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2017-09-24

[]9月24日

○朝食:なし

○昼食:シチュー人参ジャガイモ、玉ねぎマッシュルーム、ひき肉。ひき肉でオリジナリティを出して見たけど、これはかなり合うね。ググったらベタだったみたいだけど、これからシチューを作るときは、ひき肉で作ろう)

○夕食:ご飯、納豆(二つ)、生春巻

○間食:たこ焼きアーモンドチョコ

調子

はややー。

異常に眠くて、昼過ぎまで爆睡してた。

いやまあ理由は多分、昨日の夜にファミレスビールポテト唐揚げと豪遊したからだと思うけども。

起きた後は、この間のあまりシチューの素を使うために、またシチューを作った。

今日はひき肉で作ったのだけど、美味しかった、自炊定番にしたい。

それから最近涼しくなってきたので、ラジオを聴きながらの散歩を久しぶりにした。

歩くのはいいですね、こうモヤモヤした気持ちが歩くことで形になる感じがするので、好きです。

時間ぐらい歩いたんだけど、まだちょっと歩き足りない感じ。

おお、ゲームは全くできてないけど、かなり良い休日を過ごせた気がする。

色々あるけど、来週もお仕事がんばるぞいや。

3DS

ポケとる

・メインステージ捕獲ドガースデンチュラランターン捕獲

メインステージ捕獲は436/533。

554ステージまでしか開放してないから、まずはメインステージ攻略自体を先に進めたほうが全体像が見えていいかな。

iPhone

○黒の令達

うーん、やっぱりしっくりこずほとんどプレイしなかった。

なんだけど、鈍色のバタフライケムコへの熱はまた高まったので、どっかで集中してプレイしようと思う。

セカンドオピニオン

がんに関するセカンドオピニオンを受けられるサービスがあれば教えてください。

できれば九州で。

加入している生命保険の付帯サービスに含まれていないようなので、別途受けられるサービスでお願いします。

それからがんって医師ステージ情報患者家族に伝える義務がありますか?

女王様人間の女になった瞬間

世の中には金を払ってまで女性に踏まれたい人間がいる。何を隠そう私がその種の人間だ。

いつから女性に踏まれたい、叩かれたいと思っていたかは分からないが、その気持ちが強くなってきたのは大学生の頃だった。

その頃には普通女性とお付き合いしていたが、全く物足りなかった。

普通恋愛関係や肉体関係に全く興奮しなかった。

そんな違和感学生時代を過ごし、私は社会人になり就職した。

少しばかりの金を持ち、私が向かった先はSMクラブだった。

SMクラブ風俗とはなかなか違う仕組みになっている。

風俗は客が風俗に行き嬢と規定プレイをするものだが、SMクラブは金を払って「奴隷になりたい男」と「女王様になりたい女」をセッティングしてもらえる場所だと思ってもらえればいい。

セッティングしてもらったあとは女王様奴隷自由になる。店はそれからは関与しない。

要は「SM見合い」だ。実際結婚した人もいると聞く。

私がセッティングされた相手希望もありなかなか美人な人だった。普段医療系の仕事をしているようだが、名前も年齢も知らない。私がそれを希望たからだ。

女王様は私の他に2匹奴隷を飼っていたが、数年間の間で他の奴隷とは縁が切れて私だけになったようだった。

ところで、SM女王様とは高度な専門職であることをご存知だろうか。

例えば鞭で言えばただ力任せに叩かれても痛いだけだし、優しく叩かれても痛くないだけだ。奴隷のその日の状態や状況を敏感に感じ取り、こまめに調整していくのには高度な知識テクニック必要だと言っても過言ではない。

から本当に生命危機に瀕することは一切しないし、障害などが残ることもしないのがお約束だ。

が、私はそれを破った。

女王様奴隷となり4年が過ぎた頃の話だ。(ちなみに、女王様とは4年間1回もセックスをしてない)

私は決心して「玉を潰してほしい」と伝えた。

プレイじゃない、本当に玉を潰してもらいたかった。

文字通り再起不能、一生使えなくして欲しかったのだ。

女王様普段見せない表情でうろたえた。

そして次に私を説得した。

絶対に後悔するからやめたほうがいい。私もやりたくない」

私はそれでも食い下がった。絶対に潰してもらいたかった。それ以外考えられなかったのだ。

次の瞬間、女王様は泣いていた。

グスグスと音を立て、目から涙を出して「女性のように」泣いていた。

その時私は何かがスーッと引いていく音を聞いた。

そっとその場から離れてもう二度と戻らなかった。

それ以降、誰かに踏まれたいと思うこともなくなった。

もっとはやく、もっとはやくプログラミングをはじめていればよかった。

最近、そう思うことが多い。プログラミング勉強をしていると、僕と年齢の変わらないすごい人がたくさんいる。憧れる。そういう人たちはだいたい早い頃からプログラミングに触れていて、僕ももっとはやくプログラミングをはじめていればよかったと思う。

頭が悪かった、というよりも勉強をしなさすぎて大学に行けずに専門学校入学し、そこで初めてプログラミング勉強した。それから自分の好きなもの試行錯誤しながら作っては快感を得ていた。自分が思うものを作れるのはとても楽しかった。そうやっているうちに、僕と変わらない歳の人が手の届かないレベルにたくさんいることがわかった。焦った。でも、自分なりに必死に頑張ってはいるけれども追いつける気がしない。プログラミングをはじめた頃に比べれば格段に成長しているけれど、それでも全然届かない。

もっとはやくプログラミングをはじめていれば、違ったんだろうか。そう思ったところで意味が無いのはわかっているけれど、ふとした時にそう思ってしまう。

来年4月から社会人になる。IT企業プログラマ会社人達レベルについていけるか不安でいっぱいだ。でも必至でくらいついて、成長して、いつかは僕もだれかに「すごい」と思われるようになりたい。

https://anond.hatelabo.jp/20170416161449

公立小学校大学に通い、似たような環境で過ごした。

から金持ちだね〜と言われることは多かった。でかい家、高い車、高級な嗜好品。うちに呼ぶと多くの人が玄関の広さに驚いた。

でもべつにうちは金持ちではない。

家はそもそもそんなに大きくない。ちょっと上品住宅街に行けばいくらでも見れる普通の家だ。車は確かに高級だけれど、それは父の趣味で買ったもので、金が余ってるから買ったわけじゃない。高級な嗜好品も同様。金が有り余ってるわけじゃないか格安スーパーに行って割引品を買ってるし自転車はサビサビのボロボロだ。

それでもうちは金持ち扱いだった。

周囲と価値観の合わないような土地に家を建てた親を恨んだこともあった。「金持ちだね」と言われるたびに、どうしようもない居心地の悪さを感じた。どうにかそれから逃れたくて、「私が金持ちなんじゃなくて、親が金を持ってるだけだから」と言ったこともあった(当時はこれで本当に羨望の目から逃れられると思っていた。もちろん嫌な顔をされた)。「○○ちゃんちは、金持ちから」の言葉で会話から疎外されることもあった。

それでも、今はそのことに感謝してる。価値観の違う人達と関わると、色々なことに気付かされる。世界が広がる。まあ、そう思えるようになったのは大学時代からだけれども、小学校とき記憶がその地盤になっているのは間違いない。

お金を持っていることへの罪悪感や、居心地の悪さ。その正体が何なのか。どうしてそう感じてしまうのか。その答えは未だ見つかっていない。それでも私は、それを考えること自体に意義があると思っている。お金が無いせいで才能はあるのに苦労をした親友一見しただけであばら家だとわかるくらいの家に住んでいたいつも古臭い服を着ていたクラスメイト。「お金持ちだね」と言ってくる人たちへ感じる申し訳なさを、いつか解消できる日が来たらよいと思っている。

さな頃丘を登ったことがある。丘と言っても公園にある3mほどの段差のような存在だ。

手で草を掴み、脚で懸命に地面を捉え、よじ登る。

世界が変わった。

せいぜい130cm程しかない身長では知り得なかった光景が視界に広がっていったのだ。

それからというもの冷静な大人では進まないような草木生い茂る道だろうと、高い場所なら登り続けた。

知らない世界を見るたびに心躍り、世界を好きになっていった。

大きくなり山を登り始めた。

たことのない花や透き通った渓流は美しい。険しい道すら日常から乖離を感じさせ楽しくあった。

何より山頂にたどり着いた時の光景、あれだけは何にも代えがたい。人生の拠り所とすら言える存在だ。

事故にあった。

なんてことはない自損事故だ。

原付なのにスピードを出していて、飛び出してきた猫に気を取られて、ハンドル操作を誤って、地面を滑るように転げていった。ただそれだけ。

ただそれだけなのに脊髄をひどく傷つけてしまったらしい。

下半身不随となり車椅子での生活を余儀なくされた。

世界がくすんでいった。

座って見る世界は閉塞感がひどく、山頂のような自由を感じさせる光景とは程遠い。

ただぼんやりと過ごす時間が増えた。

大学に行くこともなくなった。

ただぼうっと自宅の窓から外を眺めるだけ。

残念ながらこの話に救いはない。

ただ山登りを愛していた青年は脚が動かなくなり、引きこもりになった。それだけ。

これから先ツラい現実と戦うかどうか、今はその一点のみを考えてる。

どうせ生きていても面白くはないだろう、けど死ぬのは怖い。

ぐるぐる思考が巡ってしょうがないので現状をまとめる意味を込めて書いた。

今年中には考えをまとめたい。

こんなアイドルプロデュースゲームは嫌だ

(本文中に登場するゲーム架空アーケードゲームアイドルマスターシンデレラガールズ」であり、実在するソーシャルゲーム並びにスマートフォンアプリとは関係ありませんので、ここが間違っているという指摘には応じられません)

今私はあるゲームセンターにいる。久しぶりにこんなところに来たもので、見覚えのある筐体もあるが、多くは初めて見るものだ。

その内の一つである、「アイドルマスターシンデレラガールズ」というゲームに目が止まる。どうやらこのゲーム、私も知っている「アイドルマスター」の後継というかスピンオフというか、まあそのようなゲームで、システムはだいぶ変わっているようだが、とにかくアイドルプロデュースするゲームらしい。

周りの説明を読む限り、本家作品との違い、この「シンデレラガールズ」というゲームの売りは、とにかく沢山のアイドルがいることらしい。なんとだいたい180人くらいいるとか。この数により、どんな人がプレイしても自分好みのアイドル出会えるという訳だ。

なるほどそれはいい。私も、友人に本家が好きな者がいて少しやってみたのだが、好きなキャラクター、というのはいてもどうも「プロデュースする」という気持ちにはなれずあまりハマる事が出来なかったのだ。これならきっとそういう娘に出会うことが出来るだろう。

そう思った私は、早速プレイすることにした。友人からアイドルマスター」は非常に金のかかるゲームだと聞いていたが、私にはこれといって趣味もない。酒は好きだが飲み会は嫌いであまり金は使わないし、たまには娯楽に思う存分金を使ってみるのも良いだろう。

ゲームプレイし始めると、少々目に悪い黄緑色の服を着た女性が話し掛けてきた。どうやら彼女が私のアシスタントをしてくれるということらしい。それにしてもこの声、聞いたことがあると思ったらどうやら有名なあの声優が演じているようだ。アシスタントからしてこれほどの声優が演じているのだから、きっとアイドル声優もそうそうたる人物が演じているのだろう。

少しばかりの説明を受けた後、三人の娘が登場した。とりあえずこの中から一人選んで欲しいとのこと。180人では無いのか...?と思いつつ話を聞いていると、どうやらチュートリアルの延長のようなものらしい。どうせなら最初から全員から選ばせてくれればよいものを、と思うが、まあそれは仕方がない。何かシステム的な障害があるのだろう。とりあえずは笑顔の眩しいピンク色の衣装を着た娘を選んでみる。

それから暫くばかりその娘と共に仕事をこなしたり、Liveバトルという対戦イベントをこなしたりなど、基本の操作をいくつか行った。その過程で何人かのアイドルプロデュース可能になったが、彼女達は自分が選んだわけではない。勿論このようかゲームキャラクターである以上みな可愛いのだが、やはりどうもピンと来ない。ゲーム上では、どうやらチュートリアルが終わったらしい。だが、肝心のプロデュース対象アイドル選択することについては、結局最後まで触れられなかった。

その後少し色々と弄ったり、ネット情報収集したりしたところ、どうやらこのゲームゲーム中には自分アイドルを選ぶという操作は無いようだ。自分の好みのアイドルプロデュース可能にするには基本的にはガチャと呼ばれるランダム要素に頼るしかないらしい。それも、性能の高い状態プロデュースするには特別ガチャを利用しなければならないのだが、そもそもその対象となっているアイドルとなっていないアイドルがいるとか。

色々調べるうちに、私は一人のアイドルに強い興味を持った。彼女は18歳。身体付きは非常にセクシーだが性格はまだ幼く、アイドルを目指したのも母親の影響。アイデンティティの多くを母親依存しているため自分に自信が無いが、ふんわりとした性格ゆえにそれを表に出すことはあまり無い。そんな娘だった。

正直、実際に居たら苦手なタイプだろうと思う。話し方もきつい。だが私は彼女の危うさに非常に魅力を感じたし、自分が支えてあげたいという思いに駆られた。

このゲームの遊び方として、好きなキャラクターだけ選び、ゲーム外で色々と妄想したり、創作したりして楽しむといったことも主流らしい。だが私はせっかくだから、このゲームを楽しみたかった。そこでまずは、先程のガチャを利用してみることにする。

残念ながら彼女現在特別ガチャのほうでは登場していないらしい。そこでまず一般的ガチャを利用することにした。幸いこちらはゲームクレジットを利用するタイプであり、最初の娘と稼いだクレジットで何度も回すことが出来た。かなりの試行回数の後、私のプロデュース担当となる彼女は現れた。

だが、私の前に現れた彼女は喋ってくれなかった。台詞はある。画面上に表示されている。だが、声は流れない。はじめ、私はゲームバグか何かかと思った。だが、アシスタントの声、始めに選んだ娘の声、途中で加入した娘の声は正常に流れている。どうやらバグでは無いようだ。

調べたところ、どうやらこのゲームには、cv実装されている娘とされていない娘がいるらしい。私が今まで出会って来た娘たちはみな、たまたま実装されている娘たちばかりであったために気付かなかったのうだ。

アシスタントcv実装し、肝心のアイドル実装しない。なぜそのようなことになっているのか私には分からなかった。しかし一つ確かなこととして、例えcv実装されていなくとも、選んだ彼女の魅力は薄れていない。実世界では経験した事が無いが、これが一目惚れという奴なのかもしない。

声が無いのは仕方ない。それなら、より彼女の事を知る為に台詞をより聞く、いや見るしか無いだろう。そう思い、私は彼女台詞を集めることにした。これがなかなか大変であり、私がプレイする以前に期間限定で発せられていた台詞を手に入れるにはこのゲームプレイしている他者と交換しなくてはならない。交換と言っても、ゲーム通貨として流通しているアイテムにはお金がかかる。ここに来て友人の言葉を思い出したが、すっかり彼女に惚れ込んでしまった私にとっては最早そんなことはどうでもよかった。

それなりにお金を使い、なんとか彼女の全台詞を集めることに成功した。彼女言動は一々私の心を震わせ、より一層彼女が愛しくなった。

だが台詞を一度全て集めてしまうと、その後は辛い時間だった。台詞ゲーム中で期間限定で開催される「イベント」またはガチャに登場することによって追加されるのだが、それに私の担当が登場するのは非常に長い間隔を必要とした。

更にイベントの中には、「アイドルプロデュース」という、まさにこのゲーム本体とも言えるものがあったのだが、私の担当は一向にそれに登場しない。それどころか、登場することを期待さえ出来ないような状況であった。

では、このゲームのもう一つの遊び方として紹介されていたゲーム活動はどうかといえば、それも辛いものだった。

絵が沢山描かれたり、漫画に登場したり、小説が書かれたりするのはいずれも、cv実装されているアイドルや、そうでなくとも特別な人気があり、登場頻度の高いアイドルばかり。私の担当と来たら、自分以外で彼女担当としている者を見つけるのにも苦労する始末だ。


ゲームプレイし続けているとある日、大きな機能追加があった。アイドル達が画面中で踊るようになるというのだ。友人の言うには、本家の魅力の一つは3Dで踊るアイドル達であったらしい。

これまで一度も、実際の画面上で動くことの無かった私の担当アイドルが、ついに踊る。言葉に出来ない嬉しさが身体を駆け抜けた。3Dモデル実装順次行われるということで、その順番は案の定といったものだったが、それすらも気にならなかった。

だが、すぐにその喜びは失われた。

確かに実装された3Dモデルは素晴らしく、私は画面上で踊る彼女に涙した。だが、アイドル生命線の一つである衣装。それが私を苛んだ。一部のアイドルには次々と衣装実装されていくなか、私の担当アイドルには一向に追加される気配が無い。また、この大型機能追加以降急激に増えたプレイヤーの多くはそんな多くの衣装を持つアイドル達を気にいることが多く、ゲーム外での扱いの格差もどんどん広がっていった。

また、そもそもcv問題もより大きくなった。私の担当アイドルがどんな曲を踊ろうとも、その曲を彼女が歌うことはなく、聴こえてくるのは他人歌声だ。そのうち、私は彼女に踊らせることすら苦痛になっていた。

機能追加以降のプレイヤー人口の増加でかなり儲ける事が出来たのか、ゲームはどんどん発展していった。有名なタレントを用いたCMを見かけるようにもなった。アイドル達による新たなCDシリーズも発表された。だが、どんなに儲かっても私の担当しているアイドルに声が付くことは無かった。

それでも、私にはこのゲームを止めることは出来ない。完全に彼女に惚れ込んでしまった私には。

ゲームセンターに行き、彼女の登場しないイベントの予告を確認し、彼女の登場しないガチャ更新確認し、彼女の登場しないCD試聴ページが出来た事を知る。自衛のため、CD試聴は聞かない。そしてゲームを終了させる。

筐体の周辺には、このゲーム制作会社広告が並んでいる。

どうやら今度、新たな「アイドルマスター」が制作されるらしい。そこに登場するアイドルには、cv実装されているそうだ。

こんなゲーム出会わなければよかった。

そう思いながら、私は静かにゲームセンターを後にした。

2017-09-23

高校生の時に親が死んだ

良かったと思っている。十分に看取ることが出来たから。学生時代時間は存分にあったから。社会人だったらそれは叶わなかっただろう。もちろんもっと長い時間を共に過ごしたかったけど、でも仕方ない。別れが早くても最期は良かったと思いたい。ただひとつ心残りがある。母は無くなる1年前、一時退院した。季節は春。母が俺を花見に誘った。でも高校生だった俺は親との行動を恥ずかしがり、それを断った。それから10ヶ月後、母は息を引き取った。母の最期病院のベッド。あれは朝9時過ぎくらいだったかな。俺は朝飯をその病室で食べた。近くの吉野家で買ってきた牛丼。それを母親のベッドの脇で食べた。しばらくして母の呼吸が静かに絶え絶えになった。担当医を呼んだ。しばらくして担当から「ご臨終です。」

母が亡くなったのは1月。その日はものすごく風が強かったなぁ。快晴の寒空。それから2ヶ月後、桜の季節が来た。1年前に断った花見を思い出した。今でも春になると思い出す。ごめんな、母ちゃん。

anond:20170920010439

見た目を頑張って偉いじゃないですか!

諦めたらそこで試合終了だぜ!

イメチェンしたてってやっぱり服に着られてる感が滲み出ちゃうんだと思います自分改造計画第一歩が踏み出せただけでも立派だよ。増田さんは頑張ってて偉い!

ファッションなんか興味無かったらつまんないかもしれないけど、トライアンドエラー自分スタイルが出来てくるものから、それが馴染んできたら外見的な魅力もグッと増すんじゃないかな。もしオタク的要素を持ってるなら紳士靴とか歴史があって深掘りすると面白いよ。

増田さんは人より苦しいことをたくさん知ってるんだからこれからもっと優しい人になれるし、それを分かってくれる人も周りに増えてくるんじゃないかなぁ。それがその先の友達になるか彼女になるかはわからないけど。

自分のことを下に見ている人とは関わる必要ないと思う。寂しいかもしれないけど、もっと思いやりのある人はいるはずだよ。自分場合はそうだった。

それから、せっかく仲良くしてくれた人の本心を疑うのはあんまり良いことじゃないと思います自分も自信のない人間だったからそういうふうに考えがちだったけど、そうすると相手に対して失礼だと思う。相手は仲良しだと思ってくれてたかもしれないし。自分がそう扱われたら悲しくないかな?

とにかく、街コンで失敗なんていわゆる普通そうな人たちでもよくよくよくよくあることだからあんまり気にしないで。せっかくだから楽しめるといいですね。

anond:20170923014357

コメント下さった方々、ありがとうございます

急な痛みで取り乱して書いてしまったのですが、色々と考え直す機会になりました。

とりあえずSNSは暫くお休みすることにしました。身体が痛くない人たちがどうしても羨ましくて自分の状況が嫌になってしまうので。それからタイトル引用されていた本も面白そうですね。

腰を傷めてから悪いことばかりでもなくて、色々な変化がありました。言及されていた通り、疎遠だった友達が気に掛けてくれて、また会ったりするようになりました。なかなか外出が難しいし、地元には友達も少ないから、そう度々人に会ったり出来ないのはしんどいけど、優しさに触れて感謝してもしきれません。

つい毒親とか書いてしまったけど、帰省してから何度かの衝突を経て、色々と向き合ってくれるようになりました。サポートなくして治療もできていないし、本当に感謝。今は随分穏やかに暮らせていて嬉しい。

いろんな立場の人の気持ちも以前より考えようとすることが出来るようになったし、学ぶことはたくさんあったと思っています普段は割とこんなふうに前向きに思うようにしてるんだけど、突然予測できない痛みがやってくると、どうしても辛くて絶望したり取り乱したりしてしまって情けないです。。。反省

ここは使い慣れていないので方法として合っているかからないんですが、お礼まで。ありがとう

あー、頑張ろう!諦めないぞー!

人の口角泡を笑うな!

これから更年期なるみんな、笑ってる場合じゃないわよ!

口の乾きに悩まされるんだからね!

からおばちゃんはいつもアメちゃんを持ち歩いてるの!

特におしゃべりさんは気にしておいた方がいいわ!


あと口角泡を飛ばしちゃう若い人は口呼吸してない?

オタクっぽい顔の原因はだいたいが口呼吸よ!

噛み合わせとか鼻炎が原因なこともあるけど、各自で調べてよね!


それから正しくは「口角、泡を飛ばす」よ!

「綺羅、星のごとく」と同じね!

痛みで人生が返ってこない

去年の秋からずっと腰痛に苦しめられている。

それからというもの人生が止まっている。

入院もした。退院後は働きながら必死で痛みと戦った。半年耐えたけど悪化しただけだった。椅子に座ることですら痛みを助長した。地獄のような毎日で、自分が生きているか死んでいるかも分からなかった。

からずっと幸福感のない人生だった。過去記憶を捨てて幸せになろうと単身上京した。一年と少しが経ち、転職先での仕事もやっと軌道に乗ってきたところだった。上司にも信頼されていたと思う。頑張っていたし、もっと頑張りたかった。初めて自力で手に入れた平穏人生毎日が楽しかった。なのに、仕事で腰を痛めた。女なのに重い物を運びまくっていた。疲れの蓄積も自分のせいだと思って気付かなかった。

春には地元に帰ってきた。仕事とはお別れになった。痛みに全てを奪われた。

最初はすぐに治ると舐めていた。なのに全然治らない。あれから10カ月も経つのに治らない。

まだ二十代後半なのに、身体不自由なお年寄り感情移入してしまう。酷い時は足先から肩まで痛みがあった。杖をついて歩いていたら、おじいちゃんおばあちゃんに抜かされたことも何度もある。情けなくてショックで悔しかった。

いろんな病院鍼灸整体に行った。必死毎日バカみたいにストレッチをしている。試せることはみんな試した。MRIなどの画像診断上は原因が見つからないので治療も見付からなかった。

本や論文を読み漁り、筋肉由来の痛みだと突き止めた。一カ月ほど前、自分で探した薬を処方してもらったらよく効いた。先生も驚いて喜んでくれた。今までの苦労が嘘みたいに痛みが楽になった。嬉しくて早く治りたくて、リハビリもいっそう頑張った。

そんな矢先、先週くらいからだろうか。今度は脊柱仙骨のあたりに鋭い痛みが走るようになった。患部から脳天まで貫くような激しい痛み。立っていられない。気にせず暮らせば大丈夫かと思ったけど、今日は家の中を歩いただけで同じ痛みがやってきた。

なんで。なんで。今までこんな痛みはなかったのに。傷めた最初の時もこんなとこ痛くなかったのに。半年も無理して働かされてこんなとこまで悪くなってしまった。それでも頑張ってやっと良くなってきたと思ったのに。こんなに頑張ってるのにひどい。神様なんて絶対にいない。なんでこんなに貧乏くじばっかり引かないといけないの。みんなこんなに辛い人生送ってるの。

物心ついた頃から毒親で、小中と何度もいじめられて、もう性格なんてひん曲がってしまっていた。自信もないし酷い人見知りで、生きるのなんてなんにも楽しくなかった。大学卒業してやっと、自分を変えようと頑張って、見た目も考え方も変えた。だけど就職先はブラックばかり引き当てて身体を壊して苦しんだ。

それでも、それでも負けないと思って、過去なんて全部チャラにできると思っての上京だったのに、結局こんなことになってしまった。

惨めでたまらない。なんでこんなに痛いんだろう。身体が動かないことは本当に辛い。どこにも行けない。何も出来ない。社会が遠くて、毎日が寂しい。働けないことへの罪悪感だってある。最初は周りもみんな心配してくれたけど飽きられたみたいだ。みんな恋愛仕事結婚出産人生が進んでいるのに、私は家から出ることすら出来なくなってしまった。辛いよ。SNSを見てこんなに辛いなんて。健康な人が正直妬ましい。元気な身体がほしい。

一生こんなんだったらどうしよう。どうすればいい?どうすればいいんだろう。神様、本当にいるんだったら少しくらい優しくして下さい。私を解放して下さい。普通身体に戻して下さい。普通人生送らせて下さい。

とら婚が始まるずっと前にとらのあなで知り合って結婚した話

「そういえば私たちきっかけはそうだったね」って嫁が言ってたか備忘録として残しとく。 

24

・嫁いわく髪の短い寺島拓篤

書店勤務。

28

・髪色がおとなしい山崎はるか。小柄で細い。胸はあんまない。

古着経営

大学在学中。週1で通ってたとらのあなの近くで右往左往する女性が目に入った。

相手モデルみたいな美人だった。

普段なら緊張で会話も成立しなかったと思うけど、後期のテストが終わり機嫌がよかった俺は声をかけることにした。

確かどうかしましたか?とか道に迷ってるんですか?みたいなことを聞いた気がする。

「えーっと、とらのあなに行きたいんですけど」

びっくりした。こんな美人からとらのあななんて単語が出るとは思わなかった。

「あー。わかりました。案内しますね」

美人美人だ。オタクとか関係なしに一緒にいると緊張はする。案内の途中、俺は終始無言だった。今思えば向こうもなんとなくそれを察してくれたんだと思う。

「ついたんで、それじゃ」

とらのあなに付き、ここまで来ればあとはいいでしょうと言わんばかりに別れた。

いつも通り新刊を物色し、アイマス同人のコーナーに行く。

そこには、さっき案内した美人同人誌(一般向け)を物色する姿があった。

びっくりしたと同時に親近感が湧いた。

プロデューサーとはそういう生き物だ。相手プロデューサーなら多少の壁が壁に感じなくなる。

プロデューサーさんだったんですね」

わず声をかけた。ライブでもやるノリだ。問題ないと思った。

「え。あっ。さっきはありがとうございますもしかしてプロデューサーですか?」

問題なかった。彼女は快く対応してくれた。

そこから同人誌を1冊1冊を見比べながら「この絵がいい。こっちも可愛い」と盛り上がった。

ふと気づくと店は閉店時間に迫っており、彼女吟味した本何冊かをレジに持っていった。

本を選ぶ中で確信したことがあった。

彼女ミリオンライブをメインにするプロデューサーだった。

当時は1stライブすらやってなく、SSA劇場版で以前よりは認知されだしたかなぐらいの時期だった。

周りはみんな765をメインにしている中で、自分と同じもの好きな人出会えたのが嬉しかった。

レジから戻ってきた彼女にそれとなく聞いてみると「そうなんですよー!!周りに好きな人がいないんですけどね……」という返事が返ってきた。

とらのあなが閉店して店を出る。

正直話したりなかった俺達はどちらからともなしにそのまま食事に行くことになった。

楽しい時間はあっという間というもので、彼女終電間際ということで駅まで送ることにした。

しかったし、別れたがった。

またどこかで会える保証はない。

改札に行く途中、俺はなけなしの勇気を振り絞ってこう言った。

「あの。こうやってまた話したいんで。LINEID教えてくれませんか!」

失敗したと思った。Twitterの方が良かったと思った。

けど、彼女は少しびっくりして、それからすぐに笑って。

「いいですけどQRの方が早くないですか?」って言ってくれた。

それからバイト学校をこなしながら空いた時間彼女(「ぴょん」ってあだ名女性声優に似てるから「ぴょん」って名前ってことにしとく)とのLINEが始まった。

ぴょんにも俺にもミリオンライブについて話せる人がおらず、ぴょんとLINEを交換してからは本当に楽しかった。

ぴょんとはいろんな話をして、その中で彼女の人となりを知っていった。

ファッションが好きなこと。

それが転じて所恵美というアイドルが好きということ。

アパレル勤務で、今は古着屋を経営しているということ。

「恵美Pで古着店員っていいな〜って思って」と言っていた。

ぴょんは自分をしっかり持っている強い人だった。そんな彼女に俺は強く惹かれた。

その気持ちが恋心に変わるのにそう時間はかからなかった。

ぴょんと知り合って半年ぐらいが過ぎたタイミングで、ミリオンライブの1stライブが行われた。

そのライブでは、ある演者が出演を見送ることととなった。

その演者は、ミリオンライブ稼働初期からコンテンツの中心を担っていた人の1人で、いわばミリオンライブにいることが当たり前になっていた。

そんな人でも、参加出来ないようなことがあった。

当たり前が当たり前じゃなくなるのを目の当たりにした瞬間だった。

ぴょんとLINEが出来なくなったらどうしよう。

俺の頭にそんな想像がよぎり、後頭部を殴られたような衝撃を覚えた。

ぴょんと一緒に参加したライブが終わり、俺会場になった中野サンプラザの前で彼女告白した。

彼女が当たり前じゃなくなる前に、この気持ちを伝えようと思った。

答えはオーケーだった。

理由はわからない。ぴょんの中で情のようなものが湧いていたのかもしれない。

けど、それでもいいと思えるくらいに俺は彼女のことが好きだった。

ぴょんとは本当に順調に付き合うことが出来た。

たまにちょっとしたことでケンカした時に「そんなに百合子(俺の担当アイドル)が好きなら百合子と付き合えば良くない!?」って言われたりもしたけどそれすらも楽しかった。

俺が就活に本腰を入れられたのも、ぴょんの存在が大きかった。

俺はどの業界に行くか決めていた。

ぴょんのように自分の好きなことを仕事にしたかった。

ぴょんのように自分担当に胸を張れる仕事がしたかった。

不安定なぴょんを支える安定した仕事に就きたかった。

俺は、書店の中でも安定して働ける駅ナカ書店を多く経営している会社ターゲットを絞って就活を進めていった。

就活を無事終え、何事も無く大学卒業した俺はぴょんと同棲を始めた。

ぴょんの家兼店から勤務先の駅から近いのが最大の理由だった。

からスーツを着て出勤するのは少し浮いている感があったが、ぴょんのためと思えばすぐに慣れた。

就活3rdライブにはLVしか行けなかったがぴょんは「一緒にいけるならLVでもいいよ」って言ってくれた。

3rdライブ最終日。ミリオンライブ稼働当初から目標であった武道館ライブが決定した。

その日の帰り、俺はぴょんにこう言った。

来年は一緒に行こう。それまでに仕事を安定させる。武道館2人で行って……結婚しよう」

今思えば支離滅裂だったけど、ぴょんはそれでも喜んでくれた。

そして武道館2日目。

俺とぴょんはライブを終わったその足で、役所婚姻届を出しに行った。

俺の担当七尾百合子役と、ぴょんの担当藤井ゆきよが同じステージに立つ日だったからだ。

担当2人……いや、4人に見守られて、俺達はその日夫婦になった。

振り返ってみたらとらのあなそんなに関係ないけど多分あの時とらのあなでぴょんに出会えてなかったら全然違う人生を歩んでたんだなって思うからこれも1つのとら婚ということで。

2017-09-22

不安を煽って金儲け

知らなきゃヤバイ○○、あなたが知らない○○、仕事がデキル人はみんなやっている○○、結婚しなくちゃだめだ、数学出来なきゃだめだ、プログラミングくらいできなきゃだめだ、英語くらいできなきゃだめだ、年収は何百万なきゃだめだ、○○大学に行かなきゃだめだ、貯金は何千万なきゃだめだ、だめだだめだ、あれもしなさいこれもしなさい、みんなやってる、やらなきゃ損する、やらなきゃ後悔する、やらなきゃ惨めな生活を送ることになる・・・

 

本屋に行くとこういう本がたくさん並べてあって悲しくなる。金儲けのために必要以上に不安をあおっている。あれだけたくさんあるということは売れているんだろうな・・・

まあ当然か。新たな知を求めていった本屋にそんな本がたくさん並んでいて、実際世の中は不景気とか日本は終わりだとか年金とか税金とか少子高齢化とかグローバル化とか不安なことが沢山あるわけだから

 

不安あおり方でわかりやすいのは英語だ。

 

まず、いか日本人が諸外国に比べて英語ができないかを分からせ、そしてグローバル化時代英語ができないのはダメだと言う。悪だという。悲惨人生を送ると言う。

そんな脅しの言葉に恐ろしくなってしまった人は何もわからない将来に対する不安かられて勉強するようになる。そして勉強中の人にも日本人の変な英語かいってさら不安を煽ったり、簡単に学べる教材といって売りつけたりする。

 

こうして英語業界(英語ネイティヴとか英語の塾とか)が儲かる仕組みになっている。

 

でも冷静に考えて本当に英語必要なのか?いくらグローバル化といっても、ずっと日本日本人と暮らすなら全く問題ない。海外旅行だって話せたら楽しいだろうけど別に話せなくたって楽しい、それに外国人が全員英語を話せるわけじゃない。それから海外に出て働く人はどれほどいるのだろうか?多くの日本人日本で生きていくのでは?すごく優秀な人でない限り、慣れない海外外国人競争して仕事するより慣れてる日本仕事をした方がよくないか?あと、英語必要になったとしても、必ずしも英会話勉強必要になるとは限らないのでは?メールチャットの機会の方が多いのではないか

学校英語教育が変わるらしいけど、英語の本や記事論文を読むのは今の学校勉強結構役に立つのでは?

 

冷静になって自分が何を求めているのかを考えると、人生にはやらなきゃいけないことってそんなにないということが分かる。あったとしてもそれは自分で決めることだ。他人に言われてやることじゃない。

 

不安を煽る業界はもはや新興宗教だ。

誰もが持っている漠然とした将来の不安漬け込み信じなければ不幸になると脅す。こんなのカルトの手口とまったく同じだ。

 

今、二次創作界隈で起きていることをSSにした

今、二次創作界隈(主に女性向け)で起きていることについて、色々と思う事があるので個人主観SSしました。

稚拙な乱文ですが、何かしら伝われば嬉しいです。

ある車両痴漢事件が起きた。

朝の通勤ラッシュ時の混み合う車内での出来事だ。

悲鳴を上げた被害者女性は、痴漢男が胸を触ったと主張し、彼もそれを認めた。痴漢男の言い分はこうだ。

「さっきの急カーブバランスを崩してしまい、何処か捕まる所をと探したら目の前に女性の胸があった。触ってはいけないと分かっていたが、転びそうだったので気持ちに余裕がなく咄嗟判断を過った。こんな状況だし、わざとではないので女性も許してくれるだろうという甘えがあった」

勿論そんな言い訳女性が受け入れるわけがない。周囲の乗客も一緒になって口々に彼を責め立て、彼は

自分の行動は間違っていた。反省している。申し訳なかった」

謝罪をした。しかし、それでも周りは彼を許さなかった。

痴漢卑劣行為だ!」

「お前のような奴がいるから、俺たちが痴漢冤罪にビクビクしながら通勤するハメになるんだ!」

口々にそう叫び出し、やがて一人が痴漢男の胸ぐらを掴んだのをきっかけに殴る蹴るの暴行に発展した。

被害者女性は止めようとしたが、彼女の声は気が高ぶった乗客達の罵声にかき消されてしまった。

見兼ねた乗客の一人が

いくらなんでもやり過ぎですよ、次の駅で降りてもらって駅員さんにお任せしましょう」

と、割って入る。しかし、事態は収まらなかった。

痴漢を庇うなんて常識を疑う。さてはお前も痴漢なんだろう!?傍観している奴らも同罪だぞ!」

「そうだそうだ、痴漢を見て見ないふりをするお前らがいるから、痴漢がのさばるんだ。お前らも同罪だ!違うと言うなら声を出せ」

車内は大騒ぎになり、次の駅に電車が到着した時には既に痴漢男は息絶えていた。

たまたま同じ車両に乗り合わせていただけで巻き込まれ、大怪我を追う者も多かった。

しかし、痴漢男を殴り殺した正義感の強い乗客たちは

痴漢は死んだ!正義勝利だ!」

と、歓喜雄叫びをあげた。

それから数年。

朝の車内は空いていた。あの事件以来、電車通勤をやめる者が続出したからだ。

電車以外で通勤出来るサービスが次々と登場し、インターネット通信を利用して通勤せずに働く事のできる企業も増え始めている。

鉄道会社社長は頭を抱えた。

赤字経営が続いている。このままでは廃線するしかない」

支払い遅延はよくない、と感じた話とビジネスマナー

フリーランス個人事業主、いや会社経営をしていても、「支払い遅延」には遭遇してしまものなのか。会社より、フリーランス個人事業主のほうが支払い遅延をやられてしまいがち、とおもうのは私が視野狭窄に陥ってるからなのか....。

最近、支払い遅延があって、もやもやもやもやしている。「〇〇を盛り上げる副業フリーランサーの集まり自称クリエイティブ集団イェーイ!」みたいな組織のヘッドAさん。業務委託契約を結んでいて、継続的報酬が支払われる関係にある。

最初は「こっちが請求書送り忘れてるのかな?」と思ったけど、そうでもない。メッセージングアプリの添付機能でも送付していることが確認できた。

相手に悪気はないだろう、と思いメッセージングアプリで、でもすごく言葉を選びながら「30日入金予定ですが、きょう5日になっても確認できていないです。お手数ですが、一度ご確認いただけますか」というような、なるべく下手に出る感じに問い合わせてみた。カジュアルに「おっけ~」と返信がきた。だけど待つこと一週間、音沙汰なし。また問い合わせるのも、「カネカネカネ!!」って言ってるみたいで抵抗があった。

結果的に、その自称クリエイティブ集団の士業の人に「請求書の書き方の相談」というでっちあげの相談のテイでそれとなく伝えて、Aさんに支払ってもらえた。

Aさんから、入金したことについての連絡もなければ、入金が遅れたことについてのお詫びの言葉も一切なかったこちからは「入金確認しました、ありがとうございました」とは伝えた。

それから2週間、もやもやしっぱなしである

学生の頃にバイトしていた名古屋会社では、システムトラブルかなにかで取引先への支払いが3日遅れ、男性社員2人が菓子折りもって詫びに行くというシーンがあった。支払いが遅れるというのはそれくらいするものだと思っていたので、支払いが遅れたことに対する詫び皆無なのはびっくりした。それともあれはローカルルールなのか、名古屋って無借金経営企業が多いから、支払い遅延に対しても厳しいのかな。菓子折り云々は額が大きいからかもしれないが、それでなくとも詫びナシってどうなんだ、「ごめんね~~」でもいいんだよ。こっちに回収コストを負わせたっていうことを意識してほしいんだよ。

そんな具合にAさんへの不満が見えたら、相手およびその自称クリエイティブ集団への不信感がすごく募ってくる。そういえば集団のBさんは私との打ち合わせ3回中3回とも場所を間違えたり時間を間違えたりしたな....とか、Aさんとの打ち合わせの時もたいてい前の打ち合わせ長引いて30分はロスするんだよな、これってわたし時間ないがしろにしてるよな...とか。そのときは「いいよ、いいよ」で済ませていた不満とも思っていなかったことが、ふつふつと不満という形に変わり、集まって、大きな不満に姿を変える。

で、はたと自分を振り返ってみる。

自分はいまのところ支払い遅延をしたことはない。だけど、支払い遅延をやらかしたら、おんなじようなモヤモヤ相手に抱えさせるかもしれない。

私の場合の信頼毀損トリガーが「支払い遅延」と「謝らない」ことだったけど、そのトリガーは人によって、「しょっちゅう遅刻すること」だったり「メールの返信が遅い」ことだったりする。

私、メールの返信が最近ちょいちょい遅くなっている。もしかしたら誰かをモヤモヤさせたりしてるかもしれない。看過してもらえた小さなミスが、信頼毀損トリガーにより大きい不満になってるかもしれない。

このAさん支払い遅延は、自分の気が引き締まる出来事だった。

ビジネスマナーって、めちゃくちゃ大事だ。この件は、相手の考えるビジネスマナー自分の考えるビジネスマナーが違って、それで不快な思いをしたってことなんだけど、自分絶対的正しいビジネスマナーができているていう自信がないんだもの

だったら、ひとつひとつ丁寧に。この丁寧さ、最近欠けてる気がするな....。気がするっていうか、欠けてるな。意識しよう。

anond:20170922105228

からそこがわかってないんだよ

殺害予告ネタ恐喝したいんだろうけど無理だから

このログ弁護士に提出しま

あとヘマやった刑事事件の方も順調に進んでるみたい

きみ、全くわかってないよね

それから推定者とか言うやつ

他でもやらかしてるみたいで既に刑事課の人は把握してたよ

しかし、きみは本当に優秀なピエロだね

世間ではぬいぐるみと呼ばれるだろう家族の話

私は大学に通うために去年の春から一人暮らしをしている。と、周りではそういうことになっている。正確には、15人か20人くらいの家族と一緒に家を出た。今もみんなで暮らしている。実家が好きなので寂しいけど、家族と励まし合って頑張っている。

私が今言った家族というのは、世間ではぬいぐるみと呼ばれるものに当たるのだと思う。が、彼女たちは私にとっては家族人間だ。例えばくまや、うさぎやネコや、いぬや、ひつじなんかの形をした、れっきとした人間だ。私の大切な家族だ。

実家にも他に40人ほどの家族がいる。元々は父、母、姉、姉、私の五人家族だった我が家。段々と家族は増えて、今は合わせて60人家族くらいだろうか。その全員に名前が付いている。苗字名前の両方がある。それから歳と、性格と、話し方や声なんかがそれぞれにある。家族からもちろん全員のそれを記憶している。私の元から家族も、もちろんそれを記憶している。ベッドやソファもあるし、小さな個室もある。二つ上の姉は裁縫が得意だ。それで、私の家族はみんなちゃんと服を着ている。人は家具や住居を必要とするし、人は裸では歩かない。そういうことだ。

旅行に行くときはいつも家族がもめる。だれがその旅行に行くのか、喧嘩は絶えない。まだ小さい子が多いから、みんな行きたがるのも仕方ない。結局は私や姉や、母がその仲裁をして、代表の子旅行を楽しむ。一緒に写真も撮るけど、それはもちろん人のいないところで。私たち家族が、誰からも認められるものではないということは理解している。

小さい頃からずっと一緒に過ごしてきてもう中学生になる家族には、随分と悩みを打ち明けた。私の血を分けた家族よりも私のことを知っていると思う。本当に色々なことを話したのだ。彼女故郷の話。私の将来の話。お互いに、布団にもぐっては沢山の話をした。

この間、友人にロック画面を見られた。私のスマホロック画面は、家族写真だ。家族を画面いっぱいに写るように並んでもらって撮った。みんなとても可愛くてお気に入り写真だ。友人は「このすみっこぐらしのしろくまととかげ、なんで隣にしないの? すみっこぐらしすみっこぐらしでまとめないと」「てかノーブランドぬいぐるみ随分持ってるね。これカエル🐸?」と画面を指差して笑った。私にはよく分からなかった。この子すみっこぐらしのしろくま、なんて名前ではないし、すみっこぐらしのとかげ、なんて名前ではない。この子には別の名前がある。ノーブランドも何も、生きてる人間なんだからそんなものあるわけないじゃん。カエルじゃなくて人だって。言いたいことは色々あったけど、理解してもらえるとも思わない。私は「質問多すぎてわかんないよ」と言った。友人は相変わらず笑っていた。

今日他人から見たらパンダぬいぐるみしか見えないだろう、私の家族眠る。この子は寒がりだからお腹のあたりで抱っこしてあげて眠る

誰に理解されるわけでもない。けれどこれが私の家族の愛の話だ。私と私の、家族の愛の話。

いつかわかってくれる人に出会えるかなあ。

2017-09-21

24歳、人生に迷走しています

3月新卒で入った販売業を辞めた。

わずか2年で辞めた。

田舎中小企業ありがちな社長ワンマン経営と、社長より頭の切れる専務独りよがり陰謀のようなものが渦巻いた会社だった。

この会社には未来がない、成長できる気もしない。

自分なりに悟って辞めた。

辞めたことに後悔はない。

それからプログラミング学校に通っている。

そういった職種に就きたいと考えていたが、これが難しい。

通い始めて半年経つが、お金がもらえるレベル自分が達していないのは目に見えてわかる。

楽しいとはあまり思わないし、出来そうにもない。

そろそろ学校も終わる。

定職に就かなくては。気がつけば引き伸ばしていた将来の選択がもう目の前にあった。

焦り。不安

このタイミングで、立派に仕事をがんばっている友人の存在を知り、さらに焦る。

他所他所だし、焦っても仕方ないのだが。

幼い頃からずっとある劣等感が引き出され、さらに焦ってしまうのだ。

今のところ、IT系会社に2社応募するも書類で落とされた。やはり未経験からは難しいと悟る。

経歴が原因なのかもしれない。

高校農業高校大学農学部

食品販売会社に2年。

ITのIの字もない人生だ。

やりたい事もない。

それでも毎朝 求人一覧をパトロールする。

第二新卒もまだイケる企業もある。年齢的にはギリギリイケる。

派遣から正社員を目指すという道もある。

こうみると、選択肢はたくさんあるように見える。

しかしこれがまた、

余計に迷走させるのだ。

さっきコンビニ立ち読みした本に

断られてきた数が多い人ほど成功していると書かれてあった。

断られた数ほど、挑戦したということだから

何を軸に就活していけばいいかからない。

だがしかし、とにかく。

気になる当たればラッキーくらいの気持ちで応募しまくることが

今できることなのかもと、自分なりに悟った。

anond:20170921142143

2つある。

1+1は国が決めたから2なのか?

漢字が読めないとより高度な知識を得られないのは国がそう仕組んでいるから?

英語ができると人生選択肢が多くなるのは国の方針

「国に統制される」とか「お役所が決めたこと」とか、ちょっと毒されすぎていないかね。

それからさ、今でも裕福な家庭では選んでるよ。私立幼稚園やら有名大付属小学校やら大学院やら医学部法学部に。

一方で貧乏な家はどうだろうな、選べる?自分教育を?

ちょっと金がなかったら大学は諦めないといけないし、もっと金がなかったら高校だってダメかもしれない。

から無償化」なんじゃないの?金がなくても選べるように。

https://anond.hatelabo.jp/20170920201649

友達が鬱になっているのだが、飯を奢っても酒を奢ってもあまり元気にならない。

悲観があるので、その悲観に根拠が無いことや悲観が生まれる体の原因、それから普段意識の向け方などをやんわり説明したが効果は大きくない。

※酒を飲む時は基本相手が誘う

自分も鬱っぽいことがあったが、今は心を静めれば息するのも楽しいことがある。

楽しむために多くのもの必要ないと思えるようになったが、この感覚は人に説明するのが難しい。

それは説明するようなものではないかもしれないが、人生の中で「楽しい」を表現する方法が少なく困っている。

人生絶望している人と、どうしたら楽しさを共有できるのだろうな。

2017-09-20

一般人がいるところで話してちゃだめでしょ」

って言われた。病院エレベーターの中。乗り合わせた人が降りていった後。

言ったのは医師で、当方医療学生

実習の休憩時間学生複数エレベーターに乗って、個人情報には関わらない他愛ない話をしていた。エレベーターの中だから通常よりも低いトーン。

一緒にいた学生は「ご尤も」という感じ。今度から気をつけようね、話さないようにしようねと。

正確に意図理解できてるかはともかく言ってることはわかる気がするし、今日以降ほかの人がいるエレベーターで会話をするのは上の先生に話しかけられたときくらいになると思う。

だが今までの経験からエレベーターの中で医療従事者は話してはいけない(職業上の理由で)」というのは常識化まではしていないと思っていた。

エレベーターで話をしないのは基本的マナーなの?

それから彼の注意のポイントは「他人」じゃなくて「一般人」にあるみたいだった。

一般人」ってチミはどんだけ偉いんだってまぜっ返したい気持ちも。

医療従事者以外のいるところで」って言ってくれてたらもう少し素直に反省できた気がする(病院にいるのは必ずしも「患者さん」だけじゃないから、「患者さんのいるところで」だとまた少し文脈が変わる気がする)。

一般人」って呼ぶ対象についてどういう気の遣い方をして彼はあの注意をしたんだろう。

anond:20170920082907

「まず声かけろ!好きになるのはそれからでいい!」って説教してる奴と対消滅してからお願いしま

2017-09-19

イケメンの姉

姉はイケメンだ。かなりぶっとんでるし、ちょっとどうかと思うような行動に走ったりもするけど、総じてイケメン性格姉妹正反対。私は人見知りで、基本的にいつもおどおどしている。今までいろんな局面で何度も姉に助けられてきた。そんな姉への感謝気持ち綴りたい。

まずは小学校入学式のこと。

うちは母が早く亡くなってる。私が5才になる年に喉頭癌でこの世を去った。姉は私より11才上で、私が小学校に入った年にはすでに高校生だった。

そんな姉が、私の入学式に母の代わりとして参加してくれたのだ。その時のスーツ姿がとても素敵だった。人指し指に緑色翡翠指輪をはめていて、それは母の形見だと教えてくれた。入学式の時の写真を見返すと、やはり姉は保護者の中で一人だけ幼げに見える。

姉は高校ではかなり目立っていた。たまに雑誌にも出てた。エルティーンという十代向けのファッション誌で、モデルみたいなことをしてた。私はまだ小学校に入りたてで、そんな姉を芸能人だと思い込んでいた。そのうちテレビにも出るんだと思ってた。その予想はのちに別の形で実現するんだけど、その話はあとに回そう。

姉はふだんはあまりエルティーンを読ませてくれなかった。小学生にはふさわしくないエロい特集が多かったのだ。そんな雑誌にちょくちょく載る姉の姿に、私は幼いながら、妖しい憧れのような感情を抱いていた。

父は土建業を営んでいたが、この頃には経営が苦しくなっていた。それまではずっと絶好調で、姉は何の疑いもなく「うちは金持ちだ」と信じ切っていたらしい。でもそんな幸福時代はあっけなく終り、父は一気に萎れてしまった。母に先立たれて、経営も傾き、悲嘆にくれる日々。父がお酒に溺れ始めたのはこの頃だ。それでも父は姉を私立大学に入れた。娘の教育は疎かにしない、それは母の遺言でもあったそうだ。

二つ目感謝は、このころの話。

当時、私がまだ9才の時。姉が私をあるイベントに連れて行ってくれた。姉の大学友達の中に、ひとりだけ9才の私が混ざるという、かなり無茶な形だった。野外で開催されるテクノパーティ。でもそんな詳細はすべてあとから知ったことで、当時は右も左もわからないまま、姉に連れられて、ただついて行った。そこはまさにカオス空間だった。広大な森林のいたるところで人々が踊り狂っていた。真夜中にトランス状態で踊り狂っている大勢大人たち。あの光景が私の音楽原体験になってしまったのは、なんかちょっとまずい気もしている。

夜、私は姉と並んで芝生に寝転んだ。遠くではドンドンという無機質なテクノビートが鳴っていた。私と姉はふたりで夜空の星を眺めながら話した。その時に姉がとつぜん言ったのだ。

ママはもういないけど、私がお姉ちゃんとお母さんの両方をやるから

後年、姉にこの話をしたら「そんなくさいドラマみたいセリフ言うわけない」と全否定した。でも私は完全に覚えている。ありがとう。あの言葉にどれだけ支えられたかからない。

三つ目は、話自体がかなりぶっとんでる。

私が中2の時、父の会社が潰れた。全てを整理しなければならなくなり、家族は家も失った。私たちアパート引っ越した。父はもはやアル中の一歩手前みたいになっていた。

姉はすでに大学卒業していたが、就職はしていなかった。なんと、カリスマキャバ嬢になっていたのだ。当時の某歓楽街ではかなり有名な存在で、テレビ取材も受けていた(冒頭に書いたテレビ出演の話はこれのことだ。ちなみに姉はこの後にもまた別の形でテレビに出るのだが・・・)。姉は客に媚びないSっぽいキャバ嬢という設定で、何度か深夜番組に出ていた。それはけっこうサマになっていた。

姉は家では父にハッパをかけ、とりあえず一労働者に戻って建築現場で働くことを勧めた。父は最初経営者という立場にこだわり、かたくなに拒んでいたが、やがてしぶしぶ従った。

ここから急展開が訪れた。カリスマキャバ嬢としてのブームが一段落して、父もどうにか社会復帰できたというタイミングで、姉がいきなり海外留学してしまったのだ。なぜこのタイミング?と思ったけど、どうも男絡みのようだった。色恋沙汰なら、もう誰が何を言っても無駄だ。姉の留学先はコスタリカだった。

姉は私に銀行カードを託した。「本当にやばくなったらこお金を使いなさい」と姉は言った。さらにもう一点、「絶対に父には秘密にすること」姉はそれだけ私に言い残して、さっさと異国へ旅立ってしまった。当時、私はまだ中2だった。おいおい、母親の代わりをするって話は?

預金は600万円だった。コンビニATMで残高を見た時、足が震えた。私はこわくなって、すぐにカードを机の引き出しにしまい、鍵をかけた。それは中2の私に背負える額ではなかった。

そのまま中3になり、受験の時期を迎えた。姉がいなくなってからというもの、家の中はめっきり暗くなっていた。父は働いてはいものの、お酒の量がどんどん増えていた。親子の会話もほとんどなくなっていた。学校でも、私の家が落ちぶれたという噂がうっすらと広まっていて、なんとも言えない惨めな気分だった。姉の600万だけが心の支えだった。まだ大丈夫、うちにはこれがある、そう言い聞かせながら日々を送っていた。とかいいながら、カードからお金を引き出す勇気なんてまるでなかった。私は根っからの小心者なのだ大金を前にして、完全に怖気づいていた。どうしても心細くなって、ひとりで布団をかぶって泣く日もあった。勉強にも身が入らず、だんだん授業がちんぷんかんぷんになっていった。高校に受かる気がしなかった。この時期は私の人生いちばんしかった頃かもしれない。

そんなときに、姉が帰ってきた。まるで私の危機を察するみたいに。姉は予告もなく、いきなり家に現れた。あの時、姉を見た瞬間、私の全身にぐわーっと広がった強烈な安堵感が忘れられない。自分いかに姉を頼りにして生きているのか、骨身に染みて分かった。

姉のコスタリカでの日々は、それだけで一冊のルポルタージュが書けるぐらい強烈だった。でも私がここに書くのはちょっと無理だ。筆力が足りなすぎる。姉はコスタリカ日本人恋人暮らしていたのだが、やがてその男と別れて、現地でスペイン人と付き合うことになった。交際から数日後に、ふたりパナマに小旅行に行ったら、国境を渡るバスから彼がいきなり逃亡してしまった。理由はわからない。ともかく姉は一人にされてしまった。それから姉は執拗警察の取り調べを受けたりしつつ、どうにか事なきを得て、家に帰りついた。後日、彼が麻薬組織幹部だということが発覚した。姉はそんなこと何も知らなかった。彼がなぜ逃げたのか、どこに逃げたのか、全てが謎に包まれていた。

そういう話が他にもたくさんあるんだけど、とても書ききれない。とりあえず姉は無事に日本に帰ってきた。そしてコスタリカでのエキサイティングな日々を迫力満点に語ってくれた。私はなんだか自分の悩みがバカらしくなってきた。受験不安だとか、ほんとに小さなことって気がしてきた。姉に相談したら「勉強しろ」と言われた。2秒で話が終わってしまった。銀行カードをいちども使わなかったと言ったら「あんたらしいね」と笑った。姉が相変わらず人差し指翡翠指輪をしていたので、私は「お母さんの指輪だ」と言った。姉はそっけなく「あれウソだよ」と言った。「蛍火の墓を見て、適当でっちあげた」「マジで!?」「うん」私は脱力した。

それから受験勉強に身をいれて、私は無事に第一志望の高校に受かった。姉は父の酒浸り生活も、きびしくたしなめた。父は何だかんだ言いながら、姉には従う。酒の量を控えるようになり、少しずつ生気を取り戻していった。やがて昔の仲間と一緒に、また小さな会社を発足させた。最近土建以外にも手を広げて、高齢鞭打ちながら、建物管理資格勉強なんかをしている。

姉はコスタリカで築いた人脈を駆使して、某国大使館アルバイトをするようになり、そこで能力を見込まれて、正規職員になった。大使館について詳しく知っているわけではないけれど、私は漠然と「超エリート仕事」だと思っていた。姉のイメージとはどうしても結びつかなかった。最初に聞いた時は、女スパイ組織に潜入しているような姿が頭に浮かんでしまった。

姉の最後テレビ出演は、この大使館バラエティ番組取材を受けたときだった。姉は有名な芸人さんにおいしくいじられていた。姉は完全にキャラ変して、シャイで生真面目な妙齢職員を演じていた。「あなた、かなりの箱入り娘でしょ。男性経験も少なそうだな」芸人さんがそんなようなことを言って、姉をからかっていた。姉は恥ずかしそうに両手で顔を隠した。『かわいぃ~』みたいなテロップが入った。いやいやいや、と私は全力でテレビに向かってつっこんでしまった。

そんな姉も、長く勤めた大使館をやめて、今はスペインバルオーナーマネージャーとしてバリバリ働いている。ほんとはここにお店のサイトリンクを貼って、微力ながら宣伝したいんだけど、それをするには姉の許可を得なくちゃいけない(というか、こんなの宣伝にならないか)。

ちなみに私は普通に高校を出て、短大を出て、今はOLだ。ほんとに波風のない人生。何から何まで姉とは対照的だ。そのうち私にも、めくるめく冒険の日々が訪れるのだろうか。

結局、姉への感謝はたくさんありすぎて、とてもここには書ききれない。何でこんなことを書こうと思ったかというと、このあい何気なく実家で昔のアルバムをめくっていたら、幼い頃の姉の写真を見つけたから。3才ぐらいで、まだ私が生まれる前。姉は母の腕に抱かれていた。泣き出す直前みたいな、絶妙な仏頂面。姉を抱く母の人差し指には、緑色翡翠指輪が光っていた。なんだ、やっぱり形見じゃん。本当だったんだ。きっと照れくさかったんだろう。いかにも姉らしいと思い、うれしくなってしまった。それで姉への気持ちをまとめてみようと思ったんだけど、うまくまとまらなかった。無理もない、姉自身がまとまってないんだから

anond:20170918230437

引きずってでも心療内科に連れて行った方がいい。

とにかく薬で楽になるから

それから鬱の本などを読んだらいい

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