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はてなキーワード: 現代史とは

2020-07-27

ドイツ人ブルマーソ連人のブルマーとなりのトトロパンツ(3)

前回:anond:20200727074508

結果(3) その他の国

http://alger-roi.fr/Alger/enf/ecoles/pages/10_enf_gym_60_lebaz.htm

https://www.alamyimages.fr/la-gymnastique-dans-les-annees-1950-la-formation-des-jeunes-femmes-de-la-gymnastique-avril-1954-suede-image224244117.html (訂正。スウェーデンらしい)

ショーツブルマー確認

http://yofuiaegb.blogspot.com/2016/06/yo-fui-egb-recuerdos-de-los-60-y-70-colegio-material-escolar.html

やや短パンっぽい。

https://www.theholocaustexplained.org/life-in-nazi-occupied-europe/controlling-everyday-life/controlling-education/

かなり現代ショーツブルマーに近い。

中国台湾韓国と、翻訳にかけて体操着検索したが、ジャージ姿しか見当たらなかった。

意外なことに、英連邦共産圏以外にもショーツブルマー存在していた。

議論

調査により提灯ブルマー及びショーツブルマー日本のみならず、ヨーロッパオセアニアにも広く分布していた時代があった。驚くべきことに、ショーツブルマーナチス時代にまでさかのぼることが分かった。

まり規律集団行動を重んじる文化圏の外にも、ブルマー存在していた。つまるところ、ブルマーというのは全体主義産物ではなく、全く別の理由で広まったものと思われる。

女性身体自由に見せる権利の広まりとともに、レオタード水着姿になる自由の一環として、広まったのだろうか。それとも、逆に美しいとされる身体を見せることを強要されたのか。これだけでは判断することはできないし、両者が混在していることだって考えられる。ここまで踏み込むには、私の知識がまったく足りない。

今後の研究

今回、私はショーツブルマー世界的な広がりを確認することができた。しかし、これはあくまでも定性的研究であり、まったくと言っていいほど定量的ではない。すなわち、各地域で、何年から何年までブルマー使用されていたのか、採用された学校は何パーセントに及んだのか、といった情報が完全に欠けている。

それに、ブルマー採用全国的強制されたものであったのか、学校ごとの裁量に任されていたかも明らかにできていない。下手をすれば、上であげた国家についても、私立の数校でブルマー採用されていたにとどまる可能性がある。また、バレーボールの授業のみブルマー着用、というケースも考えられる。もしそれが正しければ、常にブルマー姿だった日本は特異的な地域になる。

また、ブルマーのものがどのような素材で作られていたのかについてもわからないし、どこからが提灯ブルマーでどこからショーツブルマーなのか、明確な基準を以って調査はできなかった。残念ながら、不鮮明な白黒の写真に頼らざるを得なかったためだ。

課題は他にもある。今回、ブルマー存在していない地域をいくつか挙げたが、何かが存在しない証明は非常に困難だ。

加えて、ブルマーがその国にどのような文化的インパクトを与えたかについても不明だ。女性解放シンボルであったのか、フェティシズムノスタルジー対象であったのか、おそらく多数の記事を読まなければならないだろう。例えば次のチェコ動画からは、何かの余興なのだろうか、ノスタルジーユーモアというニュアンスが感じ取れる。

https://www.youtube.com/watch?v=HT0k1Jr8uwM

また、共産圏に多く見られたが、レオタードもまた体育で広く用いられている。ブルマーとは分布が相補的なのか、そこが気になった。たとえば、党大会国民の体育大会かわからないが、多数のレオタード姿の女性が集っている動画が多数あった。

https://www.youtube.com/watch?v=MteXGWpSH9k

長くなってしまったが、今回は以上である。私の研究は、あくまでも大まかな方向性を示したにとどまる。だが、歴史を過度に単純化する考えから少しでも自由になれるのなら、これほどありがたいことはない。

おまけ

それにしても、どうして下着同然のショーツブルマー採用されたのか。思い付きでしかないが、ジェネレーションギャップによるものかもしれない。

例えば、「サザエさん」や「となりのトトロ」では、少女パンツ丸出しで駆け回っているが、当時としては性的な含みはほとんどなかったものと思われる。「サザエさん」は舞台博多から東京に移ってから昭和26年以降、「となりのトトロ」は昭和30年代前半が舞台である。おそらく、当時は下着が見えていても、お尻丸出しではないから構わない、という感覚だったのではあるまいか

そして、もしもショーツブルマーが広がったきっかけが東京オリンピックだったとしたら、それは昭和39年前後ことのはずだ。つまり、この戦後まれ大人になった頃である。当時の教師たちが、「サザエさん」「となりのトトロ世代の子どもたちであっただとすれば、ショーツはいているのだからショーツブルマーはまったく恥ずかしいものではない、と思い込んでしまった可能性がある。

一方、それ以降の子どもたちは、下着は見えては恥ずかしいものだという意識に目覚めていた。正確な年代は、「パンツが見える。――羞恥心現代史」に当たらなければならないだろうが、羞恥心世代ごとの差が、ショーツブルマーとその軋轢の遠因なのではないだろうか。

若い世代常識感覚をどうやって上の世代に伝えていくか、これは今の教育界にも通じる問題であろう。

2020-07-02

自分で考え続けなくちゃダメだよ」を中学生に伝えるにはなんて言っ



2020年6月30日にまたここで会おう』は、瀧本哲史さんが2012年6月30日東京大学で講演された内容を1冊の本にまとめたもの。これが期間限定で全文無料公開されたので読んだ。

勉強になるし、考えさせられる面白い文章だったのでぜひ一読をおすすめします。


瀧本さんは20代とかの若者に向けて話していて、いろんなメッセージがあるんだけれど重要だと思う前半からいくつか引用

>> ・次の日本を支える世代である若者自由人として生きていくために必要不可欠な「武器としての教養」を配りたい。

・外見だけは人間なんですけど、やってることは人間以下という人が老若男女問わず世の中にはたくさんいる。「自分で考えてない人は、人じゃない」

・「正解」なんてものはない。 自分人生は、自分で考えて、自分で決める。

・そのための「思考の枠組み」として、リベラルアーツがある。 自分自身を拠りどころとするために、学ぶ。

・まず「言葉」によって正しい認識にいたり、「言葉」を磨くことでその認識の確度を上げていく。そして「言葉」を使って相手の行動を変えていくことで、仲間を増やし、世の中のルール空気を変えていくことが可能

パラダイムシフトとは、「世代交代」である

・ 君と君たちが正しい選択をし続ければ、いつか必ず世界は変わる。<<

以後も大事な考え方を教えてくれます

歴史的なことを散りばめて語られるから、すごく説得力があるなと思った。現代史も含め、歴史事実に近いことだから、知っていることはものすごく大事だよな。パラダイムシフトについてなんか眼から鱗でした。


で、これを読んで私が考えたこと。


これを「賢い」と言われる人たちに話す意味はすごく大きい。賢い人が世界を動かしていく(はず)だから。だけど、私はそれだけじゃ足りないんじゃないかと思う。

ある程度理解する力がないと、自分の中に噛み砕けなくて受け入れられないのは確かだけど、「賢くない」人の方が多いんだよ、世界

しかも今は発言権拡散力)はみんなが持っているし、賢くない人は、数の多い「仲間」=大衆に受けやすい。

けど、賢くない人ほど、こうした話は聞きたくないし、聞けない。受け入れられない(たくない?)。

じゃあどうするかって、もっと早くにこういう考え方をわかりやすく、広く、教えなくちゃじゃない?って思う。中学高校、それも地方を含めた公立とか、「普通」なところで教えていくべきなんじゃないかと。やっぱり教育って大事と思う。



中学生って大人が思うより、考えられるよ。いろんな空気を読みながら生活してるし、いろんなことに影響されて学んで生きてると思う。だからこそ、そこで思想は固定されてしまいがちなんだよ。どれだけ勉強ができていい大学にいけた人だって、育った場所(家庭・小学中学高校)でできた思想ってなかなか変えられない。むしろガチガチな人も多いんじゃないかって思う。

そういうことでいうと、中学生って無垢ではないけど、まだまだ足りなくて、考えがかっちり固定されてないと思うんだ。(まだ変えられる、というか。)

でも既に、変に諦めてる子とか、頑張るのバカじゃん、どうせ自分バカだし、みたいな子も多いだろうと思うんだよね。そのまま行っちゃうと、世の中の、その地域での「普通」の道を辿ることに疑問をもたないまま進んでしまうことになるわけ。これって今の時代の「再生産」的な人間じゃん。




からさ、できれば中学生とかの内に、せめて高校生のときに、こういう話を聞いて、自分可能性とかを自分で考えてほしいなと思うわけ。

じゃないと多分、「パラダイムシフト」は起こんないよ。世代交代は必然的に起こるけど、次の世代もおんなじ考えの人が再生産されてたら意味ないんだよ。


パラダイムシフトを起こすためには、賢い・意欲のある20代に話しているだけじゃ足りない。

人の考え方は基本変わらない。歳を取ればとるだけ、変化は期待できない。

から固定される前の中学生とかに伝えたくない?

ってことです。(この考えにつっつポイントもあると思うが)


で、じゃあ中学生(賢くない)にどうやってこの話を伝えたらいいんだろう?って考えた。

メッセージの大ポイントは「自分で考えることをやめるな」ってことだと思うんだけど…

>>大人自分考えるのをやめたダメ!」

中学生「なんで?」<<



ってなるじゃん。これ、なんて答えたらいいんだろう……というのがいま見つからない。

だって中学生はまだ社会を知らない。今の社会のなにが未来にとってよくない考え方なのか、その考えがどれほどスタンダードなのか……絶望感を知らないと、「今のままじゃダメだ!自分たちの世代が変えるんだ!」なんて思えないんじゃないかなって。



この「なんで?」に対する答えをちゃんと伝えられる大人になりたい。

誰か手伝って!なんて答えたらいいと思う?

2020-06-19

anond:20200619162926

クリーンかどうかの次元を超え始めてるねん。現代史教科書想像して、今の時代が後でどのように振り替えられるだろうかということを考えると「度重なる政治腐敗、汚職により、国民政治への関心は薄れ、それがさらに国の衰退を加速させた。」みたいなフェーズに入ってる感じがするねん。どこかでストップがかからないと「この当時に選挙権持って暮らしてたんだよね。何やってたの?こんな状況で何もしようとしなかったの?」って孫辺りに無邪気に聞かれてしまいそうで、それが恐ろしいねん。

2020-02-04

本当にスマフォPCで成績上がるの?

禁止しても成績上がるわけではないだろうけど、

積極的に使っても成績って上がるわけではなくない?


歴史教科書でわからないキーワードを調べると色々出てくるから助教材には良さそう。

現代史思想によって意見うから逆に悪影響では。


地理は、Google Mapsでは地図記号からないし。

どこにいったら目的統計が手に入るか探すのにメンター必要そう。


化学は、構造式描くだけで大変だし。

数学も数式書くのが大変。


それより読むのに前知識足りているかとか、わからなかったときにどこを参照したらいいかとか、

体系だっていから、時間ばかり過ぎるのでは。

2019-09-20

日本史 現代史2010年代

って後の時代にどんな風に描かれるの

サマって教えて

2019-07-24

情報の消費スピードが早すぎて目眩がする

日本現代史上最悪の大量殺人事件からまだ1週間しか経ってないんだぜ、なんだこの風化っぷりは。

君達は好きなアニメ会社効率よくお布施ができるとか言って無邪気に喜んでるが。

全てが流れる情報洪水の中で消費されてゆく。

本当にこんな世界でいいのか。

2019-03-14

anond:20190314211707

とりあえず、"アメリカ 奴隷制映画"で検索してみよう。この3作品が腐るほど出てくる。どれも面白いから、そりゃまとめられちゃうよ。でもこれじゃ増田で聞く意味がないよねえ。

てなわけでアメリカ奴隷制度に限定せず、プランテーションという視点で考えてみた。

アメリカ奴隷制から着想を得て、この二つに行き着くまとめはあまりないと思う。

2019-02-09

anond:20190209194634

実用的な現代史だけで十分と思ってる。

以前は○○だったが、××な問題が起きたので■■になった。

みたいな、現在に直結する社会制度歴史みたいなやつ。

2018-12-13

anond:20181213180359

全面的同意するが、一点だけ現実認識あまいぜ。

 

高校レベル世界史」の知識など、持っている奴は少数派に決まってる。

 

大学行かないやつもいる。日本史地理をとるやつもいる。現代史までやらない学校もある。授業でずっと寝てるやつもいる。

 

そこいくと民主主義がイイヨネ!っていうプロパガンダ思想は、小学生レベルなんだなあ。

 

増田が見た者は現代日本では当然の状態よ。

2018-12-08

史学科のゼミとか卒論とかって何やってるの

数学科事情、すごく興味深く読んだ。

「数学の修得には時間がかかる」ことの概説 - Unhappy Go Lucky!

ただ、文系学部の「研究」や「卒業論文」の位置づけとかについて、過大評価していただいているような気がしなくもない。日本語とは縁遠い言語を話す地域を専門とする史学科卒の人間として、「ゼミ」や「卒論」の位置づけについて語ってみたい。

ゼミで何をやっているか

いやこれは本当に分野によるのだが、「研究」というよりも「勉強」をやっているところが多い。歴史学というのはまず史料に何が書かれているかを正確に読み解く必要があるのだが、その読み方を徹底的に叩き込まれる。場合によっては修士課程でもこれが続く。もしくは、研究文献の読み方を叩き込まれる。そもそも2・3年前まで高校生だった連中である文系研究書をどのように読むべきかよくわかっていない人も多いし、英語の本を通読なんてしたことないですという人がほとんどだろう。レベルの高い大学なら外国語文献の購読をし(何語なのかは研究分野や参加者による)、あまりレベルの高くない大学なら日本語の本・論文の読み方をゼミで躾けられる。

(「史料」ってのは要するに「昔の人が書き残したこと」。王様勅令だったりお役所行政文書だったりインテリの書いた思想書だったり過激派の撒いたアジビラだったり新聞記事だったり、色々である公文書館に行って実物を見てくる場合もあれば、別の学者がまとめて印刷出版してくれたものを参照する場合もある)

何で学部の段階からゼミに分かれるか、というと、「歴史学とは何か」「史料批判とは何か」みたいな概念方法レベルの話や、「いやしくも歴史学を学ぶ者として最低限踏まえておくべき各地域・各時代の基礎知識」みたいなのを除けば、分野ごとに身につけるべきスキル全然違うので。江戸時代歴史なら江戸時代古文書明治期の歴史なら明治期の文書中国史なら漢文イギリス史なら当然英語古文書……を読まないといけない。イギリスについて研究したい学生日本古文書の読み解き方を勉強しても時間無駄だろう。逆もまた然り。

ぶっちゃけ、「卒業論文」に大したオリジナリティはない

慌てて言えば分野による。

社会調査とかする分野で、自分なりにアンケート調査してみた、とかそういう論文なら、どれだけ拙かろうがオリジナリティはあるだろう。あるいは歴史学でも、オリジナル史料を発掘することが可能な分野ならオリジナリティは出る。

ただやっぱり、学部4年の段階で大層な「オリジナリティ」は出てこない。そもそも外国史の場合史料の読解すら教員の手助けを得てようやく、という人が多い。歴史学では一次史料が重視されるが、私の分野では卒業論文で一次史料を使った時点で優秀な学生の部類に入るだろうなと思う。二次文献、つまり他の研究書や論文をまとめて長いレポート(うちの大学では3万2,000字が下限だったかな)を書けたらOK、という運用をしている大学も多いのではないか。まとめるのにもオリジナリティは出るしね、という苦しい理屈だしそんなの査読つき学会誌に「論文」として発表できるレベルではないが、学会誌に「論文」として出せるレベルのもの要求していると4年では足りないわけで、多くの史学科の学生修士論文で初めて学会誌投稿できるレベルのもの要求されることになる。

何度も言うようにこれは分野による。地味に重要なのが、「その言語大学第二外国語として開講されているか、あるいは教養科目で講義が受けられるか」という点。朝鮮史ドイツ史やフランス史場合韓国語ドイツ語やフランス語文系学部ならたいていは必修の第二外国語として教えられていることが多いので、卒論でも韓国語ドイツフランス語論文は読めて当然だよなあ? というハードモードになることもある。中国史なら「高校から漢文やってるんだしゼミでも読んでるんだから卒論でもちゃん漢文史料は読めるよね? 現代中国語論文も読んでね」ということになるだろう。英語? そんなの読めて当然でしょ? 第二外国語ではなくとも、たとえばトルコ語アラビア語なら多少気の利いた大学なら教養科目とかで開講されているから、イスラーム史やりたいなら学部1年のうちから履修しといてね、という話になると思う。逆に、マイナー外国語必要な分野だと、せめて英語の本くらいは読んどいてね、くらいにまでハードルは下がる。アイスランド史を勉強したいです! と言われても、日本アイスランド語の授業がある大学がいったいいくつあるのか……という話になるわけで。まあ東大の某ゼミではゲエズ語購読とかやってたらしいですけどね。雲の上の世界すぎてまったく想像もつかない。

なので、大学に入った段階で既にどの分野に進むのかなんとはなしの道筋がついていないと厳しい。第二外国語韓国語選択して、やっぱり私ドイツ史がやりたい! というのは不可能ではないが難しい。第二外国語選びの段階である程度進路が決まってしまう、というのが史学科の特徴だ(まあ、英文学科とかは、学科選びの段階で専門地域が決まってしまうわけだが……)。イスラーム史やるなら第二外国語フランス語にしないとね。そんなのついこないだまで高校生だった連中にわかるか! もちろんこれは大学による。西洋史に進学した者にはドイツ語とフランス語双方の習得義務付ける大学もあるそうである。これならヨーロッパのたいていの地域対応できるね! 史学語学と言われる所以だ。

あとは西洋以外の地域だと、「史料に書かれている言語」と「論文に使われている言語」が違うことが結構あって、何でかといえば近代以降に西洋諸国植民地支配されていたりすると「オランダ人研究者がオランダ語で書いたインドネシア史についての先行研究」みたいなのがたくさんあるので。つまりいくらインドネシア語やアラビア語が堪能でもそれだけでは片手落ちで、オランダ語フランス語ができないと先行研究が読めないので勉強せざるを得ない(付け加えるなら、植民地支配されてたということは、お役所では宗主国言語が使われていたり宗主国のお役所植民地統治担当する部局があったりしたわけで、それらの史料は当然宗主国言語で書かれている)。さら前近代史だと、「昔使われていた言語」と「現在使われている言語」が異なっていることが多く、典型的には古文とかラテン語とかである現代日本語論文はスラスラ読めても古典日本語チンプンカンプンという人も多かろう。前近代西洋征服王朝なんかだと大変で、現地語+支配階級言語植民地支配してたヨーロッパ言語、をやらなければいけなかったりする(アラビア語オスマン語+フランス語、みたいな感じ)。いやー、西洋現代史はヌルゲーの領域っすわ……その国の言語ができれば用足りるからなぁ。現地に行けばネイティブスピーカーいるか勉強簡単だし(アッカド語みたいなネイティブがいない言語習得してる人ほんと尊敬する)。もちろんここで少数民族とか国際関係史とかに興味を持ってしまうと語学沼に引きずり込まれるわけだが。イギリス史なら英語だけでいいだろうと思っていたらうっかりウェールズに興味を持ってしまウェールズ語を勉強することになりました、とか、ドイツ語だけで通そうと思っていたら枢軸国外交に興味を持ってしまったせいでイタリア語も読んでます、みたいな。とはいえこれらは院に進学してからの話(あるいは院への進学を希望する学部生の話)だ。院に進学しない学生卒論レベルなら日本語英語or中国語でじゅうぶん、という運用大学ほとんどだと思う。

ヨーロッパ植民地についてしか述べていないのは、日本植民地場合宗主国言語習得する困難はほぼ存在しないからであって、日本植民地支配をしていなかったと言いたいわけではないので念の為。もちろんこれは日本語母語話者である学生の話で、韓国台湾学生あるいはそれらの国から留学生植民地時代自国史を勉強しようと思ったら日本語を読まなければいけないわけであり、なんというか申し訳ない)

でもまあ、卒論書くのは大事ですよ。たとえそれがレポートに毛の生えたレベルのものであっても、院に行かない学生にとっては専門家指導されしっかりと文献を読み込んだ上でこんな長文を書かされる機会はこの先の人生でなかなかないし、それを経験するというのが大学に行く意味だと思う。院に行く学生にとってはもっと長い修論博論書くんだから当然このくらい書けなきゃ話にならんわけで。

院に進んだら何やるの

留学します。

これも分野によるのだけれど、たいていどっかに留学する。中国史なら中国台湾フランス史ならフランス、みたいに。留学先で大学ゼミに参加したり史料を集めたり現地の専門家指導を受けたり、あるいは分野によっては語学勉強をしたりする。もちろん複数国に留学してもいいし、研究対象国以外に留学することもありえる。アフリカ史を研究するためにポルトガル留学した人がいたり(イエズス会士が書いたものを読みたかったらしい)。で、帰国してから博論を書く(たまに留学先でそのままPh.D獲っちゃう人もいる)。

上述のような事情があるので、歴史学を専攻している人はたいてい4年以上博士課程に在籍する。ちゃんとした大学で3年で博士号獲るのは一部のバケモノだけです。たまにいるんだよそういうバケモノが。日本史なら楽勝かというとそういうわけではなく普通に4年以上かかってることが多い。留学期間とかもあるので、博士課程の先輩に学年を聞いても即答できないことが多いから気をつけよう。29歳でドクター? 夢物語かな? まあ本当に文系大学院なんて資産の子供か養ってくれる配偶者持ちか自殺志願者以外は来ない方がいいです。男性歴史学者が書いた研究書のあとがき奥さんへの謝辞が書いてある場合、もちろん本当に純粋感謝の念であることも多かろうがけっこうな確率で一時期ヒモ生活を送っていたことへの感謝だったりする。奥さん実家でチクチクとイヤミを言われた経験を聞かせてくれた教授もいらっしゃる。これ有名大学の教授様になれたから笑って話せるだけで、なれなかったら悲惨だよな……。まあでも、研究者の不遇っぷりは文理問わないか

2018-11-18

anond:20181118134937

若者現代史は一応勉強

どうかねえ。日本の歴史教育バランスを欠いていたのは確かで、それが新歴史教科書会が一定存在感を与えたりしたと思う。

ネット右翼若者でないとしても、若者ならば左派思想ってもそれは違うだろう。

結構いるしな。右翼的友達。、

2018-09-19

anond:20180919011427

団塊世代高卒中卒が現代人よりも一貫してハッピー経験しかしなかった苦労知らずのように一方的に決めつけるのは、さすがに後世の人間高慢を感じる……

そういう側面もあろうが、そりゃ団塊ちゃんたちが能天気に見えるのはしゃーない。

そもそも増田には世代論や社会論を誰かに伝えるための知識ボキャブラリーが欠けているとも感じる。

団塊世代が後の世代と比べて異なる点は、単に数が多いだけではなく、「未来はただ明るく希望に満ちている」と思える時期に若者だったという点だ。

団塊世代戦争を知らない世代でもあり、朝鮮戦争特需のころに子供時代を過ごし、生活が「どんどん良く変わっていく」ことを実感して育った世代

一方でそんな都合のいい景気成長が続くわけでもなく、また、社会が豊かになるにつれて入ってくる情報量自体も増えるから耳触りの悪い情報も増えてく。

なので、団塊世代以降は、成長する日本恩恵と同時に公害やら高齢化やらオイルショックやら冷戦やらなんやかんやの事件社会情勢を見ながら、未来は必ずしも明るいと限ったわけでもないと感じて育ってきた(らしい。自分の親がそんなことを言ってた)。

この辺は自分戦後史と戦後風俗の年表でも作ってみたら。年表に団塊世代の年齢とその後の「シラケ世代」とか言われたりしてる世代の年齢をあてはめたりすると実感しやすくなるよ。彼らが14歳の時に、17歳の時に何が起こったかと見ていくと面白いし、少しはマシなことを考えるための材料にはなる。ついでに自分の年齢も現代史年表にあてはめてみてみると面白いよ。

2018-08-08

anond:20180804152511

歴史人口学で見た日本』はともかく、『ユーゴ紛争』って、体系的な読書入り口になるか……?

いや、ユーゴ紛争とか国際政治かについて関心を持つ糸口にはなると思うけど、良くも悪くもルポルタージュなので、体系的な読書入り口になるかっつーと微妙では。

ルポルタージュルポルタージュとして興味深いものだけど、往々にして「入り口」というか「とっかかり」であることが多い。本当に相手に体系的にものごとを知ってほしいなら、導入は別の本がいいんじゃないの。

もし国際政治とかそういった話に興味を持ってほしいなら、ナイ&ウェルチ国際紛争』(http://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641149175)とか、あるいは有斐閣政治学入門のやつ(http://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641150256)とか。

東大出版会最近政治学の入門シリーズ出してるな>http://www.utp.or.jp/book/b297525.html政治学の入門としてはお手頃かなと。

民族問題とかそういうテーマにいざないたいなら、『民族ネイション』(https://www.iwanami.co.jp/book/b225944.html)とか、『民族紛争』(https://www.iwanami.co.jp/book/b226218.html)とか。『ナショナリズム論・入門』(http://www.yuhikaku.co.jp/books/detail/9784641123359)はちょっと初心者にはとっつきにくいかな。

ユーゴ紛争に興味を持ってほしいなら、『ユーゴスラヴィア現代史』(https://www.iwanami.co.jp/book/b268264.html)とか、最近出たやつだとマゾワーの『バルカン』(http://www.chuko.co.jp/shinsho/2017/06/102440.html)なんかがいいんじゃないの。

国際紛争』はレベル的にも大学新入生がちょっと背伸びして読んでみるくらいだから青二才さんにちょうどいいと思うんだよね。色々おもしろエピソードが紹介されてたりするし。やっぱり英米教科書はおもろいわ。

あるいはどんな入門書が適切かわからん問題もあるのかもなー。青二才さんが何かの入門書を探したい、となったときには、だいたい、

この辺をチェックして入門書探して、そこから参考文献を芋蔓式にたどっていくのがいいと思うんだよね。

ただまあ最終的には青二才さんに興味がないとどうにもならんところはあるので。You can lead a horse to water, but you cannot make him drinkですよやっぱ。

2018-05-26

ジャップランドという極東島国

無茶な戦争をして

焼け野原から経済復興して、おおっと思ったけど

結局無能なので自滅して

ものすごい勢いで衰退していった

現代史の中でもなかなか珍しい国として記憶されるんだろうな

2017-10-24

まあ支持しないの観念に基づけば1955年体制やらの保守合同の失敗が導き出せるんじゃないんですか現代史地理の授業で辟易たことぐらいしか寝てたのでよく知りませんけど

2017-09-28

anond:20170927194939

あー、その増田は別増田さんですが、日本新党以降の政治動向は、高校現代史で学ぶにも現代すぎる時期なのもあったり、

日本全体が暗黒期だったし、今の日本が抱えている問題の少なくない部分が、

問題の根っこはその前の自民党時代からずっとあって自民解決する気がなかったとはいえ、

この辺から「取り返しがつかなくなった」ターニングポイントだったりもするしね。

この際だから、お若い方も、「広告塔政治やらせ衆愚政治の経緯」と

それから続く今の体たらく」を知ってくれるといいなーとは思っている

2017-09-22

ルース・ベネディクト菊と刀

本屋で冒頭数ページ読んだら、「『菊と刀』とは、一見繊細で芸術を愛するように見えるのに、ふとした局面に途端に暴力的で強権主義的になる日本人の、二面性の著しさの象徴である」(要約)と書いてあって、もうそれだけで「この人はわかってるなー」と思って買わずに帰ってきたんだけど。

 この、70年前の戦争記録から日本人分析した論文と、ほぼ同じような感想を、現代日本を観察する欧米人の多くも持っていることだろう。日本に生まれ育った俺でさえ、これがまったく不思議しかたない。

 多くの日本人は、俺やこの種の欧米人にとっては当然のように「あわせて備えているもの」と感じられる性質のセットの、どちらかが平気で欠けていたりする。たとえば理系芸術分野に携わる人間の、社会的理想像の幼稚さ……なんて言うと文系はてなサヨクは小躍りしてそうだそうだと言いそうだが、逆に言えば、歴史社会を興味対象にする連中の、創造活動への関心の低さも異常なのである

 ネット大人気の「自炊は高くつく論」なんかもこの例である

「生まれて初めて料理ハンバーグ)をするために調理器具から小麦粉から買ってきたら1まんえん以上した!自炊は高い!」なんて、冗談としても発想が小学生レベル稚拙記事を、いつもは『吾輩は知的である』なんて顔をしてる連中が「そうだ自炊は高いんだ」と拡散したりする。

 まず、こんな記事を書けるような年になるまで、本当に一回も料理をしたことがない人間なんて、その時点でただの教育の失敗とは思わないのだろうか。

 良い年して現代史もまともに知らず、ネットで感化されて修正史観にハマってしまネトウヨと、低レベルさにおいて何が違うんだそれは。

 欧米の「リベラル」はこんな中庸に欠ける連中ではない。少なくとも、主流の「スタイル」はこれほど低レベルではない。

 人権意識を持ち、環境配慮をし、知的好奇心に溢れるインテリからこそ、「自分でやる」ことへの情熱を失わない。下手でもDIY自炊への憧憬を見せる。

 一方で、アーティスト職人肌のギークたちが、社会環境配慮したものづくり意識し、積極的メッセージを発信することも、ごく当然のように行われる。ギーク系のニュースサイトブログでも、人道/環境配慮科学技術政策のあり方(政治議論)に、正面から切り込んでいく。

 これらは日本ではほとんどみられないものだが、本当にその理想を追求したのなら、人を知ることはものを知ることであり、ものを知ることは人を知ることであるといずれ繋がるのは、このように論理的には必定に思える。欧米では「当然あわせて備えているべきもの」と(少なくとも至上の理想レベルでは)見なされているこの両輪に、何故日本ではこんな断絶があり続けるのだろう?

 『菊と刀』の奇妙な同居は、結局のところ、ものごとを薄っぺらな表層レベルしか装えない、日本人精神性の貧しさの現れでしかないのではないだろうか。

2017-06-05

高校世界史を選んだ

山川日本史話題見てふと思い出したので書く

15年前くらいの高校普通科で1年次は世界史Bは全員履修で日本史B地理Bが選択科目だった

日本史好きだったし、当然のごとく日本史を選んだ

1年次にその選択をしたときは、2年次でも当然日本史を選ぶものだと思ってた

(2年次で、最終選択として世界史B日本史B地理Bからどれかひとつを選ぶというルールだった

でも歴史科目が2つあるのはめっちゃしんどかった

テストのたびにひーひーいってた

結局2年次は、迷わず世界史にした

なんでかというと日本史肥料名前まで覚えるってのが出てきてもう限界だと思ったか

肥料とかどーでもえーやろと

でもそのインパクトのおかげでいまだにその肥料名前覚えてる

草木灰

世界史は楽しかった

各国の様子を広くあさーくやる感じがちょうどよかった

漢字めっちゃ少ないから、カタカナで覚えたままテストで書けばよかった

うそうこの程度でいいんだよという感じ

でも教科書は国・地域ごとになってるから時代の横のリンクを考えるような問題は苦手だった

あと現代史は苦手だった

授業が受験モードに入るくらいのタイミングだったせいで授業自体がかなり飛ばし気味だったし

ややこしい漢字用語略語がたくさんでてくるようになったか

結局センター試験現代史ほとんどわからないまま臨んだ

でもその年はたまたま現代史がまったくでなかったおかげで、まさかの98点だった

(最終的にはその年の国語自分と相性悪くて点数低かったかトータルだとどっこいどっこいだった

世界史しかったなあ

スーパーセールにいそうな声の甲高い普通のおばちゃんって感じの先生だったんだけど、世界史雑学をたくさん知ってて、授業がめっちゃしかった

その言葉をならったときからずいぶんたった授業で「ずっと前のあれなんだったか答えて」ってあてられて、それを思い出せて答えられた自分がすごく誇らしくてうれしくて楽しかった

胡語・胡服の禁・・・今でも覚えてます先生

2017-04-28

http://anond.hatelabo.jp/20170428130025

東京中心日本を学ぶためには明治政府の成り立ちも知る必要があり、

そのためには・・・って感じでどこまでも続くんだけど何言ってんの?

 

日本史世界史に加えて1945年を境目にした現代史って科目の設立なら同意

2017-03-07

http://anond.hatelabo.jp/20170307085009

高校によって違うだろうし、一概にも言えんが、少なくともうちの学校は授業の質においてはお話にならなかったよ。

中高一貫校で6年間英語をやっているのに、ぜんぜん読めるようにならない。文法の穴埋め問題集やらせ教科書日本語訳言ってるだけなんだから当たり前だよね。

結局生徒の大半が高校2年生から伊藤和夫参考書を読んで、英文が読めるようになっていた。今までの5年間で出来なかったことが、2か月で出来るようになっちゃうんだからみんな唖然としていた。

日本史に関しても、武士が発生した理由とか、緊縮財政の仕組みとか、全然からない。板書をひたすら写してるだけなんだから当たり前だよね。そもそも現代史までたどり着かなかったし。

結局みんな予備校に通って旧石器時代からやり直して、夏が終わるころには基本的なところはあらかた分かるようになっていた。

高校受験予備校じゃない」ってのはよく分かるが、上みたいな事態に対するエクスキューズになってんのかなぁその理屈は。まぁうちの学校だけかもしれないか一般化はしないけど。

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