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2019-02-22

とべなおとが凄い。

とべなおとが凄いと言っても、あーそうだよね!わかるわかると共感してもらえる人は5%もいないだろうと思っている。この増田クラスタだと特に。だから書いてみることにした。

まず、とべなおとは人名だ。戸邉直人だ。

走高跳を専門とする、陸上選手だ。名前がよい。自らfry highを名乗っている。今月日本記録更新しただけでなく、世界室内のグランプリで3連勝し、世界室内グランプリチャンピオンになっている。普通室内の陸上競技場は即席で作られることが多く、環境的にも期待できるものではない、かつ2月はまだトレーニング期間で身体が十分に動かない時期だ。それなのに関わらずハイパフォーマンスを続けているのだ。

どれくらい、ハイパフォーマンスかを示すため、日本歴代記録を下記する。

高跳び2m30以上

パフォーマンス

2m35 戸邉 直人 2019.02.02☆

2m34 戸邉 直人 2019.02.20

2m33 醍醐 直幸 2006.07.02

2m32 君野 貴弘 1993.09.18

2m32 戸邉 直人 2018.07.11

2m31 吉田 孝久 1993.05.09

2m31 戸邉 直人 2014.05.11

2m31 戸邉 直人 2014.09.15☆

2m30 醍醐 直幸 2007.05.05

2m30 阪本 孝男 1984.09.14

2m30 阪本 孝男 1984.05.06

2m30 戸邉 直人 2014.07.18☆

2m30 戸邉 直人 2014.08.22☆

2m30 衛藤 昴 2017.04.16

2m30 戸邉 直人 2018.04.22☆

2m30 戸邉 直人 2018.05.20

2m30 戸邉 直人 2018.07.08☆

記録調べてたら疲れてきたので今日はこの辺で休憩する。

ちなみに2m30はだいたい電話ボックスぐらいの高さだ。

不満があるなら本人に言えよ

ってたまにはてブコメントで見るけど

それはそうなんだけど、そういうこと言ってる人ってその問題解決したいんじゃなくて

かに共感してほしいから言ってるんだろうなって思う

これ恋愛指南とかお悩み相談で「問題解決より共感しましょう」ていうやつだろうなあ

不満のはけ口がないと動けないのは面倒だなあ

2019-02-21

なんで政治に興味持たなきゃいかんのだよ選挙だって行かねーよ

俺の生活が変わる訳でもなしなんで選挙行かなきゃいけねーんだよ

与党野党も一緒だろ

どっちも俺を救う訳じゃない

何が政治に興味持て選挙に行けだぼけなすども

自分の陣地に人を引き込んで共感ごっこしたいだけだろ

そんな遊びになんで俺が付き合わなきゃ行けねーんだよ

ふざけんなばーか

anond:20190221123721

クレしん子供共感しそうな悪ガキだけど、サザエさんはおばさんだから子供が好む要素ないの当たり前だろ

俺が言ってやるよ!

あんたは頑張ってるよ。「その程度」なんかじゃない。

誰もができるようなことじゃない、大変で立派なことを

ずっと続けてる。本当にお疲れさまだよ。

しんどさを吐露できるのが、ネットのいいとこじゃないか

リアルでは言えないようなこと、相手共感するとは限らないことを

言えて、たまにはそれが誰かの琴線に触れて反応が戻ってくるのが

ネットのいいとこじゃないか

あんたのために増田はあるんだし、

現に増田で俺はあんたの気持ちを受け取ったよ。

自分あんたの境遇だったらどれだけ孤独不安だろうかと思う。

心折れずに続けられるだろうかと思う。本当にすごいことだよ。

何もしてやれないけど、力になれなくてすまないけど、

ちゃんと伝えることだけはしておく。

あんたは頑張ってるよ。

https://anond.hatelabo.jp/20190220202245

2019-02-20

anond:20190220204722

そもそも定説じゃないし、共感ばかり求めているってのもおまえの主観だよなぁ。

イマジナリーなんもしない人

レンタルなんもしない人」に『映画刀剣乱舞』同行を頼んだ審神者オタク共感を呼ぶ 「友達だと地雷を踏むかもしれないので」 - ねとらぼ

記事を読んで、この間、バーで誰かと趣味ゲーム関連)の話をする夢を見たのを思い出す。

目が覚めて、まず「ぼっち自分にそんな相手コミュ力もないだろ!」「そもそもお酒飲めない(ビールを小さいコップ一杯でダウン)だろ!」「どうせバーの夢を見るなら、バーテンダーがどこかに隠れてるウォーリーないないいないバーの夢でも見てろ!」と突っ込んだ。

かに趣味の話とかするのがどんな感覚なのかわからないし、一生それを体験することはないのでなんだか物寂しくなってしまった。

今夜は眠気が来るのを待ちながら、イマジナリーなんもしない人に趣味の話をしよう。

男も女も共感を求める時代

世はまさに大共感時代

「男は解決脳で、共感脳は女特有でしょ?」と長年言われてきたが、

その定説だんだん崩れてきている。

一億総共感社会

ゆえに一番「共感」とは程遠そうな存在であるはずの

共感を求めるおっさん」が今後、爆発的に増えていくと思われる。

とにかく自分の話すことに共感してほしいのだ。

正論説教など聞きたくないのだ。

ただただ、こちらの話に耳を傾けて、寄り添って欲しい…ただそれだけなのだ

いや、まあ、共感を求められて、親身になって寄り添ってあげるか、

知るか甘えんなボケェと突っぱねるかは、個人の好みの問題だし、

カワユイ女の子なら兎も角、何でおっさんなんぞに共感なんぞしてやらなならんねーん」と

言うのは最もな感情だが…

自分でも何を言いたいのかよくわからなくなってきた。

まあアレですよ、ただひたすら、

「親身に寄り添った会話しか求められていない」シチュが増えていく…

そういう時代が近づいていると思うわけですよ。

2019-02-19

オタクチョロすぎ

芸能人ちょっと「実は○○好きなんですよ~」って言ってネットにあふれているオタク文章を拾った事いうと「推せる」とかいって推してくれる。

矢口は間違えただけだ、やり方を。オタクも結局「男は答えを求め、女は共感を求める」とかいいつつ、ほしいのは共感なのだ矢口は答え(なお間違いのもよう)を推し進めすぎた。

普段、「にわかオタク許せない!」って言うやつも、そんなオタク推しながら拡散してくれるんだからチョロいもんだ。

辞めるにしても3月までいろと言われた

就業規則に書いてある日数の倍近くになるけど、しぶしぶ了承した

それで円満になるならと

有給は大量に残ってる

使うなとは言われていないが、3月までに使い切れる状況じゃない

じゃあいつ使えるのかと聞いたら、4月に使われる=4月まで在籍されると新しく有給付与されるからそれは困る

3月末で辞めてくれ、その代わり残ってる分は買い上げる、だと

そっちが退職時期伸ばしてきたんだから、その結果有給が発生しようと筋を通すべきでしょうよ

何回も考えたが、やっぱり自分の考えが正しいと思う

もめるのは正直しんどいけど、合意がなくても任意退職というものがあると労働局の人に聞いた

別にもっと早く辞められたなら、4月発生の有給なんて考えることもなかった

自分の都合ばかり

本当に嫌いだ

普段偉そうなくせに頼みごとをする時だけ下手に出やがって

そんな卑怯性格を見せられたら余計に引く気がなくなるわ

こっちの気持ちをまるで無視するような発言、忘れてないからな

筋を通してくれ

もらえるお金なら欲しいという気持ちもあるけど、それ以上に自分の都合だけ考えてこちらの損を厭わないという姿勢が許せない

理屈こちらにあるなら引く理由はない

ただ、誰から共感されない話だとは思う

ただ強欲なだけじゃんと、他人から見たらそれだけだと思う

実際欲の部分もあるからなんも言えないけど

はあ、もめたくなかったなあ

やっぱりもういいですいいなりで、と言いたくなる時もある

なんで自分はこんなに突っ張るのか

まあ、納得できないからだな

公平じゃない、筋が通ってると思えない

そんだけだ

2019-02-18

普通の人になれなくて自殺未遂した朝


めっっっっっっっっっっちゃ気持ち悪い。

昨日、家にある色んな薬一気飲みしたけど酷い頭痛幻覚嘔吐だけで、はい、生きてます

恐ろしいほどの倦怠感と吐き気を抱えたままきちんと会社に来ています自殺未遂したあとの朝がひっどい二日酔いみたいなんて10年前は知らなかった。

10年前。中学生の頃、一度だけ同性を好きになった。

思えば思春期友情と恋心の錯覚も少しばかりあったと思うのだけど、全く知識の無い自分自分の心と身体性別が違うのではないか、と疑い、学校に行けなくなった。それが全てのきっかけだった。

感覚気持ち悪くて、1年前に最愛の父を病気で亡くしたこともあり、父親の元へ早く行きたくて自殺未遂自傷を何度も繰り返した。毎日人に迷惑をかけ続ける自分がいればいるほど希死念慮は増していくばかりだ。

精神病棟についてきてくれる母の死んだ顔を見つめたり、首を吊ろうとして泣きながら叔母に殴られるたびに「普通の人」になりたかった。

結局地元から逃げ出し、辺鄙田舎町にある高校に進学した。その高校所謂曰く付き”というやつで、社会に馴染めず地元に馴染めずいじめいじめられ死にかけ命からがら逃げてきた16歳にして社会不適合者の奴らの巣窟だった。

そういった不安定クラスメイト達を見て、あの暗黒の中学3年間をなかったことに出来るかもしれない、と思った。

ここは地元じゃない、自分のことは誰も知らない。だから新しい自分を作り上げればいいんだ。

普通じゃない人たちと一緒に生活をすれば(全寮制でした)普通に戻れるかもしれない、と思ったのだ。浅はかな上から目線である

そこから自分はいたって普通で、ちょっと田舎町で暮らしてみたかった皆に平等で弱さにも理解がある、そういうおせっかいで浅くて馬鹿人間を演じた。

朝、最低な気持ちになってすぐ身を投げたくなる気持ちは「朝が弱い」というと「だらしないな」と返ってきた。

無数の手首の傷跡は「猫をたくさん飼ってて」というと同じく猫を飼ってる人間から共感された。案外、どうにでもなった。

そんな人間10年近く演じてきた、その内演じてることを忘れてそれが根本性格だと錯覚してきた。取り繕うだけの10年間だった。きっと絶望的に悲しいことがあったとき自分はまた中学生の時のダメクズで最悪のゴミに戻ってしまう。それは絶対避けたい。だからあらゆる困難から逃げてきた。揉め事になりそうな時は中立立場にいたし、そもそも作ってる人格しか人と接してなかったので自分意見がなかった。八方美人と噂されても、その後に待ち受ける暗闇よりはマシな方に思えた。

ある日、母親の友人が鬱病自殺をした。

葬儀会場で大泣きしている母は「あんたは普通になってよかった」と抱きしめた。ずっと二人で生きてきた、母親が言うのだったら私は普通に戻れたのだろう!母を見事に騙せていた自分は、誇らしかった。

お母さん、だって私、あれから高校の友人の面倒をみて、大学に行って、就職して、友達もたくさんいて、異性の恋人もいる、普通の人だもんね!やったよ~!!!普通の人になれた!!!!!!

はずでしたが、こうやって上手くいってません。なれませんでした。

高校3年生の時、アイドルオタクになったことが 自分精神の均衡を保っていた。その時からアラサー現在までずっと見つめ

ていた俗に言う”推し”を、自分宗教神様の類のように扱っていた。この世のもので唯一本当の自分と対面しているものだった。その推し恋人との写真を撮られたことが、終わりの始まりというやつだった。嫉妬できて癇癪を起したらどれだけ楽だっただろう。そのことより、推しが1年間休むことな批判を浴び続けていたことが、スイッチを押してしまったのだと思う。言い返せば、倍の黒い塊が返ってきた。推し非難言葉を浴びれば浴びるほど、化けの皮はどんどん剥がれ、八方美人は一方にしか向けず、日常生活は送りづらくなってきた。

いくらの子にも本当の自分を見せなければよかった。

数年が経って、メンバー推しファンアンチ全員がそのことを忘れても自分は全く忘れられなかった。例えば誰か芸能人犯罪を犯して捕まって、その批判や援護を遠巻きから見てるだけで発狂しそうだった。こんなアイドル風情のことで勝手精神病んで病院に行くのなんて馬鹿らしくて、そもそも普通じゃないじゃん。となって病院には行かなかった。

それからずっと上手くいってた人間関係もどうやってこなせていたかからなくなり、どうやって電車に乗っていたのかわからなくなり、どうやって生きていたのかもこの歳になってわからなくなって、昨日。

知らぬ間に人のことを迫害していたようで、そんな「知らぬ間に」なんて経験化けの皮を被ってから一度もなくて、自分が黒い塊を送る側になるなんて考えられなくて、どうしよう、人のことを傷つけるなんて、普通じゃない。

ふと前を向くと、推しうちわの前に置いてある薬箱が目に入った。

朝、死ねてなかったことより、やはり私は普通にはなれないことに、どうしよもない絶望を覚えた。

日本酒飲んだ次の日の朝よりキツい。どうやら、親友電話をかけていたようで親友から最後LINEは「でも死ぬのは逃げだよ」だった。

平気に生きたいな~~~~。とりあえず、次の休み病院に行ってみます

普通、じゃなくなりに行きます

anond:20190218132853

怒るとかじゃなくて、前3文字教えてどうなんだって

しょうもない顧客サービスセキュリティって意味ないでしょ。喜ぶのはどうせ数年で死ぬジジババくらいだし

パスワードについては最終的には忘れる客が悪いし、忘れるってことはヘビーユーザーでもない。嫌われても問題ないし、そいつSNSで喚こうが、一般的対応してればジジババしか共感しない

日本人口の1/3がジジババになっても、どうせ使わないか問題ない

からならジジババから搾り取る対面販売オススメ

anond:20190211125224

https://blog.fxmessi.com/2011/10/24/1412/ 尾崎豊共感できない人は、想像力国語力に欠けている可能性がある

8年も前の上記記事にてほとんど同じ問題提起がされ、既に最終解とも言える答えが出ている。

ググれば他にも似たような記事はたくさん見つかる。

から何度も繰り返されている尾崎論争あるある

anond:20190218114241

当時ウケてたヤンキー物って「本当は良い子のヤンキーが熱血教師のおかげで他に打ち込むものを見つけて頑張り更生」みたいなパターンで、そういうのに乗っかりきれない陰キャ向けに「グレても所詮大人の手のひらの上だし自由なんてないし、大人だって社会かに縛られてるだけだし」みたいな歌を歌ったのが尾崎豊なんだけど、なんか数年して普通に不良の歌みたいに解釈されるようになった。

「不良は不良で鬱屈してるし大変なんだよ」って歌うことで陰キャも「そうだよな、俺たちも一緒だよな」って共感できただけで、別に尾崎自身は不良ではない。

スカッジャパンが嫌い

いじめはいじめられる側が悪いこともあるの体現しかない。

なんというか、スタジオ出演者共感の声でマイノリティマジョリティに飲まれていく様子を見せられてる感じで気分悪い。

みんな厨二マインドをどこに置いてきてしまうのだろうか

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/note.mu/toda_makoto/n/n71be988f6b05

ここに並ぶクソみたいなコメントを読んでそう思った

中高生反抗期バリバリの頃に、説教かまして来る大人や、訳知り顔で共感してくる大人なんて拒否しかなかっただろう

たとえ説教正論や役に立つ良い話だったとしても。

しまいにはみんな説教しながら自分の言説に酔っちゃってるし、

それを読んだ周囲も「わかるわー」みたいに群れて保護者会みたいのはじめちゃってる

中二の頃の自分に、そのコメント読ませたら絶望すんぞ。

2019-02-17

anond:20190217103825

ストーリー共感必要ではないかと思いました。

ストーリーを語ることで、やろうとしていることの目的理解共感を得ることで、

じゃあ君もやってくれるか

という感じにもってく。

同じ目的に向かう中で、部下は上司が思いつかないことできなかったことを自分の頭で考えて上司提案する。

同じ目的に向かいつつも、個々人が自立している。

まさに、言うは易し行うは難し、だけど

anond:20190210164305

私も鑑賞後なかなかに複雑な思いがめぐり、いまだに消化できていないので共感しました

商業作品として成功させようとしたらルルーシュファン向けになってしまうことはわかるけど

正直この復活劇はパラレルとして受け入れることしか出来ない

紛れもないコードギアスの新作を見れて楽しめた気持ちもあるだけに複雑ですね

2019-02-16

https://anond.hatelabo.jp/20190216034452

まぁ女は意見の正しさより感情共感だけで生きてるからしゃーない

子供は一緒にいる母親に影響されただけだからゆるく考えておくといい

あと手紙についてはちょっと遠出して他人だけど無下には扱って

きそうにない空いてるバー店員とかあたりに話を聞いてもらって

代わりに読んでもらって読むかどうかを判断してもらったらいい

よさそうなら読めばいいしダメそうならその場で処分してもらえ

anond:20190215084812

割と共感しますし、面白いですね(笑)

 神道折衷だって話もありますけど、キリスト教(と言うかアブラハム系)もそうらしいですしね。

現人神定義三位一体論に共通点があったり、"神" そのもの定義矛盾が有るのも "人" が原因だ、とすると解決できる面は多い気がします。

 そもそも、唯一という言葉が人の感覚であって、他の方の言うように全能性や量子性を持ち込むと意味のない事かもしれないんですよね。

数の概念を超越していれば "1" であると同時に "0" でも "八百万" でもある神の定義も有り得ますし、全能であるのなら寧ろそれが当然。

 全能の神でも持ち上げられない石を云々、もそうですが、人の意思と時制の概念を持ち込むと解決できそうに思います

「人は自分意志を持つ」のが神に作られた人の条件であるとすれば、全能であるはずの神は人の意思に介入できないわけです。

 持ち上げられない石を出現させろ、も、それを持ち上げろ、も、人の意志であって、同じ石であるのに人の意志時間的なずれによって前提条件が変わっているから起こる矛盾とも言え、矛盾しているのは人であって神ではないという解釈可能です。(人と神が同じであればそれにも何も問題はないですが)

 もっと言えば意志とは何か、という話もあり、我々が常に意志を持っているかと言えばそうではないわけで、神は存在すると同時に存在しない、と言うような定義可能かもしれません。時間すら超越するのが神の条件だとすれば、何ら問題はありません。

 ですから、神は唯一であってどこにでも存在し、自分と同じであって我々でもあり、同時にどこにも存在せず、全能であると同時に無能であり、全てを知っていながら何も知らない、宇宙終焉すらも知りながら数秒後に我々が何を考えているかすら知り得ない存在(するかどうかもどーでもいい)である、とw


 要は本当に全能なら宗教定義ときは超越するのが当たり前で、無神論者すら包摂すべきじゃないか、と。

しか定義も論も "我々" が決める事なので神(々)ごときが介入する事でもなく――、

 話が循環してるのでやめます

彼女に手足を拘束されちんこを弄ばれ続けたい」

こういうとブクマブコメには共感の嵐が巻き起こるわけだが、

彼氏に手足を拘束されクリトリスをいじられ続けたい」

と言っても共感コメは起こりえない。

まりここにいる男と女はそれぞれ平均的には変態メンヘラであり、それぞれ互いに屈折関係にある。

https://togetter.com/li/1319220

オタク、というか美少女コンテンツ愛好者の見るに耐え難い振る舞いを煎じ詰めたようなまとめである。長々としたコメント他者同意共感で赤くなっていく様は、あたかも顔を真っ赤にして早口でまくし立てる姿のごとく。

この「身内に示威しつつ相手を屈服させんと互いに念じながら、ともに崖に向かって一直線」みたいな協力関係ぼんやり眺めながら、日本政府韓国政府のことが少し心に兆した。

Number girl再結成する

というニュースtwitterで見て、しばらくなにかの冗談かと思って固まってしまった。

それから自分がまだ京都大学生だった頃、京大西部講堂や、くるりと一緒に京都磔磔でやったライブを見たことを思い出した。

はじめて朝まで徹夜で飲む、という経験をした帰り道。omoide in my headの「気がつくとそこに17歳の俺がいた」って部分を、空が白んで誰もいない街中を、多分そこそこの声出してフラフラ歩きながら歌って、勝手共感してた自分は、今から思うと、まだ二十歳そこそこの若者だったのだ。向井さんが、omoide in my headを作ったのも、二十歳そこそこの若者だったのだから別に間違ってはいないのだが。

最早CDが聴ける機器を所有してないので、Spotifyomoide in my headを聴いた。

今、30代も半ばになって、朝方に17歳自分の幻影を見るという歌詞共感するというのは、もはや罪悪感を抱いてしまレベルで、素直には言えないのだけども……実はこの曲、17歳の時を思い出してる20歳の時をプレイバックしてる30代の自分、という歌だったんじゃないか?と思うくらい、勝手共感して感傷的になってしまった。

これに少しでも似た感情を抱くのが、人生であと何回かでもあるのだろうか、と思うと……。なにかを好きでいるという経験は、本当に捨てたもんじゃないな。

百合ジャンル歴史現在 前

 本稿では、BL/やおいと比べ論じられることの少なかった「GL/百合ジャンル確立歴史と、その現状について考察する。

 はじめに、「百合」というマンガアニメにおけるジャンルを示す言葉概要説明する。「百合」とは主に、女性同士の恋愛と、それに満たない関係性も含めて描いた作品ジャンルを指す。川崎によれば、定説として語源ゲイ雑誌薔薇族」に由来する。男性同性愛を指す「薔薇族」と対になるよう、女性同性愛者を「百合族」と呼称した「百合族の部屋」というコーナーが1976年から不定期連載されるようになったのが始まりであるとされる(川崎2014:44)。当時はレズビアンを指す用語だったが、徐々にサブカルチャーに輸入され女性同性愛を扱った作品群を呼称する言葉に変化していった。

 まず、日本での「百合」のマンガジャンルとしての成立について述べる。そもそも大正ごろの日本においてマンガとしての形態以外で女性同性愛テーマにした創作物としては、性描写過激男性向けポルノか、少女向けの小説に二分されていた。特に女学生同士の姉妹関係エス」をテーマにした少女小説金字塔として、「花物語」(1925)などが代表される。しかし、大正時代少女文化として流行した「エス」の概念現代の「百合概念とは違い、上田は「自覚的女性を愛することを選択したというよりは、良妻賢母になるための安全なる予行演習という側面もあった」と述べている。(上田 2014:192)

マンガが発展し、女性同士の関係性を主題とした最も初期の連載作品1970年代ごろから山岸涼子「白い部屋のふたり」(1971)、池田理代子おにいさまへ…」(1974)、「ベルサイユのばら」(1972-73)のオスカルロザリーなどにみられはじめる。これらは、「24年組」に代表される少年愛テーマとしたマンガと同時発生的に少女マンガ誌に掲載されたものだ。藤本は、このころの百合マンガの大きな特徴として

 ①対照的な二人の容姿(中性的・くっきりとした美人可憐少女イメージ)

 ②演劇モチーフ(宝塚歌劇の影響)

 ③悲劇的なストーリー(少年愛を扱う作品対照的同性愛による葛藤描写)

を挙げている(藤本 2014:101)。これらの特徴は、1970年代女性の抱えていた抑圧感を反映していたものなのではないかと考えられる。女性作家による「少年愛」が現実の抑圧から解放として、性的未分化存在(少女)の何物にも縛られない感情の動きを描写したものなら、このころの「少女愛」はそれと対照的に、抑圧からの逃避としての悲劇的な結末が設定されることが多かったのではないだろうか。表現手法舞台設定は耽美幻想的でありながらも、当時の日本での女性のおかれる立場に忠実な閉塞感が描写されたものだと考えられる。また、この時代百合マンガ少年愛ほどの大きなムーブメントには発展せず、作品数も多くはなかったため、自然消滅的に衰退していった。

 しかし、1990年代同人誌文化の発達に伴い、百合ジャンルも急速にその勢いを復活させる。

まず、「美少女戦士セーラームーン」(1992-97)によって、女児向けマンガにおける戦う美少女という概念ジェンダー論的な観点においての大きな転換点となる。異性愛的な要素が物語の中心に関与していたにもかかわらず、同人イベントではセーラー戦士同士のカップリングを描いた作品が爆発的なブームとなった。その理由として考えられるのは、消費される客体としてではなく主体としての戦う美少女像が確立されたことではないだろうか。これにより、百合的な描写70年代における悲劇的な結末に向かう物語ではなく、少女が二人で主体的に幸せを獲得していく過程が重視されるようになっていったと推測できる。

そして、物語の中の関係から百合文脈を汲み取っていた時代から、前提として百合のもの主題においた作品も増加していく。代表的なものとして、「少女革命ウテナ」(1996-98)がある。この作品は、古典的少女マンガシンデレラストーリーを基盤に「王子様」と「お姫様」を少女同士に置き換えてなぞりつつ、70年代百合作品に見られた演劇的なモチーフや学園モノ、男装美少女といった設定を取り入れ、また絵柄としても耽美で繊細なものであったが、これらは意図して行われたパロディ化された演出だった。ストーリーの結末も、最終的には二人が離れ離れになる点は悲劇的にも取れるが、その後ヒロインたちの再会が示唆されている。アライによると、「王子様」と「お姫様」が結ばれてハッピーエンド、という構造少女同士で反復するだけではなく、最終的にヒロインたちは「王子様」と「お姫様構造破壊し、自身覚醒させ歩き出すことで、社会的女性規範を打ち砕くことができるのだ。(アライ 2015:57)それこそが「世界革命する力」であり、この結末によって投げかけられたのは、異性愛規範や家父長制へのアンチテーゼと、黒人女性解放運動日本女性ウーマンリブ運動などの背景を踏まえた社会的メッセージだった。

これらの2作品によって、社会的な動きと呼応した百合マンガの潮流が形作られはじめる。「セーラームーン」も「ウテナ」も少女マンガ誌に掲載されており、本来ターゲット層は10代の少女対象にしていたと考えられるが、ここでのプラトニック少女たちの絆がオタク層にも受け入れられ、恋愛的な文脈解釈した成年層による二次創作が爆発的に流行する。これと同時に一次創作オリジナル同人誌においても、「百合」という概念が定着しはじめ、少女同士の恋愛主題にした作品がみられるようになる。

 そして2000年代に入ると、マンガジャンルとしての百合を専門に掲載した「百合姉妹」(2003-2005)が発刊される。その後、「コミック百合姫」(2005-)に統合され、現在刊行中。専門誌の発刊は大きなジャンルの発達の手掛かりとなり、この雑誌に連載されていた作品アニメ化や二次創作流行によって、「百合」というジャンルがはっきりと定義されはじめ、広く認知されるようになっていく。しかし、その定義に関して「男性が主要人物として登場し、恋愛関係に介入する」「性的関係が生じた場合百合ではなくポルノ」などといったさまざまな議論が巻き起こったのもこの時期である

また同時期に、「神無月の巫女」(2004-05)や「舞-HIME-」(2004-05)などの少年誌で連載される百合作品が登場する。これらの作品は、少女マンガ作品よりも直接的な同性間の恋愛としての描写性的表現が強く押し出されていた。ここから現代男性向けと女性向けの要素を同時に内包した現代百合マンガ形態確立しはじめたといえる。2007年には、前述した「コミック百合姫」の姉妹紙として一迅社からコミック百合姫S」と「コミック百合姫Wildrose」が発刊。「S」は本誌よりソフトで繊細な関係性の百合を扱い、なもりゆるゆり」(2008-)が代表するような「日常系百合」の流れを作った。一方「Wildrose」は、それまで成人向けポルノとしての過度な性描写忌避されがちだった(厳密な定義での「百合」ではないとされる議論があった)当時の風潮の中、直接的な性描写掲載した作品を扱う専門誌として独立した挑戦的な試みだった。

 ここで、2008年に行われた「コミック百合姫」の読者アンケートを参照してみる。2008年7月号時点の『コミック百合姫』読者の男女比は男性27%、女性73%であるのに対し、『コミック百合姫S』の方は男性62%、女性38%となっている。つまり現在統合された「コミック百合姫」の購買層は、この男女比を単純に平均すると男女差はほぼ半々で、やや女性読者のほうが多いということになる。ここでは百合マンガの購読層を性別と消費の形態に4つに分類して考察した。

①「傍観」型女性

 女性購読層において基本的には、社会的比率を前提にすると異性愛女性のほうが多いと考えられる。彼女たちは少女同士の関係性に、「現実における異性愛ジェンダーロールによる苦痛から隔絶された「非現実的な同性間による越境快楽」を心の拠り所として愛好するのではないだろうか。なおこれについては、やおいBL ジャンルを愛好する女性においてもほぼ同じ理論適用できる層が存在すると思われる。

②「投影」型女性

 百合というジャンル性質上、他の恋愛形態をメインとしたジャンルよりもレズビアンバイセクシャルを自認する女性が購読層に多い傾向にあることは考慮するべきである彼女たちは、異性愛女性が「少女マンガにおけるロマンティクラブ」を夢見るのと同じように、自身性的指向に一致した自己投影先として「百合マンガにおけるロマンティクラブ」を享受していると考えられる。

③「傍観」型男性

 百合自分投影先の存在しないストーリーを消費するものとして受け取っている購買層。①「傍観」型女性とほぼ同じ論拠が適用できると考えられる。

④「投影」型男性

 百合マンガ登場人物自己投影する男性は、ジェンダーロールから解放と、女性との恋愛の疑似体験を同時に達成できる。この購読層の性的指向に関しては、社会的比率として異性愛男性が多いと思われるが、異性愛コンテンツNL)ではなく百合GL)を愛好する彼らに関しては、③「傍観」型男性よりさらに複雑な感情ルーツを持っていると考えられる。また、TS願望を持つ男性MtFとは区別する)や、同性愛男性共感を持って少女同士の関係性を愛好する例も、この枠にひとまず収めることとする。

⑤「乱入」型男性

 特に男性向けの性的描写の含まれ百合マンガ等においては、その世界の中に没入し登場人物の中に「混ざりたい」という観点で消費する層も存在する。これは上記の4つの例と異なり、少女同士の関係性ではなく「(男を知らない、穢れのない存在として描写される)レズビアンである少女を自らの男性性によって屈服させたい」というマウンティングによる性的欲望や、男性主人公やその代わりとなる女性キャラクター存在しない「ハーレムもの」といった受け止め方に由来するものと思われる。ただし、これらの男性百合ジャンルファンから忌避される傾向にあり、特に近年の百合主題とした作品においては減少している。

これらのファンがそれぞれ百合というジャンル定義について議論を重ね、各需要を満たすような創作物制作していったことにより、百合ジャンルが発展していった時期だった。

次に、2010年代百合文化を振り返る。このころに代表的な作品として挙げられるのはテレビアニメ魔法少女まどか☆マギカ」(2011)だろう。この作品は、「セーラームーン」にルーツもつ戦闘美少女系譜を受け継ぎながら、現代調に前提として百合意識して構成された作品ひとつで、魔法少女同士のカップリングを扱う二次創作が爆発的に流行した。

 また、少女マンガ誌において百合を扱った作品が満を持して再び登場する。70年代以降、異性間のラブストーリー(NL)に偏っていた少女誌において約30年ぶりに百合が復活した形で、「野ばらの森の乙女たち」(2011)や「ブルーフレンド」(2010―2011)が連載された。これらの作品は、少女漫画特有の筆致でありながらも明確な少女同士の恋愛関係としての描写があり、また両作品とも70年代のような悲劇的なラストを迎えることはない。少女向けの要素として、学園設定や疑似姉妹などの設定は残されているものの、これらは批判的なパロディというよりも前時代少女誌における百合作品に対する敬意からくるオマージュ解釈するほうがふさわしいだろう。これは近年において少年誌よりもジェンダーロールの強固だった少女誌界隈に百合ジャンルブームの波及がみられた、極めて注目すべき例である

<続きと参考文献リストこちら>

https://anond.hatelabo.jp/20190216025236

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