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はてなキーワード: 大事とは

2019-05-20

anond:20190520100327

思ってないよ。

大事じゃないの?と聞けば「もちろん大事だよ」という返事が返ってくるが、

それがどういうことなのかわかってない。

家族心配をするという発想と行動が欠落してる。

家族の体調の心配しない人って何考えてるの?

大事に思ってないってこと??

私立高校理不尽テスト

高3の一学期中間期末試験といえば、推薦やら指定校やらを狙っている生徒たちにはとても大事もの

それなのにうちの学校ときたら、

複数クラスをまとめてレベル分けにクラスわけする

②上中下のクラスができあがる

③それぞれレベルに合った読解の問題を行う

ここまではいい。

問題は次。

定期テストは全レベル問題から一題ずつ、自分クラス以外の英文初見問題として扱う。

当たり前だけど下クラスは、上クラス問題なんて解けない。

上は中下の英文初見でも読めるかもね。

中は、中と言いながらも半分は下と同じベベルから、下クラスだろうと初見英文はしんどそう。

学んできたことを応用すりゃいい話なんだけど、すべてが応用力を試す問題じゃない。

こんな不公平でいいの?本当に疑問。

特に中学からいれさせてる親とか、クレームさないかなーとおもってる。

6年間も預けて、下クラスのやつらなんか学習についてけなくて放置されて、最終的な仕打ちがこれ?ってかんじ。

上位を伸ばすカリキュラムなせいで勉強全体的に放置されてできないままなんだから、せめて推薦で大学行かせれば救いがあると思うけど、推薦すらとらせないクソシステム

どうかしてると思わない?

生きづらい

最近、思った事をつらつら書いていく。

SNS暇つぶしに見て、タイムライン話題になってたりするのは暗い内容だったり過激な内容だったりする。

実際、良い話より悪い話の方が目立つし、注目されやすいと思う。

老人が子供や親子を車で轢いて悲しみを生むとか。

そんな話題ばかりだと世間は悲しいものだと思った。

でも、それは一部であって広く見渡すと良いこともきっとある

ゲーム受け売りだけど、「捉え方一つで世の中は天国になったり、地獄になったりする」

なるほど、大事なのは物事の捉え方で、どの様に向き合っていくかが重要だと学んだ。

私は工業高校卒業地元企業就職した。

住んでいる所は自動車関連の企業が多く、テレビ広告を流すほどの上場企業もあった。

それなりの中堅企業に入れば安泰みたいな感じ。

仕事の内容は金型を生産したりプレスしたりする、プレス工だった。

紆余曲折あって辞職して、職探しをしてる。ハローワーク求人の酷さに驚いたり。

求人見学先の町工場では、従業員の半分が外国人労働者であること。

高校生の頃には感じなかった社会への不安が一斉に来た。

自分立ち位置労働者の中でも下位の方だと思っている。派遣ハローワーク求人では安定した生活が出来なさそうだと感じた。

個人的社会の印象はこんな感じ。

以外と生きづらいものですね。

私よりも大変な人、頑張っている人はたくさんあるはずだ、と考えると少しは元気が出て前に進めそう。

からもっと世の中から辛さが消えないかなて思う。

車の運転人類には早すぎる

車の運転って難しすぎない? なんで社会で許されてるの? - 拝徳

http://tokunoriben.hatenablog.com/entry/2019/05/18/211416

最近必要かられて免許を取ったんだけど、まさに同じようなことを感じた

自動車や、それを用いた交通の仕組みって、想像していた以上に性善説というか、

運転する人間良識や適切な注意力にゆだねらているんだと思って正直ゾッとした

ハンドルちょっと切れば、アクセルちょっと踏み込めば、すぐに死ねるし簡単に人を殺せる、

そこにシステムとして、フェイルセーフほとんど効いていない感じがある

最近ようやく普及してきた自動ブレーキや車線逸脱防止システムで、多少フォローが入るようになったけど)

皆が教習所で習うように、常に適切な注意と判断と譲り合いの心を持って運用すればまだしも

現実は「制限速度+10kmがちょうどいい」だとか、あんまり道交法をしっかり守る人ほとんどいないし

いくら安全運転意識があっても、運転ちょっと注意を失えば即大事リスク

さらに、ネットに上がるドラレコ映像を見ていても、路上には一定数の割合でヤベー奴がいるし、

ましてやもらい事故に至っては、どんなに気をつけていても回避不可能運ゲーに近い

それを解決する手段が「かもしれない運転」って、なんというか個人の注意力や能力や時々の運にゆだね過ぎじゃない?みたいな

そんで、こういった怖さ/リスクは都会に住んでいる限りは「乗らない」って選択肢を取ることで多少回避できるけど、

地方郊外に住むとなったら、もう「乗らない」っていう選択肢自体存在しない 社会インフラが車前提に整備されてるもんね

おとなもおじいちゃんもおねーさんも、好むと好まざるとにかかわらず運転することを「強いられているんだ」って感じ

あとこのたぐいの議論で、ブコメなんかで出てくる反論がいくつかあるけど、

なんかどうもピントを外してるなと思う。いくつか例に出すと

①「そういう怖がりな(or 運転技量がない)奴は運転しないでくれ」

→じぶん個人的には極力そうするつもりだけど、上に書いたように日本の大部分の地域では

そういう「運転しない自由」「自動車社会に参入しない自由」が実質的に与えられてないよね

ましては最近公共交通が衰退して、街の中心部の店が潰れ郊外ショッピングモールに集約、みたいにどんどん流れがそっちに行ってる

高齢運転問題もそうだけど、車前提でインフラ制度設計しておいて

他方で「能力覚悟が足らないやつは運転するな」っていうのは、それはそれで「死ね」って言ってるのに近くない?

②「お前は車の恩恵を受けていないのか?荷物配送バスタクシーも使うなよ」

→それはプロドライバー仕事じゃん。運転技量がある(大型なり二種免許をとっているような)人達が、業として行ってるわけで

例えば飛行機運行プロパイロットだけに許されているように、自動車運転プロのみに許されていれば、

状況はまたちょっと違うことになっていたと思う

もちろん、現状の自動車社会をすぐに転換することは現実的には不可能だと思う

から上記記事などにも指摘されているように、現在技術でできる限りの安全装備やシステムをどんどん義務付けてしまったり、

交通システムも、性善説でなく安全側に倒したもの

(具体的には信号の右直分離・歩車分離の徹底や、高度安全装備の義務化、エンジン起動時の免許ドライバー状態のチェック、など)に変えて、

可能タイミングがきたら、一気に完全自動運転社会に転換してしまったほうが良い

でも、おそらくそういうものには一定感情的な反発があるだろうし、そううまく運ばないと思う。

結局のところ、「車は、身体拡張し、自由を与えてくれる装置である

みたいな原始的ロマンティシズムを手放せないんだと思う

自動車を操る楽しさ」「走る歓び」とかそういうやつ

そのロマン自体はわからないでもないけど、

そういう極めてスポーティかつハイリスク行為公共インフラとして存置させてくのはどうなのよ

エンタメは、サーキット有料道路の中でやってくれよ、という感じ

免許取り立ての若者から80代の爺さんまで参入する「交通社会」に持ち込むべきものではないよね

なんかアメリカ人が、あれだけ乱射事件を起こしながら「銃を持つ自由」を手放さない、みたいなとこに近いのかもなあ

一度権利として与えられたものは手放せないというか

もちろんこういう状況は日本だけではないんだろうけど

せっかくいい結婚式だったのに幼児が騒ぐので台無し

式場ではベビーベッドや別の部屋も用意してあったのに親が「しー、しずかに」だけでわーわー騒ぐ子供最初から最後までそのまま放置

厳粛である必要は無いかもしれないが、大事な親子のスピーチとき子供が騒ぐ音でかき消される。せめてその大事なシーンだけは子供を控え室につれていくなどすればいいのに。

配慮足りなさすぎの親が何故こんなに増えたんだろうか。

人を見下すの楽しすぎ

無条件で他人自分より下の人間だと思っているから常に優越感と万能感を感じながら楽しく生きられている。

大事なのはマインドよ。他人尊厳や威厳を踏みにじるマインドさえ持っていれば現代社会の勝者になれる。

2019-05-19

金は命より重い

しかにな。他人の命より自分の金の方が大事だしな。

世の中金っすよ。金が全て。質の高い人間や物は金のあるところに集まる。

anond:20190519220236

上見たらきりがないよ。

毎日毎日残業してほとんど家に帰れなくて

年収高い人も、体壊しちゃったら意味ないでしょう。

自分大事に出来て、少しゆとりが出来たら

ちょっとずつ貯金とか楽しみに使えるといいね

数億円の金が無いと自由になれない

幼少期から世の中金が全てという価値観他人を利用し、蹴散らしながら生きて一億くらいの金を手にした二十代です。

自由になるためには最低でもあと三億円は欲しいなと思う。結局金。金さえあれば人は幸せになれる。

金ないなら不幸。あれば幸福資本主義社会シンプル法則でできている。

金儲けに一点集中することが大切。あれも大事これも大事とぶれてはいけない。不必要もの感情を排して切る。これが大事

ったく糞みたいな世界だな。資本家じゃないとこの世界を楽しむことが出来ない。FUCKYOU。

同性婚

同性は子供を作れないか結婚を認めないみたいな論調があるけど、養子とかで「子供を育てる」ことはできるよね。

生むことよりも育てることの方が

大事なのは誰でも理解できると思うんだけど。

(みんな金がなくて育てられないか子供を作らない)

同性婚が認められれば養子縁組もやりやすくなるので、子供が育つ環境にとっては絶対値プラスになるんだよね。

反対するってことは、

逆に育ての親の数を減らして少子化の促進になる。

もちろん子供を欲しがるカップルばかりじゃないと思うし、

同性婚がすべてを解決するとか、

少子化問題をそこに押し付けるつもりはないけど。

anond:20190519194620

お疲れ様でした

そういう子はいるね、自身立場の弱さを他者転嫁しようとするような

増田気づきの部分はその通り、大事だと思う

新人教育について周囲・上司と連絡しあっておく、という

けどまあ、どちらが今会社利益を出していて、どちらが今後も利益を出し続けると見込めるか、という事は会社も分かってるし、

ハラスメント疑いの報告があった建前、組織としてきちんと事実確認したというくらいだと思う

一度他人のせいにした彼女に次の手はないよ

変に気にせず仕事をしたらいいと思います

大学院 (特に博士課程) 進学を考えるとき研究室選びのTIPS 1

タイトル通り、大学院進学希望者が、進学先を決める際にした方がよいこと、すべきことについて助言を書いた。

既に巷に溢れている記事ではあるが、様々なところで進学先の失敗談を聞いて、改めて書こうと思った。主に博士進学を考えているもの念頭に書いたが、修士就職する人にも参考になるかもしれない。

当方現在ポスドクで、大学院時代はそこそこ上手くやってきた方であるとは思っている。もちろん、相応の努力はしたが、それだけではない。上手くいった大部分は指導教員、ひいては研究室選びで良いスタートを切れたことによるのだが、修士課程に上がった当時は、右も左もわからず、たまたま見つけた研究室に進んだ。つまり、運が良かったのである

今だからこそわかることもある。また、諸所で指導教員とのトラブルの話を聞いていると「それは下調べさえしていれば避けられていた・・・」と感じることが多い。

そこで、大学院特に博士進学まで見据えて考えている人に、今自分学部4年、あるいは修士2年次であればこうするであろうというTipsを述べたい。

当然、部分的には当たり前であったり、逆に分野によって文化の異なるところもあるかもしれない。なので、納得のいく箇所があれば適宜参考にしてもらえれば幸いだ。

研究室を探す

まずは自身の関心のある分野の研究室を探さないと始まらない。研究室の探し方は人それぞれで、どうしてもその時々の巡り合わせに左右されてしまう。なので、ここでは私の経験を書く。

私の場合学部研究室テーマからは変える予定であった。具体的ではないにせよ、方向性を決めたのは学部3年生の頃で、大学にその分野の研究室がなかったのだった。仕方がないので、その分野で有名と思しき研究室を調べ、いくつか候補とした。

候補となる研究室は、学部時代指導教員に当該分野のある大学を聞いたり、学外の研究会に出席することで知った。また、見学に行った先の教員から教えてもらうこともあった。ようはとにかく、行動することだ。

ただ、私の場合は、結局最終的に行き着いたのは学部2年生の頃受講した講義で知った研究者だったので、この点は運がよかったとしか言いようがない。

学会などは、学部生が無料場合もある。絶好の機会なので参加するとよい。学会にいけば、シンポジウムで当該分野で目立っている研究者の顔ぶれを知ることもできるし、ポスター発表会場で直に会って、実働隊として研究をしている大学院生やポスドクと会話することもできる。「知識もないのに聞いても迷惑ではないのか」と不安かもしれないが、心配はいらない。大部分の研究者は、意欲的な学部生が聞いてくれることを喜んでくれる。邪険に扱ってくる者がいれば、その人の問題なので、気にしなくてよい。

研究室見学にいく

研究室見学には必ずいった方よい。大学院説明会というのもあるが、可能であれば個別アポを取って見学にいく方おすすめだ。そちらの方が平常運行状態研究室を見ることができるし、個人的質問相談ができるチャンスが多いからだ。

多くの研究者研究室大学ウェブページ自身メールアドレスを公開している。そこからコンタクトを取ればよい。大抵の場合は、返信をくれる。メールを書く際には、件名に「研究室見学のお願い」と、要件を必ず書くこと。

メール文章例を載せる。この例以外にも、「研究室見学 メール」などとググれば文例はいくらでも出てくるので、自身に合った書き方を真似つつ、丁寧かつ、要件が明快なメールを送ろう。

ポイントとしては

  • 簡潔に「進学先を探しているので見学をしたい」という要点を書く
  • 何に興味がありコンタクトを取っているのかをごくごく短く書く
  • 名前所属記載するのは忘れないように

といったところだ。

例1

————————————————————————————

○○先生

お忙しい中、突然のメール失礼します。

hogehoge大学hoge学部hoge年の○○と申します。

私は大学院進学志望でhogehogeに興味があり,○○先生研究室見学したくメールをさせていただきました。

もしお時間があれば研究室訪問させていただきたいのですがいかがでしょうか。ご連絡お持ちしております

[ここに名前]

hogehoge大学hoge学部

[ここにメールアドレス]

————————————————————————————

例2

————————————————————————————

○○ 先生

突然のご連絡失礼いたします。

hogehoge大学hoge学部hoge年の○○と申します。

○○先生研究室を~~~~~~~~~~をきっかけに知り、是非見学させていただきたく、メール差し上げました。

私は現在~~~[現在の状況]~~~~~で、進学先の進路を模索している最中にあります

それを考えるにあたり、○○先生現在のご関心や今後の展望について一度伺いたいと思うに至りました。

つきましては、入試などでお忙しい中大変恐縮ではありますが、2, 3月中に訪問時間をいただけませんでしょうか。

どうぞよろしくお願い申し上げます

[ここに名前]

————————————————————————————

修士学生ならともかく、学部生は教員メールを送って見学にいくのは、(他大学だと特に) ハードルが高いかもしれない。しかし、繰り返しになるが、研究室見学には絶対にいくべきだ。相手無駄時間を取らせてしまうかもしれないと恐縮する気持ちもわかるが、大学院に進めばあなたは少なくとも2年、場合によっては5年かそれ以上の時間をそこで費やすのだから

さて、首尾よく研究室見学に行けたとする。何を話し、聞くべきか。こちから聞かずとも、概ね先方が紹介してくれると思うが、必須な項目を述べておきたい。

・目下の研究について聞く

研究室は大きくなればテーマが多様であることも多いし、先端の分野であるほど研究流行り廃りは激しい。従って、未来指導教員が今、現在、何に関心があるのかは率直に聞くべきだ。

とはいえ、下調べは忘れずにしておくの忘れないように。具体的には、見学にいく研究室の直近の論文には目を通しておこう。目安としては、最低5年分はざっと読んでおくとよい。全部理解できなくてもよい。むしろ理解しきれなくても「面白い」と思えればそれを実際に会ったときにぶつければ会話が弾む。これを面倒に感じるなら、そもそもその研究室あなたに合った場所なのか考え直すべきだ。

実際に会って話すときは、回りくどい言い方はしなくて構わない。ストレートに聞きたいことを聞けばよい。

最近論文、例えば去年のhogehoge掲載された研究は○○についてでしたが、今後もそのテーマ継続されるのでしょうか?」

「今後5年間では、どのような題材を扱おうとお考えでしょうか?」

「まだ実現していなくとも、先生自身が今後着手したいテーマや注目している現象などがあればお聞かせください」

など。

この手の質問への回答が、あなた琴線に触れるかどうかが一番大事だ。指導教員自分明後日の方向を向いている状態博士課程を生きるのはかなりつらい。「乗るしかない、このビッグウェーブに!」と思えることがまず重要なのだ

研究テーマ相談する

自分がその研究室に進んだとしたら、どういうことをやりたいのか、興味がどこにあるのかを伝えよう。相手あなたが何者で、何をしたくて来ているのかわからない以上、何を話せば楽しんでくれるのか探り探りなのだ博士課程に進むつもりなら、その旨も伝えた方がよい。

興味関心を伝えれば、何を話せばいいのかも明瞭になるし、場合によっては「それを扱うことができない」ときっぱり伝えてくれて時間無駄にしなくて済むかもしれない。

そうであっても、場合によっては当該分野の研究者を紹介してくれる可能性もある。相手業界人なのだ。頼りまくって構わない。私自身、それで別の研究室見学に行かせてもらったことがある。

特にまだやりたいことが明確でない場合、そう伝えればよい。ただ「○○を面白いと思った」といった、どの辺りに関心を持って見学に来ているのかは伝えよう。テーマを決めかねているのを恥ずかしく思う必要はない。多くの教員は「一緒に考えていけばいい」「今日見せたものなら何が面白かった?」「実は君が面白いと言ってくれた○○は今後こうしようかと思っていて・・・」と話を広げてくれるだろう。

余談だが、実を言うと、具体的なテーマが決まっていない方が受け入れ側からすると「楽」場合もある。なぜなら、学部修士学生が独力で思いつくテーマは大抵面白くないのが現実であるからだ。なので、「こういう方向に興味があるが、具体的にはまだわからない」くらいの方が楽しく議論しながら研究を具体化できるので、指導する側からすると気が楽であったりする。最悪なのは絶対にこれをやりたい」と熱意にあふれているが、そのアイデアがつまらない学生だ。下手に折ると熱意が萎えしまいかねないが、そのまま受け入れると研究リソース無駄になってしまう恐れがある。そのため、気を遣いながら方向修正していく必要があるからだ。

設備について質問する

研究には設備必要だ。自分のやりたいことがある程度決まっている場合必要設備も自ずと定まってくる。それが研究室にあるかどうかは、確認した方がよいに決まっている。マウス研究室ショウジョウバエ研究をしたいと言っても苦笑いされるのが関の山だろう。

また、使いたい設備がわかると、そこから指導教員と会話が広がる可能性もある。どういう方法論に興味があるかがそれで伝わるためだ。

自分が使うかもしれない設備については、研究室の人数に対して適正な規模になっているのかを見ておくとよいかもしれない。例えば解剖スペースが学生数に対して小さすぎると、なかなか自分が使えないといった事態もありうるかもしれない。これは数年の生活では結構ストレスになるので、快適に仕事ができるかどうかは十分に見ておくとよい。

また、実験設備以外にも、共用の院生室などの充実具合も確認しておいた方がよい。

作業机は個人ごとにあるのか、共用であれば十分な広さであるか。私の知っているところだと、二人で一つの机を共用で、曜日ごとに融通し合わなければいけないところがある。キャンパスに通うモチベーションがガクッと下がるのは言うまでもない。

さらに驚くべきことに、ゼミ資料印刷費が自費という研究室存在する。学費を払って大学院に来て、さらに雑費まで払わされるのだ。

余談だが、私はコーヒーが好きなので、研究室に上等なコーヒーマシンが置いてあったのはかなりQOLを高めてくれた。

とにかく、見学した際に、自分がそこで生活するイメージが湧くか考えてみよう。

収入事情

博士院生金銭に頓着しない人間が多いが、生きていくだけの金銭が確保できるのかはよくよく検討した方がよい。金銭というのは、あまり多くても心理学的な幸福を増加させてくれないが、ないと一瞬で人を鬱にしてしまうのだ。

学振が取れればそれでいいが、問題修士課程と、博士学振取れなかった場合だ。

具体的には奨学金RA (research assistant)、TA (teaching assistant)、学費免除制度について尋ねよう。研究室によってはRA学費実質的にタダであったり、そもそも博士課程に学費がかからないところもある。

一方で、無償TAやらせたり、年々あれこれ理由をつけて学費をジリジリと上げている研究科も、私は知っている。

博士課程であれば、学生非常勤講師をどうの程度しているのかを聞いてみるのもよいだろう。ツテがあれば、非常勤の枠を斡旋してもらえ、収入源となるだけでなく教育もつく。

また、日本学生支援機構奨学金は通常ただの学生ローンであるが、大学院生かつ、一種 (利子なし) の場合免除制度がある。その研究室ではどの程度通っているのか聞いてみるとよいだろう。

これらのことも、率直に聞けばよい。

学費について不安なのでお尋ねしたいです」

奨学金はどの程度取れるものですか」

RATA制度はありますか」

非常勤講師の枠などはありますか」

のように。

教員現在ポジション

興味がある教員肩書きが「准教授である場合博士号の主査になれないことが多い。

その場合、通常は名目上、その研究科の別の教授主査になってもらうことになる。その際に不利益が生じることがある。

例えば

真っ当な良心を持っている人には何を言っているのかわからねー部分もあると思うが、私にもわからない。とにかく、現実にあるのだ。

ただ、そのようなことがないか確認するのは、入学前だと極めて困難であるのが実情だ。

少なくとも、そこの准教授学生がきちんと学位取得まで学生を育てているのかはよくよく確認した方がよい。

大学事務システム

これは博士で、特に学振DCを取る人向け。大学によっては研究費の執行システムがかなり厳格なことがある。研究不正をなくすためという高邁な精神は清く、正しいのだが、その結果大部分の研究者にとってはただただ煩雑であることも少なくない。将来的にDCを狙う場合は、聞いておいて損はないだろう。

まぁ、「事務研究者にsupportiveですか?」とか。学生が聞いてきたらちょっと気味が悪いかもしれないが。

研究室雰囲気はどうか

研究室雰囲気というのは面白いもので、実際に脚を運べば必ず漂っている。アクティブ研究室は活気に溢れているし、停滞している研究室には淀んだ空気が流れている。学生が働いている様子を見れば、自分がそこに加わりたいか、実感を持って考えることができるだろう。

気の利く教員なら向こうから所属している大学院生を紹介してくれる。そうでなくとも見学に行った際には「所属している大学院生と話がしたい」という旨を伝えるとよい。よっぽど後ろめたいことがない限りは、快諾してくれるはずだ。

https://anond.hatelabo.jp/20190519202053 に続く

一応、クルマ安全性についての相談

最近ブレーキアクセルの踏み間違え事故世間は大騒ぎである

そもそもクルマは無条件で運転させることは到底不可能な程度に危険ものであり、免許を設けることでなんとか社会で受容できるレベル事故率を下げてきたという、歴史的事実を痛感させられる。


そんなクルマ世界だが、公道を走るクルマとは別次元危険なのはレーシングカー世界である

特にフォーミュラカーあるいはオープンホイールと呼ばれる競技専用車は、割と最近まで文字通りドライバーの血で染まった歴史だった。

たとえば1970年代F1なんて、

という有様で、参戦ドライバー25人中、毎年平均して2人が亡くなるという、職業としてみた場合もはやブラックなんてレベルじゃない状態で、それこそ命よりも大事な何かがある人か、それくらいしか能力適性がない可哀想な人以外には、とてもオススメ出来なかった。


そんな時期から気がつけば半世紀近く経ち、現在ではかなり死亡リスクは軽減された。

特にF1については1981年に初めてカーボンモノコック製の車体が登場してからの進展はめざましく、死亡事故も数年~十数年に一度くらいに激減した。

しかし、依然として危険はある。しかフォーミュラカーアイデンティティというか、本質的危険性が未だに解決されていない。


ちなみにフォーミュラカー定義は大雑把に言うと

  1. コクピット露出している
  2. タイヤ露出している

以上の点を満たす、舗装されたコース専用の競技車両ということになる。

というか、これに当てはまらないものフォーミュラカーではないと言い切れるくらい、本質的な部分だ。

そして、この点が依然として重大事故のリスクとなっている現実がある。

すなわち、それぞれ

  1. ドライバーの頭部を守るものヘルメット以外存在しないので、衝突時の危険はもちろん、飛来物に当たるだけで重大な受傷事故に直結する
  2. 走行中、後続車の前輪が先行車の後輪に接触するだけで、後続車が宙を舞う大事故に直結する

このうちコクピット危険性については、最近Haloと呼ばれる、コクピットを環状にバーで囲む防護装置(バーチタンもしくは鉄製)の装着が義務付けられる流れになっており、これでかなり解決しそうである

しろ過去には、自身クラッシュで飛んだ破片が頭に刺さって亡くなったアイルトン・セナや、更には宙を舞ったマシンが真っ逆さまのままガードレールの真上に落ち、ドライバーガードレールに切り裂かれて真っ二つになったとか、ガードレール真下マシンが潜り込み、ガードレールによって文字通り首を刎ねられたとか、インディカーでは宙を飛んだマシンコクピットから金網に突っ込みドライバーもみじおろしになった事例もあるのだ。

どれも頭部を防護する仕組みが車両側にあれば…と思わずにいられない。


というわけで、残るは「タイヤ露出しているため、後続車の前輪が先行車の後輪に接触するだけでマシンが宙を舞う」問題だ。

というか上述の例だけでなくかなりの数の死亡事故が、オープンコクピット危険性にオープンホイール本質的特性が合わさったケースだったりする。

もちろんそこはプロドライバーレーシングカートの時代からタイヤ同士の接触危険性を叩き込まれて育ってきた事もあってか、ドライバーの工夫によって滅多に起きない事例である

しかしひとたび起きれば、入門カテゴリレーシングカートでさえ死亡事故の原因になるのだ。

これ、物理特性絶対回避できないのだろうか。

何か防ぐ手立てがあるのか、とても気になる。

行きは良い良い帰りは怖い?@nifty利用の罠

何が悲しくて5月の陽気が心地よい日曜日にこんなブログを書こうとしているのか。

それは今回話題にする@niftyから先ほどお電話いただいたからでして。良いことも悪いことも文章にするには鮮度が大事だなって思ってるので書きます。まあ今から書くのは悪いことなんですけど。結構怒っているのでよく分からん文章になってしまっています。悪しからずご了承ください。

私は@niftyWiMAX契約を4年程度続けていました。今年に入って携帯の買い替えをすることになり、それにあわせてWiMAX契約解除を行おうという考えに至りました。

私の場合契約更新月が3月で、3月の間に解約をすれば解除手数料がかからないということで同月初旬にウェブ及び電話口にて解約を行いました。

行ったはずでした。

結果的に言うと解約は成立していませんでした。10連休明けに通帳記帳をした際、4月分の利用料が引き落としされていることに気付き、すぐにカスタマーサービス(0570-03-2210)に電話をかけ、3月中に解約をしたとの旨伝えた上で対応を待ちました。

この時に「5月現在解約されていない。今解除したら解除手数料10,000円強頂く」と言われましたが、先に書いた通り私は3月時点で電話口にて解約の意志を伝えています@nifty会話内容を録音していますので、当然言質は取れているはずで、この解除手数料は取られないだろうと思っていました。

電話をかけてから約一週間後の今日、改めて前述の電話番号から電話にて回答を頂きました。

結果、「お客様3月にお電話されたのは長期継続キャンペーン窓口。だから現在まで利用されていたプランの解約は行われていない」と。

はっきり言って意味がわかりません。そもそも3月当時電話でやり取りをした際に相手方は「こちらは長期継続キャンペーン窓口です」などとは一言を言っていません。その上こちらが「解約してください」と言っておりその際あわせて現在プランについても調べているのだから何を解約するくらい分かるはずでは?日本語不自由スタッフしか@niftyはいないのでしょうか?

今になって電話番号の検索をしてみたところ悪評がたくさん掲載されており、インターネットの力を頼らなかった当時の己を恨んでいます

ちなみにこちら。もしこの文章を見られている方で@niftyでの契約をお考えの方がいらっしゃったらぜひこちらを参考にしてください。

総合お客様窓口?】

・jpnumber

https://www.jpnumber.com/numberinfo_0570_032_210.html

電話帳ナビ

https://www.telnavi.jp/phone/0570032210

継続プラン窓口】

・jpnumber

https://www.jpnumber.com/freedial/numberinfo_0120_982_364.html

電話帳ナビ

https://www.telnavi.jp/phone/0120982364

今回の件はたっっっかい社会勉強料と考えることにします。いいさ!15,000円くらい損したけど稼いですぐ取り返してやる!

……15,000円稼ぐのも楽じゃないんだけどなあ……

ミックスコーデのコツ

現代は服のコーデを完全に統一するのではなく

ミックスしたり、外したりするのがオシャレ。

から、色んなコーデを楽しみたい私にはとても

ありがたい時代

数少ない服でも、組み合わせしだいでいくらでもコーデは

まれからだ。

今日は数少ない服でどうやって色んなスタイルを生み出すかについて

書いてみたい。

1、自分に似合う服を知っている

これはもう言うまでもなく、大前提でしょ。

骨格診断、パーソナルカラー、顔型診断など、客観的自分

合うスタイル簡単にわかるのに使わない手はない。

特に色と形は大事で、どのテイストの服を買う時も、この二つだけは

死守してる。

2、どんな服にでも合う定番を揃える

例えば、無地のTシャツデニムシャツブラウス)など、

どんな奇抜なものを合わせても受け止めるだけの度量がある

究極シンプルな服があると安心

3、味付け用の服を買う際は、クロゼット内の勢力図を考える

通勤服が必要なのにカジュアルな服ばかりだったり

専業主婦キャリア系の服ばっかり持つのナンセンス

自分ライフスタイルを考えた時に、一番必要な服を多めに、

気分転換や好みの服はその後に付け加える

4、靴とバックは用途別に複数持つ

どんなコーデにも合う靴やバックなんて、どのコーデも

台無しにする気がする。。

例えば、黒いトートバックを私も長年愛用していたけど、

ある日ふと垢抜けないのはこのバックでは?と思って、やめた。

モノトーンが多いのに、バックも黒いから重すぎる。

試しに白や明るい色味のバックを持つと、抜け感が出るし

季節に合わせてPVCバックや冬に敢えてファーのついたカゴバックも

オシャレだと最近気がついた。

靴も同様。

これ一足あれば、なんてものはない。

最低でも、

ベージュパンプス

スニーカー

サンダル

必要

5、コーデを決めるときはその日の予定に合わせて

TPOに見せたい自分イメージ合わせて考えると

スムーズ

現代100%同じテイストは野暮ったい。

自分に似合うテイストの服であれば、10%、

自分が苦手なテイストならば、60%、

そのくらいはベースになるイメージ正反対の服を

合わせるようにしている。

似合う服ならば、ちょっとした外しがアクセントだし

似合わない服を着たいときは、似合う服でしっかりフォロー

その割合は人によって違うけど、覚えておくと困らない。

掛け合わせるのは服だったり、小物だったりするけど、

トータルで見たときバランスがとても大事

そんな感じで日々調整しながらやっとります。

ガーリー全開な服をクール顔の私が着るときは、なるべく

シンプルスッキリさせつつ、大好きなロッカーポートレイト

が描かれたトートを外しでもって棘を加えるのが楽しい

見たまんまの女じゃねえぜ、というアンチテーゼも込めて。

ずっと見た目で「真面目」「優等生」と言われ続けて

ウンザリしてきたから、その反動かな。

色んな自分演出して楽しみたい、そんな気分です。

タイ人女性結婚してみたら結果

タイ人女性交際1年結婚2年目。

仲良くやってます

外国人、それも東南アジア人との結婚ということで最初周りの偏見もあったし、うちの両親も同様だったが、自分の親のように大事にしてくれる嫁の姿勢をみて考えが変わったらしい。

なにより、大して金持ちでもなくイケメンでもない自分が10歳年下のこんなに美人結婚できてるんだから感謝しかない。

まだ子はいないが、ハーフの子供が生まれたら可愛いだろうと思うと楽しみだ。

思えば、ずっと自分女性が嫌いだった。

自己中心的スペック重視、自分が正しいと疑わず集団でがなりたてる。

すこしでも相手の非を見つけると攻撃的になる。

クラスでもブサイクだったり、グループから外れるやつを容赦無くキモイと切り捨てる姿をみて、ずっと苦々しく思ってた。

日本人でも何人か付き合ったが皆そうだったから、女はみんなそういうものなんだと思っていた。

でもそれは日本女だけの特徴なんだったんだな。

ところが、嫁が外国人だというと金目当てだろ?日本人相手されなかったんだね、という反応をする奴がいる。

おれからしたら、むしろ婚活なんかの日本女の方が金目当てに見えるし、はっきりいって性格顔面もブスが多い。

嫁は働き者で、それなりに稼ぐし、別に金遣いも荒くない。

それでいて、家のことはちゃんとするし、旦那尊敬もしてくれるようだ。

日本女の専業主婦を持ってしまって、お小遣いが数万円、家では邪魔にされている、

なんて友人のグチを聞くと、自分はそうじゃなくてよかったなあと思う。

これから少子化社会日本男子日本女なんてやめて、もっと外国人をみてみたらいいんじゃない

「何がしたいの、どうしてほしいの」で追い詰められる

どうしようもなく追い詰められてる人間にこの言葉で迫るのはまじでやめろ。まあ俺は追い詰められてる人代表ではないから、他の人はどうかは知らんけれど。少なくとも俺はこの言葉を言われただけで、「ああ、こいつとは分かり合えない」と断絶を感じる。こいつに何を言っても無駄だと思ってしまう。

それは周りの人間からしたら、その人がどうしたいのかがわからいから出てくる言葉なのはわかるけどさ。追い詰められてる人間は何がしたいかなんてわからんわけよ。わかってたら追い詰められてたりしないからさ。

で、なんでそこまで追い詰められてるかを説明しなきゃ、どれだけ辛いかを周りの人間理解してもらえないんだが、この説明自体が難しい。単純でわかりやすきっかけがあれば説明もしやすいし理解もされやすいだろうさ。でも些細なことでも、長い間の積み重ねで心が折れることがある。それを「ちゃんと言ってくれないとわからない」なんて言われても、こっちだってどう説明しようかわからんし、そもそも心がくじけてしんどいところをどう説明すればいいのよって思う。

でさ、この間心療内科に行ったんだけど、行ったことを後悔したわけさ。ああ、結局理解されないんだなって。

そこでも結局何がしたいのって聞かれるわけだが、そんなの一言説明できるかよ。うまく説明できるほど口が達者でもないし、口が達者ならここまで追い込まれてねえし。

でもさ、心療内科行ってみて得たこともある。俺が欲しかったのは寄り添ってくれる人なんだと思う。現状分析してアドバイスしたり解決策を提示してくれるような人はいらないわけ。もうこれ以上何もやりたくないのに、さらにあれをやりなさい、これをやりなさい、今のままじゃだめだとか、そういう追加のタスクを投げられても、すでに抱えきれない状態なんだ。死ぬよ。

まあそんなだから自戒意味を込めてこれを書く。

自身は追い詰められてるけど、振り返ってみると逆の立場で「それはこうすればいいじゃん」とかアドバイスしてたことがあったし。そのアドバイス相手馬鹿だなぁ、そんなこともわからないのか、俺ってできる男、みたいな気持ちアドバイスしてなかっただろうか。今の自分が強く思ってる「そんなのいらない」ということを俺自身がやってるわけさ。

「こうすればいいじゃん」ていう解決策はさ、追い詰められてる人間だってわかるさ。わかってない場合もあるけど。でもそれを行動に移す気力がないわけよ。追い詰められてる状態人間さらにがんばれって言ってるもんだよ、それ。がんばれないからつらがってるわけじゃん。その状態理解されないから追い込まれるわけじゃん。

だいたい「そんなのこれやるだけじゃん」と簡単そうにアドバイスをするやつは、現状を知らないから言えるだけというのを理解して欲しい。同じ立場・状況に置かれてその現状を実感した上でのアドバイスなら聞いてやれなくもないけど、そんなこちらの状況をまるで知りもせずにする上から目線アドバイスなんて、さらなるストレスしかない。気分としては安全地帯から石投げられてる気分よね。

介護問題で悩んでる人に、それはもう施設に入れるしかないじゃんとかアドバイスするのは簡単だろうさ。でも、その施設に入るまでの間は何も変わらないわけよ。あんたが面倒見てくれるわけ? 違うよね。

老人が運転してた車で若い人が命を失う。免許を返納させろ、それをしなかった家族も同罪だなんて、無責任に言ってる奴ら。それだって現状を見てないわけよ。免許を返納したあと、その老人の世話を周りの家族が見なきゃいけなくなる。それどうすんのって視点が欠けてる。返納させればいいじゃんって言ったあなたあなたが面倒見てくれるんですか? タクシー使えばいいじゃんって? そのお金はどこから出てくるのよ。タクシーくるまでの間、どうすればいいのよ。口でいうだけなら簡単なんだよ、それちゃんと実行できるの? 正論のつもりで言ってるのかもしれんが、それめちゃくちゃ無責任発言だぞ。

・・・ああ、ちなみに。俺は介護で追い詰められてるから、老人に若者子供の命が奪われる現状が憎くて憎くて仕方がないよ。老人なんて等しくこの世から消滅してしまえと思ってるよ。老人の肩を持つ気はさらさらない。自分のばばあ憎しから拡大して、世の中の老人全部が憎悪対象だよ。

ただ、老人なんてみんな死滅してしまえと思うのと同じように、現状をよく知りもしないくせにアドバイスのような、その実相手を追い込めるだけでしかない呪詛をばらまく奴らも同じようにこの世から消滅してしまえと思ってる。

別にさ、俺の状況知ってるわけでもないやつに、なにかアドバイスしてほしいなんて欠片も思ってねぇよ。ただ話を聞いてくれよ。

とりあえず現時点で、同じ境遇に置かれてる家族と傷のなめあいして心を紛らわせてなんとか耐えてるよ。紛らわせたところで俺を追い詰めるものが消えてなくなるわけじゃない。本当にクソみたいな世の中だ。

ああ、気がついたら呪詛が出るな。すまんすまん。

まあこれで何が言いたいかって言うとさ、追い詰められてる人間、疲れてる人間にさ、「お前はどうしたいんだ、どうしてほしいんだ」って聞くときはさ、ちゃんと本人に寄り添ってからにしてやってほしいってこと。

本人がどうしたいのかってところはさ、すげえ大事な部分だし、それを聞かないと周りも何もできないんだけどさ。それを聞き出すのが第一なのは、少なくとも俺はめちゃくちゃ傷つく。ああ、こいつには時間がないんだなって思うもん。そんな単刀直入にすぐ説明できるようなもんじゃないし、そもそも自分でもわかってないのに、開口一番それってことは、お前の相手してる暇ねえんだよってことなんだなって思うもん。ああ、こいつには理解されないんだなってその時点で無力感感じるね。

追い詰められた人間が自ら助けを求めに行くのって、めちゃめちゃハードル高いの。そんなのが簡単にできるのであればそんなに追い詰められてないだろうしね。

それでも助けを求めに来たときは、まずアドバイスじゃなくて話を聞いてやってくれ。溜まりに溜まったものが渦巻いてて、本人はどこからどう話したらいいかよくわかんない状態からさ、急かさず、ただそばにいるだけでいいさ。お前の話はしなくていいよ。ただ本人のそばで、うんうんって聞いてやってくれ。それだけでだいぶ救われる。

絶対に、そのプロセス飛ばしアドバイスなんかしないでくれ。ああ、やっぱり何を言っても無駄なんだ、伝わらないんだって絶望しか残んねえから

何がしたいのか、どうしたいのか、ってのはとても大事なこと。追い詰められてる本人には見えてないもんだからね。だからどこかのタイミングでそれを切り出さざるを得ない。でもそれは、どっちかっていうと、追い詰められてる人と一緒に見つけるくらいのスタンスでやってほしいのよね。まあそれができりゃ誰も困らないんだけどね。

追い詰められてる人に対してもなんか書いとくかね。

とりあえず、貯め込むのだけは良くない。絶対に良くない。これだけは間違いない。だからどこかに吐き出すのだ。吐き出す際、王様の耳はロバの耳方式が良い。返信を期待しないところに吐き出すのが一番だ。何も解決しないけど、溜め込んだものを吐き出すのは大事だ。

増田に書くのもいいし、怪文書としてマスコミに送りつけるとかでもいいんじゃない、知らんけど。誰に見せるでもなく、紙に書き出すとかもありよ。吐き出せ吐き出せ。

そんなことしたって何も解決しないけどさ。少なくとも頭の中でぐるぐるぐるぐる悪い感情ループしてるのからは気が紛れると思う。

かに助けを求めようとする人は偉大だ。追い込まれてる状態なのに、拒絶されるかもしれない・理解されないかもしれないという恐怖を抱えながらも、助けを求めに行ける君はすごい。俺は尊敬するね。

君はどうかはしらんが、俺はようやくわかったよ。アドバイスがほしいんじゃなくて、現状を理解してもらいたいってのが俺のしてほしいことだってね。だから理解されないかもしれないけど、助けを求めに行動をすることにも意味はあるとは思うよ。そのせいでさらに傷つくことになるかもしれないけど、そこから見えてくることもあるかもしれない。

まあ悩みの大本がさっさと消えてなくなってくれるのが一番なんだがね。

AVは何故キモい男が多いのか

AVエッチ漫画に出てくる男は、何故きもい男が多いのか、男女の違いについて考えたい。

はえっちなコンテンツが大好きな女であるが、長年不満に思ってきたことがある。

男の人が気持ち悪い、もしくは顔がモザイクになっている作品があまりに多いということだ。

男性向けだから男性の顔なんて映さなくて当たり前じゃん、という人もいるかもしれないが、女性向け作品では男性の顔はもちろん、女の顔も大事になってくると思う。

ここに、内容が同じで、女性の顔が可愛い普通きもいの3作品があるとすれば、まずきもい作品は見ない。

きもい存在というだけで気が散るし、なんだか臭そうで本当に嫌だ。

ところが男性向けはどうだろう。

男性同士の作品ではどちらもカッコいい男性が多いのに、男女の絡みになった途端、一体どこで見つけてきたのかというキモキモ男性が多い。

男性キモ男性感情移入して楽しむのか。キモ男性にひどいことをされる女性感情移入するのか。汚い熟女若い男の子との作品と、綺麗な女の子若い男の子との作品で、前者を望む女はいるのか。

海外作品(洋)だと、海外の街歩いてる人の平均より身体絞ってて綺麗な男性が多いと感じるから、これは日本男性向けAV特有性質なのかもしれない。

男の人は、いわゆる竿役が、普通サラリーマンみたいな見た目じゃダメなのか。

すごく不思議だし、ずーっとなんとか変わらんのかなぁ、と思い続けている。

今日も女は嘘松

まあ夫叩きじゃなくノロケな分まだマシか

個人訪問営業に厳しいのはどっちだ

ピンポンが鳴ったのでインターフォン越しに出た。

「近くで工事をしているので、ご挨拶に伺いました…」

ここに住み始めて15年ほどである。いろいろな訪問営業を受けてきた。

太陽光発電(ちなみに建てたときに設置してある)、住宅ローンの借り換え、光回線、などなど。

この枕「近くで工事をしている」で始まるなら、演目十中八九外壁塗装工事である

妻が出ていた場合、この時点でお引取りいただく。

私はその態度を見て「厳しいな~」と思う。

私が出たときは、一応インターフォン越しにではあるが話を聴く

しかすると、本当に挨拶だけかもしれないし、道路工事通行止めの案内かもしれないからだ。

営業「…お時間少しよろしいでしょうか」

増田はい、どうぞ」

営業「…」

増田「…」

営業「あの、よろしければ直接ご挨拶したいのですが」

増田「ご丁寧にありがとうございます。でも今部屋着なので、インターフォン越しで失礼します」

営業「あ、はい。この近くで工事をしていまして、そのご挨拶に伺ったんですけど」

増田「そうなんですね。どこか通れない道があるんですか?」

などなど、相手の口から本来目的と思われるものが出るまでは、言われたことを信じているスタンスで話を聴く

その結果、案の定 その工事とやらが 外壁塗装工事 であることが明言されたので、丁重お断りした。

妻は私の対応を見て「お互い時間無駄だし、相手はその分営業に回れる時間が減るから気の毒」だと言う。

いやいや、それを言ったら うちだって大事営業先だし、うちに必要もの営業しに来ているかもしれないんだから、聞いてみないと分からない。必要ものを適正な価格提供してくれるなら、買うよ。

それに門前払いされ続けたら、きっと心が折れてしまう。たまに うちのように 少し話を聞いてくれる家があると、モチベーションが上がるんじゃないかな。

何でみんな勉強しないの?

日本人って勉強しない奴多すぎじゃないっすか?子供大人全然勉強しないし、しないことが美徳だと思ってる。

自分市場価値を高めようとか思わないのかな。大事なのは金じゃないみたいなきれいごとに騙されてんのかな。

金が全ての資本主義社会で金を稼ぐために競争しようとしないなんてどうかしてる。さすが社会主義国日本だわ。

生きている間は学んでいるか稼いでいるかの二択でしょ。それ以外の行動は全部無駄

絵師さんに表紙を頼んだ話

 これは私の愚痴であり、悲しかたことを並べているだけの話だ。誰かにとって有益情報もなければ、注意喚起意味もない。

 ただ、こういうことがあって悲しいという、けれどこれを話せる友人もない、寂しいだけの女の話だ。

 お時間のある人はつきあってほしいが、私はこの件について意見を求めているわけではない。

 誰かに聞いてほしくて、少しだけ慰めてほしくて、こうして綴っている。

 

 

 私は同人生活が長く、小説を書いている。

 初めて人様に表紙を頼んだのは、10年近く前だ。

 以降、特定が怖いので、年数などに関しては明記はせず、フェイクも入れていく。

 

 

 表紙を初めて頼んだ時には、どきどきした。

 だが、出来上がった表紙を見たとき、「これじゃない」感がすごかった。

 私はハッピーエンドが好きだ。そういう話を書いてもいる。

 だが、その表紙はものすごく暗かったのだ。

 キャラは浮かない顔で、背景も暗い。

 見ていてめちゃくちゃ沈んだ気持ちになる絵だった。

 けれど、せっかく描いてもらったものを「描き直して」とは言えなかった。

 表紙サイズが違っていたからそのことだけ指摘して、絵の暗さについては触れなかった。

 

 

 その後も、何度かそういうことがあった。

 私が事前に「楽しい感じで」「笑顔で」と指定を入れておかないと、キャラは必ず浮かない顔で描かれる。

 ハッピーエンドなのに、なんでだろうと思った。

 

 ついでに記しておくと、背景もほとんどなく、たいていグラデかテクスチャが貼られているだけだった。

 なぜ、指定を入れないと、いつもいつも似たような表紙になってしまうのだろうと思った。

 

 

 絵師さんに表紙を頼むようになってから数年がたち、この間にもかなり悲しいことがあったのだが、それらを並べて記すと完全に身バレするので詳細には触れない。

 ただ、人間不信になりそうなことはあった。

 私は絵師さんに好かれるタイプではないのかもしれないと思った。

 

 

 ちなみに私は、私の作品について好意的感想をくれた絵師さんにしか表紙を依頼していない。

 全員がTwitter相互フォロー状態だった。

 一方的に私が片想いをしているということはない。

 私のことを知らない絵師さんにはまず頼んでいないのだ。

 それでも、悲しいことは起こる。

 

 

 さて、さきに記した初めてから数年後の話だ。

 とある絵師さんに表紙を依頼していた。

 あるていど事前に指定も入れていた。

 〆切には余裕もあった。

 

 ある日曜日、私は映画館に行っていた。前売りを何枚も買って楽しみにしていた作品だ。その日も二回は観るつもりだった。

 そこに絵師さんからメールが入った。

 ラフ確認をしてほしいというのだ。

 私は、「出先だから帰ってから確認させてほしい」と返した。

 しか絵師さんは、さらメールを寄越した。

 その内容はこうだった。

 

 「今日中にやっつけちゃいたいから、いま確認して」

 

 私は一瞬、自分が受けとったものが何であるのか、よく分からなかった。

 やっつけって何? と思った。

 意味が分かったら悲しくなった。

 反論する気力もなく、スマートホンでモノクロラフ確認し、映画の合間にメールのやりとりをした。

 悲しみや動揺で、映画を楽しめなかった。

 映像を見ながらも、絵師さんからメールの文面のことを考えていた。

 

 

 そして、私が帰宅したときにはもう完成原稿が送られてきていた。

 

 それは本当にやっつけ感あふれる代物で、チェックしていて悲しくなった。

 言葉の綾でもなんでもなく、まさに「やっつけ」だったのだ。

 私の指定はほぼ守られておらず、まず表紙の色から違った。

 ●色と指定したのに、「▽色にしておいた」と原稿に添えられたメールにあった。

 ▽色は、私の嫌いな色だ。相談もなしにその色に塗られた。

 

 解像度が違い、フォントが違い、うちのサークル名が違った。

 ミスだらけだった。

 指定したものが驚くほど蹴とばされていた。

 これもキャラは浮かない顔をしているし、背景の書き込みはなく、テクスチャが貼られているだけだった。(この本に於いてはそれ自体はいいのだが、この先のために記しておく)

 

 

 とても悲しかった。

 怒りより悲しみだった。

 なんで彼女はこんなことを平気でするのだろうと思った。

 記したもの以外にも頼んだことがあったが、それも彼女は実行しなかった。

 

 だが、「今日中にやっつけちゃいたい」と言ってきた相手に、リテイクは出せなかった。

 直せるものはすべて自分で直した。

 文句は言わなかった。

 

 

 原因はこの件だけではなく詳細を省いた部分にもあるのだが、ともかく傷つきすぎて誰かに表紙を頼む気になれなくなってしまった。

 悲しくてしょうがなかった。

 

 

 そこからまた数年がたつ。

 相変わらず、人様に表紙を頼むことには怯えていた。

 またあんな目に遭ったらと思うと怖かった。

 けれど、絵師さんに表紙を頼んで傷ついたものは、結局、やはり表紙関係で満たされない限り癒えないのではないかとも思った。

 

 

 他の文字書きさんが絵師さんに表紙を頼んで嬉しそうにしているのを見るのが辛かった。

 好きな絵師さんが他の文字書きさんの表紙を楽しそうに描いているのが羨ましくて苦しかった。

 

 ぐるぐる考え込んでいたが、羨んでばかりの状態健全ではないなと思えた。

 そして数年ぶりに、絵師さんに頼んでみることにした。 

 

 その絵師さんは、にぎやかな楽しい絵を描く人で、この人ならキャラを浮かない顔では描かないのではと思えた。

 それに、他の文字書きさんの表紙で、すごく緻密な書き込みをしていたのだ。

 作中に記された背景、建物自然物、小物等々、キャラクターだけではなく、いろんなものを丁寧にひろって描いていた。

 羨ましかった。

 私の作品もこんなふうに描いてもらえたら幸せだろうなと思った。

 思いながら、でもきっとそうはならないんだろうなと、半分あきらめもあった。

 ここまでの間、そんなことをしてくれた人はいいからだ。

 

 

 依頼を受けてもらえて嬉しかった。

 しかし、送られてきたラフを見たとき、失敗したと思った。

 私は「笑顔で」との指定を入れ忘れていたのだ。

 

 キャラクターは、浮かない顔をしていた。

 背景の書き込みはなく、テクスチャが貼られる状態になっていた。

 

 

 まただ、と思った。

 また似たような表紙になってしまった。

 何でだと思った。

 

 過去絵師さんに頼んでいた表紙のことを思い返した。

 

 私はハッピーエンドが好きだが、そこに至るまでは苦しかったり切なかったりする展開をさせることが多い。

 私自身は大事なのはラストだと思っていた。

 だが、どうやら絵師さんたちは私の話の苦しい部分こそが重要だと考えているのではないかと、そこでようやく思い至った。

 

 数年も分からなかったことが氷解したのだが、肝要だと考えている部分に私と絵師さんとでは大きなズレがあったことをここで思い知った。

 表紙のイメージが合わないはずである

 

 私が思っている以上に私の話は暗いと思われていたのだということも理解した。

 イメージの擦り合わせをしていないのだから、ズレるのも当たり前だった。

 この点については反省した。

 事前に指定も話し合いもしていないのがそもそも間違いなのだ

 

 ラフから、まだ直せる。

 しかし先方が忙しいことも知っている。

 悩みはしたが、絵師さんに罪はないのでラフokを出した。 

 

 

 思い通りにいかなかったことは悲しかったし、暗いと思われていたらしいことも悲しかった。

 だが指定を入れなかった私が悪いのだ。

 勝手な夢を見て、敗北しただけだ。

 

 

 己の過ちに気づいてから、いろんなことを考えた。

 なぜ私の本の表紙に背景を描き入れてくれる絵師さんがいないのか、とか。

 

 これまで頼んだ絵師さんは、他の文字書きさんの表紙では背景を緻密に描いていたりする。小物を大事表現したりしている。

 でも、私の本ではテクスチャなのだ

 指定がない限り、基本的キャラクターだけしか描いていない。

 

 結局のところは、描く気がないかなのだろうと思った。

 別の文字書きさんの表紙では、描きたいから描いているのだ。

 ほとんどの絵師さんにとっては、私の本の表紙は頼まれたから描いているだけで、積極的に描きたい物ではなかったのだろう。

 

 

 他の文字書きさんの表紙を見て、「こんなふうに作品大事にして描いてもらえたら幸せだろうな」と思った。

 でも、私にはそれはないのだ。

 私の作品からひろいあげたい背景も、小物も、動物もないのだろう。

 

 

 「やっつけちゃいたい」と言い放った彼女など、本当に描くのがめんどくさかったのかもしれない。

 

 いろいろ考えていて、これはキツいなと思った。

 気づかなきゃよかった。

 好意的感想を送ってくれる絵師さんでも、別に私の話の全てが好きなわけではないし、それは理解している。

 けれど、こんなにも他の文字書きさんと比べて違うことをされるのかとショックも受けた。

 しかもそれが、一人や二人ではないのだ。

 例外もあるが、これまで頼んだ絵師さんのほとんどがそうしている。

 

 

 依頼されて描いているだけでも、私のために時間を使ってくれていることには感謝もしている。

 皆さん、忙しい合間を縫って描いてくれているのだ。

 文句を言えるはずもない。

 ただ悲しいだけだ。

  

 

 単純に、私の書くものにそこまでの魅力がないということなのだろう。

 悲しいけれど、それだけのことなのだ。

 それなりに面白くはあるから好意的感想をもらいはするけれど、でも、その絵師さんの「描きたい気持ち」を引き起こせないでいるのだ。

 

 

 ほんっと、気づかなけりゃよかったな~~~~!!!

 

 

 これが何年前のことなのか、はっきりとは記せない。

 私は現在小説を書いている。

 特定とかはせずにそっとしておいていただけるとありがたい。

 

 

 誰かに表紙を頼むことは、この先、あるかどうかは分からない。

 いい出会いがあったらするかもしれない。

 

 だけど、そのときには私はうるさく指定を入れるめんどくさいやつになっているだろう。

 イメージの擦り合わせから始めなくてはならない。

 キャラ笑顔で、背景も小物もしっかり描いてほしいと伝えなくてはならない。

 これまでの失敗を全て取り返すくらいの気持ちでやるだろう。

 リテイクを出す勇気も持ちたいと思う。

 

 

 悲しい思いはしたが、学びはあった。

 傷ついたことは否めず、今も癒えずにいるが、書くことだけはやめなかったし、やめるつもりも現在のところ、ない。

 

 

 冒頭に注意喚起はないと記したが、とりあえず、すべての文字書きさんは絵師さんとのイメージの擦り合わせはしたほうがいいとだけ伝えておく。

 当たり前のことができていなかった文字書きの愚痴でした。

 ここまでつきあってくれてありがとう

推し実在していないかも知れない

いかけている推しがいる。ちゃんと生きているし炎上して社会的に消えたなんてこともなく、今でも精力的に活動してくれている。けれど最近ふと、私が推している人間はもう地上に存在していないんじゃないかと思う時がある。

きっかけは宣材なんだ。キービジュアルフライヤー生写真とかその類。推しなので新しいビジュアルが出てきて大喜びする。保存する。TwitterならRTして数字に貢献する。けれどその綺麗な顔を眺めているうちに、ふとハイな気分が冷めてしまう時があってね。

なにか違う。いやなにかって言うか顔が違うんだよ、推しの。

つい先日現場で見てきた生の推しと、フライヤー推しの顔が違うんだよ。フォトショップでごっりごりに修正されて、なんかもう骨格レベルで顔の大きさが違う。元から加工過多なものが多かったから気がつかない、いや昔から気がついていたけど見えないお約束だった修正が、ここ最近は別人レベルの域になっている。

なんでってそりゃ、元の絵面に修正必要から

推しは太りやすい。体じゃなくて顔に出る。数年推していて老けた訳じゃなく、ただ単に出会ったあの頃より輪郭が大きく膨らんでいるだけなんだ、だけなんだが、丸から鋭角くらいまで削られた顎とその向こう側の歪んだ時空を見てうわぁと思ってしまった自分がいたんだ。

現場だと興奮してるし、髪で輪郭さえ隠れちゃえば分からいかハイが持続する。けどふと冷静なタイミングで見ちゃうとしみじみ、顔が変わったなぁと思っちゃう

私はアホな増田から難しいことは分からない。ただ好きで現場に通ってただけだ。ぶっちゃけ盲目でいつから推しがかつての推しビジュアルを失ったのかも分からない。ゆるやかに進行して改善していかなかったことは確かなんだろうけども。

ただ、あっち側が売ろうとしているのがあの修正鬼盛り写真の姿なら、それを現実が裏切っているというのは本人にもしんどいことなんじゃないだろうか。そんなこともぼんやり心配する。いやまだ痩せればいけるとは思うんだけどさ。こんな状態がずっと続いてるから期待していいのか?って。顔ファンとか言うけど、顔って大事じゃん。地の果てまで追っかけたら、やっぱり綺麗な顔を見たいじゃん。

昔の円盤を見返せばほっそりとした顔の、私の知ってる推しがいる。私の推しはこの頃には確かに実在していた。けど、今はもう分からなくなったかも。

もちろん顔以外に好きなところは沢山あるからすぐに冷めるなんてことはないんだけどさ。やっぱり、自慢の人で居て欲しいじゃん。

からお願いです。推し現実に帰ってきてください。

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