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はてなキーワード: カラシニコフとは

2020-08-13

鳥🕊がベランダに巣を作っていた😀

殺す!!!!!!!!!!!

次やったらぜってー殺す!!!!!!

転勤族の住んでる宿舎の室外機に巣を作るたあよく考えたじゃねえか……。

ああそうだよ俺たちみてーな独身や単身で転勤してきた奴なんて最初の数カ月は仕事で忙しいか家事なんてロクにやらねえよなあ。

エアコンの室外機は裏にほどよいスキマがあって暖かくて最高だよなあ。

から!オメーら小汚え害獣共が暮らすには最適だよなぁ!!!

ざっけんじゃねえぞ!!!

人の弱みに付け込んで好き放題しやがって!!

他人の家に堂々とテメーのすみかを築き上げてんじゃね―ゾ!

つうかここが本当に俺の持ち家ならテメーらと共存することを考えてもいいがな!

俺は最悪来年にはここを立ち退くんだよ!

その時には「綺麗につかってまちたか~~」ってつまんねえケチつけんのが仕事天下り大家が年に1度か2度の威張り散らし大チャンスにここぞとばかりに言いたい放題かますんだよ!

から俺たち転勤族の宿舎ぐらしは、部屋を返す数日前だけ本気だすんだ!

引っ越しの準備もあるしな。

エアコンなんてまさにそうだな。

業者気持ちよく運んでくれるようにキレイにしてよお。

だってエアコンなんて買い替えたくないだろ?

お前ら年収0円の野生児には分からねえかも知れねえが10万ぐらいするんだぜちゃんとしたエアコンは?

からキレイにするんだよ。

そのときにテメーラのクソにまみれた薄汚え巣を掃除しろってのか?!!

ふぁうあわっwfsぁわfだふぁあああああああああ???======|~~~~~~~~~~~~=~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~???????????

舐めてんのか?

お前ら舐めてんだろ?

人類様が支配してるのは地上だけとか思ってんだろ?

なあ?

それとも俺たちがお優しいから付け上がってんのか?

はぁ……言っとくがなあ、俺達は本音じゃお前らと共存する気なんてねえんだよ。

単にお前らをぶっ殺しすぎると地球環境ってのによろしくねえし、まだまだアルファケンタウリに移住するのも先になりそうだから一先ず殺さねえでやってるだけだ。

それをお前ら俺たちがお前らのことが好きだから友達だと思ってんノアk?

舐めんのはテメーの総排出腔だけにしろ

オケラだってアメンボだって人間様に気を使ってるから友達なんだよ。

生きてるから友達なんじゃねえ。

俺たち人間様が生きるのを邪魔しねえから友達なんだ。

分かるか?

オメーラみてーにバサバサ羽ばたいてクソ撒き散らすようなカスはお友達じゃねえ。

テメーらよぉ、どうせ俺たちの事舐めてんだろ。

「ボク様達が本気出したら人間さんは鳥インフルエンザで滅ぶんでしょ?」とか思ってんだろ・。

ウィルスといえばコロナとも共存するんだから僕たちなんて可愛いもんでしょぽっぽっぽー」とか思ってんだろ?

ふぁふぁdfかsdjf-おsfsだいfpsだ???S?S??

ちょっと許せねなあ。

言っとくがコロナとの共存はもうすぐ終わるんだよ!!!!!!!!!

人類最上級大富豪ビルゲイツ様が作ったワクチンで全滅だ!!!

あぁぁああああああ???んんんんんんんんんんんん???

どうせテメーら鳥頭は「それはビル・ゲイツが凄いだけッポ」とか俺のことバカにしてんだろ??

ちげーよビル・ゲイツ様が大富豪なのは俺たち人類があの方をお支えしてるだから

俺が会社で使ってるクソゴミNECゲロPCボケカス富士通詐欺ノーパの購入費用が巡り巡ってビル・ゲイツ様のお懐をお温めになっているからなぁ!!!!!!

人類の力なんだよ!!!

人類の力と総意がコロナをぶっ殺す!!!!!!!!!!!!!!!!!!

次はテメーらかもなああああああああああああああああああ

マジでよおお前らいいかげんにしろ

なんで俺がようやく手にした夏休みベランダでオメーら鳥頭の撒き散らしたクソまみれの土塊をゴミ袋に詰めてんだろうな??????

ベランダを日頃使ってない俺が悪い???

あああああああぁかvxMnNNNNNNNNNNNNNNN?+?_

テメーらがフンを撒き散らすから外干しができねえええええええええええんんんんんdkぁふゅだsfだしpふぉうsぢょぱふいうおds;

ゆるsねうぇあfさfだsfわsdふぁ

完全なマッチポンンプじゃねえdふぁfだsfさkjぁjkfjだs;fjkjぁkじゃっかあ

マジでカス

殺す

次やったらぜってー殺す

tyとと俺はバカンスデルスにするけどその間にもしまた巣を作ってみろ

枯れ枝や軽石を室外機の下に集めてみろ!!

お前ら羽ばたきゃ逃げられると思ってんだろ!!!!!!

人間舐めんな!!!

カラシニコフ弾丸がおめーらのチンケな羽ばたきより遅いわけねええええええええええええええええええええええ!!!!!

まあ俺が買うのはマルイ電動ガンだがな。

次やったらポチるからな。

ころすぞ

2020-02-05

氷河期世代がこれ以上国は俺らを虐めるとテロするぞとかネットでいっぱい言ってるの見てて思うけど

若い20年前のうちに自分たちは最優秀世代だとか言って、突っ張ってないで素直に団塊世代極左とか左翼と手を組んでそいつらのノウハウネットワーク継承してれば

今頃ロシアとか中国からC4爆薬カラシニコフ小銃とかRPG持ち込んで全盛期の日本赤軍並にバンバン派手に暴れられてたんだろうかなぁって思うときがある

からこそ、現状のロスジェネ世代底辺負け組オッサンたちがバカみたいに右にかぶれて貧乏くさいサイレントテロ100均包丁振り回して警察官タコ殴りにされてつかまる程度の手弁当テロしかできない連中の現状を見てると、紙一重の差が平和安全につながるんだろうなって思う

2019-10-13

anond:20191013142450

カラシニコフなら勝てるし、毒を盛ればもっと確実。

やはり武器術なんてもの武術としての格が低いな

2019-08-10

人類最強の量産型シャーマンでいいとして最強の試作機はなんなの?

いやまあ別にカラシニコフの方がつえーよとかそっちから話をしてくれてもいいけど

2019-06-02

anond:20190602132116

製造ラインの立ち上げなんか作ってるうちに覚えんだよ、初期不良くらい自分で面倒見ろバカってあしらわれてんだろ

ブローニングM2ってジョン・ブローニング直々の設計じゃねーの? カラシニコフ並みにド安定のブローニング原設計を暴発させるって金属薬莢銃砲が作れませんって意味から

2019-03-16

anond:20190316004203

オウムコピーしようとしたのはカラシニコフから欲張りすぎたのだろう。

百年以上前ガトリングガンのようなものなら比較的容易に作れるはずだ。

2018-08-04

青二才に本をあげたのだがレベルが高すぎたらしい

青二才さん、地頭は悪くないんだからもう少しweb経由だけじゃなくて全うで体系的な知識仕入れたら一皮剥けると思うんだけどな、

と思って彼に何冊か初心者向け(?)の本をブックオフの108円コーナーで見つけて飲み会の時に彼にあげたのだが、なかなかそれに関する記事を書いてくれないのでまだ記事になっていない本のリストと共にここに書く。

歴史人口学で見た日本

歴史人口学の大家にして時刻表である速水融先生の本。拙まとめ日本人が増えすぎた人口をエド・シティに送るようになって1世紀の主な種本である

ユーゴ紛争

オシム通訳を務めたことでも知られる千田善氏によるルポ。これは必ずしも初心者向けではないが(起きたことが酷すぎるので)。

覇道~心に刃をのせて~

1990年前後、憎らしいくらいに強かった時代西武ライオンズを率いた森祇晶監督の回顧録。だが青二才さんは30歳くらいなのでこの時代がピンと来ないらしい。

前田建設ファンタジー営業部

一番最初に出た本で、マジンガーZ格納庫編である、と言ったのだがこちらも青二才さんはピンと来ていなかった。増田スパロボで知った人なので偉そうに言える立場ではないのだが。

ジャブロー編にすれば良かったのかもしれないが、流石にジャブロー編は108円では見つからなかった。

王朝貴族物語

文字通りの平安貴族に関する本。藤原道綱母蜻蛉日記の著者)がボンクラな息子・道綱のために恋文を代筆した話や、四位の貴族芋粥を食べて感動する話なんかが載っている。

女子大生がヤバイ!

とある女子大文章創作講座を受け持つ著者が、女子大生が書いてきた短編小説に現れる彼女らの生々しい生態に迫った本。ちなみに『ヤバイ』は汎用性の高い若者言葉の用例です。

カラシニコフ

説明不要の名著で朝日新聞の連載をまとめた物。『小さな大量破壊兵器AK-47カラシニコフ自動小銃にまつわる色々なこと。

2017-12-15

ジムロジャーズ氏 「もし私がいま10歳の日本人ならば……」

「そう、私は自分自身AK-47を購入するか、もしくは、この国を去ることを選ぶだろう。なぜなら、いま10歳の日本人である彼、彼女たちは、これから人生大惨事に見舞われるだろうからだ」

――いま日本は景気拡大期間が戦後2番目に長い好景気局面で、日本株も約26年ぶりの高値です。活況に沸いていますが。

「いま日本株が上昇しているのは、黒田東彦総裁が率いる日本銀行がジャブジャブに紙幣を刷ったうえ、日本株日本国債をたくさん買っているからにほかなりません。

紙幣が刷られると株価が上がるというのは市場歴史証明していることであり、ほぼあらゆる投資家たちがそのルールに忠実に行動しているまでです。

それに、日本株1989年末につけた3万8915円よりまだ4割以上も低い。アメリカヨーロッパ株式市場が史上最高値に達しているのとくらべてまだ上昇余地があるとして、多くのマネー日本株に流れ込んでいる。

このような状況は、日本の株を持っている私のような投資家には非常に好都合です。儲けが得られますからね。だから私自身は日本銀行感謝しているし、日本の株を持っている世界中投資家たちも日本銀行感謝していることでしょう。しかし、日本人にとってはまったくいい状況とはいえない」

――どういうことですか。

日本株はこれからも大きく上がるでしょう。私自身、数週間前に日本の株を買い足しました。日本銀行がいまの金融政策を続ける限り、私は日本の株を所有し続けるつもりです。

しかし、この日本株の活況はあくまでも日本政府が人工的に株価を上げているに過ぎないという点が重要です。日本の景気にしても、異次元金融緩和で円という通貨価値を切り下げたことで、一部の大手企業がその恩恵を得ているだけ。

そもそも円安になり、株価が上がったことで、日本人生活暮らしはよくなりましたか。答えは『NO』でしょう。

アベノミクスといわれる経済政策は、短期的に投資家大企業を潤すだけ。アベノミクスが非常に危険なのは、それが人工的に低金利の状況を作って、借金をしやすくしていることです」

――活況の裏で借金問題がいよいよ危険水域になっている、と。

「その通りです。ご存じの通り、日本はいGDPの240%、じつに1000兆円を超す巨額赤字を抱えています。そのうえ、猛烈なペースで進む人口減少社会突入してきたため、とてもじゃないがこの借金を返済することはできない状況になってきました。

いま50歳前後中年日本人であれば、30年後は80歳ですから、誰かがケアしてくれるかもしれません。日本国庫には、老齢人口を支えるおカネはまだ残っているでしょう。しかし、30年後に40歳になる日本人には、老後を支えてくれる人もカネもない。

このままいけば、いま日本人10の子どもが40歳になる頃には、日本は大変なトラブルを抱えていることでしょう。小さな子ども日本人にとって、未来はすでに『短い』わけです」

――だからあなたがもし10歳の日本人ならば、カラシニコフを手に取る。

「いますぐに日本政府手段を講じない限り、日本は将来的に『破産』することになります。それは計算すれば誰でも簡単にわかることです。私はなにもクレイジーなことを言っているわけではなく、事実を言っているのです。

借金は毎年膨張し、人口は毎年減少し続けているのだから、必ずそのツケが回ってきます

もちろん、それは6ヵ月後とか20週間後に起きるわけではありません。短期的には、日本株価はまだ上昇するでしょう。

しかし、20年後、30年後には、日本大惨事に襲われている可能性は十分にあるということです。20年後に振り返った時には、安倍晋三首相日本経済破壊させた張本人として歴史に名を刻んでいるでしょうね」

――そんな日本の「破産」は避けられないものでしょうか。「未来の年表」を書き換えることはできませんか。

可能ですよ。まず財政支出を大幅に削減し、さらに減税をする。この2つを断行するだけで、状況は劇的に改善します。簡単ことなのです。

しかし、いま安倍首相がやっているのは真逆のことでしょう。ただでさえ莫大な借金さらに膨らませたうえで、無駄な橋や高速道路を作ろうとしている様は狂気の沙汰としか思えません。

消費税増税すると言っていますが、これも新たな橋や道路にカネがつぎ込まれるのがオチです。安倍首相と彼の側近たちは、財政支出カットしたら選挙マイナスとなると考えている。つまり、彼らは日本未来より選挙に勝つことを重視しているわけです。

借金をこんなに増やして平気な顔でいられるのも、返済をするのはあくまで後世の人間で、自分が死んだ後のことだと考えているからでしょう。そうした負担をすべて押し付けられるのが日本若い世代なのです」

――人口減少問題への対応も後手に回っています

人口動態を大きく変えるには、日本人子どもをたくさん作ってもらうか、日本移民を受け入れるかの2つしか方法はありません。しかし、なぜだかわかりませんか、日本政府移民を受け入れようとしません。結局、いま10歳の日本人人生を通して経験していくのは、次のような『惨事』になるのでしょう。

これから日本では生まれてくる子どもの数がますます少なくなり、移民も入ってこないため、人口減少のスピードが急加速していく。借金さらに膨張し、その返済のために増税が度々断行される。それでも借金は返済しきれないので、次には年金などの社会保障が取り崩されていく。日本人生活水準はそうして徐々に悪化し、生活苦にあえぐ日本人が増え、いよいよ打つ手がなくなる。最終的には見たくもない破産劇が待っている、と」

――それでも、日本人の多くはカラシニコフを手に取ることはできない。この国に住み、この国で働いている以上、簡単に去ることもできません。

結局、個々人がみずから生活防衛をするしかない。そこで聞きたいのですが、多くの日本人銀行預金におカネを置いていますが、これは危険でしょうか。

「いえ、日本人資産銀行に預けているのはむしろ賢明判断です。なぜならい世界を見渡してみると、ほかの国々の通貨は円より危険からです。世界投資家たちは欧州通貨ユーロなどへの懸念を高めていて、円は持っておくのに『より悪くない通貨』と化しています。実際、円はいま1ドル=110円近辺でとても安定し、これからもしばらくこの安定状態が続くでしょう。だから、いまは資産を円建てで持つことを心配する必要はありません。

しかし、あなたがいま10歳の日本人であるならば、円を持っていることは懸念すべきことだと言わざるを得ない。国家破産が起きれば通貨暴落します」

――では、長い目で見た時に資産をどこに置くのが賢明選択となるのでしょうか。あなた子どものために金(ゴールド)を所有していると聞きました。また、金価格が1オンス当たり1000ドルを下回ればさらに買い増したいとも。

「そうです。いま金は価格が高いので買っていませんが、また安くなった時には買い増す予定です。自国資産価値が落ちる時には、実物資産である金を所有するのは正しい選択なのです。最近では金投資にかわるものとしてビットコイン投資流行していますが、私はビットコインを売買したことはありません。仮想通貨さらに普及していくでしょうがビットコイン仮想通貨の中心になるかは懐疑的からです」

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/53747

2015-01-13

エコノミスト誌の「リベラル政治思想

 1つは、言論の自由だ。自粛であれ何であれ、言論の自由制限すべきだったのだ

ろうか? その答えは、断固として「ノー」だ。

 2つ目は、欧州におけるイスラム教だ。今回のような出来事は、西側民主主義とイ

スラム過激派との間で交わされている文明闘争の一環なのか? 戦場ペシャワール

からラッカへ、そしてパリ中心部にまで広がってきたのだろうか? その答えは、

やはり「ノー」だ。

 シャルリエブドの刊行物は、すべて正当な権利の下で発表されたものであり、フランス

法律がそれを認めているのも正当なことだ。この点については、いかなる留保もあり得ない

風刺画意見不謹慎悪趣味であったとしても、それが直接的に暴力扇動するもの

ない限り、発表を禁止すべきではない。

 シャルリエブドは、イスラム教だけでなく、あらゆる宗教を風刺している。とはいえ、仮

に同紙がそう望んだのなら、イスラム教だけを風刺する権利もあるはずだ。それは、欧州

住むイスラム教徒が、欧米の退廃を非難したければそうできる権利を持つのと同じことだ。

 いずれにしても、怒ったり怒らせたりするのと、それを理由に人を殺すのとでは、天と地ほ

どの違いがある。その間を隔てているのは、数世紀にわたるリベラル政治思想だ。鉛筆やキ

ボードを使ってできる行為で、カラシニコフによる報復正当化されるようなものなど1つ

もない。

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/42633

2012-10-15

教育改革」は、社会でなく国語の題材からスタートする

安倍総裁は「日教組教育無茶苦茶にした」と吼えている。

と言っても、親でもある自分から見れば、

「具体的に、どこがどう無茶苦茶になったのか?」というのが、

イマイチからないので、「もっとエビデンス出してよ」と言いたいところ。

戦後教育と言っても、道徳時間社会時間で、多少の反戦教育はしているのかもしれないが、

それは小学校高学年以降の話であり、低学年だと分からないや・・・と思っていたが、

最近少し、「心当たり」な教材に出くわした。

小学校低学年の国語教科書とかに、戦争を題材にした物語とか、登場してきているのである

教材に戦争ストーリーを用いるというのは、表面的には

小学生に、読解力を身に付けさせる、漢字を覚えさせる」ということなんだが、

読解力・漢字の身に付け効果以上に

戦争悲惨さを学ぶ」という効果が出てくると思う。

要は「表面的には国語勉強だが、実際はプチ反戦教育」ということ。

こういうケースは、当然文部科学省の検定はパスする。

「題材がことさら反戦的だから、題材を変えろ」という指摘は入らない。

文章が低学年にも読解可能なレベルに噛み砕いてあったら、検定はパスする。

逆のケースはアフガニスタン教科書にある。

アフガニスタン教科書だと、算数とかでも

ロシア兵を3人殺して、次に6人殺しました。

 何人殺したでしょうか?」とか

カラシニコフ銃を7丁手に入れて、しかし2丁がやられました。

 無傷の銃は何丁でしょう?」のような問題が、平気で載っていたりする。

戦前日本だって小学校1年レベル

ニッポン良い国 強い国 世界に冠たる 偉い国」

とか「国語」で教えたりしている。

安倍総裁教育改革って、小学校高学年~中学高校の「改革」もしたいんだろうケド、

もっと根っこのところで、小学校低学年とかそれこそ幼稚園とか、

「まだ善悪の区別の付かない年齢」辺りから

日本は強い国、いい国、美しい国です」と国語音楽体育辺りで

感覚的に、本能的に植えつける」ことなんじゃないかな?

2011-05-07

オサマ・ビン・ラディン人生

外国人ジャーナリストに珍しく顔を見せるとき

オサマ・ビン・ラディン自分の手に視線を落とすのが常だった。

柔らかで少しかすれた声、優しいまなざし

通訳を好まない彼がインタビューで伝えたのは、その顔と裏腹な言葉だった。

 不信心者を殺すのはムスリムのつとめである

 2001年9月11日ゴミのように」空を舞う不信心者を見て自分は心から愉悦を覚えた。

その容貌は、殺人者というよりも賢者を思わせた。

自らの手を血に染めることはほとんどなかったが、

愛用のカラシニコフアフガニスタン戦闘ロシアから奪ったものだという。

サウジアラビアアメリカ基地イエメンアメリカ軍駆逐艦ケニアタンザニアアメリカ大使館

いずれの場合も「子供たち」の攻撃を遠方から見届けるのが彼の常だった。

賞賛されるテロリズムも批判されるテロリズムもある、と認めながら、

これは「聖なるテロ」だとしてイスラムを擁護したこれはイスラムを守る「聖なるテロ」だとした

9/11について当初は関与を否定したが、誇る気持ちが強くなったのか、

同胞19人を指揮したことをのちに認めた。

彼は自らを建設技術者とみなしていた。

建設業こそが50億ドルといわれる富をビン・ラディン家にもたらし、2500万ドルの遺産を彼に残したのだ。

1980年代に購入した掘削機、ダンプカー、ブルドーザーときには自ら運転しながら、

アフガニスタンソビエトと戦うムジャヒディンのための塹壕を掘り、

山に穴を穿って武器庫と野戦病院を作った。

それは1989年の不信心者らの撤退まで続いた。

1990年代に逗留したスーダンでは、道路を作ったこともある。

そのひとつハルツームからスーダン港への高速道路だ。

しかほとんどの仕事テロ組織をつなぐためのものだった。

アフガニスタンゲストハウスを作り、武器提供した際に作ったのが、マクタブ・アル・キダマト(「サービス部局」)、

次に作ったのがアル・カイダ、「基地である

この仕事の大半を支えたのはアブドラ・アッザム、彼の宗教的恩師だった。

そのネットワークは以後、アイマン・アル・ザワヒリらによって引き継がれたが、

個々の人員登用、到着期日、戦いの大義などを多数の文書に残したはまぎれもなく彼だった。

彼は自らが行った非道を伝えるメディアに目を配り、世界報道機関を手玉にとった。

ブランドを作り、組織世界規模のフランチャイズに育て上げた。

消息をたってからも、その顔はよい広告塔になった。

アル・カイダ」の旗を持つ兵士が二人いればアメリカ将軍が押し寄せてくる、と彼は誇らしげに語った。

彼の生き方ビジネスマンのようだった。

アフガニスタンパキスタンで消息を断ったあいだ、

電話インターネット時計すらも追跡の恐れがあるとして触れるのを避け、

洞窟や隠れ家を転々とした

それは、成功を収めた堅実な投資に現れていたのと同じ注意深さだった。

政治理念に左右されることはなかったが、

沈思黙考して夜を明かし、一日を読書に費やすこともあった。

礼儀正しく敬虔な御曹司が到達したのは、知識人でも夢想家でもなかった。

彼に必要なのは純粋な怒りだけだった。

それをもたらしたのは、1982年レバノンに侵攻したイスラエルと、

1990年サウジアラビアの聖なるメッカメディアに到着したアメリカ軍だった。

物心ついたときからアメリカへの憎しみが彼を苛んでいた。

不信心者を追い払い、

パレスチナを成立させ、

イスラエル破壊し、

サウジアラビアを支配する「異端」を追放し、

ワッハーブ原理主義イスラムを純化すること、

それが彼の望みだった。

一言に洗練させるとすれば、暴力に訴えるジハドと言えただろう。

ジハドとは、神の言葉の勝利を実現させること、

彼の言い方では、目には目を、の「相互主義」を実現させること。

それは全ムスリムに課された聖なる義務である

五人の妻のうちの一人によれば、彼にはこんな一面もあったという。

ヒマワリを見るのと蜂蜜ヨーグルトを食べるのが好きな男。

星の下で寝ようといって子供たちを浜に連れ出したことがある。

BBCワールドサービスが好きで、毎週金曜には友人とハンティングに行く。

ときには、預言者ムハンマドのように、白い馬にまたがって行く。

彼は、そうなぞらえられるのが好きだった。

人生で最高のできごとは全能の超大国という神話ジハドによって打ち砕いたことだと、彼は言ったという。

十年以上に渡ってその首にかけられた賞金が彼を縛ることはなかった。

ラボラの隠れ家や山々を渡る護送車への爆撃も、

アラーによって御される彼には届かない。

殉教のときは、来たるべきときに来る。

純粋ムスリムアメリカ人の違いについて、

アメリカ人が生を愛するのに対し、ムスリムは死を愛するのだと彼は言った。

十字軍特殊部隊に対して彼が抵抗したかどうかはさだかではない。

いずれにしろ、その弾丸は彼を讃えるものでしかなかった。

重要指名手配テロリストオサマ・ビン・ラディン5月2日、54歳で死す。

Obituary: Osama bin Laden, the world’s most wanted terrorist, died on May 2nd, aged 54

May 5th, 2011, The Economist

http://www.economist.com/node/18648254

2011-04-24

核兵器廃絶を求めるデモがあるんだったら

AK-47自動小銃(いわゆるカラシニコフ銃)の生産中止を求めるデモとかやってないのかな。

間違いなく、核兵器よりも多くの人を殺している兵器なわけだが

2011-04-23

ネットには、日本を失敗国家したい人が多い

失敗国家の分かりやすく共通する特徴が2つあるらしい

公務員にまともな待遇を与えない国。公務員をまともに待遇しないと言うことは、国を運営する気がないということである

教育に金を掛けない(教師の待遇が悪い)国。教育に力を入れないと言うことは、国の将来を築くつもりが無い国である

カラシニコフ』という本にそんなことが書いてあった。

2010-01-23

ttp://nihonnagonago.blog115.fc2.com/

日本人スタッフが国外退避し、大使館業務を停止した後、

14人のイラクスタッフ情報収集や警備を続けていた。

しかし、市街戦などが相次ぎ、バグダッド陥落の前後は、

現地スタッフさえ出勤できなくなっていた。

大使館は、空爆による大きな被害は受けなかったが、多くの盗賊たちに狙われた。

「裕福な日本大使館なら、宝物があると誰でも思うさ」と、イラク人の警備担当者は話す。

そんな中で、大使館を守ったのは、

向かいに住む元公務員モナサル・アルオブーディさん(45)の一家だ。

バグダッドが陥落した翌日の今月10日、一家6人は協力して、

大使館内に掲げられていた日の丸を下ろし、看板をはずした。

外交官ナンバーの乗用車は自宅の庭に隠した。

281 :2/2 :sage :2007/09/08(土) 13:23:05 (p)ID:ye9XEbTn(2)

日本大使館だと分かれば、盗賊たちに狙われると思ったから、自主的にやったんだ。

国旗はどの国の国民にとっても1番大切なものだろう? 

燃えたり奪われたりしたら、みんなが悲しむと思って」。

モナサルさんはそう話し、ほこりと油煙ですすけた日の丸を大事そうに広げてみせた。

盗賊たちは、何度も姿を見せたという。

そのたびにモナサルさんと長男のハイダルさん(22)は、

カラシニコフ小銃を携えて自宅2階に駆け上がり、戦った。

「撃ち返されたこともあったが、大使館を守るために必死だった」とモナサルさんは振り返る。

大使館からはパソコン4台とエアコン1台が奪われてしまったが、

「あの混乱の中、これだけの被害で済んだのは彼らのおかげだ」と、

イラク人の大使館スタッフは称賛する。

モナサルさんは、「私は15年間もここに住んでいる。大使館は大切な隣人。

隣人を守るのはイラク人の務めだ」と誇らしげに語り、

我が家日本人が大好きなんだ。みんなやさしいからね」とほほえんだ。

2009-12-15

恋愛テロリスト

 彼女との関係がぷっつりと途切れたのは、秋の連休のまっただ中で、それも告白をして欲しいという要望に応えた直後だった。告白に失敗したのだろうと言われれば、まったくのところその通りで、彼女のなにかに達していなかったことを突きつけられて、愕然とした。

 あなたはもう1人のわたしに浮気している、と彼女は言う。

 ぼくの告白が、彼女ではない部分に対してされているのだといい、電話を一方的に切り、電源を切り、それから逃げるように電話番号まで変えてしまう。それは疾風のようなはやわざで、のんきなぼくがあっと口を開けている間にすべてが済んでいた。

 嵐のような撤退劇。

 無音になった携帯電話をにぎった右手をあわてて放す。

 あちっ。

 友人には短大生の彼女とのやりとりがあることはばれている。

 社会人になってもう何年も経つのに、ついさっきまで高校生だった子を口説くなんて犯罪じゃないかと、友人は笑って言う。

「うるさいな、仕方ないだろ、なりゆきでこうなっちゃったんだから」

「惚れてるの?」

「うっさい」

「じゃあ、あれだ、きっとどこか問題がある子なんだ」

 問題じゃない、心の傷。

 そうぼくは反論するが、仲間内ではぼくはメンへラーハンターということになっていて、そういう子を見つけるとつい手を出してしまうことになっている。手を出すといってもなにか対価を求めるわけではなく、ただ単に話を聞いたり、問題を解決したり、足りないものを足したり、そういうことをする。

 さとしたり、なだめたり、たのしませたり、いっしょに哀しんだり。

 そうやって元気になっていく姿を見るのが、ぼくは好きなだけなのだと思う。

 だけど、その心の傷の周りには、地雷のようななにかが埋まっていることが多く、うっかりそれに触ると、大やけどをすることになる。

「それで、どんなの子なの? その短大生」

 興味半分に聞く友人に、ぴったりの言葉を探す。

テロリストかな、ひとことで言うと」

 彼女と出会ったのは叔父のささやか個展で、芸術短大生だとなのる彼女は、叔父の作品を見て端的に批評した。

 その剣幕に叔父もぼくもあぜんとしていたが、なにか切羽詰まったように批判する姿はそれでも心に残った。

「ひどくないですか? 最近日本アート界って」

「うーん、まあ、そういう見方もできるね、でも、あまり変わってないよ」

 叔父はぼろくそに言われたにもかかわらず平然と答える。

 あとで分かったことだが、彼女自分に主導権がないと極度に怯えるらしく、そのときもしきりにマシンガンのようにだめなところを語って帰って行った。

 彼女が帰ると、またもとの閑散とした個展に戻り、ぼくはほっと息をついて聞く。

「つらくないの? あんなに言われて」

 叔父はああとつぶやき、まばたきをして、答える。

「でたらめなんだ、あれ。たぶん彼女真剣に絵を描いたことがないんだよ」

 叔父の話を総合すると、彼女の話はたしかにうなずけるところもあるが、話の80%ぐらいが憶測で話されており、それを指摘しようにもあのマシンガントークの中では、それを断念せざる終えないとのことだった。

「きっと批評に熱中するあまり、絵と向き合うことを忘れているんだ。どんな絵にもいいところはあるのに」

 彼女のその批評は、周辺の個展でも繰り広げられたらしく、知り合いにそれとなく尋ねると、ああ、来たねと話が弾む。

「正直閉口したよ、いくら学校課題だからって」

「なんでも短大の有志であちこちの個展批評して回っているらしいね」

「まるで、ゲリラ活動というか、絵を見に来ているのか、相手をけなしたいだけなのか、ほんとさっぱり」

 そんな彼女の航跡を追い、話の断片を集めているうちに、次第に彼女の全貌が見え始める。

 家族の問題、あまり幸福ではない過去、つらい記憶

 まあ、よくある話。

 ぼくが追いかけてきた心の傷たちには、つらすぎることが多すぎる。

 そんなものたちに囲まれていると、自分の周りのいいところが見えなくなる。

 なにもかも世界がまるっきりだめなものに見えて、いっそ破壊してしまった方がいいのではないかと思えてくる。

 それは分かる。

 ぼくもテロリストだったことがあるから。

 ぼくのテロリストとしての最盛期はたぶん彼女と同じぐらいの時で、なんでも世界中破壊して回った。そうやって破壊していく自分がなにかかっこういい気がして、まるで、不良高校生のようにいきがって見せた。

 といってもそれは実際に破壊したわけではなくて、その世界本質を知りたくて、なにもかもをぶっ壊してみたという感じに近い。

 たとえて言うなら、ウェディングケーキ

 幸せ結婚式場に乗り込んで、その甘ったるいクリームに両手を突っ込んで、中になにがあるのかを掴んでみようとする。クリームだらけになって、気持ち悪さに眉をひそめ、それでもその真ん中に、鉄の心棒が入っているのを掴んで、ゲラゲラ笑う。

 しかしそれは醜悪なテロリストであるにすぎず、他の人が踏み込まないタブーを侵しているから他の人にできないことができていたにすぎない。

 たとえばプラスチック爆弾を使う、カラシニコフを使う、火炎瓶を使う。

 なぜ他の人が使わないかは明白で、それを使うことが、本来であればたいせつな守るべきものを破壊してしまうからだと、ぼくは気付かなかった。

 颯爽とした自由を感じていたつもりが、それは単なる自損行為だった。

 そうやって鋭さをむき出しにして、なにもかもを破壊して回って、悦に入っているうちに、自分を包み込んでいたすべてを破壊してしまったことに気付く。鋭い刃のほとんどは自分の心に向かって突き刺さり、自分自分の息の根を止めてしまうに至る。

 それがテロリストの末路。

 だから、彼女を止めたくて仕方なかったのだ。

 きみがそれを破壊しても、破壊された人はなんとも思わないよ?

 彼らは自分たちのやり方で、自分たちの幸せを作り上げ、作り方を知っているから、破壊されてもまたすぐに作り直してしまうよ?

 結局壊れるのは自分だけだし、そのネガティブだけに染まって生きるのは危険だよ?

 ぼくはもう耐性ができてしまったから、なにをしても心配がないのだよ?

 しかし、ぼくは思うのだ。

 あのテロリストだった頃のぼくにそれを言っても聞いただろうか、と。

 彼女とふたたび出会ったのは半年もたった後のことで、叔父が個展を開くというので、開口一番に手伝いに名乗りを上げた。

 案の定、彼女個展が開くなりやって来て、例のマシンガントークをはじめようとしたので、ぼくは止めた。

「ねえ、こうしませんか? その批評に、他の人の批評も加えませんか? 叔父の絵を、個展に来る人はどう見ているのかを聞いてみませんか? ここで静かにそれを見ませんか? 礼金は払うので」

「だって、小さなたこつぼのような、マニア集団なんでしょ?」

 叔父を見ると、にやっと笑う。

「はがきは二百枚は出したかな」

「じゃあ、来るのは五十人ぐらい」

 それは取るに足らないと彼女が考えているのは明らかだったが、そのたこつぼの正体を見ることには同意してくれた。

 それからというもの個展開催中の1週間は毎日のように顔を出し、そして普段の激しい様子は出すことなく、猫をかぶったようにその成り行きを彼女は見つめた。

 個展と言っても1日に数人来ればよいような閑散としたありさまで、叔父はそれをのほほんと受け止め、コーヒーを入れて、陽光を気持ちよさそうに浴びていた。3人に会話はほとんどなく、あってもちょっとした細々とした用事に必要な会話だけで、静かに漂うような時間だけが過ぎていった。

 たまに来るお客には叔父は丁寧に接し、一時間も二時間も親しげに話した。

「これじゃあ、たこつぼどころか、単なる仲良しサークルじゃない」

 珍しく彼女が言うので、ぼくはあきれて言う。

「まあ、そんなもん。ずっとそうだよ」

「え? でも、上手いよね? 少なくともいま売り出し中の××よりは」

 ぼくはぎょっとして彼女を見る。

 その純粋な瞳がぼくを射る。

(この子はいったいなにが分かってなくて、なにを知らないのだろう?)

 叔父がのんきに言った。

「上手い下手ぐらいはさすがに分かります、本業ではなくても、画家ですし」

「じゃあなんで?」

 叔父はのんびりとコーヒーをすすり、言う。

「これが気に入っているのです」

 結局のところ叔父の個展で売れたのは20万の絵がひとつで、老人ホームに入るおばあちゃんが冥土の土産にと買っていった。

 水曜日に来て、土曜日に買いに来た。

「夢に出てきちゃってねえ」

 などという。

 叔父はそれを快く譲り渡し、お金を貰って、ほっと息をついた。

「これがこの個展目的だったんですよ、画家冥利に尽きます」

 彼女がどのような感想を持って帰って行ったのかは、実のところいまでもぼくは知らない。しかし、叔父は彼女携帯電話を忘れていったことに気付いて、それをぼくに渡す。

 叔父は言う。

「それが目的だったんだろう?」

 正直そういうところをずばずばついてくる叔父は、苦手な部類に入った。

「うっさい」

 まだ、地下鉄駅には徒歩ではたどり着けない時間だった。

2008-12-22

http://anond.hatelabo.jp/20081222165553

核兵器と似てるような。

実際にはほとんど使われないけど、イメージから極端に恐れられる。

あと、矛盾するようだけど局地的には頻繁に用いられるところも。劣化ウラン弾タイ買春ツアー

そんでもって現実危険性ではカラシニコフと親類が等価

2008-06-20

みーんな疎外中。

 長いので、興味ない人は1行くらいでスルーしてください。

疎外論」批判というのが一部でちょっと盛り上がっていたみたいですが。

 なぜ「疎外論」という発想が生まれたのかと言えば、それはたぶん、他人を説得する時にそういう方法しか思いつかなかったからじゃないかと思います。「本来の人間の姿」と「本来的じゃない現在人間の姿」とを対比させて、その差異を見せ付けることで「ほら、現在はこのような問題があるんだから」と問題のありかを指し示すというのは、他人に自分の意見を示す上でも非常にわかりやすくなりますし。

 じゃあ逆に、疎外論抜きで「私は社会に対してこのような問題意識を持っている」ことを指し示すとしたら、どうなるでしょうか。

「見ろ、このような社会のあり方は問題だ」

「なんで? 人間の生活はあるようにある、ただそれだけじゃん」

「なんでだよ、こんな社会のあり方は人間にとって生き難いだろうに」

「生き難いって、何と比べて言ってるのよ」

「そりゃあもちろん……いけね、“あるべき仮想的な理念像”はここでは使えないんだっけ。えーっと、それじゃあ社会の上層のあの人や中層のあの人と比べてだね」

「おいおい、そうやって万人を万人といちいち一対一マッチングさせる気か。地球シミュレータをフル回転させても無理だと思うぞ」

「いやだから、技術的な問題じゃなくて社会構築の原理的な問題をだね」

「そうやってすぐ空想的な原理原則を持ち出す、君は本当にどうしようもないほど形而上的だな」

「うがー。目の前で死にかかっているこんなに人がいるのに放っておく気か」

「その人を手当てすりゃいいじゃん」

 ……話はどこまでも噛み合わないまま終わりそうですが。

「あるべき理想的な人間像」とか「あるべき理想的な社会像」の提示(による疎外論の提唱)をどこまでも徹底的に否定していくと、実は現行の国家行政機構の役割が限りなくゼロに近づいていったりするんですな。

 例えば教育。そもそも公教育制度って、政治社会活動(経済活動を含む)に参加する上で必要最低限の知識を万人に保証するために行うものですから、教育の意義そのものが「あるべき“教育された国民像”」と「教育されていない国民像」との差分に基づいて、まさに疎外論的に「あるべき理想像国民保証する」ことにあるわけです。

 だから、指を折って数えられる以上の数字を知らなかったり漢数字以外の漢字が読めない国民がいたって、それを「あるべき“教育された国民像”から疎外された、非本来的な国民のあり方」と捉えることは出来ないのです。そもそも「“教育された人間”の本来的な姿」が棄却されているわけですから。その人については、それはそういうものとして「まあそんな人もいるよね」と受け取っておくしかありません。学力比較がしたければ、無理に一般的な学力基準を作らなくたって、めいめいが勝手に「あいつ俺より頭よさそうだなー」「奴は俺よりバカだ」とかって思っておけばいいんです。

 警察組織も必要なくなりますよね。別に治安がいいことをもって「社会の本来的なあるべき姿」とする必要は無いんですから、もし199X年に地球が核の炎に包まれた後のような暴力の時代が到来しても、またそこで弱者を救う世紀末救世主みたいなのが出現しなくても、「これは人間が生きていく本来の社会のあり方じゃない」と嘆くことは出来ないのです。それはそういうものなのですから。

 他にも、現状を維持したり向上させたりする政策を立案・実施するためには、そもそもの発想の根源に、現状がそのまま維持された延長線上に想定される未来像や現状から何らかの意味改善された未来像が、「本来そうあるべき像」として時系列未来投影されていなければなりません。もしそうしなければ、「本来あるべき未来」と、「現在」ないしは「メンテナンスを何も行わないという条件下で現在からの延長線上に出現しうる未来」との差分を検出することが、まったく不可能になってしまうからです。比較対照としての「あるべき像」が無いのに何と比較しろってのさ。

 だから、さっきの199X年に、ミスミじいさんが種モミを必死に抱え込んで「明日がー明日がー」と叫んでいるところに割り込んで、明日の収穫のためではなく今日の俺の腹の足しのために種モミを食ってしまっても、何の問題もありません。そもそも比較すべき「明日=あるべき社会像」が存在しないんですから。「明日の収穫」なんてものは、勝手に「本来あるべき社会像」を未来投影してこしらえた幻影なのです。その幻影と現在とを比較して「人間は本来的にあるべき“明日の収穫”から疎外されている」などというのは形而上学もいいとこです。厳然として存在するのは、目の前の「種モミ」だけなんですから。これがやがて稲穂の波へと弁証法的に発展していくなんてまだ見ぬ未来を夢想するのはヘーゲルマルクスの読みすぎというものです。さあ、種モミなんて食ってしまいましょう。え、将来の人間が飢えてしまう? 何言ってるんですか、将来の人間なんてここにはいないじゃないですか。いたら今すぐここに連れてきて「飢えた人の発生」を実証してくださいよ。だいたい飢えたところでせいぜい死んで人口がちょっとばかり減るだけですから、むしろ上手い具合に人口の調節が図れていいんじゃないですか。それとも何ですか、まさかあなた、年がら年中腕に止まった蚊を叩き潰したり肉を食ったりして他の生物をどんどん殺しているくせに、ホモ・サピエンスは他の生物種とは異なって神に祝福された特別な存在だから常に生き残る価値があるだなんて、今のご時世に信じていたりするんですか?

 いやー、しっかしそう考えると、なんでよど号ハイジャック犯が『あしたのジョー』を引き合いに出したのかがよく判るなー。あれってきっと、連中にとっては「擬人化された疎外論」だったんですよ。ほら、「あしたのために」とか「泪橋を逆に渡る」とか、本来性の掛け声がビシバシ響いてるじゃないですか。ジョーの本来あるべき姿って、段平オヤジにとっては「ボクシングチャンピオン」、ジョー自身にとっては「憎いあんちくしょうリング上で叩きのめしている自分」なのであって、そうじゃない現状のジョーはあるべき理想的ジョー像から「疎外」されているわけですよ。だからこそ段平はあるべき姿の「あした」を目指して、「あしたのために その1・フォイエルバッハテーゼ」「あしたのために その2・資本論」「あしたのために その3・共産党宣言」とかってのをせっせと書き綴るし、ジョーはジョーで欠かさずトレーニングして「内臓をえぐるように(カラシニコフを)撃つべし!撃つべし!」なんてやってるし。こんなふうに「あるべき姿」を必死に目指したって碌なことにならないのは、「ジョーをバンタム級リングの上でぶちのめす自分」を「あるべき自己像」に据えて、「だめだ、この体重では俺はバンタム級リングから疎外されたままだ」とばかりにむちゃくちゃな減量を行った力石徹が、自らの死をもって示しているのにねえ。

 だから、庵野監督大月Pも角川の偉い人も、エヴァンゲリオンテレビ版の最終回でさっさと終わらせておけば、「僕はここにいてもいいんだ」→「おめでとう」パチパチパチで「そのままの姿でここにいる自分の全肯定」として話がきれいに収まったんですよ。それをよしゃあいいのに、劇場版(97年の)なんか作って「あるべきコミュニケーションのあり方」に話を膨らませちゃったりするから、「あれ、本当はこんなコミュニケーションのあり方はいけないんじゃないかな? 本来のコミュニケーションのあり方ってどんなのかな? 今の僕たちは本来のコミュニケーションのあり方から疎外されてるんじゃないかな?」みたいな方向に考えを向かせる契機を作っちゃうわけで。もう「そのままの自分まるごと全肯定」でいいじゃん。マルクス先生が「宗教はアヘンだ」って言ってるってことは、マルクスが失効した時代には文化的アヘンで疎外感を麻痺させて心の安寧を得ることもOKってわけですよ。アヘン超OK、全能感超OK!(ちょっと古いか。)

 なに、そんなのはまやかしだって? おいおい、「現実」に目を見開いて「本来のあり方から疎外されたこの社会を何とかしなくっちゃ」なんて操作主義的な観点に目覚めた人がこれ以上増えたら、一億総ポルポト化ですよ。日本全国隅から隅まで「ドキッ!ポルポトだらけの粛清大会 ──(頭蓋骨ゴロリもあるよ!」になっちゃいますよー。

 ポルポト文化大革命を呼び込みたくなければ、そんな疎外論チックな発想はさっさと捨てちゃって、身の回りの小さなことに幸せを見つけていきましょう。そうすればほら、きっと水さんだってきれいな結晶を作ってあなたの心の美しさを祝福してくれますよ。おっと、非科学的だなんてツッコミは無しですよ。「科学的に正しい世界観を持った国民」というのだってやっぱり“本来的なあるべき像”なんですから、そんなものを持ち出したら途端に「君の世界観はあるべき科学世界観から“疎外”されている、再教育しなければ!」なんてことになってポルポト化ですよー。

 ……結局のところ、何かしら広義の「啓蒙」的なこと、つまり人々の精神知的要素が無知蒙昧の「闇」に閉ざされているところへ「光」をもたらそうという時系列進歩の考え方は、どうしても「光」の比較対照物として「闇」を必要とするし、また「闇」の比較対照物として「光」を必要とします。社会のよりよき状態を想定するところでは、その対照物として「よりよくない現在=闇」が、「光から疎外された状態」として持ち出されますし、現状を批判する場合には、それの比較対照物として仮定された「よりよき未来=光」が、一種のイデアとして持ち出されるわけです。「啓蒙」と「疎外」は、そういう意味でコインの裏表のように、切っても切り離せない関係にあります。

疎外論」を完全に回避しようとすれば、結局のところはよりよき方向への変化という考えを完全に捨てて、「あるべき姿など無い、世はただあるがままにある」という考えに徹するしかないのでしょう。税制改正の提言は「よりよき税制度から人々が疎外されている」という現状認識の現われだし、著作権を巡る議論は「よりよき(ry」だし、そういうのを全部回避するとしたらもう、時系列的に制度などが変化した部分については「ああそう、変わったのね、まあそんなもんでしょ」、変化しない部分については「ああそう、変わらないのね、まあそんなもんでしょ」と等閑視するくらいしか手はなくなります。スピノザあたりがそんなことを言っていたような気がしますが。ニーチェ運命愛もちょっと似てるかも。

 ……でもこれって、

「“人はあるべき姿から疎外されている”なんてことを考えて現実を直視しようとしない連中世界観は、人が本来的に持つべき物の見方から疎外されている!」

という主張にはならないのかな? それとも、「“あるべき姿”の主張がマルクスの論点に基づいていればそれは疎外論でありポルポトだが、マルクスに基づいていなければ疎外論ポルポトではない」という前提でもあるのかな。もしそうだとしたら、悪の大魔王マルクスの「悪のカリスマ」性の長命ぶりには驚くべきものがありますな。それとも、冷戦終結によって魔王バラモス(=マルクス)が死んだと思ったら、その背後で真の黒幕である大魔王ゾーマ(=真・マルクス)はしっかり生きていたという、ドラクエ3型のオチなのかしら。早乙女ジジイ

 ……この「反疎外論シリーズ、いろいろ応用がききそうだな。

 例えば、

「やい臨獣殿! “強い者が世界を統べることこそ本来の姿、その本来の姿から疎外されたこの世界を変えてやる”なんて言って人々を苦しめるなんて、このゾワゾワのポロポロ野郎!」

「なーに言ってるのよ、あんたたちこそ“本来の獣拳は正義の拳、いまはそこから疎外されている状態だから臨獣殿を倒してあるべき姿に戻す”なんて言って、力ずく正義押し通すポルポトじゃないの。文句があるなら実力であたしたちをねじ伏せてみなさい、このカクシターズ!」

とか、

「おばあちゃんが言っていた、俺は天の道を往き総てを司るってな」

「天の道という“本来あるべき道”のイデアを前提して、万人をそこから疎外された者として見下すとは、君も愚かな男だな。社会においてもっとも重要なこと、それはパーフェクトハーモニー……完全調和だ」

「そう言いながら俺をつけ狙うのも、おまえの言う中和だか調和だかのうちか」

ライダーは二人も要らない」

「一人のライダーに率いられた組織の完全調和……そこからはみ出した俺は疎外された存在ということか。おばあちゃん、いやポルポトは言っていた、そういう存在は完全調和のイデア世界には不要だとな」

貴様、俺を疎外論者に仕立て上げるつもりか……だが俺は貴様を倒す。そうしなければ、俺が俺でなくなってしまう!」

「やはり“本来の俺”か……おまえは天の道を外れた」

(去っていくザビーゼクター

「!……待ってくれザビーゼクター、戻れ、戻れ……戻れぇーーーー!」

(半年後)

「もう疎外論も物象化論もないんだよ。影山、俺と一緒に転向しよう……。天道、おまえはいいよなあ、どうせ俺なんか」

とか。

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