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はてなキーワード: 共感とは

2019-05-27

自分以外の誰かがウケを狙って滑ったときや喋った話が共感を得られずに周りが沈黙になる現象

あのときの空気がたまならなく好き

2019-05-26

なぜヴィーガンにこんな苛烈な反発を感じるのか言語化してみた

嫌いもちゃん言語化しなきゃだめだよな

世の中のアカウントの代弁というか分析をして、

最後自分精神分析コメント的に残してみよう

 

捕鯨運動っぽくて嫌

 

かつて日本が集中的に叩かれた反捕鯨運動に近い匂いを感じて嫌って説。

普段愛国っぽいコメント残すアカウントが反発してるのはこれっぽい

しかマグロウナギの禁漁はこんなに叩かれてないので、

科学的な根拠がある禁漁運動には反発感を得ないらしい

 

俺は愛国精神から反発を感じているわけでないので

この要素は弱いと思う

ただ非科学的というか、情緒的な部分が気に入らないのかもしれない

 

デモ示威行為で世の中を変えようとする人達が嫌

 

しばき隊みたいな暴力集団嫌悪感を感じる人間

肉屋を襲撃したり肉フェス残酷写真を掲げる過激派ヴィーガン手法

反発を感じているパターン

愛国パターンと違って、フジテレビ韓流反対デモも苦々しく思っていた人間

こっちの方に入る

 

かにデモ残酷写真は、目的のために人にストレスを与える行為なので、

これを嫌う人が多いのはわかる。共感を得るためには逆効果だろう

 

ただ、このパターンで嫌う人は、反ヴィーガンのために部落差別なんかを隠れ蓑に使うべきではない

https://otapol.com/2019/05/post-65179.html

(※引用元の人がこのパターンはまっているというわけではない)

なぜならこの手の部落解放運動の面々こそが、こうした暴力的手段で世の中に認められてきたからだ

信念に合わない人間たちを自分目的のために利用するなんて筋が通らないだろう?

 

俺はこの感覚が一番近い。

特にはてサは昔から手段を選ばず暴力的になる傾向がある(いしけりあそび追放騒動とか)

ので、こういう過激派には非常に警戒心が強い

過激じゃないヴィーガンには寛容

子供ペットヴィーガン強要するのは、ちょっと嫌(だがそこまで嫌悪感はない。所詮他人の家だし)

他人が叩いているのに乗りたい

 

大喜利のいいネタが来たと思ってる人

普段社会問題中立的なのに急に降って湧いて出た場合このタイプ

ただ俺の観測範囲でそんなに多数いるとは思えない

まあはてな社会中立人間はいいからだろうけど

どっちかというと、ヴィーガン擁護派(ヴィーガン実践者以外も含む)が指摘している反ヴィーガン像としてよく語られる

 

この手のはあんまり関心はしないけど

別に人は常に品行方である必要はないので俺は気にしない

不謹慎からかいネタなんてネットに大量に転がってるし

 

勉強不足を見下しにかかるのが腹立つ

 

なぜか知らないけど、「お前らがヴィーガンを叩くのは調べもしないし知りもしないからだ」という論調

上から目線で叩く人間が時々湧いてくる。反出生主義も同じ

上から目線はてな日常なんだけどヴィーガンと反出生主義は流石に遭遇率顕著に高くない?

 

ブコメ見てると、論理云々よりこの論調を嫌がるコメ散見される

まあ普通感覚だよな。私見では「トーンポリシング」なるマジックワードが開発されて

これにヒットすると批判の中身を吟味せずに耳を塞ぐ風習蔓延してからネット言論界がおかしくなった気がする

まあこの点は別エントリーで書く

 

とはいえ上から目線で攻められたら更に上からマサカリ投げるのが昔からはてなのしきたりだ

俺はこの方向では嫌いにはならない。ただよそではやるなよ

 

おまけ

 

ヴィーガニズムっていわゆる左派精神と食い合わせ悪い場合が多い

https://togetter.com/li/1194767

のに、今はてサに近い面々がヴィーガン擁護に回ってるのが不思議

anond:20190526074942

被害者に寄り添う」とか無責任に言っちゃうと、そういうマジモンのキ印を目の前にした時もそうしなきゃいけなくなるはずなんだけど

どうも旗色が悪そうだったり自分共感できない奴が声を上げてたりみたいな時は、無敵なはずのフレーズをあっさり引っ込めてしま

2019-05-25

anond:20190525201727

共感者がいて嬉しいな

思いついたら教えて欲しい…

洋の東西を問わず、みたいな分配法則っぽい表現が好きなんだけど

共感してくれる人いるだろうか

同じような表現かにいか

洋(東+西) って感じでおもしろいんだけど

anond:20190525190039

共感性なんとか・・みたいなやつか。。

処女好きなのではなく、恋愛経験が無い人に親近感を覚えるだけ

ラブコメ女の子処女ばっかり」という意見をたまに見かける。

まあ確かに少年コミックアニメラブコメ作品の人気のヒロインとは

恋愛経験の無い女の子ほとんど、というのは確かだと思います

しかしこれは別に処女が好き、というわけではなく、

単純に「恋愛経験が無い人に親近感を覚える」というだけの話だと思うんですよね。

これは人間普遍的心理として「自分価値観の近い人間に親近感を覚える」というのがあります

それで読者側としては恋愛経験が少なめな人間ほとんどだと思うのですよ。

からそこで恋愛経験が多めなキャラを出されると、親近感を感じない。共感ができない。

別に処女にこだわってるわけじゃないんですよね。

その証拠として、主人公男の子恋愛経験が無いキャラであることがほとんど。

そこはジェンダー差などなく、フラット

「男も女も関係なく恋愛経験が無い人間共感して、親近感を覚える」

…ただそれだけのことなんですよね。

いやまあだからラブコメ女の子処女ばっかり」と仰る方々は、

きっと恋愛経験がまあ多めなんだと思うんですよね。

繰り返すと「自分価値観の近い人間に親近感を覚える」ということを考えれば、

恋愛経験多めな人間が、恋愛経験が僅少な人間向けの作品を見ても、

そりゃ違和感バリバリになるのは、まあ当たり前なんですよね。

要するに「対象読者ではなかった」というだけの話。

ココらへんは男性向け女性向けおっさん向けジャリ向け変態向けと言った分かりやす対象読者カテゴリとは異なる

分かりづらい対象読者カテゴリ存在すると思うのです。

それは「恋愛経験多めな人間向け」「恋愛経験少なめな人間向け」

恋愛経験が少なめな人は、恋愛経験少なめな人間向けの恋愛経験少なめなキャラがたくさん出てくる作品を読めばいい…

恋愛経験が多めな人は、恋愛経験多めな人間向けの恋愛経験多めなキャラがたくさん出てくる作品を読めばいい…

それだけの話だと思うのです。

肉食動物草食動物階級闘争、そしてヴィーガン内での内ゲバ

ヴィーガンってのは共産主義の亜種なんだよ。

資本家労働者対立を、畜産業者と飼育動物に展開したようなもん。

からブサヨ界隈がやけにヴィーガン親和的だったりする。

で、なんであいつらがあんなに叩かれるかというと、単純に主語のでかい話をしているからだ。

飼育動物の扱いが酷すぎる、で止まってれば、そうですね、で共感されてただろうに、動物権利とか言い出すからこじれにこじれる。

あのなあ、動物権利とか言い出すなら今度は肉食動物草食動物との階級闘争させるんか?

共産主義の亜種だけあって次は動物内の階級闘争させる感がある。

そして闘争が絡むなら、俺の予測ではヴィーガンは今後内ゲバやらかすだろうな。

肉食動物をぶっ殺すべしと主張する右派(現に出始めてる)と、肉食動物草食動物に改造しようとする左派とで。

共産主義の亜種で内ゲバやらなかったの、ただの一つもないし。

どっちが優勢になるかは知らんが、どっちみち言えるのは万が一ヴィーガンが優勢になると、当たり前だけど食物連鎖は狂いに狂って草食動物が爆発的に増える。

そしたら当然植物が激減して砂漠化が大進行するけど、どーせヴィーガンもの中でそこまで考えてそうなの、一人もいねーんだろうな。。

anond:20181020195622

とかも。考えててこの程度なら尚更バカドミノ倒しだな。あの界隈。

anond:20190524190519

恋愛漫画対立を描く理由メリットは、

(1)「何も思ってなかった」から相手が好き」に変る展開よりも、「相手が嫌い」から相手が好き」に変る展開のほうがダイナミックで、読者の驚きが大きくなる

(2) 対立したり嫌いになるほど個性があったほうがキャラが立つ

(3) 短所欠点見方・描き方を変えれば長所や強みに変えることができる。例えば、他人攻撃的な男は見方・描き方を変えれば、自信があってメンタルが強いという長所に変わる。女にしつこくつきまとう男は見方・描き方を変えれば、面倒見がいい性格という長所に変わる。漫画では対立を解消するのは難しいことではないのだ

(4) 現実では「好き」になる前に多かれ少なかれ「苦痛」がある。苦痛のあとに気持ちよさがやってくる描写現実味がある

(5) 創作の定石として主人公は「無知」にしたほうがストーリー面白くしやすいが、これは逆に言えば見下されやす攻撃されやす主人公になりやす

(6) 主人公をいがみ合い(対立)の「弱者」側に立たせることで、読者が主人公感情移入やすくなる。主人公ピンチも描きやす

 (補足すると、読者が共感感情移入していないとクライマックスの感動がなくなって失敗するので、読者が感情移入することは重要なのだ

(7) 中途半端では読者の印象が弱くなるから、印象に残るように過激に描く

読者が同じ刺激に慣れてしまっているので、エスカレートして過激描写になっていくというのは作者側より読者側のニーズ問題ではある。

でも対立描写エスカレートしすぎて現実離れしたり、いがみ合うのは読者にストレスがかかるから最近は「何も思ってなかった」から「好き」にだんだん変わっていくマイルドな展開も多い。

 

いずれにせよメリットは多いか自然淘汰的に選択されている。

対立障害)は話作りにおいて定石といえ、(2)(3)(5)(6)(7)はバトル漫画などでも同じである

ここまでいろいろ分析してしまったが、これを理解たからといって恋愛漫画面白くなるとは限らない。

いやむしろ恋愛漫画がつまらなく感じることさえあるだろう。

それはたとえるなら、マジックの種を知っているとかえってマジックがつまらなくなるようなものだ。

 

ストーリー創作するとき意識的上記を狙っていくと客観的あるいはひどく詐欺的な感じがしてしまって筆が止まることになるのでやはりよくない。

上記なんか気にしない程度に鈍感なほうが筆がすいすい進むのだった。

おそらくこの分析が役立つの創作したものをチェックや推敲批判するときだろう。

 

読者目線で今後も漫画を楽しみたいのならここに書いてあることはさっさと忘れて、感覚的に楽しんだほうがよい。

Mac選択する理由3つ

個人的意見で。

iOS開発ができる

エンジニア的には大きい。

トラックバッドが秀逸

この快適さに年5万は払える。

エコシステムの完成度

iTunes, iPhone, iCloud周りの連携は良い。

まり

ぶっちゃけこれに共感できる人って世の中の5%くらいだろうからMacユーザーだけど世の中のMacユーザーの大半は馬鹿にしている。

2019-05-24

ヴィーガン強制する人と論理的に話すことは出来ない

ヴィーガンに限らずだが、どの生命なら食べてよいか論理的解決する手段はない。

  

「なぜ食べてはいけないか」を論理的に話すことは出来ても、「何を食べてはいけないか」ということは論理世界にはなじまない。

動物権利だと言っても、権利を持つ生き物との境をどの様に定めるかは「共感」あるいは人間の都合である

  

植物苦痛を感じないから食べてもいい」というのは、生きながらに切られて焼かれる植物の反応が人間動物の反応と違うから共感できないということである

植物には共感がわかないかもやしの様に日光を奪ったり、コルヒチン処理(種無しの果物)のように次代の命を奪っても気にもとめないのである

  

一方、牛乳鶏卵は痛みも意識もないだろうに親牛・親鳥に思いを馳せて権利云々というのである

それは管理強制搾取されて生きる動物の苦しみに共感できるからである

魚卵を食べるのも豆を食べるのも次の代の命を奪うという点で同じはずなのに片方は許されて片方は許されないのである

  

まり、何を殺して食べていいかというのは共感世界である共感世界論理を持ち込むのは命の選別を正当化する行為しかない。

理屈をつけようとすればするだけ差別論者の理屈に近づいていくしかないのである

    

反論に対しては論破しようと思ってませんが、ガキみたいにどうして?何が違うの?みたいな質問を投げつけまくる所存でございます

anond:20190524171751

小さい頃からフリフリのウェディングドレスのお人形を「美しいもの」として

与えられ、共感たからだろうなあ。






あなたの様な女性否定する意図はないよ

・呼ぶ友達がいない というコンプは男女問わずある

嬉しいって意見の方がまったく共感できない

喫茶店で話しかけられるやつ

しかけられるのが嬉しいってそんなに孤独なの?って心配なっちゃう。

人類進化に取り残されてる感がハンパない

これにマジで共感してる人は一度病院に行った方がいい

近所の喫茶店店員に「初めての方ですよね?これからよろしくお願いします」と話しかけられて「2度とこの店には来たくない」と思ってしまった - Togetter

http://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1358760


煽りとかではなく心からアドバイス

社交辞令的な挨拶を受けただけで二度とその店に行けないほどの不安を覚えるというのは性格かい問題じゃなく

明らかに過剰な精神の動き

回避性パーソナリティ障害社交不安障害可能性もある

それらは投薬等で凄く改善することもあるしそうなると世界が変わるし本当に生きやすくなる

精神科は怖いところじゃない。風邪気味だから病院行くかくらいの感覚で一度行ってみるといい

なんでセクハラされた側が「呼び寄せて」る論を振りかざすのかな

https://anond.hatelabo.jp/20190523164903

つづき。

ムカついているので聞いてほしい。

昨日いろいろあって割と凹みつつも、セクハラにあったことを恋人に伝えた。恋人は慰めや共感の前に怒り始めた。だから、詳細を話したら余計怒らせるだろうな、とか思ったら、何も言えなくなってしまった。聞いて不快なのはわかるけど、私は慰めてほしかった。セクハラ対処はもう始めているし、必要なことはしてる。現実気持ちを割り切ってやるべきことはしてる。それでも傷ついたし怖かったから、そこのケア恋人に求めようとした。

求めようとしたんだけど、その要求を口にする前に恋人の顔色を伺うことになってしまって、疲れた。なんで傷ついている側が余計に気遣わなければいけないんだ、と思って、もうそれ以上は何も話してない。「いいや、もう、話せない」そう伝えたら、「話せないんだったら最初から言うな」。まあ確かに

でも「前にもセクハラに遭ったってことは、自分で引き寄せてんじゃないの?」は、さすがになくないか。昨日からずっと泣いててつらい。

業務上コミュニケーションコストは低い方がいいと思ってるから、割と誰とでも分け隔てなく話すようにしているし、寄せられた相談も乗れる範囲で乗っている。挨拶されたら挨拶を返すし、誰かが達成したら「おめでとう」という。でも、前に同じ人にセクハラに遭ってからは近づかない、話さない、無視する、を徹底してきた。業務上話す必要のない相手だし問題もない。化粧はしてるけど過度ではない程度。派手でもなく地味でもない。顔は下の上か下の中くらい。服装も基本はパンツスカード履いてもひざ下丈~ロング。デブなので体型も出ないようにしてる。

それでも遭うのに、やっぱり私の自衛が足りないのだろうか。なんで怒られたのかがもうよくわからない。かなしい。

anond:20190524103431

誰かの感情と誰かの感情がぶつかった時にどっちを優先するかつったら、結局感情というより単なる属性好き嫌いになるから

自分共感されにくい側だとわかっていて、感情なんか持ち上げる気にはなれない

それだったらまだ無慈悲平等の方がマシ

anond:20190523113406

感情失禁という言葉があるけど(本来認知症むけの表現

キレちらかすのも感情失禁だけど

その原因の愚痴ぶどうたべたいが食べられない」とかも軽く感情失禁じゃないか自分としては思ってる。

愚痴ばっかり言う人を相手にこっちも感情失禁になるのではなく

「おちついて。おちつけないなら距離とるからね」ってやって通話ブロックとか物理距離とって

あと別の感情失禁が感染しない他人(たとえば警察官介護者)にバトンをわたせたときって

自分を守れたしちょっと人生の困難に勝ったなって思う。

 

でも自他の愚痴を夫なんかにいったときに「じゃあどうしろっていうんだ、それを解消するのは俺の役目じゃない」って回避され

誰にもつかまえられず逃げおおせられたときがやっぱりキレやすいと思う。

落とし穴みたいなもんだよね。

愚痴って聴くほうがツライし言えないこともあるよね。

公的ダイヤルなんかもそういうのうまくないし

そもそも心理療法士だのに愚痴いって共感してもらえたとおもったことないんだよね

エステとか美容師とかそこらへんで知り合ったおばちゃんのほうがまだマシ

おばちゃん心理療法士なんかよりよっぽど共感プロの人がいてすごいとおもう

クリーチャー娘の作者が男は女ほど共感しないって言ってたけど、あの漫画見て夫の家事育児に注文(文句)をつける妻に対して漫画を見せたいというツイートあった。男の人が共感しないんなら、女への悪意で繋がる(共感)することがないんじゃないの?

『鳴鳳荘殺人事件』が許せない話。

やあやあどうもお前らこんばんは。

FGO最近全然やってないけどTLに冬木クリア条件のイベントがあるって流れてきたかシナリオ読んで来てその勢いで書籍版も買ってきたマンだよ。

*この先、FGOイベント及び書籍『惑う鳴鳳荘の考察 鳴鳳荘殺人事件』のネタバレ満載ですご注意ください。



さて。

俺はこの『惑う鳴鳳荘の考察 鳴鳳荘殺人事件』という小説が許せない。

ゲームシナリオの方はどうでもいい……って言ったら失礼か。とにかく。小説独自要素?小説の落とし?が許せん。


この小説は。消費者にとって、そして二次創作者にとっては福音かもしれないけど、一次創作者にとっては、間違いなく、呪いだ。

タチの悪い呪いだ。

物語る者の矜持を打ち砕いて、迷わせてしまうような、そんな呪いが込められている本だ。


どういうことだとお思いの方も多いだろうから説明をする。

この『惑う鳴鳳荘の考察 鳴鳳荘殺人事件』は、「脚本家が倒れたミステリ映画の続きを登場人物達が考える」という、メタミステリものだ。

個人的には『愚者のエンドロール』あたりを連想するところだけど、まあそれは置いといて。

作中では5つの「あり得たかもしれない未来」(ルート)が提示された。

ゲーム版では、プレイヤー達の「投票」によって、一番得票の多かったジャンヌ・ダルクオルタルートエリスルート)が選ばれ、"撮影"されたのだが、小説版では提示された5ルートの全てが一旦は"撮影"されたことになっている。


大まかなストーリー説明はこれくらいにして、俺の気に障った箇所についての説明をしていこう。

『鳴鳳荘』の冒頭には、ラストにも繋がる、とあるシーンがある。

おじさんが幼女大事な本を壊してしまい、図書館司書作中作の「映画」では脚本を務める)に修復を依頼する、そんなシーンだ。

ゲームではこのシーンは「映画」にうまく組み込まれるだけだったが(伏線回収は見事であった)、書籍版では、なんと、このシーンに対応するシーンがエピローグとなっている。

紆余曲折の末、壊してしまった「ペパーミントグリーン色の本」(ゲーム版の方で亡くなってしまったキャラのことを暗示してるらしいですね)を復元したおじさんが、幼女に本を返却する。

速読み始めた幼女は、ややあって、突然本を閉じてしまう。

「これはわたしの読んでいたご本とは違うような気がするわ。出てくる子たちや舞台は同じなのに、なんだか違う話を読んでいるよう……」

そう。

「不幸な事故」によりバラバラに壊れてしまった物語を、おじさんたちがなんとか修復し、意味の通じるようにページを繋ぎ合わせたが、もともとの物語とは全く違うものになってしまったのである

更に幼女は続ける。

「このままページを捲れば、本当の結末とは違うものが待っているんでしょう? それは……とても怖いわ」

これに対して、おじさんはこう答え、

「もし君にとって不本意な結末なら、忘れてしまえばいい。いや……」

「良かったところまで巻き戻して、そこから想像しなおせばいいんだよ」

最後に、こう読者に語りかけて、『惑う鳴鳳荘の考察 鳴鳳荘殺人事件』という「物語」は幕を閉じる。

登場人物感情物語上のマクガフィンを受け)「何より結果をもって、その選択肯定しようなんて……おこがましいとは思わんかね?

ちなみにこのおじさん自身は、世界史実在した人物テーマにすることが多いFateには珍しく、創作バックボーンもつキャラクターである。余談ではあるが。


俺には、おじさんのこの言葉が、呪いしか受け取れなかった。

創作者の、「物語る者」の役目は、責務は、自分の頭の中にぼんやりとある、つかみ所のない"話の種"みたいなものを、しっかり捕まえ、「物語」という形にして消費者に届けることである

もちろん、その過程で、いくつもの"語られなかった"可能性は摘み取られる。

でも、そうして、物語というのは"物語"になるのである


あり得たかもしれない未来ひとつを捨て、もうひとつ未来を掴み取るための主人公決断

見えかけていた可能性のひとつを捨て、別の可能性を選び取るためのヒロイン葛藤


世界にとってか、主人公にとってか、主人公の愛する者にとってか、はたまた悪役にとってか。

誰にとってかは不定しろ、とにかく、より良い「結果」を目指す登場人物たちの苦悩、死闘葛藤、そして決断

それこそが「物語」の本質だろうと、俺は思う。


から――

よりにもよって、そんな一次創作登場人物達に、「良かったところまで巻き戻して、そこから想像しなおせばいい」だなんて言わせるなんて、許せない。


「『本当の結末』なんてない」と主張するのは、「全ての結末は等しく同じ価値がある」のと同じことで。

それは、「本当の結末」のルートに辿り着くために主人公たち登場人物が払った犠牲を、抱えた葛藤を、定めた決断を、無価値である貶めることにはならないだろうか。

物語る者は、物語を創り出すと同時に、物語中の人物の"感情"も創り出す。

全部が嘘でも、主人公が、ヒロインが、登場人物が抱えた"感情"だけは本物で、そんな"感情"に人は共感するから人類有史以来物語を求め続けてきた。

そう、俺は思っている。


この『鳴鳳荘』は、ひょっとすればそんな「登場人物感情」は交換可能であり、等しく価値がある(≒等しく無価値である)。そう主張していることになりはしないだろうか。

だとしたら、俺は、この作品のことを許せない。一生根に持ってやる。



翻って、二次創作をする人たち(同人誌漫画を書いたり、pixiv小説を書いたりする人を想定している)からすれば、この「呪い」は間違いなく「福音」であろう。

というか、彼らが日頃からやっていることだろう。

あり得たかもしれない未来、語られなかった可能性を追い求め、掬い取り、自分の力で結晶にする。

だって二次創作したこともあるからわかる。

「こうだったらいいな」「あれがああだったらどうなってたのかな」

"if"を追い求めるのは、ロマンがあるし、楽しい。それはわかる。


でも、その楽しさは、「原作絶対」という前提あってこそのものではなかったのか。

公式で語られたことは全て「正しい」。その前提の上で、ちょっとだけ世界を歪めてみて、結末がどう変わるのか。

それを楽しむための、ただの思考実験ではなかったのか。

"全ての結末は等しく同じ価値がある"だなんて、俺にはとても思えない。



現実的なことを言えば、Fateがもともとマルチエンディングな"ノベルゲーム"という媒体から派生したものであることと、俺が抱えているもやもやは繋がっているのだろう。

ゲームセーブロードシステムが使えるから何回だってやり直しができるし、消費者プレイヤーはいくつも用意された結末を全て体験することができる。

それは素敵な体験かもしれないが、ある種「逃げ」である、かもしれない。

「選ばなくても結末に辿り着ける」あるいは「複数選択から複数を選べる」ことなんて、人生ではあり得ないのだから

2019-05-23

anond:20190523233718

自白強要があって冤罪になってるってことが分かってる事件では、少なくともその自白無効になってるっすよね?

可視化されてない現状では、強要があってもほぼ分かりはしない。

しかも「強要された」と証明しなければならない。無実の人間にとっては連行されるだけでも不当な損害なのに、だ。

協力したくないってお気持ち問題は、分からんっすな。痴漢対策に協力したくないって話も初めて聞いたし、共感も得られれそうにない意見っすな。

共感?要らんよ期待してないしそんなもん。

協力してもあちらさんは増長するだけで、男性側に何のメリットもない。協力する理由もないしそんなことに労力払うのも、差別押し付けられるのも真っ平。

本来痴漢でない俺は無関係だってのに、ろくに犯人区別もつかない女やその証言鵜呑みにする司法のせいで怯えなきゃならん。やってもない痴漢のせいで車両から追い出され、しかも女はそのくれてやった女性専用車両に乗りすらしない。

anond:20190523194129

他者の素直な感情に寄り添えない人は、もしかしたらASD可能性がある

もし本当にASDなら優先的に助けてあげる必要があるけど

本人は他者に対して共感を示してくれない人なのに援助者は共感を示さなければならず、意外に大変そうだね…

植物苦痛を感じないから食ってもOK!」

この主張にかなり歪なものを感じてしまう。

苦痛を感じる」と言う線引き、それ自体に下等、上等と言う階級的な目を見てしまうというのも、もちろんあるのだけど

もう一つとして、個人的に、ヴィーガンアニマルライツはやっぱり個々人の感じる「可哀想」と言う感情から逃れられないと感じているからだ。

この「可哀想」というのは非論理的ものとして多々揶揄されるが、やっぱりどっかあるのでそれを否定するつもりはないのだけど、そのお気持ちに立った時「植物をバッサバッサとされて人は痛みを感じないのか?」と言われたら、おそらくNOだと思う。

これは戦時中の大樹の話だとか、花を踏み荒らす事だとか、そういう話から多かれ少なかれ「人は植物にも共感して痛みを感じてしまう」のだと思うのだ。


はっきり言って俺のこの主張もお気持ちしかないんだが、ヴィーガンアニマルライツ界隈でされるお気持ち的なアプローチを見てるとこういう考えを無碍して「植物は食ってOK!」と言うのはどうなんだろうと思う。

しかしたら完全論理的立場からお気持ちアプローチを使わずにやってる団体もいるのかも知れないが…

anond:20190523231550

自白強要があって冤罪になってるってことが分かってる事件では、少なくともその自白無効になってるっすよね?

協力したくないってお気持ち問題は、分からんっすな。痴漢対策に協力したくないって話も初めて聞いたし、共感も得られれそうにない意見っすな。

anond:20190523220049

いやまあ、逃げた外人のことは知らんけども

「なるべく殺す動物を減らしたい」っていうとこから共感できない感じ?

それだったらもうどうしようもないんだけど

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