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2018-05-22

セックスと後悔の話

大学2年生になった春。

私には大好きな人ができました。Aさんとします。

夜を歩き、自己開示を積み上げ、当然のように唇を重ね、

私とAさんはその時すでに熱く愛し合っていました。

「ああ、私はこの人とセックスがしたい」

そんなことを思った正直者の私は、Aさんにその願いを率直に伝えてしまます

私のありのまま傲慢を認めてくれた寛大なAさん。今思っても素敵な人です。

やがて私とAさんは、名実ともに恋人関係になります

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すべてを曝け合い、求め合い、受け入れ合い、

まさに愛情を確かめ合うような、幸福セックスをたくさんしました。

(もちろんセックス関係のすべてだったわけではなく、

デートもたくさんしたし、そのどれもが幸福に満ちたものでした。)

1年半ほどの関係を通して、幸福セックスとが私の中で結びついていきます

20歳の私にとって、セックスはまだとても新鮮なものでした。

理想的セックスが、セックス理想化していったのです。

3年生の秋、膨れ上がるすれ違いに関係が大きく歪み、Aさんとの仲が終わりました。

しか幸福セックスとは、私の中で強く結びついたままです。

私を幸福にしてくれたAさんとのセックス

次のAさんはどこにいるだろう。

「私を愛し、すべてを受け入れてくれるAさん」は、誰の中にいるだろう。

私は幸福を求め、軽薄に経験人数を加えていきます

Aさんの影を追うように。Aさんとの幸福な思い出に縋るように。

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その後、やっと巡り会えた、心の底から愛し合える人。Bさんです。

純真の装いも曖昧に、ふたり恋人身体を重ねます

しかし私のセックスは、とっくに汚れたものになっていました。

気付くのが遅すぎました。

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Aさんとの別れの後──

深く愛せない相手、強く愛してくれない相手

あるいは自己開示が十分でないような相手と、

肉体的な欲求だけをぶつけ合う日々。

果てて、裸の背中を向け合って眠る日々。

胸裡に愛撫され続けたかつての幸福は次第に摩耗し、

私の中にあった美しく幸福セックスは、

もはやどこにも無くなってしまっていたのです。

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Bさんとの行為最中──

よぎるのは、獣のように喘ぐセックスフレンドの面影

網膜に棲み憑いた亡霊たち。

醒めてしまう。吐き気らする。吐かないと、汚い。

だめ、今はどうにかBさんとのセックスに集中しないと。

あ。

無理。

今日はごめんなさい。

大好きだから。本当にごめんなさい。

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過去邪魔記憶邪魔邪魔。本当に邪魔

忘れたはずの人間のことまで思い出してしまます

早く生まれ変わりたい。

悔やみきれない。早く気付けよ。

あんなことするんじゃなかった。

私が、憎い。

セックスが、憎い。

セックスは、私に、セックスを、返せ。

2018-05-20

仕事上の問題解決しないまま眠る

起きたとき絶望感がすごい。

2018-05-16

駄文

 大学卒業してから数年ぶりに大学のある街に行ってみた。特に用事が合ったわけじゃなく仕事連休だったので懐かしくなり車を走らせた。4,5時間かけて着いた街は以前と変わらず自動車が物凄い数走っている車社会で、かといって歩いている人が少なくない、それなりに活気の感じた。5月半ばはもう少し肌寒い印象があったのだが、全国的な暑さもあり夜でも軽く羽織るぐらいで夜風が気持ち良い気温だった。

 大学に足を運んだ。僕にとっての大学生活はひたすらに孤独で、目標もなく、やりたい事は叶えられずその努力もできず、新しい挑戦は満足な結果にならない、本当に酷い時間だったように思う。それでも当時は若さもあり辛くなんかないと虚勢を張って頑張れていた。相談相手や支えになってくれる人もないので、2ch毎日くだらないスレッドを見て辛い感情を忘れる事で精神を保っていられたのもあるだろう。しかし、いざ構内をぶらぶらと歩いてみると色々な場面の記憶が蘇ってくる。どこを歩いてもおれが1人だった場面の記憶しかないし、当時のおれを覚えている人がこの大学に誰一人いないのだと思うと余計に孤独な気分になってしまう。恐怖だった。そして当時の自分はやはり辛かったんだな、自分可哀想な事をしていたなと涙が出てきた。きっとここに来る度に泣いてしまうと思うのでおれは二度と訪れないだろうと思う。この街は好きだけど今思えば辛い記憶しか蘇ってこない。何故おれは青森に来たんだろう。

 ホテルに泊まったがまともに眠る事が出来なかった。普段自分の部屋でさえすぐ眠る事ができないがこの街では余計に興奮して2度外のコンビニに出ていった。1人2人でも人が見ることで安心した。当時のおれと同じ境遇かは知らないがこの人も今は1人でいるのだと思うと仲間のように思えた。

 もっと書きたいことはあるのだが、昔だらだらとブログを書いていた時のようにすらすら文章が思い浮かばない。この文章だってもう構成かめちゃくで書き殴ってるだけだ。一通り書いて精神は落ち着いたように思うので終わる。そのうち子供ができても自分は一緒にこの街へ来ないだろう。おそらくいつ訪れても泣いてしまうと思う。

俺には引きこもり無理だなって思った

一回12日間の休みを取って「海外旅行いくんすよ」と言いながらも12日間ずっとひたすらネトゲをしてやろうと画策したことがあった。

海外旅行行ってるはずなので外に出て見つかったらマズイ」とおもったので、大量の冷凍食品と大量の飲料水生活必需品を1日かけて買い込んでいざ12日間の引きこもり生活を敢行したわけだ。

 

結果として5日目の夜に外に出ることになる。

というか、身体が「散歩でもしろ」と言わんばかりに外に向かわせようとしてくる。

窓を開けて新鮮な空気を取り込んでも、冷凍食品ラインナップから全然感じの違うものを飽きないように食べても5日目の夜には外に出ていた。

ゲームも結局昼の12からはじめても18時ぐらいにならないとギルドメンバーが集まってこないので、INはしてるけど放置しているような状況になる。

外に出て、松屋カレーを食って、コンビニビールあたりめファミチキを買って帰った。

その日を境にギルドメンバーが全員落ちる午前3時頃に自分も落ちてコンビニまで徒歩で言って酒とつまみをかって帰ってそれで晩酌をして眠るのが日課になった。

 

まじでひきこもりってどうやって衝動を抑えて、暇をつぶしてるの?

2018-05-13

うつがつらい

天候のせいで尚更調子が悪い。

食事を摂ることがつらい。何か食べると疲れてしまう。

とりあえず寝て休みをとりたいが、体力がないので眠ることができない。浅い眠りでエスタロンモカを飲んで仕事に向かう。そうしないと生活していくためのお金がないからだ。

とりあえず家にあった食パンを食べている。あとは眠剤を飲んで寝てしまおうと思う。ここ数年の天候は真面目に人を殺しに来ていると思う。健やかで体力が充満した10代のあのころに戻りたい。うつ病になってから悪くなりマシになりの繰り返しで基本的不眠症、それでも生活保護とか障害年金とか現状ある制度を受けるほどの重篤さでもないので、自分の様な健常者にも障害者にもなれないグレーゾーンの人たちは本当に生きづらい世の中だと思う。

親も母子家庭お金がないし病気理解がないので近づくと逆に病気悪化する。医者献身的だけど生活全般の面倒をみてくれるわけではない。行政福祉に頼れとブコメで言われることはあるけれど、既に頼ったよ。でも「あなたの程度なら頑張れば自分生活できるでしょ」と言われて断られた、ブコメで頼れって言う人はきっと行政福祉が丁寧に対応してくれたんだろうな。そういう道筋に乗り切れない人間もいる。福祉はまずは家族相談してみてくださいと言っていた「障害手帳をお持ちでないと相談に乗るのは難しいです」と言っていた。働いているなら大丈夫ですよね?って。あとちょっとで折れそうなところをなんとかやっているのに。そういう精神的にいざとなったら頼れるところが一つでもあればなんとかなるかもしれないのに、目に見えない病は本当につらいよね。

anond:20180513165026

STAP細胞問題で2014年に理化学研究所退職した小保方晴子氏(34)が、週刊文春グラビアに登場し、ネット上でも 「びっくりした」

「屈強メンタル」驚きが広がっている。

  小保方氏は9日発売の週刊文春グラビア原色美女図鑑」に登場。黒のノースリーブワンピース姿で、日記帳を抱えた写真や、ペンをとりながらカメラを見つめる写真、本を開いたままベッドで眠る写真掲載されている。撮影篠山紀信氏。

  記事では小保方氏自身も同誌に登場することに驚いていることや、現在料理気分転換になっていることなどが記されている。

  ネット上ではまさかの登場に「原色美女図鑑が小保方さんなんだが…」「小保方さんのグラビアにはびっくり」「一瞬目を疑った」「びびった」「どうやったらそんなに屈強なメンタルになれるんだろうか」と驚く投稿が相次いでいる。

  またグラビアに対しては「雰囲気が違う」「ちょっと印象が違う。メイクスタイリストのせいかしら?」と、騒動渦中にあった4年前と雰囲気が変わっているとの感想が続いている。

小保方ちゃんがんばれ!

2018-05-09

猫が死んだように眠る季節

冬は丸くなって夏は伸び切って寝てるけど、春と秋はただ脱力して死体のように眠っている。

2018-05-08

30代で年収千万達成して10年経った

結婚して子供は二人。妻は専業主婦都内の持ち家に住んでます

旅行は年に平均3回。国内2回、海外1回。

いかにしてそこに至ったかの話に興味はありますか?

よほどの物好きでなければ読みもしないでしょうが、よほどの物好きのために書き起こします。

3人兄弟末っ子

少し年の離れた兄が2人。

父親高度経済成長期に鉄くずで一山あてて、わたし物心ついた頃には外車を乗り回して手広く商売を始めていたいわゆる実業家だった。

兄たちは私立高校に通うも大学には行かずに親が与えた飲食店のそれぞれのオーナーになった。

すぐ上の兄から5つ離れた自分はその頃はまだ中学生

学校が終わると遊びに出かける友人たちを尻目に店を手伝わされる毎日

日付が変わる頃家に帰ることもあって遅刻常習犯。授業中も居眠りが基本。

ところが与えられた商売がうまくいくはずもなく、飲食店はいつも閑古鳥

それをいいことに給料はろくにもらえず、そのくせ毎晩の様に遊び歩く兄を見てフラストレーションを貯める毎日だった。

エスカレーター式で高校に行くも、そんな生活サイクルでは勉強がうまく行くわけもなく高2で単位をとれず留年せずに中退

ところが世はまさにバブル崩壊直後。

手堅い商売だけを続けていればいいものを、株式投資に手を出した父親は持ち家から事業の全てを一瞬にして失う。

兄たちの飲食店も当然のように廃業兄弟それぞれがそれぞれに肉体労働を始める。兄弟とはこの頃に絶縁状態になった。

自分は親戚の工務店職人として就職

修行期間という理由でボロアパートの一室を与えられた以外に、給料は3万円のみ。

朝5時に迎えが来て、夜20時に帰宅する毎日

免許を持っていなかったので現場までの移動はかろうじて眠ることが許された。

ところがこの仕事も、1年後に職人がこぞって夜逃げしてしまったために職人部隊のみ解散

退職金(とはいっても今まで手渡されてなかった自分給料だが)を80万受け取って、補償もなしに家を追い出される。

財産を失ってから口を利かなくなった両親が住む葬儀場のようなアパートに身を寄せるも、口を開けば喧嘩が始まる両親に挟まれることが限界になり自室に引きこもる。

その時、退職金で当時まだ高価だったパソコンを一式購入。

ダイヤルアップテレホーダイインターネットを始めて昼夜の生活が逆転する。

引きこもりを始めて1年。夜間の日雇いで食いつないぎつつも20歳になったとき貯金が底をついてしまったために日中就職を考える。

まだ個人パソコンを持っているのが珍しい時代だったために、ハッタリだけでソフトウェア系の会社入社

アルバイトとは言えはじめてのまともな就職だった。

プログラマーではなく営業職だったために、そこでタイピングから文書作成などの基礎をみっちり教わる。

しかし務めていくうちに社長キャッチセールスソフトウェア抱合せ販売就職斡旋詐欺)方向に傾倒しはじめ、会員からの指摘で警察が介入する事態になりあえなく倒産

22歳にて再び露頭に迷う。

その後再び1年間引きこもり。フレッツISDNが始まった頃で、起きたいときに起き、寝たいとき眠る生活をするうちに日にちの感覚を失う。

その後、パソコンを使えるという話を聞きつけた親戚(工務店とは別の親戚)からちんこ事務を頼まれる。

急遽事務員が長期間入院をすることになり替わりの人間を探しているとのこと。

当時、ぱちんこのものを見下してはいたが、寮を与えられ正社員として採用してくれるという言葉に心が動いた。

一日でも早く家を出たかったし、高校中退引きこもり自分正社員として働ける日がくるとは思ってもいなかったからだ。

入社して早々にわかたことは、会社全体としてかなり管理杜撰ということ。

オーナーものすごく人がよいのだが、その人の良さにつけ込んで働いている人間かかなり好き勝手やっている状態だった。

一応引き取ってもらった恩があるのでできることから少しずつ改善を始めるも、当たり前のように古参と衝突した。

効率化されると働いてないのがばれるからだ。

人は人、自分は自分精神で、自分の受け持った仕事だけはきっちりと無駄なく効率化した。

当然働いているふりをしていた人間はそれが明るみになり、オーナーも少しずつおかしいことに気づき始める。

入社して1年で事務周りの全てを見直して最低限度の効率化を達成。

それと同時に働いているふりをしていただけの人間勝手に居場所を失いいなくなった。

その頃には自分がいなくても事務が回るようになっていたので、その実績を買われてか今度は店舗に異動。

20店舗近くのチェーン店を持つグループ企業の、旗艦店リニューアルがあるということだった。

いざ入ってみるとここも上から下まで相当腐敗していることがわかる。

ちんこ業界としては最も隆盛の頃で黙っていてもお金がどんどん入ってくるような時代だった。

はいっても競争が激化してきていることもあり、そのままでは当然おいていかれてしまう状況だった。

リニューアルを目前にして、やらなければならないことは山積みのまま。

オープン直前の2週間は職場で数時間の仮眠を取るだけの生活が続いた。

リニューアルはなんとかうまく行ったものオープン後も課題は山積みのままで誰よりも早く出社して誰よりも遅く帰る日々が続く。

そんな時、突然古参数名が一度に退職を申し出る。

当時はなんて無責任な!と憤ったものだが、今思えば働いているフリをしていれば守られていた地位が突如脅かされたのだから当然のことなのかもしれない。

ここだけの話だが、教えられる相手もいないまま手探りでぱちんこの釘を担当することになったことで、この旗艦店ではしばらくの間、全くの素人が釘を担当していた期間が存在する。

当然毎月の利益は破茶滅茶で、リニューアルの人気だけで売上が保たれていたような状況だった。

ただ、そのせいで、今度はとうとう休みすらまともに取れなくなってしまった。

毎日出社して数百台の釘の打ち替え、勤務日はホールシフトに組み込まれしまうため、事務作業は公休日に行った。

(一応断っておくが、釘の打ち替えは直ちに違法ではない。無承認変更にならないために適正を維持することもホール義務といえるからだ。)

広告の手配から店舗販促、部備品発注からセキュリティまで事務作業のほぼ全てを一人で行っていた。

休み無し、一日の労働17時間を超える日が3年ほど続いた頃、とうとう身体を壊した。

その頃には店舗ナンバー2まで歴代最速で上り詰めていたが、逆を返せばまったく後戻りができない状況に追い込まれていた。

その後は一ヶ月間自宅療養になった。

絶対に休めないと追い込んでいたのは自分だけで、休みから明けてみると(満足できるか出来ないかは別として)業務ほとんどは滞りなく行われていた。

それをきっかけに、部下を信じて、6割の完成度でも容認できるようになったことで、やっと休みを取ることができるようになった。

そのさらに1年後、28歳のときに新店舗立ち上げのリーダーに選ばれた。

準備期間を経て新店オープン直前の1ヶ月から1年間、再びまともに休めない生活が始まったが、以前のように一人で背負い込むのはなく、部下たちにうまく割り振ることで精神的な負担はうまく分散することができた。

営業も安定したオープン2年目、十分に下が育ったと実感できた31歳のとき本部に異動になり店舗業務から外れ、グループ全体のマネジメント担当することになった。

そこで私生活を見直す時間が出来、その2年後33歳で結婚

家族手当や住宅手当などを含めて初めて年収が一千万円を越えた。

ただ、結婚するまで貯金はなかった。ほとんどが部下たちとの交際費で消えてなくなっていた。

自分上り詰めると同時に居場所をなくした上司達が次々に辞めていったために、今では親族役員を除けば実質社内で1番の地位本部長を務めている。

ただ、ぱちんこ業界の先行きは暗く、今のままではこの収入を維持することは難しいだろう。





ここまで目を通してくれた物好きな方はお分かりの通り、わたし人生から学べることなんてものはない。

学歴なんてものは持ち合わせていなかったし、かと言って中退後に真面目に働いたわけではなく、むしろ社会と断絶した生活を送っていた。

成人した後、必要に迫られてがむしゃらに働いた時期はあった。しかし、今思えばそれは行き過ぎていたし、実際に身体を壊す直前には死ぬことばかりを考える毎日だった。

今の生活なんて、結局は運の結果でしかないということだ。

あの時、ぱちんこを見下したまま誘いを断っていれば、今の自分絶対存在していないだろう。

こんな人生でも羨ましいと思うなら、それはもう個人勝手だ。

ただ、自分の後にも先にも、この会社でこんな働き方をした人間は一人としていなかった。

それが自分生き方他人の模範にはならなかったことを端的に表していると言えるのではないだろうか。

言いたいことは一つ。

どんなに成功していようとも年寄りの話なんて良くも悪くも半分も聞いていれば十分だということだ。

なぜなら、彼らは努力の結果生き残ったのではなく、生き残った結果、自らを肯定しているだけだからだ。

どんな道を進もうとも、そこには必ず運がいたずらをする瞬間が存在する。

そのちょっとしたいたずら次第で、人の人生なんてもの簡単に変わってしまものなのだ

努力はその運をすこしだけ左右してくれるものしかない。

努力無駄とは言わないが、努力に見返りの約束を求めることだけは無駄だと断言できる。

ただ、もし付け加えるなら、何かの選択を迫られた瞬間、それが自分にとって燃え上がることのできる選択かどうかを考えて欲しい。

その覚悟がなければ、運によってもたらされた結果に後悔を繰り返す人生になってしまうからだ。

自分にしてみれば、今の生活がどうであれ、青春時代を親兄弟台無しにされたことが今でもくやしくてならない。

あの時あの瞬間しか味わえないものはいくらお金を積み上げようとも買い戻すことはできないからだ。

なぜあの時にもっと兄弟と戦わなかったのか。その結果が例え無駄だったとしても、戦うという選択をしなかったことだけが今でも一番の後悔として自分を苦しめ続けている。

他人関係ない。自分がより輝ける選択を続けられることが、辛くても苦しくても、例え早々に死を迎えることになったとしても、幸せと言えることかもしれない。

2018-05-03

妄想少年だったおれと、あの日彼女

これはおれが大学に入ったばかりの頃の話だから正確には「妄想青年」とすべきなんだけど、とても青年とは呼べないほどにおれは幼かった。

英語の授業で、なんでだかお互い日本語自己紹介しあう時間があって、一人一人と短いながら対面で話をした。他にどんな人と話をしたのかまったく覚えてないけれど、彼女と話をしたとき彼女の姿はいまでも鮮やかすぎるくらいに覚えている。

彼女体育会系サークルマネージャーで、もうまぶしすぎるくらいの、今で言う陽キャだった。おれは陰キャかどうかはともかくちょっと抜けてるキャラで、彼女とは格が違っていたと思うし、彼女もそう感じていたはずだ。

でもおれは彼女ちょっと話をしただけなのに舞い上がってしまって、何回も彼女のセミロングの茶髪笑顔、それにちょっと気取ったように傾けられた細長い目を頭の中で反芻し続けた。眠る前には甘ったるい空想で心がいっぱいで幸せだった。

当時移り気だったおれは(といっても若者はみなそうなのかもしれないけれど)、彼女がいるのに英語の授業にはついていけなくなりすぐ出なくなった。あっさり会うのを止める程度の気持ちだったんだと言われれば反論はできないけれど、なぜかいままでずっと心に残り続けているし、時が経つにつれて鮮やかで切なくもなってきている気がする。

2年前に、街で偶然に彼女が通りかかるのを見た。彼女はハッとするほど美しい女性になっていた。でもセミロングだった髪はロングになっていて、そこにははじけそうだったあの春の彼女はもういなかった。

2018-05-02

ト・キ・オ~女子校生眠る街~

なにこの茶番会見劇www

ひどない?

メンバー全員、「やめさせるくらいの責任がある!山口はわかってない!」

と言いつつ、誰もやめさせました!とは言わないwww

ジャニファンも、山口に厳しく言うなんてエラい

とか言ってるけど、辞めさせろよバーカとは誰も言わないwww

山本太郎「生きる上で2番目に大事な物は?」

麻生大臣「その手の訳のわからない質問に答えるのは1つ。生きていく上に大事なことは朝は希望を持って目覚め、昼は懸命に働き、夜は感謝と共に眠る。その気持ち

2018-04-30

万引きをしていた

 別に懺悔したいとかじゃなくて、当時自分が思っていたことを聞いて欲しかった。確か、中学1年の頃から約1年の間のことと記憶する。

 自分の家庭は、俗にいう機能不全家族だった。母は情緒不安定、父は別居、2人の兄のうち長男は鬱かなんかで寝込んでいたんだと思う(あまり関わりが無くてわからない)、次男傍若無人

でよく自分暴力を振るっていた。次男が不当な理由いくら暴力を振るおうとも、母はそれを見て次男を罰することなく、自分次男の両方を叱りつけてその場をなあなあで収めていた。そん

な風だったからか次男暴力癖は治らずますます増長し、俺はますます委縮した。そのころから親に頼るのは馬鹿らしいと感じてしまっていた。性暴力も受けていた。汚い一物をしゃぶらされ、

更に汚い欲望を飲み下させれた。誰も頼れなかったし、そのうち頼ろうともしなくなった。期待しないこと・泣かないことが苦しまないコツだとも気づいてしまった。長い目で見ると、それが

後々人生に響くことに気づかず。

 当時自分中学生だったので、必要があれば申告してその分の小遣いを貰うというシステムの下、生活をしていた。当然欲しいときに欲しいものは買えなかった。「お菓子が欲しい」なんて理

由で小遣いは貰えなかった。次男高校生だったので月々の小遣いだった。そして自分の欲しいものは手に入らなかったし、次男も、自分の欲しがっているものに対して(どんな種類のものでも)

「つまらないものを欲しがるな」と自分を殴りつけた。あの子の家にはお菓子がある、ジュースがある、自分の家にもお菓子は少しあった、でも自分はそれを食べられなかった、あの子は欲しい

ものを買ってもらえた、自分が横にいても親に対してちょっとわがままを言うことが許されていた、自分には欲しいものがあったはずなのに欲しがることも馬鹿馬鹿しいと感じてしまった。

 ある日、コンビニに立ち寄った、どうしてかは忘れた。そこの棚に並んでいるチョコレートを欲しいと思った、当時の俺にとって、チョコレートはとても魅力的に見えた、あまくておいしくて

食べるときっと頬がほころぶ。いいんじゃないかな、と思った。いつも家で辛い目にあっている。殴られて辱めを受けて、親にも承認もされず枯れたように眠るそんな自分にも、ほんのちょっと

くらいの『取り分』があってもいいんじゃないかな? と感じた。そうだ、みんな俺にひどいことをする。俺だっていい目を見たい、欲しいものが欲しい。

 後はもう、何も感じることがなかった。そうやって食べたチョコレートは罪の意識があれど、やっぱりあまくておいしかった。気持ちは確かに安らいでいた。以降、そうやってはせこい万引き

を繰り返した。そして最後に店の人にばれて控室に連れていかれた時は、やぱりチョコレートコーティングされた、105円の菓子パンだった。

 その時の母は、自分に対して「どうしてこんなことをしたの?」と言った。自分は「別に」と答えた。母はそれ以上何も詮索しなかった。どうして叱らないんだろう、どうして何も深く聞いて

こなかったんだろう、どうして自分の答えに対してすぐに背を向けたんだろう、どうしてこっちを向いてくれないんだろう、どうしてあいつを罰さないんだろう。この件の内容は、兄には全部伝

わってはいなかったが、「自分が何か悪いことをした」というのは知ったらしく、「本当にお前はクズだな」とまた自分を殴りつけた。

 悪いことは悪い、当然だ。でも好きで悪いことをしていたかと言うと、そうだというわけじゃない。自分だって自分のしたことが悪いことぐらいわかっていた。でも、自分の辛い人生に対し

て「見返り」を求めることは、幼い子供ならはどうしてもしてしまうんじゃないか。報われたかった、耐えていたことを誰かに褒めてもらいたかった、頑張っていたんだ、限界だったんだ。今

自分自分のために金を稼いで、自分の欲しいものを買っている。でも、俺は買ってもらいたかった。ちょっとしたものを「仕方ないな」と買ってもらいたかった。その喜びが欲しかった。今

でも、食べるチョコレートはあまくておいしかった。

2018-04-28

隣人

隣人が掃除機を使う時は大概大勢の人が来る。

そして日付が変わる前あたりから、朝方3時くらいまで騒ぐ。手を叩いたり、歌ったり、瓶が転がるような音もする。

時々、ドカン!という感じの大きな音がするため、1時間おきくらいに目が覚めてしまう。その時はアイマスクをして、騒ぎ声を遮るようにイヤホン大音量ピアノの曲聴いて無理やり眠る

大概騒ぎの最後は朝6時か7時。大きな目覚ましのアラームが鳴る。そこでみんな帰るようだ。

前に一度、あまり騒音に壁を叩いたことがある。騒音は余計ひどくなった上に、翌朝大きな笑い声と共にこちらの玄関のドアを叩かれて、無意味だと気付いてからは叩いていない。

から掃除機の音がすると、警報のようで怯えてしまうのだ。引っ越すあてもないし。

から、ぞうきん使って欲しいな。

電話相手は「家を買おうかな」と言った

「『ここではないどこか』を求めるだけではダメなんだよね。」

さびさに同級生電話をした。同じ部活だったけれど、真剣な話をしたことはとくになかった。それでも電話をしようと誘ってくれたのは、お互いに、誰でもいいからなんとなく話したかったのだと思う。

26歳はむずかしい。学生ときよりは経験がある。金もちょっとは貯まっている。体力的にも、キャリア的にも、まだ少しは無茶ができる。

から現状に満足できない。「転職しようかな」とか言ってしまう。けれど実際に何かできるわけではない。「まだ若い」けど、「もうこんな歳」。それが20代中盤なのかなという気がしている。

同級生も私も結婚はしていない。する気もない。こんな時代結婚必須ではない。でも、軸が定まりにくくなるのは事実なんだと思う。独り身だと、行きたければどこへでも行ける(ような気がする)。転職だって好きにできる(ような気がする)。

でもこの感覚曲者で、「可能性がある」ように見せかけられると、「できたのに、できなかった」という後悔がセットでついてくる。選べたのに、選ばなかった。それは、「はじめから選べなかった」ことよりも、きっとつらい……ような気がする。

守るものはとくにないし、欲しいものもとくにない。インスタグラムで見る風景は美しいけれど、行ってみたいとは思わない。GWに予定は入らない。キレイスイーツ画像を見て、数秒だけ慰められる。その数秒を積み重ねて、今日もなんとか眠る

ワイ、生理休暇の男版

賢者の日」

という言葉を思いつき、幸せ眠る

おやすみなさい。

2018-04-27

斧を飛ぶ 垢が飛ぶ スターを付けすぎ星になる

ホラ吹いて 罵倒する IDコールで舞いあがる

B!KUMA B!KUMAが二人を抱いたまま. B!KUMA B!KUMAが空を飛ぶ

瞑想するんだ 運動もだと おまえは言ってたね

見つめてると 死にそうだと プリントアウトで涙おとした

B!KUMA やさしいおっさん眠る街. B!KUMA B!KUMAは夜に飛ぶ

欲しいなら何もかも アナルに入るよ AQM

夢を飼う恋人奇跡をうみだすスーパーティー(はてな村)

B!KUMA 哀しい男が吠える街 B!KUMA B!KUMAが星になる

自分ドラえもんのいないのび太くんみたいだ

ドラえもんがいないのび太くんは、一体どんな人生を送ったのだろう?

ADHDと診断されて半年が経ちまして、今社会人2年目を迎えたばかりなのですが最近限界を感じ始めている

仕事ミスをよくする。

メモをしたから平気と思っていても、どこに書いたのか分からなくなってしまったり

口頭で説明されると、つい上の空になってしまって気付けばはなしについていけなくなってしまったり

確認したはずなのに、他の方からミスがあると指摘されたり

机の上や引き出しが汚くて業務必要書類がすぐに見つけられなかったり

会議に毎回ギリギリに行ってしまい5分前に来なさいと怒られたり

自分が今何をしたらいいかからなくて、仕事が溜まって他の方に迷惑をかけたり

身だしなみもいつもストッキングが伝線していたり、服が逆だったりどこか抜けてしまう事が多い

1年目の頃は研修が主だったのでミスはするものの、そもそも業務量が少なかった

2年目になって、色んな方と連携して仕事しなきゃいけない機会も増えた。

でも雰囲気や周囲を見るのも少し苦手で、目の前の仕事につい夢中になってしまう。

ストラテラという薬を飲んでしばらく経つ。私はこういうものは薬を飲めばまともになれると思っていた。

から自分ADHDであると言われた時は正直ほっとした。ずっと自分が人とどこか違うと思っていたから、その原因がやっと分かった気がして。

だが、薬は元々ー5だった所がー2になった程度で、どうしても普通の人と後少し差が埋まらない。私は長年の夢だった、普通人間になりたいというもの未来永劫叶わないことをここで初めて思い知った。

優しい先輩は「最初は誰でもミスをする」と言ってくださるのだが、先輩と私にはADHDという違いがあり、それを思い知る度に酷く憂鬱になる。

仕事を辞めたい、最近ずっとそう思っている、けれど、辞めて違うところへ行ってもまた同じ事が起きる気がしてならない。

私のADHDの型は、ネットで見かけたのび太くん型というものに酷く似ている。

注意散漫で細かいミスが多く、片付けられなくて興味のないことや長い話には上の空になってしまう。そしていつも眠そうにしている。思いつきで行動するもすぐに飽きてしまう。そしてミスが多発して慌ててしまう……

ドラえもんのいないのび太くんは、大学受験など人生において多くの失敗をして、挙げ句の果てに自分で立ち上げた会社火事で無くしてしまう。うろ覚えだけど、確かそうだったはずだ。

そんな悲惨未来は、ドラえもんが来ることで改変される。ドラえもんが彼のミスカバーすることで、のび太未来は最終的にしずかちゃん結婚平穏ものへと変わる。閑話休題だがのび太結婚前夜って優しい映画が私はとても好きだ。

だが、現実ドラえもんはいない。大学までは、特に支障無くぼんやり曖昧な楽しみを享受して生きて来た。

けれど、社会人になってから余りにも辛い事が多く、家に帰っては眠るばかりの生活をしていると、いよいよ最近自分が生きてる意味もよく分からなくなってきた。

ADHD特性の中には疲れ易いというものもあるみたいで、仕事の後や休日に疲れて何も出来なかったりすると、いつも自分の体質が憎くなる。

もう随分と長く生き、体も不自由になった祖母が、前に「早く死にたい」と呟いたのを聞いて以来、私は未来にも希望が持てなくなった。長く生きても幸せになれないのなら、今こんな辛いまま生きて何の意味があるのだろうかと。

今日もたくさんのミスをした。次もきっとするのだろう。

ADHDであることを今まで関わった方全員に暴露したい気持ちにもなるけれど、きっと理解してもらえない、気のせいだ、誰にでもよくある事だ、そんな言葉甘えるな……そんな風に言われそうで、私は誰にも言うことができない。そもそも仕事先に言うべきことでもない気もする。

それに、耳が聞こえないことと違って紙に言葉を書くなどの明確な対処だってないのだから解決法のない悩みを言ったって困るだけなのだ

人に迷惑をかける人間なんて生きてる意味がないと自殺を考えたこともあるが、やっぱり自分だと怖くて首に縄を通せないのだ。

私は心が弱いので、いつか安楽死制度とかが整うことを夢想するばかりだ。そしたら、長く生きなくたって済む。

1人で部屋にこもって好きな音楽を聴いたらゲームをしたり、ぼーっとするのが1番落ち着く。人と会話するといつも途中で集中が切れて、疲れて、早く帰りたくなる。

でも、そんな1人で生きる方法なんてありはしないのだ。

一体いつまで、ADHDを抱えて私は生きればいいんだろう。

ドラえもんがいてくれたらなあ。

2018-04-26

完全防音のカプセルホテルを考えてみた

地震が起きても大丈夫なように地下に設置して

隣のカプセルとのあいだを土で遮断すれば、安心して眠ることができると思う

起きられなすぎてもう逆に面白い

最近かなりの頻度で起きるのに失敗してる。

学生からまだ許されてるところがある。

からってこのままの状態社会人になったら本当の終わりだ。そもそもこのせいで社会人になれない気がする。

というか大前提として学生でも寝坊から遅刻は本当にダメなことだって自分でも思う。周りから評価も怪しくなると思うし。毎日のように遅刻してくるやつがいたらなんだアイツ問題児かよってちょっと警戒するもん私なら。

そんなこと考えてても結局は起きられないんですけどね。悲しい。家族に起こしてもらう+目覚まし時計スマホアラームカーテン開けて眠るって方法を取ってるけど起きられない時があって目が覚めたとき絶望してる。

基本的に起きられない時は3パターンあって、1つは家族の声とか目覚ましの音が夢の中に登場しちゃうパターン。起こしてくれる家族の声は夢の中で喋ってる人たちの声に変換されちゃう現実で鳴ってる目覚ましの音は夢の中で電話とか電子レンジとかの生活の中の電子音として出てきちゃうから起こされてるって認識ができない。

2つ目が、寝ぼけすぎて状況が理解できないパターン。ここはどこ私は誰状態で、目覚まし時計も何かやかましい物体がある……って程度にしか思えないし適当に触ってるうちにアラーム切ってることが多々。あまりにも頭が働かないせいで時計も読めなくて事の重大さに気付けない。一番厄介。意識がはっきりする頃には始業時間になってることもある。

3つ目は二度寝スムーズすぎるパターン。目覚ましが鳴ったことに気付けてちゃんとした時間に起きられることになっても「よし、起きるかー」って思って息を吸った次の瞬間怒鳴る母の声と明らかに遅刻の時刻をさしてる時計があってやっぱり絶望感に苛まれる。なんでそんなに二度寝自然なんだよちょっとは躊躇しろよ。

そんなわけで自分ではこうやって振り返ってるうちはめちゃくちゃ面白いし「眠りへの執着強すぎだろwww」ってなって笑えるからいいんだけど(いいのか?)やっぱり朝目覚めてとんでもない時間だと知ったときのショックは強すぎるし遅刻した日は事あるごとに「ああ、自分遅刻した人だったわ……」って気分が沈みまくるから流石に起きられるようになりたい。

あとさっきも言ったけど社会でやっていけなくなるからこのままじゃ本当にまずい。

もう病院とか行った方が良いんだろうか。

寝る時間早ればちょっとはマシになるけどこっちも学生から余裕持って寝てられるほど暇じゃないんだよな。

ほんとどうしよう。

2018-04-17

面白半分でDYM社に入ったら研修合宿がひどかった

(4/19 改行が自分で読んでいて見にくかったので改行を抜いて段落を整理する修整をしました。)

 DYMの新入社員です。5日間の地獄研修合宿が終わりまして、辞職を決意することにしました。はなむけとして増田します。色んなことが目まぐるしく行われたので、覚えている限りで。

個人特定につながるような箇所は伏せるかぼかしています

※長文注意

 場所茨城阿字ヶ浦クラブ大洗の北にある海の近い合宿所。研修担当するのは「ファーストヴィレッジ」という会社?で、教官が「今年はたるんどる!」などと言うので、おそらく例年

DYMの新入社員研修を任されているのだろう。DYMは新卒を800人も採る。多い?なぜなら8割が辞めるから研修に参加したのは私達800人の他「特別枠」として参加した別の企業新入社員20人弱も居た。あからさまにDYMの私達にきつくあたる教官に、向けられた彼らの表情は冷ややかだった。6時半朝礼。5分前集合が基本。しかし、5分前でも遅いという。さらに、部屋から歩いて5分か10分の遠いところが集合場所。なので、私達は早めに着くべく早起きをしなければならない。まず体操。大声で。それが終わると、「元気の出るスピーチをやる人!」と教官が言うので、私達の誰かが手を挙げて皆の前でやらねばならない。あと、気をつけ休めを何回か繰り返しまくる。

テスト

テスト」が4つある。これに受からないと「修了」できない。

1.体操テスト。全部覚えて大声で掛け声をしないと落ちる。

2.連続歩調。うちの班は5人で、じゃんけんで負けた私がリーダー。足を揃えて行進する。「左!左!右!」「行くぞ! オー!やるぞ!オー!」 ……エネミーコントローラーかな? 一人でも間違えると落とされる。

3.向かい風の中での営業代表市村洋文という人間が書いた、いい社会人になるための条件10項目。2分30秒以内に暗唱する。私は1分45秒でクリア。暗記だけならヌルゲーだと思うだろう。思い出してほしい、ここは海岸沿いである。海風潮風吹き荒ぶ海岸に立ち、びゅうびゅうと真正からの向かい風に体力を奪われながら、暗唱を完遂しなければならないのである地獄。あ、ちなみに姿勢も決まっていて、手が揃ってないだけで失格。

4.夜間行進。30km歩く。したがって負傷者が出る。出発前に、「みんなで帰ることを誓います!」と言い、元気が無いと失格。地図を渡されて、建物を目印に曲がったりする。しかし、距離情報が分からないシロモノで、完全な地図ではない。情報が少ないので、途中で間違えれば帰ってこれない。

※ここで重大なことを書き忘れていました。合宿開始前に携帯電話スマートフォンなどは回収されます。一切の通信手段を奪われ、外界との情報のやり取りが遮断されます。外部にいる人間による客観的判断を聞こえなくするのは洗脳の基本ですよね。

 …で、私達の班は6時間40分で生還した。午後3時に出発して9時10時くらいに帰ったはず。服装ジャージ黄色蛍光の輪っかみたいなアレ、懐中電灯が2つ、手動で回すライトを持たされる。あと、出発前に旗を作る。傍から見たらマジヤバ集団である。旗だけに。

 この4つのテストを5日間で消化する。就寝は11時半で、それ以降は消灯せねばならない。それまでに「報告書」を書く。A4用紙2枚で。それと、3年前の自分、3年後の自分宛てに手紙を書く。A4用紙2枚半で。そして「プロの条件」を読む。スマフォが無いので目覚ましは無いし、私達みんな疲れていて他に何もする余裕も無いので、そのまま朝まで眠るしかない。毎日がこうだった。

Aさん

 書き口から明らかだと思うが、斜に構えるタイプである私はとても冷めていた。多くの同期は真に受けて感動して泣いていて、とても引いていた。私のような冷めた子がもうひとりいた(Aさんとします)。Aさんは同期の中ではとても賢い人だと思ったけど、Aさんはテストになかなか受からなかった。しばらく観察して、Aさんはやる気がないんだなとわかった。私もやる気がなくて、テストに受かるのが遅かった。Aさんは体操が覚えられないらしく、体操テスト全然だめだった。なのにAさんは受かってしまった。すると、Aさんは「私がこんなに間違えているのに受かるなら、他のみんなも受からないとおかしい」と教官に抗議した。すると教官の怒りを買い、Aさんだけ合格基準が50点から52点に微増した。その教官は次の朝礼で、「体操というのは手順を覚えることだけじゃなく、いかに号令を大声で言うかとか、そういうことを加味している」と言ってて、あの教官は何も考えていないということが分かった。

適当な採点

 そもそも体操テストは8人の受験者を2人の教官が見ている方式で、2人で全員の振り付け完璧であることをチェックするのは難しい。つまり、間違えても見ていなかったら合格できる。要するに適当テスト振り付けを途中で間違えたら座る方式で、間違えなければ最後まで残って点数がつく。しかし、私の班ではある子が最後まで体操をやり終わったのに点数がつかないということがあった。ザ適当教官は班ごとにいて、みんな60、70ぐらいのおじいちゃんしかもぼけている。開始時間を伝え間違えたり、テストの内容を間違えたりする。内容を間違えると、「毎回(内容が)変わるから間違えちゃったよ」なんて言う(変えんなよ)。あと、ことあるごとに「○○やる人」と言って、手を挙げさせられる。とにかく手を挙げないと怒られる。誰かが挙げればよいのではなく、挙げない人間が怒られるのである女王の教室かよ)。例えば暗記を要するテストで、暗記する時間は与えられない。覚えていない状態テストは始まるのである。就寝前も、レポートを書くだけで時間が無くなるし、電気を消すので覚える時間が無かった。

特別の子

 すきを見て、特別枠の企業の子に参加の経緯を聞いた。その子によれば、研修会社の人事が外注したらしく、その子の先輩いわく前年までには無かった研修らしい。事前に知らされていたのは期日と携帯没収の旨だけであり、外注企業名前(DYMと書いてあったらしい)で検索すると弊社のDMCA申請悪用問題に触れたページが出てくるので不安が煽られる。これで合宿が酷ければ人事にボロクソ言うつもりと言っていた。まあその子最後泣いていたけど。そんなこんなで、最後の日にDYMと特別枠の企業社長が来た。全員の前で「決意」を3分スピーチすると合格して合宿終了。同期には病院送りになった人がそれなりにいて(労災おりてる)、体をやられている人もそれなりに居たが、泣いてる人も結構居た。体だけでなく、心もやられていたようだ。私は「悔しい」と思うことが無いので、ある子が「悔しい」と言っていたとき、「はあ?」と思ってしまった。これにはAさんも苦笑いしていた。

私のその後

 パンプス履きっぱなしでできた足の豆の痛みを感じながら、東京一人暮らしの自宅に戻ったのは夜9時過ぎだった。病院送りになった同期に比べればまだ可愛いなのだが、私はどうやら肺?気管支?をやられたようで、頭痛や喉の痛みは無いのに、発作的に咳が出てくるようになった。週末は彼女と遊ぶ約束をしていたが、結果的には寝込み、看病してもらうことになった。彼女には事前に合宿について相談していたので、看病してもらいながら事細かに話した。もちろんドン引きしていた。

おまけ

 個人情報を伏せて持ち帰ったもの晒す

プロの条件」 https://imgur.com/LYwJiMv.jpg

「向かい風の中の営業」 https://imgur.com/JVO3a8a.jpg

毎晩書く研修参加報告書テンプレ https://imgur.com/W9buIpa.jpg

修了証書 「意識改革と行動変革 社員強化研修」 https://imgur.com/Ywmt9ve.jpg

記念にもらった阿字ヶ浦クラブのカップ https://imgur.com/IPjPINt.jpg

 ちなみに、阿字ヶ浦クラブ自体はとても良かった。食事が山ほど出てきたので、そこだけ福祉だった。むしろ遅くまで研修をやっているせいで、バイトで来ているっぽいお兄さんが帰れなくて帰りたそうな顔をしていたのを見て申し訳ない気持ちになった。しかし私は何も悪くない。全ては研修合宿が悪い。

No More 研修合宿

No More ファーストヴィレッジ

No More DYM。


追記(4/17 22:00)

Q. なぜ酷い会社だと事前に知っていて、面白半分で入ったのか? 貴重な新卒カードを…

A. すぐ辞めるつもりで入ったからです。とりあえず5月いっぱいまで騙し騙し働いて50万円程度手元に入れてから辞める魂胆でした。元々大学研究が好きだったんですが、

   ・院試に失敗

   ・私学ロンダするほど経済的余裕が無い

   ・卒業から奨学金(JASSO)の返還が始まる

 という過程で秋過ぎに本腰を入れたんですが、その時期は大抵の説明会って終わってますし、募集を続けている企業は優秀な学生を取りたがっているでしょうし、私が背伸びしてもなぁ…と考えた結果、どうせならネタで、しか短期でいいから、超ブラック面白そうな所に入って、増田コンテンツにしてやろうと思いつきました。情報収集する中で、なるべく新卒が辞める会社(=辞めやす会社)としてDYM社に眼をつけました。私は私企業コンテンツに出来て自己満足で嬉しい、皆さんはタイ全裸企業ネタに出来て嬉しい。あとはどーでもいいです。

id:kamm彼女のところは彼氏ですね」

→ 人に異性愛主義押し付けるのはよくないと思います


追記(4/18 0:00)

id:sbedit1234 「"私が背伸びしてもなぁ…と考えた結果、どうせならネタで、しか短期でいいから、超ブラック面白そうな所に入って、増田コンテンツにしてやろうと思いつきました。" 女は人生がイージーだなぁ。

→ それはちょっと性差別的な見方だと思いませんか。イージーでないなりに面白体験をしようとした結果で、行動原理ジェンダーに結びつける思考パターン危険だと思います


追記(0:40)

id:huano「女かよ。だと話は変わるだろ」

→ どう変わるのかは少し気になるところです。女性が閉鎖空間5日間連続で高度なストレスさらされ続けることの問題というと生理でしょうか。私は期間中問題ありませんでしたけれども、中にはつらい女性も居たはずです。

2018-04-16

昨日の夜、彼がAVを観ていた。

普段は、彼はひとりでAVを観ているけれど、この日は「観てもいい?」とからかうように訊いてきたから、あまりいい気持ちはしないけれど「いいよ」と答えた。

嫉妬深い私を気にして「怒らないの?」と訊いてきたが、「大丈夫」と答えた。本当に大丈夫だと思ったから。

私も隣りで横になりながら一緒に観た。AVとは不思議もので、男性は興奮するのだろうけれど、女性の私は何も感じない。ただただ、女優容姿自分を比べてしまう。私は胸が小さいのだ。

飛ばし飛ばし、いろんなAVを物色していた彼が、ひとりの女優ゆっくり観始めた。美人巨乳で足の長い女優だ。複雑な気分になる。私とは真逆のような気がしてくる。あぁ、本当はこういう女性が好みなのかな、と。

敏感な彼は、私が不機嫌になったのを、言葉を発していないにもかかわらず、すぐに察知した。

「怒ってる?」

大丈夫

「隠してもわかるよ」

「うーん、ちょっとだけ複雑」

「なんで?」

だって、私と真逆だよ」

「なにが?」

「この女優さんは私と真逆

AVAVだよ。比べたりしない」

「そっか」

会話をしながら、頭ではわかっているけれど嫉妬心は消えない。ああ、私って本当に嫉妬深い。

ほかの女性はどうなんだろう? 私の友だちはサッパリした性格女性が多く、私の嫉妬深さは彼女たちの会話のネタになるくらいだ。おそらく私は一般的女性より嫉妬深いのだろう。

機嫌を損ねた私を気遣ったのか、彼はAV鑑賞をやめた。

おやすみ

おやすみ

いつもならお互いくっついて眠るのに、そっぽを向いたまま。ケンカをした夜にはよくある体制だ。あーぁ、しょうもないことでケンカなっちゃパターンかな。でも……AVを観てほしくない……いや、一緒に観なければよかった。

気持ちを切り替えて寝てしまおう、と思ったときに、彼が寝返りをうって、横を向いて寝ている私の横腹あたりにそっと手を乗せた。「仲直りしようね」の合図。わかっている。

けれど、すぐ意地になってしまう私は、無視して寝たふり。いつも後悔するくせに、意地になってしまう私の性格は、もう治らないのだろう。

そうこうしているうちに眠ってしまい、朝になる。起きてからはお互い(少なくとも私は)、いつもよりテンションが低い。

いってらっしゃいと見送って、帰ってくる頃にはお互い元通りになっているといいな、と思いながら仕事をする。

すると、彼からLINEが来た。普段仕事が終わるまで私用でスマホを触らない真面目な彼。「お!」と思って開いた。

が、事務的な内容だった。

付き合って2年が経つのに、LINEひとつドギマギしてしまうのは、本当に彼のことが好きだから

部屋にひとり。はぁ。

そうして過ごしていたら、さっき彼からまたLINEが来た。もうぬか喜びはしたくない。慎重にスマホの画面を覗く。

そこには「なにしてる?」の文字

あぁ、愛おしい。あぁ、大好きだ。

気にしてくれていたんだ。私だけが彼のことを大好きで、私だけが空回りしていたわけではないんだ。そう思えた。

でも、やっぱり意地になってしまう私は、まだ返事をしていない。でも、これを書き終わったら返信しよう。

「これからあなたの大好きなカラアゲ丼を作るところだよ」

anond:20170325024739

おい若者たち。この元増田金言だぞ。

年収500万以下で基本定時退社、完全週休2日祝祭日休み

年収600万以上で元増田みたいな基本的人権概念蹂躙される生活

だと明らかに前者の方がQOL高い。

こういう事言うと後者のような暮らしをしてる奴らは

「ププw負け組負け惜しみw」というだろうが、全くもって違う。

平日夜も休日も死骸のように眠るだけ。同僚以外の友人は消え失せ、趣味もない。

金だけはドカドカ溜まっていくが、使う時間がない。

健康容貌は年を経るごとに目減りしていき、精神は荒んでいく。

結局中高年になり体調を崩し、しこたま貯めた金の大半は自身医療費に消える。

大企業ネームバリュー年収パワーで結婚はできるだろうが、まさにATM扱いの空虚生活

子供は懐かず、嫁には邪険に扱われ、定年後は家族も友人も趣味もない抜け殻のような生ける屍になる。

女の場合結婚できるかも怪しいだろう。万が一結婚できても大抵破綻する。死ぬほど見てきた。

大企業目指すなら「社会勉強ノウハウを盗む・人脈構築」とさっさと割り切って、

数年歯を食いしばり頑張ってから独立しろ。それぐらいの気概がないならやめとけ。

会社員が楽だ、と言われる所以は「適当仕事ぶりでそこそこの金が途切れなく貰えるから」だ。

たとえ大金が貰えてもその「適当仕事ぶり」という大前提崩壊してる職場長居しても百害あって一利なしだ。

とっとと独立して不労所得で稼ぐ方法でも考えてた方が千倍マシだ。時間は金では買えない。

2018-04-14

なんかさ、腐女子あるあるで「今日推し尊い」みたいなのってあるじゃん。あれ俺

一種挨拶みたいなもんだと思ってたんだわ。

尊いんで、そういうわけで今日もよろしく、みたいな。

ただ、俺はBLきじゃないし、百合好きでもない(なかった)。

からからなかったんだな。

今なら分かる。

わたモテ私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!)に出会った今ならよく分かる。

ゆりもこに出会った今ならよく分かるんだ。

あれは本心だったんだな。

前日、大量の酒を飲みながらSSを眺めつつ

ゆりもこ尊い・・・

と思って眠る

翌日、ああ、なんか今日ゆりもこ尊いなと思っている自分に気がつく。

よかったー・・・マジで

そんな気分を表した言葉だったんだな。

から、逆に言うと、

今日あんまり尊くないな・・・

そんな日もある。

なぜかは分からんが、なーんかしっくりこない、そんな日も。

そんな中、尊い!と思える日に出会えると

まず尊いと思えることに感謝だし、

尊さを供給してくれる作者に感謝だし、

もちろん尊いゆりもこに感謝だし。

ちなみに今日は、昼休み読書マウントを仕掛けるもこっち、しかゆりちゃんはまあまあの純文学オタクで・・?

という妄想キュンキュンきてた。

時間あったら人生はじめてのSSを書きたいと思うわ!

ともかく、私めがゆりもこを見て「尊い」と思わしめる、そういうシステムでできている世界感謝

そういうところなんだよな。

腐女子のつづいさんが「尊い・・・

という時に何者かを拝んでたが、その感触がよくわかる。

ある意味、「ラッキー」なんだよな。

ゆりもこを愛する賢い読者に伝えたいが、

ゆりもこが好きならDizzy sunfistというバンドも好きになるのではないかと思う。

もこっち=あやぺた、ゆりちゃん=いやま

ということなんだが。

まずは下のURLをみるなどして、感じを掴んでほしい。

https://www.youtube.com/watch?v=gas9A406OYc

2018-04-13

anond:20180412002455

なんか狭い私の交友の話を聞くにドラクエ方式RPGは人気ないらしい

そりゃあまりにも狭い範囲の話ですね。

DLsite.comDMMでは、RPGツクール等で作ったドラゴンクエストのようなスタイルRPGエロゲー大人気だよ。

伝説的な傑作「ハルウル」。

感動のファンタジー大作の「King Exit」。

傑作ホラーゲームの「腐界に眠る王女アバドーン」

古き良き雰囲気が売りの「プリンセスサクリファイス~供犠姫フィーナ冒険~」

他にもたくさんのドラゴンクエストRPGがあってすごい大量に売れてる。

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