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はてなキーワード: 帰省とは

2018-07-17

anond:20180717200120

捕手上級国民未満の全員を差別しているからと言って中流下流差別してないことなど一切ない

上等兵二等兵いじめ二等兵帰省したら兵隊になれなかった障碍者いじめてあざけるのが実際だろ

2018-07-16

太った

実家帰省祖母から小遣いの一万円を貰った。

私があまりにも太っていたので次来たとき痩せてたら小遣い2万円、デブのままだったら0円と言われ指切りをさせられた。

母には私がお金をだすからと痩身エステをすすめられた。

かなしい。

2018-07-11

親に会いたくない

自分の家は片親で、そのせいもあってか親にはとても愛されていた。

その愛情表現は、時に怒鳴ることや暴力で表され、

またある時は子供である自分が離れるのが嫌だからなのか、親自身が「出ていけ」と言ってくる。

まるで好き避けのようなことをされて生きてきた。

褒めるのがとても下手で褒められた記憶ほとんどないし、物質的な愛情の表し方しか知らないような人だった。

常に自分選択するように指示してきていて、それ自体は自立心を育てるのに良いのかもしれないけれど

その1つ1つの選択に対してチクチクと後から責めてくる。

理由が「寂しさ」や「恐怖」や「愛情」でも、それが理解できたとしても辛かった。

  

から私は早々に家を出た。家には1匹の愛犬を残して。

残して出たことについて、何年も経った今でもたくさん親からは責める内容のメールが来る。

私に連絡しておいて、「自分にはもう愛犬しかいない」という内容のメールは何度貰ったかからない。

自身は本当は金銭支援も物的支援も、何なら帰省すらしてほしいのに真逆言動ばかりをとる。

実際の本心はわからない。でも、「しなかった」ら、また後からチクチクと言われるのはわかっている。

  

つい最近、愛犬が倒れた。

私も長い長い間、愛犬には支えられ続けてきた。

実家を出てから精神科で処方された薬が自分の支えだったが、実家に居る時にあの環境に耐えられたのは間違いなく犬がいたからだと思う。

から、犬のことは心配だ。離れている期間が長くて、実感が湧かないところはあるけれど。

なのに私は親には何もさせて貰えない。ひたすら「お前は何もできない」と精神攻撃を親から受け続けることしか許してもらえないのだ。

ポジティブに考えれば、確かに私は低所得者だし、そういう面で心配もされているのだとは思う。

しかければ家には入れてくれるかもしれない。だけれど、親には会いたくない。私は犬に会いたい。

  

薬を飲んでから私は涙を流す事が難しくなった。

きっと悲惨な状況を見て「泣けない」私が現れたら、親からは嫌に思われるだろう。

また出ていけと脅されるのも嫌だし、親の前では「駄目な自分」になる(なってしまう)必要があるのも辛い。

どうしたらいいのだろう。

犬のことは大事にしたかったのに。やはり親の言う通り、家を出たのが間違いだったのだろうか。

家を建てる前に地の人間災害リスクを聞かないからこうなる

今回の水害で俺の故郷被災してるんだけど、車がダメになった・二階まで浸水したみたいな被害を受けてるのは軒並み新住民団地なのね。

あの辺りの土地10年毎とは言わないけど30-50年置きぐらいにこれぐらいの洪水が起こる。

戦後貧乏引揚者が住み着いたけど洪水で全部流されたという話は、地の人間ならみんな知ってる。

から地の人間は家を建てたりしないんだけど、同じ県内でも他の郡出身だと普通に知らなかったりする。

最近あの辺に家が建つようになった。何も知らないでバカだなあ」と毎年帰省するたびに地元家族や友人から聞かされた。

開発業者は小中学校に至近で子供の通学の負担が軽いのも売り文句にしてたそうな。知っててやってたなら悪辣だと思う。

俺も通ったその小中学校土地田舎でよくある地元土地持ちが寄付した物なんだけど、道徳教科書に載るような立派な人でもなかったので、家や畑に向かない水捌けの悪い土地寄付したのね。

前日に雨が降ったら翌日いっぱいはグラウンドぐちゃぐちゃで球技とかやってられないみたいな。

そんなわけで新住民団地はこれ書いてる今も水に浸かりっぱなし。溜池を潰した土地なんかも混じってるし、いつ水が引いて家が片付けられるかは神のみぞ知るって状況。

タイトルで「地の人間災害リスクを聞くべし」みたいなこと書いたけど、よく考えると普通に聞いても教えてくれんわ。

よその人間に知られたら宅地用に売れなくなるし、自分土地だけじゃなく、他人土地価値が下がる情報を広めるのもタブーね。

聞くとしたら地元にもうしがらみの無い俺みたいな人間だな。

まり知らない土地に家を建てる予定の人は、今回の被災者みたいな目に遭いたくなければ頑張って俺みたいな人間をみつけて情報収集して欲しい。

2018-07-10

実家帰省して家族と会話したら考え方の違いを感じて少し悲しくなってしまった

この前、東京育ちに姪が帰省してきて、仲のいい地元育ちのイトコのところに遊びにいったけど、車で一時間かかるイオンにつれていかれたらしい。

2018-07-07

つらい

とてもつらい。

発達障害で、軽い鬱。体も強くない。人とコミュニケーション取るのが苦手。頭も良くない。休職中。

なんとか色々ごまかしながら頑張ってきたけど、先を考えて悲観してしまう。

病院には先月行った。ストラテラ飲んでてほんのちょっとずつ良くなってるのかもしれない。

でも嘲笑されたこと、失敗したことが思い出されて前に進むのがつらい。

家族には何も言っていない。何も分かってくれないからだ。毒親気質のある人だったため仲は良くなく、親元を離れてからは親でなくひとりの人間であると考えるようにしてきた。がんばって精神的に自立して、親は他人なんだから共感とか同情とかそういうものは期待しないよう努めていた。

けれど、気持ちがぐらついた時に今まで言われたこととかされたことを思い出して泣いてしまう。

そしてもっとまっすぐ愛してほしかったなと思ってしまう。たぶんこれは親元を離れて距離を取った結果、前よりは関係が良くなったからだと思う。帰省したりしたとき普通に会話もできるようになったからだ。でも、気を緩めるとキツイ一言を放ってくるので、やっぱり必要以上に近づいてはだめだなと思わせられて、また自分でなんとかしなきゃとなる。

幸い今は頼れる人や話せる人が数人いる。その意味で、だいぶ生きやすくなったとは思う。

もつらい。

たぶんもっともっとプライドを捨てないといけないんだと思う。

見返したいって気持ちもあるし、自分はここで終わるような人間じゃないって思う節があるけど、それがいけないんだと思う。色んなことを諦めて身の丈に合った生き方必要なのにそれがきっと分かっていない。

持っていた目標も失って、何をどう頑張ればいいかからない。

今は涙しか出ないけど、重い鬱ではないのでたぶん明日になったらまた少しは気分が良くなると思う。

でもたぶん自分と向き合うことを避けていたらダメから、すこしずつ自分の中で引っかかっているものを取っていけたらと思う。

最新イタコ芸披露されるたびに思い出す人

処刑から1日も立たずに麻原彰晃霊言披露が告知されて早速ネタにされている某科学だが

高校の時、既にネタとして各所で有名となっていたので、たまにネット上で話題になると昼休み弁当を食べながら友達爆笑していた。

新興宗教動画を昼間に見てると考えるとなかなか気持ち悪い気もするがニコ動ネタ動画とかと正直変わらない感覚で見ていた、スマホもあったし。

卒業後は進学で地元を離れたこともあり、高校同級生とはあまり関わりが無かったのだが、年末帰省して久々に集まることになった。

そこで話題になったのはあるクラスメイトTwitter

自分SNS大学で始めてTwitter実名ではやらないことにしていたので全く知らなかったが、クラスメイトがやたら幸福関連のツイートRTしているのだという。クラスの中には選挙活動への協力を打診されたひとや合宿を手伝って欲しいと言われたひとがいたことも発覚。フォロワープロフィールにはHAPPYSCIENCEの文字

諸々の答え合わせが終わりマジかーと困惑する同窓会

そういえば…とFBを開き、そいつのページを開くと「友達リクエスト送信されました」のまま。もう半年以上経っているはずだ。

自分たちにとっては完全にネタしか見えないがあいつには儀式だったんだな…と思うと反省、よくその場でキレられなかったなと思う。地元には小さな施設もあったけど活動は見えなかった。個人的には完全に面白動画なのだが。

ちなみに友達じゃなくても公開設定になっているものは見られるので普通に信徒同士で交流していることが確認できる。

オウムが騒がせていたころは物心つく前で記憶も無いしどんな感じかもわからない。今残っているのは事件映像尊師マーチぐらいでこちらもネタとして度々浮上しているが

あれを真剣に見て喜ぶ人も確かにいたのだのだろう。

あんま一緒くたにするのも良くないんだけど

anond:20180707020402

東京で何するの?

夏休みなんて

生粋江戸っ子さんはいそうだけど

地方からの元気な若い上京組が夏休み帰省で、奇抜な格好の人とか変な人なんてかなり減ってる時期でつまんなくない?

コミケのお客さんはまた毛色が違うし。

2018-07-04

盆に帰省する飛行機を取った後仕事が入った場合どうすればいいんだ???

anond:20180704082229

双方の実家が同じ方面距離がある程度遠いとこうなるね。

正月には泊りがけで両方の実家平等に顔を出すけれど、毎回毎回長期休み帰省だけだと厳しいものもあるから、夏は勘弁してもらってる。

年に一回と我慢していたところにお婆ちゃん温泉行きたいと言い出す孫。

そりゃ嬉しいでしょ。

という流れだと推測

anond:20180704070622

無名の人が初参加して(何部刷ったか知らないが)いきなり完売とか

夏一日だけでボーナスを超える(100万以上?)とか

なのに夏コミしか参加してないとか(それだけ売れてて完全に副業扱いなのに他イベント出たり書店卸とか考えないの?

イベント夏コミ冬コミ以外も沢山あるよ?)

創作匂いがぷんぷんするぜー!

つーか冬に親戚付き合いしなければならないような状況なら

夏コミなんてもろ盆なんだから冬より参加しにくいだろ

冬は年末なだけで正月にはかからから

何で冬は年末から親戚付き合いしなければならない(正月に顔を出す、では許されない)ような状況なのに

盆はお前すら一切帰省してなくても許されるんだよ

anond:20180704012135

ありがとうございます

なんというか、根無し草、という表現が近いでしょうか。

人が結婚をするのは、「帰る家」が欲しいからなのかもしれないな、と最近思います

親が生きていれば、定年すれば実家に戻ると考えられましたが、両親も早く死んでしまい…

年末年始お盆帰省する人が羨ましく感じます

私には帰省する場所や、帰る場所がどこにもないんですよね

お互い足掻くしかないですね

2018-07-02

東京ってヤンキーっていないの?

実家帰省するとたまに見かけるけど

東京じゃ見かけない

練馬はいないのかな

2018-06-30

帰省飛行機取った

株主優待券使うより安いんだね

あと二か月頑張って生きよう

2018-06-29

夏休みの日程決まった!

飛行機取って今年は帰省するぜ!

父が死んだ

先日、起きたら着信が父から4件。

から何度かけてくるなんて

滅多にないからかけ直した。

そしたら母が出て、父が死んだと。

天国に行ったと。

朝、起こしに行ったら冷たくなっていたと。

私は遠隔地に住んでるので、

旦那子供たちを連れて駆けつけた。

けど、遠いね、連絡を受けてから

到着まで5時間もかかってしまった。

父はすでに警察から戻ってきており

すっかり、遺体として、横たわっていた。

当たり前なんだけど、なんで?しか

言葉が出なかった。

夏休みになったら子供らを連れて

帰省するか一緒にご飯食べようとか

みんなでTD○行こうとか

子供ら大きくなったら温泉いこうとか

たくさんたくさんしたいことがあったのに。

そんなに仲良しではなかったけど、

ここ数年は随分と親子関係改善して

やっとこれから親孝行らしいことが

できるのかもと思ってたのに。

もっと、なにかしてあげられたんじゃないかとそればかり考えてしまう。

出棺の日、もうお父さんはこの家に

(今の姿で)戻ってこないんだと

気がついたら、悲しくて寂しくて、

とにかく涙が止まらない。

親孝行は思いついたらすぐ実行!を

おすすめします。

さよならなんて突然やってくる。

容赦ないんだよ。

2018-06-28

でっぷりしたバナナ

関東旦那結婚して1年経った。

旦那さんはまじめで頑張って働いてくれてる。

私も幸い資格があって、関東仕事をはじめた。

何は無くとも、まぁまぁ幸せ(だと思ってた。)

2週間前、友達結婚式に参加するため

私だけ関西実家帰省した。

実家の片付けもしたくて1週間滞在した。

滞在の間、母親毎日バナナジュースを作ってくれた。

そのバナナがでっぷりしていて、いい匂いがした。

値札に350円と書かれていた。

「美味しいからいつも買うねん」と母は笑いながら話す。

私は「ええね〜」と笑い返した。

私はそんな会話をしながら、家でいつもたべるバナナを思い出してた。

スーパーの、広告の100円バナナ

安い時しか買わない。

細くて、あんまり甘くない。

旦那の勃ったちんちんくらいの太さのやつ。

実家に帰る前まで、冷凍して潰して

アイスみたいや〜って少し喜んで食べてた。

私は泣きそうだった。

気付かないふりをしていたけど

生活の差がありすぎて悲しい。

家族と離れてさみしい。

多分お母さんは毎日でっぷりしたバナナをたべる。

専業主婦だし。

いいなぁ。

旦那さんのこと、本当に好きだけど

実家に帰りたい。

2018-06-27

そろそろ盆に帰省する飛行機取っておいたほうがいいか

2018-06-26

anond:20180626204218

いや、アマゾンだけじゃない。吉野家すき家トイザらスも全部帰省して最大資本を10億ぐらいに制限するんだよ。

外資だけ潰しても意味はない。

2018-06-17

人様のSNSを見て泣いた夜のこと

ほんとね、土曜の夜に何やってんだって感じなんですけど、いま人様のFacebook見て泣いてます

私、妻子のある方と密会しているんですけど...すみません、気取った言い方しましたがただの不倫です。ええ。

いつも通りSNS巡回してたらその相手の方がupした写真が流れてきまして、仕事終わりにどこか飲みにいったのでしょうね、飲みかけのワインのグラスが写ってました。部下の女性と一緒だって書いてあって、私彼女を知ってるので「ああそうか、そうね、彼女もけっこう飲むタイプだし、一緒に飲みに行ったら楽しいよね...」って納得しようとしたんです。

でもね。例えば私が彼と二人でどこかへ行ったとしても、彼は絶対Facebookポストしたりしません。当たり前ですよね。リスクが高すぎます。そういう意味では私は彼のアルバムには載らない「透明人間」なのです。

彼のページから彼女ホームに移動して、つらつらと過去写真を眺めたんです。そうしたら、私が彼に出会はるか以前の飲み会楽しい写真が出てきて。いい感じにほろ酔い加減の彼女がまたいい笑顔で写ってましたね。彼の横で。

私の知らない時間。私の知らない歴史彼女が彼にとってどんな位置付けなのかは知りません。そんなことはどうでもいい。でも私は悲しかったんです。どうしてかわからないけれど、それがとうに過ぎ去った出来事だとしてもとても...悲しかったんです。

こんな気持ちになるなんて、だから(仕事必要なのだけれど)Facebookなんかやりたくなかったし(八つ当たり)、人様の過去なんか見るもんじゃなかった。思っても後の祭りです。

気持ちが昂ぶって仕方なく「うわーん...」と口に出してみたら、涙がぽろっと流れ出たんで、そのまま泣くことにしました。

彼女が表舞台きらきら活躍するさまと、必要な時だけ必要とされるけれど所詮は「透明人間」でしかない自分の現状を対比した結果、ちょっと死にたくなるくらい落ち込んでしまいました。彼女はこれまでも、これからも、そこに居場所がある。対して自分はどうか。関係性質上きっと飽きたら終わるんだろうな...終わったらもうここには居られないな、って思ったら、それこそ心臓が冷えるような感覚をね、一瞬味わいました。...馬鹿だねえ本当に。何を今更。少なくとも表面的にはそれで何の問題もないし、そんなこと前からわかってやってたでしょうに。

彼に対して私を透明じゃなくしてほしいとかではなくて、彼女がそこで積み重ねてきた時間嫉妬した、それだけ。彼女にはちっとも非はないのに、とんだとばっちりです。

私にとって幸いなことには、彼はご家族との記録をSNSに上げないんです。飲み会笑顔ツーショットきめてる写真を見ただけでこんなに取り乱すのに、もしも奥様とお子さんとの楽しい写真を見たら、それこそ「うわーん」どころじゃないかも知れません。私の居ないところで彼らが紡いできた時間の大きさを、想像はできても目の前に出されるまでは「知らなかったこと」にできるから。見たら寂しくなってまた少し泣くかも。これは恋愛じゃないってわかってるのに、私はそれを恐れてる。

こんな夜更けに一人で部屋に居て、季節外れの寒さに凍えてるから私は弱っているのだ、そうに違いないと言い聞かせてアプリを閉じました。誰だって不意にそういう気分になることはあるでしょう。今日たまたまそんなタイミングだったんだと思うことにして。

きっと瞼が腫れるだろうけど「弱ってる」のだからしょうがない、今夜は眠りにつくまでほろほろ泣きます明日が日曜でよかった。


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と、ここまで書いて捨てるつもりだったんです、この文章。そしたら今朝、奥さんの実家帰省してめっちゃ楽しそうに過ごしてる彼と家族写真が流れてきてるじゃないですかー!

なにこれ、ええーまじで。うわー楽しんでるねー。ああなんか落ち込んで馬鹿みたい。ほんとにもう...寂しくなるどころか呆れて笑っちゃいましたね、自分に。

もう、しっかり楽しんで帰ってきてください。お土産期待しています。よい週末を。

やはり夜中に寒い部屋でひとりっていうのが精神衛生上良くなかったんですかね。今日友達誘ってデッドプール2とか観に行くことにします。俺ちゃん見て和んでくるわ。

2018-06-15

夜行列車にのって

まだ私がうんと若かった頃、上野駅14番ホーム恋しくて仕方がなかったのです。年末年始の間に帰省していた彼が帰ってくるのを待ち遠しく思って、ずっとホームの前で掌に白い息を吹きかけながら待っていたくらいに。当時は夜行列車がよく走っていたもので、東北から彼を乗せてやってくる夜行列車をいつもより早起きして待っていました。夜行列車が出発していく夜はとても寂しいのに、やってくる朝はどうしてこんなにも眩しいのでしょうか。もう目はあまり冴えてはいませんが、その時の朝日のことは未だに鮮明に覚えています

毎年1月4日に彼は上野駅14番ホームに降りてくる。それを今か今かと待つ私。そんなことを数回繰り返したのち、いつしか私は彼と夜行列車に乗るようになりました。がたんごとん、と列車が大きな音をたてる度に「あぁ、彼はこの音を聞きながら一人で夜行列車にのっていたのかしら」と思って、寝そべった彼の横顔を眺めていました。それも数回繰り返したのちに、今度は三人で夜行列車に乗るようになりました。彼とよく似た瞳をしたやんちゃ坊主が静かに寝てくれないものですから、何度も周りのお客さんに謝ったのも今ではいい思い出かもしれません。

それから長い長い時間が経った後、彼も、夜行列車もいなくなってしまいました。そして今では当時のやんちゃ坊主が私を飛行機に乗せてそこへ連れていってくれます。がたんごとん、はもう聞けないのだけれど彼が眠っている場所に近づけば私の胸もがたんごとん、と少し変な音で高鳴ってゆく。もう私もこの胸の鼓動がいつまで続くのか分からない歳になってしまいましたが、どうか彼のもとへは夜行列車で行きたいと夢見ています

2018-06-14

私は実の母親にいつもいなかったことにされる

どこに遊びに言った記憶も、兄弟姉妹の別の人間が行ったことになっているし

家事をしても何をしても

母の記憶では別の兄弟姉妹に置換されてしまうのだ

母の愛情希薄だとか

虐待されているなどという気はさらさらない

けど母は私のことを

どうしたって覚えていない

帰省して近くのスーパーに買い物に行く

母は何が食べたいと私に聞く

私は何が食べたいと答えたこともあった

が、母は全く聞き入れてくれる様子がないので

適当に言ってみては母の選択に任せるようになった

母は言う、「あなたはあまり好きなものを言わない子ねえ」

母にとって私は透明な存在なのだと思う

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