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2018-10-18

anond:20181017114836

散々言われてるが、女体化云々は直接関係ないよこれ。

「熱心なファンが多数ついている作品を使った、原作への愛情リスペクトも感じられない、原作とかけ離れた、公式二次創作」ってのが燃焼性高いんだよ。

これがBL化だろうが実写化だろうが、↑に当てはまれば同じことだっただろうさ。

これが、

原作に熱心なファンがいないなら文句言う人もいない。

作者が熱心な原作ファンであり作品からリスペクトが感じられれば、同じファンからも「同士」扱いされるので文句を言われにくい。

原作に沿った内容であればやはり文句言われない。

同人であれば世に知られる事が少ないし、知られたとしても「公式じゃないから」スルーされる(文句言う人もいるが、少ない)。

クッパ姫そもそも元ネタクッパに熱心なファン殆どいない。松も同じ。

歴史伝説上の人物だの戦艦だのはファン共通イメージとしての明確な「公式」が存在しない。

(「遺族や関係者が文句言った」とかの材料があれば燃焼するだろうが、ない)

また、それらのファンソシャゲユーザー層はあまり被らないから、ファン文句言っていても後者からは見えにくい。

でも手塚作品には明確な「公式」があり、熱心なファンが多数ついている。

その熱心なファン漫画オタク達であり、ソシャゲとも親和性が高い。それらとはそこが違う。

大体↑に当てはまる二次創作作品ならどこでも「原作ファンVS新参ファン」の構図ってのは起こってるもんだ。

原作ファンの方が多ければ潰されるし、新参ファンの方が多ければ原作ファンの不満が黙殺される事になる。

FGOとか松、或いは原作とかけ離れているけどヒットした実写化ドラマの数々なんかは後者の構図になってる。

件の手塚作品女体化ゲーの場合そもそも新参ファン」ってのがまだ存在しないか文句言う原作ファンの方が圧倒的に多いだけ。

仮にこれが大ヒットして、文句言う原作ファンより遥かに多い新参ファンがつけばFGOと同じ事になるだろうし、

ヒットしなければ原作ファンに潰されて終わりだろう。

anond:20181018120733

どう考えてもどんぶりダメラノベに繋がりや同一人物性が担保されてないので妄想乙としか

社会学者の件。

もう社会学にとどめを刺したくないんだけどさあ。

例の社会学者。

自分批判者に、社会学専攻した人物とみるや

「もしも万が一、出してる名前本名なら、あなたの評判や生き方に関わることだと思います。これ以上は言いません」

ってどういう意味

しかも消してる。

社会学ってこういうところなの?

教授の出した妙ちくりんな記事を、学士批判したら、生き方や評判に関わるところなの?

すげー。

教授であろうがスットコドッコイ論文を出したらフルボッコにされるのがアカデミズムでしょ?

論文じゃない? いや、社会学者は教授レベルになると論文書かないで本や記事評価が決まるんでしょ?

どうなってんのこの界隈。

anond:20181018070120

俺こそ女性専用車両増田だが、KKO増田は別の人やぞ。

何でも同一人物に見えてしまうのは増田の悪いところや

anond:20181018103238

承認欲求の面でも金銭的にもメリットがないし、「キモい奴を助けたキモい奴」扱いされる危険すらあるからなー

しろなんらかのメリットが想定できてしま場合こそ、

キモいやつを助けることでメリットを得た言語道断人物として扱われるということになりそう

才能ある人物活躍人生に対する射幸心を煽るので法律禁止すべき

嫉妬してるわけじゃないのよ。ホントよ?

2018-10-17

Vtuber見てて思うのは、漢字を読めないor言葉を間違って覚えて使っていたりと、国語能力が低すぎるという事。(特に女性

なんというか、極端な話Vtuberってバカがやるコンテンツに思われかねないのではと危惧してしまう。(界隈から言えば、自分のような人物杞憂民扱いされるんだろうけど)

中の人は大概若い人が多いけど、まともに学校行ってないのか?

いや、学校は行ってなくても、他の科目はともかく、日常生活漢字言葉はある程度覚えるはずなんだがな。

別に滅多に使わない漢字を読めないという話なら分かるけど、日常的に使う常用漢字すら、読めない&読み間違えるってどういう生活しているんだ。

なにもVtuber全員頭良い奴がやれとは言わないけど、少なくとも基本的能力ぐらい標準値になる程度には知能を上げた方がいいじゃないのかって思う。

ワールドトリガー感情描写が下手なだけ

anond:20181016205553

要はこれって、あの作者は感情を絵にするのが上手じゃないという単純な話だと思う。

感情表現っていっても、ワンピース僕のヒーローアカデミアみたいに泣き顔をドアップで見せろとか、感情優先で頭の悪い展開をやれってな話じゃないよ。

ワールドトリガーって意外に感情で動くシーンも多い。というか、ストーリーの楽しみってのは感情的なもので(数式や理屈だけで展開するもの物語とは言わない)、そこを異常に毛嫌いする方が変なんだけど。

増田の書いている三輪もそうだし、そもそもチカを守ろうとするメガネくんや借りを返すためにそこに着いていく木虎とか、戦略的な見せ場でありながら戦いそのものを楽しんでいたランバネイン、自滅するエネドラなど、感情で行動するシーンもキャラもそれなりにある。

なのにその印象が弱いのは、作者がそこを強調出来てないからなんだよね。(エネドラはかなり強調されていたと思うが、逆にエネドラくらいじゃないと印象的な感情描写をしないともいえる)

展開に感情起因のゴタゴタがなくてストレスを感じにくいのはいいんだけど、それと引き換えに肝心のクライマックスでも読者の感情を煽るような絵と演出になってないってのは、やっぱりちょっと弱い。

ドラゴンボールの有名な場面も「ギャルパンティおくれー!」「クリリンこのことかー!」「バカヤロー!」「バイバイみんな」、

ハンター×ハンターも「今すぐ君を壊したい」「余はこの瞬間のために生まれてきたのだ」など、全部感情的な瞬間。キャラ感情描写ってのは少年漫画では凄く重要なわけ。

漫画を書くならまずはキャラの表情を最低20種類は書けるようにしようという指南もある。

他のメジャー少年漫画と比べればすぐわかるけど、ワールドトリガーそもそも喜怒哀楽その他の表情がものすごく乏しい。顔だけじゃなくて、体も感情表現をしていなくて、ある種棒立ちと言える描き方が多い。

キャラ主体となる少年漫画としてはかなり異色の作画で、ただの新人なら真っ先に直されるところだ。そこが許されてるあたりが、この作品ストーリー構成非凡さの証明でもあるんだけど。

ピンチになってキャラがあせってる場面でも、非常に形式的な表情しか書かれていないので、「うわー大変だメガネくんどうなるんだ」と読者の感情をあおる力が弱い。人によっては、ただ答え合わせを読まされているような白けた気分にもなると思う。やはり読者はキャラと一緒にドキドキしたいのだ。

過去の回想で姉の助けを求める三輪も、涙を流してこそいるが、なんていうか物凄く曖昧な表情だ。これでは三輪が姉の死を悲しんでいることは理解できても、共感しない読者が出てもおかしくない。

印象的な場面として記憶に残らないので、三輪いくらネイバー憎悪をむき出しにしようとこのシーンが頭によぎらないのだ。こういう点が辛い。

感情描写が薄いところも含めて「それが味」といえなくもないけど、ネームはそのままに人物作画や表情を少し変えるだけで劇的にプラスになると思うので、これは欠点と言っていいと思う。面白いんだけどね。

追記あり】なんでそんなにブラックジャック女体化が騒がれてるのかわからない

一つ一つ返していくから下記に上げた事以外あったら言及ブコメして。

 

何でもかんでも美少女化すればいいってもんじゃない

人ですら無い艦船やお城や花を美少女化した作品を認めておいて何をいまさら

 

リスペクトが感じられない

散々戦国武将女体化してきてそれ言う?

Fateキャラなんかほとんど偉人しかいないけど、そんな不満が全く出ていないじゃん(信長とか性格が悪いだけにされた全くの別人なのに)

 

原作の重みを感じて欲しい

重み?手塚治虫歴史織田信長や、それこそ三国志諸葛亮孔明や、アーサー・ペンドラゴンより歴史が重いとは恐れいった。

 

敬意が感じられない

敬意もなにも手塚プロダクションが協力しているのでしっかり手塚プロダクションと精査してできあがったデザインですが…。

 

元の手塚キャラのほうが萌える

それはわかる。

 

追記

俺は艦これとかとうらぶとか「擬人化になってない萌えイケメン擬人化ものに毎回辟易している者だが、なぜ手塚治虫キャラ場合だけネットで反発が大半になっているかが確かに疑問

自分擬人化は大賛成だけど、言いたいことはこの人の「なぜ手塚治虫キャラ場合だけネットで反発が大半になっているかが確かに疑問」に近い。

リスペクト感じない擬人化特にいいたいのがガンダムコアファイターシステム無視しすぎ。一番重要だろ。)なんか鬼のように見てきたけど、あまりにもこの手塚作品は叩かれすぎていると思う。

 

なんでもいいから、自分が好きな作品(絵のあるやつね)を一つあげて「これがどういじられても(○○化されても)私は何も思いません」と宣言してみてほしいな。

びっくりするぐらい愚問。むしろ、この質問で今回の騒いでるやつの気持ちがわかったまである。つまりは同一視しすぎている。全ての世界が全て同じカメラで撮られるべきだと思っているのだろう。

アイドルマスターが大好きで特に如月千早、その中の人ミンゴスは俺をオタクに引き込んだものだが、ゼノグラシア普通に許せた。アイデンティティの72が奪われてもなお。アイドルマスターシリーズ如月千早ゼノグラシア如月千早は同一人物だったとしても世界カメラが変っただけだから

如月千早ミンゴスしかありえない。ミンゴスなくして如月千早はありえない。これはもう大前提よ。でも、それはただの歴史だ。今井麻美如月千早に影響を及ぼしたとしても、如月千早という人物今井麻美依存しておらず、劇中で如月千早今井麻美だと設定もされていないはずだ。

そして、如月千早ゼノグラシア世界カメラを通してみたら清水香里の声がして巨乳みえるだけ。(自分ゼノグラシアを「アイマスアイドル達がドラマ出演でゼノグラシアを演じた劇中劇だと思っていることもあるが。)

これに近いのが、ガンダムWゼロTV版とEW版であるゼロはEW版で特徴的な羽を得るが、設定上では同一の機体という事だが、これを許せる人のほうが多いだろう。

それのどちらが好きなのかは個人の感想なので別にいい。ただ、それで「千早は72じゃないと許せない!」とか「EWはTV版のゼロを使っていないのが許せない」なんて人は居ないだろう。最も、前者に関しては「ゼノグラシア如月千早は別人である」として受け入れている人のほうが多いが。

リスペクトが足りていただけと思われるからこれだけははっきり宣言するが、例えばガミPが引退し、バンナムアイマスにすがりついて古参を釣ろうと、公式で続編をだし如月千早25歳といって72が崩れ去り、例えばF91になっても全然許せる。綺麗な青髪が美希の金髪になっても許せる。(受け入れるか別として。)

なぜなら俺は如月千早ファンからだ。受け入れられなかったら、ちょっとアレは受け入れられないといって、現行のアイマス2(アニマス)の如月千早を愛するだけである。その受け入れられなかった如月千早を受け入れる人が居てもなんとも思わない。なぜならその人も如月千早ファンからだ。そこに何の違いもない。「違うのだ!」と言わない。

2018-10-16

anond:20181016230333

科学(science)と技術(technology),あるいは理学工学の違いってわかる?わからないならミソもクソも一緒にして殴りかかってる危険人物ってことなんで相手する価値は無いね

あとお前の言う「リアル」が「人間社会」というせっまいせっまい意味しかないことがわかったしさ、そういう視野狭窄で知った風な口きいて他人断罪して悦に入るのいい加減改めたほうがいいよ?

オタクっていつも泥沼で足の引っ張り合いしてるよね

唐突だけどオタクってやばくない?

オタクって、特定人物やら乗り物やらサブカルコンテンツやらに持てる時間と金注ぎ込んで、無駄知識蓄えて無駄遠征して、本当にキモい人種だよね。

……いや、「無駄」ってのは間違いだったわ。

オタクにとっては「その他人から見れば無駄もの」がかけがえのない財産になるんだもんな。

人の財産ケチはつけられないな。

でもそんなことはどうでもいいんだよ。

今言いたいことはタイトル通り。

オタクっていつも泥沼で足の引っ張り合いしてるよね。

冒頭でディスりまくってはいるが、当の私もそのやばいキモいオタクだ。

ライブに行くためチケット代の5倍以上する遠征費は出すし、チケットを入手するために同じCD馬鹿みたいに積むし(それが外れても1週間ぐらい経ったら忘れる)、クソほど生活の役に立たないキャラグッズを衣食の費用を削ってまで購入する。

金銭感覚狂っててキモいし、聞いてもいないオタク知識ぶら下げて会話に参戦するからキモい。浮いてる。キモい

あ、タイトルとは関係ないので、ここでは私が誰を推しいるか、何のオタクをしているかは伏せる。

今回、何故こんな各方面喧嘩売ってそうなタイトルにしたのかというと、オタクとして生きていれば必ずと言っていいほど「他のオタクとぶつかることになる」からだ。

インターネッツ普及で情報化社会と言われるようになった昨今の日本では、今や誰もが当たり前にスマートフォンを持ち、LINETwitter等のSNSアカウントを最低1つは隠し持っていて、不特定多数人間同士で顔の見えないコミュニケーション日常的に行なっている。

……なんて、カッコつけて難しい言葉を使おうとして滑っているのは承知なので言いたいことをまとめると、現代じゃみんながスマホ持ってるし大体の人がネットやるよね、ってことだ。

で、何でオタクが足の引っ張り合い〜っていうのは、オタクそれぞれが不特定多数の顔も知らない相手にイキり倒して優位に立とうとするから

しかも泥沼。

比べられるもんじゃないのに、○○のオタクは〜、とか××のオタクは〜、とかわざわざクソデカ主語オタクを分類し区別をつけたがり、更に○○のオタクの方が優れている、とか××はゴミ、とか好き勝手偏見を暴れさせていると感じる。

え?

そのジャンルとこのジャンル、優劣つけられる要素無くない?

シナリオ書いてる人も、絵描いてる人も、コンテンツとしての強みも違うのに?

歌い方やビジュアル系統も違うのに?

そんなの個々の好みの問題じゃん。

あとオタク民度って何?

○○民っていうほどお前ら自治生活してる集団なの?

みたいな疑問がよく頭に浮かぶ

知らんがな。

オタクキモいのに更に醜く争っててもっとキモいよ。

本当に泥沼。

終わりのない戦争

○○くんは歌が上手いから〜、とか言いながら、その○○くんを推してる自分に酔ってるオタクが○○くんの実力努力権威として自身戦闘力高いと錯覚してるだけだから

△△ちゃんには仕事無いし私の推しの××ちゃんのほうが上だから!って言いつつ自分推し戦闘力の高さで驕るオタクキモすぎるから

お前の力じゃないから。

お前が一生懸命推しジャンルに金かけてきたか推しジャンルが成長したのかも知れないけど、その実力はお前のステータスではないからな。

オタクキモいな。

あ、何もステゴロで勝負しろって言ってるわけじゃないよ。

今までダラダラ書いたようにオタクキモいんだよ。

からキモい同士泥沼に浸かってる中で他人叩いてるのバカでしょってこと。

結局、オタクによるオタク叩きによって、外部から見てオタクは更にキモくなるんだよ。

どっちもどうせオタクキモいのに、どっちが優れてるとか無いから。

これは、同じ○○オタクとして優れている、とか造詣が深い、とかいう争いの話じゃない。

○○オタクと××オタクは何故争うのか。

自分推しを誇りに思うのは勝手だが、推しの実力や知名度自分戦闘力だと過信しているバカは考えを改めてくれ。

オタクが泥沼でビチャビチャ汚ねえ争いしてる間に、周りはその推しファンも全部キモくて近寄らんとこってなるよ。

あと私だけが○○を愛していればいいの!とかいキモいオタクは○○に愛される努力もしてみなって思う。

気になる人として認知されるかどうかじゃなくて、自分に自ジャンルファンちゃんといるんだって○○に認知されるよう努力しなよ。

どうしても恋愛したいとか言い出したらそれはオタクじゃなくてストーカーから別の話ね。

長々書いたけど、本当にオタクの争い不毛すぎる。

出来ればやめたほうがいい。

やめないと意外と行動力のあるキモいオタクから名誉毀損で訴えられちゃうかも知れないし。

わざわざキモいことしなくていいよ、オタクしてる時点で十分キモいんだからオタクできることに感謝して自分推しだけ見てようよ。

まとまらないまま無駄に語っちゃったよ。

キモい文章書いてごめんね。

キモいオタクから大目に見てよ。

暇だったら誰か分かりやすくまとめてくれると嬉しい。

もう終わり。

小説家になる方法

anond:20181015201227

なった私が言う。

 

小説家になろうカクヨム、などウェブには簡単小説家になるための入口がある。

そうしたサイトへの参加者の多くも小説家になって1発当ててみたいと思って小説を書いているだろうから競争率はかなり高いと思っていいだろう。

実際、たった一作しか書き上げずに、その一作が書籍化された時、ツイッターで知り合ったそれらサイト参加者の方々から羨ましがられたものである

ある人は「何作書いても一次選考に通るのがやっとで、ほんとに1発で当てたの?」としつこいくらいに尋ねられたこともある。

私自身は、1発当たればいいのになとは思ってはいたが、一方で最初から無理だと思ってので、ただ気ままに好きなように書きたいことを書いていただけだ。

プロレベルと言っていいほど文章も上手くて、プロットも巧み、読んでいて虜になってしまうくらい面白い作品はそれらサイト上にも無数にあり、その書籍化作品を完成させるまでは一作もまともに完成させたことすらない私などでは太刀打ちできるわけはないと思っていたから。

今でもサイトでその時完成させた小説は読めるのだが、書籍化時に大幅に改稿したものに比べると自分では無惨なほど酷いレベル小説だとしか思えない。

それがどうして書籍化されるに至ったか・・・・そんなの私自身にはわからない。

 

私の文章が如何に低レベルかは、この増田自身を読めば誰にでもわかる話だろう。

一つだけ戦略っぽいものはあった。

異世界転生ものみたいな流行ジャンルは書かないこと」

正直、自分では好きでもないし、そもそも読まないし、それ故書きたいとも思わなかったが、多分多くの人は異世界転生ものを書こうとするのではないだろうか。

でも、異世界もの競争率があまりに高すぎると思う。

それで、全然違うジャンル小説を書いたのだけど、もしかしたらそれが「なんだこれ?」と思われて目立つことになったのかも知れない。

ともかくも、戦略といってもたかがそれくらいのことだ。

 

プロットすら書かなかったし、実はあらすじもなかった。

ほんとに思いつくままに書き続けた。

こうしたら面白くなるんじゃないか? こういう人物がいたら話が広がるんじゃないか? などと適当にその場その場で思いつくアイデアをそのまま投入していった。

そんな感じで頑張って完成させたら十八万字もあった。

書籍化するには多すぎるということで、減らすのは苦労した。

 

あと、小説の書き方なんか知らないので、ちょっとだけググったりして調べたりもしたが、これはあまり参考にはならなかった。

だってプロットが大事」とか言われても、すでに大分書き進めた時点だったし、考えるのめんどくさかったし。

プロットを準備して書くスタイル自分にはあってないと思ったのもあったんだけど、書籍化に際しては編集とのやりとりをしないといけないから、やむなく書いたけどやっぱりめんどくさかった。

 

今はもう書いてない。

多分、頑張って書いていたらあと何冊分かは書けたような気はする。

単に書く気が生じないので書いていないだけである

あの時は異常なくらい書くのが楽しかったし、毎日何千字もよく書けたものだと思う。

 

以上のことから言えることは、書きたいことを好きなように書いていると、運よく書籍化されることもあるので、ダメ元で頑張ればチャンスがないわけではない、ということだろうか。私みたいに酷い文章しかなくても、プロ作家になる道は開かれていたということだけは、事実として確かだ。

苦手な気持ちは伝播する~苦手な人への対処方法

この記事を読んでいる貴方貴方に苦手な人や関わり辛い人はいますか?
もし、そういう人がいるなら、そういう人とこそ思いっきり話をしてみて下さい。

この増田は、"苦手を苦手でなくす方法"の話です。

私にも、苦手な人・関わり辛い人がいました

かつて、私にも苦手な人・関わり辛い人がいました。
この増田は、そういう人達をどうやって苦手でなくしたかを踏まえて、苦手を苦手でなくす方法をまとめてみた話です。

かつて、私には苦手な人、関わり辛い人が居ました。
苦手や関わり辛いという気持ちが生じた時、人は「その苦手の理由自分の中に求める(自分の中で整理する)」か「苦手の理由相手に求める(私が相手を苦手なのは相手のせいだ)」のどちらかになります
昔の私は後者でした。

ですが、ある時、苦手な人とどうしても二人で作業しなければならなくなり、仕方なく苦手な人と話をしてみました。
その結果、前者へと変化しました。

その時どんな話をしたかというと。

私:私、貴方が苦手なんですが。

相手の反応:うん、知ってる。

貴方が誰かを苦手と思う時、誰かも貴方を苦手と思っている

相手:苦手って思われてるんだなと思ったから、こちからも話しかけ辛かった。

相手は、私が相手の事を苦手と思っているのに気付いていたから話しかけ辛かった(苦手だった)。
一言で言うと、人間はそんなに鈍感な生き物ではありません。
「あ、こいつ私の事を苦手と思ってるな」とか、意外と気付いているもので、気付いているから関わり方に迷いが生じて、相手側も壁を作るという事はよくあるみたいです。
「苦手の理由相手に求める(私が相手を苦手なのは相手のせいだ)」タイプの人は、この「自分が誰かを苦手と思う時、誰かも自分を苦手と思っている」という所が想像できていないパターンが多いです、実際、私がそうでしたから。

苦手な気持ち相手から自分に対する苦手を生じさせる事が有ります

苦手が生じる理由

私:こういう事言うと失礼かも知れませんが、何か、一緒に仕事してて波長が合わないなって。

相手の反応:波長って言い方は良く解らないけど、合わせようと思ったら、先ず相手がどういう波長を出してるか知らなきゃだめなんじゃない?

そういえばそうだなと思いました。
相手を苦手と思ったら、そこで相手に関して深く考える事を止めて、相手の表面だけを見て、表面から「多分こう思ってるんだろうな」と考えて
自分思い込み事実と合っているのかどうかの確認をする事がなくなってました。
「苦手の理由相手に求める(私が相手を苦手なのは相手のせいだ)」タイプの人は、こういう風に自分の中で閉じた世界を作ってしまい、相手が本当はどういう人かという事を考えなくなってしまう事が良くあります。私がそうでしたから。
想像で敵を描くというんでしょうか、その想像自分の中で正解だといつの間にか思い込んでしまうんでしょうね。

相手:僕にも昔苦手な人がいてね、それをどうやって解消できたかというと、今の貴方と同じで思い切って話しかけてみたんだ。

私:はい

相手:苦手って思うのは何故なのかって考えた時に出てきた答えが「相手についてよく知らないから」なんだなって気付いてね。

私:それで、どうなったんですか?

相手:「貴方の事苦手です」って話しかけてみたら、今の貴方と同じ「うん、知ってる」って言われた。そして、今、貴方に話してる様な事を言われた。

これは、相手から言われて気付いた事なんですが、苦手という気持ちに始まり相手想像で固めてしまうと、そこから先は、その想像に基づいて相手がどういう人物なのかが広がっていきます
そうすると、「本当の相手」と「想像相手」の間にどんどん差異が生じていきます
相手の人は、「自分相手の事をこう思ってるけれど、本当は違うんじゃないか?」と思う出来事があって、相手について知るために思い切って話しかけてみたんだそうです。

知ってしまえば苦手は無くなる

相手:苦手な人に話しかけるのって怖いよね、でも、大抵の苦手は「相手をよく知らない」からまれるんじゃないか僕は思うよ。知ってしまえば意外と苦手は無くなるからね。

思い切って苦手な人に話しかけて「本当の相手」と「想像相手」との間の差異を生める事が出来れば、苦手は意外となくなる物なんだという話を、相手はしてくれました。
そこで私が気付いたのは、こういう相手の器の大きさが自分には無い物だったから苦手だったんだなという事でした。
知ってしまえば苦手は無くなるというのは本当なんだなーと。

あくまでこれは一例ですが

あくまでこれは私が体験した一例でしかないですが
貴方に苦手な人や関わり辛い人はいますか?
もし、そういう人がいるなら、そういう人とこそ思いっきり話をしてみて下さい。

「苦手な相手に対するイメージ貴方の中で固まっていて、本当の相手から大きく離れていた」という事は良くあります

苦手は、相手を知らないから生まれるという事に気付ければ、それは自分を成長させる大きな一歩になると思います

2018-10-15

フェミニズム話題が荒れるのは夢がないからではないか

どうも負の感情に傾きがちなところに問題があるように思えてならない。

社会に対する批判は当然必要なんだけれど、

最終的に訴えかけるべきは女性のより良い生き方とか、

さらにはそこに男も一緒になって両性が幸せに生きられる社会とか、

そういったビジョン必要なんだと思うんだけれど、

その段階に至らず、批判にとどまったり、それどころか感情的不快や怒りの表出ばかりが目立ってしまっている。

要は、嫌悪感が前面に出すぎちゃってるんじゃないかなと。

まあそれだけ女性は男社会から圧力に苦しんできたということだとは思うし、

その怒りの表出も必要だとは思う。

でも問題は、それを乗り越えた先に目標を設定しなくちゃいけないのに、

なんというか、嫌悪することが目的化してるようになっていると思えてならないの。

ついこないだ増田

「この怒りが消えることが怖いみたいなセリフって何なの?」みたいな問いかけがちょっと話題になったけど、

怒りを維持することが目的になってるんじゃないのっていう。


例えば黒人差別って凄まじく酷い差別だったけれど、

その差別を乗り越えた象徴的な人物キング牧師運動は、

その差別がどれだけ酷かったかという怒りのぶちまけではなかった。

"I have a dream"に象徴された、

差別を乗り越えた理想の世界を描いてそれを世間に示し、実現に向けて運動を展開していた。

フェミニズムにも、このような夢に相当するような理想もっと示すような運動があって欲しい。

最近議論はどうにも嫌悪応酬で、とてもじゃないけれど男女が仲良く手を取り合ってより良い社会を築く礎になるとは到底思えないんだ。

anond:20181015125322

ガンダムにはまったく独立した世界観作品が多数ある

ガンダムという作品共通点は、ガンダムと呼ばれる人型ロボットが出てくるというところ位しか無い

 

つの世界観は1つの作品しか使われないとは限らず、複数作品共通して使われている世界観もある

最も多くの作品で使われている世界観が、アムロという人物が居る世界の話ってこと

同人女どもって評価気にし過ぎて気持ちが悪い

増田で頻繁に見るんだけど(同一人物か?)

絵や小説を作るのが楽しいなんて前向きな話がない。

誰々にフォローされただのフォロワー数ががどうのだの

評価がどうのこうのってそんなことしか書かれていない。

しかも長文で言い訳がましいことしか書いていない。

言ってることは相手より上になりたいみたいな話か

私は評価なんて気にしていないんだけど、周りが評価してくれている

みたいなわざとらしいことしかない。

この時点で、作品をただの道具としてしか見ていない。

から俺は、短文で「馬鹿かおめーは」という類のトラバをするが

こいつらは絶対スルーする

キチガイかよ。

2018-10-14

嫌いな字書きを二年間監視した末のポエム

 二年間監視していた女性同人作家がいる。

 私は彼女が嫌いだったけれど、彼女は私が好きなようだった。リプライで、コメントで、DMで、何度も好きだと伝えられた。彼女が私のファン自称していたのは、そのジャンルでそのカップリングを書く作家が、当時はまだ少なかったからだ。

 デリケートジャンルだった訳で、そこに関しては多くは語りたくないけれど、彼女の事だけは、声だかに話したい。誰でも良いから、私が彼女に抱いた巨大な感情を知って欲しい。この感情は少なくとも嫉妬じゃない。私は、彼女を手酷く馬鹿にしたいだけ。でも、私以外の人が彼女馬鹿にするのは、凄くいや。誰にも共感できないと思うし、共感して欲しくない。この憎悪は私だけが背負って生きていきたい。

 まず、私の事。

 私は、そのジャンルの、そのカップリング(以降ABと書く)で活動する同人作家の中で、私はなかなか優れていると思っていた。ブックマークの数も、評価の数も、フォロワーの数も、私が一番多かった。そのくせ、私は誰一人フォローせず、誰のどんな作品ブックマークしなかった。私が何に影響され、普段どんな生活を送り、どのような感情創作活動をしているのか、あまり知られたくなかった。マシーンのように、不定期に、キャプションも空欄のままの作品を、そっと投稿する。すぐに私の作品大勢から評価される。それが何より気持ちよかった。私はABの界隈では「人気者」だった。いかにもオタク染みていて、私が大嫌いな賞賛の一つでもある、「神」という呼び名で崇められ、不特定多数から崇敬された。

 次に、彼女の事。

 私がこのジャンルで最も優れている、というおごりは、ABで活動し始めて一年ほど経ってから、徐々に揺らぎ始めた。とても恐ろしい経験だった。十年以上前に、このジャンル活動していて、一時期は離れていたが、私の作品を読んで影響され、またABの創作活動を始めたと、そう語る人物が現れた。それが「彼女」だった。

 彼女の方から、私に丁寧なメッセージを送り、それから、私のツイッターアカウントフォローしてきた。彼女は私より十歳ほど年上で、理知的で、社交的な、そういう普通女性だった。初め、彼女は私の信者の一人に過ぎなかった。しかし、次第に、私は彼女存在を恐れるようになった。自分でも気付かない内に、彼女作品、もしくは彼女自身に、背後からにじり寄られ、両の手のひらで、首を絞められるような錯覚に陥った。

 何故なら彼女は、私よりも、私が愛する二人に関する知識が深かったからだ。上辺だけじゃない、もっと奥のところ、つまり関係性の考察が私よりもずっと優れていた。それは私に大きな不安感を与えた。初めて、他人の事を脅威だと感じた。彼女作品は、正直、拙かったけれど、どこか惹かれるものがあった。少し多すぎる改行の隙間、句読点の少ない文章の終わり、生き生きとした、人物の躍動を感じた。描写はとにかく簡素で、今二人はどこにいて、どんな体制で、何をしているのか、さっぱり分からなかったけれど、矯正前の乱れた歯並び、にきび跡の残る頬、デビュー当時の乱暴な喋り方といった、妙なリアリティ、そういうものが光っていた。それは誰もがわざわざ書きたがらない部分であったし、あえて言うなら余計な部分であった。それなのに、彼女はそれを描いた。荒削りなのに、かえってくっきりと形作られ、私の脳味噌の裏っ側にこびり付いた。私はそれが悔しかった。

 彼女は、十年以上前の二人の関係性を知っていて、しかし言ってしまえばただそれだけの事で、知識量の差はあれど、現在の二人の関係考察し、創作するのなら、大した問題では無い。と、私は自身に向かって必死にそう言い聞かせていた。

 この頃から、私は彼女の行動を毎日監視し始めた。彼女は、ABの他にも、様々な物に手を伸ばしていた。ツイッターでは、鍵を掛けたアカウントで、女性アイドルスポーツ選手可愛い可愛いと褒めそやし、片手間に自カプの作品投稿していた。そして週末には贔屓の選手応援する為に、何度も何度も海外へ行っていた。タイオーストラリア中国韓国イギリスネパール。いつ働いているのか、いつ眠っているのか、ついに最後まで何も分からない人だったけれど、金も暇も学もある人だった。

 しかし、彼女の一番嫌いな所はそこではない。彼女はよく、フォロワー食事をしていた。対面の席に、人の手が写り込んでいる、カフェ居酒屋写真が、画像欄の大半を占めていた。そのようなツイート投稿される度に、私は嫉妬で狂うようになった。スマートフォンを放り投げて、かんしゃくを起こしそうになるのを、グッとこらえて、そのツイートを見て見ぬ振りをした。泣きそうになった。

 彼女の事を一番知っているのは私だと思っていたし、彼女は私の事が一番好きなのだと、そう思い込んでいた。それは私の勝手妄想だったけど。でも、あの時は本気でそう思い込んでいた。でもそうじゃなかった。私は彼女の一番ではなかったようだった。

 私は彼女とだけ、よくリプライを送り合っていた。他のフォロワーには素っ気ない返信ばかりして、見向きもしなかったけれど、彼女にだけは、何度か読み直した返信を、少し緊張しながら送っていた。私は所詮、ここ数年のABしか知らない女だったから、彼女に落胆される事だけは、絶対に避けなければならなかった。

 手放しに認めて欲しかったのだと思う。数百人から匿名評価より、ちっぽけな彼女からの、ちっぽけな一人分の評価が、喉から手が出るほど欲しかった。私は彼女が大嫌いだったし、懐かれるのはうざったらしかったけれど、嫌われるのはもっと嫌だった。彼女作品に対して「好き」とはただの一度も伝えなかったけれど、私の作品彼女がつまらないと感じるのは、絶対に嫌だった。

 結局、そのジャンルの、ABとはこれっぽっちも無関係な部分が、とてもじゃないけど見ていられなくなって、私は呆気なくABから離れた。移動先のカップリングは、ABとは何もかもが違う。そのソシャゲジャンルでは、以前よりも作品への評価が恐ろしく低い。ブックマークフォロワー数もなかなか増えない。伸び悩む閲覧数を見て、ある種の諦観を抱いている。今までの経験から、このカップリングは、長くて一年だな、と見当を付けている。ゲーム内のイベントで高い順位を取るよりも、定期考査の結果で十位以内に入りたい。私は今年大学受験を控えている。

 もし、彼女がこれを読んだとしても、まさか「あの」人物だとは、考えもしないだろう。ね、そうでしょ。アラサーだと自虐気味にツイートしていた彼女が、浅ましい十代の私に対して抱いた感情の全てを、いっそ知り尽くしてみたい。きっと私は、顔も知らない、十も年上の彼女に、言いようのない羨望を抱いていた。唯一勝っていると思っていた小説だって、心のどこかで、彼女には劣ると感じていた。

 ふとした時、彼女に会いたい、と思う。

 彼女の住む都内マンション天井に、直径一センチにも満たない、ちいちゃな穴を開けて、屋根裏の暗がりから、そっと生活を覗いてみたい。ノーメイクのその顔を一目見てみたいと思う。間の抜けた声を聞いてみたいと思う。彼女馬鹿にしてみたい。何でもいいから、私より劣っている部分を探して、なんだ、この程度の人か、と落胆したい気分になる。

 私が、日々の中、ふと彼女の事を思い出すように、彼女も私の事を思い出す時は、あるのだろうか。大嫌いな人だけど、どこか虚しい。悲しくはないけれど、一向に清々しい気持ちにもならない。プールサイドに落ちたまま、拾われない、錆びたヘアピンのような、惨めな気分。

 あの人が綴った言葉も、あの人自身存在も、私の脳味噌の裏っ側に、まだベットリとどす黒くこびり付いている。

anond:20181014162906

継続的にやっていたら、いやがらせとみなされるだろう。

文体から言っても、同一人物だし。

オタクフェミニストコンフリクトSNS認識の違いから発生する

オタクSNSを5chやニコニコ動画の延長と考えていて「ネタ」と言えば許されると思っているが、フェミニストSNS現実

の延長と考えているから「ネタ」が通用しない。

5chやニコニコ動画著作権侵害差別的書き込みカジュアルにされているアナーキー場所であり、オタクはそれがデフォルト

だと考えている。

からハイエースする」なんて内輪のノリが現実でも許されると勘違いしてしまう。

あと匿名実名問題身バレしなければ何をやってもいいが、身バレしたらその人物攻撃してもいいという謎のルールがあり、

5chで集団によるネットリンチが横行している。

無理矢理定義するとしたら指定学部修士以上はフェミニストでそれ以外で女性優遇的な発言をする人物はただの男性差別主義者とかそういう感じでやるしかないのか?

でも在野でまともなこと言う人がいる可能だってあるし

なんか文脈が限られすぎててなんともなあ

[] #63-6「イタガリアン」

そんな感じで俺たちは着々と勝利を重ねていく。

そして、あっという間に決勝戦を迎える。

「優勝は……カジマ選手!」

「うおおぉぉっ! やったっすー!」

そして優勝を決めた。

……随分な話の端折り方をしてしまったが、これには理由がある。

そもそも俺の計算では、優勝は予定調和に近いものだった。

まず地元一般人のみ参加という制約上、レベルがそこまで高くない。

俺の観測範囲内ではあるが、地元でこの番組に参加するような人間でイタガリアンの適正がある奴はほぼいないんだ。

だが、その中でもカジマは適正がそれなりにある人間だったと確信していた。

前も言ったが、こいつは自己顕示欲が強い。

まり目立ちたがりの素養を持っている。

一般人テレビになんて出たら大抵は緊張してしまい、普段パフォーマンスを発揮することは難しくなるだろう。

だが、カジマは「目立てる」という感覚を優先させるのでリアクションを躊躇しない。

それでも多少はプレッシャーを感じていると思うが、程よい緊張感はパフォーマンスをむしろ向上させる。

特にこの日のカジマは、プロアスリートでも珍しいと思えるほどに絶妙なコンディションだった。

更に身も蓋もないことをいうと、カジマは“絵になる容姿”を持っているのが何より大きい。

そんな奴がリアクション芸人さながらの痛がりっぷりを見せるのだからウケるに決まっている。

目立ち方の良し悪しを上手く判断できないのが弱点ではあったが、それは俺が手綱を握ればいい。

そして計算どおり、見事カジマはそれに応えてくれたってわけだ。


「さあ、今回から優勝者にはボーナスチャレンジ権利が与えられます!」

「何だよそれ、聞いてないぞ」

しかし、何事も計算どおりにはいかないものだ。

それが自分の落ち度ではなく、あずかり知らぬところで起きたことなら尚更である

スペシャルゲストと対戦していただき、買った場合はなんと賞金が倍!」

如何にも番組的な都合で捻じ込まれたような、思いつきの要素だ。

だが俺にとって嬉しい誤算ではあった。

これで山分けしてもかなりの金が手に入るぞ。

「加えて次回のイタガリアンにレジェンド枠として参戦もできます!」

と思ったが、やはりやめたほうがよさそうだ。

賞金が倍になるのは魅力的だが、次回もまた参戦しなきゃいけなくなったら憂鬱だ。

「あの、このボーナスチャレンジって絶対やらないとダメですか?」

「え……ああ、別にここで負けたとしても賞金が没収になったりとかはしませんよ」

「いや、そうじゃなくて、ボーナスチャレンジのものをやりたくないって意味なんですが」

「……えー」

俺はそう司会者に尋ねるが、あまりにも予想外の質問だったらしくて困った反応をしている。

まあ、そりゃそうだ。

そもそもこの番組に出て優勝するような人間が、このボーナスチャレンジを断る理由はないからだ。

俺の参加動機が不純なのが悪い。

それに出場選手あくまでカジマだ。

「いやいや、もちろんオイラはやりますよ!」

こいつがやる気な以上、いずれにしろ俺に拒否権はない。

観念して最後まで付き合おう。

賞金が増えるなら結構なことだし、次回の参戦権は俺だけ辞退すればいいだろう。


「さあ、今回のボーナスチャレンジで戦うスペシャルゲストはこの方でーす!」

司会者がそう告げると、会場の正面にある扉から煙が吹き上がった。

ちゃちな空砲の音と同時に、扉が開かれる。

そこからスペシャルゲストが登場した。

ジパング独立国観光大使、イッタ・イマージさんです!」

いや、誰だよ。

ローカル番組にそんな大層な有名人が来るなんて期待していないが、変にハードルを上げておいてこれは……

「ええ~!? イッタ・イマージじゃん!」

まさかイタガリアンに出てくれるなんて、あまりにも予想外!」

しかし会場は彼の登場に大盛り上がり。

まさか、俺が知らないだけなのか。

「なあ、あいつってそんなに有名人?」

「マスダ、知らないの? ネットでも一時期ミーム化した人なのに」

正直、カジマのいうネットミームは、かなり限定された範囲での話なことが多いか鵜呑みにできない。

だが、他の人の興奮ぶりを見る限り、実際に有名な人物のようだ。

そいつは何でそこまで有名なんだ?」

「元サッカー選手だよ! ジパング独立国代表だったんだ」

なるほど、サッカー選手だったのか。

サッカーにあまり関心のない俺が知らなかったのはそのせいだ。

しかし、あそこってサッカーがそんなに強い国でもないし、そこまで熱狂的な国でもなかったような。

その国の元サッカー選手が何でそんなに有名なんだ。

(#63-7へ続く)

anond:20181014104258

多分増田の周囲から意外な人物が何人か消えると思う

2018-10-13

キズナアイ人格はあるか?(キズナアイデーモン小暮と同じか?)

◯どうも脇見せ、ヘソ出し、胸強調で性的アピール、だけど顔やら声音幼女、という面妖なキャラクターである

キズナアイが歪んだ性的ファンタスムであることは、やはりなかなか否定し難いと見え、

そこで新たな論法として

キズナアイ人格を有する。人格を有するもの自己決定においてエロい服を

着ているのだからフェミニストであれ誰であれ文句をいう筋合いはない」

という論法批判回避しようとすることにオタク界隈ではなった模様である

以下ポストブックマーク参照

■ごくごく個人的な、キズナアイが巻き込まれ騒動のまとめhttps://anond.hatelabo.jp/20181012051234

人格存在については「キズナは言ってみればデーモン小暮と一緒でコスチュームキャラなんだ。デーモン小暮人格が認められると言えるのと同様の意味キズナアイにも人格があるんだ」ということらしい。

果たしてこの考えは正しいのだろうか?

コスチュームキャラだという論であるからして、デーモン小暮コスチュームを脱いだ本人(以下、小暮何某とする)に対応するものキズナアイにおいては、声を担当したりモーションを担当したりする俳優がそれにあたるものと考えられる。(オタク界隈では「中の人」というらしく以下、中の人と呼ぶ)。デーモン小暮を小暮何某と同一視し、人格ありと見なし得るように、キズナアイ中の人を同一視できるか。その両者を比較してみたい。

◯まず、キャラクター創造の側面を考えてみよう。

デーモン小暮というキャラクターは小暮何某が芸能活動上、デーモン小暮というキャラクター、つまり芸名ルックス、その他設定をつくり、本人がそれに成りきっており、デーモン小暮は本人の意思により100%コントロールされている。つまり小暮何某の人格による創造、そしてそれによる自己アピールデーモン小暮である

一方キズナアイについてはどうだろうか?

キズナアイというキャラクター運営会社運営しているものであり、そもそもキャラクターを作ってビジネスしようとの発案、キズナアイとの名称、外見、設定などは運営会社オタク向けマーケティング産物として創造したものであって、中の人意思による創案では全く無い。中の人創造性と無関係のところでキズナアイは成立している。むしろキズナアイ声音はどういうもの適当か?との運営会社の考えのもと、オーディション俳優を選んでキズナアイにあてがった訳で中の人というのはここではただの部品しかないとすら言える

この通り人格自己決定による自己アピールの側面においては両者は完全に違うものであると言えるだろう

◯次にやはり大きく人格の発露とみなせるキャラクターの行動発言はどうだろうか?

デーモン小暮が例えばワイドショーなどに呼ばれ、何かのニュースについてコメントを求められた場合、それについて意見を述べるのは100%小暮何某それ自身である。完全に同一物なのだから至極当然にそうである

一方キズナアイについては、運営会社運営しているキャラクターであるからして、その発言運営会社意図運営目的にそう台本運営会社が用意するだろう。中の人はそれに沿って演じることになる。つまり意見運営会社のものである。(念のため、演技であるだろうからアドリブの要素はおそらく入るだろうが、その場合運営会社の考える発言趣旨イメージ戦略その他会社コントロールしたいものから逸脱すればやり直しになるであろうことから中の人独自意見運営会社から検閲キズナアイ意見となることは有り得まい)

この違いは実はものすごく大きく、デーモンキズナ両者が仮に社会的不適切発言をした場合にそれは露わになる。デーモン場合不適切との責めは至極当然に同一人物である小暮何某本人に向けられ本人が社会的制裁を受けることになるが、キズナ場合中の人が責めを負うことはすでに述べた仕組みからして有り得ないだろう。通常の意味において、つまり知的精神的に障がいを負っている等の特殊事情を除けば、一般には人格というもの存在は、何かの責めをそこに帰責できるかということに大きく依るのではないだろうか。

◯以上、二点検討した通り、デーモン小暮人格がある、ということと同じ意味においてキズナアイ人格がある、ということは全く言い得ない。キズナアイ中の人は単にキズナアイ声音発音する部品に過ぎまい。

◯ここまで長々書いたのはごく常識的な話で常識人には、わかっとるわい、という話に過ぎないだろうが、オタク諸君の間ではそうではなく、キズナデーモン説が罷り通っているようなので、態々説明した次第である

社会学者研究手順

1. 日常マスコミ報道から個人的に気に食わない物事人物を見つけ出す。

2. その原因を個人的感情から導き出す。理系分野ではこの段階で仮説を出すのだが、社会学場合結論という。

3. 結論裏付け情報を集める。結論に反する情報に出くわした場合無視する。

4. そこからさらに一部を抜き出したり、意図的データ誤読を行う。

 現代算数数学学力が下がっているので、煙にまくことは難しくない。

5. 充分な情報が集まらなかった場合にはアメリカヨーロッパ圏にも目を向けること。

6.それらをもとに本を書く。論文ではなく本である

 この段階で、はじめにあった個人的なことを一般社会問題すり替える。

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