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はてなキーワード: 記述とは

2017-09-21

インコ飼育本で納得いかないところ

※以下、セキセイインコからラブバード類くらいの小型インコを想定して書いてます


もし小型インコ類を飼うなら、是非前もって飼育書を読んでおいてもらいたい。

ショップから購入する分には安価で手軽っぽい生き物に思えるんだが、小鳥を飼った経験のない人が意外に見落としがちな注意点がとても多い。

また感情豊かで愛は無償の生き物なんだけど、それゆえ打算では動いてくれない難しさがある。コミュニケーションの取り方が独特なので、それについて事前知識を入れておくと信頼関係を築くのに大変役立つだろう。


ただひとつだけ、飼育書の中にもしばしば間違って述べられていることがあるので書いておきたい。

飼育書には「インコを人の頭に乗せないように」と書かれている。これは正しい。

一部の飼育書には「肩にも乗せてはいけない」という記述が加わっていたりするが、そっちは間違いだ。

小型インコが飼い主の表情を見ながら対話できる場所なので、肩が好きなら乗せてやったらいい

よく「インコ肩に乗ってきます。やめさせたいんですがどうしたらいいですか」と悩まなくていいことを悩んで不幸になっている飼い主が多そうなので書いといた。


おまけ。

なぜインコはこっちに飛んでくると決まって頭に着地するのか。

見晴らしがよくて安全だし、速度が出てても着陸滑走ができて止まりやすいからだ。重要ことなので言っておくが、そこに人をナメてかかるような悪意はないので腹を立てないようにしてもらいたい。

ではなぜインコを頭に乗せたままではいけないか

なまじ居心地がいいのでインコがそこに長時間留まってしまい、飼い主の表情を見て感情を読み取る習慣がなくなってしまうから。そして、頭髪の上でフンをされると取り除くのに大変難儀するからだ。

頭に止まったら即座にインコの腹のあたりに指を差し出し、指に乗り移ったら肩に降ろしてやる。これを淡々とやればよく、頭に止まらないようしつける必要はない。

2017-09-20

私は、褒められるとモヤモヤすることが多い。当初は自信がなさすぎるが故の反発かと思っていたけれど、どうもそれだけでは説明がつかないことがあった。

おそらくは、「自己についての客観的意見を聞きたい」のだ。言い換えると、社会における自分能力や、立場や、影響力などを認知したいのだと思う。さっき唐突にそう思った。

もちろん、それらが好ましいものだと嬉しくなる。まわりに対してよい影響を与える人になりたいよね。

認めてほしい、承認されたいってことかもしれない。評価認定されたいのとはちょっと違う。尊重されたいけど、気を遣われたいわけではない。あるがままを誰からジャッジされることなく、でも人々に知覚されていたい。そしてその知覚されている内容を自覚したい。

「すごい」とか「偉い」とかどうでもいい。自己に関する客観的事実淡々と聞きたい。自分が全体のどの辺にいるのかを知りたい。欲するのはポジショニングマップであり、ランキングではない。まあランキングでもいいんだけど、順位の高低自体はどうでもいい。現在地が知りたい。でも高みには行きたい。うまく言えん。


最近資格試験勉強のために予備校に通っているのだけれど、記述式の解答を講師添削してもらうのを楽しみにしている。客観的事実淡々と指摘してもらえることが多いからね。

「問われた事について、本文から的確に抽出できています
「この観点が不足しています
といった赤ペンを入れてもらえると超嬉しい。

「よく書けています、素晴らしいです!」
というコメントがついていると、非常にガッカリする。(ええー、それってどう言う状態なのか全然分からん……素晴らしいとかどうでもいいから具体的に書いて欲しい……)と思う。褒められるような解答を書ける事なんて珍しいのに! 我ながらなんて奴だ!笑 褒めてもらえたら感謝言葉を伝えるよう心がけてるけど、内心モニョってるだなんて、相手に失礼だよね。ごめんなさい。

実のところ予備校の点数ランキングでは常時下位だけど、そのこと自体はなんとも思ってない。「高得点を取れるような解答をうまく書けないこと」だけが悔しい。


自分はまわりにどのような影響を与えられるのか。自分能力は何で、どんな位置にいるのか。その影響度合いや位置を高めていきたい。偉くなりたいわけじゃない。ただ強くなりたい。

誰にも評価されなくていいけど、ここに存在してることを知ってもらいたい。自分自信でも「自分はここにいる」と信じたい。そして、できれば人から「ありがとう」と言われる存在になりたい。でも、ならなくてもいい。繰り返すが、「偉いですね」「すごいですね」と言われるとモヤモヤする。自分めんどくせえな。

この感覚は、一般的になんと言うのだろう。

承認欲求」? 「自己実現欲求」? それともこれが「自己肯定感」ってやつなのかい

2017-09-16

大森靖子とYogee New Wavesの件について事実だけまとめ + 所感

anond:20170912124418

記事は省略が多いし話がとっちらかっていてあんまりわかりやすくないし、自分のためにもトピックを絞り込んで流れを整理してみた。

これの何がロックなの?(中略)そんなロック死ね

昨日フェスがありまして。自分表現をとても大切に、いいライブができたなって我ながら思ったんですね。盛り上がって。で、フラフラになりながらステージをはけたら、隣のステージで「音楽魔法だよ!」という軽快なMCでYogee New Wavesというバンド演奏を始めたわけです。

その後そのバンドベースの弦が切れ、本人許諾ないまま私のバンドメンバー楽器を借りて演奏しました。

魔物ライブ後、昨日の奴らがきて、「大森さんのゆーちゅーぶみて感動して、大森さんがほんとは音楽魔法だって言いたいんだろうなーと思って、MC音楽魔法だって言いました!」と言われまじ目が点だった。「え、あの曲聴いてよくそんなこと言えるね、国語…」というと「ぼくはぼくの表現しちゃいけないんすかー?!」と叫んでいて、あーなんかなんでこんなやつ相手しちゃったんだろーと余計不快というか日本語の断絶がすごくて、かなしくなっただけだった。もう忘れよう。ゆるさないけどわすれよう。

ていうかさキャリーパミュパミュぶさいくじゃね?

以下、個人的な所感。

私は発端となった大森靖子の怒りの動機はよく理解できるし、彼女のようなスタイルSSWであればあのような反応は当然だとも思う。気になるのは、Yogee側が大森靖子意識して「魔法発言をしたのかどうか、というところだけど、夏の魔物時のブログ記事を読むと、謝罪時に大森靖子歌詞意識したようなことを発言した旨が記載されている。これが本当なら、悪意の有無はともかくとして、表層的に歌詞引用されたと大森側が怒るのも無理はない。よってこの点は大森支持。

ベース無断借用の件は最初ブログ記事八つ当たり的に書かれたものだけど、Yogeeの謝罪文と照らし合わせても「本人許諾ないまま私のバンドメンバー楽器を借りて」という記述自体に誤りはない(許諾をとったのは持ち主のベーシストではなく、同じバンドギタリスト)。そもそもブログ記事でもこの件はあまり大きな問題として扱われておらず、あくま歌詞を粗末に引用されたことに付随する話、という印象。まあ、どちらにせよ、これに対し大森靖子が怒るのは違うと思うし、緊急事態なので借りるのもしょうがないし、ここはYogee側に大いに同情。

夏の魔物ライブ動画を公開した件に関しては、イベント出演時の契約がどうなっているのかわからないので言及しない。

本件、必要以上に話がこじれてて、ネットでも「大森が悪い」「Yogeeが悪い」と意見割れていて、無駄に不幸な人が増えている感じがして残念。でも、「後のバンド文句言うならフェスでるなよ」とか、そういう声にはやっぱり違和感があって、アーティスト矜持で怒りを露わにするのってそんな悪いことなのかな?と思った。

いくつか本件についてブログ言及している人がいるけど、一番私がしっくり来たのはこれだった。

http://basement-times.com/omori-seiko-yogee-new-waves/

ヨギーが足を滑らせてうっかり大森靖子のケツに蹴りを入れてしまっただけのことだと。蹴られた側には怒る理由があるし、蹴った側には悪気はない。

2017-09-15

はてな村卒業しようとする人間に石を投げる嫌なところ

https://anond.hatelabo.jp/20170902142944

しろくま先生ブックマーク青二才のことを久しぶりに思い出したわ。

そういえばそんなのもいたね、相変わらずなのかよと見に行ったら思ってたのとぜんぜん違うじゃん。 最近記事見たらお友達もできて楽しそうにしてるじゃん。今更QMAにハマってQMAの紹介とかやってんじゃーん。

ようは、今まではてなでしょぼい注目を集めることくらいしかアイデンティティを見いだせなかった人がブログきっかけにして、はてな以外に自分が生きる場所見出したってことでむしろ祝福すべき話だろこれ。

しかブログ記事超つまらなくなってるけど、ブログがつまらないってことはリアルが充実してきたってことで本当にいい話って考えるでしょ。

青二才はようやくはてな卒業できそうだね、良かったね、あとは独自ドメイン取ってWPにでもひっこせば完璧だね、二度とこんな地獄には戻ってくるなよ、って言えばいいのにメルマガだのVALUだのどうでもいいところでチマチマ悪口を言う事しか出来ないのって恥ずかしくないの?

はてな村卒業して真人間になろうとしている人間を追いかけて石を投げるのはマナー違反だろ。 他の人間見つけてそっちにいけよ。まだ青二才で消耗してるの?


それはそうとして青二才文章方ははあんまり変わっておらんな。一番新しい記事読んだけど

デブから就職ができない」と思うならそれは違う。

就活で戦うのが不利だからリクナビマイナビに頼った就活を辞めた方がいいだけ。

自分仕事を興してもいいし、バイトから入って信頼関係築いてもいいし、やりたい仕事の知り合いを作って、仲間に入れてもらうのもいい!

デブ理由に減点しちゃう世界以外から入っていけばいいだけ。

あのさぁ……こういうことは就職してから言えよ。 説得力なさすぎだろ。

青二才もしかして就職したのか?と思ってブログ検索したしたけどそれらしき記述なかったぞ。 どういうことだよ。

2017-09-13

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.buzzfeed.com/jp/seiichirokuchiki/kenkobon-04

これは教科書と同じでな、社会科学分野(特に歴史学)でデマが横行してから自然科学分野でもデマが横行するパティーンなんだわ。実は歴史修正主義がこうしたデマの元締めでなw

歴史修正主義批判する人間歴史修正する事例というよりは歴史修正主義批判の持ち上げすぎなんだろうが、単純に歴史的事実に反する。

そもそも人類科学ベース医療をするのが当たり前になったのは1910年にフレクスナーレポート1910年に当時有名な教育者として知られていたアブラハム・フレクスナーとカーネギー財団が、医学部教育レベル独自基準を作り全国の大学が満たしているかどうかを調査したもの)によって医療標準化がはじまって以降の話である。それまでアメリカには155の医学校があったが1920年には85にまで淘汰された。廃校に追いやられた学校ほとんどが、薬の投与によって病気を治すのではなく、カウンセリングなどによって治す代替治療を行う学校だった。

インチキ医療に対する批判はそれ以前からあって、アメリカ医師会設立から 2 年後の 1849 年にインチキ療法やインチキ薬について調査する委員会 を開設している。1906 年にはアメリカ連邦議会に強く働きかけ、粗悪な食品医療品を取り締まるための初の連邦法、純正食品医療品法を可決させた。1913年にはアメリカ医師会宣伝局が設置され、インチキ医療について調査を本格化させている。

1952年出版マーティンガードナーの「奇妙な論理」によると、アメリカでは1920年代には新聞エキセントリック科学話題が大変もてはやされたことがあった。記述をそのまま引くと『日刊新聞のあちこちに、巨大なウミヘビに関する根拠のない報告や、古代建築物の土台石の中に生きて発見されたカエル、金歯を通してラジオを聞くことのできる人などと言った物語が見られた。』それに対してアメリカ医師会インチキ医療に反対するキャンペーンを展開し、同僚の適切なチェックを受けていない研究解説公表した会員を懲罰した。

N予備校のあれステマだよな

最初から広告なら料金記述一般的なほうに揃える気もするが

ただ、エゴサかなにかで見つかって途中から利用されたのは少なくとも間違いないと思う

2017-09-12

https://anond.hatelabo.jp/20170912165015

星新一エッセーだかで「戦争記述歴史上の記録から抹殺して、戦争という言葉禁止すれば、何世代か先に戦争が無い世界が出来る」みたいな事を(一種皮肉ユーモアーで)書いていたが。それに近い感じにはなっていると思う。

現実的交通の便の良さや何やらが良ければ、遠い昔○○地区でしたみたいなの、あんまり関係無いんだよね住む人にとっては。

余談だけど。最近本が売れてホクホクの東京DEEP案内の執筆者は、たびたび地区説明文の中で「この辺りは被差別地区で…」みたいのを入れてきて、それ自体は確かに単なる事実だろうし、差別的意図は無いって事なんだろうけど。ネットに公開され続ける事には、ちょっとひかっかりも感じるし、かと言って禁止しろ!ってのも変だしなぁ…と、なかなか難しい面がある話だなと。

2017-09-11

丸亀製麺CM

女性現代21世紀初頭、2017年)と同じような感じでうどん給仕している。

これが地味に気になってしまう。時代元禄? だそうだ。

まず牛肉鶏肉の揚げ物を江戸時代舞台としたCMに出すのがおかしいという意見があるだろう。

個人的にはこれはまぁ、そういう商品から仕方がないと思う。タルタルソースかけたりとかもうやりたい放題だが。

しろ人の入りだとか服装身分が謎)だとか、女性一人で給仕する状態だとか、そもそもうどんだけを提供する店舗型の店だとか、このあたりがバーチャルすぎて気になる。

もりさだまんこうとかの記述をもとに、この時期のうどんやその他の居酒屋存在のの給仕体系を踏まえてCM作ればよりかっこいいのに。

2017-09-09

anond:20170909012949

二次元女の子ともセックスはできるんだよ。

中国に伝わる道教の房中術の教えには、屏風に書かれた美女とのセックスについて記述がある。

性器結合のみをセックスとみなす、即物的な世界しか生きられない人間はには理解できないだろうけど。

2017-09-08

uBlock OriginONにしてるとGoogle Play Music聴けない問題

いままでplay.google.com全体をホワイトリストにぶっこんでたけど標準の日本語フィルタ(ABP Japanese filters)が悪さをしてたことがようやく分かった。

フィルタ記述の仕方なんてわからないが猿真似でMyフィルター

@@*&source=skyjam&ei=

を入れたら無事再生出来た。さようならdoubleclick

2017-09-07

猫組長(菅原潮氏)のレトリック

元経済ヤクザだからわかる、北朝鮮「過剰な挑発」の真意(猫組長) | 現代ビジネス | 講談社(1/3)

さすがプロだけあって説得が上手いっすっわーという感想ですね。

そこで以下では内容の正しさ以前に、菅原氏がどのようなレトリックを使って読者をどのように説得しようとしているかを考えてみたい。

エピソードで一石四鳥

スピーチエピソードトークで始めよ。カーネギーも書いているしTEDも言っているし古事記にも書いてある。それは観客(読者)を話に引き込み自分権威アピールし、そして好意や親近感を与えるために行われる。菅原氏も「海外石油取引という非日常世界で(引き込み)、250億円の取引利益とは言っていない)を行い色んなコネもできたが(権威アピール)、合法的取引だったのにアメリカ収奪されてひどい目にあった(好意、同情)」というようにエピソードトーク活用している。

ここまでの記述からして既に十分胡散臭いのだが(暴力団員あなたに「完全に合法的で儲かる石油取引」の話を持ちかけてきたと考えてみよ)内容の正しさについてこれ以上は議論しない。

しかしこのエピソード菅原氏が読者に刷り込もうとしているのはそうした当たり前の感情だけではない。それは本人も書いている〈アメリカが「巨大暴力団である〉という命題である。これは「北朝鮮暴力団的な国家である」というある程度妥当命題(ある程度、であるそもそも核ミサイルを持つ暴力団存在しないのであるから暴力団員経験妥当する範囲も限られるはずである)と合わせて以下のことを意味する。「(元)暴力団員アメリカ北朝鮮のことを理解できる」「暴力団北朝鮮)と暴力団アメリカ)の戦いなのであるから暴力団に詳しい人間こそが誰よりも語る資格を持つ」

以上の論理の組み立ては、副題でもある「アメリカ沈黙するのが怖いから」という結論の前提となっている。いわく〈暴力団相手暴力団)を強迫する際に「いわす(殺す)ぞ」「沈めるぞ」と言葉にしているうちは実は安全なのだ。〉と。

アメリカ暴力団ではない

しかし、北朝鮮暴力団と似ているという主張はある程度正しいとしても(ある程度、以下略)、〈アメリカが「巨大暴力団である〉という主張はかなり無理がある、と論駁する以前にそもそも菅原氏はここで論理証明しようとすらしていないように見える。

菅原氏がそのアメリカ=巨大暴力団という考えを持ったのは〈根拠は強烈な自己体験があるから〉だそうだが、それは単に暴力団員アルカイダ関係銀行で巨額(250億円(利益とは言っていない))の取引をしていたら取り上げられた、というだけのことである。このエピソードからアメリカ暴力団的だという結論を導き出すのはだいぶ無理があると思うが、菅原氏いわく〈黙って監視をして、ある程度膨らんだら根こそぎ収奪する〉という手口は暴力団のものからアメリカ暴力団なのだそうである不法組織不法取引に最大限ダメージを与えるのはむしろ正しい態度なのでは? とか、ここで菅原氏は自分アメリカから狙われたと勘違いさせようとしている(その後で「私に対する監視が~」とか言ってるし)(権威アピール乙)けど、何百という銀行の封鎖に巻き込まれただけだよね? つーかそもそも国家暴力装置を独占する存在で~とか論理的ツッコミは入れようと思えばいくらでも入れられる。しかしここまで雑なのは最初から論理ではなくエピソード説得力で前提を刷り込もうとしているからであり、その前提には菅原氏にとってそれだけの価値があるからだ、と考えるべきだ。

なんでそんな無理な主張をするのか

このように暴力団vs暴力団という前提でアメリカvs北朝鮮の図式を説明することで菅原氏が得るものは何か? それは解説者としての正統性であるそもそも北朝鮮がある程度暴力団的な国家である(略)というのは衆目の一致するところであるから、それだけでも現代ビジネス程度の媒体ものを書くだけの正当性菅原氏はすでに手にしているはずである。にもかかわらず「アメリカもまた暴力団である」という無理な主張をわざわざ行わなければならなかったのは、それによって「暴力団専門家」として独占的にアメリカvs北朝鮮関係について語ることのできる正統性を築こうとしているからではないか

これまで散々書いてきたようにアメリカ暴力団ではない。暴力団的ですらない。アメリカ暴力団であると考えるのであれば、国家暴力団との区別存在しなくなってしまうだろう(まさにここが元暴力団員一流のポジショントークなのであるが)。むしろアメリカは正真正銘の国家であるだけでなく「世界の警察」であり、したがって普通に考えればアメリカvs北朝鮮は、国家警察)vs暴力団という図式で理解するのが自然に思える。

しか菅原氏にとってはそれでは不足なのである国家警察専門家は世の中に多数存在する。普通であれば菅原氏はそうした外務省出身教授国際政治専門家と同じ土俵で戦わなければならない。しかしそれではあまりに分が悪すぎる。そこで菅原氏は「アメリカもまた暴力団なのであり、これは暴力団vs暴力団の話なのである」という前提を持ち込むことで「これは暴力団同士の争いですから私が一番詳しいんですよ」と自分の独占的な正統性を打ち立てようとしているのではないか

はじめのうち個人の無理矢理な感想しかなかったアメリカ暴力団はいつのまにか自明の前提となり、ついに理想的解説者を発見したわけである。キレイナナガレダナー

菅原氏のこれから

今後も菅原氏はこのように「この話は(元)暴力団員で、これだけスゴイ私が語るのが最適なのですよ」という芸風でやっていくのだろう。はてな民が大好きなクリティカルシンキングの題材として扱うのがいいんじゃないですかね。隠された前提や意図を見つけていきましょう。

多様性

欧米社会多様性(まあ要するに移民だ)の話が後退してるってのは、要するに、我々の現代社会運営が、広範な倫理法律だけじゃうまく回らないってことなんだと思うんだよ。多くの国で、もはや、法は人種やら性的少数者に対して明示的に不利益ではない。マイノリティももうそこを論点にしていることは少ない。差別があるのは法のレイヤーじゃなくて、文化とか経済レイヤーからだ。

これは逆から語ると、私たち私たち社会運営を法だの行政だのでやってるつもりだったけれど、実はそれらは社会運営の一部しか司ることは出来ないでいて、ましてや全人類的に広範な道徳意識殺人はめーよ、とか)がそれを支えているなんてのも幻想で、民族だの地方に残ってる社会規範に寄りかかって運営はなされているってことを表している。ここでいう社会規範は、そのデメリットに着目した場合同調圧力と同じものだ。

「そんなのあったりまえだろ」って言う人もいるけれど、これっておそらく結構問題だ。っていうのは、それって法治の敗北だからだ。法というプログラム言語では社会挙動記述できてない、おそらく我々が思っているよりずーっと狭い範囲しか記述できない。多分そういうことだと思うんだけど、しかしだとすると、私たち社会はもう分断に対抗するための武器が残り少なくなってしまう(移民を追い出して単民族国家にして、国家の外に仮想敵を作り出して、ナショナリズムで国をまとめるんだけど、国民のその熱に煽られて紛争始まっちゃうとか)。

もう一度逆側サイドからみると、「多様性反差別を謳うのはいいんだけど、それによって社会統一性同調圧力があった頃より低下する(分断が発生する)。その低下をどう取り戻すのか?」っていう問いになる。この問いに対して、リベラルは未だ有効な回答をもってないように思える。

もちろん「その回答をする責任があるのは社会全部でしょ? マイノリティ被差別者押し付けないでよ」という反論は来ると思うんだけれど、でもそれはマイノリティ責任押し付ける言説へのカウンターにはなっていても、分断が実際癒やされるわけじゃない。

重ねていうけれど、差別無理解容認しているわけじゃない。でも、わたしたちの社会っていうのは差別を前提にした同調型の民族文化形成されている、どうやらそうらしい……っていうのがここ10年の知見なわけだ。言い換えると「私たちわたしたちが思ってるよりずっと近視眼的で狭量だ」とでもなるかとおもう。そしてそれを書き換える新時代OSってのはまだ発明されてない。発明されてないところへ、移民という新しいアプリを入れるとバグる(っぽい)。どうしよう? そんな話だ。

ただ単純に「差別やめろ」「お前ら弱者配慮しろ!」と強者警察をやるだけじゃなくて、この新しいOS文化を「発明」することがたぶんいまリベラルに求められている使命なんだとおもう。そこを納得できるように理論立てて構築し粘り強く訴えることが。

2017-09-06

企業を騙ってはならぬ

…という記述がいにしえの裏ネチケット文書にあるのだが(たとえばN天堂を騙ってサイト閉鎖命令を送る人は稀にいた。00年代のN天堂は大学回線から偽装で書き込むのか?)、

直接の企業営利活動を巻き込んではいけない、というのも追加しておくべきだったのかもしれない

2017-09-03

ポケモンGo横浜イベントは実際どれほど"被害"があったのか?

https://www.businessinsider.jp/post-102895

http://japanese.engadget.com/2017/08/10/go-go/

もう既に2週間以上経ってしまったが、いまだにわからないのは「横浜市民は迷惑をしていた」という記述慢性的渋滞が発生していたというが、どの規模だったのか?またそれ以外に何か被害といえるものがあッたのだろうか?

都合があって行けなかったのだが、何を持って被害とするのかよくわからない。みなとみらい本来住宅街ではない。そういう場所に人が集まることはメリットのほうが大きいのではないか

また被害を訴えている人が、じつはイベントに参加もしておらずあげくそこの住民でも何でもない人だったりする。

彼らは何をしたいのか?被害とは何か?

2017-09-02

悪友Vol.2 恋愛「夫のちんぽが目覚めない女」について感想を述べたい

劇団猫さんの悪友シリーズVol.2「恋愛」。

今年の夏コミ販売されたこの本について感想を述べたいと思う。

私は今年、夏コミには行かなかった。その前週に自ジャンルオンリーイベント一般参加していたこと、また個人的引越しが決まっており、夏コミ

その直後の日程であったため、関東への遠征を躊躇ったためだ。だから私はこの本を夏コミ終了後、通販で購入した。

まず、私は現時点で本書の17ページまでしか読んでいない。

表題にもある「夫のちんぽが目覚めない女」の項までである

こういった感想の類はそれを最初から最後まで全て読んでから行うべきだとは思うのだが、如何せん、私はこれを書くまでこの続きを読むことが出来そうにない。

から読了を待たずに記述を始めしまっていることを、どうかご容赦いただきたい。

さて、本書はすでに読み終えている17ページに至るまでにも、既に様々な恋愛をする女の話が書かれており、各々に大変興味深く、その全員が愛すべき女達であると感じた。

故にそれら全てに言及するのも吝かではないのだが、そうなってはこれを書き終えるのがいつになるのか、何字を費やすか分らなくなってしまう。

それでは困る。

本書の続き、17ページ以降をいつまで経っても読めないではないか。私は続きが読みたい。

しかし、読んでいて、どうしても感想をしたためたくなってしまい、いてもたってもいられなくなった。

ひとまず「夫のちんぽが目覚めない女」について、感想を述べさせてもらいたい。

「夫のちんぽが目覚めない女」と題された本書16~17ページに書かれるのは既婚女性28歳、初恋相手名古屋稚空というチンアナゴさんという方である

この初恋相手名前の読み方と、何の漫画に出てきたキャラクターかがすぐに分かった私は、それまでの項と同様に早速読み進めた。

チンアナゴさんにはEDの夫がいて、1年半になる結婚生活の中で一度も本番行為をしたことがないという。

私にとってはそれだけでも、大変共感できるような内容だった。

読めば読むほど、そうだよそうだよと頷ける部分が次から次へと出てきた。

私には5年8ヶ月付き合っていたが、その交際の中で一度も本番行為をしたことがない彼氏がいた。

その彼との関係共通する内容がこれでもかというくらい多かったのだ。

彼のオタク趣味鉄道で、自分オタク趣味アイドルであること。

食べ物趣味も好きな漫画も似通っていること。

それに何より、彼に向ける性欲。それが私のそれとぴったり一致していた。

私もチンアナゴさんと同様、挿入と射精のない性行為に達成感のなさや苛立ちを感じていたし、

今日は立つかもしれないと期待させられてだめだった時のやるせなさを幾度と感じてきたか知れない。

また、私は彼との交際中に彼以外と性行為をしようとしたことはなかったが、チンアナゴさんが

友人男性と実際に行為をして感じた、「好きな彼に挿入されたい」という気持ち。それが痛いほど分った。

痛いほど、というと月並み比喩表現になってしまう気がして、正確に私の気持ちを伝えられない気がしてあまり使いたくないのだが、本当に心が痛くなった。

はいくつかの行を泣きながら、時に何か呻き声をあげながら、読んだ。

特に「夫は優しくて、私には過ぎた良い人で、大好きだ」という部分は、涙が止まらなかった。

そして本稿は、「だけどこれからもずっとこの生活が続くかと思うと真っ暗になる感覚がある。」という文で締めくくられる。

そこには、どうにかしたいがどうすることもできない、という悲哀と絶望が満ちているように思った(あくまで私が感じただけだが)。

私もまた、この悲哀と絶望を知っていた。

これまで私はこの悲哀と絶望自分だけのものであるかのように錯覚していた。

何故なら、私の知る限り、このような感情を抱いている同じような人というのが全くいなかったからだ。

普通恋人がいて長く付き合っているのであれば、セックスしているということは、当たり前であり、普通なである

5年付き合っている恋人がいると話すと、それだけで、性行為を前提としてその関係を捉えられてしまう。

から普通ではないと他人に思われることが嫌だった。

聞かれることに適当に頷いておき、性行為を前提とした普通カップルであることを装った。

せめて周囲が思い描いている姿くらいは、普通の、当たり前のようにセックスを伴う恋人同士であって欲しかった。

から私の悲哀と絶望は、誰にも打ち明けられることはなく、私だけのものとして胸の奥に仕舞い込まれていたのだ。

おそらく、ネット上であれば、例えば知恵袋的なもので同様の相談が見つかるとは思った。

しかしそれを探すことはあえてしなかった。

本気で悩んでいたからこそ、インターネット匿名性が生む、無責任な回答を見る気にはなれなかった。

例えば、誰かがある犯罪について自分意見増田か何かに書けば、同時にそれに意見する様々な意見反論生まれる。

ネット上に生まれ意見達はそれが賛同であれ反対であれ、切っ先が鋭い物が多いように思えて、恐ろしかった。

から私の悲哀と絶望は、胸の奥に仕舞い込まれ続けた。

(それでは何故今こうしてこんな増田を書いているのか?と、鋭い意見文字通り切り刻まれしまいそうだが、

「もう仕舞い込みたくない」というたったそれだけである。この増田の行く末を私は一切見ないつもりだ。)

からこそ、この「夫のちんぽが目覚めない女」に胸を打たれたのだ。

同じような気持ちを感じている、私とそう年も変わらず、同じオタクでもある彼女共感せずにはいられなかった。

私は気付いた。

私の胸の内が完全に晴れなくとも、私と似たような経験をしている誰かが存在しているという事実、それがあるだけで、私は救われたような気持ちになれた。

誰かに相談すること、質問すること、それに対して意見をもらうこと、そして解決されること、そのどれもが絶対必要ものではなかったのだ。

悪友Vol.2 恋愛同人誌である

ネット上の掲示板増田のように投書に対して必ず反論意見を伴うという媒体ではなく、一つ一つ、一人一人のエピソードを紹介する形式のものだ。

同人誌と私。それだけで完結している関係だ。

それが、私を救った。感謝した。

きっとこの2000字程度の文章にこのエピソードがまとめられるまでに、チンアナゴさんは多大なエネルギーを要したのではないか

そう思って、感謝気持ちはより強くなった。

「だけどこれからもずっとこの生活が続くかと思うと真っ暗になる感覚がある。」という最後の一文からも分るように、彼女の悲哀と絶望はまだ終わっていないのである

過ぎ去った過去のことを思い出したり、自分の中で決着が着いたことを書くのであれば、そこまで負担は大きくない。

しかし、現在進行形の内容であれば、その主体である自分自身をある程度客観的に眺める必要がある。

それが、現在進行形であればあるほど、難しく、エネルギー必要なはずだ。

からこそ、チンアナゴさんに感謝と賛辞を送りたい。

ありがとう

存在してくれて、ありがとう

自分主体勝手な謝辞になって申し訳ないのだが、一先ず、そう言わせてもらいたい。

最後に私の話を少しだけする。

私がチンアナゴさんと決定的に違う点を挙げる。

それは、私がもう彼とは交際していない、という点だ。

先ほど書いた通り、「私には5年8ヶ月付き合っていたが、その交際の中で一度も本番行為をしたことがない彼氏がいた。」のだ。

過去形である

今まで散々、共感できる、と言い続け、なのにオマエは別れとるんかい!と、自分でも思うし、少し後ろめたいがもう少し続ける。

別れは彼から告げられた。

彼の誕生日ビジネスホテルで1泊し、相変わらず本番行為もなく、プレゼントを渡した後、関東に戻る彼を

見送った後、ラインがきた。

ラインには、

私との付き合いに限界を感じていて、もうそろそろ手放して欲しい、私のことは好きだし

話をするのも楽しい尊敬もしているが、付き合うという感じではなくなってしまった、

という旨のことが書いてあった。

そこには彼の、その誠実な人柄が表れていて、私はそれを読んで一人、部屋で号泣した。

ラインで良かったと思った。直接言われたり電話なんかだったら、きっと泣いて泣いて、何も言えなかっただろうから

泣きながらでも、今までありがとう、元気でね、と返事が打てて本当に良かったと思う。

それがちょうど6日前の話だ。もう6日も経ったのかとも、まだ1週間も経っていないのかとも思う。

何はともあれ、彼にとって私は「付き合うという感じではなくなって」しまっていたのだ。

ものすごく平たく言ってしまうと、話すのは楽しいけどセックスは出来なくなってしまった、ということだった。

私達は別れる前日まで、ものすごく楽しく会話や食事をした。

「付き合う」という言葉に唯一当てはまらなかったのはセックスをしなかったというその一点だけだったので、そう解釈して間違いはないだろう。

彼は別にEDという訳ではなかったと思う。

付き合っている間にそれを本人に確かめたわけではないが、もしEDであったなら、「付き合うという感じではなくなった」という表現にはならないはずだ。

から「私が彼にとってセックスをする相手として選ばれなかった」というのが真実だったのだ。

最初からそうであったわけではないとは思う。

事実最初の2~3年くらいまでは彼が私に向ける性欲を感じていたし、私を前に立たせているのを何度も見たことがある。

しかし、お互い童貞処女同士で何となく本番が上手くいかず、時間が経つにつれて、いつしか欲望を抱くのは私だけになっていた。

別れは、その事実を明確なものにしただけだった。

私は「この悲哀と絶望自分だけのものであるかのように錯覚していた」と前述したように、それを自分の胸の内だけに押し込めてきた。

彼にそれをぶつけたことはなかった。

ぶつけてしまったら最後、誠実な彼はきっと私に真実を告げるだろうと、私達は一緒にいられなくなってしまうだろうと、そんな予感があったからだと思う。

から私は性行為について、最後まで彼に自分気持ちを述べたこともなければ、彼の気持ちを確かめたこともなかった。

もし、この本を夏コミの会場で手にしていたらどうだっただろう。

まだ彼と別れる前の自分が読んでいたら。

事実」がハッキリと分かる前だったら、今よりももっと共感していたかもしれない。

しかしいずれにしても、「夫のちんぽが目覚めない女」は私を救ってくれた。

5年8ヶ月付き合った彼と別れた直後で、まだそれを全然受け止めきれず、整理のついていない私の心を救ってくれたのだ。

からもう一度言う。

ありがとう

存在してくれて、ありがとう


それでは、心置きなく、悪友シリーズVol.2「恋愛」の続きを読むことにしよう。

大正12年の朝鮮人人口調査結果ではなく推定値なのでは?

震災直後の首都圏で何が起きたのか?――国家メディア民衆 / 山田昭次 / 日本史 | SYNODOS -シノドス- http://synodos.jp/society/14990

の表を朝鮮人人口の主なソースとして使っているが、WEBページにはデータの出典がない。

どういった調査なのか不明である

あと表2 関東地方の府県別朝鮮人人口1922年の合計が100362人となっており、10362人の間違いかと思われる。が信憑性が疑われる。

この表によると、1920年在日朝鮮人人口は40,775人、1930年は419,009人となっており、

wikipedia 在日韓国朝鮮人 戦前在日韓国朝鮮人移入の背景 における出典ありの記述では、

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%A8%E6%97%A5%E9%9F%93%E5%9B%BD%E3%83%BB%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E4%BA%BA

大正9年1920年)および昭和5年1930年)の国勢調査(民籍別)」を記載した1938年昭和13年)発行の年鑑[33] によれば朝鮮人の民籍は、大正9年1920年)で40,755人、昭和5年1930年)で419,009人との記載がある。(中略) 33. 社団法人同盟通信社『時事年鑑・昭和14年版』,82頁

とあり、この表記を信じるならば、大正9年1920年)と昭和5年1930年)の国勢調査の結果が一致する。

元増田文脈から国勢調査がなかった期間の数値は内務省警保局統計の数値を使っていると推測したが、それも一致しない。

おそらく、この表の人口は、実際に調べた数値ではなく、国勢調査の空いた10年の補間した数値、推計だと考えられる。

総務省統計局 人口推計について http://www.stat.go.jp/data/jinsui/1.htm

人口推計は国勢調査による人口を基に推計したものですが,5年後の人口は,最新の国勢調査人口とは必ずしも一致しませんので,5年ごとに,国勢調査間の各月1日現在人口推計について補間補正を行い,公表しています

から大正12年の関東朝鮮人人口12,840人というのも、あくまで補間による推測値で、

きちんと議論するためには、1920-1930年補正補間の方法および精度について検証しないといけない。

ここまで根拠wikipediaとかしかないので、この主張も正しいかどうか検証しないといけない。

まずはこの表の出典を元の出版物を当たるなりして明らかにしないと、根拠として微妙だと思うのだが、どうだろうか?

https://anond.hatelabo.jp/20170902034014

## 追記

ってか「表1 在日朝鮮人人口(推計)と渡航数・帰国数」ってちゃんと推計って書いてあったわ

問題は、表2のソース内務省警保局統計のものなのか、どんな調査なのか。推計なのか。

認知』ということ

私はとある事務所とあるタレントファンである。前々から顔は分かるのかなぁとは思っていたが、何も見せていないのに名前を呼んでくれたことがあった。死ぬほど嬉しかったことを今でもよく覚えている。

基本的に『認知』という言葉が嫌いだ。認知なの!?と聞かれるとうーん、まぁそうみたい、、?と返すことしか出来ないし、むしろそうみたいと言うことも躊躇われる。

というのも、『認知』はひっそりしていなくてはみたいなものがこの界隈にはある気がする。別界隈だと普通にTwitterのbio欄に「認知頂いてます💓」とか書いていたりするので驚く。

ファンになりたての頃から認知になった頃までは、完全認知への憧れが凄まじかった。元々ファンが少ないタレントだったから、周りのファンはもうみんな顔なじみだった、タレント本人含め。そこにぽっと出の新規として突然入ったわけだから、私も早く覚えてもらいたい願うのは当然のことだったように思う。

日を増すごとに、氏(名は伏せるためこう記述する)との距離は縮まった。ステージから客席を見つめる視線の動きが、私で止まるのが嬉しかった。アピールなんて必要なかったし、見つめているだけで十分だなんて、何て楽なんだろう。それは今でも思う。

しかし、『認知』されることで大切な何かを失ってしまったな、と最近爆発的に感じている。

氏は元々ファンサらしいファンサはあまりしない。代わりに無反応なことも絶対にない。客席の隅々まで見るタイプから、後列にいても埋もれても気付かれないことはまずない。

ファンになりたての頃は、手を振ってくれたり、微笑んでうんうん、と頷いてくれたりした。

最近は、もっぱら会釈や"よっ!"みたいな扱いになった。私は別に挨拶をして欲しい訳ではない。友人から聞くファンサの話が羨ましくてたまらなくなる。

指さしてもらったの!見つめ合って歌ってくれたの!一緒にハート作ったの!投げチューしてくれたの!どれもされたい。私もそれ、されたい。一緒にハートとか作りたい、bio欄に私と君でスペシャルハート♡とか書きたい、しんどい

認知』になることは、私たちからタレントファンらしい付き合いを奪い去ってしまった気がする。

私には氏と同事務所に1人推しているタレントがいる。先日初めて推し現場に行ってみた。楽しかった。とても。タレントがTHE☆ファンサ!みたいなファンサをくれた時は感動した。

同時に、同じことを氏と出来たらどんなに素敵なことだろうと、思わずにいられなかった。どうしても、願わずにいられなかった。

所詮私は氏と知り合いになりたいわけではないというか、身内じゃないんだからもっとファンとして扱ってほしいのだ。

手を振ってほしい。

指を指してほしい。

投げチューをして欲しい。

一緒にハートを作って欲しい。

カンペ団扇ペラペラめくらせて欲しい。

氏とやってみたいことはたくさんある。

元々そういうタイプではないのだから、望むだけ無駄なのかもしれない。そういう対応をされたいなら別の人に降りたらいい。自分でもそう思う。

実際、推しに降りたらめちゃくちゃ幸せだと思う。

でも私は氏が好きだ。容姿全てが好きだ。記憶力が良くてよく気が付くところが好きだ。皮肉屋ですぐ否定する天邪鬼なところが好きだ。氏との距離はこれ以上縮めたくない。でも私は氏が好きだ。だから、これからも会いに行く。矛盾だらけだ。

思い出が増えれば辛くなると分かっていても、求めている対応を受けることが出来なくても、氏が好きだ。頭と心は別だと言うが、それを今、私は身をもって感じている。

感情コントロールは難しい。好きであることと楽しいと感じられること、どちらを大切にしたら充実感を得られるのだろう。そもそもタレントを追いかけることに充実感なんて求めること自体が間違いなのだろうか。

考えても考えても、答えは出ない。

.

2017-09-01

自分自分処女膜を突き破った話。

何故このような行動に至ったか、長くなるが書かせて貰う。

まず、私のスペックだが、もうすぐ40になる。いわゆる高齢処女だ。

そしてこれは関係があるようでないようで大いに関係あるのだが、同性愛者だ。

誤解しないでいただきたいが、男にモテいか同性愛者になったわけではない。

私は幼少の頃から、気付けば同性ばかりを好きになっていた。しかし、成就することは一度もなかった。

それに少し考えてみて欲しい、男にモテない奴は女にもモテないのだ。

性別云々よりも人間モテないと言った方が正確だろう。私には魅力がないのだ。

さて、ここからは少し回想に入らせてもらう。

高校生の頃、謎の下腹部痛で病院へ行った。

内科検査しても原因はわからず、産婦人科のある病院を紹介された。

そこで初めて目にしたものがある。

産婦人科の問診票に設けられた【性交経験 有・無】という記述だった。

高校生自分知識漫画などでそれなりにあったがそんな経験は無い。

勿論【無】に丸を付けた。

親も付き添ってたのだが、医師は「まだ若いので腸から超音波器具を入れます」と説明していた。

なるほど、産婦人科では検査機器の都合からこういう事を尋ねるのだと思った。

実際肛門に何かを突っ込まれ超音波検査された。

しかし、ここから地獄だった。

入院することになったのだが、入院当日おばさん看護師2人(今の自分から考えてもおばさんだった)にナースステーションに連れて行かれ、

性交経験の有無について「嘘ついてない?」「正直に言わないと駄目よ?」と詰め寄られた。

産婦人科という場所柄、大人しそうに見えても遊んでいる若者を見てきたのだろう。しらんけど。

小一時間詰め寄られた。当時まだセンシティブ思春期若者だったのでとても辛かった。

しかし、自分の腹が原因不明で痛い時にどうして嘘をつく必要があるのだ。わからん

一週間ほど入院したが結局原因はわからず、産婦人科が大嫌いになった。

30歳手前でまたも謎の下腹部痛が起きた。

その数年前には虫垂炎の手術をしているので虫垂炎ではない事は確かだった。

まりの痛みだったのでタクシー救急外来のある内科に飛び込んだ。

医師は「女性なので婦人科にも行って貰ったほうが良いかも」と言った。

産婦人科には行きたくなかったが、背に腹はかえられない。行った。

そこでも問診票のあの設問が飛び込んできた。

無論【無】に丸を付けた。

またもや肛門から器具を突っ込んで超音波検査をした。血液検査MRIもした。

産婦人科医師があまりにも信頼できない説明ばかりするものから、転院もしたがそれはまた別の話。

結果、卵巣が腫れていた。水分で腫れているのでしばらく様子見。一ヶ月後にまた診察とのことだった。

一ヶ月後、産婦人科に行った。

医師は何の躊躇いもなく性器のほうに超音波検査器具突っ込みそうになった。

慌てて「違います!」と言った。

医師カルテ見直したのか「あら違いましたね」と言っていた。

とりあえず純潔のようなものは守られたのだが、今となっては何を守りたかったのかよくわからない。

腫れは引いていた。痛みも引いていた。

しかし、ますます産婦人科が嫌いになった。

35歳。自治体の子宮ガン検診のお知らせが来た。

いい加減に産婦人科嫌いを治さねばならぬと思っていた矢先のことだった。

一応女なので、この先何があるかわからない。苦手は克服しなくてはならない。

さな診療所に検診に行った。そこでもまたあの問診票の設問が立ちふさがった。

またもや【無】に丸を付ける。

受付の事務員さんが丁寧に「お間違えではないですか?」と尋ねてきた。

何も間違ってないのだが、そう言われてしまうと悪い事をしているような気分になった。

ようやっと気付いた。この歳では処女ではない(=処女膜がない)のが普通なのだ。

本音を言えば30歳手前の時点で気付いていたが、放置していた。

回想終わり。

そして、ある日の朝、起き抜けの頭でふと「こんなもの無くしてしまえ」と思った。

今までも何度か考えたことはあったが、こんな衝動に駆られたのは初めてだった。

ところで、処女膜というのは何も本当に膜のように膣内をフタのように塞いで存在しているものではない。

考えればわかることだが、そんなフタのようなものがあったら生理の時に経血が外に出なくて困る。

調べたところに寄ると、膣の入り口辺りに数ミリ程度の薄いヒダがある程度のものだと言うことだ。

私にはたったそれだけのものが長年の重荷だった。

こんなもの早く無くしたい。と思った。

とにかくそれなりの太さのある棒のような物を突っ込めばいいのだと狭い家中を探した。

本来ならそれ専用のディルドのようなものを使うのがセオリー(何の?)なのだろうが、そんなものを用意している暇はない。

何かの焦燥に駆られて探しまくった。

麺棒があった。太さは直径2.5cmほどか。これくらいが適当だろう。しらんけど。

そのまま突っ込むには躊躇があったのでラップを被せた。

大丈夫なのかこれで…まあいい。なんでもいい。とにかく「これ」を無くすことが出来れば良い。

こんなものがあるせいで、余計な事で悩んでいるのだ。

そうして覚悟を決めて、いざ、参った。

詳細は省くが10cmくらい突っ込んだと思う。少し痛かった。

少量の血も出た。その日はナプキンを装着して過ごしたが、それ以上の出血はなかった。痛みもなかった。

しかし、いつも見ている風景が違って見えた。やたらと眩しいのだ。

どれだけあんものに縛られていたのか。どれだけ苦しんでいたのか。それがよくわかった。

数日が経った今考えると、あの行動は自傷行為に近いものだったのではないかと思う。

私の行動は単に処女膜を自分で破った(というのかわからないが)だけであって、誰かと性交をしたわけではない。

誰をも愛せない、誰からも愛されない。そんな孤独は続くのだ。

P.S.

麺棒は捨てました。

新宿寸借詐欺に遭いかけた

昨日の午後、某百貨店下りエレベーターにて、車椅子に乗った男性からの困ったような視線を感じた。

振り向くと、彼は”電話お願い手帳”なる濃青色カバーのよれよれな手帳を鞄から取り出して開き、「私は言葉や耳が不自由です、手を貸してください」との旨が書かれたページを震える指(麻痺ゆえ?)で差してみせてきた。

私は、きっと彼が降りる階になったら知らせてほしいのだろうと思い、「1階ですか?」と尋ねた。それが運の尽きだった…

彼は、「いや、地下1階で降りる」と言い、続けて「車椅子サポートをお願いできますか?」と頼んできた。本当は1階で降り別の百貨店に行こうと思っていたのに、急ぎの用もないしサポートといってもせいぜい改札口までだろうと楽観視し快諾した自分の愚かさよ…

地下1階でエレベーターを降りると、彼は都庁都庁前駅?(どちらだったか忘れた)に行きたいので大江戸線新宿西口駅から電車に乗りたいと言った。そこから西口駅へはかなりの距離があるように思えたが、彼の指差しや案内板に従って車椅子を只管押していった。

道中で彼は、

・喉が枯れているので手帳掲載五十音表でコミュニケーションをとっていること(と述べつつも聴き取れる程度の発話は可能であるこちらの発声理解している模様)

ネットカフェに通い慣れている様子で、その料金体系について、また今日も手持ちが少ないが行こうとしていること(この発言や彼のにおい、荷物の多さからしても浮浪者だったのではないか帰宅してから思った…彼の車椅子はひどく重くて僅かな傾斜も本当に辛かった)

・喉が乾いたとき飲み物を買いたいが、お金が足りない時は(サポートを?)頼んだ人にいつも借りていること(ここで私は漸くたかられるのではないかとの不安を覚え始めた)

今日肌寒いですね、といった世間話(同じ内容を何度も繰り返し話していたため、知的障害もつのではないかと推測した)

・家へは大江戸線練馬駅経由か西武新宿線で帰ること、またそれらの終電時間について(これはあまり覚えていない)

などを五十音表、声を入り交ぜて伝えてきた。

ところが随分近づいたところで彼は西口駅への案内板を無視し、地上の小田急百貨店の前あたりに出るエレベーターに乗るよう促してきた。ここで私の中の不信感が増幅した。

態々地上に出たからには西口周辺に用があるのかと思いきやなんとガード下の奥、歌舞伎町方面を指差したのだ。なら何故今まで遠回りさせたのか。おい。都庁はどうした。もうこんな奇妙な役目今すぐ放棄してしまいたいと思ったが、移動も儘ならない(はずの)人をこんな人混みの中で一人にするのも気が引ける…横断歩道を渡ってガード下へと進んでいる時、彼はコーヒーを飲みたいと言った。ネカフェ勝手に好きなだけ飲んでくれと思ったが、ぺぺ前のマック付近で彼は止まった。ここでコーヒーを注文するという。(そういえばこの辺りでは手帳五十音表は全く使っていなかった)

先程の発言を踏まえ、お金はあるんですか?と訊くと、あなたお金ないんですか?と訊き返された。ここで私は本日一番のハッキリした声で「ありません!」と答えた。本当はいつもより持っていたのだが。

するとどうだろう、序盤で彼が持ちますよと言い、車椅子に引っ掛けて握り締められていた私の傘をスッと外して、じゃあもういいですと手渡しすんなり私を解放するではないか守銭奴に生まれて、良かった!!!!!!!!!

ここで彼は金目当てにすぎなかったことが窺えるが、馬鹿真骨頂の私は最後まで「お気をつけて!」と別れの挨拶をし、彼のその後の動向を警戒しつつ三丁目方面へ歩きだした。

恐怖心のせいか記憶が定かでない部分も多々あるが、これが全容だ。

中高生活をミッションスクールで送り育まれ隣人愛の心が見事に仇となった出来事であった。貴重な若い時期の多大なる時間無駄と重大な腰痛を被った。無論私の無知が最大の原因であるのだが。寸借詐欺の名さえ、帰宅して自分と似た事例をネットツイッターで片っ端から検索するまで知らなかったのだ。

7月中旬ツイッター話題になったらしいある方の寸借詐欺被害に関するTogetterを読むと、状況や男性様相まで酷似していて衝撃を受けた。これを昨日出かける前までに知りたかったものだ……

から考えれば彼の発言不審な点だらけであるし、見返りを求めるわけではないが私が車椅子を延々押したことに対してお礼の言葉の一つもなかったこと(私の記憶が正しければ、だが)、そもそも最初会った時は一人でいたがそこまでどのようにして来たのか?などと突っ込みどころは枚挙に暇がないが、多くのハンディキャップを抱えている(ように見えた)彼を見捨てるのは良心が痛む上、一度相手のペースに乗せられてしまった際の恐怖感は言葉説明し難いものがある。ハンディキャップを負っているとはい相手男性であるから万が一手を挙げられたらどうなるかわからなかったのも逆らえなかった一因に挙げられる。とにかく冷静な判断能力を完全に欠いていた。恐ろしいことだ。

恐怖は不信感へ、そして帰宅後には自分間抜けさへの落胆、やがて詐欺行為への怒りに変わり、こんな時間になっても一向に腹の虫がおさまらないので、もしまた同じような人物に遭遇したら警察に突き出すことを堅く決心したが、果たして警察官はどのあたりから相手にしてくれるのだろうか?金銭被害なしに、金の無心を仄めかされたと言っても取り合ってはくれないのだろうか…

なお、彼の持っていた、NTTによる”電話お願い手帳”は私が調べたところ公共施設に置いてあり誰もが自由に持ち帰れるかのようにも捉えられる記述があった。彼が本当に障害者であったのか否かはもう分からないが、私は初めに彼の手帳の表紙にある”NTTグループ”の文字を見て、信頼できる機関の発行する手帳を持っている、と少し警戒心を緩めてしまったところがある。もっと他に配布の仕方はないのだろうか????????完全なる悪用、と断言はしないが、思えばこれを持っていれば、かなり乱暴な言い方になってしまうが誰もが耳や言葉不自由な人を装えそうなものである。そのためスマホアプリ版という誰もが扱い得る形で存在していることにも一抹の不安を感じてしまう。悪質な事案を防ぐため、ヘルプマークマタニティマークのようにせめて対人で受け渡してほしいもである

私のように騙されやす自覚のある人は十分に気をつけてほしいが、それよりもこのように人の良心に漬け込む至極卑劣極悪非道犯罪可及的速やかに滅びることを祈る。

https://anond.hatelabo.jp/20170901012110

真面目だね〜

中国体験するとこういう話がバカバカしい

全てばれない嘘書いて大手入社

経験だけ積んで二社目

今度は実力のまま記述

これでスムーズにどこでも入れるよ

二社に分けるのはハッカーが身元を隠すために行うプロキシと同じ方法

キドキしちゃう

日本人だね〜

から世界馬鹿にされてんだよカス

2017-08-30

炎上か?DeNAシニアを餌食にやらかしてる件

先月、docomoがdエンジョイパスという新サービスを開始した。税抜月額500円で、レジャースポーツグルメなどのサービス優待が受けられるというものだ。

https://gp.dmkt-sp.jp

55歳以上を主なターゲットにしているらしく、私はシニア関連の仕事をしているため、興味本位で触ってみることにした。だがその中で、運営元の倫理観を疑わずはいられないサービスに遭遇したため、ここで共有することにした。

dエンジョイパスには「趣味人倶楽部コミュニティ交流する」というメニューがあった。メニューを押すと、趣味人倶楽部(しゅみーとくらぶ)という、外部のサイトに飛んだ。趣味を持つ人達コミュニケーションが楽しめるSNSらしい。どうやらこの趣味人クラブ自体シニア向けのサービスのようだった。

いくらか触ってみると、日記写真投稿したり、コミュニティイベントを立てて交流するサービスであった。ログイン会員しか見られないクローズドSNSで、分かりやすくいうとmixiシンプル版だ。シニアに分かりやすくするためにあえて機能を削っているように思える。

この趣味人クラブ運営会社は、なんと、Welq事件で去年世間を騒がせたDeNAであった。

なぜこのようなタイミングdocomoはわざわざDeNAと組んだのか。Welq事件より前からお金の絡んだ提携の話が決まっていたのであろうか・・苦笑

それはさておき、この趣味人クラブDeNA運営している以上、きっとキュレーションメディアのようにSEO施策をしているのではと思い、興味本位で少し探ってみたのだが、それは、クローズドSNSとして絶対にやってはいけないものだった。

なんと『会員の非公開コンテンツの一部を勝手に公開してSEO流入を狙っている』のだ。

ユーザーが書いた日記タイトルと本文の冒頭200字程度と写真サムネイル画像を一覧にして公開し、Googleインデックスさせているのだ。

それがこのページ(他にもまだまだあるかもしれない)のPC版で、会員でなくても多くのユーザー日記の冒頭を読むことができる。

https://smcb.jp/diaries/index_latest

キーワードごとにカテゴリーのページも作られ、かなりの数を量産しているようだ。

https://smcb.jp/tags/5637/diaries

記事の全文こそ公開していないものの、200字程度は読めてしまうため、Twitterのように短い文で投稿している日記は全文が読めてしまう。また、日記リンクを押すと、コンテンツを見たかったら新規会員登録、というページに遷移させ、会員登録誘導する始末だ。

こんなにも堂々としているので、もしかしたら非公開であるとは謳ってないのか、と思い、いろいろ規約などを読み漁ってみたが、ユーザー向けのQ&Aページにログイン会員に限定公開であることがしっかりと記載されていた。

https://smcb.jp/pages/faq/diary より一部抜粋

(※ページの魚拓の取り方がわからないので、誰かできれば取っておいて欲しい。)

==========

Q 日記の公開範囲限定したいのですが、どのようにしたらよいのでしょうか?

A 日記の公開範囲は下記3種類から選択することができます

・全体に公開:趣味人倶楽部ログインしている会員全体に公開されます

お気に入りリスト相互登録のみ公開:相互お気に入り登録をしている趣味人倶楽部会員にのみ公開されます

・非公開:自分のみに公開され、他の趣味人倶楽部会員には公開されません。

==========

この『全体に公開:趣味人倶楽部ログインしている会員全体に公開されます。』という記述は、普通に読めば、「ログイン会員以外には公開されない」と捉えるだろう。しかし非公開と思って日記を書けば、はたまた先ほどの日記の一覧に載り、全世界に公開されてしまうのだ。

シニア相手なら気付かれまいと、会員の作ったプライベートな内容(非公開と思って会社愚痴など言ってるかもしれない)を含むコンテンツ勝手に公開しSEO流入と会員増で収益増を狙っているように思われる。一部しか公開してないか大丈夫だとでも言うのだろうか。DeNAはまったく懲りていない。いい加減にしろ

シニアターゲットにするなとは言わない。モラルのあるサービス運営して欲しい。

docomodocomoで、おそらくシニア層の会員が多くいるため提携したのだろうが、このような実態を把握しているのだろうか。把握してなお提携しているようならdocomoも同罪だ。

インターネット大手サービスが、この先もこういうことを続けるようでは本当に悲しい。

インターネット未来がよりよくなるようにと願い、下手な文章で訴えてみた。運営会社まで届き、改善されることを切に願う。

DeNAシニアを餌食にまたやらかしてる件。docomoも加担か

先月、docomoがdエンジョイパスという新サービスを開始した。税抜月額500円で、レジャースポーツグルメなどのサービス優待が受けられるというものだ。

https://gp.dmkt-sp.jp

55歳以上を主なターゲットにしているらしく、私はシニア関連の仕事をしているため、興味本位で触ってみることにした。だがその中で、運営元の倫理観を疑わずはいられないサービスに遭遇したため、ここで共有することにした。

dエンジョイパスには「趣味人倶楽部コミュニティ交流する」というメニューがあった。メニューを押すと、趣味人倶楽部(しゅみーとくらぶ)という、外部のサイトに飛んだ。趣味を持つ人達コミュニケーションが楽しめるSNSらしい。どうやらこの趣味人クラブ自体シニア向けのサービスのようだった。

いくらか触ってみると、日記写真投稿したり、コミュニティイベントを立てて交流するサービスであった。ログイン会員しか見られないクローズドSNSで、分かりやすくいうとmixiシンプル版だ。シニアに分かりやすくするためにあえて機能を削っているように思える。

この趣味人クラブ運営会社は、なんと、Welq事件で去年世間を騒がせたDeNAであった。

なぜこのようなタイミングdocomoはわざわざDeNAと組んだのか。Welq事件より前からお金の絡んだ提携の話が決まっていたのであろうか・・苦笑

それはさておき、この趣味人クラブDeNA運営している以上、きっとキュレーションメディアのようにSEO施策をしているのではと思い、興味本位で少し探ってみたのだが、それは、クローズドSNSとして絶対にやってはいけないものだった。

なんと『会員の非公開コンテンツの一部を勝手に公開してSEO流入を狙っている』のだ。

ユーザーが書いた日記タイトルと本文の冒頭200字程度と写真サムネイル画像を一覧にして公開し、Googleインデックスさせているのだ。

それがこのページ(他にもまだまだあるかもしれない)のPC版で、会員でなくても多くのユーザー日記の冒頭を読むことができる。

https://smcb.jp/diaries/index_latest

キーワードごとにカテゴリーのページも作られ、かなりの数を量産しているようだ。

https://smcb.jp/tags/5637/diaries

記事の全文こそ公開していないものの、200字程度は読めてしまうため、Twitterのように短い文で投稿している日記は全文が読めてしまう。また、日記リンクを押すと、コンテンツを見たかったら新規会員登録、というページに遷移させ、会員登録誘導する始末だ。

こんなにも堂々としているので、もしかしたら非公開であるとは謳ってないのか、と思い、いろいろ規約などを読み漁ってみたが、ユーザー向けのQ&Aページにログイン会員に限定公開であることがしっかりと記載されていた。

https://smcb.jp/pages/faq/diary より一部抜粋

(※ページの魚拓の取り方がわからないので、誰かできれば取っておいて欲しい。)

==========

Q 日記の公開範囲限定したいのですが、どのようにしたらよいのでしょうか?

A 日記の公開範囲は下記3種類から選択することができます

・全体に公開:趣味人倶楽部ログインしている会員全体に公開されます

お気に入りリスト相互登録のみ公開:相互お気に入り登録をしている趣味人倶楽部会員にのみ公開されます

・非公開:自分のみに公開され、他の趣味人倶楽部会員には公開されません。

==========

この『全体に公開:趣味人倶楽部ログインしている会員全体に公開されます。』という記述は、普通に読めば、「ログイン会員以外には公開されない」と捉えるだろう。しかし非公開と思って日記を書けば、はたまた先ほどの日記の一覧に載り、全世界に公開されてしまうのだ。

シニア相手なら気付かれまいと、会員の作ったプライベートな内容(非公開と思って会社愚痴など言ってるかもしれない)を含むコンテンツ勝手に公開しSEO流入と会員増で収益増を狙っているように思われる。一部しか公開してないか大丈夫だとでも言うのだろうか。DeNAはまったく懲りていない。いい加減にしろ

シニアターゲットにするなとは言わない。モラルのあるサービス運営して欲しい。

docomodocomoで、おそらくシニア層の会員が多くいるため提携したのだろうが、このような実態を把握しているのだろうか。把握してなお提携しているようならdocomoも同罪だ。

インターネット大手サービスが、この先もこういうことを続けるようでは本当に悲しい。

インターネット未来がよりよくなるようにと願い、下手な文章で訴えてみた。運営会社まで届き、改善されることを切に願う。

2017-08-29

ゲーム好きの夢

最初は新しいゲームアイディアか何かのように思った。だから書き記さなければいけないと感じた。

自分は広大なマインクラフトのような世界にいる。多くの建造物が様々な地形に埋もれているが、全体的にはどうやら東京のような現実都市のようである。いたるところから様々なサブ空間ワープできて、それはクラブハウスだったり、学校家庭科室だったり、着ぐるみみたいな青年が一人で乗っている宇宙船だったりした。ゲームのようにそれらは気軽にトライでき、そしてハマってもいつでもリセットすることができた。さながらゲームのように何度もそのクエストを遊ぶのだ。クエストの中身はいたって平和な内容で、砕いたチョコレートを溶かして型に流し込んだり、レゴブロックのようにばらばらになった部品からバギーを組み立てたりするものだった。そこにいる人たちはすべてリアル人間様相だった。フィールドと思しき空間マインクラフトのようにけっこうおおざっぱなつくりだ。しかマインクラフトのように単調な世界というより、ビルダーさんが頑張って作り込んだ世界のように、機械的に生成されたマップではなく、ちゃんとした一つの作り込まれ世界であった。この世界マインクラフト世界と違ったのが、頻繁に地震が起こることだ。地震が起こると空間に裂け目ができて、今までなかった場所に入り込めるようになる。そうやって空間の隙間隙間に潜り込むように冒険し、ビルの隙間からマグマが噴き出る地底に入ったり、アスファルトの裂け目からピラミッド古代遺跡のような空間に入っていった。そこでは様々なアイテムも手に入れた。先ほどのバギーもその一つだった。中でも印象的だったのは、あるリュックサックに入った缶詰だった。この缶詰を開けることになったのは、ひときわ大きな地震が起きた後だった。その地震によって今まで冒険していた世界の半分以上が崩れてしまい、今まではたまにしか出会うことのなかった着ぐるみのような生きものとか、赤いゼリーのような色をしてバギーに乗ったパンダとか、クレヨンで描いたような雑なホビットなんかがいたるところに表れていた。この崩れてしまった世界がどうやら新宿だったらしいこともこのころ知った。地震の際には必ずどこからアナウンスが流れてくる。地震を警告しているが、何らかの啓示のようにも聞こえる。断片的で意味深なことをいう。ゲーム的にはヒントのような存在なのかもしれない、と考えて、地震を避けつつも新たな空間に入り込んで探検を続ける。そんな中で、天井の高さが1mほどしかないが、体育館くらいの大きさの空間の中でリュックサックを見つけた。見つけたときは食料でも入っているかと期待したらしく、どうやらこの世界にも空腹の概念があるらしい。でも入っていたのはジップロックのように密閉された袋がひとつ付属メモに、開けるには「缶切り」が必要であることが書かれているほかは特に情報がなかった。このかばんを拾ってからしばらくして、大地震から逃げ延びた数十人が集まるキャンプに立ち寄った際、「缶切り」を持っている人から借りて、その袋を開けた。密閉されたポリ袋を何回も開けた先には、真空パックのように密閉された、はんごうのような形をした、手のひら大の容器だった。缶切りが必要だと書かれていた割には、単に引っ張れば開けられそうだったので、そこで缶切りは持ち主に返した。取り出した容器を思いっきり引っ張ってスポンといい音を立てて開けたら、中からスポンジが溢れてきた。溢れるなんてもんじゃない、元の容器の50倍くらいのサイズに大きく膨れ上がって、それはカピバラ二足歩行しているようななりをした生き物になった。彼曰く、この世界をこうしたのはある魔術師が原因らしい。そしてこの容器を開けてしまった自分は、魔術師呪いがかけられることになってしまった。それからしばらくすると、自分世界からまず音がなくなった。今まで冒険してきた様々な空間が、今まで以上に脈絡なく連鎖するようになっていった。ここまでに見てきた世界は、奇妙ながらも親しみが感じられる世界ではあった。”洞窟物語”とか”undertail”のように、仲良くなれそうな世界の温かみがあったのだが、それが途端に失われていったように感じる。新宿の奥底にある溶岩に囲まれ遺跡から一人暮らしの心優しい青年が旅している宇宙船内に移動したあと、船内の男子トイレの隣にある脱出ポッド勝手作動させて宇宙に放り出された。全くの無音が耐えがたい。魔術師呪いなのか。自分魔術師だったのか。よくわからないがこの冒険を終わらせたくなったが故の行動だろうと思った。感覚が失われつつもどんどんと左手に圧迫感を感じ始める。この感覚は良く知っているいつものアレだ。自分は寝相が悪い。よく変な方向に曲がった腕の痛みで目が覚めるのだ。

そうして目が覚めて、先ほどまでの夢の中での冒険譚を書き記そうと思い、ケータイで飛び込んできたミサイルニュースを横目にしつつ、忘れないようにこの文章を書いた訳です。詰まるところこの話は夢オチである。がしかし、今の自分にとってこの物語創作ではなく、れっきとした自分の夢で起こったノンフィクションだった。

自分は物書きではないが、ビジネス上の文章を1日にそこそこの文字数(この文章の5~10倍くらい)で書くことが多い。しかしこの文章では普段とは全く違う方法で書いた。「一切書き直しをしないで一気に書く」という方法だ。そうでもしないとどんどん薄れ消えゆく夢の内容を正確に書き残せないと思ったわけです。

最低限の誤字脱字は直したもの・・・我ながらひどい文章である。夢の記憶が薄れた今読み返しても、この記述が正確であるかどうかはもはや判断できないのだが、怒涛の展開があったという雰囲気はまぁとらえているような気がする。たぶん。

そして書き出してみると、昨晩自分がやっていたゲームとかの影響がちゃんと出ていて興味深い。夢は脳が記憶を整理する過程を見ているものらしいと昔何かで聞いた気がするが、確かにこの物語自分の夢だとよくわかる。だが支離滅裂にいろいろな要素が組み合わさっていて本当にカオスであるしかし夢というのは混沌とした塊ではあるが、非常に強烈な創造性も持っているのがよくわかる。

また今日みたいに、書き記したいと思ったら、また書いてみよう。

2017-08-28

ネタバレ注意)打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?

https://anond.hatelabo.jp/20170827163748

アニメではそのタイムリープを全く別の意味で使っています

〉行動を変えれば、運命は変えられる

〉凝り固まった考え方では運命は変えられない。花火は平面の場合もあれば、丸い場合もある。

〉のような、能動的なメッセージを伝えようとしているあたりが違うところですね。

この記述には私的には異論ありです。

作品では、遡りを繰り返すたびに世界が変形し(変化ではなく)、事実が歪められていっている。

その状況を、しかも決して肯定的に描いているように見えなかった。

(口にすれば陳腐だが、儚い夢を経て現実に帰る物語のように見える)

そのことからして、「行動を変えれば運命は変えられる」なんて強権的なポジティブさよりも、むしろ人生、どんな状況であれ選んだ場所真実。腹を決めてその状況を生きろ」という明るい諦念を自分は読み取った。

ロスジェネ壮年を、バブル世代中年をもがきながら手探りで生きているなかで、過ぎていく人生の夏を惜しむ気配も感じた。

そのあたりは、製作自身感情も反映しているのではと想像するし、作品選びからして、壮年中年の心の琴線に触れたいという意思を感じた。

からブコメの「キモくて金の無いおっさん向け」というコメントは、案外良い筋だと思っている。

まあ見方は人それぞれ。どれが正しいとかは無いのだけれど。

(追記)

whkrさん

誤読すまない、お恥ずかしい限り。

ただ、根底の主張は似たものを共有しているように思えて、何気に嬉しい。

コメントありがとう

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