「帰省」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 帰省とは

2018-09-24

もしもおれがいじめられてなかったら

小学校の3年生くらいか中学校の2年生まで、軽くいじめられていました。なぜ中学校2年生でいじめられなくなったかというと簡単で、おれが学校に行かなくなったからです。いじめられていた理由不明。まあいじめに理由なんてある場合のほうが少ないと思うけど、多分態度が気に食わないとか、顔が嫌いとか、みんなやってるからとかそんなところだと思いますハチを食わされたとか陰毛燃やされたみたいな壮絶な体験ははっきり言って無いです。無視された、遊びに誘われなくなった、増田菌が付くとか言われて体や持ち物に触ることを嫌がられた、影で悪口を言われた、直接悪口を言われた、女子からキモいとかなんとか言われた、更衣室に引きずり込まれて一発ぶん殴られた、部活で一発ぶん殴られた、その程度です。おれは死にたいと考えることがまったく無い人間らしくて、そういう目にあっても自殺を考えることはありませんでした。とはいえ多感な時期の中学2年生ですから学校行きたくないと考えるようになるのは当然です。学校苦痛なのでインターネット友達をつくりました。どう考えてもインターネットのほうが楽しかったのでネットに没頭し、中2にして寝るのが午前4時とかそういう日も珍しくありませんでした。当然朝起きれない日が出てきて、ちょっとずつ休むようになっていって、そのまま夏休みになって、宿題なんてまったくやっていなかったので夏休みが明けても学校は数日しか行けませんでした。周りが学校祭に向けてちょっとずつ団結しているのにおれは学校をサボって何をやっているんだと思い、なんだか居心地が悪くなって、どんどん学校から遠ざかっていきました。周りも多少は気を使うので、おれがまったく学校に行かなくなる直前には、あからさまないじめほとんどなくなっていたと記憶しています最初学校祭が終わるまでは行かないでおこうと思っていましたが、学校祭が終わってもとうとう学校はいけませんでした。インターネットインターネットで、おれ不登校になったんだ、なんて言い出しづらく、平日は普通に学校に行っているふりをしていました。学校には全然行かない一方で、学校に行く夢はよく見ました。3日に1回くらいは見ていたかもしれません。久々に学校に行って、自然に打ち解けて、長い間学校に行っていなかったから周りはやけに優しくて、なーんだ、怖がってたけど1歩踏み出せば受け入れてくれるんだな、なんて思って、明日から学校に行こう、と思う夢です。我ながら切ない夢です。まあこんなのははっきり言ってよくある話で、なんの面白みもない話です。15人に1人くらいはこういう経験あるでしょう。ハチを食わされたとか、自殺を考えたとか、本当に自殺しちゃったといった話と比較すればとても些細なことで、取るに足らない経験です。

不登校といっても引きこもっていたわけではありませんでした。親と一緒に小旅行に行ったり、近所のコンビニに買い物に行ったり、サイクリングに行ったりしていました。もともとそこまで壮絶ないじめにあっていたわけではなかったので、特に人間不信みたいなものになっていたわけではなく、外には出ることができました。ただ、昼間や夕方同級生と顔を合わせるのが怖くて、キョロキョロと警戒しながらコンビニなどに行っていた記憶があります同級生が居そうなので近所のでかいショッピングモールには行けませんでした。学校関係者はすべて恐ろしくて、小学校の頃からの友人であっても顔を合わせることができませんでした。1度、夕方自転車でどこかを走っていた時、「増田か?」「最近どうしてるんだ?」なんて、あまり仲が良くない人に話しかけられたときは、びっくりしてしまい、無視して逃げてしまいました。今でもよく覚えています

どうも周りは高校受験意識して真剣勉強しているらしいぞ、という時期に、おれはなんにも考えていませんでした。実家ぐらしなら月10万くらい稼げば元気にインターネットができるぞ、と本気で思っていたので、中学出たらどっかでバイトでもして適当に生きていくんだと思っていました。親が遠くの定時制高校を探してきてくれて、おれは学校にいい思い出がないので、そこですら行きたくなかったんですが、親がいけと言うので半ば強制的にそこに行くことになりました。親には本当に心配をかけて申し訳ないことをしたと思っていますし、心から感謝をしています。その高校受験の日、1個年上で、中卒で寿司職人をやっていたけど大変だからやめて高校生をやり直すために受験しに来ているという人に話しかけられて、おれたち絶対からないとな、なんて話をしました。受験が終わった日の帰り、親が運転する車の中で、もしかして中学校までが駄目だっただけで、こういう学校だったら友達が作れて楽しいんじゃないか、なんて思って、鮮やかな夕日を見ながらニヤニヤしていた記憶があります

高校は、バイトしたり資格をとったりしながら、まあバイトで稼げるお金なんてはした金ですし、高校で取る資格なんてほとんど役に立たないわけですが、社会に参加してまっとうにやっているぞ、という充実感を持って過ごすことになります高校ではとうとう親友と呼べるような人はできませんでしたが、今でも帰省したときには会うような仲のいい友達は何人かできました。中学ではみんなが敵だったのに、高校はいじめてくる人間は1人もいませんでした。いじめてきそうな気性の荒い人はいましたが、そういう人たちは何故か学校では1人で暮らしていたので無害でした。集団浅慮と言うんでしょうか、たいていのいじめは、複数対1人で始まるものです。そりゃあ人間人間執拗にぶん殴るなんて異常事態は、1対1ではそうそう成立するものではないんでしょう。そういえば、結局、あの寿司職人の人は学校で1度も見ませんでした。名前を書けば受かる高校なので落ちたとは考えにくいです。事情があって入学をやめたんでしょうか。一緒に高校生活を送ることができなくて残念です。

高校担任が、4年制大学に行くと生涯年収がだいぶ違うぞと言っていたので、高校2年の冬からなんとなく受験勉強を初めて、結局、隣県の国立大学工学部に受かりました。国立と言っても、国立大学の中では下から数えたほうが圧倒的に早い、ランクの低い大学です。例を挙げるなら山口大学みたいなところに行きました。この前偏差値を見たら50行っていなくてびっくりしました。でも学費私立3分の1ですし、田舎なので家賃も超安いです。みじめな夢を見て、同級生の目に怯えながらこそこそと暮らしていた頃を思えば、国立大学に入れただけで御の字です。合格発表の日は本当に嬉しくて、母親なんて泣いちゃっていましたよ。大学では親友と呼べる人が何人かできて、同じ学問を修めようという人たちですので話も面白くて、とても楽しい日々を送っています

そうして今、大学で3年間を過ごし、いよいよ来年就職か、という段階です。大したことない学歴ですが、ぺーぺーだった中学のおれからするとだいぶ努力しましたし、親くらいしか評価してくれませんが、自分としては結構かいことを成し遂げたと思っています。でも中学の頃おれをいじめていた連中の中には、もっといい大学、例えば広島大学とか、北海道大学とか、早稲田大学とか、そういうところに行った人はゴロゴロいるんだろうな、と考えると、どうも釈然しません。彼らのことを恨んでいるかと言うとそこまででもないわけですが、彼らが行けたなら、おれにだって行けたんじゃない?って思うわけです。実際中学高校でコツコツ勉強していれば、現実的に考えて行けてもおかしくないだろうな、と思うわけです。おれ自体別に学歴厨みたいな人ではないですし、今の大学に不満があるわけでもないですが、彼らの中には自分より上等なことを成し遂げた人がいるんだろうな、という現実が、どうにも釈然しません。少なくとも彼らには、おれより2,3年は長く、コツコツ勉強するチャンスがあったわけで、もしその時間自分にもあったら、と考えずにはいられません。

大学に関しては別に今の自分立ち位置について悩んでいるわけでもないのでどうでもいいんですが、悩みといえば、コミュニケーション能力です。去年の冬に、お金がほしくて、温泉旅館住み込み短期バイトをしていたことがありました。当然同じ短期バイトの人が自分以外にもいて、どういう人かというと、都会の私立大学の、例えるなら明治大学みたいなところの学生達でした。彼らはハキハキしゃべって、おれ以外でどんどん打ち解けて、どっかに飲みにいこうぜとか、そんな話で盛り上がっていました。おれにはあんなところに割って入っていくなんてことはできません。ああいった集団と会話しようとすると、つい顔が引きつって、アッハイとか、ソデスネとか、そのくらいのことしか言えなくなってしまます普段はそうでもありませんが、たまに何かの間違いで陽キャラみたいな人たちと関わると、劣等感で押しつぶされそうになります田舎工学部でジメジメとした会話をするぶんにはなんとかなりますが、就職するとそういう人のほうがレアになることもあるわけで、今から就職活動や、就職した後のことが憂鬱です。おれのコミュ障はどこから来たんでしょうか。おそらく、先天的コミュ障なのか、長年いじめられた結果コミュ障になったのかの2択でしょう。その両方かもしれません。おれはいじめられていなければ、もうちょっとまともに、陽キャと呼ばれる人たちとコミュニケーションが取れていたのかもしれません。いじめられていなければ、人間付き合いが好きだったかもしれません。いじめられていなければ、女の子の目を見て会話が出来たのかもしれません。

女性だってそうです。中学生の頃は、当然好きな女の子がいました。でも学校に行かなくなったのでそれっきりです。結構好きだったのに残念なことです。高校大学ほとんど女性がいませんでしたし、女性と会話しようとするとつい緊張してしまうので、お察しの通りいい年こいて彼女というものができたことがありません。彼女がほしいなんていう願望すら、ここ数年で既に枯れ果ててしまいました。

いじめられていた当時は結構辛かったとは思いますが、その辛さも、実感としてはすでに忘れてしまいました。でも、こうした「いじめられなかったとしたら」という、どうしようもないifの話が、10年近く経ってもおれを苦しめます。本当にやるせない話です。こんなのは、どう考えても現実を受け入れてそれなりの人生を歩むしかないに決まっている話ですが、それでも、どうしても、いじめられなかった自分想像せずにはいられません。10年近く経っても苦しめられるんですから、もう10年経っても、もしかしたら死ぬまでこのやるせなさと戦うことになるのかもしれません。当時いじめていた連中に復讐してやるという気概があれば、まだ救われる話なのかもしれません。でも、いじめられていたときの苦しさと一緒に恨みも忘れてしまいました。

2018-09-23

東京就職した友人たちが変わってしまった。

Twitterアカウント実名になりアイコンは本人画像になった。

八重洲ブックセンターで開かれるイベントに参加するようになった。

noteを書き始めた。オンラインサロンかにも参加しているんだろう。

そういうこともあるだろう。

いわゆるインフルエンサーに憧れて,新しい生き方標榜する人びとは腐るほどいる。

後ろのソファに置いてあるiPhoneを手に取ってTwitterで「お金2.0」とか「hogehogeをアップデート」とかで検索したら5秒で見つかるはずだ。

知らんけど。

でも,僕の大切な友人が,かけがえのない人たちが,そんな腐るほどいるであろう人びとのコピーアンドペーストみたいな発言をし続けることはどうにも耐え難い。

もちろん,彼らの生き方だし,彼らの考えることなのだから僕の口をはさむ余地はない。

分かっている。でもどうにも耐え難い。そんな気持ちで今文章を書き殴っている。

彼らは(僕らは),偏差値が高くも低くもない地方国立大学で同じサークルに在籍していた。

みなさらなる地方から出てきて下宿をしていたので,口実を見つけては(あるいは口実などなくとも),酒を飲んだり,タバコを吸ったり,深夜アニメを観ながら麻雀を打ったりした。

彼らはみな何かを考えていたし,自身哲学を持っているように見えた。

僕はあまり友人が多くなかったし,地元にあまりいい思い出もないので,彼らとの時間こそが僕にとっての青春時代だったのだと思う。

願わくば,彼らにとってもそうであって欲しい。

彼らはみな優秀だったし,特に就職活動で苦労することもなく大企業内定した。

僕は就職活動をしなかったので詳しいことは分からないが,当然の結果だと思う。

魅力的な人間が正当に評価されたことは自分のことのように嬉しかった。

そして,僕らはそろって卒業し,僕は別の地方へ,彼らは東京へと転居した。

卒業後も出張帰省やその他もろもろの用事で近くに行ったときには連絡を取るし,酒を飲みながら,コーヒーを飲みながら色々な話をする。

彼らは相変わらず魅力的な人間だったし,仕事の話も僕にとっては新鮮で興味深い。

僕は彼らのことが本当に好きだし,匿名のこの場では,恥ずかしげもなく親友であると言いたい(もちろん実際にあって確かめ合うようなことはしないので実際のところは分からないが)。

近ごろSNS上での彼らの様子がおかしい。

繰り返すが,彼らの生き方に僕が直接何かを言う権利などありはしない。

からこれは完全なる独り言だ。

SNSの使い方というのは非常に難しい。

僕は母親Twitter上で相互フォローなのだが,ある時を境に母は政権批判リツイート以外をしなくなってしまった。

彼女には彼女なりの思想があるのだろう。何かを言うことはできない。

彼女Twitterアカウントは数年前から僕のミュートリストの中にある。

思うに,誰もが言いたいことや考えていることがある。

しかし,咀嚼して,飲み込んで,消化してしまう前に色々なもの燃え尽きてしまうのだ。

一瞬で燃え上がり,そして燃え尽きてしま情報について考える時,僕は大気圏で煌々と輝くスペースデブリ想像せずにはいられない。

欲望と抑圧の排泄物が,燃え尽きる瞬間に光を放つ。

考えるべき問題について考える時間永遠に与えられない。

そんな時に目に飛び込んでくるキャッチーフレーズはあたかも答えを与えてくれるように思えるのだろう。

自身にも思いあたる節がある。

話が逸れてしまった。

大学時代の彼らの話は未消化で,拙く,青臭かった。

でも,決して誰かのコピーアンドペーストではなかった。

一切の出典のない話はこの世に存在しない。

でも彼らの話は本物だったし,彼ら自身だった。

そんな彼らの話が僕は好きだったし,僕自身もずいぶん恥ずかしい話をしたような気がする。

現実世界の彼らは昔と変わらないように思える。

変わらない人なんていないのだろうが,そう思える。

だとしたら,僕の感じる嫌悪感の正体はアウトプット方法にあるのだろう。

情報を噛み砕いて,飲み込んで,消化する。そして何らかの形で放出する(あるいは排泄する)。

この一連の作業必要ものは枠組みだろう。フレームワークなしで人間論理だった話をすることはできない(もっと言えば論理的思考も)。

いわゆるインフルエンサーは,旧来のフレームワークを貶しながら「新た」な,「多様性」の名の下に画一的フレームワーク提供する。

ただ,そのフレームワーク問題なのだ

以下は宇野常寛氏のインタビュー引用


では、そのグローバルな新しい世界を受け入れたビジネス書に何が書かれているかというと、究極的には自己啓発的に「がんばれ」としか言っていない。

しかし、現在東京は、シリコンバレーでも深圳でもない、世界の中で2周遅れた街になっています

東京にはグローバルな情報産業プレーヤーとして誇りを持てる環境は全くなくて、そこで生まれ言葉は非常に貧しい。

もちろん、東京にもポジティブにもがいている個人はたくさんいますけど。やはりこの現状では「がんばれ」くらいしか言うことがないのだと思うんです。

https://www.asahi.com/and\_M/articles/SDI2018071041031.html])




ビジネス批判なのだが,いわゆるインフルエンサー発言もこれに近いものだと思う。

絶望的な現状を(現在の枠組みを)冷笑的に貶め,インターネットSNSテクノロジーが新しい生き方を生み出す!と声高々に宣言する。

ではどうしたらいいのか?がんばれ。動け。ポエムを大さじ2杯ほど。

結局のところ,枠組み「っぽいもの」以上が与えられないままアウトプットフェーズにたどり着いてしまう。

インフルエンサーの人びとは「がんばって 」それなりの成功を納めたかインフルエンサーたり得るんだろう。

ただ,彼らの何百倍もの人びとが同じように失敗し続けている。

結局のところ,誰も何も分かりはしないんだろう。

芦田愛菜以外のすべての人間人生1周目なんだから当然だ。

僕はウィナー・テイク・オールでばらまかれ続ける虚無を嫌悪し続ける。そして、僕の好きな人びとに薄っぺら言葉を吐かせたことを悲しく思う。

僕の友人たちは成功するかもしれない。

あるいは失敗するかもしれない。

ただ,彼らが成功者として虚無の枠組みを提供し始めたとしたら僕はとても悲しい。今はそう思う。

2018-09-22

新興宗教の子供だった

承認欲求ちょっと強めに出たせいでなんだか怪しげなタイトルになったが、残念ながらそんなに波乱万丈な人生を送ってきたわけではない。これは特に何を訴えようというでもなく、しかし書きたい気持ちがあり、それに際して家族以外に自分名前を出して伝えることについて自分の中で非常に大きな抵抗があるため、匿名で書くものである。ぼくはといえば、普通に公立の小中高校と通い、ふつう私立文系学部に進学し、うっかり留年などするものボンボンクラクラとしてのうのうと生き延びている。経済的不自由もなかったし、就職活動で不利になることもなかった。

しかし家のリビングには立派に新興宗教エライ人の格言が額に入れて飾ってあったことも確かだし、実家帰省してみても父は毎週教会に通っている。具体的にどの程度信心しているのかはよくわからないが、おじいちゃんおばあちゃんばかりの信徒のなかで若手(もう還暦が近いが、若手である)として教団支部運営にはそこそこ尽力しているようである

これを書いてしまうとおそらくもうどの宗教かは特定できるが、父の実家宗教江戸時代末期にできた神道の一派であるらしく、新興といえどそこそこ歴史はある。宗教の名を冠した教育機関もいくつかあり、そういえばいつかの甲子園にもでていた気がする。

子供の頃はよく教会に連れて行かれた。僕と同じくらい年齢の子供が数人おり、両親やおじいちゃんおばあちゃん先生のありがたいお説教を聴いている間、僕はゲームを買ってもらえない子供だったので他の子ゲームをしている様子をずっと眺めていた記憶がある。たまにお菓子をもらえたりもした。当然お説教一言も聴いていないので現在に至るまで全く信心する気持ちはない。大変な親不孝者である

普通のこどもは教会に行かない」ということを知ったのは小学3年生のときだった。当時気の迷いで野球スポーツ少年団に入っていた僕は、あんまり土日の練習が嫌になったので「明日教会に行くので練習休みます」とコーチに言った。周りの目が一気に怪訝そうになったのを覚えているし、言ってしまった直後自分自身も「どうやらこれは間違ったことを言ってしまったらしいぞ」ということをすぐ認識したので、それ以来人前で教会の話はひとこともしていない。おかげで土日に遊べない理由適当捏造するのがうまくなったものである

地下鉄サリン事件というのが生まれる少し前にあったらしい、ということを知った時、どうやら自分は少し言動に気を遣わねばならないらしい、と思った。ネットで噂になっているエホバの証人や某学会信者による迷惑行為が、日本における「新興宗教」のイメージであり、先述したように信仰心ほとんどない僕も「宗教ときくとやっぱりちょっときな臭い言葉であるように思ってしまうところがある。ところが同時に僕は新興宗教当事者であるとも言える立場なので、あんまり無邪気な感じにもなっていられないのだ。

ニューヨークに突っ込んだ飛行機映像を見て宗教歴史のいたるところで戦争を起こしてきたということを知った時にも、子供心に教会の中に入り込んでいってしまってはいけないのかも、と思った。科学の子であった僕は、やっぱり母の言う「天国で死んだおじいちゃんが見守っている」だとか、神様を信じれば助けてくれる、ということに「ウッソだぁ〜」という気持ちを持っていた。お空の星は核融合炉であり、太陽系があり、銀河があり、宇宙インフレーションビッグバンからまれていた。神の祟りよりプレート・テクトニクス隕石のほうが怖かった。

ところで、僕はカトリック教会にも行ったことがある。祖母カトリックだったので、クリスマス礼拝に連れて行かれたのだ。洗礼は受けていないので、目の前で配られるパンワインをただただ眺めるばかりであった。眼の前の人がワインを飲むなり激しく咳き込みトイレに走っていったのを覚えている。たいへん敬虔信者であったのだろう。僕は激しい修行はおろか正座でありがたいお説教を聴いて足を痺れさせたことすらないので苦しみをもって神に尊敬の念を示すということを全くしたことはないが、もしかしたらそれが心の支えになって、拠り所になって、日々を生きることができている人もいるのかもしれないと思う。なお家には未だに聖書がある。

母は教育の人である教育を学び仕事にするプロフェッショナルである。親は誰しも自分の子供には人生における様々の試練に負けず強く生きてほしいと願うものであると思うが、カトリック祖母の影響でミッション系の学校に行っていたこともあるのだろう、心の何処かで神を信じるように幼少期の僕に教えてきたように思う。神は想像を絶する試練を課せられた人々の心をたびたび救ってきたからだ。新興宗教教会あんまりもつまらないお説教のせいで全く僕に信仰心が芽生えることはなかったが、大学宗教学の授業をとってみたりした今になって、「宗教ってこういう役割があったわけだね」という話をすることがある。流石に現代に生まれ中世のように「本当に」神を信じることはないが、しかし母は未だに「でもなんだか、どこかで信じている」というようなことを言う。

僕はお寺や神社を見て回るのが結構好きで、今年の夏も(オタク聖地巡礼を兼ねて)下鴨神社に行ったりしている。猛暑京都盆地の中、糺の森木々直射日光を遮り、薄暗くなっている参道はアホほど暑かった。今年は割と苦労した就職活動がどうにかうまく行ったため、賽銭箱に五円玉を投げ「いいご縁がありました、神様ありがとうございます」とお礼を言ってきた。下鴨神社神様も「縁結びってお前そういうことじゃねえよ馬鹿野郎」とお怒りのことと思う。

2018-09-20

猫拾った

自分帰省直前、8月中旬に姉が猫拾った。キジトラの雄猫でたぶんその時1ヶ月半くらい。ゴミ出し行ったらついてきたらしい。

姉の家では飼えないか実家に来た。めっちゃちっちゃい。病院連れていったらノミとか寄生虫いるからって色々注射とかされてた。

家族の誰よりも医療費かかってるけど超かわいい。暴れ回って手とか噛むけど超かわいい。ちゅーるをうまく食べられなくてパッケージ噛んでるのも超かわいい自分実家から下宿先に戻る日、めちゃくちゃまとわりついてきたのも超かわいかったな

あーーーーー早く実家帰りてーーーーー

2018-09-18

友人関係が終わってしま兆候

経験上、相手雑談中に妙にイライラし始めるようになったらそこから関係が終わるまでは長くなかった。

例を出すと 

友「てか、あんたわざわざ新幹線帰省したんだね」

私「うん、高速バスは体力的にキツそうだったから。事故も少なくないしあまり気がすすなくて」

友「またそうやってほとんどないようなリスクのこと考えて……(相当ムッとした顔)」

私「あはは…。でも新幹線めっちゃ混んでて喫煙車両しか空いてなくて『タバコの煙にまみれるくらいならバスでもいい』と思ったら、今度はもうバスも一杯で。結局タバコ臭い服で帰省した笑」

友「連休中なんだからそんなの最初からわかりきってるじゃん…ねえ自分が望んだ席に座れるわけないって分からないの?(本当にお説教する感じで)」

私「いや、この話別に普通に災難だったなーってだけのなんでもない話として言ってるだけでそんな真面目に語ってないよ?笑」

友「えっ、なにが????」

私「????いや、まあいいや」

真面目な意見を求めてこの話をしたわけじゃないよ?って言ったとき友達は狐につままれたようなキョトンとした顔をしてたから、

「この前こんなことあってさあ〜」くらいの取り留めもない話の最中相手に対して仕事指導さながらああしろこうしろチクチクやるのは当然のことだともしかしたら思ってたのかもしれない。

付き合い長いけどこういう感じになることはこれまでなかったんだけどね。

一緒に遊んでるときもことあるごとに、本当になんでもないことで友達スイッチが入って、

亭主関白旦那とそれに従う気弱な奥さんみたいな感じでチクチク言われる場面がめちゃくちゃ増えたから、

せっかくの休みも「半分楽しい。半分不愉快」みたいな感想で終わることばかりになった。

結局、7年続いたこ友達との付き合いはやっぱり雑談イライラから3ヶ月くらいで終わってしまった。

相手雑談を真面目に捉えてイライラ」は関係性の終わりを示すかなり正確な兆候だと思ってる。

個人的にはこの友達に「雑談イライラしてるとき無意識なのかどうか」を聞いてみたかった。

まり、私に対する不満や怒りが溜まっていてそれを発散する手段としてあえてなんでもない雑談イライラしてるのか、

私に対する不満は溜まっていたけど雑談イライラあくま無意識でやっていたのか確かめたかった。

自然消滅に近い感じで友人関係が終わったからそれはかなわなかったけど。

2018-09-14

のんびりする」と「何もしない」は違う行為

のんびりするためには、旅行に行く・帰省するなど、非日常に踏み出す活動必要

お前ら親と何の話してるの?

たまに帰省しても話題がなくて気まずさを感じる。

から親と旅行なんて信じられないんだけど。

みんななんの話をしてるわけ?

2018-09-13

いつになったらこどもできるかな

母が亡くなってから1か月が経った。

夏コミサークル参加ホテルに前泊してる、その日の深夜に「母が亡くなりました」と父からLINEが入っていたので、起きて身支度をして、人の流れに逆らいながら国際展示場駅を後にした。

結婚して3年が経った。

子どもが欲しいと思ってから2年4カ月、不妊治療をし出してから1年4カ月。今日また生理が来た。腹が痛い。

母がガンになったのは4年前のGWだった。

母のために孫の顔を見せたいと思ったが、最後までかなわなかった。

不妊外来先生に、母のガンがいよいよ末期であと3か月しか持たないかもしれない。高額でも問題いから、確率が一番高い方法を取りたい。体外受精がしたい。と言ってみたけれど、「年齢的にもまだ今はやる時期ではない」といわれて子宮内体内受精しかしていない。

母の主治医最後に予告していたとおり、母はちょうど3か月で逝ってしまった。

亡くなる10日前まで、自分トイレに行けたし、話もできたし、奇跡的な元気さだった。最後最後まで「何言ってんの、治すに決まってるでしょ」と完治を疑わず、「最期に言いたいことは、伝えたいことは」みたいな雰囲気にはできなかった。どう見たって治らないということが分かったところで、「信ずれば治る」と、信じて疑わない本人に「絶対治らない」とは言えなかった。でも無理やりにでも、生きてるうちに「あなたの子供に生まれることができてよかった、素晴らしいお母さんだった、あなた子育てをしたかった」とか、直接伝えられたらよかったのかなあ。

物心ついてから親族が亡くなるのは初めてだったので、人が亡くなった後の流れをよくわかっていなかった。

実際は、病院でお風呂に入れてもらい、服を私服に着替えさせてもらい、葬儀場に運ばれ、エンゼルケアをしてもらって、棺に入れてもらったみたいだった。

自分がいない間に葬儀場の予約から式次第から至るものが準備されていて、香典返しには母の名前印刷されているし、遺影だって古い写真を取り込んでトリミングしてぼかしていい感じに作ってくれていたし、お花もたくさん飾られていて、この業界スピード感があるなあとか、親族多くてありがたいなあとか思った。

亡くなってから再開した母は顔がふっくらしており、スターみたいなヘアスタイルと、普段とは全然違う化粧をしていて、なんだか別人みたいになっちゃったなと思った。

親戚がおおいうえにみんな近くに住んでいて仲が良いので、告別式だというのに結婚式かと思うような設置をいとこたちがしてくれた。当日来た方がメッセージカードカラーペンコメントを書き入れて、模造紙に貼り付けられるようにしてくれたし、旅行写真を飾り付けたり、色紙を持ってきて寄せ書きを作ったりしてくれた。

通夜から葬儀まで一夜あったというのに、こちときたら手紙の1枚もこさえることをしなくて、葬儀場の遺族控室は大きな民宿みたいだなとかのんきなことを思いながら過ごしてしまっていて、反省した。

通夜葬式で450人くらいの来場者数があった。葬儀場に入りきらない人数で、改めてすごい主婦だなあと思った。自分葬式にはどれほどの人が来てくれるんだろうな。

葬儀が終わって、香典のまとめやお返しも終わって、納骨はまだだけど実家にいる理由もなくなったので、実家からは遠い自分の家に帰ってきて3週間くらい経った。

1か月前の今頃はこういうことをしていたなと思うと、夜泣けて寝付けなくなってしまうことが増えた。こういうのは直後より、少し時間を置いた方が来るものがあるんだな。

母が亡くなった直後というのは、覚悟があったからかもしれないけどあんまり絶望みたいなのはなくて、悲しいけど失意のどん底っていう感じでも無い状態だったから、葬式の翌々日は普通に仕事をしてしまった。その後はなんだかんだしばらく休みをもらったけど家族も同じように割と元気で、淡白かなあと思ったけど、どうだろう。

しばらく帰省していた間におばあさんと朝ドラ見ていたので、今でもお昼に見ている。

そしたら主人公の母もガンになっちまった。は~~~よくある話ですわなほんま

それで寝付けない日が増えてきたなというとき生理ですよ。

は~~、な~~にが「治療やめたら案外すんなりできることもあるしね」じゃ

母が亡くなったから転生してくるみたいなオカルトにもちょっと期待したけどそんなことはなかったわ。

朝ごはん食べてなかったから昼にご飯作ったけど、口に飯を入れたら味覚からいろんな感覚が刺激されて泣けて泣けてのどが絞まってものが飲み込めねえ。

は~~~せめて早くこどもできねえかな~~~~~~

なんて仕事さぼって文章殴り書きしてたらだいぶ気持ちが落ち着いてきた。

チラシの裏です。

結局彼氏が欲しいわけじゃないのかもしれない

現在21歳、大学生高校生の時3ヶ月だけ付き合った(付き合ってもらったようなもの)彼氏と別れてからずっといない。欲しいって思う時は多い。でもオタクなので毎日とても楽しいし、友達のことが大好きでいつも遊んでるから充実してる。帰省しちゃって遊ぶ人がいない時とか、親友彼氏ができた時とか、寂しい時は欲しいなって思ってる。そんなモチベーションわたしは、バイト先でずっと彼氏がいないことをネタにされてる。他のメンツはみんないる。ネタにされているといっても、みんな優しいので悩みを相談できたり、何か動きがあった時に報告すると話を聞いてくれる。でもたぶん、彼らはわたしが失敗した時、ずっと彼氏がいないなんて可愛そうって思ってるだろう。事実わたしが悲しんでるから可哀想って認識でいいんだけど。でも、その時に気づいてしまった。わたしもしかして彼氏がいる、という身の上が欲しいのかもしれない。どんなに趣味が充実していて毎日が楽しくても、恋愛一定の重きをおく人からみたらカワイソウな子なのだ。だからできないんだよ。って原因にされる。わたしはユメカワみたいなファッション好きで、今大多数が着ている白Tワイドパンツスニーカーなんて全然好みじゃない。でも男の子はそっちが好きなこと知ってる。そして、彼氏がいない原因の一つにされる。もっとカジュアルな服着たらいいのにって言われた。知るか。わたしはこの服が着たい。可愛いから。ってなっちゃうのもまた原因だって言われる。妥協しろって思われてることも知ってる。でも、そんなファッションでも彼氏いる子はいっぱいいる。オタクでも、根暗でも下品でも笑い声がうるさかったり大人しそうだったりする子にも彼氏がいる。だから自分否定したくないと思ってしまう。実の所、自分を無理に偽るくらいならいらないっ思っているのだ。

さっき彼氏を作ろうと頑張っている、と書いたけど、とても負け惜しみのように聞こえるけど、わたしは実はそんなに頑張っていない。わたしデート継続できない。極度の面食いで(だから彼氏できないんだよ、って思った人、正解です)一目惚れしいで、それか毎日強制的に顔を合わせてコミュニケーションをとるような人間しか好きになれない。人の紹介やアプリ出会った人だと、どうしてもメンドクサイが来てしまう。このまま頑張ってあと2,3回デートすれば付き合えただろうになって人はいた。わたしの思い違いかもしれないけど。だから頑張ってるのに、っていうのはちょっと間違いだ。いつでも出会いは探してる。でもやる気が継続できない。それは結局、自分日常の方がずっと楽しいからに違いない。だって毎日推し情報更新される。公式からわけわかんないくらいの供給が来て阿鼻叫喚して不気味な笑い声を漏らす。

ここまで読んで、そりゃ彼氏できないよ。ってみんな思ったよね。そう思われたくないから、わたしわたしのままを否定されないために恋人がいないという弱点をなくしたい。

きっとこの理由彼氏が欲しいという気持ちの半分以上を構成している。

2018-09-12

みんなすごいなぁ

日常的な行動力がある人多いなって思う。

郊外フェスに行ったり

フットサルしたり

新しくオープンした複合施設に買い物に行ったり

マイナー展覧会に行ったり

実家帰省したり

地元同窓会したり

技術勉強会に参加したり

お世話になった先輩の送迎会したり。


私は数年に一度なら活動できる。

後進国に数月バックパックしたり難関資格とったり自転車四国周遊したりはできる。

でも日常的に活動的になれない。

毎日がなんとなく終わってしまう。

毎日有意義に過ごす人たちが羨ましい。

今日23時。寝る準備をする。今日が終わる。

2018-09-04

anond:20180904234607

ハツラツと仕事して友達旅行してってやってる母だから

かに体悪くしてから都会に引越しとなると色々辛くなりそう…

今度帰省した時にしっかり話してみます

2018-09-01

anond:20180901162040

コンビニバイトしてたとき中国人留学生スタッフ帰省お土産を同僚や社員に配ってたら店長に「賄賂中国文化だね」と言われた話を思い出して胸がムカムカしてきた

の子供が大きくなった頃は着ぐるみ女萌が台頭するのかな

盆に帰省した義実家子供と一緒にゴーカイジャーVSギャバンを見てたら、エロい姿の悪の女幹部らしきキャラが出てきた。

私は特撮子供最近見始めたので、女幹部も全部キグルミしか見た事がなくなかなか新鮮だった。

昔読んだコスプレ風俗レポ漫画で、記憶に残った客として悪の女幹部コスでひらすら振り返りマントバサバサさせて下さい接触エロは一切なしと言われた事を風俗嬢が語っており、こういう悪の女幹部性癖捻じ曲げられたのかと思った。

今の戦隊の悪の女幹部ゴーシュルテドゥはキグルミだがシュビドゥバーって感じのセクシー女医キャラだ。

キュウレンジャーラプター283もキグルミだがメガネピンク可愛いキャラだった。

トッキュウジャーワゴンさんなどテラテラ光る素材のスーツティーバックパンツを重ねた尻をくねらせお色気を振りまくエロキャラだった。

多分幼少期に何かしらこじらせている少年が多数出ていると思う。

彼等が大人になる頃にはキグルミエロが一大ジャンルに育つかもしれない。

2018-08-31

親の年収が2000万円だった

先日帰省して、置いてあった書類をふと見てしまった。

父の年収が一千数百万。母(専門職パート)の年収を合わせたら二人で多分2000万くらい。

私の年収、400万くらい。

仕送りとかしなくていいし恵まれてると思うべきなのかもしれないけど、こんなできの悪い娘で情けなくて申し訳ない。

2018-08-29

かまぼこモドキ

和菓子コーナーに置かれるアーチがかった円柱。断面を見ると、中は白く、外は鮮やかな桃色…どう見ても「かまぼこであるが、和菓子コーナーに、しかも常温で「かまぼこ」が置かれているはずがない。

これは「すあま」という和菓子である

もちもちとした感触で、シンプルな甘みを感じる。

このかまぼこモドキ…もとい「すあま」との出会い大学1年生の夏の頃であった。

私は死にそうなくらいお金がなかった。一刻も早くお金を稼がねば、来月アパートを追い出されてしまう…帰省するお金も、携帯を維持するお金もなかった。

そんな絶望的なお盆前、パン工場アルバイト募集のチラシがポストに届いた。なんと繁忙期につき時給は2100円であるシフトは18時から翌6時までという過酷ものであったが、四の五の言ってる場合ではなかった。

そんな状況で始めたアルバイトドーナツを作る部署に配属されたが、仕事内容は単純作業で、苦痛の極みであった。油の河を流れてくるドーナツドーナツ機械によって自動的にひっくり返る。しか機械の精度が悪く、5回に1回は失敗する。長い菜箸で、機械がひっくり返すことに失敗したドーナツをひっくり返すのが私の仕事だ。30分は経ったと思って時計を見ても、5分しか経っていない。これが夜通し続く。

しか環境も最悪である死ぬほど暑い事故防止のため作業着も厚い。毛を一本も落とさぬよう肌は鼻以外覆われている。

こんな地獄のようなアルバイトにも一つだけ楽しいことがあった。それは一時間夜食休憩である

夜食社員食堂で買うことができるシステムであったが、パン工場ということでパン和菓子無料食べ放題であった。

死ぬほどお金のない私は当然無料のものばかり食べていた。しかも一日の食事をすべてここで済ませるべく、食い溜めを行っていた。

しかしこの食べ放題にはカラクリがある。

作りすぎて出荷できなかったパン和菓子。つまり"不人気な"パン和菓子しか置かれていないのである。「メロンソーダ味のパン」「ちくわパン」といった奇妙なパンばかりが並ぶが、正直パンがおいてあるだけまだ当たりだ。なにせ私のシフトは夜番だ。昼間にパンはほぼ食べつくされてしまっていて、「すあま」という奇妙な和菓子しかないことがほとんどであった。

まり私はこの一週間、ほぼ「すあま」のみを食べて暮らしていたのだ。

正直「すあま」は不味くも美味しくもない。

しかしほぼ無味に近い。

たまには肉や魚を食べたいと思い、

「せめて『すあま』が『かまぼこ』だったらいいのに…」

と何度も思ったものだ。



これが私と「すあま」との出会いだ。

本当に稀にでしかないが、スーパーで「すあま」を見かけることがある。懐かしさから、買おうと思ったことはある。しかしあの地獄の一週間以降、まだ「すあま」を食べていない。

「なんでわざわざお金を出してまで買わなきゃならんのだ」

という気持ちが勝ってしまうのだ。

いつか大金持ちになったら。お金を出して「すあま」を買う。そんな余裕を持ちたいものだ。

2018-08-26

掛け布団カバーシーツ、変えたいと思いながら

台風だったり帰省してたり風邪で寝込んだりで

タイミングしまくった

今日ようやく変えることができてスッキリ

さっさと洗って台風来る前に干してしまおう

今晩は新しいシーツ気持ちよく眠れそうだ

2018-08-24

弊社限定アンケート結果

お盆休みの過ごし方

海外旅行 3人

帰省 5人

ボランティア 2人

寝盆 2人

以上、現場トイレ個室よりお伝えしました。

2018-08-20

この前帰省の帰りに初恋女性らしき人を見たけど、老けてたな。

前を歩く男性に見守られた少年とその後ろをベビーカーを押して歩く女性の図。

何だろうな、嫌な気持ちだ。それだけ。

2018-08-19

田舎価値観に嫌気がさしてLINEを消したらどうでもよくなった話

お盆、年に1度のスーパーロング帰省真っ只中。

衝動的にやってしまった、LINEリセット

SNSを突然リセットしたことはあるが、

LINESNSというよりもはやライフラインに近いので、初めての試み。

リセット癖と一括りにすると、メンヘラだのなんだのと言われそうなので

表向きにはログインエラーということでやり直し。

しかしながら想像以上にメリットだらけだったので記念カキコします。

友達リストは約500人。リセットしたら、40人に。

自分携帯を持ち始めてから番号を変えていない。

かのぼると高校生の頃からで、もう約15年にもなっていた。

比較マメバックアップを取っていたほうだったので、電話帳も継続していた。

数多の電話登録に同期されたLINEには、

TOでメールのやり取りなどもうしないであろう後輩や、「ただの」クラスメイトも含まれていた。

15年も経てば、違う持ち主の番号になっているものもあるだろう。

今まで見直しをしてこなかったがために、LINEの表示名(電話登録名)とLINE登録名が異なるものもちらほら。

お前、誰だよ。

今回やりなおすにあたってのルールは2つ。

電話帳の整理をしてから同期。

自分電話番号では検索させない。

これで、ある程度の数に絞れるだろうと踏んだ。

結果、500人を超えていたリストは40人にまで減った。

ざっと確認しても、登録名に相違はない。全員知っている人だ。

ああ、その場ののりでQRコードをささげたような、

街コン関連で1回だけ顔をあせただけの他人以上の他人とか、「知り合いかも?」に延々登場していたやつらも消えた。

これだけでもかなりすっきりだった。

もう一生会わないだろうよ。あばよ。

登録名は新姓に統一

これ、自分も含めて再調整。

人によっては 旧姓(新姓)花子 とかで登録していたけど、

花子だけ見て旧姓もでてこねぇような希薄なやつはもう友達じゃないという乱暴な仮説により全部統一

長ったらしくなることもなく非常にすっきりした。

新姓のほうがよくわかんないだよね。

無難プロフィール画像+「aya」とか「a.ayu」とかお前誰やねんアカウント死滅

これ、500人いたとき結構ストレスだったやつ。

顔写真載せてたりタイムラインに誰かわかる投稿しているやつは1000歩譲ってまだよしとする。

(ていうかそういうやつは名前編集するようにしてた)

でもタイムライン投稿ゼロ+犬だのカフェだの無難プロフィール画像のやつ。お前はだめだ。

誰かバレたくないがためにわざとだったり、

しかすると出会い系でも使っていたりするんだろうが、

本当にお前誰なんだよ。

ライフラインと化したLINEでそれはやめてくれ。

今回のリセットで、こいつらも一掃された。

連絡取る必要があったらSMSでもできるもんね。あばよ。

ついでにインスタも削除

これはー、、ついでだね完全に。

LINEで「限られた人」とだけつながっていればいいという精神状況になったとき

インスタが非常にあほらしくなった。

なんで個別で連絡も取らず会いもしないやつにストーリーとやらで現在地を共有してたのか。

そりゃーね、

SNSでつながるっていうのは、一番楽な方法なんです。

だって指を上下に動かせば、タイムライン上で情報が入ってくるんだもの

やれ子供が生まれただの、旅行行っただの、なんだの。

でもね、それってなんだか寂しくない?って思い始めた。

どうしても大事友達だったら、会って目を見てしゃべりたいけど、

SNSで完結してしまうことで大事機会損失をしてしまう。

から、消すことにした。

消してみたら、意外と平気なんだよ。

1個1個事例を思い出すと、ちょっと寂しくなるけど案外覚えてない。

思い出はこれからつくればいい。今までありがとう、インスタ。

…まあ仕事情報収集しないといけないから、また作ると思うけどね。

田舎価値観がほんとにやだ

急に話が戻るけど。

今はお盆帰省中。

この1週間、いろんな人にあった。

地元友達、前職の同僚、好きだった人、家族

今までは、会えるだけでよかった。

帰省して、今までと同じように関係が壊れていないことを確認して、満足して帰る。

でも今回は初めて違和感があった。

久しぶりに酒を酌み交わしながら、「人の」話をしてる。

人って、自分相手じゃないよ。その場にいないけど共通の人。

あいつが結婚して○○で働いている」

「○○と△△が付き合ってるらしい」

「××は仕事ができない」

それさー、今話してどうなんの?

違和感を覚えつつ相槌はすごく興味ある風にする私。

でもね、すっごく興味ないことに気づいてしまったの。

もっと未来の話、夢の話、議論でもいい、実のある話がしたい。

今までそんな感覚になったことがなくて、自分もびっくりしたよ。

田舎ってさ、おせっかいだよね。

田舎は情にあつく都会は冷たいって、おせっかい度でいえばそうだよ。

現状の文句や妬みを言うなら、行動しなよ。

そんなこと考えてたらさ、どうでもよくなったの、インスタのストーリーとかね。

あと、普通にしゃべってても、マウンティングみたいになるし。

友達って環境によって変わるんだね。

実感したよ。

しばらくこっちでがんばるからさ、また会いたくなったら会おうよ。

そんなこと思いながら、駆け足で新幹線に乗った。

あー、すっきりだよ。おすすめです。LINEデトックス

価値観とは

先日、お盆だし田舎帰省したんですよ。静岡なんですが。

嫁と娘を連れて帰省すりゃ母親は喜ぶんだよね、当たり前だけど。

でも、そのあとがだめ。

車で外食に行くにしても「その道よりもこっちの方が近い」だの

「この道の方が早い」だの

お店選びでも「あの店は不味い」やら「イマイチ」だの

どこ行くにしても何をするにも、真っ先に駄目だし。全部否定からはいる。

その上、自分では何一つ提案しねえ。

しかも必ず誰かや何かと比較する。

そんなに誰かと比較してどうしたいんだよ。そんなに急いで何が変わるんだよ。

マジでげんなりする。帰省したくなくなる。

娘の前だから我慢したけど、何度注意しても変わらないならもう帰省するのは

控えようかと思う。

帰省旅行で買った地域のおいしいもの教えて

食べることと旅行が好き。

いろんな場所のおいしいものを教えてほしい。

自分は、山形駅とんかつ屋の隣で売ってたレバーペーストが今回のオススメ

2018-08-18

結婚式のお車代がもらえなかった

幼馴染の結婚式に参列しました。

地元滋賀で友人の結婚式に参列するため、東京から新幹線地元に戻ってきました。

大変めでたいんだけど、お車代がもらえなかったのがモヤっとする。

これって普通なのかな?

もし、事前にお車代が出ないと言われていても参加していた友人だけど、連絡がない限りは最低でも交通費の半額は出すのが当然だと思っていたので、モヤモヤが消化できない。

参列にあたっては、私自身の往復新幹線交通費に加えて、子供が幼くて留守番できないか子供も一緒に帰省して親に面倒見てもらうなど、負担が大きかったんだけどな。

お祝いできて嬉しい気持ちもあるのに、こんなことでモヤモヤするなんてダメな奴なんだろうな。あーあ。

(追記)

私自身は結婚式地元で挙げたからその友人にはお車代は出してない。私の時は、県外から招待したゲストには全員交通費全額出したし、予算上全額出せないゲストはお招きするのが失礼だと思ってそもそも招待しなかった。私がそういう価値観から余計にモヤっとするのかな。

ちなみに、同じ友人グループの他の人が地元結婚式を挙げたときは、みんな半額を包んでくれた。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん