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はてなキーワード: 走馬灯とは

2018-05-08

私のゴールデンウィークは平日、祭日を問わず仕事漬けの毎日で終わるはずでした。

しかグーグルカレンダーが予定で埋まるのを見た上司が、休みがないんじゃないの?と心配するので、内心で毒を吐きながら定時退社日水曜日の一日だけ夜に時間作りました

さて、どうしようか。

その時脳裏を掠めたのは、前の会社の同僚に連絡を取ろうという、今の会社への半ば当てつけのような選択肢でした。

転職してから約二年、在職中でも勤怠連絡以外ほとんど連絡したこともない相手履歴たまたま残っていたLINE送って大丈夫か?迷惑ではないのか?

迷う気持ちを振り切って誘いの言葉を送るとすぐに既読文字がつき、快い返事が返ってきました。そして前職の同僚と有楽町で落ち合うことになったのです。

お酒の力を借りることもなく、二年の間の空いた、ぎこちなさはすぐになくなりました。

かつてお世話になった上司が近々昇進されること、中々髪が生え揃わない生まれたてのお子様の笑顔聖地巡礼ほったらかし温泉まで歩くのが作中同様大変だったこと…などなど、

話しても話しても話題が尽きるところを知りません。仕事に関する愚痴最後まで不思議と話にのぼりませんでした。

お互い別れて帰った後に同僚からLINEが入ってました。「本日は誘ってくれてありがとう。あの頃、定時後に二人で駄弁ってた時間も楽しかったですね。」

聞いた瞬間、私の中であの会社であの職場で過ごした四年間がすっと走馬灯のように流れるのを感じました。

残念ながら、仕事のことではありません。定時後のアフターアワーズ自分の全てでした。フロアの皆が退社してから夜行われるリリース作業時間までの、ちょっとした待ち時間の間に、二人しかオフィスにいなかったからできた、他愛もない雑談で盛り上がっていたあの時間。今更ながら、それは前の会社に出戻りしても今の会社でも、もう返ってこないものだと気付かされた次第です。

Rさん、このラジオを聞いておりましたら心より祝福させてください。ローエンちゃんのご誕生まことにおめでとうございます


...久々にエモい気分でいられたままGWは終わったと思う。

2018-03-10

[]桃次郎

むかしむかし、あるところに太郎がいました。

太郎川辺で遊んでいると、川上から「どんぶらこ、どんぶらこ」という辞書にない謎の言葉と共に大きな桃が流れてきたので、太郎は桃を拾い上げて家に持ち帰りました。

太郎のパパとママが大きな桃を割ってみると、中からさな男の子が出てきました。「桃次郎」と名付けて大切に育てました。

 

太郎のんびり屋で趣味に生きていましたが、桃次郎は正義感に溢れていました。

ある日、桃次郎は言いました。「パパ、ママ太郎、鬼ってのがいるらしいね。退治に行ってくるよ」

意志の堅い桃次郎を止められる者は誰もおらず、桃次郎はきびだんごを受け取って征伐に出かけました。

 

道中、犬がきびだんご凝視しながら近づいてきました。

桃太郎さん、お腰につけたきびだんご、くださいな」

「私は桃太郎ではない。桃次郎だ」

「あれれ、そうでしたかすみませんでした。お元気で」

 

道中、猿と雉も「桃太郎さん、きびだんごください」と言ってきましたが、同様の手順を踏み、桃次郎は一人で鬼ヶ島上陸しました。

鬼との戦いが始まりました。しかし、桃次郎ひとりだけではとても戦力不足。圧倒的な力の差。

記憶走馬灯のように流れる中「さっき散々間違えられた桃太郎ってのは一体誰なんだ」という疑問が浮かびながらも一瞬で消え、桃次郎は敢えなく死亡しました。

 

ものんびり屋で趣味に生きていたので、人間世界を襲撃することは一切ありませんでした。

めでたしめでたし

走馬灯みたいなアニメ多すぎじゃね?

多分元号変わるタイミングでこの世界ループする

2018-03-07

エロゲ業界最後超新星爆発

もちろんあのゲームのことだ。

素晴らしいゲームだ。

エロ抜きでゲームとしとても素晴らしいし、長く続いたシリーズラストを飾る物語としても良く出来ている。

前作、前前作(初期版)の出来から内容は不安視されており、三作前のアレが奇跡的に面白すぎただけなんだなとまで言われていた。

しかし蓋を開けてみれば、伝説級とまでされたあの名作を換骨奪胎した超名作ではないか

思えば、その原型となった今ではフリーとして配布されていたあの作品クオリティが凄まじいからこそ、このシリーズはここまでこれたのかも知れない。

多くの者達はあの一作でこのシリーズを知ったのではなかろうか。

もちろん、今から3つ前に出されたあの神ゲー伝説の再来ともされたあの一作が入口の人も多いであろう。

どちらにしろ、今から20年以上前にあのクオリティを実現させたあの一作こそが、このシリーズが持つ圧倒的熱量の第二のスタートラインなのではないだろうか。

このシリーズが持つ強烈な世界観はあそこで完成された。

そしてその完成形を土台として、才能が支配する理不尽世界とその世界謳歌する鬼畜主人公物語は展開されてきた。

主人公鬼畜として横暴に振る舞えるほどに強いのは何故なのか、その答えがハッキリと用意されているからこそこのシリーズは楽しかった。

思えば、今大人気の異世界チートに近いのかも知れない。

実際、主人公ライバルの中にはまさにその異世界チートばりばりの設定を引っさげているアベックがいるではないか

つの時代チートが大活躍する物語ファンタジー王道の1つとなるのだ。

語りすぎた。

本題に戻ろう。

さて、諸兄はこのゲームよりも大きなビッグウェーブが今後、エロ業界に訪れると信じているだろうか?

かにイリュージョン等が本気を出してスーパーVRエロゲーを出せば世界は今から大きく変わるかも知れないが、最大瞬間風速において今より強烈に強い時代の風が吹くのだろうか?

私は、エロ業界に今より強い風が吹くことはもう無いと思っている。

言うなれば、この熱狂こそが、煌々と輝いてきたエロ業界最後の大花火超新星爆発なのではなかろうか。

しかった。

昭和平成という時代の中で、PCスペック進化メンタルおかしくなりそうな社会情勢の渦中で、エロゲは時にグロテスクに、時に哲学的に、時にただ純粋エロく、時にエロを置き去りにして、僕らに夢を見せてくれた。

そう言えば、散々語ったこシリーズは、平成の始まりに生まれたのである

そして、平成の終わりに最後の花を咲かせたのだ。

ああ、全く、1つのエロゲが、1人の鬼畜が、とある会社が、ハニワが、平成という時代を駆け抜けたのだ。

激動の昭和と人は言うが、平成がおとなしかった時代だとはとても思えない。

その平成時代を、僕らはエロゲとともに駆け抜けたのだ。

そして、今、エロゲという文化ゆっくり老衰を始めた。

これから始まるのはきっと走馬灯だ。

長いのだろうか、短いのだろうか、それはまだ分からない。

最後には、死を乗り越えて我々の知らない新しいエロ業界へと生まれ変わるのかも知れない。

しかし、我々の知っているエロ業界は、もうすぐ死ぬのだ。

私にはそう思えてならない。

2018-03-04

26歳の男だけど

少し年取ってから、やたら涙もろくなってる。

映画ミュージカルスポーツ、ごくたまに美術館とかね。

それが感動的場面とか泣かせる演出だったらわかるんだけど、そうじゃない。

ふとしたセリフやなんでもない場面で、急に頭の中が走馬灯のようにぐるぐるし始め、涙がふわっと眼球を覆う。自分では「あ、また始まった」って感覚で。

なぜだかわからん。解明したいわけじゃないけど、気にかかっちゃって。

同じ経験あって、わかる人いる?

ちなみに仕事芸術方面ではないし、教養もそんなない。

と、ここまで書いて読み返して思ったけど、全然不思議じゃねえな。普通か。

昔🐭の国行ったときに、隣に座ってたソロおじさんがショーのはじめから最後まで号泣してたのを不思議に思ってたが、程度が違うだけかな。

人って子供の時のほうが泣くイメージがあるんだけど、違うの?

2018-02-26

さようなら月亭方正山崎邦正)」卒業スピーチ全まとめ (2001〜2018)

さようなら 山崎邦正!! (2001)

「こんな… お花なんて頂けるって… 誰が考えますか?

 12年間、『ガキの使いやあらへんで!!』を応援してくれて

 これから別にガキの使い』はおさらばですけど…

 他の番組とかも ちょこっと出たり…………………

 すいません…… ちょっと……(泣き崩れる)」

さようなら 山崎邦正 (2002)

「こんな…いっぱい…花束…貰えるって誰が思いますか?

 僕は、この『ガキの使いや』が……………大好きです……

 色んなこと…色んなことを考えてたんですが……

 すいません……ちょっとすいません……(泣き崩れる)」

さようなら 山崎邦正 (2003)

「いっぱいの…

 こんないっぱいの…花束… 誰が貰えると思いますか?

 僕は、14年間……………………

 14年間…………『ガキの使いや』をずっとやってきて、

 "仲間" っていうのが すごく大事だっていうのが………

 ……もう何も 言えませんけれども……………

 ………ありがとうございまし………………………

 ありがとうございました……………(泣き崩れる)」

さよなら 山崎邦正 (2004)

「…こんないっぱいの…

 花束に 誰が囲まれると思いますか?

 僕は………

 ガキあら………

 2回目から出てたので………

 15年 やってきて

 ダウンタウンさんとかと 友達以上の関係になれたのに……

 …ごめんなさい……………

 …クハハハ……ァハァハァハァハッ

 …ちょっとすいません……………

 涙はアカンって言うたやろ……………(退場)」

さよなら 山崎邦正 (2005)

「…ガッ…………

 この『ガキの』…………

 この『ガキの使いやあらへんね』の 皆さんから

 こんな一杯の花束 誰が貰えると思うマンネス○△□…

 一生懸命 やってきて……

 …ァッァァ…………………

 …ァッァァァァ……ァァァァ………

 ぼく………………

 涙はアカンって…言ったのに……………

 ……………ンンン!ンンン!ンンン!

 ゥゥゥウヌハハッハッハッハァァ…(退場)」

さよなら 山崎邦正 (2006)

「この……こんないっぱいの………

 花束 誰が貰えると思いまっか?

 『ガキの使い』の

 『ガキの使いや』が始まって

  17年後っていう年月が経てたとき

  2回目からです…

  ぼくが出場してて………

  この日が来るとは…………

  思ってもみなかったですよ

 ダウンタウンさんとかと やっと友達になれたのに…

 ェッェッェッ遠藤くんとか

 遠藤くんとか 田中くん………

 やっと『くん』付けで 呼べるようになったのに…

 遠藤くん! 遠藤くん!!!!!

 ァッァァァァ…

 遠藤くん!!!!!

 遠藤遠藤くん!!!!!!

 涙はアカンって言ったやん!(退場)」

さようなら 山崎邦正 (2007)

「こんな……こんないっぱいの花束

 誰が囲まれると思いまっか?

 『ガキの使い』の

 『ガキの使いや』が始まってから

  2回目からぼく 登場させてもらいまして

  18年間でまさか

  こんな卒業になるとは思わなかったとですよ

  みんなの暖かさが 染みに染みたとですよ

 『ガキの使い』の遠藤くんは…

 ェッェッェッェッェッェッ 遠藤くんが

 最近 気を使わなくなったのに 遠藤くんが………

 井本くん…

 ライセンス井本くんが…ライセンス井本くんが

 改名して 勢いに乗って来たか

 やっと可愛がって貰えると思ってたのに………

 アアアアアア!!

 遠藤くん!!!!!

 おい 遠藤くん!!!………………

 ………………助けてくれェ………

 どうか助けてくれ………

 アアアアアアアアアア!!

 遠藤くん!! 遠藤くん!!!!(退場)」

さようなら 山崎邦正 (2008)

「こんないっぱいの…

 こんな一杯の 花束に誰が囲まれると思うんですか?

 いっつも 5人で やってきたんです

 ダウンタウンさんと ココリコさんに

 いつも囲まれて 頑張ってきたのが 本当に………

 ココリコさんは いつも

 ぼくの事を

 「おはようございます」って言ってくれたか

  ぼくも「おはようございます」って言って…


 スタッフ…スタッ…

 ……デァァアアアア!


 スタッフの皆さんとか

 「おはようございます」って 言ってくれて

 20年間やって… 僕に……

 あの やめる訳じゃないですから 芸人


 いろんな…………………………

 いろんな番組に ちょこっとだけ 出たりします…


 その時には

 『ガキの使い』を卒業するけど

 その時には 応援してください


 局次長

 局次長が 偉くなって………

 ァァァァ… ァァァァァァァァ…

 局次長が偉くなったからァァ

 なんで 局次長になったの?!

 なんで 局次長になったのォ?!

 局 次 長 …………(退場)」

さようなら 山崎邦正 (2009)

「こんな……

 こんな一杯の 花束に 誰が囲まれると思いまっか?

 去年やったかな?

 『笑ってはいけない』演ったん…

 去年の年末やったか

 あれはすごい楽しかったねぇ って言って…

 すいません……

 去年の年末のことを思い出したら 急に…

 助けてください

 誰か 助けてください

 助けてくださあぁい!

 嫌だァアア!

 やめたくないよォ!!

 嫌だァアアアアア!!!

 やめたくなァァァあい!!

 絶対動かないぞ!!

 絶対ここを動かない!!!(退場)」

さようなら 山崎邦正 (2010)

「僕は…

 すいません……

 ココリコさんから

 「おはようございます」って呼ばれてます

 僕は

 『ガキ』を卒業しますけど

 別にこの業界卒業するわけじゃないので

 いろんな番組

 いろんな旅番組にちょこっと出ます

 いろんな旅番組にちょこっと出たとき

 応援してくださいね

 みなさん

 応援してくださいね

 ブログとか

 始めますから

 書き込み してねェ

 …早く 助けてよォ

 誰かいるでしょ!

 もう嫌だァアアアアア!!!

 嫌だ嫌だ! やめたくないよォ!!

 しょうがないのよォォォ!

 助けてよォ!!!(退場)」

さようなら 山崎邦正 (2011)

「こんな…

 いっぱいの 花束

 誰が囲まれると思いまっか?

 『ガキの使いや』の思い出が

 胸いっぱいに広がってます

 一生懸命 立ち上げから ぼく 頑張ってきて

 いろんな企画も出したからね

 去年の見ていただけましたか? 皆(みな)

 去年の年末のも 面白かったし

 ココリコさんとか「お疲れ様でした」とか

 色々言ってくれて 嬉しかったですよ

 ……アレ?

 ライセンスの イモトくんは?

 イモトくん?

 なんで? どこ行ッてたの?

 教えてくださいよォ

 …ァハァァァァアア!

 ッハッハッハッハッハハハハッ

 ビックリしたよォ!!

 いもとくん 居ないからァ!

 もう!!

 嫌 いや イヤァァア!!!

 嫌 嫌 嫌 嫌 嫌 嫌 嫌 嫌!!!!!

 やめたくないよォ!!

 超 言っちゃった やめちゃうって !!

 超 言っちゃったよォ!!

 どうしてくれるのよォ!

 (ペシッ) 誰が叩いた!!!

 頭 叩かれるの嫌なんだよォ!!

 超ヤバイよ!

 息が苦しいよォ…(退場)」

さようなら 山崎邦正 (2012)

「すいません、ちょっと今日は あの……

 爽やかな卒業式に やろうとしてるんで

 僕は……

 泣いたらあかんぞォ 絶対泣いたらあかんぞォ

 泣いたらあかんぞォ…

 

 僕は 小っさい時からガキの使い」を

 23年やってきまして

 本当に 面白い番組だな って…

 いつも ココリコさんとか

 ぼくの事「おはようございます」って言ってくれるから

 ライセンス井本 イモトくんも

 色々言ってくれて 嬉しかったですよ

 …イモトくん!!

 なんで浜田さん 休んだのよ!!

 「浜田さんが来る!」って 楽しみにしてたのに!!

 アァァ!!!

 …ァァァアアッッッ アアアイウエッッッッイヒヒヒッッ

 ライセンスフジヒラくん

 もう訊かないで 絶対

 仕事の話とか絶対しないで 飲んでる時

 分かんないから!

 全然分かんないのよ!仕事の話!

 嫌だ もうイヤイヤイヤイヤ

 ヤダぁ! なんでこんな事になってんの!?

 お願いよォ!!お願いよォォ!!(退場)」

さようなら 山崎邦正 (2013)

「ハハッ……

 

 23年間やってきて、

 誰がこんないっぱいの花束に囲まれると思いまっか?

 23年間やってきて テレビ

 初めて 悲しいと思ったです

 

 アアアアアアアアアッ!!!

 辞めたくない!!

 絶対に辞めたくない!!

 全然 "月亭方正"って 馴染まないでしょ!!

 なんで僕を降ろすの!?!?

 嫌だ!

 全然 馴染んでないでしょ! (退場)」


松本「いつもより泣きが短かったですね」

さようなら 月亭方正 (2014)

「誰もが 通る道です

 こんな 花束いっぱいの 時を…

 

 泣いていい ってもんじゃないんですよね すいません

 本当にすいません……

 泣いたらいい 卒業したらいいんじゃない

 って思ってたけど………

 …エヅレくんは?

 ADのエヅレくんが居ないじゃないの!?!?

 

 ADのエヅレくん! なんで居ないの!?!?

 ADのエヅレくんが一番好きだったのに…!!

 才能があったよ!! あいつは才能があった!!

 そうでしょう? エヅレくん…

 一回も話さなかったね………

 喋った事ないよ… 一回も喋った事ないけど…

 エヅレくんは才能があった!!

 ………

 力が抜けてきた………

 なんで力が抜けるの………?

 力が抜けていく…………

 ヤダヤダ! 辞めたくないよォ!

 ァァァァア痛ぁい! …誰やオイ!? 今の!!

 本当に痛いやつやったん誰だよォオオオ!(退場)」

さようなら 月亭方正 (2015)

「こんなに 花束いっぱいの 誰が貰えると思うんまっか?

 

 もう 今ね

 色んなことが 頭の中に

 想像を超えたことが 頭の中に出てるんです

 思い出がいっぱいあるから

 4人の思い出がいっぱいあるから

 5人の思い出がいっぱいあるから!!

 …プッハハハハハハハ!!

 想像を超えた思い出が 走馬灯のように

 頭に浮かんで 僕は 卒業をす………プハハハハハ!

 

 すいません……

 力が抜けてきました………

 体調が優れません…

 体調が 全然優れません……

 

 オイ! エヅレは? エヅレくんは!?!?

 これだけは言わせろよ!

 エヅレくん!!スタッフの!!

 エヅレくんを呼べ!! あいつは才能があった!!

 あいつだけ才能があったよ!! 他はなんだよ!!!

 ええ加減にしろよ!

 エヅレくんは!?

 エヅレくんが……痛い!!!!!

 折れたァ!!!

 誰や今の…………エヅレくん… 歩けないよォ(退場)」

さようなら 月亭方正 (2018)

「…誰が……こんな……

 こんなに 花に埋もれると思いますか…?

 

 5人でやってきたんです

 5人でやってきて……

 …皆が居なくなって、ぼく一人になるっていう夢を見たんです 実は

 

 ぼくすごく寂しかったよォォォオ!

 でも!その時は!!!!!

 

 泣きませんでした。

 

 その時は、『ガキの使い』で一人になっても泣かないで、

 ずっと一人でやってたんです。

 

 あぁ!思い出したぞ!

 その夢を思い出した!

 「浜田ちゃァん!」って言ってた!

 「浜田ちゃん」のこと「浜田ちゃァん!」って言ってたゾ!

 ………悲しいなぁ……

 最後まで こんなに泣いてると思った!?

 ねえ!こんなに涙が出るって思った!?!?

 誰思ったよ!?!?

 

 気分が悪くなってきた…

 マジマジマジ

 マジで気持ち悪くなってきたよ…

 マジやで

 

 最後

 

 田中直樹

 お前が 俺の 親友です

 

 田中直樹

 田中直樹

 離れたくないよ…

 田中直樹と離れたくない…

 好きなんです!!!

 好きだあああああああァ!!!

 たー!なー!かー!

 たー!なー!かー!

 なー!おー!きー!

 (浜)「山ちゃん本当にお疲れ様で御座いました」

 

 まだだめだぞ

 田中気持ち 聞いてないか

 オイ! 離せ!!!

 辞めたくなァい!!!辞めたくなァい!!!

 絶対に辞めたくなァい!!!

 30年頑張ってきたんだぞ!!

 なんにも残してないんだぞ!!!!!

 ウワアアアアアアアアアア!!!

 辞めねーぞ!!!!!!!!!!(退場)」

 

(※【さようなら月亭方正卒業スピーチで毎年流れるあの曲を音源化してみた https://youtu.be/myFL9pPNJr0

2018-02-18

メランコリックな夜

羽生くんが金メダルを取った。

感動と興奮とが一気に押し寄せ、それと同時に無事滑り終えた安堵感が綯い交ぜになり、私は感極まってしまった。

彼のファンなら皆、彼の演技を祈るような気持ちで見ていただろう。

私もその一人だ。

ファンではあるけれども、フィギュアに詳しくない私はアクセルフリップの違いもよくわからない。

そんな中途半端な私にも見終えた瞬間に「素晴らしかった」と思える演技だった。

表彰台笑顔で上る彼を見ていて湧き上がるのは感動、興奮、安堵の感情

そして、私はその裏にある自分のもう一つの感情に気づいてしまう。

憂鬱である

彼はソチから4年間、絶対王者としての意地、国を背負うという重圧、様々な葛藤の中で選手としても、一人の人間としても大きく成長し、今日私たちを大きな感動に包んでくれた。

彼の4年間は間違いなく波乱に満ち、また誰よりも努力した濃厚な時間だったことは容易に想像できる。

私の4年間は。

私の4年間、あのソチからの4年間。

あの頃大学生だった私は、今、「自分の夢を追う」という名目フリーターという心細い身分を自ら選択し、人生迷路に絶賛迷い中である

人に誇れるものでもなく、かと言って破滅的というほどでもなく、惰性的に夢を追う若者ありがちな堕落した時間を送ってしまっている。

羽生くんの演技による興奮なのか、自分の不甲斐なさに対する憂鬱からなのか、私は真っ暗な布団の中で時計が深夜3:00を過ぎても眠ることが出来ずにいた。

眠れないまま布団の中にいると、脳内走馬灯のように私の4年間のなかの少し印象的だった出来事や思い出なんかが駆け巡る。

そして、私は一つの出来事を思い出す。

大学進学とともに東京に出てきた私が、少し東京という街に慣れ始めた頃。

私は友達とともに有名大学の文化祭に足を運んだ。

自分大学とは違う、歴史的な校舎の作り等に感心しながらなんとなくお祭り気分を堪能していると、ふと見知った人の顔が目に入った。

Aくんだ。

高校一年生の春から夏へと季節が移り変わる頃、「ねえ、Aくん、増田のこと好きなんだってよ」と人づてにAくんの名前を初めて聞いたのを覚えている。

私はその時、Aくんの名前と顔も一致せず、「誰か知らないし、話したこともないし、なんかの間違いなんじゃない?」みたいな返事をしたのを微かに覚えている。

自分で「間違いなんじゃない?」なんて友達に言っておきながら、私はそのAくんの苗字を忘れられず(Aくんはちょっと珍しい苗字だった)、頭の片隅になんとなくそ苗字が引っかかっている状態が続いた。

次にAくんの名前を聞いたのは、同じ高校に進学した幼なじみからだった。

一緒に文化祭自由時間のんびり過ごしていると「Aくんって知ってる?」と突然聞かれた。

名前だけしか知らないので、「知らない」と答えると、「ジャニーズの〇〇くんにちょっと似てるんだよ。あっ、ほら、あの人」と控えめに指さす。

指の先には確かにちょっとジャニーズの○○くんに似てると言えなくもない男の子が歩いている。

私自身、あまり惚れやす性格でもないため「あの人かー」という感想以外特になかったのだが、それでもやっぱり高校生なのでちょっとキドキしたりして、勘違いかもしれないのに馬鹿だなとか思ったりして――。

でも、なんとなくAくんも私を意識してるような気もして――。

なんだかんだ廊下ですれ違ったりするとき意識してしまったり、今考えても自分の単純さに呆れる。

国語テストの成績上位者の紙で名前前後に載ったり、何度か運命的な(?)出来事もあったりしたものから余計彼を意識するようになってしまったのかもしれない。

ここまで読んでくれた人はこの後、高校時代、私とAくんが付き合う展開が待ってると思うかもしれないが、私とAくんはなんとその後、卒業まで一言言葉を交わさなかった。

現実少女漫画のようにいかないらしい。

そんなAくんがたまたま行った大学文化祭ギターを持って少し目の前を歩いている。

見間違いかと思ったが、向こうも私に気づいたようで、こちらを注視しており、私は謎の気まずさと恥ずかしさとで完全に見ない振り。

私とAくんが通っていた高校東京とは縁もゆかりも無い田舎だった。

そんな田舎高校しかたことがなかったAくんが目の前に、東京に、たまたま来た文化祭にいる。

私も相当に驚いたが、Aくんも相当驚いたのだろう。

しばらく物陰からAくんの視線を感じた。

それでも気付かないふり――。

だって、話したことないもん。

深夜3:00、羽生くんによって開かれた記憶の扉によって、私は一つの衝動に駆られる。

「Aくんが今どうしてるか知りたい!!」

喋ったこともない相手の近況を知りたいなんて、私とストーカーの違いって果たしてなんだろうと一瞬踏みとどまるもやはり衝動はおさまらない。

真っ暗な部屋で布団の中からスマホに手を伸ばす。

Google検索欄に入力しようとして、我に帰る。

「Aくんの下の名前ってなんだっけ?」

国語テストの成績表で私の名前の上にフルネームで載っていたのに……。

なんだっけ……。

正攻法じゃわからないと考えた私は次に検索欄に Aくんの苗字+自分の母校+彼を見かけた大学名 を入力

すると簡単にヒットした。

彼のフルネームがわかったところで、またGoogle検索

すると彼がバンドマンなこと。

ライブをちょこちょこやっていること。

音楽に詳しくない私でも知っている大きなフェスの小さなステージに出たこと。

そんな情報ポロポロと出てきて、「頑張ってるんだな」と笑みを漏らすとともに、湧き上がる一つの感情に気付く。

そう、憂鬱である

Aくんもまた、夢に向かって4年間駆け抜けてきたのだろう。

それに比べて私は――。

言ってしまうと、私も全く頑張っていなかったわけじゃない。

私の夢を叶えるべく、その道のプロとなんとかコネも作ったし、その人たちに評価されようといくつか作品も作った。

でも、プロにかけられた言葉非難の嵐で、私はプロ評価される度に夢に対する熱意、情熱を失い、失速していった。

夢にほんの少し近づいて持った感情希望なんかじゃなく、絶望だと気付いた時、私は精神バランスを崩しやすくなり、自分の弱さにまた失望した。

ここ半年作品を作ることもできず、ただただ漠然とした不安単純作業非正規労働で埋める毎日

そんな自分が情けなかった。

そんな私には最近、昔好きだった、自分が憧れていた作品をもう一度見返す機会があった。

久々に心を揺さぶられた。

もう一度、いや、何度でも自分の夢に再挑戦したい。

そういう気持ちがふつふつと湧いてきたのだ。

僅かな希望を胸に抱いたところで、私の人生のちっぽけさは変わらない。

メダリストとは月とスッポンの差だし、駆け出しのバンドマンの足下にも及ばない。

皆それぞれ、人生をがむしゃらに走っている中で私が歩みを止めてしまった4年間。

その4年間を悔やむとともに、彼らの4年間を讃えたいと思うこの感情を色で表すと、きっと夜明け前のような仄暗く、それでいて深い青と紺を混ぜたような色なんじゃないかと思う。

それぞれの4年間に想いを馳せる夜。

そんなメランコリックな夜が今、明けようとしている。

2018-02-08

高次脳機能障害者の介護がクソ地獄だ。

私は20代、男。

学生ときに、父が重い病気になった。

くも膜下出血だ。

小室哲哉の奥さんと同じである

病後、例に漏れず私達の家庭も「高次脳機能障害」と付き合っていくことになった。

あれからもう5年以上も経過して、父は依然として

約束(決められた時間場所にいく等)を覚えていられなかったり、

ちょっとしたこと感情が爆発してしまったり、

記憶や話の整合性が取れなかったりすることがある。


「妻が女の子になってしまった。」

小室氏の表現は、まさに言い得て妙だ。

から罵詈雑言を浴びたり、記憶の抜け落ちにより息子だと認知されなくなったりするのは、悪意がないとしても(無いからこそ余計につらいのだが)相当、精神的に堪えるものである

今回、KEIKO氏の高次脳機能障害が世の中のトピックにあがったこタイミングで、タイムリーなことに私の父にも進展があった。

決してハッピーものではないため、増田にて書かせてもらう。長文雑文になるが、どうか一読いただければ嬉しい。



当時、いわゆる夢追い人だった私は、残された家族のため(高齢祖母、まだまだ10代半ばの弟)

父に代わって、なんて格好のいいものではなく、なし崩しなのかなんと言うか、泣く泣く人生軌道修正をすることにした。

肝心な父の状態は相当ひどいらしく、生きるか死ぬかの瀬戸際だった。

「生きても半身不随になるかも」

そう医者にいわれた。

わかっちゃいるが、お医者さんもすごい慣れた喋りクチだ。そのせいか、えらく事務的に聞こえる。

自分のこと、家族のこと、父のこと。私が死ぬわけでもないのに走馬灯のように色んなことが、しかも最悪の形で頭で展開されていき、

それと同時に、ただでさえパニックになっている頭の中を、物凄い情報量が通過していく。

まともに読みもしていない手術に関する合意書等、沢山の書類サインをしていく。こんどはこちらが事務的にこなす番だった。

ふと気がつけば、手術がはじまっていた。

その時になってはじめて、あんなにキライだった父のことなのに、思いきり泣いた。


手術は成功だった。

見事に父は快復。重篤的な意味で。

術前に医者から聞いていたとおり、父は高次脳機能障害とよばれるものを抱えながら生きていくことになった。

まり障害者だ。

パッと見、ちょっと痩せて目がトロンとしているくらいなのに、障害者だと思うのは不思議感覚がしたが、それも始めだけだった。

開口一番、「おまえ、誰や?」。

ああ、父の病気はまだ続いているんだと悟った。

発症から数ヶ月ぶりにコミュニケーションがとれたこともあり、必死に状況を説明してみた。

うんうんと理解したような素振りをみせたと思いきや、「なんで俺はこうなってるんだ?全部のお前のせいだ!」と怒号を飛ばされる。

悪意がない、あたまが混乱しているだけだ。と周りには慰められたが、当時まだ二十歳そこそこで、ここまで自分なりに夢や時間やと犠牲にしてきたのに、あんまりだと思った。

この段階でまた泣いた。

リハビリ施設に入って半年、父は退院することになった。

聞こえはいいが、後に詰まっている患者を入れるため、心太式に入れ替わることが制度で決められているだけだ。

要は強制退所である

怒号はなくなったが、兄弟の人数を間違えたり、架空人物を作り上げたりする父をみて、私は「これで大丈夫なのか?」と医者に問うたところ、

「これ以上の治療はできないかリハビリして現状維持するしかない」と返ってきた。

絶望だった。

もう私は一生、この現状に縛り付けられるのか?こんなあっけなく、自分コントールできないところで審判がくだされるのか?何度も自分に問いかけた。

その後しばらくして、父はなんとか勤めていた会社に復帰するまで持ち直した。奇跡的だった。

私の絶望は、どうやら杞憂だったらしい。

父は、昔みたいにバリバリ仕事はできなかったが、会社事情を汲んで軽作業仕事を与えてくれた。

うそれだけでも充分だった。やっと終われる。そう思った。

それから5年経ち、個人的にも家族的にもバタバタした時期がすぎて、なんとか人生プランを立て直す段階まできた。

そのタイミングで、また事がおこる。

つい先日、僕の電話宛に、父がいる会社社長さんから電話があった。

嫌な予感がした。どうやら5年前の絶望杞憂ではなかったらしい。

聞くと、実は1年前から仕事中だけ様子がおかしい。症状が酷くなっている。と言われた。

正直にいうと、「またか。」と思った。

もうこれ以上、振り回されたくないのが本音である

世間は、血のつながりだとか、産んで育ててくれた恩人だとか押し付けがましいことを勝手にいいやがるが、クソ食らえである

リハビリ施設からは、外来は受付してないと断られる。

ソーシャルワーカーに紹介してもらった施設は、結局のところただの相談窓口で、抜本的な解決につながらない。ガス抜きにもならない。温度間がちがう。

いまの会社では働けないのに、障害者手帳をもらうには程度が低いので認定できないと言われる。

障害者用の雇用枠では賃金が安すぎて自立した生活ができない。

基本的に周囲からは「健常者」としてみられるのだが、自分のケツをふけなくなったくせにワガママだし、仕事もできない。

この細かい矛盾が本当に納得いかない。

あんなに強かった父が、若いから「ジャマだジジイ」だなんて蔑まされてるだなんて、聞きたくなかった。

泣いてたらしいし。もうつらいです。


■追記

深夜にどうしようもない心持ちになり、完璧に勢い任せな投稿だったのにも関わらず、反響があって驚いている。

コメントをみると、私みたいな物でも誰かの役に立てそうな気がしたので、返事を書いてみる。

>>>anond:20180208054807

本当にお疲れ様ですとしか言えないな。あなたの感じる細かい行政上矛盾が少しづつでも解消することを祈っているよ。

私も二人、子供がいるんですが子供迷惑かけたくないな、と強く思う。健康大事だな。。。君も(抜けないかもしれませんが)手を抜く事に躊躇しないで欲しいです。

ーーーー

ありがとうございます

父は元々仕事人間プライドが高い人だったので、いまの状況が本当にもどかしいです。

一身上のことですが、祖母と父は養子縁組だったので血が繋がっていません。

本文では割愛しましたが、実は父には血縁関係の無い姉がいて、軽度のダウン症を患っています

そんな家庭でも、父は恩を感じているようで、私に常々と「家のことは俺が全て最後まで面倒みるから、お前は心配するな。」なんて言っていました。

なんとも救えない。皮肉な状況です。

お互い、ご飯と睡眠は大切にしたいですね。

>>>anond:20180208054807

嫌いをキライって書くやつ嫌いだわ。 苦しめ。

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不快にさせて申し訳ない。だけど、少しでも読んでくれて嬉しいです。

ありがとう

>>>anond:20180208104709

一言余計だわ。 その一言が人を殺すかも知れないのに…。

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気遣いありがとう

いまのところ死ぬ気はないです。

件のおかげで、「嫌われる勇気」は読まずとも身についたのでラッキーだったかもしれません。笑

>>>anond:20180208054807

今までと、これから先の自分を見ているようだった。

自分が関わらないことで「見捨てた」と思いながら自分だけの人生を歩むのと、

積極的に関わって「自分人生を生きられなかった」と思う人生を歩むの、

どちらの人生が良いのかとときどき考えるが、私はまだ答えが出せないままズルズルきている。

ーーーー

その気持ち、すっごくわかります

当時は経済的にもすごく不安定でしたので、よく「自分死ぬくらいなら、全員見捨ててでも生きる。」と思って日々を過ごしていました。

いまでもそれは変わっていませんが、自分のできる範囲でなにか手伝おうというスタンスでやろうと模索しています

しかし、何か在ればや私のところに連絡がきてしまうのかもですが。

>>>anond:20180208054807

障害者手帳すら出ない程度なら、後見人でもないと思うけど、本人ではなく家族退職勧奨なんてするかなあ。

もし本当なら、退職勧奨は受け入れず、解雇通告された場合には会社に対し解雇通知書もしくは退職理由証明書の発行を依頼して。

そもそも後見人でもない増田がやることではないはずだけど。

障害者枠の仕事では自立できないって言うけど、障害者枠の仕事子育てもして自立してる人もいるので、「障害者枠の仕事」と一括りにしないでほしい。

会社で勤務中だけ様子がおかしくて、主治医増田悪化が把握できないなら、会社から具体的な症状を聞き取りして主治医へ伝えることで障害者手帳を取得できる可能性はある。

そもそも介護問題というより労働問題ではないのかなあ。

大変だった時期もあるだろうけど、現在障害者手帳が出ない程度だし、具体的にどんな介護をしてるか書いてないし。

行政支援が受けられないなら、距離を置くか、イライラ溜め込まないよう増田自身メンタルケアを優先してみては。

ーーーー

なるほど、そもそも後見人概念を知らなかったので勉強します。

様子については、基本ちょっと抜けているのですが、仕事や非日常イベントなど緊張する場面になると急に症状が酷くなるみたいでした。

タイトルについては、私自身も介護問題なのか労働問題なのかは上手く切り分けられていないのですが、小室さんの件もあり介護先行で書きました。

障害者枠の仕事」も含め、相談員の言うことを鵜呑みにして思考停止している部分もあるかもです。

色々とご指摘、ありがとうございます

2018-01-15

走馬灯

走馬灯」って言葉は既に走馬灯のものを指すことはなくなってるようだし

殿堂」も立派な建物という意味を失いつつあるような

白亜殿堂があるからまだ大丈夫かな

2018-01-14

さっき首を吊ってみた。深夜になってから自死しようと思って、クローゼットの高さや強度が足りるかどうか試してみるつもりだった。ベルトを輪にしてクローゼットにかけて、そこに頭を入れてぶら下がってみた。意外と苦しくはなく、視界が白くなっていく感じだけした。気がつくと、自分がどこにいるのか、さっきまで何をしていたのか思い出せなかった。走馬灯というやつか、何かいろいろな夢を見ていたようだ。自分クローゼットの床に座っていることに気づき、「そういえばさっき首を吊った」「でも外した覚えがない」「クローゼットの棒に通したはずのベルトがない」と徐々に思い出して、ベルトが金具のところで切れて落ちたのがわかった。切れなかったらあのまま死んでいたか、その前に発見されて救急を呼ばれてしまっていたかするところだった。準備が整わないうちに、軽い気持ちで吊ってみるものではないと反省した。

2017-12-14

anond:20171214124335

走馬灯ってあるだろ?

身体危機を感じると時間ゆっくり感じるようになるってやつ

一説によると、

その体感時間は限りなく減速し続けて

死の瞬間には無限大に近くなると言われている。

まり自殺であっても

身体危機と感じれば、永遠苦痛を感じることになる

これでも死にたいの?

2017-08-28

8/27

二人が昼前のバスで帰った。

一人になった家は見違えるほど綺麗になった。ピッカピカ。

一人でやってもここまで綺麗にならないのは何故だろう。

旅先で散々カーチャン達にキレてきた。あれやこれや。

帰って一人になった時に後悔しきれないぐらい落ち込み、ベッドに潜り込んで枕に涙をながす。過ぎたときには大したことなかったのにと再び後悔する。

部屋机の真正面に見える窓際に飾ってある家族写真

随分前で何時か覚えてないし日付も見えないかな。

そこそこ昔なのにあっという間に二人とも50代。元気だけどそれでも、、、

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小学生のころ

二人とも仕事でやや忙しかった。だがその裏でとうちゃんは「ふ」の真っ最中だったらしい…カーチャンココロやられてたらしいが当時心が添付されてない会話と幼さで状況が分かりやしなかった。

育児放棄からほど遠いが心はしばしばそんな感じだった。

何をどうしたのか分からないしよく覚えてないが幸い二人をつなぎとめることができた。

それでも心は変わらなかった感じだった。

多分このころが一番の元凶

ギリギリ不関心な感じ。一緒に何かを育んだり最後まで取り組んだ記憶がない。

報酬系がうまく育たなかったのかもね。

環境自体は悪くなかった。金にも困ってなかった。だが足りなかったのは温もりだと度々想う。

現代の子供がゲームに夢中になる理由報酬と罰がハッキリわかるがよく挙がる。

おそらくこれだった。

友達が遊んでたポケモンに興味惹かれて同年代の子たちより遅めに遊び始めた。

あれは良かった。子供なりのコミュニケーションツールであり、コミュニティーへの参加券だった。家で話せる相手がいなくてもポケモン話題を用意してくれた。

今思えばこの流れは成功でも失敗でもあった。だが溝が深くなるだけだった。

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二人と心のある会話が多分少なかったせいで人を観察するばかりしてた。日本語をまだ習ってないのに入った日本語メインの幼稚園で覚えた昼ごはん屈辱。おかわり欲しいだけだったのに言えなかっただけでみんなに見られて笑われた。石塚英彦(イメージに傷ついたらスミマセン)みたいな体型の女保育士がなに言語不自由を笑ってんだ。お前のせいで喋るのが今でもすこし躊躇うようになったんだぞ。

小学校には人生に何事もなかったように入学した。

初めての学校小学生未来の話は早い早いと思われがちと思うが、「深い」直感はいつも正しいと思う。あの時クラスの中に一人だけ素質が違うのを感じた。直感学校の果て(大学など学歴における小学校沿線上の先にある何かという感覚 )にランキングあったらこいつはトップにいるだろうなと確信したのは授業参観日で自分名前に込められた意味・願いの発表だった。彼の自信がこもった発言動作一つ一つのキレの良さ。確信したよ。そして高校卒業大学進学。ふと思い出した彼の名前を顔本で探したらなんと東大現役だった。

これは正直おめでとう以外の気持ちはなかったよ。学歴直感を照らし合わせてもチートでもなんでもない、これが実力だという真の勝ち組雰囲気が漂ってた。素直に同級生だった奴の一人が人生における一つの成功を掴んだことが嬉しくてたまらなかった。この調子でいけばさらに大物になるだろう。期待してる。

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二人とも比較的に早い段階で世界の反対側を見てきた。だから気がつけば自分も鏡の向こうにいた。この体験はまるでタイムマシンのようだった。

ある日は卒業式保護者席に。ある日は学校に居ながらも皆が先に散らばってたのを知った。

現実に戻るまで何度見た走馬灯

二人の仕事や個々の問題が落ち着いてきた。今までの溝の埋め合わせや溝があったことへの許しを請うようにほぼ毎週末運動施設に連れて行ってくれた。

だけど遅かった。

突然の心の共有に異常検知したのか、受け入れがたかった。

今思えば家族全員の失敗である。何事もなかったが当たり前と慣れてしまってた。逆に何事もなかったように家族であろう姿に戻ろうとする二人。隣り合ってもお互い違う価値観の基に過ごしてきた。

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少年オタクになった。

別にオタクになるのは悪いこととは言ってないとまず断言しておく。

オタクになるまでに感じたことはおそらく読んでる人達がこれまでorこれからないだろう。

新しい環境。新しいクラス幼稚園屈辱が時々脳裏に浮かんで無口で過ごした。馴れ合うまでの経緯は忘れたが、日本人日本の魅力を教えに来た同級生がいた。

可笑しいよな…日本人じゃない奴が日本人日本の魅力???

実際そうでもなかった。オタク文化を紹介され、いつしか彼と他の仲間たちとなけなしの小遣いでグッズショップ巡りした。

ボカロにも出会った。

wowaka蝶々P、ゆちゃP、164、40mP、etc…。素晴らしい音楽を世に出してくれた。やや機械音だが生身の人間じゃない何かが発する言葉の羅列が逆に心に届いた。

だけどある日二人に見られて「甲高い機械音」と言われたときはようやく見つけた居場所が傷つけられて溝が更に深くなった。

いつしかラノベという文学を知った。

授業なんて聞いてないで一日一冊半ぐらい読んだ。日本語文学なんざラノベ以外読まない日々だった。

日本語がみるみる上達した。ほぼラノベで養った語学力で今は私立トップ校に在学中だ。現役で入って留年もしてない。これでも悪と言い張れるか?そもそもラノベ害悪という人は何を根拠拒否しているのだろうか。

話を戻す。

彼らとつるんでいるうちに学校に慣れた。だが成績のほうはリーマンショック暴落の直後のようだった。別に二人も特に心配していなかった。

オタク進化した。PCギークオタクになった。

学校というものを取り除けば楽しい毎日だった。なにかOS裏技を見つけては仲間と共有して、学校というパノプティコンイタチごっこしてた。

場所は変わってないが年取った。

イタチごっこは相変わらずだった。だがたまに学校からウェブサイト開発案件が来た。三人体制だったがあのときにゃあgitなんか知らなかった。

マーク・ザッカーバーグストーリーはご存知かな。彼が同級生兄弟と一緒に顔本を作るはずがいつの間にか功績を奪ったようになってしまったという。

実際似たようなのが起きてしまった。相手今日本じゃない公立のまあまあい大学行ってる。生意気だがあいつなりに成功の道を作っているようで奪われた身としては進歩必要犠牲としての役目を果たした感があって恨みはない。自分がいたおかげであいつが成功を掴めたんだ。自分プロデュースしたと思えば何もかもやり過ごせる。

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小中高片思い沢山してきた。「嗚呼自分普通人間だな」と感じた。だが高校では周りを見ては諸行無常だと実感した。そりゃああれだけ見たら無心になった。なったつもりがなりきれなかった。

二人からの心のこもった愛がいつしか途切れて、片思いをするたびに「この人なら足りない何かを埋めてくれるかな」と数週間悩んではまた無心に戻った。

高校最後の年。

陰湿ギークオタク電車男にすらなれない。(ごめんなさい電車男まり知らないです)

無心がリバウンドして誰でもいいから付き合いたいと思い始めた。

成り行きで一人と付き合うことができた。ランキングでいうと余り物に近い。(すまない)

付き合って数ヶ月。

燃え尽きた。

なんで付き合ってるんだっけ?誰のために関係を維持してるんだっけ?

けど卒業式四日後ぐらいに相手から別れ話出された。チャラ男ではないが、これでよかったのだ。これが一番ダメージ少ないなら相手うんざりして切り出したことで悪者にでもなっていい。と何度も何度も自分に言い聞かせてた。同時にやや恋愛恐怖症になった。

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大学に入った。頭がとてもいいってわけでもない。いくつかの大学に落ちたさ。だがこの大学合格通知が来た時はとうちゃんにとって悲願っぽい何かを感じた。無心で育てられたとは言え、心の底では「これでやっと見てくれるかな」という気もあったかもしれない。

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インターンシップにも応募した。とある大手情報企業だ。とうちゃんには無念しか残ってない所に挑んだ。

負けたよ。いつ以来の敗北感だろう。

手持ちの装備は心がない会話ばかりで作り上げた会話力だけだったよ。二回戦のグループ討論で落ちたよ。父の日だったのに朗報持って帰れなかった自分が更に悔しい。カーチャンは夢を再び見せることが出来たと言ってるが、見れたかな。。。

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大学でも片思いは何回かした。

無心を貫くと心に決めたのにまた同じ理由で破ってしまった。現実はそう甘くなかった。

ハラという言葉ができる前に遭ってしまった。ハラスメント?それ本気で言ってるの?言ってるそばから相手社会的地位を下げるような内容を公開してそれって私刑だよね?

まあこの身がコミュ障恋愛恐怖症になるぐらいだから相手もなんらかの強迫症じゃないかと哀れんで過ごせばいいと思って無かったことにした。

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カーチャンは去年あたりキレやす理由についてうすうす気づいて原因を根本的に治したいと言ったが、溝が深すぎたとだけ言った。

ここまて約10年。そりゃあすぐに埋まるわけないよな。夢でも見てたのか、途中数千字の理由を書いたが読んでも理解できないって言ってたもんね。家庭崩壊になりかけて警察を呼んで連れて行こうとしたもんね。

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最後に話を最初に戻す。

二人にキレまくったこと。すぐじゃないが、いつも一つ一つ後悔する。途切れた愛でも、無かったことにはならない。しかし合間が大きすぎた故、怒りと許せない気持ちがどうしても先走ってしまう。

キレたその夜には枕元で、「もし今夜、明日明後日、突然の事故で二度と触れる事ができなくなったら?」「もっといろいろやれたのに」と悪い想像をして悲しみ、寝落ちするまで泣いてしまう僕がいる。

さすがに10年も考えればいくつか答えが見えたよ。

無かったことにしたことには慣れた。だったら無かったことを無かったことにすれば少しは良くなるのかな?

P.S.

まり元どおりまでバイバイバイ

思いついたら歩いていけ

心残り残さないように

砂の惑星10周年か。ちなみに最初に聞いたボカロ曲はなぜかデッドボールPの曲だった。

今日wowakaアンノウンマザーグースをようやく聴いた。このリズム、この歌詞…何もかもが懐かしい。何よりも聴いた瞬間

もう一回 誰も知らないその想い

この声に預けてみてもいいか

あなたには僕が見えるか?

あなたには僕が見えるか?

どうやって この世界を愛せるかな

いつだって 転がり続けるんだろう

ねえ、いっそ

誰も気附かないその想い

この唄で明かしてみようと思うんだよ

の部分が一番響いた。

運命も偶然とかいつも信じてもどうにかなるものではないと思っているけど、これは自分決断を忘れないうちに書き下ろしていつしかまた自分に読ませて落ち着こうという願いで書いた。

ありがとうwowaka。この決心に背中を押してもらって。

最後に、

「もう少しだけ友達でいようぜ今回は」

引用

https://www5.atwiki.jp/hmiku/sp/pages/36575.html

https://www5.atwiki.jp/hmiku/sp/pages/36481.html

2017-08-22

打ち上げ花火ネタバレ

ストーリーがわかりにくいし、ネット上で酷評されているのもわからなくないけど、個人的にはこう解釈ながら見たらめっちゃ楽しめた。

以下、ネタバレ








全ては走馬灯

冒頭の主役二人が水着を着て水の中に沈んでいくシーン。

以降の本編とは完全に世界線が切れていて、宙に浮いている。ラスト水着姿でプールで泳いでいたのは、岩井俊二版のドラマの方だし。

家出か、心中か、駆落ちか。

この「心中」にも見える描写がもともとの世界線で、この映画自体が死の間際に二人が見ている走馬灯世界、「もしも」の世界なんじゃないかとも思える。

もしも玉=ソウルジェムグリーフシード

まどマギの新房監督が手掛けているんだし、こう解釈してもおかしくはないと思う。

海で死んでいるなずなの父親の手に握られていたシーンからして、誰かが死ぬときに「もしも玉」が生み出され、世界をやり直すような、いわば魔女化させる力が生まれる…のかもしれない。

海の上を電車が走った後、もともと乗ってきた駅に戻ってきて、電柱をはじめとした世界が歪んでいたシーンは明らかにまどマギ魔女世界のものイヌカレー演出?)。

隣の駅にたどり着くことはなく延々と地元に閉じ込められてしまうのは子どもの行動範囲限界ともいえるし、魔女世界再現にも見える。

なずなが魔女

じゃあ、もしも玉=ソウルジェムグリーフシード)を作り出した魔女は…って考えると、なずななんだろうな。

最後になずなが消える際の「次はまたどんな世界で会えるかな?」というセリフは、「またこの1日を一緒にやり直そうね」という魔女からの愛のささやきであり、もはやホラー

引っ越したくないなずなが生み出した「もしも」の世界に典道は囚われてしまい、夏休みが終わっても学校に来ることもなく、典道はなずなと一緒に延々と1日を繰り返している。

…というのが、この短期間に2回も見た自分なりの解釈。この背景を想像しながら、二人の会話を聴いていると、なかなか面白い

最初に見たときはなんとなくまどマギっぽさは感じられたぐらいだけど、見直したらガチだった。

まぁ、わかりにくいよね。

2017-06-30

お葬式という文化

お葬式

死んでから家に自分死体が運ばれる。

通夜まで突然の長時間放置ということで、内心そわそわしている。

自分の身内や大切な人たち、近所のひとたちが自分のところに点々と集まってくる。

自分の近くで徹夜で見守ってくれる家族もいて、申し訳なさが加速した。

身体無理させるから、すごく申し訳ない。

時間なにも飲めず食えずで、お通夜までツラい日々だ。

日経って、お通夜がはじまる。

自分の盛れてない写真を飾られて何よりも萎える。何を言っているのかさっぱりわからないお経を数時間聞いて、霊となった自分ですら意識が遠退きそう……

横たわる自分に一人一人近寄ってきて、手を合わせにくる。ん、お前仲良かったっけ…?なんで葬式来た?自分はお前のこと嫌いだったよ……

総じて『死ぬ前に言いに来てくれよ』という感じの言葉が多かった。

葬式の前に納棺がある。

見えるか見えないか瀬戸際みたいな生着替えを、納棺士と展開しなければならない。坊主のお経をBGMに颯爽と生着替えを完了させ、そのまま箱の中にしまわれる私。

みんながかわいいお花を身体のまわりに置いてくれた。ありがとう。でも耳の回りはくすぐったいからやめてほしいな。

そのまま車で運ばれ、箱のまま転がされて、それから動かなくなった。ここが葬儀場?それから数十分後ほど経って、また何を言っているのかよくわからないお経が耳に微かに入ってきた。

死ぬ前もそうだったが、この瞬間にも思い出が走馬灯のようにかけめぐる。

ああ、そろそろこの身、燃やされるかな。

再びそわそわしてきたところに、箱がまた宙に浮いた。ドアが閉められる音がして、ふと静かな空間になった。ここは車のなかで、この斜め具合は山道かな…?

山で燃やされるんだ私。

しばらくして、またお経が聞こえてきた。みんなが心配そうにこちらを覗きこむ。『少し暑いけどがんばってね』なんて言ってくる人もいた。一緒にくる?

真っ黒な釜戸に私は、箱ごと突っ込まれるのだ。はあ。もうじき焼かれる。

焼かれる前に一言

儀式はわかるが、

頼むからもっと早く焼いてさっさと灰にしてくれ。

2017-06-26

発達障害って分かってたら大学なんか入らなかったのに

流行りのADHD注意欠陥多動性障害)を含む自閉症スペクトラム診断奴だけど、大学一年生を休学するまで診断名は「適応障害」「鬱病」「双極性障害」等で(腕をズタズタにしたりブロンをがぶ飲みする等恥ずかしいメンヘラあるある時代走馬灯となって思い出されます)つまりたまたま病気なっちゃったけど治療すれば通学できるようになるやろ!と言われていて、自分でもそう言い聞かせてきたんですが、たまたまじゃなくて、私の生まれ持った素質が中学校高等学校システムそもそも合っていなかった話でした。あ〜あ

他者への興味が薄い」「周囲のざわつきが聞こえるのを苦痛に感じる」って改めて質問されて、ピンときました。絶望的に時間を守れないとか。いつも生きてて辛かったし当然のことだと思っていたし、自分自分のことを言葉構成して伝えるのが超苦手だから、生まれて初めて医者にコレが伝わって、感動して、惨めな気持ちになりました。

自分発達障害の内容を総合して、こんな人間学校に通わせたら発狂して死ぬだろうとしか思えなかった。それでも好きな分野の勉強して1浪してまで有名私大入学して200万円以上払ったんだよな〜親が。コンサータストラテラも高いし。

現在ストラテラを120mg服用していて、絶望的な時間感覚忘れ物にはバチバチに効いてADHDが消えたけれど、自閉症的なコミュニケーション問題等でストレスマッハで倒れました。もう必修落としたかもしれないけどだいぶ楽になりました。暇で日記を書いています。退学ワンチャンある。払ったお金は帰ってこない、辛い。親も。

結論は「もっと早く自分特性をわかってたら学費無駄にしなかったし変な病気になってない」です。

私の周りにはコミュニケーション能力の高いADHD人間が多くて、問題を抱えながらも上手に他人に頼ったり、恋人を作ったり(!)して大学くらいは卒業していて、すごいなあと思います。私は人に頼る方法がわからないタイプで、友達はいないし、だから同じタイプと知り合うことがないんでしょう。自閉症スペクトラムでひどい人間でも問題なく学べる大学かそれに準ずるどこか、頼む〜。救われて〜。

コメントを見て追記します※

思ったより人の目に触れてガイジ嬉しい!

普通科高校に入ったけど卒業できていません。全授業日数の半分くらいを遅刻と欠席が占めていて卒業が見込めなくなったので3年次に通信制高校(月イチで登校してwebテストパスすると卒業できる)に転校して大学受験資格を得ました。不登校なっちゃったからこの方法大学受験資格を得ようとする高校生が他にも存在するなら、個人の感想ですがやめておけと言いたい。

勉強だけは優秀な方だったから、勘違いして大学に行こうとしちゃいました。

一人で気ままにやって食っていく方法模索しよう。これ18歳の自分(と親)が気付けていたら少なくとも入学以下略〜〜

2017-06-23

https://anond.hatelabo.jp/20170620235535

自分ほとんど同じで強く共感しながら読んでいた。

「小さなことを気にしない」

「なんでも自分のせいにしない、自分を許す」

って、そんなことは嫌というほどわかってるんだよ。

そんなことで良くなってくれるものではないんだよ。

10代の頃からずっと周りの大人や友人にそう言われ続けて考え方の切り替え自体はだいぶできてきたのだけど、状況は変わらなかった。

社会人になって以降はむしろ「くだらないことにいつまでもこだわり続ける粘着質」「周りのアドバイスを結局無視して自分のつらさをアピールしたいだけのクズ」みたいに思われることも少なくなくて、そうじゃないのに、自分でもどうしようもなくて困っているのに、って余計に辛い思いをするだけなので周囲に相談すること自体をあきらめていた。

ちなみにうつ病は20代半ばで発症した。現在も通院中です。

自分場合「なるべく叱られずにすむ環境に身を置く」ことである程度解決したように思う。

会社員を辞めて自営業になったんよね。

もうこういう体質自体はおそらく変わることはないと思っている。

自分は寝る前が一番辛い。

「その日あった、ちょっとしたこと」をきっかけに、走馬灯かよと思うぐらいに過去のさまざまな記憶自責の念とともに襲い掛かってくる。

なんでこんなにたくさんのことを忘れずに覚え続けているんだろう、とそのしつこさにも強い自己嫌悪を覚える。

ただそれでも、会社員のころよりは楽になった。

「その日あった、ちょっとしたこと」が減ったからね。

最近は、精神科医師に「ご近所トラブルが続いて気が滅入っている」と話したときに「トラブルを未然に防ごう、コントロールしようとは思わないほうがいい」と言われたのに納得した。確かに「トラブルの種になる要素は極力早期に排除しなければ」と思って心を砕いていたがそれでも起こってしまった、ということ、要は「コントロールできなかった」という事実自体に落ち込んでいたのだと気づいた。医師が続けて言ったのは「ご近所トラブルなんて、もっとも避けようがないことのひとつですから」と。なるほど確かに。冒頭に挙げたアドバイスのことばと同じことを言っているのだけど、言葉の使い方で自分の中への入り方が違ったので参考までにと思って書いた。

2017-06-04

吾輩は都会育ちである

田舎はまだ無い。

都会で生まれ都会で学び都会で働いてきた。

私の人生走馬灯のように振り返った時、田舎風景が映るのは家族学校行事で遠出をした時だけである

それでも私には田舎への懐かしさがある。

小高い丘に囲まれた小さな村。

広がる田園風景の中に木造家屋がチラホラと見えるだけの人口密度の極めて低い通学路。

ずっと先の都会へと線路を延ばす滅多に電車の来ない小さな駅。

そういった光景を見ると懐かしさがこみ上げ、望郷と呼べるような感情が胸の内側からゆらりと吹き出してくる。

何故だろう。

私は田舎を持っていない。

それでも私は田舎に懐かしさを感じる。

テレビ映画世界田舎を見ると、自分もそういった何にもない世界から本数の少ない電車を乗り継いでここまでやってきたかのように錯覚する。

不思議だ。

故郷を思う時、心に浮かぶのは、自分が過ごしてきた都会の景色よりむしろ、そうやってメディアによって植え付けられた田舎なのだ

都会育ちの人間が何故田舎に懐かしさを感じるとは、メディアの力とは本当に恐ろしい。

自分という人間の中にある価値観の何割がそういった脚色によって構築されているのだろうか。

2017-05-26

サウナは緩慢な自殺だと思っているんだが

熱中症なんて目じゃない位に熱い所から冷たい所へ交互に入るなんて、死に掛けると走馬灯が見えるみたいな話としか思えないんだけど。

本当に体にいいの??

凍死しそうな時、体がポカポカして服全部脱いで死んじゃうみたいのと大差無いように思うんだけど。

プールに入る程度の温度差ですら、心臓麻痺を恐れてビチャビチャ水浴びからやるっていうのに、サウナで水浴びからしている人なんか見た事が無い。

2017-04-09

気づいたら男ばかり口説いてた

いやこっちも男なんだけど


もともとその気はあるので、男ばかり付き合っていたけど、走馬灯に男ばかりというのもバランスが悪いから、彼女を作ろうと努めている。

で、結果一人と付き合ったけど、なんというか、子供みたいな恋愛をして直ぐに別れた。理由を聞けば、トータルで言うと男らしくないから、とのこと。

当然荒れ荒れ荒れの助で増田愚痴書いて、増田に怒られたりして、最近やっとこさ立ち直り、この数年を振り替えって思ったのは

彼女作ろうとしてた数年の間も、ずっと男を口説いてたってことだった


いや正確には口説いてないというか、

個人的には友情ルートを通るつもりで話をしていたというか、

純粋に仲良くしようよって感じだったんだ。

でも考えてみれば、

ちょっと孤立してる人を狙う

自分が寂しいからと断りにくくして食事に誘う

③楽しく談笑、しかし、ここではまだ100甘えない。付かず離れず。

相手から親密になったことを確認してくるのを待つ

相手の家に行き二人でゲームでもして遊ぶ

って無茶苦茶ヤリチンみたいなことしてる。

いやホントチンコにかけて言うけど、ヤリチン違うのよ。お付き合いとかそんなにしてないし。

でも、なんというか、相手から親友だよね」とか、「友達だよね」みたいな確認をされたり、「飛影はそんなこと言わない」みたいなこと言われたときは、その、ゾクゾクってなったのは確かで、なんだろう、気づいたら友達たらしみたいになっていた。

女性に対するやれたか委員会は開けないけど、男に対してなら死ぬほど開催できちゃう

そういう気持ちを抱くのは良くないので、どうにかせんとなんだけど、気がついたら、またそのムーブはいってる。

ヤリチンがとか思ってたけど今じゃ彼らを責められない。

仲間入りはしたくないが今度は意識的女性にやっていくことにしよう。

2017-04-06

やれたか委員会

中学の時、朝練が急きょなくなりいつもより早めに教室に入ったら、隣の席の女の子が何人かでエロ本を読んでいた。

「何やってんだよ・・・」ってクールな感じで切り抜けたけど、「絶対言わないでよ」って言われてから、その子からのボディタッチが日に日に多くなった。

ある日の帰り道、方向が一緒だったので一緒に帰っていたらエロ本の話になって「ウチくる?」って話になり生まれて初めて女の子の家に行くことになった。

部屋に入るまでは特に思わなかったけど二人きりになった途端、なんだか急に恥ずかしくなってドキドキして無口になった。

親は仕事でいないらしく童貞の俺でもこの状況はやれると確信できる空気だったのだけど、無言の空間に怖気付いて「用事思い出した」って言って帰った。

あれから席替えやらクラス替えがあったけど、あんまり話さず高校も別々になった。

そんなクラスメート女の子から突然Facebook友達申請メッセージが来て飲みに行くことになった。仕事上京しに来たらしい。

もう30近いし中学のころからさすがに老けてたけど、笑顔の素敵な巨乳女性に成長していた。

仕事の話、高校大学の話、どこかに旅行行った話など他愛もない話で盛り上がって楽しかった。

2件目を出てそろそろお開きかなと思い「品川駅まで送ってくよ」と言ったら「泊まっていい?」と言われて、あの日の思い出がよみがえった。

女の子の部屋の匂いキスしそうな空気の中で逃げ出したこと、置き去りにした俺の青春走馬灯のように脳裏を駆け巡った。俺はもう子供じゃない!

一呼吸置いて「おう、いいよ」と返事をしたら「増田はいくじなしだからやっぱやめとこ」って笑顔でそう言って、その子は本当に新幹線に乗って帰ってしまった。

これ、やれましたかね?

2016-11-30

DeNAと手を切れという任天堂ファンはいるのに

モバゲーからデレマス・Mマスを引き上げろというアイマスファンはいない

任天堂ファンである小生も振り返れば何故かマリオポケモンといったキャラクターより任天堂ブランドのものを愛したがり

これは世に言うこじらせ大友ではないかと自問自答していた

しかしひとたびアイマスファンを見れば、運営会社なんかに目もくれず、一途にアイドルを愛し続けているではないか

しかしたら彼らは所作おっさん臭いだけの純粋少年少女ばかりなのではないだろうか

小生はひどく落ち込んだ、みじめに思えてならなかった

ああニッキーかわいいよニッキー

しかし小生には彼女純粋に愛せない、彼女社会の不運によって存在を消されかけた

普通企業ならそのまま負の歴史と共に存在を消されてしまわれかねなかった

しか彼女任天堂の懐の深さにより見事復活を遂げたのだ、そう、それは素晴らしきアメリカンドリームならぬ素晴らしきニンテンドードリーム

だがそれは、半分は任天堂を愛しているようなもの

愛情の半分しかニッキーを愛していないのだ、アイマスファン比で50%愛情パワーだ

タイマンになったら戦力差は歴然、ワンパンで小生のニッキーを愛する心は粉々に砕かれる

意識が遠のく中で彼の愛した輿水幸子という存在を知ろうとするも、輿水泰弘相棒脚本家)のモジャモジャ頭がうっかり思い浮かび

そのモジャモジャ頭が走馬灯のようにグルグル華やぎながら、全てが黒の中に消え失せてしまうだろう

そうじゃないのだ、ニッキーを私は純粋に愛したいのだ、贅沢を言わず120%くらいのパワーで 

なのに、小生はそれができない

みじめだ

2016-11-04

死ぬ瞬間の走馬灯

アトピーゾンビ走馬灯はいじめや虐待他人から無理解発言や態度だろう。

うわっきも、という他者から侮蔑を思い出すのだろう。

他人に見下されて笑われたりした記憶がよみがえり苦しむのだろう。

健常者ランドの健常者たちが楽しそうに人生を謳歌している姿が思い浮かぶのだろう。

アトピーゾンビ寝取られた女のこが思い浮かぶのだろう。

かかなきゃなおるだの努力が足りないだのと言われた記憶がよみがえるのだろう。

ネットで同じような境遇の人の人生を見る限り、死ぬ瞬間にいい人生だったなと思える人生を歩める可能性は低そうだ。

恋愛はデキナイシ、きもくて第一印象が最悪だから友達もできない。

両親は精神的肉体的虐待で脳を破壊するだけのブレインブレイカーから近づきたくない。

誰かに誕生日を祝ってもらったことなんてないし、誰かと旅行に行ったこともない。もちろん両親ともだ。

遊ぶ約束をして一緒に遊んだ経験もないし、だれかと協力して何かを成し遂げた経験もない。

喜びを分かち合ったこともないし、大切な人も物もない。

死ぬ間際にアトピーゾンビ人生ってなんだったんだろう。と一つの涙を浮かべながら寂しく死んでいくのだろう。

死ぬ瞬間にいい思い出が駆け巡る健常者人生を送りたかっただけの人生だった。

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