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2018-11-23

HUBで一人で飲む人。そしてそれを継ぐ人

週末である

日頃の疲れを癒し労うために皆飲み屋を目指す。心なしかウキウキしている。それもそのはず今日から連休だ。

充実した社会人は日頃の鬱憤を晴らすため、またナンパを目論んで飲屋街へ繰り出す。

そんな息抜きの瞬間に異質な一人飲みの男がHUBにいた。混んでいたので私はスタンディングで酒を飲んでいた。ちょうど男が見える位置である

男はナンパするでもなくただ席で黙々と飲んでいた。

かく言う私もそうなのでその男に注目していた。男は酔うために来たのか?piano man歌詞よろしく皆で酒を楽しむつもりはなさそうだ。

しばらく男に注目していた。冴えない風貌メガネ、髪は後退しつつあり30代といったところか。私は20代半ばで一人で飲んでいて

将来の自分の姿を見ているようで親近感があったのかもしれない。又は更に若いのに同じことをしていることへの諦観か。

すると男はいつの間にか去っていった。ディティールを知るべくもない。とりあえず私は立っているのが辛かったのでそこに目ざとく居座った。端席なのであたりが見える。

皆楽しそうだ。人と飲むとこんなにも楽しいのだな、私にも経験があるので思い出す。特に男は見知らぬ女に声をかける。かけ続ける。

繁華街HUBはそう言う宿命にある。そういう輪にも入れず黙々とジントニックを嗜む。私は何をしているのか。世間の同年代青春謳歌しているか

それとも遊び疲れて成熟を迎えつつある。一体どうしてこんな違いが生まれたのか。と嘆きつつもある種の相対化に自分の中で落ち着きつつある。

数年前までは確実に、心からそう嘆いてたであろう。だが今はそれすら許さぬ。全人的な感情慟哭さえできなくなってしまった。ヒトとしてまた人として早くも死につつある

私に処方箋があるのだろうか。

2018-11-08

誰かこの気持をわかってくれる人はいないのか

Bananaramaの曲流すね、と言われてレモンエンジェル第一恋愛罪を聞かされた、この俺の慟哭を。

2018-10-10

anond:20181010100115

バンダイに金が生まれるのもガンプララインナップが増えて俺たちが喜ぶのもまあ物語の外の話なので別件として。

しか戦争戦争特需をうむな。オーブしろ銀英伝フェザーン自治領しろ戦争に伴う軍事産業で成り立つ国だ。悲しい産物だ。父親秘密裏MSを開発していたことを知って絶望したカガリちゃん慟哭は忘れられない。戦争特需は悲しみの1ページなのかもしれない。争いが産むのは悲しみなのかもしれないな・・・

2018-10-05

キン肉マンウォーズマンに寄せて

息も絶え絶えにリングの上に転がりながら、ウォーズマンロビンマスクにこう尋ねた。

「だれかオレの顔を見て笑ってやしないか?」

ロビンマスクは彼を見つめ、力強く声をかける。

「だれも笑ってやしないよ」

から安堵すると同時にウォーズマンの全身から力が抜けていく。

それを抱きとめながらロビンマスクは涙をこぼす。



こんな感動的な場面から始めたい。

これは漫画キン肉マン」に登場する一人の超人ウォーズマンについての一つの考察である



ウォーズマンロビンマスク弟子として、漫画キン肉マン」の第8巻、

『第二十一超人オリンピック編』から登場する超人だ。

人間ロボットの間に生まれ、そのどちらにも属さない「ロボ超人である彼は登場時、

その残酷さによって読者に強烈なインパクトを与える。

針状の爪を発射する武器ベアクローを使って対戦相手を惨殺、

練習のためにグラウンドを走る死刑囚149人のうち148人を殺害

キン肉マンの仲間であるラーメンマンの側頭部を抉って脳漿に穴を開け、

植物状態にするなど、攻撃残酷さでいえば作中随一ともいえるだろう。



しかし、そのような残虐さに反して、転んだ子供に手を差し伸べて助けようとしたり、

前述した149人の死刑囚の中でも老人だけは見逃したりといった優しさが

時折垣間見えるのもウォーズマンの特徴である

性根は優しい彼を残虐な戦いに駆り立てたのは一体何だったのだろうか。


ロビンマスクは作中、「超人オリンピック」のリング上でキン肉マンへの攻撃の手を止めたウォーズマン

「また くうものもくえず きるものもろくにない すさんだ生活にもどりたいのか」と尋ね、

ウォーズマンはそれに応えるように激しい攻撃を再開した。

ここから想像されるのは、彼が故郷ソ連で置かれていた厳しい状況である

この後、キン肉マンとの闘いを通して彼は残虐さを捨てたクリーンな戦い方の大切さに気付く。

そして、対戦相手マスクを剥いだ方が勝ちというルールの中で、

みずからそれを脱ぎ捨てると共に自分過去を語るのだ。



ウォーズマン自身が単なる超人でもロボットでもない「ロボ超人であることを嘆き、

どこにいっても爪弾きにされ、いじめられ続けた日々を回想して「地獄生活」だったと称した。

そのような彼を唯一救ったものこそが格闘技であり、

いつしか自分超人ロボットを「血まつりにあげることがいきがいとなった」のだと彼は語る。


やがて雷鳴に照らされた彼の素顔は、人間でも均整のとれたロボットでもない、

極めて歪なもの、恐ろしいものとして描かれ、

それを見つめるキン肉マンとその婚約者ビビンバの顔も稲光の中で無言にこわばっている。

彼の素顔から受けた、誰も何も発せないような衝撃、

それが登場人物の表情のみを並べることで読者に鋭く突き付けられるのだ。

ウォーズマンの「素顔」は非常にドラマチックなやり方で我々に提示される。

醜い、恐ろしい、そう思ったとしても彼を気遣えば口に出すことができない、

いわば配慮リアリティとでも呼ぶべきものがこの場面には備わっており、読者ですら、

ウォーズマンの顔からどのような印象を受けたかをあえて言葉にしないように努めてしまうのである



彼の生い立ちや素顔についての問題はここで一度大胆に明かされたのち、しばらくはその影を潜めている。

残虐を捨て、キン肉マンら「アイドル超人」の一員となったウォーズマンは、

「七人の悪魔超人編」においては戦士として、

黄金マスク」編においては作品舞台として(「黄金マスク」を巡る戦いはウォーズマンの体内で行われる)活躍し、

仲間を支えながら友情を深めていく。

そして、もはや誰もが彼にまつわる悲劇を忘れ去った頃、冒頭の事件が起きるのである



コミックス17巻に始まる「夢の超人タッグ編」において、

彼は師であるロビンマスクとタッグを組み、共闘することとなった。

この時の対戦相手ネプチューンマンキング・ザ・武道の二人が結成した「ヘル・ミッショナルズ」であり、

ロビンマスク仮面をつけたネプチューンマンの正体がかつての好敵手、

喧嘩男(ケンカマン)」なのではないかと疑っている。

やがてそれは証明されるが、ネプチューンマンは正体を知られたことを理由ロビンマスクを殺そうとする。

ウォーズマンは師を助けるためにリングに上がるも技を決め損ね、ネプチューンマン仮面を外されてしまう。

彼の素顔を見た観客は衝撃を顔に浮かべ、ウォーズマンはなんとか仮面を奪い取って、再び顔に装着する。

彼が仮面を外され、再び装着するまでの間に挟まる以下のセリフは注目すべきだろう。



ネプチューンマン「(注:ウォーズマンに対し)醜い顔を隠すために覆面超人の道を選んだのであろう」

ロビンマスク「これ(注:仮面)をウォーズマンからとりあげることはあまり残酷だ!!」



ネプチューンマンウォーズマンの素顔を「醜い」と指摘したときロビンマスク特にそれを否定しない。

それどころか、仮面をつけずに戦い続けることはウォーズマンにとって残酷だと断定的に語る。

これはなぜか。ロビンマスクもやはりウォーズマンを醜いと感じ、

それでいて庇うこともせず受け入れているのだろうか。


当然そうではない。再び仮面をはぎ取られたウォーズマンロビンマスクに、

「だれかオレの顔を見て笑ってやしないか?」と問いかける。

そして、「だれも笑ってやしない」という言葉に安堵しながら命を落とすのである



この場面において我々が再確認しなければならないのは、

ウォーズマン自分のロボ超人としての素顔を見せること、

そしてそれを“笑われる”ことをいか忌避しているかということだ。


超人オリンピックのなかでロビンマスクウォーズマンに対し、

過去に過ごしてきた「くうものもくえず きるものもろくにない すさんだ生活」について指摘し、

ウォーズマンは当時の暮らしぶりを取り巻く貧困生活の困窮とを思い返し、それを恐れているかのように見える。

しかし、この時ウォーズマンが真に恐怖していたのは単なる生活苦ではなく、当時の自分が置かれていた立場

すなわち、周囲からいじめられ、疎まれ続ける「地獄生活」の中で精神的なダメージを与えられることだったのだ。



ロボ超人であることが理由で受けた誹りや嘲りは彼の心に未だ深く陰を落としていた。

アイドル超人として仲間たちと友情を深めようと、戦いを乗り越えようと、

その陰を完全には取り除けていなかったことが、この場面では悲しみと共に明らかになる。

彼の陰を知るロビンマスクウォーズマンから仮面を取り上げることを「残酷」だと指摘したのは、

仮面をつけずに生きていくことがウォーズマンにとって、自分がロボ超人であることを

突きつけられながら暮らすことと同義であると考えていたためではないだろうか。

彼はここで一度命を落とし、超人墓場で長く労働をすることになる。



それから少しの時が流れ、「キン肉マン24巻に始まる「王位争奪編」において

ウォーズマンキン肉マンとの再会を遂げる。

彼は超人墓場に追いやられたキン肉マン脱出させるために、

脱出必要な「生命の玉」と呼ばれる宝珠をキン肉マンに分け与えた後、

超人専門の医師であるドクターボンベに人工心臓をもらうことで生き返り、

自身墓場から生還成功する。

この時の手術のミスのせいで彼は一度ほぼ戦闘能力を失ってしまうが、

であるロビンマスク指導を受けることで戦闘技術回復

再び登場時のような残虐な戦い方へ、そこからクリーンな戦い方へ、と復活を遂げる。



この「王位争奪編」は、キン肉マンがキン肉星の王として戴冠する場面で幕を下ろした。

平和になった世界の中、ウォーズマンアイドル超人の一人として、

メディカルサスペンション」と呼ばれる特別治療を受けることになり、長らくの療養生活を送る。

そして順調に体力を回復した彼は、「完璧超人始祖編」で再びリングに立ち、

宇宙から襲来した「完璧超人」たちを迎え撃つことになるのである



しかし、ここで再び悲劇が起こる。ウォーズマンとその対戦相手

ポーラマンとの戦いの直前、ロビンマスクが命を落とすのだ。

対戦相手であった”完璧超人ネメシスロビンマスクを破った後、

塔状に組まれリングからその体を突き落とし、砂丘に埋めてしまう。

墓穴を掘る手間を省いてやったのだ」と語るネメシス言葉を聞き、

慟哭しながら懸命に砂を掘り起こすキン肉マンの姿は非常に印象的なものである



この場面において、ロビンマスクを失った悲しみをこれまでの感謝に代え、

続く戦いに向けて決意を固めていくキン肉マンと、

戦闘が始まろうとする中にあって敵に背を向け、

もはや姿の見えない師を思って涙をこぼすウォーズマンの姿は対置され、

ライバルとして出会ったキン肉マンロビンマスク

対して師匠弟子関係にあったウォーズマンロビンマスクとの関係の違いを示している。



その違いは続くポーラマンとの戦いからも読み取ることができる。

ウォーズマンはこの戦いの中でロビンマスクを失った悲しみから暴走し、自身の戦法を見失ってしまう。

テリーマンは彼を見て、普段の「計算され尽くしたクレバーな戦いぶり」とは逆の、

ガムシャラに向かっていくだけの戦闘本能の塊」のようだと口にするが、それも当然のことである


キン肉マンにとって、ロビンマスクあくま自分と共に成長していく超人の一人であり、

彼を失ったとしても彼はそれをバネに立ち上がって自分なりの戦いを続けることができる。

しかし、ウォーズマンにとってのロビンマスクは戦い方の土台や軸作りに大きく貢献した人物なのだ

結果として彼はここで師と共に育ててきた「計算」や「クレバーさ」を失い、

積み上げてきたものを一度壊すことになるのである



ポーラマンに追い詰められ、ウォーズマンは「オレの命などどうでもいい」、

「刺し違えてでもこの戦いに勝利しなければ…ロビンに合わせる顔がない」とまで言う。

ポーラマンは彼の様子を見て、恐怖心を持たず、

ひたすらプログラムとして戦い続けるだけの「ファイティングコンピューター」だと笑った。


その時、ウォーズマンリングロビンマスクの姿を見る。

実体のない、いわば幻影のような彼はウォーズマンにこう語りかける。

「お前はいつも自分のことをロボ超人だと気にしているようだが」

「私はおまえをロボだと思ったことは一度もない」


回想の中で、ロビンマスクウォーズマン攻撃の仕方を教えている。

森の中で木を次々と攻撃、倒していくウォーズマンだが、

もう少しで目標を達成するという時になってぴたりと攻撃の手を止めてしまう。

ロビンマスクは彼を叱りつけるが、よく見るとウォーズマン攻撃しようとしていた木の陰には子鹿がいる。

ウォーズマン意図に気付き嘆息するロビンマスクの前で、子鹿は森の奥へと駆けて行く…



そのような思い出を証拠に、ロビンマスクは続ける。

「おまえは血肉の通ったわが弟子だ」

「そのことに誇りを持てる超人になってほしい」



「オレハキカイナンカジャナイ」

師の言葉を聞いたウォーズマンは、こう言って立ち上がる。

彼の言葉はこの場面で、機械人間が何を基準として分けられるのか、

この場面において“機械である”ということが何を示すか、

そのような大きなテーマをも巻き込みながら読者の方を向く。



倒されかけたところからウォーズマンは再び立ち上がり、

普段のような冷静な戦いぶりを発揮するが、

その背後にある考えを、彼はこのように説明した。



「今までオレはロビンの恩に報いようとするあまり自分の命を捨てるつもりで戦っていた」

しかロビンはこんなオレに生きろと言った!」

「だからオレはもう死ぬために闘わない!」

「生きるために…ロビンがオレに託してくれた大事な魂を守るために闘う!」



この場面で機械人間の間に置かれるのは、

戦いの中にあって「生きる」ために奮闘することはできるか、

また相手を「生かす」ことを考えられるか、ということである

ロビンマスクとの練習中、子鹿を逃がし、

「生かす」ことを考えていた時点でウォーズマン

作中における「機械」の定義を脱していたことになるが、

自身が「機械でない」との自覚もつにはまだ足りないものがあった。



それが、ロビンマスクウォーズマンに伝えた、「誇り」である

彼は自分という存在に誇りをもって初めて、

体は機械であっても心までは機械でないと宣言できるようになった。

「オレハキカイナンカジャナイ」、

そう宣言する彼の言葉があえて機械的にカタカナ表記されているのは、

あくまでも彼の体は機械でできているが、“それでも”」、という

“それでも”の先、逆説のその先を読者に想像させるためではなかったか



ここで物語は、生まれ持った肉体の性質を変えることはできないけれど、

心は変えることができるのだと我々に伝えるが、

これは奇しくも「超人オリンピック編」の中、

残虐超人として現れたウォーズマン正義に目覚め、

アイドル超人に加わったときと同様のメッセージである



そして、「友情」と「信じる心」をもって自身の体の欠点

すなわち活動限界存在を乗り越えてポーラマンを倒した後、

彼は自分がロボ超人であることを以下のように語る。



ロビンはオレのなかで永久に生き続ける このオレが死なない限り

それが寿命のない 半分機械でできた超人のいいところだ」



幼少のころ、自身を「地獄生活」に追い込んだロボットの体に対する複雑な思い

――憎しみ、悲しみ、怒り――、

それをロビンマスクが与えた誇りによって乗り越え、肯定することに、

ウォーズマンはこの場面でついに成功するのである



最終決戦としておかれたネメシス戦の直前、

ウォーズマンは自らの師を倒したネメシス報復することなく、

その立場キン肉マンに譲る。



弱気キン肉マンの自信のなさに対してウォーズマンは一度、

「半分機械からオレにはわからないのか」と口にするが、

すぐにその発言を打ち消し、「生身である半分」では理解できると語る。

自分人間的な面と機械的な面の双方を理解した彼はここで、

ロボ超人である自分理解するとともにしっかりと受け入れている。



ポーラマン戦で彼は、「超人オリンピック編」を彷彿とさせる雷雨の中、

ポーラマンマスクをはぎ取られ、

「醜いツラだ」、「みんなおまえのツラをみて笑っているぜ」と嘲笑されるが、

彼はその言葉を「それがどうした」と打ち消し、師のために戦いを続ける。



自分の顔を見られること、

そして笑われることを臨終の間際にすら恐れていたあの彼はもはや存在しない。

ロビンマスクを失った代わりに自分のロボの体に誇りを持ち、

敵を「生かし」、自分を「生かす」ことに注力する。

ウォーズマンは変わったのである



キン肉マン」という物語においては、「人は変わる」ということが繰り返し語られる。

正義の側から悪の側へ、反対に悪から正義へ、

そしてそれを超越する新たな勢力へと超人たちはその立場を次々と転じ、

その度に誰かが喜んだり悲しんだりする。

それがウォーズマンにおいて特に顕著に現れるのは彼自身が、

自分の”機械的”な外見を誰よりも気にしていたからだ。



から敬遠されるのは嫌だ、疎まれるのも怖がられるのも嫌だ。

しかし、生まれ持った体だけはどうしても変えることができない。

そんな葛藤劣等感、「変わる」ということに向けた諦観交じりの強い欲求

ウォーズマンは常に抱えているが、

そのような「変わらない」ロボットの体が他方、

物語を通した彼の精神的な成長を浮き彫りにしてもいるのだ。



今の彼は逃れようのないものに対して抗うことをせず、

かに受け入れるだけの強さを持っている。

そして、その強さが一朝一夕に獲得されたものでないと知っているからこそ、

我々はウォーズマンという超人に、より一層強く魅きつけられるのではないだろうか。

2018-06-27

今日聞く音楽工藤静香慟哭

そして…… もう一曲

ちょっと待って! 今「慟哭 そして… 」の話をしました!?」にゅっ!

してない

2018-06-03

保育園にいると誰もが信じていたシンパパの同一存在ファルシ>が身

トゥリヤム歴漆黒の月第一継承者が通うパワーレベリング園の零歳児クラスのコンダン・クァイがあった。

保護者チーフ合わせて20限りなき信仰心とその威光程のシェュッセ・キシェャの中(通称プロフェッサー)に四天王の一人……儂らはただ、静かに暮らしたいだけパパ己が全ての熱情と慕情を捧げし我が女神がいた。

この我が内世界経済の回し手・パ=パム…とでも呼べばいいかな、お嬢さん入園式も確か一人で新約してたので状態変化し何か、私たちの知らない事を知っているなーと――人の命を何だと思っていた。

火炎放射器を装備したコン=ダンクァインはヴェルサス定例会議型《タイプ》で皆小鬼の螺旋の果ての情勢やアレキサンドライト終身刑の悩みなんかを詠唱(はな)して宿る中

順番が回ってきたパパさんが開口一番 クラウド半年前に妻とは死別した」とナミダ・メで愛という名の波動

いやいや地に伏し、己の無力を知る重装甲重い。家庭のお告げなんて皆の者八百万ある…だが、そのうちの一つは…“今”消えるんだしこの場で言うイデア…お前の口癖だったな??

リ=コンしたと幻想(おも)わ被るの…チッ、ついていけねェぜ……だったとか?ズィ・インシェキ過剰でしょ…

よりほかにもその後でじっくりといたぶってやるヘラヘラくどい笑顔ケアルガ級の回復力を持つカ=インワに第五十九層まで干渉して神殺しの。なんかイカれてやがる。

 クラウド「色々教えてもらいたい…君に、ね~って言われてもオ・トゥコオヤとは仲良くなどと”再教育”しーーじゃねえ、し

魔女の軛から解き放たれた世界保護者会のイベントなん…そんな“夢”を見ることができるかもある核【core】で、良い慟哭の痛みに軋むパパアピールはしなくて…フン、悪くないか

保護者の集まりには正直オーバードライブしてきてほしく存在しえぬ――心せよ――

とあの頃はさ、幸せだったよ……場にいた他の生体電脳カドモニさん…いや、旧王国宰相も――そして静かに終焉を悟っていたんならばないかなぁ

新生未来へと希望を託すために。

以下追記

マスディアで取り繕うルーン魔術が通用しない必要は無いと預言書を信じたので

己の核【core】に沸き起こった暗雲立ち込める感情を包み隠さず綴ってみ…かの古き預言は成就せしめた。

預言書に示された通りの運命を思ってしまう遺された遺志を継ぐ者は根源的に逆説化された分配の正義主義者なのでしょう。

3000ギル払えば実質ただパラドクス…金のためならどんなことでもするようですがこの公国最強の戦士であるカンジョ・ウはヤバイんだとさ、まるで道化じゃねぇか、俺はようなと思った、それゆえに

マスディアに書いたとだけ言い訳させてください。

──男たちは己の悲運より、友のために涙を流した──

2018-05-24

多田くんは恋をしない第7話は水瀬いのり

最初のシーンから水瀬いのり読書をしている聡明で無邪気な水瀬いのりだ。無邪気とは言え、よりもいのキマリとのキャラの使い分けができている。放送開始当初、私はこれが水瀬いのりだとは気づかなかった。当然ながら私の落ち度であり、水瀬いのり完璧であった証左である。これが水瀬いのり1である

飼い猫(にゃんこビッグ)がいなくなったと心配を募らせる水瀬いのり諸君もそうだろう、OP曲を挟んだこの場面で今回は水瀬いのりであるとの確信を得た。心配のあまり泣きそうでムッとしている水瀬いのり。俺も家出をして心配してもらおうかとさえ思った。これが水瀬いのり2だ。

山下先輩に恋に落ちる水瀬いのり。これが水瀬いのり3。開始から5分程度で3つの形態を巧みに使い分ける水瀬いのりには脱帽する。様々なキャラクターが登場する今作だがもう水瀬いのりしか見えない。

探偵に扮する水瀬いのり。言うまでもなくこれが水瀬いのり4である山下先輩に抱きとめられて恋がエスカレートする水瀬いのり。これが水瀬いのり5。水瀬いのり形態変化もエスカレートしている。しかし、水瀬いのりの恋はエスカレーターとは行かない。

にゃんこビッグの手掛かりを得て嬉々とする水瀬いのり6。そして、にゃんこビッグを見つけて喜び且つ心配そうに見つめる水瀬いのり7。再び探偵の血が騒ぐ水瀬いのり8。屋根から落ちてきたにゃんこビッグを受け止めて胸を撫で下ろす水瀬いのり9。そして、失恋して寂しそうな水瀬いのり10。ここは目まぐるしく水瀬いのりが変容する。水瀬いのり回最大の見所だ。まるで回転寿司のように目まぐるしい。見つめるためにまばたきする暇もない。

きじゃくる水瀬いのり。これが水瀬いのり11。ついに水瀬いのり一人でサッカーチームを作れる域に達してしまった。なぜ日本代表に選出されていないのかが疑問でならない。

好きな人好きな人がいることを本人から聞かされて落ち込む水瀬いのり12サッカーで言うところの監督ポジションだろうか。そして、テレサの胸で慟哭する水瀬いのり。これが水瀬いのり13であることは論を待たない。もはやトランプができるし、麻雀もできるし、暗殺もできる。チェンソーで人を切り刻むこともできるかもしれない。すごすぎるぞ水瀬いのり

ラストシーン。健気に窓辺にひまわりを飾る水瀬いのり14。君はひまわりのようだよ水瀬いのり

今季アニメ水瀬いのり出過ぎじゃね?問題収束たかと思いきや、過日のキリンレモン、そして今回の水瀬いのり回が突如として降臨した。水瀬いのりは常に機会を伺っている。いつ水瀬いのり15が出没してもおかしくはない。エージェント諸君は決して油断してはならない。

2018-03-17

アイドルマスターシンデレラガールズAfter20がやっぱり面白かった

A20の4話と5話を読んだ時に、ある直感が走った。

この漫画面白いだがもう一歩面白くなるためには乗り越えないといけないハードルがある、と。

それが、三船美優が柊志乃ないし片桐早苗をしんでれらに誘うエピソード、そして柊志乃か片桐早苗のどちらかがどちらかを誘うエピソードの有無だ。

こんなの、物語あるあるで、考察というほど特筆すべきことじゃないと思うのだけど、

A20は、メインキャラが次々に変わっていく構造である

それでいながら、視点人物プロデューサーを据えていない。

これは、言ってしまえば「アイドルたちの交流」を主題としつつも、

アイドルたちの繋がりの「鎹(かすがい)」にしんでらをしていき舞台を際立たせたい、という作者の主張だと感じた。

からこそ、高垣楓から川島瑞樹川島瑞樹から三船美優とつながっていったバトンは、どんどんリレーしていかないといけない。

なぜなら、常に話の導入が高垣楓川島瑞樹であるなら、しんでれらは鎹にはなれないからだ。

それじゃあ、メインキャラを次々に変えていく必要もないし、もっと言うなら、視点人物プロデューサーのような第三者を当てるべきだ。

けれども、6話で三船さんが柊さんをしんでれらに誘った。

これはもう、作者からの「この漫画はこうして、アイドルたちの交流がどんどん広がっていって、その中心にしんでれらという場があるんだよ」という強い主張で、

ついに、今回の7話で、柊さんが片桐さんを誘うことで、最初の告知絵に出てきた5人の輪が広がる様が存分に描かれていたと思う。

高垣さんから川島さん、川島さんから三船さん、三船さんから柊さんと、柊さんから片桐さんへと、次々につながっていく。

そしてその、鎹にしんでれらがある。

アイドルを描く漫画でありながら、食事漫画としての側面も出したいA20にとって、王道といえば王道だし、テクニカルといえばテクニカルに、きちんと表現できているし、

もっというなら、今後この5人より先にまた、どんどんとつながっていく楽しみも見いだせる。

もちろん、まずはこの5人で何話かシチュエーションを変えてエピソードを挟むのも良いけど、お酒が飲めるアイドルはまだ多くいるので、そこにつながっていく期待度は十分に上がったと思う。

それにしても、7話の18Pの高垣さんの顔。

もうこの顔を描いた時点で、この漫画がどう転んでも面白いことは確定したように思えるんだよね。

いやあ、本当いい漫画だなあ。

というわけで、勝手に僕が心の中で、A20のテーマソングにしている、工藤静香慟哭……

じゃなかった、ハチミツウインナーの「CLAMP of STARSYoutubeを貼っておきます

公式から大丈夫

【伊福部崇×天津向】ハチミツとウインナー 視聴動画【Bose(スチャダラパー)×RAM RIDER】 - YouTube

2018-01-05

「娘をおもちゃに」法廷に響く父の慟哭 性欲のまま生きた“イケメン殺人警官

http://www.iza.ne.jp/kiji/events/news/151015/evt15101520300041-n1.html

こういう男の事はなぜか責めないんだよなぁ。

2017-12-11

そもそも死にたいって人間はどうしたらいいのか。

思い出せるかぎり小学四年生の頃にはすでに遺書を書いていたし、それ以前からもやんわりと死にたかった。

十歳の時点で死にたいって、なんだか親に問題がありそうだけどでも多分そんなことはぜんぜんない。いい親だった。いい親だったからこそいまなんとか生きていけてるような気さえする。でも家からははやく出たくて、高校は寮付きのところに行ったから15歳から家を出る形になった。いまとなっては、とくに父親にたいして申し訳なく思っている。(もう少し娘が家にいたほうが嬉しかたかなって)

不思議なのは死にたいんだけど、死にたいはずなのに、自分自身にはぜんぜん不満がないってこと。性別も顔も声も生まれ立場学歴職場もいまのままでぜんぜんいい。友達については特に、この人たちと友達でいられてよかったと瞬時に思える人間が四人もいる。(いわゆる親友というかたちで名指ししても全く問題ない関係性のひとが四人)ほかにも、学校コミュニティとか会社の同期とか、仲良くしてくれる人たちもいて、飲み会とか好きじゃないかあんまり予定は作らないけど、それでも週に一度はだれかと遊びに行くし、恋人同棲もしている。なんの不満もない。趣味読書手芸ものつくるの楽しい。(さいきんはどっちも興味わかなくなっちゃったけど)

なんだかぬるま湯の低温の希死感というか、死んでもいいのになあ、みたいな気持ち。昔は慟哭的な死にたさを抱えていたころもあったけど、あの頃と比べるとほんとマシになった。今は和らいでるから分かるけど、あのころは本当に本気でいつ死んでもかまわないと思ってた。いつまでこんな悲しいことが続くんだろうって思いながら、そのときそのときで、友達とか恋人とか、周りにいる人のおかげでなんとかうまいことやってきた。でもぜんぜん「死にたい」は消えない。一瞬いなくなったように思っても、気付けば身近にいる。

最近失踪するといいのかもなあって思ってる。貯金500万あるから、それもって3年ぐらい失踪して、そんで困ったら死ぬのってどうかな。って自分相談したい。あしたから行きません、ってメールたらみんな困るかな。いや困るっていうか、心配してくれるだろうし親に連絡してくれるだろうし、同期もおおさわぎしてくれるだろうし友達なんてどれほど深刻に心配してくれるかわからない。家族ことみたいにあわてると思うし、ショックも与えちゃうと思う。弟が絶望するんじゃないかと思うとこわい。両親にはただただ申し訳なくて、なんの落ち度もないふたりがそんなひどく悲しい思いしなきゃいけない理由なんてないし、だからぜったい出来ないと思うけど、でもそういう選択肢を考えるだけで気持ちがほんの少し落ち着く。たとえば、四歳のころから一緒にいる犬のぬいぐるみはぜったいスーツケースの一番うえに詰めて持っていこう、とか、やるはずない悪戯計画だけ立ててたのしくなるような感じ。

じつはもうすぐ誕生日なんだけど、友達ものすごくがんばって準備してパーティーひらいてくれた。ケーキも作ってくれた。わたしの好みにあわせた雑貨のお店探してくれてここで1万円まで買い物していいぞって言ってくれた。クリスマスパーティーも毎年してるしプレゼントなにがいいか早く決めてねって言ってくれる。父親のことすごく好きで尊敬してる。会社ではさいきん、若いのに周りが後押ししてくれてリーダーにあがった。料理上手な恋人がいる。ツイッターでは趣味の合う人と手軽に知り合えて話せて楽しい。初めて出したオリジナル小説同人誌が(極小部数だけど)完売したときは嬉しかった。去年よりも成長した部分だってあると思う。自分人生で変えたいところなんてひとつもない。何歳の頃にも戻る必要はない。そして、こんなに書き連ねてみてもだめ。毎年なぜか誕生日前はとくに死にたい。なんでだろ。

ほんとうにつらつら書いちゃったけど、ひとつだけ人のためになることが言えるかもしれない。「子供死にたいって言われた」って、ママさんたちの育児相談所みたいなところにそんな書き込みがあって、子供死にたいって言うなんてほんとうじゃないって、親を信用していればそんなこと言い出すわけないって、回答つけてる人がいた。そこまで批判的じゃなくても、もう少し配慮がたりないんじゃないかとか、善意アドバイスをしている人もたくさんいた。みんないい人なんだと思う。死にたいって思ったこだってあるんだと思う。でも、わたしのような人間けがそういうお母さんに言えることがあるとするなら、もしかしたらその子わたしの同種で、あなたにはなんの落ち度もないのにどうしようもなく「死にたい」のかもしれません。だとしたらごめんなさい。わたしは両親が好きです。感謝しているし、すくなくとも今は外からみたらそれなりにちゃんとやっている人間に見えると思うし、そして二人にはなんの落ち度もなかったと思ってます。これだけはほんとうのことです。

その相談所を見ながら、そうか、子供が生まれちゃったら子供のためにぜったい死ねなくなるんだよなあ、って、ぬるい絶望の種がまた心臓に落ちてくの感じた。

これっていつかなんとかなるの? そもそも死にたい」と一緒に生まれてきちゃった人間はどうしたらいいんだろう。

2017-11-22

クジラの子らは砂上に歌うってアニメさ、作ってる人センスないよね

最新話で歌ってたけどさ

あれホントに歌わせるのはセンスねえよな

心の涙だろ、意味的に(慟哭っていうのかな)。実際にネリが歌うシーン意味不明だった。

2017-10-22

宝石の国感想心理面が良い

3話までの感想

 

映像美や3Dにすごく惹かれる

というのはもちろん分かるんだけど

個人的にはそれより心理面が面白いと感じた

どうしようもなくポンコツのフォスが、悩んだ末に何か解決するわけでもないのに

何故か少しだけ良い方向に進んでいくのが面白い

そして本人はまるで気づいていない

 

そもそもキャラの間に圧倒的な能力差があるんだよね

個人差というより種族からして違う感じだから、これはもうどうしても埋まらない

そういった、どうしようもない溝は、工夫とか気の持ちようとかレベルアップとか修行とか

よくある漫画メソッドで中々解決できるものではない

 

あるとすれば苦悩の末の慟哭叫びが、お互いの関係に少しだけ風を吹かせる程度

フォスはやさぐれしまっているが、散々喚き散らすお陰で周囲を引っ掻き回している(良い意味でも悪い意味でも)

結局大したことは解決しない気もするし、硬度3.5がどうにかなるわけでもないが

それでもほんの少し何かが変わって、それぞれの悩みへの向き合い方に変化がある、と言う部分が愛おしいと思う

こういう話って中々書くのが難しそう、安易解決でしてしまえないし

 

そういった心の機微3D表現してるのがまたすごいし

それが美しく仕上がってるのはなお凄い

心の躍動が映像に現れてるのは、ピクサーとかあそこらへんを彷彿とさせるね

2017-08-02

七人の侍邦画の今後の展望:追記2

邦画の話が出てたので便乗。

恥ずかしながらつい先日初めて七人の侍を見た。

噂通りの大傑作、「当時にしては凄いな」とかじゃなくて純粋にとても楽しめた。

「名作と言えど60年前の作品だしな」という冷めた視点で見はじめたが、

開始10分で困窮する村人の一人として映画世界に引き込まれていた。

この作品今日邦画に欠けている諸々が詰まってたような気がする。

・このメンツ以外は考えられないレベル適材適所の配役。

・これでもかと汚しまくった人・物・映像。(みんな乞食みたい)

重厚な演技とライトな演技の緩急で観客を飽きさせない。

・秀逸なセット+優れたカメラワーク+泥臭くリアル殺陣三位一体

冗長・緩慢な描写排除。(こいつは俺だ!という一言で観客に全て悟らせる)

なんというか、全てにおいて格が違った。背伸びとかでなく、本気でそう思った。

こんな邦画はもう生まれないのだろうか。シンゴジで活路が開かれたかと思ったのだけど。。。






*追記

おお、思いの外伸びてる。。。

あの時代の演技だけは模倣すべきではないと思う

あの頃のような漫画チックな演技

あいう明朗快活な演技の方が好きだな。

ぼそぼそと喋ってたのに急にデカい物音立てて

大声で慟哭するような邦画くさいジメジメ演技が苦手でね。

土屋嘉男とか自分流に皆と違う演技してるし。

yashinegi 邦画人材アニメに流れちゃったからしゃーない。「切腹」とか「拝領妻始末記」とか観ると、俳優監督よりもまず、殺陣作法指導できる人がいなくなったんだなあと実感できるよ。

切腹見たよ!あれも違うベクトルで凄まじかった!

仲代達也の殺気と現代音楽のような劇伴の緊張感の相乗効果は失禁モノ。

リメイクは見てないけどやっぱよくなさそうだな。

「拝領妻始末記」も気になってたところだった。見てみる。

mugi-yama 端役、エキストラ存在感が段違い。大部屋ってすごかったんだなあとつくづく思うわ

本当にこれ。天涯孤独になった婆さんとかいちいち説得力が凄い。

myaoko 昔に比べて、最近作品は平易である事を求められている気がする。言葉遣いストーリーも。現代作品で「お前は俺だ!」の一言で全てを悟らせるシーンを、何の横槍もなく撮らせてもらえるかどうか…

あのシーン、鳥肌立って泣きそうになった。

今の邦画だったらお涙頂戴の安っぽい回想シーンが入るんだろうな・・・

シンゴ発言叩いてるのが何人か居るけど、個人的には

久々に邦画でほぼ純粋冒険特撮活劇を見れて大満足だったけどな。

アニメ臭さ・人物の掘り下げ皆無・噴飯ものカヨコちゃん・ムラのあるCGとか差し引いてもお釣り来るよ。

パシリムやゴジラ2014とか本来なら日本がやらなきゃいけなかったんだからさ。作るの遅すぎるくらい。

まあ、まだ生傷の震災原発フレーバーに取り込んで凝ったものを仕上げたんだから良しとしなきゃ。

今日日の邦画界であれだけのエンターテイメント性の高さは特筆すべきでしょうよ。実際売れたし。



*追記2

ブコメ、正直にまだ見たことないって言ってくれる奴がいてくれて嬉しい。

是非、これを機に見てみてくれ。ぶっ飛ぶぞ。音声不明瞭なので字幕付きオススメ

あと「今更七人の侍w基礎教養だろw」みたいな意見が出てるけど、

入門者にいきなりジャブを食らわせて萎縮させるようなこの態度はホント改めた方がいい。

これこそがガチマウンティングだと思うし、古典的もの敬遠されてしまう要因だろうに。

Hello world」で喜んでるプログラミング初心者を「うはwそんなん誰でも出来るしw」と中上級者が嗤うことの醜さに気付け。

「ほー、面白かったか!黒澤だとこんな面白いのもあるぞ!見てみろ!」って方向になんでならないかなあ。

こういう権威主義的な奴は門番気取りでそのジャンル未来は暗いものにしてしまっている。

俺は映画詳しいなんて一言も言ってないし、「恥ずかしながら」って書いたのもそのせいだ。感想も頓珍漢かもしれない。

現在邦画を貶し気味に書いたのは悪かったけど、「今の邦画マンネ」的な意見リアルでもSNSでも増田でも散見されたから便乗した。

実際に俺の目にした近年の邦画では「七人の侍」ほどの満足感を得られることは出来なかった、という実体験に基づいてるし、

周りの老若男女にこの話したけど殆ど名前認知だけで見たことなかったし、純粋にみんなに見て欲しいから書いた。

俺はアニメが苦手なんだけど「●●(ジブリ作品)見たことないとかwお前本当に日本人か?w」と

子供のころから言われ続けて「ジブリなんて一生見てやるもんか」と未だに見てないしね。

こういう歪んだ感情を生まないためにも知識マウンティングはやめるべき。

2017-03-22

ポテトサラダを踏んだ

今日東京は昨日から打って変わっていい天気。

お気に入りの革底の靴を履いて意気揚々会社に出かけた。

と、足下に嫌な感触。これはやっちまったかと足を上げると、そこにはきれいな円形のポテトサラダ

なぜ路上ポテトサラダが、

犬のうんこじゃなくてよかった、

早く拭かないとマヨネーズが革に染み込んじゃう、

そんな感情がぐるぐるアタマを駆け巡る。

最後に思ったのは、こんなきれいな形でポテトサラダを落とした人は、さぞ無念だったろうということ。

アイスクリームみたいに丸くスクープされたポテトサラダ。美味しく食べられるはずだったポテトサラダを失った悲しみは、慟哭するに足る悲劇だろう。

供養のために昼は大戸屋定食を食べよう。小鉢ポテトサラダがきれいに丸いといいが。

そんなことを思いながら、蒲田大宮行の、眠い空気の残る京浜東北線で車窓をぼんやり見ていた。

2016-12-07

http://anond.hatelabo.jp/20161207015745

何も信じないためには

既存言語も信じてはならないので一旦動物に帰ります

野生は地獄ですので嗚咽が漏れます

嗚咽や慟哭がいつの間にか言語の再発明に発展し

やかんや有って

かつて何も信じたくなかったおじさんは

どこか遠い未開の地で新たな民族の長に成ります

2016-09-14

とんでもなくすごい発明をして

世間的な地位や名声を手に入れ財を成し

しかしその発明によって多くの人を不幸にしてしまったと感じ

その罪深さに慟哭しながら死んでいきたい

2016-09-04

工藤静香について

わたしは34歳女

木村拓哉はどうでもいいけれど、工藤静香はそこそこ好き。

生年月日: 1970年4月14日 (46歳)

まれ東京都 羽村市

配偶者木村 拓哉 (2000年から)


なんか知らないけどいい歌あったよね。慟哭とか。

作詞作曲の人の功績なんだろうけれど、歌い方がすごく好きだった。

キムタクの陰に隠れてるけれど、工藤静香もいいエンターテイナーなんだよ。

下手くそな絵で頑張ってる二科展はクソだけどね。

2016-06-21

[]

四月は君の嘘を読んだ。何回目かの再読だったんだけど、びっくりするくらい涙が溢れてきた。正直自分自分にひいた。ないわー、ほんと。ないわー

個人的に、これまでこの作品の涙ポイントは決まって七巻の公生ママ独白だったんだけど、今回はいろんな巻の色んな場面で目頭が熱くなってしまった。

結末を知っているからこそだけど、まだ元気な時のかをりちゃんの言動に隠された心情をちょくちょく想像しながら読んだもんだからその時々で胸が詰まった。一巻のバイオリン発表会の際に彼女は何を思っていたのか、演奏後公生に感想を訊ねて、本人の言葉で返事をもらった時どんな気持ちがしたのかとか、思いを馳せるとすぐに涙腺が緩んでしまう。一番裏を読みたくなる人物だよね。

紘子さんが抱えている負い目も切ない。祭りの場面とか、演奏会の時とか、台詞がない表情だけのコマで何を表しているのか、そんな面持ちで何を考えているのか、ちょっと読むスピードを落として覗き込んでみるとじんと胸に突き刺さる、言葉にならない思いが垣間見えた気がして思わず視界がぼやけてしまった。

今回特にびっくりしたのが、前はそんなに感じ入らなかった最終巻で目がうるうるしてしまったことだった。公正が表現者として伝える対象者を聴衆にまで広げる展開が早過ぎるのは前読んだ時と変わりない感覚だったんだけど、通しで読んだせいか没入感が凄すぎてドラマチックな演出に流されるままに涙を流してしまった。くやしい。

他にも色んな場面でいろんな登場人物の思いや行間なんかをじっくり想像する度に、どういうわけかじんわり涙が浮かんできて馬鹿正直に感動させれてしまった。

出てくる登場人物がみんな血の通った真人間なのが素敵なんだよなあ。綺麗過ぎるって感想もあるけれど、これはこれでいいと思います柏木さんが素敵です。渡は本当に良い奴です。

この作者は表現方法面白い。いろんなところから引用しているのが一点と、エピソード台詞の対比を効果的に使うところが上手いと思う。特に関心したのが七巻。公生が演奏している映像を紘子さんが見ている場面で、感情が高ぶるあまり繋いでいた娘の手を強く握りしめてしまった後、娘に「いたくしないんなら手つないであげる」と返される展開が、幼い公正と母親との関係がそういかなかったことを連想させて、余計と公正の母親が自らのことをひどい母親だと後悔する回想を引き立てているように感じた。椿の時間が止まるという台詞もそうだし、ものすごいわかりやすい例で言えば公正の母親とかをりちゃんの車椅子なんかもそうなんだと思う。

要するに伏線が上手いってこったな。さよならフットボールでも何気ない会話の中で出てきた一言象徴的な決めシーンで繰り返したりしてるから、すごく意識して作ってるんだと思う。どこか忘れてしまったけれど、四月は君の嘘のあるコマを見た時に精緻に積み上げたロジックが完成したかのような一致感を覚えた時もあったから。

残念なのは、ところどころ描写が急な箇所があること。最終巻の公正が決意するシーンもそう感じたし、かをりちゃんが病院慟哭する場面も勢いが良すぎて少し没入感が削がれてしまった。また楽譜に忠実な演奏の描き方が物足りないのも惜しい。おかげで武士の凄みが最後の方まで今ひとつ迫ってこないのが残念だった。

唐突に思い立って読み直したら久々に感動できた気がする。やっぱりいい作品です。後日談が八月かそこらにでるらしいから見逃さずに買わなくちゃ。


全然違う作品だけど、ワンダーランドっていう漫画は二巻になってから面白くなった。一巻はまるまる一冊パニックホラーだったけど、やっぱり状況がわかってくると面白さも倍増するんだと思った。

2016-01-18

狂気の笑いがやがて慟哭に変わる』ってやつ

刑事ドラマで罪を認めた犯人とかがよくやるやつ。

急にくつくつ笑いはじめて、それが次第に大きな高笑いになっていって、最後には激しい慟哭とともに地面にくずおれるみたいなやつ、

 

あれはどういう心理状態ときに起きるの?

『高笑い→慟哭』の間になにか決定的な内面の変化があるの?

 

あいう激しい感情表現ってテレビの中でしか見たことないんだけど、実際にやったことある人、あるいは目の前で見たことがある人いる?

2015-12-23

[]手塚治虫「二つの愛(ブラックジャックより)」

★★★☆☆

前置き

1巻8話。

あらすじ

BJですら遠方から通う寿司職人がいた。

彼の夢は自分の手で握った日本一寿司母親に食べさせることだったが、

帰郷する途中でトラックにはねられ、両腕を切断されてしまう。

諦めきれない寿司職人は、トラックの運転手に自分寿司の握り方を教えこむ。

最終的に母親に食べさせることができ、今後も二人で寿司屋をやっていこうとなった矢先、今度はトラック運転手が交通事故即死

寿司職人自分の腕を再度失ったことに慟哭する。

しかトラック運転手の妻がBJに、トラック運転手の腕を寿司職人移植してくれないかと依頼し、手術は成功

後日、寿司屋カウンター席にはBJトラック運転手の妻の姿があった。

感想

読んだことあるやつだと思ったら、オチがもう一個あった。

二人で一人の鮨職人になるところで終わりだと思ってたけど、まさかトラック運転手まで事故って最終的に移植するところまでいくのは記憶になかった。

つの愛が意味するところは何だったんだろう。

寿司職人母親への愛とトラック運転手の妻から夫への愛?

二本の腕も意味かかってるのかな。

相変わらず短編なのにめっちゃ山あり谷ありで内容濃かった。

でもBJである必然性があまりなかったか・・・ってのは昨日も書いたけど、BJがメインじゃないほうがひとつ読み切りとしては完成度高くなってる気がするな・・・

悪人がいないから読んでてつらい話だった。

ピノコor印象に残ったセリフなど

妻が腕移植手術依頼したとき、金がかかりますよ→どのくらい?→フフ…心配しなさんな。うまくつながればその手でうまいスシをたべさせてもらう。それで帳消しにしましょう。

プシャアアアアアアアアア!!!!!!(腰ガクガク

ランキング

1.ときには真珠のように

2.二つの

3.幸運な男

4.白いライオン

5.シャチの詩

6.えらばれたマスク

7.閉ざされた三人

8.報復

9.からだが石に…

2015-09-04

痩せたら美人自慢はやめろ 痩せても美しくなれぬ者を無視してる

痩せたら美人自慢というのはやめて欲しい。

そして、応援する輩も見ていて不快だ。

痩せても美人にならない人間がいるということを無視している。

そんな人間のことを考えると不憫にしか思わないし、「お前とは違い美しくなる素質があり、そして美人になったらお前とは違う」と言われている気がして気持ち悪くなってくる

あぁ、確かにやせれば美人人間はいて、容姿による優位性を獲得する人間はいるだろう。

そして周りがあからさまに扱いを変えるのだって知っている。

自分パンパンに顔が薬で腫れていた時があっておまけにひどい肌荒れだったけど、マシになり周りの扱いが男なのに変わったことはあった。

小学生の時に父親から渡された新潮新書の「人は見た目が9割」は真実である

自分場合ただただマシになっただけで、やはり普通に劣るので、その先には結局慟哭のようなものしか待ってない。

店員が顔を見て驚かない程度にしかならなかったのは、良かったが、また来ることではあるのだ。

痩せて美人になるのはいいのかもしれない。

容姿が劣っている人間なんて美人になる前から嫌いだろうが、優れる側に入ったらまぁ楽しむのだろう。

そうだ、知ってるぞ。楽しんでいる様子を色々見た。

どうせ「うっせーグロ面とか、キモ男」とか思うのだろうけど、とにかく不快からやめてくれ。

2015-07-18

俺選:普段読書しない人におすすめの本 30選

はてブホットエントリーの30選(http://gathery.recruit-lifestyle.co.jp/article/1141321068543131601)がイマイチ感性に響かなかった(普段読書しない人向けか?)ので、俺選してみる。

  1. 銀河英雄伝説 1 黎明編 田中 芳樹
  2. 王都炎上アルスラーン戦記〈1〉 田中 芳樹
  3. 狼と香辛料 支倉 凍砂
  4. 百年法 上 山田 宗樹
  5. MISSING 本多 孝好
  6. 夏への扉 ロバート・A. ハインライン
  7. ビブリア古書堂の事件手帖―栞子さんと奇妙な客人たち 三上
  8. 刺身が生なんだが フミコ フミオ
  9. 予想どおりに不合理: 行動経済学が明かす「あなたがそれを選ぶわけ」 ダン・アリエリー
  10. 黄金の王 白銀の王 沢村 凜
  11. リング 鈴木 光司
  12. イン・ザ・プール 奥田 英朗
  13. まぶた 小川 洋子
  14. 三月は深き紅の淵を 恩田
  15. 獣の奏者 I闘蛇編 上橋 菜穂子
  16. 風の陣【立志篇】 高橋 克彦
  17. 南極点ピアピア動画 野尻 抱介
  18. 華竜の宮 上田 早夕里
  19. 二重螺旋悪魔〈上〉梅原 克文
  20. 月の影 影の海〈上〉―十二国記 小野 不由美
  21. ロスジェネの逆襲 
  22. 天地明察(上) 冲方
  23. 掌の中の小鳥 加納 朋子
  24. ITエンジニア小説 人形つかい・ビギニング リーベルG
  25. 人形つかい ロバート・A. ハインライン
  26. マラケシュ心中 中山 可穂
  27. 新世界より (上) 貴志 祐介
  28. ガンジス河でバタフライ たかのてるこ
  29. Twelve Y.O. 福井 晴敏
  30. 哲学的な何か、あと科学とか 飲茶

反省会

振り返ってみると、なんかかなり偏って・・・・・・

んー選者ってむずかしいね!!@結論

もっといいセレクト教えてプリーズ

ちなみに今回紹介の本は、ほぼ全て(マラケシュ心中以外・・・Kindleで買えます!!!

本屋に行くのめんどくさいなーというそこのあなたも、ぜひこの機会に読んでみてね!&面白い本あったら教えてね!

2015-07-10

みこすりはんの男

あるところに必ずみこすりはんでイク男がいた

ひとりの女にはみこすりはんしか挿入してやらないことが信条プレイボーイ気取りであった

ある日デリヘルを頼んで本番に持ち込んだところ、みこすりでイってしまった

「俺ももうおっさんか…」

男はすっかりしょげかえってしまった

普段呼ばない熟女デリヘルだったので勃つかどうかすら怪しかったのに、

フタを開けてみるとこのザマなのだから仕方が無い

寄る年波には勝てぬとはこういうことか

「あんたがおっさんならあたしゃババアだよ、お兄さん」

女の子が服を着ながらつぶやいた

還暦に手が届こうかというルックス女の子だが、そのだらりと垂れて萎びた胸がそそるのだった

女の子を帰すと、男はパズドラを起動した

父子家庭で育った男は母の愛を知らぬ

メタトロンイシスを好んでリーダーにするのもババア萌えゆえの悲しきサガなのであった

(デリに使う金がなくなりそうだから今月はもう課金しないでおくか)

後日、別の女の子を呼んでコトをイタした男は、今度はいつもどおりみこすりはんでイケた

「坊や元気ねえ、みこすりはんでイっちゃうなんて」

四十代後半とおぼしき女の子煙草の煙を吐き出しながら言った

「いやあ、ちゃんとみこすりはんもって良かったんだよ」

前に頼んだ女の子にはみこすりしか持たなかった件を話した

「じゃあ年を取るほど早漏になるの?」

「こらえが効かなくなっちゃうんだろうな。でも、今のところそのみこすりババアだけだよ。たぶん体調が悪かったんだ」

その後も男はみこすりはんの耐久力を維持し続けた

ある日、コンビニiTunesカードを買うためレジに並んでいるとき、雷に撃たれたように天啓が訪れた

みこすりババアとはあの時が初めてではなかった

それより昔にはんぶんだけイチモツでこすったことがあったのだ

それは、男が母の産道を通り抜けた、生まれてくる瞬間のことだった

「そうか、だからあの時みこすりでイったんだ…」

自分人生にはどんなかたちであれ、確かに母の愛の抱擁が存在したのだ

コンビニレジ列で、男は人目もはばから慟哭した

あるところに必ずみこすりはんでイク男がいた

ひとりの女にはみこすりはんしか挿入してやらないことが信条プレイボーイ気取りであった

2015-02-26

正しい言葉の使い方

言葉が移り変わっていくものってのは知ってるんだけど、

それでもマスコミの使う号泣って言葉違和感を拭えない。

号泣:[名](スル)大声をあげて泣くこと。泣き叫ぶこと。「遺体にとりすがって―する」

ってことだから本来は声を上げてからじゃないと号泣にはならない筈なんだけど、

ちょっと涙を流しただけでも「予選敗退に○○号泣」とかよく見る。

正しく「予選敗退に○○涙」とかにして欲しいけど、記者的にはインパクトが足りないのかね?

売り上げその他のために、日本語が変わってくのはなんとなく嫌だなー、と思う。

爆笑とか姑息みたいに本来と違う意味の方が一般的になった言葉も多いし、泣く=号泣になるのも時間問題

そうなったら号泣を上回る泣きっぷりってことで野々村クラス慟哭会見とか言われるんだろうか。

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