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はてなキーワード: 手紙とは

2017-08-18

女性声優さんを好きになるのが怖い

最近、某女性声優さんを知った。

決して美人ではないけど笑顔トークステキで心から明るい子なんだろうなと思う。

背が低いのもすごく可愛らしい。

友達100人いて男友達もいっぱいいるタイプに見える。

とても興味はあるけど好きになるのが怖い。

パブサをするとあのとき彼女はどうだったとかそういうイベントでの報告が上がってくる、本当にしんどい。

好きになってもイベント日本各地で開かれるし、ついて行ける自信がない。

手紙プレゼントやフラスタイベント毎に送るようなモチベもない。

でも、そうしないとこれから三次関数的に増えていく彼女ファンの中で頭角を現すことはできない。

そもそもそこまでやったところで、せいぜい大舞台最前より前には進めない。

正直彼女であったらどんなに素晴らしいかと考えるけど、そういう可能性が限りなく低いこと、自分みたいな人間彼氏になれないことも、

まして結婚して彼女幸せにすることをできないことも全部分かる。

それでも彼女についてもっと知りたい、彼女が活き活きとしてる姿に癒やされたい。

でも、好きになっても、先は見えている。

48グループファンとの繋がりが発覚したメンバーが何人かいるけど、声優に関してはまだ前例はないし、自分以外の人間が繋がる可能性を考えたら状況はますます絶望的だ。

声優オタク希望なんてない。

必死に追いかけるために使ったお金彼女にはほとんど行き渡らないことも知ってる。

日々モチベがすり切れるまで円盤を積んで日本全国(時には海外も)を飛び回って各地の旅客鉄道に金を落とすだけだ。

イベント参加のための購入資金バンダイビジュアルとかランティスとか博報堂に流れ込むことも知っている。

ものによってはチケキャンヤフオクがこれで金を稼いでいることも知ってる。

一体ファンとは何を支えるために存在してるのかよく分からない。

会社つとめだけして社蓄としての障害が嫌だから声優オタクになった、しかしその結果はエンタメ業界を支えるためのはぐるまにすぎないのかも知れない。

からせめて女性声優さんはValueとかを始めてオタクの金が直接流れ込むようになったら嬉しい、セキュリティの高いマンションに引っ越すとかバイトしなくても済むとかそういうの始めて欲しい。

もちろんValue優待でお渡し会もやってくれたら嬉しい。

2017-08-16

彼氏がいるのに元カレとやったこと、お盆のおじいちゃんのこと

先月、彼氏一年ブラジル留学日本へ帰ってこないことをいいことに、元彼とヤってしまった。私はものすごく単純なので 元彼に強く抱きしめられた時、昔のことを思い出して一瞬 好きになりかけてしまってたけど、やっぱり彼氏が一番好きだし、何よりも今はいちばん、彼氏への罪悪感が半端ない

そんな中、先日お盆帰省した時にこんな話を聞いた。おじいちゃんはおばあちゃんと結婚する前にアメリカへ3年留学し、3年間会えないおばあちゃんへ毎日手紙を書いていたそうだ。かつて、一度だけ「僕はメアリーを好きになってしまった。」という書き出しから始まる、現地の女性メアリーへの恋情が綴られた手紙がおばあちゃんのもとへ届いた。おばあちゃんは怒りに震えながらその手紙を読んだ、そして、手紙最後に「…という物語を考えました。」とあったそうだ。ユーモアあふれるおじいちゃんらしいねと、おばあちゃんと笑った。

今の状況の私としては、もしかするとメアリーへの恋心は本物だったのかもと思ってしまう。やっぱり、科学技術が発展しようとも、男女はそばにいるべきだなあ、という物語を考えました。

2017-08-14

国民健康保険の延滞料だけ払わずにいたら次は健康保険証の有効期間が短いのにしてやると市役所が脅しの手紙をよこした日本死ね

2017-08-12

自分のことを小職とか小生とかいう人

「私」の謙譲語で「小職」とか「小生」というものがある。社会人ならこれらの一人称を使ったメールを受け取ったことは一度や二度ではないのではないだろうか。もしかしたら自ら使っている人もいるかもしれない。しかし、これらはよくよく考えて使う必要がある謙譲語である

三省堂 大辞林によると、「小職」については「官職についている人が自分をへりくだっていう語」、「小生」については「手紙文などで,男子自分をへりくだっていう語」とあるweblio辞書)。また、デジタル大辞泉では「小生」について「[補説]ふつう自分と同等か、目下の人に対して使うものとされる」ともある(goo辞書)。「小職」についてはこのような記述は見当たらなかったが、このような言葉が成立した頃は官職というのは民間からすれば圧倒的な存在であったので、いずれにしても社会的な位が極めて高い人が使う言葉である

つまるところ、これらは「自分の職位がとても高いのだけど、(だからこそ)へりくだってやる」または「自分は大変な人格者なのだけど、(だからこそ)へりくだってやる」という意味が含まれている。

これを踏まえると、たとえば、組織部署の長が「小職の意見は○○ですが、皆さん(部下)の意見も聞かせてください」というような使い方は適切である。一方、部下が上司に「小職の意見を申し上げます」とか、審査を受ける側が審査をする側に対して「書類に不備がありましたら小職にご連絡ください」などというのは不適切である。同様に、社長社内報で「小生の生い立ちから現在までを綴る」のは適切だが、受注者が発注者に対して「小生含め二名でお伺いします」というのは不適切である

この手の一人称学生時代から使っている人は滅多にいないだろうから、大体偉い人から回ってきたメールとかで使われているのを真似して使い出すようになるのだろうが、よく知らないで使っている人はよくよく考えて使った方が良い。

まぁでも、若くして偉い人の言い回しを真似るようなタイプの人っていうのはそれでもって偉くなった気になりたいような人が多いので、心情を込めるという敬語表現存在意義からすれば、あながち誤用とも言い切れないのかもしれない。

(自らの悲哀に満ちた立場ネタにしたTwitterアカウント運営している官僚がおそらく正しい意味合いを知りながら意図的に使っている例が散見されるが、これについては非常にウイットに富んだ使い方といえよう。)

Aセクシャルの人に10年間片思いした話。  

相手迷惑ををかけたくないので身バレ防止にいろいろフェイクは入れるけれど、出来事体験に関してはなるべく正直に気持ちを書こうと思う。


 私はいま25歳だ。地方田舎で育った。相手幼稚園からの幼馴染だった。漫画みたいな幼馴染じゃないけれど、地元友達で、幼稚園小学校中学校と一緒だったし、小学生ときにはよく一緒に公園とかで鬼ごっこかくれんぼをした。中学に入ってからは、もともとお互いに漫画アニメが好きで、本の貸し借りをしてライトノベル時雨沢恵一の「アリソン」とか「涼宮ハルヒ」とか)というものを私が教えてもらったりもして、まだそういうオタ趣味学校でおおっぴらにできない時代だったのもあって、よく話すようになった。それで、なんでか覚えてないけれど、気になりだして、気が付いたら好きになってた。中3の時にはがんばって同じく一緒に好きだったバンプライブに誘って一緒に初ライブに行ったりもした。相手は異性の友達はどちらかといえば苦手そうにしていたけれど、その中でいちばん仲のいい異性になることができた。

 中学卒業したら高校別になることはわかっていたから、とにかく気持ちを伝えたくて彼の受験が終わったタイミング告白した。どうなるかも深く考えないまま、共通友達うまいこと呼び出してもらって、小さいこからよく遊んだ公園気持ちを伝えた。ずいぶん長い沈黙があって、そのあとの断りのセリフは「ごめん、恋とか愛とかがよくわからない。人をうまく信頼できないんだ。増田がきらいとかじゃないんだけれど、そういうことがどうしてもできない」というものだった。彼は少し泣いていた。話そうか迷って、きちんと誠実に断るために探してくれた言葉だと、今ならわかる。その誠実さがすごく尊いもののように見えて、おおげさに言うならすごくきれいに思えて、区切りをつけるとかは吹き飛んで、余計に好きになってしまっていた。そのカミングアウトの内容そのものに惹かれてしまった部分もやはりあったと思う(今考えると業が深い……)。

「でも、そんな風に想ってくれる人がいると思うと、なんだかうれしい」という言葉本心からのものか、それとも彼のやさしさだったのかは、いまだにわからない。

 けれど、当時の私の思考回路はひどく短絡的で、「だったら、彼に信頼してもらえるようになればいいんだ」というものだった。そういうわけで、違う高校に進学したわけだけれど、中学時代グループの集まりを定期的に企画したり、高校部活人間関係の悩みとかの相談積極的に乗ったり、ガラケーメールぽちぽち打ったりした。今考えても涙ぐましいし、ムダに行動力ありすぎた。相手性格を考えるとちょっとやりすぎな面もあったけれど、そんな重いエゴまで含めて本気の恋だった。彼のことを考えない日は嘘偽りなく一日だってなかった。それが空回りしている自覚もあったし、全然そういう目で見てくれている様子がないこともわかっていたけれど、思い続ければいつかは、なんて甘い幻想も同時に持っていた。

 結局、高校3年の終わりに中学時代地元グループ卒業旅行に行って(もちろん企画からすべて私が幹事をした)、そこでまた告白したけれど、まったく同じ断り方をされて撃沈した。今度こそもうダメだなって思って、おしまいハグをしたらちょっとびっくりされたけれど、手を背中に回してポンポン、と叩きながら「ごめんね」と言ってくれた。 今にして思い出すと、これはすごく、彼にとってきつかったかもしれない。

 大学は私が都会の大学に行ったので、地元グループとも帰省したときくらいしか会わなくなった。大学では初めての恋人ができたり、他にも普通大学生らしいことをいろいろ経験したし、様々な恋愛関係する感情を味わった。彼のことはあきらめて気持ち封印してはいたけれど、それでも常にずっと心の中では彼のことをいちばんのところに置いていた。このころになると、ずっと片思いをしているということが完璧に美化されていた。

 そうして、アセクシャルAセクシャル)という言葉を初めて知ったのも大学時代だった。知った時、真っ先に彼のことを思い浮かべた。

 大学卒業して、Uターンで地元に帰ってきた。久しぶりに地元特に仲のいい何人かと再び会うようになった。ある時、彼の親友的な人と話していたら「増田さん、中高のとき彼のこと好きだったでしょ」と真正から指摘されて、封印していた気持ちが解けてしまった。4年間蓋をしていたものが、びっくりするくらいあふれてきた。その親友が「だんだん結婚とかも皆考え始めるような歳になっているのに、そういう話題が彼にあまりにもないか増田さんをあてがってやろうかと思って」と言うのでこれに甘えて利用して、彼と遊んだデートしたりした。お互いにいろいろ話すけれど、でもやっぱりこれまでと同じく恋愛的な意味での全然手ごたえは何もなかった。それと並行して。やはりAセクの件があったので、その親友に彼はAセクなのではないか相談した。親友氏にも思うところはあったようで、何度かそれについて議論もした。

 複数回デートらしきものをして、どちらにせよこの恋はだめだと思い知らされたので、結局過去と同じように自分気持ち区切りをつけるために告白をした。Aセクの件もあったから、一応相手負担にならないようにというつもりで、その当時でできる限りの気遣い自分の率直な気持ちとを文章化して手紙として渡した。後で読んでと言ったのに彼はその場できちんと読んでくれた。そして返事の代わりに、件の親友名前を出して「こないだ、Aセクシャルっていうのを教えてもらって、自分でもいろいろ調べて読んでるうちに、読めば読むほど『そうだ、これだったんだ』とわかって涙が出てきた。他人を愛することができない自分は、どこか明らかにおかしい、欠けた人間だって思っていたから、すごく安心したんだ」と教えてくれた。

私にはそれを受け入れるしかなかったし、何よりも泣きそうな顔だけど解放されたみたいなすっきりした様子の彼を見てうれしかったのも事実だった。

 私と親友氏とで「一応、Aセクであるとすぐに決めつけすぎないほうがいい」と伝えておいたものの、十中八九彼はそうなのだと思うし、少なくとも今現在彼の自覚Aセクということになっている。


 ここからあとは、私一人の話。

 私にとって、彼はまさに青春のものだった。そう思い込んで美化してきたところや、一途な自分片思いに酔っていたところ、そのエゴに時折死ぬほど自己嫌悪したところ、醜いとこや酸っぱいところも、些細なことでめちゃくちゃ幸せな瞬間も、ぜんぶぜんぶひっくるめて、いま大人になった私を作っている大切なものだ。詳しくは書かないけれど、彼を好きにならなければ私の人生はぜんぜんつまらない方に変わっていたはずだと思う。たとえ片思いでも、幸せだったし、幸せをくれたと思う。恋愛ってそういうところがあると、私は思う。

 ただ、そんな恋愛を、彼はしない。そういう感覚を彼はおそらく持たない。今後一切、恋愛から何かを得ることはない。

 このことを、私はどのように整理したらいいのだろうか。

 恋愛はすばらしい。いろんなドラマ物語においても恋愛至上主義圧倒的多数な世の中で、人々はそんなフィクションを見て、やはり恋愛はすばらしいものだと思う。誰しもが人に恋をして人を愛するのだと信じ込む。そう刷り込まれた?私の観念はとても硬い。

 では、他人を愛さない人は、すばらしいものが欠けているのだろうか。人生のなにかしらを失っているのだろうか。彼はおかしいのだろうか。

 断じて違うと、私は確信している。でも、それは私の中の固定観念矛盾している気がする。

 私にとって恋愛のない人生は、ずいぶんパサパサとした無味乾燥もののように思えてしまう。彼がAセクである自覚を得た日以来、失恋による大きな胸の空洞がつらいし、今まできれいに思えたものがきれいに思えなかったりする(感覚がにぶっている感じがする)。彼を好きだったとき世界の見え方はとても色鮮やかだったのに。

 気が付いたら私は25歳で、中学卒業してから10年が経とうとしていて、10年前のあのころキラキラした感覚がいろんな意味で信じられなくなってきている。恋愛しか得られない感覚があると信じているくせに、彼のことがあって今の世の中における恋愛絶対性について疑ってもいる。人間幸せの形ってもっともっと多様だと思いたいのに、自分経験がその価値観に異を唱えてくる。

 こんなことを考えていると、結局彼と私とではとんでもない隔たりがあったのかなとか考えてしまって、今でも少し凹む。



 自分の中でもいまだに結論がでていないせいで最後何を言いたかたかよくわからなくなってしまった。こんな深夜に書きなぐった読みづらい長文を読んでくださって、ありがとうございます。なんでもいいのでみなさんの意見を聞いてみたいです。ちなみに私がちょっとヤバいのは承知です。

https://anond.hatelabo.jp/20170812220629

ネット翻訳サービスなどを使って、夜は静かにして欲しい旨のポルトガル語手紙作成

それを渡す

知らない人に物を言うのは敷居が高いけど、そうするしかないよなあ

ネットで会ったりセックスしたりしていた話

みんな大好きセックスの話は後半です。

スカイプミーというスカイプの機能がありました。2009年以降のバージョンからは機能が削除されて以降だんだんと廃れたのですが、いろいろと経験した事を書いておこうと思います

以下、男だと書いてない人はみんな女の人です。だいたい僕が20代後半だったときの話です。いまは30代半ば。ICQは10代後半からだな。

海外の人と話したこと

Skypeより前の時代、ICQというのがあったわけですが、ICQも、知らない人に声を掛けることができました。アッオゥ。相手ネイティブでなはく、お互い英語力が不足していて、ちょっと話して終わる感じのことが多かったのでした。それでも、世界の人と話せるすごいじゃんと思ったんですよ当時は。

「俺はハッカー、どの銀行でもハッキングできる」というロシア少年とか、竹島の話をふっかけてくる韓国人青年とか、どうでもいいやり取りが多かったのだけれど、たくさん話した人もいました。海外の人がほとんど。

◾️北京の大学生。僕も彼女も工学系の大学生だったので、話があったのでした。手紙送ってくれました。「手紙なんて何を書いたらいいかからないってあなたはいってたけど、私は書きたいことがいっぱいあるの」とか書いてありました。好きなCDと、大学のプリント、いろいろなレシートプラネタリウムの半券、おもちゃの人形のパンフレットなどが入ってました。その後国営企業に就職したと言っていたのですが、そのままピュアロマンチストな感じでいててほしいなと思ってます

◾️香港の高校生、両親に対する愚痴が多かったな。欝があるから病院行かないといけないのに両親はとにかく学校に行かせようとするだけなんだ。みたいなことを言ってました。お互いにオナニーしながらチャットするのをときどきやってました。片手でキーボードが打てるようになった。

◾️ブラジル高校生。日本が好きで日本語も勉強しているということでした。その後、NPOの国際交流だとかで日本に来たことがありました。会えるということなので待ち合わせしてみたら、その子と日本人女子高校生が三人。わわ。一人で会いに行くのは危なそうだし友達とももっと遊びたいということなんですかね。めっちゃかわいかったです。柚木ティナ(整形前)みたいな。日系入ってると言っていたような気もする。プリクラとったりカラオケしたあと東京タワーに行ったりしました。その頃はまだ女の子慣れしておらずおどおどし通しで、申し訳なかったなと思いますカラオケ出るとき店員がにらんできたのを覚えています女の子をたくさん連れてる男をにらみたくなる気持ちは分かるなぁw

その後、スカイプが出ました。スカイプミーという機能があって、誰でも話しかけていいよステータスですね。ミーにしてると話しかけられることがあるし、ミーにしてる人を国と性別と年齢層で絞り込んで検索して話しかけたりできました。

スカイプではビデオ通話ができるようになりました。海外の人と話すときは、ビデオつけてても話はテキストですることが多かったです。

◾️中国大学生。どこだっけな、ちょっと内陸のほうだった覚えが。ビデオ通話してたんですが、かわいかったです。中国大学生って寮に住んでることが多いので、友達が映り込んだり、友達に話しかけられたりするんですよね。遠距離恋愛しているということで、その話をしたりしてました。中国、同じ省のなかでもかなり遠いからな。

◾️上海女の子。働いてるっていってたっけな、20代前半。きれい。中東出身の彼氏がいたけど帰っちゃったらしい。「彼はすばらしい体だった」とか言って。知らんがな。てかそんなことしていいのかムスリムビデオ通話オナニー見せてくれました。「両手見せて。両手おろしちゃ駄目だからね。」って俺に言ってからするの。何のプレイだ。

◾️ロシア女の子たち5人くらい。10代半ばくらいか。なんか友達とみんなで寝る前だとか言ってビデオ通話お話しました。なんか幸せになりました。はい

◾️中華系のイギリス人。30代かなあ。一度、外を歩きながら通話かけてきて、その頃日本ではモバイルネット経由の通話をするのは珍しかったので、途中で飲み物注文してるっぽいのが聞こえたりするのが新鮮でした。一度だけおっぱい見せてくれた。

この人のほかに台湾の人とかベトナム女の子とか、普通に話してて、ちょっと仲良くなったあと頼んでみたらおっぱい見せてくれる人は時々いました。

別におっぱい見せたりしてくれなくても、韓国系スイスの子とか、タイ大学生とか、マレーシアの子とか、チェコ女の子リトアニアの子、スペインの人とか、きれいだったりかわいかったりする人も多かったなぁ。ポーランドの子は日本大好きなひと結構いましたね。なぜかグルジアの人は多かったけど仲良くなった人はいなかったな。イスラム圏の女の子、写真送るけど見たら絶対にすぐ消してねとか言ってました。

◾️北欧の女の子、20代後半くらいかな。きれいで細い人だったけど、ビデオ通話で話してたら彼氏が出てきてセックスがはじまった。そういうプレイだったみたいね、ご馳走さまでした。でも、こっちのビデオも写ってるもんで、どういう顔して見てればいいかこまった。

◾️アメリカ黒人女の子。10代後半。日本大好き。オナニー見せてくれました。何回も見せてくれたたあとで、あんまりこういうのは見せないほうがいいって思ったからやめるって言われて、せやなと思いました。

◾️中国小学校の先生。20代後半かな。オナニー見せてくれた。普通にきれいな感じな人だったけど。彼氏と別れて欲求不満らしいです。普段は普通に先生してると思うと、なんかいいですな。そういうのはフィクションでのことだと思っていたよ。

あとオナニー見せてくれたのは、台湾の人とか、日本に来てるっていうブラジルの人とか。容姿はいろいろ。まぁどんな容姿でも、ありがたく拝見させていただきますよ。

顔は見せないで、体見せてくる女の人は多かった。だいたい30代後半から40代なのかなっていう体つきの人が多かったと思うけど。すごく太ってる人もいた。アジアが多かったですね。イスラム圏の名前の人もいたけど、夫とかにばれたらとてもまずいんじゃないんだろうか。

◾️イギリスの男の人。イギリスに来ている日本人の女の人が気になるらしく、日本人口説くときに使える日本語を何度も聞いてくる人がいたなぁ、教えてあげたけど。

◾️北京で働いている日本人。30代半ば、出会いがないと言ってました。「男の人って、年上の女の人に言い寄られてその気が無かったらやっぱり嫌かなぁ」とかお悩みのようでした。

当時、中国って土曜日も仕事のひとが多かったみたいなんですけど、土曜にスカイプミーにしている人多かったですね。東南アジアの人は平日から仕事中にやってたりしてた。ビデオ通話したらホテルか何かのフロントの内側が見えてたこともある。割と仲良くなったフィリピン人、ある日、会社に警察の手入れが入ったとかいっていて、何をする会社だったんだおい、と思いました。教えてくれなかったけど。

スカイプミーで話した日本の人

まず会ってない人から。基本、会ってみたいスタンスだったから、会ってない人というのは、遠くて会う機会が無かったか会ってくれなかったかなんだけど。

◾️株取引で生活してる人。30代半ばできれい。生い立ちの話とか聞いたけど、軽々しくコメントできない感じ。言葉遣い2ちゃんに毒されてるけど頭が良くて優しい人でした。この人は何年もちょこちょこ話してました。会いたかったな。

◾️銀座に住んでいて宝飾業界の人。20代前半。写真も見なかったな。部屋でトイプードル飼ってた。お嬢さんかな。結婚して地方引っ越していった。

◾️大学事務のひと。30くらい。慎重で処女のままな女の人ってたまにいるものですね。ビデオ通話もしなかったというかしてくれなかった。巨乳の悩みなどをいろいろ聞いた。会ったりはしないっていってましたね。

◾️会社員AV女優のLiz Viciousが好きで、動画持ってるって言ったら欲しいということで送ってあげたりしました。男の人と旅行行ったけど彼氏じゃないとか言ってました。

ビデオチャットエロいことするのは日本人とはほとんどなくて、一度、いきなり通話きていきなりはじまったのが一度。普段チャットレディやってるけど気がむいたのだとさ。なるほど、お金もらえるならそっちでやるなぁと思ったのでした。マスクで顔隠して話してておっぱい見せてくれた10代後半の子はいたな。犯罪なのかもしれない

実際に会った人

◾️20代後半の女の人、銀座で会うということで行ったんだけど、ウィンドウショッピング(高めのお店っぽい)したり、アクセサリー(高めっぽい)のお店で修理を頼んだりして、用が終わると帰って行きました。なんだったんだろう。俺を気に入らなかったなら理由つけて適当なところで帰ればいいわけだし、男を連れないで一人で歩くのがいやなのかなぁ。きれいな人ではありましたよ。

◾️翻訳の仕事の人。30くらい。やわらかな雰囲気の人でした。その後海外に行って、現地の彼氏ができたみたいなんだけど、2年くらいしたあとうまくいかなかったぽく、地元に帰っちゃった。厳しい。

◾️建築設計とかするひと、20代半ば。部屋のインテリアとか、イタリアっぽい色遣いのものが多くておしゃれ。写真でしか見てないけど。もっと仲良くなりたかったけど、何度か食事しただけだな。

◾️フリーランスで服飾デザインやってる人。40歳くらいかな。一度だけお食事に行きました。感じのいい人だった。

◾️30代後半くらいの人。容姿は整ってはいない。とりあえず化粧が濃い。海外にいたことがあってインテリアに詳しいらしいけど何の仕事かよくわからない。銀座で食事してワイン飲んで、その後なぜか六本木の、白人男性日本人女性が集まるバーに連れて行かれる。俺はどうしたらええねん。白人男性に次々とお持ち帰りされていく日本人女性たちがいて、みてると面白いけど。しょうがなくあぶれている白人男性と話す俺。彼女は白人男性に話しに行くのだが、他の日本人女性たちは20代前半だし、浮いてる感じ。しばらくそんな感じで過ごした後、彼女とタクシーに乗って俺の家まで行きました。なんか謎な人だけど、まぁするかー、と思って押し倒そうとしたら、突然彼女は電話を掛け始める。監禁されているとか謎の話を始める。掛けたの110番らしい。ここどこ?というので、(俺に聞くんかい)電話変わって、110番のオペレータの人に、なんでもないからと言ったんだけれど、そういうわけに行かないから住所教えろといわれたので、教えたら警官が来ました。二人別々に話を聞いたんだけど、まぁ何もないわけだから彼女が帰って終わりました。する前だったから良かったけど、した後だったらと考えるとこわいですね、無理やり何かしたことを否定するのは難しいだろうから。謎な行動の人とはしようとしないほうがいいですよ。

◾️これも謎な人なんだけど、工学系の大学を卒業して就職したけど、医学部に入りなおしたくて勉強してる人。医者になったほうがお金が儲かることに気がついたそうな。なんだそれ。容姿は整ってはいないです。ファミリー向けのアパートに一人で住んでる。謎。家に行ったら料理出してくれたんだけど、ごく簡単な料理な上にくそまずい。いや、ぼく、たいていのものうまいと思う人なんですよ。処女らしいんだけど、しようとしたら直前ですごい抵抗する、というかものすごい悲鳴を上げる。で、大丈夫かって聞くと大丈夫って言う。なんだそれ。それでいて、窓開けてオナニーしてたら外通った人に見られたとか言う話をする。なんだそれ。閉めてしなさいよ。マルチ商法に手を出したり、あやしいネットショップ作ったり、あやしいFX会社に勤めて会社がなくなったり、意味の分からない行動を連発していました。

そのほか、日本に住んでる外国人の人とも会ったのが何人か。

◾️ベトナム人留学生。川沿いを歩くだけの謎デートだった。別れ際に「やっぱりネットで知った人と会うのはよくないと思った」といわれて、それは申し訳ありませんでした。。と思った。

◾️フィリピン人女の子。20代前半。たいへんかわいいランチ食べてカラオケ行ったけど、手は繋いでもキスはさせてくれなかったというそんな感じ。小学校英語を教えているらしい。

あとは、焼肉食べて、帰り道にラブホがあったから誘ってみたけど駄目だった韓国人留学生とか、アントニオ猪木酒場大学生と飲んだとか、某慶応の子とか、いろいろです。

会って、した人

◾️薬剤師の人。20代半ばくらいかな。スカイプで知り合った人に会ってみたのはこの人が最初です。容姿と体型に優れていないのはいいとして、二回会って、二回同じ服なのはどうなのよ、というか、その服なんか黒ずんでて若干におわないか。。まぁしたんですけどね。

◾️幼稚園の先生。幼稚園の子供の動画とか見せてくれました。ちょっと遠かったし数回あっただけです。素朴な感じというか、地方普通の子ってこんな感じなのかなとなんとなく思いました。タイピング速いーとか言われて、身の回りパソコンがりがり使う人いないのかーと思ってややカルチャーショック。お風呂に一緒に入ったときに恥ずかしがってて良かった。

◾️大学生。してるときに、叩いて!首絞めて!っていわれて、ちょっと引いちゃった。今だったらそういうのも楽しめるんだけどな、惜しいことをした。初体験から半年くらいだけど、はまってしまって友達とかともやっちゃったとか言ってました。「ゴムつけてたら子供できたりしないよね?」って何回も言われた。

◾️無職。いや、店員のバイトとかしてたんだっけか。20代半ば。ややぽっちゃり。彼女が住んでる町まで行って飲みました。バーテンが知り合いの店に二つほど行ったんだけど、なんかいままで関わったことの無い感じの人たちで面白かったな。バーテン「最近はちゃんと仕事しているよ、結婚したからね、最近子供もできたんよ、だから真面目にしなきゃ。まぁ、全部嘘だけどね」とか言ってた。その日は帰んなきゃいけないといわれて帰ったんだけど、その後、したいって言ったらいいよってことでまた会いに行った。そのときにラブホ初めて入ったな。だいたい自分の部屋なので。ラブホフロント電話して電マを頼んでた。初めてつかったわ。

◾️無職精神科施設にいたとか。容姿は整ってはいないです。腕のリスカの跡がすごいんだけど、腕を横断する方向じゃなくて、縦方向の傷跡で腕が埋まってたのが面白かったです。面白くないか

◾️会社員。20代半ば。彼氏がネットで知り合った人と浮気して、ネットで知り合った人と会うのってどういう感じなんだろうと思ったらしい。してる最中に「私も同じことしちゃった」って言ったのはよかった。

◾️マッサージの仕事の人。20代後半。ちょっと太っているんだけど顔が整っていてもったいないなーという感じ(ごめん勝手な感想だ)。かなり気持ちよさそうにするのでよかった。連続で5回くらいしちゃいました。「付き合わないでする人と会っちゃだめだって友達に言われたしもう会わない」とか言っていた。自分で決めなよw

何回もした人

◾️台湾人のお姉さん。30代前半。積極的でした。してるときにしがみついてくるのっていいよね。台湾にいた頃は屋外でやったりしてたけど、もうしないと言ってました。残念。ホテルとかレストランで働いてたみたいだけど、震災の後帰っちゃった。残念。

◾️その頃の仕事は英会話の受付だったかな。20代後半。スポーツお笑いが好きな明るい子でした。朝までやってたら会社に遅れそうになったりした。その後、彼氏ができて地方都市に行って何年か同棲してたんだけど、浮気されて地元に戻っていた。厳しい。

◾️外食大手の仕入れとかしてる会社員。20代後半。食べ物に興味がある人で、大学もそちら関係の卒業でした。僕はあまり食べ物のこと知らないので、話してて知らないことが多くて面白かった。

◾️エステの受付とか事務やってる人。20代半ば。背が高い人でした。背が高い人とすると正常位で胸がさわりやすい。

◾️印刷物デザインとかやってる人。服を見に行くのについていったけど、面白い服が面白い値段でした。髪はロングなんだけど側頭部そり込んでる面白げな髪型でした。バイトを土日にしようとしたら髪型が駄目って言われたといってました。よく映画に誘ってくれました。普段自分では見ない映画見て興味深かったです。

◾️保険電話対応してる人。20代半ば。顔はとてもかわいいキムヨナに似ている感じ。幼児体型だけどそれもいい。しかし「仕事やだ結婚して楽な生活を送りたい」みたいなことを言うことがあって残念でした。あと、大人気ないところがあって店員とけんかしたりする。週末ごとに会ったり旅行行ったりで、付き合ってるのと変わらない感じになったので、「なんでつきあってくれないの」とか聞かれたけど、「お前の考え方が気に入らない」という訳にいかず彼女要らないんだといっておきました。

その後地元に帰っちゃいました。そのあとは海上保安庁の職員とつきあって、結婚したいと思ったところで、実は既婚の人で現地妻にされていたことが判明するなどしていたようです。研修で東京来てるだかで、夜突然来たことがありました。こわいわ連絡しなよ。なんかセックスが以前とはぜんぜん違って積極的になってました。海上保安庁の影響なんだろうなと思い若干敗北感を感じました。その後、その子はダミーアカウント作って別人のふりをして僕に話しかけてきていろいろ聞いて、「どうしてその子とはつきあわなかったの」と聞いてきて僕が本当の内容をしゃべったので当時の気遣い無意味になったのでした。

◾️保険の外交員。40代前半。積極的で、求めたら許してくれるので、エスカレートして、公園の滑り台の上でやったり、首絞めながらやったりしました。娘さんが20才ということを聞いて感慨がありました。保険を売り込まれることはなかった。

◾️高校生。18歳だったので条例的には大丈夫だったはず。。在日の人でした。駅の案内の韓国語助詞が変だって言ってたな。スカイプで他の人に見せながらやってみたりしました。若いと肌が違うねえ。一つ上で書いた人と同時期で年齢が倍以上違うので比べちゃいました。

◾️フィリピンパブの店員。30代前半。別のフィリピン人ハウスシェアみたいにして住んでるんだけど、僕が共有部分に裸でいたらルームメイトが部屋から出てきて驚かせてしまいました。(正直言うと、そっちの子の方が若くてかわいかった。)日本人の前夫との間に子供がいるみたい。「子供まだ欲しいし、子供できたらフィリピンで両親が育てるから、気にしないで中に出して」って言われたけど無理無理怖いわ。フィリピンパブって初めて行ったけど、お客さんはおじいちゃんがいっぱいやね。ほぼ全員領収書をもらうらしい。あやしい。これからおじいちゃんいなくなっていくとどうなるんやろうね。

つれづれ

最初に話しかけるときのことばは、「こんにちははじめまして。」で、次が「今日は何してましたか?」にしてました。まぁ会いたい場合一番知りたいのは住んでる場所ですよね、「どこ住み?」ってやつ。ただ、いきなり会いたい感じでいくと引かれることが多いし、いきなりプロフィール聞くのもなぁということで、今日は何してましたか系の質問で行ってました。そしたら、仕事いってたとか学校いってたとか言って職業分かったりして自然にプロフィール聞きながら話ができたりするのでよい。

会ってみる話を切り出すタイミングはむずかしいんだけど、仲良くなって話が続きそうな人ならしばらくたってでもよくて、あんまり話があわなそうだけど気軽に会ったりしそうな人だと早めにしたりとかですね。金曜の夜が成功率高かったような気がします。明日土曜日だけどなにもすることないなー。と思ってるところで誘うと会ってくれることが多いのかも。

たまに、ネカマアカウント作って男に話しかけられるのを参考にしました。といってもひどいのが多かった。海外の人だと、アイコンちんことか。当時、プロフィールにno turkishと書いてる女の人が多かった。トルコ人の男が大量に来てしつこくしたらしい。確かにものすごい絵文字の物量攻撃してくるトルコ人いましたね。日本人カメラ見せてっていうばっかりな人が多かったな。

これだけ会えたのは、東京に住んでるっていう要素は大きかったと思う。地方だと、話してみてたまたまちょっと会いに行ける距離に住んでたっていうのは確率低そうだから。あと、会ったあとは、行きやすい位置に自宅があると連れて行きやすくて便利ですよね。大きな駅で待ち合わせして食事とかしたあと、うちここから5分なんだけど、って言われたらちょっと行ってみようかなってなるので。「何もしない?」って聞く人もいたけど、そんなん、「君の嫌がることは何もしないよ」としか答えられないじゃんね。

ゴムつけたほうがいいですよ。でもつけないほうが気持ちいいんだよねー。ゴムの話でたらつけてたけど、話もでずにそのままのことも多かった。妊娠事件とかなかったのは幸運。ただ性病検査してみたらクラミジア持ってたことがあって、連絡つく人に電話かけるなどしました。郵送で検査できるんで、可能性のあるひとはやってみたほうがいいですよ。僕も自覚症状はまったくなかったので。他のもっとやばい性病じゃなくてよかった。

スカイプミーが廃れてからは、「スカイプちゃんねる」とかのサイト相手を探したんだけど、釣りが多かったな。ニコニコで実況しながら、男からメッセージが来るのをまって、ビデオ通話とかの様子を実況するの。突然ちんこ出すような男が多かったので、そういうのをバカにしながら放送するんでしょう。

通話はしたけどそんなに話もしてない段階で会うという話になって、若干あやしさを感じつつ渋谷まで会いに行ったら、電話で、女声練習してる男でしたと言われたことがありました。ニコニコで放送してたのかな。「いいから会おうよどこにいるの」って言ってみたけど断られました。会ってみて放送すれば面白くなっただろうに。

スカイプミー、最初のメッセージで返事が返ってくる確率は高くないし、話してもそんなに仲良くなる確率も高くないし、近くに住んでる人としか会えない。ちょっとだけ話して終わっちゃった人はもっともっと多いし、ひとつも返ってこなかったものを含めて何人にメッセージ送ったかというと、想像もつかない数。全部あわせるとかなりの時間費やしました。

それだけやって得たものはあったかもしれないけど、決まった人と付き合ってた間のほうが有意義だったように思います女の子慣れしたという意味はあったかな。あと、十分遊んだしもういいかなという気持ちは得ましたね。

僕は数年前結婚しましたが、不倫とかはしないんじゃないかな多分。ここで書いた女の子も最近何人かfacebook苗字が変わってて、結婚したんだなーと思ったりしています。みんな幸せになってほしい。

2017-08-11

娘のこと

娘がチック症になった。やたらと目をしばたかせる。たぶん、ストレスが原因だろうと思う。

うちは母子家庭だ。昨年、離婚した。当時、娘は小1だった。ずっと一緒に暮らしていたパパがいなくなり、やはりつらい気持ちなのだろうか。

娘は二年生になってから、本ばかり読んでいる。近視なので、分厚いレンズメガネをかけている。振動に強いという、ゴーグルのような形のメガネで、子供にはそれが最適だという。でも、そのゴーグルのようなメガネをかけて、一心に本を読んでいる娘の姿が、何となく不憫に見えてくるのだ。

まり本を読みすぎないように、注意もしているけれど、娘はどうにも夢中だ。学校図書館で、シャーロックホームズを順番に借りてきては、貪り読んでいる。

娘は学校友達がいないのではないかと、心配でならなかった。それとなく尋ねても、反応は薄い。もしかしてメガネチック症のせいで、バカにされているのではないか。そんな不安がよぎった。

つい先日、私の誕生日パートから帰ると、娘が家にいなかった。午後6時。この時刻に家にいないなんて、初めてだった。私は不安になり、動悸が激しくなった。奥の間テーブルに書き置きがあった。

パパをさがしに行きますさようなら

腰を抜かすとはこの事かと、実感した。私はテーブルの前にへたりこんでしまった。手紙を持つ手が震えた。

まずどうすればいいのか、考えをまとめようとした。警察学校、親、誰に連絡すべきなんだろう。うまく頭が回らなかった。

パンパンと、大きな音が鳴った。押し入れの中からクラッカーを持った子供たちがわらわら出てきた。

娘を含めて、5人。

みんな、娘の友達だそうだ。相談して、私の誕生日を祝いに来てくれたのだ。押し入れに隠れるのも、書き置きも、娘のアイデアだった。

私は、うれしさと、娘にたくさん友達がいたという安心感と、こんな悲しいイタズラをさせてしま申し訳なさと、いろんな感情がぐしゃぐしゃに混ざって、声を出して泣いてしまった。

私があまりに泣くので、子供たちが少し引いてしまった。うれしくて泣いてるんだよ、と慌ててみんなに説明した。じっさい、うれしくて泣いたのだ。でも、そんなに単純な感情でもなくて、なんともいえない。

どこで覚えたのか、娘たちは、寒天ゼリーを作ってくれていた。美味しかった。一口食べたとき、また涙が出そうになったので、今度はぐっと堪えた。

寄せ書きもくれた。見たこともない友達ママの為に、みんながメッセージを書いてくれていた。

娘が友達に恵まれていて、本当に、飛び上がりたくなるぐらい、嬉しかった。

でも、やはりチック症については心配なので、近いうちに医師相談してみようと思う。

娘を育てていると、知らなかった感情に、次々と出会います。その感情について、立ち止まって考えるまもなく、娘はどんどん成長していく。いつのまにか、私が予想できないようなことまで、するようになっている。

私がメソメソしていてはいけない。娘の方が、よほどたくましくて、面白い。そんな気がした誕生日でした。

2017-08-09

はいじめっ子だったのだろうか

私が高校生の頃、同じ学年に佐藤さん(仮名)という子が居た。私は2年生の時同じクラスになった。

佐藤さんはなんというか、普通ちょっと地味な子だった。派手なわけではないが、ダサいわけでもない。特別に明るいわけでも暗いわけでもない。卑屈なわけでも不遜なわけでもない。

彼女学校に来るのが早い方で、私も早い方だった。他に人が居なければ喋る。その程度の仲だった。でも私はその時間が好きではなかった。

彼女と話す時間はつまらなかった。でも何があんなに楽しくなかったのかは未だに解らない。誰かの悪口を言ったりする子ではなかった。普通に好きなアーティストの話などをしていたがつまらなかった。

他の仲がいい友達が来ると、解放されたような気持ちになった。彼女は他の子が登校してくるとすっと「じゃあね」と言って去って行ったからだ。

私は最初佐藤さんは誰とでも仲良くなる社交的な子だと思っていた。行動を共にする子がいつも違ったからだ。

だが段々とそれはどうも違うらしいと気付いた。彼女は誰とでも仲良くなれるわけじゃなく、特定の仲のいい子が居なくて彷徨っている子だった。

私と私の友人達は、口にこそ出さなかったが彼女が輪に入ってくるのが嫌だった。

放課後どこかに遊びに行こうなんて話して盛り上がっていて、彼女が私も行っていい?と入ってくると0.2秒くらいの間空気が凍った。

断る理由も無いのでいいよと言って一緒に行ったが、だからと言って次から積極的に誘いたいと思う事は無かった。

私の居たグループ?は20人くらいのうすーい繋がりのグループ

(AちゃんとBちゃん、BちゃんとCちゃんは仲良しだがAちゃんとCちゃんは話はするけど個人的にやり取りをするほど仲良くはない、みたいな)

その場に居合わせた人によってその日一緒に居る人が変わる、結構流動的なグループだったが、佐藤さんに対する態度だけは何故か一貫してた。

3年生になり佐藤さんとクラスは離れ、朝に話す事も無くなった。接点は無くなったわけじゃなかったが薄くなった。私の中で彼女存在は限りなく薄くなった。

とある学校行事彼女に久々に話しかけられた。何を話したかは覚えていないが、5分程雑談をして私は当番があったのでそう伝えて別れた。

すると一緒に当番になった子から佐藤さんと仲良いの?と聞かれた。私は仲良くはないけど、去年同じクラスだったから話す事はあるよと答えた。

当番の子はよかったと笑った。そして「今年初めて一緒のクラスになったんだけどあまり得意じゃなくて…」と続けた。

私はなぜかショックだった。当番の子は決して佐藤さんと仲良くするタイプの子ではなかった。強い接点を持つわけでもない人にさえ彼女は嫌われていたのだと知ってしまった。

私が通った学校平和学校だったと思う。皆毎日を楽しむのに忙しく、特定の人をいじめたり追い詰めたりする暇は無かったと思う。

佐藤さんの事も、皆得意じゃないとは思いつつ積極的にそれを口に出す事はしなかった。遊ぶ時参加したいと言われれば受け入れた。

でも彼女との交流はなぜだかとんでもなくつまらなかった。妙に苛々して、到底楽しい時間とは思えなかった。

声のトーンやテンションも仲のいい友達と喋る時とは明らかに違ったと思う。

から自分からしかけたり、遊びに誘ったり、手紙を書いたりする事は無かった。

佐藤さんの「仲良くなろう」という気持ちに応える事はしなかった。気付かないふりをし続けた。

あれはいじめだったんだろうか。

私達は誰も示し合わせたりはしなかった。不思議と皆が彼女を得意じゃなくて、でもみんなそれを口にしなかった。

当たり前だが暴力を振るったり、物を隠したりもしなかった。

でも今日はこのメンバーだけで過ごしたいなと思ったら佐藤さんの目を避けて打ち合わせをした事はあった。

「皆」の中に佐藤さんを含もうとはしなかった。含もうとすらしなかった。

私の楽しい日々の中に佐藤さんは不要だったからだ。

2年の学級文集にちょっとした文章を書く欄があった。

そこに佐藤さんは私と過ごした朝のひと時について書いている。

私が嫌々過ごしていた毎朝の10分少々が、彼女にとっては1年の思い出だったのだろうか。

卒業からもうすぐ20年経つ。あの時の友人の多くとはもう連絡を取っていない。当然佐藤さんとも。

彼女はあの後誰かと仲良くなれたのだろうか。幸せにしているのだろうか。

どうか幸せになっていてほしい。それだけは本心だ。

[] 「孤独と一枚切手と」

「俺に残されたのはこの一枚の手紙だけだ。しかし、だ。切手はどこだ?

切手がなければ、俺はどこにもこの手紙を出せないじゃないか。おい!切手よ!どこにいる!?

 彼は散らかった机の上をかき回した。しか切手は一枚たりとも出てこない。

彼はその後もなんども机の上も引出しの中も調べたが、そこにも切手は見当たらない。

もはや切手は失ったと思い、しかしそれでも諦めきれず、落ち着かず、

暗い部屋の中をうろうろとただ無意味に歩き回っていると、

どこからか声が聞こえた。

「……ああ、ぼくはここだよ……。遠い遠い国にいるんだ……。」

 切手の声だ。彼は確信した。きっての声を聞いたことはこれが初めてのことだったが、

彼はその声が切手である確信した。しかし部屋のどこを見渡してもやはり切手の姿は見えない。

「遠い国だって!?そりゃいったいどこだ!」

 彼はどこから届いた声かも分からず、部屋中を見回しながら怒鳴った。

すると、今度はどこからかしくしくと泣き声が聞こえてきた。

「そんなに怒んないでくれよ……おいら今すっごく不安なんだ……。

ここは遠い国だし……おまけにおいら一人ぼっちからさ……」

 それだけ言うと、切手はまたしくしくと気弱に泣き出した。

しかし彼はそんな切手の様子など気にすることもなく、また怒鳴って言った。

「おめえが泣こうが知ったこっちゃねえ!おめえが出てこないことには俺だって永遠にここで過ごすかゴミになるしかねえんだ!

切手よ、おめえはどこにいるんだ!遠い国っていったいどこだ!?

 しか切手はもう答えようとしなかった。ただひたすら、しくしくと泣き声がどこかから聞こえてくるだけである

最初は威勢良く怒鳴っていた男も、徐々に静かになり始め、仕舞いに彼も切手と同じようにしくしくと泣き出してしまった。

すると、先ほどまで黙っていた手紙がやっとこさ口を開いて言った。

「なにさ!封筒の奴!ちょっと前まで偉そうにアタシを口説いてたくせに!切手がいないと何も出来やしないじゃないのさ!

さあさあ切手ちゃん、そんなに泣かないで、アンタがどこにいるのかアタシに教えて頂戴ね?」

 しかいくら手紙が優しい声を出そうと、切手はただしくしくと泣くばかりで何も言わない。封筒もしくしくと泣くばかりで何も言わない。

そして手紙もやっぱり、仕舞いにはしくしくと泣きはじめるのだった。

2017-08-07

https://anond.hatelabo.jp/20170807162308

童(わらべ)のとき

語ることも童のごとく

思うことも童のごとく

論ずることも童のごとくなりしが

人となりては童のことを捨てたり

(『コリント信徒への手紙 一』13章11

他に楽しめるものが見つかったのなら、それでよいのではありませんか?

安倍総理は人を殺したくてしょうがないのか。

安倍総理は人を殺したくてしょうがないのか。この前の相模原殺人事件安倍要請があったんじゃないの。容疑者手紙にはその旨書いてあったよ。

https://anond.hatelabo.jp/20170807131410

手紙、読んでくれなかったの辛かったね。

多分だけど、苦しい気持ちの根源は子供を持てないことじゃなくて旦那さんが自分気持ち理解しようとしてくれないことじゃないかな。

この推測が合っているとしたら、旦那さんには辛いんだよって話をしてみたらどうかな。

もし私が経験したのと同じケースであれば、手紙を用意したり論理的説明をしたりするのは通じないから、ただ単純に「辛いから話を聞いて欲しい」って言うのが効果的だった。

あと意見を求めると黙り込んでしまうとか逃げるとかあるのであれば、「私はこう思うけど、あなたはそれでいい?」って自分意見を前面に出してしまうのもいいかも。

パートナー子供希望しない人のための会

夫が年下で俗に言う少年のような人柄だからか、いつまで経っても子供を持ちたがらない。私は35歳が近づいている。もつ/もたないの話し合いで夫婦仲を壊したいわけじゃないし、二人で真剣に胸のうちを話し合った結論子供なしならば、すごく残念だけど前を向く覚悟もできている。けれど夫はそもそも話し合いの席にもついてくれない。手紙を書いても返事もなく、手紙はずっと食卓放置されていた。(悲しくなって自分で捨てた)

最近はもう、子供云々ではなく、配偶者の悩みに寄り添うことができない夫の不甲斐なさに好意が薄れてきている。離婚は避けたい。良い人なのは十分にわかっているけれど、このままでいると夫が嫌いになってしまう。

海外ドラマを見ていると、ヤク中だったりDVだったり、困難から抜け出すための互助会で語り合うシーンがあらわれる。同じ境遇の人(しかも実生活ではほぼ触れ合わない人)に率直な気持ちを打ち明けられるのは魅力的だ。他人の頑張り方から学ぶ機会も多そうだ。

調べると、不妊にはそういった会があるようだ。子供を望まない配偶者のために自分希望を抑えて暮らす、そんな人たちの会はないかな。夫を嫌いにならずに、この苦しい気持ち昇華できたらいいのに。

続々、推し卒業を発表したこと

9月24日に真那さんの卒コンの日程が発表されました。

9月の終わり、もしくは8月の終わりに卒業するだろうな、と予想していたので、強くショックはありませんでした。

どんなに遅くとも11月生誕祭の前には卒業されるだろう、と。

慎み深い方なので、自身イベントをやって更に送り出してもらうことを、自身へ良しとしないだろう、と思って居ました。また、ダラダラとすることを好まないだろう、と。

覚悟をしなくては、と思って居ます

卒業発表をして、ソロ楽曲、そして卒コン

素敵な卒業です。じゃんけん大会と日程かぶりがやや気になりますが、たくさんの報道陣の方に卒コンについても報道してもらえると思います

ファンレターを書こうとして、思い出がぽろぽろと溢れてきて困って居ます

私は、いうなれば在宅のオタでした。

握手会には何度か、公演にも何度か入れました。美浜へ行ったこともあるし、外れてしまった生誕祭モニターで泣きながら見て居ました。

それでも、やっぱり在宅のオタクだったと思います

(いかんせん距離問題が大きかった、というだけです。)だから彼女へのファンレターは私には絶対必要ものでした。

便箋を選ぶところからまり構成メモ帳に、シャーペンの下書き、ペン入れ最後宛名を書いて郵便局からします。

便箋を選ぶ、そのことひとつとっても、とても大切でした。最初彼女に出すファンレター便箋メーカーを決めて、ずっとそのメーカーのもの使用していました。

握手会に行けない時には総選挙のおめでとうを手紙で伝え、彼女未来が明るく温かいものであることを祈りました。

いつかの握手の際、私はファンレター果たして本当に届くものなのか不安だったので、真那さんにファンレターを書いている話をしたことがあります

真那さんは私の名前を教えて欲しい、と言い、名乗ると便箋の柄まで言い当て、字を褒めてくれました。

ファンレターが届いている。

そしてそれは確かに真那さんの手元に行くのだと思うと、それだけで幸せなのに、真那さんは私が出したファンレターを覚えている、便箋の柄まで。

それは、私のドルオタ人生の中でも大きな大きな出来事でした。

公演にしてもそうです。

SKEが大きなコンサートを何度開催しても、公演に入れるということは、そうした大きなコンサートより思い出に残ることがあります

運の良い最前列彼女はまさに、シアターの女神

私の好きな踊り、指の先まで綺麗な。

目の前に推しがいる。

私は彼女キャッチフレーズ、M(A)S(A)N(A)に合いの手を入れることが大好きでした。人生で1番幸せだと感じる瞬間でした。

それをやれるのはこうした時だけ。

帰り際、お見送りを受けながら、私は彼女今日は本当に最高の日だった、応援してる、と早口で伝えました。

ありがとう〜、嬉しい!という彼女からもらった返事。生誕Tにも反応してくれて、何回もある事ではなくても、公演を観ることができたのは本当に幸いでした。

私自身は今後、ファンレターを書いて、8月11日握手会に参加して、そのあとは卒コンチケットをなんとか当てたい、と思っています

彼女の綺麗でそれでいて華やかな卒業を、私もまた見届けたいと思っています

卒コンが行われることは嬉しいですが、キャパは1万人のホールです。

わかりきっているのは、伝説コンサートになるということ。また、じゃんけん大会同日ということもあり、倍率は高いと思います

それでも、卒業コンサートをしてくれる事は、彼女アイドル人生にまたひとつ、素敵な記念碑が出来ること。

たくさんの後輩から慕われ、妹のような可愛らしい同期と輝かしい未来の為のコンサートを行える、運営の方に感謝しています

例えば、真那ちゃんは総選挙選抜に入るようなメンバーではありませんでした。

彼女の長いアイドル人生の中でも、総選挙選抜に入った事はなく、それでも安定した地位を常に保っていました。

ご飯を食べることが大好きで、表に出さないからこそ、理解されない苦悩も多く、またブログ不思議ちゃん、のような扱いを受ける事もありました。

でも、彼女彼女ファン運営の方が見ていてくれた事。その誠実に、何かを残そうとしてくれた事。

それは“誰かが投げたボール”。受け止める人がいる。

彼女卒業まで、またひとつ大きな記念碑が立ちます

私もそれについて、彼女卒業を見守りたい。

1つだけ聞きたい事があります

私はこれからSKE応援します、彼女の残した大切な場所を、また受け継いだ人たちを。

ただ私の推し大矢真那だけだと、言ってもいいでしょうか。

大矢真那以外に、私に推しはいません。

最高のアイドルだと、言ってもいいでしょうか。

2017-08-06

[]南極ゆうびん

南極ゆうびん

出したハガキ南極経由で春に届きます

投函したハガキは船で南極に運ばれ、NICT職員局長を務める南極昭和基地郵便局消印が押印されて、翌春に船で日本に帰ってきます南極から年に一度だけの大人気の郵便配達・・・自分やお友達にお手紙を出してみよう!(切手代は実費負担

夏休み特別公開終了後、南極ゆうびんのポスト7月26日8月31日(土日祝日を除く)の間、展示室(本館1F)に設置します。

一般郵便ポスト投函すると南極昭和基地郵便局には行きませんのでご注意下さい。

※お預かりできるのはハガキのみです。

https://www.nict.go.jp/summer-event2017/index.html

2017-08-05

安倍総理はもうだれか殺しちゃった?

安倍総理は人を殺したくてしょうがないのか。この前の相模原殺人事件安倍要請があったんじゃないの。容疑者手紙にはその旨書いてあったよ。

安倍総理は人を殺したくてしょうがないのか。この前の相模原殺人事件安倍要請があったんじゃないの。容疑者手紙にはその旨書いてあったよ。

安倍総理は人を殺したくてしょうがないのか。この前の相模原殺人事件安倍要請があったんじゃないの。容疑者手紙にはその旨書いてあったよ。

猫さん死んじゃったよ(泣)

20年生きたよ

20年前自分20代後半

気が遠くなるくらいむかしだよ

喧嘩もしたし、引っ越しもしたし、怪我して心配もした。

でも最後は平日早朝5時前に家族に見送られ他界

子どもたちは猫さんよりはるかに年下

でもみんなで最後みとったよ。

小2の娘は死ぬ1周間に猫耳カチューシャ欲しがった。

どうも猫と話ができると思ったらしい、

猫耳カチューシャで猫と話ができなとわかると今度はサンタさん

手紙書いた。

猫さんと話ができるカチューシャほしいと。12月プレゼントいらないからって

いろんないみで人生結構大半を一緒に過ごした相棒でもあった。

今は、「がんばったね、ゆっくり休んで」と伝えたい。

それと、「ありがとう」という言葉

2017-08-02

完全にDVだった(8/2追記)

元彼は前の職場で知り合った2つ年上のカメラマンで、いつもニコニコしてるんだけどいまいち何考えてるんだかわからない、みたいなエキセントリックサブカルくん的雰囲気の人だった。

私含め美大卒の世間知らずな女とか、箱入り娘みたいな子には局地的によくモテた。

最初から気になっていたのでこちからデートに誘った。

新橋居酒屋焼き鳥を食べながら「前の彼女最後ちょっとメンヘラっぽくなっちゃって」と言われた。

1年付き合って、その間彼女から何度も「もう別れる」と迫られ、じゃあ別れようってなったら翌日に泣きながら縋ってきて、メンタルがズタズタになって半年前に別れたと言う。

誕生日とか記念日は気にしないけど、なんでもない日に花を贈ったりするの好きかも、と照れながら言われて、それにやられてしまった。

すぐに私から好きだと言って付き合った。




付き合うと、1日に4回とか5回電話がかかってきた。何してるの?と聞かれて1人で買い物と言うと、「ちょっと付き合って」と実家で同居してるお母さんの愚痴とかを延々喋る。

そろそろ、と切ろうとすると「寂しいからもうちょっと」。好きだったので、可愛い!と思った。

買い物どのくらいで終わる?と聞くから「1時間くらい」と答えると「えー長い」と冗談ぽく拗ねられた。

じゃあ30分、と言って本当に30分で済ませて電話すると、彼は落ち込んでいた。

躁鬱だというのは付き合う前にちらっと聞いていたのでそんなに戸惑わなかった。

「もうだめかも。何も食べられない」と言うので話を聞いたけど事情がよく分からない。

大丈夫、よく頑張ってる、ちょっとずつ食べてみてと励ました。電話は途中から無言になってやがて急に切れた。

翌日何もなかったようにご機嫌なテンションLINEがきて、そこには「きみに救われてる。大好き」と書かれていた。

私は池袋ジュンク堂双極性障害の本を買いに走って、その日に何冊も読んだ。



悪い癖で、私は待ち合わせによく遅刻した。

○分遅れますごめん、と連絡を入れると、10件とか20件、「おそい」「なにしてんの」「つかれた」とLINEがきた。

完全に私に非があるので、会って謝った。長く待たせてしまった場合は当然カフェお金も出した。

ただ、向こうも向こうでよく遅刻した。待ち合わせ時間に連絡がないので電話したら寝ていたこともある。

彼の体調次第でその日に行ける場所が決まるのと、途中から鬱が悪化してしまって彼は仕事をほぼしていなかったので、

前日に行こうと話していた場所に行けず、当日の朝になって「今日は○○の駅までしか行けない。マック一択」という連絡がきたりするので結構困った。

さすがにデートマックばかり続くのは嫌だから、私がお金を出してできる限りのところには行ったのだけど、途中で彼が黙り込んでしまうことが頻繁にあった。

機嫌が急に悪くなって、何時間も一切口をきいてもらえず、ただ後ろをついて歩くだけの日もあった。

あとから、彼の体調がよさそうなときに「あれは嫌だった」と伝えると、「ごめん。傷つけた」と真摯に謝られた。

そういうときにばかり「大切に思ってる」「愛してる」と言う人だった。



付き合って半年経つころには、携帯ナースコールみたいになっていた。

仕事をしていても、寝ていても、「もうむり」「たすけて」という連絡がきたらLINEを返した。電話にも出た。

私が連絡に気づかないと彼はスタンプを連投してきた。一番多いときLINE1000件きた。

一時期、彼が家でお母さんと喧嘩するたびに物を壊してしまうと言うので、彼の実家まで話をしに行ったこともある。

電子レンジを壊されたとお母さんは言った。お母さんもお母さんで相当参っていた。

彼の病気のことを説明して、物には当たらないことを彼に約束させた。

彼の病状を理解したくてカウンセリングもついていった。

ある病院では確かに双極性障害の傾向が強いと言われ、別の病院では強迫性障害だと言われた。

自分の状況を説明するとき、彼はとても穏やかに、自分いかに辛い思いをしているかを話した。

物に当たるのは一種自傷行為だと言ったお医者さんがいて、彼はそれを聞いて強く納得していた。

一時期は我慢できていた物に当たる癖が、それからまた頻繁に出るようになってしまった。

「お母さんも怖がるし、物を壊すのはやめよう。話はきちんと聞くから」と伝えても、彼は「俺は傷ついてる。これはリスカと同じで自傷なんだ」の一点張りだった。



書ききれないことが山ほどある。

急な仕事が入ってしまってデートの日程を変えてほしいと伝えたら、「裏切り者」「そんなに仕事大事か」「ひどい女だ」と罵倒されたこと。

体調を崩すだけで責められたこと。「浮気ちゃうかもよ」と軽い冗談を言ったら胸ぐらを掴まれたこと。


心労が重なって職場を離れることになったとき、「お前に負担をかけた会社人間を殺してやる」と彼に言われた。

あなた負担なんです、とは言えなかった。彼も病気と闘っているのに、そんな言い方はできない。


別れ話は1度だけしたことがある。でも、彼が心配になって翌日に連絡してしまった。元カノと同じだと思った。

私は彼のことが死ぬほど好きなつもりだったけれど、これはただの共依存なのだとしだいに分かってきた。




ある日ふと、死んだほうが楽なんじゃないかと思った。

いつか彼のことが手に負えなくなる予感はあったから、そうなる前に死ねたら幸せだと思って、夜、歩道橋の上から車を見ているとおまわりさんに声をかけられた。

職質は生まれて初めてだった。死にそうな人はちゃんと分かるんだなと妙に感心して階段下りた。


さすがにまずいと思って友人たちに相談した。

全員「別れろ」「逃げろ」「死ぬな」と言った。

「本当にめちゃくちゃ彼氏が好きだとしてもお願いだから逃げろ」と言う人もいた。

彼と一緒にいられるなら全生活犠牲にしてもいいと思っていたけれど、本当にそれでいいのかと考えるようになった。

友人のひとりが「きみの人生を生きてほしい」と、歌詞みたいなことを本気で言ってくれた。



別れ話をしたあとも、メール手紙は来続けた。けれど、一度冷たくしたらパタリと止んだ。

別れて、彼に対しての愛情が完全になくなってから半年経つ。

SNSで偶然名前を見てしまっても、過去写真が出てきても、もういまは何も感じない。

ただただ、よく生きて仕事行ってたな自分、と思う。

暴力を振るわれたことは一度もない。けど、今日たまたま調べていて確信した。

ドメスティック・バイオレンス(DV)とは | 内閣府男女共同参画局




完全にDVだった。目が覚めた。

あの日に死ななくてよかった。おまわりさん本当にありがとう





※追記

夜中にダーーッと勢いで書いたのでこんなに読まれて驚いている。ありがとうございますブコメトラックバックに関して少しだけ。

・「DV」は拡大解釈では?

モラハラだけどDVではないんじゃないの、って話ですよね。

彼は他にも怒るときに大声を出す、したくないときセックス要求してくる(断ると「失望した」「信頼できない」と罵倒される)、彼に設けられた門限を私がオーバーすると「心配してるのに」「もう死ぬ」と連絡が止まらなくなるなど、こちらの恐怖心を煽ってくることが日常的にあった。

「別れたらこの人はだめになる」という強い思い込みと、どうせ別れられないという諦めも常にあった。

……ので、これはDVというくくりが適切じゃないかと思ったんだけどどうでしょう

他にもこういう経験をしたことのある人、周りにこういう関係カップルがいる人の話ももっと聞きたい。文中で書ききれなくてすみません

・なんでそんなやつを好きだったのか

よくも悪くもアーティスティックな人だった。お世辞を言わないのと、自分に自信があるのがよかった。

いま考えると、彼に振り回される→その都度それを解決する(対症療法しかないが)→彼に「やっぱりきみがいないとだめだ」と言われる という刺激に依存してたんでしょう。

気持ちをガタガタに揺り動かされるのを「強烈に好き」と脳が勘違いしてたんだと思う。

増田も病んでるよね

自己肯定感は確かに低い。自分でも共依存だったと自覚してる。

はいままで付き合った女の子みんな数ヶ月ももたなくて、例外的に1年もった前の元カノは「絶対に怒らない死ぬほど優しい子」だったと話していた。そりゃそうだと思う。彼女がいま似たような男と付き合っていないかだけが心配なので、どうか幸せになっててほしい。

・結局捨てたんだよね/育てればよかったのでは

2年のあい人間関係制限され続けて満足に1人で外出も眠ることもできず(電話かかってくるから)、病院にも仕事探しにも何度も付き合って、それでも罵倒してくる人とまだ付き合おうと思える理由があったら教えてほしい。

・その後元気か

元気です。1人でのびのびと買い物したり仕事できるってすごいなと毎日感動してる。

心配してくれた人ありがとう、もしも周りにこういう人間がいたら目をかけてあげてください。死ぬほど好きと思い込んでるうちはなかなか言うこと聞かないと思うけど、どうかお願いします。

2017-08-01

同人活動自体、体力と手間暇に余裕がある人だけができることだが

anond:20160906183744

 

とらは事前納付や予約販売をうけてくれ、、これも買い手にとって取り置きによく似た利益があるシステムにはなっており「ついうっかり会場で見かけて買っちゃった」ことのペナルティがちゃんと買い手にいくようになっているので、そちらに誘導した方が良いと思う。35%の手数料上乗せの通販価格若い人には痛いかもだけど、第三者が入って客観化できる。

というか、昔はイベントで買い逃すと自家通販しか入手できなくてな、そのときのルゥルがもうくっそめんどくさかった。取り置き要望はあの「同人作家個別通販作業スタッフをかかえていた時代」に戻れという要望なんだから、やはりあの時代の知恵の結実であるとおり「自作宛名シールと送料分の切手定額小為替を同封して申し込め、既刊感想手紙時候あいさつ付)も必須」にすればイイと思うよ。あーとらの手数料が35%くらいで済んでほんとによかったー。

会社名を検索すると検索候補ブラックと出る

ミラクルリナックス」で検索すると関連する検索キーワードに「ミラクル リナックスによって不幸のどん底に落ちた人から手紙」っていうのが出てきてレベルの高さに変な笑いが

2017-07-31

やっぱり物はい

デジタル社会だけど、やっぱり手に触れられるということは心身ともに充実する。何か物に触れていたい。触れると安心するし実感がある。指先から伝わってくる感触とか、五感と言われる感覚から得る感触って、人間必要ものなんだと実感している。例えばメール手紙メールを書くことを1とすると、手紙は5だ。手紙の方が労力が多い。動員する感覚が多い。至る所の感覚を使って手紙を書く。文字のハネや間隔、行間などを気にする。メールでは自動から気にしない。アナログ自分で処理する作業が圧倒的に多い。こういう五感を駆使することって人間必要デジタルになってそれらの感覚を使わなくなることは退化に繋がると思っている。

メールだって指で打つんから感覚使ってんじゃねーかって?確かにそうだな笑 でもアナログより様々な作業量は格段に少ない。道具は使わないと錆びていく。人も同じだ。使わなければ退化していくんだ。

2017-07-28

仕事辞めてから人生楽しい

先週会社を辞めた。

理由は色々あるけど、辞めたまでの経緯とか辞める過程とかは、正直普通すぎてそんなに面白くないので割愛

とりあえず仕事辞めた後の変化、学んだことについてちょっと書いてみる。


①金で幸せは買えないし金なくても人生楽しい

もちろん貧乏は不幸だけど、金持ち幸せかと言ったら全くもってそうではない。

前職は比較的高給だったので、金持ちに囲まれていたが、みんな目が死んだ魚のような顔をしていたし人生辛そうだった。

自分比較的良い給料もらっていたけど、かなり不幸だった。

激務とパワハラで疲れ過ぎて、旅行行く気力もない。週末はとにかく寝る。

高級店で美味しいもの食べても、味覚が狂っているため、味がしない。

綺麗な景色や、お金出して舞台を見ても、疲れで全く感動しない、それよりも寝たい。

大事友達手紙を書く時間もないので、友達は減る一方。読みたい本を読む時間もない。


今はお金はないし、なんならニートデビュー2週間目突入

おかずは基本的納豆だけど、味覚が戻ってるから普通にめっちゃ美味しい。

特に梅干しオリーブオイル海苔納豆めっちゃ美味しいから皆やった方がいい。

綺麗な景色見に行かなくても、部屋から見える空とか、花屋さんのお花とかで十分綺麗。

趣味は、友達手紙書いて送ったり、積ん読の本読んだり、ブックオフの100円コーナー漁ったり、DVD借りて映画見たり、自転車乗り回して遠出したり、古い絵の具を引っ張り出して水彩画描いたり。

全部大してお金からないし、むっちゃ楽しい


②優しい自分が戻って来る

仕事辞めて数日経ったら、昔の自分が戻ってきた。

人に優しくできる。せかせかしない。嫉妬とかの感情が全て消える。愚痴が減る。

自分の不幸自慢も妬みも嫉妬も何もかもなくなる。電車の中で老人に席譲る余裕も出てくる。友達が待ち合わせに遅れても全然イライラしない。

自分幸せから周りの人間幸せを願える。

「あれ、自分ってこんな適当人間だったんだ」とか「あれ自分意外と優しいな」とか発見をしたりと、とても面白い

そんでもって「人に優しくすると、こんなに人生楽なんだ」ということに気づく。周りの人って実はめっちゃ優しい。



③逃げるは恥でもないし役に立ちまくる

逃げたことを伝えた際に、一番多かったコメントは「すごい」。

「うわ残念だなこいつ」という反応よりも、武勇伝のように扱われることの方が多い。

自分の周りだけかもしれないけど、逃げたいのに逃げられない人が多いのだと思う。

逃げる前には、周り(特にご年配の方)は、逃げるな!諦めるな!みたいなコメントも多かったけど、

逃げた後にわかったのが、「やっちゃいけない逃げ」と、「やった方がいい逃げ」があるってこと。


やっちゃいけない逃げは、「やってみたいけど怖いな〜」ってやつとか、「もう少しで達成出来るけどしんどいな〜」ってやつ。これはやれ。逃げるな。

やった方がいい逃げは、「ん、これ続けても意味なくない?」ってやつとか、「これやり続けたら死ぬ・・・」ってやつ。

時間無駄だし、そのうち精神死ぬから、気にすることなく逃げた方がいいし、逃げた後に満面の笑みで「逃げた!!!!」と報告すれば、意外と周りの人間は喜んでくれる。



職場に対する愛着とか心配とか不要

辞める前は、「今いなくなったら迷惑だよな・・・」「辞めたら悪口とか言われるんだろうな・・・」と思って心配していたけれど、辞めてしまえば、どうされようが全く気にならない。

聞く話によると、職場はかなり迷惑を被ってるらしく、仕事は回らないし職場お通夜状態らしい。でもそれは辞めさせた職場が悪い。

辞めて欲しくないなら、仕事減らしてパワハラとか辞めてくれればいい話。

そういうことしないから辞めたんだから責任転嫁していいと思う。

悪口も言われてるらしいけど、ぶっちゃけ関係ないし、害もないから、何言われようがどうでもいい。

しろ、「そんな環境もっと長くいたら自分も同じような悪口言う人間になってたんだな」とか、「妬み乙」とか、「狭い世界に住んでるな・・・」ぐらいにしか思ってない。



⑤みんな絶対天職あると思うから自信持っていいと思う

あと自分の夢は「生涯現役」「週7日楽しい生活」なんだけど、

前職では定年になったらクビになる匂いしかしなかったし、週2日楽しいどころか、週7日地獄だった。

から辞めようとは思ってたんだけど、踏ん切りが全然つかなかった。


から、仮病使って仕事休んで、周りにいる生涯現役勢(自営業の人、定年後執筆活動中の人、等々)に話しを聞きに行った。

そういう人が全員言ってたのは、「仕事楽しい」だった。


あと名作と呼ばれる有名な映画とか本とかめっちゃ見た。

ヒットする作品テーマって基本的に「天職とかあるから、やりたいことを死ぬ気で頑張ろう」とか、「人生いか自由になろう!」とか、「忙しい毎日から脱出して、生きたいように生きよう」っていうのがすごく多い。

多分みんなそれをやりたいけど出来ないからヒットするんだと思う。


色々見て聞いた結論、とにかくやりたいことやってると成功するかもしれないし、成功しなくても多分後悔なく死ねそうだなと。てかやらなきゃ後悔するなと。

てなわけで辞めて、とりあえず溜まりに溜まったやりたいことをこなし中。



とにかく、やりたいことやっていいと思う。人生一度きりだしね。

父の新しい趣味

昨年、父が定年退職した。

父は40年以上ずっと運送会社で働いていた。趣味も車で、休みの日は必ずドライヴテレビも見ない、本も読まない、ネットもやらない。昔はよく料理をしてたけど、今はぜんぜんしてない。

学生時代映画監督になりたかったらしい。だからだろうか、私が小さいころはよくカメラを持ち歩いていろんなもの撮影しまくっていた。8ミリハンディカム? くわしいことはわからない。とにかくビデオカメラで何でも撮ってた。旅行運動会七五三etc

でもいつしかそれもやめてしまった。それからは車一筋。ドライヴけが人生って感じだった。

私は父が心配だった。そんなんじゃボケちゃうよ。それにいくら車が好きだからって、もうなるべく運転は控えて欲しい。年なんだから

父はひとりで暮らしている。母は私が2才の時に癌で亡くなった。それからずっと父娘で暮らしてきたが、私は3年前に26で結婚して家を出た。

私は父にノートパソコンプレゼントした。父が車以外のことで時間を潰せるようになればいいなと思って。オンライン将棋なんかを勧めてみた。それが半年前。

で、驚くべきことが起きた。父がパソコン動画編集にはまってしまったのだ。

映画青年の血が騒いだのだろうか。父は短期間に相当な知識技術を身に付けていた。

スポーツカー ベスト10』なんていう2分ぐらいの動画を作ったりしてる。ランキング形式で車の映像が流れるのだ。

その車の映像、どうやって手に入れた!? BGMもついてるし、解説テロップも入ってる。文字がボヨーンと飛び出したりして。すげー。

いやー、よかった。これで老後の趣味ができたねー。

なんて、安心してたのも束の間。

なんと父は私の小さい頃の映像編集し始めたのだ! ねえ、その古いテープ達、どうやってパソコンに取り込んだの?変換とかできちゃうもんなの?とんでもない機材とか買ってない?大丈夫?散財してない?

その手の知識が全くない私はとにかく心配心配で。こんなことは簡単に出来ると父は言うのだけれど。本当だろうか?

そんな父から、先日、DVDを渡された。なんとそれ、私の思い出ムービーだっつうじゃないですか。いやあ、さすがに身構えた。

で、観たんですが、これがかなりぶっとんでまして。。よく言えば前衛的。はっきりいうと、めちゃくちゃ。

映像はいきなりビデオレター風に始まる。どこかの山の登山口にひとりで立つ父。カメラの前でぎこちなく笑いながら手を振ってる。テロップが出る。

なぜ高尾山!? どういう意図があるの?しかもこれ、三脚立てて一人で撮ったの!? 松居一代スタイル!?

父が私に呼びかける。

  • 覚えてますか~、ここは大昔に君とふたりで来た山です!

そうだっけ!? ごめん、覚えてない。。あ、でもなんか、すごく小さい頃、山の中でゴンドラに揺られたような記憶が、あるような無いような、、あれが高尾山

そこでなぜかBGM

永ちゃん!?なぜそのチョイス!?明るい山並みとぜんぜん合ってないよ。。完全に夜景向きの曲じゃん、、、

映像が変わり、実際に私が緑の中を歩いてる場面が流れる。すごくちっちゃい。たぶん幼稚園のころだ。何だかぐずっている。カメラの奥から父の腕がにゅっとのびて、私を抱き上げたところでフェードアウト

今度は私が運動会で走ってる映像が流れ始める。

これは良かった。なんと幼稚園から小学校5年までの私の徒競走映像ちょっとずつ繋いであるのだ。(ちなみに6年の時は休んだ)

走りながら成長してゆく私。たまにスローになったりして。かっこいいじゃん!BGM爆風スランプじゃ無ければさらに良かった。次から音楽担当は私にやらせて。

そっかー、父は毎年、私が走るところを必ず撮ってくれてたんだね。

そのあとも、七五三海水浴さくらんぼ狩り学芸会、お誕生日会と、まあ懐かしい映像が次々と。知恵熱が出そう。

さて、問題はここからですよ。再びカメラの前に現在の父が登場。

なんと私が小2の時に書いた手紙カメラの前で読み上げやがった!

完全に松居一代じゃん! 暴露ノート的なやつじゃん!もしかしてオマージュ!?影響受けたの!?

しか手紙文章テロップに起こして、ピアノBGMなんかつけちゃって、映画エンドロールみたいにして晒すという、、、まさに鬼畜所業。。

  • パパへ

おたんじょうびおめでとう

パパのオムライスが好きです

ごはんを食べるとき

パパはおもしろいはなしをたくさんしま

わたしケーキ屋さんになったら

たくさんケーキをたべてね

食べ物の話だけかいしかもこれ、テロップにする意味ある!?

ビデオはここで終わる。いやー、すごかった。いろんな意味で。

手紙、ずっと持ってたんだね。

私、ケーキ屋になりたかったんだなあ。ケーキ、作ってみるか。よし、今度作って父に食べさせよう。

代わりにオムライスを作ってもらおう。あれはね、世界一うまいんだ。

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