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2020-09-14

anond:20200914131939 anond:20200914131458

1980年頃の日本の未婚男性 死亡年齢中央値なんか激やばい

なお、深田恭子 宇多田ヒカル 小栗旬 二宮和也 がいま37歳

⭐️1980年

性別未婚有配偶
37.1歳❗️70歳
58.4歳64.8歳

 

その10年後の1990年も 44.7歳

2000年になってようやく 53歳

 

自称KKO結婚できた時代など無いし(自称しているだけで増田KKO金も教養もある。昭和奉公などでガチ文盲がいた)

はてなマジョリティは未婚

2020-09-07

anond:20200907102931 anond:20200907103159

ポルポトなの?

ガチメンヘラが考えることはマジやべぇは

 

ジャップランド子どもは親の拡張臓器扱いで

児童福祉よりも親の権利・娯楽で

挙句子どもを育てた分だけ年金額をあげろとき

 

奉公女郎子どもを売り払った親たちもそうは言わなかっただろうよ

2020-09-06

anond:20200906211118

文盲であるが故にとか、法に疎いが故にとかは、

なろうの取ってつけたような話以外でもそこそこあるけど

割とセンシティブ話題から

奉公禁止なったのが昭和なのでギリ文盲世代は生きとるし

糸満売り(10前後貧困層少年が、前借金と引き換えに沖縄本島南部糸満漁師のもとで年季奉公)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B3%B8%E6%BA%80%E5%A3%B2%E3%82%8A

 

生活環境は厳しく労働は長時間におよんだ。雇子達の中には粗末な食事しか出されず、親方から虐待を受ける者もいた。

また年季が明ける度にさらに売りに出される者もいた。さらに泳法の訓練も過酷ものであり、縄で括った上で舟から海へ放り込むようなものであった。

また実際に糸満売りとされた人物証言によれば「ウムカシ(サツマイモから澱粉を取った残りの滓)が常食で、豊漁の時だけはイモがまともに食べられた」とのことであり、

先輩などからリンチやいわゆるいじめも横行していた。

なお年季が明けた(または戦後解放された)後は、幼少期から過酷労働により漁師としての技術を得たかつての雇子たちは、引き続き漁師として生計を立てていく例も多かった。

ただし少年期を過酷漁業の場で過ごしたため、学校での正規教育を受けておらず文盲が多かった。

 

だが必ずしも非人道的なことばかりがまかり通っていたわけでもなく、預かった子をまるで我が子のように養っていたとの証言もみられ、

またやはり雇子は親方にとっても「財産であるため無為いじめたり殺すようなことは損であるとして好まれなかったとされ、

雇子と親方の娘が結婚に至ったり、一部年季が免除されると言った事例もある。

 

文盲かいう深刻なのじゃなくて、

マーケティング知識程度ならそれこそリアリティー番組でもお気軽に見れるよ

まぁ経営をどうするかって視聴者以外にはそんなにお気軽な話でも無いんですけど

2020-08-30

[]登場・未登場人物

楠永玉秀(くすながたまひで):元居戸家家臣。ある意味主人公武威戦国トリックスター武威ノ本中の忍びから監視されている。

小鯨白姫(こくじらはくき):おほHoIおほHoIと外交をになう昇国の惣領兵科は槍折人。

馬場阿茶局(ばばあちゃのつぼね):昇国家老。居戸家家臣団の乳母役。

桜桃みやこ(おうとうみやこ):居戸家家臣。いつも三百人役(石高一万あたり兵三百を動員)で領民に優しい。

虫愛軽路(むしめづけいじ):居戸家家臣。釣り野伏の囮役が得意。

古田三目(ふるたさんもく):居戸家家臣。佩用する臑当てが左右で異なる。

鈴木神楽(すずきかぐら):居戸家家臣。トリガーハッピー鉄砲大将

地弥呼(ちみこ):幌生家足軽大将。東南の風を吹かせる。春画絵芝居を嗜む。

澪生狼(みぶろ):幌生家足軽大将トリックスターを楠永玉秀と争う。

凹田米国衛門(へこだこめくにえもん):幌生家足軽大将。兎耳形兜を着用する。

カルロス・某(かるろす):南蛮商人。楠永玉秀の乱後、幌生家の御用商人に収まる。

犬縣某(いぬあがた):楠永の家来。一説によれば一門衆とも。

愛宕縁(あたごえにし):最初戦国大名人外自称する。

蟐娥光圀(じょうがみつくに):為力家の副将軍二名の同僚を伴って諸国を漫遊する安国寺恵瓊武威ノ本における外交僧のこと)。飢饉に備え、領民雑草の食べ方を知らしめる。

深紅龍(しんくりゅう):元居戸家家臣。楠永と共に出奔したが、その後は距離を置いている。

蘇祝媛(そのほぎひめ):昇国組下大名。怪力の小兵。

留守麗(るすれい):幌生家足軽大将合戦時、床机の横に打つためのかまぼこ板を置くことから、板武将と呼ばれる。家中を強力に掌握している。

義原鰭(よしはらひれ):為力家の郎党。その胴間声は敵味方を震撼させる。

松杉衿(まつすぎえり):為力家奉公衆。火計を得意とする。

舞農庫(まいのうこ):為力家一領具足。火計を受けるのが得意。

天使香取(あまつかかとり):為力家陰陽師。「遅参つかまつった!」が口癖。

縷々美大(るるよしひろ):為力家先手大将。酒を注いだ盃に蜘蛛が落ちてきた際、鬼にその盃を干させた逸話を有する。

野良猫(のらねこ):為力家家猫。

用語

酸茶(すいティー):荘園などから兵に徴発させた兵糧のこと

 以前、馬場阿茶局を居戸家の家老と書き申したが間違いにて候🙇

楠永玉秀の謀略

https://anond.hatelabo.jp/20200823175138

株兎の屈辱

https://anond.hatelabo.jp/20200825185224

赤備えロンダリングゆめうつつ

https://anond.hatelabo.jp/20200830143411

この増田フィクションです。実在仮想人物団体などとは一切関係ありません。

2020-08-15

日中戦争従軍した祖父

過去記憶を頼りに書いているため、情報の正確性を保証できません。それを了承の上でお読みください。

前置きを飛ばしたい場合引用ブロック部分へ

今は亡き私の祖父は、日本軍兵士として末期の日中戦争従軍した。

10年前、祖父は私にその時の詳細を一度だけ語った。

第二次世界大戦が終わって75年、その話を自分記憶がこれ以上劣化しないうちに書き留めておく。

祖父1920年12月まれ1944年頃〜1945年従軍体験を語った当時90歳(認知機能正常)

・私 …1990年まれ、話を聞いた当時21歳

私は幼い頃から祖父中国戦争に行ったことを知っていた。

しかしそれ以上のことは何も知らないままだった。

大学2年のGW、私は両親、妹と共に父方の祖父母宅へ遊びに行った。

祖母と母が台所食事の片付けをし、祖父、父、妹、私が居間で団欒していたその時だった。

祖父が何の前置きもなく、そして極めて淡々と、幼少期から戦争体験を語り出した。


祖父淡路島の山深い農村で生まれた(長男ではない)。

高等小学校卒業後、街の酒屋で奉公した。

将来なりたい職業兵隊だった。

こんな田舎の子供でも「兵隊になる」と思わせる学校教育がなされていた。

奉公が終わった祖父本州民間企業就職した。

そして、徴集がかかった(徴兵検査1921年春?)。

戦地へ赴くよう命令されるまでは、日本国内で訓練を受ける。

兵隊には任期があり、その任期を過ぎると、戦場へ行かなくても良くなる。

任期陸軍・常備兵役現役の2年間?)

祖父任期満了の直前に「中国・石家荘」への出兵命令を受けた。

祖父の話しぶりからは、小学生頃は兵士に本気でなりたいと思っていたが、

いざ徴集される段階になってからは、出兵せずの任期満了を願っていたように感じられた。

ちなみに祖父JR国鉄と呼ぶノリで、中国全体を「満洲」と呼んでいた。

そのため私は石家荘を旧満洲国の都市勘違いしていた。


祖父日本から中国沿岸部まで船で移動し、その後陸路にて石家荘に到着した。

石家荘で祖父はある鉄道の警備を任された。

この鉄道を走る汽車日本軍の物資を運んでおり、これを中国側に妨害される恐れがある。

そのため駅だけではなく途中の線路も警備する必要があり、

祖父担当箇所は山あい農村に近い線路であった。

日本軍は農村占拠し、逃げ遅れたり抵抗した現地の民間人捕虜として捕らえ、使役していた。

しか日本軍に捕まっていない現地人もいて、

彼らが日本軍を襲ってくることがあった。

祖父は彼らに応戦し、山中を駆けずり回った。

当然ながら地の利日本軍より現地人にある。

それに山は樹木で覆われ視界が悪く、敵の姿が見えず、どこから襲ってくるかがわかりにくい。

彼らは銃を含む武器を持っており、しか自分たちの生活基盤を取り戻すべく必死こちらに向かってくる。

木と木の間からは、壮大な万里の長城が見えた。

祖父が戦ったのは民間人のみだったのか、民間人擬態した軍人だったのか、それとも両者混ざっていたのか」

という、かなり重要情報が私の記憶から抜け落ちてしまっている。


ある日、祖父は仲間達と共に銃の撃ち合いをしていた。

もちろん敵から銃弾自分達に向かって飛んでくる(祖父は「プププププッ」という効果音と共に

親指と人差し指でつまむようなポーズをとり、右から左に水平に移動させることで弾道を表現した)。

その時、横にいた年上の兵隊に弾が命中し、彼は息絶えた。

そしてその後、祖父の片脚にも弾が当たった。

祖父は山の中を担架で野戦病院へと運ばれた。

運んだのは、中国人の捕虜達だった。

銃創のでき方によっては、当時の医療技術では脚を切断しなければならなかった。

しか祖父場合銃弾は膝上を貫通しており、脚の切断は免れた。

ただ、祖父の傷の縫合は無麻酔で行われ、激痛が伴った。

祖父野戦病院入院している間、祖父のいた部隊中国側の総攻撃に遭った。

結果、部隊の多くの兵士犠牲となった。

祖父は小柄で屈強ではないため、戦友会では「あの時入院していなかったらお前も死んでいただろう」とよく言われたという。

祖父はその後、1945年8月15日太平洋戦争終戦」を現地で迎えた。

一ヶ月後に日中戦争終結したが、他の任務があったらしく、

祖父帰国は1945〜1946年の冬頃となった。

この部分を聞いた時、私は色々なショックを受けた。

戦争リアル、穏やかでニコニコしている「おじいちゃん」の抱える痛み、そして父や自分誕生紙一重だったということ。

私は祖父の膝上・その裏の傷跡をこの時初めて認識した。


祖父による戦争体験の話には後日談がある。

実は、祖父は膝上の銃弾貫通と同時に片足の小指を失っていた。

このことは、祖父葬儀喪主の伯父(祖父長男)が挨拶の場で初めて語った。

喪主挨拶では他にも、祖父が夜中に大声を出して飛び起きていた(のを幼き日の伯父が目撃した)ことが明かされた。

祖父戦地体験を引き金としたPTSD発症していた可能性がある。

これらの話を祖父がすることはなかったし、裸足の祖父を何度も見ているはずなのに、指が無いことに全く気がつかなかった。

銃弾効果音まぬけさといい、「自分中国人を撃った」経験を話さなかったことといい、

祖父の語りは孫娘用にかなりマイルドになされていたに違いない。

祖父がなぜあのタイミング戦争体験を孫に話したのか、その意図を聞くことはもうできない。

話に圧倒されてしまい、また深堀りを戸惑ってしまい、曖昧情報確認や疑問の解決ほとんどできなかった。

90歳で突如戦争体験を語った3年後、祖父は93歳で他界した。

2020-08-14

じゃぁおわかれしよう。

なんか、いってほしいなら、いうけど

お別れもしょうがない。

心に左右することをあまりにも簡単に言う 

僕には洗脳しかみえいから、商売以上で付き合うことは無理。

 

いわれたことを やってあげる。ご奉公

ただ、私の人生は私のものから勝手に育てようとしないで あなたの子供じゃないか

業務上必要範囲仕事の前に言って 合意をして その範囲で教えあって 納品して お金をもらう

 

下請けができることで、商売上の秘密ノウハウなんて 何があっても知らないなどということは、ないから全て言え。 まぁそうだろうね。あなたのところはそうだろう。でも

秘密を家なんて

血を流しても わからないようなやつに 人と話をする教育を受けているとは思えない

包丁持ち出して、言わなきゃ殺すぞというやつには おしげもなく言うことにしている

他にも塩素漂白剤と酸漂白剤を寝室に持ち込むやつにも、言うことにしている

あとは金を教えてくれというひとにも教えている。

そうでないかぎり、言わないし、納品もしない

2020-07-29

人にはそれぞれ良いところがある

いやいやゲーム脳かよ

パワーキャラスピードが遅くスピードキャラはパワーが低いってそんなゲームバランス成立させるような形で世界はできてないだろ

現実にはパワーとスピードを兼ね備えた人間もいるし両方持たないどうしようもないグズもいるだろ

もっと別の評価軸を持ってくればって?それがゲーム脳っつってんだよ。

グズにはちゃんとグズって言えよ。グズで使えないやつだなという判断をする加害性から逃げたいだけだろ。

あなたはグズだと罵って虐げる←犯罪者死ね

あなたはグズだと言わず綺麗事で逃げる←お前らのことだよ卑怯

あなたはグズだと言ってノブレスブリージュの精神奉公する←現代で求められてるのはコレ、わかれよ

別に②を選択してもいいけど、そのとき自分卑怯であることをその脳みそに刻んでおけ

anond:20200729054447

寒村の子どもらは間引きされて河童になったり

遊郭に売られたり漁師に売られたり奉公に売られたりした

間引き人権意識がなかった時代から

育った後の遊郭に売られたのは常じゃなくて、飢饉などが起きた状態での話。日本でも世界恐慌さなかに東北地方飢饉が発生したがゆえに身売りが多発して、226事件みたいなクーデターに発展した。

まあ恐慌に対しての経済措置というのを人類は持ち合わせてなかったということもあろうが。

漁師奉公はこれはただの労働者からな。そして人権意識の代わりに、儒教精神があった。儒教本来は上が下に目配りして、下が上に従えば理想社会になるという形であるので、上が下への気配りはしていたよ。

昔の労働暗黒時代だったというのはそれはそれで変な観点に侵されすぎてる。

それでも性病への対処法がなかったのと、どうしても若い時期を過ぎたら捨てられる存在から性風俗が多くの女性にとって苦界だったのは違いはない。一部身請けとしての開放があったけどな。

anond:20200729052701

ポテサラの件もそうだけど金があるなら、そもそも自炊する必要がないので

セレブならプライベートシェフがいるし

料理好きで趣味です」じゃ無いのなら自炊はお財布と相談した結果に過ぎない

 

金がないか子ども中心にならざるを得ないだけ

 

貧乏子ども中心の生活になるのは当たり前では?意味不明過ぎて驚くんだが

 

子ども中心がイヤじゃなくて育てられるか不安なら

いろいろ支援があるから大丈夫

正直、親の精神・体調が安定していること以上に重要なことって日本では無い

 

あと歴史創造はやめよう

寒村の子どもらは間引きされて河童になったり

遊郭に売られたり漁師に売られたり奉公に売られたりした

 

原因はなんなのかよくわからないが(戦後の困難期だから〜じゃ女性との極端な差の説明付かない)

1980年頃の日本男性の死亡年齢中央値なんか激やばい

なお、深田恭子 宇多田ヒカル 小栗旬 二宮和也 がいま37歳

 

⭐️1980年

性別未婚有配偶
37.1歳❗️70歳
58.4歳64.8歳

 

⭐️2018年

性別未婚有配偶
66.3歳81.3歳
81.9歳78.3歳

2020-07-15

anond:20200714215046

旦那」という言葉語源理由夫婦関係を表すのに相応しくないというけど、言葉意味は変化するってことにも目を向けてほしい。

丁稚奉公がほぼなくなった現代では「旦那」って言葉シンプルに「配偶者」を指す言葉に変化している。

女性が「うちの旦那がさぁ・・」みたいに話しているからといって、うちの家庭は男尊女卑です、みたいなニュアンスは全くない。

パートナー」は現代でも夫婦関係以外に使える場面が多すぎるから配偶者」を分かりやすく示す言葉としては向かないし、

しろそれを使うことで「男女は平等であるべき」という思想が会話に乗ってしまう。色々な意味で使いづらいと思う。

話はちょっと変わるけどさ

欧米で「パートナー」という言葉が男女関係を指すようになった当初は、「事実婚しているカップル」とか「同棲をしているが性関係はない男女」とか、そういう「結婚」という枠ではくくれない関係を指していたらしいじゃん。

2人がどういう関係他人説明したくない時に使う「隠語」のようなものだったから、多義的ニュアンスがむしろ相応しかったんだろうね

それなのに「夫婦は対等であるべき」という思想を持つ人たちが後付けで「夫婦=パートナー」という風に使いだしちゃったもんだから、わりと本末転倒感があるんだよね・・・思想がまず先に来て、言葉の使いやすさは二の次というか・・・

旦那」を叩くのに語源理由にするなら、むしろ俺は「パートナー」という語のここ最近歴史的経緯を鑑みつつそっちを叩かせてもらうよ。

anond:20200715141505

市とかから補助金でるから地域科つくったほうが大学はもうかる(場合がある)。

とにかく地元就職してほしいという願い。ただし就職口はない。

この施策の究極にあるのが自治医科大学無料でいける医科大学だがお礼奉公が発生する。

2020-07-14

anond:20200714212851

いや違うよ、旦那って呼び方主従関係を示すので夫婦関係で使うのは相応しくない。これとコンテクストで「パートナー」を使い分けるのは全く違う話。

パートナーそもそも可分である相手方を示すので良いが「旦那」って語にはそもそも主従関係が含まれるので店の主人と丁稚奉公かなんかの間で使う関係しか相応しくない。

2020-07-08

晩夏を思う

大きめの銀行就職して3年たった。

就活生には申し訳ないが、弊社の採用サイトなぞデタラメだ。

あんなことできるこんなことできる、確かに事実なのだろうが、そんなことが出来ているのは結局のところエリート採用された上澄か、所謂大都市拠点支店に初任で配属された一部の人間ばかりだ。自分をはじめとした圧倒的大多数は地方の、さらに片田舎支店に配属され、一生同じような仕事を繰り返すことになる。まさに歯車と言っていい。尊敬していたかなり年上の先輩は「手をあげ続けてきたけどチャレンジすらさせてもらえなかった。」とかなんとか言って他所に移って行った。研修に行けばいつ辞めようかあいつはもう辞めたと言った話ばかり。

とは言え楽しそうに仕事している人がいるのも事実10年目ともなると担当先も案件のある先が増え、仕事もある程度自分で回せるようになり、それなりのやりがいを覚えるようだ。若手で楽しそうに仕事している人は稀だろう。大概は支店の、誰も持ちたがらないような先を持たされて疲弊している。若手で楽しそうに仕事している人間は、本当に案件と同僚に恵まれたか、よほどの営業の才能があるか、あるいはただの馬鹿だ。「これまで誰も掘れなかった先を持ってるんだぞ。やりがいしかないだろう。」本気でこう言ってきているのなら余程の呑気であるし、闘魂注入のためであればこれも余程の呑気だろう。

外回りしろ、じゃないんだ。準備してから訪問しろ、じゃないんだ。どこに何が書いてあるのかわからないような手続き書と睨めっこしながら通常の事務をまわしつつ、好き勝手まれ雑用をこなしつつ、誰もやりたがらない支店お荷物先の対応をしてるんだ。いつ潰れるかもわからない会社でご奉公なんて時代じゃ今はもうないんだ。

銀行採用は実に卑怯である。上の人間仕事に集中できるように若者使い捨てている。雑用を、前の世代の尻拭いを、無駄に抱え込んだ不採算先を全て若手に押し付けるために、キラキラした「バンカー」を喧伝し、これまで大量採用を続けてきたに違いない。徐々に減ってきているとはいえ今もそうだ。離職率を見ればわかる。そして生き残った人々が自覚無自覚か知らないが同じことを続けていくのだ。僕は事務屋さんではない。20代をこんななんのスキルも身につかないような場所で終えたくない。3年で身についたのは「おっしゃる通りです。」「申し訳ございません。」のスピードだけだ。財務エクセル英語も、何もわからないまま。仕事書類を擦り出して一枚一枚丁寧に付箋を貼って、上司印鑑をもらうだけ。親が泣いているぞ。

給料世間的に見れば〜という話もあるだろうが、自分の周りを見れば圧倒的に低いと言えるだろう。聞いた話では若手の給料は庶務さんと同じ程度だそうだ。ことによれば事務お姉さまよりも断然低い。「私たちには責任は取れないので、そちらで判断してから持ってきてください。」だったら判断の分だけでも俺の給料を上げてくれ。もちろん堅確な事務車の両輪の如く大切であるのは間違いない。ただ、どこまで行っても若手は事務処理要員の一つとしか見做されないのだなあと思うとやりきれない。

銀行業界も内部の人間ももうめちゃくちゃだ。銀行に限った話じゃないのだろうけれど。

業界はお互いにお互いの首を真綿で締めあっていると言える。採算度外視金利競争地方地方でズブズブの企業人間関係。じゃあ今度は金利じゃ儲からいか手数料だ。収益を上げろ。そうして投信を売る。かつてはゴルフ会員権を売った銀行もあったそうだ。流動性が桁違いなので全く同じとは言わないが、似たものを感じる。顧客第一主義とは何か。本部から還元される資料には必ず「切り返し話法」が載っている。洗脳と変わらないじゃないか

内部も内部だ。本部の言うことは一貫していないし、表彰ルールだってややこしい。あれしてこれしてこうして下さい、分厚いルールブックを配られて、それでもよくわからないことだらけ。皆が上席に忖度して媚び諂っている。風通しが良いふうを装っているあるいは本気で信じている上席はいるが、結局のところは自分意見が正しいのだ。誰も自分意見は言わず、本人のいないところで愚痴を言うだけ。

「やめられない」のは一番悪いところかもしれない。今やどこの支店セコムやらアルソックやらを導入しているのに、いまだに金庫内のキャビネットの鍵すら丁寧に施錠している。セコムが破られて、分厚い金庫まで破る相手キャビネットの鍵がなんだと言うのだ。そう言う決まりから。これで終わりなのだ。鍵の開け閉めに一日30分はかかっているのに。朝礼も無限に長くなっていく。と言うかそもそも毎日朝礼する必要があるのか?あれもこれもとコンテンツを追加していって、結局始業の時間ギリギリになっている。知っていると思うんだけど、時間は有限だぞ。

仕事の仕組みも散々だ。手続き書に全てが書いてあるはずの銀行業務は、確かに全て書いてあるのだが、各所に分散していて、そこを参照すればいいのかは経験に強く依存している。ある業務を行うにはこの手続き書と、別の手続き書と、あの通達と、どこにも書いていないあの様式書類を添付する必要がある、なんてのはザラだ。掲示板もいくつもいくつもいくつもあってまるでキメラのようだ。

この原因はおそらくデジタル化の勘違いからきていると僕は考えている。要はかつて銀行業務パソコンを導入した人たちは「紙でやる業務ワープロを導入した」世代で、上にならえの我が業界人たちは長いことこれを踏襲してきているから不便なのだ

定型的な業務であれば全て一つのシステムで、一気通貫に、指示通りの動作を行っていけば約定・実行まで終わるようにできて然るべきだろう。いくつもいくつもシステムがあって、それに対応するようにいくつもいくつもパスワードがあって、結局皆覚えきれずに手帳なりノートなりに一覧を作って管理している。何もかも無駄である銀行にはこれを改革することはできない。お客さんには新しいシステム!を案内しておきながら内部でやる事務はなんら変わっていないどころか手間が増えていたりする。これじゃできの悪いハリボである採用もそうだが外面だけ立派で中は人を消耗するボロボロシステム銀行である。偉い人々はもう使うことがないから忘れているのだろうが、次世代金融どころの話ではない。そういった妄言はまず中身を整えてから、せめてそういった姿勢を見せてからだろう。若手はもう限界だ。文句を言うくらいなら手続きを覚えろと言うのは全くその通りであるが、人材流動性が高まろうといった現在手続きと言うある意味本質的でないところで時間を取らせる現在システムのままでは人材の受入はできないだろう。

銀行人材斡旋すると言うニュースがある。世間がどの程度銀行人材を誤解しているのか知らないが、その太宗は大したスキルのないおじさんたちである排出は考えるが受入は考えない、いつまで殿様のつもりなのだろう。銀行働き方改革などと言う訳のわからない施策を講じる前に仕事の仕組みを改めて整えるべきだろう。

サービス大事だと偉い人は言う。寄り添った提案大事だと。僕はそうは思わない。これは特にリテール分野の話ではあるが、真に投信等に関心があれば手前でやるのだ。それも手数料の安いネット銀行で。ソニー銀行は口座開設からから便利だし、楽天銀行UIは流石楽天まり良くないが結局便利だ。僕自身のメインバンクネット銀行だ。寄り添った提案なぞ今働く世代にはできっこない。どうせ同じ時間帯で働いているのだ。寄り添った提案、結局のところ金持ち年寄りに媚びて情に絆すだけのサービスに過ぎない。フローチャートを細かくすればそれこそネットで出来ることだ。

日本は多くの人が銀行口座を持つ珍しい国だと聞く。この傾向は続くだろうがそれはネット銀行に偏るだろう。店舗型の銀行は今のままでは本当にただコストだけ抱える過去遺物に成り下がるだろう。いっそ法人個人を全く別の銀行にしてしまえとさえ思う。そっちの方が余程効率がいいだろう。

偉い人曰くサービス大事なのは銀行が同じような商品を取り扱っているからだと言う。確かにそうだ。特に法人分野はその傾向が強い。担当者の能力に依るものは大きい。一方で個人分野では少し違うんじゃないか、見落としがあるんじゃないかと思う。

我々商業銀行商業銀行であるが故に、もっとブランド意識するべきだろう。それは金持ち年寄りに対する温い媚びのサービスであってはならず、どちらかと言うとアップルカード連想されるような、スマート商品開発だ。キャッシュカードやらスマホアプリやら、実は銀行には他行差別化の図れる商品がいくつかある。保有して人に自慢したくなるような商品の開発こそ、何も捨てられない銀行いつまでも大衆銀行であるために必要なことだろう。

なんだってやるべきだ。いつまでもジャケットを着てるのではなく、ポロシャツを着て街に出るべきだ。銀行タイアップしたカフェやらコーワキングスペースやらをもっと作るべきだ。せっかく無駄資産をたくさん持っているのだから。無形の価値を、ブランドを、高めて向こうからやってきてくれる銀行になるべきだ。〇〇BANKがお洒落スマート代名詞になる日がくればいい。BANKの語源の確かなところは知らないが、いずれにせよ皆が腰掛けることのできる公器たるべきだ。因みにポロシャツエスカレーションラダーを増やすといった意味でも是非とも推進するべきだ。普段カジュアルであるからこそスーツがより際立つのだ。振り切りが大事だ。年寄りと金持ちには徹底的に媚びよう。大理石造りの基幹店を作ってもいい。マホガニーかなにか高級な素材を使った店内で、徹底的に厚遇すれば良い。そしてブランド大衆を惹きつけよう。認知なくしては居ないものと同じなのだ

思うがままに書き連ねて、推敲すらできていないが、日々感じるストレスの中、間も無く来るであろう異動を思い、こんなことを書いてしまった。

普段業務ではこんなことできない。つまらないオトナ達が上の顔を見ながらクソみたいな施策を出してくるのを見守るだけだ。

仮にこう言う仕事ができるような年次になった時、おそらく僕もそういったクソみたいな大人になっていることだろう。

人事へ。探さないでください。なんだかんだ言って僕はまだクビにはなりたくありませんので。辞めるまで待ってくれよな。

何もできない若手の、根拠もない取り止めのない妄想である。これを根性のない若手と切り捨てるのは容易だ。僕でもそうする。ただ、そうして肥大してきた結果が「必要とされない銀行であると言うことは偉い人は強く認識するべきだろう。だから、少しでもいいから真の改革姿勢を、我々が充実して働けるような未来を見せて欲しい。何を言ってるのか自分でもわからなくなってきたな。いつかもっとまとめて書くこととする。

2020-07-01

anond:20200701005952

あー、それもあるね。明治以降も続いたし。奉公とかも。

でも小作人には子供奉公に出したり遊郭に売ったりする自由はあったのか。それともこれもやはり地主許可必要だったのかな。そもそも売り先の斡旋自体地主がやってるしな。

2020-06-29

anond:20200629101327

それも妄想なのじゃよ

結婚自由意思ではなくビジネスだし

そのビジネスに参加することができず

クソ親方の元で死んだりタコ部屋で死んだりする次男三男もいたし

遊郭へ売られる娘もおったし奉公>一生下働きの女もいた

おじろくおばさとか含めて、よくよく考えることだ

2020-06-25

番町皿屋敷Okiku!

牛込御門内五番町にかつて「吉田屋敷」と呼ばれる屋敷があり、これがレッドスロープに移転して空き地になった跡に千姫サン御殿が造られたという。それも空き地になった後、その一角に火付盗賊改・青山播磨守主膳サン屋敷があった。ここにOkikuというゲジョガール奉公していた。承応二年(1653年)正月二日、Okikuは主膳が大事にしていた皿十枚のうちのワンプレートをクラッシュ!!

アイエエエ!?」怒った奥方サンはOkikuをセップク勧めさせるが、主膳はそれでは手ぬるいとワンプレートの代わりにとOkikuのフィンガーをセップクさせ、手打ちにするといって一室に監禁してしまう。Okikuは縄付きのまま部屋を抜け出して裏のオール井戸に身を投げた。まもなく夜ごとに井戸の底から「ワン……ツー……」とディッシュを数えるOkikuの声がエド中に響き渡り、身の毛もよだつスケアリーであった。

やがて奥方の産んだチルドレンには右の中指が無かった。やがてこの事件は公儀サンの耳にも入り、主膳は所領を没収された。

その後もなお屋敷内でプレートの数え声がコンティニューするというので、公儀は小石川伝通院サンの了誉上人サンに鎮魂の読経を依頼した。ある夜、上人サン読経しているところに皿を数える声が「ええと……ないん……」、そこですかさず上人サンは「テン!」と付け加えると、Okikuの亡霊は「サンキューフォーブリシング」と言って消え失せたという。

2020-06-23

ネトウヨ」と蔑称される人達なんだけどさ

ツィートだのブコメだのを見ていくと、ネトウヨ左翼が悪意を込めて呼ぶ人達って、決して反民主主義的な思想を抱いている訳ではない様に思えるんだよな。

彼らは右翼であるから権力側・強者立場からものを考え』て利害を見積もっていて、権力に対して弱者側にある大衆権利主張に対して強い悪意を抱く傾向が強いけれども、制度としての民主主義に対しては基本的に支持していて、本質的には民主主義者であり自由主義者ではあるのだよな。

彼らが蛇蝎の様に嫌っているかの様に見える生活保護制度を始めとした社会福祉なども、彼らは「行き過ぎた福祉・間違った福祉」という言い方を必ずする。 福祉制度存在のものについて否定するネット右翼はまだ見たことがない。

もっとも、大衆の持つ権利としての福祉という考え方には否定的で、封建的な「強者からの温情としての施し・慈善」を福祉だと思っているため、福祉権利と捉える弱者を「生意気なやつだからお上の施しを受ける資格がない。死ねばいい」と考えている類のネット右翼は非常に多く見受けられる。 とは言え、福祉のもの否定していないことは間違いないだろう。(誤解は深いと思うけど)

権利義務を果たしたものに(権力から)与えられる」って考え方は、ネット右翼(のうち、最低限の教養すらない者)には普通認識だろうと思うけれども、そういう権利義務関係は全く民主主義的でないと思うが、だからネット右翼民主主義者ではありえないというのはやはり言い過ぎで、自意識の上では彼らは完全に民主主義者だろうし、客観的に見ても「勘違いした民主主義者」くらいではなかろうか?

民主主義社会以前、あらゆる権利はそれを実力=暴力で勝ち取った権力者の持ち物であり、そしてその権力から支配者に「恩恵、あるいは奉公に対する対価として」分かち与えられるものであったし、保守である右翼は未だに権利をその様に理解しているので、その面では民主主義者の資格に欠けると言えないことはないのだけれども。

2020-06-15

anond:20200615092850

組み伏せているとき複数人にいてテーザーを所持したまま、身体的に接触して組み伏せていたらテーザーを奪われたので射殺しましたって

射殺したかったと思うんだが

4人で行動していたのなら2名がテーザーをあい方にわたして 組み伏せて

あいてが奉公に及んだらそれこそテーザーをつかえよと指摘された場合

警官にそれをいうのは残酷だが

4名で行動していた場合テーザーを所持したままくみあい かつ 制圧にテーザーではなく銃器制圧ってじゃぁテーザーもちあるくなよってならないの?

2020-05-21

anond:20200521172719

SESでも受託でも人材確保のためにスクールに入れたり、自分スクール作ったりしてるところは珍しくないよ。

けど、そこで身につくのは人月計算カウントできる歯車としての機能だけ。

全体構想やインフラセキュリティ含めた全体像が見えてこないと、追い回され感はぬぐえないと思う。

プロジェクトリーダーに聞けば全体像簡単には説明してくれると思うけど、それが理解できるようになるにはスクールでは足りない。

理解できるまで基礎から何度もかみ砕いて教えてくれる聖人君子はまあいない。そんな時間もない。

参考書を教えてくれてこれを読めといわれるだけ。(しっかり読めばちゃんと書いてあるんだが)

我慢して丁稚奉公を続けていけばだんだんわかってくる人が多いが、才能ない奴はいつまでたってもわからない。

わかったふりをしている人もふんわり聞きかじっただけの人が大半。公式ドキュメントまで読む人は少ない。

キラキラハイスペックプログラマーへの道は遥かに遠く険しい。

2020-04-20

anond:20200420192320

それがそもそも妄想から

結婚自由意思ではなくビジネスだし

そのビジネスに参加することのできない次男三男もいたし遊郭へ売られる娘もおったしそこまでいかずとも奉公>一生下働きの女もいた

おじろくおばさとか、よくよく考えることだ


なおワイは子どもに親切やで

子どもは親を選べないからな

2020-03-01

anond:20200301082740

避妊法で実効性のあるものは無いに等しかっただろうけど、子供が生まれ過ぎたら間引く養子に出す、丁稚奉公に出す、遊廓へ売る、早くに嫁にだすなどしていた。

1話当時に12歳だった禰豆子(着ているもの髪型からして"大人"として扱われている)がまだ家にいる辺り、貧しいながらも極度に生活に困ってはいないのだろうな、と思う。

竈門家の場所は明らかではないけど、岐阜石川長野辺りの山の中ではないかと思う。そういう土地は貧しくて口減らし普通だったはず。富岡製糸場女工達がそういう地方の出だ。

そういう処でも禰豆子を家に置き続けていられたのは、竈門家が山の中にポツンと建った一軒家に住んでいて、どこの集落にも属しておらず、他人からちゃごちゃと口を出されにくい環境だったからなのではないかと思う。

2020-02-13

anond:20200212225321

御恩と奉公崩壊してるのはマネージメント不全によるものでしょ?後残業も。

御恩がどこに行っても感じられないのなら向上心なんて知らん、別に報いがある趣味でもやってるわというのが現代社会

anond:20200213110732

いやー、医者も使命優先だったけど、プライベート優先に切り替わりつつある過渡期でしょ。

御恩と奉公は、御恩がまずあって奉公があるべきもので、御恩が過重だったり、御恩がそもそもない場合には奉公なんかぶん投げるべきもの

2020-01-03

anond:20200103075454

御恩と奉公やぞ

従ううまみもないくせに忠誠だけ要求できるか

2019-12-24

anond:20191222011346

工場は人が多く、労働組合が早くに立ちあがり組織化されてきたからね。

それはそれで馴れ合いも生んでいるが、組合があるのは強い。

サービス業個人商店から急激に産業に変わっていったから、労働者意識が薄い。

いまだに丁稚奉公の気分の経営者が多い。

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