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2021-05-14

撮り鉄」は悪なのか?

気持ち悪いオタク代名詞みたいに言われる「撮り鉄


果たして本当に悪なのだろうか


鉄道無機物なので、いくら粘って撮られても人的被害はまったく無い

対してアニメオタクアイドルオタクは、

対象が異性や実在人物のため、大抵の場合被害者が出る

性的加害や性的消費により、女性子供の人権や内心が害される可能性が高い


鉄道だけに熱意を向けている真の撮り鉄は、

しろオタクの中では一番害が無いともいえる


人間イメージだけで悪を決めつける

改めて自分で考えてみてください。何が良くて何が悪いかを



追記

撮り鉄のせいでこんな被害が出た!」という話

それは「鉄道を撮るために邪魔だったか排除した」だけの話

鉄道に対して何の加害もしてないし、周囲に対しても何の感情も無い


アニメオタク少女欲情するし、アイドルオタクストーカーになったり、

実在人物に対して加害したり、その可能性を感じさせ、社会不安を与える

その点、撮り鉄撮影邪魔さえされなければ完全に無害だ

どちらが有害かは火を見るより明らかだと思う

2021-05-13

政府コロナ対策組織がわからない

とある中核市で働いている

うちの市は今年の4月からコロナ対策専門の部署を新設し、若手のホープと呼ばれるやり手をリーダーに据えて

ワクチン接種、PCR検査、療養施設の確保等の事務を一元化して作戦立案及び遂行を担うこととなった

翻って政府である

同じ公務員として見てみて、政府の中でコロナ対策指揮系統がどうなっているのかさっぱりわからない

ただでさえ厚労大臣コロナ担当大臣ワクチン接種担当大臣職務が3人に分散してる上に

それ以外にも官房長官が指示を出してみたり急遽自衛隊出張ってきて防衛大臣まで絡んできたりどこがイニシアチブを取ってるのか本当にわからない

自衛隊、結局旅行会社人材派遣会社に投げるのならそもそも最初から防衛省委託する必要なくない?

チケットぴあワクチン予約システム作ったけどそれこそあらかじめ政府が作らせておいて然るべきじゃない?

せっかく内閣人事局作って人事を掌握したのなら各省庁から腕利きを集めて内閣官房の中に対策チーム作ってそいつらにやらせりゃいいのに

強権を振るえるようにわざわざ作った部署の強権をこの非常時にマンパワーを集約させるために使わなくてどうするよ

首相補佐官やら内閣参与やらの役職そもそも思いつきを垂れ流させるためにあるんじゃないだろう

とにかく今の政府は表に出ている役職と実際物事を動かしている人物が全く一致してないと思われるケースが多すぎる

政策に賛成反対以前の問題組織として見ていてイライラする

イライラのあまり取り留めもなく書き殴ってしまった

キモい」が禁止されたら「不審な動き」「不審者です」「不審人物」「不審者のフリとて」と言われるようになるだけではあるまいか

賃貸でじゅうたんとかラグ敷かない家は頭おかしいよね。

自分がそんな静かな人物だと思ってんの?

マジうるさいからね?お前はうるさい。誰よりもうるさい。

人類生活音立てずに暮らすなんて無理だから

絨毯敷きたくないならせめて家具を引きずるな。

ホントかましい人ほど楽しそうに暮らすよね。

他人犠牲の上にその酔いしれた生活が成り立ってるって少しは自覚してほしい。

賃貸って部屋を借りてるだけでお前の物じゃないからな?

劇作家協会と谷賢一WSに関する雑感

劇作家協会が行ったオンラインワークショップ講師の谷賢一が受講者にパワハラいたことをしたとかしないとかで、演劇界がザワついているのは演劇好きなら知っているだろうし、このエントリもそういう人しか読まんだろうから、詳細な説明は省きます

気になる人はツイッターで「劇作家協会」で検索すれば概要辿れると思います

まず個人的に一番大事だと思う点から

今回被害者とされている「X」って人、「福島汚染されている」って何の根拠も示さずに発言したらしいんですけど、もうこの時点でクソやばくないですか。とてつもない人権侵害では??? しかも軽はずみに口を滑らせてしまった結果ではなく、この人の信念に基づいて何度も繰り返し発言されたってのがものすごく深刻だと思います

私は現場にいなかったし、配信もみてなかったからしらんけど、講師の谷賢一とXの対話ほとんど成立してなかったんじゃないかな。

この場合講師が「データ根拠がない発言は控えてほしい」とXを注意することはパワハラでもなんでもなく極めて真っ当な要求だし、にもかかわらず、Xは差別発言を繰り返した。

本来なら、この時点で運営は退場させるべきだったと思う。

劇作家協会は、受講者Xの気持ちを置いてきぼりのまま傷つけてしまたことを悔いているようだけど、完全にズレてる。Xの福島汚染発言容認してしまたことこそが最大の過失なんだよ。そのことにまず気づいてくれ。頼むから

差別発言はやめてほしい」って何回もお願いしているのに、やめてもらえないの、凄まじい暴力しかない。想像できないのか。故郷放射能汚染されてるって何回も繰り返される苦痛、考えただけでもしんどいんだが。劇作家協会、そこんとこちゃんと想像できてんのか。福島ちゃんと向き合えてんのか。

あと、谷賢一が行ったパワハラって具体的に何だったんだ? Xの人権侵害発言に比べると、漠然としていてイメージしづらいのは私だけか? 

ちょっと横道逸れるが「当事者パワハラと感じた以上、それは確定事実であり、加害者には謝罪以外の発言権はない」的な意見をちらほら見かけたけど、それは一方的すぎるだろ。なんで自分だけ強いカード切ろうとしてんだ。パワハラが明るみになりづらい性質とはいえ加害者被害者もお互いの言い分を伝える機会は平等にあるべきだろ。

本題。まずこのXって人の言い分から。この人は何に傷ついたんだろう。

実はX、自分facebookに経緯と詳細を書き記した長文エントリを公開してくれていたので、これで状況把握がかなり進んだ。

リンク貼ったら多分、かなり波紋を呼ぶだろうから載せないどく。気になった人はツイッターで粘り強く探してくらはい

まあ要約すると、このXという人、やはりこの人の頭の中では何が何でも福島汚染されてなければならんらしく、それを講師に厳しく否定されたことがショックだったと書いてる。風評被害って本当に根深くて、たった一言が計り知れない影響を及ぼすことがあると思うのだが、Xは平然とここでも「汚染説」を力説してる。100パー善意で書いてるだけにタチが悪い。

まあ要するに、自分意見講師に全く受け入れられなかったことに怒りと悲しみを感じ、基本的にそれを告発しているわけです。でもこれ、そもそもXの思想差別意識助長する危険性をパンパンに孕んでいる以上、福島出身で風評被害と戦っている立場講師容認するわけないし、容認されなかったのは当然の帰結だろう。この対応のどこに瑕疵があったと? むしろ、Xの意見を一説としてさえ拒絶したのは、せめてもの救いだった。谷賢一、その一線を譲らなかったらのはほんと偉かったと思う。

しかし、なのになぜ謝罪したんだ? 劇作家協会と谷賢一は。言い方がきつかったとか、表現問題があったとか書いてたけど、別にXはそのことを問題にしていたわけじゃなさそうだけど。Xは「講師中立であるべきなのに私の意見を邪険にした」ってことに尊厳を傷つけられたと主張してるわけでしょ。「表現の仕方が悪かった」じゃXの尊厳とやらは絶対回復しないし、すげえ不毛謝罪だったと思うんだが。

ほいで、谷賢一は昨日ぐらいからなんか一転して「尊厳は傷つけたのはすまんかったけど、ハラスメントという表記はしてないし、実際ハラスメントはなかった」とかすげえトリッキーなこと言い出した。さすがに谷賢一、これは悪手を打っている感じが正直ある。劇作家協会と調整する過程でこんな表現ねじれちゃったんだろうけど、多分谷としても、この謝罪はXへ向けたものではなく、世間向けのポーズ意味合いが強かったんじゃないかな。形式的に謝ってるだけ。本質的に何も自分は間違ってないって思ってそうだし。


こんなん、そらパワハラ根絶しようとしている人からすれば、不誠実な謝り方に映るわな。私でもそう見える。実際、この謝罪文って「言い方は悪かったけど、基本的に俺は悪くなかった」的な加害者テンプレートに当てはまっちゃってるのがすげえキズで、それでパワハラ自称オーソリティ(?)みたいな人たちから問題視されることになったんだと思う。なんか巧妙だし、狡猾で厄介な感じがする。

とはいえ、今回はパワハラ被害者とされる「X」が風評被害につながる差別発言を流布する人物だったことって、絶対見過ごしちゃいけないと思うんだよね。ナチズムとか優生思想と同じ厳格さで取り締まるべき。

私はもはやこの事案、登場人物被害者加害者に二分するパワハラ視点だけで語るのは不可能だと思っている。ハラスメント風評被害は切り分けて考えるべきって意見結構見かけるけど、今回の騒動そもそもXの「谷に尊厳を傷つけられた」って告発が発端だったじゃないですか。で、その主な原因は、谷がXの発言意見として最後まで用人しなかったことにある。つまりXの尊厳って、谷がそれを一意見として容認しない限り、守られないじゃないのかなって。Xはあのワークショップ自分の身の置き所がないことが辛くて、ハラスメント告発したんだと思う。けど、置き場が用意されることは絶対にない。なぜならXの発言差別助長する危険な信念から発せられるものから。これをどうやって切り離して考えろと…???


谷賢一は不毛しか思えない謝罪をしたわけだけど、実際のところ、彼は自分言動のどこをどう改善すれば、Xの尊厳を傷つけずに済んだって考えてんだろう。

私はどう考えてもそれが浮かばんのよなあ。だから謝罪不毛に見えたんだと思う。曖昧なんだよ。口調が強くなったとか、講師である自分のほうが自制的であるべきだったとか。「自制的である」ってのは自分の信念を引っ込めるわけではないでしょ。となると、どんなに笑顔で穏やかに喋ったところで、Xとはいずれにせよ、お互いの尊厳をかけてディベートしなくちゃならなくなると思うんだよな。


そもそも、強い信念のもと差別助長する発言を繰り返している人間に対して、講師と受講者というデリケート関係性を保ちながら、相手尊厳抵触せずに発言を引っ込めてもらうのって不可能なんじゃないの。

Xの尊厳は「汚染はあった」とする信念の上に成り立っているわけでしょ。その信念から来る差別発言を「お控え下さい」って否定したら、そりゃ間違いなく尊厳は傷つけてしまう。谷賢一がXの発言絶対容認できない以上、どちらかが信念を曲げない限り、お互いの尊厳を傷つけあうことしかできないと思うんだよ。



そしてやっぱり尊厳を傷つけてしまい、先に告発された講師の谷賢一が一方的パワハラ嫌疑かけられ、逆にXの人権が異常に保護されてんの、非対称すぎんか。特に瀬戸山美咲さん、石原燃さん、江本純子さん、長田育恵さん、このあたりの劇作家協会会員(非会員もいるかも?)の意見が私には不条理すぎて理解が追いつかん。仲裁する立場人間として全く機能してないと思う。怖すぎるんだが。


何よりもまず、講師をはじめ、被災者人権ボロボロ蹂躙された事実に目を向けるべきなんじゃないのかな。そこんとこ、どう考えてんだろう、上の演劇人たち。少なくとも、「福島風評被害から守ろう」って意識はすごく低そうに見える。見えてしまう。それって組織として道義的に大問題なんだけど、一生気づかないんだろうな……。そういう視点が欠けてるから、谷賢一と温度差がありすぎて、仲裁に失敗したと思うんだけどねー。それが根本的なねじれになって混乱を招いて、不毛な議論を散発させちゃっている感じはすごいあったと思うんだが……。

言いたいことはまだたくさんあるけど、キリがないのでこんなもんで。また思いついたら投稿します。

コブクロ黒田さんのことを吐き出したい

コブクロファンです。でした。


==== =====

私は小渕さんの書く詩が苦手で、若いころに作った曲はともかく最近の曲はアラフォーが書いたと思うと特に恋愛系の歌詞にはゾワっとしてしまう。

コブクロ楽曲ほとんどが小渕さん作詞作曲なので、コブクロ歌詞ほとんどが苦手ということになる。


じゃあどうしてコブクロの曲を聴いてファンになるまでハマって今までライブに通い詰めてきたのかというと、曲のメロディー伴奏歌声が好きだから

そして何より黒田さんの作った楽曲、詞が好きだから。(小渕さんの曲で好きな曲ももちろんある)

黒田さんの曲は人情的で、泥臭く足掻いていて、時にはとても繊細で臆病で、遊び心があって、そんな楽曲たちが大好きだった。


DOOR(https://www.uta-net.com/song/19060/)には何度励まされただろう?人生の節目には特に刺さった。

ライブで聴いた時の衝撃も忘れられない。力強い歌声と命を削って歌う姿には身震いした。

それに呼応するかのようにバンマスである福原さんのギターソロ特別熱がこもっていたように感じた。


そんなDOORとは変わってTo calling of lovehttps://www.uta-net.com/song/82451/)の繊細な詩と歌い方は涙が出そうなほど感動する。

CALLINGツアー2009年)が初めてのコブクロライブ参加だったのもあり、最後のサビのアレンジには度肝を抜かれた。

バックバンドピアニスト、よっしーさんの伴奏も好きで、弾き語り用の楽譜を買ってきてピアノで弾いた。


ピアノといえば休養前のツアー2011年)、喉を患っていた小渕さんだけではなく黒田さんの喉の調子も悪そう、というか悪かった。

最初から声が出てなかった。正直聞くに堪えないくらい辛そうだった。

そんな中でのSTAYhttps://www.uta-net.com/song/81761/)、よっしーさんが黒田さんの歌を庇うように力強い演奏をしはじめた。

その和音黒田さんの声を掻き消すくらいに大きく鳴り響いて、大胆なアレンジも入れて。

でも黒田さんはそれに負けないよう声を張り上げて歌っていた。

2人のコンビネーションに目が離せない(耳が離せない?)ほど引き込まれた。

その後、最後黒田さんの歌から入って伴奏が追いつく箇所で(これはSTAYではなく流星かも?)、黒田さんの声が詰まって曲が止まってしまったときには素早く察知して溜めに溜めて様子を伺いながら伴奏を入れていた。

(それに対してMCの際に黒田さんが「変な入りしてごめんなさい」とよっしーさんに謝っていた)


サポートメンバーがここまでミュージシャンに寄り添って、大胆なアドリブ演奏をすることはそうそうないのではないか?(本当のバンドならともかくコブクロデュオ

そう考えるとコブクロとそのサポートメンバーには強い信頼関係が築かれているのだろうなと私は思った。

からピアノ伴奏のみのOverflowhttps://www.uta-net.com/song/29980/)をライブで聴きたかった。


話は戻って、CALLINGリリース時期(2009年)の音楽雑誌でのインタビューでTo calling of loveについて小渕さんがこう答えていた。

「愛されたいとか、●●されたいという受け身なところが黒田っぽい」(記憶曖昧なのでなんとなくこんなことを言っていたなという意訳)

これを読んだとき、そんな人ならスキャンダルになるような問題を起こすようなことはないだろうな~とのんきに思ったのを覚えている。


……それでこれ。

黒田さんの詩に励まされてきた身としてかなりのショックを受けた。


報道を見て1日経ち、いったん冷静さを取り戻したところに福原さんのツイート


人生いろいろある」

https://twitter.com/gt_fukuhara/status/1392477617194868738?s=20


文脈的黒田さんひいてはコブクロへの言葉と見受けられるけれど、人生いろいろあるのは奥さんとお子さんであるわけで。

福原さんのツイッター・インスタを見ているとコブクロにかなり熱量をいれてサポートしているように感じていたし、前述のようにコブクロサポートメンバーには強い信頼関係があると思っていたから、山口メンバーに対してのTOKIO達のように、アンジャッシュ渡部に対しての児嶋さんのように、黒田さんのことを叱ってほしかった。被害者である奥さんとお子さんを慮ってほしかった。


ここまで全て私が勝手に思い描いてた人物像・組織図であって、そういう対応を期待したり、この件でたかファンであるモブ一般人が裏切られたと思うのはおかしい話で、ましてや小渕さんではないサポートメンバーにそこまで求めるのだっておかしい。

リプライ欄に否定的ツイートわずかながらあったけれど、福原さんの言葉意見を述べるのはともかく黒田さんへの否定的意見をそれこそサポートメンバーに送り付けるのはお門違い。


バンドマンはクソ


と言い放つ邦楽ロック好きの友人知人たちを思い出す。

ああ、黒田さんを叱らなかったのってそういうことかな……と、自分の中で憶測憶測を呼び勝手にまた傷ついて、そもそもそんな憶測だらけの勝手想像でこの件を受けて裏切られたと思うのはお門違いで(以下略


この最低な負のスパイラルから抜け出せなくなってしまった。





++++++++++++++++++++++

ということをコブクロファン会員サイト交流SNS投稿しようとしたけど、投稿するのをやめました。(えらい)(でも吐き出したかった)(会員はやめる)


これを読んでくれた方はどうか、私の自分勝手に描いた人物像や関係鵜呑みにしないでください。

特に福原さんはとばっちり一般人モブ1人に勝手虚像を描かれてがっかりされているだけなので……


モブ1人ファン離れしても何の支障もないと思いますが、モブから見たら今まで何度も助けてもらった主人公背中から刺された衝撃はでかく悲しいものです。


唯一の救いは黒田さんのラインがおじさん構文ではなかったこと。まあ気持ち悪かったけど。まじで気持ち悪かったな。

オリンピック開催問題の行くすえ

池江選手に対して五輪出場の辞退を促すようなSNS上の問題が取り沙汰されたり,

強硬開催がコンコルドと同じ轍を踏むことに当たるのか否かが議論されたりしているが,あまり本質的でない気がする.

アスリート五輪開催に関する意図を問うことはお門違いに他ならないし,

かといってそういう論理を飛び越えたSNS上の暴走非難したところで,もともと論理を飛び越えているんだから意味がない.

五輪サンクコスト議論している人たちにしても,たしか損切りした際のコスト見積もりが立つ.

しかし,継続した際の展望に関しては感染リスクや人命のみならまだしも,

国際的な信用,国民医療に対する信頼感,医療従事者のモチベーションなど計上しがたい要素が多すぎて単純な比較もままならない.

こうやって議論が無遠慮に飛び火したり拡大したりしていくのは,開催するのかしないのかがいまだに不透明であるからで,問題本質はそこ以外にないだろう.

一年延期してから東京オリンピックは開催するにしろしないにしろ,血が流れることに違いはない.

ただ間違いなく言えることは,決断が遅いと流れる血が増えるということだ.

でも,今の政権政治家は(大げさに言えば)

”多少国民犠牲にしてでも開催による一部権益者への利益を優先する” とも

"自身政治基盤や一部の権益との関係を損ねても,国民の命を優先する"とも表明しない.

なぜか?それは世論時間に決定してほしいからに他ならない.

メディア等に対する国民一時的感情有名人意見表明や企業アピール,そしてなにより開催日というある種の締め切りにより,

自身主体的決断することなく,国民全体の空気感で舵を切った形にするという,卑劣責任逃れをしている.

間接民主制代表者代表者としての矜持責任感をもって決断してこそ機能する.

愚策であろうと,裏で官僚が絵を描いていようと,決断することが代表者には枢要な職務だ.

そういった意味で,現在政権政治家は不健全と言わざるを得ないし,

問われるべきは,SNS上の倫理でも,アスリート個人的意見でも,コストバランスでもなく,政治制度冒涜している代表者の怠慢だ.

とはいえ,じゃあ一国民としてはなにができるのか...それがわからない.

次の選挙に懸ければいいのか?

でも,五輪開催の決断には間に合わないだろうし,リーダーシップをとって俎上にの人物がいるようにも思えない.

うーん.

2021-05-12

anond:20210512172815

それを言ったとされる人物サヨクとされているからやろ。

DMMFANZA

片方にログインするともう片方から強制的ログアウトされてしか自動ログインも切られるのどうにかならんか

別人装ってもお前らが同一人物だってことはみんな知ってるんだからごまかすな

池江璃花子さん、マジで尊敬に値する人物なんだけど嫌な大人の都合の良い道具にされてるのがマジでキツい

メンタル強そうだけど流石にあんな頭のおかしい破茶滅茶な連中に巻き込まれて病まないか心配だわ

池江璃花子さんは本人の好感度がまだ高い方の巻き込まれだけど、グレタトゥーベリとかゆたぼんとか本人の好感度低い方の巻き込まれも見ててつらいわ

anond:20210512115952

時代劇も、紋切り型ストーリーだけどカタルシスは確実にあるからね。水戸黄門暴れん坊将軍も、同じ世界のなかで「身分を伏せてた人間が、実は地位の高い権威ある人物だった」という落差が脳内麻薬の出るポイントから構造的には近いところがあるかも。

anond:20210512033208

これはKYOKOのこと言ってるんだろうけど

神風怪盗ジャンヌ』の連載終了後わずか2ヶ月で開始されたこの連載は作者自身中学時代から温めていた作品で、その時期には既にキャラクターなども出来あがっていたようであるしかし、様々な要因から作者の納得する作品を作ることができず、この連載を打ち切りとすることを作者本人が決定した。このため連載の終盤に登場する人物の紹介、能力性格描写ほとんど削られている。

こういう経緯があるから

しかコミックの柱スペースでだってだってやりたかったんだもーんみたいなこと書いてたよね

2021-05-11

追記 弱者男性論壇によって「キモい」がヘイトワード認定されるまでの経緯

追記 弱者男性による言葉狩りだろうがフェミによる言葉狩りだろうが言葉狩りには反対に決まってんだろ。馬鹿馬鹿しい。「キモい」と言われて腹が立つなら侮辱罪で訴えろ。

テメェは、フェミアンチとしてしか存在出来ない虫けらか?

tsutsumi154 そこまで必死になるほど守りたい言葉なのか 他人の行動は制限したがるのに自分たち自由でないと我慢ができない

ったりめえだろ。「きもい」「ばか」「あほ」「うざい」「くさい」全部テメェらに制限される謂れのない言葉なんだわ。not beautifulと言えってか?ニュースピークか?クソが。

他人の行動は制限したがるのに自分たち自由でないと我慢ができない」のは今やテメェら自身だろうが。わかるか?言ってる意味

己の主張をフェミなすりつけてんじゃねえよ。言葉狩りするなら言葉狩りの顔をしろ。だいたいテメェらリベラルなんだからリベラルの顔しとけよ。こっち来んな。自覚症状ないみたいだから教えてやるけど、テメェらは全体主義キモいリベラルの一派なの。主流派リベラル内ゲバしてる傍流なの。

テメェらへの批判は全部フェミか?違うだろ。

テメェらが、かつてフェミがやってきたように言葉狩りしようしてるから批判されてるんだろ。自覚しろ。いい加減主張の主体になれ。

 

 

言いたいことは以上

 

 

本文

キモい」は差別用語だ、「キモい」というのは差別だ、「キモい」というのは暴言だ……などの意見弱者男性論者から出ているようだ。

辿ればどこまででも辿れるだろうものだろうが、自分の知る限り、事の発端はとある声かけ事案に対するTwitterの反応だった。

とある事件とは、中年男性が夜のコンビニにて見ず知らずの女子高生に対して「うちに来ないか?」と声をかけ、女子高生に「きもい」と言われたことに逆上して暴行を働いた事件だ。

事件は「キモいと言われ暴行」そんな見出し記事にされたため、加害者に対する同情と理解の声が寄せられた。しかし、記事本文には「うちに来ないか?」という男の声かけ事件きっかけだと記されており、「そりゃキモいわ」という被害者への同情と共感が噴出した、

加害者特に理解を示したのは、主に男性特に弱者男性論壇に立つ人々だった。一方、被害者の「キモい」に理解を示したのは、男女どちらも含む一般大多数だった。5chのログYahoo!ニュースコメント欄等を読めば「これはキモいw」「そりゃキモいと言うわw」という男女の声を読み返すことができるだろう。

 

多くの人にとっては、この時間は日々日本のどこかで起きる事件の一つに過ぎない。しかし、フェミニストはこの事件を強く問題視視した。その一つの要因は、この事件男性-女性、年長者-年少者という関係性で起きていることだろう。「女性や年少者は目下のものとして言葉遣いをわきまえるべき」という旧来の社会規範への反発はフェミニズムの中で広く共有されていた。(※フェミニズムの文脈では、「男性女性に対し荒っぽい言葉遣い(お前と呼ぶ、〜しろよなど強い命令口調で話す)ことを容認する男性でも、女性男性に対し同様の言葉遣いをすると怒る」などの話もこの文脈に回収されるだろう。)事件において、「キモい」は女性かつ年少者である女子高生による『わきまえない発言;社会規範への反発』としての意味を見出されたのである

さらにもう一つの要因として、(性)暴力被害について被害者の落ち度(夜中のコンビニ未成年ナンパするような非常識人物への対処を誤り逆上させたこと)を強調するような見出し報道被害者の落ち度を責める周囲の人々というセカンドレイプ類似した現象が起きたことがあるだろう。これによって、フェミニストを含む多くの性暴力を憂う女性の関心を集めた。

 

(1)女子高生のおじさんに対する弁えない発言

(2)女性被害者に対するセカンド傷害事件

という2つの特徴が、フェミニストや性暴力を憂う女性達の注目を集め、話題となった。フェミニストによる犯人への批判には、一般男女同様「キモい」が使われるものもあった。

 

以前から男性に対する「キモい」という侮辱問題視していた弱者男性論壇(アンチフェミニストを含む)から、これに対し「差別に反対するはずのフェミニストがきもいという言葉を使うのは矛盾している」との主張が噴出した。依頼、キモいという言葉は男女論界隈においてキーワードとなっている。

 

とあるフェミニストの弱者男性は、これらの経緯を受け

「幼少期から自分のような男性は「キモい」といわれ生きてきたので、女子高生が駅で「キモい」を使っているだけで動悸がするほどだ。フェミニストは「キモい」という言葉の強さを認識すべきだ。」と主張している。←イマココ

anond:20210511190555

まずこの文章が読みづらい。

相当に自己中心的、もしくは周りに合わせることが出来ない人物と思われる。

診察を受け、適切な治療を受けたほうが良いのではないだろうか。

2021-05-10

「壊れてしまった人間」を救える思想運動など存在しない。

https://note.com/mefimefiapple/n/n7d700fe79960

正直、このアカウントかなり釣りくせーな―と思うのだけれど、仮に釣りだとしても

わざわざ釣り道具一式を揃えて釣り堀にルアーを投げ込むその情熱の根源はやはりこの note に書かれてあるとおりなのだと思う。

幼少期・思春期トラウマ

自分が圧倒的に破壊されてしまった経験

こういう経験をしてしまった人間は男女や時代を問わず多い。どうも多いらしい。

ネットでたまにどうしもようなく負のオーラを放っている人間を見かけるだろう。見た瞬間に一生関わらないでおこうと誓い、ブラウザのバックボタンかその機能もつショートカットキーを押させる恐怖。あれだ。

あれらのひとびとが「壊れてしまった人間」だということを俺は知らないでいた。

それは幸運であり、幸福なことだったのだと思う。

少なくとも半径五メートル範囲では深刻ないじめ尊厳蹂躙を見聞きせずに育って(本当に存在しなかったのかは別だろうが)、フィクションで描かれる凄惨いじめ描写や「男子いじめ女子」などは完璧想像産物だと思っていたし、ネットでたまに見かける悪意と憎悪の塊のような人々を我々の生活とはまったく関係ない、外宇宙から来た得体のしれない何か、天災じみた純粋悪みたいなものと考えていた。


きっかけは大学オタクサークルを選んだことだった。

そこには二三人、「壊れてしまった人間」がいた。

「壊れてしまった」という言い方が正しいかどうかはわからないが、当時の俺の直感と語彙では「壊れてしまった」としか言いようがなかった。

まず挙動が明らかにおかしい。

オタクサークルに入る人間は大なり小なりオドオドしているものだろうが、その人たちのオドオド加減は度を越していた。

日常の問いかけにまともに応えられればいいほうで、なかにはまともなやりとりすら成立しない人間もいた。

極端に大人しい人なのかな、と思えば、時々冗談なのかなんなのか、突拍子もないことを言い出すこともあって、そのたびにこちらは面食らった。

何の連絡もなく一ヶ月も二ヶ月もサークルに来なくなったので、心配して連絡しようとしても全然返信が返ってこない。やめたのかな?と思っていたら突然何事もなかったかのように復帰する。

大学もまともに行ってるんだか行ってないんだか。

大学とは色々な人がいるのだなとその頃は思った。実際、田舎では出会わなかったバリエーション豊かな人々と遭遇していたので「壊れてしまった人たち」も「色々な人」のカゴに雑に突っ込んで適当に過ごしていた。

「壊れてしまった人たち」という認識を得たのは、ある日の飲み会のことだ。

深酒をした同期のAくん(仮名)が珍しく高校以前の過去語りを始めた。

いじめられていた、という。そのいじめの内容というのが、朝登校すると机に花を活けられていただの、机に「死ね」とほられていただの、トイレに入っていたら水をぶっかけられただの、とそんな感じ。ほぼクラス全員から標的にされていたらしく、女子にもいじめられ、かなり性的いやがらせもされたという。

直前まで全然そんな陰惨な話をする雰囲気ではなかったところにいきなりぶっこまれたのもショックだったが、それ以上に衝撃的だったのは、

「そんな『マンガに出てくる典型的いじめっ子のやるいじめ』を行う人間がいるのか!?

という事実だった。

だっていじめっ子って悪いやつであるフィクション世界においては極悪人バカで愚かな人間しか描かれているのである。それをあえて模倣するバカが世にいるのか。しか女子にも。空想上の生き物じゃなかったのか。信じがたかった。

そして、納得もした。

「ああそうか、だからAくんは”こう”なってしまったのか」と。

Aくんは基本的大人しい人物でまあいいヤツだったのだが、ネットでやっているブログでは稀に普段の彼から想像できないような憎しみを発することがあり、内心ちょっとヒイていた。かなりの部分、女性蔑視的なところもあった。Aくんはおおむね良いやつなのだけれど、そういうところはよくないな、と思っていた。


だが、彼の過去を聴いてしまたからはうかつに「よくないな」とは思えなくなった。いや、不特定であれ他人攻撃性を向けるのはよくないことはよくない。けれど、俺にはAくんを責められないな、と思った。俺もきっと同じ環境にいたら「壊れてしまった」だろう。

そして、ネットでみかける”純粋悪”たちの正体もわかった気がした。

どこかでいつか誰かから「壊されてしまった」人たち。

そのせいで(おそらくはネット限定で)呪い言葉しか吐けなくなった人たち。

そういう人たちのなかにはたまに特定思想運動に乗っかってるひともいて、まあ陰謀とか宗教とかもあるんだけど、ともかく、最初noteの人はそれが「男性としてフェミニズムを支持すること」あるいは「男性フェミニストを装うことでフェミニズム攻撃すること」だったんだろう。この際どっちでもいい。


社会に出てから、他にも「壊れてしまった」男女に少なからず会った。

少なからず。意外と多く存在していることも知った。壊れ具合の結構差が出ることも。

そういう人たちに危害を加えられることもあった。まともな人間関係を築けることもあった。

でも常に共通して、互いに一線を引きあっている感じがあった。俺とあの人たちは違う。どこかでそう思ってしまっていた。


Aくんは大学卒業した後、縁もゆかりもない地方都市就職して、しばらくそこそこに暮らしていたらしい。

直接にやりとりすることはほとんどなかったから具体的に何を考えて生きていたのかはわからない。

ただ社会人になるころはブログでの攻撃性は薄れて、あのアニメヒロインは良い、声優かわいい最近Vtuberにハマっている、といったようなことしか書かなくなっていた。学生時代週三ペースだった更新頻度も隔月更新みたいなゆるやかさになっていた。漠然と、いい兆候のように思えた。俺にも俺の生活があり、彼のことは漠然しか心に留めていなかった。

Aくんが自殺したと聞かされたのは、サークルOB連絡網を通じてだった。サークルの現会長に親御さんから連絡があったらしい。息子がそのサークルに属していたことだけは知っていたから、もしかしたらそのツテで友だちをたどれるかもしれないと。

葬式に行くと案の定親御さんに捕まり、「大学時代の息子のことをきかせてほしい」と頼まれた。

良いやつでしたよ、楽しかったですよ、よく笑っていましたよ。

やさしいウソをつくつもりでそういうことを言ったのだが、よくよく思い返してみれば、たしかに彼は良いやつで、サークルでは笑って楽しそうにしていた気がする。

まあしかし、その程度では救われなかったのかもしれない。

どうすればよかったのか。どうしようもなかったことも、自分がどうする気もなかったこともわかっているのだが、その疑問がどうしても消えない。

「何故女性やフェミニストに言うのか」を読解する(「弱者男性差別は存在するから知ってください、フェミニストはこれ以上差別しないでください」について)

弱者男性差別存在するから知ってください、フェミニストはこれ以上差別しないでください

https://note.com/mefimefiapple/n/n6b712e954db8

 

上記noteについて「何故女性フェミニストに言うのか」「強者男性に言うべきでは」との意見がある様なので、何故なのか、読解してみようと思います

予め断っておくとこれは女性フェミニストへの攻撃意図はありません、また件のnoteについても敵意は(受け止められている程には)大きくはないと判断しますが、それについても最後に触れます

 

ではどのように読解すればいいでしょうか?いい方法があります

以下の様に、国語テストだと思って読解してみてはどうでしょうか?

問1ーこのnote女性フェミニストに向けられている理由について、本文から関連する箇所を抜き出して答えよ。

このように国語テストだと思えば、noteを読み込んで該当箇所を抽出するのも楽になる人も居る筈です。難しい問題や複雑な問題ゲームテストだと思えば簡単に解けてしまう人はいものです。

(これを「ゲーミフィケーション」という言葉に倣って「国語の期末テスティフィケーション」と呼ぶ(「国語中間テスティフィケーション」でも可))

卒業の掛かった大事テストだと思って解いてみましょう。

 

解答

以下、幾つかのパートに分けて女性フェミニストに向けられている理由解釈できる箇所を抜き出します。

 

誰もが抑圧者になり得る事

ジェンダー差別女性セクシャルマイノリティも、そして男性も抑圧し、抑圧者には女性を含めて誰でもなりえる。

上記箇所の様に、このnoteでは女性も抑圧者・加害者になり得る事を繰り返し強調しています

これがこのnote目的だとすると、明らかに女性に向けた方が効率的です。強者男性に向けて「実は女性も抑圧者になり得るんだ」と言っても「お、おう」と成るだけですし、むしろ告げ口に似てしまます。だから女性本人に言う必要があると言えます

また、男性強者側に位置付けられたり、「抑圧者=男性」という図式が前提とされがちな現代では、そうでない側を殊更に強調する必要があり、そこに女性対象にする必然性もあると言えます

(ただしその様な前提はテキストの外部から読み取る事なので、テキスト内で論理的に完結する必要のある国語テストとしては回答に出せない部分になります

 

差別正当化」の主題

いかれた差別主義者がわめくのは無視できますが、社会的正義の名のもとに差別正当化される苦しみは無視できないのです。

上記箇所の様に、noteでは差別のものに負けず劣らず、差別否認し、正当化する事への非難に紙幅が割かれます

例えば、

未婚男性寿命の短さは無視される上男性女性虐待証拠になり、男性メンタル悪化と低すぎる幸福度無意識化された特権意識のせいにされ、ホームレス引きこもりさえも女性に厳しい差別構造の例だとされます

そしてその抑圧が苦しいと言った途端、「社会/女性への憎悪」「分断を煽る差別」「差別者の見当違いな被害者意識

の様に、男性差別的な境遇問題化しようとしたときに、それが女性差別問題へとすり替えられる様子が描かれます

弱者男性差別のもの強者男性女性フェミニスト共に加害者に成り得ますが、「弱者男性差別女性差別」の様な差別主題スライドは、女性差別を取り沙汰したいフェミニストしか動機がありません。

従ってこのような差別スライド問題にする限りでは、フェミニストの方々に向ける理由があるという事に成ります

こうなるとフェミニストはもはや、「女性差別は気にするけど男性差別は気にしない」だけではなく、「女性差別は気にするけど男性差別積極的に口を塞いで透明化する」というセクシストに見えます

という箇所も同様でしょう。差別スライドによって「男性差別積極的に口を塞いで透明化する」という積極的な加害行動が問題化されます

関連して、

フェミニストの方に考えてほしいのは、「男性差別はない」「あったとしても大きな声で言うのは女性の口をつぐむことだからいけない」という考えはこの時点でかなり人権軽視であったり、性差別的な言葉ということです

という箇所もありました。

ここについてもやはり、「男性差別はない」「あったとしても大きな声で言うのは女性の口をつぐむことだからいけない」といった発言をする動機が大きいのは女性フェミニストです。対して強者男性にその様な発言をする動機は大してありません。

例外としてフェミニストかつ強者男性場合女性フェミニストと同じ動機を持ち得ますが、当然その場合フェミニスト」に重なっています

 

似た箇所として、以下の部分も上げられます

なぜ弱者男性が、ジェンダー平等を望む仲間のはずのフェミニスト攻撃してしまうのか、それは一部のフェミニストジョージ・ワシントンからということもあるでしょう。

ここでジョージ・ワシントンは「世界最初人権宣言した憲法を書き上げながら、ネイティブ・アメリカンへの虐殺差別だと認識できなかった」人物として言及されます

この文意は「一部のフェミニスト」がジョージ・ワシントンと同様の構造(つまり女性人権保護しながら、弱者男性への差別認識できなかった)を持っている、だと解釈できます。その上で、

自分たち白人平等に殺す無法者より、人権を高らかに謳い上げるがお前たちは人間じゃないから殺されてOKと言う、ジョージ・ワシントンの方が憎く見えたでしょう。

差別に最も敏感な映画でも、男性対象になると途端に差別を素通ししてしまうのです。

という様に加害そのものより、差別正当化や、「人権を謳い上げる」正義側に無視される事の苦痛が強調されます

この点に着目した時、フェミニストは(時に露悪的な)強者男性よりも正義僭称する機会が多く、正義側としての側面が濃い為、強者男性よりも対象にする動機が大きいと言えます

 

直接的な加害者として

弱者男性への扱いも、強者男性より女性全般のほうが差別的かもしれません。

この箇所では明確に、差別的な度合いが強者男性より女性全般のほうが大きい可能性を検討しています

女性はこの差別の抑圧者として大きな存在です。上記差別では明確に女性の影があります私自身、街を歩いていて嫌悪や指をさして笑う行為吐き気をするようなジェスチャー、そういったことを度々経験していましたが、すべて女性でした。

以上の様に、女性による直接的な差別や加害もnoteでは幾つか言及されます

彼女も作れない人間はセクシストで、そのような人間悲鳴はすべてミソジニー」というような意見フェミニストが多くするのが原因です。男らしくならなければジェンダー平等を訴える人たちの間でさえ人間扱いされないどころか、セクシスト扱いされるのです。

これに対して、女性は異性の「点数が低い人達(先程の結果からみると本来は平均的な人たち)」を排除したり、嫌がったり嘲ったりする形で攻撃します。

これを咎められたあるフェミニストは「ゴキブリウィルスへの嫌悪と同じだから性欲ではない」と言いました。

いじめ対象になった時、加害者女性だとまともに扱われないどころか、加害女性が正しいことになる

例えば「女は黙って朝飯作って帰りは正座で待ってくれてないと」のような差別的な言葉と「無職の男とか絶対無理キモい」のような差別的な言葉は同じくらい重い、そう言えます

こうした直接的な加害は恐らく女性フェミニストの方々の中でも一部の方がしている事で、女性フェミニスト全体がしている事ではありません。

従って女性フェミニスト全体へ向けてこれらの事を直接の告発として言うのは(丁度一部の男性が行った加害を男性全体に向けて非難するという、弱者男性問題の主要な問題の一つと同様)間違っていますが、

「ぶつかりおじさん」の様に、女性からは見えにくい一部の女性の加害を知って貰う、という可視化としては意味を持ち得ます

そしてこれらが女性からは見えにくいのであれば、特に女性に向けて周知する意味があると言えます

 

特にその中でも、

最も弱者男性差別的なことを言っていて、かんたんに論破できるような「女をあてがえ理論」に対するフェミニストたちの反応を見てください。「弱者男性とかキモい無理。女性人権侵害している。」、「その考えが差別的。特権意識から降りろ。」、その他諸々。なぜ、「女性が誰と結婚するかは個人自由なので社会国家が介入するな。」とだけ言えないんですか??

フェミニスト差別糾弾する際、「キモい」「特権意識から降りろ」等の余計であったり部分的に適合しない侮蔑を含めてしまうケースが上げられています

この箇所を「差別糾弾する際に、別の差別意識が表面化し易い」という意味だと解釈すると、差別糾弾する機会の多いフェミニストの方々に特に向ける意味があると言えます

 

フェミニズム言説への応答として

この貧しい家庭に生まれいじめで苦しむことも多い一生弱者男性(これは実際に統計的に全部正しいんです)は、下駄を脱げと言われても脱げる下駄がありません。むしろ脱出できる可能性、助けてくれるまわりや、ケアしてくれる行政や団体の偏りを考えると、この層においては女性下駄を履いていると言っても嘘になりません。この層に「下駄を脱げ」というのは、レイシストが「在日コリアン特権を捨てろ、社会を牛耳ってる支配者のくせに弱者のフリをするな。孫正義を見てみろ。」というような最悪な言葉と大差ないのです。

この箇所はフェミニズム文脈男性に向けられがちな「下駄を脱げ」といった言説が、弱者男性場合には適合せず(脱げる下駄が無い)、「在日特権」の様な存在しない特権糾弾という、深刻な差別に成ってしまうケースが扱われています

このようなフェミニズム言説への応答の箇所は、当然フェミニストへ向ける意味を持ちます

また、

障害貧困差別で苦しんでいる中で、誰か一人にでも愛されたくても無理で絶望して今も首をを吊っていってる人たちに、無理とかキモいとかお前の孤独感さえ差別の証だだとか、それはもう加害欲求暴走している、差別が楽しくてやめられない、としか言えないじゃないですか

ゲイも、トランスジェンダーも、在日コリアンも、ハーフも、黒人も、障害者も、相手を「キモい」と言って正義の名のもとに糾弾する光景をあまり見ないですが、フェミニストだけは例外です。

の箇所の様に、フェミニズム的な批判に伴って加害欲求暴走する可能性についても警告しています。ここもやはり強者男性に向ける意味はあまりなく、フェミニストへ向けて初めて意味がある箇所になります

 

 

はい。長かったですが、いかがでしょうか?

件のnoteを読み返しながら、国語テストのつもりで関連しそうな箇所を抜き出してみましたが、結構あるものですね。

ただこれで全部ではないと思います。もしできれば、これを読んでいるあなた国語テストのつもりで挑んでみてはいかがでしょうか?

 

最後に、これまで追ってきたようにあのnote女性フェミニストへ向けて書かれたものですが、「向ける」ということが「攻撃」や「批判」とイコールではない事は強調しておいた方が良さそうです。

現に彼自身

から、一部のフェミニストの方がしてしまたことも、不幸なすれ違いだと思うんです。「ただそんな人達がいると知らなかった」だけだと思うんです。なので、ジェンダーで苦しんでいる人間たちは一緒に戦っていける、そう思っています理想主義的ですが、理想がないと進歩もありませんから

と書いています

この増田に付いても女性フェミニストへの攻撃批判意図ではなく、あくまで彼の文章女性フェミニストへ「向け」られていた理由を読解する為に書いたものです。

もし彼のnoteやこの増田を読んで自分を責めている女性フェミニストの方が居たら、自分を責め過ぎないようにしてください、責める事が目的なのではなく、知って貰う事が目的ですから

彼のnote女性フェミニストへ向けられていますが、それに応答するために女性フェミニストの方がするべき事は、実はそれほど大きくはない、というのが私の解釈です。まずは「知る」「存在を認める」「積極的な加害はしない」ただそれだけの事で達成できる、ささやかものなのです。(当然ですが、同様の事を私は女性差別に対しても行います

そして私が言うまでも無く、彼のnoteへの反応の中で既にそれをしている女性が何人か居た事は知って居ます。そのような方々に尊敬感謝を申し上げると共に、そうした方々が今後増える事を祈ります

 

付録

何故「弱者男性」を取り上げるのか?

今回の主題からはズレますが、何故「弱者男性」を取り上げるのか?と疑問を抱いている方も居たので、ごく簡単にですが、ここにも読解を加えておきます

私は「男性」という属性は、「ヘテロセクシャル」「健常者」といった単純に「強者」とみなしてもあまり問題が発生しないものではなく、特定属性とつながるととても悪い影響をもたらす属性だと思っています

男性」に「障害者」、「貧困者」、「外見が悪い」などが付くと、「女性」にそれをつけた時より状態悪化するということがあります。これが「弱者男性差別」です。

この箇所で言及されている通り、「障害者」、「貧困者」、「外見が悪い」等の弱者属性と「男性」が組み合わさった場合特に悪化・深刻化するとすれば、

それは「弱者単独でも「男性単独でもなく、「弱者」+「男性」という組み合わせをわざわざ取り上げる強い動機を生む事になります。何故ならそのような悪化・深刻化は組み合わせないと発現せず、見えないからです。

眠れない夜と、ダムタイプ「S/N」について

深夜に殴り書いた言葉を公開させてください。

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私は夢見る、私の性別がなくなることを。

女友達手作り料理を持ち寄って会った。母親に男かと揶揄されるたび居た堪れない気持ちになる、と話したらいつのまにか女性の生きづらさの話になって、社会で圧迫される自分自身のことについて話してた。

絵の中で無性別になれるようになったこと、裸を描けるようになったこと。それは昨年唐突に訪れた解放で、ふりでない、本当の意味での理解が訪れた瞬間だった。昔から友達に突然カミングアウトされたり、周りにいろんなセクシュアリティの人が増えて、そこに対して何も思わなかったけど、一方で私はどう考えてもシスヘテロで、ただ家族強制する性の価値観あんまり理解できなかった。

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女の子らしさはガサツで割と男性的とされる趣味の多い私にはハードルの高い問題で、170cm近い体躯王子役を押し付けられまくった経験からLGBTなの?」「腐女子なの?」と言われることも多々あり、それが耐え難き苦痛に感じる私自身も嫌だった。

普通であることに安心する家族普通であることに怯えるわたし曖昧言葉には常に適度な距離感必要で、冷静さを欠いた議論には意味がない。そういう話をするたび、周りの“いい人”たちはみんな私のことを考えすぎだと言った。そんなに思い悩むから生きづらいのだと。

思考をやめる気はさらさらないが、一方で年々神経を蝕まれつつあるのも事実だった。精神科にかかったことはないし、これからもお世話になるつもりはないが、胃痛で薬を飲むという意味がわかるようになってしまった。自傷的に何度か手を出した煙草のせいだが、倦怠感で身体が動かなくなったりもした。腹痛で意識を失いかけた。神経症で人は死ぬんだと思った。

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「S/N」を見たのは好きな人の影響だが、どうしてあの人を好きになったのかを思い出した。どうして彼じゃなきゃだめだったのかを。酷い時も、辛い時も沢山あったし、客観的に考えればこうした方がいい、とかもいっぱいある。ただ、それが重要なわけではなくて。愛の器官が母親の甘い束縛と重め(笑)の虐めで壊れて、他人から暴力罵詈雑言を崇拝の一形態だと感じるようになってしまったんだと思ってた。精神的に魘されないと安心できないのかと。でも違う。

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わたしはきっと、何者にもなりたくなかったんだと思う。透明になりたいし、全てになりたい。もう殴られたくないよと強く願ったら17歳になる頃には殴られなくなったけど、真綿で締め付けられるような虚無が残ったからいつも首に縄をつけてぎりぎりで生きてる。側からはそう見えないはずだけど。好きなトラックメイカー音楽よりもいつか結婚した時の愛する人の方が大事だよ、と言っていて、すごく驚いた。私はずっと、天啓のような何かを信じることでしか、辛い過去を受け入れられずにいたから。いまもそうだし、そうでないといけないと思うの。

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本当にばかばかしくて、ちょっと幼い話だけど。わたしは、好きな人わたしの目をじっと見て、「眼鏡でもかわいいよ」と言ってくれたその一言で22年近くの呪いが解けた人間である。でも、親の呪いがこんなに深くわたしの中にあるって知らなかった。

小さい頃から蝶よ花よと育てたられた私だけど、母は写真を撮るたびに眼鏡を外させた。かわいくないから外しなさい、と言った言葉はいつの間にか習慣になって、眼鏡さえ外せば最強なのだという行きすぎた自尊心すら生んだ。実際に眼鏡の有無で同一人物だと気付かれないことがあったのも遠因だろう。わたし眼鏡諸悪の根源にすることで耐えていた。

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恋愛にもそんなに恵まれず、高校で軽い虐めに遭った際「わたしかわいいからでしょう?」と母の言葉確認をとったら、途端にキョトンとした顔をされ、その時から全てがわからなくなった。ルッキズムの最下層に突き落とされたような気分だった。

当時の私は髪のとかし方も知らず、見えている世界レイヤーが少なすぎたので、たしかに見目麗しくはなかったと思う。でも好きなバンドインストアイベントで憧れていたギタリストに前の女の子と明らかに異なる冷たい目を向けられたこととか、そういう体験が、私の不安を加速させた。何をやっても痩せなかったし、服屋の服は全部小さすぎて似合わなかった。最悪だった。

大学生になって古着にハマって、ようやくアメリカサイズの服を着ることでサイズ問題解決したけど、やはり可愛いという言葉が怖かった。私から一番遠いところにある気がした。

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好きな人言葉は頭の先から足元まで響くような衝撃で、衒いのないトーンは私を惑わせた。本当に、本当に、誰に言われても嘘だろうと、嫌悪感しか抱かなかったその恐怖が、ようやく解放されたような気がしたのだ。それ以降は人の褒め言葉を、きちんと信じられるようになった。

まあ今もコンタクトはたまにしてるけど、選択肢眼鏡を含められるようになったのは、あの時好きな人が認めてくれたからだった。それだけで意味がある。私は体質的に目が乾きがちで、眼鏡ですら頭痛眩暈がすることがある。健康被害よりも強迫的なコンタクト依存から解放されたのは、本当に嬉しかった。

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「S/N」を見た時に自覚した。わたしは他の人では満たされない渇きを、好きな人ならわかってもらえる気がしたのだと思う。ジェンダーの話はわたしも後追いだし、LGBT当事者でもなくて、フェミニズムに明るいわけでもない。どちらかと言うと旧体制的で、内心少し男根主義に傾いてるけど、でも、多様性を締め付けられる社会が本当に息苦しかった。私が可愛いものを好きなのはかなり異常者で、可愛くないことは罪だって、ずっと見えない誰かの声が聞こえて死にたかった。でもそれを人は幼いという。若気の至りだと。本当にそうだろうか?

好きな人に会う前から男性に恋をしても、きっと眺めるのが好きなだけだった。男性男性性は愛おしくはあるが恐怖で、私は母の教育方針もあって、結構性をタブー視してた。ちょっとフィクトセクシュアルの気もあるせいか虚構を覗き見ることだけが唯一許されてる気がして、それ以外は全部怖かった。そこがギリギリライン

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それでもようやく付き合ってもいいかなという人に告白されて、焦りであっさり色んなことを済ませてしまったわけだけど、思ったより呆気なくて、何も感じなくて、その行為はいつの間にか虚無感に満ちた義務になった。心がない行動は演技で、いつも断れない自分も嫌だった。でも私というキャラクターが彼を承認した以上、そのキャラクターには責任を持たなければならない。告白承認する、他人人生を背負うとはそういうことだと思った。

そこには頭では納得していたけれど、ある時期から本当に、他人身体に触れられること、好意を抱かれることに恐怖を抱くようになった。何度か背筋が凍るほど嫌な思いをしたせいもあるだろう。私を世の中に貸し出すのが無理になって、人が信じられなかった。そしてどこかで、プツンと糸が切れた。

--

好きな人もその一人といえばそうだし、それは最悪の搾取の仕方ではあったけれど、あれよあれよと巻き込まれプライベート時間は、たぶん優しさであったように思う。私は余りにも臆病で、そして彼の傷は大きすぎたから、私たちは付き合うという選択を保留することにしたけれど、彼は私に好意を伝えてくれたし、たくさん泣いていた。

なんかもう、それだけでよかった。

セックス搾取じゃなくて優しさで、きっとお互いを信じ合うことで、小さな希望で、だから好きになってくれる人たちに怯えるのは私が間違ってるって思う。でも怖かった。

--

好きな人は、私が今まで誰にも話さずに来た、心の穴を知っていた。きっと直感的に。運命いたことを言うとキザだから言わないけど、彼は他の誰にもない魔法で、私を狂わせるけど、よく考えたらそれが無ければ痛くて痛くて生きてられなかったかもしれないし、また勉強が好きになれたからとか、恋心で作品が作れるからとかそんな現金理由よりも、なによりも私が感じていた性の不安とか、かわいいに怯える切実な揺らぎとか、そういう感情無理解でいなかったから。普通に属してるひとたちは…家族も含めて、気づいてなかったのだろう。私が泣くたびに宥められて惨めになる。好きな人だって適当な時あるけど、もしかしたら私のその不安を、あなたならわかってくれるんじゃないかと。

そういう、希望だったんだ。

--

私の部屋はいま彼がくれたお洋服とか、お揃いのものとか、ドローイング、筆跡で満ちている。ちょっとファナティックだと自分でも思う。

でもこれしかなかった。彼になりたかったというよりか、嘘でもいいから愛されてみたくて、その嘘を嘘で終わらせるのが本当に耐えられなくて、本人の知らないところでそれを実現させるために、彼を統合失調的に創造しようとしたのだ。なぜか告白されたり、結局関係性がよくわからなくなったりして、側からみればきっと軽い地獄なんだろうけど。毎日家でも学校でも暴力を振るわれたり表現手段を持たなかった頃よりは、全然幸福だよ。

わたしあなたが好き。

それそのものが救済なんだ。

私はセックスのない世界に行きたかった。それが思い出せたことだけでも、(私が生まれる前に作られた)この作品はとても、とても深い爪痕を私の身体に残したと思う。

友達を嫌いになりたくない

自分のことを好いてくれる友人がそれなりに居るんだけど、どうも些細なことが気になって距離を取ったり冷たくしてしまったりする。

冷静に客観視したらそんな事どうでもよくね?ってのが多いんだけどひとつちょっと嫌」な部分があると全部拒否したくなってしまう。

一例(全部別の人物)

清潔だけど服がめちゃくちゃダサい

異様にすぐ泣く

いい年してテンション銀魂みたいで寒い

なんでもすぐ下ネタに結び付けて怖い

ヤバそうな宗教に入ってる気がする

普段普通に話している分にはなんともないし、別に自分危害を及ぼす訳でもない。

しろ同じ映画を見たら同じ感想を持つぐらい価値観も一致しているし、尊敬できる所も沢山ある。

どう考えてもこちらの心が狭すぎるので落ち着いてこっち側から交流を取りなおしたり、また嫌になって距離を取ったりを繰り返している。

とはいえせっかく好いてもらっているのにこんな事ではいずれ友達を全部無くすと思うので、なんか、なんとかならないかなあと他人事のように思ってしまう。

ある時友人の一人が、「幼馴染に嘘をつかれた、金を騙し取られた」と怒っていた。初めてではないそうだ。しかし次の週にはまた一緒に遊びに行っていた。

どうも自分はこれに理解が及ばなかったので「嫌な面があるのに何故友人で居られるの?」と尋ねたが「それはそれ、これはこれ」だそうだ。

かに100%すべてを好きになれる相手なんて存在しないはずなのだから、多少は目をつぶる、というのが正解なのは理解するが、脳が許してくれない と言った所だろうか。

心の広い人間でありたい。こういう意識って矯正できるものなんだろうか。

人探し

人を探しています

8年前、旧2ちゃんねる2013/09/23(月)に

社会】「明治神宮の森の美観を壊す」…20五輪新国立競技場は巨大すぎる

 

というスレッドが立ちまして

愉快な議論をさせていただいたのですが、

ID:0J1vjpXX0にはそろそろ約束焼き土下座をお願いしたいのですが一向に連絡がありません。

7年後の再会を約束していましたが、

匿名掲示板故にこちから相手に連絡を取ることもできず困っています

 

他のスレの同IDなどからプロファイリングすると、

土木施工管理技士1級の資格を持ち

大学時代起業したが失敗して企業努め

自己顕示欲が異常に高く思い込みが激しい。

 

こんな人物が身近にいらっしゃったら

ID:ga/3wFSN0が待っていると連絡頂けないでしょうか。

それほど多くは居ないと思います。 

皆様のお力添え、よろしくお願い致します。

 

人をあれほど小馬鹿にして、この結果だからねぇw

相応の詫び入れてもらわないとこちらとしてもね

オリンピック選手は人を死なせる覚悟を持て』を書いた者だけど

記事

https://anond.hatelabo.jp/20210508225508


まず反省から

書いてから一晩たったのと、いろんなブコメを読んで、頭の中が整理された。

で、ずいぶんひどいことを書いたと反省した。

池江選手攻撃する意図はなかったのに、書いてるうちに熱くなってきつい言葉を使ってしまった。

「あのツイート無責任だよね」ぐらいの気持ちしかなかったのに、人を死なせる覚悟を持てとか無茶なことを書いてしまった。あれは言いすぎた。持たなくていい。嫌なことからは目をつぶって生きていけばいい。みんなそうしてる。


記事追記にも書いたけど、アスリートは辞退すべきなんて微塵もおもってない。

5月7日に「池江璃花子Twitter五輪辞退求める声が寄せられている」という記事を読んだときは、「ああ、たちの悪い人にからまれてかわいそうにな。選手は何も悪くないのに」と思ってたぐらいだ。池江選手応援してたぐらいだ。これは嘘じゃない。

でも、だからこそ、池江選手の一連のツイートを読んで失望した。

言っておくけど、これは俺が悪い。俺が勝手に池江選手を「心ない人から攻撃されるかわいそうなヒロイン」として高潔人物に仕立てあげてたからだ(今となっては俺こそが池江選手攻撃する心ない人間なわけだが)。


俺は期待してたの。アスリート本音が読めることを。

このタイミングで、公式な表明ではなくTwitterという私的ツールを使って発信するからには、きっと忌憚のない意見が読めるとおもって。

ところが、あの優等生の模範作文でしょ。なんじゃそりゃ。あえて言うことがそれかよ。そうじゃないだろあんたの本音は。

彼女は嘘はついてないけど、本当のことも言ってない。そう感じた。俺がひねくれてるだけかもしれないけど。

他のアスリートもみんな言いたいことはいっぱいあると思う。だけど我慢してる。自分立場や、コーチ立場や、協会立場を考えて。

その中で意見を発表するからにはさぞかし強い意志があるのだろうとおもったら、ぜんぜん本音が伝わってこない。いや、一箇所だけ伝わってきた。

それが

「私に反対の声を求めても、私は何も変えることができません。」

の一文だ。

これって言葉を飾ってるけど要するに

文句があるなら他の誰かに言ってください」

ってことでしょ。

いや、正しいよ。100%正しいよ。そのとおり。開催を決めるのは選手じゃない。何も間違ってない。

けど、今このタイミングで、わざわざ名前出して書くのがそれか?(くりかえし書くけど俺が勝手に期待して失望しただけだからね。彼女は悪くない)

私に責任はありません宣言かよ。だったら黙ってたほうがマシじゃん、って思っちゃった。


で、増田にひどいことを書いてしまったわけだけど、一夜明けてよくよく考えてみるとべつに池江選手けが無責任なわけじゃない。

無言を貫いている他の選手だって「上の人がさっさと決めろよ」と思ってるだろうし、水泳協会の偉いさんだって「都や国が決めろよ」って思ってるだろうし、都知事は「国が決めろ」と思ってて、首相は「IOCが決めてくれ」って思ってて、IOCトップは「日本が決めろ」って思ってるのかもしれない。要するにみんな無責任だ。

我々だって自分に何の影響力もないってわかってるから「さっさと中止しろ」って言えるけど、もし自分組織委員会会長だったらぎりぎりまで決断できないとおもう。

まりはみんなずるくて、みんなと同程度に池江選手もずるさを持っている。それだけ。いや名前を出して「私に責任はありません」宣言をしただけ、黙ってる人よりも潔い。


からことさらに池江選手発言をとやかく言うのはアカンなって思った。ごめんなさい。


最後に】

増田を見にきて、鬼の首でも取ったように「匿名はずるい!」「増田無責任」「Facebook実名出して書け」って言ってるやつ(及びそれに賛同してるやつ)がたくさんいるけど、噴飯ものだわ。

知らないのか? 増田はてブってのは名前出したくない卑怯無責任なやつらが集うところなんだよ。おまえを筆頭にな

おまえらこそFacebook行けよ。

2021-05-09

現実にある分断は上下であり、左右などという分類は為政者が下々を争わせるために作った概念にすぎない

anond:20210509145403

右翼左翼なんてあいまい定義であって解釈次第で同一人物がその都度に左右にフラフラ移動する程度のものしかない

異世界転生鉄オタ

乗り鉄 貴族専用車両に乗ってしまい、拘束される

撮り鉄 整備場に立ち入り撮影をした、すぐに捕まり尋問されるもカメラはいつの間にか敵国へ流れる

その他 妙に興奮しており不審人物に、公安が出動

新幹線とやらを作ってみせればお許しが出ることになるがこのピンチをどう切り抜けるのか

老害ルーツテレビ

老害本質情弱なんだけど、情弱ネットが使えないという面とテレビを見ているという面があって、老害問題点後者である

テレビ右翼的であることに加えて偉そうでキレやす人物を作る側面がある

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