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2018-08-14

共有できる文化がない相手セックスがしたいなら

見えないデートコード存在に不満が発生するのって、要するに文化度の差というか、自分理解できないコンテクストに常住してる「高望みな女」をどうかしたい、でも出来ないという、分不相応な男の嘆きなのでは。

高望みな女」は男からはもちろん他人全般から接待され慣れてるし人的交流も多いだろうから、目も肥えてるし場馴れもしてるわけで、デートの店選びのコードが難しいと嘆くタイプでは太刀打ちが難しいだろう。

同じ文化圏に住んでる女とのデートであれば店選びで罵倒されることは少ないだろうし、同文化圏なんだから背伸びしてエスコートしようとしないで女に任せてもいいわけだが、同じタイプの女の中から選択したくないレベルしかいないということなんだろう。

しかしそれは鏡に映る自分の姿だ。

デートコード否定するのは、自分がそのコードを読み解く能力がない=そのコミュニティには属してないし属す努力もしたくないのに、不相応な下心を行使しようとして上手くいかなかった結果からくる負け惜しみのようなものかもしれない。

婚活については、あれは不器用市場だろうから業者が「この女性デート約束ができたらこういう店に行くといいですよ」みたいなサジェスチョン機能とかつけられないかね?ぐるなび食べログあたりと提携して。年齢とか年収とか趣味とか居住地、勤務地である程度絞り込めるだろう。それでいろいろハッピーなんじゃ。

2018-08-13

anond:20180813183202

躾というより、できないことへの見下しがすごいなーと思う。同じ小学生でこんなん多かったら、ちょっと不器用な子は生きていくの大変そう

2018-08-12

姉が帰ってくる。

姉の話をする

初めに、俺は姉と二人姉弟で、年齢差は3歳差だ。

俺たちは自営業の親のもとに生まれて、今は親父の仕事を俺が継いでいる(とはいえ親父もまだ現役である

田んぼに囲まれた片田舎で、通学はバス通学。

車はおろか車輪のつくものを持っていなければ街にもいけない。

近所の子供は両手に収まるくらいしかいない上に同級生は1人だけ。

そんな田舎で俺達は伸び伸びと成長した、と思う。

俺と姉は割と姉弟仲が良く、遊び相手としてはちょうど良かった。

姉はなんだかんだで弟である俺に甘く、喧嘩はすれど結局は譲ってくれることが多かった。

から俺も結構姉に甘えていたんだと思う。

ちなみに、反抗期対象は姉だった。

何かと姉の言動が鼻に付いたのだ。

姉は、弟の俺が言うのもなんだが、そんなに頭がいいわけでもなく(一緒に公文式をやっていた)、俺よりも字が汚く(同じ習字教室に通っていた)、俺よりも運動ができなかった(同じ武道をやっていた)。

言ってしまえば、姉が何かで表彰されるたびに、俺がその一段階上の賞をとってしまったり、身体能力を上回ったりした。

そして何より、姉は、ゲーム音痴だった。

から多分、当時の俺は見下していたのかもしれない。

姉の優しさに甘えて、姉の言動に一々噛み付いていた。

しかけてくる姉に、苛立ち、ドジをする姉に虫唾が走り、それでも朗らかに笑う姉にどうしようもなく腹が立った。

その頃の俺は中学生くらいで、生徒会をやったり、部活をやったりと忙しく駆け回っていた。

一方の姉はといえば、第一志望の高校に落ちて、県立の進学校へと通い、中学時代は学年10位以内をキープしていたのとは反対に、学年のワースト10から数えたほうが早いという堕落しきった学校生活だったのだ。

からそんな姉に、たぶん矛先が向いたのだろう。

そんな姉への反抗期は、俺が姉の落ちた高校に受かり、姉は短大へ進学したあたりで収まった。

気付けば、俺は高校サボりがちになり、姉は短大バイト自分で立ち上げたサークル活動と忙しく駆け回る。

まるで正反対だと思った。

姉は、本を読むのが幼い頃から好きで、小中高と多読ランキングに名を連ねており、姉が進んだ短大も、司書育成の短大だった。

そんな姉は今、東京にいる。

嫁さんをもらって、親父の仕事を継いで、地元に腰を据える俺と正反対に、独身の姉は東京派遣社員をしながら飲食店バイトをしている。

姉の部屋は色々あり、既に物理的に存在がなくなって、今は、年に一度、実家の手伝いに帰ってくる。

ばかで不器用で鈍い姉は、土産センスだけは、とても良い。

2018-08-10

はてなー創作作品にたいして軽視がひどい

前略、主語が大きい

「試しに抱いてみます? ほれほれ」 自分アピール不器用すぎる後輩女子漫画にニヤニヤが止まらない のはてブ

http://b.hatena.ne.jp/entry/nlab.itmedia.co.jp/nl/articles/1808/08/news018.html

ちょい前のbuhitterでは全力で擁護してたのに、この創作作品の内容を軽んずるコメント散見するのなんでなん?

2018-08-08

優生保護法撤廃への私怨

アスペルガー症候群の彼を、殺そうとした私

https://twitter.com/nandemonaisouda/status/1026997591727169538?s=21

読んだ。

結論から言うと、絶対子供を作らないで欲しい。

尊大ASD人間子供を愛さない。

他人の嫌なところを受け入れないし、子供という不安定な生き物の面倒は見ない。

私の主観的意見を述べると、このような人間が親になるのは受け入れられない、去勢すべきだと思っている。

発達障害の末路の一つとして、我が家を紹介しようと思う。

ASDの診断を拒否している父、カサンドラ症候群の母、発達障害診断済の自分

発達の親を持った子供地獄である

今なら即離婚だろうが、自分の親の世代にそんなことは許されなかった。

父のASD気質については記事と同様なので、ひとつだけ紹介する。

幼少期、父に殴られて転倒し、床で顔を打って歯が折れた。

私は血まみれになったが、父は「じゃれただけ」と言ってヘラヘラしていた。

嘘ではないと思う。

他人に対する想像力が欠如したのがASDだ。

子供からといって加減はない。

「じゃれただけの」父の暴力で随分怪我をした。

成長とともに負傷は無くなった。


そして大人になってから、私への遺伝が発覚した。

思えば父の親戚一同、温和な母方と対照的に、記事に出てくるような典型的ASDばかりで、人間関係トラブルに事欠かない人たちだった。

父にも診断を求めたが、現状「俺を障害者扱いするな」「俺は困ってない」と言って診断拒否されている。

母と私は大いに困っているが、まあ父の知ったことではないだろう。

ASDとはこう言う生き物なので仕方がない、いきなり治ったら苦労しない。


発達障害の親の虐待リスクは、健常者と同様だろうか?

私はそうは思えない。

私が生まれた時、日本ではまだ「優生保護法」が現役だった。

あの時もっと発達障害が分かっていれば、父は合法的去勢され、私は生まれずに済んだ。

両親が私を産んだことも、優生保護法が父を看過したことも許せない。

私のこれまでの人生は発達にありがちな悲惨さを伴った平凡なものだ。

だが結果として30歳を過ぎて無職という現実がある。

障害者求人身体しか取らない。

大多数の健常者が悪いのではない、不況の中福祉リソースが足りないのだ。

現実的に福祉関係者でもない健常者が、精神障害者特に発達障害雇用するコストは凄まじい。

記事を見ればわかるだろう、発達障害にはしばしば加害性があるからだ。

社員が病むリスクやケツを拭くコストは、国の200万円ぽっちの補助金ではとても賄えない。

自分の親も60歳が見えてきた。

このまま、自分をぶん殴った発達を無職の発達が介護するのかと漠然と考えている。


発達障害子供を作らないべきだ。

交際関係なら被害者が1人で済む。

だが子供は?

発達障害家族性の割合は、40歳高齢出産ダウン症リスクよりも高い。

世に出てくる発達障害成功者ばかりだ。

だがその裏に無数の敗残者がいる。

疑う人は就労支援施設でも覗いてきたら良い。

コミュ障でなんの特技もなくただ不器用就労できず家族が養うしかない、人間の失敗作である

障害者の親がそんな手間のかかる子供を面倒見られるはずがない。

母は夫と子という障害者に挟まれ、体を壊し、彼女の健常者としての人生破綻した。

私は生まれるべきではなかった。

記事カップルにも絶対子供を作らないでほしい。

2018-08-05

anond:20180805154720

これ見てふと思ったんだけど

メスさばきって勉強できるかどうかは全く関係ないんだよね。

勉強できるけどものっすごく不器用な人がメス握ってるかもしれないんだよな。

アル中とか。

2018-08-02

好きなお酒は?

ワカメ酒!

って答えるといつもウケが悪い。

不器用から亀甲縛りしかできないって言った時と同じ顔すんの。

これだから女は。

2018-07-31

来月、友達結婚する

来月、友達結婚する。わたしの大切な友達友達、って言い方って何だか子どもっぽい気がして、今では友人ということの方が多いのだけど、友達出会ったのは2歳のときからこちらの方が合っていると思う。だから今日も、友達と呼ぶことにする。

先に書いたように、友達出会ったのは2歳のときだ。お互い母親がどちらかといえば教育熱心な方で、生まれからたった2年でわたしたちは英語教室に放り込まれた。ピアノ教室にも。わたしは今ではそのどちらもできない女になり下がってしまって、母には申し訳ない気持ちが少しだけある。友達はというと、英語の方は同じくダメで、ピアノの方はいっとう得意だった。今はどうなのか、正直よくわからない。というのは、わたし友達の鍵盤を叩く音を聞いたのは、高校生の頃が最後からだ。彼女ピアノは格別というわけではなかったけれど、それでもわたしには心地よくて、あの頃は頻繁に聴かせてもらっていたように思う。

彼女わたし親友と呼んだ。それから、"親友"のわたし特別に聴かせてくれた曲があった。それは彼女オリジナルの譜で、たった8小節の短いものだった。今更だけれど、あれは友達にとっては譜ではなかったのかもしれないと思う。曲ですらなかったかもしれない。あれは彼女の指の体操だったとした方が納得がいく。けれど準備体操にしては、あの調は美しすぎただろう。

あの頃わたしは今よりもさら子どもっぽくて、友達意識を浚っていく全てのものに妬いていた。ただそれを表に出すことは終ぞ無かったつもりだ。そう思いたい。わたしは誰から見ても彼女の一番の友達であったし、それがわたしの全てだった。

朝、ホームルームの前に隣の教室のドアを開け放って、愛してるよ!と叫ぶと、おはよう、と色んなところから声を掛けられた。友達もそうだった。わたしは一度も休んだことはなかったし、高校生一年の登校日数は175日だというから毎日毎日たぶん175×3回は繰り返した告白は、周りから見ても、友達から見ても、わたしなりの挨拶の仕方にしか見えなかったらしい。それでもよかった。彼女に彼ができたときも、彼女都心大学に進むことをたった1人で決めてしまったときも、わたしは笑っていた。嫉妬に狂いすぎた心は壊れてしまって、わたしは一時期、上手く笑うことができなくなった。即ち端的にいうと、心を病んだ。それでも、全然よかったのだ。

わたしは1ヶ月くらい前に届いた結婚式の招待状を、ビリビリに破いたりすることはなくて、何を着て行こうかなぁ、なんて考えながら、例の8小節を口ずさんでいた。

友達結婚する人は、高校生の頃の彼ではない。もっとずっと後になってから出会う、焼けた肌にスーツが今ひとつ似合わない、一つ年上の垢抜けない男の人だった。不器用で、何だか生きにくそうな人だった。けれどとても優しそうな笑顔が、わたしはいいなと思った。

彼女都心大学に進んでからも、わたし彼女の"親友"であったように思う。何故ならわたし彼女大学に進んでからも四年の間、一つ屋根の下で暮らしていたからだ。いわゆる、ルームシェアわたし彼女を追いかけて都心に出ていくことになったわけではなく、目指していた大学に悉く落ちて、そこ以外に行くところがなかったのだった。友達は聡く、わたしが目指していたような大学よりももっと上の大学に、するりと入ってみせた。わたしたちの大学は存外近く、彼女が一緒に住もうというのでそうした。友達イヤホンを刺せるタイプ電子ピアノを置きたがり、わたしは好きにしたらいいよと笑ったのだけど、結局空けたピアノが置けるだけのスペースが埋められることはなかった。そこはずっと空っぽだった。わたし友達も、それについては何も言わなかったけれど、わたしたちは大変上手くやっていたし、ルームシェアに付き物の揉め事みたいなものも、結局経験することはなかった。友達女子大での4年間をたっぷり勉強に費やし、さらに賢くなった。年がら年中バイトで汗を流すわたしはえらい違いだった。お互い彼は4年の間いなかった。お互いに就職して、ルームシェアは解消した。就職してすぐ、友達には彼ができた。そしてその次の彼と、友達結婚することとなる。

わたし人生において、彼女を奪い去っていったものの中で、わたしが唯一妬かなかったのは、彼女が来月結婚する相手だけだった。きっとこの先、わたし彼女が手にしたもの全てを受け入れ、愛することができるだろう。そんな気がした。だから招待状をビリビリに破いたりしなかった。新調する予定のドレスだって、破いたり、捨てたり、焼却機に投げ入れたり、そんなことはしないと思う。

彼女がこのようなサイトを覗くというのは些かイメージに合わず、ない、と断言しても良い気がする。とはいえ見つかったところで、という気持ちもある。友達は来月、滞りなく結婚する。そして幸せになる。そこにわたし意思存在しない。

最後に、友達との一番の思い出を挙げてみようか。またあの曲の話かと思う人もいるだろうが、残念ながらそれは違う。彼女との一番の思い出は、間違いなく大学二年生の春にディズニーシーに行ったことだ。あるいは、卒業旅行と称して温泉に行ったことだ。何だ、つまらない。そう感じるだろうか。普通友達じゃないか。全く、その通りだ。わたしたちは普通の、どこにでもいる友達同士だった。それに、一番の思い出なんていうのはそんなものだろう。振り返って、頭に浮かぶもの全てを思い出と呼ぶのなら、わたしたちには思い出が少しばかり多すぎる。なんせ、わたしたちは2歳のときから、22歳になるまで、ほとんど毎日顔をつき合わせていたのだから。だから思い出なんて名前をつけるのは、こんなもので十分だ。それ以外のことは、人生とでも呼んでおけば良いだろう。本当に、素晴らしい人生だ。

この間カフェで久しぶり(といっても2ヶ月くらいぶり)に会ったときに、同じく久しぶり(こちらの方は高校生ときぶり)に、愛してるよ、と言ってみた。友達はあの頃と変わらない口調で、おはよう、と返した。ちょうど日が高くなり出した頃だった。結婚おめでとうと告げると、ありがとうと笑った。それでわたしは、彼女のことがどうしようもなく好きだったんだと思った。

8小節の出だしを、わたしは忘れてしまった。

2018-07-30

田代まさし麻薬に手を出した理由

本人が言うには周囲の期待に応えなければならないプレッシャーから逃れるために始めたらしい。それが本当なら真面目で不器用な人と言える。今の40歳前後の中堅芸人自分が二流であることを受け入れ適当仕事をしているが田代まさしはそれができなかったようだ。

現在芸能界で周囲から過剰な期待をされている人といえば誰だろう。私が思うに有吉やマツコあたりではないだろうか。渥美清インタビューで「自分スーパーマンを演じる役者であり、スーパーマンではない」といった趣旨の話をしていたが、プレッシャーに押しつぶされないためには自分能力を冷静に評価し過剰な要求に応えない勇気必要だと思う。

2018-07-26

就活できる気がしないので死にます

就活うまく行く気がしない。というか、うまくいかない。

死にたい。というか、死んでやる。死ぬさよなら。それくらい辛くて仕方がない。

元々不器用生き方しかできなくて、今までもっとつらいことも沢山あった。

でも、こんなにダメなんだからもう一生ダメなんでしょう。また乗り越えてもきっと同じことを繰り返すだけだ。疲れた

最終選考まで行ったのに不合格だった。

食事会まで行ったのに。ご飯食べながら話すのが苦手で、声は通らないし、うまく話せなくてもどかしかった。もっと話せればよかった。

(落とされた理由はそこじゃないと思うけど)

すごい良い人達だった。

会社の人も、同じ受験者も。

この人達と働けたら幸せだなと思った。一生懸命頑張ろう、って。

けどもう一生会えないし、話すこともない。

作文下手くそだったかな、面接ではうまく言葉が出なかったな、そんな後悔ばかり。

素敵な会社だと思ったし、やっと自分内定が貰えると思ったのに。

友達は全員内定貰ってる。

私だけだ、内定がないのは。みんなが気遣う空気が余計つらい。そのまま酸素がなくなって死んじゃえば良いのに。私なんて。

せめて、大学卒業はしたい。ここまでお金かけて育ててくれた両親に申し訳なさすぎる。どうせ死ぬならキリよく死ぬ

卒論書いて卒業式出たタイミングあたりがベスト。でも待ちきれなかったら年内。

タイトル通りじゃなくてごめんな。でも、あと1年後にはもういないので。必ずいないので。

その時気が変わるとかもない。気が変わらないように書き込んでおく。

あとやる時はちゃん迷惑かけないように自分でやるし、残された人達が不便になるようなことはしない。

この一年荷物とかも片付ける。穏便に死ぬ。なのでその点は安心してください

死にたいと思っても何回も踏みとどまってきた。でももう踏みとどまる理由はない。

だって生きててもどうせつらいもん。

面接ありがとうございました。

おかげで踏ん切りがつきました。良かったです。

2018-07-25

深夜のコンタクト装着練習

カラコンをふと装着しようと試みたものの、まつ毛に当たってへにゃってしまう。

ビューラーで短いまつ毛を避け、ようやく入ったものの、目が小さい(まぶたが重たい)ため、カラコンはほぼ見えない。

控えめなデザインにしたのは間違いだったか。仕方ない、バランスをとるため、二重のりとマスカラもしてみた。

今度こそ、と確認すると、わたしは充血したガタガタ二重の女になっていた。かわいいどころではない。ただ怖い顔。呪いでもかけていそうな血走った目。

外すのもまぶたが邪魔をして難しかった。目が小さい(かつ不器用だ)とこんな大惨事になるのか。

友だちは何ともない様子でつけてたのに。ネイルした手でもしてたし、話をしながら、ものの数秒でササッと装着してた。彼女らが別の生き物に思える。

かなり勉強になった。朝までに充血引きますように。

2018-07-24

食べ物飲み物に擬音や音をつけるの気持ち悪い

最近だとモグモグとか。ほほえましいはずの場面も食べてる音を感じてしま台無し

さっきは一口飲むことにゴクリとつけているのを見た。1ゴクリ20ccだからどうこうと。想像しただけでも気持ち悪い。

クチャラーは即射殺

永谷園は昔やらかしてた。それ以来認識してる範囲では永谷園とはご無沙汰だ。

昔の日本映画はよく食べるシーンに音をかぶせてた。なんでつけるんだろ?気持ち悪さとセンス無さだけが残ってる。

落語も食べる場面にわざわざ音をつける。時そばなんて最悪でまったく集中できない。それだけ志ん生うまかったんだろうな。

実際に食べるときは多少の音は仕方ないし、そばラーメンを無音で食べたりするほど不粋ではないと思ってはいるが、やはりわざわざ音をつけるのは嫌悪感しかない。

そばラーメンをすすれないと称して不器用に拙く食べてる連中も芝居がかっていて食事の場に相応しくはない。

2018-07-22

ルパパト17

16話の最後17話の予告が流れる。見ず知らずの特別かわいくもない女が、私の朝加圭一郎に惚れているらしい。目眩がした。

私は朝加圭一郎のりあこで、朝加圭一郎とつかさが同期以上の関係になろうものなら脚本家脅迫文を送りつけてしまうかもしれないタイプだ。17話の放送日が近づくにつれ胃は痛むし、放送前日はなかなか眠りにつけないのに、当日は早く目覚めるという最悪のコンディションの中当日を迎えた。

結論から言うと、末那のことは死ぬほど羨ましいけれど、朝加圭一郎のキャラクターが確固たるものとなったのでその点は感謝している。というわけで17話を振り返る。

末那「また、バイト先で余ってしまったので。」

圭一郎「いつもすみません、末那さん。職場が明るくなるって、みんなで感謝してます。」

末那「…みんなで?」

圭一郎「はい!みんなで。」

末那「…よかったです!」

圭一郎「これ、お礼というか、お貸しします。ご自宅でレコードが聴けるって仰ってましたよね。」

末那「ありがとうございます!…あっ、あの、あの…今日お仕事が終わったら、一緒に私の家で聴きませんか?」

圭一郎「俺は何度も聴いてますから特に一曲目の『秘めた想い』は一人でじっくり聴くのがおすすめです。じゃあ、失敬。」

家で一人でレコード聴く朝加圭一郎ってなに!?しかも「秘めた想い」とかい片思い拗らせてますみたいなタイトルの曲を!?え?昔なんかあった?鮮烈な片想いでもしてた?禁断の恋か?それはそれでまた無理案件からちょっとまじでやめてほしい。しか音楽聴くのは結構意外だったし、この「秘めた想い」はクラシック系のやつだから片想い相手想像してしまうんですが?やめてくれ?

から家に誘われて、誘われた意味に気付かず断るという最高のスルースキル持ちで命を落とさずに済んだ。しかも貰ったお花を置いて立ち去るの、本当は嫌いなんじゃないか?という余白さえ与えられているよなありがとうそれから職場が明るくなる〜」の台詞社会人として真っ当な振る舞いができるのが朝加圭一郎の良さが伝わってきて最高です。ありがとう脚本

咲也「そんな洞察力じゃ警察官失格ですよ!末那さんがお花をくれる理由、分かんないんですか?」

圭一郎「だからバイト先で余ったからだろ。」

咲也「違います!あぁもう、なんで分かんないかな!ほらジュレで初対面のときから盛り上がってたじゃないですか!」

圭一郎「それは、音楽趣味が偶然にも一致したから。」

つかさ「咲也、やめておけ。こいつには一生分からん。」

ジュレで初対面なのになぜ音楽の話で盛り上がる?私はそれが知りたい。私もジュレに行って音楽趣味が一緒ですねって話し掛けるから参考にさせてくれ?そしてつかさも分かった風な口を利くな!お前はただの同期だからな!

圭一郎「今夜、オーストリアへ?」

初美花「だから、末那さんの気持ち、受け止めてあげてください!」

咲也「先輩、はっきり言いますけど、こんなチャンス二度とないんですよ!」

圭一郎「しかし…急にそんなこと言われても…。」

突然姿をあらわし、圭一郎の向かいの席に座る末那

末那「なんかすいません!」

圭一郎「いえいえ」

末那「あの、これ、ありがとうございました。」

圭一郎「いえいえいえ!」(机に頭をぶつける)

末那「あっ!大丈夫ですか!」

圭一郎「だいじょんびです、いや、だいじょんぶ…」

魁利「だめだこりゃ

透真「初美花」

初美花「サービスです!飲んで落ち着いてください!」

圭一郎「あ、ありがとう。」

末那「あの、これ。」

圭一郎「ど、どうも。…あの、末那さん。」

末那「はい。」

圭一郎「留学されると聞きました。ご健康とご多幸をお祈りします。」(敬礼

末那「…ありがとうございます!」

圭一郎「すいません!以上です!」

初美花まじでお節介からな?ここで圭一郎が「末那さんが自分のことを好いてくれている」と気づくんだからな?まあ気付いてもなお気持ちに応えられない選択をするわけですよ本当によかった。咲也が「こんなチャンス二度無い」と言うけどそんなことないからな!?覚えとけ!

健康とご多幸をお祈りした圭一郎に対して外野が肩を落とすのに対して、茉那は嬉しそうな表情をするのがハイパー分かる。無理だと分かっているならこうして断られたい文句ナンバーワン。私もご健康とご多幸をお祈りされたい。ずるい。

初美花「なにしてるんですか!?戻ってやり直してください!」

圭一郎「いや、緊張してこれ以上は無理だ。」

初美花「末那さんの気持ち、分からないんですか?」

圭一郎「おれの使命はギャングラーを倒し、世界平和を取り戻すこと。今はそれしか考えられん。」

えっ最高…。ギャングラー殲滅するまで恋愛しないってことが公言された。これでつかさとくっつくルートも消えたんだよね?ね?そうだよね?絶対匂わすなよ?頼むぞ?初美花くそお節介だけど、この台詞を引き出した初美花が17話のMVPだよ。

初美花「どうして空港に行かなかったんですか。末那さん待ってたはずなのに。」

圭一郎「俺は二つのことは同時にできん。不器用なんだ。」

初美花「意味わかんない。最低!」

つかさ「損な性分だな。」

圭一郎「痛み入る。」

圭一郎の言葉を引き出す初美花が17話のMVPだよ(数行ぶり2回目)。いや今日日痛み入るて!と正直つっこんでしまったけど、自分性格をよく分かっていてそれを年下の女の子にきちんと伝える感じが最高です。

こういう感じで末那の恋は実らないし、圭一郎は「ギャングラー殲滅するまで恋はできない」という言質が取れたので万々歳。つかさと仲良くなるのはやめろ。頼むからつかさと魁利にしてください、香村さん。

2018-07-20

これが過集中か。

何だかやってることが、ぶつ切りだ。衝動的に行動することは出来ても、継続して計画通りにやれない。。

上手く出来るときは3日ぐらいから一カ月ぐらいまでテーマを決めて何かやれるが。

ぐったりして、何も出来ないときは何も出来ない。

1日で長くても4時間ぐらいしか、集中できない感覚だ。それがハタチから20年ぐらい続いている訳だから改善のしようもないのか。

発達障害?ああ、そうだ、そのように診断されたが。

  

なんか、普通に働いてもいじめられているように思うし。

学生時代友達とも、疎遠になっている。

  

なんか、月に1度の風俗、ぐらいが生きがいなのか。

手先が不器用からパチンコにハマることはなかったし、アルコール依存父親身体を壊してメンタルも病んだ様子をみたので、あれだが。

  

お金払って性的サービス受けて、一時の快楽に身を委ねる以外に救いがない。

運動は、今熱中症の恐れがあるのでやれないでしょ。

瞑想?うーん、今日は気分が乗らない。

野菜今日は、乾燥ワカメコンビニパスタサラダビタミン剤を摂ったかな。

食欲もない。

  

睡眠、うなされる。働いていた時の人間関係やら親子関係やら、充分に眠れない。悪い夢をみて疲れが取れない。

  

通院?服薬?コンサータも、話だけ聞いて終わった。。睡眠導入剤は手放せない。

  

うーん。どーすりゃいいんだよー。

家族?仲間?カウンセリング?どれも、ピンとこない。話してみてもイマイチだった。

いや、なんか、自分には救われる資格なんてないのか。

からない。。

このまま何もスキルも上がらないまま50才を迎えてしまうのか。

  

なかなか、簡単には伸びない。。  

2018-07-18

君っていつも抜けてるよね」

私はよく物忘れをしたり、物を落とすことをしてしまう。ドアや炊飯器のふたやクーラーボックスの蓋をよく閉め忘れる。会計の時に財布を忘れて店を出ようとしてしまう。また、物をうまく結べなかったりする時が多い。他の人と比べてすごく不器用な方だと思う。

その「くせ」がADHDという発達障害に起因するものだと大学生の時病院で診断されてから、ある程度受け入れる一方で、ああやっぱりそうだったんだな、と納得はいくけど「普通の人」ではなかったんだなと悲しい気持ちになった。

仲のいい友人たちもちょっと「抜けてる」人が多い。だから、みんな遅刻もよくするし忘れ物もよくする。でも、誰も怒らない世界から、そこでは気楽に過ごして皆ある程度のことは許されている。

ただ、それは月1だったり月2,3で会う友達からこそ「まあいっか」と許容できているんじゃないかと思う。

それが毎週のように会う恋人だった場合状況が変わってきてしまうのだと思う。

最初恋人は、私がそういった抜けている部分を見るのが許せなくて暴力暴言をたくさん振るってきた。机からコップを落として水をこぼしたら、10回ほどお腹を殴られた。その人の気に入らない「私のくせ」をつい出してしまうと、「お前はどうしていつもそうなんだ」と怒られた。最初は、そういったドジをして謝った時、頭を撫でながら慰めてくれた。でも、一向に直らない私の姿を見てイライラするようになったのか、上記の行動に走るようになってしまった。結局、我慢できなくなってこちから連絡を切って別れた。

2人目の人は、暴力は振らなかったけど、私の行動に対して最初から気になっていて、その人本来性格もあって「○○(私の名前)ちゃん、それヤバイよ。絶対直した方がいいから。」と逐一言ってきた。関わる期間も短かったかあんまり覚えてないけど、いきなりLINEで「お前はほんとそういうとこダメだな」と連投してくるのがとてもしんどかった思い出がある。

3人目の人だけは私がどんなドジをしても怒らなかった。その人も私と同じくらいADHD傾向のある人で、すごく寛容な人だった。「こんな私を受け入れてくれるなんてすごい」と思って感動してしまった覚えがある。それが嬉しくて、今までで一番長く付き合った。でも、その人はお金に対してすごく不器用で、段々と私に対してお金をせびるようになってきてしまった。「ああ、結婚したら私が稼いだお金もこの人の散財に使われちゃうのかな」と怖くなって別れてしまった。

今、好きな人はすごく優しくて、ちょっと変わっているけれど大事にしてくれて本当に好きだ。

でも、その人にもついに「そういった抜けてるところがすごく心配で、将来を一緒にやっていけるか不安から直して欲しい」と言われてしまった。

今まで好きになった人の中で一番魅力的で好きだと思えていた人だったから、最初そう言われたことがすごくショックだった。「この人も、1番目の人や2番目の人みたいになっていってしまうんだろうか」と怖くなってしまった。たとえ、そうならなかったとしても大好きな人無意識イライラさせてしまっていた事実がすごく辛かった。

正直、私に対して「直して欲しい」と言ってきた人は結果的に私に対して及んだ行為は酷かったとしても、その人の性格だけの問題ではないと思う。距離感の近い人間がそういった抜けた行動をしているのを何度も見ていると、ついイライラしてしまうのだと思う。そういった感情に左右されて相手非難する行為は「モラルハラスメント」だったとして、その感情を生まれること自体否定してはいけないと思う。

かに今までされてきたことは酷かったことは多いけど、そもそも私の「抜けてるところ」のせいでこうなってしまったと言えるんじゃないか。似たような出来事がここまで重なってくると、もし、私が抜けていなかったらもっと良好な関係が築けたんじゃないか、と思えてくる。

どう捉えるべきなのか正直よくわからないけれど、同じことを繰り返すのは怖いという気持ちでいっぱいになっていて、とにかくADHDに関する本を読んでみたり、発達障害を診てくれる病院にまた行ってみようという気持ちになっている。

家事は余裕。主婦ヌルゲー。

よく主婦主夫家事子育てが大変だとか、時給に換算すると、なんて話題が挙がる。けど、それがどうしても理解できない。

人それぞれ性質が異なるから「人による」と言われればそれで終わりだけれども。

私は新卒入社した会社に9年ほど勤めて、知人に声をかけられて転職して、そこで3年働いた。

その後いろいろと経緯があって主婦になった。

朝はお弁当と朝食を作り、家族を車で送り届け、洗い物をして、掃除洗濯アイロンがけや買い物を済ませる。夜は夕飯の準備をして家族を迎えに行き、夕飯を済ませたら片付ける。

庭の植物ペットの世話もある。子供ができれば子育てが加わる。意外と雑多な用事が生まれ時間を取られることが多い。特に子育てが加わると。

こうした一連の家事をしていて、経験して思うのは、とにかく働くことに比べると天と地ほど差があって、とにかく楽だということ。

子育ては常に流動的で、柔軟な対応が求められるので少し気疲れする。何か他のことをしていてもほっぽっていかないといけない。夜中も気が抜けない。

でも仕事に比べたら本当に楽だ。

子育てに関しては子供好き(ただかわいがるだけじゃなくて、実際に経験しないとわからない大変な世話を含めて)かどうかで大きく分かれると思う。本当なら子供好き以外は子供を持つと消耗するから持たない方がいいんだと思う。

主婦としての時間はどれくらいかかっているかと言われると難しい。

なぜなら項目としてあげられないような細かい作業も多いし、待ち時間も生まれしまうから。ただ朝は6時ころから、夜は24時ころまで何かしら手がかかる。子供が小さい時は夜中も。

それでも仕事に比べたらとにかく楽で、相手には申し訳ない気持ちが常にどこかにあった気がする。

仕事との一番の違いは、子供の世話も含めて基本的には自分ですべて時間タスクコントロールして効率的に進められる点。

そして、何よりプレッシャーがない点が大きい。

元いた職場は、ホワイト企業だったと思う。

外資系で、オフィス設備もきれいで最新だった。休みは前日でも当日でもいつでも好きにとれたし、私服OK。自宅勤務OKフレックスタイム制はいわゆるコアタイムもなく、個人裁量でいつどのようにとってもOKだった。

ただ仕事をしていると、とにかく失敗=会社顧客の損失であり、少なくとも表立ってはわからないできないが許されない。周りには基本的に敵(利害関係者)しかいない。

1つ1つの案件お金を出す顧客からすると重大事で、仕事が始まる前と終わった後にしか和やかな雰囲気は生まれない。

職種にもよるだろうが、少なくとも管理職になればこのような苦労が大なり小なりあると思う。

おそらく労働時間でいえば、主婦の方が長いとは思う。

でも、利害関係者に振り回されずに自分ですべてコントロール出来て、強いプレッシャーがない家事は、例え家事子育てでろくに睡眠時間がとれなくても、私にとっては楽で楽で仕方がなかった。たまに面倒くさくはなるけれど。

ある程度こなれてきて、空き時間を好きに使えるようになるとなおさら楽になった。

子供も二人目が中学生になって手がかからなくなってきた。

会社員として社会復帰しようかとも思ったけど、家族相談して自宅で事業を始めてみることにした。

まだ今後も家事はすべてやっていくけれど、振り返ってみても、仕事よりはらくちんだなぁという感想しかかばない。大変なことも楽しいこともあったけど、圧倒的に楽しかたことの方が多い。

から、なんで家事がつらいとか、家事いかに大変かをアピールしたがる人がいるか理解ができない。

よっぽど不器用なのか、生まれ持った資質として家事子育てに適性がないだけなんだろうか?それなら理解できる。

あるいは自分がしていることが大変だと周りに認められることで満足感を得ることが目的だろうか?それも理解できる。

でもそれだけでは済まないほどに、こうした意見を目にする機会が多い。

その一方で、ガーデニング手芸習い事カフェ巡り、お菓子作りなどの趣味を楽しむ余裕のある主婦も多い。

単純に辛そうにしている人は家事適性が低くて、そうじゃない人は家事適性が高かったっていうだけなのかな?

2018-07-16

公務員の親父が新人時代うつ病になりかけた話

俺は地方公務員志望の大学生で、これを書いた数週間後、もう一度地元に戻って二次試験を受けることになっている。

公務員を志した理由は色々あるけど、「同じ地方公務員の親父の影響も多少はあるかなー」って思ったりする。

から書く話は、一次試験に受かった後で親父から聞かされた、過去の苦労と俺へのエールが入り混じった話だ。

俺の親父は地元を出て都内大学に入り、公務員試験に受かった後、地元県庁マンとして働き今に至っている。親や人としては、やや偏屈で口数が少ない点を除けば、家族思いで優しい真面目な人である

親父が大学三年だった当時、世の中はバブル真っ只中で、『景気がいいのに給料企業と比べて安い公務員になるなんて馬鹿馬鹿しい』というのが世間認識だった。

もちろん大学内でも同じで、親父が在籍してた学部の中で公務員を目指すヤツは親父含めてごくわずかだったし、その話で仲間や友達からよく笑われていた。「公務員とかやめてサラリーマンになりゃいいのにww」みたいな。

親父は『不器用自分絶対会社荷物になるから』という理由公務員を志したので、別に無欲という訳でも、未来予測ができるほど頭いい訳でもなかった。嫌な言い方をすると、逃げで公務員を目指していた。

そして大学三年の三月に、バブル崩壊が起こった。

先輩達(四年生)の内定は取り消され、進級した親父の仲間達も就職氷河期突入内定が取れない、就職先が見つからないなど、『バブル崩壊』で検索すれば出てくるような、大変という次元じゃないくらいの状況に巻き込まれた。

仲間達の非難や不満の矛先は親父に向かった。

「お前はいいよな。働き口で苦労しなくて」とか、

「俺らの税金で飯食えるなんてうらやましいな」とか、

就活がうまくいかないストレスを、嫌味や妬みと一緒にぶつけられた。

仲間からの心ない言葉で少しだけ病んだ親父だが、公務員試験には受かり、卒業後に地元に戻って県庁に入った。

それだけなら「よかった」で済む話だが、問題公務員になって最初に配属された場所だった。

税務課に配属された親父が県庁マンになって初めてやった仕事は『徴税吏員』だった。一言で言うと、テレビでたまにやっている税金Gメンみたいな仕事だ。場合によっては差押えたりもする。

この仕事が親父の精神を病ませるのに拍車をかけた。バブル崩壊による不況の波は当然、地元にも及んでおり、経営していた会社が潰れた人や、それで失業した人が続出してた。

その人達にとって親父の姿は、見ようによっては血も涙もない悪魔に見えてたかもしれない。業務立場上、滞納している税金差押えたり、それで暴言を吐かれたり、困窮した生活を見たりで、親父の精神はすり減っていった。

ただでさえ公務員に対する風当たりは強かったが、徴税吏員仕事内容もあって、親父の目から見れば、彼らから向けられた感情ほとんど殺意に近かったらしい。

上司や先輩達から叱咤激励を受けながら何とかやってこれたが、親父にとってこの仕事トラウマになっていて、

「幸い三年で異動になったけど、もう一年やってたら確実にうつになって精神が潰れていたかもしれない」

「あの仕事だけはもう二度とやりたくない」

と、こぼしてた。

大学時代のトラウマから友達にも「公務員になったけど辛い」と相談できず、親(俺の祖父母)に弱音を吐くこともプライド的な何かでできず、さら彼女もいなかった(まだ母さんと出会ってなくて、その時まで彼女なしだった)ので、事実上孤立無援状態だった。

『何で俺だけがこんな目に遭うんだろう』と毎日思ってて、食事が何日も喉を通らなかった時期もあったとも語った。

以上の自分語りをした後、親父は、

「これから先どうなるかわからないが、消防士が外で昼食とってクレームつけられたり、弁当の注文で通報されたりで分かるように、まだまだ公務員は厳しい目で見られると思う。

でも、公務員を目指す以上、そのような目に遭うことは覚悟をしなさい。それでも、どうしても辛くなったら、俺や母さんに言いなさい」

と言った。

公務員になってどんな仕事が待ち受けているのか、どんな目に遭うのか、それ以前に公務員試験に受かるかどうかもわからないが、親父の言葉を胸に頑張ろうと、強く心に思わせる話だった。

2018-07-15

anond:20180715131157

情報後出しして悪いけど、俺って酷い運動オンチで取り柄がそれしかいか勉強ばかりしてた典型的ガリ勉なのよね。

からライン工みたいな現場仕事は無理。

体力の無さや手先の不器用さも致命的だけど、それ以上に現場人間関係に放り込まれると絶対イジメられると学生時代バイトで身に沁みてるから

俺が「大卒ホワイトカラー」にこだわるのは、そういうデスクワークしかできないから。

東京にいる限り、これは自慢だけど、メールや専門分野の資料作成程度なら英語対応もできる俺は現職と同等以上の転職先も見つけられる(と信じている)けど、

田舎に戻ったら、学生時代になんとか続けられた携帯ショップバイト店員がせいぜい(介護職は20代にしてギックリ腰やったから続けられそうにない)。

せめてうちの地元にもう少し子供の数がいて塾講師って逃げ道がまだ残っていたら良かったのにとは思う。

大学出て都会でデスクワークやっている人間は必ずしも田舎ライン工上位互換ではないので、気が向けばいつでも田舎に帰って現場仕事適応して楽しく暮らせるわけではないのだ。

俺はその世代より若いし、今思いついただけだけど、

それなりの大学出たのに「大卒ホワイトカラー」の席に座れなかった就職氷河期世代の苦しみって、きっとこういうことだよね。

担降りするよ

別にこれといった確証みたいなのは無いけど。あぁ、でもきっと降りるってこういうことなんだろうなぁ。私は最近それをゆるゆると実感している。あ、なんだこんなに呆気ないものなんだ。と思うと同時、こんなにも好きな気持ちを引きずるものなんだ。なんて、驚きと未練。いや、この気持ちを未練と呼んだら彼にかわいそうだ。私はきっとこれからも、この先も多分神山くんのことが好きだと思う。

素敵な人を所謂担当に持てたなと思っている。今でも。最初はどっちかというと、んん、ちょっと無いなって思ってた。なんていうの、インスピレーションというよりももっと単純な所謂第一印象最初なんて軽く重岡くんから入っていったからね。そのまま重岡担になってたらどうなってたんだろう。今の一文を書くまで考えたことがなかった。けれども可能性は十分あったと思う。昔人に話したことがあった。私が神山くんを好きになったのはわりと確率としては低いもので。ありとあらゆる平行な世界線の中でも数少ない一本だと。友達、何言ってんの?って顔してた。うん、私もそう思う。でもそうなんだ。好きになった可能性を言葉に当てはめるとこうしかない。数ある世界線のうちの、一番可能性の低いものだと。

所謂自担くんがもう一人いるんだけど、その人はきっとわりとどの世界線でも好きになってたと思う。顔が好きだし。え〜!なんで今日もこんなに顔がかわいい?!っていつもおもってる。対する神山くんの顔は、綺麗だし、かわいいなーって思うけどめちゃくちゃ好き?って問われたら。んー…って濁すと思うなぁ。あ、でも世界で二番目に好きな顔がリバーフェニックス。顔の輪郭だけならちょっと似てる?……いや、似てないか。まぁそんなこんなで私はまずこの人の顔は好きになれないなって初めて見た時思った。

思ったんだけど!!!!いやー、人生何があるか分からない。だってさ、そう思った数ヶ月後ジャニショ写真買ってシングルの予約してるんだよ。神山くんが好きだからって。好きになる前までの少クラカットしてなくて良かったって自分感謝した。

重岡くんの昔からシンメって知って。(オタクあるあるシンメに弱い)ダンス見て、アクロバット見て、歌聞いて。その他諸々知って。あ、この人のこと愛さなきゃなって。

しかったなぁ。神山担してた時。だいたい二年くらい?そんなんでこんなの書くなってツッコミ絶対あるだろうけど。これは初めて降りるという概念を肌で感じた一人の人間メモです。好きになったらすぐおっきな舞台仕事来て。えっ、脚本あのクドカン?!大手劇団?!座長生田斗真?!そんな中で演技するん?!夜中に見てビックリしてその後ベッドでごろごろ喜んだ。次の日寝不足だった。でも嬉しくて。その日の午後くらいにはチケット取れるか不安だったけど。ほんと〜にチケット取れるか不安だった。最初の方の抽選ことごとく落ちて。神頼みしてたのに。もう今後チケットが当たりますようにって神棚には頼まないことにした。これ見に行けないのでは??と項垂れてたらとりあえず一般取れて。やったー!って思ってたら大阪追加公演当たった。え、自分大阪公演行くの???とか思ってたら友達から急にLINEきて神ちゃん舞台いける?って。行けるよー大丈夫!って返したら友達チケット余らせてるんだけどって話で、行きます!ってもうすぐに言った。あの時の現在は濵田くん担の方ありがとうございます。話は前後するんだけど、神山くんを好きになったばかりの頃。ちょうどしんどいな〜って思う時期で。基本的に寝たら忘れるあぱー!みたいなタイプなんだけど、その時はまぁ今考えると病んでるみたいな感じで。家でも耳にイヤホン突っ込んで話し掛けないでみたいな雰囲気出して。後に母親から精神科連れてこうかと思ってたとか言われたりして。これ笑い話。でも神山くんも頑張ってるからと思うと自分もなんとかしようって。理想とは違う今だけどあの時自分なりになんとかしようと動いてこの生活があって。わりと人生楽しいから悔いはそこまでないよ。そうさせてくれた神山くんには頭が上がらないなぁ。いつも動画漁って、こんなに頑張ってるんだと考えると自分も。とか思っちゃうよね。で、話を戻して舞台の話なんだけど。三劇場で見れて。神山くんがどんどん成長していくのが見れて良かった〜!!いつも公演終わる毎にもう胸いっぱいで。掌痒くなるくらいに拍手してた毎回。この人のこと好きで良かったなぁとつくづく感じた。こんなにこの人のこと好きで良かったなぁと考えたの初めてだよ。

神山くんのこと好きになれて本当に良かった。ダンスが上手くて歌が上手くてアクロバットが出来て。料理も出来るし、メンバーに優しいって言われるし、挙げだしたらキリないよ。器用だから器用貧乏みたいに言われることもあった。うるせー!!不器用より器用の方がいいだろ!!って。好きだなぁと思わせてくれることをいっぱい出来るし持ってる神山くんが好きだ。きっとこれからも好きだと思う。

でも、多分降りる、きっと。神山くんのことが好きだ。これまでもこれからも。これを読んだ誰かがそれは好きじゃないと考えればそれはそれで別に構わないけれど。でも私は声を大にして言いたい。神山くんのことが、これまでもこれからもきっと好き。

追い掛けるって言うのかな。それが出来なくなった。DVDCDを買わなくなった。一応稼いではいる身なのでオタクとして最低限の費用は出そうと考えてオタクやってる。CDは全種類買う、Blu-rayは特典が被らない限りは初回も通常も買う。でも出来なくなった。お金が無かったわけでもないけれど。でも買わなくなった。ちゃんと見るかな。見ないなら買わない方がマシでは?と考えてしまい買わなくなった。シングルは、言ったら怒られるだろうけど音楽性がなんて言うか、買いたいなって思えなかったものが続いた。

グループは限りなく一本に近い平行線の集まりだ。自論。その線の集まりから抜け出すにはグループから抜ける他は方法が無い。個人担の人すごいなって思う。自分絶対自担を見る時にその後ろにいるグループも見るから。それらを全部引っくるめて飲み込んで咀嚼して。そしてようやく好きかどうか言える。グループが嫌いになったわけではない。神山くんが愛しているグループが好きだ。忘年会やろうって言って神山くんの家へ集まった。そんなグループが好きだ。でも、それだけでは私の心は追い掛けようという気持ちになれなかった。グループがやりたい方向性を肌で感じて、ようやくその人が好きでじゃあ追い掛けようとする私だから

正月明け早々横浜アリーナに行った。westivalを見に。地元が笑えるくらいの悪天候でこれ間に合うかな?とか若干心配してたけど余裕で間に合った。ペンライト電池忘れてたけど。(三十分前に思い出した)時間になって七人が出てきて。神山くんかわいいな〜!って思ってた。ちょうどバクステ側のアリーナだった。センターじゃないよ。バクステ側の席が好きだ。ちょうど構成が分かりやすく見えるから。おまけに横アリで言うアリーナだったので万々歳。自チケはその公演のみで、でもやっぱりまだ行きたいなって思ったら別の公演のチケット探そうって思ってた。探さなかった。

あぁ、多分もう合わないんだろうなぁ。って公演の途中から肌で感じてしまった。文句というより、不一致。それが文句だろうと誰かが言うのなら文句で良いです。私の中では不一致だけどね。彼らがやりたくてやろうとしていること。それが今の私には些か合わなかった。ううん、些かじゃないんだろうなぁ。七割くらい合わなかった。びっくりした。コンサートでこんなこと思うんだ!って。入ったことに関しては後悔ないよ。だって神山くんかわいいしかっこよかったし。でも、いつものかわいい!かっこいい!よりも盛り上がらなかった。それは好きな人が私とは合わないなと思うことをしていたからだ。何処がどういう風に。と明確に返すのは難しいけれど。兎にも角にも、少なくとも私はこういう演出や魅せ方を見たいわけではなかった。グループ否定ではない。むしろ彼らが本当にやりたいことの答えがwestivalであるのなら。それを貫き通してほしい。貫くと言っても改良を重ねて。本人達にとって、より良いものになることを祈りたい。でも私には残念ながら合ってなかった。悲しかった。腹立たしかった。どうしてそうなの?って。なんでこんなに私の感性は捻じ曲がってるの?って。自分も見たものも、どちらにも納得は出来なかった。でも私一人なんかの我儘。そもそも本人たちの耳にまず届かないであろう声。それが万が一聞こえたとして。それだけで自分たちの信念を曲げないでほしい。絶対に。自分たちがしたいことをして、そしてファンを楽しませる。それが私の中のアイドル理想の一つであって。あの日、後ろにいたまだ若い高校生くらいかな?)女の子たち。楽しそうだったなぁ。ドラゴンドッグ歌うって時に、え、ヤバイヤバイ!みたいな。ヤバイ連呼で内心出川哲朗になってるよ><ってちょっと笑った。パラチャーの前の映像でめちゃくちゃキャーキャー言ってて。若いなぁ、楽しそうだなぁって。すっごい大きな声出してて。でも全然辛くなさそうで。むしろ楽しそうで。あぁ、彼らにこういう女の子たちのファンがいて良かったなとつくづく感じた。そしてあまり盛り上がれなかった自分。惨めだ。

それから電車乗りながら考えて。チケットは探さないこと。それと、多分もうコンサートは行かないだろうなぁ。なんて結論が出た。自分が合わないなぁと思うものの中でアイドルをする神山くん。どんな彼も好きではあるけど、応援し続けたいかと問われたら素直に首を縦には触れない。神山くんが、それらを自分のやりたいこととするなら口出しなんて出来るわけない。むしろ頑張れって言うよ。でもそれを追い掛けることは多分出来ない。残念ながらそこまで感性が豊かでないというか。神山くんをひたすら純粋に素敵と思う前に色んな邪念を持つだろうから。色々なものも買わなくなったし、ここら辺が潮時なんだろうなと。ぼんやり。帰り道、だんだん地元に近付く景色を見ながら考えていた。

でもやっぱり神山くんのことは好きだ。彼の何がすごいかって、見る度に好きだなぁと思わせてくれる所。すごくない?見る度に私この人のこと好き!好きで良かった!と思えてしまうの。そんなアイドル、きっとなかなかいないよ。みんな心の何処かで大好きな人に対して多かれ少なかれ受け入れない部分がある。そりゃあ神山くんにそれが無いとは言い切れないけど。でも姿を見て、歌ったり踊ったりする姿を見ると好き!って感じてしまうのだ。好きって気持ちサイコーサイコーだけど、でもも応援することはしない。私が理想のしない神山くんの理想の中でアイドルとして彼は生きていくから。残念ながら私はその齟齬を飲み込めるほど心が広くない。もうファンでなくなってしまうなと同時に考えた。

それからちょっと楽になった。もう追い掛けないと決めたら、その前まで番組を見逃したりしてファンとしてどうなのと思ってたけどそれが無くなって。気持ちが軽くなった気がする。CDDVDを買わない後ろめたさから解放された気がした。見たい時に見て、見たくない時は見ない。それだけでかなり楽になった。ちなみに今まで買ったものはまだ売りません。無意識のうちに楽じゃない好きを持ち続けないといけないって考えていたことに気付く。でも今は楽だ。もう降りるから

ここまでつらつら書いたけど。もー文章支離滅裂でびっくり。担降りブログ書く人、よくもまぁあんな端的に且つおもしろく書けるよね。ジャニオタ文豪。一理ある。とりあえずは九月の舞台を見て。ちょうど九月がFC更新時期だから。このまま更新せずに。そうしていずれメールが来なくなることを思い描いている。でも舞台には行く。一回くらい行きたいって思った。好きだから最初に肉眼で神山くんを見たいのが舞台から。それで舞台は見たいと思ったんだろうなぁ。チケットは本当にドンのケツって感じの一番後ろの一番値段が優しい席。そこで好き!とはなる。きっと。けれど、じゃあまた追い掛けよう!とはならない。気がする。どうなるか分からないけどね。でもとりあえずは舞台見て。神山くん好きだなぁとしみじみ思いながら降りる。でも好きだよ。これまでもこれからも。

神山くん担してて楽しかった。ラキセはギリギリ行けなくて。次のなうぇすと入ったらドラマと被って髪が黒かった。もしかしなくとも黒髪神山くんを肉眼で見れてしまう?案の定そうで。本人は黒は子供っぽく見られるからと言うけど、私は黒も大好きだよ。茶色も、金も、たっくさん他の色も。そう、なうぇすとでさ、トランペット吹いてたじゃん。一応音楽齧ってて、そんな自分の耳で聞いた神山くんのトランペットの音はもうとびきり柔らかくて優しくて。ちょっと荒削りなところがあって。こんな優しい音を出せる人が好きなんだ。そう考えると誇らしかった。自担すごいでしょ、って。あと先陣切って花道歩いてたのもかっこよかったなぁ。あとタオル落とした人に対して落としたタオル拾って、汗拭ってから返してた。返された人、崩れ落ちて。あと頭にリボン付けてたのもかわいかった。ええやんけェ!だ。私が珍しく振り付け覚えたやつ。あと、あと、そう。七人で並んだ時ね、重岡くんと神山くんが隣で。前の曲の余韻でちょっかい出す重岡くんを神山くんが柔らかく笑いながら、ちょんっと押し飛ばしたの。それがもう二人の世界で。見ちゃったな、なんて気分になって。それと同時に胸がきゅうっとして、見れてしまたことが幸せだった。神山くんを好きになるきっかけ(?)である重岡くん。神山くんに対して普段ちょっと遠慮がち(?)なのに。ああいう時には二人だけの世界なっちゃってさ。見てて幸せだったよ、ありがとう

あとドラマ日曜日、楽しみだった。同じクールで他に好きな人ドラマ出てて。今年の冬終わらないでって三月に入ってからずっと願ってた。こぐちゃんかわいかったよ。特別目立つわけではないかもしれない。でもちゃん存在感があって。この子はどんなキャラクターなんだろ?って視聴者に印象付けするのが得意な人だなと思った。全話通してかわいかった。だから偉い人お願い、円盤出して。今からでも遅くないよ。それは買うから。ここで言わず手紙書こうね自分

他にも色々と書きたいことあるだろうけど。とりあえずは浮かばいからここまで。これまでもこれからも、きっと神山くんのことが好き。そうでいたいな。そしてこれは単なる我儘だけど、見るたびに好きと思える神山くんがずっと続きますように。

あと遅くなったけど誕生日おめでとう!

2017.7.15

2018-07-14

anond:20180714003650

それだけ、不器用なら浮気心配はなさそう笑

まぁ、男はあんまり記念日特別に探すというか過ごそうという意識はないからね。

幸せに。

2018-07-10

anond:20180709132143

こんばんは、貯金箱です。正確には前世怪獣の形をした貯金箱でした。お金を食べる生物として寓話的にも唯物的にも適任かと思いましたので、食にまつわる思い出を、少し。

この業界では「喉元すぎれば半人前、口からこぼして一人前」といわれています。持ち主の三日坊主や途中解約などにより、お金に満たされて天寿を全うする例は多くないぞ、という戒めです。常に飢えた私たちは体内の空白に敏感で、あと何円でそれを埋められるか計算ばかりしていました。お互いを見張り、その食事内容に一喜一憂し、とても健やかとは言えなかったと思います

稀に、高額紙幣を口にする機会もありました。あのゴワついた紙が口に押し込まれとき、他の仲間を出し抜いた心地良さで口の端が歪み、秘めやかな興奮が心に渦を巻いたものです。一度その味を覚えると、少額の硬貨を口にすることは砂を噛むような苦行となりました。

実は私、あと数百円で完全に満ち足りるまでお金を食べた経験もあるのです。最後の時を待つ私の態度は高慢のものだったでしょう。周囲の貯金箱が等しく低俗存在として映り、それと比べて自らには高貴な甘い蜜が流れているようでした。ところが、いよいよというところでフト持ち上げられてお尻を外され、衆人環視の中で全てのお金を抜きとられたのです。ジャラジャラと続く思いやりのない音が頭から離れず、心細さと恥ずかしさに我を忘れて泣きました。

その暗い空白に灯りをともしたのは小さな5円玉でした。数日後、再び最初の一枚が私に施され、カラン!と無邪気に舞い降りたのです。それは明るい音でした。恐る恐る体を揺らすとカラコロと鳴りました。5円玉縦横無尽に転がりまわり、私は初めて空白の輪郭を知りました。やがて空白は香ばしい稲の香りでいっぱいになり、一層愉快になった私は体を揺らし続けました。不器用に揺れる茶色怪獣はことさら不気味であったでしょうが、かすかに響くカラコロという音を聞けば、それが私と五円玉によるウエディングワルツのようだと気づいた人もいたでしょう。お金は、無いことに焦れるより有ることを喜ぶほうが楽しい、そう思いました。

野菜350g」が「健やかになるための食事」のことであれば、私にとってのそれはあの時の5円玉1枚です。以来、私は1円玉も1万円札も等しく消化することができました。ですので、真に満足する食事とは、何を食べるかよりどう食べるかではないかと、今ではそう思うのです。

2018-07-08

デート前服用したインデラルが良く効いて君に胸ときめかすことも無い

29歳婚活おじさんは語る。

本日、おじさんは前々から予定していたデートの途中で、

交際相手から突然のドタキャンを喰らい、そして同時に交際終了を告げられた。

お見合い出会い、そこから交際に進んで、1ヶ月ほどの付き合いのあった女性である

その女性は誠実そうで、顔は美人とは言いがたかったが、性格気持ちが良かったので、おじさんは好印象を持っていた。

これまでのデートでは、ずっとおじさんがリードをしてきたし、レストラン相手の好みに合わせて選び、必ず予約をした。

会話も、お互い不器用ながらそれなりに弾んでいた(と思う)。もちろん割り勘などしない(させない)。

から正直かなりショックを受けている。

おじさんは、相談所というシステムをよく識らない。入所して最初に紹介された女性だったからなおさらである

彼女は、婚活ゲームにおける忠実なルールの遵法者であった。

それでも、彼女対応に、おじさんはどうしてもひととしての不誠実さを感じてしまった。

おじさんは泣いた。その失望した相手は、おじさんが少なから好意を寄せていた相手だったからだ。

直接対面でお別れを言いたいという、彼女優柔不断さ故の行為とも言えるのだろうが……

それとも、もしおじさんが女性経験豊富なおじさんだったのなら、このような目に遭ってもサッと新たな出会いに切り替えられたのだろうか?

予兆はどこにあったのかと、女々しいながらもおじさんは疑心暗鬼になった。

2週間前のデート終了時、そのとき彼女は確かに乗り気だったはずだ……

デートのお礼がてら、次は水族館に一緒に行きませんか、とベタデートコースをおじさんは提案した。

彼女は都合の良い日時を具体的に教えてくれた。

演技だったとしても、振るつもりの相手にわざわざ自分スケジュールを教えるだろうか。

スケジュール確認して、後日お誘いのメールを送った。「今度の週末にお会いできませんか」。

「急に用事が入った」「連絡を取らなくて御免なさい」と返事。デートはそのまた次週に先延ばしとなった。

やがて電話を掛けても留守番しか繋がらず、1時間以内には返信が返ってきていたメールは、数日空けてのやり取りとなっていった。

その頃に本命のお相手と進展があったのだろうね、とおじさんは言う。

我々は、いつ何時もあらゆる観点から結婚相手として相応しい人格の持ち主であるかどうかを評価されている。

素敵なお相手には甲の評定が下され、キープ扱いのおじさんは丙であった。それだけのことだ。

…………なお、その評定のパラメータは、我々には公開されていない。

前売りで購入した水族館チケット(土日は売場が混雑するからね)は駅のゴミ箱に捨てた。

そのまま電車に乗り、まっすぐ帰宅する。予定よりずっと早い。まだ夕刻ともいえない時間だ。

いま、いろいろなものが信じられなくなりつつある。

2018-07-04

保守速報管理人「これらの言葉差別にあたりません!!!高裁「…」

マジこいつゴミ脳内お花畑・浅はか・コウモリ野郎カス・本当にくるってるなこのクソアマ精神病・頭くるくるぱーキチガイ・もはや狂ってます・頭おかしい・気違い女・馬鹿丸出し・バカ左翼鮮人バカだろ・

アホウ・ボケバカ・どこまでアホなんだ、この婆は・寄生虫ばばあ・寄生虫日本寄生日本にしがみついてタカって自分存在確認している・害毒・ゴキブリ

馬鹿ゴキブリヒトモドキ人外朝鮮工作員・このガラの悪さ、品のなさ、顔の不器用さが在日朝鮮人ちゃんの特徴・外面も内面ブサイクな輩・ヘイトスピーチ増幅器

http://d.hatena.ne.jp/seijotcp/touch/20180704/p1

2018-07-02

低能先生猟奇殺人鬼にならなくて良かった

憎い人がいるとしよう。

その人を憎しみ過ぎて殺すとしよう。

そうなると殺したいという欲求で心が満たされる。

それがいつの間にか、どうむごたらしく殺すか、そればかりで頭が一杯になる。

頭がいっぱいになってる内に殺すこと自体目的になる。

それが殺人の恐ろしいところだ。

低能先生はその辺冷静というか、適当と言うか、殺すことが手段の域を超えなかった。

不器用かつ無計画死ぬまで刺しまくっただけだ。

そういう意味では彼はまだ更生の余地がある。

死刑にはならないだろう。

終身刑かも知れない。

なんでも良い。罪を償いながら残りの人生を彼なりに生きて欲しい。

彼にその素養がある事を願ってる。

ADHDプログラマブログを読んで考えたこ

夫婦心療内科に通っている。

今日SNSを眺めていた。ADHDプログラマの人が書いたはてなブログが流れて来た。

http://simplearchitect.hatenablog.com/entry/2018/07/02/080248

読んだら涙が出てきた。

私もADHDと診断されて、プログラマのようなことをやっている。ブログの人は47年も生きて働いているけれど、私はその半分も生きていない。共感したなんて言うのもおこがましいのだが、一つ一つの事例が胸に刺さった。

遠くから見ていると私は何かが出来てるように見えるかもしれないが、冗談抜きで人の3倍ぐらい時間をかけないと成果が出ない。しかも、中途半端しか完成しない。

小学生の時、自分は人の3倍時間をかけないとモノにならないことに気づいた。すぐに身につかない絶望から目を逸らすために、今日努力は3ヶ月後に力になると自分に言い聞かせた。それなりに聞こえのいい国立大学に入ったけれど、それは他人の3倍勉強たからと自負しているし、実際、合格最低点とコンマ1点まで同じ点数の滑り込みだった。

同僚がバケーションを楽しみながらも、効率よく色々なものマスターしていくのを横目に、自分時間がずっとかかり、しか中途半端

新卒プログラマ就職した。俗に言う文系プログラマというやつだ。慣れない土地、見知らぬ言語、慣れない人たち。研修が終わったら、本社に帰社して短時間業務をする。日誌を書き、添削を受ける。帰って次の日の予習。1度で理解できないため、ノートにまとめて、単語帳をつくる。朝は起きれないので、夜のうちに次の日の服と荷物を用意する。最初の3ヶ月は本当にパンクしていた。毎晩お風呂場で寝落ちしそうになり、浴槽から這い出て洗い場で仮眠していた。

先日プログラミング技術調査をして、サンプルコードを書こうと思っていてパソコンに向った。やりたかった事は、たった1つのAPI検証しかし朝7時から初めて気づいたら15時だった。しかも、終わっていない。ADHDの私が昔から何回も体験した感覚。いつもながら自分がっかりする。自分が知らず知らずに無意識にやってる見積りでは、「2時間ぐらいでできるかな。余裕を持って」だった。しかし、いつも私の考えている見積りは大幅に遅い方に間違うのが普通だ。

未だに時間見積もりが上手くできない。優先順位も上手くつけられない。遅れているのがわかっているのに、追い詰められるほどに助けを求められなくなる。何度も何度も同じことを繰り返し、毎回自分の首を絞めたくなる。絶望

かにも、大事コンクールの時に限って遅刻したり、いつの間にか部屋の足の踏み場がなくなったり、前日に用意したはずなのに忘れ物をしたり、形式の変わっていない勤務管理表を今も書き間違えたり。

ADHDだと言われてから、まだ1年も経っていない。言われるまでは、自分がそうだと思いもしなかった。みんな同じようにミスをしたり苦しかったりする。だからこれらの出来事は、全部自分集中力が足りないからだと考えていた。

主治医先生が言うには、

ADHDの人の一番大きな特徴は、よくミスをするとか時間を守れないということではなくて、その回数が他人より多いことによって自分を責めてしまって、他人よりずっと打たれ弱いことだ」。

思い起こしてみると、もっとも大きな問題は「最初に思ったことと、関係ないことを大量にしていること」だった。ちなみに、次点は、「何かを調べているうちに、前にやっていたことを忘れる」だった。

ストラテラを飲みはじめる前は、起きている時間の8割は、自分が今していること(例えば歯磨きとか)、別のことを複数スレッドで考えていた。そのうちいくつかのスレッドは、過去自分が失敗した出来事で、もうどうしようもならないのに何度も何度も自分を責めた。

心療内科に行ったのは、仕事に追い詰められて眠れなくなったため、家人の通っているクリニックを勧められたから。鬱になって不眠気味だから、薬で眠れるようになったり休めるようになればいいな、と思ったからだ。

病院先生に「ADHDだね」と言われて、帰ってその特徴を調べた夜、寝る前にベッドで大泣きした。

苦しい思いをしたとき精神力が足りないかだって自分を責めなくていいんだ。脳の特徴だから仕方なかったんだ。薬を飲めば、治る病気なんだ。

そう考えたら、安心して止まらなくなった。

いまは家人可愛い猫たちと一緒に、「無理しない」「健康になろう」をテーマ生活を立て直している。ADHDについて調べたとき、「まんま君のことじゃないか」と言ってくれた家人でも、よく分かっていないんだな、とたまに感じることがある。

親にはまだ言っていない。家人が「君が分身したみたいにそっくり」だという彼らも、きっとADHDなんだろうな、と考える。離れて暮らしいるから、言わなくても生活はまわるし、できれば一生言わずにすめばいいと思う。

弟たちには、機会があれば言ってみようと思う。私以上に不器用な彼らが、そう望んだとき、少しでも生きづらさを減らせるように。

タスクリストは前からつくっていけれど、ついタスクリスト無視して動いてしまうことが多い。前日までに荷物を用意したり、他人の3倍練習できるようになったのは、繰り返した失敗と後悔の日々から身につけた私の処世術

これからも何度も失敗を繰り返して、いつの日に限って、タスクリストに沿って動くことができるようになるだろう。

そう希望を持って、明日も私は机に向かう。

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