「教養」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 教養とは

2017-08-21

18if第7話「ソシテダレモイナイ…」がヤバい

そもそも18ifというアニメヤバい

各話監督制。ほぼオムニバス原作はあって無いようなものGONZO制作

この時点でもうヤバい匂いしかしないでしょ?

から見てたんだけど、まさか第2話を軽く超える激ヤバ回が来るとは思わなかった。

もう語彙力なくてヤバいしか出てこなくてヤバい

ちょっとくらいネタバレしたところでヤバさが薄れない。

よくこれ通したな製作委員会って思うくらいヤバい

前話が腹抱えて笑う感じの話だったのに急にこれだからGONZOアニメをキメるのほんとやめらんねえ。

ダイレクトマーケティングだけど見て。マジでヤバいから

BSフジでも放送するって。あと配信とかもいっぱいあるらしいよ。

今回の話だけでいいから見て。興味あれば第2話もヤバいので見てほしい。第3話も普通に面白くてお薦めだよ。第6話は別の意味お薦め

オムニバスなので、お話については公式のここさえ読んどけばどこから見てもだいたい分かる。

http://18if.jp/introduction/

あとTwitter見たらポルポト知らん子とかオズの魔法使い知らん子とかいて、それはそれで教養ヤバい

最低限この辺読んどくといいんじゃないかな!

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%A1%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%A5

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%BA%E3%81%AE%E9%AD%94%E6%B3%95%E4%BD%BF%E3%81%84

http://www.genpaku.org/oz/wizoz.html

やはり私には頭の悪い女性は合わない

頭が悪いというのは知識教養がないというのもあるが、

立ち居振る舞い、考え方がよくない人をいう。

例えば向上心のない人。

誰かに教えてもらえばそれで良いという人(調べることはしない)。

考えたり、何かを作り出すことへの興味がない人。

これはもうだめだ。

いまSkypeである女性と話していたがまさにそれだ。

40代にもなって子供を受けてあれじゃあなと思った。

2017-08-18

https://anond.hatelabo.jp/20170817111241

学も教養もなく、論理的思考も最低限の倫理観もない、そんな人種「正義の味方」コスプレをし始めるとだいたいあんな感じになるんだよね

差別なんてのは言葉や行動で表面化しなけりゃ何考えたってセーフだろ

それが教養ってもんだろ

2017-08-17

意識高い友人が車メーカー調達職で悪魔に魂を売っていた

もう何年か前の話になるけど,とりあえず書き出してみる.

ある程度脚色があるけど,どうせ増田だし皆さんの信じたいところまでお読み下さい.

あらまし


新卒就職して1年位たったある日,学生時代の同期たちと飲み会があった.

そこに,世間一般にいうところの意識高い系学生生活を送った文系女の子がいた.

の子は,国内自動車メーカーで,国内の協力会社相手とする調達職をしていた.

 

 

飲み会の途中で,各自が今やっている仕事の話になった

の子は,調達価格を下げて事業に貢献していると言っていた.

「今年は去年よりも値下げ率上げられたの?」と聞いてみると

「下げられた.下請けに買わないよって言うと下げてくれる」と.

 

 

下請企業の存続を左右できるほどの発注量のある企業が,

発注の停止を提示して値下げ要求することは,買い叩きとして下請法で禁じられている.

「以前から継続して発注してる部材を一方的に買い叩くのは違法じゃなかったっけ?」

「えーそんなことないよー,だってあの人達ウチらいるからやってけてるんじゃないの?」

 

 

自分は車に対しては下位サプライヤーとなる,基幹部品寄りの企業に勤めている.

『そういう立場にある発注元が,値下げを強要するのが違法だ』という言葉を飲み込み,

その日の会は和やかにお開きとなった.

この日感じた違和感


自動車メーカー調達にちゃんとした教育をしないのかよ」といった思いよりも,

彼女がとても生き生きと,下請けの値下げの話をしていた事が気になった.

 

 

しかしたら,彼女は,「下位カースト人間」を

与えられたから,あんなに生き生きしていたのではないだろうか. 

意識高い系努力教産業構造の融合

 

努力教人間は,「努力をしてこなかった人たち」に対しては,いくらでも残酷になれる.

彼らにとって,海外の貧しい人たちは,めぐり合わせの悪かった「施すべき人たち」だが,

国内にいる下位カースト人間は「努力をしてこなかった人たち」だ.

 

 

もちろん,努力教自己意識が有ることと,自分が実際に努力してきたことは別問題である

まれ環境によって,満たされた地位にある大学生は,学生活動()等を通じて,

互いに努力しあっている(切磋琢磨している!)集団演出し,自分以外の学生や,

他の集団に対する優越感を得ているように感じる.

 

 

彼女は,海外留学経験もあり,国際理解が深く,それなりに教養もある.

それは,現在日本では,恵まれ環境に生まれ育たなければ,与えられないものではあるのだが,

彼女は現状を「自分努力で獲得した」と思いたかったのではないか

   

  

そして彼女は,下請けに対して「努力をしてこなかった人間自分らが施している」と認識したのではないか

零細のサプライヤは,努力をして来なかったから現状があると思っているのではないか

そして自動車メーカーは,彼女自意識を見抜いて,現状を肯定してやり調達職として利用したのではないか

そんな疑問が,年月のたった現在でも,湧き上がってくる.

 

 

意識の高い若者が,得られなかった優越感,選民意識を,下請けと言う名の「下位カースト」を与えてやる事で満たしてやる,

これは,自動車に限らずサプライチェーン上位のメーカーとしては,全く適材適所の采配だ.

きっと,下請けに対していくらでも残酷になれると思う.薄ら寒い

2017-08-14

実家大掃除した

諸用あり帰省した。

祖父母の元気がいよいよなくなってきているという母親の脅しもあり、高い飛行機チケットを買った。

実家で羽を伸ばしてきてね」

という同僚たちの声かけがありがたかったが、帰省には内心うんざりしていた。落ち着けないなと思った。自分がこの世で心底落ち着け場所は、もはや東京都北区6畳ワンルーム寝床のなかだけな気がしていた。

家族はあまりれい好きではなくて、というか掃除が大嫌いだから実家は埃まみれで汚い。もともと自分は不潔な子供だったと思う。お風呂も2日に1回だったが、それが当たり前だと思っていた。

けれども実家ゴミ屋敷めいて汚くなり始めたのは、大学進学に伴って家を出てからだ。自分関東大学に進学し、学費のため母親が働くようになり、家の隅々まで気がまわらなくなり汚くなった。つまり自分のせいだ。

学生となり帰省したある夏、自分の部屋に、お菓子を食べたあとのごみがうず高く積まれていて閉口した記憶がある。

妹の部屋に入りきらないごみが、自分の部屋にまで侵食していたのだった。そのままでは眠れないと思い処分したが、いざ寝ようと思った時、すえたチョコレート匂いや埃臭さが壁紙に染み込んでいることに気づき屈辱を感じた。

その日はなかなか眠りにつくことができなかった。

それから実家に帰るたびに物が散乱し、形容し難く汚くなっていくのを見て、罪悪感に苛まれた。

帰るのが毎回億劫だった。罪悪感とともに、家族のことを恥ずかしく思う気持ちも芽生えていた。

大袈裟かもしれないが、実家が年々ゴミ屋敷めいていくのが、自分能力限界を示しているような気がしていた。

家が汚い人間がどれだけ教養を身につけようと思ったところで、限界があるのではないか

の子は蛙。下流人間下流

幼少の頃、家にある本は「課長島耕作」と父親の買うパチンコ雑誌のみ。

家族集中力がないかテレビチャンネルをすぐ変える。認めたくないことだったが、自分家族は、あまり頭がよくなかった。

今は恥じる気持ちも薄れた。お金がないのに関東大学に通わせてくれて、感謝してもしきれない。だが実家は未だに汚いままだ。このままではゴミ屋敷のものになってしまいそうである

から実家掃除することにした。面倒だったので墓参り以外に予定もいれておらず、お金を使うのも億劫だったのもある。それに、帰省の前に北区6畳一間のアパート大掃除したらそれが思いの外楽しかったので、楽しみながら掃除ができるのではと思っていた。

掃除をする旨を家族に伝えると、テレビが壊れて買い替えたので業者が来る、だからリビングから掃除をしてほしいと母親に頼まれた。

隅々まで掃除機をかけた。掃除機では取りきれない埃をモップでとった。絨毯にコロコロをかけた。こびりついた汚れに電解水を噴射し、こすった。面白いほどきれいになった。

楽しくなってきたことを伝えると、うずうずとしていたのか母親も参戦し、ともに台所の油汚れも落とすことになった。換気扇は全面が赤茶色コーティングされており、パネルジャクソンポロック絵画のように汚れが飛び散っていた。

母親がどこからか出してきた業務用の洗剤を噴射してラップを貼り、しばらく置いた。そうして剥がすと、力をいれずとも汚れがスルスルとれた。そうしてあっという間にキッチンは、新築同然の姿になった。

こんな簡単なことだったなんて!自分が悩んだ、実家が汚いという事実や伴う罪悪感は、洗剤とほんの少しの労力で解決できるものだった。

こんなことなら、もっとから掃除しておけばよかった。楽勝だった。御託を並べている場合などではなかった。さっさと行動すればよかったのだ。

キッチンは電源タップ炊飯器などあらゆる部分に埃がついて、油にまみれてしつこい汚れとなっていたが、少し力をいれたら完全に取れ、新品同様の姿となった。

ソファの合皮もてっきり経年劣化だと思っていたが、洗剤をつけてこすったらピカピカ光り出した。母親が歓声をあげた。

まりに楽しかったので、掃除モチーフにしたテーマパークを作ってみてはどうだろうかと想像したほどだ。

大人たちがピザを食べたりなどして見守るなか、子どもキャストの指示のもと、換気扇の油汚れを落とすのだ。

テーマパークから帰った子供たちは、親の手伝いをするに決まっている。

今回大掃除成功したわけだが、次に帰る頃にはまた実家は汚くなっていると思う。

見つけてしまったが、パンについてきたシール適当にとっておくようでは駄目だ。人からの貰い物も躊躇なく捨てるようにならない限り、家はきれいにならない。

でもそうなれば、また自分がきれいにすればいいだけの話だ。

できる人間がしなければいけないのだ。この場合のできる人間とは、せずにはいられない人間という意味だ。

できる人間には、それができてしまうという限りにおいてしなくてはならないという義務が生じる。

母親は疲れ果ててできなかったのだ。父親も妹もまたそうだった。自分が恩返しをしなくて何になろう。

できる人が黙々とすればいい。これは掃除に限らず全てにおいてそうだと思う。人への気遣いとか、オリンピック競技選手とかもそうなのかもしれない。

できてしま人間はできない人間に対し、それができてしまうという限りにおいて、その行為をしなくてはならないのかもしれない。

なぜならできるということだけで、その人は恵まれいるからだ。そして自分は完全に恵まれしまっていた。全て家族のおかげだった。

帰省の折にたったの一度、大掃除をしただけで何を偉そうなことを、と思う。

盆は大掃除以外には何も素晴らしいことはなかった。祖父母や両親の老い、そして死の予感をひしひしと感じた。

自分はと言えばしたいことも欲しいものもなく、友人と会いたいとも遊びたいとも思えず、貯金への欲望があるのみだ。

自分もまたこうしているうちに死んでいくのだろう。ゆっくりと。その場所ごみに溢れているかもしれない。

だが自分は抗いたい。祖父母や両親の死は避けられない。しかしその最後の時まで恩返しをしたい。だからよい洗剤を探す。収納方法を極める。できることはなんだってしてやる。

ごみなんていくらでも捨ててやる。

2017-08-13

批判」を「否定的に言う」の意味で使ってる人は教養が無い

かわいそうに

2017-08-12

議論が苦手な理由

温厚。冷静。敬意。寛容。客観。公正。と、頭の内では分かっているのである。初めのうちは。

しか議論が進むにつれてその幻想は打ち砕かれていく。

議論といっても、実際には公理のすり合わせから始まる。

議論の前提を共通認識として一致させなければ議論にはならない。

だが多くの議論は、この過程が果てしなく長い。それはもう長い。しんどい

出典や認識の相違など、重箱の隅を楊枝でほじくるように確認しなければならない。

長い間そうしていると、議論のための下準備だったはずが、だんだん知識教養によるマウント合戦に思えてくる。

お互いに無知を暴き、責め合っているかのような体験

このあたりで多くの人は語気が荒く、皮肉も混ざり、この相手議論に足る相手だろうかと疑心を抱き始める。

地道な作業精神を消耗し、議論相手が敵に見えてくる。

お決まりパターンなのだ。具合が悪ければ、そのまま人格攻撃に移行し物別れに終わる。

よしんば踏みとどまって、たしかに我の勉強不足であったと認めたとしよう。

それでも人の心は素直にいかない。人はそれを譲歩とみなす。

これがどういうことを引き起こすかといえば、「私は誤りを認めたのになぜあなたは私の意見を聞かないのか」ということである

議論として考えるならば、それは誤りを正したというだけであり、その後の意見賛否には関係のないことである

しかし人は自分は譲歩したのだから相手も応じるべきであるという期待をしてしまう。

無意識のうちに議論交渉が入れ替わっているのである

そして議論は当初の崇高な目的を見失い、互いの誇りをかけた撤退戦が始まる。

はたして議論を成し遂げたひとはいるのだろうか。

はいまだ議論の果てを知らない。

https://anond.hatelabo.jp/20170812094331

ネットが怪しければ、じゃあ、書籍は正しいのか?というとそうでもなくて、

例えば、育児に関する常識は、30年前の書籍と今のものではまるで異なっている。

新しい知見が常識を上書きしてゆくカタチで常に変わり続けている。

じゃあ、最新の書籍が良いのか?というと、そうでもなくて、

ホメオパシーをはじめとする、科学的根拠のの無い怪しい新刊本が次々に出版されている。

当然、それらを鵜呑みにした人間口コミで伝えてくるから口コミも怪しい。

結局、ネットで調べようが、本を読んだり人から聞こうが、怪しさに大差はなく、

いか情報の真偽を見極める教養もつことが大事なのだと分かる。

https://anond.hatelabo.jp/20170812071218

江戸時代

そもそも、今のドタバタ新自由主義格差が広がり「今のやつの代わりのやつを!」ということで政権が安定しないのと、

「外憂を煽って国内問題から目をそらす」「ネトサポみたいな異様な政権擁護政権側が運営している」の合わせ技なだけ。

江戸時代平和ある意味道徳教養の賜物だが、それが必要なのは政権側。政権側が押し付けようとしている「下は黙って従え」みたいな腐ったものではないな。

2017-08-11

pixiv小説に思うこと

pixiv小説って評価が相応じゃない。

あ、ここでいうpixivの小説二次創作、主に腐向け作品だと思って読んでほしい。

pixiv小説って評価が相応じゃない。とても面白くて「人に読ませる」文章なのに、ブクマ数が極端に少ないとかザラにある。

もちろん人気ジャンルかそうでないかに差があるのは分かってる。

ブクマ数が多いなって思う基準が50なら1桁は少ない。基準が100なら20前後は少ない。

私もミーハー人間からブクマ数が多い小説に手を伸ばしがちであるしかし、冒頭数文で(あっ、この人は書くのが下手だな)だと悟って読まなくなることや最後まで読んでも(何が何だかからなかった)とブクマせずに終わることも多い。

二次創作から下手な人がいて良い。むしろそれを排除しようなんて思ったら二次創作という文化健全ではなくなってしまうと思う。

文章構成が上手くできていなくても、ネタが良ければブクマしたりする。二次創作から商業じゃないから!

でも、下手なのに面白くないのにブクマ数が多い、過大評価されている、と感じるものが多すぎるのだ。

こんなに上手いのに何故評価されないのか。作者の宣伝が足りないのか。タグ付けの問題か。

でも、pixivでは匿名っぽく小説を上げている人も多い。タグ腐向けタグとカプ名だけの人も多いし、タグを何もつけていない人も多い。そういった人たちだけが極端に評価されていないわけではないしその人たちの作品ブクマ数はむしろ多い傾向にある気がする。

から宣伝タグ付けだけの問題ではない気がする。

では、何が下手で大して面白くもない小説pixiv評価させてしまうのだろうか。

私としては仮説が3つほどある。

一つ目

R-18。単純にエロがあるとブクマ数は伸びる。たとえ(なんだこれめちゃくちゃだ)と感じるような文章構成のものから、"原稿用紙の使い方"自体から間違っているようなものキャラクター解釈を大きく違えているもの、でさえもR-18というだけでブクマ数は大きく伸びる。

これは人間の三大欲求に則しているか理由としては間違っていないだろう。

ただ、それだけで評価されてしまうのは気味が悪いと思ってしまうのは私だけだろうか。そうか、私だけか。

二つ目

表紙がある。

pixivでは小説に表紙が設定できる。pixiv提供しているシンプルな数種類のものはもちろん自作イラストやら写真やらを表紙にすることが可能だ。大半の書き手たちは主にpixiv提供しているものをそのまま使用している場合が多い。

その中で自分の撮った写真同人誌の表紙よろしくフォトショ等で自らデザインしたものを表紙にしている人たちもいる。そういった人たちは小説自体に深いこだわりが多い人が多い。故にそのような表紙を使う人のブクマが伸びるのは大いに理解することができる。

しかし、問題は次だ。

大手絵師イラストを表紙に使っている人だ。身内だとか交流があるだとか、それは理解できるし表紙を描いてもらうのも理解できる。けれど、イラストが表紙のものは内容に関わらず初動のブクマ数が異様に多い。イラストブクマするかのごとくブクマ数が伸びる。

これが怖いし、気持ち悪い。これで初動のブクマ数が多いためにランキング入りしてしまうのも気持ちが悪い。

もちろん絵師イラストを表紙に使うな、とは言わないしそういうコネクションがあるのは素敵なことだろう。

しかし、内容に関わらずブクマをつける人たちには憤りがある。内容を読んでから評価しろ

装丁大事だ。しかし何よりも大事なのは中身である小説だ。それを読まずして評価するのは首を傾げざるを得ない。

三つ目

ブクマ数が多い人のブクマ数が伸びる。

一度面白い作品を書いた人はそのあとも一定以上のブクマがつく、評価がされる。もちろんファンがついたということもあるのだろうが、一回面白くて上手い作品が書けたとしても、次があるかなんて分からない。しかし、内容も見ずにブクマをしている人間がいるように感じる。

これに少しばかり関連して、ブクマ数が多いものしかブクマしない人間がいる。ブクマする理由はただブクマ数が多いから、そう言わんばかりに読む小説に傾向なく、ブクマ数だけで小説を読んでいる人間がいる。

まあ、それで"当たり"は掴みやすいんだろうけれど気に入らない。

取り敢えず、いま思いつく3つの理由を考えてみたけれど他にも理由はあるはずだろう。SSみたいな短い話だけが良いだとか、会話文多めの方が良いだとか、ギャグの方が良いだとか。

もちろんSSが悪いなんて言ってないし、会話文多めの小説を見下してるわけじゃない。ギャグ小説シリアス小説下位互換だと思ってるわけでもない。

ただ、実力よりも評価数が多かったり少なかったりするpixiv小説が謎だと思うという話だ。

あと一つ、最後にもう少しだけ私の仮説を聞いてほしい。これはいろいろなところから怒られそうだから、読み飛ばしてくれてもいい。怒られること覚悟でこの仮説を示そう。

オタク普段小説を読まない。

もちろん、文学作品を親しむ人間が多いのは分かる。私も実際文学作品をよく読む人間だ。オススメオーソドックスっていうかこんなこと書いたら逆に「お前それしか読んだことないんだろ」と言われそうだが夏目漱石だ。一番好きな話はこれまたド定番こころだ。現代作家なら村上春樹で、鏡という話が一番好きだ。他には山田宗樹の書く話も好きだったりする。でも、彼らの書く話は「人に読ませる」文だし面白い

少し話は脱線したがオタクは意外にも本は読まない。読んだとしてもライトノベルマンガアニメノベライズだ。そもそもオタクに限らず本を読む人間というのは少ない。自分が読んでいるからと言っても隣の人が本を読む人間とは限らない。学生時代はそれなりに嗜んだけど、今はさっぱりだという人も多いはずだ。必ず月一冊は読んでいるというだけの人間ですら探すのは難しい。

オタクが読んでいる本は、小説は、文学ではない。実は読んでいるようで、真に本を読んでいないのだ。「ライトノベルを見下しているのか!」と怒られそうだが、怒られることを覚悟で書いている。批判どんとこいだ。ライトノベルでも面白いものもあるし上手い文もあるが、基本的には似たり寄ったりだし、何よりラノベ独自文章の使い方がダメだ。あれはあれで文化として存在しているのだろうけれど、小説に求められているものって本当にソレなのだろうか。

又吉直樹火花という本がある。芥川賞を受賞したあの本だ。あれは個人的には素人に毛が生えたレベルだと思っている。でも、話題になったし売れたし何故か芥川賞も獲れてしまった。

何故だとお考えだろうか?

それは"小説を読まない"人間が手を伸ばしたからだ。普段小説を読まない人間からこそ、なんとなく「凄い」と思わせたら書き手は勝ちなのだ小説を読まない人間というマジョリティ話題になってしまえば書き手は勝ちなのだ

多分、pixiv小説にはそういうところがある。

どんなに小さなジャンルであってもマンガ投稿されてなくても小説存在しているなんてことがある。供給に飢えているオタクはそれを読む。小説を読まない人間勘違いの「凄さ」「萌え」によって実力不相応のブクマは増えていく。

"小説を読まない"人間評価は難しい。小説語に慣れていない人間評価は難しい。知識が足りない人間評価は難しい。

ライトな層のオタクたちは小説評価に慣れていない。

絵については散々文句が言えたりするオタクたちも小説評価に慣れていない。

私は小説に対する知識教養が少ないオタクたちがpixiv小説に対する評価を歪めていると思う。

もちろんこれは原因理由の一部であって全てではないと思うが、確かに理由だと思う。

この意見批判があるのは覚悟しているし仕方がないと思うが、私はこれを事実だと考えている。

もしも、これを読んで必要以上に怒りに狂った人がいるならば、考えてほしい。

あなた小説が読めるのか、と。評論が読めるのか、と。国語ができるのか、と。

なんなら、学生時代まで遡って現代文の成績を考えてみるといい。読解はできたのかと。

まあ、私の書いている文章が読めているあなたは、自分文章を読める力があっても周りの人間は、想像以上に読解力が無かったことを思い出せるだろう。そういうことだ。

冷静に考えた上で、この意見批判があるなら聞かせてほしい。私は純粋に不当な評価pixiv小説存在することが不思議なのだ。その理由が知りたい。私の考察に至らないことは沢山あるだろうし、あると思っているから臆して匿名でこの文章を書いている。でも、できればこの文章をキッカケに理由が解明されればいいと思っている。純粋に知りたいから。

さて、最後に私は何が言いたいかと言うと、pixivで人に読ませる素敵な文章かつ面白い作品を書いている人の小説が不当に評価されているという事実が悲しい。

pixivで下手な小説かつ面白くない文章が不当に評価されているという事実に憤りを感じている。

下手な小説も上手い小説面白い小説面白くない小説存在していていい。それが二次創作の良さだ。

しかし、正当な評価がされないのは悲しい。

文豪が筆を折ってしまうのは悲しいことだし、駆け出しの人間の成長の目を摘んでしまうことも悲しいことだ。

願はくは、pixivでの小説が正当な評価を得られるようになりますように。

https://anond.hatelabo.jp/20170811001907

教養について荒れてたからあまり書かないけど、教養倫理道徳人間の行動・行為に根ざしているか関係性はあると考えますね。どうでしょう

教養倫理感に相関関係はあるのか?

中卒の知人がDeNA入社した。

まあ学歴はどうでもいいけど、思考が浅くて、エンジニアとして以外のことはてんで無知。もう無教養の塊。

そしてDeNA入社ときた。

DeNAといえば、倫理度外視、もう社会存在していいのかどうか問われるべき企業といっても異論はないと思う。

自分だったら絶対入社したくない。

そしてふと思ったんだ。教養がある=倫理的素養がある、という図式が成り立つかどうか。

因果関係がないのはあきらか。頭はいいけど、詐欺を働くやつ、頭はいいけどソーシャルゲーム業界にいて、何も感じないやつ。

でもかの孔子教養とは、学とは道徳であると、言ったような言ってないようなうろ覚えだけど。

少なくとも相関関係存在するんじゃないだろうか?

そこの諸君、どう思う?

2017-08-10

教養のある人とない人の違い

教養のない人は「やなもんはやなんだもん」という感情論が優先でその根拠の組み立てが後付になる。

教養のある人はまず論理を組み立てて最終的に感情論との折り合いを付けるので説得力のある意見になる。

https://anond.hatelabo.jp/20170810132334

いや、別に同意なんか求めてないかwww

単なる反語

マウンティングしてない?いやしてるだろ

教養あるのにわかんないんだね

教養が無い」って言うやつ、教養が無いよね

https://anond.hatelabo.jp/20170810121440

そんな趣旨ではないな。貴族のようなやつしか得られないのが教養なら、ネットや実生活教養があるように振舞うやつは偽物で良いんだねってこと

そんな曖昧だけど実体があり貴族生活をしないと得られないものをどこでどういう風に理解把握してるかは知らないけど

結局ほとんど偽物ってことで意見の相違もないし

客観的には判断のしようのないものだって話だしね

https://anond.hatelabo.jp/20170810120930

とりあえず「学問のすゝめ」とかあの辺りの時代の本を読んだらいいんじゃないかな。(教養とは何かを理解するという意味で)

学問しろって言われるのは教養の為ってことだけど貧富や立場関係ないって感じ。

頭でっかち大学教授とかディスられまくってるよ。

https://anond.hatelabo.jp/20170810120930

ほとんどの国民教養がないと言ってるのと一緒だなwww

という発言は「ほとんどの国民教養があると皆が思っているのに否定するのか」という趣旨だよね。

まあ別にいいけど。

教養曖昧ものだがその実体存在する。

(本人は教養がないにもかかわらず)教養というワードを使ってマウンティングする奴も存在する。

別に矛盾しないよね。

https://anond.hatelabo.jp/20170810115821

しろ教養があって当然、教養は誰でも身につけているもの、とおまえが勘違いしている理由を知りたいくらいだよ

↑いやいや、教養なんて実体がないと言ってるがな

ネット界隈でも実生活でも教養の大切さのようなものを謳ってマウンティングしてくるやつがいるだろ?トラバにも現れたが

そういうやつが実体がない教養なるものマウンティングの道具として使ってるだけなんじゃないの?ってのがが元増田の話

んで、教養がその貴族みたいな生活をしてきたやつが得られるものだとしよう

なら、結局は元増田の話はほとんど事実ってことでいいのね?

https://anond.hatelabo.jp/20170810113944

本を読めば教養とは俺も言ってないよ。

子供の頃から本を読み人と話しいろんなところへ出かけるなかでじっくりと堆積していく知識のこと」

文化資本の厚み、バックボーンとなる知識技能知識人たちとの交流、そういった環境形成されてきた人格、その総体

なんだからさ。

そういうものを豊かに摂取できる環境、そこで育まれ人間的な土台のことで、特定書物の具体的な知識のことじゃない。

から「本についてはそれを読めばいい」「その本さえ読めば教養がある」という話ではないと分かるよね?

俺も含めてほとんどの国民教養がないよ。当たり前じゃん。

教養人」というのはガチ文化的エリートなんだから

しろ教養があって当然、教養は誰でも身につけているもの、とおまえが勘違いしている理由を知りたいくらいだよ。

https://anond.hatelabo.jp/20170810112451

本を読めば教養だなんて言ってないよ、むしろ言ったのはあん

教養なんて実体がないと言ってる

少なくとも読解力は教養のうちではないらしい

文化資本の厚み、バックボーンとなる知識技能知識人たちとの交流、そういった環境形成されてきた人格、その総体が「教養」ってことはほとんどの国民教養がないと言ってるのと一緒だなwww

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん