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2019-02-19

anond:20190219152028

日本推理小説黎明期海外推理翻案小説活躍し、江戸川乱歩などに影響を与えた黒岩涙香文章

https://www.aozora.gr.jp/cards/000179/files/43540_16869.html

より引用

それで自分が「絵入自由」に居た頃、筋書を話して其頃の戯作者則ち小説家に書かせました。所が、当時の戯作者は爾ういう物語を書く時には、何時いつも編年体であって其人物の生立おいたちから筆を立てゝ、事実を順序正しく書くものですから最初から悪人、善人、盗賊と知れて了って、読者を次へ/\と引く力が無い。即ち面白いもつれ合った事を真先に書き出して置いて、乱れた環たまきの糸口を探るように、其の原因に遡って書くと云うことが出来なかったのでした。遂に其の小説は読者の非難が多くて中止をしなければ為らぬ事になって、それで私に書けと云われたものでありましたから、然らばとて始めて是に著手して見ました。私は全然編年体[#「編年体」は底本では「編作体」]を改め、先ず読者を五里霧中に置く流でやりましたが、意外にも大当りを致しました。

共感能力

共感能力があるからこそ物語で様々な人生を味わえるのか。

なければ自分経験するしかない=自分人生しか持たない。

生体改造好きが語る新井浩文の運命の悪戯について

おれはブラッドセイバーが好きだ。いわゆる凄腕の暗殺者であるメンエスというヤロウな。

電話黙示録改竄オーヴァー・ライド>してマンションの一室にいき、女性が甘美なる闇と魅惑的な死への誘惑てくれる。

エメラルドスプラッシュとかだしてくれたりしてな。

その後メイルシュトロームを浴びてマッサージする。

まずはうつぶせダンシングフット(踊脚)からだ、温かい香油を綾なし、ふくらはぎを撫でる。

戦いが終わった後太もも。内ももをこの手で勝ち取り、運命ギフト≫がルナティックパンドラ付近を撫でる。

それなるあとは”コルナゴ足”だ。足をまげて獣の如き苛烈な魂を持つセラピさん。…いいえ、『グランドマスター』が腕と希望を掴むための力の証を制御して鼠径クランを 血と 汗と なみだを 流して──この雨が全てを洗い流してくれる。

手が神託の露に濡れた青い霊鳥に光が満ちるか当たらないかギリギリ世界。もうビンビンにトランスしている。

その人類を滅ぼした後はヨツンヴァインヨトゥンヴァインステータスで過ぎ去りし過去から手を回して戴いてソクェ・イン騎士団久遠に解き放つ。

アトモスフィアが荒くなるのを止められない。はぁはぁ。

――考えるな、感じろ。――

終焉を彩るかの如く仰向けだ。

滅びゆく運命(さだめ)にある神に見放された世界で「ある」場合と「ありはしない」オプティマがあるんだ。

ファブラ・ノヴァの“刻”までかの魂はわからない。

この物語の続きは「ある」場合に「もっと否定はできない……」オプティマがごくまれにある。

これを俺たち完全武装のメンエス好きはアルテマバスターと言ったりするんだ。

ただな、新井浩文。預言書の記述に従いもこれは受け身でなければなら……俺たちに明日はない

しゃべりでの八席議会はあっていいものの、金ずくでなんてもってのほか

あることあってはならぬ魔法、メンエスでのマクロコスモスセラーピス=トゥによって与えられるクリスタルなんだよ。

「ねだるな、勝ち取るな、さすんば与えられん」

その門が開かれたとき真実人間物語に命を賭す。

この物語主人公が光のクリスタル恩寵を授かる真理<ファティマ>とリビドーに溺れ、セラピストにリユニオンをもとめるなんてマッサージ好きの風上にも置けニャンよ。

大いに詫び石を配布して七つの大罪を償ってくれ。

最近物語コンテンツって

https://www.jigowatt121.com/entry/2019/02/17/233313

へのブコメ

http://b.hatena.ne.jp/entry/4664733002983075937/comment/mory2080

を見て、音楽化してきてるんじゃないかと思った。

短い時間不快感少なくただ気持ち良い物語ばかりが求められている。

みんなそんなに時間がないのだろうか。

anond:20190217132250

高橋和巳小説題名からしてすごいね

『悲の器』、『憂鬱なる党派』、『我が心は石にあらず』、『捨て子物語

ちょっと英訳するのは大変な文章で書かれた作品群。

ただ、経済的にはあまり豊かではなかったはず。

2019-02-18

クボタ事件について思う

以下に述べる意見独断偏見に満ちていることを予めお断りしておきたい。

日曜の22時に通報があったとのこと。おそらくは土日含めた2交替か3交替制を採用しているのだろう。交替制は通常業務に加えて時差ボケとの闘いを常に強いられ、結果労働者は傾向として「会社と自宅が世界の全て」という状態に陥りやすい。それは雇用形態に関わらず影響を受ける。また、交替制は機械設備効率的に動かすことを優先に考えたシフトであり、傍らで働く人間健康状態は半ば度外視している。仕事の終わりが見えにくく(申し送り申し受けという言葉があるように、仕事は連綿と引き継がれていくものである)、残業も増えがちで、どうしたって現場殺伐とした雰囲気になる。

私はそういった劣悪な労働環境、ひいてはそれを暗黙のうちに是とする現代社会に、今回の事件の遠因があるように思えてならない。第一報では意図してか正社員派遣社員という立場の違いをクローズアップする報道が目立ったが、マスメディアが数ある事実のなかからそれに注目したという事実自体現代社会というものを色々と物語っているのではないか

anond:20190218100555

未だにブクマが一つ、というのが自演事実物語るwwww

レイプするのには、相手も喜んでいるという思い込み必要なんやなあと

恋愛工学で女さんはこうされると実は喜びますよーと教えるらしいじゃん

一応みんな罪悪感があって、でもデートレイプしたいから罪悪感をなくしてくれる物語を探してて、そこに恋愛工学ピタッとハマるのだろう

CIAに狙われているという被害妄想を唯一肯定してくれる探偵大金を払うのと同じだ

人は物語を欲している。

続・政治ブコメに常々感じている所感

anond:20190216095736

ありがたいことにたくさんブコメいただけたので全て目を通しました。

私が右派左派という言葉を使ったのでそういうブコメ色が強くなってしまったというのは確かにあるかと思います

あと民主党政権議事録が一切残されていないとしたことへの反響に関しては多少言い過ぎた部分ありました。すみませんでした。

こちらの記事では震災時に限られますが、残したものもあるようですね。

https://r.nikkei.com/article/DGXNASFS2700A_X20C12A1MM0000?s=0

また元の47ニュース記事が消えてしまっているので個人ブログ申し訳ないですが、議事録を残さないというのは震災時だけでなく鳩山政権から方針です。

http://iiko.hatenablog.com/entry/20120128/1327755863

これらを踏まえてまた言わせていただきます

他に多かったブコメとして私を右派とした批判選挙を控えた誘導だと言う声、また元政権への意見を求める声が多くみられました。

答えとしては前回の本旨に出てると思うんですが、私のような人間自民党を強く押す右派ではないと思います

安倍政権完璧政権ではなく、それどころかボロも多い、しかし何故それに野党は勝てないのかと言う思いが強いです。

そして安倍政権に関わらず、自民党一党が単独で支持を得ている状態は憂いていて、ライバルがおらず、切磋琢磨もなく、一党がずっと政局を持ち続けていればやがて政治は腐っていくと言うのは真だと思っております

なので、野党自分達の支持率を考えて行動し、支持を伸ばして欲しい。与党野党切磋琢磨し、互いを引き締めるような関係でいて欲しい。その為には与党の失態をただ責めるのではなく、自分達はしないように帯を引き締めたり、過去自分達の失態を反省し、支持に繋げて欲しいというのが私の本旨でした。

政権監視重要仕事であるのはわかっていますが、政権批判し続けることで支持を得ることが出来ないのは現状が物語っています

一刻も早く安倍政権を、自民党政権を引き摺り下ろしたいならそれこそ支持を得ましょう。

相手国民の声に耳を傾けず反省しないでボロを出していると言うなら野党自分の失態、失策反省し、自分達に対する国民の声にも耳を傾けて一つ一つ糧にしましょう。

そうした所、国民はよく見てくれると思います

都知事選後、野党に苦言を呈した宇都宮氏も丁度同じようなことを言って反発を受けていました。

完璧清廉潔白とまでは言いません、人間ですからしか自分達の行いを総括・反省し、新しい方針を打ち出していくことはできますよね。そう言った前へ進む姿勢を見せて欲しいです。

野党仕事政権監視であること、その支持者が政権に厳しく当たることはわかりますが、ならば同等に野党にも厳しく当たるべきだと思っています

なぜなら政党というのはどれも政権になり得る存在なので。

与党反省せず耳を貸さない嘘つき政党と責めつつ、同じことをした、してる野党は支持されるでしょうか?

特にこうした野党に少しでも文句をつけるような意見は“ネトウヨの声”として問答無用で切り捨てられもします。

民主党政権時代反省もなく、都知事選反省もなく(共産党都知事選をよくやったと讃えてすらいます http://www.jcp.or.jp/akahata/aik16/2016-08-01/2016080101_01_1.html)、しか与党不祥事けしからん、最低最悪だと言い、それは政権監視仕事から理屈付ける。

私はそれでは野党を次の政権として支持しかます

私の言った助言というのはこの辺のことで、ブコメ野党もっと支持を考えて欲しいだとか、その為にこうしたら良いのにとか意見付きで書いてるものをよく見ていたので書きました。

前回の右派とされている=右派ではないです。逆も然り。人それぞれに基準があるのは心得ています

紛らわしい書き方になったのは反省します。

[]36日目

昨日、書き忘れていたので今さらだが書く。

73話と74話を投稿した。

から出そうと思っていた新キャラクターをようやく登場させることができた。

自分現在書いている作品は、登場人物が少なすぎるので、なんとかしたいのだが

物語の都合上なかなか登場できないというのが難点だ。

現在の話がひと段落して、大きな出来事が終われば、やっと沢山の人を登場させられる。

多分100話を過ぎてからの登場だと思うけれど、あと半月もすれば行けるので自分でも楽しみだ。

[]2月17日

○朝食:なし

○昼食:スープ餃子(+ネギ

○夕食:白菜人参手羽先ネギしめじを煮たもの

調子

休みなので、今日映画の日しました。

来週から始まる「地獄東京出張」に備えて、英気を養おうと。

今日見たのは、シティーハンターコードギアス

どちらも、懐かしさの度合いは違えど、懐かしいオールスター的なノリで楽しめた。

シティーハンターの方は、いつものお馴染みのを百点満点やりきってて、単行本アニメBOXが欲しくなった。

コードギアスの方は、物語の続編でありながら、同窓会的な面で話の進みが緩やかになるのがもどかしかったけど、あの二人の関係に答えが出て大満足。

(それと、僕が好きな咲世子さんの出番もかなり多くて、キャラ萌え的にもよかった)

1期と2期とこの映画以外にも、OVAとかあるみたいだから、色々見て見ようかな。

コマスター対戦記録

連勝がついにストップだけど、セレビィの謎仕様で負けたからなんかモヤモヤしてる。(メガゲンガーGK退けられたから、セレビィで巻き戻したらGKが戻らなかった)

(負け)・デオキシスS、ゾロアゾロアーク)、マーシャドーゲンガーメガ)、ゾロアーク、デオキシスS

 圧迫。

(負け)・チルタリスメガ)、チルタリスメガ)、レックウザメガ)、レックウザメガ)、オノンドオノノクス)、ゲンシカイオーガカイオーガ

 ドラゴン

(負け)・ズルズキンカプ・コケコピカチュウUXガルーラデンリュウメガ)、カメックスメガ

 スタンズルズキン特性わかってなかった。

カプ・ブルルラテラス、ラテラス、ラテラス、セレビィカミツルギ

 草。

ガルーラロトムフワライドウインディオノンドオノノクス)、ニャビーニャヒートガオガエン

 スタン

あれ……? キートレボ開けてる(=ポイント10)のに、この戦績みると9ポイント(負けポイント1×3、勝ちポイント3×2の9ポイントしかないぞ。そして、連敗ストッパーと戦った記憶もないから、どっかで勝ちを挟んでるけどメモり忘れてるや。

2019-02-17

スーパーアメコミ大戦はやっぱ無理があるでしょ

世界レベル危機をたった1人のヒーロー(+お供数人)が倒すって物語をいくつも束にしてクロスオーバーしたら「じゃあお前らあの時は何やってたの?」ってなるじゃん。

スパイダーマンの時空が歪んで豚と一緒に戦うシリーズだったら時空歪んでるから納得できるんだけどさ。

いくらなんでも「僕数年前に1人で地球救いました」「俺も」「私も」「そういやそん時俺まだ凡人やったわー」「俺その頃にはもう3回ぐらい世界救ったやで?」みたいなのはさ、お前らマジ何やってたんですかってなるでしょ。

コウモリ野郎みたいに活躍する地域限定的になりがちな奴ら集めつつスーパーヴィラン同士が結託しましたって話にするなら、まあ何とか話は通るんだろうけどな。

[]この改正案出した奴アホだろ(真面目に)

海賊版ダウンロード刑事罰、常習性要件 文化庁素案

https://www.asahi.com/articles/ASM2H55CNM2HUCVL01N.html

読んでいて顧客が本当に必要だったものを思い出した。

そりゃ漫画家も反対するわ。

奴ら当時ブロッキング話題になった際にブロッキングには反対していたけど、当時騒がれた際は専門家ですらDL規制は反対しない所か賛成していたのもいた時点で同情はしないけれども。

>反復または継続といった悪質な行為に限るとした。

DL違法化安易に言うけれども、正直見ているだけでもデータのやりとりしているのだから普通に見分けがつかんと思うし、寧ろ保存しない方が何度も見に来ると思うが。

素人でも判るインターネットの仕組みすら理解していない事を自分から暴露しているようなものだと思うが。

何とも官僚的な一文だとしか

そりゃまともな有識者から反対され、委員会ですら意見が纏まらずに委員長判断強硬したのが判る。

原作登場人物を使って新たに物語を作るような二次創作著作物ダウンロード刑事罰対象とはしない方針

あれだけ騒いでいた同人涙目と言った所か。

本当に当て馬にされただけって事が良く判るな。

ただこいつらブロッキングで騒がれた際にこの改正問題点を表面しか見ずよく理解していなかったにも関わらず、ずっと今までこの問題で反対していた人をボロカスに叩いていた時点で同情に値しないけども。

DL違法化拡大「文化庁は失格」「ネット告発の活発化で創作研究が萎縮」、山田奨治教授に聞く

https://www.bengo4.com/internet/n_9255/

そりゃね、専門家にもボロカス言われますわ。

2019-02-16

バミューダトライアングル ~カラフルパストラーレ~の物理化学

バミューダトライアングル ~カラフルパストラーレ~(以下バミューダ)というアニメ放送中だ.元ネタがいろいろあるらしいが,知らなくても楽しめる.私は楽しめている.とても良い日常系アニメであるし,物理化学的な示唆にも富んでいる.

一方で,一般視聴者の評評価は必ずしも良くはない.理由として,絵がさほど美麗でないことと,ある描写が多くの人に受け入れられないことが挙げられる.

バミューダは,人魚少女田舎の町で様々な経験を通して成長をしていく物語だ.登場人物人魚であるから舞台は海中だ.

ところが,バミューダは,舞台が海中であるにもかかわらず,水が登場する.海中でお茶を飲んだり,風呂に入ったり,水槽を構築してアクアリウムをおっぱじめたりする.お茶からは湯気が立ち上る.海中であるにもかかわらず液体を扱う様は,我々の一般常識からは非常に奇妙な描写に映る.

この描写があるため「制作陣はこんな矛盾にも気づかないのか」「ヤバすぎる」「幼稚園からやりなおせ」という声は根強い.しかしながら,海中の水はしつこいほどに頻繁に登場する.何人ものプロフェッショナル長期間仕事として向き合った結果作り上げられた作品に,そのようなミスが致命的なミスがいくつも残されているとは考えにくい.海中で水のように振る舞う物質は,制作からの何らかのメッセージであると考えるのが自然である

そこで,物理化学的な視点からバミューダに現れる「海水中の水」について考察することとした.

  

海水が水である場合

人魚という,人間常識から考えれば非科学的な存在が登場する本作である海水と思われている物質地球海水と同じ成分ではない可能性は十分に考えられる.しかし,ここでは海水として描写されている流体が地球海水類似した成分(無機塩類の水溶液)だったとしよう.

海水中で水のように振る舞うための条件を以下に示す.

 a,海水に溶解しない

 b,海水よりも比重が大きい

 c,透明であり,海水屈折率が異なる

 d,粘度が十分に低い

これらを満たす物質は無数にある.

1,ハロゲン化アルキル

サスペンス映画で大活躍するクロロホルムは水にほとんど溶解しない.また,密度は1.48g/cm3であり,海水に対して沈む.透明であるし,海水屈折率が異なるし,粘度も極めて低い.したがって,クロロホルム海水中で水のように振る舞うことは十分に考えられる.親しみやすクロロホルムを例に出したが,クロロホルムアナログである四塩化炭素ジクロロメタンも同様に振る舞うだろう.他にも,ハロゲン化されたアルカン(炭化水素)は水よりも比重が重い場合が多いので,同様に振る舞うだろう.地上では常温で気体になる物質であっても,海中では水圧の影響を受けて液相を保つ場合が考えられる.多くのハロゲン化されたアルカンは水よりも比重が大きいため,a-cの条件を満たす可能性は十分に考えられる.また,湯気に関しては,高温のハロゲン化アルキルが海水に溶解する際の濃度変化による屈折率の変化だと考えることができる.

2,イオン液体

イオン液体は常温で液体の塩(エン)である.水やエタノールガソリンのような通常の液体は電荷(静電気のようなもの)を持たない分子から構成されるが,塩(エン)であるイオン液体はそうではない.塩(エン)は,分子ではなく,分子プラス電荷(静電気のようなもの)をもった陽イオンと,マイナス電荷を持った陰イオンから構成される物質だ.親しみのある塩の例として,塩化ナトリウム水酸化ナトリウム重曹などがある.このような身の回りの塩は,プラスマイナス電荷がお互いに強く引っ張り合うため,どれも融点が数百度と高い.100年前までは,塩(エン)は常温では個体であると考えられていた.一方で近年注目されているイオン液体と呼ばれる物質は,塩であるにもかかわらず室温で液体である蒸発しない,燃えにくい,電気伝導度が高い等の特異的な物性を示すため,バッテリーなどへの応用が期待されている.

イオン液体の多くは水よりも比重が大きい.また,アルキル基が長い,電荷が非局在化されいるなどの理由から疎水性が高い一部のイオン液体は極めて水に溶けにくい.塩濃度が高い海中ではなおさら水に溶けないだろう.

 

海水が水ではない場合

液体を見ると水だと思ってしまうのは,人間特有固定観念だ.人魚が登場する世界では,そのような固定観念は完全に排除する必要がある.そこで,海水だと思っていた物質が,実は海水ではない流体であった場合を考えよう.

1,海水メタンであった場合

気圧の関係からメタンが液体として存在する惑星は多い.メタンは燃焼してしまうと考える人は多いが,大気酸素を含む惑星はそれほど多くない.生命の星である地球はともかく,多くの惑星で,大気の主成分は二酸化炭素メタン水素ヘリウム等の単純な物質であるバミューダ舞台もそのような惑星かもしれない.メタンの海を有していれば,メタンに溶解しない水はまさしく水のように振る舞うだろう.また,メタンと混和しない有機溶媒は無数に存在する.海がメタンで,海の中の水がそのような有機溶媒である可能性も指摘できる.

2.海水石油様の物質であった場合

バミューダ惑星大気圧が1気圧前後だったとしても,有機物の海が存在する可能性は十分にある.例えば,地球においても石油は液体として存在する.海が石油のような炭化水素構成されていたとすれば,メタン場合と同様に,海水の中の水の存在説明できる.その場合,5話で登場した海中で降る雨の存在説明することができる.また,ひじきを干す描写は,ひじき中の水分を石油様の物質拡散させていると解釈することができる.

以上の考察から,「海中なのに水が登場するのはおかしい」という指摘は,人間世界固定観念に囚われた視野の狭い発想であるといえる.作品理解観点からバミューダ惑星地球とは異なる環境天体である可能性を視野に入れることは極めて重要である(実際,あの星は地球ではないらしい.元ネタを知らないのでわからない)

バミューダトライアングルカラフルパストラーレ~は,dアニメストア等で配信である.今期で一番おもしろいので,是非視聴しよう.

anond:20190216073516

ペンギン物語っていう名作あったよな

ベトナム帰りのペンギン

M16を撃ちまくって帰ってきたあい

昔にYouTubeに上がってたけど聖子ちゃん歌パートらへんが権利関係で削除されてて残念だった

百合ジャンル歴史現在 前

 本稿では、BL/やおいと比べ論じられることの少なかった「GL/百合ジャンル確立歴史と、その現状について考察する。

 はじめに、「百合」というマンガアニメにおけるジャンルを示す言葉概要説明する。「百合」とは主に、女性同士の恋愛と、それに満たない関係性も含めて描いた作品ジャンルを指す。川崎によれば、定説として語源ゲイ雑誌薔薇族」に由来する。男性同性愛を指す「薔薇族」と対になるよう、女性同性愛者を「百合族」と呼称した「百合族の部屋」というコーナーが1976年から不定期連載されるようになったのが始まりであるとされる(川崎2014:44)。当時はレズビアンを指す用語だったが、徐々にサブカルチャーに輸入され女性同性愛を扱った作品群を呼称する言葉に変化していった。

 まず、日本での「百合」のマンガジャンルとしての成立について述べる。そもそも大正ごろの日本においてマンガとしての形態以外で女性同性愛テーマにした創作物としては、性描写過激男性向けポルノか、少女向けの小説に二分されていた。特に女学生同士の姉妹関係エス」をテーマにした少女小説金字塔として、「花物語」(1925)などが代表される。しかし、大正時代少女文化として流行した「エス」の概念現代の「百合概念とは違い、上田は「自覚的女性を愛することを選択したというよりは、良妻賢母になるための安全なる予行演習という側面もあった」と述べている。(上田 2014:192)

マンガが発展し、女性同士の関係性を主題とした最も初期の連載作品1970年代ごろから山岸涼子「白い部屋のふたり」(1971)、池田理代子おにいさまへ…」(1974)、「ベルサイユのばら」(1972-73)のオスカルロザリーなどにみられはじめる。これらは、「24年組」に代表される少年愛テーマとしたマンガと同時発生的に少女マンガ誌に掲載されたものだ。藤本は、このころの百合マンガの大きな特徴として

 ①対照的な二人の容姿(中性的・くっきりとした美人可憐少女イメージ)

 ②演劇モチーフ(宝塚歌劇の影響)

 ③悲劇的なストーリー(少年愛を扱う作品対照的同性愛による葛藤描写)

を挙げている(藤本 2014:101)。これらの特徴は、1970年代女性の抱えていた抑圧感を反映していたものなのではないかと考えられる。女性作家による「少年愛」が現実の抑圧から解放として、性的未分化存在(少女)の何物にも縛られない感情の動きを描写したものなら、このころの「少女愛」はそれと対照的に、抑圧からの逃避としての悲劇的な結末が設定されることが多かったのではないだろうか。表現手法舞台設定は耽美幻想的でありながらも、当時の日本での女性のおかれる立場に忠実な閉塞感が描写されたものだと考えられる。また、この時代百合マンガ少年愛ほどの大きなムーブメントには発展せず、作品数も多くはなかったため、自然消滅的に衰退していった。

 しかし、1990年代同人誌文化の発達に伴い、百合ジャンルも急速にその勢いを復活させる。

まず、「美少女戦士セーラームーン」(1992-97)によって、女児向けマンガにおける戦う美少女という概念ジェンダー論的な観点においての大きな転換点となる。異性愛的な要素が物語の中心に関与していたにもかかわらず、同人イベントではセーラー戦士同士のカップリングを描いた作品が爆発的なブームとなった。その理由として考えられるのは、消費される客体としてではなく主体としての戦う美少女像が確立されたことではないだろうか。これにより、百合的な描写70年代における悲劇的な結末に向かう物語ではなく、少女が二人で主体的に幸せを獲得していく過程が重視されるようになっていったと推測できる。

そして、物語の中の関係から百合文脈を汲み取っていた時代から、前提として百合のもの主題においた作品も増加していく。代表的なものとして、「少女革命ウテナ」(1996-98)がある。この作品は、古典的少女マンガシンデレラストーリーを基盤に「王子様」と「お姫様」を少女同士に置き換えてなぞりつつ、70年代百合作品に見られた演劇的なモチーフや学園モノ、男装美少女といった設定を取り入れ、また絵柄としても耽美で繊細なものであったが、これらは意図して行われたパロディ化された演出だった。ストーリーの結末も、最終的には二人が離れ離れになる点は悲劇的にも取れるが、その後ヒロインたちの再会が示唆されている。アライによると、「王子様」と「お姫様」が結ばれてハッピーエンド、という構造少女同士で反復するだけではなく、最終的にヒロインたちは「王子様」と「お姫様構造破壊し、自身覚醒させ歩き出すことで、社会的女性規範を打ち砕くことができるのだ。(アライ 2015:57)それこそが「世界革命する力」であり、この結末によって投げかけられたのは、異性愛規範や家父長制へのアンチテーゼと、黒人女性解放運動日本女性ウーマンリブ運動などの背景を踏まえた社会的メッセージだった。

これらの2作品によって、社会的な動きと呼応した百合マンガの潮流が形作られはじめる。「セーラームーン」も「ウテナ」も少女マンガ誌に掲載されており、本来ターゲット層は10代の少女対象にしていたと考えられるが、ここでのプラトニック少女たちの絆がオタク層にも受け入れられ、恋愛的な文脈解釈した成年層による二次創作が爆発的に流行する。これと同時に一次創作オリジナル同人誌においても、「百合」という概念が定着しはじめ、少女同士の恋愛主題にした作品がみられるようになる。

 そして2000年代に入ると、マンガジャンルとしての百合を専門に掲載した「百合姉妹」(2003-2005)が発刊される。その後、「コミック百合姫」(2005-)に統合され、現在刊行中。専門誌の発刊は大きなジャンルの発達の手掛かりとなり、この雑誌に連載されていた作品アニメ化や二次創作流行によって、「百合」というジャンルがはっきりと定義されはじめ、広く認知されるようになっていく。しかし、その定義に関して「男性が主要人物として登場し、恋愛関係に介入する」「性的関係が生じた場合百合ではなくポルノ」などといったさまざまな議論が巻き起こったのもこの時期である

また同時期に、「神無月の巫女」(2004-05)や「舞-HIME-」(2004-05)などの少年誌で連載される百合作品が登場する。これらの作品は、少女マンガ作品よりも直接的な同性間の恋愛としての描写性的表現が強く押し出されていた。ここから現代男性向けと女性向けの要素を同時に内包した現代百合マンガ形態確立しはじめたといえる。2007年には、前述した「コミック百合姫」の姉妹紙として一迅社からコミック百合姫S」と「コミック百合姫Wildrose」が発刊。「S」は本誌よりソフトで繊細な関係性の百合を扱い、なもりゆるゆり」(2008-)が代表するような「日常系百合」の流れを作った。一方「Wildrose」は、それまで成人向けポルノとしての過度な性描写忌避されがちだった(厳密な定義での「百合」ではないとされる議論があった)当時の風潮の中、直接的な性描写掲載した作品を扱う専門誌として独立した挑戦的な試みだった。

 ここで、2008年に行われた「コミック百合姫」の読者アンケートを参照してみる。2008年7月号時点の『コミック百合姫』読者の男女比は男性27%、女性73%であるのに対し、『コミック百合姫S』の方は男性62%、女性38%となっている。つまり現在統合された「コミック百合姫」の購買層は、この男女比を単純に平均すると男女差はほぼ半々で、やや女性読者のほうが多いということになる。ここでは百合マンガの購読層を性別と消費の形態に4つに分類して考察した。

①「傍観」型女性

 女性購読層において基本的には、社会的比率を前提にすると異性愛女性のほうが多いと考えられる。彼女たちは少女同士の関係性に、「現実における異性愛ジェンダーロールによる苦痛から隔絶された「非現実的な同性間による越境快楽」を心の拠り所として愛好するのではないだろうか。なおこれについては、やおいBL ジャンルを愛好する女性においてもほぼ同じ理論適用できる層が存在すると思われる。

②「投影」型女性

 百合というジャンル性質上、他の恋愛形態をメインとしたジャンルよりもレズビアンバイセクシャルを自認する女性が購読層に多い傾向にあることは考慮するべきである彼女たちは、異性愛女性が「少女マンガにおけるロマンティクラブ」を夢見るのと同じように、自身性的指向に一致した自己投影先として「百合マンガにおけるロマンティクラブ」を享受していると考えられる。

③「傍観」型男性

 百合自分投影先の存在しないストーリーを消費するものとして受け取っている購買層。①「傍観」型女性とほぼ同じ論拠が適用できると考えられる。

④「投影」型男性

 百合マンガ登場人物自己投影する男性は、ジェンダーロールから解放と、女性との恋愛の疑似体験を同時に達成できる。この購読層の性的指向に関しては、社会的比率として異性愛男性が多いと思われるが、異性愛コンテンツNL)ではなく百合GL)を愛好する彼らに関しては、③「傍観」型男性よりさらに複雑な感情ルーツを持っていると考えられる。また、TS願望を持つ男性MtFとは区別する)や、同性愛男性共感を持って少女同士の関係性を愛好する例も、この枠にひとまず収めることとする。

⑤「乱入」型男性

 特に男性向けの性的描写の含まれ百合マンガ等においては、その世界の中に没入し登場人物の中に「混ざりたい」という観点で消費する層も存在する。これは上記の4つの例と異なり、少女同士の関係性ではなく「(男を知らない、穢れのない存在として描写される)レズビアンである少女を自らの男性性によって屈服させたい」というマウンティングによる性的欲望や、男性主人公やその代わりとなる女性キャラクター存在しない「ハーレムもの」といった受け止め方に由来するものと思われる。ただし、これらの男性百合ジャンルファンから忌避される傾向にあり、特に近年の百合主題とした作品においては減少している。

これらのファンがそれぞれ百合というジャンル定義について議論を重ね、各需要を満たすような創作物制作していったことにより、百合ジャンルが発展していった時期だった。

次に、2010年代百合文化を振り返る。このころに代表的な作品として挙げられるのはテレビアニメ魔法少女まどか☆マギカ」(2011)だろう。この作品は、「セーラームーン」にルーツもつ戦闘美少女系譜を受け継ぎながら、現代調に前提として百合意識して構成された作品ひとつで、魔法少女同士のカップリングを扱う二次創作が爆発的に流行した。

 また、少女マンガ誌において百合を扱った作品が満を持して再び登場する。70年代以降、異性間のラブストーリー(NL)に偏っていた少女誌において約30年ぶりに百合が復活した形で、「野ばらの森の乙女たち」(2011)や「ブルーフレンド」(2010―2011)が連載された。これらの作品は、少女漫画特有の筆致でありながらも明確な少女同士の恋愛関係としての描写があり、また両作品とも70年代のような悲劇的なラストを迎えることはない。少女向けの要素として、学園設定や疑似姉妹などの設定は残されているものの、これらは批判的なパロディというよりも前時代少女誌における百合作品に対する敬意からくるオマージュ解釈するほうがふさわしいだろう。これは近年において少年誌よりもジェンダーロールの強固だった少女誌界隈に百合ジャンルブームの波及がみられた、極めて注目すべき例である

<続きと参考文献リストこちら>

https://anond.hatelabo.jp/20190216025236

関係性を志向するファンダムのこれから 後

承前

https://anond.hatelabo.jp/20190216023228

3【オタクによって関係性を消費されるオタク

キャラクタ化するオタク

 本章では、オタク同士の関係性をテーマにした創作作品や、バーチャルYouTuber同士の関係性が消費されることについてより深く考察していく。

1章で述べたバーチャルYouTuber同士の関係性に視点を戻すが、バーチャルYouTuber現在6000人が活動している。その中で人気を得ている配信者こそ、関係性を構築し、バーチャル上での物語消費者提供しており、姿かたちや趣味嗜好こそ多様なものの、ひとくくりにいえば大体の生まれは「オタクである。つまり、「オタク」だからこそ萌えられるキャラクタ関係性をセルフプロデュースし、それをまた「オタク」が消費しているのだ。これがループのように連続することで、時には自らも憧れてバーチャル世界に踏み込んでいくためにバーチャルYouTuberは日々増え続けているのである自分人生趣味嗜好を、キャラクタというフィルターを通すことでシェアし、自らが創作物/キャラクタのものになるということは、自伝エッセイ執筆し、その読者と直接対談するようなことだ。「オタク人生」を物語として消費し、絶え間なく新たな物語関係性が発生していくというコンテンツに、オタク萌えることができる。たとえパーソンが基底現実においてどんな人物であったとしても、「生けるキャラクタ」としてのバーチャルオタクの魅力に、オタクシンパシーと巨大なエモーショナルを感じざるを得ないのだ。自分と近しい存在人生物語として消費することは、永久機関のような底の知れない魅力を持っている。

また、「このマンガがすごい!2019」*4 では、オンナ編第1位に鶴谷香央理「メタモルフォーゼの縁側」(2018)、第8位に町田 粥「マキとマミ」がランクインしており、この作品はどちらも腐女子同士の関係性を主題としたものである。2章で述べた「腐女子特有の親密さは、既に広く認知されており、さら創作物として女性からの支持を強く得ているということである。この背景にも、自らのオタク言動コミュニケーション「あるある」と思いながら読むような自伝エッセイ的な要素ももちろんのことだが、「腐女子特有の親密さへの愛着」や「登場する腐女子同士の関係性のリアリティに即した萌え」が確実に存在していると考えている。

・「関係性」の基底現実での実践

 上記のようにキャラクタ化したオタクや、親密さの自覚を持った腐女子は、基底現実においても関係するようになる。1章で述べた「バーチャルYouTuber同士が三次元で会った時の飲食物画像」や、腐女子特有の「なりきりアカウント文化の「背後交際」などが主な例だ。バーチャルYouTuberコラボ放送をしていた親密なパーソン同士が3次元でも会うようになり交際に至ったという例も、キャラクタとして表沙汰にならずとも存在する。また、腐女子コミュニティにおける「なりきりアカウント」とは、主にTwitterなどで作品キャラクタのロールプレイをし、自分の好きなカップリング相手ネット上で交際したり、同作品キャラクタ日常会話をする文化である。このアカウント運用主を「背後」と呼ぶのだが、彼女たちは基底現実でもオフ会をし、実際にロールプレイ交際していた相手現実でも交際に至ることがあるという。

 つまり関係性消費が加速し、自らもキャラクタ化したオタクは、パーソン同士としての基底現実でも「萌え関係性」を実践しているのである。この状況において、「わたしたち関係性は萌える」という自覚の有無はもはや必要ない。パーソンとキャラクタ境界あいまいになり、オタクは自らを自らで消費することが可能になっていくのだ。

4【関係性消費はどこに行きつくのか】

 本論では、関係性消費が牽引していくというトピックからオタクのものキャラクタ化、そして完全なる相互消費の永久機関にまで言説が行きついてしまった。しかし、現実での関係性消費において立ち上がってくる問題はやはりジェンダールッキズムである。これに対するアンサーは2つある。1つは、すべてのオタク理想バーチャルキャラクタとしての3Dモデルの肉体を手に入れることであるバーチャル空間での関係性の構築はYouTubeだけでなく、「VRchat」という果てしない多様性を持ったもう一つの世界ともいえるVR空間でも今まさに進行中だ。全オタク理想キャラクタとなり、主体的交流してその関係性すべてを消費することができれば、そこにはジェンダー格差ルッキズムによる格差存在しなくなるのではないだろうか。2つ目は、キャラクタ化しない、あるいは関係性に参入せずあくまでも傍観者としての消費・あるいは創作を貫く選択肢を選ぶことである。2章で述べたように、創作物と消費者セクシャリティ/あるいは創作物と作者のセクシャリティなどは分けて考えるべきというスタンスに基づく在り方である

これらの二つの未来像は両極端にも見えるが、しかしこれらが混じりあい議論が巻き起こっているのが現状であるしかし、バーチャル空間上でのルールマナー議論の末に整えば、それぞれが理想関係性を追い求めて基底現実バーチャル世界を横断していくようになるのではないだろうか。創作だけに留まらず、現実世界拡張現実侵食する「関係性消費」は、しか古典時代から物語として脈々と行われてきた文化であるオタク文化、双方がその形を変えて混じりあう瞬間に、今わたしは立ち会っていると思うと感慨深い。

関係性を志向するファンたちのこれからは、今後のオタク市場の動向と、バーチャル技術の発展にかかっていると感じた。これからジェンダーセクシャリティ論とカルチュラルスタディーズ、両方の視点からわたしも一当事者として今後の動向を研究していきたい。

引用文献】

*1 東園子,2015,「宝塚やおい、愛の読み替え 女性ポピュラーカルチャー社会学新曜社

*2 難波優輝,2018,「バーチャルYouTuberの3つの身体 パーソン、ペルソナキャラクタ」『ユリイカ』第50巻:117-125

*3 斎藤環,2009,「関係する女 所有する男」講談社現代新書

*4 このマンガがすごい!編集部,2018,「このマンガがすごい!2019」宝島社

【参考文献】

玉川博章,名藤多香子小林義寛,岡井孝之,東園子,辻泉,2007,「それぞれのファン研究 I am a fan」風塵社

吉澤夏子,2012,「『個人的もの』と想像力勁草書房

山岡重行,2016,「腐女子心理学 彼女たちはなぜBLを好むのか?」福村出版

塚田修一,松田聡平,2017,「アイドル論の教科書青弓社

2014,「ユリイカ 特集百合文化現在」第46巻第15号 青土社

2018,『ユリイカ 特集バーチャルYouTuber』第50巻第9号 青土社

美水かがみ,2004-,「らき☆すたKADOKAWA

なもり,2008-,「ゆるゆり一迅社

あとがき

期限ギリギリで提出したので粗も多いが、これをベースディスカッションできる地盤固めができたので良かったと思っている。オタク人生で遊んでいこうな!

関係性を志向するファンダムのこれから 前

 本稿では、現在の「ファンオタク」が「関係性消費」を志向するようになってきているという事象を踏まえ、その内部の「男オタク」と「女オタク」のジェンダー格差や、関係性消費の今後について多角的視点から分析を試みる。なお、本稿においての「オタク」は、二次元三次元を問わずある作品概念グループなどを愛好すると自認している人々のことを指すポジティブ言葉として用いる。拡散多様化するオタク文化は2次元と3次元の壁を超え、全体像画一的に語るのはほぼ不可能なため、ジャンルジェンダーに関する詳細については各部で詳細を補完したい。

1【現代オタクデータベース消費から脱却する】

日常系が売れるのは「関係性」を読み取れるから

 「日常系」は広大なオタク市場の中でもかなりの割合を占める作品群だ。基本的には複数女性キャラ日常生活描写した4コマ漫画が多く、それを原作としたアニメ2010年代以降各クールに2~3本は放映されている。基本的ドラマティックで壮大な展開や激しい戦闘を行わない、いわば反「セカイ系カルチャーともいえるだろう。源流としては美水かがみらき☆すた」(2004)や、なもりゆるゆり」(2008)などが代表的ものとして挙げられるだろう。00年代初頭から現代まで増加傾向にある「日常系」は、現在も各メディアで売れ続けている。この背景には、やはり弛緩した日常風景の一瞬・ごく短いセリフや1コマのシーンの行間を読む関係性消費への志向への高まりが一因であると思われる。日常系の「物語性のなさ」は、逆に巨大な「行間」を生み出し、そこにオタクが各々関係性や物語想像して消費することができるからなのではないだろうか。

・「行間を読む」相関図消費の“複雑さ”への萌え

 関係性消費について、2,5次元舞台での「リアリティ担保に参加しつつ、舞台裏も消費するファン」や、「タカラジェンヌの四層構造」(東 2015:96-98)*1 で取り上げられた「各レイヤーを横断し、その要素を複雑に融合させながら関係性を消費するファン」は非常に興味深い。これに似た位相にあるコンテンツに、「バーチャルYouTuber」が存在する。「バーチャルYouTuber」とは、2D3D二次元アバター現実の肉体の動きとシンクロトラッキング)させ、そのキャラとしてゲーム実況雑談配信などを行う人々の事を指す。そもそもYouTuber」の動画には前提とされる物語世界観はなく、その動画単体でも楽しめることが前提とされており、多くのバーチャルYouTuberも同じく、上記の「日常系」にも通ずる他愛もない放送を行っている。しかしここにおいて重要なのは、「日常系」を「実在人物が演じる」ことがコンテンツとして確立し、今流行していることである難波優輝は「Vtuberの鑑賞の構成要素は、パーソン、ペルソナキャラクタという三つの身体に分けられる。そして、ペルソナキャラクタ画像がつねに重ね合わせられ、かつ、パーソン/キャラクタとペルソナの層がそのつど関係づけられながら、装われるペルソナが鑑賞者の鑑賞の対象になっている」(難波 18:121)*2 と論じ、これを「Vtuberの三層構造」と名付けている。

そしてバーチャルYouTuberは、電子の肉体によって軽々と他のバーチャルYouTuberとの関係性を構築する。コラボ放送などでみられる仲睦まじい様子を、鑑賞者は「Vtuberの三層構造」を横断し、「彼/彼女らのパーソンのレイヤーでの関係性」が見え隠れする片鱗をSNS動画において意識しながら鑑賞しているのである。また、バーチャルYouTuber側も当然「パーソンを消費される」ことに対する意識を持っているため、現実世界でパーソン同士が実際に会い、その時食べた飲食物画像投稿する、それに対して「パーソン・レイヤーにおいても継続される強い関係性」を読み取れるようになる、といった事象もあった。これはまさにタカラジェンヌの四層構造における「芸名存在」におけるパフォーマンスと相似であり、その表象が3DCGやVR機器の発達によりさらに「オタク」向けに変化(美少女美少年だけに限らず多様化)したものではないだろうか。「日常系」と「関係性消費」の拡張であり、またジェンダー次元の攪乱への大きな手掛かりとなるムーブメントだと考えられる。

まり、「実在人物が裏に存在するという事実に裏打ちされた生々しい日常系関係性」が、液晶内のキャラクタバター動画配信という形態の手軽さにより、オタク関係性消費への志向次元を超えてさらに加速していくと予想できる。

2【やおい文化百合文化から読み解くオタクジェンダー格差

関係性消費における性別によるジャンル分け(女性向け/男性向け)の無意味

 前章で関係性消費への志向さら高まると予想したが、本章ではオタクジェンダー格差について女性向けジャンル男性向けジャンルという分類の持つ意味合いやその内部の消費形態差異があるのだろうか。

もちろんHL(異性愛文化を扱う少女マンガ少年マンガにおいても恋愛友情ライバルなどの相関図は存在するが、メインとなるカップル男女の恋愛関係がメインに据えられることが多い。一方BLGL文化ではそれ以外の登場人物関係性をより深く読み込み二次創作に落とし込む、あるいは理想の相関図を一次創作で描き出す。今後どんどん規模を増していくであろう関係性消費においては、性別によるジャンル分け(女性向け/男性向け)は無意味になっていくのではないだろうか。しかしここではあえて、わざわざラベリングされている「腐女子」と「百合男子」という言葉意味合いについて掘り下げ、BLGL同性愛ファン文化それぞれの特徴から考察してみたい。

・「腐女子特有の親密さ

女性オタク人文学社会学研究に関しては、特に腐女子論」か「ジェンダー論」による先行研究が数多くある。その中でも数多く散見されるのは、「主体的女性性的欲望解放」といった視座からの言説であった。特に腐女子論」と「ジェンダー論」を組み合わせた言説では、「自らの女性身体が侵されない安全領域において、性的表象を消費するためにやおい文化は発達した」といったもの存在する。しかし、現在においてこれらの言説に私は違和感を感じる。勿論そういった側面も確かに存在する(した)と思うが、現在日本混沌としたオタクカルチャーの中で女性オタクの中から腐女子だけを切り取って上記のように論じるのは既にごく限られた一部の事例においてしか適用されない理論であるように思う。

 今あえて「腐女子」を論ずるならば、私は「腐女子同士の関係性」に目を向けたい。腐女子であることによる世間からマイナスイメージ払拭しようとしたり、イベントSNSでの趣味スラングの共有による特殊連帯が、このコミュニティでは無数に形成されている。やおいコミュニティ特殊性について東は、「やおいを好む女性たちは、一様に異性愛から疎外されているわけでも、異性愛を拒絶しているわけでも、異性愛を欲しているわけでもない。彼女たちはただ、異性愛排除したところで成り立つ、女同士のホモソーシャルな絆がもたらす快楽を求めているのである。」(東 2015:236)と述べている。さらに、腐女子は扱う創作物特性セクシャルマイノリティに対する理解が深く、またホモソーシャルな絆から発展し、腐女子同士が交際していることなどもよく小耳に挟む。シスターフッドレズビアン連続体、ホモソーシャル関係性を含んだ腐女子コミュニティは、作品上においても現実世界においても強い「関係性」を追い求めている集団なのではないだろうか。

・「百合男子」はなぜ流行らなかったのか

 では次に、GLを愛好する男性オタクについて考察してみたい。残念ながら、男性オタクの先行研究は数多くとも、その内容は美少女キャラクタへの欲望コミケでのゆるやかなホモソーシャル交流などになり、「百合男子」単体にスポットライトを当てたものは見つけられなかった。なぜなら、GLというコンテンツ受け手ジェンダーによって大きくそ意味合いが変化してしま場合があるからである。そして男性GL愛好者は、「美少女キャラクタへの性的な消費」という使い古された言説の中に含まれ見えなかった存在であり、その消費の仕方は齊藤によって「腐女子との比較でいえば、男性おたくの『萌え』にとっては、関係性のプライオリティはそれほど高くない」(齊藤 2009:154)*3 と評されていたのだ。よって、ネット上でGLを愛好するファンは「百合厨」「百合豚」などと呼称され、その性別限定されていない。これはGLというジャンル男性けが消費することに対することが上記齊藤の言説のような文脈を帯びてしまうことに対する対策と、実際にファンの男女比がほぼ半々であるため、両方の理由によるものと思われる。逆説的に考えれば、「腐女子」という呼称流行ったのはBLというジャンル女性が消費することを蔑視されることに対するアンチテーゼとして、BLファン当事者たちが自らをそう名乗ったことに起原するのではないかとも考えられる。

 また、百合コミュニティにおける異性愛忌避姿勢は、腐女子コミュニティのそれに比べてはるかに厳格なものに感じられる。先に述べた「男性による女性キャラクタの性的消費」とは違うことを宣言するために「百合男子/厨」を名乗った男性オタクたちは、腐女子のようにホモソーシャルな絆を構築することはなく、二次元三次元を問わずして異性愛的な欲望を抑圧されるようになった。この構造腐女子ジェンダー論に見られた主体的な性消費の解放とは真逆の道を辿っており、非常に面白い点だと思っている。

関係性消費によるジェンダー越境可能

 こうして述べてきたように、同性愛コンテンツファン構造は非常に複雑で特殊ルールの基に成立している。しかし、上記性的欲望を抑圧される百合男子に関しては、百合というジャンルの男女比がほぼ同じであることに大きく由来するだろう。つまり、「同性愛コンテンツを扱うにあたり、そのファン異性愛忌避しなければいけない」といった暗黙の了解のようなものオタクの中で存在しているということである。これに関しては、創作物消費者セクシャリティは隔絶して考えるべきであるという立場をとりたい。そして、特殊連帯プラスにもマイナスにもなり得るBLファン界隈と、ジェンダー問題に揺れるGLファン界隈は、第一章で述べたバーチャルYouTuber関係性消費をモデルとして再構築されつつあると考えている。バーチャルYouTuber関係性消費は、非常に複雑なジェンダー攪乱が日常的に行われている。パーソンがシス男性ペルソナシス女性キャラクタがシス女性キャラ同士の「絡み」は、GLともBLともタグ付けをすることが難しい議論になってくる。しかし、その関係性に惹かれるファンキャラクタとパーソンのジェンダーを軽々と越境し、その複雑な「関係性」を消費することができるようになるのである。これに似た現象アニメ漫画においても進んできており、創作物受け手ジェンダー必要以上にファンを語るうえで関係づけられることも少なくなっていくのではないだろうか。

【続きと参考文献リスト

https://anond.hatelabo.jp/20190216024058

2019-02-15

真・ポリコレ無双

170人のポリコレたちが繰り広げる物語

anond:20190215145827

舐めは俺もそんなに好きじゃないけど左右で囁かれたり軽く吹きかけられたりハァハァされたりチュッチュされる系は誰でもゾクッとくるはずだから

それ系統物語性の薄いループ音声的なファイルを選り抜いておくと色々と汎用性が高いよ

けど妄想で3時間って猛者だな

主人公黒猫団の仲間を見捨てたことを忘れてるのを作品の不備にする理屈がわからない

ほかのアニメ漫画でも指揮官判断が間違っている何でこんな人物を登場させるんだと低評価意味が分からない 

主人公が必ずしも高潔でなければ優秀でも幸運でもない物語の何がいけないのだろう

2019-02-14

anond:20190213192103

いまだに評判の悪い、宮崎駿に叱られた件だけはちょっと同情の余地がある気がする。

あれは単にプレゼンの失敗であって、相手にどういう知識があってどういうことを重視するか、どういう思考の癖があるかを見誤っただけだと思う。

本来であれば、シンプルな原始生物が徐々に複雑な機能を獲得していく悠久の物語を語ることもできたはずなのに、

反笑いの喋り方と、美しさや見た目の伝わりやすさに手間をかけていない動画を見せたことで、障碍者をあざわらうようなものに誤解されてしまった。

2019-02-13

ギャルゲー神は蛭田昌人に竹井正樹と我孫子武丸

まず、「卒業Graduation〜」で特徴のある複数ヒロインというゲーム構造が完成された。

ついで、「同級生 」で個別ストーリー個別ルートが完成。

そして「かまいたちの夜」で、それまでテキスト主体ゲームは画面をクリックしたりコマンドで正解を見つけないといけなかったのが、長文を読んだ後の比較的すくない選択肢物語が展開するゲームを完成。

これら3つが90年代後半に隆盛するギャルゲーの基礎となったのでギャルゲーの神は上記三人と90年代後半にそういうのに詳しいらしい友人が言っていたが、これって妥当なの?

エロゲーとは違う現行の意味における「ギャルゲー」は主にPCエンジン美少女フューチャーしたゲーム群が由来とか、飲み屋で熱く語ってくれてた。

2019-02-12

雨宮せつな

雨宮せつな、というセクシー女優がいる。

神聖かまってちゃん、という歌手の歌に、『雨宮せつな』という音楽がある。

  

自分は、雨宮せつなの、ゴスロリフェラする作品が大好きで、何百回も抜いた。

神聖かまってちゃんの、『雨宮せつな』という音楽にも鳥肌が立つ。

  

神聖かまってちゃんという、一般的結構知名度がある歌手が歌ってくれなければ、

発掘されなかった淫夢のように、自分は、ホトンド無名彼女で抜いていて、そこに思い出や愛着があっただけになってしまった。

  

一番好きなセクシー女優は、竹内れい、というのだけど。

彼女場合は、本当に単なる無名女優だ。

竹内れい文学性、物語性を、だれか与えてくれないか

ニコニコ淫夢が発掘されたように、だれかやってくれないかなー。

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