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はてなキーワード: 世界史とは

2019-01-16

英のEU離脱について、もう10年ぐらい前に高校世界史教師が英はいずれEU離脱するだろう、って言ってたの今更ながら面白いよなあ。たしかEUシステム的に無理があるとこあるし、ユーロを使ってないか比較的抜けるのも容易だからと。EU崩壊するなら英からだろうなあみたいな。うろ覚え

世界史高校時代ぼんやりやっただけで、決して詳しくはないんだけど、それでも歴史は繰り返してるんだなあと分かるから楽しいよね。また暇があれば勉強しなおしたいなあ

2019-01-13

東大世界史第一問 大論述問題残酷

 歴史上、一度として、女のための問題を作ったことがない。灘や開成などのキチガイじゃないと書けないのは

定着している見解。全国の99%の大学世界史問題は、アンポンタンでも正解できるように工夫している。

暗記してれば書けるから。それに引き換え、東大世界史論述は、一定して世界史キチガイじゃないと書けないもの

女性から極めて不人気。特に2018年度の問題は、一番つまらないもので、もう世界史関係ないレベルだった。

実態上、解けている人はいないのではないか。昔から東大模試世界史論述の採点は極めて残酷で、特に日本史

残酷さは一貫しており、頭がイカレてないと答案書けないから、極めて人気がない。

慶応早稲田世界史日本史問題は、女の腐ったような知識オタク向けなのに比較すると、東大歴史問題

ほんと、男のための問題。そういう意味で、東大は、歴史上一貫してきもいし、それなのに東大が魅力がある理由はなんなのか。

試験問題としては、どうみても、慶応早稲田問題の方が刺激的だ。特に慶応英語問題は、英語オタクでないと解けないとして

極めてロマンチック日本人を刺激する。これに対し、東大入試は、一貫して古典的だ。日本人から一番敬遠される問題

にもかかわらず、東大は、採点を闇に葬ることで、必ずしも正答しない者でも、受からせてきた経緯がある。つまりは、滅茶苦茶

ということだ。東大京大慶応早稲田以外の大学入試問題は、ゴミだ。定期試験レベルで、暗記すれば入れるからアンポンタン

でも解答できる。しかし、東大京大早慶レベルになると、かなり狂わないと入れないし、特に東大高得点で入るには、灘や開成

などガチもんの危険学校出身者でないと、高得点で入るのは難しい。

2002年の東京大学二次世界史問題が超絶ぐろかったの語られなさ過ぎて笑える

 99年から2018年にかけて、東大世界史では、概ね、難問奇問は出さないというスタンスだったんだけど

2002年だけ、死ぬほどエグイ難問が出たのに、ラサールや灘の世界史キチガイが、俺は解けたぜーとか言って

女勢は、あのくそえぐい問題驚愕して発狂した事実は闇に葬られている

東大反省したのか、2003年は、記述が一切ない女に優しい試験になった。2002年は本当にきもかった

灘や開成世界史やってるキチガイじゃないと解けない内容で、女からすると、試験問題開いた瞬間、

なんぞこれ、というものだったからな

センター試験wwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

 1988年開始ってのが、またやばい。ちょうど、国家が死んだ年じゃねえか。

この試験、人気出たこあんの?あん意味からないのに続いててきもいし、この試験作るためだけに

目黒区ビルあんのもまじできもい。当初はあまりクソゲー国民申し訳いから、試験自体

男が作ってるけど、世界史とかは、リード文読まなくても女子供でも解けるようにしてあったけど、

から国語数学が鬼で、キチガイじゃないと満点取れない内容だし、逆に英語女子供でも200点取れる。

理科公民はクソ。何のためにあるのか分からないクソ試験きもい

2019-01-12

anond:20190112190817

ロリコンとの性交絶対不幸」というのも既存価値観ベースに過ぎないとなぜ分からないのかね?

世界史上には現代では考えられない低年齢の事例がごろごろしてるし、地域によっては未だにある。それをまとめて切り捨ててる自覚はあるか?

2019-01-04

大学 3年次編入試験の思い出

anond:20190102063518

anond:20190102174908

anond:20190103131014

高校時代

同じく地方出身者はなんとなくわかると思うんだが、高校は「地元では自慢できる」レベルのとこに通っていた。

県下一、というわけでもないけど、地元で一目置かれるようなそんなところ。東大学者を毎年1名出したり出さなかったりするような。

自分はというと文化系運動系狭間みたいな部活にがっつりのめり込みつつ、子供の頃から親の影響で続けていたとある楽器寺社仏閣が好きな、自他ともに認める「変わった子」であった。学力でいえば中学までは特に勉強しなくてもまあまあいい成績が取れる、中途半端に器用な子だった。

親は勉強については大してうるさくなかったが(むしろ楽器練習をしない方が厳しく怒られたし、数学10/100点をマークしようが音楽の成績が満点じゃない方が嫌な顔をされた)、お金には厳しく、「大学は国公立しかさない」と宣言されており、真に受けた私は私立すべり止めも一切受けなかった。だが高校3年間を部活に捧げた、数学テストで毎回赤点叩き出すような人間にそのルートは厳しかった。見事に滑りおち、進学先を失った。進学校に通っておきながらこの体たらく

これから1年浪人するしかない、と思ってふさぎ込んでいたが、そこで偶然にも某専門学校の「大学編入コース」なるものを知る。専門に2年通った後、大学へ3年次編入するというコースだ。ははぁ、よくできてるなあ、と思いながらも学校担任と両親に相談し、その専門学校へ進むこととなった。

専門に入る

正直入試はあってないようなものなので割愛する。学力レベルからペーパーテスト免除され、英語面接だけだった。まあまあ緊張したが絶対かると半ば解っていたので強気でいった。ちなみに高校時代苦手にしていた教科は数学英語だ。瞬間的な暗記力となんとなくで世界史及び国語高得点を叩き出す完全なる文系である。妙にコアな知識を植え付けてくれたラノベ推理小説たちとヘタリアには今も感謝してる。日本史文化史だけ異様にできた。

学校生活

身バレが怖いので色々伏せるが、駅チカでこぎれいなビルキャンパスだった。キャンパスと言っていいのか?

専門学校内での大きな学科のくくりとしては「英語学科」に属することになり、その中で「英語を使った仕事に就きたい人のコース翻訳通訳など)」と「海外大学に行きたい人のコース」、あと「大学編入したい人のコース」に分かれる。

なんで大学編入英語学科に属するかというと、ほとんどの大学編入試験の科目が「英語」「小論文」「面接」のみだからである。(学科によっては専門科目の試験がある場合もある)

授業は9割は英語の授業だった。ネイティブ講師日本人講師もいたが、とにかく英語リーディングリスニングライティングスピーキングの授業がそれぞれあり、それ以外に大学編入のための英語試験対策授業がある。少人数にこだわってて、基本の4つの授業はそれぞれTOEIC学内試験の結果から5段階にレベル分けされていた。私は入学時のペーパーテスト免除しか学費も一部免除特待生扱いで入学したので、「は~やっぱこの程度か専門」とか思っていたが、最初TOEICテストで300点台叩き出して5レベルあるクラスの下から2番目に入れられる。「出身校」の学力が高かっただけで「私」の学力はクソだった。ただ真面目に授業を受けていればクラスはすぐに上にあがり、最後は一番上のクラス所属していた。この基本の4つの授業は大学編入以外のコースの人もいた。

残りの1割は資格の授業(英検、ワー検、秘書検、漢検など好きなもの選択できる)の他、第二外国語小論文対策PC(というかOffice)など……まあ大学1年生の一般教養と似たような感じだろうか。選択教養の授業もあったが種類は2,3種類しかない。しかも大して面白くない。

大学1年生と違うのは、自分で授業を選ぶ幅がとても狭いところ。というのも学年によってどの授業を受けるか、カリキュラムが既に綿密に組まれており、「朝ゆっくりしたいから1コマくそ~」というのは全くできない。選択授業も「とってもとらなくてもいいよ」ではなく「この中からどれか選べ」という選択。なので学期はじめにコース人間全員集められてHRみたいなことをして、時間割を配られたりしていた。

学生

上記の通り様々なコース人間が入り混じって授業を受けていたので、通っている人は本当にいろんな人がいた。アンタこんなしょぼい専門いていいの!?っていうような頭のいい人から、クソほど簡単テストを「難しくてヤバかった~」という人まで、本当に様々。Lv.2→Lv.5まで駆け上がるといろんな人と話した。超絶パリピ野郎もいたし、内気で根暗で今にも引きこもりになりそうな人もいた。

同じ大学編入を目指すコースの中だと、まあまあ頭いいけど大学入試では一歩及ばなかった、みたいな人がほとんど。大体がプライド高くてそれを一度へし折られてしまった人、という印象。(私もだけどさ)すべり止め私大に受かってたけど行きたくなくてこっちを選んだ、という人もいるにはいた。あとは行ってた大学が嫌になってやめて再チャレンジしたいとか……。比較的頭のいい人は多かったけど、それでもやっぱ学力でいうと「まあまあできる」か「いまいちできない」のどちらかだった気がする。コース内で一緒に行動していた友達は国公立に受かっていった人から最後最後どうにか推薦で滑り込めた人までいた。

コース人間の数は結構多かった。高校の一クラスくらい……?もっと少ないと思って入学したので意外だった。やっぱり学力レベルでつるむグループが分かれる。男女比は男子の方が圧倒的に多かった。3分の2くらい。でも学年全体で見ると女子の方が多かった気がする。

あと意外といろんな地方から集まってた。やっぱり学校周辺の人が多いのだけど、隣県や新幹線帰省するくらい離れている土地から来る人もいた。私はかろうじて同じ県ではあるが学校までは通学に2時間かけていて、隣県出身学校近くに一人暮らししている友達がうらやましかった。

学費

高い。私大に2年行くとのかわらん。でも高校時代まあまあ成績取れてたら学費免除簡単に取れる。(模試の点数とかセンターの点数を基準学費免除とかしてくれる学校もあると聞く)

本来公立しか行かせてくれなかったはずの両親があっさり行かせてくれたので、絶対学費無駄にすまいと2年間は真面目に必死に授業や資格取得に打ち込んだ。その後まあまあ就活に有利そうな資格とかちょいちょい取れたので、短大とか他の私大行って仮面浪人するよかよかったなあ、と思った。けどその辺って結局当人努力次第なので、学校の授業の時間を使って資格取得や受験対策に打ち込める環境お金払ったと思っている。払ってくれたのは親だが。でも無利子の奨学金も2年次から勝ち取って少し貢献できた。と思いたい。今返済しんどいけど。

編入試験を受ける

編入試験

1年間みっちり英語を叩き込まれたあと、2年生からいよいよ編入試験が始まる。

3年次編入試験は多くの大学がやっているが、大学によって受けられる条件は様々。私が行きたかった大学は他の4大からの受入のみで、専門卒は受け付けていなかったので諦めた。(でもそういう学校の方が少ない印象)

編入試験の日程は学校によってかなりばらつきがある。早いところだと6月くらいで、遅いところだと2月くらい?私は全部で3つ受けたが、ひとつ8月で、残りのふたつは12月だった。やっぱ秋~冬にかけてが多い。

面接練習なども授業でしながら、それぞれの試験日に向けて準備を重ねていく。8月試験を受けたところが第一志望にして最難関の大学だったが、ものの見事に落ちてしまい、泣きながらそのあと友人らとカラオケに行った思い出がある。編入試験受験科目が少ない分やりやすいと言われるが、その門はかなり狭く、私が受けたところも倍率は5~10倍くらい(だったと思う、もう記憶あいまい)最終的に編入浪人の道を選ぶ人もいる。専門→大学編入のいいところは浪人などの1年のロスを出さずに大学卒業できる所だが、結局編入試験の壁が高くて編入浪人したりレベルを落としてD~Fラン大学に入ったりと、メリットが活きないことも多い。でも努力してそれが実ればいい大学に入れるのも事実なので、そこは編入チャレンジする人次第なのかな……とも思う。専門入って遊んでしまった人たちは上位クラスの人でも結局ランクの低い私大に行った人が多く、しっかり努力し続けていた人は国公立偏差値高い私大に進んでいった。英検1級取得したり、TOEICマックススコア出した人もいる。

あとTOEICスコア試験免除がある学校とかあって、TOEICマジもっと気合入れてやればよかったな、と思った。試験免除にならなくても入学後の単位に換算してもらえたりした。

試験対策

英語はもうとにかく授業をガンガンうけてガンガン問題解くだけ。喋る・聞くは捨てて、ひたすら読むにステータスを振り続けていた。(書くは申し訳程度にやった)9時半から15時まで授業を受けた後、18時まで学校に残り友達と多少ぐだりながらも勉強(というか課題)、家に帰ってから英語の長文読解とひたすら向かい合う日々。

小論文は書き方の作法を徹底的に叩き込まれ、あとは個人文章センス知識量がモノをいう感じだった。国語世界史、そしてラノベから影響を受けた文化史系に強かった私には最高の科目だった。

編入試験過去問も一応あって、見せてもらうためにその大学に足を運んだこともある。(コピーはさせてもらえないので、目で見て出題傾向を把握するのが精一杯だが)あと学校過去問を回収して過去問集みたいなのを作っていたので、行きたい学校が人気校ならそんなことしなくてもコピーできたりした。英語試験はどの学校も長文読解系が多く、TOEICをそこそこにして英検受けまくっていた自分にはありがたかった。

面接指導就活とほぼ一緒、だと思う。なんでこの大学に行きたいのかをはっきりさせろ!と言われ続け、「御校に在籍の〇〇先生研究室で●●について研究したいです!!理由としては!!」みたいな答えをガチガチに固めていった。これはのちの就活に活きたと思う。

試験

どの大学小論文は楽勝だった。8月に受けたところは英語で予想外の作文が出て動揺し、読解問題では時間が足らず、涙を呑んで不合格覚悟した。翌日即結果発表だったが、当然私の受験番号はなかった。

第二志望の大学の前に第三志望の国公立を受けにいったが、家から遠く深夜バスでの移動となった。しかバスからまた電車で移動するが乗換をミス試験遅刻。席に着くために荷物通路に置いたら試験管に怒られ、萎縮しながら受験したが英語は予想できたレベルでむしろしかった。1週間後には結果が開示され、無事合格

そして満を持しての第二志望。同じ学校から他にも2名受けることになっており、一緒に移動。英語試験はやや苦戦した覚えがあるが、それよりも面接がしんどかった。大学に、特にその学校に入りたい理由を述べ(行きたい研究室があるでゴリ押しした)、なぜそれに興味を抱くに至ったかなどを話したが、とにかく緊張して噛みまくり面接官に不審な顔をされ落ちたと悟った。しかしその試験当日、夜から私の受験期を中学から支えてくれた某バンドライブがあり、普通に間に合わなさそうだったので走って会場を後にした。ライブギリギリ間に合った。そして入試も無事にパスできていた。

大学編入

進学先が二つ用意されたわけだが、もちろん第二志望を選択。一応国立大なのと、高校時代から学びたいと思っていた専攻があったのが決め手だった。思う存分研究に打ち込めたと思う。嘘。2年では足りない。もっとやりたかった。でも取りたかった単位や聞きたかった講義はほぼコンプできた。

上記でも少し触れたが、入学時に専門学校の授業の単位大学単位へ変換してもらえるため、本来4年で取る卒業単位を2年間で全部とれ、ということにはならなかった。特に私は人文学系だったので、変換がスムーズにいったというのがある。法律経済系の学科は専門科目の変換が難しく、卒業単位を取れなくて留年した人が多かった。(と後に聞いた)

1年大学ライフ満喫したのちすぐ就活なのはきつかったが、興味のあったサークルにも在籍し2年間最初から最後まで活動できた。でもいくら単位変換してもらったとはいえ他の3年生に比べると圧倒的に単位は足りてない(その上私は卒業単位にならない資格系の講義も取っていた)ので、ほぼ毎日1~4コマ、そのあとサークルバイト!みたいな生活をしていたし、就活の時期は本当にしんどかった。英語資格TOEICスコア700前後英検準1級)と進級のために取らざるを得なかった数々の英語以外の資格、そしてあの日面接対策小論文対策が活きたのだろう……と思うと私はこのルートをたどってきてよかった。他の短大や4大出身編入生は就活で軒並み苦労していた。でも専門より大学の方が圧倒的に楽しかったです。普通に1年生から大学入りたかった。

大学編入後で一番しんどかったのは、3年生でありながら1年生に交じって体育やらされたことかなあ。


色々書いたけどあくま文系の話です。理系編入もっと大変と聞くし、そもそも専門→理系学部編入というルートが恐らくない。

東大京大に比べたら底辺もいいとこだけど、こういう抜け道もあるよっていう話をしたくて。でも根っから文系だった私だからこそうまくいった裏ルートみたいな感じではあるんだけどさ……。うまくいかなくってせっかく編入した大学やめて引きこもりになってしまった知り合いもいるし、正直この専門→大学編入というルートを誰にでもお勧めできるかというとそうでもないけれど。

あと社会人なってから編入大学入って、教員免許だけ取って中退した編入生の知り合いもいる。社会人なってから大学で学びたいという人で4年は長いという人にもいいんじゃないかな。あと大学とりあえず入ったけどつまんなくて他の学科行きたいとか他の環境行きたいって人。

私は本当は大学院に進みたかったのだけど、やっぱり学費関係で諦めて就職した。研究してた分野とも全然違う仕事をしているけれど、趣味としてまだその分野についての情報収集勉強は続けている。なお英語をかなり使う仕事だし専門時代に取った資格もそれなりに活かせてはいるので業務内容には満足している。

いよいよセンターが近づいてきて、不安受験生たくさんいると思うけど、どうかここだけが人生の決め手とは思わずに気楽に頑張ってほしい。案外人生どうにかなることの方が多い。

2019-01-03

anond:20190102063518

北大の人がいたので懐かしくなって自分も書いてみたが、どうやら消してしまったらしい。勿体ない。

だがまぁ見かけたので僕も自分語りなどしてみようと思う。もう20年は前の話なので話半分程度に聞いて欲しい。あ、とくに受験に役立つ話とかは無いです。自分語りのみです。

中学時代

 関東のどこにでもある公立中学に通っていた。

 成績は良い方だったが先生にウケがいい方だったかというと別にそういうわけでもない。虐められていたわけでもないが、自分にはよく分からない理由からかわれることがあった。

 当時は少し不思議がる程度だったのだが、今にして思えばクラスの中でも割と、いやかなり浮いていたのだとは思う。

 成績はトップクラス運動もできた(サッカー部で足が速かった)から大事に至らなかっただけで、先生にも同級生にも興味が無く、他人不快にさせても気付かず、いつもぼんやりとしていて一人遊びが好きな子供だったらしい。昔、母親に「あんたは自分が虐められていても気付かなそう」と言われたことを今でも覚えているが、つまりはそういう子供だったようだ。今でも他人の心が分からないのは変わっておらず、割と苦労することが多い。

 暢気な性格であり、行く高校も学区内で近くて偏差値が高いところ(親が文句を言わないところ)であればいい、と思っていた。滑り止めも受ける気がなかったので調べもしなかった。今なら分かるが、そういうとこやぞ。

 その上適当でも受かるのが分かっていたので真面目に受験勉強もしていなかったところ、みかねた両親からとにかくお前はもっと偏差値の高いところを一校受けろ、と言われ学芸大附属高校を受けることになった。

 自主学習では限界があるということで近くの塾にも行ったが、バイト大学生先生過去問を見せても的確な解説が帰ってくるでもなく困った様子だった。そこで使っていた教材とのレベル差も大概だったしまぁ仕方ない。というかそこはあくま学校の授業について行けない生徒の補習的な個人塾だったようで、よく考えれば筋違いである。高難易度受験校に受かろうとするならそれ相応のところに行く必要があったはずだ。まぁ当時は僕も両親もそんなことはよく知らなかったし、塾ならどこでもいいだろう、という程度の発想しか無かった。

高校時代

 学芸大附属高校には当然かすりもせず、第一希望公立高校入学する。

 世の中には自分と似たレベルあるいはそれ以上で勉強が出来る奴がいるんだなぁ、というのをようやく理解するが、この頃でも生来ぼんやりした性質は変わらずにのほほんと学校生活を過ごしていたらしい。変人の多い学校だったのであまり浮いていなかったようだがたぶん中学の時と余り変わっていなかったはずだ。

 今でも覚えているのだが、廊下ですれ違った先生挨拶をしながら「この人どこかで見た顔だな……」と思っていたが、よく考えたら一年世界史の授業をしてくれた先生だった、という事があった。他人の顔や名前を覚えるのが苦手だと思っていたが、そもそも他人に興味が無いのだ、という事に気付かせてくれる出来事であった。今でも仕事で会う人の顔と名前が一致せずに苦労しているし、これはどうにもならないのだろう。

 大学受験という物に本腰を入れ始めたのは三年からだった。

 といっても例によって「まぁどこでもいいかな……」という感じだったのだが、両親から「国公立」「一人暮らし」「浪人は一回まで」という条件を出され、紆余曲折合って北大を志望することになった。

学校に進路相談をするでもなく、成績とのギャップに悩むでもなく、軽く決めたので相変わらずアレな性格だったらしい。

 友人に東大を受ける奴がいて、そいつ天才だったので自分の分というのはよく分かっていた。数IIIの定期テスト理系コースの学年平均点が30点くらいだった(僕もそんなものだった)のに、そいつだけ満点近くを取っていたし、暇つぶし数学の高難易度問題集をやるような奴だった。世界が違うなぁ、というのが正直なところだったから妬むこともなかった。

 受ける模試はいいとこD判定(一度だけCが出た)、予備校には行ったが授業が身になった気はせず、もっぱら図書室や自習室でひたすら自習する日々であった。

 どこに自信があったのかは知らないが、センター何となく取れると思っていた。実際目標ラインの点数を取れた。

 過去問を解いていても2次試験がイケる自信は全くなかったが、恐ろしいくらい焦ることがなかった。他人事のように淡々勉強をし、まぁなんとかなるでしょ、と楽天的な構えを取っていた。……もっとも、この性質のツケは後で受け取ることになるのだが……

 試験から帰ってきてから溜まっていたエロゲー(年齢がアレだがもう時効だと思うので勘弁していただきたい)をプレイして春休みを過ごし、ネット合格通知を見ることになった。合格祝いに買って貰ったノートPC月姫プレイしたことを良く覚えている。

 勉強自体特別なことは何もしなかった。テキストを読んでもよく分からなかったのでひたすら過去問を解いたことくらいだろうがそれだって目新しいことではないはずだ。

 まぁ、北大程度の人間から画期的な物を期待されても困る。そういうのは東大京大に行った人達に任せておきたい。

【その後】

 入ってからものほほんと過ごしていたところ、4年の時に8割受かるはずの院試に余裕で落ちて途方に暮れるという事になった。人生適当に過ごしていたことのツケをここで受けることになった……が、結果的には塞翁が馬という奴で何が幸で何が不幸かは分からない。

 冬の再試験を受けるかそれとも今から就職活動するか、と教授に言われたが、どうやら自分にはアカデミックな才能は無さそうだ、というのに薄々気付いていたので就職活動をすることにした。人間にも物事にも興味が薄く執着の無い人間にとって研究の道はあきらかに向いていないのでこれは正解だったと思う。

 といっても時期は既に秋、適当一社だけ受けてダメなら就職浪人でもするか、と思っていたところを拾って貰い、そのまま就職して今に至る。

 適当に選んだ会社だったが気付けば海外を飛び回ることになり営業のような技術のようなよく分からない仕事をしている。しんどいしんどいしさっさと仕事辞めたいとは毎日思っているが、給料がそこそこいいので未だに辞められていない。

 ソーシャルゲーム課金し、声優を追いかけ、両親に「あん結婚は」と追い立てられる普通ヲタク人生を送っている。誰か結婚して下さい(

2019-01-02

東大受験の思い出(文系おっさん篇)

https://anond.hatelabo.jp/20190102063518

触発されるところがありました。増田にも、コメントにも。

家庭環境など

百姓家の倅です。3人兄弟長男比較的小さいころから「下がつかえているかあなたオール公立で。それだけの頭はあげたでしょう」と母親からいわれて育ちました。母方の母方は庄屋(糀屋)、母方の父方は漢学者家系です。父方はよく知りません。父親東京教育大の出、全共闘火炎瓶を作って安田講堂に攻め入ったことを生涯の語り種にしていました。いまはアルツハイマーで息子たちの見分けがつきません。発話も失われて久しい。

その倅たる僕はプロテスタント幼稚園に騙されて入り、地方二期校の教育学部の附属小学校に騙されて入り、そのまま持ち上がって附属中学校へ、高校東大合格者を年に15人から20人くらい出すいわゆる県立トップ校です。中学校男子90人のうち35番くらいまでにいればトップ校に入れた。塾には行かせてもらえなかった。習字水泳英会話歯医者、これはよく通わせてもらいました。中学は共学でウェイウェイしていました。藤井郁弥の影響でテクノカットに前髪が顎下までありました。高校男子校です。圧倒的な絶望です。キルケゴールに耽溺しました。

どこで勉強をしたか(中学まで)

田舎から街中まで通うのにバスで片道45分かかります。退屈なので寝るか教科書を聞くか路線図や料金表を覚えるか(後に)音楽を聞くしかありません。小1から、時折(4割程度)の自転車通学を挟んで、半分以上はバス通学です。小6までは学期の始まり教科書を配られると最初の1週間で読んで覚えてしまます

教科書本体よりも便覧や資料集が好きでした。面白かった。地図帳も、資料集も、地勢統計も。中学に入っても英会話は通わされていたので楽ちんです。中間/期末/学力試験の前1週間くらいにざっと教科書見直して500点満点で425点。リスニングは、携帯プレイヤーはなかったので、ウォークマン英会話学校の教材やNHK英会話を入れて、まあ適当に。中3で県のスピーチ大会に出させられ(て、落ち)る、そんな感じです。

部活はやりませんでした。お金時間もないし、水泳通ってたし、弟のバスケットと体操に両親は夢中になっていました。素行不良のため内申点が足りなくて合唱団に入れられました。

どこで勉強たか(高校)

うちの高校合格すると「入学式までの30日間の重要性」とかいって英数国の宿題が課されます。それと直近の大学受験結果を分析した資料ざっと見て、学年360人、2年次から文系150人理系210人の、まあ自分文系だろうから文系30番くらいにいれば、努力で入れるといわれていた東北大、東京外大に入れるかなという目算がつきました。東北大はかっこいいし、外大女性比率が高い(放っておいてもモテそう)。まあでも、適当です。それで入学式直後のテストで、学年で50番くらいに入った(いちおう、ビビって用意はしていました)。

でも生活の基本パターンは大きくは変わりません。教科書は行き帰りのバスでだいたい読んで、物理科学不要なので捨てる。家に帰ったら数学問題演習(4STEP)、英語古文単語を。同じころ僕を溺愛してくれた婆さんが脳梗塞から前後不覚に陥り、街中の病院に入ることになった。学校帰りに爺さんと待ち合わせをして立ち寄る。病院は暇ですからお茶を入れて飲んで、英単語を覚えるくらいしかやることがない。たまにノートを開いて、数学は先取り。ざっと、次の単元に目を通して(授業中に指されるのが不安から…)。そうそう、効果のあった教材は「パターン演習」でした。今はもうないのかな。「現代文 例の方法」もよかった。古文は聖文社の薄い本意識の高い友だちから、いろんな情報が入るようになってくる。それを病院に立ち寄る前に市内の書店でチェックして、合いそうなものを買います

大学受験意識する

東大意識したのは高校2年の11月です。恩師(英語先生)に、冗談で「おれ東大無理ですよね。ははは」みたいに話したら「お、ようやくやる気になったか」なんてその気にさせられて。帰りに本屋ペンギンか何かの洋書を買って、1日2ページ、英文解釈和訳です。朝持っていくと、帰りまでに真っ赤に添削してくれる。古文や、数学先生も噂を聞いて「おお、あのあいつが」みたいに様子を覗き込んでくる。ひとり、ふたりノートを見てくれる先生が増えました。でも、だれも僕がまさか東大に入るとは級友たちは思っていなかったと思います

受験戦略

受験戦略は至ってシンプルです。後期には絶対の自信がありました。読書感想文論文も出せば県予選までには行った。英語も出来ました。社会世界史日本史現代社会、どれでも満点近くとれました。参考書は「世界史Q&A」「日本史Q&A」です。資料集を見てビジュアルで頭を刺激して(例、ザビエル。毛の話ではない)大掴みし、後はひたすら反復練習です。高3初夏の時点の大手模試で文3後期はB+くらいの判定でした。前期はさすがに無理です。

ただ、「やるだけやった」ことは自分言い訳を残したくなかった。病院で婆さんが「うちの孫はいい子で」「末は大臣から」って、看護婦さんや主治医に言いふらしたらしい(後に爺さんの仕業だと判明するのですが)。それで先生方が「東大を受けるって聞きました」「がんばってね」って声をかけて下さいます。病状のことも聞きました。当たり前ですが、下り坂です。いっときは、医学部を目指そうかとも思った。でも入って出て研修医になるまで7(6+1)年です。婆さん、間に合いそうになかった。爺さんも肝硬変になって、爺さんに「どこがいい?」って聞いたら「そりゃ天下の一高がいいさ」というから「わかった」と返事をしました。

再び受験戦略の話

本戦略は4つです。

1. センターは満点をとる。二次は天下の俊英が集まってくる。勝てるわけがない。センターなら勝てる。1:4(800→110):440の圧縮傾斜とはいえ、110点とって無駄にはならない。田舎凡才がまず考えるべきは足切り回避です。足切り回避したら「二次で逆転」なんて赤本成功譚を鵜呑みにせず、センターで1点でも多くの上乗せをと考えました。

2. 後期は受かろう。英国世界史満点を目指す。論文素面でいけるはずだ。

3. もし現役で東大がだめだったら地方公立医学部に切り替えよう。そのために、生物をメインで、化学も少しはやっておこう。

4. 問題は、前期で東大を受けるか、A日程で外大を受けるかでした。こう考えました。A日程で外大に受かる(東大後期の足切りにあわなければ後は外大用の英語対策です。外大二次英語東大二次よりもやや歯ごたえがあって格好の対策になります)、そして後期で東大文3に受かる。これがベストシナリオだ。そのとき東大に行くだろう。だとしたら、A日程は無駄ではないか?

教科別の話
現代文

岩波講談社現代新書、などを、手当たり次第に読んで咀嚼しました。また、Z会添削(これだけは母親に頼んだ)を受け、「模範解答をできるだけ歯切れのいい単位自分言葉に分解して、とことん納得するまで書き換える」を行いました。添削はあまりしませんでした。毎月送られてくる薄い模範解答の本がありがたかった。小説は、ごめんなさい、蓄積があったので(うちは1950年代60年代70年代文庫季刊誌文学全集が堆くあるような家でした。数少ない父親の正の遺産です。片っ端から読んでいました)、あとは「例の方法」で、受験とはこういうものかと調整する程度。

古文

品詞分解と2,000語レベル単語暗唱です。高2の11月からセンターまで400日。1日50語。予習(N-1日)、当日(N日)、復習(N+1日)のサイクルで、ということは150語/日ペースで頭を通す計算になります。「あさきゆめみし」を読みました。明治書院(?)の作品解説集をバスの行き帰りに読みました。

漢文

ごめんなさい! 爺さん漢学者の家柄なもの(笑)。「蒙求」「戦国策」とか。「戦国策」はよかった。いまでも、なるなら刺客です。司馬遷ありがとう!

英語

単語は5,000語レベル単語集を1冊日割りで。効果的だったのは、ある単語を覚えた/引いたとき辞書の同じ見開きページに載っている重要単語はぜんぶその機に覚えてしまうやり方です。

文法桐原発音アクセント英会話教室からもらった対策本。英字新聞は読みませんでした。代わりに、前にも記した高校先生から受ける日々の添削

日本史世界史

「Q&A」です。「一問一答」ではなくQ&A。

数学

苦手にしていました。系(?)の拡張、みたいな感覚になかなか付いていけなかった。虚数単位とかです。仕方ない、というので「4STEP」を繰り返し、センター200点満点を180点とることに集中。二次は、大問4のうち、かき集めて1つ、配点で80点中15点とれれば合格には御の字。15点ならセンターの延長でとれます文系微積が苦ではなかったのが本番でも生きました。

理科生物

高校の授業です。これだけは、参考書の目利きが自分にない。熱心な先生でしたので、出されたご飯は残さず食べるの精神です。

受験結果
センター試験

国語:190点

英語:192

世界史:98点

数学:180点

生物:92

合計:752点

(あれ? 756点だった気が。)足切り回避です。よかったですね。

二次試験の結果

国88/120

英104/120

世界史40/60

日本史35/60

数学25/80

292/440点

自己採点です)250点あれば十分、220点でも年によっては受かるといわれていました。勝因は英語です。よかったですね。

合格発表の日

これでも、自分には無理という思い込みがありますから赤門をくぐってまず後期合格者の掲示板のほうを見にいきました。前期は絶対に無理、でも、後期の足切りには確実に通っている。「国語古文漢文選択肢に引っかかったのが痛かったなあ。あれがなければ前期だって」と頭を抱えていました。

そんなことを思いながら後期(追記:足切りクリア)の掲示板の前まで来ると、自分の番号がない!

「さすが東大は違う。おれはもうだめだ」と、代ゼミに向かい踵を返そうとしたとき、同行していた父母が「せっかくだから前期のほうも見てみよう。どんな人が受かるのか顔を見てみたいじゃない」「予備校それからでいい」というわけです。

ありました

ありました。

公衆電話実家にかけると、すでに電報が届いていて、いまかいまかと祖父母電話を待ち構えていました。祖母許可を得て病院から戻ってきていました。もう、東大に受かることの社会的な意味合いは、わからなかったろうと思います。でも、みんなが喜んでいるからといって、赤飯を炊く準備に、これから近くで豆を買ってくると電話口でいうわけです。「そんなのはいから」「とにかくそのまま家でお日さまに当たっていて」と僕がいうと「ご親切さま。うちのは、ほんとにいい孫でね」と僕にいう。僕は思わず「おばあちゃん、よかったね」って。

結びに代えて
英語だけは

言い古されたことですが、東大学歴というのは、かなり費用対効果のいいLadder of Success(成功の階梯)です。その中でも、ひとつたつを添えて、本記事を締めたいと思います

それは、文法的な意味での英語力の最初ピークは、大学受験直後ということです。その勢いを駆って、TOEICなり、英検なり、お受けになれば、さしたる苦もなくCertificateを取れるのではということ。僕自身大学年の初夏(だったか)に準1級、以来、TOEICが(維持のための努力だけで)だいたい945点くらいをかれこれ25年、続けています

1年くらいは

間もなくセンター試験です。もし、2019年のセンター二次に間に合わなくてもと思う現役生がいたら、1年くらい、大きな気持ちで構えていいのではないでしょうか。長い人生、1年くらい、駒場の3年目や、離婚や、放浪放蕩や、悪所通いでたちどころにトントンになってしまます

受験生のみなさんのご武運を、ねこちゃんたちと共に心よりお祈りします。長文、失礼いたしました。

2019-01-01

anond:20190101195814

世界史日本史で習った気がする

人体に欠かせないからだったはず

上杉武田みたいな文脈でも出てきた

あとオリエントがどうとか

2018-12-18

anond:20181218174650

まあ、歴史面白いでもいいんだけどね。

世界史のほうになってくると君主論とか、貞観政要とかの元となるのは、その時代より前の歴史だ。その時代以前の歴史について教訓になるものを集め、生まれ書物だ。

戦国時代織田信長豊臣秀吉の天下取りと、老後の暴走、それを見ていた家康の行動、教訓になりつつも面白いよ。

歴史政治であり、それは人と人の間の権力物事の実現のドラマだ。面白くもあり、また現代の教訓でもある。それは人の強さ弱さの結果だから

愚者経験に学び、賢者歴史に学ぶ

賢者歴史に学ぶって

世界史やら日本史のどこから何か出来そうなことを学べるんだよ……。

人との関わり方も、物の作り方も何も学べないじゃねぇか…。


anond:20181218170504

2018-12-14

anond:20181214033601

恋愛とか恋人関係の先には結婚や家庭があるのかなと思っているんだけど。

それについて、自分人生に「結婚して家庭を持つこと」が必須ではないと思ってる。

恋愛をしなくたって、人付き合いの形は他にも色々あるからね(現にいままで恋愛したこと無かったけど、それで問題になったことは今のところ無い)

例えばだけど、デスクワークが向いてないなら体を動かす仕事を探してみるとか、世界史苦手だけど数学得意だから受験では得意分野を活かせるやり方にしようとか、そういうのに近いかなと考えてる。

そうやってく中でもし何か今後きっかけがあったら、改めて恋愛に挑戦をしてみることも無くはないのかもしれないしね。

2018-12-13

anond:20181213180359

全面的同意するが、一点だけ現実認識あまいぜ。

 

高校レベル世界史」の知識など、持っている奴は少数派に決まってる。

 

大学行かないやつもいる。日本史地理をとるやつもいる。現代史までやらない学校もある。授業でずっと寝てるやつもいる。

 

そこいくと民主主義がイイヨネ!っていうプロパガンダ思想は、小学生レベルなんだなあ。

 

増田が見た者は現代日本では当然の状態よ。

ファンタジー歴史ものゲームRPGアクション)のキャラクターの体格について

今までまったくゲームに触れてこなかった歴史好きが

中世ヨーロッパ風だとか戦国時代風のRPGアクションゲームを初めてプレイした時、

まず出てくる感想は次のようなものだろう(私もそうだった)

人間でかっ!」

博物館戦国時代日本中世ヨーロッパの実寸大の甲冑デカくても150~160センチ程度)を見ながらヨダレを垂らして、

ドラマゲームも触れてこなかったような人間は、

平然と現代人の平均(170センチ)の体格の人間中世風の街並みを闊歩している光景

初めて見たとき驚愕する。

しかもこれは騎士武士といった「戦う上流階級」ではなく、

「その辺を歩いている町の人」の体格なのだ

戦士となると平気で180~190センチ、2メートル越えのキャラクターも現れる。

日本だとまだいい方で、

アメリカゲームになるともうボディビルダー世界だ。

どいつもこいつも胸板がデカすぎて、

甲冑の胸部装甲がもはや平たいエプロンみたいに引き伸ばされている惨状を呈している。

どうしてファンタジー世界歴史スペクタクルものゲーム

キャラクターの体格はこんな異様な事態になっているのか?

パパッとGoogle検索過去までさかのぼってネット上の書き込みを調べたところ、

どうも「文明に囲まれ現代人はひ弱で、昔の人は強かった」という思い込み

「昔の騎士武士あんな重そうな甲冑を着て戦っていたのだから、さぞマッチョに違いない」という思い込み

合体したことによって生まれたのが「騎士サムライマッチョ」というゲーム界隈のミームらしい。

さらに、このミーム進化して「騎士サムライマッチョじゃないとリアルじゃない」にまでなってしまった。

そして、ファンタジー世界人間は際限を知らずにマッチョになっていった。

もし誰か一人でも博物館に行って、実物の甲冑を見たら考えを改めたのかもしれないが……

このミーム出所アメリカだとしたら、「博物館で本物の甲冑を見ろ」というのは酷かもしれない。

白人アメリカ大陸を開拓した時代には彼らはもう甲冑なんて着けていなかったのだから

アメリカで本物の甲冑を見られる博物館なんて数少ないだろう(たぶん)。

実際には前述の通り、(昔といっても広いが概ね)昔の騎士やら武士やらは

160センチあればもう「長身」の世界現代日本人の高校生タイムスリップしたらもう「大男」で、

現代人のボディビルダー体形の人間中世ヨーロッパタイムスリップすればもはや「巨人」だ。

これは歴史学的には常識で、「たまたま例外的デカ人間もいた」というだけで、

特に中世の人は全体的にデカかったんだ!」という異論あんまりない。

いや、「異論が無い」というか、実物を見れば誰でも一発でわかる。

当時の甲冑博物館で見れば、どう見ても「昔の人は小さい」という結論以外は出せないだろう。

もし見たことが無いという人はぜひ博物館に行ってみてほしい(宣伝)。

大量生産なんて当時はもちろん無かったので、全身鎧はオーダーメイド

なので実物の甲冑の体格=当時の「戦う人」たちの実際の体格といえる)

他にも中世ヨーロッパ家具の実物、当時の人々が使っていた家の寸法……

あらゆる事実が昔の人は小さい、というか「現代人はデカい」という結論を示している。

そして、別にこの事実はさほど驚くに値しない。

毎日安定的たんぱく質摂取してる現代人の方が昔の人よりデカいのは栄養学的に当たり前だ。

しかし、

人間筋肉たんぱく質ちゃん摂取しないと成長しない」という保健体育の知識

畜産技術輸送技術が未熟だった昔は今と違って肉を安定的供給することはできなかった」という世界史・日本史の知識を合わせれば、

「昔の人の体格は小さかった」という合理的結論がすぐわかりそうなものだが……

この二つの知識自体小学生レベルだが、

教科と教科がまたがっているので、

案外二つの知識を繋げて想像するのは難しいのかもしれない。

2018-12-05

anond:20181205205648

多くのマスコミ日本人があえて言及を避けているのが

移民受け入れ熱狂民族主義者による日本民族国家化のための陰謀

である事実です。世界各地で猛威を振る民族主義問題を利用し、居住地住民同化して日本民族のアイデンティティーを失いつつあった日系人日本人であることを再認識させ、日本に追い出すことにより、日本を再び民族国家にすることを彼らが目論んでいます。それが実質的移民受け入れ目的であったという主張には誰も一切触れません。

私は、世界各地で起きているチャイニーズコリアンへの排外感情中国大陸朝鮮半島の狂信的民族主義者に利用されていると警鐘を鳴らしています。この点もマスコミは素通りです。これらの行き着く先は、中国朝鮮半島民族国家化であります世界史における民族国家の復活例において一番の要因になったのはどれも排外主義の蔓延でした。

2018-12-03

就活を控えた彼女に本を贈りたい

付き合って2年になる大学3年生の彼女がいる。

先日2人で食事をしていると、ふとオススメの本はないかという話になった。就職活動を控えているのに、自分社会を知らない、読書視野を広げられればという事らしい。

ところが、彼女子供の頃から読書の習慣が無いという。それどころか漫画ゲームすらあまりしないという。要は好奇心が乏しいタイプ。ただし、地頭は良くて中高一貫進学校から難関大学ストレート合格しており、現代文も得意だったという。

一方の私は、成績はイマイチだったけれど好奇心が強く、大学4年間で読んだ本は1000冊長。岩波文庫中公新書が三度の飯より好きという感じで、読書経験豊富なのだが逆に読書の習慣が無い人の気持ちがわからない。これは困った。

とりあえずはクリスマスプレゼントとして、比較的平易で内容に信頼の置ける人文、社会学の本を5冊くらい選んで冬休みの間に読んでもらってその上で好みを聞こうと思っているのだが、なかなかいい本が思いつかない。候補に考えているのは、『砂糖世界史』、『これから正義の話をしよう』あたりだが、思ったよりも選択肢に悩む。

そもそも読書量か異なる他人に本を勧めるのは難しいものだとは理解している。とは言え、放っておいて『日本国紀』みたいなのを読まれても困るし。池上彰あたりでも最近の雑さを見ていると良心咎めるので何とか指針になる良書を選んで、読書習慣のキッカケを作ってあげたい。

はてなー読書家の皆さん、何か良い案はないですかね?

2018-11-29

anond:20181129225929

文系から英語ならなんとか人並み以上には分かるが世界史国語も何も覚えとらんけど出来るんか?

2018-11-06

anond:20181106155253

そりゃあ秀吉出兵倭寇時代の話まで現代法の論理責任追及されて当然なくらいだし、被害者にとって「済んだことだから」と言える日は永久に来ないんだよな。

生麦事件大津事件だってから蒸し返されても我が国反論する手段を持たないし、逆に元寇賠償責任モンゴルに求めることもできるわけだ。

しかし、ソ連による虐殺を訴え出る場合ロシアに訴え出るべきなんだろうか。

それともウクライナ

カザフスタン

ラトビア

古代マケドニア虐殺された小アジアの辺りの民の遺族はトルコ人と見なしていいのか、あとギリシャ現代マケドニアのどちらが賠償するのか。

世界史視野を持った国際裁判所確立が望まれる。

2018-11-04

無限うんてぃ製造笑笑

文句垂れ流し文です

自分編入を目指している

でも勉強なんてしたくない

高3の時に1回も遊ばずに毎日死にながら勉強してたか

Twitterも消した、YouTubeも消した、スマホに触らなかった

これはみんなやってることかもしれないけど

受かる、所謂実力相応大学は全て受験した、落ちた

原因は自分で分かっている

苦手な世界史勉強が間に合わなかった癖に今まで勉強してきたから、的なクソつまらない理由で無理やり受験科目に取り入れたか

コンコルドの誤りですね

センターで30点超えたことほぼないw

Fランだし問題くそ簡単だし絶対受かる、所謂滑り止めを1つ受けた

受かった

当時は保険ができて嬉しかったけど、今はとにかくしんどい

理由は、Fラン馬鹿多し、通学片道2時間かかるから

バイト時間的にあんまりできないから稼ぎは少ない

で、今日気づいた

狙っていた編入学部試験終わってた

もちろん、前々から予定は把握してた

つもりでしたね

2回目の試験を受けようと思ってたけど、受けたかった学部に2回目はなかった

ずっと勘違いして生きてきたわけだね

自分って、馬鹿っていうより、自分のこと大切に出来ないんだと思う

周りの考えが全て正しくて自分はいつも1人悩んでる

精神問題があるから(自称ではない)死ぬまで苦しみ続けることは、理解できる

明日のことも考えたくない

だって、英作のお願いしてたのに、1文も書けてない

私には書けない

小論も書けない

これ読んでる普通人は、退学とか就職とか若いからいくらでも道あるとか思いませんか??

答えは明確にはありませんが、私には武器がありません

かわりに弱みならあります

弱肉強食を言い換えるとするなら、馬鹿は弱くて頭良人は強いですね

今日も泣きながら勉強しま

仕方なく他の学部目指しま

親には怒られるだろうし確実に受かるわけじゃないし

死にたいってお願いしてもどうせ死ねないし

うどんな道進もうが自分には関係なく暗闇しか見えないわけですが

図書館で空腹でお腹なりそうなの必死我慢しながら勉強しますね

自分自分自分を不幸にしていることを自覚して生きていきます

死ぬまで暗闇の中生きていきます

感情的文章を書き殴ったので馬鹿っぽい文章ですね

ここまでお読みくださり、ありがとうございます

日韓問題は結局のところ韓国教育問題だと思うけど反論ある?

韓国人必要以上に日本ヘイトを溜める教育を幼い頃から受けている。

例えば時事問題竹島の時は園児小学生でも独島韓国の島と教え込み、日本攻撃的な絵を描いても賞賛されていた。

歴史日本支配されていたと言う近代史が中心で世界史基本的に学ばない。

から世界批准ができず日本が最悪な国で韓国可哀想な国と非常に狭い世界観で成長する。

いくら歴史認識で日本と衝突しても、日韓友好を掲げても、韓国がこの教育方針を見直したと言うのを聞いたことがない。

そしてよく聞くボヤキは「日本の事を公然と庇うことは難しい空気がある」だ。

韓国政府はこの国民感情を操って支持率回復を狙ったり、コントロール出来ずに飲まれたりする。

慰安婦も、旭日旗も、徴用工もこうした司法などの理屈以上に日本ヘイト下地があってこそ一度問題となれば爆発的に韓国日本悪として発生している。

反差別と真の日韓友好を掲げる立場としてこの日本ヘイトを溜めるこの韓国教育方針にこそ問題があると正しく突きつけたい。

ちなみに、もちろん日本問題がないと言うわけではない。

しかしそれは攻撃的な日本ヘイト教育をなくし、韓国朝鮮の歴史も正しく知ってもらい、普遍的世界史司法の在り方について学んで世界を知った上で感情に寄らず日韓で精査すべき話であると思う。

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