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はてなキーワード: 金子みすゞとは

2019-06-03

上司がちくちく言葉ばっかり使う

「どうしてこんなことも出来ないんだ!」「謝ってないでやれよ!」

ちょっとは謝ったらどうだ!?

「やる気ないならやめろよ!お前に払う給料無駄なんだよ!」

毎日辛い。辞めたいけど、2回転職してここだから、もう転職怖い。自分無能が悪いんだと思う。

電車中吊り金子みすゞを見て泣いてしまった。みんな違ってみんないいなんて言ってくれる人、自分そばはいなかった。地べたを速く走れないし、たくさんの歌も知らない自分を赦してくれる社会じゃなかった。

挨拶しても友達増えないし、みんなと違ってお前はダメで、悪い事を悪いというと自分立場が悪くなって、善意は利用されて、人の嫌がる事をする人ばかりで、学校道徳は何を教えていたんだろう。全部嘘だった。

優しくない世界

不自由で不平等世界

人生早く終わってほしい。

2019-02-23

ちんこ幸運を願う

ちんこが好きだ。

あいや、お前の股にぶら下がっているそれじゃない。すまないが、汚いからさっさとしまってくれ。

東京ちんこ倶楽部というTwitterアカウントがある。

ちんことはそのアカウントを指す通称だ。

性的意図微塵もない。

僕はそのアカウントが好きで、随分前からフォローして、遠くから眺めてコンテンツとして消費させていただいている。

しかし、彼がコンテンツとして面白いのは、その裏に、人間としての苦しみ、それも、他の人間よりも苦しみ、悩み、不条理な苦さを感じ尽くした、そういう苦しみがあるからだ。

僕のような、ふらふらと生きている人間よりも、彼のコンテンツの方が面白いのは、彼のそういった経験的背景があるからに他ならない。

ただ、痛みは共有できないものだ。アーレントもそう言っているだろう。

彼の、表に現れた痛みは、イロニーとなって、まさにこのグローバル資本主義社会日本的経営の融合物としてのブラック企業におけるスローガン「圧倒的成長」というフレーズを通して、表象再現前化された。

しかし、それは彼の痛みではない。彼の痛みを表象再現前化することによってコンテンツ化され、一般化されたものであって、彼の痛みそのものではない。

「圧倒的成長」

彼の生み出すコンテンツ楽しいしかしそれは、それをコンテンツとして享受することが許される限りのことである

彼は、その痛みの中で、しかしなお苦しみ続けている。

僕はそれを、コンテンツとして楽しんでいる、いるがしかし、苦しい。

これはルソーの「憐憫」であろうか?

これはスミスの「共感」であろうか?

繰り返すが、「痛み」は個人的ものであり、共有できないものだ。

憐憫」も「共感」も、それを人々の社会、こう言って良ければ「類的存在」としての我々を、所与としてではなく、帰納的に成立せしめるところの作用ではあるけれども、

しかしながら、それが個人のものの、内的な連関にまで届くわけではない。

ならば、僕の苦しさは、むしろ他人の不幸をコンテンツとして楽しんでいるという現実にあり、(しか芸術というのは、ゴッホにせよ金子みすゞにせよ、やはり不幸を源泉にしている場合が多いのだが、)人の不幸を享楽する自分というものが受け入れられなくて苦しいのだろう、この偽善者め。

と、言ってしまえばそれまでかもしれないが、やはり僕は、単にそうはいえない。

僕は、案じている。

あるコンテンツとしてのイロニーという、一つの優れた作品を通じて知った、その先にいる人を、僕は案じている。

彼は、外から見て、明らかに容易ならざる状況にあると思われる。

そして、そういった状況に陥った多くの知り合いは、その、最後には、(最後にはというのは寿命でということではなくて、)究極の選択をすることが多かった。

それこそ、「ツバメのように」。

いや、しかしこうやって、僕がここに書くことすら、単に僕の享楽であり、それは彼には関係のないことだ。

「放っておいても人は死ぬし、女と寝る。そういうものだ。」

いや、そうなんだけれども。

じゃあお前は何ができるんだ、金か、体か、法か、などと言われたとしても、僕は何もできない。

から、単に案じている。

案じていることを、ここに念の為あくま念の為、書き記しておく。

それだけのことだ。

僕にできることは、何もない。

いずれにしても、風は吹くのだから

2017-11-16

anond:20171116091716

というかさ、独立した強者荒野で生きられるのは当たり前なわけ

でも、君らお気に入り論法だと「誰だって弱者になる可能性がある!」わけでしょ

それが頭でわかっていて、実際別の相手にはそう主張してるはずなのに、

なぜか困った時のこと一切考えない奴らを手放しで持ち上げてるの、まあ大概謎だわ

そもそもルールというのは、自由に任せたら自由をはき違えて好き勝手する奴を抑えたり、

そいつらの犠牲なっちゃう奴をきちんと守ったりするために存在する

両方の意味自由謳歌できる人間なんて、実はそんなに多くないんじゃないかと思う

みんなこういう場では「そうそう! いろんな結婚の形があっていい!」と場の空気に乗って、

金子みすゞかお前はみたいな勢いで自由を称賛するだけ称賛するけど、

例えば「オタクは何するかわからいか表現規制必要!」と吠えるラディフェミには、

なぜかふんわり共感するのがいたりする

結局、自分お気に入りには自由を認めたいけど、そうでない奴はルールで縛りたいだけでは?

ただそれだけのことなら、もうアホらしすぎて、こんな長々と言う必要なんかない

2016-12-01

http://anond.hatelabo.jp/20161201194406

から、その具体例が「普通」なの?

例で出ているものがその時代の「普通」なの?

金子みすゞの例が「普通」なの?

原作既読で、映画は未見だけど、あれを「普通」にしてるなんて微塵も感じなかったのだけど。

2016-05-24

日本義務教育於いて、水面下に不気味に根をはる同調圧力の闇。「みんなちがってみんないい」教室アクセサリーの様に飾られた、違和感たっぷりの詩。

だれも、その違和感を口にする事はない。

金子みすゞが望んだ世界とは一体、どんなものなのだろうか。

同調圧力」というもの概念として幽霊のように存在するのだとしたら、そのメリットとして考えられるのは「治安維持」「思想教育への導入の安易さ」しか思い浮かばないのだが、他にもあるのか?誰か教えてくれ。

2014-03-10

こういう野党議員の方が日本を危ない方向に持っていくと思うようだと私は体制主義者になってしまうんだろうか。

〈朝焼小焼だ/大漁だ/大羽鰮(いわし)の/大漁だ/浜は祭りの/やうだけど/海のなかでは/何万の鰮のとむらひ/するだらう〉。童謡詩人金子みすゞは84年前のきょう、26年の短い生涯を自ら閉じた。この詩は、後に代表作と呼ばれるようになった「大漁」だ

   ◆

みすゞは山口県下関市の小さな書店の店番をしながら幾つかの童謡雑誌に詩の投稿を続けた。「大漁」は「童話」誌に推薦作として掲載された作品。選者の西条八十は「アッと云(い)はせるやうなイマジネーションの飛躍がある」と評した

   ◆

この詩は単にイワシへの哀れみだけでなく、時代の空気を映したのではないだろうか。第1次世界大戦の戦勝ムード好景気に沸く日本。その裏に多くの兵士の死があったことに、みすゞの想像力が向かっていったように思える

   ◆

子供が/子雀(すずめ)/つかまへた/その子のかあさん/笑つてた/雀のかあさん/それみてた/お屋根で鳴かずに/それ見てた〉(雀のかあさん)。この詩でも、みすゞはなんということもない人の営みの裏にある悲しみに目を向けている

   ◆

4日の参院予算委員会。他国の戦争に加わりかねない集団的自衛権の行使容認が議論になった。野党議員安倍晋三首相に聞いた。「総理戦争をするつもりがあるのでしょうか」。委員会室にゲラゲラと笑い声が起きた。「戦争」の裏にある悲しみが想像されていない乾きがあった。

http://www.shinmai.co.jp/news/20140310/KT140308ETI090014000.php

2009-10-20

http://anond.hatelabo.jp/20091020020058

横だし関係ないと言えばそうだが、そこで金子みすゞを引き合いに出すとおかしい。

みすゞの少女期には平塚らいてうはすでに青鞜を創刊していた。武器としたかしないかに関係なく、文人金子みすゞの眼前にフェミニズムはあった。

 
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