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はてなキーワード: 京都弁とは

2024-11-19

anond:20241119175936

京都弁斎藤さんを支持してはるんですやろ?」

→意訳「頭が悪そうですね」

2024-10-22

anond:20241022093547

その京都弁共通語翻訳しますと、

「うるせーーーーっ!!!このへたくそーーーっ!!!

となります

ご注意ください。

2024-09-30

三  学年は九月十一日に始まった。三四郎は正直に午前十時半ごろ学校へ行ってみたが、玄関前の掲示場に講義時間割りがあるばかりで学生は一人もいない。自分の聞くべき分だけを手帳に書きとめて、それから事務室へ寄ったら、さすがに事務員だけは出ていた。講義はいからまりますかと聞くと、九月十一日から始まると言っている。すましたものである。でも、どの部屋を見ても講義がないようですがと尋ねると、それは先生がいないからだと答えた。三四郎はなるほどと思って事務室を出た。裏へ回って、大きな欅の下から高い空をのぞいたら、普通の空よりも明らかに見えた。熊笹の中を水ぎわへおりて、例の椎の木の所まで来て、またしゃがんだ。あの女がもう一ぺん通ればいいくらいに考えて、たびたび丘の上をながめたが、丘の上には人影もしなかった。三四郎はそれが当然だと考えた。けれどもやはりしゃがんでいた。すると、午砲が鳴ったんで驚いて下宿へ帰った。  翌日は正八時に学校へ行った。正門をはいると、とっつきの大通りの左右に植えてある銀杏並木が目についた。銀杏が向こうの方で尽きるあたりから、だらだら坂に下がって、正門のきわに立った三四郎から見ると、坂の向こうにある理科大学は二階の一部しか出ていない。その屋根のうしろ朝日を受けた上野の森が遠く輝いている。日は正面にある。三四郎はこの奥行のある景色を愉快に感じた。  銀杏並木こちら側で尽きる右手には法文科大学がある。左手には少しさがって博物の教室がある。建築は双方ともに同じで、細長い窓の上に、三角にとがった屋根突き出している。その三角の縁に当る赤煉瓦と黒い屋根のつぎめの所が細い石の直線でできている。そうしてその石の色が少し青味を帯びて、すぐ下にくるはでな赤煉瓦一種の趣を添えている。そうしてこの長い窓と、高い三角が横にいくつも続いている。三四郎はこのあいだ野々宮君の説を聞いてから以来、急にこの建物をありがたく思っていたが、けさは、この意見が野々宮君の意見でなくって、初手から自分の持説であるような気がしだした。ことに博物室が法文科と一直線に並んでいないで、少し奥へ引っ込んでいるところが不規則で妙だと思った。こんど野々宮君に会ったら自分発明としてこの説を持ち出そうと考えた。  法文科の右のはずれから半町ほど前へ突き出している図書館にも感服した。よくわからないがなんでも同じ建築だろうと考えられる。その赤い壁につけて、大きな棕櫚の木を五、六本植えたところが大いにいい。左手のずっと奥にある工科大学封建時代西洋のお城から割り出したように見えた。まっ四角にできあがっている。窓も四角である。ただ四すみと入口が丸い。これは櫓を形取ったんだろう。お城だけにしっかりしている。法文科みたように倒れそうでない。なんだか背の低い相撲取りに似ている。  三四郎は見渡すかぎり見渡して、このほかにもまだ目に入らない建物がたくさんあることを勘定に入れて、どことな雄大な感じを起こした。「学問の府はこうなくってはならない。こういう構えがあればこそ研究もできる。えらいものだ」――三四郎大学者になったような心持ちがした。  けれども教室はいってみたら、鐘は鳴っても先生は来なかった。その代り学生も出て来ない。次の時間もそのとおりであった。三四郎は癇癪を起こして教場を出た。そうして念のために池の周囲を二へんばかり回って下宿へ帰った。  それから約十日ばかりたってから、ようやく講義が始まった。三四郎がはじめて教室はいって、ほかの学生といっしょに先生の来るのを待っていた時の心持ちはじつに殊勝なものであった。神主が装束を着けて、これから祭典でも行なおうとするまぎわには、こういう気分がするだろうと、三四郎自分自分の了見を推定した。じっさい学問の威厳に打たれたに違いない。それのみならず、先生ベルが鳴って十五分立っても出て来ないのでますます予期から生ずる敬畏の念を増した。そのうち人品のいいおじいさんの西洋人が戸をあけてはいってきて、流暢な英語講義を始めた。三四郎はその時 answer という字はアングロ・サクソン語の and-swaru から出たんだということを覚えた。それからスコットの通った小学校の村の名を覚えた。いずれも大切に筆記帳にしるしておいた。その次には文学論の講義に出た。この先生教室はいって、ちょっと黒板をながめていたが、黒板の上に書いてある Geschehen という字と Nachbild という字を見て、はあドイツ語かと言って、笑いながらさっさと消してしまった。三四郎はこれがためにドイツ語に対する敬意を少し失ったように感じた。先生は、それから古来文学者が文学に対して下した定義をおよそ二十ばかり並べた。三四郎はこれも大事手帳に筆記しておいた。午後は大教室に出た。その教室には約七、八十人ほどの聴講者がいた。したがって先生演説口調であった。砲声一発浦賀の夢を破ってという冒頭であったから、三四郎おもしろがって聞いていると、しまいにはドイツ哲学者の名がたくさん出てきてはなはだ解しにくくなった。机の上を見ると、落第という字がみごとに彫ってある。よほど暇に任せて仕上げたものみえて、堅い樫の板をきれいに切り込んだてぎわは素人とは思われない。深刻のできである。隣の男は感心に根気よく筆記をつづけている。のぞいて見ると筆記ではない。遠くから先生の似顔をポンチにかいていたのである三四郎のぞくやいなや隣の男はノート三四郎の方に出して見せた。絵はうまくできているが、そばに久方の雲井の空の子規と書いてあるのは、なんのことだか判じかねた。  講義が終ってから三四郎はなんとなく疲労したような気味で、二階の窓から頬杖を突いて、正門内の庭を見おろしていた。ただ大きな松や桜を植えてそのあいだに砂利を敷いた広い道をつけたばかりであるが、手を入れすぎていないだけに、見ていて心持ちがいい。野々宮君の話によるとここは昔はこうきれいではなかった。野々宮君の先生のなんとかいう人が、学生の時分馬に乗って、ここを乗り回すうち、馬がいうことを聞かないで、意地を悪くわざと木の下を通るので、帽子が松の枝に引っかかる。下駄の歯が鐙にはさまる。先生はたいへん困っていると、正門前喜多床という髪結床の職人がおおぜい出てきて、おもしろがって笑っていたそうである。その時分には有志の者が醵金して構内に厩をこしらえて、三頭の馬と、馬の先生とを飼っておいた。ところが先生がたいへんな酒飲みで、とうとう三頭のうちのいちばんいい白い馬を売って飲んでしまった。それはナポレオン三世時代の老馬であったそうだ。まさかナポレオン三世時代でもなかろう。しかのん気な時代もあったものだと考えていると、さっきポンチ絵かいた男が来て、 「大学講義はつまらんなあ」と言った。三四郎はいいかげんな返事をした。じつはつまるかつまらいか三四郎にはちっとも判断ができないのであるしかしこの時からこの男と口をきくようになった。  その日はなんとなく気が鬱して、おもしろくなかったので、池の周囲を回ることは見合わせて家へ帰った。晩食後筆記を繰り返して読んでみたが、べつに愉快にも不愉快にもならなかった。母に言文一致手紙を書いた。――学校は始まった。これから毎日出る。学校はたいへん広いいい場所で、建物もたいへん美しい。まん中に池がある。池の周囲を散歩するのが楽しみだ。電車には近ごろようやく乗り馴れた。何か買ってあげたいが、何がいいかからいから、買ってあげない。ほしければそっちから言ってきてくれ。今年の米はいまに価が出るから、売らずにおくほうが得だろう。三輪田のお光さんにはあまり愛想よくしないほうがよかろう。東京へ来てみると人はいくらでもいる。男も多いが女も多い。というような事をごたごた並べたものであった。  手紙を書いて、英語の本を六、七ページ読んだらいやになった。こんな本を一冊ぐらい読んでもだめだと思いだした。床を取って寝ることにしたが、寝つかれない。不眠症になったらはやく病院に行って見てもらおうなどと考えているうちに寝てしまった。  あくる日も例刻に学校へ行って講義を聞いた。講義あいだに今年の卒業生がどこそこへいくらで売れたという話を耳にした。だれとだれがまだ残っていて、それがある官立学校地位競争している噂だなどと話している者があった。三四郎漠然と、未来が遠くから眼前に押し寄せるようなにぶい圧迫を感じたが、それはすぐ忘れてしまった。むしろ昇之助がなんとかしたというほうの話がおもしろかった。そこで廊下熊本出の同級生をつかまえて、昇之助とはなんだと聞いたら、寄席へ出る娘義太夫だと教えてくれた。それから寄席看板はこんなもので、本郷のどこにあるということまで言って聞かせたうえ、今度の土曜にいっしょに行こうと誘ってくれた。よく知ってると思ったら、この男はゆうべはじめて、寄席へ、はいったのだそうだ。三四郎はなんだか寄席へ行って昇之助が見たくなった。  昼飯を食いに下宿へ帰ろうと思ったら、きのうポンチ絵かいた男が来て、おいおいと言いながら、本郷の通りの淀見軒という所に引っ張って行って、ライスカレーを食わした。淀見軒という所は店で果物を売っている。新しい普請であった。ポンチ絵かいた男はこの建築の表を指さして、これがヌーボー式だと教えた。三四郎建築にもヌーボー式があるものとはじめて悟った。帰り道に青木堂も教わった。やはり大学生のよく行く所だそうである赤門はいって、二人で池の周囲を散歩した。その時ポンチ絵の男は、死んだ小泉八雲先生教員控室へはいるのがきらいで講義がすむといつでもこの周囲をぐるぐる回って歩いたんだと、あたか小泉先生に教わったようなことを言った。なぜ控室へはいらなかったのだろうかと三四郎が尋ねたら、 「そりゃあたりまえださ。第一彼らの講義を聞いてもわかるじゃないか。話せるものは一人もいやしない」と手ひどいことを平気で言ったには三四郎も驚いた。この男は佐々木与次郎といって、専門学校卒業して、今年また選科へはいったのだそうだ。東片町の五番地の広田という家にいるから、遊びに来いと言う。下宿かと聞くと、なに高等学校先生の家だと答えた。  それから当分のあい三四郎毎日学校へ通って、律義に講義を聞いた。必修課目以外のものへも時々出席してみた。それでも、まだもの足りない。そこでついには専攻課目にまるで縁故のないものまでへもおりおりは顔を出した。しかしたいていは二度か三度でやめてしまった。一か月と続いたのは少しもなかった。それでも平均一週に約四十時間ほどになる。いかな勤勉な三四郎にも四十時間はちと多すぎる。三四郎はたえず一種の圧迫を感じていた。しかるにもの足りない。三四郎は楽しまなくなった。  ある日佐々木与次郎に会ってその話をすると、与次郎は四十時間と聞いて、目を丸くして、「ばかばか」と言ったが、「下宿屋のまずい飯を一日に十ぺん食ったらもの足りるようになるか考えてみろ」といきなり警句でもって三四郎をどやしつけた。三四郎はすぐさま恐れ入って、「どうしたらよかろう」と相談をかけた。 「電車に乗るがいい」と与次郎が言った。三四郎は何か寓意でもあることと思って、しばらく考えてみたが、べつにこれという思案も浮かばないので、 「本当の電車か」と聞き直した。その時与次郎はげらげら笑って、 「電車に乗って、東京を十五、六ぺん乗り回しているうちにはおのずからもの足りるようになるさ」と言う。 「なぜ」 「なぜって、そう、生きてる頭を、死んだ講義で封じ込めちゃ、助からない。外へ出て風を入れるさ。その上にもの足りる工夫はいくらでもあるが、まあ電車が一番の初歩でかつもっとも軽便だ」  その日の夕方与次郎三四郎を拉して、四丁目から電車に乗って、新橋へ行って、新橋からまた引き返して、日本橋へ来て、そこで降りて、 「どうだ」と聞いた。  次に大通りから細い横町へ曲がって、平の家という看板のある料理屋へ上がって、晩飯を食って酒を飲んだ。そこの下女はみんな京都弁を使う。はなはだ纏綿している。表へ出た与次郎は赤い顔をして、また 「どうだ」と聞いた。  次に本場の寄席へ連れて行ってやると言って、また細い横町はいって、木原店という寄席を上がった。ここで小さんという落語家を聞いた。十時過ぎ通りへ出た与次郎は、また 「どうだ」と聞いた。  三四郎は物足りたとは答えなかった。しかしまんざらもの足りない心持ちもしなかった。すると与次郎は大いに小さん論を始めた。  小さんは天才であるあん芸術家はめったに出るものじゃない。いつでも聞けると思うから安っぽい感じがして、はなはだ気の毒だ。じつは彼と時を同じゅうして生きている我々はたいへんなしあわせである。今からしまえに生まれても小さんは聞けない。少しおくれても同様だ。――円遊もうまいしかし小さんとは趣が違っている。円遊のふんした太鼓持は、太鼓持になった円遊だからおもしろいので、小さんのやる太鼓持は、小さんを離れた太鼓持だからおもしろい。円遊の演ずる人物から円遊を隠せば、人物がまるで消滅してしまう。小さんの演ずる人物からいくら小さんを隠したって、人物は活発溌地に躍動するばかりだ。そこがえらい。  与次郎はこんなことを言って、また 「どうだ」と聞いた。実をいうと三四郎には小さんの味わいがよくわからなかった。そのうえ円遊なるものはいまだかつて聞いたことがない。したがって与次郎の説の当否は判定しにくい。しかしその比較ほとんど文学的といいうるほどに要領を得たには感服した。  高等学校の前で別れる時、三四郎は、 「ありがとう、大いにもの足りた」と礼を述べた。すると与次郎は、 「これからさきは図書館でなくっちゃもの足りない」と言って片町の方へ曲がってしまった。この一言三四郎ははじめて図書館はいることを知った。  その翌日から三四郎は四十時間講義ほとんど半分に減らしてしまった。そうして図書館はいった。広く、長く、天井が高く、左右に窓のたくさんある建物であった。書庫入口しか見えない。こっちの正面からのぞくと奥には、書物いくらでも備えつけてあるように思われる。立って見ていると、書庫の中から、厚い本を二、三冊かかえて、出口へ来て左へ折れて行く者がある。職員閲覧室へ行く人であるなかに必要の本を書棚からとりおろして、胸いっぱいにひろげて、立ちながら調べている人もある。三四郎はうらやましくなった。奥まで行って二階へ上がって、それから三階へ上がって、本郷より高い所で、生きたものを近づけずに、紙のにおいをかぎながら、――読んでみたい。けれども何を読むかにいたっては、べつにはっきりした考えがない。読んでみなければわからないが、何かあの奥にたくさんありそうに思う。  三四郎一年生だから書庫はい権利がない。しかたなしに、大きな箱入りの札目録を、こごんで一枚一枚調べてゆくと、いくらめくってもあとから新しい本の名が出てくる。しまいに肩が痛くなった。顔を上げて、中休みに、館内を見回すと、さすがに図書館だけあって静かなものであるしかも人がたくさんいる。そうして向こうのはずれにいる人の頭が黒く見える。目口ははっきりしない。高い窓の外から所々に木が見える。空も少し見える。遠くから町の音がする。三四郎は立ちながら、学者生活は静かで深いものだと考えた。それでその日はそのまま帰った。  次の日は空想をやめて、はいるとさっそく本を借りた。しかし借りそくなったので、すぐ返した。あとから借りた本はむずかしすぎて読めなかったからまた返した。三四郎はこういうふうにして毎日本を八、九冊ずつは必ず借りた。もっともたまにはすこし読んだのもある。三四郎が驚いたのは、どんな本を借りても、きっとだれか一度は目を通しているという事実発見した時であった。それは書中ここかしこに見える鉛筆のあとでたしかである。ある時三四郎は念のため、アフラベーンという作家小説を借りてみた。あけるまでは、よもやと思ったが、見るとやはり鉛筆で丁寧にしるしがつけてあった。この時三四郎はこれはとうていやりきれないと思った。ところへ窓の外を楽隊が通ったんで、つい散歩に出る気になって、通りへ出て、とうとう青木堂へはいった。  はいってみると客が二組あって、いずれも学生であったが、向こうのすみにたった一人離れて茶を飲んでいた男がある。三四郎がふとその横顔を見ると、どうも上京の節汽車の中で水蜜桃をたくさん食った人のようである。向こうは気がつかない。茶を一口飲んでは煙草を一吸いすって、たいへんゆっくり構えている。きょうは白地の浴衣をやめて、背広を着ている。しかしけっしてりっぱなものじゃない。光線の圧力の野々宮君より白シャツけがましなくらいなものである三四郎は様子を見ているうちにたしか水蜜桃だと物色した。大学講義を聞いてから以来、汽車の中でこの男の話したことがなんだか急に意義のあるように思われだしたところなので、三四郎そばへ行って挨拶をしようかと思った。けれども先方は正面を見たなり、茶を飲んでは煙草をふかし、煙草をふかしては茶を飲んでいる。手の出しようがない。

anond:20240930173301

2024-09-21

任天堂ソニーの社風の違いがよくわかる話だよね

結局「おまえ誰やねん」だと思うんだよ

似非関西弁申し訳ない

京都弁だとどういうんだろうな

よそ者に厳しいと言われる京都だが、実際の京都よそ者ある意味やさしい、一般通過する旅行客みたいな存在、そういうどうでもいい野郎スルー出来る

でも、ちょっと目立ったところにギトギトのパルワールドなんていう建物立てられたら、「おまえ誰やねん」が発動する

結局のところ、パルワールド問題は「ソニーがかかわったから」がクリティカルじゃないかと思う

MSが買収するかもと言う話もあったしな

そうなったら話は変わってくる

もう旅行者扱いはできない


ソニー真逆だよね

売上考えて本社アメリカに移すくらいドラスティック経営判断をする企業

日本企業のなかでもここまで思い切れる企業そうはない

から、売れないIPドラスティックに切っていくことも普通にある

から最近、アストロボットが高評価だけど「ゲーム面白いけど、いかソニー過去IPをおろそかにしているかがよくわかる」

といわれたりもする


任天堂だったら自分の子であるIPを復活させようと頑張る

正直非効率なことだけどそこが任天堂の良いところだなって思う


ソニーはそのへん気にしない

よその面白そうなIPを買えばいいと思っている

スヌーピーIPだっていまやソニー管理している

からパルワールドにも手を出したんだろうな


社風の違いがよくわかる話が最近立て続けに起きたなって思う

2024-09-18

普段全く夢属性を持っていないが、久々に夢に浸ってしまったので深く反省しここに埋葬する。

尚、本編を一気読みしただけなので担当声優どころかこのキャラの髪の色さえ知らない。

方言萌えしないのに京都弁の男っていいなと思ってしまった

・異性を畜生しか見ていないナチュラルボーン畜生である一方、格上最強の同性には純粋な憧れを抱き子供の頃から切磋琢磨してて良かった

フルボッコでやられてる時のこいつの台詞ツッコミがどれも小気味良かった

上記複数加点の結果、特に自分好みのパーツじゃなくても分かりやすい面(ツラ)の良さにおまけボーナスが入って好感度プラスしてしまった

キャラ血統の良さも頓着しないが、このキャラを好きになってしまったので名門次期当主っていいなと思ってしまった(作中で即反故にされたが)

・結局最大の理由は、主人公側にざまあ分からせされる悪役キャラとして魅力的だったから。そして夢へと至る


夢といっても溺愛される(…)とかそいつを圧倒したり価値観を覆す(…)のではなく(普段は夢願望が無いか自分で書いておいて虫酸が走る)──


いやーこれ以上はちょっと書けない。夢二次を漁る気も更々無い。我ながらメアリースー願望に反吐が出る。

チラ裏最高!!完全匿名はてな栄光あれ!!

2024-09-07

anond:20240907143707

増田年代わからんが、40過ぎてオーバーサイズ着こなすのハードモード

「あの人痩せはったのにまだブカブカの服着てはるで(京都弁)」みたいな見た目にしかならない。

オーソドックスアイテムを現行物で入手せよ。安物で良し。

ポロシャツとか昔ので良いとかはない。絶対ダメ。襟の形、シルエットなどはその時のもの

パンツも基本は同じ。サイズジャストフィットまでいかなくともフィットしているもの

Bボーイファッションを引きずっている親戚のおっさんみたいになるぞ。気をつけろ。

2024-08-02

anond:20240802112205

ただでさえ面白くないのに文章読めてないのヤバくない? 常識的に大っぴらにできないか匿名のここに書いてるんやろ? 京都弁面白いと思ったの? 嫌味もまともに言えてないのに?

2024-07-27

伊右衛門CM京都弁いつも謎なんだけど

毎回関西人以外にやらせてわざと違和感の残る京都弁にしてるのかな

2024-07-10

anond:20240710031054

エセ京都弁増田

誰にも相手してもらなくてとうとう一人で話始めた

2024-06-25

anond:20240624190215

ああ、原作だとちゃん京都弁なんだ。

大会関西大会と言いながらあんな喋り方してて頭おかしいんかと思ったわ

2024-06-24

anond:20240624175729

原作だと京都弁で喋ってるのをアニメだと標準語喋ってるんだけど最初からずっと改変されてるのになんで今文句言ってるの?

2024-06-14

帰りの電車で乗り換え駅から座れなかった

しゃーない

待つこともできるけど、次まで30分以上あいしま

帰宅ラッシュ時間帯なのに、なぜかちょうど自分帰宅時間付近に間隔が開く

JRさんなんとかしてほしいと思いつつ吊り革につかまる

下り電車から乗り換え駅で座れなかったら基本座れないよなあ

こないだはどっかの駅で降りた子供連れ女性の後に座った

あれ何駅だったか

都心寄りで外国人だったから、出張で来てる海外ハイソサエティはこの辺に住むんだろうかとぼんやり思ったのだった

けど肝心の駅はどこだったか失念 我が頭ながら役立たずである

次で座れないかな、、ああホーム大勢並んでる、むしろこの駅は乗り込んでくる駅なのか、などと通過する駅ごとに学習する

座席に席を立ちそうな人がいないかも都度見るけど、みんなうつむいてスマホやらタブレットやら寝てるやらで、中断しそうな気配もないな

と、ふと、目の前のサラリーマン2人

一人はタブレットを片付け、もう一人は抱えたカバンを持ち直した

駅に着いて二人とも立ち上がり降りていく

あーたしかにこの駅の前でっかいマンションいくつもあったわ、大きなスーパーもあって

都内の通える便利なベッドタウン的な立地なのか、この駅は

けど家賃とかお高そう…ええとこ住んではりますなあ羨ましいわあ、と何故か脳内京都弁

そんなことより座れたぜラッキー

2024-06-11

anond:20240610204030

なんで京都弁京都ディスるのかわからん

「京」の「都」だったから「京都」になった

京都「府」なのは大きい都市だったか

東京「都」なのは首都から

まり京都首都じゃなくなったから府止まりなんだよ

まりあなたの言ってるのは「京都は没落したね」という話

俺の言ってるのは、京都「府」ではなく、「京」府じゃねえの?って話

「都」に「首都」の意味を持たせるなら、京都って意味だけで首都って意味になるんだよ

まあ京都って名前が広まって「京都」が「京」と同じ意味になったか京都「府」になるという理屈も分かるけど、それは分かった上で言ってる

終わり。

2024-06-09

anond:20240609165139

ちな、プロンプトには「京都弁で」ってお願いしとるで。

2024-05-23

anond:20240523112352

育ちが悪いをお里はどちらですか?に言い換えてはどうか(京都弁

2023-11-17

皮肉の達人としての京都人イメージについて

京都弁京都人の、皮肉迂遠悪口を言う存在というイメージインターネットネタにされることは多い。

大体の人間にとっては感覚的に自明だろうが、ネットで行われる京都弁ネタ皮肉うまい、婉曲的な言い回しを好むというステロタイプイメージの扱いはは、基本的に誉め言葉である

インターネットというのは――もしくはオタクというのは――或いは日本人というのは――もしかしたら人類の多くが――皮肉や口の上手さ、風刺アイロニーウィット、気の利いた言い回しといったユーモアを好むものだ。

婉曲表現インターネットで好まれている例は色々あげられる。

たとえば、現実イギリスのアイロニカルなジョークは人気だ。フィクションでは、ジョジョプッチ神父ツバメの話やニンジャスレイヤーなどの捻った挑発も人気だ。

誉め言葉方面でも、漱石I LOVE YOUを月が綺麗ですねと訳したというエピソードも人気だ(これは創作実話らしいが、人々がこのような婉曲表現ステキと感じるからこそ、創作実話なのに広まってしまったのだろう)。

意味が分かると怖い話落語考えオチ、なんかの楽しさも、遠回しだからこそ面白みが増す事例だろう。

京都弁もまた、ネタにされつつも羨望の目で見られている。

しかしそれも素直に京都の高い言語文化を褒めるのでは面白みがないから、まるで京都人が意地が悪いから複雑な言い回しをしているかのようなひねりを入れた誉め方をしているわけだ。

少し蛇足になるが、最近インターネットSNS一般したことで、皮肉や逆説、反語表現などが誤読されることが増えたという話題をよく目にする。だからアイロニカルな表現は止めよう、と。

だが、私はSNS時代でも、アイロニー皮肉や捻った言い回しを捨てるべきではないと思う。

言語表現言語文化の洗練というのは、「誰にでも齟齬なく伝わり便利である」という実務的方向だけではなく、「美しい、おもしろい、何かが掛けてある」のような美的方向もあるだろう。

過去歴史で、言語文化が発達したとされる場所時代は、大勢人間言葉交流ができる環境余暇があって、面白みやひねりのある言い回しが沢山生まれたことで言語文化が花開いたとされることが多い。

まさにインターネット人類史でもっとも広く日常的につながった言語環境だ。

そこで芽生えてきた、そして今後も花開くであろう、華美で、ひねっていて、アイロニカルで、美しくて、遠回しで、おもしろ言語表現を諦めるなんて、あまりもったいないのではないか

2023-10-22

増田であるという立場を離れて言う。はてぶのコメントには、バカなも

のが本当に多すぎる(タイトル入らなかった)

https://saize-lw.hatenablog.com/entry/2023/10/21/185938

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/saize-lw.hatenablog.com/entry/2023/10/21/185938

こんなの15年前のはてブだったらフルボッコだったろうに。最近はてなユーザーはえらい優しなったのどすなぁ(京都弁

人間物語化し過ぎていて、自分もまた物語化される対象となっていて、気分が悪い。

 ↓

本心でなくてもいいが、体は維持しろ

さすがにこれはひどすぎないか

ツイートの答えになっていないどころか、まず言論として後退しているだろう。

この記事問題点は、徹頭徹尾効率」の次元しか物を見ていないところだ。

個人志向としてはそれもありだろうが(昔もライフハックと称してこういう記事は沢山あった)、それがアホみたいに支持されるのは、社会が困窮して自分以外に目を向ける余裕が無くなったということか。

あと最後に、就活周りの言説ってネットだと社会不適合者の声がデカくて「うんうん、就活ってクソだよね」みたいな反応しか得られないがちなので、身の周りにいる社会人の友達を呼び出して聞くのが一番いいです。

最後最後で「社会不適合者」なんてワードが飛び出す辺り、「体」が維持できなくなったのが垣間見えて面白い

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