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2017-09-20

勝手に女のおっぱいを触ってる男へ

私は学生の頃より痴漢によく遭遇する。

大人しそうであるのと、乳が人より少し大きかったりするので

女性専用車両には乗るようにはしているが

急いでいたりふと油断して普通電車にのると突然現れたりするので

そういうときはくるっと向きをかえ、無理矢理移動したり手を探してるフリなんかしてうまく回避している。

正直冤罪で騒がれているのもあるし、実際遭遇するとびっくりしてしまって

そのときは怒りなんかよりもただ逃れることで精一杯で通報しようだなんて気にはさらさらなれないことが殆どだ。

だけれどもつ最近許しがたいことに

夕方、まだ商店街が賑わう通りで

酒で顔が赤らんだ男性に一杯飲まない?番号教えて?と声をかけられ

それを振り切っていると

じゃあ頑張ってね!と私の乳を揉んで去っていった。

私はとりわけ美人なわけでもないし、

まれてこのかたずっと東京に住んでいて都会っ子ではあるが

ナンパなんか人生でされたことはないし

自分で言うのもなんだがものすごーく地味な生き方をしてきた。

だけれども私は人間である

私は自分がどんな仕事をしていて、どんな趣味があって

私がどんなことが好きなのか、そういう私という人間の部分に興味があるのであれば

喜んで一杯飲んだだろう。

あいにく既婚者であるので連絡先は教えることはできないかもしれないが。

この男が私に興味を持ったのは乳であった。つまり私のことは人間ではなく、メスとして見ていたということだ。

この事実に物凄く屈辱感を覚える。

痴漢がいけないというのは触ったか触らないかなのではなくて

女性を、言い方は悪いけれども肉便器だとかダッチワイフだとか

そういった性の欲求を満たす為だけの

メス、としてしか見ていない

その事実に私は物凄く腹を立てているのだ。

言い過ぎだという人がいるかもしれないけれど

もし私を1人の人間として見ていたら、そもそもこいつの乳を触ってやろうなんて気にはならないはずだ。

私の帰りを待つ旦那がいる。私には父親母親もいる。家族がいる。

そういう人間の乳を勝手に触ったら、不快に思うのはまず私自である

旦那も両親もこの事実を知ったら悲しむだろう。

私は男性でないか自分の目の前の女性がただ乳が大きいからというだけで

法でやってはいけないと決められているのについ触ってしまうそ気持ちは全くわからない。

法律でやってはダメだと定められているのに、それを犯してしまうのであれば

動物と同じだから檻の中に入るしかないだろう。

人間勝手かもしれないが、人間自由に生きていけるのはその社会性のお陰だ。

社会規律や法を守ることができないのであれば、自分欲求を抑えることができないのであれば檻に入ってもらうしかない。

ちょこっとくらい触ってもいいだろう。

そういう考えがあるなら、あなた女性をメスとしてしか見れない社会性のない犬以下の人間だ。最早人間ではない。

もしそんなにおっぱいを触りたいのならお金を払ってそういうお店に行ってください。

お願いだから一般人の私の乳を触るのはやめてください。

ちょこっと触って顔も感触も忘れているのだろうけど、私はあなたの顔をはっきり覚えています

警察にすぐに通報しました。似顔絵も描いてもらいました。防犯カメラ映像も出してもらいました。私の服についたあなたDNA採取してもらいました。

この記事痴漢が減ることを祈ります

2017-09-19

夜に洗濯したくない

洗濯物は断然朝する派。朝ベランダに干して夕方に取り込みたい。

ここ最近子供運動会練習毎日体操着を使って持って帰って翌日また持たせなきゃいけないから、仕方なく体操着のためだけに夜に洗濯している。

毎年この時期これが地味に苦痛で、洗い替え用にもう一着体操着を買ってやる!と思うんだけど、一時期のことだし、指定体操着って割りと高いし、結局踏みきれない。運動会が楽しみで、運動会が終わるのも楽しみ。親的にも。

2017-09-18

誰も見ていないんだろう(微修正

から書く。

私は誰のことが好きなのかわからなかった。

どうしてもひとりになれない環境、常に他人と一緒にいなきゃいけない環境にいた。

でも、ようやくひとりになって、考えることが出来た。


私はもう疲れてしまった。

私の疲れはみんなの疲れ、みんなの疲れは私の疲れだ。

泣きたくてしょうがない。

無くなってしまいたい。

泣きたいのはこっちだよと言われるね。


時間の経過と共に、ポジティブにもネガティブにも変わる感情というものを人は理解していない。

そして、状況もそれによって変わるということを理解していない。


私の周りの人は私が病気だと言う。彼が来るはずがないと。私と彼が恋愛をしているはずがないと。妄想だと。

ネットをやめろと言われ、ここ数日の出来事を理解していない。

そして、ネットまやかしだと言う。


ネットでは私は彼と恋愛をしている様子が見受けられる。

しかし、周りの人の言うことを信じれば、

ネットに書かれていることは全て私の病気による妄想による幻視なのだろう。

それを信じるのはどうかしている。

ネットに書かれていることを元に会いに行くのはどうかしている。

確かに常識的に考えればあり得ないことなので、

それを信じるのは確かにヤバいのかもしれない。


でも、病気ではなかったらと、思ってしまうのだ。

そして、皆、私と彼の恋愛を終わらせるために書いているのだとしたら、と。

私と彼を混乱させるために書いているのだとしたら、と。


私は、私は、疲れてしまった。

ネットのやりとりをポジティブものネガティブもの

両方を真に受けることに疲れた


そしてある日の夕方、ひとりになる機会がようやく出来てやっとゆったり落ち着くことが出来た。


同じところをぐるぐるまわっているだけだった。


私は悲しくなった。

出口が見えないことに。

私の感情右往左往して見えないことに。


私にはどうしても彼の前で認めたくないもの複数ある。

ひとつ安全場所からしか彼のことを好きになれないことだ。

でも私の境遇はいいかなる場所でも安全ではない。

そしてその境遇を認めることは私にとって死を意味する終わりを意味するほど苦痛なのだ

しかし、彼に会うには、自分自分のその境遇を認めなければならない。


しかし、周りの人によれば、その境遇思い込み病気なのだと。)



また、彼はそれを抜きにしても安全提供してくれない。


彼は真っ直ぐだ。大きく真っ直ぐな目をしている。

そして少し悲しい目をしている。

私の様々な罪を見透かされているようだ。

から彼の目を見ることが恐怖なのだ

彼に、自分気持ちフラフラしていることを知られたくないし、

自分でも認めたくないのだ。

それがさらなる安全ではない状況を呼ぶ。


正直言って今の彼を好きになる自信がさっぱりないのだ。

私の罪を許してくれたとしても。

から安全が得られるようには思えない。


安心はどこにあるのだろうか。


安心を得るにはさら不安定世界へ足を踏み入れなければならない。

そしてそこに待ち受けているものさらなる混沌なら、

そう思うと私は足を踏み出せない。彼に近づけない。



でも、ひとりになれたその日の終わりに、ひとつだけ彼についての安心材料があった。

もし私が病気ではなくて、

ネットに書かれていることが蜃気楼ではなく本当のことなら、

彼はひとりで来ているらしい。

少なくとも彼は彼の友だちとは来ていないらしい。

彼がひとりで来ているのならば、ちゃんと正直に話せるかもしれない。

ちゃんと怒ってギャン泣き出来るかもしれない。

そう思った。

好きになれる自信はあまりないが。

しかし、彼は傷つく恐怖を覚悟して会いに来てくれているようだ。

彼もギャン泣きしているのかもしれない。

もし、ネットに書かれていることが蜃気楼ではないならば、

私は会うべきなのだろう。

私は会う直前に必ず、

うまくいかないのではないか不安になってしまう。いつも感情ぶれる

日和ってしまい、彼を傷つけているのが苦しい。


私と彼のせいで不安な私は、常に逃げる場所と逃げるための人を求めている。

私の周りには宇宙人(=私の家族しかいないのだ。応援するどころか邪魔をする。

から逃げる場所がほしい。


しかしその逃げる場所と逃げるための人が彼の友だちになってしまっていることで、

さらなる不安を巻き起こしている。

逃げを理由に好きになってしまうということはあるのかもしれない。


願わくは、彼を好きになるために、私に対し、彼の友だちに彼の友だちによる彼の友だちの絶縁状を書かせてほしいのだ。

スタート地点はそこなのだと思う。


誰にも助けを求められないのだな。

恋愛というやつは。



追記。

彼を宇宙人扱いしてしまったことも私の罪のひとつ

2017-09-15

大至あるある

金曜日夕方に客が騒いで「大至急!大至急!これ月曜日の朝までにお願い!」

土曜日家族の予定をキャンセルしてまで対応し「対応しました!大至確認してください!」と返すと

客「ごめん、きょう休日から確認月曜日以降で」

お前その用事大至急じゃないんだろう

2017-09-13

同僚が発達障害

同僚が発達障害なんだけどどうやったら仕事してくれるの?

自分発達障害なんだと言っているので間違いないはず

しょうがないとか気が散ってしまうとかは判るよ

じゃあ一緒に組んで二人で仕事をしている私はどうしたらいいのか対処法を知りたい

たとえば夕方までに提出する必要がある案件で、私がすべて計算を済ませた伝票を50枚ほど彼に見直してもらうという作業があるとする

すると彼は3枚ぐらいやると飽きてしまって、ボーっと画面を見つめているだけになったり、締め切りがもっと先の仕事に手をつけようとする

そのとき私は「それはあとでいいから先に伝票やってくださいよ」と思うわけだ

彼は自分で「仕事優先順位がつけられないんですよ」と言っているので、私は毎回仕事を頼むときに「最初は①、締め切りはいついつ。それが終わったら②で締め切りはいついつ」という風に順番をつけて渡していて、そのときは彼も気持ちよく了解をくれる

だけど実際に作業が始まると手が別のところに行ってしま

脳がそうなっているから仕方がないんだよと言われても、目の前の仕事は減らないのである

彼は春に別の担当からこちらに回ってきたんだけど、前の相方にはめちゃくちゃ怒鳴られていたのを知っているし、本人は気のいい奴だし、私はそうしたくない

さっき前の相方からあいつは怒鳴らないとダメ増田は甘やかしすぎ」と言われたんだけど、誰だって怒鳴られたくないじゃん

でもどうしたらいいのかは判らない

本人は「やる気はあるんですよ」と言っているんだけど「気が散っちゃってだめなんです」とも言う

今日はこれから友人と飲むらしく、その計画段取りの話をずーっと楽しそうに聞かせてくれた

でも、できれば今日までにやってほしかった仕事は定時までに終わらなかった

まあ早めの締め切りを伝えているので一日ぐらい遅れてもいいんだけどさ、それって予備日だから……

2017-09-12

夕方東横線で「麻鶴駅」に向かう。車内のババア曰く、川崎市麻生区横浜市鶴見区合成地名らしい。

駅に着くと、エスカレーター女子高生パンツを見ようとして黒人が猛ダッシュする。

Yと待ち合わせしており、それまで駅ビルをのぞいてふらふら歩く。

ベンチで半裸になって、標識の柱をガンガン揺らして絶叫する。

荷物をまとめ、コンビニおでん屋に入る。向かいの席のオヤジに「ここは??が旨いんだ。これも何かの縁だ」と話しかけられる。

Yと待ち合わせなんてしていなかった。

anond:20170912190513

朝の時点で、夕食の目標を決めておく。

「今夜は、麺屋のりお辛口油そばを食べることを目標にしよう」

これで、夕食にのりおで油そばを食べるだけで、目標を達成できる!

夕方になってから今日は何を食べようかな?と考えるのはダメで、

朝のうちに決めておくのがコツ。

さな目標達成の繰り返しは、人生を少しだけ幸福にする。

[]2017/09/11

朝3時間しか寝てないからもう午後、夕方近くなってくるとかなりきつかったから早めに帰った

そんで多分20時半くらいには電気つけっぱで寝た

でも深夜珍走団がうるさくておこされて うざかった

でも多分おおむねよく寝たと思う

夜更かししても結局翌日その分たくさん寝るんだったらトータルだと夜更かしして活動してもあん意味ないなあ・・・

夢をたくさんみた

2017-09-11

職場アトピーの人についての悩み、愚痴

職場の隣の席の人がアトピーでつらい。

本人がつらいのはわかっている。かゆいのもわかる。

だが、毎日8時間も隣でボリボリ搔きむしる音を聞いていると気が狂いそう。

頭、腹、足、腕、首、どこか必ず常にかきむしっている。

本当につらい。

ぞわぞわして、自分もかゆくなってくる気がする。

だってものすごい勢いでかきむしって、粘膜の、クチュクチュする音が聞こえる。

あれはものもらいにならないのか?といつも疑問に思う。

ものすごいストレス、かといって何も言えない。

だって本人だって嫌がらせでやっているわけじゃないから。

誰にも言えない。でも私だけが我慢するのも違うと思う。

つらい

その人自体は悪い人ではないけど、最近嫌いになってきてしまった。

搔きむしる音へのイライラが、その人に対してのイライラにかわり、

嫌悪感が増してきてしまう。

ああ、そうはいけない!態度をきちんとしなきゃ、と毎日反省

していても、そのうち嫌いの気持ちが勝ってきてすごく冷たい態度を

とってしまう。

毎日反省して、朝はきちんと笑顔雑談できた!と思ったら、

日中のボリボリ音で夕方にはすっっっごく冷たくなってしまう。

もういやだ〜〜〜〜〜〜

本人は過去入院をするレベルで、すごくつらい思いをしてきた話を聞いているので

言えるわけがない。

ついでに首とか腰ボキボキ言わすのも本当にいやだ〜〜〜〜〜

かといって言えない。

なのでAirPodsをこっそり耳にいれて音楽聞こうかな。

[]2017/09/10

昼寝で見た夢

柿の木の剪定をしている夢

夕方涼しくなってからやろうと思ってたけど結局寝てたからしなかった

夢でやったからなんか損した気分

2017-09-09

人生において生産性だとか淘汰だとか。

中学生の頃、というか、昔から変わったことと言えば外見だけだと思っていて、それでも、周りには中身も変わったなんて言われたりする。

丸くなっただとか、話しやすくなっただとか…。

けれど、自分はそう思ってなんてなくて、これからどこに進むのかわからない、秋の入口。

夜空を見上げると、夏の星座はとっくに姿を消していて、こうやって季節は巡るのかと実感させられていく。

焦りもありつつ、でもどこか変わることを恐れて、踏み出せないままじたばたと足踏みをしている。

私の季節は、まだ夏の中だ。

夜の秋の風は、確かに私を包んでいく。

少し遠くに聞こえる電車の音は季節が変わっても相変わらずで、少しホッとする。あの電車の向かう先は何となく分かっているけれど、私は分からないふりをしている。

ぼうっと、温かなオレンジ色に変えられたデスクライトに照らされる白い壁は時間を忘れさせる雰囲気を持っている。この時間がこのまま続けば、迷うことも悩むことも落ち込むことも、いつまでも立ち止まっていることさえも、罪悪感に苛まれことなんてないのに。

そんな淡い願いを、携帯や録画機の時計表示が消し去っていく。今日ももうこんな時間で、そろそろ大半の人がまた明日のために眠りにつく時間。そんな時間にも関わらず、毎日毎日寝るわけでもなく、私はネットの海を徘徊していく。

別に、こんなこと、心の底から楽しいと思ってやっているわけではない。

真夏に比べて涼しくなった外の空気を開けた窓から吸い込みながら、遠くで聞こえるパトカーサイレンに耳を傾ける。

私がこうやって、なんの生産性もない時間を進めている最中でも、世界では生産的な行動を繰り返す人々で溢れている。この、私がどうしようもない時間を生きている間にも、ああやって仕事をして世界を回す人達がいる。

かつては、私もあちら側の人間だったかのように思う。少なくとも、高校卒業するまでは勉学とアルバイトの両立でまあまあ忙しく、今より人間らしい生活をしていたように思う。

私は、今でも私自身に少しというか、かなり期待をしている。

しかしたら、何かのきっかけがあれば、その過去の私よりも輝けるようになるのではないか…とか。

私はあまり好きなものを作れない。何にもハマれない事が多い。ハマったとしてもまあ、1年、2年くらいですぐに投げ出してしまう。だから何かを好きだと思っても、それは一時の感情にすぎないのだと思う。

でも、そんなことを言うと、私の周りの人は決まって言うことがある。

『でも、絵を描いているじゃない』

…絵なんて、ただ物心付いた頃から知らず知らずに描いていた、ただの習慣に過ぎない。別に暇だったら描くし、やれと言われればやるものだ。

働くことや勉強することと、絵を比べたら、絵のほうが百万倍マシだと私は思っている。

まあ確かに、働くことも勉強することも大切だし、それによって自分視野が広がるなんて、ありきたりだがままあることだ。

からといってそれを進んでやるのかと言われればまたそれは違う。

第一、私は自分が絵が得意だとか思ってもいないし、こうして文章を頭のなかで組み立てるのも人より長けているかと問われればそれはまた違うと思っている。上には上がいるのが世の中だ。

その世の中で戦おうなんて考えるほど、私は野蛮な人間ではない。競争社会なんて、生きづらくて息が詰まる。まるで、水の中というか、宇宙空間に何も装備せずに放り出された気分だ。宇宙なんて行ったことあるわけないけど。

普段の私が、何をして過ごしているかなんて結構たかが知れていて、午前中に起床することは最近はほぼないに等しい。気づいたらもう夕方差し掛かる15時っていうパターンが多い。

起床してからPCに向かうか、スマホを覗き込んでいつも通りソーシャルネットの海に飛び込むか、そんなもんだ。

PCを起動させてからは、当たり前のようにここでもネットを開き、アニメを見るか、ある言語勉強する。それか、絵描きソフトを立ち上げる。そして時々、PCメモ帳を立ち上げて物語文字に起こす。

そんなことをしながら過ごしているとあっという間に夜に差し掛かる。

ほとんど外に出ることのない私は、実は夜や夜中、散歩がてら涼しくなった外を歩くことが好きだ。しかし、最近はそんなことをしていない。心配性の人が心配してしまうから

別に心配されることをウザイだとか、面倒だとかは特に思わない。むしろ母親にそんな感情を向けられたことがないに等しい私はそれが心地よかったりもする。

世界中の人が表面上、幸せ暮らしているように思わせていても、その中には必ず陰があると私は思っている。

道行く、笑いあっている家族や友人同士、夫婦カップルでさえも、自分人生全てを相手に伝えることは困難だろうし、自分がこんなことで辛かったことがあるだとか、今こんなことで少し悩んでるんだ、なんて素直に言えるのはきっとごく僅かだから

陰が強ければ強いほど、光はその分、陰からは眩しく見える。

今、私は、世界が、全てが眩しくて、くらくらする

本当はわかっていることだ。内に篭っているばかりではなく、何らかの形で外に出る勇気を持つことだとか、人と心の底から笑い合うだとか…。

普通はみんな、そんなこととうの昔にやっていて、子供の頃になんの違和感もなくやっていて、私はそれに遅れているだけ。

別に恨んだりはしていない。今は。そりゃ昔は誰に対してかもわからない怒りを持つことは多かったと思う。それでもなかなか表立って何かアクションを起こすこともなかったかのように思う。

世の中には、こんな空っぽの私を素敵だと言ってくれる人もいる。その全てがお世辞だと分かっていながらも、私はちゃんと笑顔ありがとうを伝える。このやり取りに一体どんな生産性があるのだろうとか考えながら。

私は生産性というものにこだわりを持ちすぎているようにも思う。それは多分確信だ。思い過ごしなんかじゃない。

消費するだけの人間はいつか必ず淘汰される。この世から淘汰されることを望みながら、なのにその淘汰を恐れているのが紛れもなく私なのだ

私は決して頭がいい方でもないし、かといってスポーツ万能ってわけでも、芸術に特化しているわけでもない。

平凡から外れた単なる落ちこぼれだと思っている。こんなことを言っていても、周りはやっぱり、そんなことないよ、と笑う。私はまたそれに、そうかな。ありがとう。と笑う。また、これに意味があるのかと考えながら。

ふと、頭のなかで文章が浮かんでくる瞬間がある。なんとなくスマホメモ帳に書き留めて、それをどこに発表するでもなく、結局はメモ帳を埋めていくだけのただの文字列と化す。

勿体無い。

そんな言葉が頭の端っこで揺れながら、同じように何にも代わり栄えしない、消費しかしない日々を過ごす。

いっその事、みんな私のことをこの能無しだとか、ゴミだとか、罵ってくれたら楽なんじゃないかとも考える。それでも、実際にそんな場面になったらと思うと、また怖くなってそういった淘汰を恐れる。

結局のところ、私は何になりたいのかわからずに蹲ったまま、また今日を迎える。

何者にもなれない私は、何者かになれている人々を羨むだけなのだ

2017-09-08

疲れました。

ふとした疑問なのですが普通の家庭ではどんな会話ができるのでしょうか?

私の家は一般的な家庭とは少し違うみたいで、純粋にどんな会話をしているのかが気になりました。

親は子供の好きなものを知っていますか?好きなもの話題になることはありますか?テレビ自由にみれますか?好きなもの否定されていませんか?怒られるならどんなことで怒られますか?

支離滅裂文章だと思います。けど最近毎日死ぬことしか考えられなくなるほどにしんどくなってきたので吐き出させてください。

私の家は、私が物心ついた時にはすでに家で騒がしくしていたら「ニュースが聞こえない。黙っていろ」と注意される家でした。公園などで遊んではしゃいでいてもみっともないと注意されました。小さい頃から友達になった子はいましたが一人一人、あの子の家はこうだからあんまり…と言われたりあの子は頭がいいから仲良く、と言われたこともたくさんありました。

私は小さい頃からペンと紙を持って絵を描くのが大好きでした。そして外で遊ぶよりも中で遊ぶ方が好きで、アニメを見るのも大好きでした。

勉強はそこそこで平均くらいでしたが絵は人並みに描けていたと思います

毎回絵を描くたびに「絵なんか描いて何になる」と言われ続けてきましたがやっぱり絵を描くことが好きだったのでやめられませんでした。

アニメ自分の知らない世界がたくさん広がっていて大好きです。見るたびに「こんなくだらない、つまらものを見て何になる。つまらいかニュースに変えろ」と言われてもそれでも大好きです。

年の近い弟が一人いましたが、弟は外向的でテニスがとても得意です。

弟は小学校からテニスクラブに入っていて、中学高校でもずっとテニス部遠征によく行ったり試合がある日は両親揃って弟の試合を観に行ってました。テニスの道具なども進んで買ってもらっていたと思います

弟の方が手間かかることがあり私のことはほとんど放置で一人でいることが多かったのですが、思春期だったこともあり放っておいてくれて良かったと当時は感じていました。

私も弟がテニスを好きだったのと同じように私も絵を描くことが好きだったのでイラストコンクールなどに参加していました。

その時に、私の作品入賞して主催の方から絵を学ばないか勧誘を受けました。いわゆる通信講座のようなものです。本格的に絵を学びたいと思い親にその旨を伝えてみました。

返ってきたのは「くだらない。そんな口車に乗せられて情けない」でした。挙句には勧誘してくださった方にくだらないことに誘いやがって、詐欺だ!!とクレーム電話を入れられてしまいとても誘っていただいた方に申し訳なくてたまりませんでした。今でもふとした疑問なのですが絵を描くことはそんなにくだらないことなのでしょうか?勉強する価値もないのでしょうか?弟もテニス用具だったりシーズン毎の遠征費はかかっているのですが全て親が払っています。私は水彩絵の具や絵筆、キャンパス学校で使う以外は全て自分お小遣い範囲です。そして弟のテニスについては一言もくだらない、と言われている記憶がありません。それどころかいつも褒められていてどこか他所に行っても毎回弟はテニスが上手で…、と自慢げに他の人に話しています。私は自分の絵をくだらないと言われたことはあっても褒められたことは一度もありません。不公平に感じるのは私の心が狭いからでしょうか?

高校生の時、大学をそろそろ決めないといけない時期にどうしても絵を学びたくて美術学科があるところを視野に入れていました。昔から絵を描くことはくだらないと言われ続けていたので言うに言えずに高校二年生の冬が来ました。頑張って美術学科に行きたいこと、入試デッサンがあるので画塾に通いたいことを打ち明けると渋々了承を得られました。そこから頑張って画塾に通って同じ受験生の子切磋琢磨して厳しくても毎日が楽しかったです。でも、通っていた時にも度々画塾なんてお金無駄、と言われていたので最後までいたやめさせられるかわからないと怯えながら画塾に通っていました。

話は変わりますが親は所謂アルコール依存症のようなもので一日中お酒を飲んでいました。朝や昼、夜も関係なくひたすら飲んで落ち着いたら寝て、目が覚めたらまた飲んでの繰り返しです。なので夕方から夜にかけて寝て、私が寝ようと思った頃(23時くらい)に目が覚めてテレビ大音量で付けて夜中まで騒がれていることがほとんどです。2リットルの紙パックの焼酎?も一晩で全て無くなるくらいにはずっとお酒ばかりでした。

からでしょうか、何か少し自分の気にくわないことがあればどんな理不尽なことでも怖いことや暴言をたくさん吐かれました。

弟と違い、私はずっと否定されてばかりなのでつい気になって私をどうして作ったのだと聞いたことがあります。「間違えだった」と返って来ました。そして私は本来双子で生まれるはずだったのですが生まれる前に一人流れてしまったことも同じ時期くらいに知りました。その時から今もですがずっと間違えて生まれて来た私に生きる意味まあるのだろうか?ずっと疑問でいっぱいです。また、あの子ではなく私が代わりに流れていたら良かったのではないか?むしろその方が良くて、あの子の方が私よりも出来が良くて怒鳴られずに済んだんだろうか?所謂普通の、好きなことを、好きなものを、ありのままでいられる、ビクビクしなくてすむ家族になれたのではないかとずっと思うのです。

そして、間違えて生まれしまった私は間違いだらけでどんなにあがいても普通人間にはなれないなと毎日感じています

せめて普通人間になれるように頑張りたいと思います

書いていて自分でも訳が分からなくなりました。

中野駅 自転車でやってくる人々

東京都中野区にある中野駅には、駅付近まで自転車でやってきて電車に乗る人が多い。


都内で、徒歩で隣の駅に歩いていける距離に駅があったりする駅なのに、自転車でやってくる人が多い。

そして中野駅には、駅前近くに自転車置き場はなく、ちょっとだけ遠い。

それなのに、自転車で駅に来る人が多い。

そこそこの規模の自転車置き場が何箇所も存在していて、置き場が自転車で埋め尽くされているので、それだけ多いということだ。


中野駅が最寄駅の人は徒歩で駅に来るため、わざわざ自転車で来る人々は、他の駅が最寄の自宅に住んでいる人達と推測している。

他の路線だと乗り継ぎが不便だとか、会社から支給されている交通費と実費の差分をを少しだけ浮かせたいのかわからないけれど、

これらの人々の挙動は、中野ブロードウェイ中野サンプラザ再開発されたセントラルパークといった魅力あふれる中野の、

ちょっとした特徴であると思っている。


もちろん全ての人でないが、中野駅自転車でやってくる人々の多くは余裕が無く、自転車マナーがすこぶる悪い、ように見える。

歩道スピードを出して走り、速度を落とさず、焦点の合わない目で歩く人に自転車で突っ込んでくる。

老若男女、だれもが皆同じような表情で、無表情で突っ込んでくる。

電動アシスト付きで、前後チャイルドシートやらカゴがついてて、インディアンモーターサイクルみたいになってる自転車

知らないだけで起きているのかもしれないが、よく事故が起きないものだと日々思いつつ余所見をしていると、

目の前に焦点の合わない目をした人が乗った自転車が目の前にいたりするので、集中しておかなければならない。


少しだけ遠い自転車置き場に自転車を停めた人々が駅に向かう場面においても、皆必死の形相で歩いている。

普通サラリーマン通勤する時間に、やっと電車に乗ろうとしているくらいだから時間ギリギリなのかもしれないが、

朝、中野駅からどこか(上り新宿方面)に向かう人は、どんな状況でも、他の所から中野駅にやってきた人にほぼ道を譲るような事はしない。


南口自動改札を出るやいなや、出てくる人の群れにダイアゴナルに切り込んでくる黒いポロシャツ中年男性が左側から現れる。

肩を突き出してくるため、ぶつからないよう少し右側に避けることになる。

その瞬間、右側からまたスーツサラリーマンが肩をいからせてスピードを増す。

それを目視し、ぶつからないよう、元の位置に体を戻す。

一瞬の出来事ながら、うまく避けることができ、ぶつからなかった事に安堵しほんの少しうつむき、顔をあげると、

正面から顔を見据えながら大またで歩いてくる中年女性がすぐ目の前に。。。

体を真横にし立ち止まるしか選択肢がなく、ぶつかることは避けられたものの、

中年女性肩にかけていたバッグの角が胸板に突き刺さり、靴半分だけ後ろずさったその瞬間、後ろ足を若いOLさんに蹴りあげられる。


すべてクリアできた日は清々しい気分になるし、日頃のトレーニングの成果であると満足できる。

ありがとう中野駅


夕方になり中野駅から帰る時、中野駅に帰ってきた人々が大量に番線ホームから階段を降りてくる。

もちろん、これから電車に乗る人がホームへの階段を上る際、下りの人々が階段占領し、上る人のために人1人分の隙間も与えてはくれない。

これも難関だ。。


とりあえず、中野駅改装して、出口を複数作ってもらいたい。

彼氏同棲

皿洗いとか洗濯物とか部屋の片付けしてると

「偉いね!」

って褒められる

正直イラっとくる

そりゃ私がやんなかったら誰もやらんから

日中家にいるくせに、夕方になったら洗濯物取り込んでと頼んでも、絶対やってくれない彼。

そこは

「ありがとう」

と言われた方がまだ『しょうがないな』ってなる。

2017-09-07

増田に男叩きが増えるのは比較的朝と夕方が多い

まり特定投稿者がその時間に来て暴れているものと思われる

2017-09-06

また仕事をサボったわけだが

通勤中の電車内でめまいと動悸が起こり職場に行けません

みたいな内容で上司メールした。電車内だからメールで失礼しますっていう文言もくっつけた。

御察しの通り仮病である

言い訳をすると過去に実際にめまい、動悸、過呼吸仕事に行けなくなった事が何度かあり、その時と似た精神状態だなと思ったので、めまいが起きたことにしたのだ。信憑性が無いのは知ってる。

こういう社会的クズの話でよければこのまま読んでくれ。

今回は短期仕事に就いた。過去半年以上同じ職場で働けたことが皆無で、長期予定で雇用されても結局半年働けないなら最初から短期で働けばええやんかと、自分なりに閃いて職を探し、仕事をもらった。

2年以上引きこもっていたため例え短期でも週5フルタイムは無理だと思い、できる限り短時間勤務ができるところを探していたはずなのだが、うっかり週3、1日7時間仕事を1ヶ月することになってしまった。

正社員とかフルタイムバリバリ働いている人にとっては十分短いのだろうが、週1、1日4時間ぐらいがいいなと思っていた自分には長時間すぎた。

決まった時点では「まあ12、3日間ぐらいなら7時間でもなんとかなるだろ」と深く考えなかった。考えないようにしていた。

今日が4日目の勤務日だった。初日問題なかったのだが、2日目に聞いていた内容と全く違う業務をすることになった。非常に体力と気力を使い2年引きこもってた体は業務に追いつかずボロボロ

以前の自分ならこの時点で「もう無理…死にたいODしてやる…」と過激ブッチかましてたところだが、多少成長したので「今回の業務は体力が持たないので続けられません」と申し出て、変えてもらうことができた。すごいぜ俺、ダメになる前に申し出ができたぜ、変わったなあ!

問題は3日目だった。

結局あまり変わらない内容の業務に就いて、まあこんなもんか…と思いつつ必死に体も頭も動かして働いた。頑張った。めっちゃ頑張ってた。

しかリーダーに注意された。

「ねえ、この程度ならもっと他のことも同時にやれるでしょう?やって?頑張ってよ、頑張って?頑張れるよね?」

「その手順は知りませんでした」とか「まだ難しいです」とか言えるわけもなく、ただ「はい」としか言えなかった。

この程度よくあることでしょ〜?と自分でも思わないわけじゃ無いんだ。ただ。

その後手を止めるわけにもいかずとにかく言われた通りに必死こいてたら、同じく必死こいてる別の新人さんに対して「頑張って」とベテランおばちゃん達が声をかけていた。

さっきのリーダーがその様子を見て「頑張ってる人に頑張ってって言ったって仕方ないでしょう!」と言ったのだ。

胸のあたりにどす黒く重いものがズドンと落ちた。

そうか俺、側から見たら頑張ってないのか、そうか〜。

とりあえずその日は最後までやりきった。

リーダーが近くに来ると体がこわばってミスをし、また注意された。過去仕事毒親トラウマが蘇り発狂するかと思った。

そして4日目の今日

前の晩から弁当を用意し、緊張して眠れないので筋トレストレッチをして無理やり眠りにつき、6時に起きてバスで最寄り駅に行って電車を待っていた。

リーダーが身につけていたピンクネームストラップが脳裏にチラつく。

頑張れるよね?の声が何度もなんども再生される。

から来る電車に乗ってXX駅で降りて会社まで歩いてロッカーで着替えてチャイムが鳴ると業務が始まる。リーダーもやって来る。リーダーがいる空間作業をする。リーダーが他の人と何かを話している。リーダーこちらまで来て何か言って来るかもしれない。どれだけ頑張ってもまた頑張れと注意されるかもしれない。またミスをするかもしれない。今日は前よりずっと怒られるかもしれない。リーダーの目を気にしている自分がいる。頑張らなければならない。注意されてはならない。失敗してはならない。認められなければならない。ずっとずっと頑張らなければならない。今から夕方家に帰るまでずっと、いや残りの10日間ずっと、リーダーのいる空間で…

もうダメだった。冒頭に挙げたメールを送った。めっちゃ怖い顔をしていたと思う。浅く呼吸しながら改札を出てバスに飛び乗った。家に着いて冷蔵庫弁当を投げ入れた。飼い猫が寄って来て何か訴えていた気がしたが無視して寝室のベッドに潜った。

これが今日の午前中の出来事だ。あれからメールの返事も電話も来てない。弁当レンジで温めて昼に食べた。美味かった。

なんでこんなクズ増田を書いたかというと、誰かに聞いてもらって自己肯定して安心たかたからだと思う。「カウンセリング 今すぐ」とかグーグル先生めっちゃ聞いたりした。良さそうなところは施術10万とかしてあきらめた。

2年以上引きこもってる間、環境がずいぶん変わり、自分他人との向き合い方も少し上手くなったかなと感じて、また仕事を始めたいと思った。

しかし結局自分は変わらず社会に馴染めないクズ野郎だった。さすがにもう昔のように「俺は悪く無い!社会が悪い!親が悪い!」なんて拗ねたりしないが、拗ねなくなっただけで、社会に適合できる人間になったわけではなかった。たった3日で辛抱たまらなくなる社会不適合者のままだった。自分キャパを正しく測れず、結局追いつかなくなり周りに迷惑をかけるんだ。俺って想像以上に自意識過剰でデクノボウなんだな。

こんなクズでもなんとかなる仕事を見つけるか、対人、対社会への耐性の無さを根本的に改善するか。精神科心療内科ももう行きたく無いよ。

さて、残りの10日間、どうするかなあ……

女装趣味に目覚めて気づいたこ

全てドラッグストアスキンケア化粧品買って、ファストファッション洋服を買って、やっすい美容院行くだけですげー金がかかる

女に求められてる「清潔感」のレベルがやたら高すぎる。女装のゴールがやたら高い理由は骨格とかよりむしろここだと個人的には思う

女装がこなれてきて女と認識されると時々痴漢やつきまといに合うようになる。夕方〜夜は普通に怖い。女装してるだけでいつもの帰り道がアホほど怖いし不安メキシコやばい地域を丸腰で歩いてるみたいな感覚

俺は変態男なので痴漢にあっても「おっ女性認識してもらえた」という嬉しさが結局は勝つけどそれでもてめーは地獄に落ちろって思う

男として暗い道歩いてる時の安心感

2017-09-05

コーヒー日記への言及


もう夕方から飲まない。

伏字の準備をしやう。2泊3日だったっけ?

それ相応の分量を準備ね!!!

フラッシュ伏字も忘れないように!!!

anond:20170905053114

2017-09-04

どうやって声をかけたらいいのだろうか?

冷やかしでジュエリーショップを覗いたところ、すごく素敵な店員さんに出会った。

本当にタイプ

平日の夕方自分以外に来店するお客さんはいなかったので、

うつもりではなかったけれど、話をしたくて少し時間をかけて説明してもらった。

その間、彼女ばかり見ていた。(※変態行為をしたと後ですごく落ち込んだけど。)

お客さん対応から受け答えが丁寧なコトや服装等、見た目に気を使ってるのは

充分に承知している。でも、本当に一目惚れだった。

ジュエリー店だから、足繁く通うわけにもいかないし、へんなお客さんと思われたら悲しい。

いい年齢をしてどうかしているのは、判っているのだけれども、会って話をしたくて仕方ない。

映画小説なら「偶然」が味方してくれるけど、現実はあり得ない。

彼女にどうやって声をかけたらいいのだろうか?

20代のワイ

明け方までゲームした後「お、もうこんな時間か。昼間で寝てから遊びにいこ」→夕方まで寝てしまう「ファッ?まあええか」

現在のワイ

12時までゲーム「もう起きてられへん...ねよか」→朝6時に目覚める「うーん、寝すぎぐらい寝た!もう昼かな?」

2017-09-03

うんこのようなものをもらした

うんことは何か。Wikipediaで「うんこ」を調べると「糞」にリダイレクトされる。Wikipediaでは「糞」の説明

糞(くそ、ふん、くそは「屎」とも表記)とは、動物の消化管から排泄される固体状の排泄物屎尿)。糞便(ふんべん)、大便(だいべん)、俗にうんこ、うんち、ばばや、大便から転じ大などとも呼ばれる。しかし、硬さや大きさ、成分などの違いで呼び名を使い分けている訳ではない

とされている。

Wikipediaの項目「糞」に記載説明に従えば、以下の要件を全て満たすものうんこであると考えられる。

  1. 動物から排泄された
  2. 消化管から排泄された
  3. 固体である

一応、他の資料にも当たってみた。三省堂大辞林には「大便」について以下のように説明されていた。なお、三省堂大辞林検索結果は、Weblio経由で得られたものである

人間肛門から排泄する食物のかす。くそ。糞(ふん)。便。うんこ

ここで、「食物」は、三省堂大辞林には「食べ物」と説明されていた。「食べ物」は、同辞典には「①食べるもの食用品。しょくもつ。食いもの。②(飲み物に対して)かんで食べる物」と説明されていた。すなわち同辞典では、食べ物(=食物)は飲み物と対比されるものとされていた。してみれば、同辞典における大便の説明で「飲食物」ではなく「食物」とわざわざ記載されているのは、大便という概念を、固体である食べ物に由来するもの限定する意図があると推定された。

従って、三省堂大辞林の項目「大便」に記載説明に従えば、以下の要件を全て満たすものうんこであると考えられる。

  1. 人間から排泄された
  2. 肛門から排泄された
  3. 固体である食物のかすである

両者の間には、若干の表現差異がある。三省堂大辞林は、主体的要件を、「動物」より狭い概念である人間」に限定している。また、三省堂大辞林は、経路要件を「消化管」ではなく、消化管の末端である肛門」に限定している(消化管から排泄されながら肛門を経由しないという状況が想定できないので、実質的に経路要件は同一であるとも言えるが)。さら三省堂大辞林は、客体的要件を「固体」より狭い概念である「食物のかす」に限定している。もし、「食物」が「飲み物」も含む概念であると解されるならば、「食物のかす」は「液体」を含む広い概念であることになるが、上述のように三省堂大辞林は「食物」に「飲み物」を含めていない。

しかしいずれの説明採用するにしろ、「うんこ」が固体であるということには疑いがないと考えられる。

ここで、人間という動物である私は昨晩、消化管の終端である肛門から液体を漏らした。

私は、昨日の夕方から下痢気味だった。夕方から21時頃にかけて、私は3回くらいトイレで排泄行為をしたのだが、その結果、液体の中に食物のかすが混じったもの便器にあった。これら3回の排泄行為の結果、私の便意は収まった。そして23時頃、私は自宅最寄り駅にたどり着き、自転車に乗り換え、自宅に向けて自転車を漕いでいた。踏切に引っかかったので、私は両足を地に着け、腰を上げた。その瞬間、おならではない何かが肛門を通り抜ける感触を私は感じた。

おそらく、腰を上げる際に下腹部に僅かに力を入れたことが、この通り抜け現象の引き金になったのだと思われた。しかし、前触れは何もなかった。その時、私は何ら便意を催していなかった。なので、私は肛門に突然生じた感触驚愕した。「うんこだ!」 私の頭は、突然ひらめいたうんこという単語で満たされた。

反射的に、私は括約筋を閉ざした。肛門付近の状況は全くわからなかった。肛門で感じられた漏出量は僅かだったので、大惨事には至っていないだろう。しかしある程度の被害パンツに生じていることは疑いないように思われた。幸い、周囲は暗いので、万が一うんこ衣服の外部に染みていても、通行人うんこ漏れたことが露見することは無いだろう。私は自転車サドルに腰を下ろすことなく家に急いだ。

帰宅後、私はすぐにトイレに駆け込んだ。肛門からは、液体の中に食物のかすが混じったものが出た。それから私はパンツを確かめた。すると、奇妙なことに、紫色の私のパンツには一見異常が認められなかった。どういうことだ? あの感触は、おならにはない独特の存在感があったのだ。無いわけがない。私は目を凝らした。すると、パンツの、丁度肛門と接触するあたりに、濡れた箇所があるのを私は発見した。食物のかすは付着していなかった。布地の色のせいで、パンツを濡らした液体の色はわからなかったが、かなり透明度が高いように見受けられた。

ここで、私が濡らしたものが上述のうんこの3要件を満たすか否か検討すると、以下の通りとなる。

  1. 主体的要件について
  2. 経路要件について
  3. 客体的要件について
    • 私が漏らしたもの実質的に透明の液体であり、食物のかす等の固体はここに一切含まれなかった。従って、客体的要件は満たされない。

してみれば、私が漏らしたものうんこ3要件を全て満たすものではないのでうんこではない。私はうんこを漏らしていなかった!

ただし、ここで別の問題があるように思われた。私は何を漏らしたのだろうか。

肛門から漏れる気体はおならと称される。肛門から漏れる固体はうんこと称される。しかし、上述の検討から導かれたように、「うんこ」は液体を含まない概念である肛門から漏れる液体はうんこではないとわかったが、これの名前が私にはわからなかった。慣例的には、私が漏らしたものは水様便、又は下痢便と呼ばれるものなのであろう。しかし、「水様便」及び「下痢便」のいずれの表現からも、私は、液体の中に食物のかすが混じったものを想起する。液体のみからなるものを「水様便」又は「下痢便」と称することは、厳密には誤りではないか

ここで、私はWikipediaで「下痢」を検索した。ここには、以下に引用する記載があった。

下痢(げり、英: diarrhea)は、健康時の便と比較して、非常に緩いゲル(粥)状・若しくは液体状の便が出る状態である。主に消化機能の異常により、人間を含む動物が患う症状であり、その際の便は軟便(なんべん)、泥状便(でいじょうべん)、水様便(すいようべん)ともいう。

Wikipediaは「液体状の便」について言及しているが、「液体*状*」という表現は、完全な液体ではないことを示唆している。上述のように、三省堂大辞林及びWikipediaのいずれにおいても「便」は「固体」である。「液体状の固体」は、液体に近いが液体になりきっていない固体であると考えられる。Wikipediaは「液体状の便」が「軟便」「泥状便」「水様便」である説明しているが、してみれば、液体のみからなる私の排泄物は、「軟便」「泥状便」「水様便」のいずれにも当たらないように思われる。

しかし、Wikipedia下痢」には、さらに以下の説明があった。

東洋医学では泄瀉(泄は大便が希薄で、出たり止まったりすること。瀉は水が注ぐように一直線に下る)とも呼ばれる。

「瀉」は、水が注ぐように一直線に下るものであるとされる。私の排泄物は、これに近いように思われる。私は瀉を漏らしたのか。

ここで私は「泄瀉」についてWebで調べてみたが、あまり情報がなかった。一番詳しいように見える、群馬漢方薬局の方がやっておられるBlog(https://ameblo.jp/hideo3355/entry-12163635334.html)には、以下のように説明されていた。

泄瀉(せっしゃ):「泄」とは排便時に希薄な大便が緩やかに排出される症状を指し、「瀉」とは排便時に清稀な大便が水のようにまっすぐ流れ注ぐもの。両者をあわせて泄瀉と呼ぶ。

「瀉」は、「清稀な大便が水のようにまっすぐ流れ注ぐものであるとされる。「清稀」は日本語ではないようだが、Google翻訳中国語日本語翻訳にかけると「クリア」と翻訳された。「瀉」はクリアな大便。私は「クリアな大便」という表現からはどんな物体も想起することができなかった。ここから先は、漢方医学の専門書などにあたらなければ正確なことはわからないように思われたが、疲れた私は「私はうんこをもらさなかった」という確信と「私は何を漏らしたのかわからない」という不安を抱えたままシャワーを浴びて寝た。

2017-09-02

腹が痛くなる理由まとめ

自分の話

 

・冷たいものを食べる

・腹を冷やす

・夜更かしする

・緊張する

便秘する

・辛いものや刺激物を食べる

カフェインをとりすぎる

時間帯に依る(深夜、朝、夕方

ストレス、疲れ

・食べ過ぎ

・食べ無さ過ぎ

 

腹が痛くない日はそれだけで幸せです

すきですだいすきです はてなより

今朝洗濯物干そうとベランダに出たんだ。

そしたら、紙飛行機が落ちてたんだ。

こんな所にゴミすてやがって近所のガキが。

と思って拾うのもめんどくさくて放置してたんだ。

夕方になっても誰も拾いにも探しにも来ないから、捨てなきゃなと思って拾いに行った。

ふと紙飛行機を広げてみたら、

中にメッセージが。

「すきですだいすきです はてなより」

んあ?

これは子供の頃夢見たお隣の奥様からのお誘い飛行機か?

あの童顔巨乳ママが俺のこと考えてあそこを濡らしながら紙飛行機飛ばしたってか。

はてなよりって、とこも通だな。

白昼夢、というか夕方あたりに見る夢は

いつも生と死の記憶が綯い交ぜになる

生きている筈のペットが死にゆく様を見たり

それは今のペットの死ではなく、昔見た物の再現なのにまるで予知夢のような違和感で跳ね起きた。

夏の終わりにまた一度だけ、ただいまをしに来てくれたのかな。ちゃんとおかえりとさよならを言えないまま目が覚めてしまった

床 フローリングの補修

続編となる

パテ盛りから時間で試しにけずってみた

固まってるところとそうではないところがあった

やはり固まるまでじっと我慢

継ぎ目の部分など固まってからでは遅いので彫刻刀で切り抜いておいた

更にパテも盛っておいた

夕方?いや夜中まで待つとしようか

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ようこそ ゲスト さん