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はてなキーワード: 技法とは

2021-05-14

anond:20210514230950

どんなんかと思ってキャプチャ見て見たけど、これタクティクスオウガのBG辺りから分岐した技法やね

あの壁面とか散々真似したわ

2021-05-12

ネトフリの『ミッチェル家とマシンの反乱』の日清CMみたいな演出

https://youtu.be/6v175IF5z2k?t=28

https://youtu.be/HbYmiwtRI0I?t=17

元ネタなんだっけ?

ほら、同じ人間の動きを雑コピペしたり。ナンセンスな絵をぶち込んだりしてヘタオロイ感を出す奴……。

日清CM自体がその海外アーティスト技法パロディしていたってのは覚えてるんだが名前が思い出せん……。

2021-05-03

日本画って初心者にはハードルが高い

なんの知識経験のない素人日本画に手を出そうとすると、古来より連綿と受け継がれてきた天然の鉱石を粉末状に砕いた顔料を買いそろえないといけないところでまずめんどくさいと思う

水干絵具を乳鉢で溶いたり、絵皿の上で膠液を練り混ぜるのも面倒くさい

日本画調絵具という角皿に入れられた固形の絵の具なら手軽に使える

日本画に使える和紙は高いだろうし、筆も洋画を書くような筆じゃなくて日本画用の絵筆があるし、もちろん日本画用の絵筆を買いそろえるのも面倒くさい。通販は良し悪しがわからないし

通常の絵画用の筆なら身近な場所簡単に手に入るのに

本格的な日本画について調べれば調べるほどなんの知識もない経験のない素人にはハードルが高いと感じる

日本画教室というものがあればいいけれどそんなものは近所で見たことはない

定年退職して暇な老人なら、それなりに時間お金をかけて本格的に始めてもいいかと思えるけど

働き盛りの社会人はあまり余裕がなく美大レベル日本画制作お金時間なんてかけられないのである

そうやって、若い人は普通のポップなイラスト制作水彩画デジタル画に流れてゆく

日本画は美しい。素晴らしい。

しかし、一般人にとって日本画を始めるにはハードルが高過ぎ。長い伝統を持つ日本画技法を受け継げるのは美大生か暇な高齢者くらいのものだろう

2021-04-05

2: 名無しさんゲレンデいっぱい。 2021/03/08(月) 20:40:33.97

本来簡単な話を大袈裟技術論風にするのは基礎地方文化です

タイムの速さやエアーの難度を世界で競うでもなく
ただターンの仕方の薀蓄だけで数万の組織を維持し
出版社メーカー利益を上げなくてはいけないのです

毎年違うテーマ大事そうに発表しないと
雑誌も売れませんし講習会も開けません

ですがやっていることはただのターンですから
それ程語ることなどは本来ないので
できるだけ大げさに解りにくく
時には無意味技術進化と言い張るしかありません

最先端を知らず古い滑りだと笑われる恐怖感が
こうした基礎地方経済を支えています

なのでこの地方の住人は特徴的な滑りを皆が同じように行います
世界から閉ざされた隠れ里の奇習だと思えば
彼らの滑稽な滑りも興味深く見ることができるでしょう

ただ未来は全くないので住民になるのはおすすめできません

3: 名無しさんゲレンデいっぱい。 2021/03/08(月) 20:40:54.38

旗門に入り縛られた中で最大限に魂を開放した滑りで最速を目指すのが競技者

何もない斜面で魂を組織に縛りつけた卑屈な滑りで人の顔色をうかがうのが基礎屋

4: 名無しさんゲレンデいっぱい。 2021/03/08(月) 20:41:12.25

基礎が極めるべきは教育のためのデモンストレーション技法

デモンストレーションスキーや良し

致命的なのはその教育目的基礎スキー自身で完結し
出口のない袋小路であること

そこに無意味技術論も発生し誤謬も訂正されないばかりか増幅してしまう素地がある
それによる実害も発生し惨憺たる被害が生じたばかりだ

検定や技術選と異なる真の教育目標を出口として設定すべし

5: 名無しさんゲレンデいっぱい。 2021/03/08(月) 20:41:27.97

技術選がそもそもまともな競技じゃないか
報道にも外圧にも晒されず腐ったまま生き残り続けるという酷い有様
駄目すぎて目立たず金だけ回るから生き残り
日本向上心あるスキーヤーをアマチュアの檻に閉じ込め続ける糞体制

6: 名無しさんゲレンデいっぱい。 2021/03/08(月) 20:41:42.77

西武広告屋に作らせた提灯映画でボロ儲けした基礎スキー界隈のバブルは堤が退場した時点で綺麗に終わるべきだったんだよ
全国的バブルに乗っていた時代再現小手先技術論で賄えるわけがない

7: 名無しさんゲレンデいっぱい。 2021/03/08(月) 20:41:55.22

プロレスに比べて全く面白くないのは
個性からだろうね
それでいて皆がそれを目指すべき一点に集約されるような技術要素が定義されてるわけでもない
そもそもそんなものはないしね

教師デモンストレーションなんだから
コンテストにした方がいいよ
テーマからオリジナリティ重視で

それなら何歳の人が出たっていいし
教育や演技のアイディアもたくさん出てくる

テーマアイディアだすのは本部だけで
残りは何も考えずにそのテーマ一次元で点数が出る滑りだけを目指すなんて
教師能力を全く育てない

8: 名無しさんゲレンデいっぱい。 2021/03/08(月) 20:42:10.44

技術選は種目トップラップって言ったりとかとにかく表現おかし
そもそも指導員の検定でその年のトレンドが分からないと受からないとか言うあたりが意味からない
SAJは無くなった方がスキー界の為だと思う

9: 名無しさんゲレンデいっぱい。 2021/03/08(月) 20:42:24.71

初心者の導入と上級者の技術評価区別すらされない時点で
普及教育のための組織として失格どころか害悪しかない

10: 名無しさんゲレンデいっぱい。 2021/03/08(月) 20:42:38.05

このスレ見てるだけで基礎スキーとは関わりを持ちたくなくなるな
技術的なことは枝葉末節ユーザーニーズに応えられないことが一番の問題でしょう

スクール入ったら「谷回りを長く見せる~」とか解説しだしてなんじゃそりゃ状態になったよ
難しいことを易しく教えるのが仕事なのに聞いたこともない用語使いだしたり

極太ファットスキーやフルロッカースキー履いてきた生徒に合わせた指導とかできるの?
いまやどのゲレンデにもパークがあるけどそこで遊びたい人に安全な遊び方教えられるの?
スキー教程にはその辺どう扱ってるの?

11: 名無しさんゲレンデいっぱい。 2021/03/08(月) 20:42:55.53

生徒を囲い込んで気持ち悪い集団の一員にしていく学校なんかスキーにとって害悪しかない
と言ってる相手
文句は一員になって言えって?バカ

12: 名無しさんゲレンデいっぱい。 2021/03/08(月) 20:43:05.67

農家のためなら農協内部でやればいい
それなら何も文句は無い
カネとって子供に嘘教えて文句うなじ馬鹿にされて当然
文句があるなら自分らがでっち上げインチキ資格にカネ払えなどお門違いの開き直りもいいところ

13: 名無しさんゲレンデいっぱい。 2021/03/08(月) 20:43:19.19

選抜育成システムがうまく機能してるスポーツ協会なんて数えるほどだし
SAJだってノルディックフリースタイルでは他の協会よりも上手くやってるくらい
ただ教育本部のように世界に出口がないのに会員が人生かける謎部門があるというのが特殊すぎて
わかりやす問題化するに至らない
その下らなさが隠れ蓑になっている奇矯状態

14: 名無しさんゲレンデいっぱい。 2021/03/08(月) 20:43:30.38

レースレース言いながらなんでレースやらないの?
点数なんかいらないじゃん
速けりゃいいんだから
それじゃダメだというなら
なんでレースレース言うの?
技術要素を採点してるっていうなら
その基準はどこで見れるの?

15: 名無しさんゲレンデいっぱい。 2021/03/08(月) 20:43:45.59

教育本部ボンクラが全く見解を整理して説明できないのは
そもそも用語定義局面の切り分けもできていないからで
内足外足と荷重の推移を問題にするならターンフェイズをこのサイトのように定義する必要があるし
切り替えを中心に置く通常のターンフェイズ区分なら内外の用語安易使用できないのは子供が考えても判る
そういう説明の基礎があればここで述べられるように
レース現場での実践的な荷重推移も明快な
説明可能なのだ

そうした知的議論の基本がないので
基礎屋の御託はくだらない決めつけと感情的喧嘩しかならない

http://youcanski.com/en/use-of-the-inside-ski-in-modern-race-turns

16: 名無しさんゲレンデいっぱい。 2021/03/08(月) 20:43:59.28

スキー運動要素やドリル合理的説明と共にわかやすく見せるデモンストレーション技能

基礎屋が極めるべきはこれだろ

ラッパ吹いてDJがガナリたててる時点で全員見失ってるよ

17: 名無しさんゲレンデいっぱい。 2021/03/08(月) 20:44:10.79

文化された採点基準も無いのに何を目標技術力を上げるわけ?

18: 名無しさんゲレンデいっぱい。 2021/03/08(月) 20:44:24.76

検定だの大会だの抜かして
ふりたてのいい雪に
デラかけたり半端なコブ作ったり
どう気が違えばあんな酷いことができるんだろうな
客のスキーの楽しさより自分らの採点が大事とか
どこが普及団体なんだ

19: 名無しさんゲレンデいっぱい。 2021/03/08(月) 20:44:37.84

同じ迷惑でも競技によるゲレンデ規制ならまあ仕方ないかと思うけどね
どんなショボイ大会だって競技者裾野の広さって大事じゃん

でも基礎の大会とかって何にもならないじゃん
スクールに入って級とって指導員やらテククラとっても
技選に出たらレーサー上がりに歯が立たないんだろ?

てことはスクールの受講生からイントラまで基礎スキーヤーが何万人いたって
トップを輩出するための裾野にはなってなくて
いきなりレーサー上がりが君臨する虚しいピラミッド底辺に金ヅルとして広がってるだけだよね

そもそもその頂点の技選が日本ローカルでまともなルールもない面白大会だし
何やってんのって感じ

その集金のために他のスキーヤーに迷惑かけてまでゲレンデ規制するってのは
普及にとっても害悪しかいね

さらに言えば
それってコーチングトレーニングも基礎よりアルペンの方が断然上ってことだろ
じゃあ最初からみんなレーストレーニングやればいいだけだし
それなら最初からレーサー目指せば競技裾野も広がるじゃん
つうか世界って普通にそうなってるよね

要は教育本部存在意義矛盾することを商売のためだけに堂々とやってるんだよね
から道場商売を続けること以外何も考えてない
そりゃSJも終わるわけだよ

20: 名無しさんゲレンデいっぱい。 2021/03/08(月) 20:44:52.05

もし水泳などの連盟教育本部があって
タイムなど競技成績と関係なくフォームだけを独自基準で採点する検定や大会をやっていて
競技と切り離された教室イントラが幅を利かせていたら
日本競技者の成績がどうなるか
ちょっと考えれば基礎スキー教育本部の現状がどれだけ異常で害毒か分かるだろう

21: 名無しさんゲレンデいっぱい。 2021/03/08(月) 20:45:08.65

国語先生作家であってもいいが
全ての国語教師作家である必要はない
同様にスクールイントラ競技者であってもいいが
かならず競技者である必要はなく
競技者競技でかなわなくても
初心者に教える技術で上を行けばいい

初心者に教える技術については
お互いを参考に高め合い
組織を通じて共有すればよい
それで競い合う必要はないだろう

スキー技術で競い合いたければ
競技をやればいいだけ

そうではなくデモンストレーション技術を競うのだというなら
技術要素毎の規定を厳格にしないと
現在様式では全く曖昧
やるのであればコンパルソリーフィギュアのような
しろより面白みのない形になるだろう

いずれにせよ現在技術選は無意味である

22: 名無しさんゲレンデいっぱい。 2021/03/08(月) 20:45:23.80

毎年楽しみにしてるAtomicのWe are skiing
俺これを見ると涙が出てくるんだけど
現場で滑りもせず並んで人の薀蓄聞いてる基礎の人って
この感動わかるのかなあと思う
ほんと日本基礎スキーがあるの邪魔だよ
俺は下手だけど
下手だから邪魔なんじゃなくて
まらないことが多過ぎる
感動がない事に人生時間使わせちゃダメでしょ

https://youtu.be/RsKypjrNkww
<iframe width="420" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/RsKypjrNkww" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>
https://youtu.be/V-nQRx3klEM
<iframe width="420" height="315" src="https://www.youtube.com/embed/V-nQRx3klEM" frameborder="0" allowfullscreen></iframe>

23: 名無しさんゲレンデいっぱい。 2021/03/08(月) 20:45:35.94

こういう閉じた無意味優越感って劣等感の裏返しなんだよ
子供に教えるプロフェッショナリズムに誇りをもてばいいし
スキーの上手さを誇りたいなら競技をやればいいだけなのに
ゲレンデをカッコつけて滑る程度の中途半端レベル
皆が夢中になった時代があったもんだから
ヌル世界ができちゃった
その中しか見えてない上げカス鼻毛に罪はないんだけど
普通に考えて異常なんだよね

24: 名無しさんゲレンデいっぱい。 2021/03/08(月) 20:45:48.51

簡単だよ
モーグルの採点ルールを改造して使えばいいだけ
基礎って単に地味で簡単なだけで
競技としての作りはフリースタイルなんだから

それで国際化もできずに廃れるなら魅力なかったってことで
それまでよ

検定にしろ大会しろ
とにかくあの採点方式カスすぎるんだよ
教育目標にも競技目標にもならん
あのせいでオカルトまで入ってきたんだし
連盟の怠慢は多々あるが
まずは採点のルール

25: 名無しさんゲレンデいっぱい。 2021/03/08(月) 20:46:00.66

だいたい採点を雰囲気でやり過ぎなんだよ
大会と検定が同じ採点軸ってのも無意味だし
その採点システムも全く意味不明
全ての運動要素を分解してそれぞれ例えば10段階評価したとして
それらを足して100点に収まるか?
二級とクラウンの間の差が30で表されるほど技術の要素数レベルの幅って小さいの?
検定のレベルによって100点の意味が違うっていうならその基準は?
何にも考えてないだろ

26: 名無しさんゲレンデいっぱい。 2021/03/08(月) 20:46:11.63

わたスキ世代がもうそろそろ還暦
デモキャンプツアーにジジババがカネ払うのもあと10
懐メロ歌手ディナーショーと違って
スキーは客も体力がいるからそう長くはやれんよ
友達ボードに来てる若いのも
ガイジンが楽しそうにファットロッカーでスプレー飛ばしてるのは見てる
から次が無いわけじゃない
だけどダッサい揃いウェアでキモい小回りやってる不気味集団も見てる
いまのままじゃ次は無いね

27: 名無しさんゲレンデいっぱい。 2021/03/08(月) 20:46:23.91

基礎の大会なんかつまらいからやめればいいと思うけど
もし今のをやめたくないんだったら教育本部地方も技選も大会からは一切手を引いて競技部に丸投げした方がいいよ
テクニカルデモンストレーション個人団体」としてFIS競技に認められるのを最終目標に作り上げてくれって
ルールも採点も運営もすべてね
競技志向イントラはそれを目指せばいい
もちろん他の既存競技でもいい

そして教育本部は検定の採点システムをこのデモ競技から全く切り離して教育本位で再構築するべきだね
何度も言ってるけどUSのSkillsQuestの運動要素ごとの達成度評価システムが参考になると思う

今ってイントラからの集金のために毎年講習会やんなきゃいけなくてそのネタづくりに苦しんでるようだけど
このシステムをわかりやすくして普及しようと思ったらネタに苦しむどころじゃなくなるよ
今の指導員は全員受験やりなおしだね
でもそれってむしろ組織的にも歓迎じゃないのかな

大会と教程とイントラ講習が繋がってて
今年のテーマだのナントカ革命だのとイントラ向けの無理な新商品を出しつづけないといけない業態が異常なんだよ
スキーターンの方法論が毎年新商品になるわけがない

それでいて肝心の教育方法論は全く進歩していないわけで
こちらの方を刷新して普及するのに全力挙げるべきなのが教育本部でしょう本来

大鉈だけどどうせいまの指導システムなんて無きに等しいんだから
やる気があるならやるべきだし
このまま中だけ見てぬるま湯に浸かってるようなら終わりは近いよね

SJ倒産は本当にいい機会だと思う

28: 名無しさんゲレンデいっぱい。 2021/03/08(月) 20:46:36.91

skillsquestはアルペン競技の子供向けプログラム
ルークから片足で普通に降りれるかまでが段階を追って評価される
そのあと頑張りたかったら競技で頑張れという至極真っ当な話
日本スク

2021-04-03

anond:20210403110032

増田は、ホッテントリ入りする技法確立されてるっぽい

から、「日本死ね」みたいに、話題にしたい人が書き込んで、別口でニュースになったりする

はてブの反応はホッテントリ入りした後に盛り上がるから技法を使わずにいる投稿ちょっとヒットしてもブコメ10くらいで止まる

ゲハ関係とか、ラノベ、なろうなんかも、ここで書いて、自分ブログ他人事のように記事にする

政治や、ポリコレ関連でも使われるな

anond:20210402142842

いわゆるアンケート煽り(=資格を取るメリットを知りたいから煽って情報を引き出す)という手法だね。

2000年代2ちゃんねるで、ひろゆきさんのチーム(北朝鮮破壊工作員チーム)で開発された。

Aという事象があったら、それを頭から煽ることで、

Aのメリットに通じた反論者を得られ、情報採取できるというスパイ技法ひとつ

2021-03-29

anond:20210329024047

手塚ダンピングも、リミテッドアニメ日本独自の省略技法とするのも、神話にすぎない、というのが2021 年における一般的理解では。

2021-03-26

anond:20210326203918

歯科治療はどうしたか?次第

インプラントのほうがいい、と薦めた医者もいたし

いろんな医者がいた

結局、削らない方針歯医者にして、時間はかかったし

結果論12年ではかなり削ったけど

満足している。

いろんな技法があるから自分と考え方があっている歯医者選びが重要

結局金歯も入れてもらったし

2021-03-22

anond:20210318232821

無駄な改行癖が強すぎて読みづらいな

それなのに内容がほぼなく、前後のつながりがゼロに近い

「前提わかっているか」とあってもその前提がどこにもつながってないの、かなり高度な技法だよな

単なるバカなのだけど

2021-03-19

おれはおかねのながれについてのほうそくをりかいした!

やっぱ、大手さんの中にはお金の流れについての「法則」を理解してるところあるなぁ…。

自分がこの「法則」を見つけてから、気づいた上で動いている人の存在を今まで確認できなかったけど、初めて「これ気づいてるな」って人を見た。

ちなみに、誰でも少し調べたら気づけそうな法則です

ぼくよりもデータを持ってる人ってくさるほどいるはずなんだけども、データが示す法則通り動いてる人って案外いないし、下手したら気づけてないです。

からビッグデータだなんだと言われても

データ集め方決めるのも、データ分析するのも人間やろ?」

と言ってます

データ多すぎ時代ですから

じゃあなんで大企業意識高い系の人らが

データ時代だ」

なんていうかといいますと…データとか知識って他人安心させる時に楽だからなんだと最近は思ってます

新しい法則を作るのではなく、裏付けるために使ってるうちは、データって根回しの道具で生まれてくるもの旧態依然だと思います

その辺、プロ野球見てたり、分析する時って面白くてですね…ラミレス監督データピックアップの仕方が独特だったり、去年のオリックス見てると捕手がしっかりしてる球団にだけはボコボコにやられてたり…新しい法則を作る面白さとデータリンクした事象があるから野球データ両方見るの好き

ぼくの中では全然違うジャンルの人だと思ってた人が、今研究中のピーキー性癖作品も描いてることに気づいて

「あー点と点が、線として繋がったー!!!

となった。

最近、人気の作家さんが意外なマイナー性癖を嗜んでることに気づくことが多くて

最先端はむしろそっちなのか?」

となってる

エロマンガ世界って科学技術世界みたいな構造担ってることに最近気づき始めた。

先端科学だけ見ると不可思議で軽視されがちだけども、それなくして実用的なものは生まれない。

エロマンガもかなり特殊なモノで研究された技法が、後に売れ筋作品進化させる糧となる。

代替品ではない独自進化

それまで、「変わった性癖実在するエロの一部を先鋭化させたモノ」というシャーロック・ホームズ実在する人物を誇張して作ったような考え方に基づいたものだと思ってた。

でも、上記の回答は受け手の発想で、作り手や分析する人の目線で言うと、もう1つ「進化過程」という意義もあるんやね

こいつ毎日のようにいろんな法則について理解しててすごいな。

そんなすごい「法則」を見出した人がなんでニートで極貧生活送ってるんだ……

2021-03-14

社会統治技法

マイノリティがうるさいとき

KKO攻撃表示で特殊召喚して

マイノリティにぶつけることによって

自己責任論に同意させて無効化する

これは素晴らしい発明ではないだろうか

anond:20210314114641

まずその返された質問について考えることで、自然と元の質問の答が導かれる場合に、質問質問を返すという技法が使われます

2021-03-13

レトリックが通じないインターネットのくだらなさ

文章の修辞ってのは沢山あるわけじゃん。

あえて常識道徳に反する表現をぶつけて読者を驚かせてからなんでそういう言い方になったか述べるとかさ。

結論を組み立てるのに十分な材料は並べた上で、最後のまとめは一歩踏み込まないままにしといて読者が自分で考えて辿り着くようにするとかさ。

比喩とか反語とか造語とか転用とか誇張とか省略とか。

面白い文章技法ってのは沢山あるのに、インターネットに載せられるとそれを読み取らずに否定する人がしこたま発生するようになってそういう技法を使うこと自体が悪みたいになって「そんな言い方をした奴が悪い」みたいになってるの、くだらなすぎるよ~。

はい、ここまでの文章否定されそうなもの予想を2つ。

1:比喩とか反語とか云々という列挙の個々に注目し例をつっつく。誇張とかは否定されて当然の悪い表現、みたいな空気を持たせやすいかオススメですよ。山ほどご飯を食べたって表現に「山よりずっと少ないのに誇張するな」とでも言っとけ。無限キャベツにも怒っとけ。

2:レトリックを読み取れない人は昔からいると指摘する。読み取れない人間でも文章を読むようになり、そしてズレた文句を言うようになり、それが周囲に大真面目に同意されるようになる事例が増えた、とまで言わなきゃ伝わらないか? 読み取れないって言い方は誇張かな、読み取るのが苦手な、の方がいいかな?

予防線張りまくって、イチからジュウまで説明して、ネットで発表される文章表現からどんどん豊かなレトリックが失われ、無駄冗長さばかりが増している。

そりゃあねえ、まずい発言を怒られて「いや、言葉の綾だから」の一点張りで逃げようとする悪人ってのが実際沢山いるのは確かですけどね。(そして実際に悪人なのか、言葉の綾・レトリックとして使っただけなのに私や世間が読み取れてないのかを確定させることはできないが)

そいつらを咎めるために、わかりやすさが至上で、誤解や人によって解釈の違いが生まれレトリックは悪で、レト即斬ってになってるのは、悲しみくって涙がチョチョ切れるぜ。

2021-03-07

「上手さ」の問題じゃなくて「好み」の問題じゃないの?

最近村上春樹文章下手くそだという人がいるらしい。

私は、そこまでハルキストでもなんでもないのだが、ツイッターで「村上春樹文章下手くそ」っていう意見を見るとちょっと驚く。

私はそこまで文学に詳しいわけでないし、文章を書く人間ではないので、文章を書く技術はよく分からない。

から、(そもそもまり村上春樹を読んでないのだから当然だが)村上春樹が本当に文章が上手いとか下手くそだとかどっちなのか私には判断できないし、

たぶん小説をあまり読まない分、たぶん読んでも上手いか下手くそかは、分からない。

判断できるのは、「好み」かどうかか。私が好む好まないか判断できる(と思う)。

技術は分からない。この辺は料理に例えられるんじゃないかと思う。

例えば、料理とかは私はそこまで上手くないが、自分にとって好みの味に作れる。

だけども、どっかの料亭懐石料理は私は好きじゃない。あの味付けとか具材やら嫌いなものが多い。

でも、じゃあその懐石料理を作る料理人は料理は下手くそか?と言えばそうは思わない。

まず私には作れない(そもそも作ろうとは思わない)。おそらく、懐石料理勉強をしてしっかり

技術を学ばれて、それで料亭プロ料理人としてやっているだけなのだろう。

私が「村上春樹文章が下手くそ」と聞いた時、私が邪推してしまうのが

村上春樹文章が好みでない」というのと混同してるんじゃないだろうか?と思うのである

村上春樹はおそらくプロの物書きだろう。ある程度何かしら、技法やらを学ばれて、研究されているに違いないと思うのである

果たして、そんな人が「文章が下手くそ」というのがあり得るんだろうか?私はそうは思いにくいのだ。

そうするとおそらくだが、「村上春樹文章が下手くそだって言う人にとって「村上春樹は好みでない」と思っていて、

それを「文書が下手くそだ」と勘違いしているんだろうと思うのである

もちろん、同じく物書きの勉強して研究して同じくらいのレベルの人が「文章下手くそ」って言うのはありえるかもしれない。

もしくは、他の物書きの小説を沢山読んでいて、その平均的な技術比較してプロとしての水準じゃないことを「下手くそ」って言ってるのかもしれない

(もちろん、その場合はおそらく、その人が持つプロの水準がイチローレベルに高いのかもしれない)。

ただ、こういう人は、同じプロの物書きか、その辺のことを普段から研究したりしている詳しい研究者やら評論家だろうと私は思う。

でもそうじゃないならば、それは「好み」と「上手さ」勘違いしたり混同したり、してるんじゃないだろうか?と思うのである

2021-03-06

匿名ネットの遣り取りに期待している

どう相手発言のアラを探すか

どう相手の問いかけをはぐらかすか

サバイバル技法として鍛えてきたんだろうな、という大人をたまに見かける

ある場面でそれが必要だったのだろうし、長年繰り返すうちに染み付いて、他の態度がわからなくなったんだろうか

対話によるダメージを最小化してきた結果、

対話による学び・気付きを未来にわたって捨てた


(お前なんかとの遣り取りでは当然揚げ足を取るし、質問なんざはぐらかすに決まっとるやろが)という心の声が聞こえてきそうなシーンは、匿名ネット上ではよく見かける

増田で丁寧に言葉の遣り取りをしようとしても、誰かがこの舐めた態度を発動し、すぐ終わる

例えば反抗期の子供が、親と実りある会話を交わせるかといえば、もちろん無理がある

信頼関係によって、素直に聞ける相手と、そうでない相手がいるだろう

でも、2ちゃんにせよ、増田にせよ、匿名の場で、基本的信頼関係を前提するつもりがなく、不毛関係しかいられないなら、この場はなんという壮大な無駄だろう

匿名で出している自分」と「匿名である相手」の関係性は、たしかに重宝するほどのものでもないが、防衛的になるほどのものでもない

いずれにせよ、不信・猜疑、前もって軽んじる態度、そうなった理由があるんだろうから

得した体験、いい気分、そういうので上書きできる機会があったらいいよな

2ちゃんの片隅に、増田のどこかに、転がってればいいよな

自分2021年になってもまだ、匿名ネットの遣り取りに期待している

2021-03-04

言語とは精神病発言の主たる要因である

私が毎日使っている言語は、一種記号である

五感で得た情報を司り、言語という枠を使って漠然としたイメージ表現する一種記号である

言語は想起のための指標である。それは経験知識の曳き手であって、イメージリアリティではない。

 書くことは、他者とのコミュニケーション可能であることを前提に、ラベル付けされた一連の記号を用いて、他者に対して主張や理性を主張する方法の一つである

 口頭での主張は、私たちが獲得した仮説推論の致命的な能力と、類似点を見つける病気悪用して、メディアミーム感染させる一種ツールである

インターネットを通じて他人イメージを乗っ取ることを意図して書かれている。この思索は、言語というナンセンス方法を使っているので破綻している。

       自由幸福は、自分の手に負えないもの無視することで得られる。


 これは古代ギリシャ哲学者エピクテテスの発言です。これは権威的な重み付けのための引用であり、特に意味はありません。

松井秀喜がこのストイック哲学者と似たようなことを言っていたので、歴史的にも理解できる考え方だと思いました。

言語の美点は、話し手意図した通りに「もっともらしい」もの人間に刷り込むことができることである。ある公理を真理として刷り込み、恐怖や扇動によってその絶対性を刷り込む行為は、様々な組織の中で日常的に見られる。

 そもそも言語誕生は、人間による宗教の獲得と不可分である人間はある時点で、言語を通じて空想力、理性、類似性を見出す能力を獲得し、自分ではどうしようもないことを生活の中に内在化させてきた。

それは例えば、お金権威などの暴力一種であったり、感情という人間状態一種であったりする。

すぐには永続させることのできない現象が、言語という記号を使って他者と共有されるようになったのである

それだけでなく、活版印刷インターネット技術革新によって、言語は時空を超えて広く、長く保存されるようになりました。

それと引き換えに、宗教絶対性を広めることで、言語習得デメリットである上記のような制御不能事象を打ち消そうとする試みがなされたのである

上記記述には何の根拠も示せないので、適当な本やネット上の類似情報相互参照して、ご自身結論否定判断にお任せすることにします。

エピステーム

 精神病についての深い考察は、ミシェル・フーコーの著書をお読みください。エピステームという重要概念提唱されています

エピステーメとは、ギリシャ語で「知識」を意味する言葉をもとにフーコー造語した言葉である簡単に言えば、私たち認識形成される知識の枠組みを指す。私たちの知覚は、私たち経験から直接、媒介されずに得られるものではありません。私たち経験はすべて、私たちが持っているある認知的枠組みに適用されたとき知識となるのです。

 そもそも精神病」という名前を使うのはよくありません。何と言っていいのかわからない。ラ・ラ・ラ・ラ・ラ。なんだっけ?

インゲニヤトー

 1213世紀ヨーロッパでは、労働組合倫理規定により技術開発が停滞していましたが、後のルネサンス期の15世紀には、相次ぐ戦争対応するために様々な技術が開発されました。この時の新技術はインゲニウムと呼ばれていました。その技術を開発したのがインゲニウム・トーである。インゲニウムは、今日エンジニア語源です。レオナルド・ダ・ヴィンチもインジニアトールの一人でした。

 レオナルドの写本の中で最も有名なのは、アトランティコ写本とマドリッド写本である。彼はすべてのもの描写するために、フォトリアリスティックな絵を必要としていました。言語のような一対一の記号ではなく、より具体的なイメージを捉える方法必要だったのだと思います

 ピクトリアルジオメトリという幾何学技法がありますガスパール・モンジュによって確立され、産業革命期にエコール・ポリテクニークで教えられました。ルネサンスの数世紀後には、主に軍事目的であったが、イコノグラフィーが導入された。

2021-02-27

文化資本ではなくて、子供自発性記憶ではないのか?

私の家は裕福ではなく、生まれ故郷は今となってはバスが1日19本の田舎である

よく文化資本が恵まれていると有利!とか、そんな意見は頻繁に目にする。

しかし、こんなこともあるのではないかと思う。

田舎なので、子供はすることがなく、土日は家にいた思い出がある。

まだ小学校に上がる前の話だが、本棚を開けると、計算尺が出てきた。

私が5歳くらいのときだと思う。

そこには平方根計算ができるように目盛りが設定されていたはずである

どうやら親が高校の授業で使ったものらしく、計算尺の目盛りを見つめながら、√ってなんだろとかぼんやりと考えていた。

その後、私は珠算でも半九九法で開平ができることを小学6年生で覚える。

今の小学校は√ってのは習っているのだろうか?

要するに、教育虐待がなくとも、先取り教育がなくとも、親の引き出しを開けてなんだろな、って出会い必要なんじゃないかと思う。

藤井二冠ならモンテッソーリだったらしいが、私は計算尺だった。

この「なんだろな」ってのはお金では絶対に買うことができない。

こういった数への興味が先行したため、私は小学校3年生で12技法を覚えた。(実際に使ったのはもっと後)

それも、人から覚えろと強制されたのではない。

図書室で、自分で読んで覚えた。

から強制されずによちよちと読み始める心は、金で買うことは絶対にできないのである

なので「図書館は用意する」「計算キットは用意する」「誰でも使えるように家に置いておく」ことが必要

こういうことの必要性は、子供山笠を推進している馬鹿には誰にもわからない。

2021-02-17

anond:20210217122526

ふーん、結局出会い厨チェーホフの銃という枝葉を切り落とす技法がひろまっているにもかかわらず出会いタイミングのみに注目してるだけのくだらない文句だったんだな

anond:20210217132024

うんこジャンルとかそういう話じゃないからw

クリエイター気取りが人と違うことやって新しいことやったつもりになってるけどそれは敢えてやってこなかっただけってやつ

結局そういう混ぜりゃ新しくなんだろってのもジャンル技法)として定着しちゃった

男も女も出てこない斬新なアダルトで〜すってやってマジで新しいって思っちゃうのが今のオタクw

2021-02-01

anond:20210201002655

これが実に社会学の悪いところで、自分定量化されたデータを出さないくせに、他人には定量化されたデータ要求する。

そして仮に相手自分に都合の悪いデータを出して来たら、重箱の隅をつつくような叩きをする。自分データを出さないくせに。

これがある意味データとは(一部を除いて)あまり縁のない文学とかならまぁいいけど、なまじ統計を知ってるから素人だましの批判方法はわかってる。

ただし真に厳密な議論をする気はないから、医学経済学ほど統計技法は高くない。

2021-01-24

anond:20210124114928

じゃぁ、やってみな。ってなるとおもうが・・・

レンダリングとしては増田で言えるほどの共通知識だよな。

それですら、使わないものが多い。2回レンダリング技法すら使わないんだから3回、4回なんて使うわけがない。

 

レンダリングというかGPUの利用技術にたいして、普及難易度がまだ高すぎる。

それですら、1回レンダリングですら、きちんと普及しているとはいい難い。

2021-01-20

anond:20210120155121

音色の話なのに音質の話してる人何人かいるけど関係ないと思うよ

音質ってのは画像でいうなら高解像度pngで保存するか、jpgで縦横サイズも小さくして保存するかみたいな話

対してこの評論家問題にしてるのは「え、Windowsペイントだけで描いてるの?しかもろくに陰影もつけずにベタ塗りで?」みたいな製作技法の話だから

2021-01-19

俺たちはたぶん、キングコング西野氏的なものに勝てない話(追記

こうやってわざわざ文章に取り上げている時点で自分の負けをさらに引き寄せるようなものだと思うんだけど、こりゃあ敵わねえな、と思ったから書いておく。

いま話題のプペルじゃなくって、西野氏がある大学卒業式講演に来たときの話。俺も現場ではもちろん、動画を視聴したわけでもないんだけど、twitterキャプチャで見たのね。

それで、たぶん最初に登壇したとき学生たちの反応が、そこまで芳しくなかったんでしょう。西野氏がこんなことを言う(経緯は俺の推測です。念のため)。

「みなさんには二つの選択肢がある」

「今みたいなバラバラ拍手西野を迎え入れるのか、それとも全員立ち上がって、西野あらためて迎え入れるのか」

「僕自身はどっちでもいいんです」

ってやつです。

俺はこの画像を見たとき、これは敵わねえな、と思ったよ。というか、なんだろうな、この世界で「西野氏的なもの」にしてやられないように、こいつを回避し続けるのは、相当至難の業だな、と思った。

「どっちでもいいんです」と言いつつ、西野氏の希望は当然、万雷の拍手でみんなが自分を迎え入れてくれることなんだけど、西野氏はたぶん、仕切り直すことで学生たちが自身を全霊で歓迎してくれることを確信していたと思うんだ。なんでかというと、それは別に西野氏がスーパー人物からでも、彼へのはちきれそうな期待を学生たちから感じたからでもなくて、むしろ反対に、学生たちにとって西野氏なんて、特に興味もない、当初はそれこそどっちでもいい相手だったからで、西野氏もそれをよく理解していたからだと思うんだ。

たぶん、学生たちにとって西野氏なんてマジでどうでもよかった。だから最初登場してくる西野氏に拍手していたときも、自分がどんなテンションで手を叩いてるかなんて意識しないで、漠然と手を叩いていただろう。「空っぽ」だったんだ。

それが、登壇した直後の西野氏のひと言で、まず自分たちに思わぬ選択肢が与えられていることに気付かされた。西野氏をもっと歓迎してあらためて迎えるかどうか、という選択肢だ。

そして、みんなで一体になって西野氏を歓迎した方が、どっちかと言えば雰囲気的にハッピーだな、ということを、ここではじめて「想像させられた」。

悪い言い方をすれば、それまでがらんどうのまま椅子ぼんやり座ってたところに、気持ちの部分で血肉が入ったんだ。

俺はその後のことを知らないけど(動画を観たくないから)、たぶん、二度目は割れんばかりの喝采で迎え入れられたんだろう。まるで魔法のように大勢の人を操ってみせた話だけど、こんなの良くも悪くも人間を冷静に観察し続け、相手をナメてかかることができる人物なら手のひらの上の話だ。たぶん、西野氏にしてみれば楽勝だっただろう。

「どっちでもいいんです」という登壇直後の発言も上手い。これが例えば、自分から拍手を強いるような言動があれば、学生の方にも抵抗感がある。歓迎するかどうか、あくま学生の側に選ばせることで、かつ、自分たちでこの場をハッピー雰囲気で満たすことができると想像させた時点で、西野氏の勝ち確だったのだ。

そこには「ほとんどの人間は通常何も考えないで生きているし、何にも興味を持たずに生きている。だからこそ、自分たちが主役として何かを選び、決定することができる機会を与えられたとき自分たちこそこの場を盛り上げられると確信したとき、その魅力から逃れられない」という冷静な人間観がある。これは敵わねえよ。俺もその場にいたら拍手してると思う。きっとね。

そういう西野氏が『えんとつ町のプペル』をひっさげてエンターテインメント業界数字を出せるか…はまた別の話なんだけど、それは西野氏が卒業式で見せたような手法が通じないからじゃなくて、反対に、エンターテインメント世界こそ、西野氏的な方法跋扈する世界からだと思うんだ。西野氏の特異性って、そういう技法を非演芸的な空間一般ピーポーに容赦なく使用したところにあるんであって、業界としてはありふれた手法人間観だと思うんだよな。

こういっちゃなんだけど、どの作品ブームを仕掛けるのも、「人間ってやつは99%空っぽで、何も考えていなくて、でも自分には特別な見識や機会が与えられていると信じていて、自分で何かを決めることができるという幻想があって、人生を楽しむ権利があると思い込んでいて、できればそれを周りの人たちと共有できたら最高!」的な人間観で消費者を見てないと、市場になんて参戦できないんじゃねえかな。

具体的な作品名とブーム出したら不快にさせるだけだろうけど、例えば『ジョーカー』みたいなダークで暴力的作品も、文芸的な邦画作品も、屈折はしてるけど、結局はそういう手法で仕掛けられてると思うんだ。俺には『えんとつ町のプペル』をめぐるプロモーションと、他のエンターテインメントの仕掛け方の本質的な違いって正直わかんねえんだよな。

もちろん、作品としての評価は別かもしれない。でも、俺たちが感じるような「ああ、いい作品だった!」「うーん、クソだった!」が、はたして、俺たちを無意識にがんじがらめる商業的な網から、いったいどこまで自由なもんだろうな? って気もする。

商業的なアプローチから自由って話のひとつの余談として、俺が浪人とき、気まぐれで古本屋に入ったことがあった。11月ぐらいのことだ。街も全体的に灰色だったし、俺の心も灰色だった。俺はこの受験に失敗したら死のうかな、と思っていた。

たまたまカフカの『審判』という本が目に入った。新潮版だ。レア(たぶん)。

俺はカフカなんて『変身』しか知らなかったので、興味と呼ぶにも希薄感情のまま、本当にたまたま、それをレジに持ってった。200円ぐらいだったと思う。

審判』は俺の人生を完全に変えた。どちらかと言うと悪い方にだけど、とにかく、他のどんな作品とどんなかたちで出会ってもあり得ないくらい、深く俺をゆさぶった。

あれこそ、商業の魔の手から完全に自由体験だった。そして、ああい運命と呼べる体験しか、人と作品出会いは本当には成立しねえんじゃねえかな…というのはロマンチックすぎるかもしれないけど、俺は割と本気でそう思ってる。

ところで、あのとき審判』を手に取る代わりに、西野氏のオンラインサロンに参加していたらどうなっただろう?

それでも俺の人生はきっと「完全に変わった」だろうな、と思う。むしろ審判』で三日間くらい飯の味がしなくなるような体験よりよっぽどハッピーだろう。

結局、そんなもんなんだ。キングコング西野氏的なものはこの世界の至るところに、程度の差こそあるけどあふれているし、おおよそ感動はオンラインサロンの充実感で代替される。だから、俺たちはたぶん、キングコング西野氏的なもの永遠に勝てないだろうと思う。

追記

トラバで、「『審判』のくだりでお前が言ってる、商業的に自由っていうのは、仕掛けられたマーケティング接点では無い出会いだった(古本屋の偶然)という意味か、『審判』の中身・題材に関連したことか?」という質問をいただいて、これは前者のつもりで書きました。

ただ、カフカという作家についても、おそらく、「再発見された天才カフカ」「俺たちの代弁者カフカ」「いま、イケてるやつはカフカを読む! カフカで他のみんなと差をつけちゃえ!」的なかたちで仕掛けられたムーブメントがきっとあだたんだと思います

審判』もきっと、その延長上で古本屋の棚に並んでいたわけで、そう考えると消費者小馬鹿にしつつも心理の隙間に入ってこようとする商業ってやつからは、千切っても千切っても完全に自由にはなれないのかな、と思いました。

ところで、上記の「『審判』の中身・題材に関連したこと」という部分で思いついたことがあるので、それを付記しておきます

審判』のネタバレになること、作品解釈あくまで俺によることをことわっておくのですが、『審判』は、「自分という存在について徹底的に考え続けた者は、必ず破滅する」という話です。

カフカにはたぶん、いわゆる「自分探し」を揶揄するつもりはまったくなかったことをふまえて考察するんですが、物語の冒頭でなんの脈絡もなく訴えられた結果(罪状も明かされない)、

自分はこれまで、どんな善行(悪行)を重ねてきたか

自分の将来にはどんな可能性が残されているか

そもそも自分とはこの社会世界)において何者か」

を考え、自分無罪を信じぬいた結果、得体の知れない訴訟にハマりこんでいき、破綻する話です。

自分を「信じ抜いた」結果、破滅を迎える。俺が増田に『審判』の話を書いたのは本当にたまたまですが、『プペル』のキャッチコピーを考えたとき、ああ、この対比は面白いな、と思いました。

で、この面白いという感覚には続きがあります

俺は上で、あえて「自分探し」という表現しました。なんでかというと、こう思ったからです。

審判』の「自分という存在について徹底的に考え続けた者は、必ず破滅する」という一つの解釈について、次のように補足・換言してみる。

自分という存在(の可能性)について徹底的に考え続けた(諦めなかった)者は、(社会的に)必ず破滅する(≒冷遇される)」

…こうしてみると、この増田でも話題にしてきた別の「作品」が見えてこねえか? ということです。

俺は何十回でも強調するつもりなんだけど、俺は『審判』と『プペル』を同列に見ているわけではなくて(『プペル』も別に、読み終わった後しばらく飯の味がわからなくなるくらい衝撃だった、って言われたくはないだろうし)、ただ、この辺ってけっこう曖昧で危ういんじゃねえか、ということです。

自己」「孤立」「理解不能なマジョリティ」「困難な戦い」、こういった要素を含む物語は、例え真逆メッセージを送っていたとしても、じゃあ全然違う別モンだぜ、と胸を張って主張できるかと言うと、「いや、うん、全然違うよ、違うんだけど…ちょっと小一時間整理させてくんねえか」というところがある気がして、それが面白いな、と思いました。

強いて言えば、俺は子供に『審判』は絶対読ませたくないし、『プペル』は別にいいんじゃねえの、という感じです。

それは、『審判』が俺にとってスペシャルなのと、あと単に理解できても暗い気持ちになるからで、自分の子供がそんなんなったらイヤだからです。

2021-01-18

anond:20210118164009

いきなり高い道具を買っても、基礎が無いと思い通りに描けているのか判断できないから、正しく設定できずにそれだけで疲れてしまうぞ。

目で見たまま鉛筆と紙でスケッチしまくる(目標1000枚)のが簡単で堅実な練習法だけど。

立体を写し取るのが難しければ有名な写真や絵をスケッチしてもいい(プロの構図は勉強になる、なぜそのモチーフと構図にしたのか?)。

  

とはいえ理屈で納得したいように見受けられるので一冊お薦めしておく。

『線一本からはじめる 伝わる絵の描き方 ロジカルデッサン技法

芸術性よりもまずは思い通りに線を引くための教科書として使える。

仕事でも図解が苦手な部下に説明するときの参考にしてる(言葉にするのは意外と難しい)。

  

とりあえず思い通りの線を引ける、これがすごく大事

線を引いてないと禁断症状が出るくらいに線を引く習慣をつける(電話中に無意識落書きするくらい)。

その練習方法レベルアップのステップは本に書いてある。

  

文章を書く時、情景や感情などの構成要素を日本語として自分解釈して書いているはずだ。

絵を描くときも「何でできているのか」構成要素を自分解釈して線に落とし込む、思考方法文章を書く時とそんなに変わらない。

上達のコツとしてはなるべく線を引かない(線の曖昧さを許さない)ように、光と影の境目だけ、最小限を目指すと構成理解が早いと思う。

2021-01-17

お絵描きはじめました

https://iza9999vr.hatenablog.com/entry/2021/01/16/182118

この記事を読んで。

これまでの人生でなーーーーんにもクリエイティブことなどやってこなかった自分が、Twitterネタツイを投下しては10likeぐらい貰ってニコニコしているだけだった自分が(なおフォロワーは4桁いる)、去年から唐突に絵を描き始めた。

自分場合、この記事の前半で述べられているところの「勘違い」をする余地はまるでない。今日もTLには神絵師の神イラストが何枚も何枚も何枚も流れてくるし、4桁RTされている絵にはそれぞれきちんとした理由が見いだせて、「こんな落書き拡散されてるのは単にフォロワーが多いだけだろ~?」などと難癖を付けることなど到底不可能である。ただ自分でもやってみたかった。たった1枚でもいいか自分でもすげェと思える絵を描いてみたかった。それでiPadクリスタに向かい始めた。

そんな自分だが、勝算(ここでは最後まで折れずに目的地に到達できることを意味する)があるとするならば、志が著しく低いという点が挙げられる。つまり絵師たちあるいはその卵たちが様々な表情、様々な構図、様々な表現技法、様々な流行、皮膚の下うごめく様々な筋肉の動きを研究している間、自分十年一日で同じポーズ・同じ角度の絵をひたすら練習していれば良いのだ。顔のラインを引く理屈はまったく分からずとも、神絵師イラストから理想だと思われる角度と比率を算出することはできる。pixivの「目イキングタグを漁って猿真似をすることはできる。幸い3Dグラフィックソフトがほんの少し使えるため、アイレベルだかなんだか難しいことは計算機に教えてもらう。塗りは……これは反復練習しかないな、つらい。経験の蓄積がゼロ、ならば同じことをやって勝てるわけもないし伍することができるわけもない。ただただ一点突破あるのみである

とまあ偉そうなことを書いたが、今のところ成果は何も出ていない。どちらかと言えば自分鼓舞するための応援文に近い。ただ一つ──何か新しいことに手を出し、着実にそれが身に付いていくというのは、楽しい。単純に「できることが増える」というのは、嬉しい。これだけでもお絵かきを始めた意味はあったと感じる。

同じような場所で足踏みをしている人の背中を押せれば幸いである。

追記

フォロワー数への言及が気に障った人がいたようで申し訳ない。フォロワー数に比して反応が少ないイケてないアカウントであるという趣旨だった。

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