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2019-01-22

[] #68-7「ブラックホワイト

二人は危険匂いを感じ取り、この仕事を辞めることにした。

「辞める? それまた突然、なしてぇ?」

そのことを班長ダマスカスに伝えると、大層驚いた。

ダマスカスはいつも従業員たちに気を配っていて、母たちの働きぶりも知っている。

辞めるような兆候はないと思っていた。

「どこか労働環境問題でも? 言ってくれれば改善しますぜ」

「滅相もない。とても働きやすくて、いい職場でした」

「ということは、何か不幸なことでも……あいや、こういうのこっちから聞くのダメか」

「いえ、お気遣いありがとうございます。何か大きな理由があるってわけじゃくて……色々細かいことが積み重なった感じで」

漠然と断るしかなかった。

確信もないのに「この会社ヤバいから」なんて言えない。

「そっかぁ、そういうのは解決しようがないなあ。今週分の金はすぐ送りますよって」

こうして二人は『256』のもとを去った。

母はそれから新しい仕事に就くことはなく、専業主婦に戻った。

元同僚たちとの交友関係は今でも続いており、おかげで充実した余暇を過ごせているから、だとか。


====

ここからは余談だ。

あれからしばらく経った後、俺がタケモトさんから聞いた話である

「どうやら『256』は、一昔前にあった大手会社解体後、残った者たちで起業して出来たようだ」

なるほど、元手はその時点であったってことか。

「では、どうやって儲けを出しているんでしょう」

「そりゃあ、顧客だよ」

タネが分かれば何てことはない、単純な話である

『256』は独自技術で作られた自社製品を多方面に、かなりの高値で売りつけていた。

顧客差別しない」といいつつテロリストに売ったり、軍事利用されることも容認しているらしい。

それを聞いて、俺はあることを思い出した。

包丁で刺された人間がいたら、それは包丁で刺した人間問題包丁を作った人間のせいにしてはいけない」

とある刺傷事件に対して、『256』代表取締役が出したコメントだ。

その事件は『256』とは何の関係もなく、コメント自体理屈は通っている。

だが『256』の実情を知った後だと、何ともいえない嫌悪感を覚えた。


ブラック企業ブラックなのは、端的に言ってしまえば労働者搾取しているからだ。

搾取で成り立つ経営は下の下だが、それでもやりたがる経営者は後を絶たない。

なぜかというと、それが儲かることを知っているかである

『256』はその搾取する対象を、労働者以外にしただけだったんだ。

「そういえばタケモトさん。気になっていたんですが、あの時なんで『256』はキナ臭いって母に言ったんです? あの時点では『256』についてロクに知らなかったんでしょう?」

とどのつまりは勘だが……強いて言えば、そのセンセイって人と同じ考えだ。とても普遍的理由だよ」

普遍的?」

「例えばファストフード店は不健康蔓延させる。そして不健康労働者が増える。病院に行く人も増える。医者が忙しくなり、病院労働環境はより酷くなる」

「うーん……何の例えです?」

「つまり真っ白な会社存在しないってことだ」

(おわり)

そんなにコンビニエロ本買う?

一人暮らし始めた頃は自由謳歌のために何冊か買ったけど、年末掃除の時に捨てる方法四苦八苦したわ。(普段雑誌買わないか雑誌の中にこっそり混ぜることが出来ない。結局1ページ1ページばらしてスキャンした後、シュレッダーにかけた)

それから電子しか買わなくなった。まぁ電子版は漫画しかないけど。

腐女子カースト底辺同士のマウント合戦~」のこと 2

前回(https://anond.hatelabo.jp/20190122051523)の続きです。

6.欠落は誰にでもある

さまざまな理由から、化粧が出来ない、してくれる協力者もいないという人達に私は会ってきました。

病気怪我治療中の人、あるいは治らない障害を抱えている人が居ました。症状が出ないように薬を飲んでいて、副作用がひどいと教えてくれた人も居ます

発達障害からの注意欠陥、嗅覚・触覚過敏、どれほど頑張っても自分では時間管理ができない人、神経麻痺で手が震えてしまう人、不安障害や、醜形恐怖のために鏡で自分の顔が見られない人も居ました。先天性もあれば事故による後天性もあります

一見しただけではわからない、介助者もいない軽度の人ほど、偏見に晒されてつらい感情を秘めていました。「就活の時期はとても苦しかった」と胸の内を話してくれた人もいました。

それらは対話しなければわかりません。

生きるだけで精一杯の彼女達を外見で判断することは、とても残酷なことだと思いました。

初対面の人へ否応なしに恐怖を抱く人もいます彼女達はあまりにも傷ついてるのです。だけど彼女達も同じもの好きな人なら、親身になって耳を傾けてくれるなら、素直に明るく話せる『普通の』人達でした。

彼女あるいは彼らが、趣味を楽しむことを、ドレスコードもないイベントへ素顔と普段着で行くことを、そのために外出することを、誰が止めて良いでしょうか。

作中では、腐女子の一人のバイセクシャル発言を、言い訳と切って捨てるページもありました。

腐女子仲間の交流という非日常でならカミングアウト出来る人達もいるのです。クエスチョニング(自分性的嗜好がわからない人)も居ます

女性の体で生まれ性自認男性トランスジェンダーであれば、彼もまた女性らしい化粧をひどく嫌がるでしょう。

男性の体で性自認女性の人は、きれいな化粧をしたい彼女自身の願望を世間から嘲笑われて、ひどく悔しがることでしょう。

私自身が、長い間クエスチョニングの状態で、もしかしたら今もそうかもしれません。「雌雄何方でもない究極生命になりたい」などと本気で考えた頃もあります。そうしたキャラクターに憧れたことも。それを中二病黒歴史と切って捨てる気はありません。

その頃に考えた数々の想像は、今の作品作りに役立っています。何がどう人生関係するのかはわからないですし、簡単嘲笑材料にしてはいけません。

そして、結婚して子供もつ腐女子人達カーストの上位に位置すると作品内ではほのめかされていました。

独身の私には、既婚者のまま交友関係を続けてくれる腐女子が幾人かいますが、本人達の多くは決してそんなことを思っていません。

切り詰められた趣味時間一生懸命やりくりしています子供たちが幼く、預けられる人が居なければ、イベントに出ることもできません。離婚経験している人も居ます子供を産めない体の人も居ます彼女達の苦悩を「自虐に見せかけた自慢」などと断定することはできません。

外見に気を使えない分、時間が限られている分、彼女達は会場で迷惑をかけないよう礼儀正しくいようと努力しています

作家さんに送る差し入れを考えたり、相手不快にならないような感想手紙を丁寧に考えてくれます他人の悪意に敏感で、日々変化する対人マナーを注意深く観察しています

賢明な彼あるいは彼女達は、自分がなにか悪いことをしたら、自分を容易く卑下すれば、自分と同じ属性の誰かが心無い偏見を向けられると知っているのです。

自分を奮い立たせなければ、読みたい本を手に入れられないのです。彼女達にとってもイベント会場はまさしく「戦場」なのです。

主人公自身我慢して「普通」を演じてるからといって、どうして不特定多数にもそれを押し付けて、勝手審査してしまうのでしょうか。

腐女子として知り合ったのに、そこでしかできない話があるのに、なぜ、妹や会社の同僚にもできる彼氏の「恋バナ」を主人公はその中でしたいのでしょうか?

誰しもに欠落がありますいくら擬態を頑張っても、つつけば粗が見えることを知っています

見下す主人公よりも、その嘲笑われた「誰か」に共感して悲しみ、怒るのです。これは腐女子一般人も変わりありません。

ここまでくれば主人公の『欠落』は明確に見えてきます恋愛パートナーの有無や、化粧や顔の出来などとは関係のないものです。

物語としては、この欠落を彼女尊敬する『神』の作品で、あるいは腐女子の友人達との交流で埋める方向に少しでも向くと思わせられれば、得る物はあったであろうに、エッセイ漫画として面白くなるであろうに、無視したまま化粧と服装だけに固執し、自分以外の他人嘲笑し苛つきだけ表現して、何処かで見たような「あるある」ネタとしても使い古された、見慣れたエピソードで彩られた孤独な「自分語り」に、なぜ終始してしまうのでしょう?

主人公が妹との会話で傷つくシーンがありますが、それもどこか核心からずれています

描こうと思えばいくらでも描けて、周り込めばそれだけ「面白い」題材になるはずのこの欠落を、なぜ無視して、このように雑に扱ってしまったのでしょう。

作者自身結論が出ていないから?

であれば、必要なのは時間です。自分他人を見つめなければ、表面的な出来事自分内面を掘るだけでページが終わってしまます

結論が出ていてもページ内に収める技術問題

であれば、そのような『制限』を外すべきだったのです。悪意を放り投げてしまうより、収拾可能になるまで、試し読みの範囲伏線を詰めて描くべきだったのです。

そのほうがずっと「面白く」「続きが気になって」読んでもらえるはずです。

その柔軟さと判断力が編集者に無かったとなれば、漫画面白くできなかったのは作者だけの責任には留まりません。

私はそう考えます

7.SNS媒体での発表のリスクについて

ツイッター年齢制限がありません。誰でも登録できます

ツイッター機能として、登録者の興味のある事柄から自発的検索しなくても、プロモーションフォロワーいいねがTLに流れることがあります

日夜ツイッターではプロアマチュアを問わず真の意味で赤裸々な「漫画」が、作り手の欲望善意によって公開されております

読み手は気軽にそれらを楽しむことができます。なんの警戒心もなく、それを読めるのです。

まりツイッターを利用している未成年の、思春期の「腐女子」あるいは「腐男子」達も、この「腐女子カースト」という作品を目にした可能性が高いと言うことです。

今この文書を読んでいるあなたは、どう感じるでしょうか。

腐女子は皆が皆、18禁作品をたしなむ訳ではありません。未成年で、好奇心不安を抱えたまま腐女子世界に飛び込んだばかりの人達現実世界では未来ある学生達がそこにいるのです。

悪意に慣れていない少年少女も当然いますもっと幼くて、ただ漫画というだけで熱心に読む子も居ます。今は内容がわからなくても必ず影響は残ります。『顔芸』と呼ばれる大ゴマをつかって笑わせることは、どんな幼い子供にも通用します。

子供達に対し、自由想像世界に生きる存在であったはずの腐女子達の中に「カースト」が存在するなどと言い含め、ある嗜好を持つだけで現実では最下層の証明になるのだという差別意識を植え付けて、その子たちの無意識に色眼鏡を与え、自尊心を摘み取ってしまっていいのでしょうか。

自分もどうしようもない存在から笑って許して欲しい、などと言う虫のいいお願いを「いい大人」が子供果たしてできるでしょうか?

それとも子供達も自分と同じ目に遭いつらい人生を歩めと言うのでしょうか?

あの時から今もなお続く炎上は、腐女子ひいてはオタク達の怒りでありながら、撒かれた毒を浄化しようという一心不乱の活動でもあるのです。

それが見えない露悪的な人達はこの騒動冷笑しています。私はそれを、昔の自分のように恥じています

これについては個人の快不快に留まる問題ではありません。会社ではなく、一個人があのような悪意を撒いたとしても、彼らは同じように行動するでしょう。

わずかな露悪的な読者層を取り入れるために社会倫理無視して行動したのであれば、そうした会社に集まるのは、いっそう露悪的で短命な漫画ばかりとなってしまうでしょう。

8.倫理と信頼と商売関係

このような感想になってしまいましたが、改めて、私は自由創造性というもの尊重したい側です。

同時に面白くないと思ったもの面白くない、酷いと思えるものを酷い、ノットフォーミー(自分向けではない)な作品はそうだと言える自由もまた有ってほしいと思います

商業作品においてもアマチュアであってもそれはかわりません。ただひとつ願うのは、描き手と読み手企業購入者、互いが互いに優しい形でそれが実現することです。

作品の話になりますが。

今回の騒動を見ていた時に同レーベルの「こじらせブスの処方箋~見た目を気にして病気になりました~」という醜形恐怖を描くエッセイ作品と作者が気になり、こちらは購入しました。

内容は「腐女子カースト」よりも読めました。やりようによっては幾らでも面白くなる題材だと思いました。たった一冊の本では描き切れないはずなのに、始まりから消化不良のまま、読み終わってしまいました。なぜ充分に生かせず、彼女は次々と過激タイトルの新連載に移ってしまったのでしょうか。彼女無料公開している作品を見ていましたが、やはりどこか無理におどけている様な、抑圧されているような、物足りなさを感じてしまいました。

他の主力作品ヘテロ恋愛や性事情を題材にしたものや実録系が多いようです。WEB雑誌系のスポンサー出会い系美容系で占められていることと関係しているのでしょうか。それらへ興味が向くように迎合した作品作りをすることも、おそらく企業戦略としては正しいのでしょう。

しか果たしてそれは、自由創造性でしょうか?

自尊心の低い女性や、夢を求めて来た外国人や、年齢や身体のどうしようもない特徴で偏見に晒された、「世間ちょっとずれた」弱い立場の人々を集めて「見下す対象」を作り抑圧することが、今のレーベルでの狙いなのでしょうか?

そうではないとする証拠が、今回の騒動の中にあったでしょうか?

今連載されている作品達に、作家達に、充分に示せているでしょうか。

そうした雑誌ジャンル伝統的にあることを私は知っています

会社の内部事情について、私は一切知り得ません。

善悪を私が断じることはできません。ユーザー文句をいう事は出来ますが、断罪するわけではありません。

誰かの表現を止めることはできません。

一度出した表現は別の表現で塗り替えることしかできないのです。

多くの人にとって良くなければ、出資するほどではないと思われれば、自然と読者は離れていき、伝統はそこで終わるだけです。


9.おわりに

今回の感想を書く上で、障害者や、性的マイノリティについて書かなければならなくなりました。

それらを教えてくれた人々は、私の大事な読者達です。

私はかつて、仕事をやめたのと同時に、しばらく普通でいることを休もうと思いたちました。世間や周りに合わせようと無理をするのをやめて、家に籠りました。趣味漫画を描くうちに、私は作品を通じてツイッターで人と繋がりました。

読者のフォロワーの一人が、家庭の事で「爆発」し鍵垢で叫んでいた所に遭遇しました。私はその言葉を丁寧に読みました。

私が知り得る知識を総動員して、望んだ人生が歩めない悲しみを、それを他人から非難される恐怖と怒りを一生懸命想像しました。私は彼女問題提起を注意深く見定めようとしました。

リプライではなく空リプで、一緒になって怒り、一緒に笑い飛ばしました。それは一時のSNS上のやりとりでしかないし、実際に顔を合わせる間柄ではないですが、今でも彼女との交友は続いています

上下はありません。私の意見押し付けたわけではありません。

私と彼女は、対等な互いの読者として、信頼する友人として存在しているのです。

彼女理解を諦めて無視したなら、きっとこうはなりませんでした。

信頼関係の構築に大事なのは性格ではありません。ただ己を一度引っ込めて、わからないなら真摯に聴き、調べ、深く考えた上で言葉を使うことが大事だと私は気付きました。彼女が暴れすぎて収拾がつかなくなるほど傷つかないように、考えて行動することでした。

それは自分作品を作る時と同じでした。二次創作で『推し』を見つめて、彼あるいは彼女がどう行動するか考える時と同じでした。

彼女達の苦悩の間に、それでも己自身肯定する言葉があると、パートナー子供を心から愛している気配を見つけられると、私は安心できました。

他人の心の傷を全て想像出来るわけではありません。自分の心の傷に触れられることがあれば、動揺してひどい言葉を投げかけることもありました。ブロックされることもありました。しかしそれは、多くの人がそうなのです。ぶつかり合うことも距離を置くことも恐れてはいけません。本当に知りたいと思うなら、何度でも内省し正しい目で観察すべきなのです。

彼や彼女達が教えてくれた人生エピソードを、私はそのまま作品に描く気にはなれません。自分自身人生すらも。

作品には力があります祈りにも呪いにもなり得ます他人自分幸せにさせられるし、同時に破滅させられます。それほど重く、他人が口出ししてはいけない価値観が誰しもにあるのです。

一度発表したもの簡単に無かったことになりません。丁寧に積み重ねた善意よりも、悪意の一撃の方が取り返しがつかないこともあるのです。

それから私は、世間からちょっとずれた自分感性を、注意深く噛み砕いて、善か悪かも断定しないように、フィクションに載せて描き続けました。自分が好きな作品がどうして好きなのか、どう世間と噛み合わないのか、深く深く悩み、考えました。それを読んだ人達の中に、共感して会いに来てくれた人が何人も居ました。ゆっくり時間をかけてですが、心から対話をすることが出来ました。

世間からちょっとずれた人々にも悲しみがあります。楽しみがあります。それを見下して、ただの自虐的な見世物にして終わってはいけません。

良き人生として昇華すべきなのです。自分自身のために。

漫画を描いている人々、漫画マネジメントする人々、今まさに伸び悩んでいる方に、今一度向き合って頂きたいのです。

「本当に長く愛される作品」というものは何か。

説教ではありません。私自身がまさに悩んでいたから、これからも悩み続けるだろうからこそ、一緒に考えてほしいという願いです。

ただ楽しいから、ただ涙が止まらいから書くというだけでも充分良いのです。書き上げてから、少しだけ手を止めて、考えてほしいのです。一時の利益のために道を見失わないために。


ここまで読んで頂き、ありがとうございました。

ハンドルネームペンネームも、いくらでも変えられる世界です。それは責任放棄することと一緒ではありません。

今回は匿名での投稿ですが、私は私の思ったことをできるかぎり真摯に見つめ、影響を考え、投稿に至りました。それが少しでも伝われば幸いです。

私の活動がいつか誰かの人生と交わることもあるでしょう。

その時には、互いに今より優しくなれていると良いなあと、願っております



追記

これを書いている間に、『COMIC維新りあら』公式ツイッターからお詫び文が出ました。

配信停止までやる必要はなかったかと思いましたが、仕方のない判断かもしれません。

また一冊の本が燃やされたと感じました。

2019-01-21

毎日寝る時間になると必ず死ぬことが怖くなりかかなか眠れない。

一緒のベッドで眠る10歳年上の夫も3歳の娘も1歳の息子も、周りの人みんなも、私も、全員死ぬと言うのが怖い。

こんなこと考えるのは子供みたいだ。

「あれ?私ってもしかしていつか死ぬの?」と気づいたのは確か10歳くらいの時だった。

それからふとそれが頭によぎると最後、こびり付いて離れず、体が固まって動けなくなってしまう。今も昔も。

日本だけでも何万人もの人が同じように生きているのに、平然と毎日過ごしているように見える。

実はそんなことないのだろうか?

願いに近い夢がある。

それ相応の年齢までいくと恐らく死が怖くなくなる、のでないかと。

から今怖がったところで何も意味ない、何年もすれば何も怖くないんだ、そう何度も自分に言い聞かせている。

異世界から転生してきたので、俺の世界エログッズを紹介する

異世界から転生してきた。

俺はオナニー趣味だ。レパートリーを増やすために、異世界河川敷エロ本を読んでいたときのことだ。なんとなく手にとったそのエロ本は、おかしなことに途中から空白のページが続いていた。なぜか途中から空白のページになっている、おかしいぞ、と思った瞬間に、本の中に吸い込まれるような感覚がして、気づいたらこ世界にいた。

それからはとにかく大変だった。俺の服装はどうもこの世界では変な格好と見られるらしく、街の人に喋りかけても9割の人に話も聞いてもらえずに逃げられた。なんとか話を聞いてもらえても、異世界から転生してきたなんて話を信じてくれるわけもなく(放置プレイだ)、9割の人に逃げられた。飲まず食わずで助けてくれる人を探し続けたところ、船橋でようやくまともに話を聞いてくれる人に出会えた。はてなブックマークブクマしているというブクマカの男だった。彼は、食事を御馳走してくれた上に、自社で取り扱っているという服を俺に与えてくれた(双頭ディルド付きで、とてもおしゃれだ。今でも勝負服として使っている。この世界は、俺のいた世界と違って良質な繊維が取れる植物があまり無いらしく、化学繊維工業がとても発展しているので、ああいったモダンデザインの服が存在するようだ)。さらに、当面の生活費として現金100万円も渡してくれた。転生したときに着ていたボロボロの服まで引き取ってくれた。俺の世界では、貨幣といえば銀貨銅貨しかなかったので、こんな紙切れ100枚ぽっちじゃイッた後ちんぽを拭くくらいしか使いみちがないな、と思ったのは今では笑い話だ。1年くらい前のことなので彼は覚えていないかもしれないが、俺は本当にあの人に感謝している。

それから賃貸住宅を見つけ(俺の世界には壁ドンというシステムがなかったので、これにも大変驚いた) 仕事も見つけ、今ではやっとこの異世界を楽しむ余裕が出てきた。

この世界には異世界転生というジャンル小説漫画があるらしく、同じ異世界転生した境遇を持つ俺としては大変興味深かったので試しに何作品か読んでみた。どの作品も、主人公が元世界にあった知識技術を活かして異世界活躍するという内容だった(女騎士がオークに捕まるやつは良かった)。しか現実小説のようにはうまく行かない。異世界転生して無双なんていうのは現実には無理だ。確かに俺の世界しかない科学技術もたくさんあるが、この世界とは根本的に物理法則が違うので、この世界じゃどう頑張っても再現できない。魔法相互作用と呼ばれる相互作用はこの世界には存在しないらしい。自然界に相互作用が4つしかないというのはなんとも不思議な感じがする。うちの世界には、魔法相互作用、つまり魔力を応用した便利な技術がたくさんある(魔力でアナル活性化させて湯呑み入れるとか)が、この世界には存在しないようだし、根本原理が存在しないので再現することもできないようだ。電磁気相互作用存在しない世界電池が作れないのと同じだ。

異世界生モノを読み慣れている人からすると「魔法を使って無双すればいいじゃん」と思うのかもしれないが、あいにく俺は元の世界ではただのオナニストだったから、魔法なんて使えない。魔法を使えるのは、特殊な訓練を受けた一部の人だけだ。君たちの殆どリモコンバイブやピンクローターを設計できないのと同じだ。

したがって、俺はこの世界では、ときどき変な喘ぎ声を出す空気が読めないキモくて金がない若者としてひっそり生きて行かなければならない。もともと頭はよくないし、この世界教育を受けていないから、肉体労働身体をすり減らしながら薄給を得ることしかできない。実に虚しいことだ。虚しい気持ち異世界転生小説を読んでいると、アナルパールと呼ばれる異常に美味しいとされるエログッズを作って異世界人に変態扱いされる話があった(当時はアナルパールというエログッズの存在を知らなかったので、急いでスーパーに行きアナルパールを購入し、店先で味わった。異常においしかったためその場で1発抜いてしまたことは言うまでもない)

そうだ、科学魔法ダメでも、俺にはオナニーがあるじゃないか、ちんぽを振って尊敬されよう、と思った。でも、俺にはちんぽを舞う友達なんていないし、俺を雇ってくれる店なんてないし、開業資金なんてあるわけがない。そこで俺は、過酷肉体労働苛烈パワハラですり減っていく自尊心を補うために、ここで俺の世界エログッズを紹介して、君たちから称賛の声を浴びようと思う。全部天然ものなのでとても卑猥だ。この世界風の個人的アレンジが入っているものもあるが、ベースとしては俺の世界のものと大差ない。本当においしいのでぜひ試してほしい。


anond:20190120181135

ばれているということにしたいんだな

 日本人現実的に何があったのか何も知らないくせに

仮にお前がそれを知っていてもお前は悪だからその認識価値はない

それから、お前がしたのは救命行為にかこつけた復讐であって犯罪と言う事実には変わらない

拉致故意はあった、救命行為言い逃れるようにやった、復讐したいだけだった、と言えよ

anond:20190121194007

エロ本だけじゃなく、ギャンブル雑誌実話誌スポーツ紙それから、がっつり大盛りの弁当スイーツ、充実したアルコールつまみの品揃え、そういうおっさんに特化したコンビニチェーンあってもいいと思う。

というか、ファミマロードサイド店多いし、すでに男向けに巨大スイーツ置いてたりするし、いっそそっちに振り切っていいんじゃない

ローソンは女向け、セブンイレブン子どもとご家族向け、ファミマおっさん向け。それでいいのでは。

Tカードはもう使わないと決めた

Tカードはもう使わないと決めました。

理由はふたつ。

1.会員情報意図的かつ勝手流出させた

2.「1」を認めたうえでCCCは不誠実にも謝罪はなく、「社会貢献」という欺瞞でもって開き直った

事情をご存知ない人のために説明します。

知ったきっかけは以下の記事です。

Tカード情報令状なく捜査提供 規約明記せず、当局は保秘 | 2019/1/20 - 共同通信

https://this.kiji.is/459642838872769633?c=39550187727945729

>「T会員規約」に当局への情報提供を明記せず、当局情報を得たことを本人に知られないよう、保秘を徹底していた。

記事から一日が経ってCCCの発表

https://www.ccc.co.jp/news/2018/20180121_005470.html

2012年から勝手に会員情報提供していたということですが、規約提供されうる旨がないので提供ではなく「流出」です。

その辺りは、読む方々は理解しているところだと思いますので説明しませんが、

私がCCCの発表で一番憤ったのはこの部分です。

>このたびは、Tカード情報に関する一部報道により、みなさまに多大なるご心配をおかけし申し訳ございません。

ちゃん謝罪しているように見えますか?

「ご心配をおかけして」としか言わないところが、ごまかしていと思います

そう思う理由があります

私事ですが、大学生だったころ、教育実習経験したことがあります

ある体育教師が「何かトラブルが起きて保護者からクレームが来た時、最初に『ご迷惑』ではなく『ご心配をおかけしています』と言うんだ」と話してくれました。

その体育教師はこう続けました。

「『ご迷惑をかけた』というと、こちらに非があることを認めていることになる。学校管理下トラブルが起きてしまったが、最初こちらが悪いと認めると分が悪い。だから『ご心配』なんだ」

ずっと前の記憶なので一字一句は合っていなくても、概ねそういった内容でした。

裁判で争ったりする時は、保身のために逃げ口上を言い続けるのも法律上ひとつテクニックかもしれませんが、大人は歪んでいると感じました。

それから時を経て、CCCが「ご迷惑」と言わず「ご心配」をかけただけという立場を取っているのを見た私は、これが謝罪ではないと分かりました。

社会貢献の名の下に会員情報流出させていたわけですが、Tカード会員は貢献する対象の「社会」ではないと暗に言っているのです。

利用者への背信行為をして開き直る会社は利用しません。

anond:20190121185556

それから25年、アムロとほぼ同じく陰キャパソコン大先生主人公女子人気が最高ってのが皮肉な所だよな。何が女子イメージを変えてしまったのか。

オタク嫌悪されるなんとなく理由がわかったという話

突然だが、私はオタクである最近流行りのヒプマイにはまっているし、刀剣乱舞も好き。進撃の巨人ワンピース亜人ワールドトリガーなどの漫画も愛読している。乃木坂や欅のライブ握手会だって行く。最近からかい上手の高木さん2期が決定し小躍りしたゴリゴリオタクだ。

からだろうか。世間オタクに対して冷ややかな目を向ける理由がよくわからなかった。個人勝手に楽しんでいるのだから放っておいてくれと、そう考えていた。

けれど最近世間オタク嫌悪する理由がわかった。

バイト先でのことだ。私は本屋に勤めており、やはりお客様に求めている本を探すよう頼まれることが多い。先日もそのように本を探すよう頼んできたお客様がいた。そのお客様は見た目からして明らかにオタクという感じで、服装しまむらで買ったのかな?みたいな中学生が着るようなTシャツに青のチェックシャツを腰に巻いていた。とても汗臭くその時点でうわぁ…と思ったが乃木坂と欅のライブ握手会に行くと割とそういう人を見かけるのでそれ以上は何も感じなかったし、それだけならこんなブログを書くこともなかっただろう。

そのお客様が探して欲しいという本はいわゆるきらら系の漫画だった。その漫画は人気なもので売り切れており在庫も無かった。なので売り切れており現在店にはおいていないということとそれに対する謝罪を伝えると、「ないならもういいです」と舌打ちをしこちらを睨んで伝えてきたのである

いやいや、引く。流石に引く。あなたどう見ても成人されてますよね?「ないならもういいです」だけならなんとも思わないけどバカかい舌打ちして思いっきり睨んできたら流石に引くしイラッとくる。本が売り切れだったのはこっちが悪いけど欲しいもんが置いてないだけでそんなイラつく?子供なの??汗くっさいし服はダサい気持ち悪いんだよクソが。と、あまりの態度の悪さにドン引きしたしもはや見慣れたオタクの見た目にもイラッとした。

それから家に帰るとセンター試験を終えた姉がいた。「出来はどうだった?」と聞くと「よく出来た」と。姉が一生懸命勉強していたのを知っていたので私は安心した。が、その後姉が「目の前の人がオタクだったんだけどへんな服だしグッズ持ってくるし気がそがれた」と言ったのだ。先程のこともあり私はもはや自分オタクなことが恥ずかしくなった。

今まではオタク嫌悪される理由は外見が主だと考えていた。けど他にもたくさん理由があるのだなと上記のことがあり気づいた。コミュ障なのかは知らんがあまりにも他人に対してひねくれた態度をとることや公共の場他人不快に感じるようなことをするのも理由なのだなと。(本当にものすごく今更だが)

オタクコミュ障から、人見知りだからと言うがそれは他人不快にする態度を取っていい理由にはならないしなんならそれを盾にひねくれた物言いをする人が多い。はっきり言って気持ち悪い。

世間の目はオタクに冷たいが前に比べると優しくなったと思う。それこそセンター試験ことなんて昔ならぼこぼこに叩かれていそうだ。オタクはそれを「自分面白いと思うことは多少迷惑になっても公共の場でやってもよい」と勘違いしているのではないか

センター試験の件はTwitterで『面白いこと』としてネタにされているが中には不快に思った人もたくさんいただろう。

オタク文化は素晴らしいと思う。ただそれは試験会場のような場で出すものではないのではないだろうか。

色々な意見があると思うがとにかく自分他人不快にするようなオタクには決してなりたくない。

anond:20190121115024

相手をしたくなけりゃ好きにしな。思想実態をよく表すことだからな。

あと、他人に無理を強いるのを当然として、それから逃げる=結婚しない子供を作らないとなるから少子化だな。

日本の停滞はやる気のあるやつに石をぶん投げ続ける社会で、静かにできる限りでの自分幸せを願おうとしてきたが故の結末だと思うぞ。

個人のやる気だとか無理だとか正義感だとかに頼るな。もう相手にされねーよ。

思考は得意だけど記憶はできないタイプの奴って

詰みじゃないか

自分はモロにこのタイプ

答えの出ないことを考えるのが好きで、哲学とか宗教とか、そういうのに興味がある。

でもそれって文系なんだよな。

モロに記憶、暗記系の。

歴史がとにかく覚えられない。

理屈がないものをひたすら覚えるのが苦でしかない。

数学物理は好きだ。

公式を覚える作業はあれど、そこには理屈合理性がある。

問題を解くのに考えることもする。

現代文の読解も得意。

だけど大学に行くために必要なのは英語国語それから社会科

歴史けが本当にできない。

大学に行けば自分の好きなことが出来るけど、その前段階で詰んでる。

2019-01-20

センター国語

 現代文意味ないし、小説時代に合わないし、古文平成に出たゲームソフトのせいでダサくて死んだし

漢文問題は、東大レベルからするとクソすぎて意味ないし、全体的に他界してるから、110点あれば

いいってのが15年前の常識で、センター国語なんかズタズタに馬鹿にされてたけど。

センターなんかで良い点とる奴は死体だって言われていて、みんなから嫌われていたな

数学問題意味ないし、英語クソゲーだし、世界史物理もクソ、言われていて、特に早慶レベル

受験からは、センター英語wwwwwwwwwwwwwwwwwwwとか言われてたな

早慶英語や地歴の難易度からすると、あまりにも問題がクソだからな。今でもスタディサプリ講師とかも

センターなんか相手にするなと言ってる先生が多い

それから文京区入試センターだけど、死体だし、最悪だよ。問題を創意工夫する気がないなら、施設ごと

撤廃した方がいいと思う。意味ないもんこの試験。このバカ試験で量産されたキチガイが今全国で暴れていて最悪

この試験、しゃべる言葉だけよくて裏で悪事を働くクソゴミを量産しただけの最悪の試験で、ねーほうがいいよ

なんのためにやってんだよこのゴミ試験

なにもしてない日

すごいがんばって充実した休みのこともよく増田に書くけど、今日はほんとダメだったのでまた書いてみる

11時起床、ポテチ食ってオナニーして二度寝、起きてから風呂に入るまでにすごく時間をかけて、風呂に入る気力が出なかったので16時頃ラーメン食べに行く。帰宅してやっと風呂洗濯機をかけて干す。それからどうしてもやる気が出ず、散らかった部屋を見ながら放心する。

そして今である

今日は何のインプットもできてなくてほんと笑う。

マクドナルドで夕飯食ってくる……

ファンレター書くときに気をつけていること!

はじめに

私は宝塚オタク女ですが,お手紙書くときに気をつけていること,自分メモも兼ねて書きます

他の方がどうやって書いているのかも気になっているので,私はこうしているよ!みたいなことがあれば教えてください。

ヅカオタだけでなく,声優さんオタクの方や舞台俳優オタクの方,ジャニオタの方のお手紙事情もよろしければ教えてください。

手紙を書く頻度

公演中は,私はムラ民なので,基本的にムラお茶会,ムラ千秋楽後,東京お茶会東京千秋楽後,の4回を封書で書きます。あとは,観劇時には入出で葉書を渡しています

お稽古中は,大体2~3回くらいはお稽古待ちに行きますのでその葉書と,1通くらいは封書を送ることもあります。また,お稽古中にCS出版物に登場したり,お礼状やサマカなどが届いたときには,なる早で感想感謝を伝えたいので,お稽古待ちに行けない期間は葉書を郵送しています

別箱公演中も大体本公演中と同じですが,遠征場合遠征したすぐあとと千秋楽後に書いています

平均すると,月に1~2通くらいになるでしょうか?こう書いてみるとかなりの頻度でお手紙書いていますね〜

形式面について

便箋葉書について

まず,便箋葉書について私のこだわりは,自分が良いと思ったものを使うことと,毎回違うものを使うことです。

前者については,贔屓が好きそうなものを使うという方もいらっしゃると思いますし,私も贔屓が好きそうだなあと思ったらそれを買うのですが,そればかり気にしていると毎回同じようなものばかりになってしまうかなと思うので,完全に自分趣味で選んでいます。贔屓は男役ですが,私が好きなので「ほわころくらぶ」とか「キキララ」を使ったこともあります(笑)

葉書についても同じです。あとは公演にちなんだものを見つければそれを使います。私の贔屓は公式ポスカが出ていないので,普通絵葉書を使っているのですが,自分趣味7割,公演にちなんだもの2割,贔屓が好きそうなもの1割くらいです(笑)まあ,贔屓の好きそうなものとかそんなに分からないし,いろんな葉書とか便箋が来た方が楽しいかなあと思ってのことです。たくさん送ったり渡したりしますしね!

公式ポスカが出ていればいいのにな〜とも思いますが,旅先などでも絵葉書を見たりとか,絵葉書を選ぶのもなかなか楽しいです!

筆記具について

次に,筆記具について,私は現状ジェットストリームの0.38を使っています。色鉛筆を使う以外には,ほとんど黒のジェットストリームしか使っていません。ジェットストリームインクノリ的にあまりお手紙に向いていないなあと思っているので,あまりお勧めではないです。一番良いのは万年筆かなあと思うのですが,紙質がツルツルしていないと書きにくくてあまり上手に字が書けないと思って使っていません。

私は普段仕事ジェットストリームを使っているので,ジェットストリームが一番上手に字を書けると思っています。ただ,これについては時間ができたときもっと研究をしていきたいと思っているので,みなさま何をお使いになっているか教えていただけると嬉しいです。

文字について

また,私はお手紙を書くにあたって形式面では一番,とにかく読みやすい字を書くということを心がけています自分で言うのも何ですが,私は結構字が上手い方だと思います。ですので,いつも書きあげた便箋を見て『教科書みたい…』と思う感じの完成度で書いています(笑)まあ,丁寧に,字は大きめに書くと言うことを心がけています。だから,筆記具もできるだけ上手に書けるもの,と言うことを優先して選んで上記のようになっているということです。

装飾について

次に,装飾について,私は絵を描くのはかなり苦手なので,シールを貼るくらいしかしていません。シールは常時何種類か持っていますが,公演にちなんだもの,組にちなんだものハート動物,という感じでしょうか。

入出で渡す葉書は,宛名欄は使わないので切手シール切手のところに貼っているのと,郵便番号欄をマステで隠すようにしています葉書には値段がついていることもあるので,これもシールで隠すようにしています

シールも,便箋葉書と同様に可愛いと思ったら買うようにしています。minnneとかを使って買うこともあります。選ぶの楽しいです!

下書きについて

そして,下書きについて。

私は,幕間に書いたり電車の中で書いたりできないので,大抵は下書きをしっかりしてから清書をしています

よく劇場バインダーを使って書いていらっしゃる方をお見かけしますが,本当に尊敬します。私はなかなか舞台を見た感動を言葉にするのが苦手で,出待ち葉書も事前に書いて持って行かないと不安です。

よろしければ,どんな感じで書いているのかご教示ください…

下書きは,思いついたときパソコンスマホメモ帳に書き,それを百均の安い便箋葉書に書き,さらにそれを清書しています。かなり慎重派じゃないかな?と思いますがみなさまいかがでしょうか?

形式について

手紙形式について,私は「拝啓敬具」の形式を守って書いています。これは少数派でしょうか?

私は昔から,年上の方にお手紙を書くことが多かったので,この形式がないと書き出しが難しいなあと思っています

葉書場合は,簡単時候挨拶,本題,結語,という感じです。

形式面はこんなところでしょうか。文字にすると意外と色々考えてるんだなあと自分で思います(笑)

内容について

トピックスを考える

最初に大体本題で書きたいトピックスを考えます。例えば,公演中なら,衣装のこと,スチールのこと,お芝居のあの場面のこと,ショーのあの場面のこと…という具合です。大抵,舞台感想場合は一つの場面で1まとまり,という感じが多いです。もちろん,一つの場面のあの振り付けと,あのソロと,という風に細分化されるときもあります

下書きの時に,このトピックスごとに下書きしています

そして,入出の葉書場合は,それぞれのトピックスの長さにもよりますが,大体2トピックスくらいを下書きから選んで書きます。それで,公演を通して入出で書ききれなかったトピックスについて千秋楽後などの封書に書きます。なので,封書はその時によって長さが違いますとはいえ多くても四枚くらいまでしかいたことないかもしれません。

褒める

そして,それらの内容についてまず気をつけていることは,ダメ出しは書かないということです。宝塚オタクダメ出し書く方が多いように思いますが,私個人の考えとしては,ダメ出しは多分上級生や演出の方からたっぷりされていると思うので,ファンはとにかく褒めて褒めて褒めまくる方がいいのではないかなあと思うからです。正直,駄作だなあと思う作品とか,あまり上手くないなあと思う場面もあるのですが,そういうのは書かないで褒めて褒めて褒めまくっています。褒める語彙がもっと欲しいといつも思います

具体的に書く

それから舞台感想については,なるべく具体的に書くようにしています。例えば,「〜の場面の〜の振りのところ,指先が/表情が/目が/笑顔が〜で,素敵でした。」みたいな感じでしょうか。もしかして具体的じゃないかもしれないです(笑)でも,ただ「〜の場面が〜でかっこよかった」ではなくて,なるべく細かめに書くように心がけています。そのほうが参考になるかなあと思うからです。いや,わからないですけど(笑)

「好きです」「ありがとうございます

あと,心がけているというか,私がよく書くのは「好きです」です(笑)これは,直接お渡しする葉書には恥ずかしいのであまり書かないのですが,封書場合は「好きです」ってしつこいほどに書いています(笑)もちろん,「〜の場面の笑顔が好きです」みたいな書き方もしますが,「〜の場面の笑顔が素敵でした。好きです。」みたいな書き方もします。我ながら唐突だなあと思うのですが,好きって気持ち唐突ものじゃないでしょうか!?(笑)

それと,同じような感じで「ありがとうございました」とかもよく書きます唐突に。だってそういう気持ちって唐突じゃないですか!ね!?

無邪気に,素直に

それと,もっと抽象的に気をつけていることは,無邪気に,素直に書くということです。私の場合は,贔屓が年上の方なので,なるべく斜に構えたりせず,無邪気に素直に書いた方がいいかなあと思うからです。だからこそ「好きです」とかできるだけ照れずに書こうと頑張っています。まあ,普通に年上の方に接するときは無邪気に振る舞うようにするというのが私の処世術からってこともあります。我ながら計算高いですね〜(笑)

書く順番について

私は,だいたい,舞台感想出版物感想CS感想→お礼状などへのお礼,という順番で書いています特に理由はないですが,強いて言うなら,贔屓のお仕事の中心にあるものから書いていくという感じでしょうか。もっとも,これは上記トピックスを選ぶ優先度ではなくて,書く順番です。なので,お礼状へのお礼とか,時的要素が重要もの舞台感想よりも優先的に書くのですが,お手紙葉書最後に書いています

って言うか,お礼状へのお礼ってもしかして書かないですかね???

自分のことについて

これが一番悩ましいと私は思っているのですが,自分のこと,みなさんどれくらい書いていますか?私は,なるべく自分のことは書かないようにとは心がけているのですが,感想を書くにあたって書かざるを得ないこともありますよね。この辺りのさじ加減ってすごく難しいですよね〜。贔屓的には私のこととか知ったこっちゃないだろうし。う〜ん。まあ,書くにしても私は必要最小限です。

終わりに

だいたいこんな感じでしょうか?また思い出したら書きます!お手紙って難しいですけど書くのとっても楽しくて,便箋葉書切手シールを選ぶところから,私はとても大好きです。

一方的オタク自己満足ではありますが,受け取ってもらえるってことが私はとっても嬉しくて幸せに思います

去年花組でも公演がされました「ポーの一族」,私は原作大好きなのですが,その中の「はるかな国の花や小鳥」と言うお話の中でエルゼリというキャラクターが「行き場があるのはいいわ。バラを受け取ってくれる人がいるのはいいわ」というセリフを言います。これって,本当にそのとおりだなあといつも思います

贔屓への感謝を忘れず,今後もお手紙書いていきたいなあと思うところです。

レクサスを買った

ついこの間、レクサスを買った。

レクサスと言えば高級車であり、高額車でもある。

自分が買った車も総額で600万円を超えた。

自分の中ではとても誇らしいし、納得しているし、満足もしているし、もう人生思い残すことはないなと思ってる。

人によっては「たかだか車で」とか「誰でも買える」と言う人もいるだろう。

色々な人がいるので、それに対して批判はしないし、そういう考え方や視点世界観もあるなと思う。

ただ自分が知っている世界、見てきた世界では「誰でも買えない」し、「たかだか範囲にはおさまらない車」だと思ってる。

もう20年以上前になるが、親が離婚してから一気に生活が変わってしまった。

平たくいえば、そこそこの中流家庭だったのに、一気に貧困家庭になってしまった。

さすがにホームレスとかはないけど電気、ガス、水道も止まることがあったし、生活保護を申請しようかという話もあったりした。

今でこそ日常的にニュースとかでも見るけど、インターネットもなかった当時は生活保護=落ちるところまで落ちたか子供心に思うところがあった。(結局申請はしてないんだけど)

それからというものお金に厳しい生活は変わらず、大学入学上京は果たせたけど、3ヶ月で退学前提の休学をせざるを得なくなってしまった。

大人になってからも、子供時代にそういう生活だったせいかお金の使い方・お金の貯め方が身についておらず、散財ばかりを繰り返してしまった。

今ではそんなことはないんだけど、やはり子供の時の生活環境が一変する出来事が原因だろうとは思ってる、破滅的というか。

なぜレクサスなのか、個人的には"高級車"であればベンツでもBMWでもこだわりはなかった。

親が離婚する前、父親が乗っていたBMW自分もとても気に入っていて、没落してからも「いつかは親を超えたい」とか「いつかは高級車を」ってずっと思ってた。

とはいえもういい大人になったので、リセールだとか車以外のお金だとか、ディーラー対応がとか色々考慮してレクサスを買った。

上の方にも書いたけど、大学も行けなかったし破滅的な生活をしていたので、家を買うとか高級車を買うとかとても考えられなかった。

でも、少し前にマンションだけどマイホームも購入した。

そして"高級車"も購入した。

自分人生を完成させるには、家と高級車を買って所持することがとても大事だったし、無理だろうと思っていたけど叶えたかった。

昔親が離婚して落ちぶれてしまった時に非常に悔しい思いをしたから、その時の自分復讐をするためにどうしても必要だった。

なぜ「復讐」という言葉が出てくるのか分からないんだけど、なぜかその言葉が出てくる。

裕福な生活からみじめな生活になってしまったので、裕福な生活を羨んでいるから「復讐」という言葉が出てくるのかもしれない。

からない。

からないが、家と高級車を買って、自分人生が完成した。

まだ30代半ばで子供もいるけど、正直もうあまり思い残すことはない。

そうはいっても、多分死ぬことになったらきっと後悔はするんだろうけど。。

レクサスを買って自分人生が完成した。

とても満足してる。

異世界から転生してきたので、俺の世界料理を紹介する

異世界から転生してきた。

俺は料理趣味だ。レパートリーを増やすために、異世界図書館レシピ本を読んでいたときのことだ。なんとなく手にとったそのレシピ本は、おかしなことに途中から空白のページが続いていた。なぜか途中から空白のページになっている、おかしいぞ、と思った瞬間に、本の中に吸い込まれるような感覚がして、気づいたらこ世界にいた。

それからはとにかく大変だった。俺の服装はどうもこの世界では変な格好と見られるらしく、街の人に喋りかけても9割の人に話も聞いてもらえずに逃げられた。なんとか話を聞いてもらえても、異世界から転生してきたなんて話を信じてくれるわけもなく(そりゃあそうだ)、9割の人に逃げられた。飲まず食わずで助けてくれる人を探し続けたところ、5日目でようやくまともに話を聞いてくれる人に出会えた。アパレル通販会社経営しているという中年の男だった。彼は、食事を御馳走してくれた上に、自社で取り扱っているという服を俺に与えてくれた(水玉模様モダンデザインの服で、とてもおしゃれだ。今でも勝負服として使っている。この世界は、俺のいた世界と違って良質な繊維が取れる植物があまり無いらしく、化学繊維工業がとても発展しているので、ああいったモダンデザインの服が存在するようだ)。さらに、当面の生活費として現金100万円も渡してくれた。転生したときに着ていたボロボロの服まで引き取ってくれた。俺の世界では、貨幣といえば銀貨銅貨しかなかったので、こんな紙切れ100枚ぽっちじゃ燃やして暖を取るくらいしか使いみちがないな、と思ったのは今では笑い話だ。1年くらい前のことなので彼は覚えていないかもしれないが、俺は本当にあの人に感謝している。

それから賃貸住宅を見つけ(俺の世界には住宅賃貸しするというシステムがなかったので、これにも大変驚いた) 仕事も見つけ、今ではやっとこの異世界を楽しむ余裕が出てきた。

この世界には異世界転生というジャンル小説漫画があるらしく、同じ異世界転生した境遇を持つ俺としては大変興味深かったので試しに何作品か読んでみた。どの作品も、主人公が元世界にあった知識技術を活かして異世界活躍するという内容だった(そこで描かれている異世界は、不思議なことに俺が居た世界の100年くらい前の姿とそれなりに似ていた)。しか現実小説のようにはうまく行かない。異世界転生して無双なんていうのは現実には無理だ。確かに俺の世界しかない科学技術もたくさんあるが、この世界とは根本的に物理法則が違うので、この世界じゃどう頑張っても再現できない。魔法相互作用と呼ばれる相互作用はこの世界には存在しないらしい。自然界に相互作用が4つしかないというのはなんとも不思議な感じがする。うちの世界には、魔法相互作用、つまり魔力を応用した便利な技術がたくさんある(魔力で水を活性化させてサビを取るとか)が、この世界には存在しないようだし、根本原理が存在しないので再現することもできないようだ。電磁気相互作用存在しない世界電池が作れないのと同じだ。

異世界生モノを読み慣れている人からすると「魔法を使って無双すればいいじゃん」と思うのかもしれないが、あいにく俺は元の世界ではただの商人だったから、魔法なんて使えない。魔法を使えるのは、特殊な訓練を受けた一部の人だけだ。君たちの殆どスマートフォン自動車設計できないのと同じだ。

したがって、俺はこの世界では、ときどき変なことを言う空気が読めないキモくて金がない若者としてひっそり生きて行かなければならない。もともと頭はよくないし、この世界教育を受けていないから、肉体労働身体をすり減らしながら薄給を得ることしかできない。実に虚しいことだ。虚しい気持ち異世界転生小説を読んでいると、マヨネーズと呼ばれる異常に美味しいとされる調味料を作って異世界人に尊敬される話があった(当時はマヨネーズという調味料存在を知らなかったので、急いでスーパーに行きマヨネーズを購入し、店先で味わった。異常においしかったためその場で1本飲み干してしまたことは言うまでもない)

そうだ、科学魔法ダメでも、俺には料理があるじゃないか料理を振る舞って尊敬されよう、と思った。でも、俺には料理振る舞う友達なんていないし、俺を雇ってくれる店なんてないし、開業資金なんてあるわけがない。そこで俺は、過酷肉体労働苛烈パワハラですり減っていく自尊心を補うために、ここで俺の世界料理を紹介して、君たちから称賛の声を浴びようと思う。全部家庭料理なのでとても簡単だ。この世界風の個人的アレンジが入っているものもあるが、ベースとしては俺の世界のものと大差ない。本当においしいのでぜひ試してほしい。

 

 

異世界お好み焼き(1人前)

鶏卵4個をとく。顆粒かつお出汁、なければめんつゆ鶏卵に入れてよく混ぜる。キャベツ4分の1を千切りにする。鶏卵の液にキャベツを入れて良く混ぜる。フライパン(俺の世界にはテフロンという物質が無いので、テフロン加工のフライパンを始めて使ったときは大変感動した。俺の世界フッ素化学がこの世界より100年遅れている。蛍石が魔力源として利用され枯渇してしまたことがその原因だ)にサラダ油をひいて、肉やエビなどの具を焼く。さらに先程のキャベツ鶏卵を混ぜたものを投入する。蓋をして中火で3~4分ほど焼く。完全に鶏卵に火を通さず、上の方の卵液すこし半熟なくらいが美味。裏返さずにそのまま皿に移し、お好み焼きソースマヨネーズをかける(俺の世界にはマヨネーズが無いのでソースだけで食べていたが、この世界に来てマヨネーズ存在を知ってからマヨ無しでは食べられなくなった)

この世界お好み焼きも美味だが、粉を計量して混ぜないといけないので手間だ。この料理鶏卵を溶いてキャベツを千切りするだけで作れるのでとても楽だし、なにより卵の風味やふわふわの食感が味わえて美味。

 

白菜ミルフィーユ異世界

この世界の、いわゆるミルフィーユ鍋を5時間くらい弱火で煮込む。ミルフィーユ鍋は水を入れないで作るレシピが多いが、このレシピ場合は煮込まないといけないので水は白菜が浸るまで入れる。白菜がとろとろになって美味いし、豚バラの甘みが引き立ってとろける美味しさだ。鰹出汁で味付けして七味を振って食べると今の時期最高。ミルフィーユ鍋と言っているがミルフィーユ形状にする意味はまったく無いので適当にかさねて入れれば良い。ガスコンロで5時間煮込むのは大変な手間だが、この世界にはシャトルシェフという便利な調理器具があるので活用しよう(俺の世界シャトルシェフはなかった 魔力レンジがあったので安全に煮込み料理が作れた)

 

マカロニグラタン異世界

少なめの湯でマカロニを茹でる(塩は入れない)。茹でてる途中でビーフシチューのルウを適量入れる。ルウが溶けてマカロニが茹だったら、上にシュレッドチーズをたくさん乗せる。チーズがとけたらコショウをかけて出来上がり。簡単に作れてメチャクチャ美味い。(俺の世界にはビーフシチューのルウが存在しないので、ビーフシチューを作った次の日に作るごちそう料理だったが、この世界ではルウを使って簡単に安く作れるのでとても嬉しい。、異世界転生してよかったと思える数少ない点だ)

 

海苔白菜サラダ異世界

生の白菜を千切りにする(繊維に対して垂直に切る)。海苔を細かくちぎる。白菜海苔を混ぜ合わせて、ごま油醤油(あるいはめんつゆ)をたっぷりかける。お好みでゴマをかけても良い(この世界ではあまり白菜を生で食べないらしいが、とても美味しいのでぜひ試してほしい)

 

・薄めコーラ異世界

コーラを水で2倍から5倍程度に薄める。この世界では、食事中にコーラを飲む人は味覚音痴だなんて言われがちだが、水で薄めると食事にもよく合うようになる。炭酸の刺激や甘さが抑えられて、コーラ本来スパイスの味がよくわかるようになる。お茶感覚で飲めるのでおすすめだが、休憩室でコーラを薄めているとクソ上司に哀れみの目で見られてムカつく。(この世界にはコカコーラペプシコーラしかないようだが、俺の世界ではラスコーラというのが主流だった。この世界でもラスコーラ売ってないだろうか。コカペプシを飲むと、微妙違和感があってマジで元の世界に帰りたくなる。水で薄めると違和感も薄まって飲みやすくなるのは俺にとって意外なメリットだ)

 

 

いかがでしたか

anond:20190120160108

38歳喪女ですが、指入れは個室の店なら普通にありました

ホット⚪ッパーとかに出ているような店でも指入れはありました

盗撮動画はほぼ作りだと思います

それから婚活は無理だったので仕事して貯金して性欲の解消しています

四国、寝台

寝台では浅く眠っただけだった。起きるとそこは横浜駅を発車したばかりで、車内は人々がまばらに朝の眠気を横たえていた。

金曜、仕事が定時を少し回って終わった。

エンジニアとして現場研修をしている私は、帰路につくためバスから電車へと乗り換える赤羽駅にいた。

――どこか遠くへ行きたい

そう思いたち、改札を抜ける前にみどりの窓口へと向かった。

「22時東京発、寝台券はまだありますか」

用意されたのは、琴平行きの座席特急券。それを手にしたあと、大宮にある自宅へ一旦戻って、身支度を始めた。

最低限の替えの着替えと、歯ブラシタオル文庫本リュックサック突っ込み、口座から少しだけ金を引き出し、気付くと東京駅9番線ホームサンライズ瀬戸を待っていた。

人生初の寝台列車だ。

入線してきた赤色薄茶色の車体に乗り込み、間もなく発車したサンライズ瀬戸号の車窓へ目を向ける。

通過する品川駅にはまだ多くの通勤客が帰路を急ぐ。彼らを裏切るかのようにして、私は東京を離れた。

小学生遠足ときのように、興奮で眠りは浅く、然し心地の良い揺れはまるで子守唄のようだ。

沼津を過ぎるまではそんな調子で、しかし体がいよいよ慣れたのか、それから岡山出雲市行きと分割するまでぐっすり眠った。

瀬戸大橋線に入り、車窓には瀬戸の島々が並ぶ。それまで横になっていた私は、その時を待っていたかのようにすぐさま体を起こし、洗面台で丁寧に顔を洗い、歯を磨いた。高松では多くの乗客が下車し、それから延長運転を行う琴平行きの車内は伽藍であった。

定刻で琴平に到着したサンライズ瀬戸は、しばらくホームに身を横たえ、旅を始める我々を見送っていたように思えた。

観光案内所も閉まっている。まだ9時前だった。

急ぐ必要もない私は、とりあえずその足で気の向くままに、初めて足を踏み入れた四国の道を歩き出した。

金比羅山の長大で急な階段参道はやはり足に堪えたが、御本宮からの眺めを見てそれも消えてしまった。

初詣からまだ数週間足らずで再びお参りをするのは変な気分だったが、この旅の無事を願い、参道列に加わり手を合わせる。

いきあたりばったりでこのあとの予定も何一つ決まってはいない。不思議とそれが心地よかった。

来た道をそのまま下り琴平駅に戻る間に土産の品をいくつか買った。飴、手ぬぐい(今治のものだ)、饅頭

すれ違う人々は意外にもスーツ姿の団体が多く、1人の私は割に目立った。それもまた不思議と気分を高揚させた。

琴平から土讃線上り特急に乗り、松山を目指す。

予讃線に乗り継ぐ多度津駅で近くの食堂に入り、日替わりの昼食を注文した。

予想はしていたが、メニューにはナチュラルうどんが設定されていた。かき揚げおにぎりと一緒にいただく。もちろんとても美味しかった。

予讃線下り松山行きの特急いしづちしおかぜ自由席は半分ほど埋まっていた。

空いている窓側席に腰を下ろし、金比羅山で蓄えた疲労をしばしの間、癒やす

文庫本を開いてすぐ眠ってしまい、松山駅の到着案内で目を覚ますことになった。

松山駅を降りると、失礼ながら想定していた風景とはだいぶ違った街並みが広がった。

すぐそば伊予鉄道路面電車が走り、人々が休日らしい顔持ちで道を往きかっていた。

バスターミナルにて1Dayパスを購入し、中心市である大街道電停に向かう。

大街道電停松山城の目と鼻の先にあり、電停を降りる瞬間、目に入った。

琴平駅では松山方面に向かうか、高知方面に向かうか一寸悩んだのだが、松山に来て正解だったようだ。非常に立派な天守閣だった。

城を横目にマンホールカード収集のため坂の上の雲ミュージアムに赴き、1時間ほど観賞したのち、喫茶店に入りたばこを吸った。

道後温泉行きの時刻に合わせて喫茶店を出て、再び路面電車に乗り込む。

きっとこのまま温泉宿に泊まるのだろう。車内は温泉客でほぼ席が埋まっていた。

道後温泉街は本当に賑わっていて、改めて今日土曜日だということを私に再認識させた。

――少し急がなければ。

人混みを縫うようにアーケードを抜け、道後温泉本館で湯に浸かった。

復路の寝台が高松駅を21時半前に発車する。

琴平駅のみどりの窓口ですでに確保していた、その列車のことを念頭に置きながら、再び路面電車に乗り、JR松山駅前電停で降りる。

駅前キオスクで少しのビールつまみを購入し、もうすぐ発車する高松行きの特急に乗り込んだ。

もうこの旅も終わりだ。

余韻と若干の寂しさを感じながら、日が暮れかかっている四国風景を見て、ビールを飲んだ。

2時間以上瀬戸内海のふちを走りきり、降り立った高松駅は、高層ビルがいくつかそびえ立つ、立派な港町だった。

連絡船時代面影をほんの少しだけ残したホームでまたうどんを食べ、キオスクビールつまみを買い足す。最後の晩餐ともいえるような光景だった。

もう少し、ここにいたかったな。

そんな気持ちを奪い去るようにして、寝台特急サンライズ瀬戸高松を出発。途中の岡山出雲市から来た列車と連結し、東京に私を運んだ。




追記

座席特急券

往路はノビノビ座席を、復路はソロ寝台券を取りました。

座席特急券」と書いたのは、ノビノビ座席について、寝台券必要がなく座席として発券される特急券というニュアンスを込める為です。

高知について

今回でサンライズが大好きになったので、また近いうちに乗って、高知城も見てみたいです。

あと、四万十川も。

怠け病が抜けない

去年の9月くらいにブチ切れて仕事やめて

それからずっと無職でたまに単発バイトするくらい

寒いから3月までは仕事せんでええやろ

と思ってるけど

暇なのと金が欲しくて仕事探そうかなあと考えてる

2019-01-19

文章感情は乗らないということを人類もっと自覚すべき

「そういうのやめたほうがいいよ」

と言った人が笑っているのか怒っているのか泣いているのかは、文章からではまったく分からない。

からないことが普通で、これを文章力がないからだと思ってはならない。

ニュースサイトによく芸能人発言を書き起こした記事が載っているが、元の発言映像で見るとぜんぜん印象が違っていたりする。

でもそれは記者技量が低いからではない。

文章というものが持つ欠陥なのだ

文末に(笑)を付けることを、若者言葉のようなもので、低級な表現だと思っている人は多い。

しか(笑)は、戦前国会議事録にも使われている歴史のある表現であり、そのような小細工を発明しなければ、文章感情を載せることはできなかったと言える。

と同時に、それから何十年かけても、そのような記号表現に頼らざるを得なかった、とも言えるのである

小説家は、一冊をかけ、ひたすらに言葉を尽くし、描写を重ねることで、登場人物感情を読者に伝えようとする。

そこまでしないと伝わらないものなのだ

我々も普段から「この文章を書いた人は怒っているに違いない」といった忖度には慎重を期すべきである

いじめ被害者大人になるまでの話

もし良かったら読んでください。

私(女)は小学生の頃、箸の持ち方を知らないばかりか、食べる時には口を閉じてくちゃくちゃ言わないようにするとか、お皿の中に手が入らないように食器を持つとか、そういう生活常識を知らなかった。

髪は週に1,2回しか洗わないし、梳かしたことほとんどなかった。まともな櫛やドライヤーも家になかった。同じ毛玉だらけのセーターを毎日着ていた。成長期なのにあまり顔や体を洗わなかったから、顔や背中の肌が荒れて、ニキビだらけだった。

背中ニキビの一部は皮膚の病気になり、今も通院しているけれど、手術後も再発・肥大し、痛みと痒みが続き、大きく背中が開いた服を着ると見える。)

小さい頃からベビーシッターによく預けられて、母は友達と遊びに行ってしまう。

今思えば子供への関心の薄いネグレクト家庭だったのだが、両親はちょっと変わっているだけで、全く虐待している意識攻撃性もなく、学校先生家庭訪問に来ても、新築の一軒家住まい5月の庭には数種の薔薇が咲いており、特に生活困窮しているわけでなかったから、異常を見つけてもらえなかった。

家はあまり掃除されておらず汚かったし食事も買ってきたお惣菜冷凍食品ばかりだし誕生日ほとんど祝ってくれなかったし学校の話も無関心でテスト定期試験の答案さえ見せたことがなかったけど、どうしても欲しいゲーム必要ものはある程度買ってくれるし、風邪を引けば病院に連れていってはくれた。

母の少女趣味で、4歳からバレエピアノ習い事もしていた(両方とも下手だったけど)。

そんな子供だったから、小学3年生のとき給食牛乳を飲んでいる途中で、飲み方が悪く、むせて吐き出してしまったのをきっかけに、周囲の子どもに「汚い、キモい」などと言われ始めたのをきっかけにいじめが始まった。

私が触ったものは全て汚染されていると言われ、みんなそれを信じるようにして、避けるし、触れることがあったら菌がついたと言い他の人に鬼ごっこのようにして移す。一見遊びのようだけど、やっている人たちもからかってるわけではなくて、時間が経つうちに学年中に知れ渡り、狭いコミュニティの中では迷信のように真実めいていた。村社会的に、コミュニティ全体の常識シフトしてしまい、今の自分と比べてずいぶん汚い身なりだったし、性格も卑屈寄りだったのでなかなか理解しがたいとは思う。あえて例えるなら、見た目に特徴のある障がい児に起きることのあるいじめパターンがあるとすれば、それに似ていると思う。

いじめは中3まで続き、何人かの男児から、登校中に因縁を付けられて、石を投げられたり、お腹を蹴られたり、持ち物に触れたという理由土下座させられたり、ゴミをかけられたり、クラスの8割程度の人に配った給食を残されたり、描いた絵を破られて路上に捨てられたり、カッターを持って校舎内を追いかけ回されたりした。

運悪く、担任先生は小1から中3まで毎年変わってしまっていて、特にこちから何もお願いしなかったから(当時の自分は、そんなお願いは聞いてもらえないと思っていたから)、特に主犯格と言えるような男児クラスが中2までずっと被ってしまっていたし、ほとんど対策がとられなかった(こちらが言えば注意ぐらいしてくれるけど対象の人数が多すぎてキリがない)のも長続きしてしまった原因の一つ。

たまたま中2の時に、登校時に下駄箱を見たら、自分下駄箱に他の男児上履きが突っ込んであった。

これは、私ではなくて上履きの持ち主をいじめるためで、この頃は時々あったことなので、その上履き適当にすのこの上に置いて、特に気にせず、教室に入ると、今度は机の中に同人物の教科書がぎゅうぎゅうに詰め込まれていた。

取り出すのに苦労していると、当該の男児が登校してきて、自分の持ち物を“汚い”私の元に移されたことを怒っていた。

そもそも私がそういう前提で扱われることに納得いっているわけではなかったので、私も何か言い返そうとしていると、チャイムが鳴り、担任が入ってきた。

「何してるんだぁ!」と担任一喝すると、クラス中の注目が集まった。

みんな知っていることとはいえ、表沙汰にされるのが怖かったし、恥ずかしくもあったので、その時は数年ぶりに人前で泣き、それも一言では言い表せない気持ちが色々あり、通夜のように静かに激しく泣き、ホームルーム中ずっとその嗚咽が教室に響いた。

担任に話を聞いてもらい、事態理解してもらえたが、たった1年の付き合いの担任に比して、周りは長くて8年ぐらいの間柄であるから、今更自分への扱いが変わることはなく(誰かが私に優しくするとその人がいじめられるので)、菌扱いはずっと続いた。ただ、その頃には周りも異性などに興味が移る人が多く、積極的にそういうことをしてくる人たちは減ってきていたかもしれない。

私は他のクラスメイトとは自分感覚が違いすぎて今見れば普通の人たちとも関わるのも怖く、多くの人とはあまり喋らず距離を置いており、関わることがあればそういう人たちだったのでわからない。

自身、かなり頑固だったので、耐えなければいけない、自分が悪いと思って、不登校にはならなかったし、転校も考えたことがなかった。そういうことを言うと、何事も大ごとにしたくない親や周囲の大人が嫌がるのがわかっていたし、恥ずかしかったし、どこへ行っても同じだと思っていた。

友達が少なく読書をよくしていて、進研ゼミも取っていたので(教養コラム読むのとシール集めに赤ペン先生出すだけで一般教材はやらなかったが)、勉強は得意だったので親に頼んでバレエを辞め、好奇心から塾に通わせてもらった。

成績が良かったので、塾の講師にも会社実績を上げるためのエースの一人として熱心に指導いただき都道府県公立トップ高校に進むと、周りの人たちがガラッと変わって、周りは賢くて志の高い人ばかりで、誰も自分いじめなかった。とても驚いた。廊下男子にぶつかったとき気持ち悪がられて罵倒されるどころか、「ケガはない?」と心配してくれて逆に申し訳なくなった。

中学生ぐらいからは、部活友達が居たこともあり、少しは身なりの整え方などが改善され、今まで全く笑わなかったが楽しさを感じて笑顔が出るようになったこともあり、普通友達や仲間ができた。

しかし、高校3年生になると、みんな受験勉強に勤しむので友達付き合いを控えるようになり、元々大学を目指しているわけでもなかった自分高校からは成績がかなり悪く、学問は諦めて美大を目指していたが、絵の勉強に身が入らず、部活も終わりかけ、家族とは相変わらずあまり関わりがなかったしとても孤独で、GWの間、一日7時間ぐらいいろんなことを考えた結果、人生がわからなくなり、5月下旬に家の中でパニック発作を起こした。

流石に親が心療内科に連れて行ってくれて鬱の診断をもらった。

頭の中の時間感覚おかしくなり、好きな授業もあったけれど、教室でじっとしているのが怖くて、家や保健室でボーッと過ごす日が続いた。

結局ほとんど絵も学問勉強しなかったので、試験には落ち、浪人生身分となった。

浪人を始めた頃には少し鬱は回復していたので、一念発起して美大ではなく私立文系勉強を始めた。ついでに、不細工と言われ続けた顔を鏡で見ると昔を思い出すので、貯めてきたお年玉をはたいて眼瞼下垂気味だった目を整形した。

高校に入ってから部活や他の趣味ばかりでろくに勉強していなかったけれど、一年ほとんど勉強だけしていたからか、早稲田大学の3学部を受け、全て合格した。

それから先も多少いろいろあったけれど、今は政令市地方公務員として働いている。

陰険上司や先輩に当たって虐められた年もあったが、今は環境に恵まれ毎日が過ごしやすい。

20歳からは皮脂分泌が落ち着いて肌荒れしなくなり、髪も縮毛矯正マメにかけるようになり、あれほど男子不細工キモい、近寄るな、死ねなどと毎日言われていたのに、今は男性もみんな優しい(それでも同年代男性が今でも怖いし、年をとったり、見た目が悪くなった途端に冷たくなるのでは?と思う)。

過去のことは忘れないと思う。

というか、昨夜も夢に見たのが今回文字に起こしてみたきっかけ。

幸せ子供時代というものも味わってみたかったけれど、人生一度きりだから仕方ない。今後のことはわからないし、何かの糧になったと思って今を楽しく暮らすしかないのかもしれない。親にはお金の面ではありがたいと頭では分かるが、気持ちとしてはどうしても感謝できない。

今の私がそのまま子供に戻れたら、もっと周囲に訴えかけ、逃げられないなら転校だってできた...と思う。1020年ほど前だから、今の時代よりも支援は得られないかもしれないが、多少の嘘をついて逃げても誰も大して困らなかっただろうし、何より自分人生を大切にすべきだった。

そういうことは、大人になってから学んだ。

泥棒マサシ

 小学5年生の時、同級生に手癖の悪いマサシというやつがいた。マサシは俺の家に来る度にゲームソフトだったり、本だったりを盗んだ。

後日、買ったんだと言って俺から盗んだものを自慢気に見せてきて俺の反応を楽しんでいた。それからは盗まれたのがわかるように水生のペンゲームソフトなんかに名前を書くようになった。これで盗まれても俺のものだって言える。ある日、俺が学校から家に帰ったら先回りしていて、マサシがベッドの中に隠れていたことがあった。俺は怒って家から出ていくように言った。中々出て行かなかったので力技で追い出した。マサシが帰ったあと、家の中のものが盗まれていないか確認作業をはじめ、何も盗まれていなかったことに安堵した。

 夕ご飯を食べたあと、飼っていたハムスターにエサをやろうとしたら気づいた。マサシのやつハムスターを盗みやがった。生き物には名前が書けない。どうしようもない怒りが込み上げてきた。数日後マサシはペットを飼いはじめたと言って俺のハムスターを俺に見せてきた。「可愛いだろ?このハムスター」マサシはニヤニヤしながら言った。ハムスターは何事もなかったように回し車で走っていた。自分の無力さを知った。

2019-01-18

ニートしてたけど、明日センターだー

三春学校に通えなくなり、うつの診察を受け、それから通院しつつ休養。先生単位アドバイスを受けつつ、午後からとか6時間目だけとか出席しながらなんとか卒業できて、卒業浪人してた。って言っても相変わらず自律神経がいかれていて朝は起きれないし、躁のけがあって学習計画もかなりめちゃくちゃなひどいものだった(例えばある日は「旧帝大なら絶対いける!」という気になりすごい勢いで机に向かうのだけど、次の日には「そんなの無理に決まってる」と布団で一日過ごしたりしてた)。結局、周りからたらこ一年ニートのように過ごしていた。ひどいもんだよ。昼に起きて、何したか覚えていないまま夜になって、寝る。それの繰り返し。死にてー。

今も大学病院に通っていて、なるべく1日の活動時間を増やせるよう睡眠リズムをずっと調整している。僕はこの一年あくまで休養の一年と捉えるけれど(だからもう一年勉強のために欲しい!とあらぬ欲をおこしてしまう)、僕をとりま世界がそうも長い時間穏やかに待ってくれないのも事実であると感じてる。なんだかんだで学歴は欲しい。けれど今年はダメだった。じゃあ来年は?来年ちゃん勉強できるの?と頭でぐるぐる考える。僕はまだ19歳で成功経験も乏しく、それでいてうつ患者であるから、はっきりと「来年は元気になって、ここら辺の大学を狙える」と断言できない。うつになってからずっと自己分析をずっとずっと続けてきたけど、あるところで「でも自分信用できないな」という結論にたどり着き、その時は目の前が真っ暗になった。躁うつはこう言った点でもすごく厄介な病だと思う。

いやー。何してたか一年。ほんと何もしてない。センター前日くらい何かするだろうと思ってたけど漢文テキスト開いただけだった。やだなー。一年、つらかったなー。手帳とかiOSメモ思考足跡が残っているけど、それを見るとものすごく悩んだ、悪く言えば悩んだだけの一年だったみたい。つらかった。両親とうまくいかなかったな。人間として色々おかしい面がある。対話ができなかった、悲しい。家を出たい。でも一人暮らしをしたら生活リズム的に退学コースだろうと簡単想像できる。つらい。

ニートみたいな生活だったけど、ニートみたいな生活の中で人間的に成長できた面も多くある。いろんな観照や諦念が得られた。それらはこれから人生においてきっとかけがえのないものになるであろうと予想する。二浪するかは知らないけれど、まあとりあえず明日センターは頑張って行こうじゃないかという気でいる。

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