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はてなキーワード: 感情とは

2017-06-28

https://anond.hatelabo.jp/20170627114513

お前は俺か

企画モノAVで恋に落ち、その子「だけ」名前が見つからず悶え苦しんだ経験は俺も何度かある

だが安心しろ、そのうち見つかる

忘れた頃に別の作品で偶然再開し、そこで情報がつながったりする

発売日がわかっているのだから同じ時期の企画モノのサンプルを片っ端から見よう

共演者の線からしぼりこむのも有効だ。同時期の企画モノはだいたい似たようなメンツになるので、別の作品でも同じ人と共演しているかもしれない

名も知らぬAV女優を執念で探し続けて再びまた巡り会えた時に胸を満たすあのあたたか感情は本当に素晴らしい

健闘を祈っている

犯したくなりませんか?

性的欲求問題について書く。

街中を歩いたり、電車に乗ったりしている時の事。目の前の、スカートを履いた制服姿の若い肉体に欲情する。この感情は誰にも止めることは出来ない。もちろん、社会で生きているので、「絶対に法は犯さない」という明確な意志はその時も持ち出すが、それでも「スカートを犯したい」という感情はどうしたって湧いてくる。

性犯罪ニュースがたまに流れてくる。それを見ると、「ああ、実行するか実行しないかそれだけの違いで、それ以外は同じなんだな」と思う。ただそれだけの違い。

今後も生まれてくるであろう感情。それを実行に移すことは絶対にしないが、そういう感情欲求を持ってしまう俺は少数派なのだろうかという事が気になる。このエントリーを通じてそれを知れたら嬉しい。

あなたはどうだろうか。犯したくなりませんか?

追記:12:46

うつ気味で性欲も減退している。お前は暇で幸せなんだな。″

なるほど、その発想は無かった。

つらいときは泣くべき?

今日も怒られた

完全に想定外だった

一瞬感情が溢れ出る感覚がしてだいぶヤバかったけどなんとか耐えた

ただ夜になっても引きずってるし、酒入れた反動で久しぶりに泣きそう

でもここで崩れたら泣き癖がつきそうで戸惑ってる

どうしたらいい?

大学がつらい

Abstract*

現在理系修士1年。

本来なら楽しく研究を進めて人生を充実させるはずだったのだが、大学がつらい。

授業/研究ともにつらい。

授業*

座学の授業は面白くないものがあまりにも多い。

内容が簡単すぎたり、嘘を教えてたり、教員のやる気がなかったり等々。

要件単位数の兼ね合いで仕方なく受けている科目が大半だ。

実習ではポンコツwindows pc強制的使用させられる。

以上の事柄だけで日々のMPは底をついてしまう。

研究室*

研究室での有意義ディスカッションがあれば救われただろうが、それが無い。

自明な主張に感心されるし、非自明な主張は理解してもらえない事が多々ある。

教員的外れ発言も目立つ。

私の興味と研究室の分野のミスマッチが多少ある事を考慮してもなお厳しい。

教員は私を"できる"人間だと思っているから(ある意味で)放置気味になっている。

教員に褒められる事は何度もあったが、どれも的外れであったから全く喜べなかった。

この件を人に相談したが「旧帝の大学研究室なんだからそんな筈は無いだろう。あるいは君の説明能力/忍耐力が欠如している」とも言われた。

授業で時間が潰される事も相まって本当に研究に手が付かなくなってしまった。

心理状態など*

歪んだ自己肯定感のために環境文句を言う人間もいるが、私はそちら側ではないと信じている。

最近感情「もう疲れてしまった」が支配的になってきている。

研究室有意義ディスカッションの出来る環境が羨ましい。

楽しそうに研究してる人たちが羨ましい。

少し前まではアカデミックに残る事への憧れもあったが、今では完全に消え失せてしまった。

教員雑務に追われ、自分研究に打ち込めていないように見えるのもその一因である

しかしこの程度で悩むようでは就職したとしてもより厳しいように思う。

社会生活に適合したい。

のし人生

のし大学

俺は、、どうすれば、、、

2017-06-27

https://anond.hatelabo.jp/20170626132146

大昔バズったヤフー知恵袋でさ、嫁がジジイ上司関係を持ってた、耐えられないみたいなのがあったじゃん

覚えてる人いるかからないけど

高齢男性若い女への嗜好を明確にするっていうのは、既存社会構造進化心理学的な男の本性とか色々鑑みるに、

やっぱり拭えない「エグさ」みたいなのはあるんじゃないの  そこためらわないんだー 本性に忠実すぎるだろーみたいなさ

俺は判断能力を備えた成年女子いくら若かろうと高齢男性関係を持つこと自体は当然自由恋愛範囲内だろうと思うけどさ

政治的にどう位置づけていいかはわからないけど否定できない「エグみ」みたいなのはあると思うんだよね

フェミもそういう感情をきちんと整理せずに金切り声で搾取だーとか吠えちゃうからいけないんだろうけどさ

初恋女の子が家の近くに越してきた

最近といってもおそらく2年くらい前から、家の近くに初恋女の子引っ越してきた。

彼女社会人なので、通勤のために実家から通っている。僕の方は取りこぼした単位を拾う為に今期から真面目に1限に出席するようになって、そのおかげで朝の電車が同じになることがたまにある。今までは1限なんかにとてもじゃないけど出席することもなかったから、まさか1限に出ることで同じ電車のしかも同じ車両になることがあるなんて思いもしなかった。

確かに地元は一緒だったし、なんだったらどの辺に住んでいるのかも知っていたから、僕の最寄り駅にも自転車を使えば通えないこともない。彼女大学高田馬場から東西線で一駅のところだったか車両の一番後ろに乗ることを知っていて、僕の方は西武新宿で乗り換えて中央線に乗っているので、一号車に乗る。だから思いもしなかったっていうのはさすがに言いすぎかもしれない。ただ同じ車両になるというのはひどく窮屈だ。緊張しさえする。こちらとしては彼女の姿をこの目に収めておきたいのに、羞恥心邪魔をしてしまう。職場青山にあるというので大江戸線に乗りたいのだろう、彼女中井で降りる気配を感じる。夏目漱石こころiPhoneインストールしているkindleで読み直しているけど、様子が気になって内容がちっとも入ってこない。

こんなことになるなら、引っ越すとしても元の家から徒歩で15分くらいのところじゃなくて、もっとこう"シティ"な感じのところにしてくれたら良かったのに。パパが僕たちの地元を大変お気に召しているのだろうけど、大したもんはココにはない。ジョギング中の夫婦が「ヨーロッパに来たみたい」なんて言っていたのを聞いたことがあるけど、僕は地元に"ヨーロッパらしさ"を感じたことは一度もない。ヨーロッパらしいってしかアフリカっぽいと同じレベル感なのがグッとくる。フランスドイツスイスフィンランドも"ヨーロッパっぽい"のだろうか。

それにしたって彼女は気まずくないのだろうか。もしかしたら彼女の方は全く気にしていないどころか、僕なんかに微塵も興味を感じていないのかもしれないけど、それにしたって不都合だ。朝の通勤時間小説ビジネス本を読むような彼女には東横線か、あるいは田園都市線がお似合いだと思う。青山広告代理店パリッとクリエイティブ仕事をしているのなら、意外と二子玉川武蔵小杉なんかも良いかもしれない。トレンディがある。そんな彼女住まいが閑静なローカル線住宅街で僕の家から走って2分だなんて。


初恋女の子が僕の通っている小学校引っ越してきたのは4年生の時だ。

学芸会の準備で役を決める際に視聴覚室か何かに学年で集まる機会があって、僕はその時三組だったから、二組に転校してきたその子を見かけるのはそれがはじめてのことだった。僕は一目惚れをした。

控えめにいって、ものすごく可愛かった。もしかしたら可愛くないのかもしれないとかそういうことを思うことなんか一切ない。疑いのない可愛さ。とにかくものすごく可愛かったのだ。広末涼子のような清涼感にしかしどこか影のある、もしかしたら深田恭子かもしれないようなミステリアスさ、とまではいかないけど、こう、幸の薄そうな、アンニュイな佇まい。目が合っているようでどこか僕よりも遠くを見ているようなそういう雰囲気のある女の子。きっと心臓に包帯を巻いているに違いない。

そんな少女の横顔を偶然にもあの場で拝んでしまったその日から、僕の好みの女性タイプ確立してしまった。確実に言える。初恋というのは実に恐ろしいものだ。

僕は地元の公立中学に進学することを決めていたし、彼女が日◯研かどこかの塾に通っていてそれで女子中学校受験するというのは友達から聞いていたから、中学に上がったらこの思いも終わってしまうんだなと思っていた。金輪際のお別れになるんだろうなって思った。なんでかわからないけど、また会えることを期待したお別れであったり、悲しさのようなものを感じないまま中学生になった。今思えば、そういう感情が終わってしまうということが当時の僕にはよくわからなかったのだと思う。小学生の頃の僕たちはただ誰が好きだ誰と両思いだとかそういう秘密を"バクリョー会"と名付けたなんだかよくわからないグループでこっそり共有しあって、それでその子廊下ですれ違うたびに肘で突き合うといった交友関係を楽しんでいただけだったのかもしれない。一度も話したことのないにも関わらず、これは初恋なんだって確実に言えるそれは小学校卒業と共にお別れしたかのように見えた。


高校1年生のとき、僕たちの間で前略プロフィール流行った。

僕もその当時ノリノリでプリクラプロフィール写真に設定し、好きな異性のタイプのところに「幸薄い子」って書くくらいにはエンジョイしていた。

今でいうTwitterのようなタイムラインは「リアル」と呼ばれていて、幼稚園同級生だったモデル女の子は「りさのりある」とかいって人気を博していた。

「ぼくのりある」もささやかな人気を誇っていて、"ねっとりとした"自分語りますだおかだ岡田のような芸風がウケて意外にもいろんな人に見てもらえていた。

ゲストブックというのが前略プロフの中の機能にあって、そこに知人がコメントを残すことが出来るようになっている。そのときに現れた nさんが話題になった。彼女は僕のゲストブック=足跡ミルクキャラメルが欲しいと言った。

僕が高校にあまりいかず(行ってなかったことはしらないだろうけど)近くのコンビニバイトをしていたことを彼女は知っていた。

彼女の言うミルクキャラメルがうちのお店にあるかどうかの話を聞かれて、多分あるとかい適当な返信をしていたのを覚えている。そのうちみんなが僕とnさんのやりとりに興味を持つようになって、学校に行くと「あのn ってだれ!?ww」とか言われるようになった。

僕とnさんとのやりとりが130件を越えたあたりで、nさんはバイト先に来た。

僕は度肝を抜いた。まさかこんなことがあるのだろうか。あの女の子だった。

バイト中にも関わらず連絡先をその場で交換した。夜勤のお兄さんと一緒に夕勤に入っていたのだけど、事情説明したら怒られなかった。むしろ茶化された。

そこから僕たちは小学校卒業してから今までの4年弱を埋めるかのようにメールをした。

当時の携帯は文字数制限というのがあり、1万字を越えると入力ができなくなるのだけど、僕たちは文字数いっぱいになるメールを1時間半かけて50~100つのトピックを会話した。

たとえばニコ動面白いとか、彼女御三家クラス女子校に通っていたので、自然とヲタ趣味を持ちやすいのだと思うけど(偏見)、時かけMADがあーだとか、あるいは東京事変だどうだとか、そういう話もした。彼女軽音部で、家にはドラムセットが置いてあって、透明人間コピーしたりしていたらしい。椎名林檎が好きな女の子だった。高校1年生にしては早熟しているという感想がある。


次第に僕達の仲は縮まっていき、バイトから上がって、電話がかかってきて。僕は彼女から気持ちを伝えられた。僕はそれには返事をしないままデートに誘った。





正直にいって、僕は彼女に対して劣等感があった。先程も言ったとおり、羞恥心なのだ彼女は1時間半かかるメールをしながら、僕が必死入力している時間勉強をしていたのだ。大学入学に向けて自主的勉強をしているような子だった。

僕は偏差値が50もない都立高校に進学して、あまつさえ学年ワースト10の人間だったから、そういう天上人の姿を目の当たりにして惨めな思いがした。

勉強なんて、くだらない」

「どうせやったって役にたたない」

学校先生馬鹿に見えて仕方がない」

僕はみんなが僕と同じようにそう思っているに違いないと思っていたから、ボイコットと言えるような授業態度を取ることもあったし、それがきっかけで停学になることもあった。そういう人間なのだ。そういう貧困家庭文化資本の微塵もない人間が彼女のような幸福に溢れる少女と関わるなんてこと、あってよかったのか。

僕は気持ちに応えたかった。けど、自分の無様な境遇を誰よりも理解していたからこそ、彼女気持ちに応えることもなく、返信を止めてしまった。


「あの時いったこと、なかったことにしてください」

これが彼女から送られてきた最期言葉だった。







そういう経緯もあって、高校二年生にあがって、ひょんなことで自分大学進学ができることを知ってから、たまら勉強をしてみたくなった。

早大学院が家の近くにあって、その高校に幼馴染が進学していたこともあって、高校に行っていなかった時はもっぱら学院の子たちと遊ぶようになった。

もう一人、学院にいったバスケ部の友人が僕に言ったことがある。

「ココにはお前みたいなやつがいっぱいいるぞ!」

僕の居場所はきっとこっちなんだろうなって思った。

僕は変に尖っていたから、東大は無理だけど早慶ならやればイケると思っていた。だから学校で受けることになっている模試志望校には早稲田法学部慶應法学部を必ず書いた。当時の僕は文系最難関は法学部だと思っていた。偏差値は30台だった。

僕が勉強に対してひどいコンプレックスを抱えていたのは、進学した環境へのミスマッチもあったけど、それよりも大きかったのはきっと彼女へのコンプレックス勉強に向いていたからだと思っている。僕はそうやってここまでやってきたのだ。

幼馴染いわく、彼女はAO推薦で早稲田国際政治学科に入学したと聞いた。

ものすごくモテるけど、性格が奇抜らしく、恋愛に発展することはそう多くなかったらしい。

彼女は3年生になって、イェール大学に1年間留学した。留学費用は親から借りて、社会人になった今、親に返しているって言っていた。

そして今、外資系広告代理店に努めている。

彼女はきっと大学ケインズハイエク勉強するような感じではなかっただろう。

きっとホロコーストに関心を持って西欧政治史勉強していたのだろう。ハンナ・アーレントのようなそんなイメージがある。"アンシュルス"という響きが彼女形容する。留学ではどんなことを学んだのだろう。

僕の方はどうだっただろう。

見えない格差に悩まされないことはなかったし、この断層をどうにかして上り詰めてやろうと思った。もしかしたら届かなかったかもしれないし、もしかしたら届いたかもしれない。

でも、ある種の上流に来て思った。僕は平面的な世界しか見ていなかった。ここには奥行きがあって、階層が同じになったように見えても、生きる世界が交わることがないのだと。

彼女の生きてきた歴史を僕が覗くことが出来ないことが、たまらない不安となる。彼女の見える世界と僕の見える世界ブラウン管に映るカサブランカと最新液晶で見る君の名はくらい違うに決まっている。


努力というのは貧しいもの必要とされるものであってほしい。

まれた家庭に生まれ、愛され、そうして社会になんの疑問を抱くことなく生きてきたのであれば、どうかそのまま幸せになってほしい。

社会人になって、通勤中にビジネス本を読んだり、コピー勉強をする必要なんてきっとない。いつかきっと、おそらく今も付き合っているであろう彼氏や職場の人と結ばれて、2児の母になって、幸せになっていってほしい。

彼女のそれはエリートに他ならないではないか

彼女政治経済学部に進学したように、僕も政治経済学を学んできた。

彼女広告代理店就職したように、僕も卒業したらネット広告生業とするだろう。

どこかで交わってもよかったはずの世界が、どんなに類似共通する点があっても交わることのないこの世界の片隅で僕はまこと勝手に息苦しさを感じている。



おそらく10月までに引っ越すことになるだろう。

僕が24年間生きてきた思い出深い地元を出た時、僕と彼女を結ぶ共通点がついに無くなる。

それは小学生ときにはわからなかった別れのような感情を僕に芽生えさせるのか。

あるいは僕の眼前を照らす原動力として、ずっとこころのどこかに仕舞われたまま生きていくことになるのだろうか。

国境の南、太陽の西という小説がある。あの主人公気持ちが分かるような気がしてしまう。もし30歳とかそのくらいの年齢になって、島本さんのように現れてしまったら、僕はどうすれば良いのだろう。

一度空いた穴が塞がることはないのだろう。

僕も彼女に穴を空けてしまったこと、もう一度ゆっくり話してみたい。

信用

社会生活を送る上で山盛りの支障があるにもかかわらず、どうにも自分他人から信用を得たいとか、信頼されたいとかいった感覚がまるでわかっていないような気がする。

当然何かと相手のご期待に応えられず「信用を失うことが怖くないのか!」といった形で叱責されることが年を重ねるごとに増えてきたのだけれど、

こちらとしては、えっ、私のこと信用なんかしてたんですか?ダメですよポンコツなんだから信用したら。期待しないでくださいよ間抜けですね。ってな感じだ。

なぜこうも信用に対して無頓着なのか、自分思考はどの辺りが歪なのか、その辺をもう少し掘ってみようと改めて考えてみた。

そもそも相手に対して信用があるかないか対応を変えるものらしいということは知識としてはわかっているし、

現代人間社会におけるコスパの面で、信用というのがかなり優れていそうだという事も頭では理解しているのだけれど、自分としてはまるで実感が伴わない。

「虫嫌いの人は虫を近づけられるのがイヤだ」という感覚が、自分は虫が好きであるがゆえに「知ってるけどイマイチからない」のと同じ感じだ。

この辺のちょっとしたことに関する実感の伴っていなさは、抱えている発達障害由来のものなのかもしれない。

基本的には過去の膨大な失敗や知識から得たパターン学習を基に頭でワンクッション考えてから行動することで相手に沿った適切とされる対応ができる場合が大半なのだが、

自然とわき出てくる感覚としての実感がないので、未経験の応用パターンを「少し考えれば当然わかる事」として求められるとたまに失敗してしまう。

例えば「虫嫌いの人~」を応用して「虫嫌いの人に虫の図鑑を見せにいってはいけない」というのは、子供の頃なかなか納得できなくて飲み込むのにかなり苦労した。

だってこれ絵じゃん、というのと、詳しく理解すれば恐怖心も薄れるだろう。という発想だったのだが、まあ、ズレている。

現時点で自分は、信用というもの評価を心の奥底で「ある方がいいけど何か無理してまで得たいとは思わない程度のどうでもいいこと」としか捉えていない気がする。

では、なぜ頭の中でコスパのいい要素だと知っていながら、信用をどうでもいいと感じているか理由を考えていると、

そもそも自分が誰かを信用していないまま、コミュニケーションを円滑にするために相手を信用しているポーズ意図的に発信し続けているために、

信用などなくても表面上は特に問題なく生活ができるものなのだ学習してしまっている。という可能性に辿りついた。

自分他者を信用する感覚について特に意識したことはなかったが、改めて考えてみるとどうやら他人のことをろくに信用しておらず、

他人感情思考を真に理解することができない以上、あらゆる他人は常に次の瞬間自分敵対する可能性を持っている。

とごく自然に考えて、それをベースに生きているぐらいの殺伐エンジン根底に横たわっているように思えてならない。

こう考えると、これまで自己評価的には、素直で人懐っこくて純朴な性格だと自分のことを思っていたのだけれど、

「敵」か「今は敵じゃない」かの二段階だけで区別しているせいで、とりあえず敵じゃないと判定して、

一般的に信用しているとされるポーズを発信し始めるまでがかなり早いだけのことだったのかもしれない。

これは思い付きの仮説だが、そういった他人を信用しない姿勢に加え、色々な感覚過敏がある事が、

他者とのコミュニケーションや人の多い環境で異常に体力・精神力疲弊する遠因の一つになっているのかもしれない。

自然と視界内の他人の体の動き、歩調、視線、呼吸、緊張とかの情報無意識に受信、分析していて、

敵対しそうな気配があるかどうかのセンサーを全開で働かせてしまっているとしたら、そりゃまあ疲れそうだ。

そういえば一度、大阪電気街ひったくりを遠目に目撃した際に、犯人が走り出す前から犯人に妙な違和感を感じて足を止めて注視していた事があって、

同行していた知人に後から「なんでお前わかったん?」と気味悪がられた。

まあウスノロビビモヤシなので追いかけたりはせず、覚えておいた特徴をあとから警官に伝えただけだったが。

しかしなるほど、私はどうやら信用というものに対して大変根本から向き合い方が捻じれていたようだ。

思えば、知人友人関係どころか、家族恋人相手ですら、常に直後に相手と縁が切れても大丈夫だと思える程度の関係を保ち続けている。

進学時に学費を出してもらう際や、家を借りる時に保証人になってもらう必要があったが、なにかとても気持ち悪くて非常に落ち着かなかった。

はいえ、自分としてはあくま個人個人として、相手を一知的生命体の個体として尊重して接してきたつもりだ。

思想に立ち入らず、主張に踏み込まず、追わず、求めず。それで十分だし、それ以上の関係他者と築きたいと思ったことも恐らくまるでないと思う。

貸し借りをすることがあっても、返ってこなくても惜しくないものしかさないし、自分が弁償できそうなものしか借りない。

昔、恋人関係になった相手からものすごくよくできたロボット自分のことを人間だと思い込んで人間のフリをしているようだ。と言われたことがある。

あの言葉は、結構核心を突いていたのかもしれないな、と今になって思った。

さて、どうしたものやら。

小林麻央美談化は、癌当事者からすると理解不可能

小林麻央話題が取り上げられて、癌患者睡眠薬処方量が増えている、具体的な数字統計をどなたか出してくれませんか?

 なぜ、こんなに自己顕示欲が強くて、頭の中がお花畑の人が、美談として祭り上げられるのか、理解に苦しむ。同病の人間からすると

「やっぱりステージ4じゃ無理なのね」という、焦燥、諦め、落ち込み、動揺の̠感情しか植えつけなかった。

結局、治療経過の詳細は明かさずに逝った。標準治療を拒んだから悪化したと言う。

豪華個室、湯水のごとくお金を使った民間療法。一切の客観的詳細を排除した、ポエムブログ

はっきり言おう。小林麻央祭り上げる人は、当人が癌じゃない。患者だったら、癌患者家族だったら、

こんな報道ブログはやめてくれと思う。死が怖い。睡眠薬が無いと眠りにつけない。

怖いには2通りある

まず自分より強いものに対する「怖い」、これが一般的な「恐怖」の意味するところだろう

猛獣に対する恐怖、権力に対する恐怖、カツアゲに対する恐怖、まあいろいろある

ところがもうひとつ、そうではない「怖い」が存在する

具体的に言うと、家でゴキブリムカデが出てきた時だ

もちろん怖いっちゃ怖いのだろうが、差し迫った命の危機があるわけではなく、

例えば家で強盗に遭遇した時の恐怖とは本質的に異なる

ゲスな言い方をすると、本来格下と考えているもの自分自由になることなく、

あろうことかこちらに危害を加えてくることに怯えながらもムカついている、とでも表すべきだろうか

言うなれば見下し型恐怖というもの

女はこの両者を感情ではスパッと分けているはずなのに、悲鳴だけは同じ風に上げるから始末に負えん

夫が息子を叩く

6歳の息子が「パパに叩かれるのがいや」と涙ぐみながら訴えてきました。

私が見ていないときに、言うことを聞かなかったりして何度か叩かれたそうです。

夫は普段は子煩悩でおとなしいけれど、プライドが高く
ちょっとしたきっかけでかっとなりやすタイプ。

息子はしばらく前から幼稚園友達の影響で言動生意気になってきました。
感情コントロールが苦手で興奮しやすかったり、相手の反応おかまいなしに
不快言動を繰り返すことがあります。
ちなみに3歳の時にアスペルガーと診断済み。

私もそんな息子に手を焼いていらいらしてしまうことが少なくないし、
思い切り叩きたい衝動かられたことも何度もあります。
だから夫の気持ちが全く理解できないわけではありません。

だけど、そこは踏みとどまってきました。
幼い頃2年間療育にまで通わせて、少しずつ積み上げてきたもの台無しに
なってしまう気がしたからです。

息子は叩かれたことに傷つき、悔しさと夫への不信感でいっぱいになっていました。
「大人子供に「お友達を叩いてはだめ」というのにどうしてパパは叩くのか」
と言うのです。
叱られた内容はさておき、大人理不尽さがどうしても許せないようでした。

そこで私は息子に、

 ・パパは○○(息子)にわかってほしいという強い気持ちがあったんだと思うよ。
  それを上手に表せなくてつい叩いてしまったんじゃないかな。
 ・だけど、大人からって叩くのはよくないよね。それはパパに伝えておくよ。

と伝えました。そして夫に

 ・叩くことがしつけだと考えているのなら効果があるどころか
  逆効果になっているから今すぐにやめてほしい。
 ・叩いたことは、感情的暴力に過ぎないと自覚してほしい。

とメールしました。口頭だと口下手な私では考えが整理できないし、
お互いに感情的になってけんかになってしまうからです。

夫からは「今後気をつける」とだけ返信がありました。

息子は物事をあまり引きずるタイプではないので、すぐにいつも通り
明るく元気になり、夫とも良い関係に戻ったように見えました。
それが半月ほど前。


ところが、一昨日、夫はまた息子を叩いてしまったようです。
それも私が見ていないところでだったので、息子の訴えで知りました。

夫は息子を叩く心理的ハードルがすっかり下がってしまっているように感じます。
毎回私の見ていないところで手をあげるということは、多少の罪悪感が
あるんだろうか…。

夫に「とにかく叩くことはしつけにはならないからやめてほしい」と言うと
「わかったから!!」と大声でどなり、その後は一切会話できなくなりました。
メールにも返信がありません。

叩くといっても、身体にあとが残るほど強く叩いているわけではないし、
昔なら「しつけ」で済んだ話。おおごとにする必要はないのかもしれません。
だけど子供が叩かれる姿も、夫が叩いている姿も、想像するだけで胸が痛くなるし
こんなことが続くのは耐えられないです。

けれど、夫のプライドを傷つけず、息子がこれ以上叩かれずに済む方法が
見つかりません。


※これまでの経緯と自分の考えを整理したくて初めてここに書いています

ストーカー男気色悪いんだよ

https://anond.hatelabo.jp/20170625192045

ばっっかじゃねーの。

鍵付きに別人装って友だち申請して、こそこそTwitter覗き見る、ストーカー気質の男と

ネガティブ感情は、リアル人間関係では迷惑になるから、そういうことを吐き出し合える場所作って、他人に見せないようにして吐き出して、リアル世界では頑張って生きてる女と

どっちがマトモなのかよく考えろ、クソ男が。

結婚してやろうと思ってたけど、人間性不安を感じるだと!?

こっちが願い下げたよばーーーか。

学力コンプレックス感情おかしくなる人は権力を持ってはいけなくて、入試をやり直すことが唯一の処方箋だよね

2017-06-26

https://anond.hatelabo.jp/20170620235535

自分問題を冷静に把握できるが把握できるだけではどうにもならなくて手を焼いてる感がよく伝わってきて辛いなー

あなたほど成功はしてないが自分も似た問題を抱えてるような気がする

ブコメにもあったがアスペルガー症候群っぽくないか?少し 

認知行動療法とか自分でやってみたらどうかな?フラッシュバックが起きるような出来事について冷静に思考感情を整理できるかもしれん

適当自分でできる本が売ってるよ

オタク男性キモいと言う時そこに嫉妬があるのか

オタク男性ポジティブだ。

オタクキモいと言われたら

「俺らが二次元に夢中で惨事相手にしないから怒ってる、二次元に勝てない惨事嫉妬

ロリコンキモいと言われたら

ロリコン相手にされない婆が幼女嫉妬してる」

処女厨キモいと言われたら

処女厨相手にされない中古以下略

と大概のキモいを、俺らに愛されたい女の嫉妬と受け止めている。

彼らにはキモいと言う=愛されたいのにかなわない嫉妬という謎の思考回路がかなり強固にある。

イケメンですら許されなさそうなキモい性癖キモい発言を振りかざしながらよくぞそこまで自信たっぷりに…と感心してしまう。

まり彼らがキモいと言う時、例えば「腐女子キメェ」などと言う時、彼らの脳内にある感情腐女子二次元に夢中でオタク男が愛されない事への嫉妬なのだろう。

とか言ってみたけどオタク男に愛されたい腐よりは腐に愛されたいオタク男のが普通に居そうでキモいな。

論理的

物事論理的に考えられることは大事だと思うけど、感情は同じくらい大事だし結局人は、経済だって感情で動く。

楽しい、嬉しい、寂しい、悲しい。

人生って、伴う感情で決まると思ってる。

みんなの目指してる「幸せ」って、感情以外の何者でもないよね

これだけは言えるけど、感情馬鹿にする人に人の気持ちはわからない。

報道の悪質さ

小林麻央さんが亡くなったというニュースがあって、自分の周りの人たちがざわめいた。

悲しいねブログ見てたのに、泣いちゃうよの言葉

なんでか自分は何も感情を持てなかった。ガンだからメディアに取り上げられ特集を組まれ『かわいそう』と世間に知らせる。

なんか、これが許せない。

だって、他にガンで亡くなってる人なんてごまんといるのに

その中の1人が持ち上げられかわいそうと言われ悲劇の死、感動ストーリーにされ

じゃあ今までガンで亡くなって来た方はなんだと思ってるの?

そんなの平等じゃないと思います

だって日本でガンに苦しんだ人はたくさんいるのにその人だけ心配するの?後の病気入院してる人はどうでもいいの?

どうせ来月になったらさっぱりみんなの心から消えます

自分祖父祖母をガンで亡くしたので、そうやって報道され持ち上げられた人だけかわいそうとか言ってる人たちのことが心底不愉快です

「感動」ってピーピー泣くことなの?

感情が動かされるから感動 

それ以上でも以下でもないのに

 

なぜか世間では 泣きはらした顔で

「パパママ兄弟友人よありがとう! 学校会社お客様の皆にありがとう!」

と述べて 周りもそれに合わせてしわくちゃのサルのようなツラで

涙を流さなければいけないらしい

 

感情が動かされるのなら

まらない邦画見てウンザリしたり

目の前でペットが死んだり

リアル戦場映像見るだけでも感動じゃないか

 

芸人のように口先でまくしたてずとも

心が動いただけで感動と言える社会にな~れ

2分の1成人式は全く下らないしやらなくていいが

感動押しつけがダメって理屈なら「横暴な教師に色々されてイヤな気持ちが蘇ってPTSDになるから…」って言えば卒業式だってやめるの?って思っちゃうね。修学旅行だって運動会だってイヤな思いはいっぱいした人はいるだろうし。

「感動押しつけ」っていうワード市民派の人にはビンビンくるらしいんだけど。よくわからんなぁ…と。

勿論、1/2成人式なんか要らないんだけど。その理屈は無いんじゃないの?と。

http://b.hatena.ne.jp/entry/www.asahi.com/articles/ASK6M4TL8K6MUTFL00G.html

ここに出て来る親のバイオレンスだのなんだのは、1/2成人式関係無く解決すべき話じゃないかなぁ…と。1/2成人式でイヤな思いをするってのは、原因から引き起こる個人的感情なんだよね。1/2成人式好きな人も、多分そういう個人的感情で「感動した!出てよかった!」とか言っていると思うんで。どっちも、なんだそりゃ?って感じで。

元ネタマンガだと分かったところで気持ち悪いという感情に変わりはないということ

https://anond.hatelabo.jp/20170626121314

https://anond.hatelabo.jp/20170626122543

まー自分馬鹿だというのは重々承知なので置いておこうか。

元ネタマンガだと分かったところで気持ち悪いという感情に変わりはない。おーわり。

ただ気分を害しただけだった。

https://anond.hatelabo.jp/20170626050955

両サイドの感情逆撫でしたほうがアクセスも伸びるしみんな活き活きブコメするだろ?

これって大正義Win-Win関係じゃねーか

もうちょっと嫌いなものを語るやつに感謝するべきだな

(続)今、某声優ファンだけど「強火」になりたくない。

https://anond.hatelabo.jp/20170626100841

どうやら文章がなが過ぎたのか切れてしまったので、誰にも求められていないとしりつつも続きを載せておく。

↓↓↓

運による要素もとても多いのだが、つい「もしかしてちょっと頑張ればいける?」なんて思ってしまう情けなさ。

大人しくしておけばいいのに、後ろだって充分楽しいのに。

本気で毎回前を取ろうとしたらどうしたらいいのかはわかっているけれど、それをするためには費用も労力もかかりすぎるし、おそらくそれをしたところであの頃と同じ楽しみ方はできない。

そもそも、あの頃のように認知されてお気に入りファンになりたい訳では無いのだ。

これだけは自信を持って違うと言える。

私にとってそうなりたい対象は後にも先にもaさんだけだ。

それに、今応援している声優さんと私が楽しくお話ししている様子なんて全く想像もつかないし魅力もあまり感じない。

というか話すことがない。

ライオン赤ちゃんのような?

檻越しにみて「キャーかわいーー」と思ったり、抱っこして写真撮影をするくらいの触れ合いなら楽しいけれど、じゃあ毎日会いたい?毎食餌やりしたい?というか飼いたい?と聞かれたら答えは即答で「No」みたいな……

なんとなくそんな感じなんですけど伝わりますかねぇ……

あの頃のようにもっと必死な強火のファンになりたい!

そうは思うのだが、求めているものが当時と違うのだから同じ方法では私の欲求は満たされないのではなかろうか。

けれど、この前最前列でその声優さんを間近で見た時の興奮はあの頃いつも最前列で感じていたそれと全く同じ感じでドーパミンアドレナリンが出ていた気がする。

これはどういうことなんだろう。

どうしてこんなに苦しいのか。

私はただ、好きでいたいだけなのだ

その人の声を聞いているだけで幸せになれて、その人の出演作を追っていくとその度に新しい発見があるのが嬉しくて、

ラジオでみせる素のその人をうかがい知れる様子がとても微笑ましくて。

それだけで充分なはずなのに。

もう「強火」はこりごり。だって苦しいって知っているから。

ライトファンでいたい。

もう目立つことはしたくない。

他人を気にせず自分のペースで好きでいたい。

これは間違いなく私の本心である

けれど、必死で全力で追いかける事でしか味わえない感情がたまにフラッシュバックする。

あの快感中毒性でもあるんだろうか、

それが欲しくて仕方ないのも、また否定し難い事実なのだ

公然叱責を平然としてしまう、自己感情コントロールできない人を管理職につけてはならない

更年期女性は要注意。

でも、自己認識してコントロールできる人もいるから、決めつけやレッテル貼りは良くない。

2017-06-25

もやもやとした気持ち

大前提として、私はあなた出会えなかったという事実が、目の前に形を持って存在するくらいに、ある。

しかしそれでも、どうして私じゃなかったんだという残念な気持ちがある。

奥様と私は似たタイプだ。タイミングさえあっていれば。

今まで会った異性の中で、一番素晴らしい人のように思える。優しい。

もし、と考えるまでもなく、私が2年前にあなた出会可能性はほぼゼロだった。

あなたは体調を崩し、それを支えたのは今の奥様と言う。

2年前の私が、体調を崩したあなた献身的に支えられたかというと、たぶんできない。

その頃の私は私で、体調もメンタルも崩していて、自分のことだけで精一杯だった。

しろ助けてくれって感じだった。

仮に出会えたとしても、やっぱりムリだったと思われる。

タイミングとはそういうもので、いま、いまじゃなきゃダメなんだ。

じゃああなた独身だったとしても、つまり献身的に支えた誰かがいない人生だった訳で、きっと今の優しいあなたにはなっていなかった。

いまはい関係だと思う。単なる仲間。恋愛感情存在しない世界で成立している。

友達に近い。一緒にいると落ち着く。とても楽な気分。リラックスしている。

好きなものは好き、嫌いなものは嫌い、良い、悪い、を言える。

矛盾するかもしれないが、嫌われても良いって感じ。いや、嫌われないだろうと信じられる感じ?

でもそれは、あなた結婚しているからかもしれない。私に本気になることはないからかもしれない。

いつか忘れる時が来るだろう。そう思える。でもいまは。あなたが好きだ。結婚していたとしても、好きだ。

実は恋愛結婚も求めていないのかもしれない

ただただ気に入った相手を「振り向かせたい」。

そしてそうやって相手を振り向かせることができたという達成感や自分自身に酔いしれたいだけなのかもしれない。

そこから先のこと(付き合いだしてからどうするか、とか)については興味関心はない。

否、関心がないのではなく、それだけ相手のことが好きなんだから、「とにかく付き合い始めてしまいさえすればあとはどうにでもできる(どうにかしないといけない)」と考えているといったほうが正確だな。

そう思えるくらいの相手でないと、そもそも興味わかないし。

しかしだからといって恋愛駆け引きテクニックは、面倒で意味不明

そんな恋愛ゲームみたいなことをしたいわけじゃない。

大切なのは「気に入った人といっしょにすごす時間や思い出」だ。

相手のことが好きで、相手のことを思いやってさえいれば、自然にそういう行動ができるのだからそもそも難しいテクニックなど不要だろう。

それとも世の女性たちは、そういう表面的なテクニックに長けていなければ男に対して魅力を感じないのだろうか?

ならばそのへんのナンパ師とでも付き合うがよいといいたくなるが、そういうのを求めているわけでもないのだろう?

恋愛ってなんなんだろうな。

何のために恋愛感情存在し、人は何のために恋愛するんだろうな。

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