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はてなキーワード: うそとは

2018-10-20

anond:20181020220242

うそう、本当にそう思います

ある人が自画像V系バンドメンバーからキスされているものに設定しているのだけど、私からすればそれは全く興味がない行為

逆に彼女からしたらきっとそのバンドメンバーの事以外はどうでも良いという認識

その認識の溝を埋めなきゃいけない、歩み寄らなきゃいけないと思ってしまう。

相手が没頭している何かを、こちから理解しなきゃいけないと感じてしまって見過ごせない。でも、全ての人間好奇心理解する事など不可能で、不毛だと半分は分かっている。

自分の見える範囲では、せめて無関心ではいたくない、という謎の矜持です。まあ、結局少しだけ文化つまみ食いしてあとは個々好きなように放置してしまうんですが。

左派のお友達感覚

たとえば、ブラック企業自殺者が出たのに、ちょっと鼻薬かいだだけで、どう見ても分が悪いのに決死擁護ちゃう安富センセやら、烏賀陽クン。

あんなん、金の付き合いじゃないですか(ブラック屋さんが往々人たらしなことは若干加味したとしても、所詮カネの付き合いなわけです)。

なのに心臓捧げて、はたから見たらもうヤヴァイ領域踏み込んで、わき目もふらず擁護ちゃうわけですよ。(カエルの方がまだ中立装う振りがあるだけましだが、こいつも対談なんぞをしているので多分まあ、業務案件なのである)。

彼ら左派の言う「オトモダチ」ってのは、もうここまですることなわけ。すべて捧げて黒いものでも白です、って命はって主張するわけ。ってか、彼らこういう濃い「敵か味方か」しか付き合いがない。

から、アベガーのなかに「オトモダチ!!!1!」って非難があるわけなんじゃないかな。極悪非道の血を受け継ぐアベが、知り合いに何かをさせている=自分がやっているように道理を全部まげて判って悪事をしている、という図式で、もうそれだけでしか理解できてない。

ところがその中間、グレーなところが広大に広がってるんですよ世界ってやつは。

文化系男子結婚スペックと、その現実

【基本スペック

・34歳男性大卒

東京都下で一人暮らし

メーカー営業

年収550〜600万(休日カレンダー通り、残業月40〜50時間)

・175cm65kg普通体型

タバコ・酒・風俗はやらない

性格は物静か。大学職場などで大きな人間トラブルを起こしたことはなし。

趣味

竹宮惠子萩尾望都など往年の少女漫画が好き

野良猫写真を撮る(カメラソニーα7Ⅲ、フジX100F、現在フジマウント替え検討中)

・食べ歩き(インド料理、本格中華スペイン料理など、1人5000円までが目安。男女問わず食べ歩き仲間募集中)

レトロもの純喫茶近代建築巡り

写真投稿サイト(ガンレフ)での高画質女性ポートレートの等倍鑑賞

・土日を使った旅行(猫のいる鄙びた港町離島が好きです)

Twitter(在日コリアン女性フェミニストとして、ネトウヨから卑猥中傷を受ける)

ミッフィースヌーピーグッズ集め

・昔付き合ってた女性写真の加工

はてなブックマークコメントをする

・窓際の席での人間観察

・柔らかい感触のものを愛でる

【好きな女性タイプ

茅野愛衣(声優)

黒髪山田尚子(アニメ監督)

・27歳頃までの皆藤愛子

2017年東京女子大ミスコンのentry02の子(素人さんなので名前は出しません)

相手に求めるもの

首都圏在住

趣味の近い人

・18〜29歳までの心身ともに健康女性。なるべく正社員

容姿は中の下〜なら問題なく愛せます

【悩み】

積極的子供が欲しいわけではないが、もうそろそろリミットがきてるので焦りもある。

趣味の合う異性がリアルでは少ない。といって、ネットを介した出会いもあまり期待できない。

オタク婚活みたいに、わかりやす趣味がないのでニッチな分野なのか?

・35までには結婚したい

・諦めて普通女性結婚するべきなのか?もし子供ができたら趣味が合う合わないどころではなくなるだろうし。

anond:20181020194548

うそう。その上、ちょっとでも知的に見せようと「僕は本来賛成派ですがこれは反対ですね!」みたいに、そのとき話題に対する気分に沿ってるだけのくせに、まるで理性的検討してるかのように口開くタイプとかおるしな…

anond:20181020194350

うら若き?

乙女

うそをついている味がするぞ?

anond:20181020134559

この辺がデザイン業界常識の異常さを如実に物語ってるよな

作者が盗作の常習者って時点でもうそれは「クロ」なわけよ

デザインの善し悪しを評価する舞台に上がる資格を失ってる

anond:20181020130738

マンガしかよんでねーけどあそこまで一人でずっとやってて、あのクソ女みたいなやつを助けることだって何回もあったはずなのに、あいつだけ助けて以降随行許すっていうそ動機があまりにもゆるすぎて物語として体をなしてないからクソすぎるんだよ

anond:20181020155624

自分らが死ぬときは泣きわめきながら死ぬくせにw

障碍者らには上から目線同意があったとうそくそ姿勢差別なんだよ

anond:20181020153850

うそう。

なので俺はネットでも5ちゃん爆サイはてなは見ないようにしている。

anond:20181020130536

女子アナ田原総一郎様相が変わるのは、男女の差じゃなくて肩書役割の差でしょ。

田原アナウンサーじゃなくてジャーナリストキャスター原稿読みじゃなくて自分番組仕切ってニュースを作る立場から相手もそれ前提で話す。

男性アナウンサーがそうそうなっていない」と書いてるが、実際には男でも肩書アナウンサーなら相槌役になるし、女でもキャスター国谷裕子とかなら相槌役にはなってなかった。

もちろんキャスターにまでなれる女性が少ないという構造的な問題はあるが、「女なら聞き役」の例として出すのは失当ではないか

千田氏の問題提起説明してみる

はじめに

 キズナアイNHKウェブサイトにおいてノーベル賞解説記事に登場しておりましたが、そのことをきっかけに、千田有紀氏などが指摘をし、さまざまな方面から千田議論に対する批判が寄せられ、さらには社会学のものに対する批判もされているところです(これらをキズナアイ論争と呼びます)。

 ですが、そのざまざまな批判を読んでいると、「これって実はコミュニケーション不足で、伝わっていないんじゃない?」と思うことが多くなりました。いろいろあって社会学を学んだ人間として、それはちょっと悲しいなという思いがあったので、千田氏の問題提起ちょっと分かりやすくお伝えできればと思います

筆者の立場

 筆者は、社会学修士号を得ています。今は大学から離れているのですが、離れてそう長くはありません。専門は千田とも重なる領域家族ジェンダー)もありますが、教育メディアでした。

本稿のスタンス

 あくまで、千田問題提起がどのようなものに基づいて行われているのかを解説するもので、その意見妥当性とかは議論しません。私個人としては、千田立場に立てば理解でき一理ある議論ではあるが、だからといって、それは多くの人の理解を得る話法ではないし、その背景事情を一切踏まえていないのは、学術的に一定ポジションにある人のする作法としては疑問を感じているというところです。また、千田学術的貢献はいろいろな批判があるようですが、私は一定程度は評価しています

 なお、アカデミック作法は基本呼び捨てですので、ここでも、基本千田として書かせていただきます

千田氏の問題提起について

 キズナアイ論争のはじまりは、千田投稿記事です。https://news.yahoo.co.jp/byline/sendayuki/20181003-00099158/]

 ちなみに、現在10月13日)、追記もなされており、社会学者にはそれなりに分かる文章にはなっているのですが、一般の人はなおのこと分かりづらいことになっています。後に公表された、『「表現の自由」はどのように守られるべきなのか? 再びキズナアイ騒動に寄せて』記事による補足を踏まえて、まず、千田議論の要点をまとめてみましょう。

 (1) キズナアイNHK解説記事において「相づち」をする役割となっている

 (2) 「相づち」をする役割は、従来から女性が担ってきた役割である

 (3) 従ってキズナアイ解説記事における役割は、従来の女性が担ってきた役割を担っていることになる

 (4) そのことは、理系と呼ばれる分野で活躍する女性などに対して、好ましい状況を生むようなものになっていないのではないか

というところに整理できるかと思います

 社会学特にジェンダーフェミニズムを学んだ人だと、この4つの間を頭の中でこうかな?と繋ぐわけですが、普通の人はフェミニズムを体系立って勉強するわけでもないと思うので、「はて?」となるわけです。更にいえば、一つ一つの要点が「え?!」という感じになるかと思います

 千田議論理解するためには、とりあえず(1)は正しいものとして引き受けておいてください。そこが正しくないとなると、そもそも議論の前提が崩れてしまい、議論そもそも成立しなくなってしまうので、ご理解ください。

千田議論理解するための知識

千田議論理解するためには、いくつかの知識必要となります。一つは、千田の専門でもあるフェミニズム、もう一つは会話分析というものです。順に簡単に紹介しておきましょう。

社会学とは

 社会学は、社会対象とした学問です。といえば、早いのですがそれではよく分かりませんよね。社会学は、社会がどのように成り立っているのか、つまり社会の秩序はどのような形で形成されているのかを探求する学問です。例えば、古典的社会学特に日本戦後社会学では「農村」が特に注目されました。農村における人々のネットワークや、家族の在り方、そういうものに関心を持っているのが社会学です。

フェミニズムってそもそも

 フェミニズムを正確に定義することは困難ですが、フェミニズムを雑にまとめると、「女性地位を向上させようとする取り組みであったりそれを支える理論」というような言い方ができると思います歴史的には大きく2つのターニングポイントがあったとされています。それが「第1波フェミニズム」と「第2波フェミニズム」です。

 第1波フェミニズムは、1900年代ごろ、19世紀から20世紀へ移りゆくタイミングに起こりました。西欧諸国で主に婦人参政権を獲得する運動が中心に展開され、1920年代にはイギリスアメリカで実現をすることとなります。(ちなみに、日本はというと戦後婦人参政権が認められるようになるのですが、新婦協会青鞜社運動は同時代運動です。)

 第2波フェミニズムは、1960年代頃、社会運動が盛んになった時期に、女性らしさへの問い直しが運動として行われます代表例ではキリスト教社会では長らくタブーとされていた中絶合法化が挙げられます。また、この時代には女性が自らの自由に性を語るということが積極的になされるようになります

 いずれにせよ、その理論根底には、女性男性と同等の状況にないという認識に立っているということがあります

 第1波フェミニズムで焦点化されたのは、法律社会制度というものでした。第2波フェミニズムはというと、法的制度平等であっても、職場ではお茶くみに甘んじてしまっているし、男性と同じように性を語ることはできないというような、日常性差別特に焦点を当てていくようになるわけです。

 現代は第2波フェミニズムの延長線上にあります。#Metoo運動を始めとして、第3波フェミニズムがやってきているというような主張も時折みるのですが、第2波フェミニズムより後のフェミニズム運動について、多くの社会学者が納得しているような分類はまだ確立していないのが現状です。

マルクス主義フェミニズム

 上野千鶴子理論などを理解する上で重要キーワードが、マルクス主義フェミニズムです。そういう立場だと、だから上野千鶴子はそういう立場なのね、と理解できます千田議論もとりあえず、マルクス主義フェミニズム解釈すると、理解がしやすくなると思いますので、こちらを説明します。

 (フェミニズムにはさまざまな立場があります。ラディカル・フェミニズムリベラルフェミニズム等です。フェミニズム一枚岩ではないと、理解しておくと良いでしょう。)

 マルクス主義フェミニズムとは、先ほど、フェミニズム女性男性と同等の状況にないという認識に立っていると説明しましたが、そのような社会状況を生み出しているのは、今日資本主義社会システムなのであるといいます。で、これを理解するためには家父長制というキーワード理解しないといけないのですが、本題より長い解説になるので、そこら辺は上野千鶴子の『家父長制と資本制』をとりあえず参照してください。

上野理論を厳密に言うと、上野は、従前のマルクス主義フェミニズム教条的であるということで、それを乗り越える必要があると、主張をしています。)

 シンプルにいってしまますと、そのシステム資本制)の成立と密接に性差別を生む家父長制制度が続くため、性差別再生産(半分マルクス主義用語ではありますが)されていくということになります

会話分析

 会話分析というのは読んで字のごとく、会話を分析するというものです。まずは、社会学会話分析がなぜ重要になってくるのかをエスノメソドロジーというワードを使って説明したいと思いますそもそも社会学社会秩序はいかにして可能かを明らかにする学問です。そこで出てくる問いの一つにこの社会生活を営む人びとがやっていることを、研究者はどのように理解できるのかという問題です。

 この問題に答えたのが、ガーフィンゲルという人です。ガーフィンゲルエスノメソドロジーという手法提唱しました。エスノメソドロジーというのは、日常生活している人々が言動をどのように理解し、成立させているのかを、日常生活している人々の視点に立って記述するという手法です。

 エスノメソドロジーは、私たちの当たり前が、いかに「うまいこと」成立しているのかを見せてくれます。例えば次のような実験は非常に有名です。

A(被験者)「おはよう! 調子はどう?」

B(実験者)「調子ってなんだい?」

A     「いや、元気かどうかってことだよ。」

B     「元気かどうかって? どういうこと?」

こんな調子で話されると、本当に調子おかしくなりそうですが、こういう実験します。ここで浮かび上がってくるのは「調子」という言葉が、体調や近況を意味しており、それをお互い分かっているという「期待」をもって、Aは会話をしているということです。このような形で、秩序が形成されており、それらは記述可能な形で示すことができるとするというのがエスノメソドロジーです。

 会話分析の多くはこのエスノメソドロジーの考え方を踏まえて行われます。つまり、先ほどの会話のスクリプトのようなものを読んで、そのなかで、AとBはどのような「期待」をそれぞれ持っており、そこにどのような秩序があるのか? ということを考えているわけです。

千田議論を振り返ろう

 冒頭で、千田議論を強引に4点にまとめました。ここまでの道具を用意すればある程度説明ができます。それぞれの項目ごとにみていきましょう。

(1) キズナアイが「相づち」をする役割となっている件について

 そもそも実在人物は「先生役」とNHKサイトでも記載がありますように、ここで想定されているのは「先生」と「生徒」というコミュニケーションです。したがって「生徒役」となるキズナアイ基本的に「相づち」をする役割に当然のことながらなるでしょう。そもそも「生徒」の方が詳しいというのなら、「先生」が「生徒」の役割を担うことになるはずですし、「先生」と「生徒」という形で双方「期待」をもっていることは分かります別にこれが、男子生徒であろうと、まあこういう会話になるだろうなという感じではありますよね。

(2) 「相づち」をする役割は、従来から女性が担ってきた役割である

 これは、先ほどのフェミニズム議論が役に立ちますお茶くみとかの補助業務に当たっていたということは、先の説明でもしましたが、今日でも、「相づち」をする役割は、女性となっていることが多いです。例えば、新春の、一体誰がみるのかよく分からない県知事が語る!みたいな番組がありますが、あのとき大抵女性アナウンサーが話を聞いたりしていないでしょうか。このとき女性アナウンサーは、多くは男性である知事に対して、その発言がしやすいようさまざまな配慮をしながら、質問を重ねていきます

 そこでは、主役はあくま知事です。アナウンサーが主役となって、知事いじめていくというような内容になっていないでしょう。これが、でも、田原総一朗との対談だったらどうでしょう。一気に様相が変わってきますよね。また、地元財界知事の対談だったらどうでしょう。そこに「相づち」はあっても、「相づち」をする役割知事の対談者は決して担っていないと思います。会話の主体になっているわけですね。地元財界の人が女性でも、この場合だと「相づち」の役割はまあしないかと。

 ここでポイントになるのは、知事一方的に語るというような形式を取る時には、女性アナウンサーがその役割を担うことになり、他方、双方共にしゃべる場合には、女性活躍機会が途端に減ってしまうというということです。これは、私たちイメージレベルでも大体共通しているのではないでしょうか。(もちろん、個別具体で違う話も多く、徹子の部屋黒柳徹子をどう評価するかは難しいところですが。)

 もちろん、これは、女性知事と同等の立場役割を担っている機会が開かれていないから、そのようにならざるを得ないという側面も当然ありますが、男性アナウンサーがそうそうなっていないということは、一つこのことを証明するものであるとも言えます

(「相づち」をする役割も高度な役割であるということは決して忘れないでください。)

(3) 従来の女性が担ってきた役割キズナアイ

 ここで、議論はもどってきて、キズナアイは「生徒」役ではありますが、「先生」の発言を引き出すという意味で「相づち」をするということで、記事トップにも出てくる主役のはずが、補助的な業務を担わされていることになります。このときキズナアイ女性と見なすと、これまで女性が置かれていた立場女性積極的に前に出られる環境制度上はなっているにもかかわらず、結局はそうはなっていないという状況と重なる部分はあるでしょう。

 再び、徹子の部屋黒柳徹子イメージすると良いかも知れません。徹子の部屋における黒柳徹子は独特の立ち位置で、徹子の部屋を見て黒柳徹子は単に「相づち」をうつ役割だけではない、ということが理解できるでしょう。なんなら、黒柳徹子の方が目立っていたりします。対談の形式が、黒柳徹子お客様を招いて話をしてもらうというホストであるためであり、従属的関係になっていないというところに、このキズナアイ対談と徹子の部屋の決定的違いがあるのだろうと思います

 そうして比べてみると、キズナアイ女性役割再生産するということになったというわけです。これは、性別役割分業を進めていくものであり、女性にとって活躍の機会が減ってしまうというのがフェミニストたちの主張と結びつけて考えることが可能なのです。

(4) 活躍する女性への影響

 この時、女性は従たる役割を担わされるわけで、その期待が持たれます。そうなると、女性は、主たる役割を担える存在なのにもかかわらず、その期待から、従たる役割を担い続けなければならない、そういった状況にはまってしまうのです。そして、そうした悪循環から脱却しなければならない、というのがフェミニズム基本的な主張です。

 このような女性観で考えられると、女性にとって好ましい立場ではないという千田の主張はそう的外れものではないということは理解できるでしょう。

千田氏の議論の失敗

 千田議論をするという状況を作り出したことでは成功していると評価できますが、その議論の中で、自らの論理妥当性を提示し納得してもらえたかというとそうではないと思います。後の対応によるところも多いのですが、それは、実は最初きっかけともなった記事の一番最後文章であると私は考えます

なお10月3日、9時の時点で、スマートフォンから見ると、キズナアイバストショットしか見えない(パソコンでは、へそなどの下半身が見える)。

 この一文が最後にあることで、キズナアイの見た目(容姿)を問題にしたいのか、と思ってしまう人も多いと思います千田氏は、後の議論でも、キズナアイ役割に焦点を当てており、容姿問題にしていないといっているのですが、冒頭の太田氏の議論あいまって、多くの人が混乱したと推察します。そもそもキズナアイってあくまAIであって性別を超越した存在なはずなのに、性別二元論に回収されちゃうのって、なんだかなと。

 さらにいえば、表現問題に回収してしまったのがかなり難しい問題にしています表現問題にすると、結局妥当表現は何かということに行き着き、その線引きは複雑になってしまい、誰も理解できなくなるため、神々の審判でも仰がなければ、なんとも言えないと思います

 まあ、この発言が全てのオチかと思います

本人が個人的に自説を語るのは「自由」の範疇だが、それを公共空間に置いたらどんな意味もつのか、少しは配慮すべきだったのでは?

https://twitter.com/chitaponta/status/1051615591004438529]

anond:20181020094516

30-40年前まではケインズ主義大きな政府でした。学費も安かったです。

で、新自由主義小さな政府にしていって同時に学費も急騰させていきました。

ただ、大学に行かないとまともな仕事ができないほど高度知的社会になったので、大学に行けないなら子供を減らすという形になっていきました。

手当は昔は充実して、減らして、つい最近少し揺り戻したが全然足りないという状態です。

40年前は1980年であって、もうその頃は大学進学率は40%ぐらいになっています(今60%)

なお、データ

http://www.garbagenews.net/archives/2014387.html

anond:20181020092531

検索してみた!

うそう!こういうの!こういうのがないかなって求めていた!

やっぱりあったんだな!

世の中は電気が主流だけどこういうの素晴らしいなぁ。

全く関係ないけど、オーニソプターも素晴らしいと思っている。

ブロックしてきた人がアンソロ本を主催した。

解釈地雷持ちです。

二次同人を追ってきた歴史は長いけれど今のジャンル断トツで一番熱い。こんなに自分で描こうと思ったのは初めて。

そんな自ジャンルTwitterのTLを今捨てようと整理している。

よくある話だけれど、今のジャンルとある方にブロックを受けて、その方がとても交流が広く私がフォローしている方とだいたい繋がりがあり、ブロックされて本人の呟きが見えなくてもUPした絵や作った本に対する他の方の感想がTLに流れる状態であった。ジャンルはとても小規模で今このジャンルメインにしている人は1クラス分の半数いるかいないか。こんな狭いコミュニティでもうまくやっていけないのか自分

その方が初めからの先行ブロだったならこんなに気にならなかったと思うけど、元を辿れば相互フォローだったところ私が今年の春に数名ブロ解をしていて、その後にブロックを受けたという順番であった。こちからのブロ解が駄目だったのか他に私の呟きの中に原因があったのか知る術もない。が私の今のジャンルでの辛さは彼女ではなく紛れもなく私の中にあることが問題だ。

なぜそもそもブロ解をしたかというと、ジャンルに対して解釈の幅が狭すぎて傲慢になっていた。こんなことは今まで他のジャンルでは無くてどう処理したらよいか

ハマりたてのころが一番幸せだった。どんな解釈でも脳は褒美と認識した。でも段々と自分解釈がはっきり見えてくるにつれ、自分解釈正反対に見える推しを見るとダメージが入るようになり、好きな筆者さんの作品だけを選んで読むようになった。

原作を読んだ人の持った感想や持ったキャラクターイメージに私が文句つけるなどおかしいと分かり切っているのに怒りが湧いてくる、なんでもっと読みとれないんだ本当に同じ原作読んだのかと思ってしまう、もうそういうレベル盲目的で幼稚になっていて、もう少しジャンル熱がおさまったら一歩離れて距離をもって自分ジャンルに接することができると思うがなかなかその時は来ない。

ブロックの数日後にその方の主催アンソロ企画が立ち上がり、その方を含め私が読まないようしている筆者達と、大好きな筆者達を一つの本にまとめた。

神とあがめている方の新しい文章を読めることは本当に嬉しくて、この舞台を作ってくださって本当に有難うございますと思いつつなんでこの方とこの方を一緒の本に綴じるんだと、幼稚な憎しみを抱え、それでもやっぱり神が神なのでその本はエアハグしてる勢いであった。…が。

…が、大好きな筆者さん達の、本を絶賛する感想ツイートを読むと今度は怒りではなく寂しさが出てきた。仲間外れにされた寂しさではなく、ああ私の大好きなこの方は私が苦手な解釈の人の頁を読んでも大丈夫だったんだ…という、勝手に信頼していた「私が好きな方は私と同じものを見て同じ感じ方をするはず」という思い込みに負けた喪失感だった。どこまでも幼稚な。

ジャンル熱の問題じゃなくて私の性格問題であった。人との距離を間違えすぎている。パーソナリティ障害のフシがあるのは知っていたが、現実人間関係が面倒臭くて同人界隈に逃げてきているのにここでも発揮していたとは。

Twitterは私の生活の一部になっていて、TLを開くと必ず自ジャンルのことを考える。小規模ジャンル人口が少ないのでTLで誰かがジャンルについて話している率は低いが、私はだいたい自ジャンルのことを考える。

でも一度離れて、他のことを考える時間を多くとるようにしないと、心の平穏は取り戻せないのだと思う。

2018-10-19

anond:20181019165714

どっちかって言うとそれはミクロマクロの違いでしょ。

様々な定義があるけれど、ここで言うそ定義は「ミクロ個別事例なのでその個人個別周辺が対処すべき問題社会全体で対処するにはコストのムダが大きくなりすぎて非効率的」「マクロ社会全体で対処する必要があるほど頻出し、個々人で対処をしたのでは全体のトラブル件数が減らない問題」こんな感じ。

友人(ある一個人)がブラック企業に引っかかったっていう個別事例は、ミクロ問題からその個人が頑張って逃げるなり反撃するなりすべき話で、しかしそれがマクロ問題なら社会全体で法規制するとかしなきゃいけない。一般人はある問題ミクロなのかマクロなのか判断するときに「マスコミがその問題を取り上げて警鐘を鳴らしてるか?」っていう指標を利用している――そんな話なのでは?

もちろん、上記の話は、個々人がマスコミ指標利用してることの正しさや、マスコミ指標として正常に機能していることを、何ら保証はしないけれど、まあそれは別の話。

2018-10-18

だって、おねえさんが子供扱いしてくるんだもん…

ちゃんとできたんだ、えらいねー」とか

「あー!だめでしょー!もー」とか

「げんきないの?だいじょーぶ?」とか

最近ひどい、この前おねえさんの前で半泣きで愚痴たからかな

それでよしよしされて、俺が落ち着いたか

子供扱いしたほうがいい、何かそういうふうに思われてんのかな

うそれでいいやー

うそろそろ番宣タイアップのなかったころのテレビ

知らない世代になるのかな。

猫の映画にでるふく○○うたとか、今日から俺はとか、24時間テレビ前後とか、なんかこう・・・

 

くどい!

 

あと深夜にテレビつけたってアニメは1本も見れなかったぞー

現代人は心配しすぎなのだ

ネット論調とは異なり、東京オリンピックボランティア募集がすごく順調だとわかった。

現代人は心配しすぎなのだ

消費税増税しても日本経済にはなんの影響もないし、少子化も少しも心配する必要はないのだ。

社会保障崩壊するとかいうのもまったくの杞憂だし、気にすることはない。

原発だってうそ事故を起こすものではないし、事故を起こしてもチェルノブイリ福島も結局なんとか収まっているか心配する必要はないのである

地球温暖化だってたいしたことはない。ちょっと暖かくなるだけ。海面が上昇してもいきなり上昇するわけではないから、内陸部に移住すればいいだけ。高いビルを立てれば狭い場所でも気にすることはない。むしろ建設ラッシュ世界的な大好景気が来る。

将来には何も心配する必要はないから、持っているお金をどんどん使おう。

anond:20181018082326

ああそれは確かにそうだな。不用意なこと言った。

じゃあ、女性は男の三歩後ろ、とか?

要するに「常識を守れ」は保守思想であって、リベラル否定であるということ。

表現の自由戦士と戦う上では、そりゃあ保守思想から行ったら楽だけど、ほかのフェミニズムリベラル部分が丸ごと失われてしまう。

(ほらね、現にもうそういうレスがついた)

名状しがたい感情!(韻を踏むな)

腐女子解釈一致に快感を覚える生き物。


解釈一致してこんなに苛ついたの初めて!私にこんな感情があることを教えてくれてどうもありがとう死ね

たぶんよくあること。人間は嫌いだけど作品は好き。

それでもこんなとこにこんな文を書かなきゃなんないほど苛ついてムカついて押し寄せる感情が追い付かない!

以下、経緯。


昔、あるジャンルアカウントを作った。垢分けね。

そこで神文字書きと仲良くなった!正確には仲良くなりかけた。

そこな君、クソDMは好き?私は嫌い。

多分神文字書きは10000%善意だったけど私に届いたときにはもうそれ悪意だったから。

文字書き、神なのにクソDMを寄こしやがった!私はそれを読んだ瞬間アカウントを消した。垢消しね。

内容としては、私が書いた文章に対する感想だった。私には要らぬ添削に見えた。

ああそうですよ。私が勝手善意DMを悪意のDMと受け取っただけですけど?

それでもムカついたもんはムカついたんだよ!だって私、書きたいとこしか書かない主義だし。

クソDMの内容はもういいよ。問題は今だよ今!


いまどうしてる?解釈一致の文章読んで苛ついてる。

上記の神文字書き、もちろんTwitterではブロックしてた。

でもやっぱ神文字書きだからさぁ、いろんな人がそいつ文章を絶賛するわけ。

だって昔はそのうちの一人だったかわからんでもない。でもそいつ人格破綻者やぞ。

ん?神だから神格破綻者?

ブロックしてから久しくそつの文読んでなかったからさぁ、はて今はどんなもんよと覗きに行った。

う~~わ長っ!文章なっっっっが!!クソ~~全部読んでやる。

読んだ。読了拝読いたしました。

メッッッッッッッッチャ解釈ド一致!!なんでだよ!!!神格破綻者のくせに!!!


ここで私と神文字書きの推しカプについて説明するね。

神はどう思ってっかわかんねーけど、私はいつも「周囲の人間解釈が合わねえ!」って思ってる。

マジで同じジャンル同じ推しカプの奴と解釈が合ったことない。

解釈が合わないのは私のせいじゃない。周囲の奴らが頭おかしいだけ(世の中、自身のことをそう思ってる人間ばっかだよ)。

から神に会ったとき運命感じたもん。私と同じこと考えてる存在だ!希少だ!!

一生ついてく。そう思ったのに。

私たち、こんな出会いじゃなかったら…友達になれたのかな…。


私、性懲りもなくまた神のいるジャンルアカウント作っちゃったの。垢分けね。

だって原作がどうしようもなく最高で、それを二次創作昇華したくなっちゃったんだもん。

もちろんアカウントを作った時に神はブロックした。もう二度と話したくない。

でもたぶんまた文章見に行っちゃうなぁやだなぁクソなげぇのに面白いから続き読みたくなっちゃうし。

神、嫌いなのにどうしようもなく解釈が好き。

二人はセックスしないと思ってるのに腐女子の"性"で自然セックスの流れを作れるとこも好き。

原作では性生活描写なんて無いのに(少年誌からね)、推しが週2、3で抜いてると思ってるとこも解釈一致で好き。

考えてること全部好き。原作距離感保ったまま二次創作できる神が好き。

私も同じ解釈だよ、神だけじゃなくて私もいるよ、そう伝えたい。

しかし私はクソDMがこの地球上の何より嫌いだ。誰だって自分創作活動スタンス横槍突っ込んでくる奴なんか嫌いに決まってる。

から私は今日も神の文章を見ては自然ブクマボタンに指が伸びるのを理性で止めている(腐女子から「最高!」って思うのとブクマボタン押すのを条件付けてしまってる)。

神にピクシヴのアカウント割れてんだよな~だから無理。ブクマしたくても無理。

捨て垢なんかもっと嫌!神格破綻者のブクマ数増加に加担する気はない。

神のことは死ぬほど嫌いだ。でも私が死ぬのは解せないので神の方に死んでほしい。神は死んだ

でも神の生み出す文章は私にとって希少も希少、滅多に無い解釈一致文章だ。


腐女子解釈一致に快感を覚える生き物。今日葛藤しながら快感と闘っている。

2018-10-17

anond:20181016230955

タイトル釣りだよね。

卵は子供じゃない。

でもこんなこと言うと、と思って黙ってたけど、やっぱり黙っていられない。

卵は卵だよ。

それ以前に、魚は殺す以前にもう既に死んでたよね❓あなた殺してないでしょ❓

こういうの うそ松乙って言うの❓

anond:20181017152143

ブス女が書いたに違いないと思って反撃してしまうその頭の悪さでは、さぞ生きづらかろう

とあるジャンルを辞めた

自分所謂インターネットお絵描きマンである

小さい頃から絵を描くのは好きだったが、上達しなくて1度辞めている

それから、成人して数年たち、とあるジャンル(ソシャゲ)にハマったことがキッカケでまた絵を描き始めた

やっぱり最初は下手だった

でも、好きな推しキャラを上手く描きたい!可愛く!カッコよく描きたい!

ただのその一心だけで描いてた

それから2年ほど…絵を再開した頃よりも今は大分上手くなったと思う

最初はただ自分の納得する絵が描けて、Twitterに載せたら満足してた

でも、だんだん周りから評価を貰えたり、フォロワーから好意的コメントを貰えるようになったら、評価を気にし始めてしまった

そして、その頃にはもうそジャンルの熱は冷め始めて、「ただただフォロワー評価を貰いたくて描いてる」と言う、状態に陥ってしまった

もともと、狭いジャンルだった

公式リアルイベントをやるのに参加して、フォロワーオフ会したりして楽しかった

絵を描いてたのは、二次創作も少なかったこともある

どうして、こうも承認欲求の塊に陥ってしまったんだろう

ただ、好きなキャラを好きなように描きたかっただけなのに

そう思うようになってからは、Twitterに載せる絵はフォロワーが知らないジャンルばかりになったし、フォロワーが知らないか評価を貰えなくても当たり前と思うようになった

もう、評価をもらう為に絵を描くのも疲れたし、フォロワーとの人間関係維持のためにソシャゲをやるのも疲れた

どうしたら、この気持ちもやもやを消化出来るのだろうか

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