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はてなキーワード: 死神とは

2019-01-13

お前が増田に書くようなしつこさで

 明治時代は、3000万国民全員が、自分死ねやオラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

ってことをやっていて、そんときは、リーダーの神が生きてたから、ドツボにはまって、尊崇感情

あったし、みんな善良で夢があって、前向きに働いて働いて働くまくって幸福絶頂だったのだろう

たかプレステFF7が出て、スクウェアエニックスまじすっげwwwwwwwwwwwwwwwww

っていう感情があって、明治天皇様さまあああああああああああああああああああああああああああああ

って感じで、お前天皇に逆らうとかバカじゃねえの?感が日本中にあって、明治憲法絶対だ、法律絶対

逆らうとかありえんよ、っていう状態だったんだろうな。今の神は死神だが。

2019-01-12

ブギーポップは口笛を吹かない」あるいは「木村明雄の消失

アニメブギーポップは笑わない」1〜3話および原作ライトノベルブギーポップは笑わない』の内容に触れています

TVアニメブギーポップは笑わない」が放送中だ。ほぼ20年前にスタートしたラノベ原作であり、アニメ自体は二作目だが、原作の内容に沿ったアニメ化は今回が初めてとなる。

さて、そんなアニメブギーポップの「ブギーポップは笑わない」(原作シリーズ一作目)編が、最新の第三話で完結となった。平均的なラノベアニメ化としては、原作1巻を3話で消化というのは、極端に速いペースというわけでもない。それでも、もともとが5話で構成された原作を3話に再構成する上で、大小さまざまな省略・変更が発生することは避けられなかった。

そのうち、特に目についた二つの変更点について、思うところを少し書いてみる。

「君と星空を」&木村明雄

上で述べたように、原作ブギーポップは笑わない』は5つのエピソード構成された物語となっている。一話にそれぞれ主人公視点人物)が設定されており、一つの事件複数人間の目から見ることで立体的な世界が立ち上がってくる、といったような、今となっては(当時でも?)さほど珍しくはない仕掛けだ。

原作構成及び各話の主人公はこうなっている。

ブギーポップは笑わない/上遠野浩平(電撃文庫) - カクヨム


これがアニメでは、

ねこういう形に変換されている。話数単位で大雑把に見れば、各パートの分量はともかく原作の流れを大枠では引き継いだ構成と言えるだろう。

ただひとつ原作第四話がその主人公存在ごと抜け落ちている点を除いて。

原作第四話は、木村明雄という男子高校卒業後(事件から二年後)に、当時「失踪」した紙木城直子と過ごした日々のことを回想する、という内容になっている。

木村は、紙木城の交際相手の一人(アニメでははっきりと描かれないが原作の紙木城は木村田中を含めて複数の男と付き合っている)であり、事件にはあくま彼女を通して間接的にしか関与していない。紙木城から保護したエコーズについての話も聞くことになるが、何かのたとえ話だとばかり思っていた。

紙木城の失踪後、色々あったもの普通高校卒業普通大学生として普通生活していた彼の元に一通の手紙が届くことで高校時代記憶が蘇り……という、1話竹田と同じかそれ以上に青春小説的な色合いが濃く、いわゆる「一般人」の目線から見た章となっている。

アニメ化にあたって、章はともかく仮にも原作主人公の一人を丸ごとカットするのはあまり乱暴に思えるが、ここには一応それなりに納得できる理由がある。

第一に、事件の真の姿あるいはその存在すら知らないまま全てが終わってしまっていた、という木村明雄の立場は、程度の違いこそあれ竹田啓司(一話)や末真和子(二話)と重複している。一人一人に見える現実には限りがあるというテーマを示すためには、この二話だけで既に必要最低限のノルマは達成していると言えなくもない。

第二に、竹田と末真は以後の巻でも登場している(末真は準レギュラーに近い)が、二人と違って木村明雄は今のところ少なくともブギーポップシリーズ内では再登場しておらず、カットしても今後の展開に特に影響がない。

第三。エコーズの素性に関する情報は、原作では第四話で木村が紙木城から話を聞くという形で最初に明かされる。物語の本筋との関係においては四話の存在価値と言ってもよい部分だが、アニメでは2話後半、紙木城と凪の会話でほぼ同じ内容が補完されている。これは、原作でもそのようなやり取りがあったと事件後に凪の口から語られていたものであり(木村自分にだけ話してくれたと思い込んでいたが)、オリジナル展開というより変則的原作再現に近い。木村カットしてもそういう軽度の改変で済む部分なのだ

驚くべきことに原作『笑わない』には、凪と紙木城が親友であるという情報こそあるが、二人が直接会話するシーンは存在しない。にもかかわらず、読者にはちゃん彼女らが親友同士に感じられていたというのは小説マジックというほかないが、ともあれ、今アニメで凪と紙木城の会話が追加されたこ自体ファンにとって喜ばしくさえある。

これらの理由から、『笑わない』をTVアニメ3話分に収めるために章と主人公をどうしても一つ削らなければならないとすれば、やはり第四話と木村妥当ということになるだろう。アニメスタッフ判断は間違っていない。

間違ってはいないのだが。

口笛

原作において、ブギーポップというキャラクターはいくつかの記号によって構成されている(もちろんその全てが記号還元され得るというわけではない)

都市伝説死神世界の敵の敵、黒い帽子と黒いマントと黒いルージュ、ワイヤー、そして口笛。

ブギーポップは、常にというわけではないが誰かの前に姿を現す時、特に世界の敵と向かい合う瞬間には、なぜか「ニュルンベルクのマイスタージンガー第一幕への前奏曲を口笛で吹きながら登場する、ということになっている。

過去メディア展開でも、多くの場合はこの口笛が再現されてきた。

実写映画はあらすじの時点で「口笛を吹く死神」と紹介されているし、旧アニメファントム)ではブギーポップ登場時の口笛はもちろん、次回予告のBGMとしてオリジナルアレンジマイスタージンガーが毎回使われ、最終回ではテルミンバージョン???)すら流れるという充実ぶり。

メインの使用キャラクターではなくサポートキャラとしての出演に過ぎない、格闘ゲーム電撃文庫 FIGHTING CLIMAX」でさえ、ブギーポップはやはり口笛を吹いて登場している(実際にプレイしているわけではないので又聞きだが、そのせいで攻撃判定の発生が遅いとかなんとか)

このように、「マイスタージンガー」「口笛」はこれまで原作の内外で、ブギーポップというキャラクター作品象徴する、代名詞と言ってもいい扱いをされてきた。

原作『笑わない』では、ブギーポップは二度口笛を吹いている。一度目は、一話の竹田屋上で会話をしている時。

第一話 浪漫の騎士 4 - ブギーポップは笑わない/上遠野浩平(電撃文庫) - カクヨム

ブギーポップが口笛を吹き始めた。明るく、アップテンポな曲で、しかも呼吸に緩急があってすっごく上手だったが、しかし口笛なので、やっぱりそれはどこか寂しげだった。

 そして、藤花は口笛が吹けないことを思い出した。

うまいんだな。なんて曲だい?」

「〝ニュルンベルクのマイスタージンガー第一幕への前奏曲さ」

「なんだいそれ」

ワーグナーって大昔のやかましロマンチストがつくった、一番派手な曲だよ」

二度目は五話終盤、早乙女を失って荒れ狂うマンティコアに追われる新刻の前に姿を現す時。

第五話 ハートブレイカー 4 - ブギーポップは笑わない/上遠野浩平(電撃文庫) - カクヨム

 恐怖のあまり、私はついにおかしくなった、と思った。

 幻聴が聞こえだしたのだ。

 現実にはあり得ないほど不自然な曲が、目の前の並木の植え込みから聞こえてきたのだ。

 それは口笛であった。

 しかも、口笛にはまるで似合わない曲、ワーグナーの〝ニュルンベルクのマイスタージンガーなのだった。

いずれも、古くからの読者には印象深いシーンだろう。

しかし、今アニメの「笑わない」編ではこれらの口笛演奏存在しない。ブギーポップは、一度も口笛を吹かなかったのだ。

これも木村同様に尺の都合なのだろうか?

マイスタージンガーといえば、あの、ふぁーふぁーふぁふぁーという力強いイントロが印象的な曲だ。口笛でいうと、ぴーひょーろろーとなる。最低限この、ぴーひょーろろーさえ吹いてくれれば、少なくとも原作読者には「あの口笛」だと一発で分かるし、初見視聴者にも、ブギーポップというのは口笛を吹くキャラらしいということだけはなんとなく伝わっていただろう。

前回のアニメや電撃FC使用された口笛バージョンマイスタージンガーで、ぴーひょーろろーの部分の所要時間確認してみると、せいぜい2〜3秒というところだった。2、3秒。もちろん1秒24コマで動くアニメ世界での2、3秒は、日常的な感覚のそれよりも遥かに長い時間ではあるのだろう。だが本当に、今回のアニメ「笑わない」編は、ぴーひょーろろーを挿入するだけの余裕が一切存在しないほどに緊密な内容だったのだろうか。

どうしても時間が足りないなら、いっそセリフを喋りながら同時に口笛を吹かせてもよかったのではないかブギーポップというのは、そのぐらいの物理法則を超えた無茶も読者視聴者笑って許してもらえるような、良くも悪くも異質なキャラだったはずなのだが。口笛のためにそこまで冒険するほどの価値はない、と判断されたのか。

これが、今回のアニメではブギーポップは口笛を吹かない存在として設定されているということなのか、それともあくまで「笑わない」編だけの変更なのかはまだ分からない。次回からの「VSイマジネーター」編ではしれっとぴーひょろ吹き始めたりする可能性もある。しかし仮にそうなるとしても、「笑わない」で口笛を吹かなかったという事実は、もはや取り返しがつかないのだ。

原作未読者の中には、口笛が無いとなにか物語の展開に支障が出るのか?という疑問を持った人もいるかもしれない。たしかに、どうしても口笛が無ければ成立しないという場面は、原作にもほとんどない。もちろん口笛自体に、特殊振動波か何かで敵の脳に直接揺さぶりをかける、などという実用的な効果存在するわけもない。はっきり言ってしまえば、口笛は基本的雰囲気づくりの賑やかしでしかないということになる。

その意味では、削る必要はないが削ったところでどうということはない要素だったのだ、とも言える。

言えるのだが。

昔語り+α

ここで唐突に昔の話をする。

ブギーポップがちょうど一度目のアニメ化や実写映画化をしていた頃のこと。とある個人サイトにて、「実写映画になるっていうから読んでみたけど単なる化け物退治の話だった」というような『笑わない』の感想を見かけた。当時の自分シリーズ純粋ファンだったので、そのあまりにも大雑把なまとめ方に、大雑把にまとめてんじゃねーわよ!と素朴に憤慨したものだ。

しかし、今にして思えばあの感想示唆である複数視点による眩惑を取り払った一本の話として『笑わない』の本筋だけを眺めてみれば、それはたしかに「単なる化け物退治」の話でしかないのだ。

では、自分を含めた多くの読者に『笑わない』を「単なる化け物退治」ではないと感じさせた、「本筋」以外の部分とはなんだったのか。それは、自分の進路について語る竹田とそれを半ば無責任肯定してくれるブギーポップであり、

第一話 浪漫の騎士 4 - ブギーポップは笑わない/上遠野浩平(電撃文庫) - カクヨム

「へえ、君は受験しないのかい

「うん。親父の知り合いでデザイン事務所をやってる人がいて、ずっとバイトしてたんだけど、その人が〝おまえは見込みがある。センスを感じる〟とか褒めてくれてさ、大学なんか行かずに俺のところに来いって言うんで」

「すごいじゃないか親方に見込まれ職人ってヤツだな」

“対決”を望んで走る末真であり、

第二話 炎の魔女、帰る 3 - ブギーポップは笑わない/上遠野浩平(電撃文庫) - カクヨム

(そうよ──中途半端はもううんざりよ!)

 霧間凪はほんとうに魔女なのかも知れない。でも、それこそ望むところだった。

「No One Lives Forever」を口ずさむ早乙女であり、

第三話 世に永遠に生くる者なし 5 - ブギーポップは笑わない/上遠野浩平(電撃文庫) - カクヨム

「……誰も、誰も、誰も、誰も、誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も誰も………」

新刻の意志の強さを賞賛するブギーポップであり、

第五話 ハートブレイカー 4 - ブギーポップは笑わない/上遠野浩平(電撃文庫) - カクヨム

しかし、新刻敬──君の意志の強さは見事だ。君のような人がいるから、世界はかろうじてマシなレベルを保っている。世界に代わって感謝するよ」

そして、木村であり口笛であり、そういった一見取るに足りない枝葉こそが作品の印象を形成していたのではないか

枝葉とは言うものの、ひたすら枝と葉を切り落として純化していった先にあるのは、ただ一本の幹だけがまっすぐ天を突く寒々しい樹の姿だ。口笛や木村が本筋に不必要だというなら、ブギーポップあんな格好をしている必要別にない。『笑わない』のプロトタイプとなる作品には早乙女存在していなかったともいうし、この巻に限って言えばブギーポップだって無くても成立しそうな内容だ(シリーズ全体で見てもブギーポップ世界設定の中で異物として浮き続けていている)。必要不要物差し物語を測れば究極的には、そもそもアニメ化する“必要”とは……?原作が書かれる“必要”はあったのか……?という不毛なところにまで踏み込みかねない。

ブギーポップというシリーズは、ことに『笑わない』は、この「剪定」の影響を大きく受けやす作品であるように思う。本筋に関わらない細部が、作品本質とは思いがけなく深く結びついてるかもしれない、という面倒くささがある。アニメ側にとっては、原作の味を再現するためにどこを切ってどこを残すべきなのか、という判断が非常に難しい題材だったのではないか

いや、ブギーポップに限らずどんな作品であっても、ファンアニメ化や映画化などのメディア展開のたびに、アレがないと○○本来の良さが失われてしまう!と感じてはいるのだろうけど。

まとめ

木村明雄の省略に関しては、大きな変更ではあるし非常に残念ではあるが、三話という尺を考えれば致し方ない(そもそも『笑わない』を三話でというタイト過ぎる構成の是非はともかく)

口笛に関しては、小さい部分かもしれないが逆にそんな小さいところを敢えて削る意味が分からないし、監督でもシリーズ構成でもプロデューサーでもいいので早めに誰かに何らかの説明をしてもらいたい。

ということになる。

原作から変えること自体は、いい。メディアの違いに加えて、予算時間など様々な制約もある以上、どうしたって変えざるを得ないところは出てくるだろう。だが、その変更に意図というか大げさに言うと「思想」があまり感じられないのはちょっと困る。原作から変えてまで実現したかたこととは何なのか。

前回のアニメ、「ブギーポップは笑わない Boogiepop Phantom」は、初アニメ化にもかかわらず『笑わない』のオリジナル後日談という暴挙とすら言える内容となっており、それだけにとどまらず「霧間凪一人称が『オレ』じゃない」など、原作からの変更点がいくつか存在した。当然、原作ファンから評価も当時はあまり良くないものが多かった。

しかし、ファントムというアニメからは、これが作りたい、こうした方が面白いはずだ、という意志は強く感じられた。原作からの変更点自体に納得できるかどうかはともかく、そういう姿勢を打ち出されればこちらも、へぇ……あなた達はこういう画面も話も異常に暗いアニメがカッコイイと思ってるんだ?「オレ」女はリアルじゃないって?へーえええええ……?と正面から受けて立つことができるというものだ(こめかみに血管浮き上がらせつつ)

今のところ、今回のアニメブギーポップは、原作読者の目から見ても決して悪い出来ではない。悪くはないのだが、どうも、どこに芯があるのか分かりにくいアニメ化となっているように見える。

公式が「アクションファンタジー」と銘打っているということは、「笑わない」編では終盤に集中して存在する程度だったアクション部分が徐々に増えていく、これからエピソードが本番ということなのかもしれない。たしかに、最初に公開されたPVでもアクション描写はひときわ光っていた。

次の4話からは、原作では上下巻の大がかりなエピソード「VSイマジネーター」編が始まる。そこでは、このアニメと思いきりVSできることを願っている。

追記

”『笑わない』のプロトタイプとなる作品には早乙女が存在していなかったともいうし” へえ  それどこ情報? - maturiのコメント / はてなブックマーク

”『笑わない』のプロトタイプとなる作品には早乙女存在していなかったともいうし” へえ  それどこ情報

電子版『笑わない』新規書き下ろし「後書き」。プロト版のタイトルは、「エコーズ──人喰いの谺」だって

2019-01-11

脳死してるのに飯食えて健康長生きできるとかい思想の最悪さ

 アルバムに映っている昔の自分笑顔で笑っていて精神感受性バリバリ機能し素晴らしい時代

 美しい趣味や風情のある社会があった反面で、その穏やかで優しくて社会に貢献した人をして犯罪

 させて逮捕したり、秋葉加藤小泉毅の件、その後の若い人によるテロ、惨殺事件が続いてること、

 昔は働いてた精神心理はもう働かず、誰もが人間の形を取った憎悪の塊でこの12年滅茶苦茶で

 あって誰一人暴力(例えば憎悪を生成している2ちゃん増田サーバーピストルを撃ちこんで

増田2ちゃんを消すとか)で正義を実現しなかった結果、最近まで最悪であり、もう誰も精神が働かないし

 心理状態も最悪で、昔が最高だった時点で、詰んでるわな。

 ほんと、成功していることにしたがっているうそつき公務員天皇みたいな廃棄物、そろそろ誰かテロ

 起こした方がいいんじゃねえの。昔のことを忘れているとしか思えないし、もう今後、希望が戻ることも

 ないし、既に大きな人はおらず、現に12年間、増田性格の悪い女や鬼や死神やクソチンポが散々

 卑猥なこと執拗に書いてきて誰も暴力で止めなかったという実態があったせいで昔から続いてきた醇風美俗は

 なくなったし、むかし心が良くて今終わってる時点で最悪だし、終わってないというのも欺瞞過ぎて、はっきり

 言ってテロ起こした方がいい。

2019-01-09

女の繊細なところに配慮できない強い者の時代とか言って開始された12年だが

 強者の中に明治昭和のような神仏英雄がいないのが分かっていて、クソチンポや鬼や死神

しかいないの分かった上で開始したもんだから、女からみると鬼や死神存在自体理解できないし

国家に関しては、女からは、警察という暴力団がいるようにしか見えないわけであって、実質は鬼や死神

関係なくて暴力で暴れている凄まじく最悪なクソチンポと鬼女がいるだけということしか察知できず

その背後で書類作ってる鬼や死神は、女にはもはや分からないしその文書趣旨理解できないわけだ。

特に裁判官が書いた判決文や行政書類なんて、女目線では、あまりナンセンスグロくて意味不明な上に

無内容、仕事遅い、法制度は滅茶苦茶で、女勢からゲロを催されている。で、実質関係は、書類では支配できないか

単にクソチンポが暴力に訴え、鬼女恫喝で女を抑圧してるだけで、背後に神仏英雄といった自己正当化できるもの

用意できずに開始された最悪なものなんで、女から見ると、魅力ないことこの上ないし、単に死ぬほどキモい暴力

恫喝ができる異形の男女が支配してるようにしか見えないのだ。要するに、開始時点の12年前から、神仏英雄

用意できず、クソチンポと鬼女暴力から入った話でクソ最悪だし、未だもって神仏英雄といった雄雄しい男女は

出現しないわけで、もう女勢からは、怨嗟の声が上がっているほか、お笑いでも芸能でも、あまり無趣味形式だけ

暴力的、具体性なく形式的で滑稽なエロ画像の氾濫、反文化的、低知能の極みで最悪にも程がある。特にエロに関しては

女勢からみて、真にエロもの抹殺して形式的で妄想的なものばかり氾濫してて女から見て興奮するようなエロ

ネットから抹消されたの感があるし、風俗きもいのばっかで、女勢が真に欲するような風俗店は全滅してるし

女や女よりの若人が興奮するものは消そうと必死

男が勝った時代はとうの昔に終わってるんだよ

 明治維新は、元々武士暴力的で、1000年にわたる土着支配体制めっちゃ臭いレベルウンコカス社会

あったところに、明治天皇やその周辺が、ドイツフランスの知見を持ってきてやってやってやりまくぞと一念発起し

元々武力支配してた男が「人に当たらずも石を投げたら暴行罪」「女性の髪を引きちぎったら傷害罪」とか日本には

ありえんかった支配体制確立させて40年間3000万日本人をゾクゾクさせ、民族をしてうひょーーーーーーーー

と言わしめ3000万日本人のほとんどが天皇ガチ崇拝していたことは、今の30代の若者プレステの登場を崇拝するがごとし。

昭和時代に腐って戦争して爆発した失敗はあったが、戦後30年は、英雄時代で、なお、雄雄しいもの成功を続け、

昭和50年かた1985年までは、男が敗北し段々女性化したものの、男や老人もやむをえんという思想があって、

女性化の波に協力的だったが(といっても警察の一部では西部警察という映画を作って既に発狂していたことは認めるしかない)、

85年に至り、雄雄しい界隈が精神破綻して、男ないし男みたいなのは一気に崩壊平成は、一気に、女々しいもの、病的なもの

支配を握り、雄雄しいものが失敗したのをいいことに、75年以降から既に潜在化していた女々しいブーム全国的に大爆発。

その結果、もう東京には、女々しい者対象商品レストランなどしか残っていない感がある。

という経緯を辿っている。で、雄雄しいものは、公立学校でクソチンポ、鬼、死神しか育成してこなかったし、裁判官

検察官公務員には、もう時代ゴミしか採用しない風潮だったので、国家には死体しか残っていない。

こいつらには、もう明治昭和のような神、英雄に値するものになる気もないし、いくら言っても無駄

うそこまで偉大な者になる執拗な性欲を持っているもの公共機関はいいから、判事検事は、明治昭和とは比較にならん

くらい終わってるし、犯罪者ではないかというレベル

平成31年社会の本当の醜さ

 ちっちゃい子、ママ時代になってよかったでちゅね~みたいに最高になったと

勘違いさせてるけどウソだよ。この社会をつくるのに

ア 熱血教師とか神とか英雄とか昭和の本物キチガイ系は不都合からママ連合体暗殺してる

イ そのくせ、男は働き手として必要からどんな臭いチンポでも死神でも働けるなら社会内で生かす

ウ クサマン、クサチンポ、その両性具有系のキチガイ、性欲の強い悪人刑務所から出して利用

エ ちっちゃい子が大切は自己欺瞞で、実際はママ連合体が好きそうな幼児だけ大切にして、可愛くないと思ったらベランダから落として殺してる

少しも素晴らしくない、単に最悪だよ。誰も本音では、最高の時代が来たとは思ってない。

支配してるママ連合が、神とはとてもいえないからな。相当に醜悪

正当化たかったらもっと愛を増やせよ。いずれにせよ現況は評価できるものではない。こんな半端なもんじゃ過去幾多の神、英雄には勝てねえよ

実際クズから

2019-01-07

日本国家なんかクソの役にもたたねーから死ね

 もう何も検討してないだろ。幼児が生まれてその親に育てさせることに妥当性がないし、

 親と子の関係意味ないし、子供が生まれ場合国家が一度幼児収集してその性癖

観察し、性格に応じて収容すべき部屋の中に入れ、その中で教育する制度を作るべき

そうすればいじめもなくなるし、穏やかな子は穏やかな子だけで集まる部屋、クサマン

クサマンの部屋、鬼は鬼の部屋、神は神の部屋、で育てればいい

まりは個々の幼児の具体的な性癖に応じて妥当な部屋に管理しその中で育てれば不幸は発生しない

公務員がクソゴミ無能からそういうことしねえんだろ、さっさ死ね死神

社会地獄になっているのは平成天皇が悪い

 ただそこにマンコがいただけなのに、無理矢理公立学校に入れて

教育でクソチンポにしてからマンコに戻したり、マンコは臭いまま放置していたり

仮に鬼マンコを作っても学校は神を作らなかったし、死神ばかり量産した

平成で優秀に育てられたマンコは、金持ち予備校や有名私立を通じて、一流大学

で金かけてきちんと育てたから知性のあるお嬢様高知能のエリートサラリーマン

仕事で結果出してるのが実態だし、公立で育てた、クサマン、クソチンポ、死神

その中間の様々なキチガイゴミ害悪クズは、うそつきしかいない

2019-01-02

ガンダムWっていつ観ても

シリアスギャグをやっているようにしか見えん。

昔見てた時もそう思っていたが、やたら自爆したり、特攻したり、自爆したり

ヘビーアームズは弾薬枯渇ばっかりで

パイロットピエロだし

死ぬぜえー!とかやたらハイテンションデュオ死神とか滑稽だし

カトルだけまともかと思えばやっぱり気が狂うし、

レディアンは急に乙女になるし

リリーナしんちゃんだし

五飛は戦え戦えうっとおしいし

ヒイロ自爆しか特技がねえし

もうなんなのこのアニメ

シリアスドリフかよ

2018-12-29

【目が点】課金チ○ポで女性客を煽る銭ゲバ運営アプリD2

自分は微課金初日

惰性でD2メガテンプレイしていたら、なんの前触れもなく画面上に【楽しんでいますか?】とだけ書かれたダイアログが出たので、どんな答えを期待しているのかな、と感じながら正直な答えを選択したところ……意見を聞かせて欲しいとの事で、ご意見ページに誘導されました。

わざわざフィードバックを請う以上、読むつもりが有るのだと感じたので長文を送ってみましたが

自分ひとりの意見だけで、セガが、またこアプリゲーらしき何かが改善されるとは思えないですので、誰かしらに届く事を期待して、送信した内容をここに置いておきます

まず、元日追加予定のミシャグジさまについて

こちらのタイトルを含んだメガテンシリーズ登場作品於いて、常に合体可能であった筈の"邪神"の種族と設定するにも関わらず、合体不可の現金販売のみに設定するのは、度を超えています

邪神以外に設定したとしても歓迎はされないでしょうが。(ついでに書けば、似た扱いの死神についても*デビルサバイバー前例があるにしろ*"当たる由もない極低確率ガチャ限定追加"とした設定自体が、相当に馬鹿げていました。)

また、年内に修正予定であったベルゼブブロキケルベロスアバドンホクトセイクン等の、加護アーキタイプ覚醒スキル改善について、告知すらなく延期されている事にも強い不審を覚えます

セガにおける現体制メガテンシリーズの開発運営に不適格なのでは無いか?と、プレイ歴の長いシリーズファンほど首を傾げていると思います

自分がここで強調したいのは、数々の利潤追求に由来する障害があってなおプレイしている現ユーザーは、多かれ少なかれ、いずれ追加されるだろう悪魔が、それぞれ現時点では未実装であっても、以前からお気に入りキャラが『旧来シリーズから大きく外れない形で追加されるだろう事』に期待しているからーー

言い換えれば、"セガメガテンに対して真摯に向き合って行くだろうと信頼している"から

ーーこそ、プレイを続けていられるのだという、この一点について、決定権をもつ上層部から現場スタッフに至るまで全員に、改めてきちんと理解して欲しいという事です。

ついでに書かせて貰えば、d2メガテンに限った話ではありませんが(FGO課金に関する記事記憶に新しいです)

当たる筈のない無茶な極低確率ユーザー押し付けておいて、それに乗るかどうかは自由に選べるのだから問題ないのだとする、この姿勢自体が、詐欺的な悪徳業種の手口そのものなのですから一般的社会通念の持ち主には「傲岸不遜な運営姿勢だ」と受け取られそっぽを向かれるか、「気づいた時点で即座にアンインストールされて当然」の無茶な設定値であった、という根本的な問題について、真っ向から向き合うべきでは無いでしょうか。

旧来からの信用を切り売りして燃料とする商法を良しとするなら、スクウェア・エニックスと全く同じではないですか? 自分は彼らが大嫌いなので、セガセガである由縁を見たいです。

追伸

チ○ポで釣る手法自分も真似てみます

以上

2018-12-25

アニメ化直前ブギーポップシリーズ現状報告(ある程度の既読者向け)

(全て個人的見解です)

アニメの開始で、ブギーポップ懐かしい!原作いまどうなってるの?ていうかまだ続いてるの?という人々も少なからずいると思われるので、シリーズを振り返りつつ現在の大まかな状況を説明する。

今のところ明確にブギーポップシリーズとして刊行されているのは以下の22作。

  1. ブギーポップは笑わない
  2. ブギーポップリターンズ VSイマジネーター PART 1
  3. ブギーポップリターンズ VSイマジネーター PART 2
  4. ブギーポップ・イン・ザ・ミラー パンドラ
  5. ブギーポップオーバードライブ 歪曲王
  6. 夜明けのブギーポップ
  7. ブギーポップミッシング ペパーミント魔術師
  8. ブギーポップカウントダウン エンブリオ浸蝕
  9. ブギーポップウィキッド エンブリオ炎生
  10. ブギーポップパラドックス ハートレスレッド
  11. ブギーポップアンバランス ホーリィ&ゴースト
  12. ブギーポップスタッカート ジンクスショップへようこそ
  13. ブギーポップバウンディング ロスト・メビウス
  14. ブギーポップイントレランス オルフェの方舟
  15. ブギーポップクエスチョン 沈黙ピラミッド
  16. ブギーポップ・ダークリー 化け猫めまいスキャット
  17. ブギーポップアンノウン 壊れかけのムーンライト
  18. ブギーポップウィズイン さびまみれのバビロン
  19. ブギーポップチェンジリング 溶暗のデカダント・ブラック
  20. ブギーポップアンチテーゼ オルタナティヴエゴの乱逆
  21. ブギーポップダウトフル 不可抗力ラビット・ラン
  22. ブギーポップ・ビューティフル パニックキュート帝王学

(新作「ブギーポップオールマイティ(仮)」来春発売予定)

電子書籍ストアなどでは、作者本人が執筆イラストレーター共通しているスピンオフビートのディシプリン』『ヴァルプルギスの後悔』各4巻もブギーポップシリーズとして扱われているが、ここでは除外する。

ブギーポップシリーズは、刊行順の並びで大雑把に三つに区切ることができる。

12/26追記:この区切り自分個人的勝手にそう思ってるだけの便宜的なものです)

第一期(98年〜00年)
1.笑わない〜9.エンブリオ炎生

第二期(01年〜13年)
10.ハートレスレッド〜18.さびまみれのバビロン

第三期(14年〜)
19.デカダント・ブラック

各時期の特徴を見ていこう。

ブギーポップ第一期(笑わない〜エンブリオ

一般的な「ブギーポップ」のイメージを形作った初期作品群。

一見ありふれた現代日本日常の背後で、巨大な組織が絶えず暗躍し異能者が世界を変革するべく活動する、謀略論世界観。

思春期不安定な心と世界危機がいっとき交差する、叙情的・詩的な青春小説としての側面。

五人の主人公視点による五つの章で一つの事件を立体的に語る、という第一作の笑わないに代表される、トリッキー構成

ごく一部の準レギュラー的な存在を除いて、基本的新規キャラクターもしくは既存の脇役が主人公となって毎回半ば独立した物語が展開される、いわば全ての巻がお互いの「外伝であるようなシリーズの組み立て。

緒方剛志の洗練されたイラストと、鎌部善彦によるシンプルかつ洒脱なブックデザイン

少女達の間でささやかれる都市伝説であり、普通女子高生の別人格?として現れ黒づくめの格好で口笛を吹きワイヤーを操る死神もしくは世界の敵の敵……という、その他の世界設定からは遊離しているとしか思えない謎の、しかビジュアルデザインも含めて圧倒的に魅力的な存在ブギーポップ

などの点が読者から評価され、人気を呼んだ。

ラノベ流行TRPGベース異世界ファンタジーから現代ものに塗り変えただとか、現在大人気のあの作家やこのゲームライターも影響を受けただとか、当時の存在感については既に色んなところで言われているので各自Wikipediaなどを参照のこと(大げさだったり紛らわしかったりする情報もあるので眉に唾をつけながら)

ブギーポップシリーズ - Wikipedia

具体的なデータは分からないが、売り上げ的にも恐らくこの時期が絶頂だったのではないか。今回アニメ化の対象となるエピソードも、ほぼこの範囲からと見ていいだろう。

この時期で注目すべき巻、という話になると、一作目の笑わないはもちろんのこと、それ以外も全部と言うほかない。

王道ボーイミーツガールを軸に、前後編同時発売というボリューム作品世界が大きく広がった、リターンズ1・2。

予知能力者の少年少女によるささやかコミュニティがたどる儚い運命を描く、もしかしたら謎部活もの残念系の先駆と言えるかもしれない?パンドラ

閉ざされた高層建築というアクション映画を思わせる派手な舞台設定で、最終巻となる可能性もあったためか一旦シリーズを総括するような大団円が心地良い、歪曲王。

笑わないに近い連作短編構成で、シリーズ重要キャラクター炎の魔女」とブギーポップ誕生を描く、ブギーポップオリジンとも言える、夜明け。

ジレンマを抱えた創作者の心をアイスクリームに託した、ペパーミント魔術師

屈指の人気キャラクターの登場巻であり、二人の男が巡り会い激突する、シリーズ中では比較ストレートに「熱い」展開が見られる、エンブリオ二作。

以上の9巻はわずか二年の間に刊行されている。ほとんど月刊ペースで新刊を出すような恐るべき速筆ラノベ作家存在する現在ではさほど目を引く数字でもないが、当時としては驚異的なスピードだった。それが一世を風靡する大人シリーズであればなおさらだ

次に述べる第二期では、複数の他シリーズと平行して執筆していたとはいえ一期と同じ巻数を出すまでに十年以上かかっていることと比べると、初期はどれだけ筆が乗っていたのかよく分かるだろう。

ブギーポップ第二期(ハートレスレッドさびまみれのバビロン

ちょうど一度目のアニメ化、実写映画化の時期を境にして、やや作風に変化が見られた。

異能による戦闘の重視

能力存在のものは以前からさほど珍しいものではなかったが、それまでは物語の中の一つの要素でしかなかった戦闘に、武器として用いるのが半ば当たり前となった。

各巻の主人公格にはたいてい非能力者も一人は配されているし、エンブリオのような異能者対異能者の直接的な戦いがそんなに多いわけではないが、それでもいわゆる「能力バトルもの」という印象はかなり強まった。これを理由作品から離れた読者も多い、らしい

かい部分だが、能力に(多くの場合洋楽由来の)名前がはっきり設定されることが多くなったのもこのあたりからだ(言うまでもないがブギーポップジョジョの影響を大いに受けている)

・「敵」の扱いの変化

世界の敵、もしくは敵候補側の視点が薄くなり、一期のように主人公の一人として扱われることが少なくなった。これと同時に、世界の敵の動機に世直しというか率直に表現すると「人類補完計画」に類するものがほぼ見られなくなった。

異能バトル化の進行と併せて、表面的には「邪悪敵役主人公たちが討ち滅ぼす物語」という単純な構図にやや接近することになる。

構成の素直さ

多くの場合複数視点で展開されること自体は変わらないが、各視点をそれぞれ一つの章(短編)にしたり、時間を大きく前後させたりというような凝った構成はあまり見られなくなった。

霧間凪の(一時)退場

数少ないレギュラーキャラである霧間凪が、二期半ばの13作目のオルフェの方舟以降、ブギーポップ本編に登場しなくなる。恐らくは、凪が主人公スピンオフヴァルプルギスの後悔』との兼ね合いによるものだと思われる。この不在は、21作目のラビット・ランで再登場するまで長く続いた。

テーマの複雑化

言葉にしにくい部分だが、一期においてはまだ、各巻が主に何を題材にしているのかが、なんとなくではあるが伝わるという印象だった。それが二期では、テーマ的により込み入った話が多くなり、分かりやす共感や盛り上がりからは遠ざかった感がある。そのぶん作家性がより強まった、とも言えるが。

第二期の注目作としては、

霧間凪ライバル?的な存在が初登場する(以降の出番はほぼスピンオフ)、ハートレスレッド

設定上最大に近い「大物」の登場巻であり、以後、他シリーズも含めて作中世界に大きな影響を及ぼす出来事が語られる、ジンクスショップ

暗い森の中を延々と歩き回る閉塞感と晦渋さのせいか読者の賛否が極端な、ある意味で二期らしさを象徴する作品といえる、ロスト・メビウス

本当に大事なことは既に終わっているという、これまでもシリーズに見え隠れしてきたもの見方が改めてテーマとして大きく扱われ、青春とバトルのバランスの良さから?二期の中では読者の評価も高い、沈黙ピラミッド(沈ピラの愛称で親しまれている)

などがある。

ブギーポップ第三期(デカダント・ブラック〜)

現行の作品群。

近刊の最も目立つ特徴として、主に第一作品主人公格だったキャラたちが、再びメインを張っていることが挙げられる。

基本的には新規登場人物もしくは既巻でのサブキャラ主人公となることが多かったものの、かつての主役がメイン級として再登板という展開自体は一期でも二期でも存在した。たとえば、歪曲王の新刻敬、ロスト・メビウスの織機綺、化け猫フォルテッシモなど。しかし、デカダント・ブラック以降はそのようなキャラクター配置が今のところ全ての巻で一貫して見られる。

三期各巻で主人公格として再登場した既存キャラは以下の通り(カッコ内は過去の主演巻)

これらのキャラは初期作品評価に比例して人気が高く、シリーズ上でも重要人物と見られているが、彼らが登場しているからといって、いわゆる「本筋」が大きく進展するだとか、シリーズを畳みにかかっているといった気配はあまりない。相変わらず核心の周囲をぐるぐると周るような展開が続いている。

また、こうしたキャラクター配置がテーマから導かれたものなのか、それともある種の商業上の要請によるもの(早い話がテコ入れ)なのかどうかも不明

それ以外の傾向としては、概ね第二期のそれを継承した形になっている。ただ個人的に一つ気になる点として、新規キャラクターの「格」の低下ということがある。

あくま作品から受ける印象だが、三期で初登場した新キャラ達には、作者の思い入れというものがあまり感じられない。戦闘能力の強弱などの問題ではなく、良くも悪くも人格的な面で個性が薄く、その内面に寄り添い掘り下げるような視点も弱くなっている。

特に世界の敵もしくは世界の敵に至らない程度の「悪役」の造形はこの傾向が強い。あからさまに傲慢だったりするいけ好かない人間として登場して、実際にいけ好かない人格のまま説教されたり死んだりして退場する、というケースがほとんどを占めている。

また、主人公視点人物として再登場している一期のメインキャラ達はたいてい洞察力に優れ、過去の巻で既に何事かを成したいわばひとかどの人物であるため、彼らの視点で描かれる新キャラはいっそう底の浅さが浮き彫りになってしまうというキャラ格差問題もある。

世界中の誰しもが、たとえ一見取るに足りない存在であっても世界の敵になり得る、というようなテーマの反映なのかとも思うが、それにしてもクソ雑魚ナメクジに過ぎるし、そういう「敵」ばかりではさすがに辟易してしまう。なにより、たとえばあのスプーキーEですら持っていた、人格の複雑さ・意外性というものほとんど感じられないのは寂しい。

悪役なら悪役でいいので、せめて初登場時点では、恐ろしさや底の知れなさをもう少し演出してくれないものだろうか。あるいはいっそ、無理に毎回新規キャラを多数登場させることを控えて、ほぼ既存キャラだけで話を回し始めてもいい頃合いではないかと思うのだが……ムーンライトに一度だけ登場したカレー屋など、もっと掘り下げてほしい旧キャラも既に十分以上に存在することだし。

というかいい加減ストレンジ書いてくれ。

まとめ

自分の目から見たブギーポップシリーズのこれまでと現状は、こんな感じだ。

結果的に後半はほとんどネガキャンのような書き方になってしまったが、そういう意図は毛頭ない。むしろ、こんな風に不満を持ちながらもなんだかんだで楽しく追い続けている読者もいるぐらいには今も魅力的なシリーズなんだよ、ということが言いたかった。信じてほしい。

今回のアニメ化の影響で原作が売れたり読まれたりするとしても、そのほとんどはアニメ化の範囲であり新装版も出る第一期、それも前半に集中することだろう。だが、これを機会に未読の二期・三期作品にも手を伸ばしてくれる元読者がたとえ一人でも現れてくれるなら、非常に嬉しい。読んだら一緒に文句を言おう(文句言う前提)

この増田への批判反論は大いに歓迎する。内容が何であれ、ブギーポップへの言及は増えれば増えるだけありがたい。

2018-12-24

怒ってる日本人世界がどんどん禿げており悲惨

 もうほぼほぼ意味はないのではないか金も関係ないし、国家天皇死神だし

 もはや生活用品現物支給以外に何か意味あるのか。

 怒っても何もいいことなさすぎて悲惨な反面、怒ってない日本人インターネット

 遊び放題だし、もはや、怒らない日本人の勝ちの様相を呈している。

 神も仏もいない。

2018-12-23

キムタクが如くの英語版はJudgment

Judgment

https://en.wikipedia.org/wiki/Judgment_(video_game)

JUDGE EYES英語版題名は「Judgment」との事。

日本語版正式名称「JUDGE EYES:死神遺言

ネットでの俗称キムタクが如く」

英語版正式名称「Judgment」

龍が如くをYakuzaにしたような、思い切った題名を期待していたが期待が外れてしまった。

2018-12-21

飯とオナニーエロしかないけど何言ってんの?

 ア 美味しいものを食べる

 

 イ 風俗出会いなどで誰かとHをする、特に子供とする

 ウ オナニーをする

 それ以外は滅んだ。神も死神しかいない。うまいもんを食って若い子とエッチ

 するかオナニーかだよ。東京にも地方にも、それ以外はない。以上。

日本エロの国なんで昔クソエロかったし生産性あったのに今は死神支配してて夢ないか

 本当に気持ち悪いのは死神だよ。神は神でも明治時代昭和時代の若かった神ではなく

今いる神はもはや90歳か100歳、いや、幽霊の神か。性欲は枯れ果て、ウソだらけ、

空虚、虚無、墓。本当にきもいのは、「死んでいる神」だ。

2018-12-20

酒を追加したい。

どこでもいいから書きたかった。何か残るところにと、考えもせず書き殴っている。保険をかけておくと、文章を書くなんて何年もしていないししか最後に書いたのは必死こいてやった卒論だ。私的で深夜テンションで酒も入っているしちょっと無気力な気分だし句読点は正直苦手だからきっと中々入ってこないけれど、それでも書きたかったのだ。そして文章の癖として自分に酔っているような文になる。よし、ここら辺でいいだろう。

今日は久しぶりに昔の曲を引っ張り出して聴いていた。ごちゃまぜのプレイリストから昔に聞いた曲が流れ、青春のようなものを思い起こしては消えてしまいたい欲に駆られていた。ああ好きだったなと曲を聴いては曲名アーティスト名を検索してもいた。そのなかに、約3年前に亡くなった人がいた。

情報には疎いほうなので当時死んだということを知るのに時間がかかったが何ヶ月経っても新曲情報が流れてこなかったり急激にカバーが多くなったりとうすうすは感じていたのだと思う。ああ、死んだのか。死ぬということにあまり感情が動かない、というよりその他諸々の感情も中々動かないのだが、実際その程度だった。皆が悲しんでいるのを見て、ああ人が死んだら悲しむのが正解なのかと葬式に参加しなければならないときはいつも感じていたしその時もそう感じていたのだと思う、多分。よく覚えていないや。酒を追加する。

そして今日ツイッター名前検索してみたら多くの人が悲しんでいてさようならありがとうが溢れていた。各々故人を悼んでいるのだろう、絵や歌詞が呟かれRTいいねが沢山ついていた。一番多い言葉は「大好きでした」だ。本人最後のツイには多くのリプが来ていたが、今年のものは少なかった。死んだことを忘れたのか、それが日常になったのか。プロフィール画面から遡っていくと、確かにそこに存在し生きていた。

インターネット検索すると、様々な情報がわかる。その信憑性はまちまちだが話半分で聞いているぶんには面白く、そして時々胸を穿つものが現れる。目を引いたのは「大人になりたくなかったのですね、だから大人になる前にと」

大人になりたくなかった、だから死んだのか。その真偽はどうでもいい。その文が目に入ったとき考えたのは「置いていかれた」だった。

実際には置いていかれるほどこんな一個人ましてやちょっとファンであったやつのことを置いていったとも思ってはいないだろう。ただ単に、大人になりたくなかった自分絶望しただけだ。

何が言いたいのかわからない。まってろ酒を追加する。

言えるのは、それでちょっと悲しくなって自分は何をしているんだろうとこんなのうのうと死んでいないだけで食料を無駄にして電気無駄にして物語を終わらせたくないからとゲームを積んでエンディングを見ず作り手の意思反故にしてまた新しいゲームを買っては通帳の数値を気にして積んで自分が死んだらこの数字銀行に吸収されるのだろうなとか中学生の時に親に自分の好きな曲を否定されたことを思い出して好きなことを話題に出しては否定されるか変にプレッシャーをかけてきては自分が間違っている気になってしまって親に好きなことについて話すこともなくなって文章を褒めてくれた教授は40も下の男にも女にもなりたくなかったあの子性的対象と見ていたことを卒業してから言外に伝えることに成功したただの勘違い人間だったし中学生の時友人とみていいのか分からなかった人をフィクションとして書いてどうしてそんなことするのと失望されてひとりになって成人してもなお好きなことや煙草を吸っていることすら周りの人間秘密にして死にたいという願いを込めて書いた文章は生きたがっているようにみえると言われ学年が上がることに不安になって受験就職も推薦やらなんやらで周りの大人がなんとかしてくれて本当に自分資源無駄にするだけの人間なんだと、改めて思ったということだ。

希望を持ったこともある。二十歳になる前に死ぬ天啓のように思っていて近づくにつれて身辺整理というものをしてみたしどんどん清々しい気分にもなっていたが、後に残ったのは妙に片付かれた部屋と成長しきれない心だけだった。

死にたかった。誰の記憶にも残りたくなかった。でも自殺する勇気も行動力もなくて生命保険のこととか考えてしまって結局布団の中で静かに首に手を当て某児童書の「死ぬとは長い一日の終わりに眠りにつくようなものだ」という言葉に望みを抱いて朝が来ないように祈りながら眠りにつくしかなかった。そして結局ハッピーエンド物語のように朝は来る。

夢の中では知らない誰かが何度も殺しに来てくれて血の流れる感触を覚えているのにそのまま眠りにつくことすら許されず眩しさに目を開けるしかないのだ。

最悪だ。

いっそ死ぬような病気だったのならと何度考えたことか。きっと物語のように生きたいと願いながら死ぬことができるのだろう。それが羨ましくて仕方がない。社会不適合者であるという点を除いては全くの健康であるのがもったいないもったいないおばけがでるぞ。

そうだ、この際気に入っているものを全て言ってしまおう。今は酒の力で無敵である

ありとあらゆるものが好きだ。人間感情にぶれぶれな所が好きだ。腐が好きだ。百合も好きだ。じれったいのも好きだし万人と同じくエロも好きだ。あれは感情の振れ幅が大きくて理解やすい。推理小説は昔から好きだし切なく終わるものも好きだ。つまりメリバというやつだな。バッドエンドだって好きだし魔法学校物語も好きだしジャンプも好きだ。悪魔妖怪が出てくるものもすきだ。転生しちゃったりトリップも好きだ。アイドル魔法少女もしゃべるぬいぐるみだってゴミを固め続けるロボットだってすきだ。国も刀も艦隊人造人間ヒーローも好きだしグロも好きだ。Rー20なんて足りないくらいだし食人だって好きだ。いいぞ、もっとやれ状態であるギャグ日常系もそれに人外も好きだ。異形頭は一等気に入っているし一つ目も多目も分け隔てなくすきだ。それにケモナーでもあると言っていい。ベースがきいているものが好きだ。前にしていた部活の影響か裏打ちが好きだ。ジャズクラシックもすきだ。エレクトロニカも好きだしポップもきく。ボカロ青春と言ってもいいし洋楽は夢の塊だった。歌舞伎も能も好きだ。落語の入り込む時が一等好きだしミュージカルも好きだ。舞台に立つ喜びも知っているからか演劇も好きだ。格闘ゲームゲーセンでもやるくらい好きだし音ゲーゲーセンでやるくらい好きだ。パズルゲームも好きだし脱出ゲームなんてやり続けてるしRPGも好きだ。その影響かTRPGも好きだしものを作るゲームも好きだ。ほかにももっともっと好きだと言えなかったものが沢山ある。

まり、何でも好きなのだ。何でも好きと言うことは何も好きではないことと同義だと考えてしまう。そして、何も好きなことがないということと同じなのだ

お酒を追加したい。

あのアーティストでさえ死んだことが死んでいると言うことが日常になる日がくる。日々は誰かが死んで出来ている。乗り越えるとかそういうことじゃない、ただそうであるということを受け入れて日々を浪費していくしかない。他人を完全に理解することは難しいしきっと一生無理なことは分かっているが、それでも親に「ちょっとぽっちゃりしたね」と言われて密かに筋トレを始めるような自分とはおさらばしたいし、何か誇れるものがあれば死にたいと思うことは少なくなるのではと少し希望を持ってはいる。大人になんてなりたくなかったけれど過去に戻りたいかと言われれば戻りたくない。温室のような過去に戻りたくはないが砂漠に雪を降らすことも出来ないので、きっと死神の目には見えている寿命を全うするしかない。

3年前に亡くなったアーティストの曲を聴いて勝手に悲しくなってその感情をどうすることもできずにただ書き殴るしかできない酔っ払いの今までを消化できるようお祈りし、悼辞の言葉と代えさせていただきます。おーい!誰もおまえのことなんて覚えていないし考えてもいないからお前が死んでもただ数値が1減るだけだぞー!じゃあな。

2018-11-29

anond:20181129090249

別にこられてもいいじゃん。

拷問でもされるならともかく、ものノートだし。

接触られたら死神が見えるリスクがあるから、そこは工夫する必要あるけど

2018-11-25

ぼくが自殺を決行した話をする

今だからあんまり気負わずに言えるけど、当時は人生に対して切実な思いを持っていた。もちろん自殺には失敗したから今生きている。

当時、ぼくは20歳ニート生活をしており、よくわからないまま何の目的意識もないまま、とにかくこの先の人生絶望しながら生きてきていた。

ぼくはそのとき大学中退してそれなりの年月が経過していた。大学に行ったのも特に目的は無かった。働きたくないし勉強もしたくなかったが、親が金を出してくれるということで、自分人生に対して責任というものがなく、ただ言われるがままに進学をしていた。受験勉強は全くせず高校時代は家で勉強したことはなかったが、学校の授業を高校1年生から2年生まではしっかり受けていたこともあって、受験成功し、ランクは落としたが大学に進学した。それでもそこそこの国立大学には進学したので、ぼくは同級生ほとんどを見下していたように思う。

大学に入ったときは「遊びまくれる」という意識があって、いままでの家庭内での抑圧が弾けるかのようにぼくは遊び回った。当時隆盛していたモバゲーやらGREEやらでメンヘラ漁りをしたり、ネトゲにハマったりPCゲームにハマったり映画を見たり、一般的パラサイト大学生として過ごしていた。大学ははじめのころは新鮮でおもしろいと思って通っていたが、慣れてくると結局勉強をしなければいけないことに気づきだんだん卒業後の現実が見え始め、やる気がなくなった。勉強をしてなんになると思い始めて学校に行く頻度が落ちた。卒業して働くということに絶望を感じていた。就活というもの意味がわからなかった。

「少なくとも残り38年、あるいはそれ以上、奴隷として働かなければいけない」という絶望感があった。ぼくはそこまでして生きたいと思っていなかった。好んで死にたいわけではなかったが、人生目的が本当に何もなかった。ただ言われるがまま、子ども学校に行くもんだという指令のもとに生きていた。こうした呪縛から解き放たれて自由を得た代わりに、選択肢が何もないように感じていた。「働いて、生きて、それでその後は?」「何十年も生きて、それでその後は?」「生きていれば楽しいこともあるだろう。それでその後は?」「たとえば何かしら名声を得るとして、それでその結果何が得られるのか?」という風に感じていた。すべての物事人生最後にどう意義深くなるのかを考えていた。こういう考え方は、防衛機制の知性化というらしい。

ひとまず2年生に進級した。必修単位だけはなんとか落とさなかったが、そのほかの単位ものすごく落としていた。状況は何も変わっておらず、相変わらず特におもしろいとは感じないながらも、まだおもしろさが比較的マシなゲームや女遊びに没頭していた。しか現実逃避に過ぎないと考えてぼくは自殺を考え始めた。「死」が選択肢に入ってくると、おもしろいほど転がり落ちるのが早い。ただの堕落した大学から、終わり始めていった。

ふつう人間は、何か行動を選択するときに「死ぬ」という考えは浮かばない。「おなかすいたかコンビニに行こうかな。めんどくさいな。まぁ食わなきゃ死ぬしいいか」というふうにはならない。どんな選択でも死ぬことが関わってくる。死神に呪われているがごとく。「窓が汚れてるなぁ。窓ガラスに首を突っ込んだら死ぬだろうか」「料理はめんどくさいな。包丁を刺すのは痛いだろうなあ」と、だんだん普通の行動を取れなくなる。完全に何かしらの病気なのだが、金がないし「この状況が薬で改善されるとは思わない」と思っていた。

当たり前だが大学には行かなくなった。大学をやめてバイトだけやろうと考えた。当たり前だがうまくいくはずもない。そもそも働きたくないのだから、すぐにバイトにも行かなくなった。身分学生なだけの人間に成り下がった。ぼくは大学も行かず、バイトで貯まっていた20万円を使って、「起きる→ゲームする→眠くなると寝る→腹が減ったとき、朝や昼なら近くのスーパーに行き、夜なら近くのコンビニへ行く」という生活をしていた。ゴミは出たらそのまま放置し、いよいよ虫が出てきたときゴミ捨てをするという、現実逃避以外の何物でもない生活をしていた。

何度も「餓死しようかな」と考えて飯を抜いては「限界。無理」と考えてがっつり食べたりしていた。「3日食べない」「たくさん食う」「2日食べない」「たくさん食う」の繰り返しをしていた。この食べるという行為けが幸福だった。コンビニの同じような弁当ばかり食べていたが、ただただ「うまい」と感じていた。脱水症状手前の状態から飲むポカリは格別だった。体全体が食物を欲している中で食べるハンバーグは絶品だった。ある種中毒になっていたのだと思う。

そうした生活によって金が尽きる前に、母親が迎えに来た。ぼくが携帯電話の電源を切っていたので心配になって見に来たということだった。ぼくは「失敗した」と思うと同時にそれを拒絶した。「現実がやってきた」というふうに感じていた。未来への思考をしないようにしていたところに現実を考えなければいけないトリガーが出た。死を保留することがもうできなくなったと考えて、ぼくはすぐさま死ぬことを考えた。急いで財布だけ掴んで家を飛び出し、ネカフェに3日ほど滞在したあと、富士山樹海で首を吊るのがいいんじゃないかということで、なけなしの金をはたいてぼくは中央線に乗り込み、最後の晩餐として、いくらかの酒やお菓子食べ物ビニール紐と睡眠導入剤を買い込んで、残金がほぼないような状態で、河口湖駅へついた。そこからバス民宿方面へ向かった。民宿の予約はしていない。

ついたのは夜だった。ぼくは民宿の前の道路から少し離れたところで樹海に入った。樹海は街とは比べ物にならないほど暗く、岩は月あかりのせいか血のように光っていた。懐中電灯などというものは持ってきていない。飛び出したおかげか携帯電話も持ってきていなかったので、でたらめに移動した。引き返すつもりもなかったので、財布の中に入っていたお札や小銭を取り出して、破いて樹海の中にばらまいた。そうして移動した。怖くはあったが「動物に襲われたくない」という怖さだった。死にたいが痛いのは嫌だったからだ。樹海は暗すぎて木に紐を結びつけることができなかったので、一夜を明かさざるを得なかった。当時は雪が降る時期で、異常に寒くまともに眠れなかった。「寝たら凍死できればいいのに」「寝たら死んでいますように」と考えていて、必死で寝ようとしては起きてという繰り返して、朝を迎えた。何時だったのかは全くわからない。薄明かりで木に紐をくくりつけられるぐらいになった。

ビニール紐というのは何度も巻き付けて首に巻くとものすごく痛い。そもそも数秒耐えることもできない。睡眠導入剤や酒など飲んだが何の効果もない。意識はかなり明瞭で「死ぬ」という恐怖心と戦わなければいけなかった。「死ぬ。これから死ぬ。なぜ死ぬのか。そもそも死ぬ必要があるのか。これで本当に死ねるのか。考え直した方がいいのではないか。死ななくてもいい方法があるのではないか」と考えた。痛いし寒いし死のうという決意も薄いしで、結局ぼくは死ぬことを諦めた。

朝を迎えた樹海景色が綺麗だった。樹海の中にある道を探すと、あっけなく道が見つかった。その道をまっすぐ進むとすぐ道路にたどりついた。全然道路から離れていなかったらしい。

道路に出て、ぼくは適当に歩き始めた。明らかに変なところを歩いているのに誰も話しかけることはない。それはそれでよかった。変に話しかけられても困るだけだった。道路をまっすぐ進むと甲府方面看板が出てさらにまっすぐ進むと、幸運なことにお店があって、横に公衆電話があった。あとで調べると12kmほど歩いていたらしい。何のためらいもなく110番をする。「自殺に失敗したんですけど」といって、ぼくはいろいろあって実家に帰ることになった。おまわりさんには「いろいろ人生つらいこともあるけど死ぬのはダメだよ」みたいなことを言われてぼくはひととおり泣いていた。ただ、そんな言葉で心変わりするぐらいならここまで悩んでいない。泣いて「ちゃんとした方がいい」と思ったのはほんの数瞬だった。

実家に戻ってまず思ったことは「状況が何ひとつとして良くなっていない」という絶望感がただそこにあるだけだった。死の保留が再びできて安堵していただけだった。当時の家庭環境もよくなかった。父母の仲はぼくが家を出たあとでいっそう最悪になったらしく、父は仕事に没頭しており、そもそも母と情報共有できていなかったので、ぼくが樹海に行ったことを知らないようだった。今も知らないだろう。ぼくも積極的に言うこともなかった。「自殺を図った」という言葉の上っ面では、他者にそこに至った経緯など伝わるはずもなく、その理由理解され難かった。

ぼくはそのまま自堕落生活を送った。

堕落生活で、ぼくはひたすらネット動画を見ていた。「動画を見る・起きる・夜目覚めて冷蔵庫にあるものを漁って食う・眠くなったら寝る」というクズ生活を送っていた。その一般的クズニート状態のまま1年がたって、当時の「死ぬことの怖さ」みたいな思いが風化して、ぼくは再び死ぬことに決めた。「親に迷惑をかけている」とは思っていなかった。「今まで虐待みたいなことを散々してきて育ったのだから当然の報いだろう」と思っていた。申し訳無さではなくて、この先どうすればいいのかを延々と考えていた。未来がない。「奴隷か・死ぬか」という二分的な思考の中で揺れ動いていた。いま思えば思考があまりに先鋭化しすぎているが、周りの環境がそう簡単に変わるわけでもない。むしろぼくの存在によって周りの環境がぼくの闇に引きずり込まれるように悪化し始めた。

死ねなかったのは、前回のプランが悪かったのだ」「そもそもプランをたてる暇がなかったのだ」と考えるようになっていた。「そもそもビニール紐で死ねるわけがないではないか」などと思って事前調査することにした。実際にはビニール紐ではダメで、ロープが良いのである死ぬというのは勇気というか、一大決心がいるものであるが、準備ができていないと死ぬことはできない。感情的であればあるほどめちゃくちゃなことができるが、めちゃくちゃゆえに準備不足で失敗することもある。ぼくの場合死にたい!!」という一撃の思いではなくて、ずっと心にためていた漫然とした「このまま生きていたくない」という学習無力感だったので、痛い思いもしたくなかった。

着々と準備を進めてぼくはやっぱり首吊りをすることにした。何度も首吊り選択している理由がわからいかもしれないが、首吊りリーズナブル苦痛が少ないという合理性からだ。ただし実際には苦痛は他の死に方と比べて少ないというだけで、ものすごくあることもあるし、一般的生き方での「痛い」と比べるべきものではない。基本的にはほぼすべての死に方について、死ぬほど痛い。幸運にも苦痛なく死ぬことができる人もいるはずだけど、最悪の場合永遠に苦痛を味わいながら生きることになる。

ともかく、ぼくはロープを買い、痛くないようにハンカチなども買って準備を万全にした。睡眠導入剤や酒も以前と同じく買った。

夜、ぼくは家を飛び出して近くの山に向かった。田舎だったので山には困らなかった。白昼堂々山に入って通報されたらたまったものではない。夜に行動するのは基本だった。

樹海ときと同じように外で寝た。犬の鳴き声が聞こえて不安を煽られたが、地元ということもあったのかそれはそこまで気にならなかった。今回は夏で、じゃっかんの肌寒さしかなかった。準備は万全で、今回は変に目が覚めることはなく、いったいどういう神経をしているのか、熟睡できた。

明け方ロープを準備した。ネットで調べてきたとおりにハングマンノットという結び方で、枝に結んだ。ぼくは最後の晩餐だとして、買い込んできたご飯を食べた。睡眠導入剤をすべて飲んで水やお茶を飲み、酒を飲みまくり最後ファミリーマートで買ったエクレアを食べた。食べ終わると猛烈な不安が込み上げてきた。「死ぬのか」という感情が心をとにかく揺さぶった。

ぼくは木に登った。木に登って、太い枝に立ち、丸く結んだロープ首にかけ「ジャンプすれば死ぬ」というところまで準備した。猛烈な恐怖が体を襲った。ぶるぶる震える。ジャンプする。ジャンプしさえすれば死ねる。足はとにかくすくむ。今でも怖いと思う。思い出すだけで恐怖心が現れる。

それで、どうやったかよくわからないけど、ぼくは自殺を決行した。枝からジャンプした。

しばらくするとぼくは暗闇の中にいた。そこにはものすごい多幸感があった。眠りから覚める以上の幸せがあった。何かの扉が見えて、眼の前には光があった。あとで「この世に生まれてくる」とはああいうことかというように表現できるたぐいのものだった。ぼくは目を覚ました。ぼくは何をしているんだろう。ここはどういう世界なんだろうか。不可思議感覚だった。

次の瞬間、全身に激痛が走る。人生で生きてきた中で最も痛い激痛だった。ぼくは理解した。死のうとしていたのだった。ぼくは痛さで発狂していた。ぼくは痛いのをなんとかしたいという一心で、自動的ロープから必死に首を脱出させようと試みた。痛い。とにかく脱出しなければ。痛い。ロープから首を。痛いの嫌だ。ロープに手でぶら下がれば首は締まらない。痛さが軽減した。

ぼくはロープから首を出してそのまま枝から落ちた。体がドスッと地面に落ちたがそんなことはどうでもよく、首が熱を持っていた。喉がひたすら痛かった。それどころか頭まで痛かった。どれくらいそこにいたかからなかったが、ぼくは死ねないことに深い辛さを感じていた。鋭い痛みと「死ぬことはできないのだ」という選択肢がなくなったことでぼくはずっと泣いていた。

この経験以来、ぼくは「あのとき実はすでに死んでいて、今も実は死んでいるんじゃないか」という感覚がある。いつかあるとき、今生きていることは夢だということで目が覚めて、あの飛び込んだときに戻るのではないかという感覚がわけもしれずある。当時の体験2chの関連スレにそっと書いていたが、あまりまれることもなくひっそりとスレの中に埋もれていった。基本的にみんな他人には興味が無いのだ。

どのくらいそうしていたか覚えてないが、ぼくは家に帰った。太陽はもう高くあがっていた。どのくらいぼくは首を吊っていたのか全く判然としない。数秒だったのか数時間だったのかわからない。現実的におそらく長くても十分も経っていなかったのではないかと思うが。家につくと母はぼくの首の痣にびっくりしていた。とにかくぼくは生きる選択肢を選んだ。痣は1ヶ月ほど消えなかった。

その後お寺に連れて行かれてカウンセリングを受けた。なぜお寺なのかは理解できなかったが、言われるがままについていった。自分でもカウンセリング必要だと感じていたからだ。話を聞いてて思ったのは「ありきたりな話の集合のくそくらえ」ということで、ぼくが考えていたのは「こいつは使い物にならねえ」ということと、今後の指針だった。幸いにもカウンセラーの口がそこまで達者ではなかったので、ぼくが宗教にハマることはなかった。精神的にだいぶ弱ってはいたが、ぼくが欲していたのは「現実的に機能する今後の指針」であって、よくわからんスピリチュアル的なものではなかった。ましてや自殺決行後の人に、死のうか悩んでいる人向けのカウンセリングをしたところで何の効果もないだろうと、ことここに至ってもまだ人を見下していた。逆にぼくではなく、母がスピリチュアルに頼るような人種になっていた。

自分正当化するようだが、母も別に聖人君子ではない。こうなるまでぼくは小さい頃、虐待とともに生きてきた。第三者から見ればただぼくが悪魔のように見えて、切り捨てたい汚物のようだと思うだろうが。ぼくは今になってようやく、母も祖母祖父からめちゃくちゃな教育を受け、育児嫁姑問題や父との不仲、父のめちゃくちゃさ等でストレスがたまっていたということを理解して客観的に見ることができるようになった。いわゆる毒親というやつだろう。今は遠く離れて住んでいるため、適切な距離を保てていると思う。

まぁそれは置いておき、死ぬという選択肢が消えたことで、ぼくは図書館にいって本をただ読んだり、ぐだぐだと生きていた。結局保留する癖は死ぬ目に遭っても治っておらず、相変わらず親同士は喧嘩が絶えない状態だった。ぼくはとにかくグダグダとしていた。前よりは安穏としているものの、結果的にそんなに状況が好転していないのだった。

そこで東日本大震災が起こった。ずっとテレビを見ていて思ったのは「いとも簡単に人がたくさん死ぬ」ということだった。

ぼくがずっと考えていたことは自然にとってはありふれたことで、一生懸命自分人生を生きてきた一人の人間が、人生を無理矢理終了させられ、大して深い意味もなく死んでいくという「人間ゴミのように死んでいく」光景が新鮮だった。可哀想などと思う人間気持ちを持つ余裕はまだ無かった。失礼な話だが、人が一人死ぬのを見るたび希望が湧きあがってきた。震災はぼくの死生観に強い影響を及ぼした。「人間が生きる意味などない」というのをかなりポジティブに感じた。

「そんなに簡単意味もなく死ぬなら深く考えるのはバカバカしい」と考えた。文字通り死ぬほど悩んだ結果、ありふれた結論に達するという虚無感に、絶望ではなくて乾いた笑いが出た。「死ぬことについて死ぬほど深く考えた結果、死ぬほど深く考えるのはバカ」という結論に達した人はそうそういないだろう。つまり思考停止なのだが、死に関しては思考停止するのが「生きる上で正しい」のだった。

よくよく考えれば奴隷にならない道もあるはずだと思って、ぼくは震災から数週間経つと、金もないのに家を飛び出して都会に出た。都会に出たあとは、世間知らずと社会不適合者が混ざった状態で、その後もまぁ紆余曲折あったのだが、今は生活好転し、ふつう人間のようにして日々を暮らしている。

いま、ぼくは当時を懐かしい思い出として、あるいはいささかの教訓を含む昔話として扱うことができるようになった。

そして、こうした日々に何の意味価値もないことをはっきりと知覚しながらも、さりとて刹那的にもならず、二律背反的だが、人生意味価値があると思いながら、未来を考えて前向きに生きることができるようになったと思う。ニーチェのいうところの超人というやつらしいけど、そんな上等なものではない。現代では一般的なありふれた考え方だと思う。

まぁ、自殺の決行がなんだとかって話だけど、何かの参考程度に受け止めてもらえれば嬉しいと思っています

追記

長すぎて最後の方の行が弾かれたのでこちらに書きました。

https://anond.hatelabo.jp/20181126040934

2018-11-11

悪性新生物

2度目よ、この歳で10年のうちに2度目の死の淵。

神様は乗り越えられる試練しか与えない~とかい言葉、試練を与えられた側からは聞いたことねーわっつーかリアルで聞いたこともないけどな、そんなキチガイじみたこと言う知り合い居なかったのがせめてもの救いだわ。つーかそもそも そんな神様いらねーよ、日頃祈ってないヤツにどうこうするならまだしも、信じて色々敬ってるヤツに試練という名目マイナスなこともたらすとか死神じゃねーかクソが、頭おかしいんじゃねーの、神様じゃなく不幸をなんでも神様等々その他の某かのせいにするお前らだよバー勝手に試練に耐えてろや

2018-10-30

[] #64-2「ヴァリランキン」

俺がその一件の裏事情を知ることができたのは、父がヴァリオリのアニメスタジオで働いていたからだ。

人気投票結果発表から日経った頃、父は仕事仲間を連れて家に帰ってきた。

「あ、シューゴさん、フォンさん。いらっしゃい」

「よお、長男

「どうもどうも、お邪魔します」

シューゴさんは総監督、フォンさんはプロデューサーらしい。

父はこのように仕事仲間を家に連れてくることがあり、俺は彼らから業界よもやま話をよく聞いていた。

俺にとってはアニメの内容そのものより、むしろそういう話のほうが性に合ってたんだろう。

とはいえ、なんでもかんでも安易に話してくれるわけじゃない。

部外者に踏み込んだ話をペラペラと喋るわけにもいかいからな。

それでも隙のない人間なんていないし、なければ作ってやればいいんだ。

はいシューゴさん。どうぞ」

「お、あんがと」

俺はすすんで父たちの輪に入り、酌をする。

そしてこういうとき、「お客さん用」という名目で“いい値段の酒”を開けるようにしているんだ。

酔わせて吐かせるだけならストロング系の缶チューハイとかでもいいが、良い酒で喉元を潤したほうが口元も滑らかになりやすいからな。

そうして程よく酔わせたところで、父たちが話してくれるように誘導する。

今日は集まって酒飲み……ということは仕事が一段落を終えたんですか?」

「ん……ああ、まあな。アニメ制作自体はいつも通りだったんだが、予定外の仕事が増えたからキツかったぜ」

人気投票のことです?」

「そうです、そうです。特に結果発表が控えていたときに、ハプニングが起きましたからね……」


…………

発表の一週間前、父たちは事前に集計結果を確認していた。

人気投票企画運営をしていたのはスポンサー側だったが、監修のために立ち会う必要があったからだ。

キャラクター順位は概ね予想通りですね。主人公が1位で、それに仲間たちやライバルキャラが続いて、新シーズンボスが……て感じ」

「仲間でイセカだけはちょっと下がりますけど、キャラデザ的にウケが悪いのは仕方ないので1桁に入れただけ健闘した方でしょう」

「まあ、ネット投票する奴らはそこそこ年齢いってる奴らが多いだろうしな。イセカは子どもにはもっと人気あるだろうから十分だろう」

「イセカというより、イセカの使う武器が人気あるって言ったほうがよさそうですけどね」

死神よりも、死神の鎌のほうが好き、みたいな?」

「分かりにくい例えだが、何となく分かる」

とはいえ集計は終わり、結果が決まった段階。

その内容も予想通りだったため、雰囲気は穏やかなものだった。

「ん?……なんかコレ、おかしくねえか」

しかし、その中で一人、シューゴさんだけはすぐ“違和感”に気づいた。

(#64-3へ続く)

2018-10-14

死神

恋愛脳では人を好きになる事はあっても両思いになる事は難しい。

高すぎる依存性は親しさの障害になってしまう。過大な要求は満たされる事はなく、不安や猜疑に姿を変え、敵意に変わる。

些細な事に一喜一憂し閉じられた世界で瞬間瞬間を生きることになる。

瞬間の安堵に振り回されれば

それ以外の時間苦痛に変わる。感情プラスマイナスは表裏一体。一瞬の、仮初めの愛と引き換えに長い時間苦痛に耐えねばならなくなる。苦痛時間依存を更に加速させ関係性を悪化させる。

何度も恋愛経験するうちにこのやり方では耐えられなくなるので慣れてくる。相手依存する事はなくなり、自立した大人恋愛に変わる。相手に興味を持たなくなる。

破滅型の恋愛卒業すれば自分が傷付く事は少なくなるが、人を愛するという事はできなくなる。

愛とは破滅の事である

慣れるというのはなんと残酷な事か。

30になって初めて恋をしてこの過程経験した。死ぬかと思った

2018-10-03

ヴィーガンという属性

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1272519

主語を「ヴィーガン」にして叩いている連中さー。

事実誤認を含んだまま、無闇矢鱈とヘイトを撒き散らすのは止めないかい?

b:id:Dicer ヴィーガンって、フランス辺で肉食反対の暴力行為をしている集団だろ? ガン関係といい、ISと同列の扱いで良いのでは。

ヴィーガン集団ではなく、完全菜食というライフスタイル呼称です。

b:id:locust0138 トンデモさん全般に言えるけど、特にヴィーガンは自説に賛同しない人間を見下す傾向が強い。「肉食は残酷動物を殺さない私は偉い」みたいな優越感が根底にあるから

エビデンスはないと思いますが。

「肉食は残酷動物を殺さない私は偉い」みたいな優越感については、エシカルヴィーガン動物愛護の目的ヴィーガンになっている人)はともかく、純粋ダイエタリーヴィーガン健康目的ヴィーガンになっている人)や宗教上の理由ヴィーガンになっている人などには存在しないと思いますが。

b:id:MiYA-mar 自分は、ベジタリアン意識高い系ヴィーガンテロリストだと思っている。

思うのは自由ですが、無実の人間根拠もなく公然テロリスト呼ばわりするのはどうかと思いますよ。

b:id:idea_glue ヴィーガンの人、バカは死ななきゃ治らないを地でいっている

ヴィーガンの人ってヴィーガン全般のことですか?それは主語が大きいのでは?

もしも、この人個人を指しているなら、あえてヴィーガンの人と属性代名詞に使う必要なくないですか?

b:id:mouseion ヴィーガン馬鹿だなと思うのはベジタリアンもだけど、生きとし生ける生物野菜も水も例外ではなくそれは野菜や水を下に見てるからから、こういう差別主義者はさっさと十穀絶って即身仏にでもなって死ねば良い。

ヴィーガンにも色々なバックボーンの人がいるので、そうやって一律でくくるのはとても雑で乱暴な考え方だと思います。例えばダイエタリーヴィーガン志向している人たちにとっては流れ弾以外の何物でもないでしょう。

b:id:xevra ヴィーガン有害具合は最悪だな。ナチュラルに癌患者を殺しにくる様はまさに死神ヴィーガン駆逐は急務だ。

もう完全に主語が大きすぎるし、言っていることも言葉のアヤとはいえ乱暴すぎます

b:id:rameninngenn ヴィーガンのすることはいつも憐れな結果にしかならない.ヴィーガンベジソバ意識他界ラーメン店共々ヒューメンの敵だ.早くあっちの世界へ還ってほしい.

いつも哀れな結果にしかならない、は言葉のアヤですよね。でも、勢いでこういう雑なことは言わない方がいいと思いますよ。

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