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はてなキーワード: 印象派とは

2022-11-28

娘が「カラダ探し」を読みたいといった

小学校二年生の娘

個人的には何にも規制せずに見たいといったものを与えたいと思っていた

鬼滅の刃も見たいというから見せてたし、呪術回戦も見せた

約束のネバーランドもすごく気に入って読んでいた

絵画に興味があるから印象派の本も与えているし、エロめの西洋絵画も気にせず見せてた

それこそ「世界起源」も載っている本も与えている

しかし、「カラダ探し」は増田自身も読んだことあるけど、とりあえずグロく殺すシーンを描きたいだけみたいな、ただの悪趣味漫画しか見えない

これを今の年齢で見せていいんだろうか、とちょっと悩んでしまった

色々な注意点があるけど、あなたがそれを理解するなら禁止はしない、とは言った

でも妻に見せると、妻は即答で、やめときなさいよ、みたいな感じになって娘を諭していた

結果的に娘は諦めることになったんだけど、これでよかったのかな、と少し気になっている

なぜダメなのか、という話は少し娘にした

炭治郎はむやみやたらに鬼を斬り殺して喜んでいるわけではないでしょ、と話した

鬼のことも憐れんで、大切なことのために戦っているでしょ、そういうのがあるから人を斬るシーンがあっても、正しく見れると思うんだ

でもこれはそういう大切なものはなくて、ただ人が殺されるのを楽しむ漫画なんだよ

あなたは今スパイファミリーみて、アーニャの真似してピーナッツ食べてるでしょう

今のあなたが「カラダ探し」を読めば人を殺すこと、人が死ぬことに興味を持ってしまって真似したくなるかもしれない

そしてそれは良くない趣味だ、というのはわからないといけない

あなた自分状態コントロールする意識を常に持てるようになれば、読んでいいよ

今でもそれができると約束できるなら構わない

みたいなことを伝えた

娘がちゃん理解したのか、読めなかったことに納得できていないのか不満なのか、正直よくわからない

これでよかったんだろうか

2022-11-21

anond:20221121110934

「多数が高評価するものが正しい」という視点にたっているけど、それはそれで傲慢さがある。美しさは一定普遍的ものではなく、時代地域環境で変化する。その基準は、必ずしも多数決的に決定するものではない。評価の積み重ねではあるかもしれないが、一部の突出した感覚が先行するケースがある。

たとえば印象派絵画は発表されたときに散々な評価だったわけだが、今ならどこの美術館でも人を呼べる人気と実績だ。

評価基準多様性が、未来審美眼形成する。

知らんけど。

2022-09-20

anond:20220920091001

汎用性が高いのはこういう技術視点分析本とか、画家の生涯の要約とかなんだよなー。特に印象派以前の絵画になると、歴史的知識宗教的知識画家被写体物語性とかになるから知識確認的な鑑賞になりがち。嫌いではないけど。やっぱり印象派以降の自由の方が好きかな。

2022-07-24

今日抽象画系の美術展を見に行くよ。

抽象画は良い、誰かが物事抽象化するプロセスを見ることができる。抽象化技法は、1人の作家の中でも深化していくし、影響を受け合った作家同士の間でも進化していく。印象派以降、さまざまな技法が枝分かれして、自由に伸びて、行き詰まって、拡散していく絵画の在り方。そこに人間自由への意志時代可能性が見え隠れする感じ。

一見なんのことはない絵の具の塊や平面の中に、従来の絵画から開放されていく喜び、停滞することへの怒り、極端に向かわなければいけない悲しみ、そして純粋に形や色を追い求める楽しさ、あらゆる感情を読み取ることも可能、かもしれない。

かい絵があるといいな。とにかくでかいやつ。

2021-12-10

anond:20211210013332

抽象画テーマなのに、印象派モネ話題の中心になる時点でゴミ漫画」の一言で終わらない。

知識自体はあるくせに速攻でそれに気づけなかった時点でお前が馬鹿って自己分析は確かに正解かもね

2021-11-19

あるエロ絵師の末路

過去エロ絵を描いた人が叩かれているらしい。なのであるエロ絵師の話をしたい

彼の名は ジャン=フランソワミレー。 エロ絵師である

彼は貧しい農村出身だった。家中の金をかき集めてボザール(日本で言う藝大)を出たものの、賞に落選した後は肖像画エロ絵描きをしていた。

こはちょっと説明必要かもしれない。当時、絵画写真役割を担っていた。つまり売れない絵描き金持ちポートレート写真や、ポルノ写真で食い繋いでいたのである暮らしは貧しかったらしい。ついに奥さん結核にかかり亡くなってしまった。

あるときミレー画廊の前で彼の絵を眺めている2人の若者を目撃した。若者の1人が「この絵の画家を知っているか」と聞くと、「うん、裸の女しか描かないミレーという画家だ」ともう1人が答えた。その会話を聞いたミレーは、生活は苦しくなるだろうが、もう二度とエロ絵を描くまいと心に誓ったそうだ。

その後に彼の描いた作品は我々のよく知るものである

彼は自分故郷を題材に選んだ。清貧農民暮らし、貧しい中の敬虔信仰を彼は鮮やかにキャンパスに描き出し、人々の心を打った。

落穂拾い

https://ja.wikipedia.org/wiki/落穂拾い_%28絵画%29

種を蒔く人

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Jean-François_Millet_-_The_Sower_-_Google_Art_Project.jpg

おそらくこの絵は日本人のほとんどが知っているであろう。

岩波書店シンボルマークである




追記

エロ絵を一度でも描いたことのある人間の絵を使ってはいけない」なら岩波書店アウトでしょう、という皮肉なんですが誰にも伝わってなさそうで絶望しています


ミレーももしかしたらウッキウキエロ絵描いてたかもしれんし

この文章を読んでその感想なのですか・・・

ミレーも話してた若者も「エロ絵を一度でも描いたことのある人間の絵を使ってはいけない」的な価値観言動をしているこのエピソードをそういう皮肉の意で使うのはおかしいのでは



えっ そんな言動していませんが?

当時のミレーはただのエロ絵描きと見られていた、若者の会話を聞いてブチ切れて好きな絵を描くようになったというエピソードです

追記


大子紅葉たそは絵師名義の件で燃えてるけどそこじゃなくない感 健全絵なのにエロ文脈いれすぎなのはいいのか


うーむ 何がエロかはだいぶ人によるからなぁ・・・

https://ja.wikipedia.org/wiki/晩鐘_(絵画)

例えばこれ、ミレーの描いた「農民が神に祈りを捧げる絵」なんですけれど、サルバドール・ダリエロ解釈してまして、

サルバドール・ダリは、男性を、交尾の後にメスに食べられる運命のオスのカマキリ見立て勃起した股間帽子で隠しているという独特な解釈を行い、それに基づいて『たそがれの隔世遺伝』(1933-34年)などの作品制作した

こんなん。どう思う? 私はダリの絵は好きだけどこの解釈ないわーと思ってるわ。この絵だけじゃなくて大量に2次創作みたいのしているんよ。本人的には尊敬してるっぽいんだけどさ! ないわーー ほんとこの人の解釈ありえんわーー  

でもダリの2次創作絵を無くせなんてことは言わないし、ダリ独自解釈するのも自由だし、私も自由文句言うぞ。

いや、まじでダリ画集解説よむたびにイライラしているのでつい書いてしまった。ごめんよ。

あとごめん、温泉娘のイラストは見た感じ私にはエロには見えなかった。ただ、そう見る人もいるんだろうね。





普通に知らんかった。 過去エロ描いてた人がNGなら、「よつばと!」も全世界から回収だなあ、とは思ってたけど。



えええ?? あの絵でエロ絵描いてたん??! 作風ぜんっぜん違うじゃんか?! そっちのがびっくりだわ!



一方葛飾北斎は「ちんちんヌルヌル」みたいなフェミ激怒レベルPNを用いエロ絵を描きまくった

まあ、外人とサヨからしたら小島ジャップ猿の作品なんぞただの落書きなんだろうがね、ミレーという世界的有名画家と比べるな!とかキレそうなので


ひゃぁーーーー 葛飾北斎は別格だわ!! そうだね、浮世絵があったね。増田は頭いいなぁ。

近代美術史に思いっきり影響を与えたのが浮世絵ですよ浮世絵! 影響大きすぎてどこから話せばいいかわかんない。

モネとかドガとかセザンヌとか・・・ えーと、『印象派以降の絵画ってよくわかんないなー』みたいなこと思ったことない? その辺り、芸術が一気に自由になったその大元凶が浮世絵なんですよ。

西洋美術って、写真のかわりみたいな発展の仕方したのね。写真みたいに正確に、解剖学とか遠近法とかきっちりした絵を描いていたわけ。でも、浮世絵はその辺全部無視して 思いっきデザイン的な絵を描くのね。大胆な構図重視でおもいっきり誇張したりデフォルメしたり、色彩表現も独特ですごい鮮やか。トーンつけたり(影を入れたり)しない。絵ってこんなに自由でいいんだ・・・!って当時の人たちにものすごい衝撃を与えたの。それでみんながいろんな手法を試し始めて現在に繋がるの。

ポルノとかブロマイド写真観光土産ポストカードといった、微妙立ち位置だった浮世絵が、美術史に多大な影響を与えたなんておもしろいし、現在価値観で下賤なものでもなるべく規制しない方がよいのだろうね。


関係ないけど、モデルが居てそれを描く絵画ならエロ絵というよりヌード画として見れるしエロさよりも美しいとか素晴らしいとか思う、しか現代Twitterに居るエロ絵師性癖全開な妄想を元に描いているエロ絵はイカ臭くて気持ち悪りぃと思ってる、なんでお前の性癖通りすがりの全く関係ない俺が目にしなくちゃいけないんだよって思うな。例えばツイッター内で「緑茶」とサーチしてみ。


ははぁ、なるほど。それは同情するなぁ。

私もエロは苦手なんだけど特に嫌な目にあってないのは Twitter をやってないせいかもしれないな。

Twtter 側でどうにかできないものだろうか


これで最後

なんで世の中萌え絵ばかり溢れるかって、それ以外にお金を出してくれる人がいないからだよね

最初の一歩は萌え絵以外を描いているひとを支援することではないか

たとえば Pixiv で「オリジナルタグ検索して気に入ったイラストにいいねしてコメントして回るだけでずいぶん変わると思うよ。

https://www.nact.jp

https://intojapanwaraku.com/art/46787/

東京の人、日展明後日まで。トワイライトチケット四百円だよ。萌え絵以外も応援しよう!

2021-11-08

絵を見て何を読み取るか

印象派より前の絵画を鑑賞するのは難しいなーと感じていて、それは作品を読み解くのに背景情報コンテクストの読み解きがどうしても必要になってくるから

時代背景、技術的背景、画家ポジションや描いたタイミング作品の影響、モチーフ意味モチーフの背景に存在する宗教的意味権威権力との関係性、当時の風俗風習など、多角的な背景を読み解かないと、鑑賞できたと言えないんではないか、というプレッシャーがある。ハイコンテクストなのだ

現代ちょっとした絵にだって、こうした背景情報の読み取りが必要だったりするはずだが、同時代的・同文化的範囲内に自分もいると、前提を共有しているので、この読み解きをジャンプして飛び越えている。

現在のいわゆる表現規制や、オタク文化他文化の衝突には、こうしたコンテクストの不理解相互理解が関連しているように思える。

相手文化的背景を理解しないと、目の前の絵や言葉価値を正確に測ることができない。自分が目の前のものを「適正に」見ることができるとは限らない、ということになる。

2021-08-28

アイアンリーガーに騙された -3-

2(https://anond.hatelabo.jp/20210828220400)のつづき

意志を持つということ

アイアンリーガー』は、基本的には優しい物語だ。彼らの努力や苦闘は最終的には報われ、そして(恐らく)最後ハッピーエンドを迎えるだろう。(迎えますよね?)

 しかし、物語ロボットたちが直面する苦難は、決して甘いものではない。先述したロボットとしての宿命はもちろんのこと、彼らが心を持つモノであるが故の葛藤は非常に厳しいものだ。そして彼らの葛藤を通して僕たちに投げかけられている問いも、また厳しい。

 彼らは意志を持つモノだ。意志を持つからこそ、自らの宿命を乗り越える余地がある。しかし一方で、意志は必ずしも良いものとは限らない。あるいは、仮に良いものであったとしても、それが良い方向に働くとは限らない。一つの意志は、別の意志を阻害する可能性を持っている。あるいは、意志もまた一つの「制約」になりうる。トップジョイと彼を取り巻くシルバーキャッスル葛藤は、その象徴的な物語だ。

 トップジョイスパイ行為がまだ明るみになっていなかった時点で、トップジョイシルバーキャッスルは相容れない様相を見せていた。ラフプレーをするトップジョイを、シルバーキャッスルは認められないのだ。

 それまで、シルバーキャッスルメンバートップジョイを温かく受け入れていた。そしてトップジョイ自身も、スパイという立場でありながら、シルバーキャッスル好意を抱いていたに違いない。それにも関わらず、ラフプレーを繰り返すトップジョイに、シルバーキャッスルは厳しい態度を取った。

 ラフプレーは、トップジョイスパイ行為としてのものではなく、真にトップジョイが良かれと思ってした行為だった。それでも彼らはそれを認められなかった。試合決勝点となるオウンゴールを決められてしまった時でさえ「笑って済ませた」彼らが、である。彼らは結果として、トップジョイを追いやったダークのバスケットチームと同じことを、トップジョイに宣告する。

 それは、シルバーキャッスルの「意志」と、トップジョイの「意志」が対立した結果だ。

 フェアプレーを貫く。それがシルバーキャッスル意志であり、同時に、シルバーキャッスルシルバーキャッスルである理由だ。もしトップジョイラフプレーを受け入れてしまえば、シルバーキャッスルとしてある意味がなくなってしまう。特定目的(つまり意志)を持った集団は、その目的意志に反するモノを本質的に受け入れられない。たとえそれが悪意でなかったとしても、そして、「あなたが好き」であったとしてもだ。

 そしてトップジョイスパイ行為が明かされた時、シルバーキャッスルは、彼に手を差し伸べることができなかった。

 シルバーキャッスルリーガーたちは、皆善性の象徴のような存在として描かれている。それまでの話を通して、彼らの正々堂々を尊ぶ精神や、仲間を思う優しさ、苦難を乗り越える強さは、繰り返し描かれていた。その彼らが、目の前で苦しんでいるトップジョイを、仲間として助けることを一度は拒絶したのである

 そこで提示されたのは、彼らが、彼らの持つその善性故に救えないモノがあるという事実だった。

 仲間を傷つけかねない状況を作ったトップジョイを、彼らは許すことはできない。仲間を、大切なものを守りたいからこそ、それを裏切ったトップジョイを許すことはできない。彼らは自らの意志で彼を拒絶することを選んだ。それは決して悪意ではなく、誰かから強制されたものでもない。

 トップジョイの背景を知っている僕たちは、その光景に胸を痛める。しかしその光景は、僕たちに一つの事実を突きつける。僕たちもまた、トップジョイを受け入れられないかもしれないという可能性を持っているということだ。あのシルバーキャッスルでさえ、彼を受け入れられなかったのだから

アイアンリーガー』は、シルバーキャッスルリーガーたちを聖人にはしない。彼らもまた迷い、限界を持つ、あくまで僕たちと地続きの存在として描く。それ故に、シルバーキャッスルの姿は僕たちの一つの側面である。時に悪意のないものを悪とし、集団から排除する冷酷さを、僕たちは抱えている。

 シルバーキャッスルの「シルバーキャッスルを守りたい」という意志は、トップジョイの「ここにいたい」という意志を阻むものだった。それは同時に、トップジョイが好きだという、シルバーキャッスル自身意志をも阻んでいる。「意志を持つ」こと、そしてそれを貫くということの逃れ得ない宿業を、『アイアンリーガー』は真正から描き出す。

 しかし、それでもなお、『アイアンリーガー』は希望提示する。トップジョイは自らの意志でダークの呪縛を断ち切り、シルバーキャッスルメンバーもまた、彼を許し、受け入れる。

 トップジョイもまた、自らの意志が自らの制約となっていたキャラクターだった。過去に観客を沸かせて得た喜びと、それに基づく「あの場所に帰りたい」という意志は、新たに生まれた「シルバーキャッスルにいたい」という意志最後まで阻み続けた。第八話から続いた、シルバーキャッスル子どもたちと心を通わせながら、ダークのスパイであり続けるという彼の矛盾した行動は、その葛藤の現れだったのかもしれない。

 しか最後トップジョイは自らの中にあった意志相克を決着させた。本当に自分にとって大切なものは何かを、自分意志で決めた。そして、たとえそれがシルバーキャッスルに受け入れられなかったとしても、ダークにも、そしてシルバーキャッスルにも、どこにも自分の居場所がなくなるとしても、それでも「守りたい」という意志を貫いた。外面的な制約も内面的な制約も乗り越えて、トップジョイ意志を固め、それを全うした。

 シルバーキャッスルも、そんなトップジョイを受け入れることを選んだ。それは、トップジョイシルバーキャッスルに受け入れられるようになったから、というだけではない。許すという行為簡単なことではなく、受動的な行為でもない。彼ら自身トップジョイの行動と意志を見て、彼ら自身意志で、彼を許すと決めた。彼を再び仲間として迎え入れることを選んだ。「トップジョイと一緒にいたい」という意志を貫くことを決めたのだ。

アイアンリーガー』で描かれているのは、人間に操られる可哀想ロボットたちの悲劇ではない。第十三話の最後、仲間に囲まれトップジョイの絵に描かれているのは、与えられた場所で、与えられた形で生きざるを得ない「意志を持つモノ」ーーそしてそれと地続きにある僕たちーーが、その意志故に苦しみながらも、最後に至った希望の姿だ。意志を持つモノは、僕たちは、内にそれ故の冷酷さを抱えたままで、それでも誰かに優しくなることができる。過去呪縛を振り切り、過ちを許し、弱さを乗り越え、そして、自由になることができる。『アイアンリーガー』は、意志を持つということの宿業に向かい合いながら、それでもその先にある希望を見つめている。

その旅路の果てに

アイアンリーガー』という作品を、あえて外形的な説明を諦めて一文で表すとしたらーー月並み申し訳ないが、「意志を持つモノが思う通りに生きるために戦う物語」とでも言うのだろうか。

 ロボットという存在が、人間隠喩としての機能を持っていると既に述べたが、それは作中で描かれているスポーツにしても言えることだ。確かにアイアンリーガー』でロボットたちはスポーツをしているが、作中ではどうにもスポーツに対する拘りが見えない。グローブをはめてサッカーフィールドに出るわ、サッカーチームが野球試合に出るわ(おまけに「野球なんて簡単よ」という暴言まで吐く)、剣の道はバッターボックスにあるわ、スポーツをしている人間が怒り出しそうなほどのいい加減さが、『アイアンリーガー』にはある。

 結局のところ、スポーツもまた、一つの隠喩象徴に過ぎないのだろう。大切なのは彼らが「思う通りにやりたいことをやる」ことであり、その場がたまたまスポーツだっただけだ。乱暴に言えば、別にクラシックが持て囃される世界ロックを奏でる物語でも、新古典主義に対抗する印象派という物語でも良かったということである。もしかしたら『アイアンリーガー』の世界のどこか別の場所では、やはりロボットたちがそんな戦いを繰り広げているかもしれない。いずれにしても、それがどんな場所であれ、大切なのは彼らが「思う通りに生きる」ということである

アイアンリーガー』の中で、ロボットたちは「人」と呼ばれる。『アイアンリーガー』では、人間ロボットも、同じ意志感情や心を持つモノとして、同じように「人」と呼ばれているのだろう。ロボットたちは「人」として、「人」故の葛藤に苦しみながら、自らの意志で、為したいこと為したいように為す。それはシルバーキャッスルロボットであろうと、ヒール側のダークに所属するロボットであろうと同じである。誰が何と言おうとも、それが望まれものでなくても、それが好きで、ここが好きで、ここにいたいから、だから、戦う。世界と、そして、自分と。

 マッハウインディはダークの支配を、ブルアーマーは生まれながらに課せられたバグ過去を、極十郎太は剣士としてのプライド固定観念を、キアイリュウケン自分に与えられた役割機能を、トップジョイは与えられた心の特性と思い出という呪縛を乗り越えた。

 S-XXXは、その可能性を垣間見せつつも、乗り越えるところまで行き着くことができなかった。悲劇ではあるが、それもまた戦いの一つの結末である

 そして、マグナムエースは、GZはーーそれはきっと、これから描かれていくのだろう。彼らの物語は始まったばかりだ。

 そういうわけで、冒頭に戻る。「ロボットスポーツをするアニメ」では『アイアンリーガー』の何たるかは一ミリも伝わらないし、しかもこのアニメ子ども向けでもない。いや、もちろん子どもも観れる内容であるし、ぜひ見てほしいアニメであるが、しかし、この物語に真に共感するのは、社会の中で何らかの役割立場を与えられて生きづらさを感じている大人の方ではないかと思う(無論、子ども子どもで様々な制約の中で生きているのであるが)。覚悟もなく軽い気持ちで見始めた人間が、何もかもが詐欺だと喚き散らすのも許してほしい。心の遣り場がないのである

 覚悟ーーもちろん『アイアンリーガー』というエンターテイメント作品を楽しむのに覚悟などというもの不要な訳だが、しかし、彼らの生き様に心を震わせられる僕たちは、ロボットたちの姿に、一つの覚悟を問われているような気がしてならない。

「正直に生きろ」マグナムエース第一話でそう言った。

 意志を持つということ、意志を貫くということは、痛みや葛藤と隣り合わせだ。しかしその道の先に、意志を持つモノだけが見ることのできる世界が広がっている。僕たちを雁字搦めにする世界のあらゆる制約の中で、それでも、僕たちが「意志を持つモノ」として生きていくことへの厳しくも温かい声援が、僕が第十三話の時点で『アイアンリーガー』に見た、僕の指針としてのテーマだ。

アイアンリーガー』は三十年近く前の作品だが、未だ色褪せることのない魅力と、令和の時代にもなお僕たちが向き合い続けている命題を宿している。この時代にこの作品出会えた幸運に思いを致し、僕にその切っ掛けを与えてくれた先達たちに心より感謝を申し上げる。

 そして、彼らの旅路の果てを、遅まきながら見届けたいと願う。

 おわり

※本筋とまったく関係がないのでここに書くが、そもそもとして、作品テーマというものは、作者が自分表現したいものを「表現するための」指針の一つであり、そして作品受け手の側に立てば、受け手が自らのフィルタを通して、ある種「勝手に」見出した「何か」、あるいは作品を「受け取るための」指針であると僕は考えている。そして、作品というものが、作者の発信と受け手の受信の双方によって初めて成立するものである以上、作者の意図するテーマ受け手の受け取ったテーマが異なっていたとしても(あるいは、作者がテーマを全く設定していなかったとしても)、そのどちらかが正しいということはあり得ない。(曲解を元に作品や作者を誹謗中傷するのなら、それは作品テーマ解釈とは別問題である。)作品に「真のテーマ」などというもの存在しないし、作者が作品テーマを込めようと込めまいと、そして受け取り手テーマを見出そうと見出すまいと、それは作品本質には何ら関係がないのである

2021-08-18

デレステ/ミリシタ/シャニマス初見実況が好物なオタクちょっと来い

 最近ずっと見てるシリーズこち

 

 

 

○torimisoさんの【VOICEROID実況】天才美少女Pシリーズ

デレステ

https://nico.ms/series/220889

ミリシタ

https://nico.ms/series/239194

 元々はボイスロイド琴葉姉妹によるマリオ実況で人気を博した投稿者なのだけど、今年の5月からデレステ7月からミリシタにてプロデューサーに。『琴葉姉妹モノ』のお約束をある程度抑えとく必要はあるものの、茜ちゃん葵ちゃんが熱情をもってゲームに取り組む様、所々ポエミーにMVを鑑賞していく様、何より着実にアイドル達への理解愛情を深めていく様は、アイマス初見実況を好物とするオタク達に深く刺さることと思う。オススメ

 

 

 

 シャニマス実況だとこちらが面白い

○みっどんPの【実況】アイドルマスターシャイニーカラーズ【シャニマス

https://nico.ms/mylist/61820967?ref=nicoiphone_other

 そういうのが好きなタイプシャニマスオタクは当然知ってるであろうレベルの人気投稿者といえるが、ニコニコがメインということで知らない人もいるかも。とにかくシャニマスシナリオに対する理解が深く、驚くべきポイントで驚き、感動するべきポイントで感動し、苦しむべきポイントで苦しんでくれる。なので、一緒にシナリオを深く読み込んでいくもよし、一度読んだシナリオの別理解を探るもよし、やっていることは従来通りのゲーム実況だけど、色んな楽しみ方を提供してくれる投稿者

 

 

 

 

 今や『月ノ美兎が作った流行』どころではなく一大ジャンルと化したVtuberシャニマス実況だと、今一番面白いのはこの人達

○ポイスタちゃんねるさんのシャニマス実況

https://youtube.com/playlist?list=PLX2omRlD-QVZ2IVIZ2b8Z6EnDujfVtK3T

 紫色で小さい毒楽こぐまさんと青色で大きい仁星みぃなさん、仲のいい女性Vtuber二人組のチャンネルちょっとお口が悪いところがあるので若干人を選ぶかもしれないが、2人とも元々二次創作畑の経験が長いのかシナリオ理解の早さと深さが半端ではなく、こちらもシャニマス実況動画として純粋面白い

 ブームがだいぶ落ち着いた今でもコンスタントに実況してくれている。現在最も追うべきシャニマス実況Vtuberはこの二人だと言っても過言ではないと思う。

 

 

 

 直近にシャニマス実況を始めた人だとこち

○イーサンリーさんのシャニマス実況

https://youtube.com/channel/UCdPpPvMlmhzNj2IrpvzM07A

 8月2日からシャニマス開始。「Vtuberとして上に行きたい!」という気迫が伝わってくるハキハキした喋りで283のアイドル達を味わっていく様は、アイドル業界で生き抜くシャニマスPとも親和性があるようにも感じる。今は印象派凛世で初回プロデュース途中なので追いつくなら今。

 

 

 

 

○余談:Vtuberシャニマス実況に現れるシャニマスおじさん達

 月ノ美兎委員長によってVのものによるシャニマス実況が開拓されてから早1年半、今やシャニマス公式が実況ポリシーを制定するまでになった。

https://twitter.com/imassc_official/status/1427541504084512769?s=21

そんな1年半の中で、ゲームとしてのシャニマスも、Vtuberという文化進化し成長したが……最も進歩したのは実は視聴者たるシャニマスおじさん達ではないか……とも思う。

 というのも、現在でもコンスタント投稿されるシャニマス実況のアーカイブを見まくっていると、どういうわけか、どんなに登録者数が少ないVtuberによる配信にも、たとえそれまで一度もシャニマス実況をやったことがないVの所にも、ほぼ必ずライブシャニマス有識者おじさんが現れる。それも「超人のようにどこにでも現れる1人がいる」のではなく、「そういう人が10人くらいいて、互助会があるわけでもないのに、その内の誰かがほぼ必ず顔を出している」という状況。そういう人たちが、この1年半のシャニマス実況隆盛を通じて「ネタバレをしないように」「指示厨に堕しないように」「初心者の興味が持続するように」「間違いやすポイントや陥りやすミスリードを避けられるように」という『シャニマス初見実況をする人へのアドバイス』という物凄くマニアック技術を身につけて、毎晩どこかしらのVtuberシャニマス実況に顔を出している。なのでアーカイブを見ていても、コメント欄によく見るシャニマスおじさんの名前を見つけては「ああ、この人が来たか。なら大丈夫だな」と、謎の安心感を持ちながら動画を見ることができるというわけ。

 「初見さんの反応を主食にするシャニマスおじさんは多いのですよ」とはその中の一人の言葉(これはアイマス15年の歴史でずっとそうだったかも)。これからVtuberシャニマス実況を見ていく人はそういう所にも注目すると面白いかもしれない。

 

 

 

2021-03-06

文化資本東京美術館博物館

障害者手帳を持っているので、東京にある国公立美術館博物館無料で入れる。

から、ここ数年はほぼ全ての展覧会を見てきた。

よく田舎だと美術館博物館がないか子供文化資本が付かない、とか言っている人が多いが、

東京美術館博物館でも、中高生小学生とかほとんどいない。

印象派とかのクラシック芸術だと、ジジババばっかりだし、

現代美術系なら(自)意識高そうな大学生以上の若者

実際のところ、東京美術館博物館が沢山あっても、東京の子供は観に来ていないのだ。

例外は、上野国立科学博物館くらいかな)

東京育ちでも美術館に行ったりするようになるのは、大学に入って以降。

そういう意味では、美術館博物館に関して、東京地方文化資本格差なんて誤差程度なんじゃないか

地方に住んでいても、家族旅行東京に来て、上野美術館博物館を回れば、東京の子供と差はないんじゃないか

住んでいる地域よりも、家庭環境の差の方が大きいと思う。

東京住みでも文化資本低めの家庭なら、子供美術館博物館に連れて行かずに、ディズニーランドに行くだろうし

地方住みで夏休み旅行子供美術館博物館に連れて行く家庭は、親がインテリクラスタだ。

まあ、美術館博物館の有無で東京田舎文化資本の差を語っても、意味ないよなあ。

2021-02-19

anond:20210219083242

どんな絵ですか!

印象派ですか!

山は死にますか!

2021-02-10

友達クラシック音楽を教えた時を思い出して書いてみる

https://anond.hatelabo.jp/20210210062305

なんかクラシック音楽話題に上ってるので、ちょい前に居酒屋で飲みながら、クラシックピアノやってみたいって友達(元軽音楽部のギター)にクラシック音楽作曲家について適当に教えた時を思い出して書いてみる。主にピアノに絡んでる人しかおらん。その他ジャンル知識に乏しいし必要ないのであんま触れなかった。しか雑談の極みなのですべてにおいて雑、いろんな音楽家に失礼だけど天国で俺の事なんか見てないだろうしへーきへーき

 

バロック以前・・これは好事家しか知らんから今は覚えんでええわ

 

バロック

なんかRPG教会宮殿流れるBGMか、メタル前奏で仰々しく鳴ってるオルガン想像してくれ。そんな感じの曲調。

 

バッハ

 めっちゃ有名。結構お堅い宗教曲なんかが多い。メロディが何層にもなってて弾くのは脳が大変。奇人変人が多いクラシック作曲界で貴重な真面目枠や。立派な社会人。息子がみんな音楽家

オススメ曲:主よ、人の望みよ喜びよ》

 

ヘンデル

 そこそこ有名。バッハより親しみやすくてちょっと陽キャ寄りな作風イメージ。実際当時の人気投票ではヘンデルのが人気あったらしいで。世の中そんなもんやね。

オススメ曲:調子の良い鍛冶屋

 

古典

優雅クラシック」って聞いて大体想像するのがこのへんちゃうかな。そういう曲ばっかでもないけど、まぁある意味クラシック音楽っぽさ」の完成系がここ。

 

ハイドン

 めっちゃ有名なはずなんだけど俺ぜんぜん知らん。何をオススメしたらいいのかもわからん。「クラシック音楽はこういう構造ですよ」ってのを考えて確立した人らしい。

 Aメロ→Bメロ→サビみたいな概念を考案したと思うと確かにすごい気がするな!

オススメ曲:ソナタ集のなにか(適当)》

 

モーツァルト

 これはさすがに有名。メロディ可愛い作曲家というイメージ。あとすごい譜面が読みやすい。音が脳にスイスイ入ってきて、次に来てほしいトコに音が来てくれるみたいな感覚がある。

 ストレス効果があるとかは眉唾だけど、フラストレーションや負荷がかかるような音楽じゃないのは確か。色々破天荒な人だけど、子供が凄い技術獲得したまんま大人になったんだろうなあって感じ。

オススメ曲:キラキラ星変奏曲》

 

 ちなみに当時のきらきら星って今と歌詞が違って娘が自分初恋母親に伝えるみたいな歌詞らしいで

 

ベートーベン

 それまでの優雅~な感じのクラシック像を破壊しにいった人。思想メタルとかハードロックなんよ。静と動、強弱を思いっきりつけてドラマティックな展開を作りまくる。当時の人は驚いたやろなあ。

 この人現代ロックやったら絶対5弦ベースとか入れてくるわ。ギターも歪みかけまくりそう。あと性格作風の通りだったらしいで。

オススメ曲:ピアノソナタ8番 悲愴

 

ロマン派

ロマン派音楽ってなんやねんってよく言うけど、ちょうどそのころヨーロッパでは革命とか起こりまくって一般人貴族とかやっつけてたわけ。そうなると「そんなお高くとまった音楽聴いてられっか」みたいな感じになってドラマティックで人間的な曲が好まれるようになるやん。つまりロマン派って現代におけるロックポップスみたいなもんやねんな。だからそのノリと近い触れ方で良いと思うよこの時代

 

シューベルト

 歌で有名。「魔王」とか「ます」とかやね。実際メロディメーカー代表曲歌曲なんだけど、本人はオケとかピアノ曲をもっとやりたかったらしい。ベートーベンに憧れてたんだって。ただベートーベンほど派手な曲展開をしないのは性格からかもね。メロディが奇麗でちょっとおしとやか。弱気そうな肖像画貧困で若くして死んだ印象が強いけど死因は手出した女から貰った梅毒らしいからアイツもやる事やっとるで(無粋)

オススメ曲:即興曲作品90 第2曲、第3曲》

 

ショパン

 かの有名なピアノ詩人ノクターンとか別れの曲とか。激しい曲もたくさん書くけど、どんな曲でもとにかくメロディにフックがあってまるで歌謡曲を歌ってるみたいなんよ。ピアノなのにね。

 大体の作曲家オーケストラ曲書いて、バイオリンの曲書いて、歌も書いて・・・って色々なジャンル書くもんなんだけど、ショパンさんマジでピアノしか書かん。これって割と珍しいんよ。ただ、弾く方の視点から言うと、すごく楽譜が指の理にかなってるんよね。だから初心者でもワルツプレリュードのいくつかの曲は全然ちゃんと形になるで。これホント

オススメ曲:なんでもいいけど、いろいろな曲調あるからエチュード作品10

 

リスト

 超絶技巧イケメンピアニストべらぼうにピアノが上手くてコンサートを各地で開いて絶大な人気を誇り、そしてめちゃくちゃモテた。楽屋女性ファン乱入して私物がよく盗まれたらしいで。怖。ジャニ系かV系の狂ファンやん(偏見)。曲は華やかで派手な曲か、甘くてロマンティックな曲かで二極化してて、ライブ映えする。そして演奏が難しいね

 あとこういう奴に限って性格イケメン陽キャで、チャリティーコンサート主催とかしてた。世の中そういうもんよね。

オススメ曲:ラ・カンパネラ》

 

シューマン

 有名な人のはずなんだけど、なんか地味な人。上の世代だとウルトラセブン最終回BGMがこの人の曲だったからそれで有名だけど、他の世代だと『トロイメライ』とかかなあ。

この人のピアノ曲は小説短編集みたいに各曲に小さいタイトルがあったり、数曲またいでストーリー性のある流れを作ったり、コンセプトアルバムぽいんよね。そういう作りが好きなら気に入るかも。

躁鬱のケがあって曲のテンション上下動が激しいのも特徴。

オススメ曲:子供の情景》

 

ブラームス

 『この人、悪い人ではないんだけど、ちょっと近寄りづらいな』的なイメージの人。とにかく重厚で厳ついんよ。こう内にこもるエネルギーが凄い。綿密に曲作りこんでるなって。軽い気持ちで流し聴くような感じじゃないんよ。ものすごい準備して作った曲だろうからこっちも心して聴かねば・・ってなりそう。モーツァルト真逆

 てかこの人見た目もそんな感じなんよ。性格も当たり前のように陰の者。その中で接しやすい曲でピアノと言ったらワルツ集とかになるんちゃうかな。でもちょっとだけハードル超えて接してみるといい人なのよ。曲もそんな感じ。

オススメ曲:間奏曲作品118-2》

 

印象派

印象派ってもともとは美術用語らしい。まあクラシックっぽいお堅い和音から逸脱し始めた人をまとめてこう呼んでるんちゃうか?たぶんここらへんのカテゴライズ適当だと思う。ぶっちゃけロマン派終盤のフランス人作曲家をこう呼ぶ。

 

ドビュッシー

 作曲家下ネタ使用頻度をマーラーと常に争っている人。ちょいちょいオーギュメントをわざとつかって宙に浮かぶような感触を聴き手に与える。この辺が輪郭がボヤっとしてる美術界の印象派と被ったのかもね。複雑な曲展開やストーリー性よりも、「ある一瞬の風景をとらえました」みたいなテーマの曲が多い。クラシックぽさあんま無いなと思う。

 本人の性格下ネタ使用頻度高い名前に同情心が全くわかなくなるほどアレ。自分不倫旅行ネタに曲を書く畜生

オススメ曲:ベルマスク組曲より月の光》

 

ラヴェル

 ドビュッシーと同じようにちょいちょいそれまでのクラシックでは使わんかったコードを使うけど、ドビュッシーよりも上品だと思う。というかクラシックっぽさをきちんと残しているというか。きちんとクラシックの道の先に居る感じはする。輪郭線がぼやけているという感じもなくて、ところどころにジャズみたいなオシャレ和音も入る。

 ビル・エヴァンスとか好きな人結構好きかもしれん。オシャレ感すごいけどやっぱり本人もオシャレだったらしいで。ちなみに楽譜簡単そうに見えても死ぬほど弾きにくいから気を付けろ。

オススメ曲:ソナチネ 第2楽章

 

サティ

 この人は「音楽大学なんかやってられねえ」って退学してカフェピアノ弾きとして働きながら音楽活動してた異端な人や。その経験からヒーリングミュージックBGMというコンセプトの音楽の始祖みたいな感じや。聴き流す音楽極致やね。たまに意味の分からないタイトルの曲を作る事でも有名だけど、まぁ最初聴く分にはそういうの抜きに分かりやすい曲を聴くのがいいんちゃうかな。性格変人のものや。変な人じゃないとこんなことやらんかったんやろなあ。

 坂本龍一映画CMの曲が好きならサティのたまに作る真面目な曲がハマるかもしれん。弾くのは初心者でも挑戦可能やで。

オススメ曲:ジムノペディ第1番、もしくはジュ・トゥ・ヴ》

 

国民楽派

クラシック音楽もいきつくとこまで洗練されると、逆に民族音楽とかから素材を取ってくるみたいな音楽家が増えて、まぁ大体そこら辺をこう呼ぶようになったけど、たぶんここら辺のカテゴライズ適当だと思うし、もめごとの発端になるで。メタルジャンル分けみたいになってしまう。

 

ドヴォルザーク

 チェコ作曲家やね。基本オーケストラの人だけどピアノなら一番有名なのはユーモレスクちゃうかな。とにかくクサメロをいかんなく繰り出してくる人。ちなみにえげつないほど鉄ヲタだったらしい。

オススメ曲:ユーモレスク第7番》

 

アルベニス

 スペイン作曲家やね。この人はかなりの割合ピアノ曲が多くて、本人も上手いピアニストだったみたい。スペインと聴いて思い浮かぶ熱情的なノリ、裏でカスタネット鳴ってそうなリズムがどの曲にもある。一部はギターソロ編曲されてたり。確かにスペインならそっちのが風情ある。スパニッシュギターっぽくね。

オススメ曲:タンゴ ニ長調

 

ムソルグスキー

 ロシア作曲家やね。豪傑っぽい見た目からイメージ通りの曲調が繰り出されるぞ。まぁピアノやってると話題に上がるのは主に展覧会の絵なんだけども。軍人上がりのアル中で、酒の飲みすぎが原因で入院した際に友人に差し入れされたウォッカを飲んで死亡したらしい。ロシア人どないなってんねん。

オススメ曲:展覧会の絵 より キエフ大門

  

まぁ他にもいるけどキリないからこれでいいや。

 

近代

まぁこれもなんか第二次世界大戦前後くらいに活躍してた人を適当にまとめた感ある。正解がないと思う。

 

ラフマニノフ

 ロシア作曲家やね。一番有名なのはのだめ」のピアノ協奏曲2番とかになるんかな。とにかく体が大きな人で手もめちゃくちゃデカピアニストだったので、それを生かしたスケールの大きな曲を作るのが得意。譜面見ると「コレどうやって弾くねん」ってツッコミいれたくなるわ。同時に鳴るわけない距離なんよ。凡人には。

 ときおり演歌のように懐が深いメロディを繰り出してくるので、かなり日本人好みなんじゃないかなって思ったりする。

オススメ曲:前奏作品23-5》

 

バルトーク

 ハンガリー作曲家やね。一番有名なのは、これも「のだめ」のアレグロバルバロかな。のだめ便利やな。

 民族音楽由来のクセのあるメロディ変拍子が特徴だと思うで。プログレッシブロックとか聴ける人はここら辺の方がむしろハマるかもしれん。現代っぽい不協和音も多いけど、メロディリズムがきちんとあるから、開き直れば割と聴きやすいと思う。弾くのは、難しいかなあ。あえていうなら、ルーマニア民俗舞曲とか異国情緒たっぷりで弾きやすいかもしれんの。

オススメ曲:ルーマニア民俗舞曲、もしくはピアノソナタ

 

スクリャービン

 ロシア作曲家やね。なんか最近ロシアが多いのは俺の趣味や。すまんの。生きてる間にコロコロ作風を変えたことで有名な作曲家で、初期はメロディロシア風にエモくなったショパンのような曲を量産していたが、中期は印象派風の曲も作り出して後期は不協和音バリバリ現代チックな作風に転化していった。バンドなら3回くらいは音楽性の違いで解散しとる。

 なのでどれが気に入るかはわからんが、どの時期でもエチュードを書いているのでそれつらーっと聴けばええんちゃうか。

オススメ曲:エチュード集》

 

現代・・これも好事家しか知らんから今は覚えんでええわ。50年後残ってたやつを聞けばええと思う。

 

後半酔ってて早口オタクになってしまったのは間違いない

youtubeイヤホンつなげて都度オススメ曲を聴きながらこんなこと喋ってた

次にその友達と会ったときショパンバッハ練習してたからお手本になるおすすめCD貸した。

クラシックガイド増田) を見やすくしたよ。

 anond:20210210062305 (クラシックガイド) を見やすくしたよ。

 はてな記法で、分類表示した。テキストは変えていません。

 

   §1600年代前半

イタリア

ドイツ

 

   §1600年代後半

イタリア

おフランス

ドイツ

イギリス

 

   §1700年代前半

イタリア

フランス

ドイツ

イギリス

以上1600~1750年が「バロック音楽」の時代

 

   §1700年代後半

古典派音楽」の時代

イタリア

フランス

  • ゴセック  (日本では「ガヴォット」だけが有名)

ドイツ

オーストリア

 

   §1800年代前半  (晩期古典から初期ロマン派

イタリア

オーストリア

ドイツ

 

   §1800年代中盤  (盛期ロマン派

ドイツ

イタリア

フランス

ポーランドフランス

ハンガリー

ロシア

 

   §1800年代後半

イタリア

オーストリア

ドイツ

フランス

チェコ

ロシア

北欧

 

   §1800年代終盤から1900年代初頭  (後期ロマン派印象派音楽

イタリア

オーストリア

ドイツ

フランス

チェコ

ポーランド

ロシア

イギリス

北欧

 

   §1900年代中盤以降  (第一次大戦終了によってロマン主義印象主義が古くなった時代に真価を発揮した作曲家たち)

ドイツ

オーストリア

フランス

いわゆる「6人組」の時代現在でも有名なのは

現代音楽私的により重要なのは

ハンガリー

チェコ

イギリス

ソ連

間違いだらけのクラシック音楽史の表を修正してみた

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1664833

↑このブコメ賞賛されている表がかなりデタラメなので修正してみた。

とりあえず同じように1600年代から始めます。「オケゲムマショーパレストリーナジョスカン・デ・プレがないぞ」とかい意見もあるようですが、それはもっと以前だから書いていないだけです。

作曲家の「生まれた年」ではなく「主に活躍した時代」で書きます。これに文句を言っている方もおられるようですが、何故かと言うと例えば生まれは1600年代終盤だけれど音楽家として活躍し世に認められたのは1700年代になってから、といったような例があるからです。

「あれは記憶だけで描いてるから素晴らしい」とおっしゃる方もいらっしゃいますが、これも資料などは参照せず、ほぼ脳内情報だけで書いております

1600年代前半

イタリア

モンテヴェルディ(みんな知ってる「私を死なせて」)、カッチーニ(「アヴェ・マリア」が有名だが実はソ連音楽学者ヴァヴィロフの贋作。真作で有名なのはアマリッリ」)

ドイツ

シュッツ(「ドイツ音楽の父」として有名)、シャインシャイト(以上3名は「ドイツ三大S」として有名)

1600年代後半

イタリア

コレッリ(「ラ・フォリア」が有名)

おフランス

リュリバロックフランスオペラ第一人者

ドイツ

パッヘルバル(「カノン」だけが有名)

イギリス

パーセルオペラ「ディドーとエネアス」が有名)

1700年代前半

イタリア

ヴィヴァルディ(「四季」の人)、アルビノーニ(「アルビノーニアダージョ」が有名だが贋作。真作で一般に有名な曲は無い)、ペルゴレージ(「スターバト・マーテル」が有名)

フランス

クープランチェンバロ曲で有名)、ラモー音楽理論とオペラ

ドイツ

バッハ名曲多数)、ヘンデル日本では「音楽の母」などと呼ばれたが女性ではない。「メサイア」「オンブラ・マイ・フ」「水上の音楽」など)、テレマン(「食卓音楽」で有名)

イギリス

ヘンデル帰化

以上1600~1750年が「バロック音楽」の時代欧州における「絶対王政」の時代とほぼ重なるという見解があります

1700年代後半

古典派音楽」の時代啓蒙思想によって理性が重視され、それが音楽に影響を及ぼした時代です。

イタリア

チマローザオペラ秘密結婚」)、パイジェッロ(「うつろな心」)、ボッケリーニ(「女ハイドン」の異名を持つが男性)、サリエリオペラ巨匠

フランス

ゴセック(日本では「ガヴォット」だけが有名)

ドイツ

グルックオペラオルフェオとエウリディーチェ」)

オーストリア

モーツァルトハイドン兄弟

1800年代序盤(晩期古典から初期ロマン派

音楽における「ロマン主義」は文学絵画よりも遅れて1800年代になってから現れます。この時期は古典派音楽からロマン派音楽への過渡期です。

イタリア

ロッシーニオペラウィリアム・テル」「セビリアの理髪師」など)、ベッリーニオペラノルマ」など)、ドニゼッティオペラ愛の妙薬」など)

ドイツ

ベートーヴェンヴェーバーオペラ魔弾の射手」など)

オーストリア

シューベルト未完成交響曲 D 579、歌曲集「冬の旅」など)

1800年代中盤(盛期ロマン派

音楽におけるロマン主義成熟し花開いた時代

ドイツ

メンデルスゾーンシューマン世代的にはワーグナーもここに入る(この時期はオペラ「リエンツィ」「タンホイザー」「ローエングリン」など)

イタリア

ヴェルディ前期(オペラマクベス」「リゴレット」)

フランス

ベルリオーズ幻想交響曲

ポーランドフランス

ショパン

ハンガリー

リスト(本人はハンガリー人を自認したが実際はドイツオーストリア人で本来ハンガリー民族要素は無いのでドイツオーストリア音楽として捉えるのが正しい)

ロシア

グリンカオペラルスランとリュドミラ」)、ダルゴムイシスキーオペラ「石の客」)

1800年代後半

1848年革命の失敗により、ヨーロッパ音楽雰囲気も暗くなって参ります

イタリア

ヴェルディ後期(オペラ椿姫」「アイーダ」「オテロ」「ファルスタッフ」など)

オーストリア

ブルックナー交響曲では4番と7番、8番が有名だが初心者に聞きやすいのはむしろ1番と6番だと思う)

ドイツ

ブラームスブルッフヴァイオリン協奏曲第1番が有名)、ワーグナー後期(楽劇トリスタンとイゾルデ」「ニーベルングの指環」「ニュルンベルクのマイスタージンガー」)

フランス

オッフェンバックオペレッタ天国と地獄」など。実はドイツ人)、グノー(オペラファウスト」)マスネ(オペラタイス」など。「タイス瞑想曲」)、サン=サーンス長生きしたので今年没後100年)、フランクバッハ対位法ベートーヴェンの劇的構成ワーグナー和声を融合した究極の交響曲作曲したが実はベルギー人)、フォーレ(「レクイエム」「幻想水平線」)

チェコ

スメタナ連作交響詩「我が祖国」その中の一曲が「モルダウ」)、ドヴォジャーク(「新世界交響曲」e-moll op.95 など)

ロシア

ボロディンオペライーゴリ公」、交響詩中央アジアの草原にて」、交響曲第2番など)、バラキレフ東洋幻想曲「イスラメイ」)、ムソルグスキーオペラボリス・ゴドノフ」、ピアノ組曲展覧会の絵」)、リムスキー=コルサコフ(交響組曲「シェヘラザード」など)、チーコフスキーバレエ白鳥の湖」、交響曲第6番「悲愴」など)

北欧

グリーグピアノ協奏曲、劇判音楽ペール・ギュント」、ピアノ曲「抒情小品集」、歌曲最後の春」など)

1800年代終盤から1900年代初頭(後期ロマン派印象派音楽

イタリア

プッチーニオペラトスカ(星は光りぬ)」「蝶々夫人(ある晴れた日に)」「トゥーランドット(誰も寝てはいかん)」など)、マスカーニ(オペラカヴァレリア・ルスティカーナ」映画ゴッドファーザー PART III」のあれ)、レスピーギ交響詩ローマの松」などローマ三部作

オーストリア

マーラー11曲の交響曲歌曲)、ヴォルフドイツ歌曲の頂点として非常に有名)

ドイツ

リヒャルト・シュトラウス交響詩ツァラトストラはかく語りき」〈映画2001年宇宙の旅」のあれ〉オペラサロメ」〈裸踊りで有名〉「薔薇の騎士」〈少女漫画オペラ〉)、レーガー(変奏曲と室内楽の達人。歌曲も秀逸)

フランス

ダンディ(「フランス山人の歌による交響曲」は初音ミクが歌った冨田勲の「イーハトーヴ交響曲」の元ネタ)、ショーソン(「詩曲」、フランクの影響を受けた1曲だけの交響曲など)、ドビュッシーオペラペレアスとメリザンド」、交響詩「海」など)、ラヴェルバレエ音楽「ダフニスクロエ」、ピアノ協奏曲ト長調など)

チェコ

フェルステル、ヤナーチェクオペラ利口な女狐の物語」、村上春樹のせいで何故か有名になった「シンフォニエッタ」)、スーク(アスラエル交響曲などが有名)

ポーランド

シマノフスキ(「スターバト・マーテル」など)

ロシア

グラズノフロシア浪漫交響曲集大成した作曲家として有名)、ラフマニノフ無伴奏合唱曲「晩祷」で非常に有名)、スクリャービン神智学に陶酔した交響曲第4番「エクスタシー」と、「神秘和音」を駆使した妄想ピアノソナタで非常に有名)

イギリス

エルガー(「威風堂々」が有名だが真の傑作は交響曲第2番)、ディーリアス(「春始めての郭公を聴いて」は英語圏では誰もが知る名曲)、ヴォーン・ウィリアムズ(「田園交響曲(3番)」と「南極交響曲(7番)」が有名だが5番も捨て難い)

北欧

シベリウスニールセン交響曲第4番「不滅」が有名)

1900年代中盤以降(第一次大戦終了によってロマン主義印象主義が古くなった時代に真価を発揮した作曲家たち)

ドイツ

ヒンデミットオペラ画家マティス」と、その音楽をまとめた交響曲が有名)

オーストリア

シェーンベルク(無調音楽12音楽創始者。彼が最初12音楽による楽曲を完成したのが1921年なので今年はシェーンベルク12音楽100周年。まず聴くばきは「ピアノ協奏曲」「ヴァイオリン協奏曲」「弦楽四重奏曲第3番、第4番」)、ベルク(無調音楽12音楽調性音楽的要素を取り入れて聴きやすくした人。オペラヴォツェック」「ルル」、器楽曲では「ヴァイオリン協奏曲」が有名)、ヴェーベルン12音楽の究極として有名)。以上の3人は「シン・ヴィーン楽派」として20世紀音楽を語る上で非常に重要です。

フランス

いわゆる「6人組」の時代現在でも有名なのはプーランクミヨーオネゲル交響曲第2番と第3番はカラヤン盤もあるので聴いて下さい。このほかオラトリオ火刑台上のジャンヌ・ダルク」も泣けます。実はスイス人)。現代音楽史的により重要なのはメシアン(「トゥーランガリラ交響曲」「世の終わりのための四重奏曲」「彼方の閃光オペラアッシジの聖フランチェスコ」などが非常に有名)。

ハンガリー

バルトーク、コダーイ

チェコ

マルチヌーなど

イギリス

ブリテン(とりあえず「戦争レクイエム」は聴いておくべき)

ソ連

プロコフィエフ大人は「ピーターと狼」みたいなガキ向けの曲は聴かず「交響曲第2番」の暴力的激しさにヒャッハーしましょう)、ハチャトリアン(「剣の舞」とかいう曲は子供の頃運動会で聴いたでしょうから、そんなものより「交響曲第2番」でファシストとの激しい戦いを体感しましょう)、ショスタコーヴィチ世間一般では交響曲第5番が知られていますが、高く評価されているのは4番、8番、10番、14番など偶数番号の交響曲です。真髄はオペラ弦楽四重奏曲です)

20世紀後半以降は省略。

2021-01-16

anond:20210116231429

単に現代の絵に近いというか、その源流だからだろ。

 

ミュシャオタクに近いんじゃなくて、印象派だのキュビズムだのが現代から遠く、かつ現代人の中で絵を見たがるのがオタクなんではないか

じゃなきゃ広告業界だって印象派の絵使ってるわ

2020-12-26

anond:20201226011320

日本画家山口 晃はニコニコで「かつて静物画って聖書モチーフが入ってればあとは何描いても赦されたんですよ」と語っている。逆に言えば聖書モチーフが入ってない場合絵の価値が揺らいだことにもなるが、山口の言うことに沿うならば、聖書モチーフ入りという"言い訳"(山口の言い方ママ)さえあれば、そのルールにさえ則っていればなに描いても赦されたという話らしい。

なぜそんな話になるのかといえば、かつて油絵世界では卑俗な民衆を描くことはタブーというより常識的な振る舞いではなかったから。故に印象派などが大量にポートレイトを描いていた事自体古典からすれば大変奇異に映ったに違いない。かつて油絵といえば王侯貴族やそれこそ聖書モチーフ世界しかなかった。

今で言う萌え絵キャラクターという聖典基準値にして、大きく解釈がズレない限りは赦されて評価される。いわばかつての油画のような文化がある。多分浮世絵なども同じような洗礼の中にあったんじゃないのか。

2020-12-03

女らしい絵

印象派には女性画家がいた。ベルト・モリゾなんかが有名だ。

画像検索して見てほしいのだけど、いかにも印象派!ってかんじはするけど、他の男性作家に比べて、絵だけを見て「女が描いたな」と思ったりはしないと思う。

印象派画家の絵を描き手の男女関係なく並べても、美術史知識がなければ、描き手が男か女か分からないのが普通だろう。

しかし、日本美大卒業展に行ったりすると、これは女子が描いたなと思わせる絵がいくつもある。名前確認するとやはり女性名前

あるいは『鬼滅の刃』も「女っぽい絵」だと感じる。

だが、萌え美少女イラスト場合は、絵だけ見ても、描き手が女かどうか判別するのは難しい。

これは何故かと考えたけど、やっぱり「少女漫画の画風に影響されているか」どうかなんだろうなあ。

女子美大生の絵が「女っぽい」のも、美大行くような人は漫画好きが多いからだろう。

美少女イラスト場合は、少女漫画とは違う様式があるから性別が分からないのだろう。

となると、少女漫画伝統様式は、日本女性の絵の描き手に「女っぽい絵」というジェンダーを埋め込んでいることになる。

2020-09-09

デジタルマンガ絵の世界を一変させた

 キャラクターイラストを描くのが趣味だ。そしてお絵描きしてると色ぬりも付いてくることが多いわけだけれど、色ぬりが苦手であるキャラクターポージングかについては理想が見えるからそれに近づけていけるけど、色ぬりの理想が見えない。正確には、理想は見えるのだけれど、その理想レベルが低すぎる。


 デジタル塗りが一般化してからキャラクターイラストの色ぬりのレベルが物凄く一気に上がったと思う。

 二十年前のキャラクターイラストの塗りは、固有色がそのまま塗られてて、それに対して陰とハイライトが適切に入って、固有色の配色が魅力的なら上手に塗れているというものだった。けれども今は上手に塗るだけじゃ足りない。印象派独自の色使いで一気に絵画世界を変えたみたいに、デジタル塗りが一般化してから色使いの幅の振れ方が一気に広くなった。

 これは、デジタルで色が塗れるようになったことにその要因がある。技術的な要因がこのブレイクスルーを起こしたのだ。

 絵の世界デジタル技術が持ち込まれた時に何が起こったのかというと、描き方の自由化が起こった。

 アナログ時代の絵の描き方は、メソッドがかなり固定されていた。まずラフを描き、下描きを描き、ペンを入れ、色を塗った。その色の塗り方も、まずは広いところから薄い色で塗り始め、少しづつ濃い色で細かいところを塗り進めていくのが基本だった。

 この手順は前後したりは出来なかった。なぜならアナログは、『やり直せない』からだ。

 でも、デジタル時代の今は違う。まず色ぬりから始めてもいい。ペンは後からでも入れられる。むしろペンを入れない表現もある。自分イメージが完成するところまで、いくらでも『やり直しができる』のだ。

 加えて、そうした技術が人のイメージする力を引き上げているようにも思えるのだ。

 さて、自分の絵の話に戻ると、私がもし二十年前に今の色塗りができていたのなら、それで満足できていただろう。キャラクターの色を上手に塗る以上の表現など、めったに見つからなかったのだから。でも今は違う。

 単にキャラクターの色を上手に塗るだけではなくて、表現として華やかな色使いをしているイラストがたくさんある。それらと自分の絵を比べると、足りない、と感じる。だから、私もイメージする力を引き上げなければならない。

 頑張る。

2020-09-04

anond:20200904134729

えぇ・・・

数十年の表現の自由議論もそうだし、遡ればアカデミズム印象派対立だったり、今更否定できるものじゃないが・・・

そこから説明必要なんか・・・

からこそ山田太郎議員自民党当選したこと画期的だったのに、その文脈がわからない人間もいるのか・・・

しいて言うなら右左の軸が政治的にとるか経済的にとるかで変わることはあるが、この場合政治的問題で問われてるんだから左になる。

2020-08-17

アルフォンス・ミュシャ前後ってどんな人が居るん?

壁画

???

アルフォンス・ミュシャ

???

漫画

って歴史しか知らんのやが、いい加減前後にどういう物があったのか把握したい。

あくまで興味あるのはアルフォンス・ミュシャだけなんで、宗教画という物があって印象派写実主義の戦いがあってとかそういうのは全部どうでもいいので。

2020-05-18

芸術がわかる人って頭良さそう

美術手帳とかの記事をたまに読んでると、作品解説にここまで遠回しで難しい言葉使うんだってくらいよくわからんこと書いてあって、芸術がわかる(解説できる?)人は語彙力があって知識量も豊富なんだなぁといつも感心する。

自分も、興味のある展示があったとき美術館とかアートイベントにいくんだけど(正味一年に数回)、周りに浮かないようにえりなしの白シャツ着て、いつもはかけない眼鏡かけて、観賞慣れしてる人を演じたりするけど、浮かぶ感想はごくごく単純なものだ。

キャンバスサイズが大きい絵画を見て)

でっけー!描くの大変だっただろうなぁ、書き込みすげー!

印象派絵画を見て)

なんかぽやんとしてて曖昧な感じが逆にええ感じやなぁ〜きれいや〜

(よくわからん現代美術見て)

なんだこれよくわかんね〜な、タイトルみても結局よくわかんね〜な。これ評価してる人もほんとに意味わかってんのか

からくり系の展示を見て)

ルンバに劣る無駄しかない動き、これを作ろうと思った根性がすげえ!

(裸の彫像をみて)

えろくはないなぁ。立体物とか彫刻って、平面より見るの楽しいなぁ

こんな感じだ。小学生並みの感想だと我ながら思う。基本観に行った後の総評は、

うん!おもしろかった!

今回はいまいちだった。

綺麗だった。

くらいだ。たぶん海外小学生の方がよほど自分言葉自分なりの感想を語れそう。

から芸術を語れる人はすげえなと思う。

2020-05-13

anond:20200513225412

本来英語用法は知らんが、

日本で使われる文脈だとポストとアフターって若干ニュアンスが違う気がする。

ポスト」が「次」、「アフター」が「以降」みたいな。

例えばだけど

ポスト安倍」だと安倍首相の次の首相ピンポイントでさすけど

「アフター安倍」だと安倍首相の後の政界とか社会全体をさす気がする。

別に首相じゃなくてポスト印象派でもポストロックでもいいんだけど。

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