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2020-05-24

みんなのの同人ヒエラルキーものさしが知りたくなった話

https://note.com/komatsuna777/n/n1d69e89f8c59

「私にとってBLNLだもん!」とか言われると「あ゛?」となる件について



※この記事では便宜上男女CPのことをNL表記する個所がそこそこあります差別的意図はありません

このnoteの人はとりあえず既に何人かから言及されているようにネットのない所でおいしいものでも食べて心をいやしてほしいなあと思います

それはそれとしてこれを読んでてひとつ気になったのが「二次創作世界の謎ヒエラルキー」に関してです。

今でもほんのり名残はあるけど、

男性向け>>>>>女性向け恋愛なしオールキャラほのぼの>>>>BLCP>>>>>男女CP>>>>>>>>>>>>超えられない壁>>>>>>夢

ってヒエラルキーは確実にありました(※2)。なかったとは言わせないぞ。男性オタク女性二次創作全般を叩くけど、女性向け同人世界ではBL二次創作者は男女二次創作者と夢者を叩きまくってたじゃん。ついでに言うと男女の二次創作の人も夢の事は叩いてましたね。「叩いて【た】」って過去形にしたけど夢は今も叩かれがち。

っていう記述があるんですね。

で、自分はこの謎ヒエラルキーというのは全く感じたことがありません。

もちろんふわっとした「男性けが一番偉いんだ」とか「BLや夢は下に見られている」という認識はありましたが、男女CPBLCPより下に位置しているなんてことは思ったこともなかったですしBLって夢と同列で最下位争いしているダーティジャンルってイメージしかなかったんです。

から「夢は昔から叩かれてた!」と嘆き怨嗟煮凝りみたいになっているご本人の感覚否定したり歴史修正をするつもりはないんですが、自分とこの方でどうして同人ヒエラルキー認識に差が出たのか疑問に感じたわけです。


まず当時の自分同人ヒエラルキー認識についてですが、おおざっぱに書くと「男性向け>男女CPCPなし年齢制限なし>BL≧夢」です。自身属性としてはBLNLも嗜む腐、というのが近いかと思いますGL自分から見に行くことは少ないですが嫌いじゃないです。

BLと夢については底辺の腐がドンケツになりたくないからと叩いてもいいものを探した結果押し付け先として夢を選んだ、といったような感覚でして、腐としては夢を下に見ているけれど夢の人は夢の人でBLを下に見ているし男性向けとか男女CPやってる人からしたらどっちも等しく最底辺なんだから仲良くしなよくらいの認識をされている、と思ってました。

そしてこの方が仰ってるような「夢BL者は夢NL者をさらに下に見ていた」ですが、この感覚も食い違ってまして、男性主人公で更にエロとかあるような夢BLとか底辺たる夢の中でも更に下位では?という感覚でした。

で、どうしてこういった順位付けをするに至ったのか今の視点から推測しますとだいたいこんなところかなあと思います



生殖できて多数派である男女の関係の方が男同士の関係よりも「上」であるという前提があった

子供が産める方が偉い、という認識ですね。いくら真実の愛だとかなんだとか綺麗ごとを言ったところで同性での結婚が主流になれば人口先細りで滅亡します。個人事情を優先して人類未来を食いつぶすような同性同士の恋愛いくら誤魔化したところで上にくるわけがないだろ、みたいな認識です。

もちろんそういった認識はめちゃくちゃ乱暴ですし、そもそも生物学的に子孫を残せる異性恋愛は主流ではあるものの同性同士での恋愛をするグループ一定割合で生まれるのが自然なのでそこに序列を見出す意味がないとかそういう話もあったりするんですが、ともかく当時の自分は無邪気にそういう認識をしていました。

BLと実際の同性愛は違うし実際の同性愛であれば見下していいかと言えばもちろんそんなことはありません。

とにかく、BL好きな人は案外多いんだとか、オタク世界ではBL愛好者が多いとか、そんなもの順位には全く関係してこないんです。というかオタクという狭い界隈でいくら人口が多くたって一般人様の感覚=異性恋愛(という認識をしていた)の方が上に決まってるだろという認識でした。

からBLの方が尊いとかBLは偉いとか言う理論を聞くと、今は別の理由から「何言ってだお前」と思いますが当時も当時で無邪気な差別意識根底に「何言ってだお前」と思ってました。

前提が「BLはド底辺」でありそんなBLを好きな自分は「ド底辺人間」であって「ド底辺人間いくら集まろうとド底辺であることに変わりはない。クズいくら増えてもクズのままで急に善人になったりしないのと同じ」という自虐意識の塊だったんですね。

からするとこじらせ具合半端ないと思います



腐女子は常に何かに怯えていた

内圧も外圧もそれらが複雑に絡み合った結果のよくわからない何かもまあ理由は色々とありましたが、とにかく腐女子って周囲のことを敵だと思って常に何かに怯えているものだという認識でした。

マナー違反に怯えて謎マナーサイト流行するし腐叩きに怯えて検索避け流行するし、ダミーエンターとか無断リンク禁止とかオンラインブックマーク禁止とかもうめちゃくちゃ懐かしいです。

それだけ常に何かに怯えている人たちが上にいるなんて意識欠片もありませんでした。

ところで自分別にBLだけではなくむしろ王道主人公×ヒロインとかは大好物でして、そういうサイトなんかも見ることがありました。

で、自分観測してきたいわゆるNLサイトってまあ女オタク特有空気感みたいなものは確かにありましたけど、一般人から隠れるために検索避けしなきゃとか、我々は背徳者なんだとか、そういう類の恐れというのはBLサイトほど臭ってなかったんですね。

いわゆるサーチサイトとかからリンクをたどって、みたいな感じじゃなくてふつうロボット検索から調べて見つけて入るし、日記検索避けガー一般人様ガーとか書いたりしない。

もちろんジャンルでそれぞれ事情はあるかと思いますし、叩かれて潰されたサイトだってあったのでしょう。また、閲覧者から観測できない裏側では色々とあったのかもしれません。

自分サイトを探す手段ロボット検索に寄っていたので、結果的オープンサイトを見る割合が多かったというのもあるでしょう。

しか自分が見て来た範囲だと圧倒的に男女CPを取り扱ったサイトの方が圧力を感じないつくりになっていました。ですから判断自然観測結果に基づいた「男女CPの方が自由」という認識になっていきました。

CP違いによる宗教争いはある意味ではBLよりヤバかったかもしれませんが)



夢小説界隈は「虐げられる弱者」ではなく「底辺争いの戦争相手」だった

夢小説好きな人たちが自分から底辺に収まっていたら恐らく明確に夢小説を「下」だと思っていたのでしょうが夢小説好きな人たちがじゃあ「自分達はBL様より下でございます」なんて言っていたかと言えば当然ながらそんなことはありません。そもそも一方的に見下す過激派腐女子の方が大いに間違っています

それこそ「異性間での正常な恋愛を楽しんでいる私たちBLなんていう同性同士の恋愛を取り扱うような人たちに下に見られる言われはない」くらいの認識の人もいたんじゃないでしょうか。そういう主張は見ました。それはそれで大間違いではあるんですが。

実際問題過激派女子によるBLバッシング自体はそれこそ自分記憶しか残っておらずログ提示できないのですが、私の認識としては「存在しました」。

なのでそういう意味では「夢女子BL叩きをしてきた歴史をなかったとは言わせねーぞ」と思う感覚も皆無ではないです。

ただ、結局のところこのあたりってお互いに過激派が暴れたせいで問題点ばかり目に映っていたのではないかとは思っています。そして母体数のでかいBLが周囲を叩いていた割合は他の母体数の少ない属性で見るよりは多いんだろうなとも。

なので元記事の方の認識は、まあ認知の歪みはあるだろうなとは思ってますが、たぶん概ねあってるんじゃないかな。

そもそも腐女子にしても夢女子にしても「自虐傾向が強くて隠れたがるグループ」って、つまりグループとは必然的干渉が最低限になるので「自分達が最底辺です地下に潜ってひっそり邪魔しないように活動するので許して下さい」なんてやってる人たち気軽に観測できるわきゃねーわなって話です。

でまあ、そういう隠れて抑圧が貯まった夢女子自分達が見下せる相手を探して謎理論の元に夢BLは夢NLよりも上だ、とかやっていたとしたら、そういうことも十分考えられるよなあ、というかいじめられっ子が更に下位の人間を見つけ出して虐めるのはもう構造としてはめちゃめちゃよくあるパターンなので真実なんだろうなあ、と思います

ただ、BLNLより上位に見る人たちは個人的にそもそもジャンルが違うので腐女子として雑にグループ分けされたくねぇなあとか思わなくもなくもないです。このへんは単なるお気持ちの話ですが。



・他ジャンルを叩くようなヤババな人とは距離を置いていた

いや、常識的に考えて欲しいんですけど、そんな「夢はクソ」とかいう人たちとか「NLはクソ」とか言う人たちとかとお友達になりたいって思います自分は思いません。

こう、ふんわりと無意識的に下に見てるくらいのあまり表面化しない差別意識とかが漂ってたりとか、それに流されて自分もいろいろと間違った認識してたよなあとかそういうのはあるんですけど、それでも「夢小説ってキモいよねー」とか堂々と日記ブログとかで個人的な話をするやつ。今でいうSNSみたいな)とかで悪口いっちゃったり「NLなんてダサいよねー」なんて躊躇なく口にできるような人とお近づきになりたくないじゃないですか

で、そういう過激派から距離を置いたら、あとは観測できるのってそれこそBL憎しでサイトに突っ込んでくる別派閥過激派か、味方を増やそうとすり寄ってくる近似派閥過激派くらいのものなんですよ。

そして自分は夢は理解できない類のジャンルなのでまあなんとなくそういうのあるんだなーくらいのふんわりした認識から近寄らないわけです。

そんな中で「腐やNL者に叩かれて困ってる夢者」とかはなかなか観測できないし、「NL者が腐や夢者に叩かれて困ってる」とかもまず見ないわけです。

そしてたまにそういうイタタタな人がでると「ジャンルの恥さらしが」とか「ああい基地外には近寄らんとこ」みたいにゆるやかに村八分が進行していくので「腐は○○を叩く」みたいな認識にはならないんです。

ジャンルの大半が別派閥叩きするようなやべージャンルとかはもう属性問題ではなくあのジャンルヤバイという認識になりますし、ジャンルから距離を置きますし。



自分はいわゆる「ひきこもりサイト管理人」なので周囲との認識のすり合わせをする機会がほぼなかった

このへんもあると思います自分の好きなものかい自分の好みにサイト方針を決めて、あとはサイトを作ったころには過剰な検索避けに疑問を覚えていた頃だったので割とゆるめの方針を取っていたので、検索避けがっちりしたいサイト交流すると向こうが嫌がるんじゃないかなあとか考えたりもしたことがあって、あまり自分から交流しにはいかなかったんですね。

ですので自分認識特にふんわりとした主観に基づくヒエラルキーの答え合わせなんてする機会はとんとなく、だから認識が変わるようなこともありませんでした。

ですから今の時点でも私の抱えるヒエラルキー認識一般的なのか例外的なのかはよく分からないままです。


実際皆さんの認識してたヒエラルキーってどんな感じですかね。

これが割と知りたいのでもしよかったら教えてくれると個人的に喜びます。お礼はとくにないです。

2020-05-23

anond:20200523094117

車の運転乱暴なやつは自分テクニックを自慢するけど、周りが注意して危険回避してるから事故らないだけだよな

なんとなく似てる

2020-05-22

anond:20200522182841

ただ、後半の意見については、何で女性専用車両存在し続けなければならないかを考えたら、結局痴漢する男性が多いからですよね。痴漢が減ってるなら撤廃も考えられるだろうに、一向に減らないからあるんですよね?「女性専用車両があっても痴漢は減らない」けど、少なくとも混雑する時間に、痴漢が怖い女性女性専用車両に乗れば安心するでしょ。「女性専用車両女性権利ではない、男性の協力があって成立してるだけ」というのは同意だけど、「他人に、こちらの同意なく故意身体を触られたり、その他接触をされない権利」は男女共にあるんですよね。法律は詳しくないから何の法律によって定められてるから知らないけど。そもそも男性による女性への痴漢がなくなればいいだけの話なのに、女性専用車両及びそれを使用する女性に対してヘイトが向くのは認識がずれてますよ。諸外国撤廃してるのに、ってそれだけ日本痴漢が多い異常な国ってこと。女性専用車両をなくしたいなら、痴漢を減らせばいいんですよ。

元増田ですけど、しか男性殆ど痴漢性犯罪者ではありません。痴漢殆ど女性を狙った男性ですが、男性全体が犯罪者予備軍なのではありません。しかし、私を拒絶した人は遠回しに私を犯罪協力者だと言っているようなものですよ。これには物凄く憤りを感じます。実際、その女性とやりあっていた時、同車両にいた他の1〜2名の女性がその女性同調しているようにも見えました。でも、それは違うでしょう? 自分に生じた一例だけで全てを語ろうというのは乱暴かもしれませんけど、女性専用車に乗る男性を敵視するのは間違っていると思います女性専用車両あくま痴漢に合いたくない女性安心して乗車してもらうためのものですが、男性を拒絶する車両ではありません。あくま痴漢を拒絶するためのものであり、それを識別できないからやむを得ず男性に乗車しないよう協力してもらっている車両しかないのです。

 

痴漢を減らすについては、例えば鉄道警察隊であったり、ポスターなどを通じた啓発活動、あるいは自主的痴漢お断りバッチや、痴漢情報アプリ等々、様々な取り組みはなされており、防犯カメラ導入で推定六割減という実績もあるようですね。防犯カメラは、オリンピックは延期してしまいましたが、それに合わせて導入がどんどん進んでいた筈です。そうした取組を通じて実際の痴漢被害を減らしていくのが本筋のはずです。

若おかみにマジレスしたほうがいいのかな

野暮になると思って突っ込まないで来たんだけど

若おかみがシリアスな傑作だとか言ってるのは全部ネタから

 

あれって原作は「小学生なのに女将として大人に互して働いて頼られてる」っていう夢小説でしょ。

小学生が読む小説漫画に必ずあるジャンル

小学生なのにプロ野球チームに入って実在選手と一緒に試合したりさ。

 

ちょっと背伸びして仕事してたりかっこいい彼氏が出来たり妖怪が助けてくれたりする楽しい夢小説

両親が亡くなってるのは「小学生なのに女将」っていう状況を作る為の乱暴な設定でしかない。

からそんなとこを真顔で掘り下げるのは悪趣味ジョークしかない。

 

アニメ映画製作の経緯を推測するなら

構成発達障害」か「監督悪ノリ」か「ブレスト的に意見を出し合ったら”シリアス感動もの”という無難なところに着地した結果無難正反対成果物」か

どれかだと思う。

3番目じゃねえかな。

 

そもそもあのアニメはいろいろとパーツがちぐはぐで気持ち悪い。

キャラデザに顕著だが絵柄が統一されてないというか、リアリティラインバグってる。

猿顔少年幽霊キャラデザとか現代アニメに出てくるのはそれこそ交通事故じみてるし

全体的に劇場アニメ作画クオリティにふさわしくないキャラデザの奴が何名もいる。

 

なんかキャラデザをはっきり決めずに作ったとか聞いたこともある。

みんなで真面目な顔しつつわざとチープなフランケンシュタイン作ってゲラゲラ笑ってたとしか思えない。

 

最後に突然本職声優山寺宏一演じる「おっこの両親を死なせた運転手」が出てくるんだけど

このシーンはグロテスク極致で、絶対わざとやってる。

 

運転手立場から見てほしい。

自分が両親を奪ってしまったために小学生にして働きだしている子が

その職業倫理として親の仇である自分を許し、プロ女将としての自己肯定を見せつけてくるのである

ちゃん良心の呵責を感じてたあの運転手ならばウワーーッ!って駆け出してそのへんから投身して死ぬと思う。

 

夢小説シリアス児童労働自己実現アニメにしたスタッフたちが徹頭徹尾仕事で遊んでるのであり

「すごい作品なんだ」と言って批評家ぶって人に勧めてる連中はウワーーッ!仲間を増やそうとしてるだけであり

本気でこれが真面目な作品だと思ってる人間がもしいたら

それは周囲の悪ふざけが理解できない発達障害的な人である

あとは気になってるけど結局見てないという人。

 

なんかじわじわ発達障害割合が増えてきて

おふざけがマジ批評にすり替わってきているので(https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1520093

野暮ながらいい加減マジレスしておく。

2020-05-21

anond:20200521175300

増田相手レベルも考えずに持論を展開するのか?

かに何か作ってみようの一言だけは乱暴かもしれんけど、

初めての人に言えるアドバイスって、手を動かせ=何か作ってだと思うんだよね。

あと何より、質問の仕方も雑なんじゃないかな。

赤の他人に掘り下げなきゃいけない質問を投げるなとは思う。

あなたのお母さんじゃないんだから…。

平田オリザ氏の失敗を日本教育の失敗みたいに主語を広げていくのは

ご遠慮頂きたいなって思ったんですがタイトル長すぎて切れましたてへぺろ

平田オリザ炎上にみる、コミュニケーション教育は「他者相互理解する能力」を害しているという現実

https://note.com/hirayama_t/n/n9ee3544db3b0





これ見て「伝える力偏重コミュニケーションはパッと見だとうまくいってるように見えるけどちょっとしたきっかけで破綻する」ってのはその通りだよなーと思いつつ、どうしてもひっかかることがあったんですよ。

そもそも日本コミュニケーション教育は伝える力偏重」ってマジなの?ってとこです。

自分職業コミュ障のくせに他者との会話が必須なので教育で得たスキルでどうにか人並みの仕事をできるようにしてるんですけど、そのコミュニケーションのための教育で教わることって「相手の話をちゃんと聞こうね」なんですね。

相手の話には適切に相槌を打つことで相手安心感を与えよう、だとか、相手の言ったことを再確認することで齟齬が起きにくくなるだけでなくて相手からも信頼してもらいやすくなるから言われたことはちゃんと「○○ですね?」って聞き返そうね、とか。

もちろんこっちからしかける時の注意として分かりやすく簡潔に、とか、伝えるためのスキルってのも教わりましたよ。でも相手の言いたいことをちゃんと把握するための技術はきちんと教わりましたし偏ってるなんて思ったことないです。

そもそもこの平田オリザって人、コミュニケーション教育ナントカ座長第一人者って言うけど今回の炎上まで名前も知らなかったんですよね。もちろん自分アンテナが狭いってのはあると思いますが、それだけ重鎮のはずの人ならそれこそテレビ御意見番とかで出てきて名前くらい聞いててもよさそうなのになーとか思ったり。




そんでちょっとググってみたんですけど、この「コミュニケーション教育推進会議」って悪名高い民主党政権時代に発足してて、しか文科省WEBサイトを見る限りでは会議自民党政権に戻った後は開かれてないっぽい(議事録が4回目までしかないしその後の活動特に掲載がないし資料も見当たらないし)感じなんですよ。いや活動継続してるなら教えて欲しいのでリンク下さい。

もちろんその2・3年ほどのせいで日本教育に深い爪痕を残したっていうのであれば理解できなくはないですけど、そういう方向の話でもなさそうだし。

日本には昔から「話し上手は聞き上手」っていうことわざだってありますし、いわゆる陰キャと呼ばれるようなタイプの間でリア充の人のコミュスキルの高さの話が出る時って「真のリア充自分らみたいなコミュ障でもうまく会話を誘導して話を聞き出して広げてくれるからすごい」って話であって「リア充の話っていつまで聞いてても飽きない」みたいな方面の話はほぼ聞かないです。自分は。

時間の都合とかスキル不足で教育が足りてないという現実はあるにせよ、コミュニケーションには自分意見を正しく伝えることも重要だけど、相手意見を引き出す能力であったりその為の傾聴能力であったりもすごく重要だよね、と思ってる人の方が多いんじゃないかなあ。少なくとも自分観測範囲だとそうです。

ネット上のコミュニケーション発言重視のコミュニケーションになってしまうのは、どちらかと言えばどうしても対多人数への発信が主になりやすく、かつ相手の反応が返ってくる(相手の反応を確認できる)のがリアルタイムではなくてタイムラグがある(ブログなどだと記事投稿⇒読んだ誰かによるコメント⇒更にそれを書いた本人が確認するための時間差がある)という対話方式構造上の問題であって、教育がどうこうじゃないと思うんですよね。

いや、そういう1対多数のコミュとか発言からレスポンスまでにタイムラグがある場合対話術とかを教育できちんとやるべきではって話であるならやった方がいいでしょうねとは思うんですけど、それって傾聴能力を軽視したかコミュニケーション教育は失敗したんだ、っていう話とは別の話じゃないですか。別の話に平田オリザを混ぜ込まれると問題点が見えなくなるのでは?っていう。





十数年前の道徳教科書には既に「英語が得意な『私』と得意でない友達がそれぞれ海外ホームステイに行ったけど、『私』はステイ先の同年代の子供と話が合わずギクシャクして、友達の方が海外の友人と仲良くなっていた」っていう話がありましてね。喋るのが得意でもそれだけでは相互理解なんてできないというのはずっと前から教育者も理解してると思います。(まあこの話の本題は自分の国に目を向ける、自国に誇りを持つことにあるっぽいですが)(ちゃん最後には仲良くなれるのでごあんしん)

でもって傾聴能力のもの教育である程度まではどうにかなります。何せ自分仕事できているので。

もちろんそこには仕事からこそ相手の話をちゃんと聞こうという意識が働いているという部分があり、相手の話を聞こうとしなければ傾聴スキルいくら磨いてもコミュニケーションできないってのはその通りです。ですが「相手の話を聞こうと思えるようになるためには何をすればいいか」についてはこれもやっぱりある程度までの話になりますけど教育で賄える部分かと思います

という横の話はおいといて、やっぱり平田オリザ氏のコミュニケーション論を軸に日本全体、あるいは主軸のコミュニケーション論が伝える力偏重であるという論調で話を進めるのはちょっと乱暴でないかなーと思うのです。

昨今の英語教育だって技能、読む、聞く、書く、話す、と受け取る能力が盛り込まれます

日本コミュニケーション論が伝える力偏重になっているのでは、という話をするならそんなごく一部かつ負けた政権人間で今は開催されてないっぽい会議議長の話を出すんじゃなくて、もっと他に今話題の方とか継続して活動を続けておられる方とか現在全国で取り組まれている試みとかを例として提示しないといけないんじゃないでしょうか。





あとググって出て来たここのページ

http://web.iec.ehime-u.ac.jp/reinelt/2018JCAcsComp/2018JCAcs3WakiTadayuki.pdf

とかを見て当時の会議資料のありかを知ったんですが、確かに2000年代初頭の資料については伝える力について主題として扱っているんですが、これはそもそも国語力とコミュニケーション能力関係性について語られているのであって主題になってるのは国語力の方では?というあたりの問題もあって一概には言えない気もするなーとか。

国語力は円滑なコミュニケーションには重要です、という話とコミュニケーション能力とは高い国語力のことです、では話が違いますよねってことです)

それにこれって「意見を発信する時には相手への尊重必要不可欠だよね!だから敬語大事にしようね!」みたいな話なので(雑すぎる要約なので詳しく知りたい方はちゃん一次資料を読んでね)相手こちらの話を聞いて貰えるようにするための警戒心を解いてもらう話術の話だと思うんですよ。

そんでもって平田オリザ氏の例の発言炎上したのってその「相手への尊重」が欠片も感じられないんですけど、ってところが起点じゃないですか。

発信する側としてのコミュニケーションスキルである相手への尊重とそれを実際に示す態度、話法というのができてない時点で「平田氏のコミュニケーション論には問題があるかもしれないけれど、そもそもとして平田自身自分の主張するコミュニケーション技法を守れていないので、今回の炎上を元に平田氏のコミュニケーション論が間違っていたかを論ずることはできないのでは?」という。平田氏のコミュニケーション論が正しいかかには別のサンプルを持ってこないと駄目なんじゃねっていう。

なんかこう、平田氏の失敗を直接的には関係ない仮想敵への攻撃に便利に使っているように見えてしまって、伝える力偏重コミュニケーション教育はよくないって主張そのものについては同意できるだけになんかむずむずするなーと思いました。

2020-05-17

anond:20200517140156

クラスにいるゲイつまみにしてセクハラ猥談で盛り上がり、本人を名指ししてレイプものエロ漫画まで描く腐女子であれば同じだろうけど

(んでそういう腐女子もいるけど)

腐女子で全部一緒くたにするのは乱暴すぎる

そもそも大多数の腐女子妄想現実ゲイあん関係ない

性別受なんて言葉もあったしな

んで今はオメガバースだっけか(おばちゃんうついていけないわ)

2020-05-15

anond:20200515114453

pixiv普通にぐぐっても引っかかるけど

BLはR18とは限らないし

BLは全てR18登録しろってならその方が乱暴

anond:20200514150859

これらを「ゲイ映画」ってくくるのもなんとなく意味が違うんじゃないのかとおもう

映画じゃなくてビデオだけど「真夏の夜の淫夢」とか

映画じゃなくて漫画だけど「くそみそテクニック」とか あとテディベアとか

羊たちの沈黙」と続編の「フィラデルフィア」なんかも

ゲイ当事者にしてみたら立派なゲイコンテンツなんだけどな

ヘテロアセクシャルでも同情しやすい、お行儀のよいゲイのでてくる叙情的な同性愛映画」だけを乱暴に「ゲイ映画」の一言でくくろうとするってのはさ

アメリカ人NARUTOみて忍者アニメすげーよ!って興奮して伊賀市甲賀市に定住して投票権を得ようとしてたり

少女マンガがすごいから内気で欧米文化になじめないフィンランド人ロシア人日本少女漫画コスプレしたがって整形手術までしたり

そういうのとおなじ無自覚傲慢さだと思う

自分が愛するコンテンツならば当然そのジャンル代表するはずだ!」って押し付けだよそれ

実際は当事者からみてジャンルのなかでマイナーなのに、

アメリカ人日本人の10倍いるかNARUTO白土三平より正当だとおもってる人数も日本人より多いので!売上みりゃわかるでしょ!」ってなるんだよな

このたとえではアメリカ人ヘテロセクシャルだよわかるだろ

映画館で上映禁止の憂き目にあわないよう、ちょっと無理してつかまえた大根じゃない役者にそれなりの給料払えるよう、

遠慮しぃしぃ去勢して朝チュンシーンだけでつくったゲイ映画が大好きです、か

2020-05-14

クソ派遣会社に当たった

求人サイト経由で申し込んで3日経とうとしても連絡が来ず、こちから連絡したら「担当に折り返しさせますからまた連絡来ず

腹が立って応募辞退した(電話口の女性あんまりやる気ない感じだったし話聞いてんのかも分からんかったけど)

ちなみに派遣会社公式サイトでその求人を調べても載ってなかった、釣り求人だったのかもしれない

このご時世だから登録者とか紹介希望者とか多いのは分かるけど、それにしたってずさんな管理ではなかろうか・・・

派遣会社はクソって総括してしまうのは少し乱暴だとは思うけど

こちだって頭下げてまでその派遣会社にこだわる必要はない訳で

落ち着いて求人が早く増えてくれないかなと思う日々

2020-05-10

anond:20200510155321

冗談通じないやつというか、乱暴で口と頭のわるいやつが増えた

2020-05-09

岡村隆史の件の踏み絵力の高さ

まず、4月30日放送分の岡村発言矢部の「結婚しろ発言への批判根本的に正しいという立場です。ただ、あちこちで流れてくる要約で知った気になるのはマジでやめた方がいいです。矢部岡村の会話に関してはホントに音声を一度聴くのをオススメします、最悪全部じゃなくてもいい、矢部岡村がどんな感じのトーンでどういう雰囲気の元、会話をしてるのか。その辺りの肌感を知ってないと発言ニュアンス全っ然つかめないです(って書いたあとに文章放置してたらもう聴けなくなってた。ごめんね)。

岡村ってこの放送中ずっと謝ってるんですよね。謝る以外のことが何一つできない地獄のような20分があり「あ、これはダメだ」と思った矢部放送乱入する。そしてそこからまた1時間近く、30年来のつきあい人間が、岡村人格分析を、ゆっくりと、ずっとゆっくりと続けるんですよ。この回、端的に放送事故ですからね? 矢部が部屋に入ってくる時の扉の音をマイクが拾ってるところとか、全部聴いた人ならわかるけどラスト10分のはがき職人大喜利コーナーで岡村はがきを読み上げるところの絶望的な空気感とか、本当にヤバいですからね?

それで、この放送ポイント岡村に横柄なところが全くないんですよ。本来ならまともなラジオトークの一つや二つはするべきところ、それすらもできなくなってる。とにかくマジで参った感じだし、ずっと謝りつづけてる。何より怖いのがここ。

なぜなら、矢部が一番最初に持ち出した岡村への指摘は「岡村さん、表でしか謝らへんのよね」という言葉からです。「まともに放送できないくらいに責任を感じている」けど「それをカメラマイクの前以外では出すない、出す勇気がない」、だから公開処刑のごとく生放送で伝えることしかできなかったという問題根深さ!

そこから矢部岡村言動を長年どう見てきたかを話す。岡村普段ちょっとした振る舞いの、ささいなことだけど違和感の感じたことを、ゆっくりと、一つ一つあげていく。

お茶持ってきたADさんにありがとうを言わない、鬱での休業の復帰回後に矢部に送られてきたメールが一行だけだったこと、そういった、本人が気づいていないレベルの「岡村がどう人間と接してきたか」、そしてそれらを矢部が素朴に「引いてしまう」こと、そういうのが滔々と語られる。

話題の中心は基本的に対女性関係のことになりがちだけど、矢部とのこととか仕事でのこととかも含まれてるので根本的には人間一般に対する態度、つまり岡村性格の話をしてる。会話の中でぼんやり示唆されてるのは、岡村他人に対する「甘え」が「対応が雑になる」かたちで出てるのではということ。ただし流石にそれは明言されない。間違ってるかもしれないしね。そう、その意味でも矢部は慎重なんです。岡村人格について断言はしなくて、基本的言動の話しかしない。もしかしたら、矢部自身はそのあたり自分で気づいてほしいと思ってるのかもしれない。だから言葉を慎重に選んでいる。

その中で語られる「結婚したら」って、もう色々なニュアンスが含まれてるんですよ。たとえば、矢部岡村の昔の会話で「彼女のご両親にご挨拶しに行ったことある?」「あるよ。高校生のころ」というやりとりに(いい大人が素でそういう[女性と遊んでる割にまともに結婚をふまえた挨拶したこともないって]答えする!?)と素で引いた、みたいなエピソードとか、スタッフメイクさんの女性と遊びに行くときに「宿代は出すよ」と岡村が話したりしたことに「飛行機代の方が高くつく」という不満なんかが本人ではなく矢部の方に飛んでくるみたいな話(後述しますが、この本人には伝わらないことが恐ろしい)、女優さんとデートする企画が振ってきたら「笑われるのが嫌だから」と自分は断り別の既婚者を推した話、そういう「女性デートには誘うし普通に関わりを持つのに、深い関係にならないし場合によっては逃げる」という岡村普段の行動パターンさらには矢部の「自分結婚したら妻へのリスペクトが増した」という実体験、そういった、放送中に出てきた会話やそのとき雰囲気全部込みでの文脈でのことなので「40代独身男性女性積極的に関わりたいと思うなら女性リスペクトして女性から逃げるな」くらいのニュアンスが多分に含まれてる。

そういう様々なあの場の質感が、発言箇条書きとか録音文字起こしだと全然からないのですよ……。

あ、一応言っておくと、そういうことを全部踏まえた上でも、「結婚したら?」発言はかなり唐突でしたし、乱暴発言ではありました。

それでですね、放送を全部聴いてやっぱり思うのは、「この岡村をこれ以上責めるの辛くない?」と思っちゃうし、反省の色を見せている岡村隆史をdisるのには少し違和感があるんですよ。

これは自分価値観問題がたぶんに含まれますが、人間ってどこかしら不道徳価値観を持ってるのが当たり前だと思って生きているんです。だから他者との関わりでは「それをどう隠していくか」(ここでの「隠す」は「他人を傷つけないために努力する」のニュアンスをかなり含む)が重要だと思ってて。人格がゆがんでても、人格がゆがんでることそのものが隠せてたら人間は生きててもかまわないんじゃないのかなっていう。それを露出してしまった以上批判されることに異論はないし批判されるべきだとは思うけど、でも少なくともどこぞの松江哲明やら大澤昇平やらに比べたらまだまともでは?とは思っちゃうんですよ。比較で善し悪しを語るのは良くないんですけど。

まあ時折「これ大丈夫なのか?」みたいなエピソード結構目にしてたので完全に隠してたわけじゃないけれど、それでもたとえば矢部が「カメラの前では謝る」みたいなエピソード聴くと、「少なくともカメラの前では取り繕えるくらいの価値判断は持ってるんだな」って俺は思っちゃうんですよね。30超えると人間は変われないと言われがちな世の中で、50でそこそこ取り繕えるってのは大事なことだと思うんですよ。それとも岡村さん社会的に殺します? 

なんでここまで岡村に甘めの感覚を持ってしまうかといえば、最近よく、どのタイミング自分社会的死ぬかわからないなあと思うんです。

岡村の件の何が一番怖かったかって、矢部が指摘したことの多くが「無意識言動」だったことですよね。自覚的に行動を変えようとしても、無意識言動は言われないと自覚的に変えられないじゃないですかもっと言えば認知がそこからゆがむ可能性もある。

たとえば、ここまで書きながら「女性視点での批判感覚が欠如してる」と自分で強く思います。この原因ははっきりしてて、自分男性として生きてきたから「女性がどう感じるか」についての直感共感が働くのが遅いんですよね。反射的に「別にしたことないのでは?」と思ったあとに、「いや、でも女性視点で見たらこれはこうだろう」という理詰めで価値判断を下す。たとえばですが、一応自分にも女性の友人はいから「この件、俺は岡村に同情してしまうけど、きっと彼女らは岡村に同情できる要素がないんだろうな」くらいの想像は、まあできる。でも、けど女性の友人が多いわけじゃないから、日々の生活女性への気遣い必要になる機会も、世間の人に比べると相対的に少ない立場だと思う。その意味で、女性へのリスペクトは忘れないように心がけてるつもりだけれど、でも結局のところ本当にできてるかはわかりません。他人自分欠点をおいそれと指摘してくれないからです。岡村隆史の放送が示したのってそういうことでしょ? 人は黙って去って行くんですよ。

から、今回の件は、「どのタイミング自分女性から批判されて、社会的制裁を受けることになるかわからない」という恐怖で、どうしても岡村共感してしまうんですよ。

そして、もちろん、この件は女性にとって「自分コロナ不況でいつ生活が困窮し、風俗で働くことになるかわからない」という恐怖の共感と反発の方がおそらく強く働くのだろうなと思います。これ、残念ながら男性には「我が事のように想像する」ことがなかなか難しい部分ではあるんです。なぜなら、「生活に困るから風俗で働く」というジェンダーイメージ女性だと根強いものの、男性だとそうではないから(純粋に男女のジェンダーで分けられない人のことは申し訳ないが一旦話から省きます。たとえば率直に思い浮かぶのはゲイ風俗ですがそれをこの件に絡めると「性嗜好の一致しない相手性的行為をする」ということの問題が絡んで話がややこしくなるのでその方面の話は当事者に任せた)。

から、この件って共感ベース立場を決めてしまうと、おおよそきれいに男女の立場で反応がわかれてしまうという、絶妙案件だと思うんですよね。これって伊藤詩織さんの件みたいに「加害者反省もしていない案件」とは全然様相が異なる。なまじっか反省しているように見える人間をどこまで責め続けるか。

「このような価値観を許していたら自分たちがいつ貶められるかわからない」という女性側の怒りはよくわかる。でもその反対にいるのは、「このように糾弾されるのを許していたら、自分たちがいつどのタイミング社会的に殺されるかわからない」という男性でもある。この間の溝を埋めるのは、並大抵のことじゃないだろうなぁと思いました。

書き手である増田本人は、少なくとも今回の件は岡村が悪いと思ってるし、「どっちの味方」につくかと問われたら共感ではなく倫理を優先して岡村批判します。俺にとっての「他者尊重する」とはそういう価値判断をしていくことだと思っています他者立場想像して、他人に嫌な思いをさせない。そこには必ずしも共感必要ではなく、共感しなくても他人尊重していく。

ただ、そもそも「どっちの味方」かという話をしている時点で、溝を埋めることはできないんじゃねえかなぁ、と思うんです。どちら側の人に対しても。なんか、この手の踏み絵ものすごく増えている気がする。踏み絵の後に待ってるのは処刑じゃないですかね。どちらの側にとっても。みんな、処刑合戦したいんです?

2020-05-08

anond:20200508174653

実際女の非モテの数が少ないのはそうだろうね。それは紛れもない事実だわ

どこが嫌っていうと「女は非モテが少ない」って事実を以て、その数少ない非モテ女の苦しみもないことになりがちな部分だね(まああなたは同情してくれているからいいんだけど)

これ、ミサンドリーが男という属性全体を攻撃して、弱者男性が「いや俺……そんな「男」という属性で得してないんだけど……」ってなるあれにちょっと似てる気がする(無理やり同一視するのも乱暴な話だけど) 

強者とされる属性の中の弱者、軽視されがち

堀江貴文大仁田厚

今のホリエモンはただの炎上芸人

彼の言い分に対してネット上で不見識だの言葉乱暴だのと噛みついている人たちがいるけど

それって大仁田に対して「邪道だ」って指摘してあげてるのと同じなんだよね

からホリエモンを見かけたときは「またぐなよ またぐな絶対に 詩朗またがせるな」と注意して

絶対自分の側に近づけないように徹底することが肝要

子供向け漫画に出てくる父親がだらしないことが多くて萎え問題

ちょっと前に、「科学者の絵を描いてください」と言うと、白衣を着て眼鏡をかけた、髪がボサボサの男性を書く人が多い、というジェンダーに関するバイアス話題を読んだ。

https://eijionline.com/n/na333fc832278

かいところはさておき、全体としては同意する内容だった。

些細に見えるステレオタイプ描写も、それが固定観念を強化して循環してしまうようなイメージを持った。

それで思い出したことがある。しばらく、モヤモヤしていたことなんだが、ここで吐き出したい。

タイトルにも書いたんだが、子供向けの漫画に出てくる父親がだらしない問題に、けっこう辟易している。

たとえば、小学生くらいをターゲットにしていて、日常をほのぼの描くギャグテイストマンガとかを想像してみてほしい。

そこに出てくる父親は、だいたいサラリーマンで、休日仕事に疲れて家でゴロゴロしていて、だらしなくて自分奥さんに怒られることが多かったりする。

ちょっとくらいならいいんだけど、そういう描写が多かったり、複数種類のマンガでそういう描写があると、だんだんと嫌になってくる。

増田父親で、複数人の男児を育てている。シンパパではない。

家事育児も、かなりの割合担当している。そこそこ手を抜きながらやってはいるが、子育てにおいてメインの責任者である

で、息子たちが読んでいる本の中に、上記のような描写がたびたび登場する。息子らはゲラゲラと楽しそうに読んでいて、深いことは感じていないように見える。そう、些細なことだな、とは思う。でもこれはきっと、冒頭で書いた科学者ステレオタイプに似ている気がする。

こういうステレオタイプステレオタイプを強化していくかもしれない。

子育てをしていれば当然、性差を感じることは多い。男女が全く同じだとは到底思えない(ただし、それすら環境なのかもしれないが)。ただ、性差があるのは全体の傾向としてだ。一人ひとりを見れば、十人十色

たとえばある男児目線から見て、ケアバー母親女性だけで、その母親たちがこぞって「男の子ってこうよねー(乱暴、がさつ、めちゃくちゃ etc etc)」などと何度も語っていると、そうしたステレオタイプが強化されてしまうのではないかと思う。つまり、「男の子っていうのは概して雑で、家事労働はあまりせず、危険な遊びを好むものであり、本来は良いわけではないがまあそれで許容されてしまうのだ」、というメッセージが何度も刷り込まれていくのではないだろうか。母は男児をわかり合えない宇宙人として扱い、あきらめて(比喩的意味で)放り投げてしまう人が多い気がする。

対して女児は、わかりやすい同性のロールモデルである母親が目の前にいて、母親の方も娘を自分と同一視しがちで、ケア提供者だったり、大人っぽい振る舞いをするというエッセンスインストールされていくように思う。

(4歳くらいの女の子でも、母親とまったく同じ口調で怒ったり愚痴ったりするのは笑えるがちょっと怖い)

あれこれ書いたのだが、こうしたマンガ描写にせよ、ちまたに見る「男の子ってこうよね~」という物言いは、あまり全般に浴びせるのはちょっと慎重にしたい。まぁマンガ描写は生暖かく見守っていきたいが、元少年増田としては、自分の口から出る「男の子っておばかねー」みたいな発言は慎重になりたい、と思う。

2020-05-04

風俗嬢カツオ」について

ここ数日「風俗嬢カツオ」に関わるブックマークが目についてむかむかしているので、ここで吐き出すことにしたい。便所の落書きと思ってもらって構わない。

私(※1)は、風俗嬢カツオ(又は漁師)とは話が全く違い、比較できるようなものではないと思っているが、大差がないとか同一線上にあるとか言っている人たちを論理のみで説得することはできないと考えている。

カツオ風俗嬢サービス商品でしょ、とか、漁師風俗嬢も困窮してるでしょ、などという理解は(資本主義的な)論理において必ずしも間違っているとは言えず、その論理を突き詰めるならば(※2)、感覚問題と言わざるを得ないかである

ではどういう感覚なのか。大差がないと言っている人たちの多くは、若い女性が好みなヘテロ男性だと推測されるので(※3)、A:自分の作った作物や製品が買い叩かれて困窮する状況と、B:男性や老婆などを相手として性的サービスを行わねばならず、相手お金さえ払えば個別拒否権はない(場合によっては不能になるかと思うような乱暴な扱いを受ける)という状況とをそれぞれ想像して欲しい。

Aであっても辛いだろうが、Bの肉体への侵襲を伴う尊厳の傷つき方はその比ではないのではないか

風俗嬢には人権があるという意見は、一見禅問答のようだが、要するにこういう感覚のことだと私は思う。

風俗嬢の中には特に傷ついていない人もいる、差別だ、という反応があるかも知れないが(※4)、もし仮にそうだとしても、コロナ禍で風俗への参入を余儀なくされる人たちは、従来であれば参入しようと思わなかったという意味類型的に傷つきやすいだろう。

最大限の想像力を働かせても、AもBも大差ないと思う人は、どうぞご自由にだ。

(※1)アラサー男性

(※2)個人的には、この論理を突き詰めること自体拒否したいが。

(※3)本文と異なる属性読み手は、自分性的に最も嫌な属性念頭に続きを読んでください。

(※4)そもそも主観的に傷ついていなければ問題が無いかどうかは、別途議論余地があるだろう。

2020-05-03

anond:20200503171804

普段ほとんど連絡を寄越さない息子から珍しくLINEが来たのは今から半年ほど前のことでした。時期はちょうどゴールデンウィークが始まった頃で、世間はまだコロナウイルスに対して警戒を解いておらず、連休中でも皆外出を控えて過ごしていました。私も一日のほとんどを家の中で過ごしていましたが、息子からLINEが来たのはそんなある日の夜でした。主人はお風呂に入っており、私は一人でテレビを見ていました。何気なく読み始めた内容には、腰を抜かすほど驚くようなことが書かれていました。それは息子の醜悪性的志向告白からまり、それによって性生活に支障をきたしていること、このままでは犯罪に走りかねないといったことでした。しかし最も深刻なことはその後に書かれており、犯罪に走らないために私に協力してほしいこと、つまり実母である私を無理やり犯したいということでした。当然私は協力する気など毛頭ありません。とにかく電話して何があったか聞こうと思いました。しかしその時、誰もいないはずの玄関からガチャリと扉の鍵が開く音が聞こえました。私は恐怖でぴくりとも動けなくなくなりました。足音けがそのままドスドスと近づいてきて、私のいる部屋のドアが乱暴に開かれると、そこには極度に興奮した息子が立っていました。驚きで声を出せないでいると、次の瞬間、息子が無言で私に襲いかかってきましたーー。

2020-05-01

再びやまもといちろうを吊るせ

こういう難局のために、現預金はある|山本一郎やまもといちろう)|note

https://note.com/kirik/n/nf1c3bc66e011

やまもといちろうがまた舐めた詭弁で人を騙そうとしているので解説します。

 

  

 

1.現預金を多く積むことは美徳なの?

 政策決定トリアージから漏れ産業が、そういう冬の時代を生き残る秘訣はただ一つ。「現預金を多く積んでおくこと」以外にありません。CASH is KING。アリとキリギリス現金のない奴は、死ぬんです。調子こいて内装にカネをかけたり、会社のカネで赤いポルシェを乗り回したり、愛人代官山フラッグス裏のタワマンを買ってやるような日焼けゴリラ死ぬんですよ。

預金を多く積んでおくというのはそれだけ金を遊ばせておいて投資に回さないということで

みんながこれを始めれば景気が絶対零度へ一直線です。

 

ていうか共産党岩盤支持層たるはてな人達みんな二言目には「企業内部留保ガー」言うてたやないですか。

「現預金を多く積んでおくこと」って内部留保のものですよ。

(逆も真なりではないので注意。利益剰余金沢山あるけど現預金ではない、ということはよくある。)

 

預金が少ない企業というのは別に調子こいてるキリギリス」ではありませんし

多くの社長松田公太みたいな人間ではありません。

  

 

 

2.災害環境下で生き残るのは「ちゃんとした人」なの?

そして、外食産業どうでしょうか。死んでいいんですよ。

そこの中で、わずか一握り、ごく少数の、ちゃんとした飲食に賭ける人たちが出て、その文化を担う人たちに客がついて、どんな立地でも繁盛店が生まれますゴミだらけの外食産業の中で、救われるべきなのはこういう飲食に本当に身を捧げた料理人オーナーたち」だけです。

これ上のと完全に矛盾してるの気づいてますか?

やまもといちろうの暴論通りにすると助かるのは「本当の料理人の店」ではなく、単に「財務体力のある店」です。

自分で指摘してる通り、松田公太企業なんかはまだまだ耐える体力があるので倒れないんですよ。 

序盤に松田を「お前はまだ体力あるから潰れないだろ汚い商売人め」と罵っておいて

締めで「潰れない飲食が本当の飲食」というふわふわきれいごとを言い出すのでものの見事に矛盾した構成になっています

  

その”本当の料理人”たちこそ真っ先に倒れていきますよ?

だって飲食に身を捧げた料理人は現預金多めに溜め込む保守的経営をしてる」

なんて理屈はどこにも成り立ちませんもの

たとえば「納得のいくものしか出したくない!」って素材にこだわった利益率の低い料理を出してた店は

営業できなくなれば沢山の客に惜しまれながらあっと言う間に倒れちゃいますね。

 

 

3.「どうせ外食ほとんど潰れるんだから同じだ」?

新型コロナウイルスが来ようが来まいが、どうせだいたい潰れるのが外食産業なんです。

飲食店がどんどん開店しては殆どが潰れるということ自体はその通りなんですが、例えとしては全く間違ってます

今のままだと、新型コロナが来なければ潰れたりしなかった店が大量に潰れるんです。

これも全くバカバカしい詭弁ですね。

 

たとえば入試当日に大地震が起きて受験生の9割がたどり着けなかったのに救済せずに終わりにして、

地震が来ようが来るまいが、受験生の9割は落ちるんだから結果は同じです」と嘯くに等しい。

だって合格者の構成全然変わってますよね。

本来求められる成績優秀者ではなく単に会場までたどり着く体力のあった人達合格してるでしょう。

その大学は衰退します。

  

 

4.シュンペーター悪魔再び

今回のやまもとの暴論みたいな理論経済学に大昔から存在します。

キツい環境下で何の手助けもせず放っておけば古い非効率ものが倒れ、優れたものけが生き延びてイノベーションが起きる、

から不況は下手に手を出さずに放っておけばそのうちすべてがいい方向へ進む、構造改革成る、という理論

 

シュンペーターという20世紀の経済学者が提唱した理論です。

日本シュンペーターが大好きな有名人がいますはてなの皆さんならみんなが知ってるあいつだよ。

竹中平蔵

  

小泉改革のころしきりに「創造破壊!」ってバカなこと言ってたでしょう。

竹中の言うとおりに社会を動かしてその後どうなりましたか

 

もう学問世界では結論は出てるんで引いてきますね。

カバレロ=ハマー実証研究によれば、1972-1993年アメリカ製造業データを用いて分析した結果、不況によって社会的に有用企業倒産がむしろ増加しているとしている[1]。また、不況によって新規参入は困難となり、老朽化した企業の存続を助けているとしている[1]。

経済学者の竹森俊平は「日本開業率は1990年代を通して低下を続け、1996-1999年戦後最低の水準に落ち込んでいる一方で、廃業率は上昇し続けている」と指摘している[2]。

経済学者の田中秀臣は「日本の失われた20年の間、日本開業率と廃業率を比べると、廃業率が多いが開業率は少ない。起こったのは、大企業ばかりが残り、ベンチャー企業資金力が無かったために真っ先に潰れてしまうことだった。さら不況下では、若者失業率が高くなり、イノベーションを生み出す若者が働けなくなっている。不況下ではイノベーションが生まれないというのが現実である」と指摘している[3]。

経済学とか知らんわって人でも現実として実感のある指摘ばかりでしょう?

今回やまもとが言ってるのはこの方向性です。

 

シュンペーター自身は真面目な経済学者だったかもしれないですが、

後世に彼の理論を使うのは自分利益のために社会を壊れるままにさせたい悪人ばかりです。

 

 

5.詭弁の見破り方(初歩編)

詭弁を見破るコツは

今回の「ちゃんとした飲食に賭ける人たち」「飲食に本当に身を捧げた料理人オーナーたち」のような

何を指してるのか曖昧フレーズが出てきたときにン?と立ち止まることです。

 

内容の分からない言葉が出てきたら立ち止まる。

全体の論理をチェック出来ない人でもこういう内容不明フレーズ出てきたとき「くせえぞ?」と思うようになれたら成長します。

言ってる方も意図的なので、キレイっぽいコーティングして誤魔化そうとしてることが多いというのも覚えておくと手掛かりになります

 

 

まとめ やまもといちろうのいつもの手つき

やまもといちろう不動産所有者なので「徳政令とかふざけんな!」というポジション感情が高まってこの乱暴詭弁をアップしたのでしょうが

彼が詭弁を弄するときの手つきというのは非常に癖があるので一度見たことがあるともう見え見えです。

冒頭に事実正論提示しておいて、その後は延々ポジショントークを書き連ねるだけだけど

最初正論好感度文章ドライブ感に紛れて「おおむね正しいこと言ってるのかな」という印象を読み手に与える

というもの

 

今回の文で言えば、初っ端の「松田公太死ね」という正論のあとは最後まで「不動産所有者に迷惑かけるな」ということを壊れた論理で叫んでいるだけ。

その間に「トリアージ」とか「国民を救え」とか、わざと論点あっちこっちスキップして本当に言いたいことが露骨にならないように誤魔化してるわけです。

本論の部分は竹中平蔵憑依のシュンペーターイズムで不況放置せよというガバガバ経済学

 

 

この詭弁の手つきは、これは大昔のあめぞう2ちゃんねる時代に培われてると思います

今は絶えた懐かしい流派匂いがする。

 

はてブトップコメント

個人が死なないよう最低限の生活保証するのが限界で、企業が死なないようにするだけの金は無い。その通りだと思う。

手もなく騙されてます

言ってることはあれだけ滅茶苦茶なのに。

こういう手口への免疫力が全くないんですよね。やまもとのやりたい放題。  

 

 

追記

「吊るせってなんだよおっかねえな?」

人狼用語

尻尾が出たプレイヤーは吊る。

「再びって一回目はいつだよ」

タイトルでググれ。

「真面目に批判するような対象か」

あのおっさん詭弁の手管見るたびノスタルジーが湧きあがってな。

anond:20200430235014

批判は誰にでもできる」だって

いいやそんなことはないね批判覚悟を持ってはじめて出来ることだ。

批判と「声が大きい」と「なんか乱暴言葉にきこえる」を混同して、批判さえもしない人たちがどれだけ多いことか。

あと批判するなら対案を出せ?

そんなこと言論の場で強いるなんて聞いたことがないね

原案Aに対する批判点を挙げるだけで既に一つの意見として成立している。

お前のやっていることは「批判の声」を挙げることのハードルを上げてトーンポリシングを狙っているにすぎないね

2020-04-29

顔面差別がなくて平和

テレワークになって面識のない新卒や中途と仕事でよくチャットでやり取りとかするんだけど、ドブス判定された後のクソ対応がなくて大変快適です。

あと上司が機嫌悪アピールキーボードや机や引き出しを乱暴に扱ったり机蹴ったりで立ててた騒音の影響が全くないのでそこも大変快適です。

anond:20200429000049

吉本批判というのはネット内では有力な信仰で、これは割と左右両方から信仰されている。多少乱暴な論でも「あの悪の組織ダメージを受けるのだから、多少の間違いは大事の前の小事である」という認識が強い。「とんねるずの笑いはいじめの笑いで不快だった」(だから今の状況はざまーみろ!)というのも信仰が厚い。とんねるずけがいじめの笑いで「志村けん(やドリフはいじめの笑いをしなかった」みたいなウソ歴史を追悼みたいな形で紛れ込まされると、さすがに「えっ!?」とは思うけれど。

2020-04-28

なんかいろいろあってMOTHER2とか3とかの考察を調べたけど、別に2と3は同一タイトル性を保ってない気がした。


3は3でいい(プレイヤー感情を揺さぶる)ゲームだなあとは思うけど、2に対しては非常に蛇足というか、あれが何億?55億年後?の地続きの話とするにはあまりにも悲劇的というか悪意が強いというか…

悪く言えば


おたくって こういう すくいようの ない つらいめに あう はなしが すきなんだろ。

◆ぼくも さ。


みたいな気配が強い二次創作、という感じがする。確かに好きではあるけど、それを好む自分を後ろめたく感じるような楽しみというか。


2は風刺的だったけど、アメリカンジョークというか、そこまで救いようのない世界ではなかったように思うし、その後3がリリースされる頃にはそういう救いようのなさを求める気配が強くなっていたのも感じてはいる、いるけど、それらを地続きのものとして扱ってしまうのはやっぱり乱暴にすぎるのではないかなあというか…

3がリリースされるまでの時間は、もしかしたらいろいろなものを変えてしまったのかなあ、という気もするし、その感覚はなんとなく3のタツマイリ村の時間経過に似ているような気もする(シアワセのハコのポイントオブノーリターン感とか)


いうてMOTHER3リリースいつだよ…2006年じゃん…全然最近の話じゃないじゃん…

2020-04-27

anond:20200427141747

大変趣がある。◎

尾崎放哉種田山頭火系譜を思わせる自由律の裏側に、女性用の下着という単純な提起だけに一見思えるが、

読む相手によって想像の奥行きに無限を与えており、鑑賞者に委ねる事で季節感についても省略の技巧を凝らし、

自らが感じ取るパンティーに対する悲喜こもごも感情を想起させることがたった5文字に凝集されている。

私には、興奮のあまり後先を考えない若者の高揚の発露と見ることができた。

その場合、確かに行為暗喩する上でパンティーは乱暴に放り出され、脱がされ丸まったパンティーは、

興奮が冷めるまで注目され得ないことを見事に表現している。

情熱本体は、行為の開始によってパンティーではなく人間本体に移ることにもこの表現技法は適切に見える。

文学映像世界で修辞的技法である、性行為の生々しい場面を、夜が明ける、花が落ちるなどの

比喩であらわす作品陳腐化されているが、この作品では自然視点を逸らすことに成功した。

パンティーはどんな色だろうか、汗ばんでいるだろうか、とするとこの行為に及んだ人はどんな人物だろうか。

どんな季節だろうか、どんな部屋だろうか。好奇心をこれほど擽る作品に出合えたことに感動している。

昔の偉い人ははこう言ったかもしれない。

一本の線がどう見えるのか。それを鑑賞する者に託すことが芸術の強さだ。

子供が描いたような絵が、何億もの価値で売られるのを目にすることがある。

その人には無価値しか見えないことが、他の人にはとても価値があるように見える。

一滴の水と見るか、大海の一部と見るか。全ては自分次第なのだ

私はこの作品を生涯忘れない宝物にしたい。

兄がネトウヨ化していてつらい

アラフォー派遣社員の兄のTwitterをこっそり覗いているんだけど、明らかにネトウヨ化してきていてつらい。

大物野党議員ツイート乱暴な口調でクソリプ飛ばしていたりする。

自分中道で「普通の日本人」で、公平で合理的根拠に基づいて物事判断できる人間だと思っている感じの、いかにもなネトウヨになってしまった。

元々政治経済には関心があって、派遣社員になる前は政治系の本を書くとかいって何年も引きこもっていた(本は未完)ような人間なんだけど、

その頃はまだSNSはまったくやっていなくてネトウヨ感はそれほどなかった。(産経を愛読していたし保守的ではあった。)

それが1, 2年前くらいから始めたTwitterにすっかり毒されてしまい、最近では反フェミまでこじらせてきて、

例えば馳浩の件では、15人も来たのを追い返さなかった少女支援団体側にも少女たちを怖がらせた責任があるとか書いてしまう始末。

高学歴頭が悪いわけではないはずなんだけど、こんな風に自分客観視できなくなってしまうんだなと見ていると、自分も気をつけねばと心底思う。

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