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はてなキーワード: 20世紀とは

2020-06-02

馬蹄形便座はなぜ消えた?

かつて20世紀後半の日本には馬蹄形の便座があった。

この便座に腰かけると、そこには何の問題も無かった。男性にとってもノーストレスだった。

しかし、温水洗浄便座が我が国に普及し始めた頃、馬蹄形便座は姿を消し、円形の便座によって天下統一が為された。

温水洗浄便座の普及は確かに人民への福音であった。しかし、その影で馬蹄形便座が消えたことを忘れてはならない。

円形便座に腰かけると、我が男根の先端が便座に触れてしまう。これは何を意味するか?

これはつまり公共トイレで便座に腰掛ける時、我々はそれ以前にそこに座っていた不特定多数男性達と男根による間接キッスをしているのだ!

馬蹄形便座の復活を我は心より待ち望む。

2020-06-01

anond:20200601123652

20世紀とかはわりそんな感じだったんじゃないの?

2020-05-27

我が国において本当に偉い数学者は少ない

  

   以下のとおり色々いるけど基本的日本人数学ができないか特別な人でないと明治時代から数学ができなかったので数が少なかったし、以下に列記の全ての数学者が偉かったわけではない。明治時代活躍した数学者が偉いことをしたことと、昭和時代数学者がはっちゃけていただけ。昭和40年代以降の数学者は怪しい腐れゴミだし、

   戦後30年の男の数学者は知り合いの仲間と共同してクソ必死になって研究していたが、昭和50年代になり女性化の時代になって、文科省がニホンジンに教える数学から初等幾何学はやめましょう、日本人女性に害があるということで、初等幾何学は一切教えなくなったことで、もう相当昔から我が国数学教育はすたれ果てている。

  以下に列記の数学者以外にも、国が隠していて活躍していた数学先生で偉い人は、明治昭和時代はたくさんいたが、今はろくな奴がいない。

 菊池大麓(1855-1917):数学最初日本人教授、のちに東京帝国大学総長

藤沢利喜太郎(1861-1933):2人目の教授数学教育、本格・応用両面の西欧数学移入

林鶴一(1873-1935)

吉江琢児(1874-1947)

高木貞治*(1875-1960):類体論近世日本初の世界数学

藤原松三郎(1881-1946):「日本数学史」ご進講

窪田忠彦(1885-1952):幾何学

園正造(1886-1969):代数学

小倉金之助(1885-1962):数学史、随筆家

掛谷宗一*(1886-1947):連立積分方程式、掛谷の定理

竹内端三(1887-1945);『関数論』

辻正次(1894-1960)

吉田洋一(1898-1987):『零の発見』<岩波新書

末綱恕一(1898-1970):解析的整数論

20世紀まれ日本数学

1901年 - 1910年まれ日本数学者[編集]

岡潔*(1901-1978):多変数複素関数論。多くの随筆を残した。

中村幸四郎(1901-1986):位相幾何学の導入、数学

正田建次郎*(1902-1977):抽象代数学上皇后美智子の伯父

岡村博(1905-1948):微分方程式

南雲道夫(1905-1995):解析学

弥永昌吉(1906-2006):整数論。優れた多くの弟子を育てた。

吉田耕作*(1909-1990):関数解析学

1911年 - 1920年まれ日本数学者[編集]

角谷静夫(1911-2004):角谷の不動点定理

矢野健太郎(1912-1993);微分幾何学。多くの数学専門書・啓蒙書で知られる。

中山正 (1912–1964)

伊藤清*(1915-2008):確率微分方程式

小平邦彦*(1915-1997):代数幾何学

古屋茂(1916-1996):解析学

岩澤健吉(1917-1998):整数論。岩澤理論

加藤敏夫(1917-1999):加藤定理

太郎(1920- ):力学系関数解析

1921年 - 1930年まれ日本数学者[編集]

溝畑茂(1924-2002):解析学偏微分方程式

西正武(1924- ):複素解析

冨田稔 (1924-2015) : 作用素環論

竹内外史(1926- ):数理論理学

一松信(1926- ):関数

鈴木通夫(1926-1998):群論

岩堀長慶 (1926–2011)

永田雅宜(1927-2008):代数幾何学ヒルベルトの第14問題否定的解決した。

佐武一郎 (1927-2014) : 代数群、

谷山豊(1927-1958): 複素解析谷山志村予想

佐武一郎 (1927–2014)

森毅 (1928-2010) : 関数空間の解析。数学教育についての多数のエッセイで知られる。

佐藤幹夫(1928- ) : 佐藤関数代数解析学の創始

境正一郎 (1928- ) : 関数解析学, 数理物理学

服部晶夫 (1929–2013)

久保田富雄(1930- ):整数論

志村五郎*(1930-2019 ):複素解析谷山志村予想

米田信夫 (1930-1996)

1931年 - 1940年まれ日本数学者[編集]

広中平祐*(1931- ):代数幾何学

荒木不二洋(1932- ):数理物理学、場の量子論代数的構造論

小林昭七 (1932–2012)

竹崎正道 (1933- ) : 作用素環論

伊原康隆(1938- ):整数論

1941年 - 1950年まれ日本数学者[編集]

足立恒雄(1941- ):代数整数論数学

飯高茂(1942- ):代数幾何学

藤原正彦(1943- ):専門は数論。エッセイスト、『国家の品格』<新潮新書

齋藤恭司(1944- ):複素解析

上野健爾 (1945- ) : 代数幾何学

秋山仁(1946- ):専門はグラフ理論、離散幾何学テレビにも出演

柏原正樹(1947- ):代数解析学佐藤幹夫弟子

斎藤 裕 (1947-2010) : 保型形式

砂田利一(1948- ):大域解析学

宮岡洋一(1949-):代数幾何学。ボゴモロフ・宮岡・ヤウの不等式

三輪哲二 (1949–)

石井志保子(1950- ):代数幾何学

昔は1983年と聞いて「現代だ!」と思ってたの?

いや、そりゃ思ってたんだろうけどさ

2020年って聞くとすごい「今」って感じすんじゃん 2019、2018あたりもまあいい でも2009年かになってくるとちょっと昔感でてくるし、1983年なんかはもう歴史カテゴリって感じ

当然どの年だって最先端だった瞬間はあるわけだし、1983年当時は「1960年代なんて古い古い、今は'80よ」って感覚だったんだろうなとは思うんだがなかなか想像し難いところがある

つうか、2000年にやっぱ気持ち的にデカイ壁があるじゃん 20世紀より21世紀の方が未来っぽいし、そこから20年経ったと思うと2020年未来っぽさはすごい

世紀の前半は未来っぽいと感じて、後半は逆に古臭く感じる…みたいな法則いかな 2087年あたりの人は逆に2100年が見える分未来らしさをあまり感じないかもしれない

追記:俺は1996年まれ、ピチピチの23歳です)

2020-05-26

anond:20200526162859

くその通り。

欧米の有力新聞10年も前にネット主体に移行しちゃってるのに。

日本新聞宅配システム20世紀には世界に冠たるものだったけど、今更やめられない。

新聞販売店は大半が個人零細事業主新聞配達のアルバイト貧困学生とか障碍者とかを雇ってる。

販売店の利益の半分は折込チラシからからチラシ配布の広告業にでも転身できればいいけど、ITリテラシーも低いし血が流れるのは必至。

新聞インテリが作ってヤクザが売るといわれたもの

新聞本社インテリエリート)→販売店(零細企業)→バイト貧困層)→拡販勧誘員(反社チンピラ

新聞学生なんて蟹工船みたいな世界の下部構造の上に成り立っているのに、リベラルとか社会の木鐸とかなんてよく言えたもんだ。

新聞本社不動産をたくさん持ってるから記者を食わせていくのは全く問題ない。

てか食わせていける分しか記者は雇わない。

不動産収入記者を雇って新聞印刷する道楽者みたいな感じ。

2020-05-25

SNS啓蒙可能

ここで言う啓蒙ってのは、社会全般に知を広めることで社会全般を良くしていこう、という運動のことね。

 

啓蒙主義科学が興ったおころに西欧世界で広まって、しかしこれは西欧中心的・貴族主義的な傲慢さを含む思想であるため、20世紀までには思想上でぼこぼこにされて廃れた。と、俺は理解していた。

でも民主主義自由について考えれば考えるほど、これは啓蒙、という発想を前提している制度であって、現代のわれわれにあっても啓蒙主義を推進する以外の道はないと思えてきた。

民衆全般が賢くならないと、結局のところ民主主義は上手くいくことはない。アベ信者もアベガーも対消滅することはなく、マスコミ馬鹿向けの番組製作してバカを量産し、SNSでは正義ぶった苛めが横行して自殺者が絶えることはないだろう。

から啓蒙を進めないといけない。

 

啓蒙っていうのは、知識と見識が広まることで達成される。

インターネットっていうのは、理論上、その活動にすごく向いているはず。

ところが現実インターネットっていうのは、"啓蒙が行き届いている状態"の、真逆を行っているように見える。

ネットを見れば見るほど、なぜか人は馬鹿になる、ように見える。

 

なぜだ?

 

 

 

仮説1 ネットを見れば見るほど個人は賢くなっているが、バカバカ度合いとバカ流入速度が賢くなる量を上回っている

これな気がするが、特に理由はない。

 

仮説2 ネット構造は実は啓蒙に向いていない

そうだとして、しかしそれはどういう理由なのか? ちゃんと考えると大変そうだ

 

仮説3 群衆は決して賢くなることはない

これはシンプルに間違いなので棄却する。流石に明治時代大衆と令和の大衆では、令和のほうが啓蒙されているよ。コロナ騒動のこととかを精査すれば論証もできるだろう。

 

仮説4 群衆は実際に賢くなっているが、群衆の内部にいるので比較できず、わからない

これな気もするなあ。

2020-05-13

anond:20200513135809

いやどっちも陽キャでも好きなやついるだろ…

20世紀かよ

2020-05-06

anond:20200505134501

インバウンドにあれだけ観光客が来てても、日本演劇とかミュージカルとかが外国人観光客評価されたって話は聞かない。

結局は趣味演劇サークルしかなれなかったってことだよ。

芸術性では伝統芸能に遠く及ばず、メッセージ性でも20世紀の古臭い左翼イデオロギーをひきづった老害支配する。

いっぺん滅びるしかないのかも。

2020-05-02

ドヤ顔でこれ書き込んでたアホ出てこいよwww

anond:20140621172602

欧州人人間性が個々人レベル成熟しているのは、以下の3つの災厄を経験たから。

14世紀ペストの大流行人口3分の1を一気に失った

商工業が既にそれなりに発達していたので人手不足が深刻になり、労働者酷使する経営者のもとに人が集まらなくなった

奴隷酷使する農場から奴隷がよりましな労働環境を求めて逃亡し、奴隷制度が終焉した

17世紀キリスト教信仰方法を巡る大戦争をして国土が荒廃した

気象条件の悪化も重なり飢餓が頻発し、人手不足さら悪化。せっかくの遠洋航海から得られた利益をムダに。

相手主義主張尊重して殺し合いになることを防ぐことを学んだ。

ただし、相手キリスト教であることが大前提

20世紀の二度の世界大戦

たとえ相手キリスト教徒でなくても、相手主義主張尊重しないとヤバイことを学んだ。

相手過去責任苛烈に追求しすぎると、ブチ切れられてトンでもない反撃をくらうことがあることを学んだ。

日本人東アジア人が個人レベルで同じように振る舞えるようになるには、まだまだ災厄の経験が足りない。日本韓国はさしあたって来るべき少子化で「擬似ペスト」による人手不足経験するけど、それでもってブラック労働環境払拭できるかどうかが試金石だね。

めいろまdisるだけで日本スゴイ!と思ってるヤツには、理解できない理屈のようだが。

2020-04-27

anond:20200427172141

実際のところフェミニズム、ひいてはフェミニズムが下敷きにしている20世紀中期~後期の社会科学人権論は、多かれ少なかれマルクス主義マルクス主義への応答を基本としているので、この増田の指摘は増田自身が思っているよりもずっと正鵠を突いている。

 

ルーマン偶有性とかフーコーの生権力とか取り入れだすと、フェミニズム自体がうまく成りたたないんだよな。

女性搾取されることによって男性支配してきたのだ~」とかいうことになっちゃうので。

しかもこのほうが話としては面白い

2020-04-21

anond:20200419192213

クロード・アシル・ドビュッシー(Claude Achille Debussy フランス語: [klod aʃil dəbysi], 1862年8月22日 - 1918年3月25日)は、フランス作曲家長音階短音階以外の旋法と、機能和声にとらわれることのない自由和声法などを用いて独自作曲を実行し、その伝統から外れた音階和声の用い方から19世紀後半から20世紀初頭にかけて最も影響力を持った作曲家である[1]。

2020-04-18

右耳と左耳と間にある郵便局に来た四足歩行のお姉さん(令和生まれ)が光る石を鞄に詰めて路上で売ったらこち亀の両さん香港起業してカーテンを買い替えたいんだけど家紋が違うとかで許認可が降りなかったという話を聞いたことがある。そのときmixiに書き込まれたという書き込みをもとにムック本を作ったら西アジアではそれが駄目らしく、全部タッチおじさんに置き換えられていた。でもどっちかというとバザールでござーるの方が当時は好きだったので、油性マジックバザールでござーると書き加えて仏壇に供えて寝ている間に変化していないか期待して毎日眠りにつく日々を過ごしている。そういうところが多分駄目なんだろうけど、できるだけ分かりやす説明することを意識しすぎるが故にマック赤坂みたいなのがどんどん増殖して天然の乳酸菌ほとんど見られなくなってしまった。だいたいその人が自慢する昔の思い出ってその人の全盛期である事が多く、それはその人がそれ以来ずっと下降線を辿っていることの裏返しでもあるよね。自分にはそれが面白くて仕方がなくて茹でた豆腐ブロック塀に投げつけて遊んでいたらものすごい形相で隣のイササカ先生が地面を背泳ぎしてきてこれは夢だと気がついたときには既に現実の40%が侵食されていて元の世界には帰れなくなってしまった。温度計の中には生物と無生物のあいだみたいな存在が生息していると幼稚園で習った記憶があるんだけど、それを裏付けてくれる知識をそれ以降教わっていないので、幼稚園先生がただ適当に嘘をついていただけなのかもしれない。それならそうと官報で告知してくれればこちらも知識アップデートが図れるのに、霞が関官僚絶対にそういうことはしてくれない。なぜならそれが彼らの地位を危うくすることを彼ら自身が一番わかっているからだ。でもそういうところにメスを入れるのが全体の奉仕者役割なんじゃないかと思うんだけど、最近の人は違うらしいねだってドラえもんは何度死んでも修理すれば済むわけだからのび太たちと命の値段が根本的に違うわけだ。そういうところが透けて見えるから20世紀に入ってからドラえもんをあまり見なくなった。それは自民党保守本流の没落とも時期的には重なっていて、小泉純一郎から続く清和会系の躍進の裏返しでもある。特に第一安倍政権以降の世襲総理大臣比率は目に余るものがある。岸信介の孫、福田赳夫の息子、吉田茂の孫、鳩山一郎の孫…と4連続だ。キン肉マンII世じゃないんだから。でも、ゆでたまごコロナ休載を決めたのは英断だと思う。デジタルに移行するという手もあったんだろうけど、その環境を作るのにもある程度の接触必要になる。だから夢の中でマスクをつけて現れた夏目漱石が何か言いたいことがあるような顔をしてこちらをじっと見ているのは彼なりの皮肉なのかもしれない。だって街を全部焼き払っても地球重力はそんなに減らないし、排出するCO2のことを考えたら家でじっとしているのとそう変わらない。だから窓を叩く音に耳をふさいで知らないふりを貫き通すのが一番安全なんだと思う。

2020-04-09

令和二年ではなく平成二年にコロナ流行っていたらどうなっていたのだろう?

そのころだとそもそも中国から外へ出ねーだろ、というツッコミはともかく、

今みたいに情報通信技術が発展していない20世紀にこういうウィルスパンデミック起こしてたらどうなったんだろうなーってのは気になる

なんかパンデミックっつーとあれじゃん、ペストとかスペイン風邪とか少なくとも100年以上前ってイメージあるじゃん

でも1990年代ってそういう時代とも違ったわけで

もしコロナが三十年前に来てたらどうなってたのかなーとたまにおもう

2020-04-01

合わせて上演される伝統がある[86]。一方のプラーナ文献はおよそ西暦300年あたりから編纂されはじめ[87]、広範な神話を含む。これらはヒンドゥー教共通テーマを、生き生きとした物語を通して人々に伝えるという役割を担い、布教の中心となっている。またヨーガについて記された古典ヨーガスートラ20世紀になって再評価されている[88]。

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支配から脱しようと様々な社会運動が行われるようになると、西洋平等個人主義理念の影響を受け、女性地位改善も叫ばれるようになり、20世紀になると、急進的な民族運動の台頭でさら運動は活発化した[40]。インド独立すると、インド憲法で男女の完全な平等保証された。男女の不平等は多くの形で残されているが、両性の平等に向けた運動が続けられている[40]。

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2020-03-30

ある国は企業補助金を出すために福祉支出を抑えなければならなかった。そこで政府コロナウイルス拡散しようなどと考えた。医療業界には当然補助金が回っていた。この人数を死に追いやれば、補助金はこうなる、おおよその見積もりも行われていた。

その国の人々はいうなれば、補助金ぶら下がり企業集団に襲われているようなものだった。医師有識者たちは対処方法について目立つところで激しく議論を行ったが、その議論は人々に負担を与え、政府医療がすべきことの決定にも行動にも結びつかず、実は、議論しつつ横目でウイルス拡散を眺めて時間を稼いでいるのである

このようなことは20世紀には世界大戦という形で行われていたが、戦争の促進制度として存在した「帝国」「言語の壁」は、終戦とともにほぼ消滅したので、帝国を支えていた銀行保険会社は、21世紀には謎の感染症という手段を取ったのである

 

ベーシックインカム制度があるイタリア被害が大きいことは皆よく知ってるだろう。

2020-03-29

欧米=ウサギアジア=カメ

なんじゃねえかな。

もう誰か既に言ってるかもしれんけど。

コロナへの対応の仕方見てもそう感じる。

他国に先んじて産業革命を果たしたウサギ

18世紀から20世紀前半までブワーっと

ラッシュ掛けてたけど20世紀後半になって、

居眠りを始めたのではないかな。

日本カメのくせにウサギに追い付こうとした。

まさかの一旦追い付くところまで行ったけど、

ウサギに蹴っ飛ばされてひっくり返ってしまった。

これが敗戦原爆

ウサギはひっくり返したこと安心して、

余裕こいてたら、カメは起き上がって、

またまた追い付いてきやがった。

でも勢い余って側溝かなんかに落ちた。

これがバブル崩壊。ってな感じで。

韓国中国インドっていう他のカメ

追い付きつつあるのにウサギ達はまだ居眠りしてる。

居眠りしてるうちにどんどん追い越される。

最後に勝つのは案外カメなのかもしれん。

でもウサギ面して他のカメ達を見下してた

日本というカメがその恩恵に与れるかどうか。

2020-03-27

anond:20200327072059

これな。

20世紀ネットに触れたきりのオッサンバサンには、いまだに「ネット世界」が何か現実とは違う変なものだと思っている人が多いからな。当時のマスコミがそうやって吹聴していたからだけど。

2020-03-24

anond:20200324171105

マルチカルチャリズムでないものは悪って時代20世紀末で終わっちゃったんだよ。

(たぶんこの指摘が適切なんだと思う)

2020-03-22

大昔、企業Web担当者より個人ユーザーのほうが概ね賢かった時代

リンク申請や通知が必要なんて言ったら笑われた。実態技術も何も知らないものとして嘲笑された。

時代は下がって、企業Web担当者よりも平均的な個人ユーザーのほうが概ね賢くない時代

リンク申請や通知が必要なんて言ったら……おそらく、実態技術も何も知らないものとして嘲笑されることはないだろう。

ブクマではなぜかめっっっっっちゃ嘲笑されてるが、


…まあ、なんだ、その…、いや、まあ、


どこまで意図されたものかはわからんし、担当の人そこまで考えてないと思うよ的な感じもすごいするのだが、

サーバ負荷も帯域負荷もコンテンツ盗用も全く考えずリンク張ったり埋め込んだり手元に保存してアップロードしたりしたりしてる昨今、

そのサイトをどう利用しようとしてるかを相手サイトに(結果的に)報せて許可もらってきてください、という手順はうまいこと選別の役を果たしてると思う

わかってる側の人は(絶望の)溜息つきながらもそれなりに対処する・できるわけでな


インターネット利用者技術的に明るく善なる利用者抑制的だという妄想20世紀に置いてきて正解である

2020-03-15

フェミニズム界隈を巡る反論

 日本フェミニズムが抱えている問題複数あって、煎じ詰めれば「思想善悪如何はともかく、その行動が全く効果的ではない」という一事に尽きる。

 女性地位向上。大いに結構。その、地位向上のためにある種攻撃的な手段を用いること、これまた結構

 しかし、攻撃的な手段を用いている割には、その効果殆ど出ていないことに問題があるのである

 むしろ結果的にそのような手段が、フェミニズムに対する周囲から評価を下げてさえいるのが問題なのだ


 古来より女性男性による抑圧を受けてきた。この事実を頭から否定することはできない。

 例えば、近代イギリス小説家サマセット・モームは、作品『月と六ペンス』の中でこう書いている。「女性自分を殴る男性を好んでいる。むしろ自分を殴ることのできない男性のことを見下しているのだ」と。

 このような記述は、文脈的に言えば主人公チャールズストリックランドタヒチを訪れた際に語られているものである。ここからは、モームがどのような立場女性一般化しようとしていたのかが読み取られ得る。

 また、自然主義人間本質を虚飾なく描くことを目的とした主義思想作家大家である近代フランスエミール・ゾラが書いた『居酒屋』では、登場人物の男らが、まるで息をするように女性達を殴りつける描写が、散りばめられている。貧民層の現実標榜した彼の作品においてもまた、女性に対する暴力が大いにクローズアップされている。


 このように、国の内外を問わず女性に対する男性から暴力というもの散見される。流石に、このような状況は現代において相対的改善されているものの、未だどこかしらに不満を残す女性がいることに不思議はない。その女性らが、自らの権利を向上するための運動を行ったとして、何の不思議があろうかとも思う。


 問題は、それらの行動が評価を得にくいこと、あるいは、フェミニズム評価を落としていることである。それらの行動の多くが、効果がないどころか逆効果であるという点である

 具体的に、何故そのような問題が発生しているのか?

 以下に論点を纏めていく。


1:フェミニズム議論ソフィスティケートされすぎており、一般女性男性認識に馴染まない


 古代ギリシャ劇作家アリストファネスは、自身の著した喜劇『女の平和』にて、女性らのセックスストライキを描き出している。


 女性達が、「そんなに戦争が好きなら、私達を抱かなくとも大丈夫なんだね?」

 と、戦争反対のため断固セックス拒否する痛快さ。このような鮮やかさは、現代人にさえ快い衝撃をもたらすものである

 女性の最大の魅力は何か? それは性である、とアリストファネスは言う。

 このような言説は当時のギリシャ男性においてのみならず、近代フェミニストらにも見られる。

 女性が短いスカートを履くこと、自身の魅力を以て大いに社会地位を占めること――その権利回復せねばならないということ。それを目的として、20世紀フェミニストらが声を張り上げていたことは言うに及ぶまい。

 その運動社会において大きく効果を上げた。

 イランのごとき保守的国家においては、女性が人前に出る際には目元を除き身体ベールで覆う必要がある。そのような規則女性利益担保しているのか、損なっているのか、議論の難しい点には違いないが、現代においてはそのような保守的傾向の多くが拒否されている。女性らは、身体ベールで覆うことを一般的によしとしない。

 女性が獲得した権利はそこに見られる。つまり、性の発露である

 性はそれまで女性自由にはならなかった。構造主義先駆者とされるレヴィ・ストロースは、「女性男性らの所有物であり、婚姻という形で交換が行われた」という意味の主張を行っている。彼に対する当時のフェミニストらの批判推して知るべしだが、女性婚姻父権立場にある人間によって執り行われることは多く存在していた。そういう意味で、女性にとって婚姻も性も自由とは言い難かった時代存在していたのである

 自身の性を管理行使する権利が、婚姻不自由によって制限されていた時代があったことは、間違いない。この文脈に沿って言うならば、間違いなく女性権利現代において拡張されたのである

 ここまではフェミニズムにおいて一般的な議論範疇である

 とは言え、問題はこの延長線上にある。


 女性自身身体的魅力を大いに利用すること、それはアリストファネス喜劇に見られるように、女性自由を支えている。そこには、フェミニズムと密接に関係する女性権利の実現が確認できる。

 しかし、昨今、この身体的な魅力を大いに活用することは、「性的搾取」に繋がることが指摘されている。


1-2:性の解放性的搾取

 相対的な性の解放が、性的搾取に繋がること、これは表裏一体の問題と言える。


 当然、女性社会進出をする上で、女性自身の性を政治手段として用いることには、危うさが秘められている。

 そのような危うさをして、現代フェミニストらは「性的搾取」の大号令を行う。

 アイドル、性産業広告業芸術

 これらの分野における女性露出性的搾取危険を秘めている、と現代フェミニストらは声を揃える。そこには危険があり、権力の影がある、と。

 ここにおいて、深刻な二律背反が生じているのは明らかである

 女性スキームとして用いる性が、危機的な結果に繋がっている。ここでどうするべきなのか?

 残念ながら、この問題に明快な結論は出ていない。


 政治家の大多数が男性であるこの社会において、支配者と被支配者の対照は、男性女性という対照を想起させる。

 男性狡猾である――多くの女性の思う以上に――男性狡猾である男性暴力行使することができる。端的に言って、男性の筋力は女性に勝り、悪しき意志が備わりさえすれば、女性尊厳根本からなうことを可能とする。恐らく、文明以前の原始時代においては、男性はこれらの暴力を非常に効果的に用いてきた。そこには、ある種暴力弁証法とも呼ぶべき歴史があった。例えば、あるコミュニティコミュニティが衝突する――。一方が敗北すれば、その敗者側のコミュニティに属していた女性は、勝者側に所有されることとなる。多くの場合、そこにおいて女性尊厳考慮されることはない。

 昆虫動物らに見られる、コミュニティコミュニティの争いや、イスラム国による女学校の襲撃を思い出して頂ければ、上記の言説の正しさは容易に担保されると思う。

 男性狡猾であり、暴力性を有史以来、あるいは以前において大いに活用してきた。

 勿論、現代においても男性による暴力が根絶されたわけではない――とはいえ、その状況は改善されている。暴力には法が対応する。無論、適切な対応が成されない場合存在するが、少なくとも有史以前に比べれば状況は好転している。

 その進歩の影には、恐らく全ての心ある女性と心ある男性の尽力があったことだろう(思うに、倫理を生み出すのは常に狂気じみた努力である)。

 人類は持てる限りの理性を用い、公私において倫理を整備してきた。

 我々は持てる限りの能力を用いてきた。そこに、女性の尽力が関わっているのは間違いあるまい。

 女性はその能力を大いに用いてきた。


 さて、端的に言って、性的魅力は女性能力である

 それは、女性が何かを望む際に、その実現を助ける能力になり得る。例えば、意中の人と結ばれる際にその能力は大いに役立つ。

 性的魅力は疑いなく女性能力である女性自身尊厳担保し、増進させるために、その能力は用いられ得る。


 しかし、その能力女性自身らの尊厳の為に活かすことと――それと、男性(や女性)によって、その能力が利用されること――とは二律背反となっている。

 近代において、女性の魅力や能力が、適切に用いられることをフェミニストは願ってきた。しかし、ここに来てその努力は一つの壁にぶち当たることとなる。

 例えば、大きな胸を強調したポスター女性の魅力が強調されてはいるが、不適切方法で強調されているのではないか――そういう議論が起っている。

 女性の魅力をみだりに利用することは、女性に対する搾取である、と人は言う。

 この命題は決して間違っていない。「女性の魅力をみだりに利用することは、女性に対する搾取である」。決して、この命題は間違っていない。

 とは言え、ここが言わばロドスである


1-3:ソフィスティケートされ過ぎた議論

 女性の魅力をみだりに利用することは、女性に対する搾取となり得る。


 勿論それはそうだ。とは言え、そこには議論錯綜するポイントがある。

 まず第一に言えるのは、女性の魅力の発露=性的搾取といった、シンプルかつ誤謬を招く等式が発生し得ることだ。

 女性が何らかの能力を――この場合には性的魅力を――社会において発揮すること。その能力を発揮することにおいて、何らかの報酬を得ようとすること。それ自体は悪ではない。

 自分能力への対価として報酬を貰うことは、多くの場合善悪とは関係ない行為である

 例えば、女性の高く伸びやかな声、時に力強い声。歌手はそれを披露する。

 例えば、ダンサーは時に挑発的に、曲線的なライン身体を躍らせる。挑発的に、攻撃的に。

 絵画において、裸婦は笑う。裸婦は草原に寝そべり、微笑んでいる。

 これらは全て、(努力などによって獲得された)肉体的魅力を発揮する行為に他ならない。当然のことながら、これらの行為をして悪であると断ずることはできない筈だ。とは言え、それらの魅力や能力の発揮が、「搾取」に繋がると人は言うのである。つまり、その行為は翻って女性地位を貶め、最終的には女性全体に対する不利益を導くものだ、と叫ぶのである


 例えば、女性歌手楽曲を作り、歌う。彼女は、男性への恋心を叫ぶ歌謡曲を作り、歌う。その曲を批判して、「媚びている」と誰かが叫ぶ。

「媚び」はこの場合、不自然女性立場貶める行為であり、最終的な女性不利益を招く行為を指している。端的に、それは搾取対象であると、誰かが指摘する。

 例えば、写真家女性写真を撮る。彼女は、頬杖を付きながら、気だるげに微笑む。その写真批判して、「媚びている」と誰かが叫ぶ。

 その「誰か」は、最終的に女性不利益を招くと指摘する。

 例えば、

 例えば、例えば、例えば――


 女性が魅力を発露すること、それが搾取対象になり得るということ――それは必ずしも同じではない。しかし、そこには矛盾がある。女性尊厳担保し、増進するために、魅力が用いられること。そのような魅力が搾取対象とされてしまうこと。

 女性能力を発揮すれば、それは女性全体の利益を貶め得ると誰かが叫ぶ。

 能力を発揮すれば、誰かがそれを利用し搾取すると、その誰かは叫ぶ。最終的には、女性全体の立場は貶められ不利益帰着すると、その誰かは指摘する。

 これが、フェミニズムソフィスティケートされた結果なのである。それは、端的に矛盾である

 カメラに向かって微笑みかける誰かの存在を、「性的搾取であるとし、それがゆくゆくは女性全体の利益を損なうと指摘する――。

 このような言説には致命的な混乱が含まれていると言って差し支えないだろう。近代フェミニズムによって獲得された、女性自身能力や魅力を自身権限によって行使する自由は、ここにおいて壁にぶち当たっている。


 能力を発揮することは搾取に繋がる。能力を発揮してはいけない。

 このような論理は、一般的な男女を納得させるに足る論理であろうか?

 勿論それは不可能であるフェミニズム矛盾にぶち当たっている。

 そして、その矛盾を解消し得る論理が未だに発見されていない現在――少なくとも、フェミニズム論理一般的な男女を――あるいは当事者であるフェミニスト自身らさえ――説得できる状況にない現在思想としてのフェミニズムは大きな困難に直面していると言わざるを得ない。


2:結論

 結局、フェミニズムが直面している矛盾を、フェミニスト自身らが解決できていない状況において、その混乱を抑えられていないのが現状と言えよう。

 その混乱のさなかでは、到底周囲の人々を納得させ得る行動など、示せるわけがないのである

 昨今のフェミニズム運動空虚さ、反感のみを招く徒労さはそこに根を置いている。これまでに獲得してきたものと、これから獲得しようとするものとの間に生じる矛盾――その矛盾解決することなくして、現代フェミニズムは正しい舵取りを行うことなどできない。

 結論としては以上となる。

2020-03-14

香川を叩くのはやめよう

しかに、われわれ普通の日本人の目から見るとあまりにも理不尽条例だ。

ゲーム世界に誇るべき文化だし、スマホはもはやインフラだ。たとえ子供に対してであってもこれらを薄弱な根拠で不当に規制することは、百害あって一利なしだろう。

条例成立後に義務教育を受ける世代香川県民は、文化への敬意を欠き、ITリテラシー20世紀レベル人間が量産されることになる。

また、あそこまで標準的日本価値観からかけ離れた条例を持ち出したということは、香川権力者たちは、日本から独立すら意図してるのかもしれない(香川国?うどん国?)

いずれにせよ、これから香川が大変な国難に見舞われることはまず間違いがない。教育水準の低下をはじめ、全国的なうどん忌避による財政悪化若い世代の脱香(だっこう)など、果たして10年後20年後に「香川」という土地存在しているのか、それすらも危ぶまれる状況だ。

しかし、だからこそ。われわれ普通の日本人は今、香川を強く支えるべきではないのか。

伸ばすのはうどんだけではない。温かい手もだ。そう教えてあげるために――

2020-03-11

COVID-19は生物兵器という与太話

COVID-19は生物兵器として開発された。ただし一般的生物兵器と違い軍事目的で開発されたものではなく、医療費のかかる高齢者・基礎疾患のある人間を選別するための兵器。いわば現代夜と霧作戦

現に流行している地域は、中国イタリア韓国などイランを除いて高齢化率が高い地域である。様々な感染症蔓延し、医療体制脆弱アフリカでは流行していない。

この兵器20世紀人口政策の失敗により、人口構成が歪になった中国が疫病を隠れ蓑高齢者や基礎疾患のある人間をいわば口減らしするために開発した兵器だった。

当初はチベット自治区で密かに散布実験を行う予定だったが、開発時の漏洩により大都市武漢で曝露しあのような惨状になった。

…という与太話を考えたんだけどどうだろうか?

2020-02-26

anond:20200226125030

20世紀以前は「この村のあいつの態度が悪い」とか「あの店の誰々が喧嘩した」とかもっとどうでもいいローカル話題で騒いでたんだぞ

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