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はてなキーワード: 職場とは

2017-10-23

いや~増田ちゃんの入れるお茶はおいしいね

今の職場総合職として入社した女なんだけど。なおアラサー独身

新卒入社をするときには企画営業で応募してるし、普段仕事も同期男性ほとんど一緒の仕事をしてる。

なお同じ課に総合職で入った女性は私だけで、先輩女性も一応いるけど子育て中ということもあって夜遅くまで残業はしない。

私の仕事が遅いのもあって繁忙期には終電ギリギリまで職場にいることも多いのだけど、月に数回本社から社長エリア会議のために訪れる。

うちの会社エリア会議は夜8時以降にするのが定例になっていて、その時間になると一般職派遣女性はみんな帰ってしまって残っているのは私だけということがほとんどになる。

それで社長が来た時には残っている社員全員で挨拶をしてから支店長とか上司数人が会議室に入る時、絶対お茶くみ役をさせられる。

同期には数人男性社員がいるのだから順番にして欲しいと何度も訴えるのだけど、「そんなこといわないでさ」とやんわり押し付けられる。

社長には個人的な恨みはないし、むしろ面接の時にかなり丁寧に対応してくれたのでそのあたりは感謝している。できれば良好な関係でいたいとは思う。

でもどうしても自分にだけお茶くみをさせられるのが納得できない。

それでつい最近にそうして会議室お茶を出しに行ったら社長から「いや~増田ちゃんの入れるお茶はおいしいね。頑張ろうって気になるよ」的なことを言われた。

多分忙しい中でお茶を入れた私をねぎうつもりだったのだろうけど、本当に全く嬉しくなかった。

褒めるくらいなら他の男性社員お茶くみさせろよと思った。

そういうことを社外の同級生や両親、姉妹相談をしたところ「社長に好かれてていいじゃない」とか「お茶くみくらいいいでしょ」的なことを言われてしまった。

でもどうしても納得いかない。

どうせ増田の高脳様たちも「そのくらい社会人なら我慢するのが当然」とか言うんだろうけどさ。

anond:20171023020648

統計的に育休を織り込めるほど母数が大きい職場を想定してるならそれは「カバー」じゃなくてカバーされた状態が「適正」だよね。もっとも、ン百人ン千人が同じ業務に就いているっていう前提が必要だけど。そんな職場あるん?

https://anond.hatelabo.jp/20171022084721

ものすごく同じような環境にあったものです。出張が多くて、イキイキママやイキイキパパの家庭の都合で予定が二転三転し、お盆休み消滅しました。突然の呼び出しも多くて私的用事どころか、自分キャリアアップのための予定も入れられず、年中心が休まらなかった。私の職場のその方たちは自分は当然の権利を主張していると絶対に頭を下げない、独身人達を見下し、早く結婚して子供を産めと言ってくるということもする人たちだったので、精神的にも肉体的にも本当にしんどかった。

今は別の職場で働いていますが、そもそも職場家族の話はしないし、家族がいても家族理由こちらに無理を強いる人はいません。職場モラルの違いを強く感じます。前の職場不正とかハラスメントとかが多くて、毎年新聞記事になっていて、そういうことをする同僚や上司尊敬できない、セクハラ気持ち悪い、不正に巻き込まれたくないというストレスも大きかった。一部の権利を主張する人たちがやりたい放題で、それを見過ごす上司がいるというのは、コンプライアンス問題を抱えた組織ということなので、子育て社員フォローだけの問題を抱えているわけじゃなくて、それ以外のいろいろな問題を抱えているということなんだと思います組織全体の問題であれば、一人で改善できるものではないので足を洗う方が賢いと思います

前の職場トップダウンで、現場の状況を何も知らない管理職が無理強いするのをひたすら聞くしかなかったのですが、今の職場は下の者の話も少しは聞いてもらえて、配慮してくれる管理職もいて、民主的です。その辺の組織意思決定の仕方の違いも、子育て社員フォロー問題関係しているかも。

一度地獄を見たせいもあり、今のところの職場環境は(同僚によるとそれなりに大変だというのですが)、私にはそれほど大変に感じられません。可能であれば同じ業種、似たような仕事で別の会社転職してみるというのもありかも。転職活動は確かに大変なのですが、「前の職場が大変だったから」ではなく、今までまじめに働いてきたことを伝え「こういう仕事がしたい」とポジティブな感じでアピールすると道は開けるかもしれません。皆さん理想的にはこう、というコメントをするけれど、実際のところ個人でできるのはそのくらいだと思います

私も配偶者子供仕事も全てほしいという人たちのために、配偶者子供もなく仕事もいつまでできるかわからない自分必死で働かないといけないのかと本当につらかった。口に出すと、増田さんを叩いているような感じの人達職場にもいて、さらに責められて、救いがなかった。でも今は自分の将来を考えながら自分のために働けて精神的にとても楽になりました。職場の体質にもよるけど、ひたすらイキイキママ、イキイキパパだけをほめたたえて支援する政府のあり方にも問題があるように思う。独身でいる権利も、子供を作らない権利もある。LGBTとか不妊の人にも配慮する必要があるなら当然のこと。多様な人がそれぞれの生活尊重されながら働ける環境を作れるように、制度を作っていく必要がある(でも選挙でそういうことを言う人はいなくて、なんだか残念だった。)

2017-10-22

anond:20171022222527

社畜or無気力の2種類しかいないとはまた極端な職場だねえ。同情するわ

保育園高すぎてやばい

マジでやばい。高すぎ。妊娠してから知って驚いている。

現在妊娠3カ月。保活はまだしてないけど

まれてくる子供とどんな生活をしようか、うきうきどきどきしながら、

自分が住んでる地域保育園事情を調べてみたんだ。

きっちり計算したわけではないけど、3歳未満の認可保育園の保育料がだいたい8万円だった。

うちは子供2人か3人ほしくて、2人目は2歳差がいいかななんて妄想してたら、

2人目の3歳未満の保育料はプラス5万円くらい。

月々13万円。うちの家賃より高い。やばい

もちろん、みんながこんなに高額な保育料を払っているわけではないことは知ってる。

うちは夫婦共働き旦那年収が800万円、私の年収は400万円くらい。夫婦そろって都内で働いている。

ありがたいことに、同世代よりも少しお金に余裕はある。

だけど!!

月8万はやばいでしょ。2人で13万とかやばすぎでしょ。

私の収入残業代ボーナスによるところが大きいから、育休から復帰して時短勤務になったら月の手取りが15万くらいになる。

私が職場復帰するときに2人保育園に預けたら、働かないよりも金銭的に余裕ができるかどうか、かなり微妙

(ところで、私の地域世帯年収が高いと保育園に入れないらしい。

決まった社会福祉予算優先順位をつけるとしたら、年収が低い世帯から入園させるのはわかるけど。

我が家の条件で入園できそうかどうかとか、そこらへんのリサーチはこれからやる。)

正直なところ、自分キャリアや生きがいのために働くというよりは、

子ども教育費のため、それから家族で少しだけ贅沢をするために働きたい。

それから、将来不安から働きたい。

いつまで今の年収が維持されるかわからないし。

認可保育園に入れたとして、子どもが3歳以上になったら2人預けても月5.5万円くらいになるはずだし、

正社員共働きを続ければ、金銭的な面で将来に子供が望む進路を叶えやすくなると思う。

今のところ、うちは少しはお金に余裕がある。

でも、将来的に余裕があるとは限らないから、今の仕事を手放すのは惜しい。

きっと今の仕事を辞めたら、今以上に稼げる仕事に就くのはおそらく難しいだろう。

手に職があるわけではないし、子どもがいたらきっと非正規しか働けない。

保育園に入れるのか。

保育園に入れて復職できたとして、自分収入ほとんど保育料に消えていく現実モチベーションを保てるのか。

両親の援助を得られない中、心折れずに働き続けられるのか。

わかならい不安だ。

とりあえず、保育料高すぎてマジでクソ。

痴漢」と「48時間チャレンジ」にみる「葛藤を抱えられない心性」について

そういうなかから、行動化を防衛機制の一つとする見方も出てきています

本来防衛というのは、そういう「不適応行動」をしないための手段であって、その主たる目的は「自分内面平穏にする」「自分の中で葛藤が起こらないようにする」「自分内面葛藤を抑えてもっていられる」ということなのです。

もっていられる能力は人によってかなり違いますけれども、もっていられないものをなんとか始末してしま方法というのが防衛機制であるわけです。

(中略)

まり、行動で発散してしまうので自分の中で葛藤を溜め込んでもっていないで済む。

それから欲求を即充足してしまうこともできる。

防衛的な観点から言えば、そのやり方によって自分内面葛藤状態を予防している、または解消しているといえるわけで、

そういう味方をすれば、行動化は防衛でもある、という見方ができるわけです。

引用:「馬場禮子(1999),精神分析心理療法実践,岩崎学術出版


この記事およびこの記事を読んでの雑感

現代において、精神医学もしくは臨床心理学対象が「葛藤を抱えていられない」になりつつあることは諸家が指摘する通りだと思う

社会的に「自由」というものが認められず、人々が単一規律常識などに従わなければ生きられなかった時代においては

治療者の対象は「自分を抑えてしまう」ことが成因になるような病理対象であった

一方、現代においては「自由であること」が病理の成因となる

利便性選択肢の増加は、欲求葛藤の解消をインスタントものへと変化させた

「辛くなればやめても良い」「苦労しなくても退屈は紛れる」「ネット越しなら誰かを批判しても、見なければ反論は来ないし直接的な被害はない」「自分の歪んだ欲望も受け入れ、肯定し、賛同共感してくれる場所がすぐにみつかる」

しかしその一方で、いざ職場に行けば規律を守ることを要求され、規定時間以上の労働に駆り立てられ、下手をすれば休日返上して出勤する

私生活における幼児的万能感の世界と一転して、社会生活要求される自己への規制は非常に強いものとなっている

このアンバランスさは、時として人を分裂させる

私生活としての私」と「社会に生きる者としての私」は、かつてないほどに乖離し始める

もはや、「社会人としての私」は「本来自分から離れ、自我親和的はいえない

反動形成に近い防衛機制が働くこととなる


48時間チャレンジ記事を見て、「これ、ボーダーの子の試し行為じゃん」と思った人もいるだろうか

素直に甘えを表現することへの葛藤も処理できず、かといって甘えたい欲求を別の形で処理することも出来ず

明らかに不適応な形で自らの親密・依存欲求を満たす行為のように見える

自立と依存葛藤を維持し、家族ではなく他者に親密さと依存対象を広げていく過程にある青年期において

家族依存欲求失踪という試し行為の形で達成するのは、どこか歪んでいるようにみえ

満員電車というのは、名前も勤め先も知らない人々が密着した状態で、強制的一定時間を過ごします。辛いから何も感じないように、大抵は自分感情スイッチオフにした無の状態になる。そんな異常な空間の中で、ふいに女性に触れてしまうと、それが予想もしないくらいの衝撃的な体験になってしまう。

私はこれまで200人以上の痴漢常習者をヒアリングしてきましたが、彼らの多くはその最初感覚を『身体に電撃が走った』と言います。本人が意図せずに触ってしまって、そこから『あ、こんな柔らかい感触があるんだ』と衝撃を覚えてしまう。少し言葉は悪いですが、痴漢の始まり方はこの“ビギナーズラック”のパターンが一番多いんです



公私での混同を許さなくなった社会では、時として人格の解離が状態化する

「辛いから何も感じないように、大抵は自分感情スイッチオフにした“無”の状態になる」という一文は示唆に富む

私では過剰に発散し、公ではひたすらに抑圧し何も感じないようにする

自我自体脆弱なままなのに、その空間他者の柔らかい感触侵入してくる

そうすると、脆弱自我はもはや「触りたいけど触ってはいけない」という葛藤を維持できず、行動化に移る

現代においては、そうした前エディプス的な段階での病理が多いように思える

物質的に富、自由と自立が個人裁量で賄われるこの時代においては

社会的規律によって自我機能が助けられていた時代より、葛藤処理が個人自助努力にのみ任ぜられるために、かえってバランスを欠いた人間性が生じやすいのかもしれない

葛藤を抱えられない心性」は、社会システム変遷から生じた病理である

次の時代において、子の心性はいかなる形で変容するのかが気になる所である

死ななきゃいけない気持ちに振り回されていた僕のお話

内面の整理のために吐き出しています、その関係上乱文になってると思います

僕の中学時代地獄だった。

間違いなくあそこに地獄があった。

少なくともあの時の僕にとっては地獄だった。

虐められた、とても虐められた。誰も味方がいなかった。

虐められるターゲットだった。友人は居なかった。一人だった。

家の中にも安らぎはなかった。家もまた気を張る場所であった。信頼ならない場所であった。

母は精神障害者だった。弟は知的障害として小学校の時分から養護学級の者として生きていた。父はそんな二人の世話に明け暮れていた。

とても頼ることなど出来なかった。

学校では「死ね」「キモイ」そんな言葉がずっと浴びせかけられていた。常に居場所がなく、昼休みは別の校舎の廊下音楽室の陰といったひと気のない場所避難する時間であった。

とても辛かった。そんな場所だった。

部活小学校の時にサッカーが好きだという理由サッカー部に入った。大失敗だった。

部活にも勿論居場所はなかった。選ぶ場所を間違えた。

部活中にも時折、野球部の方からボールが飛んできて僕に当たっていた。たぶん、ぶつけられていたのだと思う。頭に何度も当たっていた。とても辛かった。

中学校1年の2学期から休みがちになった。1学期でも体調を崩しがちであったが、休むために休んでいたのはこの頃だったように思う。

とても行くことが嫌だった。そんな風に休むものから勉強も遅れがちになった。宿題が溜まったのもより行きづらさに拍車をかけた。

英語がついていけなくなった。

家は貧しかった。貧しいが故に常識も知らなかった。小学校宿泊研修で初めてリンス存在を知る程度には貧しかった。

とても閉じていた。服もなく、娯楽を知らず小学校夏休みの絵日記に苦労していた、そんな記憶が残っている。

旅行に行く人達を羨ましく思いながら、隣町の祖父母の家に行く位が一番の遠出だった。

どんどん私は中学校に行けなくなっていた。田舎中学校故だろうか、治安もよくない学校であったのも一因だったとは思う。

通学の自転車指定自転車だったが、指定の物ではないものを買い与えられ、そのことがまた虐めの原因にもなっていた。

通学することが苦痛だった。

家の中では良い子でなければ、迷惑をかけないようにしなければならず、学校には居場所がなく、そんな状況が続いていた。

中学1年の三学期にはほとんどいけなくなっていた。ひたすら虐めの恐怖に怯えていた。布団の中でまるまって何故虐められるのか分からず、相談できる相手もいない、一人で苦しみ続けていた。

家の外に出るのが怖くなっていった。休んだことを揶揄されることもまた恐怖だった。ひたすらに家の中で時間を過ぎ去るのを願っていた。夜になってようやく少しだけ外に出られるような有様であった。

中学2年には全く通うことができなくなっていた。申し訳ないと感じつつも動くことができなかった。昼に父が職場から帰ってきてお昼の支度をしてくれる時間が僅かばかりの気晴らしといった毎日であった。

中学3年のころには少しだけ保健室登校のようなことをしていた。それでもほとんど休んでいた。勉強についていけなくなっていた。将来の恐怖に押しつぶされていった。

受験があった。とてもできず、また遠方へ通えるような財力はなかった。地元の県立高校に進学した。

高校に入った。周りは大人になっていたからか、虐められることはなかった。だが、僕自身人間不信になっていた。やはり一人だった。

そして、とても落ち着かなくなっていた。

授業中に突然笑いだすようなこともあった。エア友達脳内会話して笑いがこぼれていた結果だった。

ギャップを感じていった。普通が分からなくなっていった。休むようになっていった。精神科へ通うことを勧められた。ここで初めて通うようになった。

月イチでの通院の日々だった。それでも行けないことには代わりはなかった。

出席日数が足りなくなっていった。補修を受けるようになっていた。補修にも行けなくなった。単位を落としてしまった。通わなくなった。

単位複数落ちてから、一つだったら頑張ればなんとかしてあげれたと言われた。もう遅かった。手遅れだった。

留年するか転校するか退学するかの選択肢となった。金銭上、転校することは出来なかった。そのまま退学することになった。

高校に入ってからしばらくしてから与えられた携帯ネット依存するようになっていった。

普通じゃなくなっていく苦しみを誤魔化していた。なんとか逃れようとしていた。

ネットに居場所を求めるようになっていった。その間は少しだけ救われていた。

現実は苦しかった。

将来への絶望は消えなかった。

父母弟の介護をしつつ、田舎から出られず永久にそのまま終わるようにしか思えなかった。

ネットへの依存は加速していった。

17になった。心を誤魔化すためのゲームで繋がりができていた。オフ会に参加することになった。

オフ会に参加するのが唯一の遠出だったと思う。

隣の県まで電車で行った、少しだけその時は救われていた。

18になった。早く頑張らなければ、何かしなければという焦りと苦しみがちりちりと焦がしていたが見ないようにしてゲームに没頭していた。

19になった。オフ会で会った友人たちが大学生になっていった。僕は一人取り残されていった。

また一人になった。

一人の時間が長くなった。その分だけ余計に焦りと苦しみが増していった。向きあおうとして、オフ会の友人との繋がりを控えた。

より苦しくなっていった。薬に甘えないようにせねばと思ってあまり通院してなかった時期でもあった。

夜に原付飛ばしてみたり、自分なりの反抗をしていた。それでも苦しさは消えなかった。

夏の終わり、自殺を図ろうとした。海の近い町だった。このまま砂浜から海に入っていけば泳げない自分死ぬのではないかと感じていた。

服が海水を吸って重くなっていった。明確に死の恐怖を感じた。このまま自分が死んでいなくなる恐怖だった。この世から消え去りたくないと感じた。

砂浜へ引き返した。びしょ濡れのまま、一人家に帰った。自殺しようとしたなんて打ち明けることなど出来なかった。

死ななきゃいけないという感情はそれでも消えなかった。僕は考えを捻じれさせていった。

死ななきゃいけないなら、自分自身死ぬことを納得できる人間になろうとすればいいじゃないかと考えるようになっていった。

当時のニュースの影響もあって、大量殺人者に憧れるようになっていった。ああすれば死ねる!と。

30になったら行おうと思っていた。そこまでの命ならと思って、散財するようにもなっていった。

課金ゲームにハマっていった。諫められても、助けてくれなかった親への恨みから正当化していった。

深みにはまってどんどん続けていた。

20になった。成人式を迎えた。流石に焦りを迎えた。

バイト探しをするようになっていった。田舎から求人は貴重だった。

毎度のごとく落ちていった。

21になった。レンタルショップバイトに受かった。バイト代はすべて課金ゲームにつぎ込んでいった。

22になった。僕はバイトのままだった。世間就職にまた焦っていった。

23になった。友人の誘いで地元原発作業員になった。入ってウキウキ気持ち原発への嫌悪感がごちゃ混ぜになっていた。

半年で辞めてしまった。よりヤケになっていった。クレカ借金を作れば自分死ぬことに納得いくだろうと破滅的な行動が増えていった。

24になった。転職サイトで中途で入社した。ネット販売員だった。営業だった。件数全然取れなかった。頑張っても取れなかった。

頑張ることの意味が分からなくなっていった。努力しなくなっていった。ネットへの依存は深まっていった。

グループ内で転籍させられた。借金は増えていった。死にたくてたまらなかった。

25になった。課金ゲーで出会った友人に職に誘われた。僕は後先考えずに飛びついた。殴られるような営業から逃げられると思った。

転職先は良いところだったが付いていけなかった。そのころにはもう考えてもストレス意識が飛ぶようになっていた。

転職先を辞めてしまった。

無職になった。生活保護を受けるようになった。治療を受けても、あまり合わなかった。借金は残ったままだった。

四か月経ち、今日バイトを始めた。あまりのおぼつかなさに愕然とした。

死ななきゃいけない声が聞こえていた。今までは、周りを批判的に見たり、自分の実力を弱く見せたりして補助を貰おうとして誤魔化していた部分も遂に終わりを迎えた。

虐められていたときに亡くなった祖父母へのお別れの気持ちも1週間ほど前に整理がついた。

中学のころからの死ななきゃいけないを外すときが来た。そんな風に思えた。

借金は今、自己破産手続きが進んでいる。

みんな選挙行った?とかw

職場で「衆院選期日前で行った!?」とか聞いて回ってる人々へ。一日中選挙に行きましょう」って放送してるお役所さんへ。

もういいかげんやめろよ、正直おせっかいなんだよ。

衆議院参議院の違いとか小選挙区比例代表の事もわかっていないような連中に「投票行った方がいい」とか言って何になるのよ?民主主義からみんなの意見総合しないとね♪うん。でも新聞政策もまともに読めない様な連中を無理やり投票させて何になるのよ?いーんだよ、行かなくて。いいんだよ、投票率低くたって。ある程度今回の選挙重要性をわかってる奴らだけが投票すれば。親ならば(家庭の事を考えて)小学生の子供に家計判断とかさせないでしょ!?親ならば自宅の玄関前でツバ吐きたむろしてるヤンキーに注意するかどうかの判断をさせないでしょ!?田舎ヤンキー消費税あげるかどうかとか聞いてもしょうがないでしょ!?それと一緒。判断するだけの基礎知識がある人だけが投票に行けばいい、その方が選挙に行ったあなたの一票の重みが増すのだから

台風の陰で普段言えないことを吐く

職場身体障害者がいる。

簡潔に言ってすげー仕事できない。

仕事デスクワークで、自分たちと同じ仕事をすることを期待されてその人は雇われたのが、あまりにも仕事ができなさすぎて別の仕事を与えられた。ちなみにこれは前代未聞だった。

その人が仕事が出来ない理由としては、「人の話を理解しない」「〆切を守れない」「一度同意した事項について書面を残してあるのに違うことを言い出す」「ミスをしたらぜんぶ人のせいにする」「自分の頭で物事をきちんと考えられない」といったところだ。このため同じミスを繰り返すことは日常茶飯事だ。

単に仕事ができないだけだったらまだマシなのだが、人の仕事ケチをつけたり自分のやりたい事を主張してきたりしてきてすげー邪魔

本来であればやりたい事を主張するのは歓迎すべきことなのだろうけど、やりたい事を聞いてみると筋が通っていなかったり人のリソースを奪うようなことばかりしていて、言われる度にまたかよとげんなりしてしまう。

自分だけじゃなくて幾人もの人が何度も丁寧に何がいけないのか、どうしたらよいのか、どうやって考えるといいかのヒントなどを様々な手法で細かく説明してきたが、全くもって梨の礫。

さっさと辞めてほしいけど、障害者から強く出れないらしい。

頭ではちゃんとした障害者の人たちだって多くいると知っているが、この人を見ていると障害者から甘やかされて、どんなくだらないことをしても褒めてもらって異様な自信をもつようになってしまったのでは?と思ってしまう。

事実がどっちだって目の前の問題解決にはつながらないのだが。

もう関わりたくない。

anond:20171002103135

そっか。前に最初コメント書いたものだけど、やっぱり難しかったね

悪いのは増田じゃなくて、適正にあった派遣先を紹介できない派遣会社からまり落ち込まないで

慣れない環境職種増田は十分頑張ったと思うよ

うちの会社派遣さんは楽しそうに仕事してるよ

少し前の記事からもう見つかったかもしれないけど、いい職場もあるから腐らずに頑張れ

anond:20171022110943

同僚で職場が同じなら、まずランチから行く。

同じ仕事しているらしいし、周囲からも怪しまれない。

今すぐやりたいぐらいにかわいい子が職場にいるんだけどどうしよう

ずっとムラムラしてる

なお、話しても目を合わせられないぐらいかわいい

役職が下の年上に、タメ口ガンガン話してる

年が近ければ、距離感近ければ、上役でもタメ口

職場だけど、どうかと思うが、注意されないし、やめられない

じゃないと、ハキハキ話せない

職場大掃除したら昭和広告がたくさん出てきた

地方創業60年くらいの中小部品メーカーです。

事務所移転をすることになって大掃除をしたのですが、おそらく70~80年代くらい?(今30代なのでよくわからないのだけど)のカレンダーとかカタログとかがたくさん出てきました。

カタログ広告は主に工業機械コンプレッサーとか旋盤加工機とか)や部品類のメーカーのものなんですが、そのほとんど全部に水着のおねえちゃんがついてるんですよね。

今時のエロ写真とかと違って、露出の少なめな女優さんらしき人が水着でほぼ棒立ちしてるだけなんですが、こういう時代もあったんだろうなと思ってしまいました。

当時の人はハワイとかグアムとか好きですね。背景がみんな南国です。

2017-10-21

https://anond.hatelabo.jp/20171021030954

毎朝手にぶらさげてくるコンビニ袋の形状からして、幕の内弁当系のごはん、焼鮭、だし巻き、フライみたいなもの構成されている平たいお弁当。お昼に通りかかると大体そんな感じのもの毎日食べているみたい。同じ内容なら職場の近所にあるほっともっとのほうが安いし温かいいいんじゃない?って思ってしまうのですがね。

anond:20170927222751

トップブコメ「よくわからんけどうちの職場子供産んでる人もイキイキ働いてるし昇進もしてる。もっとそういう会社が増えてほしいものですな」

すごい断絶&他人事で胸糞悪い。

増田のように葛藤して産まない選択をした女性や、産んでも泣く泣く退職していった女性は、このブコメからは見えないんだろうな。

結婚して1年で妻に飽きた

年上で付き合ってすぐ同棲して2年後に結婚したんだが、飽きてしまった。現在28歳です。

彼女と奥さんって全然違うんだなって思った。

家族って感覚が強くて、セックスする気になれない。

お金のやりくりとか生活を共有してる人と恋愛感情なんか今後も芽生え続ける気がしない。

セックスレス旦那のせいにする妻って多いと思うけど、旦那セックス強要してくるのもどうかと思う。

単身赴任とか別居婚とかしないと、セックス欲も出ないし、セックスしたとしてもそれは子作りという作業夫婦関係維持のための作業しか認識できない。

毎日家帰っても話を聞くのもめんどくさいし、休みの日もどこか一緒にいかないといけない雰囲気嫌やし。

奥さんと何かこれしたい!とか無いんよね。。

抱きたいとかも思わないんよね。

最近元カノとか職場の同僚とかのほうが気になるし、久しぶりに恋愛してみたいなって思う。

奥さんもどこかで恋愛してもいいと思うし、そっちのほうが改めてお互いのこと好きになれるんじゃないかな。

奥さんを好きなのかどうかすらいま分からんし、このままあと30年以上も人生共にするって考えたら幸先不安

子供ができたらまた変わってくるんかな。

このまま子供できんかったらマジでやばい気がする。

2017-10-20

子供体調不良ってほんとキツイ

五歳息子が今月からお昼寝がなくなって、生活リズムが変わったせいか体調を崩してる

子供体調不良って当たり前だけど辛い

とりあえず、最悪の状態想像してお腹のあたりがズーンと重くなり、なんとも言えない不安感でなにも手につかなくなる。いや必要最低限のことはできるけど。

不安不安でまだ明確に自分の体のことをうまく言えない息子の意思を汲み取りたくて必死になりすぎて、引かれてる。静かに見守って、容態を見極めなければと思うけどこれがまた難しい。

サービス業パート主婦なので仕事ももちろん休むけど、やはり心置き無くなんてできない。

もちろん職場の人は快くオッケーしてくれるけど、わかってる忙しさと自分仕事の分の手間を別の人にかける申し訳なさ。

元気で煩いくらいよなんて笑っていえるときがやはり1番なんだな。

子供が体調崩すたび毎回思ってる。

元気で保育園に行ってくれて、毎日ご飯食べて寝てくれるだけで、十分。

ほんとそう。

っていうかこの心配が後十数年ずっと続くとか!

子供可愛い分と同じくらい心配で辛い。

親になるって大変だな

大事ものが増えるって怖いことでもあるな。

でも子供たちがくれるいろいろなものはそれを越えるけど

でも今やっぱ心配すぎて吐きそう

下手すればご飯も食べられない

でも私が弱るのが1番ダメなんで必死でご飯詰め込んで、寝たらツイッターはてなみて気を紛らわせて

旦那が帰ってきたら経過報告をしよう。

2歳の娘が横で無邪気に笑って寝やしない!

早く元気一杯の息子に戻りますように

吐き出すとちょっと楽になるな

このはてなダイアリーがあってよかった

ツイッターじゃちょっと言えない長さっていうか支離滅裂な文

でも気は済んだ

明日病院行って休もう。

anond:20171020212823

ああ、優しさって、良いですよね。

私は兄弟がいないので、同年代が多い職場兄弟がたくさん出来たようで嬉しいんです。

ご飯皆で食べにいったり。

ちょっとした自分が考えた仕事のコツを教えてもらったり、

親が教えてくれなかったような、家事の至らない処をわざわざ指摘してくれたり。

正直、家より居心地がいいなんて事もあります

職場における女子の振る舞い

愛想よくすると、勘違いする男はいるけど、

逆に特定の人にだけ素で接するのも、勘違いさせんだぞ

仕事モードオフで話すのは、それはそれで気になるんだよ

俺には、心許してるのかな、って

麻酔科医は本を書く夢を見るか

 どうしても本が書きたくて、そのために19時半からパソコンにかじりついているはずの私は、勤め先の病院下痢嘔吐患者さんを診察していた。当直の医師が重篤な患者さんに付き添い大きな病院移送しなければならなくなり、代わりに呼び出されたのだ。

 何時ごろから具合が悪くなりましたか? 今日の夕食は食べられました? お昼ご飯は何を? ご家族職場に同じ症状の方はいませんか? 

 ……急性胃腸炎のようですね、今は下痢吐き気は止めないで、悪いものは出してしま治療が主流です。その代わり体から出ていく水分やミネラルを補う点滴をしますよ。お時間かかります大丈夫ですか? 

 医者という仕事はいつもこうやって人生の大切なものに食い込んでくる。娘が骨折した時も手術室からすぐには出られなかったし、小学校卒業式最中にも勤め先で医療事故があり緊急で呼び出された。あげく「本を書きたい」と願えば、オンライン講座の時間に呼び出しである

 医者になりたくてなった人は、こんなことを切なく思わないんだろうか? 思いは空を漂うばかりだ。

 40年ほど前、当時住んでいた家の側の高台に、国立医大が建った。母は小学生の私に、坂の上を指さし「あそこに行ってね」と言った。その瞬間、私に他の進路の選択肢は一切なくなった。

父は思慮深いやさしい人であったが、ヒステリックで我の強い母を制御できなかった。

 「このハゲ!」と叫ぶ国会議員や夫の不倫動画で指弾する女優さんを、私は直視することができない。ワイドショーでうっかり見てしまうと鳥肌が立ってしばらく戻らない。その年頃の母とそっくりだからだ。 

 長い長い坂道を6年間私は歩いて通った。そこを歩いて通ったのは私ぐらいだと後で知った。

 大学に行かせてくれるのは良いのだが年頃になっても身体に合った下着を買ってくれないのはとても困った。体形のまるで違う母のおさがりはぶかぶかだったし痴漢にも遭った。高校アルバイト禁止で、大学生になって初のお給料を握りしめてワコールショップに駆け込んだ時の感激は忘れない。

 准看護師の母は女医がとりわけ嫌いだった。「子持ちの、時間で帰っちゃう女医なんか、誰も相手にもしない。指示を出しても看護婦が誰も聞こえない振りしてたらさぁ、しまいには保育所のお迎え時間迫ってきて泣き出しちゃって」と言っていた。なぜ娘をその女医にしようと思ったのだろう。せめて専門は内科勤務の長い母と一番縁遠そうな麻酔科にした。

 それでも孫可愛さで、女医になった娘の子育てには協力してくれていた。しか年子育児で一杯いっぱい、今のように「女性活躍」のご時世ではなくて相当厳しい目に遭いながら働いている私に、「子育てしながら、料理の本を出している女医さんもいるのにぃ~、ねぇ」と言い放った。

 中卒で、自分自身は何も成し遂げていない母のその一言は、私の心に深く突き刺さり、傷は長く膿んだ。

 毒親と呼ぶ気もない、私は母と関係のない場所で、大切にしてくれる夫とその両親と、子供たちとじゅうぶんに幸せになった。もう自分にとっては終わったこなのだ。母は母で家庭に複雑な事情があって、若いころ相当苦労したことも今ならば理解できる。

 本を書こう。私は決めた。どんな本でもいい、何の本でもいい。本を書くことができたら、何かが終わる気がする。

 書いて、みよう。

地頭は良くて環境に恵まれればいろいろなことができたであろう母と、本来とことん文系だったのに医学部に進まざるを得なかった娘の、ものがたりの結末はどうなるのであろうか。

思考整理のために書く

半年ほど前、恥ずかしながらキャッシング詐欺にあってしまった。

誘ってきたのは同じ会社の同僚(Aとする)。そいつとは親しかったため、つい誘いに乗ってしまった。

Aとともに現れたのは主犯B、共犯C、共犯Dの3人。そいつらの口車に乗せられてまんまと詐欺にあってしまった。

主犯Bはよく連絡をすっぽかす奴で、そいつ単体だと全く信用に値しなかったのだがそこは詐欺グループ、A、C、Dにごまかされつつずっと騙されて続けていた。

きっかけは今月、主犯Bと全く連絡がとれなくなった。Aも同時期に連絡先を遮断されてしまい、CとDは元々あまりやり取りしていない。完全に孤立してしまった。そこでようやく詐欺と気付く俺。アホ。

一年前に話をした時に「信頼してくれ」と言われ4人分の免許証コピーを取っていたのを思い出し、調べてみたら色々発覚した。

共犯Cの住所⇒どこかの弁護士事務所のようだ。そこの電話番号下4桁と、主犯Bの携帯番号の下4桁が同じだった。これは怪しい。

何かつながるだろうとAがお世話になっていたというDの名前、住所で調べたらキャバクラ経営をしていることが発覚した。

ここで名探偵俺、ひらめく。Dのキャバクラで働いていたAと常連客の主犯B、その嫁または親しい間柄のCの4人で詐欺をして金を稼ごうと画策。

身近にカモが居なかったため、Aが転職した職場でカモになれそうな俺に対し誘いをかけ、まんまと金をゲット。その後逃亡、という流れではないだろうか。

キャッシング詐欺自体は、被害にあってしまった俺にも非があるのでどうしようもない。が、詐欺をしてノホホンと過ごしている4人に腹がたって仕方がない。仕方がないが怒りのやり場がなかったため、ここにぶちまけて供養とする。返済できるあてもなく、もう首をくくるしかないのだが、最後にこれだけは書き残しておきたかった。お前らもキャッシング詐欺には気をつけろよ。どこに犯人が潜んでるかわかったもんじゃいからな。じゃあな。

英文ビジネスメール

日本人外国人が混在する職場で働いてる。共通言語ということで、日本人同士でも一律英語メールを送るようになってる。

日本語メールだと同僚でも書き出しが「お疲れ様です」からまりつらつらと自己紹介を始めやっと要件に入る。

締めの挨拶も「よろしくお願いします」「ご確認のほど宜しくお願い致します」なんて書いて終わる。

英文だとこれが「Hello」「Good morning」で始まり要件が書かれて「Thanks」で終わる。

同僚くらいこのくらいフランクでいいよね。「おつ」の予測変換で上記の挨拶登録するよりメール時間が減ったで候。

2017-10-19

職場悪口

明らかに雰囲気を悪くしてるんだけど

悪口を言う人にとっては悪い雰囲気の方が居心地がいいんだろうか

anond:20171019185651

でも勝手のわかったホワイト職場って惜しいじゃん

まずは昇給交渉してみたら?

俺何回か転職したけどそういうことをやっておけばそれで済んでたなってところあるんだよな

なんか攻撃的な感じでやるんじゃなくてさ

嫌な顔されたら辞めればいいし

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