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はてなキーワード: 帰省とは

2017-08-21

https://anond.hatelabo.jp/20170820222635

比較歴史の浅い業界にいたけど男女比が男に偏りまくってたんでそういう話はほとんど聞かなかったなあ。

そもそも出張帰省お土産買ってくるという文化がなかった(会社の金でE3に行ってもだ!)のでなんだかピンとこない。

老いと死について

父方の祖父祖母は二人とも亡くなっている。

おじいちゃんは心臓発作でポックリとなくなり、おばあちゃんは5年位老人ホームに入った後になくなった。

お盆帰省の際に、父方のおばあちゃんのお見舞いに行っていた。

「早く死にたい」という言葉が出てきたりした。

多分本心だろうな、という風に思った。

なくなったという知らせを聞いた時、「あ、やっとお迎えが来たんだな」というふうに思ったことを覚えている。

一方、母方の祖父祖母は二人ともまだ生きている。

帰省するときは母方の実家に泊まるので、母方の祖父祖母にはとてもお世話になっていた。

しかし今では、おじいちゃんは耳が遠くなり、体も思うように動かせなくなってきていて、かなり辛そうに見える。

会話をしていても、反応が遅かったり、会話が噛み合わなかったりする。

おばあちゃんは、5年くらい前から入院していて、言葉が話せなくなっていた。

こちらの話しかけに対してちゃんと反応しているように見えるが、言葉が返ってこないので実際のところは分からない。

また、寝たきりで体は痩せ細って、骨も変形して固まっていた。

胃ろうをして、”生かされている”という感じだった。

毎年おじいちゃんとおばあちゃんが弱っていく姿が目に入って、とても悲しくなる。

から自分は、死ぬ直前まで元気でいたいと思う。

2017-08-20

あと何日両親と過ごせるか

実家から遠く離れて暮らしていると、両親と過ごせる日数は限られてくる。

1年のうち年末年始GWお盆の3回帰省し、1回の帰省につき最低3日は実家で過ごすなら年間3x3=9日。

うちの両親は50代後半なので、平均寿命まで残り30年とすると、30x9=270日。

今後同居する予定がなければ、一緒に過ごせる日数は約9ヶ月相当。

こうして時間意識すると、過ごし方も変わってくるのかもしれない。

知人が落ちぶれてネトウヨ化してた話

何かネトウヨがどうこうって流れになってるから、ふと思い出した話

嘘松とか言われるかもしれないが、あまりにも衝撃的な出来事だったので備忘録に書いておく

自分には腐れ縁に近い知人がいる。

付き合い自体はかれこれ10年になるだろうか。

自分が言うのもなんだが、そりゃもう「お前はどこの乙女ゲーや俺tueeeアニメから飛び出て来たイケメンリア充エリートだよ」というくらい輝きに満ちたリア充スポーツ万能、成績優秀、オマケにさわやかで誰に対しても仲良くなれる、とんでもない完璧超人だった。

自分なんかとは比べ物にならない輝きを放って、将来を当然嘱望されていて、大学卒業してから暫くあってなかったが、最近実家帰省すると会う機会があったので会ったら(そもそもなんで東京で働いてたのに戻って来てるんだ?と最初に思った)

どうも引きこもり気味で働かなく(けなく)なり、挙句の果てに言動が滅裂になっていた

陸上で鍛えた精悍な体や顔つきは、体型が崩壊するほど激太りしていたし、髭も眉毛も髪の毛も整えなくなったのかうっすら繋がっているくらいになっていた

話を聞いてると、主張的にどうやら「ネトウヨ」っぽいのにかぶれているようだった。

先に言っておくが、自分自身政治思想とかそういうのはどうでもいいし、寧ろそんな難しい話なんて偉い奴等に任せておけばいいという程度の認識しかない。

大学卒業した後に入った企業で、周りが優秀過ぎてついていけなくなった末に、心身を病んでそのままドロップアウトしてしまったらしい。

それ以上はいたたまれなくなって詳しく聞かなかったが、彼が言うにはどれだけ幸せ人生を歩んでも「朝鮮人と化した奴等(朝鮮人メンタル感染してブサヨになった奴等?みたいなことをいっていた)は自分のような幸せ人生を歩んでいる人間を見つけては嫉妬ルサンチマンで神経戦やテロを仕掛けて来てなすすべもなくやられてしまう、だから軍事的技術必要だ」という主張だった。

それまで人と喧嘩もしたことがないほどだった彼は、警棒を買い、ミリタリーショップベスト?のようなものを買って武装して部屋で警備員警棒操作ビデオマニュアルや、古流剣術分析して訓練をしているらしい。

誇らしげに、天道流の小太刀二刀流といって警棒を二本持ち、まるで盆踊りのような型?を披露する彼の動画を、彼自身が私に見せていた時、何というか凄く悲しいというかむなしい気分になった。

あくまで武装しているということを示すことが重要で、それで人に危害を加えるつもりはないと彼は言っていたし、あんな大きいものを持ち歩けば警察にすぐ見つかって捕まるだろうから心配はいらないのだろうけど…

ねえ、そんなことして何になるの?今まで人と喧嘩もしたことがないのにさ、警棒だの、剣術だの教えてくれる人や練習する場所もないのに持ってて何になるの?親すごい心配してるよ?

そもそもちょっとならいざ知らずさ、その悪い奴等と戦うっていってるけど、そんな激太りした身体で何ができるの?剣術とかする前にダイエットでもしたらいいじゃないのさ

そう色々突っ込みたくもなったが、そういう話をしているときの彼だけは、昔のような面影を残していたので、言えずじまいだった。

からその拠り所を社会が奪ってしまえば、もう彼は自殺をするか、部屋にずっと引きこもるしか選択がなくなってしまうのだろうか

はてなでもネットでも、ネトウヨっぽい人たくさん見かけるけど、こういうのを実際に間近で見てみると、心が弱ったり人生のレールから弾かれた人間にとっての一種信仰なんだろうなと思う。

国や日本国防とか彼はいってたが、その根っこは自分いじめた奴が近づかないように「俺は強いぞ!」と見せかけるための理由付けに選んでいるだけじゃないのだろうかと

もちろん、本当に日本を憂いているって人もいるだろうけど、リアルで見た知人や、ネットでの彼等の言動を見る限り、とてもじゃないが、ただ自分が上手くいかないのを他人のせいにしているだけの、幼稚な子供しか思えてならない。

2017-08-19

父親余命宣告された

入院したと母親からメールがあり、その数日後、退院予定日とともに余命宣告されたことを知らされた。

体調が落ち着いていれば2〜3ヶ月。急変すれば、いつまで持つか分からない。会いたい人には知らせてと医者が言ったらしく、父さんが元気なうちに帰って来て、という内容だった。急な話ではなかった。父親平均寿命に達しているし、数年前に癌で手術をしたこともあり、心の準備だけではなく、墓や葬儀などの物理的な準備もできているように思う。

父親について考えると、いつも子どもの頃を思い出す。母親が私へと買って来たシュークリームを欲しがった日のことだ。外は雪が降っていた。夜になって、喜んで食べようとしたら、ひとつくれと父親テーブルの向こうから手を伸ばして来た。母親シュークリームしまった後で風呂か早く寝てしまたか、覚えていないが、部屋にいなかった。多数あるわけでもないし、私のために買って来てくれたものだ、冗談だろうと避けると、立ち上がって追いかけて来て、テーブルのまわりをぐるぐると追いかけられ、最終的に頭を殴られて怒鳴られた。シュークリームを持ったまま自分の部屋に戻ったが、なんでこんなもので殴られなければいけないのかわからず涙が出て、結局一口しか食べられず残りは全部少しずつちぎって窓から捨てた。ずっと雪が降っていたので埋もれて、両親は知らないだろう。そのときの、窓から見た光景を今でも覚えている。もう20年以上前の話だが、そこからずっと父親が嫌いだ。

実家を出た後、母親からは何かと父さんが会いたがってる、父さんが喜ぶ、と連絡があった。それを聞くたびに帰省する気が失せる。今回もそうだ。別にこのまま顔を見せず死んでも問題ない。余命宣告で誰しもが神妙な顔で相手のために動くわけではない。父親というだけで飛んで帰ると思うな。育ててもらってと言うなら、何千万だ返してやるよと思う。金で縁が切れるなら大歓迎だ。私を育てたのは母親だ。結婚絶望的だが馬車馬のように働いてるので金はある。父さんの妹にそっくりだの、父親はやっぱり娘が可愛いんだねだの、ずっとまっぴらだった。兄にきつく当たるくせに私の機嫌を取ろうと様子を窺ってくる父親がずっと気持ち悪かった。父親の兄への態度のせいで、母親は私よりいつも兄を気にかけていた。父親の猫なで声を聞くたびにずっと恨んでいた。父親死ぬ間際にシュークリームの話をして殴られてからずっと嫌いだったと言ってやると思ってたが、30も半ばでその場が近づいてくるとさすがにそんな考えはなくなった。なくなったが、なんで自腹で高い飛行機代出して、貴重な休暇使って、嫌いな相手を喜ばせに帰らなきゃいけないんだ。単純に面倒臭い母親心配なので、母親の顔は見たり助けたりはしたいが、父さんが、を頭に付けられらるともう駄目だ。嫌いだとは母親にも最後まで言わないつもりだが、それ以外に死ぬまで帰省しない言い訳が浮かばない。

2017-08-18

妻と551

関西出身の妻と関西に住んでいる。

結婚するまで知らなかったんだけど、こちらには551ゴーゴーイチ)っていう有名な肉まんがあるのね。一度ふらっと気がむいて買って帰ったら、見るなり「ゴーゴーイチが、あるとき〜! わっはっはっはー!」とか言いだして、突然テンションが上がってた。そういうテレビCMがあるらしい。なにそれ、と言うと「え、知らんの?」となぜか嬉しそう。その後も551を買ったり貰ったりするたびに寸劇をやるのがかわいい

551関西人ソウルフードらしく、うちの実家帰省するときおみやげ! と言って持っていったんだけど、こちらの地元では展開してないので両親は当然知らず、うけてなかった。そのギャップかわいい

うわっ、、私の年収低すぎ!!サクラクエスト

サクラクエスト』(SAKURA QUEST)は、P.A.WORKS制作日本テレビアニメ田舎町の観光大使就任したヒロイン達を中心に、廃れた“ミニ独立国”を再興するために奮闘する物語(wikipedia)

主人公の「ゆきのちゃん」こと、木春由乃は、派遣会社から給料をもらっています。一体のどぐらいの年収相場から計算してみました。

サクラクエスト登場人物推定年収

木春由乃こはる よしの)(20才)

スペック 

木春の雇用条件
富山周辺の観光協会派遣される相場
福利厚生フェルミ推定
【参考】

【ケース1】貯金出来ないぐらいカツカツな状態

支出
家賃30,000円ログハウス
食費30,000円
日用品5,000円
被服費15,000円
交際費20,000円
水道光熱費15,000円(電気/ガス/水道)
携帯料金9,500円
光回線6,800円
交通費15,000円(バス,乗合のガソリン代等)
小計146,630円
健康保険8,423円協会けんぽ
厚生年金4,697円
源泉所得税4,810
雇用保険830円
小計18,760円
①+②小計165,060円
残高4,940円

更に冬に暖房費追加で、赤字になります

灯油10,000円10月3月
合計175,060円(△5,060円

【ケース2】家賃水道光熱費タダ、ネット使い放題で、月5万円貯金できるケース

家賃0円ログハウス
食費30,000円
日用品5,000円
被服費15,000円
交際費20,000円
水道光熱費0円(電気/ガス/水道)
携帯料金9,500円
光回線0円Wifi使い放題
交通費15,000円(バス,乗合のガソリン代等)
小計94,500円
健康保険8,423円協会けんぽ
厚生年金4,697円
源泉所得税4,810
雇用保険830円
小計18,760円
①+②合計110,960円
残高50,040円

更に冬に暖房費追加

灯油10,000円10月3月
合計120,960円(39,040円)黒字
1年後の貯蓄額

アニメの中では、由乃ほとんどお金に困った話は出てきていないので、順調に行けば1年後には50万円近く貯金できているはず(帰省込みで)

もしも、木春由乃格安スマホ(Freetelあたり)を使っていれば、携帯料金は月2500円程度だとして、114,000円節約。60万円近く貯金できる(帰省込みで)

他のメンバー収入は?

月収17~20万円 ボーナスあり(1か月*年2回)

月収10万円~30万円 ボーナスなし
月収0円(無職組)
月収17万円 ボーナスなし
今後の展開の妄想

-

おまけ


ウワっ、、私の年収低すぎ・・・

よしのちゃん、だんないよ〜 

アニメーターの人や、まちおこしで、タダ働きさせられている人に比べれば だんないよ


(追記)2017-08-18 19:28


(追記)2017-08-19 14:37

人と会う約束が嫌い+人と話すのが好き

人と会う予定がマジで嫌い

明後日飲みましょうとか、明日ミーティングしましょうとか、実家帰省するとか、友人と遊ぶ約束とか

そういう予定が嫌い

極一部の例外を除いて(惚れてる人に会うとか)

 

会うまでどんどんストレスが溜まり憂鬱になる

ドタキャンして帰りたくなる

準備があれば、その作業に吐きそうになる

 

でも会うとそれがなくなって、楽しく会話できる

テンション高いし、他の人よりよく話す

それで話しすぎて後で憂鬱になる

 

意味からない

何かの病気じゃないかと思う

予定恐怖症?

2017-08-17

寿司を食べ過ぎた

帰省祖母寿司を6人前とった。その場に6人もいなかったので一人で多く食べた。食べ終わって腹が痛い。喉がしきりに乾く。

俺の方だけ

返信が来た。実家帰省するタイミングで遊びに行こうと思って連絡したが、やっぱり泊めることはできない、と。「申し訳ないけども、そんな事情です。」とのことだ。彼氏が居ても『あなたがいい』と俺のもとに来た君の拒否は、本当の拒否だ。

君のことを一番だと思ってた。でもそれは、俺の方だけだった。

あなた以上の男はいない」とアゲてくれた。信じてしまっていた。半年ちょっとで新しく彼氏ができて、これである。でも思い返してみれば、熱しやすく冷めやすいような、そういうところのある女だった。過ぎ去ったことは箱の中。別にこれは善悪とかそういう話ではない。言葉は必ずそのコンテキストを反映するものである。だから『そういう人間だったね』という気持ちになる。

いや、ズルいよ。

確かに俺はこんな遠距離ならちゃんと別れようって言った。でもそれはお互い辛い思いをしないためで、いつかどっちもまだ気持ちが残ってればまた一緒になればいい、とも言ったし、本当にそう思ってた。実際は半年ちょっとでこう。結局君は俺の言葉とおり自分のために選択した。その結果俺は選ばれなかった。それだけのことである。だけど、置いて行かれたのは俺の方。あんなに好きだと言っていたけど、今も好きだと思っていたのは、俺の方だけだった。一番深いところでまだ繋がっていると思っていたのは、俺の方だけだった。

本当に女々しいと思う。

その晩は眠れないことがすぐにわかった。だからそのままチャリに乗って、河川敷を走りに行った。言葉にしきれない思いが多すぎた。

明け方河川敷は人が少なくて、涼しかった。雲の向こうの鈍い朝日が美しかった。鳥のさえずり、川の水音の響き、沿道に咲く花の鮮やかのすべてが心地よかった。ひたすらに身体を動かして、風を切ることに身を任せれば何か変わるかもしれないと思った。

でも全く気持ちも、考え方も、当然事実も、変わることはなかった。どうやっても思考の隙間に君への思いが入りこんできて、俺をかき乱す。

お盆帰省から帰ってきた人にインタビュー明日から仕事考えると気がめいる」「安倍首相はこれから休みかよ。ふざけるな、年中海外へ遊びに行って、国民馬鹿にして、税金自分の財布のように使って、あんなやつは政治家失格だよ。」

お盆帰省から帰ってきた人にインタビュー

明日から仕事考えると気がめいる」

安倍首相はこれから休みかよ。ふざけるな、年中海外へ遊びに行って、国民馬鹿にして、税金自分の財布のように使って、あんなやつは政治家失格だよ。」

安倍北朝鮮が、と言いながら、のんきに別荘か。ふざけるなあいつ。税金返せよ。」

安倍総理議員もやめるんじゃなかったのか。」

安倍はまた嘘をついたな。森友、加計学園疑惑説明しないで逃げてばかり。」

「ふざけるな安倍、辞任しろ

お盆休みが終わりました

休み中はまったくはてブを見てなくて、さあ仕事がんばるぞ(がんばらない)(サボる)(はてブ見る)といういつもの流れで1週間ぶりぐらいにはてブ増田見たら、なんかみんなウェブCMの話を延々としてて、その内容も含めて物凄くはてなっぽいなあと思いました

自分帰省したり、甥姪と遊んだり、親の加齢を感じたり、その後自宅に戻ったり、仕事行きたくねえなあとボヤいたりしている間にもずっとはてなはてなであり続けて、炎上ネタに薪をくべ続けてるんだなって

なんかこう、あじわいぶかい気持ちになります

2017-08-16

彼氏がいるのに元カレとやったこと、お盆のおじいちゃんのこと

先月、彼氏一年ブラジル留学日本へ帰ってこないことをいいことに、元彼とヤってしまった。私はものすごく単純なので 元彼に強く抱きしめられた時、昔のことを思い出して一瞬 好きになりかけてしまってたけど、やっぱり彼氏が一番好きだし、何よりも今はいちばん、彼氏への罪悪感が半端ない

そんな中、先日お盆帰省した時にこんな話を聞いた。おじいちゃんはおばあちゃんと結婚する前にアメリカへ3年留学し、3年間会えないおばあちゃんへ毎日手紙を書いていたそうだ。かつて、一度だけ「僕はメアリーを好きになってしまった。」という書き出しから始まる、現地の女性メアリーへの恋情が綴られた手紙がおばあちゃんのもとへ届いた。おばあちゃんは怒りに震えながらその手紙を読んだ、そして、手紙最後に「…という物語を考えました。」とあったそうだ。ユーモアあふれるおじいちゃんらしいねと、おばあちゃんと笑った。

今の状況の私としては、もしかするとメアリーへの恋心は本物だったのかもと思ってしまう。やっぱり、科学技術が発展しようとも、男女はそばにいるべきだなあ、という物語を考えました。

帰省してゆっくり休めた?って言うけど

帰省してゆっくり休めるわけ無いじゃんって思う

うちの親父のスマホ

帰省して分かったんだけど

親父のスマホは自宅にwifi環境あるのに

繋げてない

データ通信もったいない

僕と認知症祖母

地元に帰ると基本的祖母に会いに行く。

しかし住んでるのは、家は家でも老人ホームだ。

僕は老人ホームに行くのが嫌いだ。

正確に言えば、『認知症の進んだ祖母のいる老人ホーム』に行くのが。

今年で96歳。

あと1年半ほど生きていれば、大正昭和平成、そしてその次と、4つの時代を生きていることになる。

10年前までは普通に一人暮らしをしていたけれど、ある日偶然足を骨折してしまった。

年のせいでなかなか回復せず、やっと治った頃には筋肉の方が衰え、どんどん動けなくなった。

これじゃ一人暮らしはもう無理だということで親戚の家に移ることになった。

最終的に、介護する余裕のある伯母(祖母からすりゃ娘)の家に住むことになり、割と裕福な家庭だったので段差を無くしたり手すりをつけたりするようなリフォームなどもしていた。

しかし伯父と伯母も70過ぎで、どちらかと言うとそろそろ介護される側だ。

だんだん余裕がなくなり、近くにある老人ホームに移ることとなった。

それ以前にもデイケアでお世話になっていた所なので安心ではあった。

しか他人ばかりの、自分で好きに出来ない施設に送られるというのはどうにもモヤモヤするものがあった。どうにもできなかったけど。

1年ほどは普通に過ごしていた。

でも、老人ホームに入り2年目になったあたりでボケ始めた。



確か大学2年生の夏休みだろうか。

車椅子にこそ座っているが、至って元気そうな姿を見て安心した覚えがある。

僕の顔も名前も覚えていた。

でも、ちょっと舌が回っていないようだったし、母と祖母の2人にしかからないような話をしていた様子だったので、僕は横で微笑むしかなかった。

祖母はしきりに

『伯母夫婦が私の貯金勝手に使っている』

という旨の話をしていた。

僕は

『世話をしていたとはいえ、勝手に使うのはなあ』

と、少し伯母夫婦に不信感を覚えた。

僕はバカだった。

足腰以外は至って健康だと思っていた祖母は、既にボケていたのだった。

だって、2人にしかからない話をしていたのではなく、優しく話を合わせていただけでしかなかった。


次の帰省で会いに行った時、

残念ながら症状は進行していた。

僕の顔を見て、

『〇〇かい?(別の孫の名前)』と言った。

正直、親戚の家に移った8年程前から半年に1度ほどしか会っていないし、仕方の無いことだと思った。

この辺りからは杖を使って歩くこともダメになっていた。

車椅子から職員に肩を抱えられベッドに移る姿は悲しいものだった。

この時は、話している途中で僕のことを思い出したようで、すると

タンスにお菓子仕舞ってあるから出そうね』と言って立ち上がろうとして、隣にいた職員に止められていた。何度も。

もちろんタンスにお菓子などない。

その時、祖母の頭の中では、自分はまだ自由に動けて、僕はまだ小学生くらいの小さい子供だったのかもしれない。

切なくて涙がこぼれた。

感動映画とか、ドラマとか、漫画とかを読んでも基本泣かない人間なのにだ。




そして今回。

まり帰省出来る金がなく、1年ぶりの帰省となってしまった。

僕は大学卒業して社会人になった。

祖母の中では僕がどう映っているかからないが。

もう、祖母が僕のことは露ほども覚えていないことを覚悟して向かった。

顔を合わせると、

『どちらさまですか』と言われた。

娘と孫だ。

前までは名前を言えばなんとか思い出せていた。

しかダメだった。

僕はむしろスッキリしたのかもしれない。

その後も、ずっと祖母は見知らぬ人間と話すように、敬語を使い続けた。

しかし、途中から

『見覚えのある方ですね。どこでお会いしましたっけ?』と繰り返すようになった。

中途半端希望的な言葉を言われ、ここまでこらえていた涙が出てきた。



すこし話はズレるが、

僕は日本一泣ける歌はPV込みで

ミドリカワ書房の『恍惚の人』だと思っている。

僕の祖母もこの歌の歌詞みたいに、

一番関わりのある(面会に来る)伯母の名前だけを覚えている。

でも、自分の娘だということはよく分かっていない。


僕はこれからも、祖母と顔を合わせるたびに泣いてしまうだろう。

そして、きっと祖母が死んだときは、それほど泣かないのだと思う。

理由は、はっきりと言うのはあまりに非倫理的であるように思われるので

心のうちにとどめておきたい。匿名であってもだ。

親孝行 したいときには 親はなし」

こんな言葉があるけれど、今では亡くなるのではなく、

無くなってしまうのだ。記憶が。思い出が。

寿命は延びたかもしれないけど、やはり五体満足である期間は短い。

子供の作文の締めくくりみたいになるけど、

やはり親も先は長くないし、出来ることは今のうちにしなきゃいけないなと思った。

2017-08-15

https://anond.hatelabo.jp/20170814184328

ノブレス・オブリージュですね。

上の世代から受けた恩は、次の世代に返すしかない事が多いですが、直接的な親孝行手段があって良いですね。私も帰省しよう。

婿養子特性なのか

実家本家でお仏壇があるため、お盆時期は来客があるのだが、その度機嫌が悪くなる。

実家帰省して、三日間ほど共に過ごしてストレスが溜まってしまった。

然し乍ら、一日中テレビに向かって話しかけている姿が情けない。

一番話しかけているのがクイズ番組自分が知っていて、回答者が間違える時はご機嫌だ。

…これから一生こんな生活続けるんかい

最近早期退職した理由鬱病と言うことを知った。横柄な態度は弱いメンタルから来てるのかもしれない。

昔、ヤンキーだったらしいので、合点がいく。成長してないんだろうな。

と思うと また、情けなくなる。

実家に帰ってストレス溜まると

いつも、ここを思い出して日記書いてるな。

レズから帰省したくない

から実家に顔を出しに行く。

結婚圧力と、恋人への探りが帰省のたびにキツくなってきていて今から憂鬱

若い頃は仕事楽しいから!で誤魔化せていたけれどもう29歳。

まだまだそういう年頃じゃないのねうちの娘は歳のわりに幼くて‥と理解を示していた親も

子供だけでも産め、一瞬だけ結婚してすぐに出戻ってきてもいいか結婚しろと言い始めたか

かなり焦ってきているんだろう。

恋人はいるということにする→この歳で結婚に踏み切れない男とは別れろと説教。ここに呼べ。

恋人はいないということにする→とりあえず見合いしろと話を持ってこられる。

恋人はいるが結婚に興味はないという→冷淡で将来を考えられい愚か者だと説教。いつか必ず後悔すると泣かれる。

結婚に興味がそもそもないという→興味があってもなくてもとりあえず結婚しろ見合いを持ってこられる。

直孫の夢を絶たれる・未婚の娘を持つことを嗤われる親は可哀想だと思うが、義務感だけで結婚出産もできない。

田舎住まいの両親にカミングアウトしたら絶縁だろうけれど、このまま何も言わなくても家族とは疎遠になっていくんだろう。

同じレズでも家族理解者がいる人や、そもそも家族と絶縁状態にある人からは甘えていると言われるからここに書き捨てる。

ああ今回もがんばってやり過ごしてくるか‥

2017-08-14

実家大掃除した

諸用あり帰省した。

祖父母の元気がいよいよなくなってきているという母親の脅しもあり、高い飛行機チケットを買った。

実家で羽を伸ばしてきてね」

という同僚たちの声かけがありがたかったが、帰省には内心うんざりしていた。落ち着けないなと思った。自分がこの世で心底落ち着け場所は、もはや東京都北区6畳ワンルーム寝床のなかだけな気がしていた。

家族はあまりれい好きではなくて、というか掃除が大嫌いだから実家は埃まみれで汚い。もともと自分は不潔な子供だったと思う。お風呂も2日に1回だったが、それが当たり前だと思っていた。

けれども実家ゴミ屋敷めいて汚くなり始めたのは、大学進学に伴って家を出てからだ。自分関東大学に進学し、学費のため母親が働くようになり、家の隅々まで気がまわらなくなり汚くなった。つまり自分のせいだ。

学生となり帰省したある夏、自分の部屋に、お菓子を食べたあとのごみがうず高く積まれていて閉口した記憶がある。

妹の部屋に入りきらないごみが、自分の部屋にまで侵食していたのだった。そのままでは眠れないと思い処分したが、いざ寝ようと思った時、すえたチョコレート匂いや埃臭さが壁紙に染み込んでいることに気づき屈辱を感じた。

その日はなかなか眠りにつくことができなかった。

それから実家に帰るたびに物が散乱し、形容し難く汚くなっていくのを見て、罪悪感に苛まれた。

帰るのが毎回億劫だった。罪悪感とともに、家族のことを恥ずかしく思う気持ちも芽生えていた。

大袈裟かもしれないが、実家が年々ゴミ屋敷めいていくのが、自分能力限界を示しているような気がしていた。

家が汚い人間がどれだけ教養を身につけようと思ったところで、限界があるのではないか

の子は蛙。下流人間下流

幼少の頃、家にある本は「課長島耕作」と父親の買うパチンコ雑誌のみ。

家族集中力がないかテレビチャンネルをすぐ変える。認めたくないことだったが、自分家族は、あまり頭がよくなかった。

今は恥じる気持ちも薄れた。お金がないのに関東大学に通わせてくれて、感謝してもしきれない。だが実家は未だに汚いままだ。このままではゴミ屋敷のものになってしまいそうである

から実家掃除することにした。面倒だったので墓参り以外に予定もいれておらず、お金を使うのも億劫だったのもある。それに、帰省の前に北区6畳一間のアパート大掃除したらそれが思いの外楽しかったので、楽しみながら掃除ができるのではと思っていた。

掃除をする旨を家族に伝えると、テレビが壊れて買い替えたので業者が来る、だからリビングから掃除をしてほしいと母親に頼まれた。

隅々まで掃除機をかけた。掃除機では取りきれない埃をモップでとった。絨毯にコロコロをかけた。こびりついた汚れに電解水を噴射し、こすった。面白いほどきれいになった。

楽しくなってきたことを伝えると、うずうずとしていたのか母親も参戦し、ともに台所の油汚れも落とすことになった。換気扇は全面が赤茶色コーティングされており、パネルジャクソンポロック絵画のように汚れが飛び散っていた。

母親がどこからか出してきた業務用の洗剤を噴射してラップを貼り、しばらく置いた。そうして剥がすと、力をいれずとも汚れがスルスルとれた。そうしてあっという間にキッチンは、新築同然の姿になった。

こんな簡単なことだったなんて!自分が悩んだ、実家が汚いという事実や伴う罪悪感は、洗剤とほんの少しの労力で解決できるものだった。

こんなことなら、もっとから掃除しておけばよかった。楽勝だった。御託を並べている場合などではなかった。さっさと行動すればよかったのだ。

キッチンは電源タップ炊飯器などあらゆる部分に埃がついて、油にまみれてしつこい汚れとなっていたが、少し力をいれたら完全に取れ、新品同様の姿となった。

ソファの合皮もてっきり経年劣化だと思っていたが、洗剤をつけてこすったらピカピカ光り出した。母親が歓声をあげた。

まりに楽しかったので、掃除モチーフにしたテーマパークを作ってみてはどうだろうかと想像したほどだ。

大人たちがピザを食べたりなどして見守るなか、子どもキャストの指示のもと、換気扇の油汚れを落とすのだ。

テーマパークから帰った子供たちは、親の手伝いをするに決まっている。

今回大掃除成功したわけだが、次に帰る頃にはまた実家は汚くなっていると思う。

見つけてしまったが、パンについてきたシール適当にとっておくようでは駄目だ。人からの貰い物も躊躇なく捨てるようにならない限り、家はきれいにならない。

でもそうなれば、また自分がきれいにすればいいだけの話だ。

できる人間がしなければいけないのだ。この場合のできる人間とは、せずにはいられない人間という意味だ。

できる人間には、それができてしまうという限りにおいてしなくてはならないという義務が生じる。

母親は疲れ果ててできなかったのだ。父親も妹もまたそうだった。自分が恩返しをしなくて何になろう。

できる人が黙々とすればいい。これは掃除に限らず全てにおいてそうだと思う。人への気遣いとか、オリンピック競技選手とかもそうなのかもしれない。

できてしま人間はできない人間に対し、それができてしまうという限りにおいて、その行為をしなくてはならないのかもしれない。

なぜならできるということだけで、その人は恵まれいるからだ。そして自分は完全に恵まれしまっていた。全て家族のおかげだった。

帰省の折にたったの一度、大掃除をしただけで何を偉そうなことを、と思う。

盆は大掃除以外には何も素晴らしいことはなかった。祖父母や両親の老い、そして死の予感をひしひしと感じた。

自分はと言えばしたいことも欲しいものもなく、友人と会いたいとも遊びたいとも思えず、貯金への欲望があるのみだ。

自分もまたこうしているうちに死んでいくのだろう。ゆっくりと。その場所ごみに溢れているかもしれない。

だが自分は抗いたい。祖父母や両親の死は避けられない。しかしその最後の時まで恩返しをしたい。だからよい洗剤を探す。収納方法を極める。できることはなんだってしてやる。

ごみなんていくらでも捨ててやる。

国民の声安倍は辞任しろ。」

連休帰省から帰ってきた人にインタビュー

明日から仕事考えると気がめいる」

安倍北朝鮮が、と言いながら、のんきに盆踊りか。ふざけるなあいつ」

安倍総理議員もやめるんじゃなかったのか。」

安倍はまた嘘をついたな。森友、加計学園疑惑説明しないで逃げてばかり。」

「ふざけるな安倍、辞任しろ

嫁は専業主婦バリキャリがいい。中途半端共働きは最悪

帰省して大学同窓会旧帝大理系院卒)に参加して現状報告しあってきたが、

30超えてみると嫁は専業主婦バリキャリがいいなって話

専業主婦の嫁は自分が働いていない分、家事を全部任せられるし、

夫の仕事のことが分からいからこそ、いろいろと気を使ってくれる

俺の嫁専業主婦だが、俺が仕事に集中できるように一切合切サポートしてくれる

嫁が営業職とか技術職とかの、古い言い方ならキャリアウーマンなら

お互いに対等な立場として気を使いあえるみたいだ

家事もうまく分担しつつ、片方が忙しければ柔軟に分担を切り替えてるらしい

高級家電とかをバンバン購入して、家事効率化してる

仕事の大変さとかに共感できるからかな

仕事の割り振りの重要性とか、費用対効果の考え方とかを学んでるからかも

定時上がりの事務職みたいな中途半端仕事をしている嫁は最悪だ

忙しくもなければ難しくもない、責任もない仕事をしているくせに

本人は正社員で働いているって自覚だけはある

から夫が残業続きでも家事の分担を強いるし

仕事トラブル起こって急遽休出になっても理解できない

(遊んでるとか、最悪夫が無能だと思ってるらしい)

一番幸福度が低そうなのがこのグループだった

2017-08-13

お盆帰省すると

旧帝大地方公務員童貞20代前半で女性経験しなのだが、

盆で帰省したら結婚しないとのか言われすぎてキツイ

はいだって結婚してえよ......

どうしたら結婚できるんだよ...教えてくれよ......

介助が必要母親なら、認知症の気配もあろう。

そんな折に帰省してきた家族へ、母親被害妄想を撒き散らしていたりすると

日ごろ同居している家族DV加害者扱いされかねない。

闇すぎる。

2017-08-12

Aセクシャルの人に10年間片思いした話。  

相手迷惑ををかけたくないので身バレ防止にいろいろフェイクは入れるけれど、出来事体験に関してはなるべく正直に気持ちを書こうと思う。


 私はいま25歳だ。地方田舎で育った。相手幼稚園からの幼馴染だった。漫画みたいな幼馴染じゃないけれど、地元友達で、幼稚園小学校中学校と一緒だったし、小学生ときにはよく一緒に公園とかで鬼ごっこかくれんぼをした。中学に入ってからは、もともとお互いに漫画アニメが好きで、本の貸し借りをしてライトノベル時雨沢恵一の「アリソン」とか「涼宮ハルヒ」とか)というものを私が教えてもらったりもして、まだそういうオタ趣味学校でおおっぴらにできない時代だったのもあって、よく話すようになった。それで、なんでか覚えてないけれど、気になりだして、気が付いたら好きになってた。中3の時にはがんばって同じく一緒に好きだったバンプライブに誘って一緒に初ライブに行ったりもした。相手は異性の友達はどちらかといえば苦手そうにしていたけれど、その中でいちばん仲のいい異性になることができた。

 中学卒業したら高校別になることはわかっていたから、とにかく気持ちを伝えたくて彼の受験が終わったタイミング告白した。どうなるかも深く考えないまま、共通友達うまいこと呼び出してもらって、小さいこからよく遊んだ公園気持ちを伝えた。ずいぶん長い沈黙があって、そのあとの断りのセリフは「ごめん、恋とか愛とかがよくわからない。人をうまく信頼できないんだ。増田がきらいとかじゃないんだけれど、そういうことがどうしてもできない」というものだった。彼は少し泣いていた。話そうか迷って、きちんと誠実に断るために探してくれた言葉だと、今ならわかる。その誠実さがすごく尊いもののように見えて、おおげさに言うならすごくきれいに思えて、区切りをつけるとかは吹き飛んで、余計に好きになってしまっていた。そのカミングアウトの内容そのものに惹かれてしまった部分もやはりあったと思う(今考えると業が深い……)。

「でも、そんな風に想ってくれる人がいると思うと、なんだかうれしい」という言葉本心からのものか、それとも彼のやさしさだったのかは、いまだにわからない。

 けれど、当時の私の思考回路はひどく短絡的で、「だったら、彼に信頼してもらえるようになればいいんだ」というものだった。そういうわけで、違う高校に進学したわけだけれど、中学時代グループの集まりを定期的に企画したり、高校部活人間関係の悩みとかの相談積極的に乗ったり、ガラケーメールぽちぽち打ったりした。今考えても涙ぐましいし、ムダに行動力ありすぎた。相手性格を考えるとちょっとやりすぎな面もあったけれど、そんな重いエゴまで含めて本気の恋だった。彼のことを考えない日は嘘偽りなく一日だってなかった。それが空回りしている自覚もあったし、全然そういう目で見てくれている様子がないこともわかっていたけれど、思い続ければいつかは、なんて甘い幻想も同時に持っていた。

 結局、高校3年の終わりに中学時代地元グループ卒業旅行に行って(もちろん企画からすべて私が幹事をした)、そこでまた告白したけれど、まったく同じ断り方をされて撃沈した。今度こそもうダメだなって思って、おしまいハグをしたらちょっとびっくりされたけれど、手を背中に回してポンポン、と叩きながら「ごめんね」と言ってくれた。 今にして思い出すと、これはすごく、彼にとってきつかったかもしれない。

 大学は私が都会の大学に行ったので、地元グループとも帰省したときくらいしか会わなくなった。大学では初めての恋人ができたり、他にも普通大学生らしいことをいろいろ経験したし、様々な恋愛関係する感情を味わった。彼のことはあきらめて気持ち封印してはいたけれど、それでも常にずっと心の中では彼のことをいちばんのところに置いていた。このころになると、ずっと片思いをしているということが完璧に美化されていた。

 そうして、アセクシャルAセクシャル)という言葉を初めて知ったのも大学時代だった。知った時、真っ先に彼のことを思い浮かべた。

 大学卒業して、Uターンで地元に帰ってきた。久しぶりに地元特に仲のいい何人かと再び会うようになった。ある時、彼の親友的な人と話していたら「増田さん、中高のとき彼のこと好きだったでしょ」と真正から指摘されて、封印していた気持ちが解けてしまった。4年間蓋をしていたものが、びっくりするくらいあふれてきた。その親友が「だんだん結婚とかも皆考え始めるような歳になっているのに、そういう話題が彼にあまりにもないか増田さんをあてがってやろうかと思って」と言うのでこれに甘えて利用して、彼と遊んだデートしたりした。お互いにいろいろ話すけれど、でもやっぱりこれまでと同じく恋愛的な意味での全然手ごたえは何もなかった。それと並行して。やはりAセクの件があったので、その親友に彼はAセクなのではないか相談した。親友氏にも思うところはあったようで、何度かそれについて議論もした。

 複数回デートらしきものをして、どちらにせよこの恋はだめだと思い知らされたので、結局過去と同じように自分気持ち区切りをつけるために告白をした。Aセクの件もあったから、一応相手負担にならないようにというつもりで、その当時でできる限りの気遣い自分の率直な気持ちとを文章化して手紙として渡した。後で読んでと言ったのに彼はその場できちんと読んでくれた。そして返事の代わりに、件の親友名前を出して「こないだ、Aセクシャルっていうのを教えてもらって、自分でもいろいろ調べて読んでるうちに、読めば読むほど『そうだ、これだったんだ』とわかって涙が出てきた。他人を愛することができない自分は、どこか明らかにおかしい、欠けた人間だって思っていたから、すごく安心したんだ」と教えてくれた。

私にはそれを受け入れるしかなかったし、何よりも泣きそうな顔だけど解放されたみたいなすっきりした様子の彼を見てうれしかったのも事実だった。

 私と親友氏とで「一応、Aセクであるとすぐに決めつけすぎないほうがいい」と伝えておいたものの、十中八九彼はそうなのだと思うし、少なくとも今現在彼の自覚Aセクということになっている。


 ここからあとは、私一人の話。

 私にとって、彼はまさに青春のものだった。そう思い込んで美化してきたところや、一途な自分片思いに酔っていたところ、そのエゴに時折死ぬほど自己嫌悪したところ、醜いとこや酸っぱいところも、些細なことでめちゃくちゃ幸せな瞬間も、ぜんぶぜんぶひっくるめて、いま大人になった私を作っている大切なものだ。詳しくは書かないけれど、彼を好きにならなければ私の人生はぜんぜんつまらない方に変わっていたはずだと思う。たとえ片思いでも、幸せだったし、幸せをくれたと思う。恋愛ってそういうところがあると、私は思う。

 ただ、そんな恋愛を、彼はしない。そういう感覚を彼はおそらく持たない。今後一切、恋愛から何かを得ることはない。

 このことを、私はどのように整理したらいいのだろうか。

 恋愛はすばらしい。いろんなドラマ物語においても恋愛至上主義圧倒的多数な世の中で、人々はそんなフィクションを見て、やはり恋愛はすばらしいものだと思う。誰しもが人に恋をして人を愛するのだと信じ込む。そう刷り込まれた?私の観念はとても硬い。

 では、他人を愛さない人は、すばらしいものが欠けているのだろうか。人生のなにかしらを失っているのだろうか。彼はおかしいのだろうか。

 断じて違うと、私は確信している。でも、それは私の中の固定観念矛盾している気がする。

 私にとって恋愛のない人生は、ずいぶんパサパサとした無味乾燥もののように思えてしまう。彼がAセクである自覚を得た日以来、失恋による大きな胸の空洞がつらいし、今まできれいに思えたものがきれいに思えなかったりする(感覚がにぶっている感じがする)。彼を好きだったとき世界の見え方はとても色鮮やかだったのに。

 気が付いたら私は25歳で、中学卒業してから10年が経とうとしていて、10年前のあのころキラキラした感覚がいろんな意味で信じられなくなってきている。恋愛しか得られない感覚があると信じているくせに、彼のことがあって今の世の中における恋愛絶対性について疑ってもいる。人間幸せの形ってもっともっと多様だと思いたいのに、自分経験がその価値観に異を唱えてくる。

 こんなことを考えていると、結局彼と私とではとんでもない隔たりがあったのかなとか考えてしまって、今でも少し凹む。



 自分の中でもいまだに結論がでていないせいで最後何を言いたかたかよくわからなくなってしまった。こんな深夜に書きなぐった読みづらい長文を読んでくださって、ありがとうございます。なんでもいいのでみなさんの意見を聞いてみたいです。ちなみに私がちょっとヤバいのは承知です。

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