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2021-06-14

anond:20210614103622

マザーズ上場否認...」

「PROマーケット上場完了…」

東証二部上場完了…」

東証一部上場完了…」

東証全部上場完了臨界点に達します!」

増田「ぶぅぅぅっぅちかまかせええええええぇぇぇぇぇ!!!!」

2021-03-22

正しい勉強さえさせれば発達障害天才になれるっていうけどさ

発達がそんな便利な熱帯魚みたいな特性ブリーディングできるならこんな社会問題になっとらんわ

発達障害ってもう染色体異常レベル病気だろ?

言い方悪いが遺伝子からしておちこぼれのクズと現行の科学でさえわかるレベル発達障害天才にするってJCO臨界事故中性子被爆して染色体バラバラ破壊された奴の完全治療成功するレベルミラクルだぞ

天才にする治療法」が確立されてないんだから何がハマるかわからないもの

そんなばくちするくらいなら健常者に金かけた方がいいわけ、健常者を天才にする方法なら人類史5000年のナレッジベースがあるから

2021-03-08

エヴァネタバレ解禁(自主規制解除)のXデーは今週の日曜だと思っていたんだが

既に臨界突破寸前じゃねえか。

これ多分平日の間に終わるぞ。

長くとも金曜のレイトショー限界っぽい。

土曜日に見に行くとか考えちゃ駄目だ。

お前ら今すぐい映画館に行け。

歯医者があると言って2時間早退して観に行け。

それも無理なら5時ポンで観に行け。

それも駄目なら前日家帰ったらすぐ寝て寝貯めてレイトショーを観に行け。

明後日までだ。

オタクの膨れ上がった承認欲求を受け止めるためのダムとして機能する5chは既に崩壊ふせったーなるもののも少しずつ○の置き方で何が書かれているか見え隠れしてきた。

これはもう水曜までしか持たない。

確率で木曜の朝がXデーだ。

腹を括れ。

明日すぐに行け。

無理なら明日準備して明後日行け。

2021-03-03

AI, VR, 仮想通貨, IoTで大量殺戮するのはまだ良いことで、それらの平和利用こそ恐ろしい」

当時高校生だった私は3.11のその年に福島県大学(会津大学)に入学しました。あれから10年も経ってしまったので、私のごくプライベートなことについて書きます

あと、匿名性は低いです。匿名ダイアリーなのにごめんなさい。

3月11日

2011年3月11日に、私は茨城県博物館の中にいた。高校卒業式が終わって、車の免許を早々にとったらしい友人と二人、車で博物館にきていた。地震とき、私は吹き抜けの空間の中心にいて、長い振動の間、博物館全体のガラスは轟々と鳴り響いていて、「ああ、私は、今日が命日なのだなぁ」と人々の動揺の中、思った。

実際にはガラス耐震性能が高かったので、館内にはけがはいなかったようだった。

信号機の止まっている、徐々に昏れていく道を、車中でほとんど会話もなく急いで帰った。急いで帰ったけれど、通常の2倍以上もかかって家についた。

私は地震の直後、2ちゃんねるに張り付いていた。「福島原発やばいらしい」そんな書き込みを見て、いよいよ日本は終わったんだ、と私は思った。

私が高校生の頃、世界原発事故ドキュメンタリーが大好きだった。チェルノブイリスリーマイル島東海村。「原子力」という尋常ではないエネルギーが生身の社会に取り込まれて、人間の内側におとずれるということに私はなんとも言えないグロテスクさを感じて、親や友達気持ち悪がられながらも読んでいたのだった。

当時、特にJCOの臨界事故NHKドキュメンタリーは何度も読み返したものだった。事故が起きた時、「出奔した原子力」に対しての(政治的・肉体的・精神的)人間の無力さ、弱さのコントラストがあまりにもどぎつく、生々しく顕れていたからだった。

私は地震が起きて、一、二日後にはリビングこたつ占拠して、こたつのど真ん中にデスクトップPCを置いて、情報官気取りで気象シミュレーションをみたりしていた。そして、家族にも協力してもらい家中シャッターを閉めた。それくらい、当時私は怖かったのだと思う。

震災直後、福島県大学入学した

私は震災の年、福島県大学入学した。私の地元同級生にも福島県大学入学する予定だった子がいたが、辞退したらしかった。大学入学式は遅れて執り行われた。ガイガーカウンターを買った方がいいかな、とか、「あそこには近づかない方がいい」とまことしやかな噂を聞いては少し怖いな、という思いが常に頭にあった。

しかし、入学してみると、その話はなんとなくしてはいけない話に思えてきたのだった。それはその土地に長く住んでいて動くことができない人たちには、惨い話であるからである。私もいつの間にか、放射線の話はしてはいけない気がして、話題にするのをやめた。すると、怖いという感情もいつの間にか薄れていった。

しかし、時々、放射能汚染される夢を見ていた。これはつい福島県を離れる少し前まで見ていたのだった。

私の当時住んでいたアパートには窓の近くにベッドがあって、その窓の外には何年も取り込み忘れたバスマットが干してあった。私の覚えている夢では、実はそのバスマットは大気中のチリや雨に放射性物質たっぷりまれていて、そのバスマットの線量が高くて、実は私の身体が蝕まれていて……という夢であった。何年もそのバスマットを干しっぱなしにしてしまったのは、もしかしたら、そういうことに対する無意識的な恐れから触りたくなかったのかもしれない。

長年大学でくすぶっていた

私は、大学特にパッとした研究もできないでいるのに何年も何年も大学にいた。でもそれが良かったのかもしれない、と今では思う。福島県という土地に「土着」して、私なりの感覚放射能の感じ、特にその怖い感じの中に居たということが。

私はもともと怖い思想の持ち主だと思う。正しいと思ったら、それに突き進んでしまう。人の感情も、中学生くらいから読まないように生きてきてしまったため、無視する癖がついてしまっている。だから原子力という「科学技術コントロールから外れた状態」の中に当事者として生きた、というのは私が、私の歴史にとって重要ことなである。もちろん、日本にいたら誰だって当事者なのだが、私は福島県に住まわず当事者と思えるほど賢くない。

核兵器はまだ可愛いもので、核の平和利用こそ恐ろしい」= 「AI, VR, 仮想通貨, IoTで大量殺戮するのはまだ良いことで、それらの平和利用こそ恐ろしい」

3.11から10年が経って、私は福島県から遠い場所に住んでいる。今は遠くから考えることしかできない。

最近原子力、ひいては(科学技術についての論考を読んでいる。1950年台、まだラジオな世の中で、近未来的なもの技術とか科学が大きな期待を背負っていて、すごくキラキラしていたであろう時代、人々は核の技術に対して、今でこそ信じがたいが「核兵器の利用は良くないが、核の平和的利用こそ人類幸福につながる」と本気で思っていたようなのだ。多分、今でいうところの、テレビCMIT系企業がたくさん広告を打っていて、IT企業に勤めていることが一種ステータス少女漫画に出てくる男性IT企業勤め!)になっていて、AIすごい!VRすごい!仮想通貨すごい!IoTすごい!みたいなイケイドンドンな感じだったのだろうと思う。そんな時代、「核兵器はまだ可愛いもので、核の平和利用こそ恐ろしい」と指摘した人、ハイデガーがいた。今でなら、「AI, VR, 仮想通貨,IoTで大量殺戮するのはまだ良いことで、それらの平和利用こそ恐ろしい」と言うのと同じことなである。今でなら炎上やむなし発言なのであるしかし、このアナロジーを単なる面白おかしアナロジーとしてだけで捉えていいか。彼は世の中の潮流とは全く違う発想を省察によってしたからこそ、核の平和利用危険性をかなり早く認識できた。

科学は考えない」

ハイデガーは「技術」について『放下』の中で、(科学技術に対して「その価値を認めつつ、それに対して否、と言う」 ―ーこの本のタイトルにもなっている、「放下」という態度が大事なのではないか、と言っているらしい。(まだ『放下』は直接読めていないので、「らしい」でごめんなさい。)

そして、彼は思考について、「計算する思考」と「省察する思考」とに分けて考えており、彼は「科学は考えない("Wissenschaft denkt nicht")」、科学計算する思考であって省察ではない=「考えていない」、というしかたで核の平和利用について否、と言ってみせた。

科学は考えない」

これは、理系立場仕事している者にとっては「耳が痛い」ことなのではないかしかし、耳が痛いからこそ考える価値があるのではないか

彼の言っていることを私は理解できる気がするのだ。科学進歩的に進んでいく。その「ひたむきに進んでいく」ということが「科学は考えない」と彼が言う理由なのではないかと私は思う。何か、ある方向に、引っ張られるように「進んでいく」。立ち止まる者は厄介者として排除される(Publish or Perish)。ハイデガー技術批判するだけではない。もちろん価値を認めつつ否定するという態度を彼は実践している。私も技術がなくなったら困る。方向音痴の私はGPSが無くなったら、地図が無くなってしまったら、とても狭い世界を生きることになってしまう。だから難しい、ある意味矛盾の中を生きなければならない。

私について

私は、実は博士過程を休学した。プライベートも荒れてしまったし、閉塞感でいやだったし、どうしても、論文が書けなかったのだ。

私は小さい頃から哲学が好きだったらしい。「最近哲学系の本を読んでいるよ」と昔の友人たちにいうと、みんな「よく哲学的な話してたもんね」と言ってくる。

でも、私が文系に進学しなかった理由が、「確かなものが何もないと怖い」という恐れからであったし、国語がとても成績が悪いし、理系ってなんかかっこいいとか思ってたのもあって、ずっと理系研究室で研究していて、哲学とか諸々の教養ほとんどないのだ。

哲学最近やってる」と言うと大半の人に苦い顔をされる感じがする。「中二病が抜け切っていないな、こいつ」と言いたげなそんな感じ(笑)。おそらくそれは哲学に「生産を止める」作用があるからなのではないだろうか。無意味で、ある意味破壊的な作用が。

以前、こんなことがあった。課外活動で何人かで集まってスマホアプリを作ろう、となったときに、誰かが「xxさん(有識者らしい)から教えてもらった方法で、xxという仕方でブレーンストーミングすると良いらしい」と言った。私は「なんでその方法でなければならないの?」と、ある意味チームの士気を下げるようなことを言ってしまったのだ。こういう「そもそも論」(哲学)というのは「生産を止めてしまう」。イヤな感じに水を差す。だからまれる。

しかし「生産を止める」という行為が実は重要なのではないか。世の中的に、「生産的=いいこと」という認識がある。生産を止め続けないことがそれほどいいことなのだろうか。これこそが、ハイデガー批判するところの「考えない」態度ではないか。「より幸せに、より便利に」を目指すために科学技術を信じて、生産生産生産、とひたむきに努力してきた末の原発事故ではないか

昔の時代原子力は「兵器として利用されることはとてもよくないことであるが、平和的に利用するならむしろ幸福に導く」と信じられていた。

今の時代も同様に、情報技術生命科学が「非倫理的に利用されるのはとてもよくないことであるが、平和的に利用するならむしろ幸福に導く」と信じられている。「再生可能エネルギーでなら、持続可能社会が実現できる」とも信じられている。

もし、「なぜ地震大国原発つくったらヤバイという今ではあたりまえの認識を持てず、当時誰も水を差す人がいなかったのだろう?」と考える人がいるならば、なぜ、現代においてもその人が水を差す人にならないのかが不思議なのである。だから、私はあえてこうして水を差す、ということをしてみたい。

ということで、私の全然論文を書けていない「生産しなかった」大学時代も、この哲学的態度の実践とみなしてこの文章を締めくくることにする。

2021-02-23

臨界ある彼くん

「今まで我慢してきたけどもう嫌だーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」



臨界ある彼くん”

臨界ある彼くん”との一致はありません。

2021-01-15

anond:20210114153728

有料/無料

配信許可/不許可

2値しかなくてグラデーションが無い人が多すぎる

たくさんの人にプレイしてもらいたくてやってる施策が、意図を離れていって臨界を超えちゃったんだな

完成した作品は作者の手を離れて、コントロールするのは難しいけど

プロアマチュアは違う

構造的にはプロが、アマチュアを食い物しているとも言えるわけで

プロ理屈アマチュア押し付けても誰もが受け入れられるわけでもなかろう

2020-12-30

2020年数学小説に関する小さな後悔

今年、数学小説に関することで「やっておけばよかった」と思ったことがふたつあった。

ちょっとしたことなのでここに記録しておく。

1つ目。

『年刊SF傑作選 超弦領域』に収録されている円城塔短編ムーンシャイン」に

これを発展させたファイト-トンプソン定理は、「奇数位数の有限群は可換である」ことを主張する。

とあるのだけど、これを読んだ時に

ここの「可換」って「可解」の間違いだよな出版社に知らせておいた方がいいか

と考えたのだけど、ストーリーには何の影響もないディテールだしすぐ知らせる必要もないなと放おって忘れていたら、

今年出た伴名練 編『日本SF臨界点[恋愛篇] 死んだ恋人から手紙』に

ムーンシャイン」が収録されていてこの部分がそのままだった。

2つ目。

奥泉光長編小説『雪の階』で、数学を愛好する主人公笹宮惟佐子に関して

微積分の初歩を終えたばかりの惟佐子には手が出せそうになかった。

描写されるところ(一章 七)があるのだけど、その直後に

初歩の参考書からはじめて高木貞治代数学講義』、ミハエル・グラッスス『高等数学入門』、竹内端三『函数論』と云った著作を惟佐子は独習し、いまは山畑氏から借りた解説書で解析学も少しずつ勉強をはじめていた。

という文が出てくる(作中の時期は昭和十年(1935年))。

竹内端三『函数論』は上巻(函数論. 上巻 - 国立国会図書館デジタルコレクション)だけでも関数論(=複素関数論)のかなり詳しい部類の本で、

下巻(函数論. 下巻 - 国立国会図書館デジタルコレクション)までいくと楕円関数論について詳しく扱っているような本なので、

それを「独習し」というのは「微積分の初歩を終えたばかり」という描写齟齬をきたしていると思う。

竹内端三『函数論』は現在でもわりと読まれていて数年前に復刊もされている本なので、誰も気にしないにしても記述修正した方がいいじゃないかな、

と思うだけ思いながら特に何もしていなかったら、

つい先日『雪の階』が文庫化されて上にあげた部分はそのままだった。

変更されていたかは分からないけど、一応どこかに言っておけばよかったとちょっと後悔した。

そもそも、本のミスや誤字脱字を見つけた時どのくらいの人が指摘・報告をしているのだろう?と思った。おわり。


数学小説について、おまけ。

現在発売中の数学セミナー2021年1月号の特集が「SFと数理科学」で、

円城塔による総論数学との絡みのある小説をいろいろあげていて、

同じく現在発売中のSFマガジン2021月2月号の小特集に伴名練が寄稿した文章の中で

構想していたという数学SFアンソロジーに収録するつもりだった作品をあげている。

大好きだった友達の話

畑中を初めて認識したのは中1の3学期だった。中高一貫の母校では毎年高3送別会として各学年の有志が出し物をするイベントがあった。学年が上がれば各学年のカラーが出てきてそれぞれに工夫を凝らした出し物になるのだが、高3との関係性も薄い中1はたいてい合唱相場は決まっていた。その合唱練習にいった多目的ホールで、なんかやけに綺麗な子がいるなと思った。すらりと背が高くて顔が小さくて、鼻筋は高く通っているけど鼻先は少し丸くて親しみがあって、真顔でも口角が上がっている猫のような顔。胸下まである長い髪が静電気で少し膨らんでいた。

いつどのように仲良くなったかはどうしても思い出せない。気が付けば毎日のように畑中手紙を交換し、イラスト練習をし、力尽きて眠るまで長電話をし、プリクラの新しい落書きを開発し、ハリーポッター世界に浸り、塾をさぼって何をするでもなく新宿マクドナルド居座りインターネットにハマってブログを開設して高校生ブログランキングでいいとこまで行ったりしていた。私たちはたいていランキング上でも並んでいて、いつも畑中の方が上にいた。高1か高2の球技大会中、早々に負けて残りの2日間ヒマだったのでピアッサーを買いに行って次の日学校廊下畑中ピアスを開けてもらった。私はどこにピアスを開けるのがおしゃれかなんて分からなかったし、穴を増やすつもりもなかったので完全に畑中にお任せして場所も決めてもらった。実際にピアスを開けるときよりも畑中ハイテックで耳たぶに位置決めのマークを書いている時の方がなぜか緊張した。畑中ピアスに凝っていて、形がいいと褒められるから右の耳にはもうピアスは開けないんだと言って左耳にばかり穴を増やしていた。

畑中に話していないことは何もなかったし、お互いの人生登場人物は全員把握していた。高2の時にくだらないことがきっかけで大喧嘩して、喧嘩の勢いでお互い言わなくていいことまで言ってしまった。引っ込みがつかなくなってしばらく初めての別行動をして、一緒に観に行きたかったなって思いながら観たロードオブザリング全然面白くなかった。後から仲直りして、「ロードオブザリング、一緒に観たかったのに」って言ってくれたときはやっぱりうちら親友だねって思ったよ。

私は畑中が一番の親友だったけど、畑中にはもう何人か細く深い友達がいて、その子たちはみんな学校では少し浮いている性の香りのする女の子たちだった。彼氏が途切れない女バスギャルグループみたいな男好きするムードとは違い、〇〇ちゃん彼氏って、社会人らしいよ……と噂が立つタイプの、今にして思えばクラスメイトは幼稚で話が合わなかったんだろうなというような早熟なはぐれ狼と仲が良かった。畑中自身は何人かに告白されこそすれ試しに付き合ってみても全然ピンと来なくて別れる、みたいな感じだったので、畑中恋愛あんまり興味ないのかな?なんて思っていた。なんせ畑中美人だし、そんじょそこらの男が付き合えると思ったら大間違いよ。だから大学に入ってから予備校の仲良しグループの男の一人と付き合いだしたときは(あんまかっこよくないし背も低いのになぁ)なんて勝手に思っていた。

そうして安心して自分を委ねられる相手ができたことで、畑中メンヘラの才能が開花した。元から畑中時間ルーズだったり忘れ物が多かったりルール無視したりするタイプだったけど(そういうところが私も似てたからお互い遅刻しまくりながら長く付き合っていた部分もある)なんかそういう自分本意で、自分が良ければあとはなんでもいいようなところが加速していた。畑中受験がうまく行かなくて不本意大学に通っていたのもあって、大学1年の時はとても不安定だった。でも1年後再受験することに決めて、無事第一志望の大学合格した。私は畑中受験が終わるのをすごく楽しみにしていて、受かったらお祝いに一緒に沖縄に行こう!って言って旅行を予約していた。「やっぱり行けない」と言われたのは出発の3日前。うち厳しいし旅行のことも怒られるから言ってない、今更言えない、キャンセル代は払うからと言われて落胆し、怒り、「なんでもっと早く言ってくれなかったの」と詰った。「だって聞く耳持たずって感じだったじゃん。勝手に決めちゃうからさ……」と言われた。私が一人で先走って空回ってただけ。キャンセル代は銀行振り込みだった。さすがにショックだったけど、志望校に受かった畑中は明るさを取り戻し、また魅力的なやつに戻っていたのでなし崩しに今まで通りの付き合いが続いた。

畑中が受かった大学たまたま私の家の近所にあって、私はその大学で別の友達が立ち上げたサークルの手伝いをしていた。私がグループで集まれる数少ない友人の一人が、とある企画のために入学直後から大変な苦労をして作り上げたサークルだった。畑中はそのサークルに興味を持って入ることになり、美人なのにおちゃらけ性格でもってすぐ溶け込んだようだ。前後関係は忘れたけど、前の彼氏と別れた後はサークルの仲間の一人が恋人になったようだった。その頃私はほとんどそのサークルには関わっていなかったんだけど、そこでまあよくあるサークル内の小競り合いみたいなことに発展し、畑中サークル創立者友達対立して揉めた。泣かせた。その友達からこんなことがあって……と話を聞いている最中畑中からメールがきた。「今六本木で飲んでるよー!増田もおいでよ!」

ナメられてんな~と思った。私のことも蔑ろにして、私の大事友達のことまで傷つけるんだ。人が作ったサークルに後からやってきて我が物顔でぶち壊そうとしている。それで呑気に飲んでんの?六本木で?なんかもう限界だった。小さく積み重ねてきた「大切にされていない」という思いがここで臨界点に達し、「私が何も聞いてないとでも思ってる?もう連絡しないで」と返し、メールを受信拒否して連絡先を消した。それから今日に至るまで会っていない。

畑中は小さい頃にママ病気で亡くしている。仕事で忙しいパパと厳格なおばあちゃんに育てられて、畑中はずっと愛が足りなかった。パパには再婚したい相手がいて、多分畑中学生のうちはやめておこうと思っていたのか籍はいれていなかったけど、その相手の女の人の影がちらつくたびに畑中不安定になった。中学生の私ですら、畑中にはパパしかいないんだから再婚なんてしないでよと思っていた。畑中はずっと誰かに愛されたかった。そしてそれは私ではだめだったのだ。私が誰より一番畑中が好きだったのに。よく男女の恋愛で「私はあんたのママじゃない」なんて台詞があるけど、私があんたのママだったのに。本当に大好きだったのに、趣味センスあんなに合う友達あれから十何年経ってるけどできないよ。でも時間や決まりごとにルーズすぎて、私との約束適当反故にしちゃって、ないがしろに扱っていい相手だって思ってたことが分かってるからもう会えない。大人になった今なら再会しても適度な距離感で付き合えるかもしれないけど、きっとまた同じことで私がキレて終わりなの。畑中の一番にはなれないから。畑中の愛されたいを満たすのは恋愛じゃないとだめで、ただの友達じゃそんなもん満たされなかったのだ。私が畑中が自慢したくなるようなイケてる友達だったらなんか違ってたのかな?眠くて何度も切ろうとした電話を「まだ寝ないで、もっと話そうよ」って言ってきたのはいつも畑中だったじゃん。でも恋じゃないけど愛してたよ。もう一生会いたくないけど、寂しい夜が少ないことを祈ってるよ。

アールグレイ香水を嗅ぐたびにプレゼントで送りあったお揃いの香水を思い出す。

もも結婚して子供までいるのに畑中の話書いてたら涙出ちゃった。あーあ、ほんともう一生会いたくない。

2020-12-23

コロナはただの風邪」は現代一揆なのでは?

肥大化しすぎた格差と、個人の満たされない承認欲求社会階層ルサンチマン悪魔合体して臨界点を超えた。

N国の台頭は「踊る阿呆に 見る阿呆 同じ阿呆なら おどらにゃそんそん」的なノリだったが、アレは完全にテロ化していて、もう現代一揆だ。

コロナ禍が触媒となって、政治不信経済格差私的怨念から精神疾患まで、さまざまなもの悪魔合体を始めている。

現代一揆勃興の臨界点を超えた感がある。そして、その矛先ははどこへ向かう?

2020-11-26

anond:20201126142632

逆に、「なぜ延命治療強制できるのか。」という話になると思う。

無理矢理生かされて、ずっと苦しみ続けないといけないこと、それを強制する社会安楽死がある世界に比べて正常なのか疑問だ。例えば、東海村JCO臨界事故で亡くなった被曝者状態になったら自分は、助けてもらわず死にたいと思うだろう。

しませ続けることが合法なのはおかしい。

2020-10-20

はてラボ人間性センターって何?

3問正解で通過って書いてあるのに5問わかるまで通してもらえなかったね。この時点でイライラ臨界点に。私さんがファミチキを間違えて「ファミマ」チキって書いたせいで、書き込み画面に辿り着くまでに10分かかりました。3問ピッタリじゃなきゃダメなのかと思って調整もした。

艦これのNo.48とかはてなの本社の所在地とかパンダ尻尾の色とか聞かれてもわかんねえよ。パンダ尻尾は黒じゃないのかよ。サンライズかい西日本ローカルメロンパンを知らなきゃ人間じゃないってか!?そもそも私はメロンパンが嫌いだ。

書きたいことがあったから開いたのにお前のせいですっかり忘れちまったじゃねえか。おかげでスッキリしたよ、ありがとな。

人間性センターのおかげでマイナス感情暴走モンスターから人間に戻れたので大人しく寝よう。。。

2020-10-04

何故予測しないのかが分からない。

Vtuber炎上した人を知ったが、

馬鹿にした事を万人が見る可能性がある動画

何故考え無しに言ってしまうのかが分からない。

自分仕事侮蔑されたら良い気はしないだろうに。

しか最近似たようなケースが頻繁に出ているのに何故同じ轍を踏むのか。

それなのに何故言ってしまうのか。

機械が壊れて触ってはいけないと説明しているのに、

仕事が止まるのでこのまま動かして良いですかと言い出した営業もいた。

良いですよと言うと思ってるのか。

ワンチャンいけるとか言う人を見かけるが

流石にワンチャンもないレベルでもワンチャンワンチャン言うので辟易している。

ねーよ、1チャンスも。

ノーチャンスだよ。

触れば爆発確定の臨界点だよ。

とりあえず言ってみるとか、言うだけだったら何でも言って良いと言う風潮でもあるのだろうか。

少しは考えてください。

2020-09-28

日本の衰退理由は異常なまでの責任を取らない文化だと思う

政界特に自民党言わずもがな民間企業役員も総じて責任を取らない。

日本語責任なんて言葉存在しているのが不思議になるほどだ。

戦時中責任ある立場人間が失敗しまくって誰も責任取らずに逃げ回ってたんだっけ。

日本人のこの異常なまでに責任取らない気質DNAレベル存在している。

権限を人を持たせたら多くの選択肢可能性が生まれる。まり、より優秀な人にこそ、この権限を与える必要がある。

でもさあ、責任取る気概のない人間がどうやって質の高い仕事ができるって言うんだい?

その結果、安倍政権を例にあげると、政策も失敗に失敗を重ねて、やることっていったら増税くらいだ。まあバカ民主主義で選んでるんだから日本人の「責任」でもあるけど。

この場合否が応でも国民責任を取らされてるんだよね、皮肉にも。

この社会的持続可能性の消し飛んだ日本海外逃亡できなきゃ、この国で生きていくしか選択肢がないんだ。

でもさあ、度重なる増税保証の削減、年金も期待できないから既に2000万貯めろだの宣言されているわけで、今の50代で貯金ない人達さあ(さら若いももちろん含めて)、あんたら死ぬまで働くことを覚悟したほうがいいよ、でもしょうがないよね、民主主義利権と保身にしか興味のない愛国心ゼロ自民党を選び続けているんだから

そう。安倍政権はひどかった。特に安倍が。

責任を痛感してるって100回以上発言してたけど、一度も取ったことないよな。あそこまでバカだと責任って言葉すら知らないんじゃないかと疑ってるけど。

今更少子化対策しようとしてるけど、移民いくら入れたって、出生率改善したって、回復可能性の臨界点はとっくに過ぎてしまいどうあがいても改善不可能。そんなになるまで利権利権へと税金をばらまいてたわけだ、自民党は。

もし責任を取れるんだったら取ってほしいよ。

リクスゼロ政治家やってるから、やりたい放題。責任取らないで政治家やってたら国も崩壊するわ、民間企業だって日産東芝みたいに潰れそうになるわ。

ところで、日本人カタカナ語大好きなんだからレスポンシビリティーってみんな使ってほしい。

日本語責任なんて言葉はないのだから

2020-08-29

anond:20200828183724

たった7年でここまで日本破壊したとか、自分総理権限を持ちながら悪意を持っていたとしてもここまで日本凋落させるのは無理。

特に回復不能なまでに少子高齢化悪化させたあたり、よくそんな無策がまかり通ったよな。今からがんばってもどうにもならん臨界点は余裕で超えてったぞ。世界一日本社会に持続可能性がない。

2020-08-28

anond:20200828183724

今生まれてくる子供に伝えたい。「地獄JAPANへようこそ」

2020-08-25

増田に相応しいブクマは決まった!

『全ての源』

『全てを灼き尽くす』

『全てなる臨界点』

全部にid入れるとオススメ召喚獣が出てきて欲しい

2020-07-31

anond:20200731012255

臨界期は20歳らしいので、もう積み木のことは理解できないのでは?

娘をフェミにしない為に

モテる経験を積ませたい

社会的知識としての部分はこの立ち位置から上澄みだけ眺める

個人としては一切関わらせない

娘にはそうやって教育するつもり

経験が積めるのは20歳まで

モテる、ってのは、異性と積み木を積み上げていくこと。この臨界期は20歳。

2020-07-30

アンソロジスト伴名練と曽根卓、もしくは読書コミュニティ

伴名練編『日本SF臨界点』恋愛篇・怪奇篇に収録された全20篇のうち、91年~99年初出の作品

和田毅草上仁)「生まれくる者、死にゆく者」

高野史緒「G線上のアリア

山本弘怪奇フラクタル男」

田中哲弥大阪ヌル計画

岡崎弘明「ぎゅうぎゅう」

森岡浩之「A Boy Meets A Girl

の6篇。

ここで、伴名練から京大SF研の先輩(たぶん)にあたる曽根卓が出した『架空アンソロジー 年間日本SF傑作選91~99を編む』という同人誌がある。

タイトル通り、対応する書籍がない90年代の年間SFベストを選出する企画だが、上に挙げたうち「G線上のアリア」以外の5篇がこっちでも名前が挙がっている。(高野史緒は代わりに同年の「未来ニ愛ノ楽園」が選ばれている)

曽根卓は年十数篇ずつの名前を挙げているから、この年代の名作を選べばかぶるのは当然、という考え方もあるかもしれない。

しかし、ここに挙がっているのは先行アンソロジーとのかぶりを避けた、「定番」とはほど遠いセレクトばかりだ。

また各作家は当時のSF分野を支えていた存在で、どれも該当期間に相当数の作品を発表している。そこからセレクト共通するのはまったくの偶然だとは考えにくい。

ほかの年代については、2010年に京大SF研の会誌『WORKBOOK』に載ったという「年間日本SF傑作選を編む00~06」が入手できないので検証不可能

でも、曽根卓のブログ記事(https://sonesuguru.hatenablog.com/entry/2019/04/04/211833)で藤田雅矢奇跡の石」扇智史「アトラクタの奏でる音楽」が、

ツイート中島らも「DECO-CHIN」(https://twitter.com/sonesuguru/status/780075409459118081)、

中井紀夫「死んだ恋人から手紙」(https://twitter.com/sonesuguru/status/866997074612465670)、

中原涼「笑う宇宙」(https://twitter.com/sonesuguru/status/635871919695265792)が、

同じく曽根卓が編集した同人誌『新・旧ハヤカワSFコンテスト総解説』内の文章("城内首夫"なる書き手の詳細不明)で谷口裕貴「貂の女伯爵万年城を攻略す」が、言及されているのを見ても

しかも口ぶりからすると、SFファンならだれもが知っているというわけではなさそうだ)、伴名練とはかなり知識評価軸が共有されているのが予想できる。

そう、知識評価軸の共有だ。埋もれたSF作品に対する伴名練の知識量と熱意はもはや広く知られているが、それは孤独読書で培われたのではなく、導き、導かれ、ともに歩く仲間があってこそだったらしい。

ちょっと調べたら、当時の京大SF研が猛者揃いで、伴名練がそこで揉まれたのは周知の事実だったようだが、自分はこれまでいまいちピンと来てなかったのでここに書いておく。

2020-07-03

anond:20200701175011

あの2冊の表紙と、2冊の編者(この記事にある「当該する編集者」ではなくアンソロを組んだ作家さん)の人の表題作の表紙のことを言っているのなら、正直に意見するとその作家とこの記事にある編集者個人のの趣味に走りすぎているきらいは感じられます。確かに日本SF地位を押し上げた若い作家たちと多く触れ合った編集者と、有名なラブコメ漫画かぐや様は告らせたい』の漫画家のイラストを表紙絵にした表題作が有名になったばかりの作家のお二人によるものではあるけど、今度出す新刊アンソロジーの題目は『日本SF臨界点』なんですよね。

編集者仕事に関する告知以外にも趣味ソシャゲシャニマスやメギド72、明日方舟・アークナイツ?他にもあるようですが確認できたのはこの3つ)にも言及する運用の仕方でTwitterを使っているから、そういうソシャゲが大好きな人たちにとっては親しみやすいんだろうけど。(それらゲームをある程度認識はしていますが)それらにSFルーツを感じたことがない者としては、そういう趣味に引っ張られてる部分がやっぱりあんのかなあ…嫌だなあ…と純粋に思っていました。後「イラストレーターが傷つく」という反論は少し失笑してしまいました。装丁を頼んだデザイナーイラストレーターから届いたもの含めて作品に誇りを持って売り出すべきで、もし装丁場違い批判されるならただ仕事を引き受けただけのイラストレーターよりも、意図を持って装丁を依頼した編集者などが批判されるだけではないのか??2冊のアンソロジーに起用されたイラストレーター自身はおそらく日本人ではあるんでしょうけど、その編集者さんも大好きなTwitterで調べてみる限り、アークナイツっていう中国近代都市ソシャゲの絵のようだと評価されている絵描きらしくて、尚のことよくわからなくなった。(さらに調べてみたら、この絵描きの人は実際に中国ソシャゲアークナイツに携わっていたという。では日本SFらしさとは…?)

まるで自分含めた現代日本人の若者たち想像する「SF」というものが全て中国ソシャゲアークナイツ的な、彩度が低くて機械的都市背景にカッコいいファッションの若くて可愛いキャラクターたちが活躍するもの、と思われているみたいですが、それこそ結局アークナイツ中国ソシャゲ中国SFに付随するイメージしかなく、もし本当にそんな考えで採用しているのだとしたら『日本SF臨界点』なんてタイトルアンソロジーに相応しいとまでは個人的には思えないです。SFは好きなので結局買って読むとは思いますが、「百合SF」を盾に市場を雑に切り拓こうとしている様子が見られた時期から怒りは感じているので、層を広げるにしてももう少し深く考慮した上で装丁を考えてほしいと強く思っています

個人的に自分も、『なめらかな世界と、その敵』も『日本SF臨界点』の表紙の2冊とも依頼時は性別指定なしとしていたとありますが「女の子ではない」は無理があると思う。

オタク絵にある程度慣れた目でも少女性が強く見えて化粧っ気のない童顔の女子しか見えないし、おそらく慣れてない目の人は少女しか見えないのではないか?そういえば中国オタク絵で「美少女といえば銀髪に赤目、それが一番売れる」という面白い話を聞いたことがありますがそれすら思い起こされました。総合的な要素を見れば中国若者ウケする表紙にはなったのでしょう、日本SF臨界点らしいけど。ディレクションが悪いと思います個人的に

たぶん20年くらい前のニュースステーション

先週くらいから、栓を抜いたお風呂から久米宏の声が聞こえる。毎日同じ時間。どうも20年くらい前のニュースステーションっぽい。東海村臨界事故話題ばっかり。それにしても久米宏凄いこと言うな。

2020-07-02

anond:20200701175011

そもそも伊藤計劃以後」も「百合SF」も売り方でちょっと燃えたりしたんだから

ハヤカワは伴名練という作家に過剰な文脈を背負わせすぎなきらいもあり、それはあまりよろしくないと感じるが、『日本SF臨界点』は伴名練の作品批評ひとつとして見なすべきではないか

まあそういうところが燃えたんでしょと思った。

結局絵の部分は枝葉で、「伊藤計劃以後マーケティング」への反発と似たようなところがある

アンソロ編纂暴力性を孕んだ行為」、まあ正しいけどそれを納得させるには伴名練はまだ役者不足だった、にしかならないでしょ

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