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はてなキーワード: 否定的とは

2020-05-30

anond:20200530002439

私も疑獄潰しのデマには否定的です

でも定年延長したのは事実ですよね

から私は安倍総理批判してるんです

分かります

anond:20200530001208

私は定年延長については否定的ですよ。

ただ、自民党疑獄潰しのデマ世論が乗せられず定年延長だけではハッシュタグ祭りもなかったよね、とだけ言ってるの。分かります

2020-05-29

#BlueImpulse #ブルーインパルス 

現在(14:00頃)のtwitterでは #BlueImpulse や #ブルーインパルス  のタグ今日東京上空を飛行する自衛隊ブルーインパルス写真が沢山ツイートされている。画像はなくともこの飛行イベントについて言及しているツイートは多数あって、トレンドには上がっていないけれどかなりの数だ。

それらはブルーインパルスの飛行を目撃したというだけでなく、医療従事者に感謝言葉を添えたものも多い。

首相官邸ツイートにハテブでは否定的意見が多かったように感じたが、hatenaユーザーでない一般市民国民の受け止め方は違うようだ。ブルーインパルス目撃ツイートにはあまり批判的な意見は見受けられないように感じられ、逆に高揚感や一体感を疑似的に感じているかのようだ。まさに首相官邸が目指した通りの効果を与えていると言えるだろう。

この程度のことでコロリと懐柔される、と批判するのは簡単だろうが、イメージ戦略として真に効果のあるイベントであったことは確かだと思う。twitterで先のタグをつけたツイート群を確認していただければ実感できると思う。

しかしたらブコメ批判した人たちも実際にジェット機の飛行を見れば、その飛行イベント自体には爽快感や華々しさを感じたのかも知れないが。

anond:20200529133925

そういうこともあるね。

checkNG みたいな関数関数名だと、いやこれほど露骨でなくてもなんとなく否定的関数名だと、それに not をつけて条件にするのは憚られる。

2020-05-28

テラハ実在人をキャラクター扱いするのが悪いというより、キャラクター扱いを徹底できないのが悪いんじゃないか」という言説自体には賛同しないこともないんだけど、それを話題ラブドールには否定的な人がRTしていて「これが性犯罪者(予備軍)の認知の歪みか〜〜〜〜〜!」と思うなどした。

実在人をキャラクター扱いする」という文化だけは何が何でも守りたいらしい。

anond:20200528163747

物事検討を加え、その正否や価値などを評価・判定すること。特に物事の誤りや欠点を指摘し、否定的評価・判定すること。

明鏡国語辞典

特に欠点の指摘らしいぞ

2020-05-27

anond:20200527150213

いや、LGBTは異常でいいだろ

障害者だって異常だろ

否定的意味で使わないなら、異常という言葉は避けた方がいい、というアドバイスにこういう反応が来るのは意味がとりづらい。

それが正常な世界って一体なんだよ

この世界。この世界説明として、「LGBT障害者も異常として否定すべきではなく、正常といっていい」というのは適切だ。

同性愛者が正常なら異性愛者は異常か?

障害者が正常なら健常者は異常か?

もし同性愛者が正常なら、異性愛者が異常となる、というあなたの考え方がおかしい。

この社会において異性愛者が正常なのは、確固とした観念として成立しているので、同性愛者を正常扱いしたくらいではいささかも揺るがない。そして、異性愛者が異常として否定されないのと同じように、同性愛者も異常として否定しない、ということに何の矛盾もない。

障害者と健常者についても同様。

テレビに出たいという素人気持ち それは否定的

そういう仕事の人はそうだろうが、多くの人は必ずしもテレビに出たいと思っているわけではない。

ただ、職業理由があって、取材協力を受けるなど

anond:20200527154926

それを言うなら、他者の命を奪わなければ生き永らえない、生物という存在は全てevil

人間特殊なのは自身evilさを認識できる知性を身に着けてしまったゆえに、

反出生主義の類を信奉して、自己の行動を否定的に捉えながら生きるという倒錯か、

肯定感を高く保つために、自身不都合事物無視否定をする欺瞞を強いられる点

我が国において本当に偉い数学者は少ない

  

   以下のとおり色々いるけど基本的日本人数学ができないか特別な人でないと明治時代から数学ができなかったので数が少なかったし、以下に列記の全ての数学者が偉かったわけではない。明治時代活躍した数学者が偉いことをしたことと、昭和時代数学者がはっちゃけていただけ。昭和40年代以降の数学者は怪しい腐れゴミだし、

   戦後30年の男の数学者は知り合いの仲間と共同してクソ必死になって研究していたが、昭和50年代になり女性化の時代になって、文科省がニホンジンに教える数学から初等幾何学はやめましょう、日本人女性に害があるということで、初等幾何学は一切教えなくなったことで、もう相当昔から我が国数学教育はすたれ果てている。

  以下に列記の数学者以外にも、国が隠していて活躍していた数学先生で偉い人は、明治昭和時代はたくさんいたが、今はろくな奴がいない。

 菊池大麓(1855-1917):数学最初日本人教授、のちに東京帝国大学総長

藤沢利喜太郎(1861-1933):2人目の教授数学教育、本格・応用両面の西欧数学移入

林鶴一(1873-1935)

吉江琢児(1874-1947)

高木貞治*(1875-1960):類体論近世日本初の世界数学

藤原松三郎(1881-1946):「日本数学史」ご進講

窪田忠彦(1885-1952):幾何学

園正造(1886-1969):代数学

小倉金之助(1885-1962):数学史、随筆家

掛谷宗一*(1886-1947):連立積分方程式、掛谷の定理

竹内端三(1887-1945);『関数論』

辻正次(1894-1960)

吉田洋一(1898-1987):『零の発見』<岩波新書

末綱恕一(1898-1970):解析的整数論

20世紀まれ日本数学

1901年 - 1910年まれ日本数学者[編集]

岡潔*(1901-1978):多変数複素関数論。多くの随筆を残した。

中村幸四郎(1901-1986):位相幾何学の導入、数学

正田建次郎*(1902-1977):抽象代数学上皇后美智子の伯父

岡村博(1905-1948):微分方程式

南雲道夫(1905-1995):解析学

弥永昌吉(1906-2006):整数論。優れた多くの弟子を育てた。

吉田耕作*(1909-1990):関数解析学

1911年 - 1920年まれ日本数学者[編集]

角谷静夫(1911-2004):角谷の不動点定理

矢野健太郎(1912-1993);微分幾何学。多くの数学専門書・啓蒙書で知られる。

中山正 (1912–1964)

伊藤清*(1915-2008):確率微分方程式

小平邦彦*(1915-1997):代数幾何学

古屋茂(1916-1996):解析学

岩澤健吉(1917-1998):整数論。岩澤理論

加藤敏夫(1917-1999):加藤定理

太郎(1920- ):力学系関数解析

1921年 - 1930年まれ日本数学者[編集]

溝畑茂(1924-2002):解析学偏微分方程式

西正武(1924- ):複素解析

冨田稔 (1924-2015) : 作用素環論

竹内外史(1926- ):数理論理学

一松信(1926- ):関数

鈴木通夫(1926-1998):群論

岩堀長慶 (1926–2011)

永田雅宜(1927-2008):代数幾何学ヒルベルトの第14問題否定的解決した。

佐武一郎 (1927-2014) : 代数群、

谷山豊(1927-1958): 複素解析谷山志村予想

佐武一郎 (1927–2014)

森毅 (1928-2010) : 関数空間の解析。数学教育についての多数のエッセイで知られる。

佐藤幹夫(1928- ) : 佐藤関数代数解析学の創始

境正一郎 (1928- ) : 関数解析学, 数理物理学

服部晶夫 (1929–2013)

久保田富雄(1930- ):整数論

志村五郎*(1930-2019 ):複素解析谷山志村予想

米田信夫 (1930-1996)

1931年 - 1940年まれ日本数学者[編集]

広中平祐*(1931- ):代数幾何学

荒木不二洋(1932- ):数理物理学、場の量子論代数的構造論

小林昭七 (1932–2012)

竹崎正道 (1933- ) : 作用素環論

伊原康隆(1938- ):整数論

1941年 - 1950年まれ日本数学者[編集]

足立恒雄(1941- ):代数整数論数学

飯高茂(1942- ):代数幾何学

藤原正彦(1943- ):専門は数論。エッセイスト、『国家の品格』<新潮新書

齋藤恭司(1944- ):複素解析

上野健爾 (1945- ) : 代数幾何学

秋山仁(1946- ):専門はグラフ理論、離散幾何学テレビにも出演

柏原正樹(1947- ):代数解析学佐藤幹夫弟子

斎藤 裕 (1947-2010) : 保型形式

砂田利一(1948- ):大域解析学

宮岡洋一(1949-):代数幾何学。ボゴモロフ・宮岡・ヤウの不等式

三輪哲二 (1949–)

石井志保子(1950- ):代数幾何学

anond:20200524114411

LGBTが「普通じゃない」という発言をする人は、だいたいその発言に「異常だ」という否定的価値判断を含めているよ。もしその価値判断を読み取れてないなら、それはあなた能力問題だよ。でも、あなたが実は指摘している通り「少数派」という表現を使うことで価値判断を含めてないという態度を示すことができるので、「少数派」という表現を便利に使うといいよ。(もちろん「少数派」という言葉を使いながら、LGBTに対する否定的価値判断を示すことはできるので、適切な単語さえ選べば免責されるというわけではないよ)

さらにいうと「『普通じゃない』という発言価値判断は含まれていない」的な主張をする人のうち相当な割合は、実際は否定的価値判断を読み取れているのに、読み取れないふりをしている不誠実な人だからあなたがそういう人だと誤解されないように、やっぱり「普通」という表現は避けて「少数派」といった表現を使っておいた方がいいよ。

誹謗中傷ネガティブ感想

誹謗中傷批判の境目はどこ?みたいなことを言ってる人が多いが

批判なんて批評家みたいな高尚なことやってるやつなんて実際いない

当然「死ね」とかそういう類のやつはどんどん取り締まれと思うが

おれが心配してるのはネガティブ感想

Amazonとか食べログレビュー否定的感想書いたり

映画レビュー女優の演技が気に入らなかったりした時に

その感想を書いたりするのはどうなのか?

セクハラみたいに相手不快に感じたらセクハラみたいな謎ルールになったら

怖くて何も書けないよね、だって例えば飲食店やってる人は否定的感想かかれたら困るから

誹謗中傷だ!」って言ってくるもんね

元々友達とかで共有してた「あそこの店員対応悪い」とかって感想ネットに書くのが

社会のあり方としてどうなのかって議論は改めて必要なのかもしれない

2020-05-26

舞台からハマった」と言う人が苦手

Twitterでは絶対に言えないので吐き出しに来た。

私は舞台化されている作品同人活動をしている。

数年前の公演で好きなCP舞台版に登場し、その公演をきっかけにCPを好きになった人が増えた。

もちろんSNS同人イベントでも人が増え、今まで顔見知りばかりで活動していた当CPも賑やかになった。

それ自体は嬉しかったのだが、舞台きっかけに好きになった人たちはキャラクターではなく『キャラクター解釈し、演じた俳優』を見ているのだ。

原作からそのCPにハマった人たちと舞台からハマった人たちとでは温度差があるように感じる。

舞台しか観ていない人、原作の他CP活動をしていたが舞台活動CPを変更した人、いろんな人がいる。

ただ、舞台から好きになったという人たちと話していて「おや?」と思うことも多々ある。

好きなシーンや好きになったきっかけの話になると、舞台の内容を話し出すのはどうかと思う。

このシーンが良かった。ではなく、役者の演技について話し出すのだ。

原作ではキャラクターの表情まで描かれていないのに、あのセリフであの表情をするのが彼らの心境に合っていて好き。といったかんじだ。

ちなみに、そのシーンでキャラクターがどんな心境だったか公式から発表されていない。

また、俳優を元に同人活動をしている。

俳優好きな物キャラに持たせたり、俳優の着ていた服を着せたり、キャラの特技が俳優の特技になっていたり、俳優発言を取り入れたり。

それが一度や二度ではない。俳優ありきでキャラクターを描かれるともやもやする。

しか俳優同士のCP創作しだす人までいた。中にはR18の作品も。

それはもうナマモノだ。演じているキャラクターなど関係ない。

べつに舞台の話をするなと言うわけではない。舞台きっかけでハマるのも悪いことではない。私も全力で彼らを演じてくれた俳優の事は好きだ。

ただ、私は原作の二人が好きで活動をしているため原作の二人を見てどう感じたのかを知りたいだけなんだ。俳優解釈を聞いているわけではないのに。

最初そそういった発言をここまで気にすることはなかったが、それが積み重なるとさすがにストレスになる。

俳優の話は俳優の話として、原作とは別物だと考えてほしい。

推しCPは前回の公演と今回の公演で演じている俳優が違うのだが、「別公演で見てたらハマらなかったと思う」と発言している人を見かけてしまった。

本当に俳優ありきなんだなと、俳優としてしか見ていないんだなと、なんとも言えない気持ちになった。

それから今日に至るまで、舞台からハマったことを公言している人たちが主催アンソロジーが発行された。

案の定各自あとがきのページには「舞台でハマりました!」「舞台のあのシーンが良かったです!」というコメントオンパレード。むしろ主催たちがそんな状態だ。

中には俳優さんの名前を出している人もいた。主催確認しなかったのか、それで良しと思ったのか分からないが、私の感覚だとアンソロでそれはあり得ない。

あとがきは一番最後のページに掲載されていた。せっかく良い話だったと余韻に浸っていても、あとがき舞台意識して描いたと言われたら冷めてしまう。

その二人じゃなくても成立するんじゃ?という内容の作品もあった。アンソロならもっとキャラクターに向き合ってほしいと思うのは贅沢なのだろうか。

読む人の中には舞台を観ていない人もいるかもしれない。実写化否定的な人もいるかもしれないのに。そこまで気にするのは神経質なのだろうか。

舞台とは関係ないが、その人たちがこのCPが一緒にグッズ化されなかった事を烈火のごとく怒っているのもはっきり言って怖い。

いつだったか販売されたグッズには、CPの内一人の姿しか無かった。

それを見た彼女たちは、なんでペアじゃないんだ!この会社商品は二度と買わない!と大騒ぎしていたのである

それから何度もその件を引っ張り出しては文句を言っている。

舞台のおかげでグッズになる頻度が上がっただけで、元々そのキャラクターのグッズが出ることの方が珍しいんだが。

まりに荒れているので、購入したなんて言える雰囲気ではない。グッズ化、素直に嬉しかったのになぁ…。

舞台化、実写化する作品が増えた今、私と同じような経験をした人もいるかもしれない。

逆に、愚痴対象となった相手気持ちが分かるという人もいるかもしれない。

これは私の考えだが、舞台原作に限りなく近い二次創作だと思っている。

俳優解釈が合うかどうかで好きか嫌いか別れるのではないだろうか。

2.5作品全体に言えることだが、同じキャラクターを演じていても解釈まで丸っきり同じとは限らない。それぞれの俳優に合った表現もあると思う。

長々と愚痴を綴ったが、舞台否定しているわけではない。このような発言をしている人たちを嫌っているだとか、憎んでいるというわけでもない。

素晴らしい作品を作られる方たちなのに何故…という気持ちからである

しか作品と作者は別物。要は好きなメディア解釈違いなのだ

同人趣味世界なので無理して仲良くしようとする必要もない。

少し距離感を考えながら付き合っていこうと思う。


読んでくれた人がいたらありがとう

念のためにフェイクが入っているので、分かりにくかったらすいません。

2020-05-25

なんというか

批判には筋が通らないといけない。

少なくとも人格否定的なことは言うべきではない。


けど、今回の件で特に騒いでる向きって正にそれがなってない側の人たちで、自分に都合の悪いことは内容を問わず誹謗中傷扱いして言論統制するき満々にしか見えない顔ぶればかりで辟易とする。

anond:20200525011919

岡村自殺していない。

その一点において、あらゆる岡村に対する攻撃正当化される。

花は自殺した。

から、あらゆる誹謗中傷批判否定的感想、すべてが不法行為となる。

2020-05-24

それは否定的 一部の工場労働についてはもとからかなりの装備 マスクなんて当たり前というクリーンルーム並みの工場も多い。

まり工場系は職場での感染はかなり押さえられる。あやういのは十分に分散通勤をしない場合通勤だろう。

分散通勤について、報道機関が十分な報道をしない以上、もうしなくても大丈夫という意思表明なのだろうが、やはり不安は残るので、分散通勤への指導はほしかった。

いまどきマスクもしない工場はもとからすくない。

おれたちITは言うに及ばず。リモートのほうが危険度は高いなどいわれるまでもないが、自粛でどちらが優先といわれれば、リモート工場通勤を譲って、スペースを工場に譲っても良い。

が、それ以前の段階で経済活動が再開可能専門家判断したのならそれでも良い。

世界的な経済の再開について、IT業界は10年以上の経験を蓄積してきているし、他の業界もそうだろう。

なぜ危険な一律一斉解除を選ぶのか?まぁ、よほど安全になったのだろうとはおもうが、優先度を決めて段階的な3密を避ける状態を続けながらではなく、もうないですよ。と事実上安全宣言が出るのは以外だった。

 

中国様相を見ると、日本中国系の人種コロナに強いというのも否定的フランス並みに致死率が悪化する可能性はこれから大きな気候変動や冬の到来を受けてないとはいえない。が、そういうのは専門家が考えた末の結論だろう。俺たちに言えるのはIT業界にはすくなくとも、まだ提供していないノウハウというものはあるが、必要ないようでなにより。今までのほうが安全からそちらのほうがよい。

経済回復に関しては、十分な議論が聞こえてこない段階での一斉解除で限界で非常に厳しいとはいえコロナの致死率と比べるとまだ余力がある中での解除となると不十分には聞こえるが、安全なんだろうと様子を見ている

 

次回のために言えば、リモートはまだ危険な段階ではあるとしても、コロナの致死率よりは致死率が低い。もしパンデミック再発となるとそのリスクは非常に高い。それと比べると、こういったさいに、十分医療機関が準備を整える時間を稼ぐ自粛できるリモート技術研究は、必要ではあろう。(今回はリモート技術実証事件の場ではない)

 

どうでもいい、馬鹿が考えるとこうなるという見本=自分の例を出しておく。

もうすこし、それぞれの議論に対して、どういう議論を尽くした結果、こういう結末になったのかを、わかりやすく教えてもらえると、新聞TVお金の分の価値というのがでるから、やかった。

あと、誰か、頭のいい人頼む。

2020-05-23

できなかないだろうけど

このレベル知識

いわゆる日曜大工のお父さんに要求してもいいか?といわれると

おれはちょっと否定的だけど

プロとは言い難い自分ができるからそりゃできるんだろうけど

まぁいいけどな

 

さまざまなメニューを試しているんだけど、迂回手段がおなじところではばまれ

カスタマーサービス電話みたいなほうほうなんじゃないかなぁと

できはするんだけど、日曜大工のお父さんに、電話なしでやれっていうには

ちょっとレベル高くないか

2020-05-22

"腐女子"という名称が嫌なら別の名称作って村作れば

ツイッターに疎いこのあたりの皆さんに愚痴るのも恐縮ですが、note開設めんどかったのでこっちで。

BLは腐ってないとか、NLおかしいとか、一部の腐女子とツイフェミセクマイ理解ありますよが合体した人達が今ツイッターで声をあげている。

それは別に構わないと思う。彼女らが否定的意見検索して噛みつこうがブロックすりゃいいわけだしね。とりあえず私は腐女子自称するのをやめません。

そちらが腐女子というワード自体地雷と化しているならミュートにしたらどうですかね、あと「BL好き」は長いか百合豚→姫男子くらい印象良くなりそうで呼びやす名前そちらで名乗ったらどうでしょうか。そしたらそれを私はミュートにするので。

話がそれたが言うのは勝手だしやるのも勝手だし名乗るのも勝手から好きにしたらいいよ。

NLノーマルラブ)はセクマイに失礼だからHL(ヘテロラブ)にしろ!って言われても、嫌どすとしか言わないよ。NLノンケラブ)もダメらしいし話通じなそうだからね。

あとヘテロって使うならBLボーイズラブGLガールズラブ)じゃなくてGLゲイラブ)LLレズビアンラブ)とか揃えた方がいいんでないかな。自分がなんでヘテロラブって言い方が嫌なのかは全部フィクションジャンルで、フィクションBL不快な人がいるとわかってるからだ。そういう人達言い訳名称変えようとしてる人達が嫌いだからだ。絶対呼び方変えません。

あとAセク?の人がたまに「結局セ〇クスか!」と発狂しているのを見るのでついでにラブがない何かのジャンルでも作ってあげてください。


そっちはそっちのコミューン、こっちはこっちのコミューンで祝祭しようねってことでした。

2020-05-21

うまく言えないんだけど、否定的文脈で「○○としか。」「楽しそうで何より。」こういう文章書く奴がマジで嫌い。気持ち悪い

何も考えなくていいのに

深く考えてしま

否、深く、というか否定的に考えてしま

やったがいいことを怖がってやらずにいて

難しくしている

2020-05-20

anond:20200520115842

それどっちも俺じゃないよ

自分否定的発言をする増田は全部同一人物だと思うのは本当に脳に障害ありそうだから病院行ったら

2020-05-18

党派性検察権力を増大させる風潮が怖い

検察庁独立性は大事であるって前提は間違いない事なんだけど、あまりにも党派性だけで脊髄反射してる空気が怖い。

内閣は慣例通りに検察から推薦された人間を据えれば良く、内閣意思絶対に人事へ介入させてはならないって風潮は恐ろしいよ。

朝のニュース番組で「時の内閣批判的な人間が微罪で逮捕起訴される恐れがある」って言ってたが、検察独立性が高くなりすぎると、検察改革否定的内閣に対して上記のような事を検察が行い倒閣を画策されるかもしれない。

せっかく世間でこの話題が知れた今、拙速肯定否定で終わらせずに議論してほしい今日この頃

2020-05-16

ポリコレ芸術性ってそこまで関係なくない?

左翼って芸術のこと全然わかってないのかなあ

左翼政治的尺度しか持たないか社会派みたいな作品しか評価できないのかもしれない

程度の低い作品芸術性低いというのはわかるけど

ポリコレ守ってないか芸術性が低いというのはよくわからない主張だ

芸術性の高い作品ポリコレ基準を満たしているものもあるだろうが

からといってポリコレ基準を満たしているから必ず芸術性が高いというわけでもないし

ポリコレ基準を満たしていないから必ず芸術性が低いというわけでもない

というかポリコレガチガチ教条主義的なもの芸術的と言えるのだろうか?

自分にはわからないし少なくとも自分評価しない

それって新たな神を召喚してるだけだから

しかもその神は否定的に語られる(語れない)神ではなく肯定的記述される神でしかないし

姿を現した神は腐るしかないんだよ

呪術時代に戻るのかな

2020-05-13

プライベートコミュニケーションにおいて(知的)自信を与える

公的私信

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tl;dr

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前提

  • その場で個々人が「自信を与えられた」「自信を傷つけられた」と感じること自体相手によって尊重されなければならない。「あなたがそう感じるのが誤っているのだ」という考え方は、そこにどのくらいの誤解や無理解があるかに関わらず、表題文脈において無意味である

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「ある男がパートナーの女の(誤った)発言に対して毎回優しく肯定的に応じたのち、間違いを説明する」というカップルの在り方について、「優しく肯定が入る方が女性側の立場として自信が得られる」という考えについて。

基本的にこの構図がお互いの認識になること自体が mansplaining さがあって嫌なのだけど、それは表題文脈の下では脇に置いておいて、そこでの選択肢として、{肯定的/否定的}に応じ間違いの説明を{しない/する} という4通りにおいて、{肯定的, する} というのは確かに望ましい。まず、批判非難の違いが一般理解されにくいのは、批判否定的な口上は例えばその場が学問であるといった「場」があることで信頼が支えられていて初めて機能するので、それ以外の場で批判(正/偽)と非難(善/悪)が混同されることがあるのは、必ずしも混同する側が悪いわけではない(cf.SPEED今井絵理子議員の「批判なき政治発言)。その意味で、プライベートコミュニケーションにおいて、{肯定的/否定的}というのはニュートラルではなく、肯定的の方が心理的効果として望ましいといえる。また、毎回間違いの説明をすることは、毎回間違っているということに気づかされることになり自信を喪失しうるが、指摘しないままにパターナリスティックに傷つきやすにの配慮して放置することは相手反論したり、追加情報提示したりといったことを通して「相手の方が正しかった」という可能性に賭けないということであり、他者としての尊重に欠けるばかりか、相手の成長の機会をも奪うことになる。ただ、陰謀論的だったりオカルト的だったりといった特定バイアスを含む情報ばかり拾ってくることは、一朝一夕改善するものではない。そうならないためには相応の努力知識必要なのであって、場合によっては、ずっと同じ構図を繰り返しその構図がお互いの認識になるということが生じてしまうかもしれない。そのどうしようもないギャップを、他の側面で補うことで相互尊敬を維持できるならば、これは問題として前景化しないかも。でも、その切り分けをせずに、繰り返し続けている誤りについて、口上のオブラートごまかしたとしても、少なくともそれは知的自信の向上までにはつながらない。自信を支える相応の能力実践、もしくは基礎的な肯定感が必要である

ここで、「もしくは」になるのは、「自信」の性質に拠る。(上のような話をしておいてリテラシー低めの引用をするのは気が引けるが、読みやすさを重視して、参考: https://diamond.jp/articles/-/78423?page=4 )自信を得るのに能力や実績が有効ではあるが、能力や実績がなくても自信が得られないわけではない。生来自己肯定感などによってそれは変わる。逆に言えば、そこが低いと、小手先で何をしたところで、自信は低いままにもなる。病的であれば、薬によって脳内神経伝達物質バランス改善を図るということも視野に入れるべきであるしかし、そこまででないならば、「他の側面で補うことで相互尊敬を維持」という意味で「愛されている」という実感による基本的肯定感の向上などが有効でありうる。逆に言うと、自分を愛さな人間と一緒にいることは、自己肯定感の側面からかなり危ない行為であることに留意したほうがいい。ここで、愛も、条件付きの愛とそうでないものがあるが、条件を、性的ものや、ある1つの能力的なもののように一側面の条件に頼っていると、それは脆弱になる(というかそれは愛ではないと思うが)。条件付きであっても、それは、条件と等価以上に為されるものであることで(cf. 信頼と信用の関係、『信頼の構造』を想定しているけど、アドラーでもなんでも同じようなこと言ってる) 肯定感を支える愛になりうる。

少し話をもどして、プライベートコミュニケーションにおいてそもそも正しいことが必要かどうかというのも一考の余地はある。例えば、「今日は空が赤いねぇ、不吉な感じすらするねぇ」という言葉に対して、「空は予言能力はない」なんて返したら、その返しすらギャグである場合を除いて、「科学的に正しいこと」に重きを置きすぎていると言われてもしょうがないだろう。いつもいつも科学的な正しさを持ち込むべきではない。一方で、「〇〇という薬が効くそうだよ!」という言葉に対して、「それは××という危険性が指摘されていて安易に飲むべきではない」と応じることは、プライベートの場面であるとはいえ、いやむしろ、服薬するという最も実践的な場であるからこそ、科学的正しさが適切に活かされなければならない場面である政治的な発言については、例えば「#検察庁法改正案に抗議します」とだけ呟いた芸能人に対して「なんも分かってないだろ」といったクソリプが相次いだけれども(それ自体は具体的ではない発言に具体的ではない形で具体的発言のなさをなじっていて全くクソリプしかないと思う)、そこで立法の背景の正当性についてどう思うかと問うこと自体は(数の暴力を伴わなければ)議論を深めるために民主主義的には望ましいコミュニケーションである。それがTwitterのようなパブリックな場ではなく、プライベートコミュニケーションにおいても同じく妥当する。ただ、政治的な話をすることというのは、それ自体が嫌がられるし、議論となるともっとそうだ。特段の配慮必要でもある。学問的な話なら、それが宇宙人存在についてであってすら、正しさはむしろ娯楽のために重要である。それが(学問ではなく通俗的意味での)文学的な話ではないと相互了解があった上ではあるが。つまり、「タコ型の宇宙人って歩きにくくない?」から始まる会話は科学的正しさによって楽しもうという意思は見られないので、それはまるで漫才相方のように応じればよいのである。{正/偽}をコードとしない意外と多くの場面でも正しさというのは実用的にも楽しさの面でも重要なのであり、それが、「知的レベルが合っていないと楽しくない」というのがよく言われる原因でもある。もちろん、賢いなら相手に合わせることもできるのだが、それは冒頭の話に戻る。そのパターナリスティック対応は、相手尊重しているのですか、と。

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