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はてなキーワード: 保障とは

2020-05-29

anond:20200529005910

元増田にも書かれてる通り、国民健康保険と違って社会保険健康保険被保険者負担率が低い。

厚生年金会社が一部負担してくれる(基本的には保険料の半分が会社負担のはず)。

失業した際に失業手当が直近の職の継続勤務年数に応じて受け取れる

前職が1年ちょっと超えたぐらいの勤務でも3か月は前職の給与に応じた一定金額就業活動をしている限り支給される。

会社が用意した福利厚生施設格安で利用できるところも多いし、結構いろいろ保障ってあるんだよ。

結構な数の人が「それが自分金銭価値提供している」って自覚してない。

会社の用意した福利厚生なんかは近所の施設格安で利用できたりすることもあるから調べてみると得になる場合もあるかもな。

全く得にならない場合も往々にしてあるだろうけどな。

2020-05-28

anond:20200528113208

いや、そもそも結婚=好きな相手とするもの」って前提がおかしいでしょ

単に好きなだけなら結婚する必要はない

デートするのもセックスするのも同棲するのも結婚する必要ないんだから

結婚する目的子供が欲しいだとか(これが大半)、金だとか世間体だとか老後の保障だとかそういうのなわけで

それが好きな相手とは満たせないってなら、好きじゃない相手結婚するしかない

anond:20200528030523

例えば中国製品の方が性能・品質セキュリティ面すべて優れていると思えば、日本人中国製品を選ぶのは一個人としては正しい経済的行動なわけよ。これは分かるよね?

無理して自国の出来損ない製品を買ってQoLを低下させることは、むしろ国民にとって不利益

国内ダメ企業ちゃんと淘汰されて、生き残れるポテンシャルがあるところは正しく焦って、正しく見習って、外圧だろうとしっかり受け止めて、向上していかなければならない。

それをせずに国内だけで買いましょう、と温室栽培を続けてはいけない。別に工業製品だけじゃない、農産物だろうと、人材だろうとなんだって同じこと。

保護してばかりじゃ競争力が伸びず、無理が生じてきて、合理的にやっている所に負けて落ちこぼれしまうわけ。

からとりあえず個人としては、国とか関係なく合理的と感じる振る舞いをすればいい。

国がすべきことは、経済に介入して恣意的保護施策によって歪みをつくることではなく、行きすぎない程度に自由市場肯定して、経済パイを広げつつ、やむなく淘汰されていった領域の人たちの生活保障すること。介入みたいな予防的な反抗に金をつかうよりも、安心して失敗や敗北ができる環境ルール作りに金をつかうべきだね。

何の話だっけ? まあいいや。売国みたいな言葉を使う人に通じるとは思わんし。

2020-05-27

anond:20200527141845

働けない理由なんて作ろうと思えば作れるだろ

生活保障がされてないというのは嘘だよね

2020-05-25

グラドルで抜いたあとに豊胸だとわかると精子返せって気分になるよね

なんで天然で勝負しないんだろ

偽物で抜いたトウラマを保障してほしい

2020-05-24

ライブハウスはヤカラが屯するだけだから無くしてもいいよ

文化とか言ってるけど暴れん坊の道楽だろ

金が欲しければ働けよ

芸能人保障しろとか言っててお前が保障してやれよと思った

高い服着てるおじさんおばさんが劇団みんな困ってるとか言っててお前が助けてやれと

anond:20200523213620

あのね

制作側の事を知ってるからとか

生でみたことがあるから

とか関係なくていいんだよ

彼女彼女意思でやったとしてもそうでなかったとしても

それを閲覧可能で直接接触可能にしてその結果を自己責任といっているシステムおかしいのは

前置きがなくてもわかること

正論大衆の悪しき行動の恐怖とかいものもそれとまったく同じエンターテイメント

善行大衆行動と同じメディア扇動されたコンテンツだよ

むかしのコンテンツにはそういう演者人間が同一視されないように事務所マネージが対応してた

一人一人がどういう行動をしよう、なんて声掛けするのは無意味

それは大衆の基礎行動を刷り込むってことでしょ?

組体操をしておなじ教科書道徳を学びしていいことと悪いことを一律にしてそれを破るものを罰する

それを作りましょうと声を上げたら軍事だの戦争だの70年前とか言い出すじゃん

だったら最終的に何人束になってこようと結局一人を狙ってくるのだからその前に分厚いバウンサーを置くほうが確実だし効果的だよね

テレビが低コストになるということは人を保障するものがなくなって命の危険性を自己責任に任せて

なんでもコンテンツにしてるそれが大衆欲求だといってまかり通ってる

おいしいと感じるもの無限に出されたら摂取してしまうのを自制心の問題だというには供給体制おかしくないか

私たち自分たち健全であるために供給量の制限を望んでもいいのではないか

議論というのがただのおしゃべりでツイート合戦だというなら現状議論はできているかもしれないけど

議論というのが問題を見つけそれを解決するための方法確立するためのものだとしたら

同じ事件おこらないように体制づくりをすることと、できたことの確認を示すものを成り立たせる

話し合いとアイデア検討をすべきじゃない?

だれが殺したかをはっきりさせたら再発しないのだというならそれでも良し

ネットリンチから保護する機構を作れるのならそれでも良し

湧き出る誹謗中傷を片っ端からことごとく対応できるならそれでも良し

だれが悪いか声高に指さすヒーローになって広告料を稼ぎたい以外に問題を問うている人をみない

そういうことが問題だと思うわ

BL性的消費は不可分だがイコールではない

https://note.com/komatsuna777/n/n1d69e89f8c59

こっから始まってちょっと言及したくなったことが出たけどその前に



https://tkrtht.hatenadiary.com/entry/2019/06/04/195908

このへんとかを合わせて読んでポルノとしてのR18BL性的消費が主題でないBLは分けて考えた方がいいんじゃないかと思った話をします。

(不可分って言ったのに分けて考えるというのもなんか変な話なんですが)






そもそもBLになぜハマるかについては人それぞれ理由があるので全部ひとまとめにはできないわけですが、それでもやっぱり大まかな傾向っていうのはあります

ありますが、その大まかな傾向も当然ながら一つにまとまるようなものではなくて何種類かに分かれるはずです。

そういう中でBLポルノとかBL性的消費とか言い出すと、いや確かにそういう部分があることは否定しませんけどそれ言い出したら恋愛小説は全部性的消費かっつったらんなことねぇだルルォ?ってなるじゃないですか。

ポルノとしてのBLについての考察個人的にはかなり当たってるところはあるんじゃないかとは思いますし、そのあたりを否定するつもりはないんですけど。(受けが女体化したりするのはまさにそういうとこだと思ってるしなんなら自分も受けに投影してポルノ的な消費の仕方をするBLもある)

普通に男女の恋愛ものとかも少女漫画ガンガン読むし、少年漫画とかで主人公×ヒロイン推しまくって恋愛フラグのないサブキャラをくっつけてキャッキャしたり主人公攻め、主人公受けの場合主人公に明確な恋愛フラグが立ってないからこそ男とくっつける時もあるので「それだけじゃないよ!」っていうのは声を大にして言いたいわけです。

例えば自分はマジモンの「性癖」として悪堕ちモノとか洗脳モノとか催眠モノとか好きでして、リアル世界でそういうことをされたいかと言えば絶対にノゥ!なんですけど、安全保障された妄想世界であれば征服される側になってみたいというM志向があって、かと言って自分自身の容姿やら何やらには割とコンプレックスがあって自分がそういう目にあってもまあ興奮するどころか萎えるので、美形同士のMCコンテンツガチポルノ消費してます。(キモオタとかモブおじがかわいい子をあれこれしちゃうのは好みでない)

「犯される」ことがかなりウェイトが高いみたいで、レズものでもふたなりだったり触手とか使ってまあつまりインする類のものであればとてもにっこりして読めます増田じゃないとこんなこと書けねぇわ。

じゃあBLは全部ポルノとして消費しているかと言えばそうでもなくて、そもそもR18じゃないBLとかも普通に読むし好きなCPでもそこまで積極的エロ妄想しないCPとかもあるんですよね。

あとこれは本題とは無関係ですが「必ずしもポルノ消費するのが目的ではないけどポルノ消費もできるCP」についてはABの場合BACBNGですがBC恋愛感情はないけどいわゆる連鎖堕ち、快楽堕ち要員としての攻めのBと落とされるC)はアリです。ポルノ消費しない場合BCはやっぱり無理です。おまけにポルノ消費を目的としていない部分の自分がたとえポルノ消費であろうとAとBの間に必ず愛情を求めてきます。(歪んだ愛情は可)

何かの参考になるかと思って書いたけど業が深いなこれ。



それで「じゃあポルノ消費を求めないBL」について何を求めているのかという話ですが、多分突き詰めると本当は愛や情ではあっても恋愛である必要はない、互いに求めあう心だとか、こころのふれあいって奴を求めているんだろうなあとは思っています

それは別に恋愛でなくとも家族親友といった間柄でももちろん表現できるものではあるんですが、そこでなぜ恋愛関係にもっていくのかについては自分の中の固定観念として「結婚とかは基本的に面倒臭いことだし誰かと一緒に生活するのって何かとしんどいけどそのしんどさを許容してでも一緒にいたいと思える相手は本当に想っている相手だ」みたいな感覚があるんですね。

それが必ずしも正しいものではないことも理解はしていますし、常に一緒にいることだけが愛ではありません。

ですが一つのモデルケースとしてとても分かりやすく、「いいことばっかりじゃないけどそれでも一緒にいたい相手と一緒にいることを選ぶ二人の話」はあれこれ考えずにするっと頭の中に入れられるので気楽に人と人との心の触れ合いを楽しみたい時は恋愛に行くのだろうなあと思います

それ以外でも家族の絆とか友情とかももちろん好きですが、なんだかんだ恋愛ものってやっぱりコンテンツとして大きいしその分洗練されてて安定した品質を確保しやすいのはあるよなあと。

から自分別にBLに限らず男女でも百合でもなんでも自分感覚に会えば見ます。その時に必要としているのはSEXではなくて心のふれあいなので。




そのような背景を前提に、二次創作で同性CP妄想する時になぜそこをくっつけたのかという自分思考の流れを追います

まず最初既存コンテンツ公式CPではなくて二次創作による捏造CPを生み出す理由として、自分考察厨で妄想癖があることが原因かと思います

受け取ったコンテンツを消費する時に、そのまま受け取っておしまい、ではなくてなぜそうなったのかの裏を考えたり、間の空白をそれっぽい何かで埋める遊びが大好きなんですね。だから二次創作CPも無から有を生み出すのではなく作中の描写を元にそれを拡大解釈して捏造するのが好きです。これは好みの問題ですのでもちろんそれが正しいとか言うつもりはないです。二次創作なんて全部捏造

この、考察厨亜種としてのBL好きの存在は実は結構いると思っています特に二次創作をやってる人は考察勢と言うか、CPとして成立する根拠を持ち出す人が多く、顔カプと言われるような原作で接点のないキャラをくっつけるのを嫌う傾向にある人が多いと思うので。

そしてそれが男同士になる場合、一つは「恋愛主題ではない作品場合主人公ヒロインフラグが薄い、あるいは明確なヒロイン存在しない場合がある」ことにあります

先程も言いましたが、自分恋愛要素があるコンテンツは(複数ヒロインの際にどのヒロインを推すか問題を抱えることはあれど)ファイナルファンタジー最終回発情期)やら連載途中で後付けでフラグが立ったりとか作品に入る順番を間違えた(うっかり終盤のネタバレを踏んでそこから入ったとか二次創作から入った場合)といった事故を除けばそもそも主人公×ヒロイン推し人間です。FFシリーズPS以降)とかテイルズシリーズなんかは主人公の同性CPは考えたことないです。

ところがそういった関係性が明示されていない場合、「この作品好きだけど心のふれあい要素が少ないんだよなあ。あれ、そういえばこの主人公このキャラと仲がいいよなあ、ふむふむ…」といったあたりから始まって妄想が始まっていきます

もう一つは「恋愛フラグが立っていないメインキャラ同士のCPであるケースです。

この場合性的思考は割と異性寄りなので男女で見ることの方が多いですが、最終的にときめいた関係性のキャラCP視するので、メインキャラに男性が多い作品だったりすると軽率BLに走ります

また、主人公が無個性であり主人公と自信を同一視するようなタイプゲームだと自分キャラ恋愛は「そもそもこのキャラ自分を好きになるはずがない」と解釈違いを起こすので主人公とのCPは除外されます

とは言えCP女性側や受け側に自己投影をしていないとは思いません。(二次含めて創作する場合登場人物全てある意味では自分ペルソナだと思っているので自己投影を全くしていないキャラなどいないという意味で。

ですが「そのCPが互いに心惹かれるに至った動機」だとか「相手のどういった部分を好きなのか」といったこころのふれあい部分に自分パーソナリティなんぞが入ってきたら邪魔というか異物でしかないので、キャラ自分の一部を重ねることはあっても自分パーソナリティを重ねることはないです。

そういう意味では攻め視点モブおじ視点自分のようなタイプ腐女子とは相容れないですね。(もちろんそれが悪いとは言ってません。分類が違うということです)

自分場合はそんな感じでCP妄想を楽しんでます


ところで書いていて思ったのですが、腐女子が受けに対しての「自己投影」を否定するのは、人によりけりですが「私は受けと自分パーソナリティを同一視したりはしていない」の意味が強い思ってます

単に共感するかどうかではなくてそれこそ自分自身が作中に入り込んだのかのような、それこそ同一視というやつになるんでしょうか。それはやってないよという意味だと思ってます

からアイドルに対しての「ガチ恋勢」とかキモイってよく言われるじゃないですか。住む世界が違う相手に本気で恋い焦がれる、まではまだしも彼女かなにかのように振舞うとかキモイ、ってやつです。

それと似たような感じで、住む世界どころか実在しない相手に対して本気で恋い焦がれて彼女面するとかキモイ妄想乙、って話だと思うんですね。

まりヒロイン自己投影ヒロイン自分パーソナリティを同一視するような奴」は「架空キャラに対して本気で恋愛感情を抱いており」「架空キャラをまるで現実人間であるかのように扱い、恋愛感情を抱くなんてキモイ」というという三段論法なんじゃないかと。

誤解されないように言っておきますが、私個人ガチ恋勢をキモイと言ってるのではないし、ヒロインパーソナリティを同一視することが必ずしもキャラとの恋愛イコールで繋がるわけでもないし、夢女子ガチ恋勢とイコールで繋がるわけでもないし、自己投影理由相手バカにするような行為本来許されてはいけないものです。

物語が誰の視点で語られるか、の問題ではないと思われます。受け視点BL二次なんて腐るほどありますが、なら受け視点物語であれば自己投影を疑われるかと言ったらそんなことないです。

なぜ架空キャラに対して恋愛感情を抱くことをキモイと感じるのか、あるいはキモイと言われてバカにされるのかについての根源的な部分についえは残念ながらよく分からないのですが(現実架空世界混同していると思われているのかな)、実際に夢女子に対して「キャラ恋愛する妄想とかキッモww」というたぐいの罵倒は見たことがありますし、自分にもバカにするとまでは言わずとも昔になんとなくガチ恋勢を下に見ていた時期はあったなあという黒歴史があるので。

で、二次で受けのキャラ崩壊が激しいと、もうそれこそポルノ目的快楽に弱いえっちな子にされるのは逆にそういうものだと納得?できるのですが(キャラ崩壊のものが嫌な人もいるが、それはそれとして理由が明確である)、明らかな性的消費というわけでもなさそうなのにこのキャラがこんなことやるかよみたいなことをしたりすると、キャラ性格を改変した理由自分の中で何かしら説明をつけるために「この人は受けに自分パーソナリティを反映させているのでは?」という仮定が出てくる、と。

更に他ジャンル二次創作でもどんなキャラであろうとも常に受けの性格一定テンプレに押し込まれていて原型がなかったりすると倍率ドンですね。

そして原作性格がかけ離れてしまった(と読者が感じた)キャラ優遇されていると、そのキャラが好きで優遇したと言うより改変後のキャラが好きで優遇されたと判断され、改変されたキャラは作者のパーソナリティ的な分身だと認識される、と。

当然ながらその仮定仮定しかないし(単純に二次作者の力量の問題であるパターン、実はむしろ原作に忠実であり読者の方がむしろ受けを美化しているパターン性癖ではあるがパーソナリティを反映しているわけではないパターンなど色々あり)、仮に事実であったとしてもそれを理由相手バカにしたりするのは言語道断なのですが、思考の流れとしてはそう特別ものではない気がしています

要は「飛影はそんなこと言わない」なんですよ。もはやそのキャラはそのキャラではなくニセモノとみられているのです。



壁になりたい、空気になりたい腐女子については単なる第三者というだけではなくて第三者かつ彼らを至近距離からのぞき見したい現れなのではないかと思っています

というか物語を楽しむ視点の話ではなくて「そのCP私生活やら何やらをあますところなく全部至近距離でじっくり拝見したい」んですよ。

から空気になって24時間推しCPに密着したい」になるんですね。空気視点作品を楽しみたい、とはちょっと違う気がします。

[] #85-11「幻の10話」

≪ 前

脚本だけではない。

“幻の10話”に携わったスタッフは、そのほとんどが聞き馴染みのない者だった。

まりシューゴさんなしの、代理スタッフ構成されているってことだ。

「珍しく休みをもらってな。まあ、有給を消費させたかったんだろうが」

それはシュー監督負担を減らすことは勿論、彼なしでクオリティ保障できるかという試みでもあった。

本作の要がシューゴさんであることは確かだが、同時にリスキー人物であることも確かだったからだ。

彼の気難しい性格と、遠慮知らずな言動は、過去公式ブログインタビューなどで遺憾なく発揮されている。

ヴァリオリという知的財産を太く長くしていきたい企業にとって、このまま彼に依存して制作し続けることは避けたかったんだ。

しかし、その試みが失敗に終わったことは“結果”が何よりも物語っている。

「で、休み明けに見せられた資料が“このザマ”ってわけだ。そりゃ反対するだろ」

そういう視点資料を深く読み込んでみると、確かに歪な点が散見された。

「例えば、この新キャラクターだ。なんだよ、この宝塚みたいなデザイン

インディーズバンドライブハウスに、一人だけトップアーティストが参加しているような浮きっぷりだ。

セットや衣装の作りが明らかに違う。

「もし大衆ウケるとしても、誰が描くんだよ。主要人物だから、これからずっと描くんだぞ? こんな線の多いキャラ動かせんのか? アニメ作画じゃなくて動画なんだよ」

脚本も読み込んでみると問題が見えてきた。

ラカンとかよ~、一昔前のサブカルじゃねーんだから

メインの視聴者層無視して、変に凝ったテーマを描こうとしている。

「だから言ったんだよ。“別にオレなしで作っても構わんが、この出来じゃあ炎上するぞ”って」

代理スタッフたちは決して手を抜いているわけじゃない。

しろやる気に満ち溢れていたことは、資料書き込みを見れば分かる。

ただ、それがどうにも空回っている印象だった。

次 ≫

2020-05-23

ぜんぜん情報ないし

秋もほんとにツアーやんのかわからんし(やるんだろうけど)

推し存在忘れそう。

グッズ買っちゃったけど、来るの7月らしいし……。

チケとれる保障なんて0だしなぁ。

何やってるんだろ私。

2020-05-21

anond:20200521104618

必要最低限の保障と金満を同じ扱いにするのは何故?

anond:20200521101451

優先順位と国のキャパ問題って話ですよ

まだ全国民に対して十分な保証すらできていない段階で

アピールのために学生留学生保証するって間違ってませんか?

病院への医療保障すらできてない段階で国民支援するのもそりゃあおかしいでしょうけど

2020-05-17

anond:20200517193012

わかる。

新コロQ解除で解放的雰囲気になったけどそれは雰囲気だけだよ。雰囲気だけで安全実体はない。

だっていざ新コロと疑わしい状況になったときのやばさは1ヶ月前となんらかわらない。新コロについて解明されていないことはまだ多い。

万が一かかってもインフルエンザタミフルで治る程度に確実に治ることが保障された状況でなければ油断は禁物

、、なんていうと基地害扱いされちゃうんですかね?そろそろ

2020-05-12

教師の息子(失敗作)です

 

大学大学院とのんびりと生きてきた。その後シンクタンク就職したが出来ない仕事を振られ精神的に摩耗し精神病を発症

紆余曲折があり「本物の」障害者になった。

最終的に復職できずそのまま解雇され、実家から離れた遠い東京砂漠の片隅で親の経済的支援公的保障で何とか一人暮らししながら食いつないでいる(無職)。

結局自分は失敗作だったんだなと。誰の期待にも応えられていない。親に経済的負担ばかりかけている。

月刊少年ガンガンJOKER』を近所の本屋で買うという禁忌を犯したし、もうだめです。

実家の両親(特に父親)は自分障害者だということを知って内心せせら笑っているだろう。

教師の息子でも失敗作。それが自分

anond:20200512111800

社会構造が違う。

喪男モテない理由は、大抵「金がないから」であり「金がないから女に相手にされない、結婚できない」わけだ。

でも一人で生きていく程度の金はある人が多い。

社会問題としても「収入が低い男性結婚できない問題」として語られがち。

でも「収入が低い男性結婚相手女性強制的に宛がおう」とは絶対にならん(女性に対する人権侵害だ)し

単に低収入男性保護という話になれば「一人で生きていく程度の金すらない人」が優先されるので

生きていくのに支障がない人は後回しになるのも当たり前。

生活保護だって「一人で生きていく程度の金がある人に結婚資金を与える」保護なんか出ない。

それは憲法保障する健康で文化的な最低限度の生活範囲を逸脱している。

喪女場合、金の有無はモテるかどうかにはあまり関係ないし、

そもそも一人で生きていく程度の金もない人が多い。

そして女性貧困男性貧困より「結婚して旦那に食わせて貰えばいいだろ」理論放置されてきたという歴史もある。

(流石にそれは問題視されるようになったが、女性男性と比べて貧困率が高いのは相変わらずだ)

でも彼女らは結婚できないし、金の為だけに望まぬ男と嫌々結婚するよりは一人で生きていく方が良いか

「男寄越せ」より「別にはいらん、金くれ」となる。

んでそれは健康で文化的な最低限度の生活範囲内の話。

政治的発言をする言論の自由

政治的発言をする言論の自由!!!

こういう事いうタイプの人、言論の自由という割には、

相手言論の自由保障しないつもりマンマンのダブスタで嫌い。

あなたにも政治的発言をする自由はあるし、

相手にも政治的発言を嫌ったり、嫌いという自由はあるでしょ。

当たり前じゃん。

人は何を言ってもいいんだよ。

ダブスタでさえなければ途中までは同意するのになあ。

2020-05-11

感染者を隔離するより希望者だけを隔離しろ

高齢だったり持病があったりで不安がある人は誰でも完全防疫体制の整った

隔離施設に国が費用負担して入居可能とする。

ただし外出は不可で安全と引き換えに自由は相当程度制限される。

万が一施設内で集団感染があった場合も国から手厚く保障される。

入居しない人間が死んでも完全に自己責任。その代わり自由保障される。

国民10万配ったり検査して軽症者隔離するより効率的じゃないか

2020-05-07

文化人富の再分配積極的になるべき

芸能人文化人支援を求めて騒いでいる

日本文化芸能に冷たい。海外もっと積極的支援をしてくれる。ああなんて貧しい国なんだ。

こんな調子である

結論から言うと、自分は確かに文化芸能支援をすべきであると思う

更にどこかの業界に限ったものではなく、国民全員に、事業者全体にもっと手厚い保護必要であるとは思う

しかし、今回大騒ぎしている芸能人文化人イラっとするのもまた事実

かに欧米諸国は今回のコロナ騒ぎに対して金銭面での保障が手厚い

だが、一方で欧米セレブリティ普段から寄付社会支援もっと積極的である

貧しい人々に対して金を出しているし、貧困問題積極的支援を行うことがステータスにもなっている

富の再分配に対して積極的なのだ

翻って日本セレブリティを見た時に、どこまで富の再分配積極的姿勢を示しているだろうか?

儲かっている大御所芸能人だって、できる限りその所得を隠して、庶民と同じ目線同じ立場を強調しており、

再分配なんて口にしたこともなく、考えたこともないのが実態だろう

24時間テレビ?前澤社長の100万円プレゼント企画?ヘソが茶を沸かすわ

日本セレブリティ経済弱者に冷淡であり、自分が巨万の富を得たのは自分努力の成果である

貧困自己責任であり、自分が巨額の富を得たからといって、それを分け当たるなどとんでもない話だ。

と、こう考えているに違いない

かに、今後の日本経済の先行きを考えた場合、ここで持続的かつ強大な社会経済支援はどうしても必要である

ここで目先の銭をケチった場合日本経済は長らく経済低迷状態となり、本来稼がれるべきだった利益を大幅に損失するだろう

その点で言って、芸能人文化人にも平等支援を行うのは政治的に正しいと考える

しかし、日本芸能文化村のこれまでの行いを振り返って考えるに、政治的に正しい経済支援モヤモヤと感じるものがあるのも事実である

世論平田オリザを始めたとした文化人達の経済支援を求める声に冷たく無反応であるのも、

これまでの彼らの行いに対する当然の帰結に過ぎず、それこそ自己責任なのではないかと、切って捨てたい衝動を捨てることができない。

2020-05-06

文化芸術への支援が足りない』ではなく、具体的な話をすべき

・他業種と同じレベルの休業補償を受けられているのか、いないのか

 ⇒いるなら、さらに追加で支援する理由はなんなのか

 ⇒いないなら、どういう問題があって保障の枠組みが使えないのか

・箱に対する支援なのか、人に対する支援なのか

金銭的な支援なのか、制限緩和のようなものを求めているのか

・諸外国を引き合いに出すなら、海外では~ではなく、具体的に参照可能制度を事例に出すとか

そうした事が、オリザやアモンの言葉では全く伝わってことない。

お困り事や支援イメージがわかないんだよ。だから単なる利益誘導に見えて反発される。

なぜ説明をしないのか?

本当にそう思ってるかは別として、芸術特別なんだから『わかって当然』、

大衆とき説明する必要はない』と思ってるように見えちゃってるよ。

から特権意識みたいな声があるわけ。

プロだろうが。頭からっぽにしてインタビュー受けてないで戦略を練ろ、原稿を書け。

そんじゃあの。

anond:20200506165909

からみんな保障がー支援がーって叫ぶ

その論拠に権利がー義務がーって叫ぶ

その反証性差がー差別がーって叫ぶ

ヤクザタカリだよ

2020-05-05

anond:20200505171551

休業の保証をすれば外出する意味がないかロックダウン状態にできる

正確には政府にやとわれて印象操作をする人が営業したりデモしたりするんだろうが

ほとんどの労働者生活保障されるなら自宅にこもる

毎月5000億円の防衛費をやめればすぐにできること

この認識で合ってる?

・今は要請強制力がないが努力義務がある(あくま努力

自粛強制or命令とするなら保障必要

罰則を設けるなら特措法で定義必要憲法も?)

時限法で罰則作っちゃう自粛せずに感染した場合治療しないってことにしちゃえばいいのにね。

anond:20200505111628

生活保護保障する権利が「健康」で「文化的」な最低限度の生活である以上、文化を諦める時は社会保障を諦める時でもあると思うなあ。

先に老人を捨てよう。

コロナ時代に自らゲシュタポへ志願するみんなへ

コロナ陽性判明後に、保健所に嘘をついた上で山梨から帰京した人がはてブ匿名掲示板等でぶっ叩かれている。

Twitterでは「山梨20代女性」なんていうワードトレンドになっているらしい。検索してみれば、早くも特定しようという動きがでているのが垣間見える。

今朝TVをつけたときにやっていたワイドショーでも、この女性の行動の「身勝手ぶり」について逐一「報道」していた。

個人的に見れば、この人の行動は徹頭徹尾、愚かな判断だと思う。東京へ帰るという選択がまず百害あって一利なしに思えるし、そもそも保健所に嘘をついたってバレるのは時間問題だ。10秒くらい考えればわかりそうなことがわからなかったのは、賢明ではなかったと言わざるを得ない。

でも私たち人間はそういうものだ。不安なことがあると衝動的に愚かな判断をしてしまう。子供の頃、同級生がどうして先生に「宿題はもうやった」「ほうきを折ったのは僕じゃない」とすぐバレるウソを付くのかさっぱり理解できなかったが、いざ親に「メガネを壊したのはお前か」と聞かれて、なるほど追い詰められた人間は愚かな選択をしてしまものだと合点がいった記憶がある(そのあとどうなったかは、あまり思い出したくない)。

実際、同じ人であっても、金銭的に不安定な状態にあるときは、そうでないときに比べてIQが大きく下がることが研究でわかっている。お金の不足は自らの先行きに対する不安に直結する。コロナへの感染もまた、社会自分生活がどうなるかわからない、という不安に直結するものだろう。

先行きへの不安は、衝動的で、非論理的な行動を招いてしまうのだ。

もちろん、この女性が一体どういう心境でこの判断に至ったのか私にはわからない。もしかすると一片の不安のかけらもなかったのかもしれない。でもそんなことは実はどうでもいい。なぜなら、社会人間ほとんどは衝動的で非論理的判断をし、「失敗」するものからだ(そうでなかったら、今ごろ人種差別とか性差別とか、もっとマシな状態になっているはずだ)。多くの場合それは、友人に窘められたり、上司に叱られたりする程度で済む。でも中には、人生を大きく変えてしまうような「失敗」もある。スピリチュアル100万円の壺を買ってしまったり、消費者金融につられてしまったり、交通事故に巻き込まれしまったりといったたぐいの「失敗」だ。

でもそうやって「失敗」してしまう人を救うために、行政社会システム存在している。バカな買い物をしてしまった人のためにクーリングオフ制度や、財政的「失敗」をしてしまった人のための(あるいは多くの場合、「失敗」した家庭にうまれてきた人のための)生活保護、そして事故って骨を折っても破産してしまわないための健康保険、というように、社会システムには「失敗」した人のためのセーフティネットが組み込まれていて、それを行政運営している。健康保険がないとどうなってしまうのかは、米国を見れば明らかだ。

また、「失敗」がある種意図的ものであったり、他の人の人権侵害したりしかねないものに対しては、法律によって罰則が設けられている。たとえ「失敗」でも人を殺してしまえばそれ相応の罰則を受け入れる必要があることに(罰則の程度について議論があるのは当然として)今更異議を唱える人はあまりいないだろう。

「失敗」の種類によっては、これら「救済」と「罰則」両方の性格を併せ持つ対応をするのが必要なこともある。例えば違法薬物使用などは、周囲への影響を考慮して法的な罰則が設けられているが、実際に必要なのは依存症治療であるという点で、その顕著な例だろう。

こういったシステムは、非論理的で愚かな私たちが、一つの失敗で社会的・物理的に死んでしまうようなことなく、円滑に生活していくための、社会の「バッファ」としてそこに存在している。「バッファ」のないシステムは、すぐバランスを失って崩れてしまう。人類が長きに渡ってありえない量の二酸化炭素大気排出し続けて炭素サイクルをめちゃくちゃにしても、地球生態系がまだ大量絶滅経験していないのは「バッファ」のおかげだ(それも、サンゴの大量白化を見れば分かる通り、もう崩れつつあるのだが)。

はてブ匿名掲示板で「山梨20代女性」を叩き、特定して吊るし上げようとしている人々は、衝動的な判断をしているという点に於いて本質的に「山梨20代女性」と全く変わらない、オロカモノだ。あなたいくら懸命に彼女の行動を叩き、牽制したところで、「失敗」する人は絶対に出てくる。それどころか、「失敗」するのはあなたである可能性もある。それでも叩くのは、叩けば「失敗」をする人はいなくなるだろうという誤認か、あるいは自らの先行きの不安を叩くことに向けたいという欲求によるもので、どちらにせよ非論理的で愚かな選択といえる。

ただ一つ違うのは、「山梨20代女性」の行動が、既に感染してしまった彼女自身への悪影響はあまりないのに対し、「山梨20代女性」を叩く人々の行為は、自らの首を絞めているということだ。

考えてみて欲しい。感染経路を把握して感染拡大を防ぐのは行政役割であって我々には特に何もできないのに、この「山梨20代女性」の行動を逐一報道させ世間に知らしめることに一体何の目的があるのか?

その「目的」は、はてブ匿名掲示板で「山梨20代女性」を吊し上げ、特定しようとするみんなの動きが、雄弁に物語っている。

私たちが「山梨20代女性」を叩くとき、そこには「行政対応に落ち度はなかったのか」という疑問は存在していない。

この女性は陽性が発覚したあとなぜ移動できたのか?感染者の隔離行政仕事ではないのか?最初から検診・検査が迅速にできていればこうはならなかったのではないか?症状が出てから4日放置するという検査要件自体感染の機会を大きく広げていないか?症状が出ていても、生活が苦しくて実家に帰らなければならないような人は、一体どうしろというのか?そもそも日本では大きく広がらない」「4、5月頃には収束している」なんて言って対策を怠っていた人が、本当は一番無責任ではないのか?

こういったシステムとそれを運営する行政に対する正当な疑問は、「身勝手な行動をしたオロカモノがいました」という行政からの発表とそれを広報するメディア、そしてそれに乗せられてオロカモノを断罪する人々によって、巧妙に隠蔽される。

この一件だけではない。自粛を「要請」されても、明日生きていくために店を開け続けたり、満員電車に乗り続けたりしなければならない人に対して、「人殺し」と吐き捨てたり張り紙を貼ったりして自粛しない者たちをリンチする社会は、生活補償保障なく自粛を「要請」されるという構造欺瞞に気づくことができない。

愚かな我々を、救済にしろ罰則しろ本来受け止めるかべきバッファ機能していないという問題は、愚かな行動をしてしまう我々個人問題還元され、それに対し我々は反発するどころか自ら自警団へ志願して、我々自身の首を絞めている。

それを知った上で、みんなは「山梨20代女性」を吊るし上げる勇気があるのだろうか。自らの知性に絶対の自信を持てるのだろうか。

私は持つことができない。

社会の中からオロカモノ」を探し出しリンチする一方で、何も考えずに愚か者為政者として選出し、その愚か者扇動されまた「オロカモノ」を探しだしまリンチする……というループを繰り返す社会にしたいなら、好きにすれば良いと思う。個を喪失し、考えることをやめた日本社会に、ある意味お似合いの帰結だ。

ただ、私は参加したくない。私は時々オロカモノになってしまうことが許される社会に住みたい。

それは今のうちに、はっきり言っておこうと思う。

2020年秋、ユーラシア国では全国民対象とした大規模な抗体検査が行

2020年秋、ユーラシア国では全国民対象とした大規模な抗体検査が行われた。その結果を元に、家族全員に抗体があると認められた世帯は「経済特区」への移住が認められ、反対に抗体を持たない者とその家族生活国家管理下に置かれることとなった。

半年ごとの抗体検査。そこで全員に抗体が認められた世帯から経済特区移住していく。経済特区は徐々に拡げられ、やがてユーラシア国全体にわたるだろう。国民は全員が抗体保持者だ。

もはやロックダウン必要ない。ウイルス感染して抗体を獲得すれば経済特区での自由生活が待っている。もしくは運が悪ければ死ぬだけだ。国家には国民生活支配するノウハウがあり、国民は強いリーダーシップの元でそれなりに悪くない生活をしていた。勤務時間きっかり8時間。1日3食の健康的な食事生活用品の支給保障された(支給品のマスクについては安全性に疑問が残るが)。経済特区にいる相手とも自由ビデオ通話が許された。当局に傍聴されていないか? その心配はないと聞いている。隔離され、管理されるだけの合理的理由があるのだ。そうそう、もうロックダウンが解除されて久しいというのに、映画コンサート、芝居、バレエといった娯楽は経済特区だけで認められ、抗体を持たない者は個人配信を楽しむしかない。パンデミックからのお作法だ。テレビ新聞経済特区内のことが報じられることは滅多にない。そもそもテレビ新聞の言うことなんて、誰もまともに相手にしていないのだが。

彼はパンデミックの数年前から夫婦レストラン経営していた。今は国が労働者支給する食事を作る仕事をしている。元妻は子供たちと経済特区にいる。どういう訳か彼にだけ抗体がなかった。妻が接客担当だったからなのか、社交的で行動的な性格が幸いしたのか、はたまた子供たちがどこかからウイルスを持ち込んだのか。はっきりした理由は分からない。妻は世帯分離を望んだ。自分子供たちだけでも経済特区に行って、「私たちの店」を続けたいと言った。あなた抗体を獲得してこちらに来るのを待っている、と。やれやれ。生きてあちら側に行ければいいのだが。

先日、店のもと常連だった男が妙なことを言っていた。元妻に似た女性を見かけたというのだ。医療システムを維持するため、あちら側とこちら側の出入りは厳しく制限されている。だいいち自分彼女から何も聞いていない。男の見間違いだろうか。

そんな折、covid-21 という言葉を耳にした。

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