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2021-01-20

YOASOBIのレトロさ・チープさは2010年頃のボカロ再現から

supercellがヒットした以降にボカロ楽曲を発表した世代は、DTMを始めたばかりで音源を買いそろえる余裕がなかった。

クオリティの高い音源使用するよりもまず楽曲を作ってリリースしたい世代は、DAW付属音源妥協して楽曲を作っていたわけである

彼らの多くはエレキギターバンドサウンドから音楽制作を始めており、ベロシティタイミングの変化で生の楽器再現するスキルがなかったと思われる。

から、彼ら自身根底に生楽器へのコンプレックスがあった。多くのボカロPは音楽制作経験を重ねる過程で、楽曲演奏家を巻き込んでいったり、

IvoryやTrillian、addictive drumsのような、より”生っぽい”音源を買って、音質をアップグレードしていったわけである

メジャー音源リリースするに際して、有名なプロを読んで再収録をするケースもあった)

とはいえショボい音源を使った楽曲の中でも、今もカラオケランキングで上位に入るような定番ボカロ曲が生まれて、一般的認知されている「ボカロっぽさ」が生まれてきた。

YOASOBIのサウンドは、そういった当時の「ボカロっぽさ」をジャンルとして再現したものである気がしている。

彼らのチープさは、「ワンルームにこもってノートパソコンに向かい合って作った楽曲が、世間に認められて有名になっていく」ストーリー連想させる。

そして、そのストーリーを駆けあがってメジャーになったのが、ハチwowakaなどの世代。今の10からすれば、米津玄師は「自分たち世代アーティスト」ではなく、「少し上の世代で、すでにヒットしたアーティストである

しかにすごい音楽であるが、ティーンエージャーからしたらもっと気軽に”推せる”アーティスト出会いたい。そんな気持ちにぴったりと当てはまったのが、YOASOBIである

学生時代ボカロを聞いていたアラサーとしては、インターネット発のミュージシャンは、メジャー化に際して音質が良くなる印象を持っていた。

からデビューしたてのボカロPのようなチープな音源(でも、当時のボカロPよりはミックスの質は断然に良い)が、そのまま街頭のスピーカーからバドバと流れている状況には少々面食らってしまう。

学校放送室から、そのまま家で焼いてきたボカロを流している中高生連想する。

たぶん、そうやって世間に対するカウンター的にショボい音源がヒットしていくのが、今の若い世代にはウケているんじゃないだろうか

(YOASOBIの作曲家自体がその再現自覚的にやってるかは知らんが、ある程度の音楽知識はあるものの、制作環境的になんらかの縛りがあるような気がする。

 で、その縛りから生じた個性が、結果的に彼らの売りになっているんじゃないだろうか)


それにしても、80年代レトロさをリバイバルするかのように、2010年前後の音質がリバイバル元ネタとして消費されるとは思わなかった。

ゲームRTAルール

リセットを利用しての状況再現禁止ってのが主流になってるんだけど

ゲーム序盤に1回リセットすると加速するポイントが一つあって

そこのリセットだけ許されてるのがすげーもやっとする

リセットによってランダム要素を固定しているわけではないから状況再現定義からは外れてるのかもしれないけど

リセットで優位を得ることを禁止するルールがあるのに結局リセットが挟まれてるのを見ると中途半端で美しくない感じがしてしま

プリセット・低音圧」批判かいう「今時Flash使ってないサイトとかw」的議論

音楽ジャーナリスト、YOASOBIについて「このビートの単調さと音色・音圧のショボさが世間で許容されてるのはちょっと信じたがたい」

https://togetter.com/li/1654398

これ、タイトルだけ見て「今更音圧……?まーでもそんなこと思う人もいてもおかしくはないな」と思ってスルーしてた。

で、さっきこの増田を見かけたので答えてあげるべく元ネタも読んでみた。

音楽評論家に聞きたいんだけど「ショボい音色・音圧」ってなに?

https://anond.hatelabo.jp/20210119190456

アルバム通してちゃんと聴いた。この気恥ずかしさは嫌いじゃないんだけど、このビートの単調さと音色・音圧のショボさが世間で許容されてるのはちょっと信じたがたい。少なくとも家のスピーカー聴く音楽じゃないですね

だとしたら音色の選び方にもう少しこだわりはあるでしょう。プリセットしか使わないという強い意志を感じます

ええ……。元記事が何を言っているかはてなの人に分かりやす話題で言うと「Webサイトを全部眺めてみた。この気恥ずかしさは嫌いじゃないんだけど、このデザインパターンの単調さとFlashも使っていないサイト世間で許容されてるのはちょっと信じたがたい。少なくともFullHDで開くサイトじゃないですね」と2021年に言ってるような感じか。

ビートの単調さがダメって、お前2020ビルボード1位の前で同じこと言えんの?

https://www.youtube.com/watch?v=fHI8X4OXluQ

3分間全部一本調子音色の抜き差しも無しやぞ。

音色がショボい」に関しては、字面だけ見たらまあ同意するよ。でもそれが「プリセット批判」in2021となれば話は別だ。

増田音色がショボいがどういうことかを説明すると、一般的には「生録ではなく打ち込みの音色が安っぽい」というところを意味すると思う。昔のMIDIとかカラオケとか、あるいはスーパーでかかってるJ-POPインストとか、音色がなんか「パソコンで打ち込みました!」「生の音じゃありません!」って感じしない?逆に最近ピアノだけで数万円数十ギガバイトするような音源だと、ピアノの鍵盤から指が離れるノイズまで拾っていたり、弦と弦の共鳴まで再現していたりして、生の演奏区別がつかない。

そういう意味でYOASOBIの音色がショボいことに異論は無い。まあ、後ろの音をカットして極端に打ち込みっぽくしてる夜に駆けるのピアノ代表的なように、それはあえてやってることなのは明らかであるので、本人達はショボいの一言で済まされると嫌だろうけど。

し・か・し!この音楽評論家は「音色がショボい」をそういう意味では使っていない。「シンセサイザープリセットをそのまま使っている」ことをもってショボいと言っている。まあそれはいいよ。別に広辞苑に音がショボいの定義が載ってるわけでもないし。

し・か・し!2021年にそのことをもってアーティスト批判しているとなると正気か?という感じだ。さっきの例に載せきれなかったが、これは「bootstrap.min.cssを読み込んでる!手抜きだ!このサイトはショボい!」と言っているに等しい。いや、使い方次第だし、つーかそれ今時普通だし……という。

シンセサイザーに出荷時に登録されたプリセットそのまま使うのは手抜きである考える人がいる(というかいた、絶滅危惧種)のはまあわかりますよ。でもね、2021年に「プリセットしか使わない曲が世間で許容されているのは信じがたい」とか音楽評論家が言っちゃうのは死ぬほど恥ずかしいことなのでやめた方がいいと思います(「プリセット~が許容されるのは嘆かわしい」というのだったら賛同はしないが理解は出来る)。

まずあなたは打ち込みJ-POPにそこそこ詳しい音楽評論家顔で登場していますけど、小室哲哉ってひと知ってますちょっとマイナーかな?多分知らないと思うのでただのリスナーの僕が評論家先生説明してあげますが、「プリセットしか使わないでJ-POPで天下を取った男」です。小室プリセットほとんど弄りません。そのことを彼はインタビューで度々悪びれもせず語ってきました。

https://www.youtube.com/watch?v=LgBxze0ye94

これの30秒過ぎからクラブ系の曲を作ったことがある人だったらフフッとなると思う。なぜならここで、Sylenth1というクラブ系で1番人気のシンセサイザーの、起動して一番最初に鳴らせるプリセットがそのまま使われているからです。他に90年代当時の曲でも、あのピアノはどのシンセの何番のプリセット、とか結構バレてる。本人も隠してないし。

と、いうわけで20年以上前にはもうプリセットまんま使いで天下を取った人がいた訳なんですよね。評論家さんはご存知なかったみたいなので今日小室哲哉名前だけでも覚えて帰ってくださいね

で、別にプリセットまんま使いは新しいことでもないのだが、むしろ最近トレンドだったりもする。海外アーティストトラック(要するにソースコード)見てみ、やつらNexusめっちゃいい音のプリセットが大量に入ってるシンセbootstrapuiパーツみたいなもん)しか使ってねーぞ。

まーそんな感じなんで、2021年プリセット批判は正直かなり何も知らないのがバレて共感性羞恥でキツいっす正直。

に、加えて音圧!2021年に音圧がない=悪いとかいう論をプロがぶつとは夢にも思わなかった。音圧戦争ってFlashサポート終了より前に終了したぞ。それもまさかご存知ない……?

そもそも音圧が何か分からない、あるいは最近の音圧事情が分からない方に説明します。CDとかの場合、入れられる最大音量ってデータ的に決まってるんですよね。弁当箱の容量と思ってください。で、人間って大きい音の方がいい音に錯覚してしまうんですよね。弁当カロリーが高いほどジャンクに旨く感じてしまうと思ってください。そうなると弁当箱いかカロリーを詰め込むかという戦争が始まりますね。

音圧が高い曲の例

https://www.youtube.com/watch?v=e-IWRmpefzE

このあたりの話は「音圧戦争」とか「海苔波形」とかでググってもらえればいいんですけど、決まった容量の弁当箱に詰め込めるだけ詰め込むと色々犠牲になるように、音楽でも音質が犠牲になっていました。

で、それを技術解決したのがYoutubeとかSpotifyとかですね。彼らは音圧が高い曲の音量を下げて、他の曲との音量差を少なくしました。揚げ物使った弁当弁当箱サイズ強制的に2/3にするイメージですね。そうして消費者錯覚に騙されず本当に美味しい弁当を選ぶことができるようになりました。めでたしめでたし。というのが去年一昨年あたりまでのあらすじなんですけど、評論家さんご存じない……?で、去年あたりはその音量を下げられる中でいか上げ底とかで消費者錯覚させていくかとか、あるいは消費者の側で「ここ10年くらい揚げ物ばっかで飽きたか煮物とか逆に今新しい気がするわ」とかムーブメントが出てきてるのも、これもご存じない……?たとえば最近Youtubeとかで80年代Citypopとか流行ってるのはその流れもあります

総評:あの音楽評論家の言っていることは無茶苦茶なので理解できないのが正しい。増田は悪くない。

2021-01-19

anond:20210119150706

うん、よくある「よくわかんないけどかっこいい横文字並べました系」の会社案内再現しました

2021-01-18

Steam VR版「えんとつ町のプペルレビューが気になる件

悪い意味話題になっているえんとつ町のプペル記事を見ていて、気になることがあったのでまとめました

Steam VR版「えんとつ町のプペル」について

正式名称は「PoupeIIe Of ChimneyTown VR ~into the world~」。「えんとつ町のプペル」のストーリーVR再現したという作品

2019年6月21日リリースクラウドファンディングをもとに開発された作品絵本の作者いわく「サロンメンバー作品」とのこと。

store.steampowered.com/app/1079520/

twitter.com/nishinoakihiro/status/1080226066575159296

レビューについて

13個のSteamアカウントレビュー。そのうち2019年6月23日投稿された3件のレビューにおいて

いずれもSteamプロフィールページが未作成で、アカウントに記録されている製品がプペルVRだけ(または記録なし)。

いずれも投稿日時が同じ日で投稿間隔も40~50分になっている。

下魚

これに対する反応

2019年6月26日にある海外ユーザーSteamスレッドで「明らかにフェイレビュー投稿されてるので買うの辞めました」と指摘。開発・パブリッシャーのvLabは無反応。

  • Obviously fake reviews steamcommunity.com/app/1079520/discussions/0/1640915206443087500/

2020年5月には5chの掲示板で怪しいレビュー投稿しているアカウントID開発者名前類似性を指摘するIDがいた。

2020年11月商業サイトレビュー寄稿するユーザーが「本作をオススメしない」というレビュー投稿しつつ、レビューの中でこの件に触れる。

ところで、Steamレベル0か1、アカウント内の製品数1、レビュー件数1、プレイ時間0.3時間みたいな感じの人達がいっぱいオススメレビュー書いてるんだけど、なんでだろうね?

彼らはこれを買うためだけにSteamアカウントを作って、20遊んだあとに急にSteamに関する興味の一切を失ったのかな? ご存命ですか?

おわり

なぜ私は聖地巡礼をするのか(の話をかくはずだったが)

聖地巡礼とは中世ヨーロッパ封建社会においてキリスト教徒あいだで流行した、キリスト教聖地であるエルサレムを訪れる宗教的行動である

転じて、現代においてはアニメ映画などの熱心なファンが、創作物キャラクター縁の地を訪ね歩く行為を指す言葉として使用されるに至った。

私も昨年度から今をときめくアイドルグループ乃木坂46好きが高じて、(暇を持て余していたことも手伝い)彼女たちが番組ロケで訪れたり雑誌メディアで紹介したりしていた場所を巡ることが退屈な日常を彩る楽しみの一つとなっている。

大塚天祖神社バッティングセンター千歳船橋喫茶店ぱおーん、五反田デニーズ……

思い起こしてみたがそれほど多くはなかった。

それはさておき、この日記(?)で私が考えたいのは「人はなぜ聖地巡礼をするのか」その理由だ。

聖地巡礼には楽しさがある。

思えば私は日本史世界史も好きなので、歴史上の史跡を巡ることが旅行に行く際の主目的の一つだったりする。映画ロケ地を訪れることもある。

(前提として書き加えておくが、行ったことがない土地を訪れるのが好きな方であると思う。「まだこのへん歩いたことがないから」という理由で6時間ぐらい散歩することがざらにある)

今も『世界史をつくった海賊』(竹田いさみ著)なる本を読んでいて、大航海時代マゼランに続いて史上二度目の世界一周航海を達成した海賊フランシス・ドレーク(ワンピースのドレークのモデル)に関する記述を読んで、「彼の航路を船で辿ってみたいなあ」などと空想に耽っていた。

そう、私はフランシス・ドレーク足跡を辿りたいのである

乃木坂メンバーが参詣した神社自分も赴きたいし、バットを振るったバッティングセンターで、彼女らがそうしたように、自分バットを振るいたいのだ。

そして、「ここに彼らも、自分と同じように立っていたんだ」などと感じたいのである

この衝動はなんなのだろう。何故、こんなことをしたいと思うのか。

バッティングセンターで行ったバッティングは、それ自体として面白かった。乃木坂のことがなければ、私はバッティングセンターに行きはしなかっただろうが、バッティング最中乃木坂のことは忘れて純粋ボールバットで的確に打ち返すことに集中していたし、それが成功することに喜びを覚えていた。

しかし、やはりその一連の行為には、「メンバーも同じ場所で同じことをした」という事実認識によって特別意味を付加され、それが私の心に満足感をもたらしている。

私の記憶には、明らかに「ただのバッティング」以上の色が付いて、この思い出が保存されているのだ。

この違いは何に由来するのか。

まず一つ、見逃せない重要な点は「私は乃木坂が好きである」という事実だろう。これは明らかに聖地巡礼動機に深く関わっている。

私は何も藤田ニコル西野亮廣の訪れた場所に行きたいとは微塵も思わない。ニコるんはどちらかと言えば好きだが、出演番組をチェックするほどではない。西野に至ってはどちらかと言えば好きではないし、好きではない人間の縁の地を訪ねたい、その足跡自分足跡を重ねたいとは思わない。

フランシス・ドレークのことも、まあ好きになりつつある。(暇があれば伝記を読んでもいいかなと思うぐらいには)

では、好きな人なら誰でも聖地巡礼したくなるのかと言えばそんなことはない。身近な友人のことは好きだが、彼らの足跡を辿りたいとは思わない。

これは極めて重要着眼点である

恐らくは、その人物との関係性および距離感聖地巡礼に向かわせしめる大きな引鉄の一つなのだ

想像するに乃木坂メンバーでさえ、もし私が直接的に関係性を構築してしまえば、聖地巡礼したいという衝動はなくなるだろう。

同じ場所を訪れて、同じことをしたいという気持ちの裏にあるのは、「近付きたいが手の届かない者の存在」を少しでも身近に感じたいという欲求なのだ

友人という生々しい関係は、最早相手をそういう「聖なる存在」にしておかない。

ただし、友人との関係が何らかの理由で解消され、手の届かない存在になった場合はその限りではない。その最も単純な例は「死別である。死が二人を分かてば、当たり前な存在は当たり前でなくなり、会いたいのに会えない、焦がれ求める対象になる。

「手の届かない特別存在を思うこと」が聖地巡礼の肝なのだ

そしてその感慨は、対象と同じ空間的座標に立つこと、そこで同じ行為追体験することで増幅される。ただ、家でスマホをいじりながらその人のことを考えているだけの時間よりも、その人に少し近付けたような気になる。

その対象は人に限らない、作品、ひいてはその世界観全体も対象になりうる。

私は宮崎駿監督映画が大好きで、監督ハウルを撮り終えた後に数ヶ月間療養し、次回作の『崖の上のポニョ』の構想に繋がった広島県鞆の浦や、『耳をすませば』の舞台となった聖蹟桜ヶ丘も訪ねているが、ポニョや雫個人をそこまで好きかといえばそんなことはない。

フランシス・ドレークのことは好きになりつつあると言ったが、やはり人物に対しての好意それだけというよりは、世界史的な偉業であるという点の魅力が大きいように思う。俗な言い方をすれば世界一周ロマンを感じるし、楽しそうである(実際は辛いことの連続だろうが)。

しかし、ドレークな先立って世界一周航海を達成したマゼラン足跡を辿りたいと考えたことはないことを踏まえれば、やはりドレークには読書を通して僅かながら彼の功績やエピソードに触れたことにより、マゼランに感じる以上の魅力を感じていること、それが巡礼への衝動を後押ししていることは間違いない。マゼランのことは何も知らない。何も知らないので魅力も感じなければ、より深く知りたいという動機も起こらない。

(どうやら相手のことを「知りたい」と思うには、まず相手のことを知ることが必要らしい。少なくとも私にとっては。難儀なことだ。)

「手の届かない「聖なる存在である対象をその足跡を辿り行為をお手軽に追体験することで、少しでも身近に感じること」が聖地巡礼の意義であると一旦結論付けてみる。

ここで唐突に「お手軽に」という制限を付け加えたのは、私はバッティングセンターバッティングをする程度の追体験はしたいが、乃木坂メンバーが日々の研鑽を重ねたダンスレッスン場で一年間同じレッスンを受けたいかといえば真っ平御免だなということに思い至った。

一年彼女たちが受けたレッスンと同様のレッスンを受けることは、彼女たちの辛さや頑張りをよりリアル追体験することになる。追体験としての質は高い。だが時間がかかりすぎる。ダンスよりもやりたいことがあるし、辛そうなので、暇潰しに週二程度通うならチャンスがあればやらなくもないが、それはもう追体験としての価値は薄れて、一年間におよぶダンスレッスンそのものが持つ価値が問われている。(追記そもそもこれ、巡礼ではなくダンスでは?)そういう意味で1000円分のバッティングには十分その価値があったし、世界一周航海も同様である。(追記:これも巡礼と言えるのか?場所を訪ねる行為限定するべきだったかもしれない)

聖地巡礼はお手軽でなければならない。言い換えるなら、その行為自体を楽しめないのならやりたくはない。滝行は楽しそうなのでやりたいが、例えば彼女らが受けていた辛い仕打ち自分も受けたいかというと難しい。

例えばメンバーの誰かが過去イジメを受けていたとして、それと同様のイジメを受けたいか。これに関しては少し受けたい。マゾヒスティックな願望ではなく、多少なりとも彼女らの苦労を追体験することは彼女らを理解することにつながるからだ。

しかし、紛い物のそれはやはり本当のイジメ体験とは辛さの質が大きく異なるし、よりリアルに状況を再現するために半年継続してイジメを受けてくださいと言われればお断りする。あくまでもその一部を、私が本当には辛くならない程度に体験することで、辛さに思いを馳せたい、という程度に存在への接近願望は留まる。

キリスト教徒だってエルサレムには行きたくても、ゴルゴダの丘の上で十字架に磔にされたいかと言えばそんなことはないだろう。ごっこ程度にはやってみたいが、それはごっこ遊び自体が楽しさを持つからである。高所に磔にされて「こえ~」などと言ってるのは楽しいが、手足を本当に釘で打ち付けられるのはたまったものではない。(追記:これも巡礼の話ではなくなっている気がするが、でも巡礼先で対象が何かしてたら同じことやりたいよなあ。(追追記:でもやらなくても巡礼は成立するからやっぱりおかしいねはい。))

体験総体として楽しくないならやりたくない。少なくとも私は。この「楽しく」は何も笑顔になったり、興奮したりするといった類の楽しさである必要はない。

心地よい感情が動きがあればよい。

郷愁に浸るとか、感慨に耽けるとか、今風に言えばエモさがあってもよい。「泣く」ことによる感情の発露も、人間にとっては快感であるので、ここで述べる「楽しさ」に含まれる。

いや、違うな。

上に述べたエモさは体験のものに由来する(既出の例をとればバッティング行為によって引き起こされた)感情ではなく、「行為追体験している」という事実に付随する感情の動きだ。そこは切り分けるべきだろう。

例えば「同じ場所に立つ」ことも、聖地巡礼に伴う追体験行為の一形態だが「立つ行為のもの」には特に何の楽しみもない。(立っているだけで楽しい場所もあるが、必ずしもその必要はない)(追記:この例の方が純粋巡礼っぽい)

先例のイジメのように行為自体許容範囲であれば不快であっても構わない。これは個人差があるし、対象に対する思い入れの深さによっても許容範囲が変わってきそうだが。

追体験行為包含する巡礼行為」が総体として満足感をもたらす体験であればよい。(追記:「巡礼追体験包含する」よりも「巡礼追体験が付随する(ことがある)」が正しい)

距離重要な要素だ。ここで言及する距離とは、対象との関係性としての距離ではなく、その聖地との物理距離感である

遠ければ遠いほど、巡礼を達成した際の体験価値は高い。エルサレムが近所の公園にあったら巡礼の有難みも霞むだろう。

「ここまで来た」という感覚聖地巡礼には必要である

私は電車移動含めて一時間もあれば十分であるしかし、ここまで書いて想像してみたが、家の隣にあった昔馴染みのなんでもない祠が実は家康が足繁く通った祠であったと発覚すれば、そこにはそれなりの感慨が生まれるように思える。巡礼と呼ぶにはあまりにも短距離だし、巡礼としての価値希薄化するものの、完全に失われることはない。いや、とはいえやはり価値の減少は免れないな。

遠ければ遠いほどいい、というものでもない気がするが。例えば、乃木坂メンバーが訪れた場所比較として、私の現在地から大塚バッティングセンターパリ街角にあるカフェとの物理距離には圧倒的な差があるが(もちろんパリの方が遠い)、パリカフェを訪れた際の感慨がバッティングセンターに比べてそれほど深いかといえば、あまり変わらないような気がする。

これは、「パリ旅行のついで」にカフェを訪れるのか、「乃木坂メンバーが訪れたカフェを主目的に」パリを訪れるのか、物理距離を越えんとする直接的な動機がどちらにあるのかによっても異なりそうだが、メンバーが通った小学校とか、生まれ育った地域ぐらいの重要地ならともかく、たかだかロケで立ち寄っただけのカフェ目的渡仏する気にはならない。

いや前者でも渡仏する気にはならないが、(追記:というかメンバーの母校って言うほど感慨深いか?その頃のメンバーが好きな訳ではないし……)するにしてもそれはやはりそもそもパリ自体が好きで巡礼を抜きにしてもパリに行きたいからであって、パリの一地域を訪ね歩く行為のもの乃木坂とは無関係に楽しみを見出している。その意味巡礼行為は「ついで感」が否めない。(追記:「むしろ行きたくない場所への巡礼」を考えてみようと思ったが、思いつかなかった。(追追記日焼けと車酔いに弱いのでそれらが伴う場所には積極的行きたくない。苦労した分、到達時の達成感はありそうだが、それは聖地が持つ意味とはやはり無関係目的地に至る行程に由来する価値を抜きにした純粋巡礼価値は何によって決まるのか。))

これはもしかしたら聖地巡礼も、エルサレム旅行のものに少なから体験としての楽しみが含まれていた可能性もあるが、中世を生きる農民の長旅の過酷さや宗教に対する敬虔さはとても無知蒙昧な私の想像のおよぶところではないので、お叱りを受ける前にこの説は引っ込めておく。

でも伊勢参りとかは楽しそうだよね。明日(もはや夜が明けたので今日なんだが)近所のブックオフ聖地巡礼事情に関する本でも漁ってみよう。

眠いし目も疲れたので「過去自分への巡礼」とかまだ考えたいことはあったが、このへんにしておく。

おやすみなさい。

2021-01-17

脊髄反射でクレベリン🙅‍♂️と言うんじゃなくて効果について調べた

(投稿しようとしたら全然できなくて泣いた、リンク数でスパムフィルターって単純すぎるルールベースすぎませんか!)

水素水とかクレベリンとかNMRパイプテクターとか、いかにもエセ科学っぽいやつら、なんとなくエセ科学って判断してm9(^Д^)してる人が自分含めほとんどだと思うんだよ。結局「twitterで皆が言ってたから」レベルで、エセ科学/陰謀論信じる人と大差ないんじゃないかと思って、まずはクレベリンについて調べてみた。

調べたと言っても日本語論文やらWebサイトを探しただけ、個人実験するとか無理だし、僕は化学専攻だったわけじゃないし、英語苦手だし。

「こんな論文or調査があるよ」とか「いや、それはお前が完全に読み間違えてる」とかあれば指摘してくれると嬉しい。

クレベリンについて

公式サイト ttps://www.seirogan.co.jp/cleverin/

大幸薬品製品正露丸メーカー

初っ端からtwitter引っ張ってきてたり、他のニュースへのリンク貼ってあったりして、既に怪しいキュレーションサイト感が漂っていて期待できる。

よく見る「空間除菌」をする「クレベリン」と、液体でアルコールや次亜塩素酸水のように使う「クレベ&アンド」ってやつがあるらしい。アンド被ってんじゃん、クレベアンドアンドじゃん。

今回は「クレベリン」のほうだけ。

クレベリンのページ ttps://www.seirogan.co.jp/cleverin/cleverin/

キャッチコピー

空間や物に付着したウイルス・菌を除去

特許取っているらしい。

酸化塩素分子のチカラ(特許登録番号:特許第5593423号)

特許効果保証するものじゃないってどっかで読んだな、特許の方の深堀りはしない。

ウイルス除去・除菌の仕組み」のページ ttps://www.seirogan.co.jp/cleverin/cleverin/mechanism.html

酸化塩素分子ウイルス・菌の働きを低下

酸化塩素が主に機能するらしい。

酸化塩素について

深堀りしようかと思ったけど化学よくわからん高校の時化学取ってないんだよね、ウソ取ってたかも、授業中モンハンしてたわごめん。

google検索かけた感じTOP5にwikipediaとか大幸薬品サイトとか社団法人日本酸化塩素工業会のサイトが出てくる。「社団法人日本酸化塩素工業会」って大幸役品も正会員じゃん。てか大幸薬品社長がこの会の会長じゃん。

酸化塩素による空気中の除菌について

こっからが本題。まず大幸薬品の主張をピックアップ

大幸薬品の主張

主にここから引用

「よくわかる二酸化塩素のはなし」のページ ttps://www.seirogan.co.jp/clo2/index.html

ウイルス除去

酸化塩素ガス(室内濃度0.01ppm)を放出させた25m3(6畳相当)試験チャンバーに、ウイルス一種を浮遊させた後攪拌し、180分後に空気中の浮遊ウイルス捕集し、生存ウイルス数を測定しました。二酸化塩素ガスを放出しない条件(自然減衰、攪拌ファンのみ)で同様に測定した生存ウイルス数を100%とした時のウイルス生存率を求めました。

日本防菌防黴学会 第41回年次大会発表(東京2014)

除菌

酸化塩素ガス(室内濃度0.01ppm)を放出させた25m3(6畳相当)試験チャンバーに、細菌一種を浮遊させた後攪拌し、120分後に空気中の浮遊菌を捕集し、生存菌数を測定しました。二酸化塩素ガスを放出しない条件(自然減衰、攪拌ファンのみ)で同様に測定した生存菌数を100%とした時の細菌生存率を求めました。

日本防菌防黴学会 第41回年次大会発表(東京2014)

消臭については割愛

論文へのリンクがないので探しに行く。

日本防菌防黴学会 第41回年次大会発表 研究発表プログラム ttps://www.saaaj.jp/conference/41th_pdf/conference_41th_14.pdf

低濃度二酸化塩素ガスの25 m3閉鎖空間における浮遊細菌と浮遊ウイルスに対する低減効果

三浦孝典、田口和彦、森野博文、柴田

(大幸薬品(株))

論文て末尾の人が一番えらいんだよ、知ってた?

柴田高 氏は大幸薬品社長だね。

学生のころ「自分」「教授」「助教」って順番で書いちゃって怒られたの思い出したよ。

ググって発見 ttps://jglobal.jst.go.jp/detail?JGLOBAL_ID=201502212674917241

JDreamⅢとかアクセスできないし、169Pも読んでらんないしどうしよ・・・

と思ったらなんか要約っぽいページ発見

「二酸化塩素ガス室内濃度指針値(0.01ppm)での菌・ウイルスの低減を確認大幸薬品、第41回 日本防菌防黴学会年次大会にて発表」 ttps://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000029.000004917.html

試験方法と結果>

[方法] 試験チャンバー25立方メートルを閉鎖空間とし、外部から酸化塩素ガス発生装置を用いて発生させた二酸化塩素ガスを放出させ、撹拌ファンにて室内空気を循環させたところに、黄色ブドウ球菌懸濁液または大腸菌ファージφX174懸濁液を噴霧し浮遊させ、所定の時間後に浮遊細菌または浮遊ウイルス捕集した。対照実験として二酸化塩素ガス発生装置作動しない状態で同様の操作を行い、浮遊細菌と浮遊ウイルス数の自然減衰を測定した。

[結果] 0.01ppmの二酸化塩素ガスが室内空気中にある場合、浮遊黄色ブドウ球菌は120分後に99.8%、180分後に99.95%低減することが分かった。また、浮遊大腸菌ファージφX174は、180分後に99.2%低減することが分かった。

黄色ブドウ球菌大腸菌ファージφX174で試験した様子。

黄色ブドウ球菌はたらく細胞で見たな、大腸菌ファージなんとかは初耳。

というか正直どっちもわからんわ。とりあえず「この2つで試験したこと」「25m3試験したこと」「0.01ppmの濃度だったこと」「(この要約からだと)換気状況不明」「(この要約からだと)室温湿度不明」ということだけ覚えとく。

ppmって何?

国民生活センターの主張

なんか効果ないとか言ってた気がするから

酸化塩素による除菌をうたった商品-部屋等で使う据置タイプについて- ttp://www.kokusen.go.jp/news/data/n-20101111_1.html

詳細pdf ttp://www.kokusen.go.jp/pdf/n-20101111_1.pdf

httpsじゃないんかい

使用中にどのくらいの二酸化塩素が放散されているのか等を調べ、消費者情報提供することとした。

あくまで「二酸化塩素が出てるか」という調査で、「二酸化塩素空間中のウィルス最近除菌する効果があるか」という点には触れていない。

とてもちゃんと書いてある。

ちゃんと一部引用するのも大変だったので僕の主観で要約しちゃう

気になる人はPDF参照。

酸化塩素作業環境基準について

ACGIH(アメリカ合衆国産業衛生専門官会議)の基準を引っ張り出している。日本基準ないのかな?

TWA 0.1ppm (Time Weighted Average:毎日浴びてもほとんどの労働者に悪影響が見られないような~~~時間加重平均値)

STEL 0.3ppm (Short Term Exposure Limit: この値を超えて浴びてはならない15分間の時間加重平均値)

0.3ppmやばい。覚えた。

図 4.部屋における二酸化塩素の気中濃度(計算値)

No.7がクレベリン、6畳でも1日後0.07ppm、5日後0.04ppmなので出てることは出てる。

この図に限らず、他の製品がヤバすぎてクレベリンがまともに見える。

行政の主張

見つからんかった。

厚生労働省とかコロナへの対応とかWebページ出してるけど二酸化塩素については全く触れてないのな。

論文

あんま見つからんかった。というかググっても怪しいサイトが引っかかりすぎて悲しい。

とりあえずCiNii検索

ttps://ci.nii.ac.jp/search?q=%E4%BA%8C%E9%85%B8%E5%8C%96%E5%A1%A9%E7%B4%A0%E3%80%80%28%E3%82%A6%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%82%B9+OR+%E7%B4%B0%E8%8F%8C+OR+%E9%99%A4%E8%8F%8C+OR+%E6%AE%BA%E8%8F%8C%29&range=0&nrid=&count=20&sortorder=1&type=1

CiNiiシャットダウンするみたいな話何年か前あったけどどうなったんだアレ。

いかにも空間除菌っぽいやつを探す。有料っぽいの多くて残念だけどいくつかは読めた。ありがとうJ-STAGE

大幸薬品が出しているやつと西村秀一 氏(国立病院機構仙台医療センター臨床研究ウイルスセンター)が出している論文が目を引く。

どうやら西村氏は大幸薬品論文を実際に検証している様子?

ウイルス不活化効果標榜する二酸化塩素ガス放散製剤の実用性の有無の検証冬季室内相当の温湿度での空中浮遊インフルエンザウイルスの不活化について―

ttps://www.jstage.jst.go.jp/article/jsei/31/5/31_16-020/_pdf/-char/ja

酸化塩素ガス放散製剤のインフルエンザウイルス不活化および黄色ブドウ球菌殺菌能の検証―低湿度環境表面での検討

ttps://www.jstage.jst.go.jp/article/jsei/32/3/32_131/_pdf/-char/ja

低濃度二酸化塩素による空中浮遊インフルエンザウイルス制御ウイルス失活効果湿度依存性―

ttp://www.kankyokansen.org/journal/full/03205/032050243.pdf

西村氏もうクレベリン名指しで実験してるやんけ。

ここまでで気が付かなかったけど大幸薬品結構英語論文もだしてるっぽい、疲れた英語苦手だから今回はそこまで追わない。ゆるして。

かい値や細菌ウイルスの種類は正直良くわからない。

(西村氏には申し訳ないが)疲れてきたので僕の独断で主張をピックアップして要約。引用ですらない。気になる人はpdf

この要約だけだとわかんないけど、pdf中で西村氏クソ煽ってて笑った。

感想

大幸薬品西村氏の実験でそれぞれ違う結果がでてるっぽくて、どっちを信じるとかはよくわからんけど、再現状況不明 + 違う結果が出る時点で積極的にクレベリンを採用する理由はないよなぁと思ったり。僕はバイアスかかりまくりなので西村pushだけど。

というか論文少なくね?僕の探し方が悪いだけ?

まぁ健康被害にはならなそうなんで目くじら立てるほどじゃないかな。こういう根拠が怪しいやつが蔓延るのは将来を考えるととても悲しいが。最近陰謀論もよく見るしね。

でもこういうのに身近な人がハマったら悲しいよなぁ。

頭ごなしに証拠突きつけて否定しても駄目なんだってさ、ビハインド・ザ・カーブでみた。オススメだよ。

地球平面説を信じる人は勉強が足りないわけじゃないんだってさ、下手したら僕らより頭いいみたいよ。

ただググって文字起こすだけでも数時間よ数時間、怪しいのに反論するのもタダじゃないね疲れた。ググって文字起こしただけとはいえ頑張って書いたので色んな人の目に触れると嬉しいな。

2021-01-16

世界ピクニックアニメワンダーエッグプライオリティに負けてるのが許せない

なんで?

原作付きなんだからがんばれよ。

世界ピクニック原作小説で、メディアの違いがあるから失敗したってのか?

ああそうだよ。

俺たちみたいな面倒くさいオタクが、いざ改変したら原作レイプだと口にするからメスを入れられないんだろ?

からなんだよ。

それでも超えてこいよ。

オリジナルアニメ小説原作と違って映像として見せた時の面白さや、実際に発声した際のテンポ最初から考えて作れるから圧倒的に有利だよ。

小説原作はしょせんは小説っていうメディアのために作られた物語アニメでやるから自然作品構成完璧からは程遠くなる。

地の文と混ざりあった独白と、セリフと混ざりあった独白とでは受け取る側の印象が変わるのは当たり前だし、まして地の文において言葉価値観視点移動を説明してしまったもの映像によって再現するのは難しい。

でもやってみせろよ。

アニメ化するってのはオリジナルアニメと戦うってことなんだぞ?

言っちしまえばサッカー部エース草野球助っ人するような状態だけどよ、それだってそこで負けたらサッカー部の負けってことになるんだぜ?

覚悟を決めろ。

作品看板を背負った以上は、そのクールにおいて同じようなコンセプトのオリジナルアニメには、意地でも勝ってこい。

無理ならアニメ化なんてしてんじゃねえよ。

俺は明日からどうやって裏世界ピクニック信者をやりゃあいんだ。

人前で口にして「俺アニメしか知らねえけどワンダーエッグプライオリティのほうが面白かったよね」と言われた、俺、キレちまうよ。

許せねえ。

なんで負けてんだよ。

2021-01-15

キュレーターとは,現代美術文脈において展覧会企画運営等を総合的に指揮する人のことである。どんな作品を取り扱うのか,どんなタイトル展覧会にするのか,展示の順はどうするのか,ライティングは?解説は?チラシに掲載するキャッチフレーズは?等々。

今日クラシックにおける自主企画演奏会は,多くの場合プレイヤーがやりたい演目をやる」ということになっている。もちろんそこにコンセプトやテーマがあったりする場合もあるのだが,美術作品とお客さんをキュレーターという専門家架橋している美術市場と異なり,クラシック市場にはキュレーションを専門に勉強している人がいない。現状コンサートマネジメント演奏家がやっているわけだが,あまりに画一化しすぎているのではないかクラシック音楽にも,お客さんと作品キュレーション架橋する発想があってもいいのではないか。そのあたりのことが気になってのツイートだった。

ということで,このnoteではこの件についてもう少しだけ深堀してみようと思う。久々の投稿ですが,お付き合いください。

目次

1.現状は相変わらず「上手い人一強」の世界

2.運営さん,ゲームバランスの調整まだですか?

3.キュレーション差別化手段になりうる

4.プレイヤーキュレーターorプレイヤークリエイター

5.まとめ

1.現状は相変わらず「上手い人一強」の世界

繰り返しになるが,現状のクラシック自主企画コンサートは「演奏家がやりたい演目披露する場」として機能している。これ自体が悪いわけではないし,演奏家独りよがりだと批判するつもりもない。もちろん演奏家選曲プログラムノートに苦心しているし,そこには確かに工夫の痕跡がある。

でもね,正直クラシックコンサート演目って似たり寄ったりじゃないですか。

コンサートに「一度も聞いたことのない楽曲」が含まれていることは稀だし,大体定番曲が並んでたまに新曲初演があるくらい。クラシックサックスなんかはまさにそうだ。クラシック音楽が「過去音楽再現する」文化である以上,演目の重複は避けられない。まぁこれは仕方のないことではある。

ただそうすると,当然誰しもが「同じ曲を聴くなら上手い人の演奏聴きたいよね」と思うようになる。つまり技術で劣る演奏家演奏会に行く理由がなくなってしまうのである

このnoteでも何度も言っていることだが,クラシック音楽特に文化的に醸成された良さや美しさの基準」が強烈に機能するジャンルで,「この人あんま上手くないけど個性的で好き!」とか「この若手は下手だけどトッププロにはない魅力があるなぁ」みたいな評価が生じにくい。また,特にクラシックサックスのように難しい近現代曲が必須レパートリーになっているジャンルは,必須とされる技術レベル結構高い。例えば音色がめちゃくちゃ魅力的だったとしても「指が回らない人は使えない」「スラップタンギングできない人はコンクールの一次予選の課題曲が吹けない」みたいな悲しい評価が下される。

結果的に,クラシック演奏家市場では「楽器の上手さ」が保障されているプレイヤーしか人が集まらない状況が生まれやすいのである。これは,ブルーハーツ東京事変がどちらもCDになって成功できるポピュラー音楽とは事情が全く違う。ブルーハーツみたいなパンクロックって,演奏したり作曲したりするのに必要西洋音楽技術結構低いんですよ。川谷絵音東京事変King Gnuの曲とは複雑さが全然違うわけです。それでもブルーハーツとかモンゴル800とかが世間に認められてCDを出しているという事実は,「ポップスクラシックに比べて多角的評価されている」ということの証左だろう。個人的にはとても健全だと思う。一方のクラシック演奏家市場は,「楽器の上手さ」がほぼ唯一の評価観点として強烈に幅を利かせているのである

2.運営さん,ゲームバランスの調整まだですか?

プロ世界なんてそんなもんだよ」というかもしれない。でも,僕はこの「楽器の上手さというパラメーターが最強の世界」が気にくわないんですよね。

例えばこれが「クラシック演奏家育成」をテーマとするソーシャルゲームだったら,と思って考えてみてほしい。

このゲームでは,プレイヤー最初ガチャで引いたキャラを「一流のクラシック演奏家」に育て上げることが目標とされている。当然キャラクターには「楽器の上手さ」というパラメーター以外にも「音楽史についての知識」とか「自身活動への俯瞰的視座」とか「個性的音色」とかのパラメータもあるわけで,キャラによっては「音楽史についての知識」が先天的に強い,みたいなやつもいる。当然プレイヤーもその辺をコツコツ育てたりするわけだ。なのに,「音大卒業」というチュートリアルイベント以降,ゲームで勝っているのは「楽器の上手さ」のパラメータに全振りしてキャラ育成をしたプレイヤーのみ。もっといろんな勝ち方があるとおもってたよ…最初キャラガチャで「音楽史についての知識」が強いキャラを引いた人はどうしたらいいの…運営しっかりしてくれよ…

まともなゲーム運営なら「これだと勝ち筋がひとつしかないゲームになってしまうな。よし,他のパラメータを育成した人が勝てるようなイベントを投下するか!」などといった対応がなされるはずだ。しかし,このゲームにおいて運営がそのような神対応をすることはない。いつになったら修正はいるの?まだなの??もう勝てそうにないし…リセマラするかゲームやめるかどっちかだな…。

…まぁでも現実世界にはゲーム運営はいないし当然リセマラもできない。だれもゲームバランスの調整をしてくれないのだ。結果的に,「楽器の上手さ」が一定値を超えていない人は今後も仕事がないし,今仕事がある人でさえもそれを上回るパラメータをもった若手が現れた瞬間に仕事を取られる世界になっている。多様性とは程遠い市場が出来上がってしまっているのである

3.キュレーション差別化手段になりうる

そこで,「せめて僕の周りにいる音楽家には幸せになってほしい(そして一生楽しい飲み会に付き合ってほしい)」と考えている僕は,「演奏会プログラミングやプログラムノート等に拘りまくってお客さんの聴取経験を素敵なものデザインできれば,技術トッププロに勝てない演奏家にもファンがつくのでは?これってつまりキュレーションでは?」と考えた。

モナリザ」みたいな超有名絵画を目当てに美術館に行く場合を除き,僕たちは「特定の絵」を見にいくというより「その展覧会デザインされている体験」に価値を感じて美術館に足を運ぶ。例えば僕は以前「ベルギー奇想展」という展覧会にいったのだが,一つ一つの絵のクオリティというよりも,複数の絵の鑑賞を通して得られたその展覧会全体の印象のようなものに興味を覚えた。「作品価値」ではなく「作品群を総体として経験することの価値」に感動したのである。まさにキュレーションの賜物だったのだろう。

また,「ベルギー奇想展」というタイトルやチラシに載せられていたペストマスクみたいなデザインキャラクターにも強烈に惹かれた。頻繁に美術館にいくタイプではない僕でさえ,「行ってみたい」と思えたのである。そして,この辺のこと全てを把握し,「美術館での体験」をデザインする人がキュレーターなのである(と僕は思っているんですがあってますかね。もしかしたら広報にはそこまでコミットしないキュレーターもいるのかもしれない)。

一方,クラシック音楽演奏会はどうだろうか。そこに「体験デザイン」という発想が見て取れる場合は少ない。もちろん選曲や曲順にこだわりが詰め込まれていることはわかっている。それでも,普段美術館に行かない僕に足を運ばせたような,「作品群を総体として経験することの価値」を際立たせるようなコンサートってなかなかないんじゃないかな。少なくとも,多くのプレイヤーは,「コンテンツ演奏楽曲)のクオリティ,そのほかはあくま付属品」だと考えているし,むしろ演奏クオリティのみでガチンコ勝負することが美徳だとされている感さえある。でも先ほども指摘したように,この土俵で戦って勝てるのは「楽器の上手さ」というパラメータが抜きん出ている人だけだ。

キュレーター自分作品を作れない。その代わりに,個別作品の羅列に「作品群を総体として経験することの価値」を付与する。演奏家も,キュレーターのように体験デザインすることができれば,お客さんを呼べるのではないか,というのが冒頭で引用したツイート意図だった。つまり,「楽器の上手さ」以外のパラメータを活かせる場はありますよ,ということだ。

具体的には,音楽史や楽曲分析に関わるパラメータを磨いてきた人は,それを用いてMCや曲目解説選曲で魅せることができるだろう。その場合,チラシやSNS広報のあり方も抜本的に考え直さなければならない。このへんについては別途記事を書こうかな。とにかく,僕は「楽器の上手さ」のパラメータが高い上位5%の演奏家しか生き残れない現状を打破する手段として,キュレーションの発想を生かさない手はない,と考えている。

4.プレイヤーキュレーターorプレイヤークリエイター

はいっても,「そんなことできねーよ」という声も聞こえてきそうだ。キュレーションそれ自体仕事にする人がいるんだから,「作品に対する俯瞰的視座をもって聴取体験デザインする」とかめちゃくちゃ高度じゃん。自分たちは演奏家なんだよ,演奏以外やりたくねぇ!

…まぁもちろん気持ちはわかるんですが,今の僕が「楽器の上手さ」のパラメータで勝てない人にできるアドバイスは,①プレイヤーキュレーターになれ,もしくは②プレイヤークリエイターになれ,くらいしか思いつかないのが現状だ。すいません。

クラシック演奏家って特殊立場なんですよね。CDスピーカーがなかった昔のヨーロッパなら,演奏家はまさに一家に一台欲しい人材だったはずだ。演奏家がいないと音楽聴くことすらできなかったのである。そのような時代背景とパトロンがいてこそ演奏家という仕事は成立していた。でも現代ではbluetoothスピーカーとAppleMusicがあればいくらでも自宅で音楽を聴けてしまう。馬車や人力車自家用車にとって変わられたように,そして今後タクシー運転手自動運転にとって変わられるように,中途半端演奏家オーディオ機器および音源の中の一流プレイヤーにとって変わられるだろう。個人的には,オーディオ機器音楽サブスクリプションサービスの発達は,演奏家という職種に対する破壊イノベーションだと思っている。

からこそ,演奏家は「他者作品再現」以外の価値を作らなければならないのだ。

こういうと,「演奏家だって生演奏という価値を生み出している!!」という反論が聞こえてきそうだ。もちろんわかってます。僕はクラシック音楽愛好家なので,生演奏に魅力を感じています。でも「生演奏は素晴らしいのでサブスクで聴かずに演奏会に来てください!」という売り方をしたとしても,多くの人は,「わざわざホールまでいって中の上くらいの生演奏聴くより,自宅のスピーカートッププロ演奏聴く方が楽だよな…」と考えるのではないだろうか。コンサートホールまで往復2時間かかるし,演奏会って夜ご飯時間丸かぶりだし,拍手するタイミングとかマナーとかよくわからないし…だったら家で聞けばいいや,「楽器の上手さ」ならこのCD中の人の方が上でしょ?…これが一般人残酷本音のような気がする。だからこそ,「作品群の連続体験デザインする」というキュレーターとしてのスキルを磨いてはどうか,という提案をしているというわけだ。

また,オリジナル作品を作れる演奏家も強いと思う。むしろこっちの方がわかりやす価値提示でき,周りと差別化できるような気もする。「他者作品再現」や「生演奏」以外の価値を生み出す上で手っ取り早いのは作品を作ってしまうことだ。もちろん,他の作曲専業の人々と張り合うような作品を作るのは難しいしむしろ得策ではないので,毎回演奏するアンコーピースだけ作るとか,曲間に即興演奏を入れるとか,そんなことから始めてもいいかもしれない。

ちなみに,「自分作品を持った方がいい」と言っているクラシックサックス演奏家出身の僕自身作品を作っていないのはなんか説得力がないと思ったので,最近気が向いた時に曲を作っています

https://content-calpoly-edu.s3.amazonaws.com/english/1/webform/gratis-hd-soul-pelicula-completa-en-espanol-latin.pdf

https://content-calpoly-edu.s3.amazonaws.com/english/1/webform/gratis-hd-wonder-woman-pelicula-completa-en-espanol-latin.pdf

https://content-calpoly-edu.s3.amazonaws.com/english/1/webform/gratis-hd-Los-Croods-pelicula-completa-en-espanol-latino1.pdf

https://content-calpoly-edu.s3.amazonaws.com/english/1/webform/gratis-hd-Mujer-Maravilla-1984-pelicula-completa-en-espanol-latino1.pdf

https://content-calpoly-edu.s3.amazonaws.com/english/1/webform/gratis-hd-Mujer-Maravilla-1984-pelicula-completa-en-espanol-latino2.pdf

https://content-calpoly-edu.s3.amazonaws.com/english/1/webform/gratis-hd-soul-pelicula-completa-en-espanol-latino.pdf

https://content-calpoly-edu.s3.amazonaws.com/english/1/webform/gratis-hd-soul-pelicula-completa-en-espanol-latino2.pdf

2021-01-14

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世界が今年のベスト(#AOTY2020)を出す中、11月ベストです!今年中に年間ベスト来年1月中に2020年12月ベスト書く予定、まだまだ2020年は終わらない終われない!

Sankofa Season / Andrew Ashong & Kaidi Tatham

Kaidi Tathamが大好き人間なので、もちろん最高でした!クラブジャズ〜ブロークンビーツの良さの一つに、打ち込みで肉体的なフレーズ再現しようとした絶妙違和感があるのですが(あくま個人的感覚です)、もれなくその魅力が炸裂する高密度の異形ジャズ空間即興性があるけれど時間軸は繰り返されていそうな不思議さというか。「そんなフレーズ突如ユニゾンするの?」「このキメで合うの?」みたいな。

Andrew Ashsongのソウルフル歌声でより肉体性とDAW感が混乱し融解していく感覚がたまらなかったです。

Sin Miedo (del Amor y Otros Demonios) ∞ / Kali Uchis

Kali Uchisの2ndアルバムであり、スペイン語として1stとなるアルバムレゲトンラテンポップスを取り入れた所が肝なんですが、個人的には上記の曲のような、ローファイでサイケダウナーでドリーミーにチルい音像が素晴らしかったです。一歩間違えれば悪夢的な濃密さが凄い。

Girls FM / Girls of the Internet

今年頭から定期的に出すシングルが毎回良かったGirls of the Internet、その総集編的なアルバム基本的歌物ローファイハウスという感じなんですが、音数がしっかり少なく、チャラいけれどストイックである絶妙塩梅が良かったです。各フレーズをしっかり作っている印象で、丁寧さがクオリティに繋がっていました。

Small Moments / Dan Kye

Jordan RakeiのジャズハウスプロジェクトDan Kye。思ったより歌中心で、そういう意味だと割とそのまんまJordan Rakeiなんですが、M1"Mogeri"のダークでミニマルトラックが素晴らしかったです。ドープな方向に行ってもダンス・ミュージック的な明るさや開放感があることに、勝手オーストラリア・シーン的な雰囲気を感じました(活動拠点はもうUKですが)。

Muvaland / Cakes Da Killa x Proper Villains

ラッパーCakes Da KillaとプロデューサーProper VillainsとのコラボEPハウスラップを乗っかる「ヒップハウス」が中心。要素としてはディスコラップっぽくなりそうなんですが、両者とも攻め攻めです。快楽的で攻撃的な4つ打ち狂気を注入するCakes Da Killaのラップが最高でした。

The Angel You Don't Know / Amaarae

ガーナ出身シンガー/プロデューサーAmaaraeの1stアルバムAlté(オルテ)シーンの一人ですね。ギターの使い方が上手く、ラグジュアリー&リラクシンな音が良かったです。ウィスパーボイスでフロー感ある歌がトラック含めて聴きたくなるバランスにしていると思います

Ekundayo / Liam Bailey

El Michels AffairのLeon MichelsのレーベルBig Crown Recordsよりリリースされた、ジャマイカン・ルーツを持つシンガー作。曲としてはオールドスクールなんですが、ヴィンテージ的なざらついた音にすることで、むしろ今っぽい感じに聞こえる面白さです。

January 12th / Matthew Tavares & Leland Whitty

元BBNGのキーボーディストMatthew TavaresとBBNGの管楽器奏者Leland Whittyのコラボライブ版。今年3月に『VIsions』というアルバムを出していて、それと同様のメンバーです。即興セッションとのことなんですが息の合い方が素晴らしく、むしろ長尺&壮大&有機的にうねっていくための決め事の少なさなんじゃないかと思ってしまます。ざっくりとスピリチュアル・ジャズ系ではあるんですが、マスロックみたいな瞬間からアンビエントまで行き来する幅広さも魅力でした。スペーシー。

Speak Low II / Lucia Cadotsch

スイス出身シンガーLucia Cadotschに、サックス奏者Otis SandsjöとベーシストPetter Eldhが加わったコードレスドラムレストリオ編成によるアルバム楽曲によってはチェロハモンドオルガンが加わりますが、いずれにせよ支えに回る演奏はなく全員自立。緊張感のある隙間多めの演奏がかっこよかったです。この編成で歌い切るLucia Cadotschがひたすら凄いし、時にはリズミカルに時にはオブリとして動くOtis Sandsjö(今年出たアルバムよかったです)が魅力的でした。

Imminent / The Comet Is Coming

爆音爆圧爆裂!笑っちゃうくらいテンション振り切っていて最高でした。この異様な熱量の中で吹き切るShabaka Hutchingsも素晴らしいし、エレクトロ由来のビートを生々しく再解釈して叩くBetamaxもかっこ良い!そしてそれ以外すべてを司っていると思うとDanalogueすごすぎないかと思うトリオですね。爆音といえば→EDM感に行きそうでいかず、徹底的にハードコアであるバランスが見事!

近況

ミュージックマガジン寄稿しました

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2021-01-13

3DCGアニメを叩くネット民

 3DCGアニメなんて数えるくらいしか存在しないのにね。

 3DCGアニメに挑戦している時点で、いわゆるファーストペンギンと言っていい。

 そこらの人間100人中99人が3DCGでは棒人間さえ作れない。

 棒人間を作れる側の人間でさえ大多数はバ美肉などと称した泥人形を作って喜ぶのが関の山だ。

 3DCGアニメを作れるという時点で、本来はとても大変なことなんだ。

 それなのに、なぜ無産のネットユーザーウエメセで笑いものにできるのか?

 それはきっと日頃から海外産の質の高い3DCGコンテンツを目にしているからなんだろうな。

 どうやら日本が「アニメ」という古臭い手法に囚われている間に世界大分差をつけられてしまったようだ。

 日本3DCGという新しいツールにおいてもアニメ再現することばかりを考えていた。

 そのアニメ常識というのは単に慣れ親しんだだけというだけのことでしかない。

 今の若い世代は生まれた頃から3DCGに慣れ親しんだ世代だ。

 だのにアニメしか受け付けない老い世代が「これはアニメじゃない」と反発する。

 新しいことに挑戦しようとする人達の足を引っ張る。

 さらには古臭いアニメユニーククールで新しいことであるとすら思っている。

 この認識の違いはどこから来るのか?

2021-01-12

落花生ピーナッツバター作った

千葉県在住の母は、贈り物といえば八街落花生を贈る。

正月になると、私にも必ず一袋くれる。

しかし、殻付き落花生ってそんなに消費しないんだよね。

いつも残ってしまう。

去年の落花生がまだ残っていたので、今年の分と合わせてピーナッツバター作ってみた

アメリカに住んだ時、スーパーにはピーナッツバター自販機があり、バーを押しただけ出てきて量り売りをしていた。

その場でブーンと回転音がしていたので、出来上がりのものが入っているわけではなく、その時にコーヒーを挽くように出来立てが出てきている模様。

あれがおいしかった。

日本で食べたことがある瓶詰のものは甘すぎ、硬すぎだったけど、

全然甘くない。ちょっと塩気があってしつこく感じない。あと柔らかい

アメリカ人の友人が、「日本ピーナッツバターは違う」といってわざわざアメリカから送ってもらっていたけど、食べてみてその気持ちがわかった。

それを再現たかった。

ミキサーがないのでブレンダーでしばらくブンブン回してみると、ねっとりしたピーナッツバターになった。

美味しい。これが食べたかった。

前に作ったときには大量のピーナッツ粉になってしまったのだが、おそらく回転時間が足りなかった模様。

摩擦熱でバター状になるらしい。

マフィンを切らしているので、買ってきたらべったりつけて食べる。

うまくいってうれしかったので、増田にて報告。

2021-01-11

anond:20210111130145

カセット時代ドット絵ブラウン管のにじみ前提でつくられてるから

そのままのドット絵移植しても当時のグラフィック再現されないよ。

スマホ移植版のクロノ・トリガードット絵適当フィルタかけてぼやかしたせいで

オリジナルドット絵の美しさが損なわれたと批判を浴びたけど、

フィルタ外したら外したでマップタイルの継ぎ目が連続していないのがくっきり見えすぎて、

非常に違和感のあるグラフィックになってしまった。

レトロゲームレトロなまま楽しみたければ実機とブラウン管テレビを確保しておいたほうがいい。

anond:20210111124746

もう1年は持たないから同じことを繰り返す余裕はない

政府が金を出さないなら、失業者が街に溢れかえって昭和大恐慌再現だわ

anond:20210111105823

普通バグを見つけたら、そのバグを直撃で呼ぶコードをわざわざ短く書いて、それをテスターに渡すことで再現をしやすくするのは常識

というか、相手が悪いというためには、再現用のコードを添付するのは常識

あいての手元でそのとおりバグが起きて、はじめて、あいてが、本当だバグだと認識する。

おっさんが、ただしいことをしていると、つぎつぎと言われても、

からおっさんが正しいといってるだろ

そのコードメーカーに送るとメーカパッチをあててくれて、感謝状が届くという仕組み。

2021-01-06

不可抗力で裸になる作品

・『星の銀貨

童話及び絵本

献身的少女が乞われるままに持ち物を分け与え、最終的に着ている服まで与えてしま全裸となってしまう。

なお、『ドラえもん』でもこの童話再現する演劇を行うエピソードがあり、しずかが全裸となっている。

・『マウス・ハント』

コメディ映画

製糸工場で服を機械に巻き込まれ登場人物全裸となってしまう。

四方八方かの機械から服を引っ張られ、身動きが出来ずになすすべなく絶叫した後、場面転換ののち完成した糸玉で体を隠しながら工場事務所へ逃げ込む。

・『名探偵コナン

漫画及びアニメ

灰原哀の着ているセーターがほつれ半裸となってしまう。

セーターのほつれがひっかかったまま車が動き出したことにより、トラックの荷台にいた灰原の服がほどけ始める。

・『武装錬金

漫画

相手身長を縮める》という能力攻撃を受け、小人サイズとなってしまう。

その際に衣服だけ元のサイズのまま残して攻撃者の胃の中へ潜り込んだことから全裸となったと思われる。

一応クリスチャンだけれども聖★おにいさんは大好きだよ

[B! 宗教] 土偶 on Twitter: "『聖★おにいさん』を現時点で出ている単行本全てを読んでいる。その中で気付いたことが幾つかある。"

こちらに関連しまして。少なくとも私は楽しみましたし馬鹿にされたと思ったことはないですね。

読んだのは相当昔のはなしです。

「この漫画がすごい」で名前をみかけたのが最初出会いだったと思います。その直後に日曜牧師をやっている友人から押し付けるようにその漫画を渡されました。「面白いのに勧められる人がいないんだよ。クリスチャンじゃないと面白さがわからいからさ」と彼は言います。「そんなことないでしょう。その漫画たぶん有名だよ」と私は言いましたが彼はそんなはずはないと強く否定しました。

家に帰って読んで泣くほど笑いました。でも確かに彼と同じ感想を抱きました。これはクリスチャン仏教徒向けに書かれた内輪受け漫画です。対象読者は狭いけれど刺さる人にはものすごく刺さるやつ。なぜこの漫画一般受けしているのだろう・・・? というのが私の正直な感想でした。

キリスト教仏教理解のある人が愛情を込めて描いた漫画だと私は思います

(上記書き換えました: よくない書き方でしたね。すみません

読んだのが昔すぎて内容を覚えていないけれど、思い出せる部分を少しかいてみようとおもいます

霊がハトのように・・・


キリスト教には三位一体といって主と御子と精霊を同一視する考え方があります

グラブルでいえば バハムートルシオ と ビィ君 を同一視ですね(伝わるのかこれ?)

ところで聖書の中に「見よ、いま霊がハトのように天から舞い降りて・・・」という記述がよくでてきます精霊ってハトみたいに降りてくるんですね。みたことないけれど。

それが聖★おにいさんではこうなります

「息子よ・・・」といいながら天のお父様が舞い降りてくる。

見よ、霊がハトのように・・・ってこれ ハトじゃん?!キジバトじゃん!!

ハトのようにじゃねーーーよ!ただのハトだよこれ?!!

お父様、くるっぽくるっぽ言ってるんですけれどぉぉ???!!!

これ、めちゃくちゃ笑えるシーンなのですが、知らない人が読むと単にハトが舞い降りてきただけに見えるのです。この漫画って解説の類を全くしないんですよ。読者に前提知識要求するのです。

やくざの竜二さん

古代世界典型的悪者に「ユダヤ高利貸し」がありますキリスト教ユダヤ派生なので旧約聖書部分は同じです。そして旧約部分に「利息をつけて金を貸してはならない」みたいな記述があるのですね。ところが歴史的経緯からユダヤ人には金貸業を営むひとが大勢いました。このあたりからユダヤ高利貸し」という典型悪が誕生します。日本でいうと山吹色のお菓子を持った越後屋ですね。そちも悪よのぅ。ヴェニスの商人にでてくる「シャーロック」は有名だと思います

もうひとつユダヤ教における悪者を紹介します。ユダヤ徴税人です。彼らは罪人と同じ扱いをうけ当時の社会差別されていました。

さて、これを聖★おにいさんの現代日本移植するとやくざ闇金借金取りたて」になるのですね!このセンスすごくないですか。そしてやくざの竜二さん、イエッサに出会い感激してヤクザの足を洗いイエッサに弟子入りを志願するのです。ひゃぁーーー原作通り!原作通りキタコレ!

イエッサは悪人とされている人たちに寄り添いました。「なぜ悪者たちと食卓をともにするのですか?」と問われて答えたのがかの有名な「迷える子羊のたとえ話」です。

ある人が100頭の羊を飼っていてその一匹が迷い出たとする。その人は99頭のをその場に残し1頭を探しに出かけるだろう。そしてもし見つけたならば迷わなかった99頭よりもその1頭を喜ぶであろう

キリスト教は罪人のための宗教。イエッサは迷える者に寄り添うのですーーーー

いやぁ、原作通りですね!なんか竜二さんの家にご招待されていますよ。徴税人ザアカイかな?いや弟子入り志願しているし、ひょっとして聖人コースじゃね?これ。たいへんだ竜二さんが聖人になってしまう!

このエピソード楽しいのは竜二さんもイエッサもお互いの正体に気がついてないところですね。イエッサは極道ボス勘違いされているしイエッサはヤクザという概念そもそも知らない。完璧にすれ違っているのに聖書再現していくのが面白ポイントですかね。ちなみに竜二さんがヤクザであることがばれてもイエッサは気にしないだろうしそれどころか弟子たちも含めてとても優しい目になるんじゃないかな、という安心感があります。ブッタ様御一行とはちがってイエッサ御一行は、あのね、経歴がね、結構アレですからみんな優しいと思いますよ。あと迷える子羊だいすきだからね。

長くなったのでここで一旦止めます

追記

気分を害する人がいることに無頓着でいたいなら自分気持ちも話さずに消えろって話だ でも私は平気でしたなんてのは傲慢さでしかない

どこかに気分を害した人がいたとしたらそうですね。

先ほどのまとめの発言者仏教徒の方です。雑にいうと「仏教の内容があまり描いてねぇ。日本にはキリスト教徒が少ないから怒られないだけだぞ」という主張です。

絶望したーー!!生者の声を勝手に代弁するダメイタコ絶望したーー!!

言いたいことがあるなら自分の口で言うんだ。俺は聖★おにいさんが嫌いだというんだ。勝手クリスチャンのせいにしないでくれ。

どこかに聖おにいさんに気分を害したクリスチャンはいるでしょう。彼らが自分の口で語り、それに耳を傾けるのは意味があると思います。でもダメイタコはやめませんかね?あまりにも不毛ではないですか?

私はこの作品を嫌いだという人を否定しません。作品感想に正解はありません。あなたはこの作品が嫌い。私はこの作品がすき。これで話はおしまいです。

[追記2]

すみません、返信できなくなってきたので星のついてるコメントだけです。

cinefuk 増田だって「聖★はクリスチャンママに見せても怒られない」とは思わないだろうし、あえて見せようとはしないだろうね。BL漫画じゃないけど、安彦良和イエス』は面白かった https://manga.line.me/product/periodic?id=716781

すみませんちょっとよくわからない・・・ ママに見せると怒られるんです??

漫画紹介ありがとうこれはすごいーー!本格的ですね!今の環境では解像度おかしくて文字が読めないのであとで落ち着いて読みますありがとう

sawaglico 前提知識あった方が楽しいよね。昔宗教美術を習ってた知識のおかげで面白いと思った。キャラテンションについていけなくなって脱落したので、最近ネタ切れ感とかはわからないけど。

ひゃーーー すごい人きた!! 美大の方ですか?

minamihiroharu 「絶望したーー!!生者の声を勝手に代弁するダメイタコ絶望したーー!!」 ここでちょっと笑ってしまった。

ごめんなさい、絶望先生ネタです。ダメイタコ©久米田康治先生です。よろしくねがいします。ちなみに「主語の大きい人」も久米田康治先生です。なぜかこっちだけ有名に。

あと私は腐女子ではないです。ごめんなさい。でも友人に腐女子の方はいますし、特に禁じられているという話は聞いたことないですね・・・? うちはプロテスタントなのでゆるゆるかも。牧師さんだって結婚するし酒飲むしタバコ吸いますカトリックだとどうなのでしょうね?

2021-01-05

コカ・コーラの「オリジナル テイスト」の意味

コンビニで買った500mlペットボトルコカ・コーラのラベル

ORIGINAL TASTE」って書かれてたんだけどこれはどーいう意味

「今まで売ってたものじゃなくて昔のコカ・コーラの味を再現しました」という意味なのか

コークオリジナルは他のものじゃなくてコカ・コーラですよ」というただの宣伝文句なのか。

今日飲んだコーラはなんか味が違う、と思って気になった。

あと、コーラに「砂糖」って入ってたっけ?一時期は果糖ぶどう糖液糖だけじゃなかったっけ?

anond:20210104215028

理系はまず基準を整えるべきだと思うけれども如何か。

・【教育者が考える優秀な人】:何の教育者で考えるとは何を基準化したもので、優秀とはそのうちの何割なのか。

二次試験思考力を問い、1次試験で処理能力を問うてるらしい:一次二次文字が違う意図と順序が逆な理由、その「力」とは具体的に何がどれだけ出来ることなのか、その問われている基準得点か偏差のどの部分を問うているのか。

・ぼくがネットで調~い理由個人が行ったことが個人として特有でない事を前提としないと他の人がそれを同じにできるわけがないがぼくというのはどの広義の平均を言っているのか。

教育レベル知識:他に何のレベルがあり、それらは段階としてどれだけあり、羅列していくというサンプル提示がそれらすべてなのか、結果を出して報告することなのか。

詰め込み教育~できんかったのかな?:何の話をしているのか。詰め込み否定からゆとり成果物エンタメとか意味不明。「でした」「ありました」と成果をあげることと成果物の差は、エンタメとは「人が興味をもつ事、楽しいと感じる方法」のことであればその対象付与されるべき装飾は結論について何らかの意味もつのか。

・けっこう大事観点:なにがどうどの分野において重要視されているのか。

ゴリゴリヘンタイだったり、マニアックな形で知識を使ったりしててユニーク手段特殊であっても導かれる答えは有用であり一般的なはずだが、手段について特殊性を先述のエンタメや新しいものにする必要はない。伝統的な同じ数字記号しかできていないし公式の利用も同じで充分。用途にあわせて意外性を発揮することを創作と同じ未定義空想仮定を織り込むのはそんな妙な表現でするものではないはずだが。

知識の使い方や見せ方を面白くできる人:継承には必要かもしれないが実質的知識を利用するのは結果を出すことであって、当人特殊性を評価するものではないはずだが。


他にも多く訳の分からない文章はあるけれども、最低限これらは定義していただかないと、妄想小説とかわらないのではないか

文章雰囲気から高校教育についての議題で高校教育教育者が行っている教育内容について「教育者」が登場しそれらが考えている基準かのように見えるが、試験についての意見を述べているようなので「大学受験を採点する位置にいる教育者」の話のようでもある。

それらが混在するのであれば教育者に番号を振ってどの教育者問題なのかを明確に分ける必要がある。化学物質の水溶実験をするのであればその触媒にもとから混在している物質ができるだけ少ないほうが結果を再現たかくできるし要素を明確にしていたほうがそれをまとめて情報化したとき再利用できる情報として利用できる。

試験で何を問われているのかしらないが、問うからには答えを返す受験生がなにかの解答をしているはず。能力を答えるわけではないだろうという事から能力を測定できるなんらかの結果を返しているはず。思考の力や処理の力とは何を指しているのか。

学校教育で覚えた定型公式や基本構造の骨子を変えず代入する値や求めるべき結果の状態を変えて記憶したもの再現させる数学問題などで途中式や結果の正誤を採点している現在様式についてなんらかの問題を提起しているのだと思われるが、学校教育記憶とそれを応用する1場面中の注目点以外に採点基準があるのだとしたら、思考の力や処理の力とは何なのか。

後半は導かれた結果が、いか大衆受けする身近で理解が容易く期待をさせ購入や投資などなんらかの行動を喚起するような表現方法をする必要性が書かれているようだが、人間の関心や行動が具体的にデータになっていないのではそれらがどれだけの割合で影響しているのか、人数以外では測定のしようがない。

人数で行動原理が測れるなら人に迷いはないはずで、そうなれば買い物や事故犯罪について統計から正確な予測ができるはず。人の行動が予測できないためそんなものは出来ていないのはエンタメや新しいものというのは成果物評価とは別のものだということになるが、そのいう教育とは一体なにを指しているのか。


文系ならば一旦理系のように、準備するものを紙に書いて一覧にしてほしい。

実験材料を用意するのと同じである

東浩紀氏のようにゴリゴリ文系言葉世界を創るとか、準備なしでその場で言葉にするライブ動画での音声で知がどうのといった頭のおかしい事を言うそれの様に、その場で言葉で言ったから、先に言った通り、他の誰かの言葉を借りるなら、という構成では結果は再現性も再利用性もなくその場にそれが存在したというだけの証明しかならない。

まず準備した要素を並べて合わせて、結果がでたのならそれら1要素ずつを組み合わせて得られた結果に有用性のあるものを残していった結果がどうなるのか。

理系であるならば、答えを導くための要素を準備の段階で精製し、再現率が高くなるように合成の手順を単純化し、得られた結果から従来の手段や結果にどう利用できるのかを文章にすべきだろう。

教育者免許をもたないもの幼稚園保育士も含むのか、考えるとか優秀なとは日常的な接触を含むのか具体的な試験のどれの得点を指すのか、それらをどのタイミングでどの部分を変化させれば現在に発生していない結果が得られるのか、それを示すべき。


いまの文章では砂場泥団子や砂山をつくって、自分は城が創れるのだけれどもなぜみんなこんなものができないのか、これからはこういうのが大事

と言っているのとさして変わらない。



理系として科学的に必要文章

どの成分のどんな素材をつかって、どういう経緯を経ればどんな形を形成することができるのか、それは何に応用できるのか

そういうことではないか

以上で凡そお分かりの通り、文系理系にもどちらかよりに中間の者はいると思うが、それらが大きく異なる点がある。

それは「否定で語る」か「肯定で語る」かである

理系の分野において否定をもって何かを成立させようとすると無限否定の要素を永遠に試し続けなくてはならない。

そんな不毛なことを最初からする人間などいないのだ。

できない、しない、たりない、ならば、できたことを、してみて、たしていく、をするだけだ。

理系なのであれば、各種定義肯定されるべき、いやもう要素の定義だけでもいいのですべきだと思うが。

2021-01-04

ベイマックス』を見て日本クリエイティブは完全に死んだと思った

さらですがディズニーの『ベイマックス』を見ましたよ。ええ。

CM予告編を観たときは「まぁ、ディズニーの子ども向け映画だわな。退屈はしないけど飛び抜けた部分はない75点の答案だわ」と思っていたんですよ。作品で言うと『ライオンキング2』みたいな。

それが見てみたらズッコケました。限りなく100点に近い答案なんです。

しかも、表現として尖った部分が何もない。驚異的な映像が詰め込まれているわけでも、作家狂気があるわけでもないし、アッと驚くストーリーテリングもない。なのに、頭からお尻までワクワクする映像が続くんです。

 

「あっ、日本クリエイティブ終わったな」

 

そう感じました。だってスタッフの中には天才って一人もいないと思うんですよ。秀才集団。それが勉強勉強を重ねて、頭に汗をかいて、切磋琢磨して物凄いものを作ってしまった。彼らは「チーム主義」でモノ作りをしている。だってスタッフロールに脚本家20人もいるんですよ。

それに比べて、日本は「作家主義」で作っているんですね。宮﨑駿や庵野秀明細田守カリスマと崇め立てて、彼らの手足になるようなスタッフを配置して、彼らのイマジネーションを忠実に再現していく。

それがクリエイティブの正解だって、みんな思っていました。作家主義じゃなきゃ尖った映画なんてできない。民主主義的にモノ作りしたって、誰にも刺さらない凡庸作品が出来上がってしまう。

ちょっと前までのディズニー映画ってそうでした。刺激の何もない砂糖菓子のような、甘っちょろい子ども向けの映画無難で、可も不可もなくて、つまらなくはないんだけど、心に何も残らない映画。うるさい日曜日のガキを数時間黙らせて、疲れた親御さんがぐっすり眠るような、そんな映画。夕食までの時間を埋めるだけのデートムービー

チーム主義なんてくだらない。作家主義じゃないとすごい作品はできない。『崖の上のポニョ』や『かぐや姫の物語』、『ほしのこえ』のような刺激的で面白い映画は、ディズニー未来永劫に渡って作ることはできない。誰にも邪魔させず天才作家想像力を最大限に発揮させることが、良い作品を生む出す唯一のプロセスなんだ。

それがすっかり覆されてしまっていた。彼らはチーム主義で「どうやったら面白いか」をみんなで必死に考え、ダメな部分を補強していく。日本作家主義なので、監督長所を反映した尖った表現をやるけども、短所露骨作品に出してしまう。ディズニーはチーム全員で短所を埋める方法を見つけてしまった。作品長所も潰すことなく。

 

もう完全に終わったな、と痛感しました。ジブリ映画脚本イマイチなことの、もう言い訳しようがない。ストーリーテリングを切り捨てたからこの躍動感があるんだ、なんて言えない。少なくとも今あるアニメーション会社のすべては、ここまでの仕事はできないでしょう。一人の天才に寄りかかった表現を続けている限り、日本は終わりです。作品短所をチーム主義で補える体制を作らないといけません。でも、すっかり組織ができあがった今の状態では無理でしょう。

「それはおかしい」と思う人は教えてください。日本アニメーションがなぜ世界市場に打って出れないのかを。私は作家主義監督短所作品に反映させてしまうからだと思いますあなたはどう思いますか。

紅白雑感/前半

事情リアルタイムで見れず週末にNHKプラスで観た。

OP

透明ディスプレイの使い方が上手い。映像が宙に漂っているよう。

2年前のOPムービーは良かった。コロナ禍の影響で出演者は別撮りにするしかないにしてもああい路線はできないものなのか。

ユーミン湯山玲子みたい。

二階堂ふみデヴィッドボウイみたいな服。

大泉洋って意外とスタイルいい。

番組客観性を持たせるという意味サブちゃん顧問位置に座ってるのは個人的に賛成。でもサブちゃん話してるとき加藤一二三みたいだななんか。

いきなり三連ちゃんは各スタジオPA調子が実際に放送してどうなのか確認たかたからか?

やっぱりはじめてことで混乱してるところがあるのかも。

キンプリ

いつもいい曲あてがって貰ってる。衒いがないけど耳に残ってきれいにまとまったポップス

平野紫耀ピッチが甘い(違和感あるほどではないけど)が声質で誤魔化されてる。ハスキーボイスに細かいビブラートが混ざってくる感じが初期の森進一ぽい。

実は弱ペダに出てた人が一番上手いのではないかコーラスパート担当だったけどうまく溶け込んでる。

foorin

メインボーカル男の子変声期できつそう。でも当てふりにすると空々しいだけだから歌うしかないのか。

ワイプ芸でアイドル連中が賑やかしになってた。こういう時にジャニーズ勝手がいい、だから重宝されるのか。

山内惠介

氷川きよしの大幅な路線変更で後釜っぽい見られ方してるんだろうな。

「肌が合う」と生々しく歌った後で「惚れたねほの字だねほっほー」とぶりっ子かますの、ファンからはどう写ってんだろう…

milet

SME推してる若手実力派女性歌手ってAimer、milet、Uru辺りだと思うんだけど、なんで他2人と比べてキャリア浅いmiletなのかな?と思ってしまった。

歌唱力は申し分ないのはいうまでもないんだけど。

今年のAimerは「SPARK-AGAIN」が、Uruは「あなたがいることで」が結構ヒットしたのに、miletが披露したのは去年リリースされた曲だしなあ。

AimerUruミステリアスキャラテレビ出演は慎重だし、キャリアがある分序盤の枠だと声掛けづらいとかそういう事情なのだろうか。

ただ観客がいないだだっ広いホールの真ん中でレーザーに照らされながら歌う様はMV再現のようでなかなか見応えがあった。

審査員紹介と審査方法説明

オリンピック大河/朝ドラに全フリしたような人選。しゃべりは芸人に任せてる。

今回はサブちゃんと徹子にどう相手するかが一つの課題だったのか。

南キャン山ちゃんチコちゃんに恐々と相手してるのじわじわ笑えてくる。

審査方法は今回データ連動を利用した視聴者投票のみ、視聴時間に合わせて投票数が変わる仕組みで大泉洋も言っていたがよく考えたものだ。

アイドルオタクは推しのために興味のない演歌ちゃんと見ろということだ。

坂道

「今年は踊らないの?」って件をウッチャンがめんどくさそうにあしらってるのが一番印象に残った。

あいう、場の勢いでやってみたら上手く行っちゃって後々ややこしくなることってままある。

今年はNiziUと坂道グループが対比される構図だったけど、振り付けとか曲そのもの難易度はそんな大差ないように見えた。ただちょっとNiziUのほうが丁寧。

秋元康歌詞ってイケイケどんどんで人を励ますような描写が少ない。AKBや坂系に限れば「働け、進め、若くて可愛い子に惚れた」ということしか歌ってない気がする。

日向坂46

イントロがあってAメロがあってBメロで溜めてサビがきて、で、それぞれ律儀にキーリズムパターン変えてて」っつうJ-Pop特有歌劇調のスタイル通用しなくなってきたなと思う。「夜を駆ける」も「香水」も「Make You Happy」も実はループミュージック構造を成していて、リズムパターンコード進行を大きく変化させないクラブヒップホップミュージック方法論に従っている。ダンスが身近になったりSNS拡散馬鹿にならなくなった今だとそういったどこを切り取ってもさまになるスタイルがどんどん主流になりつつある。J-Popらしいコテコテの曲は「紅蓮華」のような映像作品とのタイアップか、デート雰囲気作りにちょうどいいバラードしかみられなくなり、そのうち今の演歌のような「中高年向け音楽」という扱いになるかもしれない。

桜坂46

スカートの裾を振り上げる振りは衣装が独特な造りだから出来ることで、こういう衣装意匠振り付けが連動していたりするのがかっこいい。

サビの「No!no!no!」の裏で被せられてるシャウトの声は誰なんだろう。いい声してる。

Hey!Say!JUMP

だんだん大泉洋に対するウッチャンの態度がやさぐれてきてるけどどうなるんだこれから

演歌歌手でもないのに往年の代表曲歌わせられるのは陰りが見えてきたサインかもしれないんだよな…

Ultra Music Power」歌うとき知念の声が年々伸びなくなってきてるのが切ない。

タオル回してるとき大泉の顔。

八乙女光ってEXIT兼親に似てるよね?入れ替わってもしばらく気付かれなさそう。

リトグリ

こういう若い女の子が集まってるグループで1人欠席があったりするとなんか不穏な気持ちになる。

SixTONES

SnowManは欠場。いつ誰がコロナ感染してもおかしくないかNHKプロデューサーはこの2、3ヶ月肝を冷やしてたんだろうな。

大泉洋松村くん推し

水森かおり

篠原ともえには悪いけど、Perfume(ライゾマ)の演出かに見慣れちゃった今はただでかいだけじゃ白けるんだよな。

もう普通に歌わせてあげたって。

GENERATIONS

尼崎ヤンキー数原くんはこの王子衣装をどう思ってんだ。衣装合わせのときに「キンプリと間違えてんのか?」って愚痴ってそう。

純烈

無観客ライブでエア握手してる紹介VTRからして可笑しすぎる。

良心存在であるウッチャンですら吹き出ししま衣装センスはどうにかならなかったのか。

背景映像はあつ森意識したんだろうか。

SMAPメンバーですらドアップきついときあるのによくこんな煽ったカメラワークをやるな。

エース格の人ってこんなココリコ遠藤ぽかったっけ?

最後の紙吹雪できっちりオチがついてた。いいコントだった。

坂本冬美

洗練されたコードや譜割に独創的な詩世界シンプル衣装舞台演出が曲の完成度やパフォーマンスを際立たせていて良かった。だからこそ最初の寸劇は蛇足に感じたけどこれはご愛嬌か。

坂本冬美はかっこいい老け方してる。ツンデレ温泉宿女将とかやたら頭のキレるベテランパートみたいな役どころでドラマに一回出てほしい。

Kis-My-Ft2

10年前くらいの洋楽でよくあったEDMみたいだけど、もはやキスマイはそういう歌を歌う集団って僕は納得してる。

中継主体であることで民放特番ではよくある局内を練り歩く演出が今回採用されたのは面白かった。

天童よしみ

何歌うかとか演出がどうだとか本調子かどうかとかそんなこと関係なくただ出てくれるだけで満足できるか?そういう安心感があるか?っていうのが大御所か否かだと考えている。

その中でも今回トップクラスにホッとしたのは天童よしみの出演シーンだった。

もう天童よしみが歌うならば知らない曲でもジャニーズねじ込みがあってもなんとも思わない。

さだまさし

さだまさしライブ後にNHK生放送フリートークするのを見てる人意外といるよね。

さだまさしの歌を聞くと毎回「力抜いててこうも声が通るものなのか」と感動する。中音域ちょっと歪むのもかっこいい。

乃木坂46

やっぱりJ-Popらしい転調をだんだん耳が受け付けなくなってる。音像はがっつりサブベース聴かせてて海外メインストリームと混ぜても聴き劣りしないレベルだと思うんだけど、なんだろう。

小室哲哉に全く触れられてないのがどうしようもないけど悲しい。

鈴木雅之

鈴木雅之を嫌いな人ってあんまいないだろうけど、かぐやから入って「夢で逢えたら」とか「ロンリーチャップリン」知らない層もやっぱり一定数いるのかな。

意外とジャスチャー激しい人だったのに今更気が付く。

ディズニーコーナー(?)

毎年恒例の子ども向けの配慮コーナーだけど当の子どもに支持されてるかは疑問。

歌ってるとき二階堂ふみのすごく努力したのはわかるし見応えあるけど本職の人にはやっぱり敵わない感じ、歌手になる夢に挫折する「エール」の役どころにはまってたな。

五木ひろし

山河」書けたんだから堀内孝雄天才なんだ。

いずれは誰かに歌い継いでほしい。

後半に続く。

https://anond.hatelabo.jp/20210104091644

2021-01-03

anond:20210103164306

お母さん=食堂だと感じたの?

お母さんの作るようなもの再現する食堂だと思うけど。

それに比べてatmなんてのは使い古された父親に対する蔑称よね

東京をなんとか疎外したい

俺が天才ゲームクリエイターになったら現代日本舞台にしたオープンワールドをつくるんだ

そんで東京だけ隕石が落ちて完全に消滅してる設定にする

他の都道府県の名所や名物は完全に再現しつつ、東京だけはただのクレーターとして表現する

劇中でもほとんど言及はされない 首都大阪で上手く回っている、東京?ああ、あったなあそんな街、あのときは残念でしたね、終わり

そういう作品をドバドバ出せる能力がほしい

とにかく東京以外をバンバン魅力的に描いて、東京だけは何があっても一切描かない

各国の首都テーマにしたシリーズ日本以外全部の国で出す 45道府県完全観光ガイドを著す 

くそったれ

現代を広く歩き回れるRPG少なくない?

ポケモン、好きなんだよ

何が好きって、結構まっとうにRPGしてるのに舞台現代社会っぽいところ

道路網とかどうなってんのかわからんし全体的に謎の多い世界ではあるんだけど、建築様式とか服装とか文明度とかが完全に現代なので、気持ちとしてリアル冒険してるような感じがする

そんで舞台が広い デフォルメされた世界冒険する古式ゆかしいRPG文法踏襲してるので、一作に街が10個弱くらいは出てくる それがいいんだよな

現代風の世界で街を複数回れるゲーム、意外と全然ない気がする

ペルソナなんかはだいたいひとつの街をずっと舞台にしてるし、どっかよそに行くにしてもそれは修学旅行みたいなイベント一時的に訪れるだけ 自分の足で行ってる感じがしない

案外妖怪ウォッチとかやってみたら冒険あんのかな?でもアレもひとつの町内で冒険してるイメージがある アレは逆にリアルすぎるというか、こぢんまりしすぎている

そう、世界リアルになるとスケール感が小さくなるんだよなあ!現実の街がゴミゴミしすぎてんのが悪い 現代の街をリアル再現なんて都市ひとつですら無理そう

やっぱポケモンくらいがいいんだ あの感じのゲームが俺はやりたい ほどほどのファンタジー成分、なんとなくリアル感もある街!それが複数

マジで他に思いつかん

現代を旅できるゲーム、ないんか

緊急事態宣言はそろそろ出る

相変わらず去年をなぞってるだけだ

知事が国に要請して、国が一旦渋ってから仕方なくやる流れ

そこまで再現する必要ある?

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