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2020-06-06

ジャンプ(的作品)の王道鬼滅の刃について

思いついたことを書くだけ。

旧来のジャンプ少年漫画王道文法と呼ばれる要素の一つに、社会性のない獣のような主人公が成長して(ある程度は)人間的になっていくというものがある。ドラゴンボールスラムダンクキングダムとかチェンソーマンとか色々。約ネバもかな?

成長前の主人公がそういう風に書かれるのは、少なくとも文法成立の初期の頃は、子ども(クソガキ)のふるまいを誇張して描いていたからだと思う。

元はそういう子ども向けのコンテンツで、読者は主人公のふるまいや考え方に感情移入していた。

具体的な対象者は、まずは小学校低学年くらいの階級構造あやふやな時期の子ども全体。彼らの世界は上も下も決まってなくて、全員がわがままで、ボスザルになれる可能性を秘めている。

次に、小学校高学年くらいの、ボスザルに憧れることができるレベルの、ガキ大将文化圏強者群。ここでナードや賢しらぶった子ども(=ガキ大将文化圏における弱者)はふるい落とされる。

中学校以降となると階層構造はどんどん細分化されていって、真の意味感情移入できる人間はごく一部である

その頃には二次性徴とか諸々により価値基準が変わってきて、ガキ大将主人公感情移入できてる奴の方がやばいわけだが、それはここでは置いとく。

中学生以降になっても(むしろなったからこそ)そういうガキ大将主人公漫画を楽しめるのは、他人事フィクションとして楽しめるようになるからである。だから女子中学生ジャンプを楽しめるわけだ。

感情移入はいかないまでも、まぁ話は面白いしいいか、ってなものである

ところで、鬼滅関連の記事Twitter投稿か何かで見たのだが、今の小学生ジャンプを読まないそうである。何を読んでいるのかというと、コロコロとかだそうだ。ジャンプ中学生のお兄さんやお姉さんが読む雑誌らしい。

個々の能力にもよるだろうが、小学生くらいだと感情移入できないと物語を楽しめない子が多いだろう。(感情移入ほとんど無くとも物語を楽しめる小学生は、漫画雑誌など読まなくても他のフィクションを楽しめるのだ)

まり、今の小学生ジャンプ主人公感情移入できないのである

ジャンプ王道(やエロ)を楽しくありがたく読んでいるのは、中学生中年のお兄さんやおっさんなのであるしかし、彼らも感情移入して読んでいるわけではない。(そういう人間いるかもしれないが・・・

ちなみに、ナードと賢しらぶったガキと女の子、お姉さん、おばさんは、名探偵コナンを読んだ。基本は頭脳であるコナンアンチガキ大将な者たち(今やそちらの方が多数派である)を取り込んで覇権を取れたのだ。

また同時に、お姉さんやおばさん、爽やかな男子諸君スポーツをやる作品を好んだ。乱暴ではないが、パワーが正義であり、勝ち負け目標がはっきりさせやすい。そういえばコナンボールを蹴ることがある。

不幸なのはスポーツものが今どきのほとんどの人間にとってファンタジーであることだ。とりあえず野球やろうぜってな時代ではないので、真っ当なターゲット食指を伸ばさず、結果としてスポーツもの非公認ソフトBLとして扱われることになった。

ここで鬼滅である

炭治郎(主人公)は作中で関わった人物のほぼ全員から愛され慕われている。

主人公普通に頑張っていたらみんなにモテモテ、などというとまるでなろう小説のようだが、炭治郎は精神性も行動も実に真っ当であり、納得感があるのだ。

炭治郎は無知田舎者だが(そこが"王道でありながら"と言われる所以かもしれない)普通社会性はあって、道徳面では模範的とすら言える。人として備えているべき慈愛に満ち、努力家で、真面目ながら寛容。

彼は人間としてシンプルに魅力的で、そばにいてほしいタイプなのである

不思議なことに、フィクション特に少年漫画)において最初から人間として魅力的な主人公というのは中々いない。なぜか。

主人公はどこかしらに問題を抱えていて(社会常識がないとか非モテであるとか)、それを解消していくことが成長であると、文法によって決められたからだ。漫画ではなくとも、物語というのはそういうものである

良い映画主題は「自分は何者なのか」という問いかけに収束すると何かで読んだ。これは人々が普遍的に感じている(感情移入できる)哲学的命題であって、映画の中では様々なドラマを経て主人公なりに「自分は何者なのか」という答えを見いだす。

それに依ると、鬼滅にこの主題はほぼ存在しない。主人公の家に伝わる教えによる未知の能力というフックは途中に入るものの、その話題は全く重視されていない。

炭治郎は、そんな大げさな悩みを持ったりしない。「俺はこんなものだ」と割り切って「自分にできることを真面目にやろう」なんて考えている。目的は常に「妹を人間に戻すこと」という、哲学的でも何でも無い現実的な物でしかない。

インターネットの影響は大きい。宣伝だとかバズだとかの話ではなく、インターネットが人々に与えた影響だ。

今やネットによって全世界基準自分順位のようなもの何となく分かってしまうようになった。自分より強い奴は山ほどいて、社会に向かって怨嗟の声を垂れ流している情けない大人もいっぱいいる。

自分は何者なのか」が主題として機能しなくなってしまった。「俺はこんなものだ」と思わざるを得ない社会なのだ

の子ども達にとって、どうあがいても未来は暗いのだ。それがもう嫌と言うほど目に見える今の世界で、獣が人間になり大望を成し遂げるというフィクションファンタジーに過ぎるのである

一方で、目標に向かって自分ができるだけのことを精一杯やっている炭治郎の愚直さは真似できそうである。そして、作中ではその姿がひねくれた大人(柱)たちを無言のうちに説き伏せ、主人公応援する側にシフトチェンジさせる。

今の時代大人子どももみんな人間関係に疲れている。努力が報われ、ついでに周辺環境を居心地良く改善していく姿は誰にとっても魅力的に映るだろう。

慈愛に満ち、努力家で、真面目で、他者に寛容な人間というのは、既存作品では大体理不尽な目にあってきた。

それがモブであれば理不尽死ぬ役だし、ネームドであればトラウマを負って冷笑系とか陰のあるタイプになった。それらの作品主人公わがままであり、理不尽に負けない強い者であって、慈愛や寛容は弱さであった。

炭治郎は、物語最初最初理不尽な目にあって復讐を誓うわけだが、それでも慈愛と寛容、真面目さを失うことはなかった。むしろ、それしか持っていないと自分で言っている。

炭治郎の師匠たる鱗滝さんは、初見の炭治郎のことを評して「こいつは優しすぎてジャンプ主人公にはなれない」というようなことを言っている。(曲解ではないと思う)

その鱗滝さんの薫陶を受けた最も優秀な弟子であるところの錆兎は、炭治郎とは真逆で非常にマッチョジャンプ主人公思考である。「男なら死ぬ気でやれ!優しさな不要!」みたいな感じのことを言いながら急に殴りかかってくる。

炭治郎はその錆兎に努力の上で勝利して修行編は終わり、かくして時代に即した新タイプ主人公が生まれたのである

彼は修行の後の最初の試練で打ち潮(修行によって身につけた特殊な技)を繰り出し、「俺にもできた。修行無駄じゃなかった」と涙する。いい話である

アニメ派の人にはネタバレになって申し訳ないのだが、錆兎が死んだ理由他者を生かすためであった。古い主人公時空に生きる錆兎は、慈愛と優しさを持っていたが故に理不尽な死を遂げたネームキャラだったのである

鬼滅が女性人気を得たのもむべなるかな。

自分の子どもでも彼氏でも旦那でも父親でも、乱暴で直情的な猿よりも真面目で優しい男の方がいい。(比較である個人趣味は置いておく)

男は猿だった時代を楽しむこともできるわけだが(何なら郷愁を感じもする)、ほとんどの女の子は猿に迷惑をかけられたこしかないだろう。なお、一応言っておくとワイルド系とかオラオラ系と猿は違う存在である

旧来の主人公的な存在といえば、伊之助はまさにソレである。どうやって感情移入するんだと思うかもしれないが、たぶん昔の子どもは彼に感情移入できていたのだ。

実際、伊之助はサブキャラとして一つの人気を確立している。普遍的人間的成長のカタルシスを端々で見せるからであるほわほわ

ただし、伊之助には旧主人公的でないところもある。それは顔が良いことである

伊之助は全く以て迷惑嫌われ者の要素しかないキャラなのだが、顔の良さがギャップになるのか、女性人気が結構高い。実際、アニメの実況では14話で顔が出た瞬間に手のひらを返して興味を持ち始めた人を結構見かけた。

顔がいいだけの生意気なガキが、成長して徐々に素直になっていくのである。そりゃ人気もでる。

一方で、旧来の猿型主人公というのは特段美少年だったりはしない。たぶん、見た目は本質的な魅力ではないという思想があるんだろう。男はロマンチストなのである

炭治郎は今のネット時代に即して「自己を保ち、できることから愚直に始めなさい」と示した。そうすれば、今の自分なりに良いところまでいけるはずだし、周辺環境をよくできる(かもしれない)というわけだ。

元々時代に即しておらずいびつだった"王道"にメスを入れて見事解体して見せた鬼滅であるが、果たして続く作品は出てくるだろうか。

視野が広くなったが故に個人レベルではむしろ可能性が閉塞されたネット時代である。この時代に生きる子ども達に未来への希望を与える作品が現れれば良いと思う。

2020-06-05

anond:20200605154816

体験漫画書いてるような人は離婚してるのが多いと思う

最後に「離婚して幸せになった!」というカタルシスないと漫画売れないし

anond:20200604164755

鳥葬なつかしい。数年前にはてなブログチベット現地で鳥葬を見た人が大量に写真あげて印象に残ってる。

でもあれをみて美しいとは思ったけど、カタルシスはなかったな。だってすでに死んでる人の葬式だし。

久しぶりに探してみたけど、当時見た時よりもあっさりしてるな(でも普通に死体のってるから見るのは自己責任でね)

https://huixing.hatenadiary.org/entry/20091109/skyburial

それにさすがに俺も生きた人間ハゲタカに生きたまま食い殺されるのを見るのはキツイ

2020-06-04

書いたな!俺の前で!チェンソーマンの話を!

anond:20200603135913

まりはそういうことなんだが、チェンソーマン面白さとは、アンチカタルシスを極めたあの藤本タツキという作者の作品に、少年漫画エッセンスをこれでもかとぶち込んだその濃度だ。

漫画マニアなら作者の前作、ファイアパンチは知っているし、最低でも1話は読んだことがあるだろう。今ならジャン+で無料で1日1話やってるから、知らなかった一般人諸兄も気になるなら読める。1話目をとりあえず読んでくれ。復讐譚の導入としては、これ以上ないほどの1話目だと感じられると思う。これが合わないなら藤本タツキは合わない。それはしょうがない。

で、このファイアパンチだが、連載終了後もとにかく賛否否否両論ある漫画だ。とはいえ、否の方も「編集バケモノを持て余した」というタイプの否が多く、1話目の出来を疑う人は少ない。ではなぜここまで否が多いか簡単だ、徹底して読者の予想を裏切ることに特化したからだ。問題は、予想だけじゃなく期待すらも裏切ったことだ。

1話目を読んだ時点では、ファイアパンチはどう考えても「復讐譚」になる。復讐譚にしかならない。モンテ・クリスト伯や虎よ虎よの導入のように、如何にして復讐を遂げるか、を期待させ、復讐への葛藤を乗り越え、最後にどうやってカタルシスを感じさせるか、に焦点が行く。しかし、ファイアパンチは徹底してその予想、期待を裏切り続け、復讐ではなく「呪い「嘘」「演技」といった、ユングペルソナ論的な方向性に進んでいくのだ。あれだけ復讐の想いを奮い立たせる効果がある1話目の妹の言葉すらも、「その役割からそれっぽい言葉を言う」という演技からくるものではないか、というちゃぶ台の下の畳からひっくり返すレベルの話を平気で作ってくるのが藤本タツキだ。主人公復讐という目的から、アレコレあってブレてブレてブレまくって、という葛藤をも描いた作品だ。カタルシスなんてあったもんじゃない。全力で振り回される、ジェットコースターのような作品だ。観覧車に乗ったと思ったらてっぺんから急降下してなんかよくわからないけどコーヒーカップで目が回ってた、みたいな状態になる。徹底したアンチカタルシス解決しないことへのこだわりを感じさせる作品だ。

さて、ここまで前作の話だが、今作のチェンソーマンはどうだろうか。1話目は作者の妹(作者)のTwitterでも読めるし、ジャン+でも確か読めたはずだ。まず読んでくれ。1話読み切りだとすると完璧過ぎる1話だ。「普通を望みながら、誰もが今以上を望む」というテーマを書きながら、ちゃん伏線張って回収する、お手本のような1話目だ。さて、ここから本作がどうなっていくかだが、とにかく主人公であるデンジが直情的なのだ。俺の邪魔すんな、面倒みてくれる奴が好き、おっぱいもみたい。とにかく目的が、「自分感情」でブレない。ここが前作と比較したときの大きな差で、少年漫画とはこの確固たる「目的のブレなさ」が大きな魅力なのではないかナルトなら火影、ワンピースなら海賊王、チェンソーマンなら「普通生活である。カッコつきの「普通生活」が何かは読めば分かる。読め。デンジはその「普通生活」への憧れが本気で、徹底してる。馬鹿らしくても徹底してるんだよ。それも1話からだ。

そして藤本タツキ作品には、素晴らしい助演が居るのだ。ファイアパンチではトガタ、チェンソーマンならマキマさんだ。まて、石を投げるな。チェンソーマンならポチタだろうとか、パワーちゃんだろとか、アキくんと姫野の話とかコベニちゃんだとかコベニカーだろとかあると思うが、マキマさんだ。マキマさんが圧倒的にエロいんだ。直情的なデンジに、文脈エロさを教えるんだ、あのシーンでマキマさんに心を動かされなかった奴は居ないだろう。いいから読め。まだ既刊は7巻だ。今日7巻発売。一瞬だ。読め。合わないならしょうがないが。読め。マキマさんは怖くてエロいぞ。1話目のセリフも、素晴らしい前フリになってる。読め。

もう一つの魅力はセリフ回しだ。例えば、デンジが夢をバカにされた時のセリフ、「み~んな俺のやること馬鹿にしやがってよぉ、みんな偉い夢持ってて偉いなぁ!じゃあ夢バトルしようぜ夢バトル!お前が俺に負けたらお前の夢は俺の夢以下な!」だ。最高に頭が悪いバカデンジが、圧倒的なバカを本気で叫ぶ。読者も、そのバカを待ち望んでいる。予想は裏切っても期待は裏切らない、王道少年漫画だ。それでいて、前作のジェットコースター性は失っていない。圧倒的なスピード感と期待を裏切らないフルスイングバカ、これはジェットコースターではなくもはやテーマパークだ。

まだまだ魅力はあるぞ。マキマさん以外も素晴らしいキャラがたくさんいる。全員がブレない、生きたキャラだ。書ききれん。読め。キャラデザも最高だ。読め。全てを理解していけ。

チェンソーマンというテーマパークを楽しめるかは個人差がある、友達になりたくないならしょうがない。私だって高校文化祭が最高の思い出で率先して同窓会幹事をやるような奴とは友だちになれない。シラフディズニーランドを楽しめる奴とは友だちになれない。大学院研究室生活が365連勤のような状態で如何にクソだったかを語りつつ、研究室生活に戻りたいと思ってるような奴と友達になりたいと思ってる。そこはしょうがない。いいか、読め。1巻だけでいい、読んでくれ。

2020-06-02

anond:20200602061053

愛らしいひな鳥がじたばた動きながら最後には生気を失って捕食者についばまれて死んでいくシーンとかカタルシスを感じるよ。

2020-05-29

COCの「身内」ってやつの息苦しさ

かなり落ち着いて、思い返してもどうにもスッキリしてないからここで吐き出す

身内という集まりからじわじわ離れようと思う


見る人が見たら誰とわかってしまうかもしれないけれど、今回の件はすっぱり許すよ!というものではない

未だに相手ゲームをするという前提で話をすると動悸がすごい

周囲に迷惑をかける、間に入ってくれてる人に心配をかけるから黙って笑って許したことにしたけどそう簡単問題じゃない

からここで吐き出すことくらいは許してほしい

そして関係者の方々は余計な詮索はせず、GMとしての相手ほとほと愛想が尽きたんだな、ということで納得してほしい

相手と別の話題で会話することに関しては別にどうでもよろしい、あくまでもGMとしての相手が嫌)


簡単に言うのであれば一番大事にしていたPCフレーバー自殺判断された

1~2時間の突発卓というやつだった

前日に話が持ち上がり、いつもの緩いシナリオかな?と特に考えもせずに了承した

始まってわかったのだが、それは一般的に言うムナクソシナリオだった

その時点で(あー、やっちゃったなあ)という感じだった

持ってきたPCがムナクソ向きではなかったからだ、若干ネタキャラというか…そういう変な動きをするPCだった

それに自分カタルシスのないムナクソシナリオは好きではない(なので今までそういったシナリオと事前にわか場合は避けてきた)

それはまあい

一番悪いエンドにたどり着き、正直「やっと終わった…」というタイミングでロストを言い渡された

「あ、こういう人だったんだな」ってのが一番によぎった

エンドに付随したロストなら納得していたと思う

…いや、ロスト率低いって言われてたからゴネたかもしれないか

ともかく、シナリオでのロストではなくGM判断でのロストだった

考えを変えてもらえるように懇願したが駄目だった

「あー、このエンドに行くかもと思った」と言われたときにも何故?と思ったけれど、そのあとの自殺という処理は耐えられなかった

すぐ通話を切ったが、観戦の人曰くその後相手は泣いていたそうだ


意味が分からない


「ころしちゃった><ぴえん」なの?

こっちがどんだけ解決案出したよ?

被害者こっちなんだよ。なんで泣いてんの?

話し合いの場で理由を聞けば「これは別のことで泣いてて」と言われる

あなた、気の使い方間違ってますよー!

そんなこと言われても「なんじゃこいつ」ってなるだけだよ


一時はCoCから足を洗おうとおもったが、原因このGMなんだから

この人以外の卓なら問題ないのでは?と初対面の人に卓を回してもらう方へシフトチェンジしている


その人とは連日タイマンで卓を囲むくらいの仲だった

ももう二度と同卓しない、正確にはできない

おなじ卓にいるってだけでげろ吐きそうだもん、無理無理!

「仲がいいからこそ厳しくしなくちゃと思った」

とか初手のDMで送られてきてて失笑したわ

でも殺した理由は「このPCをよく知っていたから」なんですよ奥さん

なんだなんだ、親しさの悪いとこ取りか?お買い得ですね!

GMとして仲良くなるほどこういうことされるんなら疎遠でいいです申し訳ないけど


から距離を置きます別にその人以外のGMとかPLがどうとかじゃない

その人のGMとしてのやり方が嫌!無理!今後もそんなことされたらたまんねえ!ってだけ

仲いいふりして背後から刺されるような真似されるのゴメンだわ!ってだけ


その前後私生活でいろいろあったそうだ

…で?だから私のPC殺したの?

その話聞いたところで「いいね!わたしPC殺してすっきりした!?ならよかった!」ってなるか?ならねえだろ?

卓に私情を持ち込むなよ

GM向いてないよ

精神的に乱れてるなら延期でいいじゃん

しらねえよ、察せるかよ、それとも私的なごたごた察せなかったこっちが悪いの?の?


今日別の卓の話になった

個別チャットで「自分GMして大丈夫?」とか聞いてくる

し ま せ ん


時間がたったらいつかまた三人で遊ぼうね」と仲裁に入ってくれた人は言ってくれたが

そもそもがあっちのゲーム運びの問題なのです なのです!

2020-05-26

スパイファミリー読んだ感想

この物語の最大の見せ場になるのが、家族がお互いの秘密を知ることになるのかってところだろう

結論から言うと、おそらく三人はお互いに秘密を知ることになると思う

アーニャはもう父と母の秘密に気付いているが、これは子供からOKなんだろうな

最近機能不全家庭とか、毒親かい言葉流行ってるが、

その流行の裏側には、完璧な家庭への夢があるわけで、

完璧な家庭があれば、自分ももっと完璧人間だったのに。という

レディへクリープみたいな願望が人口に広く膾炙しているんだろう

スパイファミリーはどう考えても、読者の夢や願望を壊さない、慰撫するための漫画なので、

読者が最大限カタルシスを得られるような結末を持ってくるに決まっているので、

家族はお互いに秘密を知る。秘密を知った上でお互いを認め合って本当の家族になる。という結末以外あり得ないだろうなと思った。

2020-05-20

作品内の事象倫理的是非が明らかにされている

まあわかるんだけど、「作中で明らかにされていない」からって「メタ的に明らか」な作品曲解して叩くなと思う時はある。

主人公が悪役であり、何の罰も受けることなくのうのうと生き残り、「悪徳の栄え」が描かれるサイコホラー作品みたいなものもある。

あるいは例えば「悪人」を「ボコボコに殴って解決!」というのも現実には「悪」だが、それ自体が「現実にはできない許されないからこそ求められるカタルシス」でもあり、決して私刑肯定しているわけでもなかろう。

最近話題の「連ちゃんパパ」を読んで「犯罪を美化している!」と批判する人も、少年誌のバトル漫画を「私刑肯定している!」と批判する人もいないだろうが、性表現など別の文脈になると途端に脳がバグる人はしばしば見かける。それには、「性の正しいあり方」なるもの根底にあり、そこからはみ出たセクシャリティ排除しようとしている、以外の説明ができるのだろうか?

2020-05-19

同居人はひざ、時々、頭のうえ。見終わった。

猫がもたらすカタルシス

猫は人間のことを「大きい猫」だと思っているそうだが、

「いちいちこちらの考えていることを声に出さないと通じない(出しても通じない)愚鈍な猫だなあ」とも思っているだろう。

デカイだけでトロイし」とも。

ごはんを寄越すデカイ猫。それが人間

そんな良いもんじゃないですよ。

たまに、びょういんに連行する迷惑デカイ猫ですからね。

臭い泡とお湯をぶっ掛けてきたりするしね。

2020-05-17

大泉学園駅から新宿駅まで徒歩

所要時間 約5時間

距離 約14km以上

元々は前回同様池袋駅まで歩こうとしていた。

しかし家を出るときスマホを忘れた。

まあ一度歩いたことがあるから

なんとなく歩けば辿り着くだろうと楽観的に歩きはじめた。

このあとグーグルマップの偉大さを痛感することになるのだが。

歩き進めるにつれて無限に続く住宅街という名の迷宮にどんどんと呑み込まれ道を見失う。

気づけば西東京市に向かって逆走し石神井団地早稲田大学ゴルフ部あたりなどを迷い歩いていた。

新青梅街道という道にでてようやく東へと向かいはじめることができた。

このあたりで予定より大分南側を歩いていることに気づき折角なので新宿駅に向かうことにした。

余談だが、東京の街なかを長距離歩いていると至るところで東京流通センターという店を見かける。

看板や外装が目につくというのもあるが。

おそらくは東京の靴の流通を一手に担う企業だ。

もし東京流通センターが倒産したならば、東京の靴の流通が止まり東京の人たちは皆裸足で生活することになってしまうのだろう。きわめて責任のある事業だ。

そんなことを考えながら歩いていた。

コロナの影響でトイレを閉じているコンビニも多い。

途中で猛烈な便意におそわれて便所を求めさまようことになった。

スリリング体験だ。

西武新宿線を道しるべに並歩していたのだが、幸いにも哲学公園という名の公園便所で用を足すことができた。

この日一便の、いや一番の安堵感、カタルシスである

やがて明治通りという大通りに出た。

この明治大通りの一方を行けば池袋、もう片方を行けば新宿渋谷につけるらしい。

池袋にしても良かったが、折角なのでもう少し距離のかかる新宿に行くことにした。

明治大通りを歩いて大久保通りというところでまた方向を見失いしばらく迷う。

所々にある街路図を参考になんとか新宿駅まで辿り着けた。

帰りは電車帰宅

19時台だったが緊急事態宣言も終わらず、日曜日ということもありわりと空いていた。

しづつあの辺りの地理をつかめてきた気がする。

お前たちが望むのは「公開処刑」だろう?

そう、革命時代フランスみたく、広場死刑執行して対象死ぬ様を公開するという

だってそうじゃないか、お前たちは二言目には「死ね」「自殺するべき」で、いつもその暴力的正義感同調圧力をぶつけたがる相手を探す

その結果がネットストーキングネットリンチだ、お題目は「コイツは悪いやつだから死ぬまで痛めつけていい」でな

前科持ちの過去を探って晒し上げるし、犯罪者の血を引く人間晒し上げる、そしていじめ

まり、お前たちは合法的に人を殺したり死ぬ様を見たいということ

なら、死刑執行全国ネットで流すのがお望みだろう、お前らのカタルシスが得られるように、絞首刑以外の処刑方法も加えてな

罪人が死ぬ様を見たら股間正義棒がいきり立ったり、正義穴がグチョグチョに濡れて達しちゃうんだろ?お前らは正義ポルノオナニーしてるような存在から




俺は違うとか言うなよ?

2020-05-16

若おかみは小学生!」見た

正直、陳腐な内容だな、と思った。

公開当初はすごい絶賛されてたけど、ストーリーも展開も意外性がないし、児童小説だとよくある説教くさい内容だな、と。

て思ってたんだけど、なんかひっかかりがあるのでちょっと考えてた。

それで思い付いたのは、「赦し」をテーマにした作品は数あれど、その「赦し」の対象特に善人ではない、というのはすこし珍しいかもな、と。

割とこの手の作品は、「赦せない」相手が善人で、価値観を揺さぶられて「赦し」に転じるものが多い気がするんだけど(浅学なもんで咄嗟に例が出てこないが)、『若おかみ』は相手善悪関係なく、職業意識(つまり自分の誇りとかアイデンティティーとして?)で「赦し」に至るのは、あんまりたことないかもしれない。

悪人でも「赦す」。まさしく、「誰でも受け入れる」というのは、よくあるテーマの、「善人だから赦す」(相手悪人なら断罪してもいいのか?)「敵にも善人がいる」(悪人の敵はどう扱うのか?)とかをふんわりとアンチテーゼしているみたいですこし面白い

ところで、この「誰でも赦す」というテーマ作品が、この現代の、「嫌いな奴は骨まで燃やす」「すこしでも落ち度を見つけるとよってたかって叩きのめす」という社会で絶賛されたというのがまた面白い

というのも、主人公のおっこは、(まるで現代サービス業従事者のように)面倒な客に振り回され、屈辱を飲んで堪え忍び、その上で(決して善人ではない)両親の仇を「赦す」わけで、その壮絶さに我々はカタルシスを覚えるわけである

それは一種メサイアコンプレックスのようなもので、自分を傷つけることで他者を救うという妄想は大変な快楽なわけだ。(正確には赦しているのはおっこだけで、私達はなにもしていないのだが、我々は主人公感情移入しているので)

その敵を「赦す」ことの快楽は、敵を「叩きのめす」快楽に、根元の部分では繋がっているように見えるので、なんとなくそういう現代人のコンプレックスとかを感じられて面白いなと思った。

2020-05-13

anond:20200511135415

ちょっと違う

ブームが起きたんだけど文化に出来なかったのではなくて、文化になったので潰されたのだ

エロゲ業界は、NEC-PC98の時代から、それなりのニーズを受けて市場が構築された

CD-ROM一般化、Windowsの登場など、様々な変化を乗り越えている

一番大きい変化は、泣きゲーブーム

ノベル形式誕生により、ゲーム性を置き去りにすることが出来た

可愛い子が悲惨な背景を背負い、それを共に乗り越えることで、感動を得る

ときには対象の死すら利用して、感動を得ることが売りになった

そうして、泣きゲーサブカルに認められ、文化になってみると

「泣けない」という理由で、エロゲ否定されるようになった

膨大なテキスト要求され、ともに笑い、ともに泣き、エンディングを迎える

この時期には様々なギャルゲコンシューマで発売されたが

それらも大筋この流れからは脱却していない

古来から売られるエロゲは別のもの抜きゲー」などと呼ばれ区別されるようになる

そうしたゲームは「姫騎士アンジェリカ」とか「レイプレイ」とか「ぬきたし」のように脈々と受け継がれるのだが

一度荒らされた市場で、本来王道のはずのそれらは、なぜか邪道の扱いを受ける


そもそも物語類型などたかが知れる

キャラクターもそうだ

から、いわゆる泣きゲーを作ろうと思うと、パズルになってしま

日常はこう、困難はこう、解決はこう、カタルシスはここに

の子は、ドジとロリと妙な語尾でいこう

消費し続けるにも限界がある

から、3年で消費者は入れ替わるなんて言われたが

過去の名作は、厳然と名作なままなのである

新規独自性模索し、キワモノになっていく

文化が育たなかったかエロゲが衰退したのではない

誤った文化が育ったため、衰退するよりなかったのである

対魔忍アサギなら、同じようなことを10回繰り返しても、人は買ってくれるのだ

けど、Kanonはそうは行かない

AIRをやって、CLANNADをやって、もう満腹だろ?

だって目的エロじゃないんだもの

目的は、少女と織りなす「感動」の消費で、エロと違ってそれを供給し続けるのは難しい


エロゲ業界は、ブームに踊って自殺したんだよ

2020-05-12

安倍が強いんじゃなくて他が弱過ぎるんだよな

から普通に政治出来る野党が出てきさえすれば、次の選挙ですぐ政権交代出来る

本当、今のアベガ左翼ってアベへの罵詈雑言がある種のカタルシスになってて、それがやめられないんだろうな

絶対脳内快楽物質とか興奮作用のあるなんか出まくりだと思う

そういう奴らがのさばらなくなって、みんなが自民の対抗勢力作ろうとなったところがスタートラインだよな

んで、いつになりそう?(笑)

2020-05-11

anond:20200511121748

昨今非対称性フォーカスした対戦ゲーム流行っているので、プロレスにも取り入れたのでは?

非対称性や大きなディスアドバンテージを跳ね返すのはかなりのカタルシスを伴うので、興行的にも一考の価値があるように思える。

2020-05-10

物語絶望だと気付いてしまった

みんな「強い主人公」って大好きだよね。自分も大好きだった。

SAOとか東京喰種とか、ゼロ魔とかブリーチとか、とあるシリーズかいろいろ。

でも大人になって、今はやってるなろう小説見ても面白くないんだよね。

多分似たような物だから、昔の自分が見たらハマったと思うんだ。

でも今はハマらない。どうしてだろうかと考えた。

結局、「オタク批判」とかで昔から言われていた事が正しいんだと思う。

自分は昔は社会を知らなかった。そして自分自分の事を知らなかった。

子供特有の、「何もしてないから」こその無限可能性。若さゆえの全能感。それを持っていたからこそ、「最高主人公」に感情移入できた。

その自分の幼稚さに気付くヒントは、最高主人公作品の中にいくつもあったけれど、当時は気付かなかった。

でも今は知っている。受験必死に頑張った。サークルで頑張って恋愛しようとした。文化祭も力を入れた。イラストレーターになる為に頑張った。

全部失敗した。自分は、「実はすごい」でも「最強」でもない。頑張っても、強くなろうとしてもなれない。覚醒もしない。

血と汗にまみれて、怠惰自分に向き合って、やっと小さな成果、それもすぐ吹き飛ばされるような物が見えるだけ。そこにはカタルシスも何も存在しない。

追放もの』にハマる人なんかは、まだ救いがある。まだ自分可能性を信じているからだ。

でもそんな気力さえ残ってない。

そんな自分でも好きになれるような物語を探してみたけれど、見つからなかった。

オタク批判していた人の読んでいたような、「大人の本」を見てみようとした。恋愛推理、愛、戦争社会……

結局そこには、形を変えた「実は凄い」「最強」があるだけだった。

読者の無知につけ込んだ物語自分可能性があると信じている人の為の物語ばかりだ。

自分には恋愛小説みたいなものが出来ないと気付いたら、次は戦争作品を見る、そして社会派に行き、推理に行き……

そうした無機質で無意味ループを一生繰り返して、最後死ぬのだ。

ならば、どういう物語が良いのだろう。

何をしても失敗で、希望が見えず、実強いとかなくて、普通に弱くて、惨めな存在。そんな存在が、何もせず失い続ける物語

そんなもの誰が見るだろうか。そんなもの面白くないだろう。

そう考えた所で、それは自分自身の人生だという事に気付いてしまった。

2020-04-28

ワンピースの空島篇って実はめっちゃよくない?

回想の入れ方とかラストカタルシスがすごくて読むたび泣いてしま

これがもう15年以上経ってるとかうそやろ!?って感じなんだが・・・どこまで続くんだろうね

2020-04-27

anond:20200427075612

上級国民が死んだことにカタルシスを覚えた民衆がいなかったとはとても思えない

2020-04-13

これから不正受給が横行するという話

コロナ補償として色々な制度があるが、これは100%不正受給が爆発的に増えると断言する

補償だ、補償だ、と声高に叫んでる連中の心の底には「自分被害者だ」という意識がこびりついてる

からこそ「安部」というわかりやすシンボルを何も考えず叩くし、犯罪不正に躊躇なく手を染めることができる

だって自分は「かわいそうな被害者」だから

被害者から他人の物を奪う権利がある

ましてそれが憎い「安部からならなおさらだ

不正受給をすることにカタルシスを感じるし

不正受給をした人を褒めたたえる人すらでてくるだろう

憎い「安部から金を奪い取った!よくやった!という具合だ

かくして本当に困窮した人たちに金がいきわたらず

貧しい人々の中で小さなパイの奪い合いが始まる

もう一度断言する、コロナ補償金は不正受給が爆発的に増える

2020-03-21

anond:20200321130131

でもそんなサスペンスフルな展開の多い漫画なんてたくさんあるだろ

ワンピースとかも考察される要素があるし

かと言って全ての漫画ワンピースほど売れるわけじゃない

あとワニが死ななかったら結局作品としてのカタルシス弱いしSNS性質状大荒れするしな

2020-03-10

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1479016

これの前半が長い、いらん

と言ってるやつはカタルシスがわかってない

2020-03-05

カップルがミッドサマーを観に行った話

最近Twitterでやたら見掛ける映画がありますね、そう、ミッドサマーです。

カップルが観ると死ぬ」「観て別れたらセラピー保証して貰える」など、カップルで観るなランキング2020の1位を独走中の映画ということで、観に行くことにしました、カップルで。

とは言え監督も「固い絆があれば大丈夫だよ!」と言っているみたいですし、これで観た後に破局となったらと思うと興奮しますね。ちなみに両者共にアリ・アスター監督作品初見です。

と言うわけで、カップルでミッドサマーを観に行った感想文です。知識が無いので有用で目新しい考察とかは全く無いです。

このご時世ですが国内旅行を嗜んでいる中、ミッドサマー鑑賞会を決行しました。ロケーションは某県市内、上映している中で一番行きやす映画館を探してみるとミッドサマーともう一種しかやっていないという中々に硬派な劇場経営大丈夫?)でした。

上映後即入れ替え制でしたが、観覧後らしい女子大生が得意げなドヤ顔で「えーこれくらいのグロ余裕だよぉ」「ヘレディタリーもっと凄いよ〜笑」みたいに語っていた為、この映画はひょっとすると『そういう』層ばかりが観ているのではないか不安になりました。勿論、鏡の中の私もその一人だからです。

ですが昔の人は言いました、人の振り見て我が振り直せ、そんな訳で襟を正して場内へ。

私は映画館に行ったらポップコーンを頼むのは様式美映画館に対して表するべき敬意であると常日頃から考えているクソデブですのでポップコーンを購入。二種類あったので当然二種類頼みます。ミッドサマーは上映時間が2時間を超えるらしいので、お茶コーヒーの類を頼み膀胱への刺激は最小限に抑えます

さて、開始早々にメンヘラ不穏メンヘラ不穏不穏メンヘラヘラヘラ不穏みたいな流れに困惑しかしこれはきっと明るく楽しい狂気下地なのでしょう。分かれる寸前のカップルか?(そうです)みたいなカップル不和を堪能し、こういうのがじわじわ来るカップルもこの中に居るのかなぁって思ったらなんだかとってもドキドキしちゃいましたね。

随所にグロテスクな映像ホラー的な表現はあるものの、概ね「まぁそうなるよね」と予想のつく流れが多い。なのでこう、ビックリしてドーンがバーンでギャーみたいな感じはない。そういう面で言えばドッキリ系ホラーが苦手な人でも安心して観れるんじゃないでしょうか。

から公式解説ページを読んでみたのですが、「あーやっぱりそうかぁ」もあれば「ホァ!?」ってなった部分もあったので、全体の雰囲気に流されて細かい狂気を見逃したり、一瞬の狂気をきちんと理解できていなかったりする部分があるんだろうなぁと思いました。

個人的に血の鷹は後からヒョェって感じです。ただ、なんで彼がそんな拷問のような仕打ちを受ける役回りになったんでしょうね?立ちション白人がやられるならわかるんですけど。細かく描かれていないだけで、儀式的な必然性があるんですかね。

あと結構セックスが云々って話題になってたので、もっとセックスシーンがエグいと思ってた、予想してたのは「あの緑の傘みたいなのは子宮メタファーであの木の下で大乱交素ファック(ゴム無しの意)ブラザーズ(穴兄弟の意)」とかだったんですけど。

本当に申し訳ないと思っていますミッドガル花屋の登場シーンみたいだなって思いました。

さてラスト差し掛かって、熊が炎上するじゃないですか。そこで「あーあの子せっかく種貰ったんに15分でパパ居なくなっちゃうんだなぁ」って思っていたのですけれど。これ、そもそも違うんですよね。異邦人ホルガコミュニティの一員ではないんだから父親ではない、アメリカからやって来たデリバリー精子しかないと気付いたのは半日位経った後でした。

この感覚の違い、普段うんこちんちん面白おかしく生きているつもりになっている自分いかに平凡な一般人であるかを思い知らされる大変に良い経験だったなぁと思います。この映画の色んな部分に「?」を感じている時点で私もあなたホルガの民ではないってことなのでしょう。安心ですね。

普段から物語に(特にホラーに)触れている人間なら絶対に「最後にこの女は死ぬな」って予想すると思うんですよ。スタッフロールの後、この黒い画面が転換したら次はこいつだろうなと、でもそんなものは無くて、ミッドサマーはここで終わる。

観賞後に「最後絶対死ぬと思ったのに」「ねー」なんてやり取りをしていたけれど、そりゃ死ぬわけないんですよね。

ミッドサマーちょっとグロ理解不能な演出が多いだけで、きっとホラー映画サスペンス映画じゃないんですもん。

老人も異邦人も村人も死んだ、けれどそれは必然で、必要から死んだっていうだけなんですよね。死んだ、殺した、そういう観点ですら無いんでしょう。だからダニーは死なないんだなぁって、それが凄くこの映画らしい終わり方だなぁって思いました。

私はミッドサマーホラー演出が多いだけでホラー映画ではないとはっきりと言い切りたい、ちょっとトラウマを刺激する可能性があったり観ている人間不安定にさせたり不快にさせたりグロテスクな表現があったり理解が難しかったりするだけの、ホルガドキュメンタリーなのでは?って感じ。

映像は物凄く綺麗で、狂気は往々にして美しいものだよなぁとひしひしと感じました。

ところでペレの親が炎に巻かれて死んだって言うのはかつて供物に捧げられたってことですかね?って思ったけどこの祝祭90年に1度しかやらないんでしたっけ。この点と点を結ぶ発想も一般的思考だなぁと感じます

深読みして考察して理解しようとするのもまた、意味の分からないものに飲み込まれないようにするための防衛方法なんでしょうね。

解放カタルシスハッピーエンド、というのは本当にその通りだと思います

最終的に二人で感想を分かち合った所、「いや流石にクリスチャン可哀想では……?」で意見が一致したので、どうやら我々はミッドサマーのせいでは別れずに済みそうです。鑑賞日が29日で肉の日だったこともあり、この後二人でホルモン焼肉に行きました。完全な悪ノリですね、美味しかったです。

さて、メンヘラ女とはなる早で別れろ、というのが総まとめの映画でした。

なんなら皆が死んだのは一年前の時点で別れておかなかったクリスチャンのせいとすら思います。この映画の隠されたメッセージは「やるべきことを先延ばしにし続けると取り返しのつかないことになるぞ」ではないでょうか?いやぁグズには刺さるメッセージですね。だからインターネットランドも含めて爆発的に流行ったのかもしれないですね!

瞬間最大恐怖で言うと、CATSの方が怖かったです。

おわり

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