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はてなキーワード: 心中とは

2018-05-18

そろそろ内田正人(日大監督)チームの反撃が始まるぞ

内田正人がこれまでに積み上げてきた人脈と、独裁政治によって鍛え上げた手駒の忠誠心が今こそ爆発する。

各界から彼を師と仰ぐ者達が、長年の隷属によりこびりついた恐怖に煽られるままに彼をサポートする側に回るだろう。

内田正人がやらせてきた不正の数が多ければ多いほど、彼と心中しなければならない奴隷の数も多いだろう。

闇の取引に応じたものは生涯その魂を腐りによって縛られる。

仲間が谷から落ちれば巻き添えになって自分も落とされかねない。

それゆえに奴らの結束の固さは侮れんぞ。

もしもこれで何の反撃もないのなら、内田正人の暴走は一時の気の迷いと見てもいいやも知れぬ。

逆に、もしもこれから怒涛の反撃が始まるのなら、その大きさと同じだけ彼の経歴に闇が広がっていると考えるべきだろう。

2018/05/12 アイドルマスターMR 千早主演公演第3部に参加して  その2/3

https://anond.hatelabo.jp/20180518014142 の続きです。

長すぎて途中で切れたので、そこから再開しま

記事全体の内容

2018/5/12に開催された「THE IDOLM@STER MR ST@GE!! MUSICGROOVE☆」の如月千早主演公演第3部に参加してきました。この公演では如月千早が体調を崩し、歌うことが困難になるというトラブルが起きました。ここでは、その公演で私が感じた感情とその後考えたことを整理するためにまとめた文章を公開します。


レポート感想というよりは感情吐露です。また、如月千早は私が一番好きで応援したいと思っているアイドルです。そういった人間が書いたということを念頭においていただけると全体のめんどくささを予想、納得いただけるかと思います


※注意※

・公演の詳細に触れますので内容を知りたくない方はご注意ください。

基本的自分千早観丸出しなの独善的解釈を多く含みます


構成

●公演の概要

感情の整理。

●少しだけ理性を取り戻して。これから出来ること。


感情の整理。“プロデューサー”として

MC後半からユニットパート

MC後半は色々とMRイベントとしての演出が光っておりとても魅力的でした。

最後に歌うソロ曲に向けて何か励ましがほしいという千早が、プロデューサー座席指名して一言もらうシーンはとても千早的な受け答えでよかったです。

私はあの場面で千早への愛を叫んでくれたGの15番さんに敬意を表したいです。

MC前半のひりついた緊張感と重苦しい不安を含んだ空気(進んで味わいたいとは決して思えない空気です)は、ひとえに会場に居る人たちの千早への愛と思いの大きさゆえに発生したとも感じていて、その愛自体尊いものだと考えています

Gの15番さんの言葉に、私はその理解は間違ってないのかもと感じています

千早は「そういうのは今言うことではない」と一蹴しましたが、そんな彼女らしい回答は私を安堵させ、言葉のとげとげしさとは裏腹に心を暖かくしてくれました。


MCパートはところどころまだ千早が現状に納得できず申し訳なく思っていることに触れつつも、私達のよく知る千早らしい会話をしてくれたのでいくらかほっとしました。

心配は拭い去れなくとも、何とかライブをやりきろう、やりきる千早応援しようと言う感覚を少しずつ得られてきていたと覚えています


また、これは千早公演共通演出だったようですが、プロデューサーからリクエストをもらった曲を一節アカペラで歌ってくれるシーンがMCにありました。

3部公演では声の調子が悪いかボイスレッスン?で確認したいといったような文脈だったと思います

正直ひやひやだったのですが、ここではかなり安定感を取り戻したしっかりした歌声を聴かせてくれました。

それでも最後の曲が「眠り姫」だとしっている今、心中穏やかなプロデューサーはいなかったのではないかと思います


この辺から時系列がいよいよあやふやなのですが、千早は仕切りに自分パフォーマンスが不十分なことで、今日来てくれた人たちの期待を裏切ってしまったのではないか、満足してもらえていないのではないか、ということを話していたと思います

この言葉をきいて、私はやはり千早自分の強い意思で、不調ながらも舞台に立とうとしたのではないかと考えるようになりました。

たぶん彼女自身体調不良のせいで中止にしたり、ソロパートをなくしたりと言うことが一番期待を裏切ることで、それだけはしたくないと思っていたのではないかと、今改めて思います

そういうところをゆずることが出来ない、彼女の頑なさは皆さん知っての通りで、そこが彼女の魅力でもあります


最後の曲を歌うとき衣装を選ぶというイベントもあって、「オーロラディーヴァ」かビキニかの2択をプロデューサーにきいて決めるというものでした。

さすがにこの流れでビキニは着せられないと皆が思っている中、「おなかを冷やすのはよくない」というとても暖かく、やさしさのこもった声を上げてくれたプロデューサーのおかげで、無事千早オーロラディーヴァを着ることになりました。

私はこのプロデューサーにも勝手にとてつもなく感謝していて、千早の体を気遣う言葉をしっかりと彼女に伝えてくれたことは、この公演でとても重要なことだったと思っています

千早はとにかくパフォーマンスが期待を裏切っているのではと気にしていました。

そのことに引け目を感じていたようですが、それはそれとしても、あなた自身が何より大切なのだ、ということが千早の体を気遣う言葉から、ほんの少しでも伝わったのではないかと思っています

からこそ「おなかを冷やすのはよくない」と言う言葉の優しさが貴重だったと思うのです。

千早は頑固なので自分が満足いく歌を歌えないことには結局悔しさをもつしょうが、それはリベンジの機会を一緒に作ることでも克服できるはずです。

私は千早を大切にする言葉ちゃんと伝えてくれたプロデューサー尊敬しています

短絡的な私にはかなわなかったことです。


ちなみにオーロラディーヴァは私がステラステージでずっと千早に着させていた衣装だったので目頭が熱くなりました。

千早が「好きな衣装を選んでいいと言われて選んだ」といっていたので余計に涙腺に来ました。

でもたぶんみんな着せてると思います。とても似合うので。


最後に、ラスト一曲どうなるか分からないけど何とかやってみるといった趣旨のこと(ディティールがぜんぜん思い出せません。まったく違うこと言ってたかも)を話しつつ、後半のユニットパートへと移行して、千早は一時退場しました。

その声にはまだ不安が感じられました。もちろん私の胸の中にも不安はありました。


豪華なラインナップのユニットパート

後半のユニットパート所謂全体曲的なチョイスになっていて非常に豪華でした。

千早のためにも、このパートはめいいっぱい楽しんでやる!と思っていました。

どうしたって千早心配する気持ちはずっと有りましたが、それでも私をわくわくさせて、楽しませてくれる曲がたくさん聴けました。

765ASのアイドル達が1人残らず魅力的だったおかげです。

本当にすばらしいアイドルたちです。私は勝手彼女達が千早の窮地を助けてくれたと思っています

私が心から愛する曲であるMUSIC♪が聴けたことは本当にうれしかったです。

音楽に壁はないのです。


最後ソロ曲「眠り姫」

いよいよです。

arcadia」のところではぜんぜん触れませんでしたが(正直見ている余裕がなかった)ソロ曲リアル人間ダンサーさんとアイドルコラボレーションがあり、「眠り姫」にいたっては千早リアル物理椅子に座るという演出がありました。

大変挑戦的かつドラマティックな演出可能ならもう一度意識がはっきりした状態で拝見したいです。


この曲の間は、ただただ千早が歌いきることを祈るだけでした。

なにも出来ませんでした。私はただ祈るだけでした。

千早歌声は「arcadia」の時点よりは安定していましたが、やはり苦しいものでした。

ところどころかすれながら、それでもあきらめず、何とか最後まで。

最後の超高音部分はアドリブで音を下げて(楽典など納めてないので詳しくは分かりませんが低音に向かって解決するように最後の3音を調整?)して対応していました。

私はその対応力に(音響監督などと打ち合わせしていたのかもしれませんが)感動し、安心しました。

おそらく千早自身が一番納得していないということは分かりつつも、何とか最後まで歌って終われたことに安堵し、拍手を送ることしか出来ませんでした。

今日歌ったことがどう影響を残すか。

もはや避けがたい不安を抱えながらも、今日をやりきった千早必死拍手を送りました。


「眠り姫」を終えて

最後千早挨拶で閉幕でした。

最後まで千早自分パフォーマンスが訪れた人たちの期待を裏切ってしまったのではということを気にしていました。

今日来てくれた人はこんな結果になって怒っていないだろうか」という彼女言葉には、なきそうになりました。

彼女最後まで如月千早に会い来た人たちのことを思っていました。


彼女最後に、次の機会がもらえるなら今度は必ず満足できるものをみせるという約束をしてくれました。

これはおそらく18日や27日に残っている公演の事も含みつつ、もっと先のことをさしていたのではないかと今は思います

たぶん千早は今回の開催機関の中では今日しか会いに来ることのできない人たち、今日如月千早に会うことを、彼女の歌を楽しみにやってきた人たちのことを思っていたのだろうと思います

からこそ彼女には悔しさが残ったと思います


彼女最後に残した「約束」をかなえることができる舞台を、必ず実現させなくてはならないと強く思います

彼女が私達にしてくれた、彼女彼女自身にむけて結んだ約束を果たす機会を必ず。


反省会

友人と一緒に訪れていた私はその後、食事がてら上記の思いについて聴いてもらったりしました。

忍耐強い友人は私が一方的に話し続けるのをうなづきながら聴いてくれました。

その当時話したことと内容がだいぶずれている気もします。

こういうのははやくまとめたほうがいいのかもしれません。

このときの私は、「最初はとめたかったけど途中から自身を賭して歌う千早応援することにしたのだ」といったことを話し、自分感情にも整理が付いたと思っていましたが、ぶり返して今こんな怪文書を書いています


今回、如月千早はのどに不調を抱えたまま無理に舞台に立ち、歌いました。

未来のある、大切な身を削って歌いました。

彼女が一番好きなこと、歌うこと、それを賭して。

第1部,第2部では本調子ではないにせよ、ちゃんとした舞台にはなっていたと伺っています

ただ第3部はそうはならなかった。本格的にもう歌えないというところまできていた。

そんな状態で歌を歌う。あってはならぬことです。取り返しの付かないことになるかもしれない。

体調不良を分かっていながら歌うことを強いることな言語道断、たとえ彼女が望んだとしても、強引にでも止めなくてはならなかったでしょう。


それでもなお、私はこの公演をやりきった千早をほめてやりたい。

「よくやった」、「がんばったな」、「立派だったぞ」、「絶対リベンジしような」そんな言葉をかけてやりたい。

彼女を待つ人のために、会いに来てくれた人たちのために、身を削った彼女をたたえてやりたい。

そんな彼女の優しさと誇りと覚悟ありがとうといってやりたい。

最後には声もかれながら、それでも最後までやりきった彼女をほめてやりたい。


「もう絶対無理は許さないし、させないからな」と約束したい。

「無茶させてごめんな」と謝りたい。


●少しだけ理性を取り戻して。これから出来ること。

注意:ここから先は今井麻美さんについても必要場合言及いたします。


とにかく今回の公演は事件でした。とんでもない公演でした。

千早のこと、アイドルのこと、色々と考えさせる公演だったと思います

今回の出来事を踏まえつつ、今後のアイマス如月千早のために私がやっておいたほうが良い事はなんだろう。

具体的に出来ることは何か有るだろうか。ということを少し考えてみました。


ただしここでも理性は感情の1/1000程度しか機能していません。

したがって「やっておいたほうがいいこと」の内容についても、その実現のための方法についても私の独善的感情がだいぶ入っています

ここで言う理性というのはあくまMR世界から一歩離れて、現実世界アイマスというコンテンツと向き合うぐらいの意味合いだと読み返していて感じます


【実現したいこと】

1.如月千早約束をかなえる⇒リベンジMR公演を実現させる

2.今回のようなことを防ぐ⇒アイマスイベントで体調を押して演者が参加することを防ぐ



1.如月千早約束をかなえる⇒リベンジMR公演を実現させる

まずなぜこれを実現したいかですが、話は単純で約束からです。

何の憂いもない万全の状態で挑む彼女の全力のライブを観たいからです。


如月千早が結んでくれた約束を果たすために私達にできることはなんでしょう?

目指すところは単純で、MRの公演機会をたくさん作るということだと思います

今のところ如月千早がああいった形で私達に会えるのはMR劇場しかないので、これしか手はありません。


そうなると具体的手段で、貢献・実行できそうなのは下記ぐらいかなと考えます


2.今回のようなことを防ぐ⇒アイマスイベントで体調を押して演者が参加することを防ぐ

長すぎて途切れたのでその3に続きます

https://anond.hatelabo.jp/20180518015238

2018-05-15

妹のゴミ部屋を掃除した

妹が一人暮らししていたゴミ屋敷のような部屋を、この3日間をかけて片付けた。
とにかく吐き出して残したいという思い9割、誰かの役に立つかもしれないという雑な期待1割で書きます

経緯

2009年春に妹が地方大学へ進学し、それからアパート一人暮らししていた。
その後いろいろあって、3年前の4月に突如実家に帰ってきて、実家ニートに転身した。もともと内にこもりがちの性格であったが、在学中にうつ病も患っていたらしい。3年近い休学を経て、結局退学した。今もそれほど状況は好転していない。
それ以降、アパートに戻っておらず、契約けが残る状態が続いていた。

丸3年放置されていたため、さすがにだめだろうと父へ打診し、今年の5月に父と僕で片付けと解約を行った。この件については妹は一言も口を聞かなかったので、二人で強行した。
大人二人いればなんとかなるだろうと2泊3日で予定を組み、自分が先行して部屋に入って片付けを先行する手はずになった。
この件については全く頑なな妹の態度から、「人が死んでるのかな?」とか、「異臭騒ぎになっているはずだからバラバラにして冷凍されているかも」とか、「郵便受けに大量の督促状とか入ってたらどうしよう」とか、出発までの数日間はそんなことを勘ぐり、心中穏やかではなかった。
父が出発当日に妹に声をかけたが、部屋に引きこもって出てこなかったらしいので、結局父と二人で作業も行うこととなった。

大家さんに借りた鍵(妹は持っているとも無くしたとも、何も言わなかったらしい)を使い、ドアを開ける。
アパートはよくあるタイプの1Kで、玄関から入るとキッチンがあり、扉を挟んで左にユニットバス、奥の戸を開けると6畳の居間があるという構造自分は妹のアパートにこの時初めて入ったが、大学時代は全く同じ間取りアパートを借りていたので、。

開けた瞬間、なんとも言えない臭いが真っ先に鼻についた。多分、配管の中の水が蒸発しきって、下水臭いが逆流していたのだろうと思う。3年間開けていたのでこんなものかもしれない。
玄関は、空き缶が詰められた大きなゴミ袋(45Lくらい)と、紐でくくられた雑誌が何束か、それと買ってきたであろう掃除用具が転がっていた。
次に、左側のユニットバスの扉を開ける(内心、かなりビビっていた)。ゴキブリカマドウマ死体が転がっていたり、シャワーカーテンが真っ黒にカビていたり、臭いも更にきつかったけど、思っていたほどではなかった(シャワーカーテンなんかは消耗品だし)。とはいえ、ここで用を足す気には全くなれなかった。

最後居間の戸を開ける。が、30cm位しか開かない。何かがつっかえているらしい。30cmの隙間からは、ゴミ部屋が広がっていた。テレビで見た、あのゴミ屋敷のような部屋だった。
床が見えなかった。ベッドと同じ高さまでゴミが層に積み重なっており、畳なのかフローリングなのか、カーペットを敷いているのかどうかとかは全くわからなかった(ちなみにフローリングの上にカーペットが敷かれていた)。

その後合流した父と3日間(作業時間は丸2日)をかけて、なんとか片付けを終え、解約までこぎつくことができた。
可燃ごみは45Lのゴミ袋で40袋弱、ビン・缶が10袋程度、ペットボトルも同じくらいで10袋、粗大ごみが約100kg、これに加えて冷蔵庫洗濯機リサイクル家電処分した。

教訓と考察

ゴミ屋敷の片付け作業において

片付け作業でのポイントを忘れないように記録します。もう二度とやることは無いかもしれませんし、そう願っていますが。

事前に”どの程度の”状況なのかは把握したい。
妹がこの件については全く口を割らず、また僕も父も部屋に入ったことが無かったので、状況がわからず、準備も中途半端になってしまった。
もし屋敷と言えるくらいの広さだったり、糞尿があるようなら、心身の衛生のためにも、専門業者に頼んだほうが良いと思う。今回はそういうのが無かったので、なんとかなった。運が良かった(?)。

二人以上で作業するのは必須だと思った。一人では絶対心が折れる
僕は心が折れた。居間をひと目見ただけで、頭の中が真っ白になり、10分くらい部屋の前で狼狽していた。動転していた中、「とにかく十分な装備が要る」と思い、部屋からいったん離れて近くのスーパーマスクゴム手袋軍手ウェットティッシュ調達した。部屋に戻り、まずは何かに着手しようと玄関に散らばっていたカタログ雑誌を、紙紐(転がっていた掃除用品の中にあった)で縛り始めた。雨が降りしきり、薄暗い玄関で黙々と作業しながら、「妹はこんなところで6年間も住んでいたのだろうか」「こんなところにいたら頭がおかしくなるに決まってるやろ」「こんなしょうもないものに囲まれて、6年間で何が得られたんだろう」「玄関にあった掃除用品は自分でなんとかしたかったけど、どうにもならなかったのだろう、自分を恨んだり呪ったりしたかもしれない」「なぜ助けを求められなかったんだろう」「今もそう、どんな思いで、どんな気分で生きているんだろう」「なんでこうなったんやろ、なんでやろ」と頭がぐるぐるし、だんだん悲しくなり、終いには泣きそうになっていた。作業したくない言い訳かもしれない。その後、父が到着するまでの間、恥ずかしいことに作業を投げ出して近くのカフェに逃げ込んで、清掃業者を調べていた、というか茫然としてしまっていた。
父が加勢してからは、とにかく話しながら作業した。話すことがなければ、「オラオラオラ」とか「うげーなんじゃこりゃ」とかなんでも良いか独り言を出して、”黙々”という状況をなるだけ避けた。そうして余計なことを考えないようにした。独り言は案外一人では言えないものなんだな、というのも初めて得た気付きだった。

できれば一緒に作業する人は年長者が良いかもしれない。
僕の父は、僕ら兄妹の引っ越し祖母遺品整理などを手伝っていたので、片付けは手慣れたもので、そういった作業用キット(父曰く「いつものやつ」)を自前で作って実家から駆けつけてくれた。僕が狼狽して入れなかった居間を見ても、「おうおう、アイツ(妹)、なんちゅう散らかしようや。ちょっと中入ってつっかえてるもん取って」と怯まなかった。「あ、このおっさん、やる気やな」と、自分もここで覚悟を決めた。

車も必須可能なら、軽トラなどを借りておきたい(量が多いのと、ゴミなので車内を汚したり臭いをつけたりするため)。
借りるときは、片付けている部屋から持ち込み可能自治体清掃センターがどの程度離れているのか、といったところから積載量も考えた方が良いかもしれない(遠いとこまめに運んだときタイムロスになるため)。

土足で作業すること。そうでないと身動きが取れない。靴もできれば底が頑丈な登山靴や安全靴が望ましい。ゴミの下に鏡などがある(今回はゴミの下から合計5枚、そのうち2枚が割れていた)。自分も気づかずにそれを踏み抜いたが、軽登山可能な厚手のスニーカーだったので助かった。
土足に加えて、ゴム手袋マスクメガネ(花粉症用の装備が良いかもしれない)は必須。3年人が住んでいなかったので臭いはそこまでだったが、代わりに埃っぽさが酷く、メガネが無いと危険だった。実際、作業が終わるころにはレンズホコリで白くぼやけていた。衛生面でダメージを受けるとモチベーションがすっごい下がるし、何より感染病とかが心配になってくる。

作業スペースが限定されるので、二人で作業するときはきっちり役割分担をすること。
居間ゴミ処分作業の中心になるが、動けるスペース・何かを置いておけるスペースが全く無かったので、二人が作業するためには何らかの作戦必要になった。
そこで、僕がとにかく可燃ごみ・ビン・缶をゴミ袋に詰め込みまくって部屋を原状復帰させること、父がダンボール分別必要もの解体や、分別必要ゴミの分解、雑誌などの資源ごみの紐括りなどを担当することにした。そうすることで、足の踏み場がない居間には僕、玄関には父という配置で、前衛の僕が分別できないゴミ玄関に投げ、後衛の父が投げられたゴミを処理するというフローができるので、二人の動線干渉せず、効率的作業できた。

進捗は正義
床に敷かれたカーペットが少し見えたときは「このゴミ無限ではなく作業意味があるんだ」と勇気づけられたし、いっぱいにしたゴミ袋の数を数えるのが少なくともそのときは僕にとっての勲章だった。2日目の午前、居間の奥の窓まで到達し、締め切られていたカーテンと窓を開け、光と風が差し込んだときは「ライン川を渡った連合国軍兵士はこんな気分だったのか」と思いながら、ガッツポーズをしていた。完全に頭が湧いているけども、何にせよ進捗をあげている気分になれないと、無限に続くような作業に耐えきれなかった。

一番ゴミが多いのはベッドの周り。
ゴミ屋敷になってくるとベッドの上は最後生活圏になるので、燃えるゴミの大半はここから出るのだろう。実際、ゴミ袋に詰め込む作業時間の7割程度は、ベッドの周りに関わっていたと思う。逆にベッドからというところのゴミは、実はベッド際ほど層が高くなかった(放り出された空のダンボールが折り重なって、最初は見えなかったが)。
ちなみにベッドの周りのゴミの中に、(合算すると)現金十数万円が埋もれていた。大事な物もきっとベッドの付近で見つかるのだろう。「こうして廃棄品から千万が見つかることになるんやなー」と父がのん気にぼやいてた。そのとおりだと思う。

ゴミ屋敷にしないためにできることはなんだろうか

延々と続く作業の中で、「なぜこうなってしまったのだろう?」と考えていた。
妹が精神的に患っていたこともあって決して一般論ではないですが、自分一人暮らし経験とも照らし合わせながら、整理したい。

ベッドの周りのゴミの中で特に多かったのは、ティッシュビニール袋、綿棒、割り箸から揚げ棒や焼鳥の串、500mlの牛乳パック、レシートアイスの棒とカップ、コンドーム(もちろん全て使用済み)。要するに、普通は捨てることに一切躊躇しない物がほとんどだった。
でも人によっては、ビニール袋は「何かに使うかも」とか、レシートは「いくら使ったのかわからなくなるのが不安」とか、そういう(場合によっては無意識的な)抵抗が働くかもしれない。捨てるときには、その都度、軽重異なるが判断が求められるし、捨てて得られるものも無いので"保留"という形で、なんとなくそのへんにうにゃむにゃしてしまうのかもしれない。
上でも述べたとおり、ベッドの周り(特に上層)はもはやゴミ屋敷化してしまった状態での行動を反映していると考えられる。この時点では、もう何かを判断する力を失っていたのだろう。ベッドの周りには大量のバファリンもあった。ゴミ屋敷とかそれ以前に、妹がそうなってしまう前に手立てを打ちたかった。悔やみきれない。
「余計なものを買うから、ああなるんだ」と思い込んでいたが、そうではなく「本当にしょうもないものも捨てられないから、こうなるんだ」という当たり前の気づきもあった。

あれだけ汚い居間の中で、中身の入ったゴミ箱・ゴミ袋の類が不思議と見当たらなかった(未開封の市指定ゴミ袋は片付けの途中で見つかった)。
捨てることがシステムの中に組み込まれておらず、捨てるハードルを高くしてしまっているというのもわかった(これは自分一人暮らしの中で覚えがあって、生ゴミ用に蓋付きのゴミ箱を買ったが、ゴミを放り込むのも、袋を出して捨てて入れ替えるのも面倒になって使わなくなったことがあった)。
ゴミ箱なんて使わずに、不格好でもそのままくくって捨てられるように市指定ゴミ袋を部屋に転がしておき、そのゴミ袋の下とか横にでも換えのゴミ袋を置いておくなど、とにかく「捨てやすい、ゴミ出ししやすい」を状況を作ることが大事なのだと思った。

捨てられない人にとって、通販は敵。
ダンボール処分に困る。解体担当の父もうんざりしていた(任せきりですまんかった)。硬くて解体しくいし、資源ごみだし。中身の方を早く取り出したくてダンボール処分どころではないかもしれない。
特にひどいなと思ったのはニッセンで、ゼクシィみたいな分厚いカタログが何冊も何冊もゴミの山から出てきた(発狂するかと思った)。体積的には、ニッセンで買ったものより多かったのではないだろうか。資源ごみは回収日が限られていて、しかも包装ビニールから取り出して紙紐で縛るなど手間がかかるので、捨てられない人間はあっという間に溜まる(自分定期購読した雑誌を、未開封状態積読した覚えがある)。
ゴミの下層の方に多く見られたのも、もともと捨てる手間が大きく、また捨てるメリットも少ない(生物のように腐ったりしないし)ので、まだ正常な判断ができる初期の時期でもなかなか捨てられず、結果、ゴミ屋敷へのトリガーとなるのだろう。

仕送りも敵。
ごみの下層でほったらかしにされたダンボールの中には、自分も見覚えのあるものメーカーのもの散見された。送り主は母で、仕送りされたものだった(僕も同じ時期に別の地方大学へ進学し、一人暮らしをしていたときに送られてきていた)。
中身はマヨネーズとか、ごま油とか、缶詰とか、そういうどこでも買えるような食品だったが、台所を片付けていたときほとんど未開封なのに気づいた。確かに、そのへんで買えるもので、しか調理しないと使えないようなものなど邪魔しかない(僕は強く「仕送りをやめろ、やるなら現金にしてくれ」と伝えていた)。
送られた品というのはなんであっても捨てにくいものだし、ましてやそれが一人暮らし栄養状態心配する母なのだからなおさらだありがた迷惑とはまさにこのことなのだろう。残念ながらこれもゴミ屋敷トリガーとなっていたと思える。

これは僕の直感なのだけど、一面床が見えなくなったらおしまいで、誰かに助けを求めたり介入したほうが良い。
床にゴミがある状態というのは、心理的ストレスが高い。捨てたくなるはず。だけど、一回ゴミで覆い尽くされたら、あとは高さしか変わらないのでゴミが増えたことを認知できない。そしてその期間が長くなるほど、もはや変えられない事実になる。ちょうど僕が初めて居間を見て「これは専門業者に頼むしかない」と感じたときと同じ絶望に、毎日毎日曝される。
この状況を打破するためには、他の誰かの助けがいるのだと思う。

どうでもいいこと(なんか汚い話)

初日に父がアパートに到着したときのこと。ユニットバスを見ると「うわーきたなー」と言いながら、そのまま入って、じょぼじょぼじょぼとおしっこをしていた。ちなみに2日目には自分大事荷物ユニットバスに置き、3日目には大の方もしていた。団塊世代の衛生感覚、恐るべし。僕は最後まで我慢してしまった。

意外とゴキブリは居らず、生きているのは1匹も見なかった(これは地域特性かもしれない)。
その代わり、5ミリくらいのうねうねした、尺取り虫のような、ちっちゃなムカデのような虫がそこかしこで這っていた。なんだったんだろう。

賞味期限が5年前に切れた卵の処理は簡単乾燥しきっているので液体ではなくなっていた(冷蔵庫の中だからかも)。

2018-05-09

悪を栄えさせないために俺は犠牲になる←カッコイ

そういう価値観を植え付けられた人間は、自分が嫌いな人と関わった業務を全部失敗させて心中させようとするモンスターに育つぞ。

これマメな。

じゃあ、日本人全員殺そうか。

2018-05-03

うるせえカス日本安倍自民を皮切りに心中するんだから正論ぶつけんなクソ野党

お前らの言ってることは最もだよ

そんなこと分かってネトウヨやってんだよこっちは

いから黙っててくれよ

もうほうっておいてくれよ

安倍首相と一緒に心中するんだよ俺たち日本人は全員!!!!!!!!!!!!!!!

anond:20180503173433

騒音の辛さ心中お察しします。

でも集中できないと言いつつ、これメモるのに集中してますよw

お疲れ様です!

2018-04-27

anond:20180426173855

中学生ときポエムを読んでるようで

とても恥ずかしい気持ちになった。

やめてくれ。恥ずかしさはお前の胸だけにしまっといてくれ。

煽ってるやつの心中はコレだ。

俺も嫌だから鳥肌たつ…

2018-04-22

私の弟も障害者

とりあえず以下の記事とまとめを読んで頂きたい。

https://kyodaishinde.hatenablog.com/entry/2018/04/15/172253

https://togetter.com/li/1219881

この記事を読んでブログを書いてみたくなった。

自分が持っているTwitterはてブロで書く勇気がなかったのでここで吐き出すことにする。

私もきょうだい児だ。年齢はブログ主とほぼ同世代20歳だ。

私の弟は重度知的障害自閉症と診断されている。知能は小学校低学年レベルだが一応会話はできる。

弟に殺意を抱いたこともある。こいつさえいなければ…とか。でも常にではない。

「姉ちゃん」とニコニコしかけてきたり、寝息を立ててスヤスヤと眠っている弟は可愛い

穏やかな弟なら殺意は覚えない。

弟は自閉症特有の「こだわり」を持っているが故に予定が狂ったりすると癇癪を起こす。

怒りの矛先は彼自身ではなく父、母、そして姉である私に向けられる。

癇癪を起こすと手当たり次第にそこらへんに置いてあるモノを家族に投げつける。

体当たりしてくる。

噛みついてくる。

引っ掻いてくる。

この他害行為家族しかしない。祖父母や親戚、知り合い、見知らぬ人など家族以外には手を出さない。人様に手を出さないだけマシなのだろうか。

自分顔面ゲーム機を投げつけられたこともある。刃物を持ってこっちに向かってこられたこともある。

家中に弟の泣き叫ぶ声、母親悲鳴父親の怒鳴り声が週5~6で鳴り響く。この世の地獄か。

酷い言い方だが暴れている弟は人間ではなくただの動物に見える。彼に理性はないのか。

殺してやろうと思ったこともある。消えてくれと思ったこともある。

思っていても行動に移してはいけない。が、実行する一歩手前まで来たこともある。

自分が今こいつの背中包丁で刺せば両親も楽になる。自分には将来なんてないし刑務所にでも入っておこう」と思ったこともある。高校時代のことである

BuzzFeedJapanの岩永直子氏の言葉を借りるなら、

善悪判断がつかないような身内に刃物を持って追いかけられても逃げることさえできない人たちは、苦悩や怒りを公の場で発信するのを否定する声が社会の中で幅をきかせるようになったら、どのような思いをして生きていけばいいのでしょうか。見直すべきは、家族の苦悩を省みて来なかった社会のあり方でしょう。」

結婚については心配していない。別の理由で多分できないしするつもりもないからだ。一時的ものでしょ?と思われるかもしれないがこの考えは一生変わらない。

もし、もし何かの間違いで結婚したとしても子供絶対に作らない。障害ある子供を産み育てる覚悟がない。両親のやつれた顔を見ると自分障害ある子供を育てるのは絶対に無理だと思った。両親と同じ苦労はしたくない。

出生前診断については否定しない。中絶することを選んだ人を批判してはいけないし、逆に中絶しないで産むことを選んだ人を批判してはいけないと思う。

結婚についてはあまり心配はしていないが親が年老い介護必要になる頃が心配だ。

親と弟の介護が重なったらどうしよう。親を老人ホームに入れたりヘルパーを頼むような金銭的余裕はないかもしれないし、地元以外で就職しようと考えているので自分一人が全員の介護は厳しい。仕事も辞めなくてはいけないのでは?辞めたら生活は?生きて行けるの?そして行き着く先は介護殺人…?

弟は施設に入れればいいじゃないか。それもそうだ。でもなかなか入れないのだ。

弟は現在施設入所待ち。待機児童問題はよく報道されているのでご存じの方は多いと思うが知的障害者向け施設も空きがなく待機者がそこそこいるのが現状だ。

入所は先着順ではなくポイント制で緊急度が高い人から入所する。親が亡くなってからやっと入所できるって感じ。

は?親が亡くならないと入れないの?

殺されそうになっても緊急度が高いっていえないんだ。へぇ

他の家庭も同じだから

殺されるかもしれない恐怖に24時間365日耐えろって無理だろ。

現在私は進学を機に親元を離れて一人暮らしをしている。「私だけ」は弟にモノを投げられたり理由もなく殴られることもなくなった。物理的に離れてるし。

つい最近から一本の電話があった。弟に刃物を向けられ刺されそうになった、と。

精神薬も限界まで処方して貰っても癇癪を起こして暴れるらしい。役所相談しても「他の家庭でもあることなんですからご家庭でなんとかしてください」と言われたらしい。両親も精神的に参っている模様なのでいつ心中されるか分からない。

どうにかならないかな。医療技術進歩で弟の癇癪が軽減されないかな。今の両親を見ていると辛い。










P.S.支離滅裂文章でごめんなさい。思ったことブワーしました。取材大歓迎です。まぁ増田だし連絡してくる人なんていないと思うけど。

2018-04-17

セクハラされた!!!

さっきタクシー上司に胸を触られた

これは!セクハラだ!セクハラだ!これは!!!

心中大興奮した

初めて!

セクハラされた!

38歳の春!!

2018-04-01

商業じゃねえんだよ、趣味なんだよ。

同人活動、というものをやっている。

といえでも毎月イベントに出るわけじゃなく、

不定期に支部更新して、年に一回イベントに参加する島中文字書きサークルだ。毎月イベントに出るほど本作る体力ないし。


同人で本作ってる」と言うと、必ず「赤字にならない?」と金について聞いてくる輩がいる。必ずだ。「あ、◯◯◯円の赤字だね」と計算してくる輩もいる。

「そりゃまあ赤字になるよ。少数部数でページ数だけはやたら多いし」と穏やかに返しているが、

心中では「うるせえ!!!!!金のために本作ってるわけないだろ!!!!!!!!!!黙れ!!!!!!」と荒れ狂っているのである


好きな推しのやりとりとか、こんな会話とか場面とか、当方考察人間なので脳から溢れ出しそうな想いとか考えとかあるんだ。

ありすぎて早口になってしまいそうな熱を紙に、インクに込めて、一冊の本をだしているんだよ。

自分頑張った料として値段設定しているわけで、儲けるために同人やっているわけじゃねえんだよ。好きでやっている。趣味なんだよこれは。

2018-03-31

介護疲れ

介護疲れという状況を初めて認識したのは私が高校生の時、親が近くに一人で住む認知症祖母の面倒を見ていた時。

鈍感で何言われても気にしない省みないような父親が夜うなされていた。

あとキーチVSという漫画認知症の母と息子の話。

徘徊等による症状の対応で職を失い介護につかれた中年男性心中しようとするエピソードがある。

救いようの無い様子が垣間見えて、どこにぶつけていいかからない飲み込めないモヤモヤとした気持ちで胸がいっぱいになった。

それから時間がたち、私は結婚した。

結婚相手精神疾患にかかっている。

元気な時は元気、崩したときは解離を起こしてしま意識はあるが行動を制御できないというもの

それに加えて希死念慮を持ち、何回か企図している。

そんなアラサー

とここまでが自己紹介

今は家族職場など周囲の理解もあってマイナス側ではあるが安定している状況。

元々病気については知っていたため一緒に治しながら生きやす生き方をしていければと思っている。

こんなケースは精神疾患にかかる人が相当数いるこの世の中ではあまり珍しくもないものだと思う。

だけども、だけども周りがうらやましいとも思う。

子供が出来て子育てに大変そうながらも幸せな忙しさに満ち溢れている家庭。

家庭を顧みずやりたい仕事に没頭している人。

ミュージシャン小室さんの騒動があったとき女性問題に注目されて奥さんに対する

不義理話題になった。夫婦間の問題ではあるが私もそれは不義理ではあるなーと思う。

ただ、それほど本人は日々の生活疲弊していたんだろうなと共感する部分がある。

言いたい、吐き出したいことが色々あったはずだがまとまらない。

一つだけ聞きたい。

介護、看病に疲れてる私を見て、別れを進めてくれる人がそれなりにいる。

共倒れになったらそれこそキーチVSの話のように誰も救われないが、介護や看病に疲れ、自分人生を生きるために別れるという人はいるのだろうか。

いるならどのように自分の心に折り合いをつけたのか聞きたい。

2018-03-30

新卒ソフトウェアエンジニア

プログラミングが大好きだったし、僕にとってはとても価値の高い職種だと思えたか大学卒業してそのままソフトウェアエンジニアになった。今日がその新卒としての最終勤務だった。自分にとって価値があって、誰かにとっても価値がある仕事であればそれはきっと充実した毎日につながるだろうなんて単純な思考回路の持ち主だったので、昨年の今頃は新社会人としてのスタートを切れることに胸を高鳴らせていたし、後に辛くなるなんて全く想像ができなかった。僕は人の気持ちに対して人並みかそれ以上程度に鈍感で、また話し言葉に語彙力が無いので、僕のことをよく知らない人たちと良い会話ができた経験がなく、できれば話したくないという社交性ゼロ状態でこれまで生きてきた。しかし僕が入社した会社は、そんな僕にとっては息苦しいほど和気藹々としていた。たくさんいる同期の中には学生時代から社会の荒波に揉まれてきた強者ごろごろいる上、自分を除く同期たちはあっという間に会社に溶け込んでいった。エンジニアコミュ障が多いという風のうわさをずっと信じていたが、そうでもない。傍ら、上司の影に隠れてコソコソ仕事をしている。年齢の割にはたくさん給与をもらっているとは思うが、分不相応である自分能力不足にいつも辛さを感じながら、社員らするために技術を学び、学んだことを一生懸命説明して、ボコボコにされて、ヘコんでを繰り返している。気づけば仕事をする理由の中で「誰かにとって価値が有ること」が抜け落ち、社員らすることばかり考えている。そんな先輩づらなんて到底できない歯車に、後輩ができる。こんな心中を誰にも知られたくない。後ろめたい気持ちで押しつぶされそう。イケてないところもたくさんあるけど、身の丈に合わない会社だ。月曜日になると、新卒という本来はなんの意味もないはずの保険が消える。辛いけど、糞ほどどうでもいい後ろめたさを忘れて、また新しい変化を期待して出社しようと思います

2018-03-21

大手メーカー就職した彼氏を振った

こんな記事を書くと、イキリ乙なんて叩かれそうだけど、匿名で書きたかったので書くことにした。

私には少し前に彼氏がいた。お互い学生の時にお付き合いをして、そのまま就職したのだけど、彼氏言葉を聞いていたら、なんだか価値観が合わないと思い振った。

振ったのには理由がある。価値観が合わないというのは言葉としては正しいのだけど、具体的には以下のようなことなのだ。

彼は「いかにしてクビにならない部署へ行けるか」という言葉を常々に言っていたのが記憶に新しい。「クビになりたくない、子会社へ出向もいやだ」という具合であった。仕事ではやりたいことはできていないらしい。やりたいことができず、目標もないらしく、ただ目の前のことだけこなすだけということを聞き、なぜこの人は会社コマになり果ててるんだろうと思った。

入社以降「(大手メーカー名前)はすごいんだ」は彼の口癖であった。彼は会社自慢しか話せない人間になってしまった。彼=大手メーカーだと思わないといけないのかという気分にさせてきて、アピールする点はほかにもあった人なのにどうしてこんなことになったのかと嘆いたし、私はその大手メーカーが好きじゃなくなるくらいには悲しかった。会社自慢ははっきり言ってつまらない。良い人が会社コマ化していく様をまざまざと見せつけられていった。正直、人が変わっていったのはつらかった。

社会人になってからの彼の性格の激変を指摘したら「そんなことはない!お前のせいだ!」という感じで言われて、コミュニケーションが取れなくなっているように感じた。私の心が離れた。

やりたいことを仕事にすればいいのにと散々言ったのだけど、彼は「仕事仕事で割り切ればいいし、やりたくない仕事でもそれは仕事から」というだけで、会社ネームバリューで入っていったのだ。彼は数社しかみていないため、大手かつ自分のやりたい仕事のある会社があることも知らないまま、その会社に入って、まだ自分のやりたいことに似ている希望部署に配属されていった。私にはそういう風にしか見えなかった。

自分のやりたいことであるというのだからよかったと思っていたのだが、それからは耳が痛くなるくらい愚痴られた。どうやら彼はわかりやす説明する力がたりていないというか、相手立場に立って考えることができていないようであったから指摘してみたところ「同じ立場ではないくせに!」というような反応をされて、それ以降愚痴を聞いても何も言えなくなった。そうしたら彼から「何故最近愚痴を聞いても聞いてくれない対応なのだ」といわれ、とても面倒くさいと思ってしまった。

私はそんな彼を見て「哀れなものだ」と思ってしまった。彼は就活中に沢山の会社を見る私に対して「そんなに見る必要ないよね」ということを言ってきたが、私は自分価値観目標の合う会社を探していたからすごく探していたため、なんだか釈然としない気分になった。

私は彼の言葉を聞いていた時に「好きなことを仕事にすれば気にならないのではないの?」と聞いてみた。彼は「仕事なんて好きなことなんかできない。割り切ってクビにならずに高給料をもらえる会社に入って考えないで仕事をすればいいだけ」という感じだったものから学生時代の行動力のある姿に惹かれて付き合っていた私が馬鹿だったのかという気持ちになっていった。

私「私は好きなことを仕事にしたくてこの会社にしたんだ」

彼「好きなことなんて仕事にできないよ。俺の会社は云々」

私(話をすり替えられた。また会社自慢になった。)

この会話をしてから、心が冷えてしまった気がする。私の我儘な部分だとは思うけど、魅力的に感じなくなってしまった人と一緒にいるのはお互い時間無駄だと思い振った。多分、彼の会社なら婚活に行けばモテモテになるだろうし、私が振っても大丈夫だと思う。頑張ってほしい。

私は、会社に就社したくて就職したわけではないから、好きなことを仕事にしたくて、マッチングしてもらったと思っているし、会社が素晴らしいからドヤァということもするつもりもない。だからこそ、「大手メーカーしか現状自分の見栄えを良くしているみたいな感じの彼に魅力を感じなくなってしまった。それがどうしても伝わらなかった。

彼「社会人になって出会った人は絶対会社を見てくるだろうから別れたくない」

そういわれたけれど、彼を、彼としての魅力を見てくれるひとはいると思うから、そういう人を見極めて交際していけばよいと思った。何故そこまで、会社にこだわるのか、心中しようとしているのか私にはまったくわからない。

私にはもう関係のない話である

振袖と成人と親の話

明日、正確には今日、私は振袖姿の写真を撮る。成人自体はとっくに数ヶ月前にしているので、後撮りということになる。

世間一般ではめでたいことだろうが、私の心中は穏やかではない。ここに少し書かせてほしい。

そもそも私は写真を撮ること自体まりきじゃないのだ。みんなで遊んだ時の集合写真は大体写らないか、写っても目立たないように端にいる。カメラを向けられたら逃げてしまいたくなる。そんな人間だった。

から成人の写真も、最初は断った。写真は嫌だし、何よりめんどくさい。

ただ私は成人式に出席しなかった。だからせめて写真だけでも、と母に言われたのだ。正直乗り気ではなかったが、母の機嫌を損ねると面倒なので渋々撮ることにした。

振袖を選びにAとB、二つの店に行った。どっちも同じビル内にあり、最初はAに行った。

どんなデザインがいいか、など聞かれたので、私はどうせ着るならシンプルなやつがいい、柄が少なめか、なんなら無地でも良いと希望を言った。まあどのみち希望を言ったところで意味はなかったけど。

私の選ぶ振袖はことごとく母に却下され、かなり揉めたけど最終的にBの店で母が選んだクラシカルで華やかめものになった。私は絶望した。

たか振袖くらいで、と思うかもしれないが、私にとっては絶望という文字が相応しかった。それくらい嫌な気持ちになった。

私が選んだものは、単純に母の好みではなかったのだろう。本当に真っ向から「そんなものはやめて」と言われた。

「一生残る写真なんだから」「そんなの絶対に後悔する」振袖に限らず、今回の成人イベント全体でこのような言葉を浴びせられ続けた。

一生残る写真なんだから、変な道に走らず普通にいってほしいのだろう。おそらく母から見たら私の普段の服の趣味絶句ものだろう。

でもそんなのただの好みの問題だ。どうしてそれを否定する権利があのひとにあるのか疑問で仕方なかった。

「でもこっちの振袖の方が良い」と言っても「金を払っているのはこっちだから言うことを聞け」の一点張りで、まったく希望は通らなかった。正直イライラした。

振袖が決まってレンタルについて話しているあいだ、私は店を抜けてトイレで泣いた。めちゃくちゃに号泣した。本当にあん全然好みじゃないやつを着て写真を撮るのか、考えると、涙が止まらなかった。日頃から母に否定的なことを言われることはあったけれど、今回のことでそれを目の当たりにして耐えられなかった。二十歳にもなって情けないが、遠慮のない暴力に襲われた気分だった。こんな気分は本当に子どもの時以来である

ようやく泣きやみトイレから出てくると、さっき行ったAの店の店員(Mさん)が声をかけてきた。Mさん若い女性だった。

もう既にBの店で振袖が決まってしまたことを伝えると、私はまた泣いてしまった。しかMさんの目の前で。

だがMさんドン引きもせず優しく慰めてくれた。Mさんも昔、成人の写真の件で親が選んだ着物を来て機械的写真を撮ったという。自分では選べなかったと言っていた。だから自分で選んでた友達が羨ましかったと。その時撮った写真は未だに見たくなくて見ていないらしい。

Mさんは私に名刺をくれた。何かあったら連絡してね、と。女神か。

まあ振袖が決まれば次は髪型なわけだが、ここでも私と母は揉めたのである

私は「前髪を下ろして、顔の横の毛を出したい」と言った。しかし母は「そんなの絶対に辞めて」の一点張りである。なぜダメなのか問いただしても「とにかくダメ」「言うこと聞け」。わけがからない。母曰く「みっともない」らしいが、何がみっともないのか。

私の母は、機嫌を損ねると非常にめんどくさい。それは家族のなかでも周知の事実だ。ちょっとヒステリックなところがあるのだ。

例を挙げ出すとキリがないけれど、正直言って疲れるし、一緒にいたくない。あと人のことをよく馬鹿にする。私も散々馬鹿とか空気読めないとか脳の病気から病院行けとか言われた。「馬鹿」は本当にしょっちゅう言われる。母自身医療関係の人だから、多分私の馬鹿さは特に目に付くんだろう。

もちろん産んでここまで育ててくれたことには感謝している。母からの愛を感じることだってたまにある。ただ、最近はそれすらも嫌になってきてしまった。母に対して感謝はしているけれど、あまり母のことは好きではない。むしろ嫌いになってしまえたら楽なのに、と思う。でも母を嫌いになってしまったらそれこそ終わりだ、と思う自分もいる。まあ今はそんなことはどうでもいい。まあ細かくは書かないけど要するに「めんどくさい人」なのだ

「金を出しているのはこっちなのだから言うこと聞け」理論に関しては、そもそも私は写真は撮りたくないと言った。つまり母がやりたくてやっていることに勝手に母が金を出しているのだ。なのになぜか「金を出してやっている」と恩を着せられている。私は一言も頼んでないし、そんなに嫌々金を出しているのならやらなくていいよ。(ちなみに、このことを母に言ったらキレられた。)

「一生残る写真なんだからちゃんしろ理論は、まあ分からんでもないけれど、でも一生残るならなおさら娘の好きにさせようって気持ちは少しくらい湧いてこないのだろうか?

散々喧嘩しまくった挙句「親の圧力」で決めた振袖。散々揉めて私の妥協の末に買った髪飾り。明日もきっと、髪のセットのことで散々文句を言うのだろう。少しくらい折れてくれてもいいのに。

別に楽しくもないのに無理やり作った笑顔写真を撮らされるんだろうな。

そして出来上がった写真を見るたびに、嫌な思い出が蘇るかもしれない。そして後悔するかもしれない。あの時妥協せずに押し通せばよかったとか。たとえわがままと言われてもこっちを選べば良かったとか。

一生残る写真なのに。

二十歳なんて親から見たらまだまだガキかもしれないが、でも一応二十年は生きてきた。確かに私の服の趣味は少数派だけど、でも撮ってから後悔するなんて絶対にない。断言できる。それだけ好きなものなのだ。それに、社会では大人として扱われるんだから少しくらい任せてくれてもいいのに。

どうしてこんなにストレスを感じてまで、「一生残る記念の写真」とやらを作らなくてはいけないのか。私はまだ疑問に思ってる。

別に今回のことだけでここまで嫌な気持ちになったわけじゃない。

今回のことを通して、過去の母に関する嫌な思い出や気持ちが蘇った。そして今まで積み上げた「嫌だな」って気持ちがいよいよ溢れてしまった。そんな感じだ。

たかがこんなことで、とか思うかもしれないけど、今まで母の圧力に耐えてきたんだし、少しくらい愚痴を言ってもいいだろう。写真取り終わったらピアス増やして派手髪にしてやる。

あーここに書いたら少しスッキリした。はてさて、明日はいったいどうなることやら。

2018-03-14

JK中年心中事件

純愛だったらかわいそうだね

世間圧力みたいなものが無ければ仲良く生きられたのかもしれない

anond:20180314143730

大和魂なめんなよ。上陸してきた相手心中するのに使うんや。

2018-03-04

転職が悪いという風潮は社会的に損失

大企業しろなんにしろ一生同じ会社でご奉仕しますっていう今の考え方って、共産主義的で、無能飼い殺しにすることでしかないんだよね。

労働市場もっと流動的じゃないと資本主義という名のもとにただの共産主義しかなくて、社会的には損だと思うんだよね。

もっと転職を活発にしていこうよ。

事務職とか軽作業には当てはまらないけどね。特に技術職とか専門職ね。

経営陣なら覚悟決め手勝手会社心中しなはれって感じ。

2018-02-28

結末が見えてしまった

心中穏やかじゃない、本当につまらないったらない

2018-02-18

私はあらゆる判断を保留にする

こたつ暖房

お腹いっぱいの気だるい夜中。

私は旅行番組の途中で、ユニセフCMぼんやりと見る。

まれない子どもが映っている。

の子達にご支援をお願いします。

つの番組中で何度も、そういう場面に出くわす。

しかし、私は支援決断することはない。

ぬくぬくスマホを弄っている。

ふと思えばずいぶん残酷なことをしている。

の子どもと、私の境遇の違い。

同じ世界のこととは思えない。

なぜこんなことが起きうるのか。

職場でのいざこざ。

上がらない給料

逃した婚期。

私の悩みなど、生死に比べればやさしい。

けれども、暖かい空間において思考は緩慢だ。

ああ、ごめんなさい。ごめんなさい。

ただ心中で謝るに任せ、私はあらゆる判断を保留にする。

2018-02-17

anond:20180217043552

うんまあ確かにそうかもしれない

私は女性なのでどうしても女性から見方に偏ってしまうのだけれど、同時に自分の身内が男性であることを理由排斥されていると考えると、それはちょっと待ってほしい、とも思う。

私の父と夫は家族の私が言うのもなんだがかなり高潔精神の持ち主であり、私はとても尊敬している。

この二人が痴漢などするわけがない。それは私がよく知っている。

しか世間に出ればただの男性だ。他人からしてみたら痴漢をする人間との区別はつかないだろう。

からといって痴漢する可能性があるので電車女性とは隔離したまえと言われたら、私も決して心中穏やかではない。

しかしもし我が娘が痴漢に遭うとすればどうだろう。

女性専用車両は、かなりの安心材料ではあるはずだ。

防犯カメラ警備員もいいだろう。でも混雑した電車の中でそれほどの威力があるものなのだろうか。

混雑緩和は多分、無理だろう。電車の本数も車両数もギリギリなはずだし、鉄道会社のできることは全てやっているはず。

そこで私は悩んでしまう。

からこの問題に関しては、私はどちらも強く批判することはできない。

ひとつ言えることは、女性専用車のために他の車両が混雑することのないように女性積極的に専用車両を利用して欲しいし、男性諸兄に対しては差別的対処になってしまい誠に申し訳ないのだが、もっと効果的な痴漢対策方法が見つかるまでは堪えていただきたい、というようなことなである

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