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2017-09-15

映画ワンダーウーマンを見た

ワンダーウーマン」を見たので感想。と言うか考えたこととかのメモネタバレ気にしてないのでそういうの嫌な人は回避推奨。あらすじ解説とかもやる気ないので、見た人向けだと思いますフェミの話とかも出てくるんでそういうの苦手な人も回避でよろしくっす。

総評

まず最初に、「ワンダーウーマン」、個人的にはそんなに評価高くない。少なくとも世間で(特に欧米で)いうほど大絶賛、大感動をすることはできなかった。これは映画を見終わったあとのファーストインプレッション

しかしじゃあ評価低いのかというとそんなこともない。

「1800円という価格&2時間という投資に見合った体験できるのか?」という視点で自問したところ、その答えは「100点」なのだ。十分高評価だろう。いい加減な脳みそだなあ、オレ。とも思った。

なんでこんな評価のすれ違いが発生してしまったかというと、今年見たアメコミ映画の先行2本、すなわち「レゴバットマン ザ・ムービー」と「スパイダーマン:ホームカミング」の評価が高すぎた、というのが原因であるらしい。前出の基準で言うと、「レゴバットマン」も「スパイダーマン ホームカミング」も200点くらいの評価なので、「ワンダーウーマン」はタイミング的に損をしてしまったのかもしれない。これが「ドクター・ストレンジ」のあとだったら感激できてたのに。

「100点である理由」としては大きく2つ。

まず「予告編で期待される要素が全て入っている」。無垢主人公ダイアナの島での生活スティーブとの出会い、「外の世界」への出発、人間社会との交流、第一次世界大戦の泥臭い戦争描写、圧倒的な戦闘シーン、ど派手なCGバトル。主人公ダイアナの衣装替えもアマゾン戦闘服マント姿→1910年代のヴィクトリアンはいったロンドンファッション→鮮やかな青のナイトドレス神の子戦闘服と飽きさせない。

そして「アメコミ映画ありがちなダメダメ要素を極力入れないようにしてある」。とくに3点「主人公の不幸描写に力点をおいたヒーロー誕生秘話」「クリフハンガーの繰り返しによるピンチ感の陳腐化」「取ってつけたような絶対悪敵役」の排除には成功している。そういう意味では、既存作品の悪いところがよく研究されているのだ。これは簡単なことじゃない(アメコミ映画はこの3つの罠によくハマるのだ)。

要約すると、よくできている。期待通りの作品だ。

一方で「100点でしかない理由」としては「取ってつけたような批判回避策」、「人物描写の底の浅さ」だろうか。

主人公ダイアナスティーブ自分たちの定めた使命を果たすためにチームを結成して第一次対戦の最前線に向かうのだが、そのチームは「絶海の孤島で育った主人公の女戦士ダイアナ」「イギリス軍諜報部に協力中のアメリカ外征軍大尉スティーブ」の2名を中心としているのだが、それ以外の参加者が3名いる。

フランス領モロッコ諜報員サミーア(おそらくイスラム系)」「ネイティブ・アメリカン密輸業者で通称酋長」「スコットランド人の酔いどれ狙撃チャーリー」この三人なかなか個性豊かで好感がもてるにはもてるのだが、「イギリスvsドイツ塹壕戦」にたいしてイギリス陣営でこれを主人公チームにするのは、いかにもPC的な取ってつけた感があった。

それを言うと映画冒頭のアマゾン族が暮らす絶海の孤島にも、白人だけじゃなく黒人アマゾンが配置されてたりして「こんな風に色のバランス取っとけばいいよね」的なそれを感じる。

この種の気遣いがあるのはもちろん良いことなのだが、それが気遣いの要素を超えていない、多様性テーマに対して踏み込んでないという部分があったせいで、浮いて見えてしまっている。またそれに対応するドイツ軍が通り一辺倒な描写で(つまりは白人集団なので)片手落ちに見えてしまう(ドイツ下げをしたかったわけじゃないだろうに)のも気にかかる点だった。

総じてエンタメ作品として秀作ではあるけれど、秀作止まりというのが個人的評価である

無垢子供ダイアナ

たぶんこのPC的なディレクション――批判に対して自覚的で先手を打って内容を適正に作っていこう――は最近ハリウッド映画では多かれ少なかれあるのだと思う。ただ、そういう制約(どういってもある種の制約ではあるだろう)を逆手に取って笑いやネタにしたり(デッドプールにおける「女性も男同様にブン殴ったほうが公平じゃない?」)、むしろそこに正面から踏み込んでえぐり出す(スパーダーマン:ホームカミングの敵役ヴァルチャーはいま注目されている「見捨てられた白人労働者」)のにくらべ、ワンダーウーマンのそれは踏み込みが浅くどうしても「そういうルールなので設置しました」感が出てしまっている。

重ねていうけれど、これは減点部分だという話ではなく、加点はなかったという話だ。

おそらく「ワンダーウーマン」という作品――つまり女性戦場に出て戦うという作品を作るにあたって、制作側は、(フェミニズムを中心に)炎上の可能性を覚悟して作ったのだと思う。だから、予め潰せる問題点は潰しておいた。

それは主人公ダイアナの人物設定にも反映されていて、彼女美女で、アマゾン族の王女で、めっちゃ強い。すごい跳躍力や筋力を持ってるし、噛み殺しの特殊能力を持つスーパーゴリラだ。だが多分そのままだと脳筋批判も巻き起こすだろうから、島で英才教育を受けてた設定になっている。作中でも数百の言語を操り、古典に詳しく、第一次世界大戦当時の最先端化学式を読み取るなど知能面でも卓越している。(第一次世界大戦当時の)女性だからといって馬鹿ではないのだ!

しかし、だからこそというか、逆説的にというか、なんだかすごく残念な人物描写になってしまっている。

彼女世間から隔絶された島で育ったので無垢だ……という設定なので、物語終盤になるまで「人間は悪神アレス洗脳されているせいで地獄のような戦争をしているのだ。悪神アレスさえ倒せば人間は正義と慈悲に立ち返り戦争は即座に終わる」と信じ込んでいる。ここは物語のテーマなので、外せない重要な要素だ。

それはそうで、重要に間違いはないのだが、それってどうなのだろう。

言語というのは必ずその文化を含んでいる。外語を学んだことがある人ならわかると思うけれど、外語を学ぶというのはその言語を操る民族や地域文化を学ぶということをニアリーイコールだ。文化も歴史も言語には含まれているからで、そこに理解無くしては言語の意味を理解するなんてできない。ましてや古典まで学んだダイアナが、人間の持つ二面性や、善悪といった内面を「全く理解してない」なんてのはありうるんだろうか? いやまあそこが物語のキーなわけだから、理解していないということにしないといけないのはわかるのだが、そういう描写にしてしまったせいで作品は別のメッセージを持ってしまった。

すなわち「知識も教育も倫理や人間について理解の助けには全くならない。世界を良くするという意味では、教育は全く無意味である」というメッセージだ。多分これは随分うがった見方だろうし、制作側はそんなメッセージを発信するつもりはないだろう。けれど、物語上ここでねじれが生じているために、そう取られかねない「隙き」が生じてしまっている。批判される要素をなくそうと頑張っていた制作陣が、塞げなかった穴に見えてしまうのだ。こういうねじれが、どうも彼女をそこの浅い子供に見せてしまっている。

ワンダーウーマン」は「(邦画では珍しくもないが)戦う女性主人公」「女性が監督した初めての大手スタジオによるスーパーヒーロー映画」という点で、フェミニズム界隈から賞賛を受けた。

けれど、個人的にはダイアナ女性ではないのだと思う。すくなくとも、フェミニズムが想定するような「解放されるべき女性」ではまだなくて、子供なのだ。まだ思春期すら迎えていないような子供で、世界に対して良く言えば無垢だし、シニカルに言えば無知無責任だ。

ダイアナに強い好感を覚えられなかったのがこの映画評価に加点が少ない理由だと、整理した今なら自覚できる。

善き大人スティーブ

多分、自分にとって不幸だったのはこの部分で、それは「ワンダーウーマン」を観るまえに「ウーマンリブ的な文脈でフェミニスト絶賛」みたいな評価を知ってしまった点だ。「そういうつもり」で見てしまったせいで捻じれが目についてしまった。

しかし、見終わったあとに思い返してみると、魅力的な部分がいくつもある映画だ。その最大のものアメリカ外征軍大尉のスティーブトレバである

彼はドイツ軍スパイした結果恐るべき毒ガス計画を知り、逃亡の最中に絶海の孤島アマゾン島に漂着し、主人公ダイアナを「外の世界」に連れ出す役目をする。無垢美女ダイアナエスコート役であり物語最終局面まで彼女を支えて導き続ける。

ぶっちゃけ、序盤はただのイケメン俳優だと思っていた。

いやイケメンなのは最終盤まで変わらないけど。

ヌードシーンがあったりもするので、女性向けの眼福要素も担当させられたイケメン俳優だと思っていたのだ。二回もイケメンって言ってしまったよ。

彼は優秀な軍人でありパイロットなのだが当然人間なので、スーパーヒーロー神の子であるダイアナに比べたら喧嘩においてはまったく弱い(軍人として適正に強くはあると思う)。おまけに非文明圏であるアマゾン島では虜囚に近い扱いも受けていたし、さらにいえば彼はアメリカ軍大尉であり、物語中盤の舞台イギリス(&イギリス議会イギリス軍)では大きな権力を持っているわけでもない。上司に対しては愛想笑いを浮かべたり、自分意見をひっこめたりもする。

物語中盤、未知の世界である外界に出たダイアナは完全にお上りさん状態であり、大都会ロンドンにおいて常識を知らないことから、スティーヴに迷惑をかける。それにたいしてスティーブはなだめたり、すかしたりしてダイアナに行動を抑制しようとする(そして失敗する)。スティーブダイアナに「外の世界常識や考え」を事細かに説明して理解を得ようとはせず、断念する。命の恩人ではあるし天下無双の戦闘能力を持ってはいるけれど、「面倒くさい子供」でしかないダイアナに呆れているように見えることもある。

こうやって説明すると際立つけれど、スティーブイケメンが売りなだけのダイアナの介添に見えていた。

しかし、上映後に振り返ってみるとこの映画の中心はスティーブだと思う。

ド派手なCGバトルアクションとか、世間フェミ的な評価を全部取っ払って、個人的に「ワンダーウーマン」の感想を述べるならば、「ワンダーウーマンスティーブ映画なのだ

全般的に人物の内面描写が浅いきらいのあるこの映画だが、スティーブに関しては脚本も俳優も素晴らしい仕事をしている。

彼は心の中にロールを持っている男だ。それは「善き男」であり「善き大人」であり、おそらくだけど「善きアメリカ人」であり「善き隣人」だ。彼はそういうふうに生きたいのだ。正しさや信念というよりも、自分の中に理想像ロールモデルがあると表現したほうがしっくりくるのがスティーブである

彼が軍に身を投じたのは、混迷続く世界情勢の中で、善きアメリカ人として社会に奉仕しようとした時、そのモデルが軍人だったかである。今の価値観で言えばもちろん異論はたくさんあるだろうけれど、その当時の常識で言えばそれは愛国心であったし、善き市民の善き行動だった。

ドイツ軍に密偵した結果、彼は恐るべきマスタードガスの開発と、それが講和間近のイギリス軍へ向けられていることを知ってしまう。彼はこの情報を持ち帰るために命を捨てるような危険を犯す。それもまた、彼の中にある「それが善き男の行動」だからだ。

その過程ダイアナに命を救われ、彼女の「外の世界戦争を止めたい」という希望を叶えるためにも、一緒にイギリスまで情報を持ち帰ることにする。

しかし、イギリスにそれを報告したが、結果ははかばかしくない。講和が間近に迫ったイギリス軍は、ドイツ軍(の一部)に災厄的な行動があったとしても全面攻勢には移りたくない。スティーブ情報事実上握りつぶされる。

彼はここで彼自身の行動規範である「善き人」を曲げられる。軍の階級差という世俗の権力構造のせいで、彼がすべきだと信じる行為を行うことができない。

講和のためとは言え、前線舞台をマスタードガスの脅威の前に放り出してよいのか? 良いはずはないが、議会や政府の決定に従うのも「善き国民」の義務ではあるのだ。

でも隣には精神的に子供ダイアナがいて「ねえなんでなんで? なんで正義しないの? まさかここでやめるわけ? 処す? 処そうか?」という視線で見てくる。彼は、その結果、軍の命令を無視して、私費で(というかボランティアのつもりだった?)傭兵を雇い前線に向かう決意をする。彼は心の中にある「善き人」の指し示すところに従ったのだ。ダイアナがあんまりにも無垢なので引っ込みがつかなくなったという側面があったにせよ。

前線に向かい、血みどろの後背地を抜けて塹壕にたどり着き、取り残された村をダイアナ神話的な能力にも助けられて開放して、ダイアナスティーブの関係は接近する。男女間の性愛的な意味での愛情もあったような描写だったけれど、個人的にはスティーブ父性も強く感じた。その父性というのは、子供しかないダイアナに「善き大人」を見せるというものだ。戦争なんて醜悪なものなのだけれど、それだけではないということ、世界には「善き隣人」の「善き努力」もあるということを示したかったように見えた。孤島から世界に連れ出した人間として、世界に失望してほしくなかったのかもしれない。

終盤。マスタードガスの大量生産はすでに完了しており、その暴挙を止めるために一行は秘密基地に忍び込む。ダイアナはその中で、アレス化身だと思われるドイツ軍ルーデンドルフ総監を倒すことに成功する。ダイアナは「これで悪神アレス洗脳は溶けて戦争は終了する!」と歓喜するが、兵士たちは戦闘をやめない。殺戮の準備を辞めない兵士ダイアナパニック状態になる。ダイアナにとっては今まで信じてきた世界観が崩れ去った瞬間なのだ

そのダイアナに向かって、スティーブは今まで何度も説明しようとしてしきれなかったことを告げることになる。

それは「この戦争は人間が開始して人間が拡大させたものなんだ。神はいない。僕たちの責任だ」ということだ。その告白はとても辛い。「善き男」として生きたかったスティーブは、まったく「善き男」ではなかった。戦争をしちゃってるのだから極悪人なのだしかし、スティーブは「この戦争は僕達の罪なのだ」ということを認める。なぜなら、戦争の責任を誰かに転嫁するのは、戦争を始めるよりも更に恥ずべきことだからだ。「善き男」として彼は、世界の醜さの責任を取らなければいけないと決意する。

スティーブダイアナの間にあったものは多分とても複雑で、男女でもあったし、父と娘でもあったと思う。でもその一部には神と人間というものもあった。

彼女の戦闘能力があまりにも隔絶してたかスティーブもその視点を持たざるを得なかったのだろう。

ダイアナの考えは「神が神の邪悪を振りまいたせいで人間が迷惑をしている」から「神の使命を持つ私が人間を救う」というものなわけだけれど、スティーブはこれに「善き人間」としてノーを叩きつける。ダイアナの考えはある種のパターナリズムだが、スティーブの答えはそこからの脱却だった。

神々の戦いは神々であるアレスゼウスの娘ダイアナが決着をつけるだろうし、人間であるスティーブは戦闘能力の関係上そこには関与することができない。しかし人間の始めた戦争であり、人間の悪意であるマスタードガスは人間であるスティーブが止めなければならない。筋としてそれが正しい。

ダイアナの戦闘能力やスティーブたちの状況を考え合わせると、彼らはここで戦闘を放棄すれば逃げて安全に暮らすことは十分に可能だったように見える。その場合はもちろんマスタードガスで前線の部隊は凄惨なことになるのだけれど、倫理的に考えてスティーブが彼らを救う(その結果命を落とす)絶対的な義務があったわけではない。戦争の悲惨すべてを、個人であるスティーブが背負う必要はないからだ。

スティーブが命をかけた動機として、父(先行者)として娘(後続)に「この醜悪な外の世界にも善はあるのだ」という事を示したかったのか、人間として神に「あなただけにすべてを背負わせない。人間は弱いけれどそれでも自分たちのしでかした行為の責任は取る」ということを示したかったのか、それとも男として女に「俺も戦う」といいたかったのか、それはわからない(そこが返ってスティーブという男のテーマとしてよかったと思う。彼の愛情には名前がつけられない)。

けれど、スティーブは「自分の戦い」として今まさに離陸していこうとする毒ガス満載の爆撃機を止めるために飛び出す。そして乗り込み、爆弾を抱えて、前線を救って、結果としてダイアナを残して死ぬ。

こうやって思い直してみると、中盤、ロンドンの街で常識知らずにうろつくダイアナに手を焼いていたのも、「善き大人」として子育てに苦労してたんだなあ、と思える。

スティーブは大尉だからおそらくエリートなんだろうけれど、まだ若いし、それ以前にすべての人間がそうであるように、不完全で未熟だ。しかしそうであるからこそ、彼には「こんな存在でありたい」という理想像があった。そして常にそうであろうと、努力していた。都会ではトラブルメーカーダイアナを「善き保護者」として(オロオロしつつも新米父親のように)導こうと思ってたし、最前線では「善き戦友」として肩を並べて戦った。戦火から救い出した村でチャーリーが歌ったときは「善き男」としてダイアナを熱っぽく見つめた。彼は最終的に、「惚れた美人との安全な生活」よりも自らの役割を優先した。自分自身の信じる正しさに殉じた。それは「善き人間」として神の前に立った時、他の誰でもなく自分が、人間すべての代表として神に「人間の誠実」を見せるべきだと思ったからだ。

それは上野千鶴子あたりの言葉を借りると「男性の安っぽいヒロイズム」であり「戦争に興ずる幼児性」なのかもしれないけれど、物語としてみるとスティーブの人物描写はこの映画の中で一番複雑で深みがあった。魅力的だった。

そんなことを考えると、「ワンダーウーマン」はウーマンリブ的な価値観映画というよりも、男性的な価値観の、そして「神(あるいは超越的な力を持つスーパーヒーロー)の前に立った『善き人間』の覚悟と誠意」の映画だと思う。そして、そこがこの映画の美点だと思える。

2017-09-10

anond:20170910012336

こんな幼稚な表現しかできない言語能力のひ弱さ、恥ずかしく思わないのかな。

倫理モラルが凝り固まっていた世代典型だね。今時は制約のない倫理が支持されており、優しさや庇護自分立場を危うくするため敢えて厳しい態度で接する事が愛情

世界に誇れる自由度のある日本文化時代最先端であり、弱者を切り捨てる勇気決断社会貢献となる。他者は敵、隣人は犯罪者、身内は密告者、そう思いなさい。

日本で生き抜く覚悟と実力がないカスは逃げて帰れなくなり一生後悔する。敗北者は要らない。

2017-08-29

web系含めIT業界すら斜陽なのが割とマジでヤバいと思う話

他の人達は、営業とか電機とか化学とか土木とか、まぁいろいろな職業斜陽産業未来がない未来がない、というが

ぶっちゃけこれから右肩上がり需要があるなどと、アホの経済紙やしたり顔のIT系とか経済ブログがほざくIT業界だってぶっちゃけその道で働いてたら

意識高い系馬鹿以外の98%のエンジニアが、それ以上に終わってる斜陽産業という認識がある件

web系だのなんたら言うが、実情を言えば、裁量労働制最先端技術を今時東大生でもそこまでしたら知恵熱だして倒れるくらいのペースで勉強しないとついて行けず

プライベート勉強会だの集まりだのに顔を出し、ブルーライト視力が0.01になりそうなくらい毎日パソコンにらめっこして、俺たちは上流と下流なんて考えない、全部やるんだぜ

スタバで他の客の迷惑も考えず何時間も居座って、Macbookもってドヤ顔キメちゃってることして、あれでたった300万~せいぜい命削るくらいサビ残どころか休日リモートで自宅作業やって500万がせいぜいだからなw

需要が増えてるweb系でこれだぜ?ちなみに今は参入が多すぎて蟲毒状態競争で、レッドオーシャンどころか、血の池地獄になってるからもっと下がるからねw

さて、悪名高きSIerは、00年年台の頃は、どんなウンコブラックでも残業代はついてたから、ブラック労働はい新卒でも月収60万とかザラでいってたからねw

web系の意識高い馬鹿ども大好き年棒制で考えても、単純に年収700万オーバーwわかる?手取りに直せば1年で約550万近く稼げてたわけw

需要が多かった時代の話だけど、今未来がある!とか言われてるweb系はどうですかね?すでに供給過多で需要が不足し始めててるわけですよ、わず10年足らずで

これを斜陽産業といわずなんというんでしょうかね?

あ、あと言っとくけどweb系のBtoCでの上流経験PM経験なんて、付加価値0とまではいかんが0.5くらいしかいからね、アジャイル開発で仕切る人数なんてギリ2桁とかでしょ?

これ、ゴミみたいな中小企業社内SEベンダーコントロール以下だからね、プログラミングすら書けないウンコ社内SEですら、100人月とかザラでBCやってますから、何歳までその業界で働くか知らんが、ハッキリいって君らの技能って所詮オナニーにすぎないからねw

当然、俺は今のSIなんて滅べばいいと思ってるくらいには、評価もしてないし、無能PMSEが餌で釣って大量に下流工程人材使いつぶしてるのは、イスラム国IRAといったテロ組織よりもタチの悪い極悪反社組織だと断言できるけどさ、イメージで釣ったweb系も所詮SIから逃げたやつらがSI業界と全く同じ構造を持ち込んでるだけにすぎなくなってるわけじゃん?

あとね、君らのwebプログラミング言語世界通用するとか言ってるけど、実務やってる分は3週遅れくらいだからね、ギークハッカー自称しているのなら、Ruby流行ってる時点で終わってると自覚しなさい、俺がPGだったら恥ずかしくてMacbook売り払って引退するけどね、そんな恥ずかしいこと公言してはばからなかったらさ。

そんで、ここが確信SIもそうだが、そんなSIの亜種にすぎないweb系もかなりあるよね「35歳定年説」w

そんなに習熟した歴史がない、などと自己暗示はやめなさい、君らの回りでwebバリバリ最前線で働いてる30後半から以降の人間なんているのかね?いねえだろ?

悔しがることはない、IT業界のものがそーなのです、君らが悪いわけじゃないんだよね、所詮マネジメントの機会すらベンダー側であったとしても身体が持たんし、社内SEであれば評価されない(超最上流なのにね…)

つまるところ、俺らのやってる技能すべてが、全く持って付加価値というのが存在しないわけ、最後は何かって?金とコネじゃね?

俺があと〇歳若かったら新卒の頃必至こいてIT勉強なんてやらないで、Faceb〇ok架空身分で垢登録して、金持ちエリートのなりきりやって、上級国民お嬢様あたり口説くけどね、それやった馬鹿もの末路が三鷹ス〇ーカー事件だけど

プライドへし折ってコボラーおじさんやる?良心捨てて人売りIT屋のピンハネヤクザでも始める?Excel職人で日銭を稼ぐ?お好きなのをどうぞ

結論、非IT系の皆さん、IT系もこんな惨状なので安心してください、みんな逃げ道なんてない、国が衰退するってこうこうことなんですよ。

もういっそ好きなように生きましょう、真面目に生きようが悪の限りを尽くそうが、この日本社会を包む絶望感や閉塞感をぬぐうことなんてできませんw

あ、上級国民は別だろうけどね

2017-08-27

https://anond.hatelabo.jp/20170827205434

こうやってわざわざ話題にするバカいるから24時間TVは成り立っている

今や24時間TV炎上商法最先端でがっぽがぽ

これもみーんな反応する馬鹿のおかげ

もっともっとSNSネットで叩いて欲しい

私の初恋の人は兄のものでした

今日カードキャプターさくら再放送のあらすじなんだけどね。

改めてみると、誰も突っ込まないし超自然に二人の経緯が描かれてる(出会いは描かれてないな)。

それに桜は勘付いていたみたいだし、応援してるし…

の子小狼雪兎を好きだと言ったとき自然に受け入れてたし(原作では男が好きとか変だと小狼は言ってたのを一蹴してた)

いつから兄と雪兎気持ちに気付いていたのかってのは色々と考察できるんだが

まぁ…自然だ。とても自然

このレベルさらっと男同士がくっつくアニメってなかなか無いような。

(元々ホモアニメは除外だよっ!)

正確なことを言うと雪兎そもそも性別も無いぐらいなのだが、それもそれで凄いなと思ったりするわけで

この作品感覚は、未だに時代最先端に居ることを再確認したよ…。

しかしどうなるんだろうな将来は。

桜は親と兄と暮らし続けるのかな。雪兎というか月とも一緒に居るべきだろうし、新作ではしょっちゅう雪兎はお泊りに来てるし。藤隆は他に身内居ないし。小狼と兄は和解できるのか。いろいろと気になる木之本家である

2017-08-26

サッカーゴール問題

サッカーのゴール(物理実体の方)って、構造的に危ないよね。たまに日本のどこかでゴールが転倒して怪我する人がいてニュースになることがあるし、プロ試合でも勢い余ってぶつかって怪我をすることがある。中にはぶつかって脳震盪で運ばれたりってケースも。

これ、どうにかならないのかなーってずっと思ってる。自分サッカー全然しないけど、Jリーグはじめプロサッカーはよく観戦するのでたまにこのことを思い出す。

最近サッカー最先端世界では、ゴール(物体ではなく得点の方)をしたかどうか、つまりボールゴールラインを割ったかどうかを判定するゴール自動判定システムってのがあるが、それが技術的にできるなら、将来的にゴールマウス全体も仮想敵ものにできないのかとか思ってしまうが、かといって物理実体をもたなくなると今度はボールがバーやポストに当たって跳ね返ることがなくなるので試合が今とはかなり違ったものになる可能性がある。FWが跳ね返りを期待して詰めても報われることが少なくなるので、サッカー界全体の試合当たり平均得点も減るだろうな。

ゴールバーやポストを柔らかい素材で作るのも同様。これも跳ね返りが変わるので今のサッカーと少しゲーム性が変わりそう。安全と今のゲーム性を全く変わらず維持するのの両立が難しい。

なんかうまい方法いかなーと素人ながらにずっと考えてるけど思いつかない。思いつけばビジネスにもなりそうなんだけどな。

2017-08-20

ステマにやられた

自分だけはステマなんかに騙されないと思ってた。女だてらに10年以上も2chで書込みして、スレたてして勧告無意味に叩き、自民擁護して民主を叩く。主義主張はないけれどそうやって10年以上も過ごしてきた。2ch住人は、情報最先端をいき、ネット情報操作しているという自負さえもってやってきていた。

最近でははてなにも進出したけど、それでもやっぱり自分は2ch住人だと思ってる。はてなに行っても知恵袋にいても、発言小町にいてもその自負は変わらない。

何故なら2chこそが情報最先端であるから

そんな私が、情報最先端をいっている私が

ステマにやられた・・・

2h歴10年、ニート歴5年。

会社を辞めてどっぷり2chに浸かって5年。

この5年の間に体重が1.5倍ほどになった。

ここまで体重が増えると恥ずかしくて外にでも出れない。

20代であれば、将来のことなんて微塵も感じなくても生きていけるけど、30代に突入するとそういうわけにはいかない。

特に女性であれば、結婚出産意識しだす。

2ch住人であってもそれは変わらない。

から痩せたい。外に出たい。男が欲しい。そして結婚したい。

そんな気持ちを踏みにじられた。

私は痩せるためにネット上の情報を集めまくった。集めまくった結果、騙された。

よもやネット上の口コミほとんどステマなんて気が付かない・・・

騙された商品はエクスレーヴという、骨盤矯正下着。

流行りの履いてるだけで痩せる系だ。

今にして思えば、騙される要素満載の商品。当時の私は痩せたいという気持ち一心で、そんなことにも気が付かなかったのだろう。

また、口コミ検索している時点で彼らの術中にはまっているのだろう。

何故なら、口コミ検索している時点で、「自分に都合のいい」情報シャットアウトしていたのだから・・・

例えば、私が検索した結果見つけた口コミサイトはこういう感じのばかり


https://twitter.com/tanyuuno

https://twitter.com/moaimo3

http://xn--ickomx5qwcsc5cx348b.biz/

https://twitter.com/AgnesHerrmann3

本来精神状態であれば、こんなステマ中のステマに騙されることはないのに、感情むき出しで調べてるときは騙されるみたいだ。

からステマってなくならないんだなと思った。

こんなの騙される奴いるのかよっていうものでも騙されてるやつは多いみたいだ。

2017-08-18

かつては「仕事」なんていうことをしてたんだって

昔の人は「仕事」っていうことをしてたんだって生活するためにはお金必要。そのお金を得るために「仕事」ということをしてたんだってお金もとうの昔に無くなったけど、その時代は命の次にお金大事って言われてたんだって。今と価値観全然違うね。でも、今僕らが感じている価値観も遠い未来では笑われるんだろうね。いつの時代自分たち最先端って思っちゃうけど、そんなこと全然ないよね。

これが最先端

子供の通う学童では将棋流行っている

駒の動き→スキル

成ること→進化

子供たちの間ではこう言うらしいよ

うちの界隈だけかもしれないけど

2017-08-17

公務員現役リーマンの考える日本再生プラン

私は今の日本が嫌いだ。リーマンショック以前はアメリカよりも大嫌いだった。しかしそれでも世界3番目の大国。この国がしっかりしなければ、先進国の足並みをそろえて衰退への道に歯止めを掛けることはできない。そこで、私なりの「日本再生プラン」を考えてみた。

①「ウルトラ資本主義から社会主義」へ

まず必要なことは資本至上主義発想の解体だ。良く言われているように、今の日本の諸問題資本主義暴走にあって、それに歯止めをかけるものがない。これは良く言えば一時期のアメリカ匹敵する経済構造を支えていた。

しかし今の日本では、資本主義国家の味方というわけではない。むしろ弊害が増えていて、公務員でも資本主義嫌悪する人も多い。そんな彼らからすれば「資本主義カースト上位」もモンスター思想家と同じくらい嫌悪すべき存在で、結果的資本主義を活かしたプランが嫌われる傾向がある。

かつて大きな資本主義必要だったのは日本社会のものが未熟だったからでもあるが、今の日本社会成熟している。要するに社会主義的な考え方が導入・実践されており、たとえば高度な社会保障が持続化できるようになっている。

欧米各国で広まっている社会主義運動の流れを艦みて、日本はこの際、もう資本主義拡張を諦めるべきではないか勇気ある行動で示してほしい。資本主義社会社畜思想もどうみても同じ側の存在であることは明白だ。旧来型の資本主義思想ときっぱり決別し、社会主義との共生への道を示すことを鮮明にすれば、国民は「日本は変わったな」と評価するはずだ。

②「烏合の衆から多様性」へ

日本国民はまとまりがなく「烏合の衆」とされていた。もともとが学生運動崩壊後にノンポリごった煮になった国民なので、内心極左だった人もいれば極右もいる。その節操なさが日本国民の強みとも言われていたこともある。

ところが実際には、平成ポスト好景気になった時に、これがネックになった。景気回復問題、そして国民の荒れなど、是非が左右できっぱり分かれるテーマに直面した時に、はっきりと決断できなかった。妥協すれば国民失望するし、一方をとればもう一方を失う。派閥抗争も激化した。

日本は当初、第二次世界大戦敗戦の際にアメリカなどの西側諸国同盟を組んでいたが、韓国が反発し、戦前問題ではアメリカ人も躊躇するような過激思想が台頭し、2000年代の対中接近路線で一気に友好関係破綻した。そうしたら、西側諸国との協調関係崩壊したのである

なので日本国民烏合の衆である必要性はない。現状では、なんだかんだで一致団結すべき困難が続いているので、ネトウヨ新自由主義エリートたちが敵ということがわかりきっているのなら、日本国民がすべきは内部にある彼らを忖度することではなく、むしろ追放することではないか

村田蓮舫がかつて述べた「私は多様性象徴」という言葉にあるように。多様性こそが今の日本社会必要ことなである日本社会の敵が右翼カラー全体主義に陥る中、日本国民が示すべきは寛容な多様性主義である。そのために、まず右派なんか追い出したほうがいい。

日本社会のもとに集まるべきは、新自由主義エリートでも右派思想でもない人であり、インテリであり、社会主義になびく人ではないか烏合の衆を脱し、多様性国民に生まれ変わることも、日本の再起のために必要なことである在特会みたいな小物右派をさっさと追放しろ

過去・現状が「ポスト藩閥社会ポスト帝国主義」なら未来は「最先端民主主義国家」を目指せ

かつて日本は藩閥社会(江戸時代エリート末裔)、帝国主義(天皇制シンパ)という大きな権威を抱える国家で彼らの末裔総理大臣になったりした。現在も「日本2677年の歴史であることから現状も帝国主義であると思い込んでいる人が多いが、それは間違いだと思う。日本の現状はどちらかといえばポスト帝国主義国家、つまりそれをブランドにしているに過ぎないのだ。

実際、本当の安倍政権の最大の支持者である藩閥主義者帝国主義者東京への搾取で裏切られ、選挙左翼系が彼らを乗っ取る光景ももう当たり前だ。地方創生天皇制問題を見ても、美しい伝統民意を圧殺してぶち壊しているようにしか見えない。形は残っても中身は残っていない。

藩閥主義者帝国主義者安倍政権を支持しないが、高齢者なら左翼若者極左大衆なら中道となると、残るは中道でも左翼でもない「右翼」というポジションである経済面では、エコカーコンパクトカーや安い車を作っても日本人の車離れは改善せず、公共交通の混雑は市場競争弊害でむしろ激化するが、政治はちっとも進歩しないのだ。

そこで日本社会がすべきことは、安倍政権が見限った藩閥主義者帝国主義者の受け皿になりつつ、歴代政権放置し続けている諸問題(たとえば都市問題経済問題など)に取り組むことである。ついでに共和制移行も検討してしまえばいい。なぜこれができないのか、不思議でならないよ。

今の持つ層と昔の持つ層と持たない層できっぱり考えが割れる傾向はアメリカを筆頭に共和制先進国では当たり前になっているが、日本場合アメリカのような進んだ政治もなければ果てしなく富裕層排出するような最高クラス経済もない。「量産型化」したロボット国民存在があまりに多いので、現役勝ち組と元勝ち組負け組割れない。

現状維持はいずれ衰退する

これら私の掲げる方向転換を日本国民実施してくれる可能性はたぶんないだろう。だが、それくらい思い切った変化がなければいけない。あれほど圧倒的な勢いで経済成長できた日本が、わずか四半世紀で好景気終了後に凋落がとまらないのは、国家現状維持以外の何もできずにいることに国民失望しているからだ。

復興出直しをするなら、今だ。それができないなら、ほんとうに売国するしかない。

2017-08-13

すげえよなあ

どんだけ最先端技術を持って近代国家の皮をかぶっていても人権という概念がないだけでこんな体たらくになるんだぜ

2017-08-10

こういうエントリ

http://b.hatena.ne.jp/entry/www.softantenna.com/wp/software/death-of-ruby/

10年位前はRuby使ってるだけで最先端な気になって、他の言語バカにしてた記事ボコボコ書かれてたけど、Rubyだって大衆化したらバカにされるようになるだろって思ってた。

大衆化する前にダメになったな。

2017-08-09

超高額な最先端治療と苦しいリハビリにより改善した例もあるので可変的であり差別ではない

https://anond.hatelabo.jp/20170809140838

いや、DQ5時代にはRPGはもう「勇者世界を救う」という単純な話ではないのが普通だったよ。FFもそうだし。

「多世代に渡る話」に絞るなら、ファンタシースター3の方が早かったらしいし(これは未プレイなので詳しくは知らんが)

PSマイナーだし知らなくても仕方ないが(そもそもSFCじゃないしな)、

FFはその頃にはもうDQと並ぶRPG代表格扱いで普通に小学生にも広く知られていた。

単に増田個人たまたまDQ以外知らなかっただけでは…

元増田も突っ込まれてるけど、DQFFや他ゲームより幼い子供でもとっつきやすくて当時の子供にとってのRPG初体験である事が多くて

他のゲームでとっくに出ている事でも子供にとっては初体験なので最先端と思ってしまう、ってのはあると思う。

自分も、4の「勇者のいる村が敵に襲われて勇者以外全滅」と言う旅立ちが斬新と思った記憶があるけど

考えてみればFFは2から「いきなり敵に襲われて全滅→助けられる」と言う事やってるんだよな。

主役が所謂勇者」じゃない、ってのもFFは2からだし。

Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島が憎い

名前がかっこよすぎる

なんだよ「ナゴヤドーム」って そのまんまじゃん

しかも周りのやつは「ナゴド」とかいって最先端ぶって

おまえ、「Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島」だぞ。

これが「広島市民球場」だったときは「ナゴヤドーム」のほうがまだスタイリッシュさがあったかもしれない。

今はもう勝てないし勝てるビジョンが浮かばない。例えばナゴヤドーム(笑)命名権を出したらTOYOTAあたりが命名するかもしれない。でも、TOYOTA命名権とったらどうだ?

TOYOTAドーム

プリウスドーム

みたいなのにしかならんぞ。間違いなく「Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島」を超えることはできない。

勝てる相手に対してはいくらでも好意的になれるが圧倒的な力の前にはすべてを憎むことしかできないんだな。

Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島が憎い

わかってる。本音ではない。Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島が憎いというのは。

声に出して読んで見る。「Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島」。

なんと心地の良い響きなんだろう。

例えばタクシーにのって「マツダスタジアムまで」というよりは「Mazda Zoom-Zoom スタジアム広島まで」と言いたくなる。

リズムが良い。声に出して読みたい日本語

濁音は濁る音と書くが、ズームズームのズに濁っているイメージはない。

それに比べて「ナゴド」だ。濁りすぎ。悲しくなった。

カープファンになります

ちなD

最先端分野での凋落

国力の衰退をもたらすと言うのが俺の考えなんだけど

何で大丈夫だと思うのかな

2017-08-08

https://anond.hatelabo.jp/20170806072023

最先端意味にもよるけれど、1~3は間違いなくゲーム界をリードするつもりでつくっていたように思う。

転機は4、5、6

ドラクエ4

3でロトシリーズが最高の形で締めることが出来、ストーリーゲームシステムとしても一新を考えたドラクエ4

2、3が、ストーリーシステムも「前作にプラスアルファ」という形だったのに対して、前作までの否定とも思えるほど意欲を感じた。

ファミコンスペック限界に近づいていたために、あの程度に留まったんじゃないかと思う。

最先端であり続けようという意欲に、ハードスペックが追い付かなかったという感じ。

その後に出たファイナルファンタジー4に大きく鼻をあけられた印象はぬぐえない。

ドラクエ5

最もファイナルファンタジーシリーズの影響を受けているように思う。

今までのドラクエスタンスであるドラマ主人公になるというより、ファイナルファンタジーシリーズのようなドラマ第三者的に見ているような印象があった。

意欲的だったが使いにくいAIシステムを、「めいれいさせろ」によって実質的コマンド手入力制に戻したり、かなりバランスよくまとめにきた。

一方で、目新しい部分は少なかった。

この辺が、最先端から一歩引き始めたころだと思う。

同じころにリリースされたファイナルファンタジー5と比べると、ストーリーの優劣はとにかくとして、システム面ではありきたりに思えた。

ドラクエ6

この作品では、ファイナルファンタジーとの差別化を図り、ファイナルファンタジードラマ、それに対してドラクエ主人公一人称目線ということに拘ったように思う。

ムドー戦以降、自分探しという今一つ必然性にかける旅の目的であったせいで、ストーリーの印象は非常に薄い。

どの職業にも転職できる、二つの世界自由に行き来、などなど、自由度の高さが目立ち、さしたる目的もなく好きにブラブラしてたという印象。

この頃からファイナルファンタジーナンバリングタイトルリリースタイミングがズレてきた。

制作期間の長さと否定して丁寧につくられていたが、反比例して勢いがなかった。

ストーリーボリュームグラフィックを詰め込んでも、ゲームとしての完成度につながらないジレンマが出てきたのはこの頃だと思う。

チュンソフトが手を引いたせいだと思うけれど、アイディアというのはスピード感を持って形にしないと、死んでいくということを実感した。

それでも、ドラクエはすげえよ

なんだかドラクエ時代最先端じゃないとかいう話が盛り上がっているが、それでもドラクエはすげえとしか思わない。

5のAI、あれさりげなく学習型だったんだぜ、SFCのやつ。プレイヤーやらせた行動をなぞるようなAIだったよ。

6は音楽がすごいよ。あそこまで印象的な音を出すのってなかなかできない。

7はローディングの鬼。シーク音を聞いていればわかるが、ディスク内のデータの置き方の最適化がぱないと思われる。戦闘中でもガンガンデータ読み込みまくり。扉に近づけば先読みロードが走る。覚えてるんだけど、最適化したら扉に入る音よりも早くロードが終わるようになってしまって慌ててディレイをかけた、って話は今でも俺内ドラクエ伝説5本の指に入る。

8は当然あのグラフィック。俺が5をリアルタイム体験した時は鳥山明の絵でドラクエを遊べるのは俺が死んでからじゃないかと思っていたが、すげー早く鳥山明世界再現は訪れた。

9の技術面はよくわかっていないが、すれ違い通信の盛り上がり方はすごかった。

10は当然相撲システムオンラインゲームで衝突判定とか正気の沙汰じゃないと思うがそれをやり遂げている。

11PS4版のルーラがやっぱりすごいんだろうな。俺がやったの3DSだけど。

まぁそんな感じで技術的にドラクエには見るものがありまくりだと思うけど(1〜4はリアタイ原作やってないので省いた)、そういう面を省いてもドラクエはすげーとしか思わない。

まず、RPGというジャンル日本根付かせた。それで色々尖ったRPGが出て来て、逆にドラクエ凡作みたいに見えるのかもしれないけれども、その凡作みたいに見えるのかもしれないポジションを貫き通すのもすごい。だって、色々最先端を目指したFFの行き着いた先はみなさんご存知の通りだ。

そして、その凡作みたいに見えるポジションにありながら、きっちり数字を出している。これもすごい。

ちなみに俺個人ドラクエ感想だが、ドラクエには捨て作がない。1から11まで、どれも全部面白い。俺の中では打率10割。

これ、相当すごいよ。

結論として、最先端かどうかなんて関係ねぇ。ドラゴンクエストは偉大なゲームだ。

https://anond.hatelabo.jp/20170806072023

4までは最先端とまでは行かずとも、時代遅れ扱いではなかったよ。

メジャーな家庭用ゲームしか知らない子供からしたら最先端だったと思う。

子供ですら時代遅れっぽさを感じ始めたのは5からグラフィックFFに負けてたし、5の売りであるモンスター仲間システム

海外PCゲーとかではない国産家庭用ゲームメガテンFC時代からやってるわけで目新しくないし)で、

PSSSが出てからSFCで出た6で「古臭いゲームだがそれがいい)」扱いが確定した。

2017-08-07

https://anond.hatelabo.jp/20170806072023

最初から最先端ではなかった

ただ、UIが当時としては抜群に遊びやす難易度PCゲームにくらべて適度で、だれでもクリアできるのがよかった

結果小中学生が中心だった当時の家庭用ゲーム機で受け入れられた

それ自体は素晴らしいことだけど、いわゆるゲーム最先端かといわれれば違うと思うよ

2017-08-06

https://anond.hatelabo.jp/20170806072023

そもそもファミコン時代ドラクエからして夢幻の心臓インスパイアから

内容で言うなら最先端だった時代というのは存在しないと言える

それでもファミコンドラクエシリーズ存在なしにデジタルRPG日本に普及することはなかったと言えるくらいの存在感があったのは確か

開発はUIとか今風にしてテンポが速いデザインにするとゲームが苦手な人がついてこれないだろってボツにされるような感じらしいか

シリーズ当初の盛り上がりはファミコンブームにうまく乗っかって当たっただけで

あえて最先端からは降りているシリーズである位置づけるのが妥当だと自分は思う

ドラクエって、あの長いシリーズのどのあたりで、最先端ゲームでなくなったんだろう。

自分ドラクエIIリアルタイムでやってたのは小学校二年生くらいの頃で、ドラクエ初期(4まで)が小学生の頃だった。子供なので当時の雰囲気ははっきりとわからない。でも子供心に当時先端のゲームだという認識だったけど。

そういえば、ドラクエで思い出したけど、2015年末に、世界的大ヒットゲームシリーズFallout 4 が出たとき世間の言説に違和感感じたんだよなあ。

Fallout 4 は、2015年末時点でのPCゲームPS4/Xbox Oneゲームとしては、グラフィック的にはまずまずの水準で、2015年ゲームとして問題ない水準だった。でも、2015年最先端グラフィックではなかった。海外大手ゲームデベロッパーの新作だと、最新ゲームはその時点での最先端グラフィックを求められがちなので、そこは残念って反応が多かった。

で、その時、ネットSNSを見てたら、結構な頻度で、「Falloutシリーズは(重要なのは)グラはじゃない」「Falloutにグラ云々言うやつはFalloutシリーズが何たるかわかってない」って反応見たんだよね。

でもさ、2008年に前作のFallout 3が出たときは、(PCゲームPS3世代、としては最新グラフィックだったので、)評価も「このグラフィック核戦争で荒廃したアメリカ冒険できるぞ!」って反応が多かった気がするんだよね。つまり、前作の時点では、評価重要な部分にグラフィックも含まれてた。最先端についていけなくなったとき認知的不協和を解消するために認識を改めたのだろうか。

2017-07-28

ここがクソだよ日本人エンジニア

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