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はてなキーワード: 不断とは

2018-04-16

ハリルホジッチ

ハリルホジッチが目指していたサッカーというのは

というもので、ようするにハリルホジッチという人は「日本人選手バカ技術力がないがとにかく体力がすごくあり体が強い」という人達であると考えていたことがわかる。

しかハリルホジッチ解任後の新方針https://www.footballchannel.jp/2018/04/12/post265082/ を見ると

縦への攻撃というのも間違いなく必要ですが、タイミングなど質を上げていく。1対1の場面でもパワー的なことも要求したいですけれども、なかなかフィジカル的なことで戦えないこともあるので、別の角度から戦っていく。日本的フットボールというのはあるし、技術力を最大限に生かしたい。技術を生かして戦って、化学反応を起こして戦っていける強さを生かして構築していく必要があると思うし、自分自身もそう思う

とある。つまり日本サッカー協会自身ハリルホジッチと全く正反対日本人像を抱いていることがわかる。「日本人選手は体力がなく体が弱いが頭がよく技術力がある」と。

これ、果たしてどちらが正しいのであろうか。やはりハリルホジッチが正しい可能性が高いと僕は思う。実際に起きていることはこうではないのか。

人はたいてい自分のなかの能力の低い部分について根拠のない自信を持ってしまう。苦手なことについて正しい情報を得ることは難しいから、それにより自分位置を正しく認識できないのだ。

ではハリルホジッチで勝てたのかといえばそんなわけはないと思う。「お前はバカだが強いからとにかくバカでいいから犬みたいに走り回れ」などという態度で接する人間に従うような日本人がいるわけがない、というか人間全体でもそんなもんだろう。彼は人をおだてながら動かすという技術を持っていなかったように見える。またハリルホジッチは一点大きな見落としをしている。日本人バカなのではなく、頭がよく頭ごなしに何か言われるのは嫌だがかといって自分責任で何かを考えるのも嫌、という性質をもっているということだ。このあたりのことを見てうまくおだてていかなければ人間というのは動かない。


私はサッカーに何の興味もなくここ最近ニュースだけを見てこれを書いてみました、サッカーに詳しい人の採点を願います

2018-03-27

anond:20180327092031

カネが持つ引力を知らんのか。金融力学の第二法則に従ってカネ同士が引き合い、富める者はますます富む。

今まで散々そういう構造を見てきたのではなかったか

トリクルダウンは起こったか

貧富の格差は埋まったか

からこそカネを老人の手から奪い取る不断努力必要になるのだ。

これは闘いだ。若者と老人の生命を賭した生存競争なのだ

はいえ、できるなら暴力は使いたくない。

できるなら銀行口座無血開城が望ましい。

2018-03-22

漏らしすとに警告する

漏らして絶望してる人を慰めるのは良い

しかし漏らすのは当たり前とか、漏らすのは怖くないとか、フリーお漏らしみたいな風潮はよろしくない

いたずらに皆の括約筋を緩めることになってはならない

「漏らしちゃいましたえへへ」ではない

本来は尻を鞭打たれるような恥ずべきもの

不断努力により括約筋を締め、便所と共に在り、不漏らしの世界を目指すべきである

 

ついこの間のことだ

確定申告のため税務署に行ったため生活リズムが崩れ、思わぬところで急な便意が来たとき

我がオアシスセブンイレブントイレ2つ)に立ち寄った所見かけたのは死刑宣告の張り紙

曰く「利用者マナーが悪いので予告通りトイレは使わせません!!」とのこと

ご丁寧にバリケードまで用意してある

私はやり場のない怒りと、詰んでしまたことに対する絶望で足は竦み顔は歪んだが、そこで諦めなかった

全力疾走で5分先にはローソンがあるし、8分先には駅がある。駅の向こうには電器屋、地下には本屋がある。電器屋には3階と5階にトイレがあるが個室は1箇所なので・・・いや今は早朝だからきっと電器屋は空いてないし、ローソンは小さいかそもそもトイレがなかったはずで・・・

脳にマッピングするが早いか全力をもって駆け出した

ノートパソコンが入った重い荷物を置いていこうか少し迷った、がやめた

定期的にジムで走り込みをしていてよかった

自分の脚力と括約筋と幸運を信じて走った

結果、やはりローソンにはトイレがなかったが駅のトイレに間に合った

通勤ラッシュギリギリ終わっていて、個室が空いていたのは僥倖である

私はJRキレイトイレ感謝し、入場料を払って駅を後にするのだった

(もちろんその後は第二波を睨んで慎重なルート取りをした)

 

漏らしすととは、そのくらいやって、それでもダメときに悔しさの涙とともに漏らすべきなのだ

私はそう信じている

2018-03-10

他人のせいにする奴死ね

被害者になったお前が悪いんだろ?被害に遭わないように常日頃から不断努力をしてきたのか?してないだろ?だから被害に遭うんだよ。

被害者が被る不利益は全て本人の能力不足からくる。東京グールという漫画たからの引用だ。めっちゃいい言葉だろ?脳に刻み込んどけよ。

俺は加害者だけど、被害者被害者面するのが本当に嫌いだ。悲劇のヒロイン気取ってんじゃねーよ。

弱者なのが悪い。能力加害者より劣っていたのが悪い。加害者という他人のせいにするな。自分人生だろ?自分の身に起こることは100%すべて自分が悪い。

加害者のせいにするなよ。分かったか被害者というなの弱者共。

どんなことをしようと加害者として大金を手にしたやつが勝利。それが資本主義というものだ。それを忘れんじゃねーぞ。

2018-02-27

anond:20180227133418

ある社会制度差別的ではないかという不断の提起と検討は、差別のない社会を実現するうえで極めて重要ものである女性専用車両男性差別ではないかという提起も例外ではない。

だが提起の妥当性は、「他の差別と外形的な一致をみるから」という一点のみによって証明されるわけではないし、議論をそこでやめるべきでもない。...(中略)

その議論過程においては、「痴漢被害経験のある男性」の存在が指摘されるだろうし、セクシャルマイノリティを包括した社会制度必要性といった論点も出てくるかもしれない。

元増田は外形的な一致のひとことで済ましてしまっているが、そもそも差別元増田の言う意味の)かどうか、その区分けの非合理性を論ずることは重要だ。

女性専用車男子中学生が入ることは推奨されていないが、かく言う俺も中学生の時に痴漢にあったことがある。同じような境遇の子どもたちが議論の外に漏れしまっているかもしれない。だとすると彼らは選択余地無く痴漢の的にされていることになる。

しかしそれは、「現今の環境下では許容せざるを得ない差別」と「不当な差別」という区別の導入の所産ではないのである

元増田の論に乗った上で「差別だと認めろ」の要求反論するためには、区分け合理性を主張するしか無い。差別が悪だという認識がある中で、それは再検討への圧力になる。貴方の考える議論が促進されることになるだろう。その意味でも元増田の主張は意義深いと思う。

元増田が導入した視点は、現状、区別差別曖昧理解されている中に、「差別か」「であるならば現今の環境下では許容せざるを得ないか」の二段階に分けて考えることを提案したことだ。

前者の視点シルバーシート差別でないと判断できる。後者視点日本人専用車は許容できないと検討しうる。この部分は別の増田と同じ意見だと思う。

元増田: 不当な差別と現今の環境下では許容せざるを得ない差別は、外形上区別できない。だったら、変な理屈をこねて後者を「差別じゃない!」と言い繕うべきじゃない。それは前者をも免罪してしまう。

明示されているわけではないが「変な理屈」というのは例えば、”被害者の助けになっているので、女性専用車差別では無い”のようなものだろう。

しか差別の実質について、倫理的技術的・合理的歴史的観点で精査することは意義深いと思う。慎重に検討された多角的評価は、天下り的な定義に比べると説得力を持つ。問題なのは、それらを組み合わせた総合的な判断差別かどうかが判定されることの危険性だ。どの基準判断をどれだけ重要視するか? 議論の結果には発言者立場権力が大いに影響しうるし、文化や偶然によって結果が決まると思う。

ケースバイケースで意味を柔軟に引き伸ばされて運用される。少なくとも市井フェミニストリベラリストの間では差別概念はそのように扱われている。元増田はこの事態警鐘を鳴らした。

差別ではあるよね」の合意ナンセンスで自滅的

https://anond.hatelabo.jp/20180225105423

それらは不当な差別だ。でも、不当な差別と現今の環境下では許容せざるを得ない差別は、外形上区別できない。だったら、変な理屈をこねて後者を「差別じゃない!」と言い繕うべきじゃない。それは前者をも免罪してしまう。

元増田の主張の基本線は上記記述に集約されるのだが、そもそもこれはかなり疑わしい主張である。外形上区別できないならその時点で全部同じカテゴリーにくくるべきだという主張は全く自明ではないし、もっともらしいものでもない。我々は外形上区別できないもの区別すべきでないんだろうか? そんなことはない。

たとえばある人物解雇されたとして、それが雇用差別の結果であるかどうかは外形上(解雇された)の議論では決着がつかない。差別の結果として職を失うということは当然あり得ることだが、だからといってあらゆる解雇は外形上雇用差別区別がつかないので差別であるなどというのは馬鹿げた主張である元増田の主張はそのレベル

我々は提起されている「差別」(女性差別でも、男性差別でも)の実質について、倫理的技術的・合理的歴史的観点から精査を加えることができるし、そうすればよいだけの話である

そしてそれは「変な理屈をこねて後者を「差別じゃない!」と言い繕う」こととは違う。その種の精査を「変な理屈をこね」ることだと頭から決めつけて、差別論が外形的・表層的な次元に留まり続けなければならない理由はない。もちろん、提起された「差別」が差別ではないことの指摘や反論の中に「変な理屈」が紛れ込んでしまうことは当然ある。しかし我々はその「変な理屈」をあらかじめ排除することなどできないし、あらゆる指摘や反論が「変な理屈であるわけでもない。外形上区別できないものの実質を精査することを「変な理屈」と規定するのであれば、我々は差別について意味のあることをまるで考えられなくなるだろう。

さらに、

加えて、差別差別である認識されていない状況はそれ自体不正であるから、というのもある。「○○は単なる区別から差別じゃないよね~」という言辞に、どれだけの被差別者が苦しめられてきたか。そんな言い分を許さないことは、正義への一里塚だよ。

元増田は述べるが、しかしその代わりに「現今の環境下では許容せざるを得ない差別」と「不当な差別」の区別是認されるのであれば(そして、女性専用車両は前者に属するので一定正当性があるとする増田は当然是認するわけだが)、「○○は単なる区別から差別じゃないよね~」という言辞は、「○○は現今の環境下では許容せざるを得ない差別から、不当な差別じゃないよね~」に取って代わられるだけであり、彼の主張にとってこの区別是認は自滅的である

しろ、現下の社会においては「差別」という言葉に強い道徳的負荷が伴っているため、ある行為が「差別」ではないかという疑義を呈されれば、疑義を呈された側は「差別でないこと」の証明に取り組まざるを得ない。女性専用車両差別ではないかという元増田問題提起が強い反発や反響を呼んだのも、この「差別」という言葉が持つ道徳的負荷ゆえなのである

ところが「現今の環境下では許容せざるを得ない差別」という言辞は「差別のものアプリオリには否定されない」という前提の導入を意味するため、「差別」という概念が持つ道徳的負荷を希釈することになる。それが被差別者発見や救済につながるという主張は甚だ疑問である

なぜなら、「現今の環境下では許容せざるを得ない差別」という言い方によって新たな差別問題認識されたところで、それが「現今の環境下では許容せざるを得ない」と認められているうちは、その問題真剣吟味対象になることはないからだ。

むろん、これは「差別区別」のレトリックでも同様であるわけだが、要は「現今の環境下では許容せざるを得ない差別」という概念を導入すべきという元増田の主張が、彼自身が提起している問題解決に何ら貢献しない(それどころか、悪化させる恐れすらある)ことを意味している。

以上を踏まえると、「差別ではあるよね」の合意ナンセンスであるばかりか有害ものである可能性もあり、ロジック自体も自滅的であると言わざるを得ない。

言うまでもないことだが、ある社会制度差別的ではないかという不断の提起と検討は、差別のない社会を実現するうえで極めて重要ものである女性専用車両男性差別ではないかという提起も例外ではない。

だが提起の妥当性は、「他の差別と外形的な一致をみるから」という一点のみによって証明されるわけではないし、議論をそこでやめるべきでもない。

女性専用車両いかに不当に男性尊厳を傷つけるものであるか、不利益をもたらすものであるかについて、丁寧に議論すればよいだけの話である。もちろんその議論は様々な批判や反発に晒されるであろうが、そういった議論応酬以外に我々の差別に対する認識を深化させる方法はない。

その議論過程においては、「痴漢被害経験のある男性」の存在が指摘されるだろうし、セクシャルマイノリティを包括した社会制度必要性といった論点も出てくるかもしれない。

しかしそれは、「現今の環境下では許容せざるを得ない差別」と「不当な差別」という区別の導入の所産ではないのである

なお筆者は、女性専用車両自体女性安全公共交通機関の利用を保障するうえで次善的に妥当措置であると考えるが、そもそも女性専用車両存在しなければならないような社会の在り方は女性差別であると考える。女性専用車両男性差別であるという主張もそれ自体排除するつもりはないが、元増田を含め外形上の一致以外の議論提示されないので検討しようがない。現時点での本邦の司法判断は、女性専用車両男性に対する不当な取り扱いであるとは見なしていないようである

2018-02-06

奴隷はなぜ奴隷なのか

それは相手要求をはねつける力がないからだ。力とは情報だ。現代社会情報ものをいう。にもかかわらず情報収集を怠る人がいる。低賃金仕事を引き受け政治が悪いだの上司がクソだのと陰口を叩く。

世の中は弱肉強食だ。どこかにいる優しい人に助けてもらえるなどといった甘い考えは捨て不断努力を続けなければ生き残れない。昔も今もこれからもその事実は変わらない。私たち地獄を生きている。

2018-02-03

anond:20180203012201

高い金払って行く認可外よりも公設の保育園の方が質が高いんだよね。金持ちは高い金払うのはオーケーだけど、ショボい所に子供を入れるのは嫌がる

 

これもなー

実際に私設よりも公設の方が質が高いのだとして、どうして公設のほうが質が高くなるかといえば、職員だけじゃなく通ってる保護者地域ボランティア的に不断努力をしているからなんだよねぇ。それをネットのパワーカップル場合、その「質の高さ」にタダ乗りするだけじゃなくて、「誰がPTAなんか入るか、何で親が学校や園のことをしなきゃいけないの!そんなの金だけ出すから勝手にやって!」とかなって思い切りぶち壊しにかかるんだよね

2018-01-25

保守光と影

左派価値観(https://anond.hatelabo.jp/20180120234044)を書いたおっさん増田っす。ダラダラ長い補足をつけるのは何なので放置していたんだけど、いくつか気になるブコメをつけていただいたので、続きというわけではなく別記事で書いてみたいと思うよ。

なるべく教科書的なおおよそのところを書くつもりだけど、やはり人間なので私見は入る。明確に個人意見場合マーキングします。また左派右派って分類は今回の場合そぐわないので、革新保守と言う表記で書くよ。

右翼も現状否定では一致してるからな、左翼のそれとなにが違うんだろ』

革新保守の何が違うのか? どっちも「今の社会をより良い方向に一歩でもすすめる」という点では一致しているのにどこが違うの? っていう疑問はなかなか良い切り口だと思う。

教科書的な答えは「革新は(ある任意の)理想の状況や体勢に跳躍、急進しようとする」「保守は方向に進むにしても一歩ずつ漸進(ゆっくり進む)してゆく」なんだけど、まあ要するに違いは「アクセルの踏み方だけ」。もちろん現実的には進むべき理想の方向や、その方向に進むにしても進む方法の実現手段では様々に意見割れるんだけど、そんなもの革新と呼ばれる人の中でも保守と呼ばれる人の中でもバラバラなので、革新保守の違いは? といえばアクセルの踏み方くらい。

でも、「違いは速度感だけ」っていうと、凄く小さいことに聞こえるし、なんでそんなことで揉めてるかさっぱりわからないよね。

増田的にこの部分を説明してみると以下のようになる。

「長い歴史と非常に(っていうか非常識なまでに)ユーザーの多い複合型の巨大Webサービス存在する。日常的なメンテバックアップはあるのだけど、このサービスに対して現在ユーザー環境や競合サービスを鑑みて大規模改修を加えることになった。

なお、この大規模回収にあたってサービスの停止やユーザー不利益を与えることは許されないとする。また別サービスを立ち上げてのテストユーザーサービス間移動も許されない。

方針A:サービス機能ごとに切り分けて細かい部分を解析して、小さな改修を加えて、少しずつ改善していく。改善を繰り返す。

方針B:機能単位、あるいはサービス単位、あるいはそれらをより大きな範囲コードを新作してブロックごとまるっと入れ替える。」

方針Aが保守と呼ばれている思想で、方針Bが革新と言われている思想

こうしてみると「AとBってぜんぜん違うじゃんよ!?」ってなるとおもう。主に現場悲鳴的な意味で。

他の競合サービスへのキャッチアップや理想の快適サービスを目指すのであれば、たしかにBが良い。最近開発された新技術も突っ込めるし、技術負債の返済もできそう。だけど、Bでなんかトラブったとき災害ってAの比ではない……。でも競合サービスに勝つため、あるいは環境変化に追従するためにどうしてもBを選ばなきゃならんこともままあるわけで……。そもそもAではなくBでしかたどり着けないサービス設計方針転換だってある。

じゃあAの、つまり保守の言い分ってのは何なのか? と考えると「人間集団(および集団の作るもの)なんて絶対ろくでもないアホやアホミスが混じってるものなんだから、いきなりすごいことしようとしてもコケるんだよ。今現在サービスは稼働してるんだからゆっくり進んでいくしかないんだよ」というもの

例えておいてなんだけど国家というのはWebサービスと違って逃げ場がない。他サービス移住とか容易く出来ないし、サービスが停止あるいは混乱したらすごい大きな迷惑がかかる。死人とか出ちゃう。だからゆっくり行こうぜ。と。

保守のこの言い分は説得力がある。人間は数が増えれば増えるほどカオスになっていっちゃう生き物だからだ。

革新(この場合左派リベラルも)は「みんなから見て素晴らしいこの理想を見せれば、その素晴らしさを理解したみんなは協力してくれるから、この理想は実現するはずだ」という理想主義ともいえる無邪気な思いを持っている。それそのものはそこまで間違ってるわけじゃない。明るい未来ビジョンも見せずに人がついてくるかと言えばNoなので、理想を見せるというのはとても重要だ。

その一方で、理想に耽溺しちゃうと説得する手間を惜しむようになる。程度の低いリベラルは「正しい理想はこれなのになんであなたはそれが分からないの? バカなの? 死ねば?」みたいな態度になりがちだ(あえて例は挙げないけどみんな心当たりあると思う)。

そこへ行くと保守というのは「人間は全員バカなので正しい理屈他者に必ず認められるとは限らないし、ましてやそれが正しい設計や正しい実装として実現されるとも限らない。失敗前提でいくしかない」という、ある現実的な、ある意味非常に後ろ向きとも言える考えを持っている。

だが一方で、保守のその後ろ向きさは「俺はバカだしあんたも多分バカなので、今俺が考えてることを理解してもらうためには手間ひまかけて説得しなきゃならん(それでもうまくいくかどうかは賭けである)」という考えも内包している。つまり、説得したり協力したり、時には泥臭く妥協したり、薄々間違っていると思うことでも頭を下げたりすることを前提としているのだ。

私見だけど、自民党という政党歴史とか規模において他よりの一歩抜きん出た存在になったのは、まさにこの「説得の手間ひまを惜しまない文化意見細部は異なる他人同士が同じ舟に乗るというノウハウを持った」という理由によると思う。これがすなわち思想政治的な正しさ保証するわけではないけれど、多人数が話し合うという政治現場に対して技術力があるという言い方は出来るだろう。

今の日本は概ね保守な方向の国だと思うのだけど、じゃあ、この記事説明した保守という思想に弱点がないのか? といえばそんなこともない。

革新原理主義と相性が良くてダークサイド落ちしやすいように、保守も泣き所がある。それはおおざっぱにいえば「怠惰」だ。

「今現在サービスが稼働してて、変な改修をするとサービス悪化するかもしれない」という考えは、一歩間違えれば容易く「今動いてるんだからこのままでいいじゃんよ」になりうる。そんな風にメンテをサボったシステムリスクで膨れ上がる爆弾みたいなものだ。

また同じように「更新を停止して監視が緩んだシステム」は既得権益の温床になる。特定ユーザー利益を受けたり、地位に居座ったりすることが固定化されてしまう。

この怠惰は話し合いの場にも及ぶ。「アホ同士の話し合いなんてどうせ完全な合意や完全な正解はないんだから、話し合いの内容なんて適当に打ち切って地位が上の人の命令に従えよ」という怠惰は、本当に発生しやすい。妥協必要だっていうのは保守の言い分なのだけど、妥協し過ぎという怠惰には目も当てられない。

これらの怠惰保守思想は本当に相性が良い。世襲制や不顕性のつい良い地方農村的な自治体とか、血族経営企業とか。

しかし、左派がそうであるように「保守の綱紀を引き締めるのもやはり保守であるはずだ。

そもそも保守真骨頂は「たゆまぬ、あきらめぬ」ことにある。

社会をより良い方向に一歩でもすすめる」に関して、その理想の輝かしさは革新保守だ。実現の確度を度外視して「一番良い理想をくれ!」で動ける革新に、保守キラキラでは勝てるはずがないのだ。そういう革新の優位性にたいして保守ができる返答は「たゆまぬこと、あきらめぬこと」でしかない。

一歩一歩は小さくても、「ずっと歩き続ける」「不断改善を続ける」「さぼらない」ことが保守思想本質的な光だ。

その意味保守は「議論をつくす」と胸を張るべきだし、自分メンテするシステム監視を厳しくすべきだ。「相手自分とは全く思想の違う存在でも、ギリギリギリギリまで説得を続ける」という汗のかき方が保守美徳であるはずなので、保守的には「むしろ議論バッチコイ!」くらいが健康的だと思うよ。

2017-11-06

自由及び効率は、個々人の不断怠惰によって、これを保持しなければならない

2017-10-25

カルト宗教褒め言葉なんだが

https://anond.hatelabo.jp/20171025040755

からカルト宗教に過ぎないから、守らないといけない大切なものだって言ってるじゃん。

この憲法国民保障する自由及び権利は、国民不断努力によって、これを保持しなければならない。

カルト宗教であることを認めないから、どっかから勝手に降って来たものみたいな「甘えた」考えになるってことだよ。

本文読んでよ。

2017-10-19

論のお作法議員候補演説

昔、家庭教師として小論文指導していたことがある。

小論文の基本は、弁証法構成にある(と思う)。

その構成を具体的に示すと次のようになる。

導入部の後には、まずテーゼ(命題)としてある説・論・主張を略記する。

そしてテーゼに含まれる美点、たしかにと首肯できるところを挙げる。

続いてアンチテーゼ、つまりテーゼの汚点、賛同できない点を挙げる。

最後ジンテーゼ、つまりテーゼの美点は継承しつつも、アンチテーゼとして掲げられた汚点は克服されている、素敵な第三案を提示する。

以上だ。

テーゼテーゼの美点、アンチテーゼジンテーゼ

具体例の挿入とか論拠の提示とかの肉付けは残っているが、論の骨子としてはこの4つが揃っていれば、必須要件を満たしていると言える。

裏を返して逆に見ると、つまり対偶をとると、論の骨子が必須要件を満たしていないという時は、必ず4つのうちのいずれかを欠いていると言える。

さて、ここまでは前置きとしてのヘーゲル弁証法の紹介だ。

ここからが本題なのだが、同時にここからは単なる主観でもある。

経験則で言うと、この4つのうちでもっとも欠きやすいのが「テーゼの美点」だ。

しかし、テーゼの美点を踏まえていないジンテーゼは、美点の継承 + 汚点の克服という要件の前者を欠いたものとなるために、単なるアンチテーゼの焼き直しになる。

そのような論には進歩も深化もなく、ただ話者の言いたいこと投げっぱなしジャーマン痕跡があるだけだ。

はいえ、一般人が何かを私的に論ずる時、常にヘーゲル弁証法的な構成手続きを踏むのは現実的ではない。

議論目的が必ずしも進歩や深化を求めるものばかりではないからだ。

さて、翻って政治議員の話である

議員とは、主権者幸福度をより効果的に維持・向上するよう、行政司法コントロールするための立法に、(少なくとも形式上は)議会での議論を通じて取り組む労働者を指す言葉だと思う。

果たして現実議員がそのような定義に沿った実態を伴っているかについてはさて置くとして、定義からすれば彼らに求められる必須技能は以下の3つになる。

すなわち、

■ 1. 正しい目的意識

= 主権者幸福度の維持・向上

■ 2. 適切な統治能力

= 現況の中での目的への最適解を適切に見出し行政司法を最適解に向かうよう制御できる能力

■ 3. 適切な議論能力

= 議会での議論を適切に行える能力

だ。

ここで問題としたいのは3番目の、適切な議論能力である

選挙演説討論番組を観ていると、どうも耳目にする議員(候補)のほとんどすべてが、その論説に「テーゼ(ここでは議員対立する意見政策)の美点」の提示継承を欠いている。

自分には資質があるから票をくれと訴えるプレゼンテーションたる演説ですら、アンチテーゼとその焼き直したるジンテーゼもどきを延々垂れ流す人たちが、どうして議会対立意見を持つ別の議員たちと健全議論を繰り広げられるのだろうか。

これは別に右派は」とか「左派は」とか、枝野氏風に言うなら「上からの人は」とか「草の根からの人は」とか、そういう話ではない。

しろ、そのいずれに属していたとしても、揃いも揃って議論のお作法が出来ていないという話なのだ

自公について言うならば、民主党政権には本当に何も功績や合理的取り組みがなかった暗黒時代なのか、あるいは安保改憲反対派の言うことにはまったく理解できるところはないのか、ぜひ顧みて欲しい。いや、どうせ顧みられないだろうけど。

立憲や共産党社民について言うならば、アベノミクスは本当にすべてまやかし格差を拡大しただけの何ら益ないものだったのか、あるいは安全保障上で米国の協力を引き出そうとみっともなくもがくことを本当に完全に無意味と断じられる客観的根拠があるのか、ぜひ顧みて欲しい。どうせ顧みられないだろうけど。

希望の党について言うならば、いや、希望の党そもそも何をテーゼとしているのか理解が難しいので、何も言うまい

ともあれ、テーゼの美点を継承しつつ汚点を克服する、真のジンテーゼ提示する不断努力を見せて欲しい。

そうでなければ、対立するアンチテーゼ同士のどちらが好きかを選択するだけの、単なる人気投票に堕してしまうだろうというか、もうずいぶん長いことずっと堕したままだ。

こんな状況を見れば、プラトン先生も「ああ、やっぱ民主制ってダメだった」とニンマリ笑うだろうし、子ども政治活動ってのは耳を塞いで言いたいこと言い合うだけのお祭りだと思うし、はてサ彼女はできないし、ネトウヨ財産はできないし、俺はオナニーして死ぬ

2017-10-16

学生時代かどころか

物心付いた頃から不断努力と言うやつを続けてきた。1秒1秒を無駄にしないように、ありとあらゆる選択肢で最善を選び、世界で一番高密度時間を目指し、寸刻を惜しんで勉強や学識を広めて来た。そうして20年余り、一流の大学卒業して一流の会社起業し、世界偉人に名を連ね。。。られなかった、若い頃の無茶のツケで重度のうつになり思考は散文的で数分考える事すら苦痛努力は全てを可能にするって俺に刷り込んだ祖父は莫大な借金を残して他界した。死ぬ間際まで事業大成功してると家族に嘘をつきつづけていた。全てにおいて成功してると豪語する眩しい祖父が全て悪い気がするが、呪いを残して勝ち逃げされた今はどうにもならない。そろそろ死のうと思うけど自殺方法すらまとまらないこんな腐った頭を切り捨てたい。

2017-09-13

ある事柄について

差別か否か、一見差別主義者に見えるような人間すら交えて、

納得のいく理路や説明議論をしながら続けていく

そういう不断努力をこそ反差別活動要諦なのだと思うこの頃。

安易テンプレート差別認定を求める人間には向いていない

2017-09-05

日本国憲法第十二条  

この憲法国民保障する自由及び権利は、国民不断努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

2017-09-01

コロンブスデーの改名は良い歴史修正

先住民に対するコロンブスの残虐な所業が明らかになり、その残虐者の名を冠した祝日名は変えるのが妥当であろう。

だが見落としてはいけないのだが、これは歴史修正である

ネトウヨ界隈の悪行が散々先行してしまったため歴史修正という言葉自体に酷く手垢が付いてしまったが、

本来はこのように征服者に都合の良い歴史を、事実に基づいた資料認識に基づいて正しく修正するのが本来あるべき望ましい歴史学のあり方であろう。

歴史は、誤った箇所を不断修正されなければならないのである

2017-08-28

社畜の同志諸君

憲法保障されている基本的人権不断努力によって保持しなければならないとされているから、

もし君がブラック企業人権を踏みにじられているなら積極的に歯向かって自分自分を守っていこうな。

2017-08-03

なんでツイフェミ勢とかはてサ界隈のフェミって自分が女であるがゆえに得している部分についてこうまで無頓着なのか

モテないし一芸もなく誰からも認められないオッサンからするとその無頓着さに腹が立つ

男(少なくとも俺)の世界は産まれときから競争に晒され負けたもの容赦なく踏み潰されていく修羅の道だ

ただ待っているだけで無限に男が寄ってくる女とは最初から「人に認められる」ためのハードルが違うんだ

そりゃ君たちは自分の好きな男以外はゴミだと思っているからそんなゴミから承認なんか必要ないんだろう

ゴミは人ではないんだからゴミからチヤホヤされたって人から承認を得た気分にはなれないんだろう

何ならそんなゴミが女叩きをしているのを見ると嫌悪感で胸が一杯になるだろう

だが俺はすべての女を人として見ていて、そのうえで世界でたったひとりの女=人に認めてもらうために全身全霊を傾けて努力してそれすらも報われるかどうか怪しい

不断努力を続けなければ文字通り「世界中の誰から承認されない」という状態が常である俺のいる世界に女を放り込みたい

そのうえでフェミってみろ糞ども

2017-06-02

http://anond.hatelabo.jp/20170602211339

おいおい様々なマイノリティ弱者が克服するために不断努力を続けてきているというのに急に人類社会の発展を諦めるなよ

2017-05-24

vlxst1224氏の印象深いブコメ

個人的には↓

http://b.hatena.ne.jp/entry/299700997/comment/vlxst1224

良いブコメを書くためには不断なる変態の積み重ねが欠かせないんだなあと思った

http://anond.hatelabo.jp/20170524012536

アベナチス独裁国家でもまだかろうじて自由があるのは、はてな民をはじめとした正義の人たちの不断努力があってこそなのがネトウヨをはじめとした愚民はわかってねえんだよな。

2017-05-16

交通事故を減らすために、私達は小さい頃から信号を守るとか、左右を確認するとか自然と身につくまで聞かされ続けている。親から信号ルールを教わる。小学校では自転車の乗り方を教わる。場合によってはビデオを見せられたりする。町中に至るところに標語が掲げられ、交番には交通事故件数が掲示されている。

こうした交通事故を減らすための努力は、無駄になってはいないと思う。痴漢を減らすために次のようなことを行ってはどうか。

鉄道会社警察痴漢撲滅に向けて不断努力をしてほしい。でも、我々も被害者加害者か、ではなく電車乗客という当事者として向き合わないといけないと思う。

2017-05-14

追いつめられた帝国主義権力走狗集団階級的鉄槌を!

学友・人民諸君! かかる事情を踏まえれば、クリスマスを祝う輩が日帝権力利益に供するのみならず、

人民の分断をもたらす積極的反革命であり権力走狗集団であることは明白である

日帝権力収奪攻勢に直面してもなお、自らの心身の寒さの危機しか感じえずきわめてハレンチにも

クリスマスに過ごす相手がいない!」などと無様に絶叫しクリパ合コンに逃げ込むニセ「カップル」予備軍、

そして「楽しければそれでいいじゃん」などと広言しホテルに埋没してはばからないニセ「カップル」盲従集団・・・

かれらは闘いの裏切者でなくてなんだろうか。かれらと我々を隔てるのは「感性の違い」などではなく、与する階級の違いなのである

すべての学友・人民諸君! かかる日帝権力収奪攻勢を前にして、

しかし、社共はもとより一切の「左翼党派は反クリスマスの闘いをまったく放棄している。

そのような中、唯一クリスマス打倒の闘いを不断に推し進めているわが大連帯の役割は燦然と輝き、人民の期待はいよいよ高まっている。

すべての「左翼勢力闘争放棄人民の怒りで戦闘的に乗り越え、闘う大連帯への結集を勝ち取ろう!

今こそ激烈な赤色テロルを機軸とした我々の闘いの前にクリスマス迎合分子を戦慄せしめよ!

ベンチを奪取せよ!レストランを占拠せよ!ホテルを爆破せよ!

すべての闘う学友・人民諸君!階級的同志諸君!この闘争勝利せよ!

白色反革命=「Xマス」を内乱のXデーに転化せよ!武装し闘う大連万歳

2017-05-13

http://anond.hatelabo.jp/20170512235206

第十二条: この憲法国民保障する自由及び権利は、国民不断努力によって、これを保持しなければならない。

努力しない奴は憲法違反なんだよ。

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