折振り返りつつ歩みを進めた。

 やがて参道が果て、二つ目鳥居に辿り着いた。それをくぐり、二、三歩進み周囲を見渡す。正面には拝殿があり、周囲は薄く木々で覆われており暗いが、左方の木立の隙間からわずかに月明かりが漏れ、その先に池が垣間見える。目が慣れるまで待とうと立ち止まって周囲を見ていると、突然右方からかにふうふうと浅く早い吐息のような音が聞こえた。慌ててそちらに目を向けるが何もいない。そこには背の低い茂みがあり、その陰に何らかの獣でもいる可能性は否定できないものの、茂みの大きさからいってあまりありそうもない。微かな音だったか幻聴かもしれない。ともかくしばらくその方向を睨んだ後、気にしないことにした。

 正面の拝殿に参拝し、木立の隙間から池の方へ抜けようとそちらに向かうと、途中に小さな社があった。そこにも参拝した後、岸へと抜けた。月輪大池は非常に大きく、正面を向くと視界に収まらないほどの横幅がある。奥行きは向こう岸一帯が闇に融けているためはっきりとはしないが、その先にある人家のシルエットの大きさから推するに、それほど深い訳ではないだろう。それでも立派な池だ。月は私の背面にあり先ほどよりもやや濃く雲に覆われ、ぼやけていた。月と池を同時に眺められないのは残念ではあるがしばらくそこに佇み、交互に見た。そろそろ戻ろうと思いつつ、ふと脇に目を遣ると池を跨いで石灯籠の列が見えた。またあの道を行くと思うと気が進まない。「行きはよいよい・・・」などとふざけて呟き、気を紛らわせつつ帰路につく決心を先延ばしにしながら周りを見渡していると岸に沿って道が伸びているのに気が付いた。先を覗くとずっと続いており、先には低い丘とその上には東屋が見える。そちらから抜けることにした。

 東屋まで行くと、隣接して高いフェンスで囲まれた芝生のグラウンドがあった。無論人はいない。グラウンドへ入りずんずんと歩く。微風が吹き抜けている。中央辺りで芝生に触れると僅かに湿り気を含んでいるが濡れるほどではない。尻をついて座り、月を眺める。月は一層雲に覆われ今や輪郭も寸断され最早奇形の灯が天に浮かんでいるばかりだ。明瞭に見えたならばどれだけいいだろうと思いつつ、眺めているとしかしこの月も美しく見えて来、私は今更になって朧月なる観念を再発見したのだった(*1)。普段酒を飲まないけれども、この時ばかりはあたりめもつまみながら飲めたらどれだけ気分がいいだろうかと感じた。準備をしてまた来るのを心に決めた。

 ひとしきり眺めた後、地図で帰り道を探す。グラウンドの逆側から抜け、道路下りつつ戻る道を見つけた。グラウンドを抜けると、公衆便所があり煌々と光を放っていた。少し尿意はあったがまだ余裕があるためそのまま過ぎた。淡々ホテルへと向かう。

 しばらく歩いたのち尿意が強まってきた。近くに便所が無いため立ち小便も考えるが違法なので出来る限りは避けたい。しかし同時に私が立ち小便をしたところで、ばれる筈もなく誰が咎めることができるだろうかという不敵な気分もあった。歩き続けるうち住宅地の間に公園を見つけた。それは家屋の列と列の間に取り残された三日月状の領域に造られた小さな公園で簡易な遊具が並んでいる。ここの公衆便所を使おうと外縁に沿って歩きつつ中を伺うが見つけられない。どうやら無いらしい。私は憤慨した。便所のない公園などありふれていることは承知しているけれども、わざわざ今現れなくてもいいだろうと怒りが湧き、本来ならば便所のあってしかるべき空白に、あてつけに尿を撒いてやろうかと考えたが、この静寂の中放尿すればそれなりに音が響くに違いなく、周囲の住人に聞かれることを考えると不安になり止した。私の尿意限界近くまで高まっていた。地図アプリを見るとまだ二十分以上は歩かなくてはならない。どう考えてもホテルまでもつとは思えないが、ともかく足を進めると、見覚えのある道に出た。行きに通った道だ。記憶を辿ればこの先は道路建物が立ち並ぶばかりで立ち小便できるような茂みはない。一度足を止める。地図アプリを見るとすぐ右に行けば公園があることが分かったので、歩道脇の草むらを横切り、駐車場を過ぎ、公園へと向かう。この公園は先のとは異なり、庭園やら広い芝生やらがある大規模な公園だった。どこに便所がありそうか見当もつかないが、ひとまず建物が目についたのでそこへ向かった。しかしそこには施錠された建物があるのみで便所は見当たらない。建物に挟まれた道の奥へ行くと芝生が敷いてあり、奥に池、周囲には植え込みがある。この植え込みの陰で済まそうかと考えながら歩いているとある看板が目に入った。曰く、「山の神池では釣りをしないでください」。なんという名前だろうか。信仰心のない私でも山の神を冠する池で立ち小便をするのは流石に気が引けた。道を戻る。もう限界が近く、考える余裕もない。諦念が私を支配した。自らの限界、ただそればかりのためにどんな平行世界においても便所存在しないような場所を私は尿で汚すのだと、敗北感を感じつつ、間近の立ち小便に都合のいい場所を探して歩くうち、左手に蔦で上方が覆われたプレハブが現れ、「公衆」の文字が目に入った。慌ててその文字の続きを追うと、蔦で部分的に隠れているけれども確かにトイレ」の文字が続いていた。降って湧いたような都合のいい便所に驚いたが、ありがたく使うことにした。入り口のドアには窓がついており中は真暗だ。スライドドアを開き、中をスマートフォンライトで照らすが照明のスイッチは見つからない。もしや時間帯によっては電気がつかないのだろうかと不安を感じるも、これ以上我慢できないので闇の中でも済ませるつもりで足を進めるとカチとスイッチの入る音がし、灯りがついた。人感センサーがついていたようだ。無事に用を足した。非常な安堵を感じ、軽快な気分でホテルへと帰った。

 風呂に入るなどしつつ明日のことを考えた。出来れば龍王神社を改めて太陽の下で見たい。しかしすでに四時近くになっている。明日のチェックアウトは十一時までで、今から寝るとなるとぎりぎりまで眠ることになるだろう。午後のバイトを考えると十二時頃には瀬田を出なくてはならず、一時間で往復するのは不可能なので恐らくは無理だろうと諦め半分で床に就いた。

 翌朝九時過ぎに目が覚めた。まだ眠気はあり、もう一寝入りしようとするも寝付けない。それならばということで、龍王神社を見に行くことにした。

 日の光の下では龍王神社はありふれた田舎神社だった。あの幽玄さを湛えていた石灯籠は改めて見れば妙に小綺麗でそれ故安っぽさを感じさせるもので、大粒の玉砂利に思えた敷石は粒が大きめのバラスに過ぎなかった。しかし歩き心地さえ違って感じるのは不思議だ。昨日は沈み込むようにさえ感じたのが今や普通の砂利道と変わらない。あれだけ長く感じた参道も晴天の下では容易に見渡すことのできる程度のものだった。再び拝殿とその脇の社を拝み、木立を抜けて池の岸へ出る。昨日は闇に融けていた向こう岸も、今や明らかに見え、昨日よりもずっと小さな池に見える。しかし僅かに波打ちつつ光を反射する湖面は凡庸ではあれど清々しく、美しくはあった。

(*1 実際には朧月は春の月に対してのみ言うらしい。)

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