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はてなキーワード: 博士とは

2021-05-16

anond:20210516115014

別に学位は何時からでも取れる。でもその使い道がない。欧米だと学位は、資格として扱われて給与や職位で評価される。

国内学位は何の役にも立たない。行方不明になっている博士は沢山いる。

ちゃんとした大学学位は学んだら取れるというものでもない。小保方さん関連で死者も出たように苦しい世界

それなら士業として評価される資格を取った方が生きやすい。

2021-05-14

水道橋博士降板します。小銭稼ぎのコメンテーターではないんで。失礼します」スタスタ

一同「いやースベらんなー」

ひろゆき「でも名前がスベってますよね?御茶ノ水博士のモジりですよね?スベってますよね?」

橋下徹勉強しろ!!」

2021-05-09

anond:20210509220039

でも博士課程に行った後どうすんだ、と思って行けなかったんだなあ。あとテーマも思いつかなかった

anond:20210509085818

…すいません。アメリカ博士持ちに三回勝ちました…一人はイタリア人、もう一人は日本人、もう一人は、、、ってとこ。

コロンビア博士持ちにはドローでした。さすがミュライユ門下生だ!

anond:20210509085615

これでおまえがアメリカ博士を取っていなかったらおまえは本物のカスだ。

おまえより価値のない人間はこの世に存在しない。

anond:20210509085418

どこがだよ。

満期取得退学でしょ?

本当に優秀なフェミニスト東大大学院なんか、絶対に行かない。

いきなりアメリカ修士博士一貫の大学院に行く。

これ以外考えられない。


音楽もそうなりつつある。

かつてはアメリカ大学院といえば笑われたが、アメリカにミュライユとハース招聘されたこから変わってきた。

音楽学もアメリカのほうが強いかもしれない。


思い出したわ。

ハース奥さんフェミニストだったわ。忘れとった。

ある氷河期世代の妄言

いつも自分に何かが足りないような気がしている。

高校入試ときも、終わってすぐに、もっと勉強しなければと思っていた。

大学に入ってからも、トップ学校に入れなかったことで、自分には何かが足りないと感じていた。

その一方で、努力をしてこなかった。

頑張らなければと思うわりに、適切な努力をしてこなかった。

高すぎる目標をかかげ、目標を達成するための計画を立てても実行はしなかった。

図書館で本を借りても、読まずにそのまま返していた。

計画を立てるだけで満足し、本を借りるだけで満足してしまっていた。

実際の行動に移すのをさぼっていたし、本を読みとおす努力をする根気もなかった。

何も積み上げられないし、努力が足りていないのを誰よりも自分でわかっていて、だから自分に何かが足りないという感覚は増すばかりだった。

社会人になってからも同じだ。

学生時代に抱いていた夢や目標に近づくにはあまりにも辛いいばらの道を歩かなければならないと知り、断念した。

もともと何かを達成するために、すべてを投げうって努力できる性質ではないらしい。

医者になりたいとか、建築家になりたいとか、小説家になりたいとか、身の程知らずの憧ればかりが心に浮かんでは消えた。

ただ、まったく努力をしなかったわけではなく、ちょっとした挫折ですぐに諦めてばかりというほうが正確かもしれない。

成功した人たちは多分、挫折を知らないのではなく、挫折したとしても、少なくとも諦めなかった人たちなのだろう。

とはいえ成功したと思われている人たちの中にも、何かが欠けているような感覚に呪われている人もいるのかもしれないが。

自分社会に出てからこれまで二回、大きなキャリアチェンジをしている。氷河期世代ということもあるかもしれないが、あまりまれ職業人生とはいえない。それでも正社員として働けた時期もあったし、なんとか食うに困らず生きてこられたのは運が良かった部分もあったのだろう。

だが、仕事があることに感謝し、多少嫌なことがあろうと耐えて同じ仕事を続けるということが自分にはできなかった。家庭の事情で辞めたこともあるが、それも、必死になって続けようと思えば続けられないこともなかったかもしれない。ただ、目の前の仕事に対する執着が足りなかったように思う。

自分にとっては、どの仕事も、いつかたどり着く最高の仕事への踏み台に過ぎないという感覚が続いていた。今でもその感覚がなくならない。いつか、今よりももっといい職場でいい仕事に就けるんじゃないかと期待してばかりいる。

仕事を見つけるにしても、自分就職できる先がいつも限られていて、妥協するしかいからこんなことばかり考えるのかもしれない。新卒のころから、未経験お断りと言われ続けてきて、最近では年齢で切られることが多い。そんな自分でも雇ってくれるところがあるのはありがたいが、そういう職場はそれなりに難ありだ。

フリーランスになるとか、起業するとかにも憧れるが、自分には手に職もないし、アイデアもない。どこかに雇ってもらって時間を売る以外に、生活の糧を得る方法はない。健康で働けるうちはそうやって仕事を続けるしかない。

それなのにいつも夢を見てしまう。

実は最近もまた大きな夢を見始めてしまっている。いい年なので、これはミッドライクライシスなのだろうか。いや、自分はずっとクライシスからこれは違うのか。

それはさておき、その夢とは何かというと、博士課程に進学したくなってしまたことだ。

いい加減に落ち着けばいいのに、諦めがつかない。

自分人生はこんなもんだと、得られたもの感謝して生きることができない。

今とは違う景色がどこかにあるんじゃないか

そういえば、あの坂を登ればって国語教科書で読んだな。

あれはこんな感じなんだろうか。

あの話がミッドライクライシスの話だなんて先生は教えてくれなかった。

研究したい内容はある。といって学者になりたいわけではない。もともとは進学が目標だったわけじゃなくて、やりたい仕事必要な専門知識がまったくないことから進学を考えたんだが、これもまた、なんでこの年で、と自分で激しく突っ込みを入れているところだ。

なんでこんなに年寄りになってから、専門外の分野に手を出そうとしてるんだ。

頭も若くないし、体力も落ちる一方だろう。さらに言えば、大して頭脳明晰でもないだろう、自分

そう思うと不安で胸がいっぱいになって動けなくなる。もう何もできないような気がしてくる。

後悔だらけの人生で、後にも引けない、前にも進めない。

どうすりゃいいんだ。

こんなこと、親には言えない。誰にも相談できない。こんな話をまともに聞いてくれる友達もいない。占い師にでも相談するしかいか

もし運よく入試がうまくいって、新たに学業をおさめられたとしても、進学を志すきっかけになった仕事に就けるかはわからない。その仕事に就けたとしても、そのとき自分はそれを本当にやりたい仕事と思えるのかもわからない。

なんなんだ自分

本当に馬鹿だな。

こんなに先が読めないやつ、ほかにいるんだろうか。そのとき一生懸命考えて将来を見据えて動いたつもりでも、結局は暗闇で手探りをしていただけだと、あとからわかる。

どうして自分ことなのに、こんなにわからないことばかりなんだよ。

これでも、昔に比べると自分のことがわかるようにはなってきた。学生時代なんて、本当に悲惨自己認識で、現実が少しも見えてなかった。理想自分が本当に求めてるものがずれているのに気がついてなかった。失敗を繰り返して、やっと少しずつ自分価値観みたいなものがわかってきたときにはもう遅かった。もう20年ぐらい前に自分のことをわかっていたかった。

人生100年という説もあるが、実際のところ人生って期限がわからないのが辛いところよね。わかればもう少し計画的に生きられたかな。

どうだろうな。

何かを成し遂げた人が羨ましい。自分は何もかも中途半端で何も成し遂げられないまま人生を終えそうな気がしている。

だけど、やりたくない仕事をずっと続けるのは耐えられないんだ。

今の自分に足りないものを補えば、いつか満足のいく職場幸せに働けるって思っていたいんだ。

適切な努力はしなかったものの、それなりに頑張ってきた自分が、こんな職場で腐っていくなんて思いたくない。全然共感できない経営者のもとで、都合よく使われるだけなんて嫌だと思ってしまう。

どこかに自分理想職場があって、理想仕事がある。自分天職がある。いつかそういう仕事に就ける。そう思っていたいんだ。

仕事に多くを求めすぎているんだろうな。そうそ理想仕事なんてないんだから仕事仕事と割り切って、私生活を充実させるようにするのがいいのかもしれない。

でも、なんで自分人生時間をやりたくない仕事にとられないといけないんだと思ってしまう。幼稚でナイーブでどうしようもない。いつまでたっても大人になれない。自分自分を不幸にしている。

頭ではわかっているのに、現実を受け入れられないまま、この漂流人生は続くんだろうな。

いい加減、落ち着かないと、もうどこも雇ってくれなくなりそうだ。そうなったらどうしようか。迷惑かけないようにひっそり死のうか。

2021-05-07

ワクチン接種 1日100万回を目標報道政府に足りない視点

菅首相会見 ワクチン接種 1日100万回を目標とする考え | 新型コロナウイルス | NHKニュース

これに対し、ぶくまは手厳しい。例えば、こんなふうに。

アメリカの1日の接種回数300~400万件を考えると目標としては妥当ラインだが、1日わずか数万件の検査現場パンクする日本でできるわけないと今から諦めている。

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/www3.nhk.or.jp/news/html/20210507/k10013017981000.html


ワクチン供給ロジスティクスアメリカもこの3か月、苦労した

欧米に比べるとスピードが遅いとの声が多い。

しかし、アメリカ最初からうまく行っていたわけではなかった。

ワクチン接種が始まった当初は大混乱だった。

連邦政府と州との連絡調整不足、優先順位をめぐる混乱、各州ごとのバラバラな接種戦略連邦政府ワクチン供給管理への州の非難などなど。

フランスでも1月時点はさんざんだった。報道では「お役所仕事」「縦割り行政」の弊害を厳しく指弾された。

ワクチン供給が始まって1週間もたつのに、わずか接種したのはわずか800名とは何事か、いう報道がみられた。

ただし、それは三か月前のことだけど。当時、アメリカニュース報道をみていて、前途多難だな、と思ったのを覚えている。

1月報道ウォッチしていた頃(といってもデイリーショーを英語勉強がてらみていただけだけど)、

大統領就任から100日の4月下旬バイデンが高らかに勝利宣言をすることになるとは想像できなかった。

以下は1月27日、デイリーショー(youtube報道バラティーショー)で紹介していた報道の一部だ。

ワクチン接種の遅れにイラついたニュースキャスターがこんなことをいう。(同番組1分過ぎ)

電子タバコを買うついでに、ガソリンスタンドとかで接種できちゃえばいいのに。

https://www.youtube.com/watch?v=43y1TOC9aTM&t=70s



また、現在日本で報じられている、基礎自治体ワクチン接種予約サイトパンク状態

これも、アメリカは3か月前に経験していた。(同番組2分過ぎより)

https://www.youtube.com/watch?v=43y1TOC9aTM&t=140s

各地で予約サイトクラッシュするなど混乱が続いています。ある予約センターでは、750回分のワクチンに25万もの電話が鳴り響いたという。

また、インターネットで予約するスキルがない高齢者が接種会場へ車の長い列をなして夜を明かしている、といった報道

予約キャンセルによるワクチン無駄な廃棄などが問題視された。

あるドラッグストアでは、予約キャンセルで余ってしまったワクチンたまたま立ち寄った若い健康女性に接種したという事例などが紹介された。

4月に入ってからも、ワクチン接種に消極的な人々を釣るために、「今ならもれなくビール付き」みたいなキャンペーンをやったりした。

今日日本報道されているワクチンロジスティクスをめぐる問題は、すでに欧米が通ってきた道なのだ

日本も各国の教訓を生かせばいいし、そもそも災害経験のたくましい日本に、行政にそれほどロジ能力が足りないとはとても思えない。

から、ひょっとすると案外、一ヵ月もすれば、100万の水準にめどが立つかもしれないと若干、期待している。

社会システムの維持、ワクチン接種の意義、戦略的な目標説明CDC存在

しかし、ワクチン供給をめぐるロジ管理喫緊課題であるが、実はもっと重要なことがある。

それは、社会システム全体からみたワクチン接種戦略だ。

バイデン政権発足後の「3本の矢」ともいうべき最初の取り組みのひとつワクチン接種の促進だ。

しかし、そもそも一体何のためにワクチンを接種するのか。その方針目標をしっかりと共有すること。

これがあいまい理解されていると、一体なんのために急いでいるのかわからなくなる。

以下は、アメリカCDCのファウチ博士が、今年1月下旬トランプ失脚後、初めて”自由に”会見を行ったとき報道だ。

https://abcnews.go.com/Health/wireStory/coronavirus-guidelines-now-rule-white-house-75419663

3分過ぎの質疑のなかで次のような記者とのやり取りがある。

ファウチ博士:もし7割から8割の国民が接種されていれば。。それは夏頃になると思うが、少なくとも秋までにはある程度の正常性を回復できるだろう。

記者:(途中で質問を挟んで)それは秋までに接種が完了できると認識しているということですね。

ファウチ博士:いやそんなことは一言も言ってない。”もし”7~8割の大多数のアメリカ人がワクチン接種を受けていれば集団免疫が獲得できるということだ。正常性とはそういうことだ。今懸念しているのは、ワクチン接種を受けたがらない人たちだ。

重ねて、今後、ファウチ博士ホワイトハウスで定期的に記者会見を行うと発表。ファウチ博士は会見の最後にこう語る。

私が今後、会見でお伝えするのは、科学的な事実です。科学に語らせるのです。

https://www.nytimes.com/2021/01/24/health/fauci-trump-covid.html



記者とファウチ博士のやり取りは象徴的だ。

abcニュースは、この報道に「ファウチ博士ワクチン接種に大きな但し書きをつけた」とした。

記者もまた、住民ワクチンがいきわたるかどうかという、行政サービスデリバリー目線での質問だった。

abcも質疑の記者も、ミクロ視点で、アメリカ人がちゃんワクチンアクセスできるかどうかを問題視していた。

一方、ファウチ博士は、彼の答え方からわかるように、ワクチン接種の利益というのは、決して医療アクセスといった住民サービスレベル問題だけではなく、

感染症蔓延の克服だ。パンデミックの原因を取り除くために必要なこと、という視点発言していた。

ファウチ博士のいうノーマティというのは、個々人一人ひとりのワクチンによる免疫力強化というより社会全体の免疫力のことだ。バイデン言及していたことだが、ファウチ博士トランプ政権で一番欠如していた科学性を真っ先に訴えたのは本当に象徴的だったと思う。

しばしば報道機関は、どこの国であれ、災害事故殺人事件現場急行し、現場の窮状を訴えることでインシデント対応を促す。

しかし、インシデント対応と、リスク削減は根本的に発想の異なるものだ。

報道機関は例えば、殺人事件が起こってもセンセーショナル報道しがちで、背景にある社会保険の欠如とか貧困といった原因部分を軽視しがちだ。

リスク削減とは、簡単にいえば、そこで起きている出来事対応問題点ではなく、出来事の「原因」にスポットを当て、原因を取り除くことにフォーカスすることをいう。

ファウチ博士が強調していたのは、その原因分析科学的なアプローチでなければならず、そこがすべての出発点だということだった。

5月に入ってから報道、例えば「バイデン政権、若年層へのワクチン接種へシフト

をみても、一貫して集団免疫という戦略に基づいたワクチン接種促進を行っている。

https://abcnews.go.com/WNN/video/biden-administration-shifts-vaccination-focus-77501505

日本の状況~何を目指しているのか?

さて、日本を振り返って、今日もっとも足りないのは、

一体何のためにワクチン接種を促進するかという全体的な目標ではないかと思う。

住民ワクチンが行きわたるかどうか、の前提として必要なのは、なぜワクチン?という疑問に、「あなた健康維持」というだけではなく、社会システム視点から答えることだ。それが本来公共というものだ。

https://www.kantei.go.jp/jp/headline/kansensho/vaccine.html

をみても、残念ながら「あなた健康」以上の情報が見当たらない。

厚生労働省ワクチンによる集団免疫獲得について、明確な見解を示していない。

まあわかる。よくわかっていないリスク(不確実性)については、下手なことは言いたくないものだ。官僚特有のディフェンシブなスタンスがにじみ出ている。

でも実は、その科学的不確実性について沈黙する姿勢こそが、リスクガバナンスの内なる敵なのだ

水俣病代表される過去公害問題もその姿勢ボトルネックとなって被害の拡大が見過ごされてきた。

仮説を立てて意思決定をする勇敢さが必要だ。8割おじさんを思い出してほしい。

ファウチ博士科学的にすべてを見通しているかというと、そうではない。

接種されたワクチンによってどれだけの期間、有効免疫力を持ち続けることがえきるか、はっきりとした証拠1月の時点でも、今日でさえも出ていない。つい先日もこんな報道があったばかりだ。

https://gigazine.net/news/20210507-covid-19-herd-immunity

ここでは、5月時点で成人の半数以上が少なくとも1回のワクチン接種を受けているアメリカでさえ集団免疫獲得は困難だと率直に表明されている。

ファウチ博士が7~8割としたコロナウイルス集団免疫の仮説も、データが蓄積されるたびに、恐らく日々、新しい仮説に塗り替えられてゆくだろう。科学的不確実性と向き合うことがリスクガバナンスキモだ。だからこそ、ホワイトハウスで毎週のように会見を開く、ということに意義がある。


疑問なのは日本において、そういったリスクコミュニケーションが開かれているのか、ということだ。

聞こえてくる報道は、直近のロジ課題高齢者の接種問題ばかりだ。

それもワクチン安全性広報であったり、供給のロジであったり行政住民サービス視点が中心だ。

それって、役場の窓口でやる会話でしょ。重要じゃないとはいわないけど。

河野大臣は、恐らく菅首相から突然、ワクチン接種促進担当として指名されて、戸惑っただろう。

感染症知識もあるわけではない。だからこそ、やれることを模索した結果として、接種促進のロジ分野に集中してしまった印象を受ける。

もちろんワクチン安全性広報することに意義がないと言いたいわけではない。

しかし、もっとも根幹にあるべきなのは、最終的なゴールを提示することだ。

高齢者の接種のあとどうなるか?何一つ見えてこない。

そしてそのゴールは、一定科学的な仮説に基づくべきものだ。

一体どれくらいでワクチン効果が切れてしまうのか。10年持つ、あるいは一生、抗体が働くというわけではあるまい。

そうすると、抗体を持つ人間が何%で集団免疫が達成できるとして、仮定したワクチン賞味期限以内に短期集中的に接種が完了しなければ

集団免疫がいつまでたっても確立できず、次から次へと新しい変異対応させられるということになる。

それは資源無駄遣いにならないのか?

アメリカがこんなにも早くワクチン接種のロジが進歩した理由ひとつは、バックグラウンドとして理解している接種戦略があるからではないだろうか。

やみくもに尻を叩いているわけではないはずだ。

日本では、先日、菅首相唐突に思いついて7月末までの高齢者ワクチン接種を指示、混乱が広がっている。

冒頭の報道も、厚労省からすれば、寝耳に水だったとしても不思議ではない。

それくらい日本リーダー方針は行き当たりばったりにみえる。

目標管理もっと重要なことは、ゴールを共有することだ。

菅首相リーダーシップに対する批判は多い。

一体なぜ7月までに?

・いつものことながら急に何かを決心するくせに、目的意義を聞かれても答えが返ってこない。

方針方向性を共有したうえで役割分担を決め、タイムラインを設定するということもしない。

・うまくいかないと、キレて「みろ、周りはもう先に進んでるじゃないか、何してるんだ」と部下を怒鳴る。

これらは無能リーダー典型的な行動パターンだ。

河野大臣にしても、自分プレゼンスをみせるいいチャンスだったのに。将来の総理大臣候補と目されているのだが。

残念ながら、ロジ担としてご本人が割り切ってしまたことで、

3か月の働きにもかかわらず、目先の短期的なロジ状況を伝達するだけの役人仕事になり下がってしまった。

ロジならロジでもいいのだけど、ドメスティックではない外交の動きがあってもよかった。

例えば、なんなら4月菅首相アメリカに飛んでもよかったはずなのに。

これではちょっと大臣仕事内容としては物足りないというのが私の認識だ。

全体を見ているひとは誰なのか。それが日本ではわからない。それが問題だ。

リスクガバナンスというのは、平時ガバナンスに比べてより高い能力水準が求められる。

リスク自体が複合的で、科学的にも不確実性が高く、そして社会政治的な影響について認識がばらつきやすい。

ワクチンも、そういう意味では、リスクコミュニケーション能力が試される課題

そういう認識で国のトップは動いてもらいたい。ロジ担じゃなく。。国民の皆さん、とか住民目線説明ばかりしててもね。

それは重要だけど、どちらかというと基礎自治体役割だよ。

anond:20210507213649

大学なんて行かなくても〜みたいな風潮がよくない。

世界博士修士取り合ってる時に大卒高卒かみたいな話してる低学歴社会競争になるわけねーだろと。

2021-05-05

[]ワンパンマンONE版)140話まで

数年前に100話ちょいのガロウ編がおわったあたりまで一気読みしてたけど、

久しぶりに最初からまとめ読みした

ガロウ編めっちゃながいイメージあったけどそうでもないなと

しろその後が長い

ネオヒーローがでてから展開遅いし、明確な終わりが見えないかマンネリgdgdがひどい

これまではどのお話も明確なボスがいたけど今回は違うから、いろんな方向に話が発散しがちでつらい

ソニックとかの過去がやっとおわったとおもったらこんどはジェノスのはなしだし

あーいちおうなんとか博士黒幕ってことになんのかな

あと神様

しっかし村田版のホームレスの強さみてて原作どうしてたっけって思ったらゾンビマンがあっさり倒してて拍子抜けしたわ

2021-05-04

anond:20200504195332

中学の時かなと思う。

日本音楽コンクール作曲部門投函する人に、大学院に在学中ですとか、シエナフランコドナトーニのマスタークラスにいますとか、パリ音楽院でジェラール・グリゼイについてますとか、そういうのを聞いたのが中学の時だよ。

小学校の時は、名前を聞いたが、何をするところなのかイメージできてないくらいかな。中学で間違いないと思う。


昔話で申し訳ないが、まだ大学院に行かないと何もわからないとか、そういうのは全くなかった。京大放任主義で「大学入学したら勝手あなたたちで勉強してください」時代で、早いやつは大学1年で将来の設計ができるのがいた。

1980年代常識だと、大学1-2年で没した数学者遺産はくみ取ってしまい、大学3-4年で存命の数学者アタック大学院1-2年で自分の同世代タイマン争いするってのが定番だったような気がするし、1950年代まれ教授もそうしているのが多い。

音楽も実は一緒で、大学1-2年で死んだ音楽家は全部覚えてしまい、大学3-4年で存命の作曲家を研究するのが定番だった。ちょうどメシアンケージ、アイネムやユンがなくなってしまい、そのあたりを大学2年までに知らないとダメで、大学3年以降は存命の作曲家、当時はラッヘンマン、ファーニホウ、ディトリッヒ、グロカール、シャッリーノ、サーリアホ、ディロンが攻略対象で、バーレットは日本人では誰も攻略できなかったんじゃないかな。


今日本人は退化してしまって、大学院の1年だとジェルヴァゾーニってとこらしい。こんなぼっちゃまおじょうちゃまレヴェルでは困るんだよねえ。大学院修士1年だと、クライドラーかステン=アナーセンでお願いしますよ。ほんとはサンダースかエカルまでやってほしいんだけど。ここら辺は博士の1年になってしまう。

2021-05-02

コロナ対応改憲必要」57%、一理あるかもしれない

コロナ対応改憲必要」57% 共同通信世論調査

https://news.yahoo.co.jp/articles/7ec1d495b848a971128aff7c5fc0dedf1a2c92ee

共同通信社は30日、憲法記念日5月3日を前に憲法に関する郵送方式世論調査結果をまとめた。新型コロナウイルスなどの感染症や大規模災害対応するため、緊急事態条項を新設する憲法改正が「必要だ」とした人が57%、「必要ない」は42%だった。内閣権限強化や私権制限が想定される緊急事態条項新設を容認する声が反対意見を上回った。長引くコロナ禍が影響したとみられる。

ちょっと長めになってしまったので、はじめに要約すると、

改憲なくとも法を生かせば緊急時行政権限をフル活用できるはず、と思ってきたが、過去公害の教訓を思い起こしてみると立法行政不作為が目立つ。

憲法の制約で権限がないのではなく、あっても使わないのが問題だった。そこにメスを入れるには、行政立法指導する上位の規律必要で、「今まさに緊急時シフトチェンジしろ

行政立法に促す仕組みが必要なのでは。それはひょっとすると憲法役割なのかもしれない。

という趣旨


+++++++

改憲の是非でいえば、基本的スタンスはノーだ。

内閣権限強化」、これは橋本行革の結果、小泉政権内閣官房の強化の恩恵を受け、その後、安倍がめちゃくちゃにした経緯から

これ以上の内閣官房の強化などナンセンスだと思うし、

現行の制度運用できないのか?と言われれば、

公害立法歴史を振り返っても、現行の規制権限は決して弱くはない。立法余地もある。

実際60年代から70年代にかけて、深刻化した公害に山ほど立法を制定、70年はとりわけ公害国会などと呼ばれた時代もあった。

そうやって公害を克服しようとしてきた歴史の教訓をみても、現在感染症コントロール問題が、憲法改正でしか解決しえないとは思えない。

から問題はできることをしない、立法不作為行政権限の不行使のほうで、それを改憲論議にすり替えるのはおかしい、という意見も納得できる。

しかし。

それこそ公害の教訓を振り返れば、という話なのだが、

改憲世論が盛り上がるのは、だからこそ逆に、一理あるのかもしれない、とも思う。

もちろん、行政立法性善説に立てば。。という留保はつくが。

というのも、水俣病を例にとって、公害被害を振り返ってみると。

なぜ今日に至るまで長年、放置されてきたか。長年の放置もさることながら、振り返ると、初期の対応のまずさが際立つ。

チッソ工場への排水をやめさせる権限のある水質二法の適用

漁業法による禁止措置漁民への補償食品安全法による有機水銀汚染された可能性のある魚類販売禁止

すべて見送られた。つまりすでに対応可能な法的ツールがあったにも関わらず、被害が拡大した。

こうした行政権限の不行使が最終的に裁判で争われ、最終的に結審したのは2004年

国は高度経済成長をとめたくないがゆえに、規制権限行使しなかった、というのが結論

これは初期の対応が間違っていたことを指摘したものだ。

1970年代公害社会問題の深刻化を受けて山のように公害立法が制定されたが、それ以前の問題として

そもそも1950年代、すでにある水質二法等で権限行使できただろが、という。

法の不備ではなく、繰り返すが、すでにある法を使いこなせなかった行政責任が厳しく断罪されたわけだ。

ここから導き出される本当の教訓というのは、規制権限があったにもかかわらず

なぜ初期の対応がこれほどまでに、被害者をないがしろにしたものになったか、という問題

それは経済を優先した政治意思決定メカニズムだ。

そこには、何か異常な事態が発生したときに、立ち止まって物事を考え直す、

シフトチェンジの仕組みが欠落していたともいえるのではないか

かつて辺見庸は、地下鉄サリン事件の際に、丸ノ内線駅構内で、人々がバタバタと倒れているなか、

通勤している乗客枕木でもまたぐかのように出口へ向かった光景について

日常的なことを目の前にしても、脳が適切に処理できず、

惰性で日常論理で動こうとする「慣性イナーシャ)」が働いているといったが、

ここ一年を振り返ってみると、そういう政治的な意思決定がかなりよくみられた気がする。

この問題解決されない限り、改憲による緊急事態条項検討など、全く意味をなさない。

日本は、意思決定の仕方、会議の仕方を根本から見直したほうがいい。


いや、だけど一方で、

緊急事態条項のようなシフトチェンジトリガーがないからこそ、漫然と経済優先で動いてしまうのか?という疑問も頭をもたげる。

どっちなのだろう。

そんなことを思い出したのは、さっき、尾身会長インタビュー記事を目にしたからだ。

尾身茂氏が語った「マスクを外せる日」「3回目の緊急事態宣言なんて聞く気になれねぇ」への意見 | 文春オンライン

――東京都墨田区長野県松本医療圏など、基幹病院支援に回る地域病院医師連携が回っている地域の取り組みも報じられているが、厚労省は、こうした体制づくりのため各地の医師民間病院に強い指示が出せないものか。

尾身 医師病院に対して国が強い指導力を発揮する英国のような仕組みとは違い、日本厚労省というのは公立民間などさまざまなステークホルダー意向尊重する必要があって、上から目線はいわない。平時はそれも大切ですが、危機局面ではどうなのか。この機会に考えてみる必要はあります

――医療提供体制の拡充やワクチン接種準備で、国民が納得するだけの結果を示せないことに国民は苛立ちを感じている。強権的なイメージが強い菅義偉首相だが、結果を示せない理由は?

尾身 それは政治のことだから、私にはわかりません。ただ、総理大臣は、いろいろなことを今、四方のことを考えなければいけない立場にあるんでしょう。そう思います



平時から非常時へのシフトチェンジ

これが明確な意思決定メカニズムとして組み込まれていないことが、水俣病の初期対応問題もつながっているように思えた。

それを可能にするのは、規制権限の強化と行使、という既存立法行政機構のあり方の、もうひとつ上段の制度として構築する必要があるのかもしれないといえなくもない。

改憲への渇望というのは、案外、そういった視点で考えることも可能ではないかとふと思った。

しかし、憲法踏み込むのではなく、

危機対応専門の省庁を創設する、というのもひとつ方法。非常時のガバナンス体制を整備する。

米国FEMAアメリカ合衆国連邦緊急事態管理庁)、CDCアメリカ疾病予防管理センター)のように。

現在のように、菅、西村田村河野小池、、、、、みたいに

船頭多くして船、山に登る、という問題への処方箋となろう。

そうすれば、現在河野太郎のような感染症素人新型コロナウイルスワクチン接種推進担当大臣として奮闘する、といった話もなくなるはず。

彼はおそらく、急に任命されて困っただろうが、実質やれることを模索した結果、

ロジ担当となり下がってしまっているように見受けられる。住民心配に答えるのは基礎自治体役割だ。

大臣仕事じゃない。本当の危機管理はそういうことではない。

危機管理のプラットフォームができれば、アメリカのファウチ博士のように、

集団免疫獲得に向けた仮説を立て、何%の接種があればOKで、ワクチン効果が切れる前の接種完了を逆算してスケジューリングする。

目的ロードマップ国民に示したうえで協力を仰ぐという、専門家による意思決定ベースとなったリーダーシップ重要だ。

今は「高齢者の接種」そればっか。もっと全体の話をすべき。

ガバナンスの基本は、法、規則基準科学的な予測を明示した意思決定を行うことだ。

これは世界銀行の借用だが、世銀では途上国行政改革支援の際に、ガバナンスを以下の4要素で因数分解して

能力評価している。

説明責任財政リソース)、予測可能性(法的枠組み)、透明性(情報公開)、参加(連携)の4つ。

テーマ出しした瞬間、近年の日本がどの分野でもガタガタになっていることがわかる。

いずれにしても、緊急時ガバナンスの訓練を積んでゆくことが大切で、こうした組織を立ち上げることには意義があるだろう。

現在菅政権は、こうしたガバナンスの観点から落第点であり、

首相が何を考えているかからず、結局、リーダーの一挙手一投足に注目が集まる意思決定となっている。

急に決心して、緊急事態宣言を発出したりやめたりする。このように国民から予測可能性を奪うやり方は国民から自由を奪うのも同然だ。


国民からすれば、知らず知らずに国のリーダーシップ注視せざるを得なくなり、いつの間にかリーダーシップ問題錯覚してしまうが

本当は危機管理はリーダーシップの欠如の問題ではなくて、ガバナンス問題だ。リーダーが誰であれ、ある程度、やるべきこと、基準が決まっていて

どのように対応するかが決まっていること、この予測可能性が確保されることが大切。

国民にとって予測可能でなければ、国民自身計画を立てられず、急に決断されても、ついていけいけない。

水木しげる漫画で、上官が急に玉砕を決心したので部下の大半が付いていけず、結果として敗残兵として生き残った兵士に、すでに全員立派に玉砕したことになっているのだ、として、ラバウル本部が改めて玉砕を命じる、という話がある。日本人のリーダーシップ象徴する話だと思う。)

しかし、一方、リーダーシップ問題は残る。

緊急時へのシフトというのは、なにかしらリーダーとして発動するトリガー必要なのではないか

憲法、というのも、民主的意思決定の根源として、

そこに非常時へのシフトチェンジ記載されることにも意義があるのかもしれない、という考えに傾いてゆく、そういう世論の動きもわかる。

もちろん、そんな非常時に平和ボケして判断の鈍いおっさん首相だったらなんの意味もなさないが、誰かがシフトチェンジを発動しなければならない、

それが立法危機管理のプラットフォームづくりだけでうまく機能しないのであれば、ある意味大統領的な権限を期待する傾向が出てくるのは自然なことのように思う。大統領権限というと、合衆国建国当時まで振り返ると、当時の議論のなかで、リーダー聡明さ(アリストクラシー)というのは、欠かせない条件だったように思う。

日本政治社会にそんなことを期待できるのか、と考え始めた瞬間、改憲には激しく首を横に振らざるを得ないのだが。

そんなことをインタビューの印象として持った。

2021-05-01

anond:20210501220341

それだと東大博士なのにクソなこと書いてるほうが悪いんじゃないの。アカデミズム対応できてないんでしょ。

東京大学博士女性が、男性セクシュアリティ研究していて、弱者男性に寄り添うような本を書いていたのに、

それでも最近Twitter弱者男性を突き放すようになっているって、弱者男性は数少ない味方さえ失って、何をやってんだよ。

一般女性弱者男性に興味を示さないのが悪い、寄り添おうとしないのが悪い、みたいな言い方をされていたけど、

高学歴女性が本を書くほど寄り添っても、結果がこれだよ。最初は味方だった女性すら敵に回るほど、最悪な弱者男性

 

思えば小山晃弘という男性も、精神病弱者女性のためのウェブ媒体赤字運営していたけど、

最近だと大量の精神病女性と関わってうんざりしたのか、女叩きグループの一味に加わっているよな。

やっぱり弱者異性を救おうとして関わって、実際に影響力ある存在になり救いを求めた弱者異性に群がられるようになると、

全知全能の神にしか実現できないような過大な期待をされて、さすがにうざくなって、憎むようになるのだろうか?

「役に立たない学問」を学んでしまった人文系ワープア博士”を救うには……?

非常勤講師雇い止め」で「ガードマン」に

https://bunshun.jp/articles/-/13235

深刻だと思う

anond:20210430213459

格上とつるみつづけて22年、なんとか国際標準クラスになれました。

● 8歳で「ほら!このひとパリ音楽院ホープなんだよ!お前とは大違いだ!」←その後このホープフランスから帰国。どこがホープだ!

10歳で「フランス和声勉強は今からやるとちょうどいい!おまえは俺より1年くらい早い計算になる」←大学生用のテキスト小学生で読まされ、苦行の日々。

14歳オーボエパートに「多重音」としっかり記入。でも、ローリングトーンなのかどうか全くわかってない。ローリングトーンが欲しいのに。

● 15歳で「この棚に変な突っ込まれ方をされているオルガン楽譜はなんだろう」←クセナキスのグメーオールというオルガンソロの曲だった。すさまじいほどの筋悪の書式で二度と読みたくないと思った。

● 19歳で自分より10歳以上年上の人と一緒になってマスタークラス。もちろん同級生なんて誰もいない。

米国渡航すると、なんとまたもや格上の博士号持ちと対戦する羽目になる。敗戦。なんでこんなところに博士課程在籍者がいるんだ!

● なんのいやがらせなのか、イタリア作曲賞年齢制限を43歳にまで上げられた。格上ばっかり。出来レースかと疑ったが、何とかギリギリセーフ

おかし教育のおかげなのか、年下を好きになれない。

格上ばっかりって人生もつらいですよ。

2021-04-28

anond:20210428172614

学部卒の人は、そういう傾向があるな。

専門卒・高卒の人は良くも悪くも自分能力をわきまえているし、

Advanced Degree(修士博士)持ちの人は「個人の業績=能力」という発想になる。

随分前の話になるが、大手勤めの無業績の人間がAdvanced Degree持ちの人に対して

そもそもデータ分析論文調査というものはですね…」みたいな講釈を垂れ始めたとき

冷や汗をかいたな・・・

私大データサイエンス学部」卒と国立大理系DS学部、採るならどっち?

武蔵野大学データサイエンス研究科修士課程)が4月1日始動2022年には博士後期課程開設予定(設置構想中)

武蔵野大学大学院東京都江東区 学長西本 照真)は、13番目の研究科となるデータサイエンス研究科修士課程)を2021年4月1日に有明キャンパス東京都江東区)に開設しました。研究科長には清木 康が就任し、先端的データサイエンス研究教育システムにより、時代の変化を先導する国際的リーダーとなる人材を育成します。

https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000023.000067788.html

いろんな私大データサイエンス (DS) 学部とか学科とかコースとか設置してるけど、実際DS人材を欲する企業からしたら、そういう文系メインの私大の、DS学部・院卒と、国立大DS系 (統計機械学習) は専門じゃないけど、理工系学部でした、って人がいたら、どちらを採るのかな。カリキュラムとして整備された知識体系を身に着けた人材と、「地頭」どっちを優先するのかな。

DS企業 (専業じゃなくても、積極的事業DSAIを取り入れている企業) が採用する確率が低いとしたら、私大DS学部に入って卒業する人は、「社会で役立つ知識!注目される業界!」とか言って受けてきた授業が無駄になって、なんかかわいそうだな、とも思うけど。

追記: 国立大である滋賀大学DS学部でも、就職実績として、別にDS企業目白押しでもなくて、普通情報学部の進路と変わらないね

https://www.ds.shiga-u.ac.jp/about/ds/career/

2021-04-26

anond:20210426174012

日本人評価するのは、お勉強して難しい言葉を覚えた偉そうな人ではない。

現場で汗を流している人が一番尊いよ。

iPSの山中教授だって自分の足でマラソンに参加して研究寄付金を集めてる。

そういう所を日本人尊敬してるんだ。

他の教授だってそう。

地方オープンキャンパスに行ったら、東大博士教授が汗を流しながらプレートで焼きそば焼いて、お昼ご飯お土産として訪問してくれた高校生に配ってる。

そういう教授なら余所者だろうと、地元の町のおっちゃん達も尊敬する。

日本人にとって大学って本当にゴミなんだなぁ

最近Youtubeドキュメンタリー系の番組をみているんだけど、

海外の名門と言っていい大学を出た後に、総菜家とかケーキ屋の家業を継いでいるって人がいて驚く。

1年行くだけで1000万近くかかるような、超絶名門を出ておいて全く学んだことと関係ない家業を継ぐとか

何のために留学したんだろうって、とても不思議に思ってしまうんだよなぁ。

自身は、高卒プログラマやってて、高卒であることを馬鹿にされて頭に来ていた事と

プログラマをやっていると、数学コンプレックスというか、学問をしらないことがハンデに感じる事も増えて来て

28歳の時に進学を決めて2年ほど受験勉強をして、30歳の時に仕事を辞めて東京某国立大学に入った。

特定されると困るのでボカすがw)

仕事をしながら毎日6時間勉強するのは地獄だったが、入学後は更に地獄で、今は大学院博士課程にいる。

で、片手間でかつての会社から業務委託仕事も受けている。

論文も採択されたし、鬼の様に勉強してきたので、もはや学歴コンプも、数学コンプも消えた。

かつては高卒からアルゴリズム分からんかな?と時に揶揄気味に聞いてきた元同僚に、俺が技術を教え、最新の論文解説し、指導する。

「お前はすげぇよなぁ。卒業したら返って来いよ」なんて言われると、俺のコンプレックスは完全に消えたなって実感するよ。



俺にとって大学天国でもあり地獄でもあったし、この経験わずか年間50万程度の学費で手に入れたにしては大きすぎる価値があった。

それをあっさり捨ててる連中は、本当にアホだなぁって思う。

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