「新刊」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 新刊とは

2018-02-21

同人誌買うのに値段は見ないっていうけど

私は見るなぁ。


同人誌買うときって予算を決める。

そりゃ私が大富豪ならジャンル内全ての同人誌を端から端まで買うけど残念ながらそうではないので予算必要

その時の金銭状況によるけど大体いつも1万くらい。

1冊500円として1回に買える本は20前後かなぁ。


でもイベントに行った時の新刊20冊どころじゃない。

サンプルチェックしまくってリストを作る。

欲しい本が50冊。

30冊オーバーだ。

そこで優先順位をつけることになる。

絶対欲しい本

②割りと欲しい本

③まぁまぁ欲しい本


大体の場合①の時点で予算いっぱいいっぱいになる。

そういうときは②と③のものは買わない。

①の中でも激しく予算オーバーしたり、①+②(のうち数冊)しか買えなそうなときは泣く泣く削ることになる。

内容はもちろん吟味するけど、大体どれも甲乙つけがたい。

絶対欲しい本なのだから本当は欲しいのだ。

でも駄目。予算

その中でも優先順位をつけるが、値段も考慮する。

正確には値段に対するページ数、コマ数などだ。

値段に対する満足度が得られそうか、で足切りを行う。

うその辺は今までの経験と勘。あとはサンプル以外の作品チェックして作家性や作風を見る。


それでも作家自由に値段をつけていいよ。

例外的に値段も中身も一切見ずに絶対に買うリストに入れる作家もいる。

一度買って満足度がとても高かったらそうなる。


まぁ何が言いたいかよく分からなくなったけど、私はそうやって買う。

基本的に、値段は見るよ。

2018-02-20

継続は力なり

駅前本屋で発売日から二列で平積みされてるファイブスター新刊が全く売れてなくて「そりゃあなあ・・・」と思った。

数年ぶりに同人世界に戻ってきたら気味の悪いことになっていた話

私は二十数年ほど前に腐の道に足を踏み入れたオタクである

書店あくま一般的大手書店)で好きな漫画の絵が表紙に描かれている「公式アンソロジー」とやらを見かけ

わず手に取り、同人誌というもの存在を知らされてしまった世代といえば、心当たりのある方もいるかもしれない。


当初は晴海に足を運び、会場が変わってからビッグサイトに足を運び、ナントカ会館等で開催される小規模なオンリー

コピー本を携えてサークル参加デビューを果たし、当時は割と楽しく活動していたと記憶している。


その後、活動していたジャンルの衰退、進路云々という人生選択等も重なり、自身創作してイベントに参加することが

自然となくなった。友人スペースの手伝い程度。それも楽しかった。


当時はTwitterpixivもなかった。



ここまでお読み頂いて「もしやこれは中年の懐古を元にした愚痴なのではないか」と思われた方。

恐らくそうなので、何か違うと思ったら閉じて頂いて構いません。




とあるジャンル同人世界に戻ってきたら面倒なことになっていた


2010年代に入り、個人的には転職をして少々生活が落ち着いた頃、とあるジャンル創作活動をしてみたくなった。

そこで遭遇したのが下記の面倒事だった。


慣れ合い、擦り寄り慣習


情報発信手段としてTwitterが主流になりつつあったので自分登録して同ジャンルの人々をフォローしたのだが、

あちこちでムダな慣れ合いや擦り寄りが日常的に発生していた。


創作者同士による「え〜〜◯◯さんの方が上手ですよぉ〜〜」的社交辞令

 こういうことを言い合う人たちはだいたい心の中では自分の方が上だと思っている

・壁や誕席に配置される創作者(一部商業作家を含む)へのあからさまな擦り寄り

 その時のジャンルには商業BLへの進出を狙う野心家も多かったため、奴らは必死だった

・良配置を得た創作者の「はわわわ〜〜私なんかがこんな配置を〜〜!!何かの間違いです〜〜!!!

 当日は私は無視してください〜〜〜!!!」という心にもないムダ謙遜

 本当に無視したら今度はすねて「どうせ私なんか…やっぱり実力もないのに…」って構ってネガするくせに

・付き合い上、特に欲しくない本を買わなければいけない雰囲気

 正直な話、あなたツイート面白くてフォローしているけれどあなた創作物が欲しいわけではない、という相手もいる


こういうことを書くとだいたい「じゃあ付き合いをやめればいい」という意見が出るのだが、一度繋がってしまったもの

それこそジャンルごと変えるでもしない限り安易に切りにくい、という事情もある。もちろん私自身の性格起因もある。

そこはどうしても平行線議論になるので、いろいろな意見もあるよね、に留めておきたい。

どちらかが正しいということではないと思うので。


ありがたいことに何年か活動を続けているうちに、個人的な繋がりのないところから私の創作物を気に入ってくれる人が出てきたり

BLであったにも関わらず男性の読者さんがついてくれたりして、それなりのやりがいも感じられていたのだが

あるイベントの終了後、急激に「なんか疲れたな…」という気分に襲われ、フェードアウトする形でそのジャンルでの活動をやめた。



どうでもいい話だが、そのジャンルには大学在学中にデキ婚出産した当時20代前半の専業主婦創作者がおり、

かにつけて「大学では◯◯を専攻していて〜就活も本当は△△(大手)を目指してて〜〜」などの「私はバカじゃない」主張や

そうかと思えば「あたしおかあさんだから」的ツイートで既婚子持ちマウントを取ろうとしてくるので、非常にうざかった。

彼女には嫌いな創作者がいて、何かにつけてはその相手ディスり「だから◯ちゃんで叩かれるんだよ…」などとツイートしていたが

彼女自身もまた◯ちゃんで叩かれていた。二人とも今頃どうしているだろうか。もう30代のはず。正直どうでもいい。



■別のジャンルで数年ぶりに同人世界に戻ってきたら気味の悪いことになっていた


さて、それから数年、本当に何の創作にも関わらずにただの漫画アニメオタクをしていた私に、また新たに興味を持てるジャンルが現れた。


久しぶりに「沼に落ちた」という表現が出来るほどのジャンル出会った私はそのジャンル専用のTwitterアカウントを作り、

同じジャンル好きな人達と繋がり、たまに自分で描いた絵をツイートに貼り付けては一般人にふさわしい数のRTいいねを頂いて

楽しくやっていたのだが、ここでもまた面倒なものが目に入るようになってきてしまった。


慣れ合い、擦り寄り慣習

以前いたジャンルよりもさらにひどい(※個人の感想ですものだった。


私がそのジャンルに落ちた時、既にそのジャンルが盛り上がり始めてから一年以上が経過していた。

その間に何が起きていたかを察するに、


1.元作品の発表当初から二次創作をしていた人が「偉い」という風潮

2.「偉い」人の創作しているCPで新たに創作をしたければそいつに気に入られなければやっていけないという空気

3.そもそもその「偉い」人の創作物を皆が好きで当たり前という空気


下記に簡単解説するとこうなる。


1.元作品の発表当初から二次創作をしていた人が「偉い」という風潮


私もジャンルに足を踏み入れた者としてはド新参なのだが、創作者を中心にあちこち古参に「私など新参ですから」と

謙遜して回らなければいけない雰囲気蔓延していて、辟易するのに時間はかからなかった。

全体的なジャンル雰囲気としては「ご新規様歓迎!あなたもこの作品を見てください!」という呼び込みも多いのだが、

創作者に目を向けるととにかく新参が頭を垂れている様を目撃する。

そのジャンルには商業作家はあまりいないのだが、「偉い」人は「先生」などと呼ばれて崇め奉られているのだ。


気味が悪い。


2.「偉い」人の創作しているCPで新たに創作をしたければそいつに気に入られなければやっていけないという空気


ジャンル内で「偉い」とされている創作者の中でも、一番の人気CP活動している一番「偉い」とされる創作者が存在していた。

一番の人気CPなので、後からハマって創作を始める人の中にもそのCP活動したい人が多い。

彼女らが何をしているかというと、


・その「偉い」人をまずフォローし、

・「以前から拝見していました!ファンです!!」という挨拶で忠誠を示し、

・「偉い」人が何かツイートする度にRTして空リプで崇め奉る


という、もはや偉い人の宣伝媒体となることによってそのCPでの活動領域を得るということだった。


気味が悪い。


3.そもそもその「偉い」人の創作物を皆が好きで当たり前という空気


1および2から、「偉い」彼女創作物は「読みたいから読むもの」というよりも「礼儀として購入し、読んだら褒めちぎるもの」という

何だかよく分からないものと化していた。


気味が悪い。


私自身、ハマったCPは前述の一番人気CPだった。

だが、「偉い」人の創作物は正直あまり好きではない。もっと言うと、その「偉い」人自身が好きではない。

知り合いなの?と聞かれれば、いいえ違いますということになる。

知り合いでもないのに嫌いなの?と聞かれれば、「あなたにもいませんか?知り合いでもないけど好きではないなと思うタレントとか」と

いうことになるが、とにかくその「偉い」人の発言の端々に自分とは合わないものを感じてしまい、受け付けないのだ。


ただ、推しCP推しCPである以上、どうしてもTLにRTいいねさらには空リプまで含めて彼女を崇め奉る空気蔓延する。

そこで私は彼女アカウントIDペンネーム、「先生」という単語まで含めて、彼女の影がTLに現れないように徹底的にミュートした。

それでもイベントが近づけば彼女新刊に関連すると思しき新たな単語がTLに発現するので、それをミュートする…ということを

繰り返している。もちろんはじめからフォローもしていない。信者からすれば、私は不心得者だろう。



これもどうでもいい話だが、ここまで崇め奉られる◯◯先生とやらはどんな人なんだと思ってググってみたところ、

見事に◯ちゃんで叩かれていた。なんだ、皆が皆崇めているわけではないのだなと思うと同時に、表向きは信者に見えるあの人やあの人も

心の底ではどう思っているかからないのかもしれないな、と思い、そっとブラウザを閉じた。



そんなこともあり、私は現在身をおいているジャンルではある意味中途半端創作を続けている。

たまに描いた絵をツイートに貼り付けてみたり、ある程度まとまったらpixivに載せてみたり、それで満足だ。

心優しい人からイベントに出てほしい、本を読みたいと声をかけて頂けることもあるが、上記の気味の悪い風習がなくなるか、

偉い先生とやらが去るまでは御免被りたい。

先生とやらは自己顕示欲自己評価承認欲求の塊のようなお方とお見受けするので、ジャンルが盛り上がっていて

適当キャラクターセックスさせて崇め奉ってもらえるうちは去ることはないだろう。


昨今、同人誌価格設定創作活動における人間関係に疲れる等の記事拡散されているのをよく目にする。

私はそうした疲れを感じたくはないので、今のままでいようと思っている。

2018-02-19

同人価格付け問題について思うこと(少数派意見だと思う)


定期的に起こる同人誌(グッズ)の価格設定について思うことです。

結論から言うと

各自好きなように価格設定すればいいじゃん。」です。

それを、以降つらつら書いてます

前提として、私の大体の同人スペック

・歴5年くらい、斜陽ジャンル/マイナー寄りキャラクターCPメイン

オンリーイベント(が開催されることがあるという程度のマイナーさと思ってください)で

 新刊を50〜100部刷って、イベント終了時までに完売するか1020冊くらい残るか、くらいの規模及びその程度の人気のサークル

・大型イベント(コミケのような総合ジャンル即売会)はほとんど参加しない

・平日は普通会社員として勤務&残業が多い職種。の合間をぬって同人活動してます

こんな感じです。

私の基本スタンスは「自分が楽しく同人活動を続けられるかどうか」

よく学級会になる「大手価格を下げると中堅以下が苦しくなる」「これに対してこの価格?儲け主義かよ」この辺は自分にとってどうでもいいです。

各自自分のやれる範囲でやれるだけのことやればいいんじゃないの?

自分客観的に見て大手〜中堅寄りなのか小手・ピコ寄りなのかはわかりませんが、他人のことは、一旦どうでもいいです。

自分が楽しんで同人を続けられること」が第一優先です。

まりどういうことかというと、私の場合

あくま同人活動趣味範囲という認識

・1人でも多くの人に手に取ってもらえる方が嬉しい

基本的に平日は忙しいので通販はできない(平日でまで自由時間を削りたくない)、頻繁にイベントに参加できない

 =通販・他イベントで売ることも見据えた長期的に見たときの多くの黒字、より、その場で捌けて多少の黒字が出る(もしくは印刷代がまるっと返ってくる)方が楽だし助かる

という感じなので、それを叶えようとすると、

自分の中でその日捌けるかどうかの瀬戸際を攻める部数で

・且つイベントで手に取りやす価格設定

するしかないわけですね。私の価格設定基準は大体ここです。

その日のうちに捌けてくれると、精神衛生上も「いっぱい出たな〜!」という気持ちになるし、

在庫家に送らなくて済むので会場から宅急便代はかからないし、帰りの荷物もその分軽いし、非常に気持ちがいい。

ぶっちゃけ小〜中部数で価格は抑えめなので、黒字ほとんど無いか赤字ばっかりですが、

あくま趣味なので利益が出ず、旅費や参加費含めた時に最悪多少マイナスでも「趣味でやってることだし楽しかったし交流できたし」でいいかなって。

企業主催ユーザーの完全受動型のイベントに参加するのとそんな変わりません。

二次創作同人ってキャラ権利とかを拝借して勝手にやってることですし、

あくま自分お金を落とす側(あわよくばちょっと黒字だとものすごく嬉しいくらい)かなと思ってます

そんなにイベントも出れませんし。地方勢なので。

自分で書いておいて、商売下手かよ、と思います。(※同人商売して儲ける気がそもそもない)

人気ジャンル大手サークルさんは噂によると500〜1000部単位で刷って公式か?というようなノベルティもつけてるみたいですが

すげ〜って。それ以上の感想は無いです。すげ〜。私にはできないな〜大手さんはすごいわ〜。と。

よく、「買い手は欲しいものは値段見て買わないから好きな価格設定でいいんだよ!!」っていろんな人が言ってますし、

それが言葉通りなら大手ピコ手が同価格でも、大手の方が安くてもその逆でも、買う理由に変わりはないんじゃないですか?

買ってもらえないのは、自分の実力なり人気なり需要がその価格で買うに至るにまで無いというだけで、他所様のせいにしちゃ駄目だなと。

装丁を豪華にするのだって結局は自分がやりたかたからそうしたのであって買い手の希望じゃないし、

装丁100円上乗せしていつもより売れなくても「やりたいことやれたな〜もうちょっと出てほしかったけどな〜!」で終わりだし、

装丁分上乗せせずいつも通り売れても「やりたいこともできたし売れたし楽しかった〜」で私は終わり。

なんだかこう「同人=売り買い・商売」の印象が強すぎて楽しめなくなってる人が多いなって思います

同人ってそういうものだっけ。

私の考えを押し付けるわけではないし(多分すごく少数派の意見です)、

ジャンルや界隈の雰囲気にもよるだろうし、サークル主様がどういうスタンス同人活動をされてるのかによります

結局は「自分がどういう同人活動を続けたいのか」で価格を決めたらいいんじゃないかと思います

まり各自好きなように価格設定すればいいじゃん。」です。

だらだらと長い文章読んでいただきありがとうございました。

anond:20180219070454

なるべく多くの人に見てもらって情報、反応、反論等欲しかったので煽り気味に書いてるところはある。そこが気に障ったのならすまん。

まあ私の文章煽りや売り言葉に買い言葉がないとは言わないのでそこはお互い様ということで。仲良くマサカリ投げあいましょう。

あくま自分見方を紹介しているだけで理系のやることが全て正しいとも思ってない。ただ理系では日本が一流研究をしていると誇る分野が数多くある一方で、文系の多くの分野で全体としては日本学会は二流という嘆きが聞かれるのも確かだ(もちろんどんな分野にも日本人の一流研究者はいるだろうが)。

これ[要出典]ってタグ貼るべきところ? 私は最初増田anond:20180217012945)で(1つだけだけど)実例挙げたし、体験談ベースの話でよければ私の見た限りでは日本外国研究ってけっこうレベル高いと思うんだけど。外国語に訳されても遜色ないモノグラフがたくさん出てる。

理系では著書でオリジナル発見研究成果を発表する奴はまずいない。いるとしたらほぼトンデモだと思って間違いない。文系増田が挙げてる怪しい医学博士とか。

文系では違うのか。正直文系ガチ研究書は見たことがない。三浦瑠麗の著書も調べてみたが、タイトルや値段を見る限り一般向けだろう。大学書籍部や図書館を探せばあったんだろうか。ただ(博士論文出版等は除いて)著書で最新の研究を発表するというやり方は、どの部分に新規性があるのかの表明や議論双方向性等に問題がないのだろうか?新規研究成果なら第三者査読を経て論文にするのが正統なように思えるが。数学証明のように検証可能性が極めて高ければホームページで発表とかでもいいんだろうけど。

そこからか。何のために研究雑誌Book Review欄があると思ってるんだ……(和文だろうが欧文だろうがたいていのメジャー学術雑誌にはBook Review欄はあるし、場合によっては書評査読がつくよ)。ていうか普通、序章とか第1章とかで先行研究の整理をするし(一般向けも混在するレーベルだと編集に嫌がられることもあるらしいけど)、そこで自分オリジナリティについても言及するよな。

あくまで一例だけど、先日出た研究書の目次はこんな感じ→http://www.unp.or.jp/ISBN/ISBN978-4-8158-0871-6.html適当なUniversity PressのHPを開いて適当新刊をチョイスしただけなので、内容については何も言わないし、言えない。なぜなら私は読んでないからだ。あくまで「ちゃんと章立てに先行研究って入ってるでしょ」というサンプルとして受け取ってほしい。目次で明示されてないだけでちゃんと先行研究の整理をしている本もあるので気をつけて。それはそれとして面白そうな研究だと思うんで余裕があったら読んでみたい)。

駄目な研究は本として出版したってロクに引用されずにアカデミアから消えていくだろうし(もちろんあまりマニアックすぎて引用するひとがいないという悲しい状況も有り得るのだがそういう場合学術雑誌書評でちゃんと良い研究ですよって言われてるからな。おべっか書評がないとは言わないけど、むっちゃ辛辣書評も見かける)、まともな研究書なら議論典拠は明示してあるんだから議論双方向性に問題はないでしょ。

三浦瑠麗の著書、内容(https://www.iwanami.co.jp/book/b261983.html)を見る限りでは研究書ということでいいと思うけど。文系は割と凝ったタイトルつけるひと多いかタイトルだけで研究書じゃないと即断することはできないし(『想像の共同体――ナショナリズム起源流行』も『〈日本人〉の境界――沖縄アイヌ台湾朝鮮 植民地支配から復帰運動まで』も立派な研究書です)、値段についても、うちの分野の研究書の半額くらいの値段で売れて羨ましい限りと思うけど、それが研究であることを否定する材料にはならない(ていうか一般書だとしたら3000円以上ってクソ高では)。国際政治学一般理論みたいに需要がある分野ならそれなりに廉価でも採算取れるよね。研究書は別に専業研究者けが読むものではないので、政治学者以外の教養人にも売れそうだと判断たらこのお値段になるのは別に不思議じゃない(逆にマイナー分野では……お察し下さい。売れない→高い→売れない→高いの悪循環でございます学術成果刊行助成でなんとか刊行できてる研究がたくさんあるんだよなぁ)。気が向いたら図書館で実物見てみるわ。

何度も言うけど、中身は知らない。ひょっとしたらダメダメな内容かもしれない。でもそれは、査読通ったちゃんとした学術論文でも中身がショボかったりオリジナリティ希薄だったりすることがありうるのと同じで、ダメダメから研究業績にカウントされないということにはならない。たとえそれがサラミ論文であったとしても、英語で書かれた査読つき論文だったらそれは業績としてカウントされるべきだよね。公募採用されたり学術界で優れた研究者として認知されるためには内容が優れてないといけないし、こんなサラミ論文しか書いてないやつがなんで○○大の講師なんだ! という批判はされていいと思うけど、それはあくまで内容を見た上での話であって、形式だけを見て業績じゃないと言うことはできないはず。今回の元増田批判が内容を見た上での話なら『シビリアンの戦争』を未読の私は何も言ってないし言う資格がないけど、理系増田も読んでなくて、ここではあくま形式の話をしてるんだよね。形式の話をするなら彼女学術業績としてカウントされるべき本を書いていますしか言いようがない。

一般論からすると著書はオリジナル研究業績であり得るが、逆も然りで著書は必ずしもオリジナル研究業績とはみなされないというべきなのでは。門外漢は著書数もオリジナル業績数とみなせという主張は言い過ぎだろう。

「著書はオリジナル研究業績(でありうる)」「研究書は立派なオリジナル研究成果」と私は書いてるよね? それで前段へのアンサーになってると思うし(そのうしろでちゃんと「一般向けの本」と「研究書」を分けて記述してるよな)、そもそも私は最初増田anond:20180217012945)で「新書2冊はおいといて」って書いてるので、“すべての著書”がオリジナル研究業績なんて端から主張してないってことは読めばわかってもらえると思ってたんだけど(オリジナル研究書籍化したものを「研究書」と呼ぶわけだから、“すべての研究書”はもちろんオリジナル研究業績です。一方で著書のすべてが研究書というわけではないので、“すべての著書”が研究業績というわけではありません。こう書けばわかるかな?)。

後段、著書はオリジナル学術業績とはみなされないという理系ローカルルール持ち出して他人を業績が少ないと批判する方が言い過ぎでは。いやもちろん他分野の常識に詳しくあらねばならない必然性はないけど、他人を「業績が少ない」と批判する以上は他分野の「業績」の基準も知っておくべき、って、そんな無茶な主張? 文学でも歴史学でも政治学でも社会学でも教育学でも文化人類学でも哲学でも法学でも、おおよそメジャー文系研究分野ではだいたい研究書はオリジナル研究業績としてカウントされるんだから(これは英語圏でも変わらないと思うよ。少なくとも私の専門分野や隣接分野では英語だろうがフランス語だろうがドイツ語だろうが韓国語だろうが研究書はオリジナル研究業績です)、文系からするとその常識通用しない方が非常識ですよ。理系ローカルルール勝手学術界の一般ルール敷衍するのやめてもらえます

院生だろうが単著論文を発表するのがふつうの分野の人間からすると、理系では指導教授論文の著者に名前を連ねるのか、変わった慣行だなぁ、って思うけど、それは理系慣行なんだなとして受け止めてるし、この研究者自分学生論文名前を連ねて論文数稼ぎしてる! なんて主張しないよ(もちろんギフトオーサーシップ批判されるべきだけど、理系では自分指導してる学生論文の共著者になるのはギフトオーサーシップではないんだよね? このへん詳しくないので間違ってたらごめん)。分野が違うと業績のカウントの仕方も違うんだなぁ、って受け取っておけばいいじゃない。

その上で現在日本語地位が低い分野や日本語でやる意義がまるでない分野まで、日本語で最新の論文を書いてもよい、あるいは日本語地位を高めていこうなんていう理由がよくわからない。例えば挙げてくれた西洋古代史の最新論文日本語で書くことに何の意味がある?日本全然関係ないのに?解説書や教科書は別だ。日本語で多くの人が学べることには意味がある。でも論文なのだとしたら欧米研究者が読まなければ学問進歩に乗らないんだからただの自己満足だろう。アマチュア研究者だとしたらそれでもいいんだが、大学研究者プロだろう。国から研究費貰って英語が中心の分野で日本語しか書かないのは国民が納得しないだろうから税金泥棒しか言えない。

将来英語が中心じゃなくなることもありうるだろうという論を挙げているがそれは詭弁だ。理系だってラテン語から現代語への変化やドイツ語フランス語凋落を経ているが、最新の論文を主流の言語で書かない理由はない。(欧米科学力を中国が圧倒的に上回ることは考えにくいが)将来中国語になるんだとしたらそれもいいだろう。もし仮に日本がその学問分野で覇権国家になるプランがあってそのためのリソースを投じているっていうなら別だけど、そうじゃないなら英語に圧倒的に負けてる分野はさっさと降伏して英語ベースにしたほうが世界中学者のためになるし日本人世界に認められる学問的成果をあげるためにも効率的だと思うんだけど。国際政治学についていえば英語圏研究が中心だという知識増田にもあって、反米主義だったり日本世界覇権を夢見ていたりといった特殊思想的背景があるわけでもない研究者英語論文を書かないのだとしたら、怠慢あるいは研究先進性の不足の誹りを免れないであろう。

これ最初にも書いたけど、主要国のアカデミアでは文系研究の多くの部分を自分の国の言語でやってます。たとえそれが自分たちとは縁遠い地域のことだとしてもね。日本語英語以外の言語で書かれた日本学論文なんて日本人研究者はあまり読まないんじゃないかと思うけど、たとえばポーランド人ポーランド語日本学論文書いてるし(https://ci.nii.ac.jp/naid/120006355425。ちなみに、このポーランド人みたいに、日本人外国研究者がその国の言葉日本での研究状況を紹介するっていうのは既にあちこちでやられてます)、それは日本アカデミアで読まれていないとしても日本学の発展に寄与ポーランドアカデミアを豊かにしていて、仮にポーランドで極めてオリジナリティが高い研究が出てきたら日本人日本学者も何らかの方法でそれを読まないといけないだろうと思うわけですよ(別に自分で読む必要はない。他人に読んでもらえばいいんだから翻訳ってそういうことだよね)。ポーランドアカデミアは当然ポーランド固有の問題意識を持っているし、その土壌から日本にはない新鮮な日本観が生まれてくるかもしれない、という点で、色々な国のアカデミアがそれなりに独自の発達を遂げていることは重要だと思うけれども。

当たり前だけど西洋古代史の論文日本語で書いてあっても最新の研究動向は反映されているわけ。書いてるひとは西洋諸言語読めるわけだしね。向こうがそれを読めない、または読もうとしないからといって先進性がないわけではない。読まれる/読まれないという尺度研究先進である先進的でないという尺度は別だよね? 混同すべきじゃない。そこにはちゃんと研究蓄積というもの存在しているんだよ。明治期以来、主要文系分野では日本語の分厚い研究蓄積がある。もちろんそこには西洋猿真似だったり「横のものを縦にした」だけの研究もたくさんあるかもしれないけど、それらは日本アカデミアを間違いなく豊かで質の高いものにしてきたと思う。

で、哲学の本場はドイツとかフランスとかイギリスとかだと思うけど(イメージ貧困すぎたらごめん。正直哲学のことはよくわからないんだ……)、日本人哲学者が優れた哲学書を発表すればそれはちゃんと英訳されてオックスフォード大学出版から出版されていたりするのね(https://en.wikipedia.org/wiki/Kojin_Karatani)。これは日本語圏で外国人に読まれない研究を積み上げていても、良いものを書けば「日本研究者面白いことやってんじゃん。翻訳して読んでみようぜ」ってなる実例なんじゃないかと。

根本的な話をするなら、「国際政治学」という分野の標準言語英語である必然性はどこにもないわけだよね。それは英語圏で優れた研究が積み上げられてきた帰結であって、英語圏の人が自分たち言語研究成果を積み上げた結果それが参照されるべき言語になっているだけの話。要するに彼らは先行者利益を得ているわけ。現代思想の分野でフランス語大手を振って歩いているのも、フーコーやその他の人たちがフランス語で優れた成果を書いてきて、それが受け入れられてきたか英語日本語フランス語の文献が訳されまくっているという現状がある。日本語がこの高みを目指してはいけない理由はないよね。

私はここまで書いてきたような理由日本語論文を書くのも重要営為だと思う(加えて、執筆言語自国であることは東アジア欧米の主要国の文系アカデミアとしての標準に則っているので、ことさら日本アカデミアだけが批判される謂れはないよな、とも思う)。ただ理系増田がそれにどうしても同意できないなら、それを説得する言葉を私は持たないなぁ、とも思う。私の論拠はだいたい言い尽くしたので、執筆言語問題についてこれ以上理系増田に答えようとは思わない。なんと言って終わらせればいいかからないけど、とりあえず、お互い研究頑張りましょう。

anond:20180219110239

電子書籍なら、購入したことのあるシリーズ新刊発売時に通知してくれるよ。

anond:20180219110239

https://alert.shop-bell.com/

こういうのはどう?アプリ使えば通知来たはず。

私も一時期使ってた。今はあんまり熱心に新刊を追わなくなってしまったので使っていないけど。

2018-02-16

漫画村批判している人たちって古本屋はどう思ってるの?

いや、漫画村擁護とかじゃなくて純粋な疑問として。

ここでいう古本屋はいわゆる古書店ではなくブックオフ的なところね。

中古屋と著作権については過去にさんざん議論されたと思うけど、今はどういう認識なんだろう?

単純に考えればお金を出すのが読者か広告屋かの違いだけで、お金のものは動いているけど作者や出版社には1円も入らないという点では同じだよね。

新刊が売れ続けなければそもそも成り立たない古本屋と、新刊が1冊手に入ればコピーで延々とやっていける違法サイトでは確かに違いはある。

でも古本屋だって作者や出版社のために何かするわけじゃないし、結局はただ横に流して利益を得ているだけじゃない?

制限速度40kmの道を80kmで走るか120kmで走るか程度の違いしかないような気がするんだよね。

よく言われていることだけど「違法サイトでタダ読みしている人は違法サイトが潰れたら本から離れていくだけ」であろうことと同じで、古本屋しか買わない人は古本屋がなくなったら本を買わなくなるだけだと思う。

逆に普段から新刊も買う人は、どんな形で読んでも気に入れば新刊で買うんじゃないかな。

違法サイトが普及する前は古本屋についてもこの辺にたびたび言及されていたと思うんだけど、最近ほとんど聞かないような気がする。

古本屋という形態自体が傾き始めているからもう議論する必要がないのかな)

ただ、相手古本屋だとしてもコンテンツお金を払う習慣があるというのは良いことなのかもしれない。

無料で手に入るのが当たり前になったらろくなことにならない。ような気がする。

そういう意味では漫画村よりマシとも考えられるけど。どうなんだろう。

2018-02-15

anond:20180215084953

マスコミ新刊本の人気作についてはどうお考えで?」

既存出版業態では埋没し、忘れ去られる運命にある

絶版本や週刊誌オールタイムフリー提供する

同人作家感想で救えなかった

ものすごく好きな同人作家Aさんがいた。マイナージャンルマイナーカプ。作風もすごくニッチ

たまたま買った同人誌を読んで、すぐに大ファンになった。

私は同じジャンル内の別のカプで同人活動してたけど、ツイッターでAさんをフォローして、熱い気持ちを込めた長文感想DMを送りつけた。


迷惑だったかもとは思ったけどそれより気持ちを伝えたいというのが上回った。

少し経ってから返信が来て、感想がすごく嬉しかった励みになるということが書かれててこちらも送って良かったなと思った。

その後ツイッター上でたまにやりとりをする程度には仲良くなっていった。


その後何度かイベントで会って話したり、本の感想を送りあったりしていた。

Aさんは優しいので別カプの私の本も読んでくれていた。

私もAさんの作品が大好きで新刊が出るたびに熱い感想を送り続けていた。


私はその後しばらく仕事プライベートが忙しくて、同人イベントに出るのを休止した。

Aさんは変わらずイベントにも出て新刊を出し続けていた。

私はイベントには足を運べなかったか通販で買って感想を送る、という形になっていった。


その間にジャンルアニメが終わり、原作も終了。元々多くはなかったけど、更に人が減っていた。

それでも私はジャンルが好きでオンライン上で絵を上げたり考察したりして楽しんでいた。

近いうちにイベントにも復帰したいなと思っていた。


Aさんも変わらず萌えツイート考察をしていたが、あるイベントに出たときサークル数がすごく少なくなってきたというツイートをしていた。

人が減ったとは思っていたけどそんなにいないのかと思って悲しくなった。

実際、本当に全盛期の1/10程度しか参加サークルはいないようだった。


そしてその次のイベントでAさんは新刊全然売れなかった、とのツイートをした。

日常ツイートを見る限り、今回の修羅場は本当に大変そうで仕事をしながらすごく頑張って原稿をしていたみたいだったのでそんなに売れなかったのかと悲しくなった。


その次のイベントで私も復帰した。確かに全然売れない。初動は1/4以下だった。

私はあまり部数重視ではないけど、それでも手にとってくれる人が少ないのは悲しい。人がとにかく減ってるんだなということを実感してちょっとしかった。


Aさんのところに挨拶にいった。Aさんは人いないし今回も新刊全然売れないと言っていた。フォロワーの人が2、3人買ってくれた程度だと。

マイナーカプだしニッチだししょうがないですよねと自嘲気味に言っていたのが悲しい。

私は100%好きで買っていて楽しみにしてたし、義理買いじゃないですという意図を伝えて、前回の新刊もとても良かったと話しその場を去った。


ありがとう嬉しいですとAさんは言っていたけど、私1人の感想はもはやAさんを救えないと感じてしまった。

帰ってからいつものように熱く長い感想を送ったけど、語彙力の乏しさから言葉選びはマンネリ化していた。

本当に心の底から最高で、爆萌えな本だったということがどこまで伝わっただろう。


それからしばらくしてAさんはツイッターオフでの同人活動を辞めると宣言した。

必死に描いても少しの人にしか見てもらえない、意味を感じないと。

今後はネットでたまに絵を上げるくらいにしますと。


私はとても悲しかった。Aさんの絵ももちろん好きだが、長いストーリーになっている、話がしっかりしている漫画という形で作品を読みたかった。

一応、また気が向いたら戻ってきて下さいとリプを送ったがどこまで響いたかは分からない。


その後Aさんはオフでの同人活動を一切していない。ツイッター上で絵を描いて発表している。それまでのジャンルも描いてはいるけど他のジャンルも描くようになった。

私はAさんとの交流の機会がとても減って最近殆どさなくなった。


この間、Aさんがツイッターで「同人活動を辞めたら私生活がとても楽になった」と言っていた。

あの頃みたいなことはもう出来ないと。

かに正社員で激務をこなしながら同人誌を出すのはとてもとても大変なことだ。

からAさんが楽になったのならそれは良いことだと思う。

それでもやっぱり寂しい。


私みたいなファンが1人いても、どんなに熱い感想を送っても、どんなに気持ちを伝えても、数の前には勝てないのだろうか。

多分、Aさんの場合はそうだった。

2018-02-14

漫画村で読む=買う❔🤔

ショウコ‏ @yuri_mafu_sho

はあああ漫画村さいこ\(^o^)/

ちはやふる新刊もう読める!!!

絶対37巻まで買うんだからあ☝🏻✨

19:50 - 2018年2月14日

https://twitter.com/yuri_mafu_sho/status/963727236443471873

ただで買うってことか❔🤔

わたモテ新刊が発売されたら怪文書書くから。みんな期待していてくれ。

興奮してきた・・・

知らないジャンル同人誌を買った話

知らないジャンル同人誌を買った。

そのジャンルは、同人界隈なら一度は必ず目にするし、きっと過去にハマった人も多いであろうジャンルだ。

ただ、わたしはきちんと触れるということはあまりなかった。

半年程前の夏コミ

お目当ての御本を買い、帰宅しようと思っていた時、そのサークル出会った。

控え目に言って、絵がどちゃクソ好みだった。

サークルカットを見て、これは買わなきゃという焦燥感に駆られた。

知らないジャンルだったけど、何も考えていなかった。

「・・・あの、新刊と、再録1冊ずつ、お願いできますか?」

めちゃくちゃ緊張した。

本を買う瞬間、この時以上に緊張することはもう無いとすら思えた。

初めて本を買うのに緊張した。

どれだけ表紙がアレな商業本でも、レジに持っていくことに躊躇いを感じなかったのに(と言うより心を無にしていた)

はいこち新刊と再録、○○円になります

頭が真っ白でよく覚えていないけれど、こんな感じの返しだったと思う。

震える手で財布を開いて、お金を払った。

その後は普通にそこから去って、帰宅した。

本を読んだ。

最高だった。

よく知らないわたしが口に出すのも躊躇われたが、ほんとうに、最高だった。

キュンキュンした。

絵はやっぱり最高だった。

なんとなく泣きそうになった。

そしてまた、冬コミでもそのサークルにお邪魔した。

もうひとつ他のサークルにも足を運んだ。

極めて落ち着いたように振舞っていたけれど、もう握手たかった。

あなたの御本のおかげで素晴らしいジャンルに知り合えたと、そう泣きながら伝えたかった。

変人だと思われそうなので控えたが。

いまこれを書いてる私は、そのジャンル漫画を買い、少しずつ読み進めている。

まだ完璧理解したという訳では無いが、とてもたのしい。

サークル主さん、この御本を書いてくれてありがとう

このジャンル万歳

同人即売会って、いいな。

語彙力の低下が激しいが、見逃してほしい。

勇気を持って、知らないジャンルの御本を購入してみてもいいと思う。

きっとそこには、新しい沼がある。

2018-02-11

anond:20180204232001

これすごく分かる。「ツイッターフォローしても他の人のようにフォローバックしてもらえないのが恥ずかしく」

でも、増田はもう少し足掻いても良かったんじゃなかろうか。

無言で辞めるくらいなら、感想が欲しい、新刊ます!をしつこくアピってもいいと思う。

2018-02-09

それでもアイナナを嫌いになれない。

アイドリッシュセブンアンインストールしよう、と思ったことは何度もある。

手を替え品を替え繰り返されるパク問題、3部に入ってのキャラ崩壊、プチななとかいう触りもしていない謎システム、走る気すら起こらない投げやりイベント

そして極めつけに、未成年課金問題フレグランス訴訟から垣間見えた、運営のヤバさ。

もはやツイッターで「好きだ」と呟くことすら憚られて、プロフィールからもアイナナの文字を消した。最近は他アプリの話しかしていない。

正直こんなコンテンツにこれ以上課金したくない、と理性は告げているし、『アイナナ嫌い! 名前すら見たくない!はやく終了しろ!』という人の気持ちもすごくよくわかる。某所の愚痴をよく覗きに行くのだが、共感しかない。

が、未だにライブや展示会のお知らせがあるとわくわくしていいねしてしまうし、新規イラストPVが来たら即チェックする。アニメも毎週欠かさず見ている。録画して朝一で見てメチャテン上げしている。

嫌うことも、手放しに好きになることもできないこの現状がとても辛い。

わたしには、一時期職場に行くのが嫌で嫌で、食事もろくに喉を通らない時期があった。

そのとき、一番の心の支えはアイナナだった。

次々と公開されるストーリーを何よりの楽しみにしていた。2次創作もたくさん漁ったし、自分でもたくさん書いた。ネットでアイナナの情報を調べるだけで幸せだった。

推しもたくさんいた。たまに引くガチャ推しが出たら、それだけで幸せになれた。

あの時アイナナがなかったら、と思うとゾッとする。3ヶ月で終わってしまアニメや、たまにしか新刊の出ない漫画では多分ダメだった。毎日スマホから会いに行けるアイナナだったからこそ、頼れたのだと思う。

から、アイナナには本当に感謝しているし、このコンテンツを生み出してくれた運営に、本当なら心からの賛辞を送りたい。

だけど今は、これ以上泥を塗り重ねるくらいなら、いっそサービス終了してくれ、とすら思うときもある。

でも、実際にそうなったら、きっとすごく私は悲しい。今はストーリーを追うだけの状態だけど、キャラたちのことは大好きなんだ。彼らを大事にしてくれる声優さんたちも大好きなんだほんとは。

からきっと、なんだかんだいっても、最後まで嫌いになれないんだと思う。

アイナナ運営のやり口に傷ついている人には、ごめんなさいとしか言えない。

アイナナのことは嫌いなままでいいから、せめてアイナナを好きな人もいる、ということは許してほしい。です。

今は、7月メットライフドームで歌って踊らなければならない声優さんたちのことが心底気にかかる。こんなコンテンツのために、誰かが倒れるなんて、絶対にやめてほしい。

2018-02-06

anond:20180206113242

作者自ら張り切りすぎる例もあれば、燃え尽き症候群的に気力がなくなってしまった例もある。

元増田リストを見ていても、アニメ化から止まってるもの

アニメ化後にも新刊が出ているもの、別シリーズに注力しているもの、さまざまなパターンがあるじゃないか

ファンから「本当はこういう路線をやりたいんだろう」と言われていても、

作者からすると「いやそっちの路線のほうが編集者に言われて書いたものだけどね」ということも多いし。

編集者悪者にしただけで全てを説明できるようなら苦労はしないよ。

本命カプが地雷になった女

クソめんどくさい腐女子から好きカプすぐに変わるんだけどそれって結構特殊なのかもしれないなあ、と先日ツイッター話題になってた記事を読んで思った。

記事URLを見失ったので超意訳すると「自カプ解釈の元だった好きな絵師が同ジャンルの別カプ(それも元カプの攻めを受けにしたやつ)に移動しててどうしても許せない腐女子の話」だったんだけど、記事を書いた方の意見記事内の別の問題などをもろ無視して「同ジャンルの別カプに移動することがあるのかどうか」という話だけに注視すれば、あるよ。普通にある。という感想を抱いた。

 私の話になるが、私は前ジャンルBAというカプが好きだった。それこそ一年以上好きだったし本を出したくらい好きだった。狭い界隈ではあったけどその界隈の王道カプだったし、正直書けば反応がもらえるので楽しかったという気持ちもある。

 最終的な私の本命BCである推しは今も昔も変わらずAだ。

 元々その界隈ではBACDというカップリング王道かつ人気カプで、私も例に違わずそのカプに落ちた。実際一年以上そこにいたしアイドルジャンルだったのでキャラソンから邪推したりもした。それが突然、C受けにハマった。今やBACD地雷レベルである

 原因を上げるとするならば、私が元々推しを攻めに置きがちであるところも大きい。あと大概のジャンル推し推しカプが違う。ずっとBAじゃん、と言いながらも、でもAは攻めだな、と思うことも多々あった。そういう自分の中の違和感のようなものを抱きながら、でもBA美味しいしなあと思いながら書き続けていたところに、突如としてC受けが自分性癖に刺さった。ただそれだけの話なのだ人間自分性癖に刺さればそれまでの萌えを放り出して別カプにハマるよ。あるある

 それまでのカプで萌えてたシチュエーションが新しくハマったカプにも当てはめられるかもしれないって思い始めるよ。だってそのシチュエーション性癖なんだもん。それまでにカプに当てはめてたイメソンが新しくハマったカプに似合うと考え始めるよ。だってその曲が好きなんだもん。

 それに加えて一番ひどいのが元本命カプがドドドド地雷になったってこと。これこの話以外でも結構あったりする。なんかよくわかんないけど名前見かけるだけでおえってなる。

 地雷になったから好きだった記憶抹消したくなることもあるし実際投稿作全部消した。好きだったものをずっと好きでいられる人、本当に尊敬する。私には無理。次の日には手のひら返したみたいに嫌いになってることある

 一つだけ断っておきたいのは、別にそのカプが吐くほど嫌いになってもその子たちが嫌いになったわけでは決してないのだ。一度でも通ったジャンルはずっと好きだし、キャラも愛してる。公式の糞さに辟易して公式を燃やすことはあるけど。

 多分どこにいてもカップリング固定になる人には理解できない感覚なんだろうなあと思う。私も今のジャンルでは固定厨極めてるから少しはその気持ちも分かる。今の自カプの受け厨が受けを別の子と組ませてるやつら見るたびに殺すぞって思うし。攻めくんの彼氏は受けくんしかいないんだよ。殺すぞ。

 極論言うと二次創作ホモなんて大体ハマる傾向似通ってくるし言い方悪くすれば「それ、そのキャラじゃなくてもよくね?」みたいな話書いたり妄想したりするわけじゃん。私なんか腐れ縁の二人が共依存匂い醸しだしててなおかつセフレっぽい関係性に見えたらすぐハマるもん。後半の共依存セフレなんて認知の歪みすぎるでしょ。

 すごくとっちらかったけど言いたかったのは「結局自分性癖にあえばたとえ同ジャンルであっても別カプにハマる人間もいるんだよ」ということでした。件の話ではどうやら描き手さんはそれほどメジャーじゃないカプからメジャーカプに移動して~という話だったから多分理由は私なんかとは違うんだけど。いるにはいるよ。

 というか結論自分のカプが一番(自分の中で)正しいんだから、結局は本で殴るしかないんだよなあ。そんな気持ちで私は今日新刊に取り組んでいます

2018-02-05

anond:20180204234648

アニメ化シリーズが止まる〜みたいな結論にもっていきたいなら、アニメ化から止まってるやつと、アニメ化後にも新刊を出してるやつは除外しろよ使えねえなあ。あと絶筆(笑)のやつもな。

2018-02-04

アニメ化原作が止まった作品リスト

アフィカス、アフィチル全員死ね

やらカス死ね

増田で書いてんだから先にこっちをブクマしてね

作品名アニメ放送原作最新刊発行年補足
クロックワーク・プラネット2017年4月2015年12月小説は4巻で止まっているが漫画は連載中
無彩限のファントム・ワールド2016年1月2016年2月
ランス・アンド・マスクス2015年10月2016年12月
六花の勇者2015年7月2016年3月
旦那が何を言っているかわからない件2015年4月2015年8月
アブソリュート・デュオ2014年7月2016年7月
ブラック・ブレット2014年4月2014年4月アニメ化時の多忙体調不良をおこし休載
ワールドトリガー2014年4月2017年3月アニメ化時の多忙体調不良をおこし休載
甘城ブリリアントパーク2014年1月2016年6月フルメタ仕事忙しそう
のうりん2014年1月2016年10月りゅうおうのおしごと!放送
境界の彼方2013年10月2013年10月
世界いちばん強くなりたい!2013年10月2013年12月単行本5巻巻末の原作者コラムには第1章完結、第2章構想中とある
ぎんぎつね2013年10月2017年1月
ささみさん@がんばらない2013年1月2013年6月
お兄ちゃんだけど愛さえあれば関係ないよねっ2012年10月2014年3月
変態王子と笑わない猫。2012年7月2016年4月3月新刊発売予定
はぐれ勇者の鬼畜美学2012年7月2013年2月新妹魔王の契約者に集中するため中断?
君と僕。2011年10月2015年6月
異国迷路のクロワーゼ2011年7月2009年6月絶筆
えむえむっ!2010年10月2010年9月絶筆
おとめ妖怪 ざくろ2010年10月2015年3月育児のため休業中
学園黙示録 HIGHSCHOOL OF THE DEAD2010年7月2011年5月絶筆
にゃんこい!2009年10月2014年10月2期・・・
大正野球娘。2009年7月2010年6月続きが見たい!
よくわかる現代魔法2009年7月2009年3月
涼宮ハルヒシリーズ2009年4月2011年6月毎日麻雀のことを考えているらしい
アキカン!2009年1月2013年3月
ヒャッコ2008年10月2013年1月次回掲載不明のまま長期中断中。アニメの出来が不満なことをぼやいていた
かのこん2008年4月2010年12月ブログ逆流性食道炎になったことを最近報告していた
紅(小説)2008年4月2014年12月
我が家のお稲荷さま。2008年4月2007年10月
MOONLIGHT MILE2007年9月2012年1月ガンダム サンダーボルトが長期連載になったため休載
風の聖痕2007年4月2010年3月絶筆
働きマン2006年10月2007年8月体調不良による休養
NANA2006年4月2009年3月作者急病のため休載
シリーズ2008年4月2010年1月
TOKKO 特公2006年4月2004年6月
これが私の御主人様2005年4月2007年2月原作作画トラブルで実質打ち切り
トリニティ・ブラッド2005年4月2004年12月絶筆
スターシップ・オペレーターズ2005年1月2005年5月6巻終了時点ではストーリーは未完であるが、2012年に作者の水野公式ブログにおいて現状で新刊を出しても売上げが見込めず、執筆するだけの時間的余裕がないとの作者側判断から電撃文庫より続刊は出さない」という発表が行われた
D・N・ANGEL2003年04月2011年01月
X (漫画)2001年10月2006年9月作者4人曰く結末は必ず書きたい
星界の戦旗2001年7月2013年3月2011年心筋梗塞で倒れて養生活を送っていた
女神候補生2000年1月2005年9月

今日、ニ年描いた自ジャンルから撤退する。

はじめに、これは私の醜い心の内を整理する為に書くものだと明記しておきます

今日、2年描いた自ジャンルから撤退して、推しカプを描くのをやめることにした。

私は同人活動をしている。インターネットぽちぽちサイトをつくって遊び出してから同人誌制作している今までを含めて大体10年ぐらい。カウンター機能アクセス追跡機能をつけてもアクセスしているのは自分だけ、という時代を経て、ピクシブ小説なり漫画なり描けば、ランカーとまではいかなくても、タイミングが良ければランキングに載るレベル評価を貰えるようになった。

私が今日まで描いていた自ジャンルは、オリジナルアニメ作品で、規模としてはかなり大きい。その上、その作品カップリングの中でも、二番手人気のカプにハマったので、書き手読み手もかなり人口が多かった。特に、初期は書き手も少なめだったので、その頃ピクシブ投稿された人気作品には、10000単位ブックマークがつくほどだった。

私の漫画にも、10000以上のブックマークがついた。そのカプにハマってから初めて描いた長編漫画だったので、思い入れを込めて描いたものだった。そこからフォロワーが2000人ぐらい増えた。それ以降、私がピクシブ投稿した作品は、必ず1000以上のブックマークがついた。

もちろん、ジャンル効果なのは分かっていた。漫画評価されたけれど、私は決して絵が上手いわけではない。元々小説を書いていたから、ある程度ストーリーをつくり慣れていただけで、褒めていただけるのは話の内容が殆どだ。更に、その頃の推しカプ作品では10000ブックマーク越えなんてざらにあったので、今改めて当時の投稿者たちにランクをつけたとしたなら、私は中の下ぐらいだろうなというのが本当のところだった。

実際、イベントに出たところで、新刊は売れてもせいぜい100冊。他の参加者新刊完売と嬉しそうにツイッターで報告する中で、私が新刊完売したことは一度だけ、それも100冊だ。

そう分かっていたけれど、それでも、嬉しかった。

元々同人活動よりも早く、インターネット作品投稿するばかりだったので、お金を払って本を買ってもらうよりも、私は、自分作品を読んでほしかったのだ。読んで、ブックマークしてもらって、タグ付けでもコメントでもメッセージでもツイッターリンクを共有して一言添えるでも何でもいい、出来れば感想が欲しかった。

それが、自ジャンルに来て変わった。私の作品を好きだとメッセージをくれる人がいれば、イベントで面識もない私の為に手紙を書いてきてくれる人がいて、更にはメッセージで「翻訳する為に転載させてほしい」と拙い日本語で断りを入れてくる人もいた(これに関しては二次創作腐向けなのもあり、丁重お断りしたが)。

私の、私の為でしかなかった作品を、好きな人が沢山いる。おそろしい喜びだった。私の、推しカプに対する熱を表現する為の作品づくりは、いつからか、その人たちの目を気にし始めた。

ツイッター存在もそれに拍車をかけた。ツイッター上には、推しカプの絵を日々量産しては、1000RT、10000RTを稼ぐような人たちがかなりの数いた。更に、ピクシブで人気のある投稿者は、おおむね1000人以上のフォロワーがいた。

しかし、私にはそれがなかった。元々、ツイッターであまり呟かない性格だし、上記理由で、絵も全くと言っていいほどに描かない。ツイッターに上げた10RT程度の漫画が、ピクシブに上げた途端1000ブックマークつく、というのが私だった。

羨ましくて、絵を描く用のアカウントをつくって、そこで毎日むりやり描いたが、100RT程度が限界だったので、打ち止めた。

そんなふうに数字を気にしているうちに、周囲に敵対心までもがわき始めていた。

くわえて、推しカプはアニメ(原作設定)で現代に生きる兄弟なのだが、パロディというか、パラレル設定も多い。アイドル設定もあれば、妖怪設定もある。更に、アニメが終わってからは、アプリゲームパラレル設定からし供給がなかったので、溢れるほど派生がある。

けれども、私は、原作である本来兄弟推しカプ以外、何一つ萌えなかったので、兄弟推しカプを永遠と描いてきた。しかし、書き手が多ければ似たような話が増えるのも仕方なく、そのうちに、推しカプ内ではパラレル設定が次から次へと流行り、もてはやされるようになった。

敵対心というよりは、山月記風に言えば、「臆病な自尊心」と「尊大羞恥心」というやつなのかもしれない。好きな書き手がいても、自分より評価されているのが――それも自分の好きではないパラレル設定で――が悔しく、また、ツイッターフォローしても他の人のようにフォローバックしてもらえないのが恥ずかしく、私はとうとう、ピクシブで絵を描く他の人の作品を見れなくなっていった。

そうなると、自然イベントに参加しても、ほとんど交流することがない。数少ない仲良くしている人がその場にいなければ、もう、ずっとスペースに座っている他ないのだ。

それも、盛り上がっている初期の頃ならよかったのだろうけれど、アニメが落ち着いてからは、目に見えて右肩下がりだった。同人誌が売れない。差し入れが減って、手紙どころか、ピクシブメッセージも貰うことはない。私を好きな人交流したくて、ツイッター上で自家通販をしたけれど、申し込んでくれた3人中2人に連絡なくキャンセルされた。新刊の告知ページに、コメントはつかない。私の本の通販の有無なんて、もう誰も気にしていないのだ。

描く意味があるのだろうか、と思ったことがショックだった。描き始めたはじまりは、間違いなく、私がこのアニメを好きで、このカプが好きだ!と思ったから、描いたはずだったのに。いつからか、人に褒めてもらう為に描いていた。作品ではなく、私を見てほしくて描いていたのだ。

私の本を買いに来てくれる人がいる。本を買ったあとから、以前に出したこ本が好きでした、と直接一言くれる人がいる。

でも、私は、それでは足りなかった。ごめんなさい。

WEB拍手ask質問箱、いろんなツール流行したけれど、そのどれもに手を出さなかった。同人誌の奥付にもつたことはない。手を出すべきだったんだろうか。私も、他の人みたいにツイッター上で返事をしてみたかったけど、もし誰もメッセージをくれなかったら、どうしたらいいんだろう。

ジャンルが好きだ。推しカプが好きだ。自分の描く推しカプの話が好きだ。でも、そんな気持ちで描き続けて、疲れてしまった。だから今日おしまいにする。

同人自体はどうせ辞められないけれども、次に何か描くのはまた気が向いたらにする。そうじゃないと、いつか誰かにとんでもない迷惑をかけるような気がするので。

ありがとうございました。楽しく同人ができるようになったら、またよろしくお願いします。

2018-02-03

同人活動やめようかな、という迷いの話

同人活動やめようかな、という迷いの話

タイトルも含めて、とりとめなく自分同人活動を振り返ったり脱線したりするだけの話です。

ありきたりな前置きですが本当にまっとうな思考人間による文章ではありません。

同人活動をしている、平々凡々な人間のよしなしごとです。

二次創作世界を知ってから16,7年が経つ。

小中学生の頃は、好きな作品に触発されながら、毎日のようにノートコピー用紙に絵を描いていた。多いときは週に10作品以上ビデオ録画をしてアニメを観て、絵を描いていた。

当時SNSがあったのか知らないけれど(それこそ2chしか記憶がないし、2chSNSではない)、とにかく今のようにSNSが当たり前の時代ではなく、また家族にも友人にも、誰にも披露するわけでもないのにアニメ感想ゲームレポをイラスト付きでたくさんかいていた。多少、「アニメディア」や「ファンロード」の影響があった。

はじめて二次創作の本らしきものを作ったのは中学2年の頃だった。鉛筆で描いた漫画コピー用紙印刷して、ホチキスで留めただけのもので、しかも複製せず一冊しか作らなかった。

次に本を作ったのは高校1年の頃で、友人3人と合同誌を作った。その時はペン入れしたりトーンも使ったりしてアナログ原稿を作った。オンデマンド印刷本だった。はじめてイベントに出て本やラミカ頒布した。

ほぼ同時に、その頃から徐々に界隈に広がりはじめたデジタル原稿にも挑戦して、これもオンデマンド印刷ではじめての個人誌を作った。

どちらも、自分漫画ネタ作画も本当に拙くて酷かったのを覚えている。

漫画を描くのは普通にイラストを描くよりも、何倍も難しかった。

それからしばらく受験や何やらで忙しくなって、本は出さなかった。暇を作ってはイラストを描いたり、鉛筆描きの短い漫画くらいは描いていた。

高校卒業したあたりからpixivTwitterを始めて、二次創作世界を広がりを感じた。自分pixivにらくがき程度のものを少量しかアップせず、ほとんど見る専と言ってもよかった。

大学生になり、大きなジャンルにハマって、描く量が一気に増えた。人生最大級に大きなハマりっぷりで、グッズにも相当お金を使ったし、それまであまり買っていなかった同人誌もたくさん買うようになった。大学生時間もあったのか、熱に浮かされたようにずっとそのジャンルのことを考えていたし、ずっと絵を描いていた。Twitter二次創作アカウントも作り、大学2年か3年のあたりだったか、ついにそのジャンルで本を出し始め、イベントにも出はじめた。

大学院に入ってからは、1年目はびっくりするほどイベントに出ていた。2~3ヵ月に一度はイベントに出ていた。これは自分にとっては驚くべき頻度だった。ジャンルがとても盛り上がっていたこと、また院生研究生活がわりと孤独だったことも大きな要因だったと思う。いろいろなご縁をいただいて、アンソロジー寄稿させていただくことも何度かあった。

この頃——というよりずっと昔からだったが、自分は本当に締切が守れない人間だった。個人誌についてはそれが顕著で、新刊を落とすか、割増入稿をするか、常に二択だった。

ただ本当にだらしないせいだと思うけれど、病気か?と本気で疑いたくなるくらい、ギリギリになるまで原稿に手をつけなかった。心を改めるどころか、年々それは酷くなっていった。

さすがに研究論文執筆が佳境を迎えたころは同人活動を控え、修了までの1年間は本を出さなかった。イラストはたくさん描いていたけれど。

社会人になってから、以前よりずっと絵を描く時間が減った。社会人になってから同人活動は大変だと聞いてはいものの、身にしみてそれを感じた。社会人1,2年目は本は出せないだろうな、と学生を終える前にも思っていたけれど、いざその状況になってみると、それでも本を出したい、という思いが湧いてきた。同人活動をしばらく抑えていた反動だった。

久々に本を出した。……酷かった。

全然時間が足りず、というよりは原稿計画がしっかりしておらず、後半の作画は目も当てられなかった。ストーリーも読み返すと良くなかった。

かなり、後悔した。

それでも買ってくれる人や、感想を送ってくれる人がいて、とても励みになったし、次は頑張ろうと思った。

わりと昔から自分作品を貶したくなる癖があった。癖というか、実際本当に、自分は話作りが下手だったし、それを補うほどの努力もできていなかった。

それでも、見てくれる人、買ってくれる人がいる中で自分作品を貶すのは失礼だと思って、なんとかこらえてきた。

また新しい本を出した。

……前よりもっと、酷かった。

あんなに前回後悔したのに、まるで活かされていない。反省できていない。明らかに時間をかけられなかった。努力できなかった。

イベントから日が経つほど心は冷え冷えとしてきて、多少通販もしたが、これ以上世に出すのが耐えられない、と感じて、早々に打ち切った。

最低限、きちんとした本——手抜きせず、自分が納得できるもの——を出すことができなくて、自分所業ながらただただショックだった。

「何がなんでも出さなきゃ」、という思いだけがまりに強かった。

納得できないならどうして無理矢理出してしまったのか。落とす、という選択肢はなかったのか。いつもすべて過ぎてから、後悔が襲ってくる。

今はかなりマイナーCPを描いていて、こんな自堕落ぶりで同じ界隈の人にも申し訳なくなったし、自意識過剰かもしれないけれど、CPイメージが悪くなるのではないかとまで思っている。それでもまだ、好きだから描きたいという思いはある。

しばらく、休んだほうがいいんじゃないかと自分でも思う。実質最近は大きな仕事を任されていて、同人活動は休止状態に近い。

でも今までの休止期間以上に極端に絵を描かなくなっていて、それが少し怖い。

もしこのまま、絵が描けなくなってしまったらと思うと、漠然とした不安が頭を埋める。

絵を描くこと、同人活動をすることは、自分人生においていつの間にかとても大事なことになっていた。10年くらい前は、なんとなくいつかは絵を描くこと、同人活動をやめる日が来るんじゃないかなと思っていた。「こういう職に就いてこういうことをしたい、それに打ち込みたい」と、自分創作とは関係しない夢を当時は持っていて、同人活動時間自然に淘汰されるのだろうという予感があった。けれど今になって、これからもしばらく同人活動を続けていきたいと思ったし、その終わりが見えてしまうのが怖くなった。

同人活動趣味に過ぎないと思う。つらいなら、できないなら、やめてしまえばいいと思う。

休止じゃなくて、……本当にもうやめてしまおうか?

そう思う時もある。でもそれがやっぱり怖い。

自分の不甲斐なさで好きだったことがつらくなって、自滅以外のなにものでもなくて、本当に馬鹿だなあと思う。

いい年になりつつあるが、浮いた話もとくにない。結婚というのも、同人活動をやめるきっかけとしてよくあることなのだろうか。知り合いでは結婚しても同人活動してる人がたくさんいるけれど。

仕事をして、日々が、月が、年が過ぎていく。仕事は嫌いではなく、むしろ好きだ。でも絵を描かない日々は、少しずつ自分の心を色褪せさせている気がする。

これからどうするかは、まだ決められていない。

同人活動続けようよ、あなた作品は素敵だよ」と言ってくれる人よりも、「あなた作品はこういうところがダメ活動姿勢ダメ。改められないなら、つらいならやめてしまえば?」と言いきってくれる人がほしい。

でもそれも独りよがりで、続けるきっかけ、またはやめるきっかけが他人からほしいだけなのだ自分で思う。方向はどうあれ、背中を押すか蹴るかしてほしいだけなんだと思う。

よしなしごとは、以上です。

弱気なこと、不安なことを言える機会がなかったので、ついここにしたためてしまいました。

読んでくださりありがとうございます

2018-02-02

CP移動の話を目にして思ったこと。

人の考えはそれぞれだからいちがいにこうだとは言いきれないけど、自分はってことで。

自分も細々と描いてる人間で、CPではないがジャンル移動した。

前のジャンルCPマイナーではないが大手までいかない、書き手がそこそこいた。

今のジャンルも大体同じ。

ただ移動を決めた決定的な理由は、

作品pixivにアップしてもブクマ評価もほぼなし

同じようにTwitterにアップしてもrtもファボもなし

稀にあると歓喜するレベル

でも本は多少の前後はあるものの、ほぼ決まった数捌ける

しか感想は皆無

まり反応を何も貰えない状態一年近く続いて、ちょっと悲しくなりながら原作二次を読むだけ読んでいた作品落書き漫画Twitterにアップしたところ初めて反応らしい反応を貰えた。それが嬉しくて落書き程度の作品をいくつかアップしたらそのたびに反応を貰えた。これが決定になった。

もちろん前のジャンルも好きだし、今も新刊が出れば買ってるサークルもあるけどやはり描いてる人間としては嬉しく、楽しく活動できる方が輝いてみえる。そんなわけで移動したけど、正直移動して良かったと思う。毎回ってわけではないけど、イベントで「新刊楽しみにしてました」なんて言われれば嬉しい。pixivブクマ評価コメントがつくと嬉しい。

それと前のジャンル離れて良かったなと思ったのは、離れて少ししてから「あれだけ好き好き言ってたのに移動するとか裏切り者」的なメールをもらったから。あのジャンルで始めてもらったメールがこれとか。ショックより変な笑いが出た。

なんか長くなったけど、誹謗中傷も辛いけど無反応も同じくらい辛いから、楽しい方に移動する気持ちは凄くよくわかるってことを書きたかった。

日本出版業界について説明こころみる

アマゾン出版取次外し加速 印刷工場から直接調達

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO26392390R30C18A1TJ2000/

ネット通販なら取次いらないし、マージンとられないし、出版社が儲かるし、ウハウハじゃんwww

ではない事情をできるだけ話を単純にして説明してみたいなー。と思った。

日本で本が書店に並ぶまでの流れ

→[出版社]が原稿を作って

→[印刷会社]が本を作って

→[取次会社]が買い取って

→全国の[書店]に配本されて消費者に売る。

まず、これが基本。出版業界は、大別して[出版]、[印刷]、[取次]、[書店]の4つの業種で成り立っている。

再販制」と「委託制」について

解説

日本出版業界は、この2つの制度採用している。

再販制;書店販売する本の価格を、出版社が決定できる契約の事。本など特定商品以外では独占禁止法に引っかかる違法行為

委託制;書店で売れ残った本は、出版社が買い戻さなければならない契約の事。

【背景】

出版は「文化的活動であるため、市場原理から保護されるべきである」という思想から

単純な市場原理に従って本を作ってしまうと「売れないけど文化的価値のある本」は儲からないので、作られなく・売られなくなってしまう。これを避けるために上記つの制度特別保護を行っている。

再販制」によって、出版社は、市場原理に基づく価格競争に対して強い抑止力を持つことができる。

委託制」によって、書店は、売れない本でもほぼノーリスクで店に置くことができる。

効果

「大して売れないだろうけどニッチニーズに答えられる可能性のある本」を作るリスクを極端に下げる事ができるので、出版文化多様性が確保できる。

「取次」について

原始的役割倉庫と配本】

出版社日本の隅々の書店まで本を届けるのは難しいため、その部分に特化した1次受け書店が「取次」。

本業務は、ある程度まとまった数量の本を出版社から買い入れて倉庫ストックしておいて、全国の書店からの注文に(ある程度)従って適宜本を配る。

ただ、これだけだと、ネット通販の普及とともに消えてしまう業種になる。

役割の変遷:銀行

委託制のため、取次は「出版社から一旦本を買い取って全国の書店に配本。その後、全国の書店からの返本を受け取り、出版社に買い取らせる」という業務を担う事になる。

このため、出版社は、とりあえず大量の本を作って取次に買い取らせれば、一時的にはまとまった資金調達する事ができる。

通常、新刊を出してから返本までには1年程度の猶予があるため、出版社は、作った本を担保にして、無利子で1年程度、お金を取次から「借入」する事ができる訳だ。

取次が出版業界における金融機関である、と言われる所以

業界内における力関係

1) 取次は、出版社に対してはお金を貸して、書店に対しては自分裁量で本を配る事ができる。

2) 取次は、大規模に展開するほど、商品多様性が増し、配本コストが下がるため、企業規模が大きくなる。一方で、出版社は高い専門性を保つ必要があり、書店地域に根差す必要があるため企業規模が小さくなる。

3) 取次は、「文化的活動を促進する企業」として錦の御旗を掲げることができる。

結果、取次は業界全体に対して圧倒的な支配力を持つことになる。

まとめ

このように日本出版業界では、出版文化多様性を確保しようとした結果、取次が非常に強い力を持ってしま構造になっている。

Amazonによる取次外しが、いかに大きな話であり、しかしそんな簡単ではない話なのかが判る。

さてここで、これまでの話に全く登場していないプレイヤーが一人いる。

出版業界における「最強の奴隷印刷会社である

(つづかない)

腐女子愚痴

疲れてしまった。人に、人間関係に。

ジャンル自体も落ち着いてる。人なんて滅多に増えない。その中でのんびりと楽しく本をだしたり感想言い合ったりして、身内ジャンルみたいな状態でのほほんと生きてたし、それが楽しかったけど、新しく入ってきた人の存在がもう私には耐えられなくて、嫌になってしまった。

ジャンルは好き。かきたいものはある。でもあの人がいるなら別にかきたくないし、発表したくない。地雷シチュの話をふっかけられても、何にも楽しくない。好きじゃないから。

他の人もみんなその人がいう地雷シチュの話をし始めたら、もう駄目。自分が好きなものがないから嫌なんて、そんな子供みたいな事言わないでって自分でも思う。でも駄目。私には女体化の良さは分からない。

多分よっぽど地雷らしい地雷なんてない。スカもリョナモブレも自分が好きかどうかは置いておくけど、嫌いじゃないし読めるし読む。

大スカは多少抵抗あるけど、小スカは割と好きだしモブレも好き。性癖範囲はそれほど狭くない、と思う。ハピエンもバッドエンドも死ネタもなんでもOK

でも女体化は違う。

一時的に何かのアクシデント女性の体になって最後には元に戻るみたいな話なら、まだ受け入れられるけど、先天性の女体化って本当に無理。

最初から女として生まれてきたならそれは全く違う別人で、同じように成長はしなかったでしょう?

二次創作全般を、キャラを筆者の玩具にする行為だと認識した上で言うけど、それってキャラを都合のいい玩具にしてるだけで別に好きなわけじゃないでしょ?

私は男性同士の恋愛を好んで読むしかく、腐女子から、男同士であってほしい。

女体化好きな人腐女子名乗るななんて言うつもりはない。

特殊性癖だから配慮しろ!と声を大きくして言うつもりもない、配慮なんてしなくていい。

そもそもBL自体特殊性癖だから。かきたいものをかきたい時にかきたいように、かけばいい。

でも自分が好きなもの他人も当たり前のように好きだと思わないで欲しい。貴方は好き、でも私は好きじゃない。

大きくないジャンルで、王道CPでもないから、最近になって話をするようになった人は勿論目に入る。

長くいてくれたら嬉しいなと思うから感想を言ったりする。それから仲良くなったりも、まあする。

でも地雷シチュの話をかいてってせびられても無理なものは無理。

萌えないもの時間と労力を割いてはかけないよ、趣味から

だって微塵も興味がない。好きじゃない。わざわざ好き好んで見たくない。

自分に、自分の好きなものを認めない攻撃性がなくて良かったと思う。

自分萎え他人萌えだと理解しているから、世の中の全ての事象をある程度のラインまでは許容出来る、出来ている。

でもその好きを強要されても同意出来ない。私は好きじゃない。

みんな良いって言ってくれるのに、みんなも好きだって言ってるのに。ってだから何?みんなって誰?他の誰でもない、私の主人格の私が好きじゃないって言ってるんだから、他の誰が好きでも、確固たる事実として、私は好きじゃないんだよ。

大衆が好きだっていうものを全ての人間が好きになるわけじゃないよ。自分の好みを「世間が」なんて大義名分振りかざして押し付けないで。

「みんな好きだって言ってるし、かいてるんだから○○さんも次の新作とか新刊は」ってその他の誰かの好きは私には関係ない。

好きだって言ってる人と楽しんで。私は嫌いだと公言した事はないけど、好きだと公言した事もない。

きじゃないから、わざと公言してない。

女体化の話をみんなでしていても、その輪の中に加わることはない。

きじゃないから、わざとそうしてるの。

でも嫌いだとわざわざ公言して、周りに配慮しろというつもりがないから、嫌いだと公言してないの。

嫌いだと言わないのは、他の誰がそれを好きでもそれを他人の事として受け入れられるからであって、決して好きだからじゃない。

どんなものにも好きな人がいる以上、わざわざ嫌いだと口に出す必要がないから、嫌いだと言っていないだけ。

何も言わない事と好きを履き違えないで。

そうして、好きじゃないもの強要され続けて、好きじゃなくなってしまった人と同じジャンルで、同じようにいる事が辛くなってしまった。

何を見てもその嫌いになってしまった人の影がちらつく。

でも今のジャンルは好き。

楽しい

嫌いに、なれない。

そんな気持ち半年同じ所にいたら、もう心の方が先にダメになってしまって、最終的に女体化をかかない私の作品なんて、誰も求めていないんだって思うようになってしまった。

それでも私は女体化をかかない。だってきじゃないから。

好きに、なれないから。

無理して好きになったものに、価値があるとは思えないから。

好きだといいきかせて作ったものが、人の心をうつとは思えないから。

半年からずっと、一回ジャンルを離れようと思ってる。

好きだけど、距離を置いて、作品も全部一回消してしまって、既刊も全部処分して、通販もやめてしまって、何も残さず、何も持たず、全てを今ここに置いていく。

そうでもしないときっとズルズルと好きで嫌いのまま、継続してしまうから

それはきっと辛い。

何にも持たない私はきっと心が軽くて、どこにでもいけるんだと思う。

行くところもいきたいところも、何にもないけど、それでも何か新しい好きを探すのは、きっと楽しい

もう疲れてしまった。嫌いなものを嫌いと言わない事に。

嫌いな人を嫌いと言わない事に。

嫌いな人と仲良くする事に。

好きが嫌いに変わる前に別れれば、きっと好きなままでいられる。

どうでも良くなってしまうかもしれないけど、私に嫌いな人を嫌いだと突き放して、人と喧嘩をする元気はない。

嫌がらせをして、攻撃して、他人を追い出して得た安寧に価値なんてないし、意味もない。

そもそも自分が嫌いなものを、人には言えないような手段排除して、それでも同じところにいるなんて、正しいと思えない。

自分の正しさが絶対だとは思っていないけど、私が今いるこの場所は、他人を傷つけてまで、欲しいものではない。

からきっと、私がこの場所を離れるしかない。

きっと私が愛したあのジャンルは、あの人が自分の好きを他人押し付けて、強要し続ける限り人が減っていくのかもしれない。

嫌いを共有したくないから誰にも話をしていないけど、にこやかに話している裏で同じように苦しんでいる人が居るのかもしれない。

でも私はその人を置いていく。

本当に好きな人けが残ればいい。

見えないくらい遠くから、見ているから。

数年後にはその人はいなくなっているかもしれない、そうなったらまた帰るんだろうし、もっと夢中になれる事を見つけていたら帰らないかもしれない。

それならそれでいい。

あと一回だけ、イベントを申し込んでいるから、それには出る。それで本当におしまい

終わりはいつでも寂しい。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん