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はてなキーワード: 間抜けとは

2018-06-24

anond:20180623202741

命を無碍にしてしまったショックなのか

食べ物を粗末にしてしまったショックなのか

己の間抜けさへのショックなのか

大丈夫人間はみな過ちを犯すもの。落とす事を前提としていない卵なんて商品存在が悪いんだ。そうだそもそも卵を生み出す鶏が悪いに違いない。諸悪の根源は根絶やしにしよう。

anond:20180624174325

まー、調べてもいいが

からクソ垂れ流す前に目の前のデバイスをちっとは活用して調べてみろ間抜け

2018-06-22

未婚の40代女性って何を考えているの?

まだ結婚とか夢見ているの?

両親死んだ後の事でも考えているの?

交友関係範囲にはバリバリ稼ぐ40代未婚とか居ないから、老婆心ながら将来が心配だわ

好き勝手生きた代償とは思わないけど、行動すべき時に行動しなかった間抜けだとは思っている

2018-06-21

anond:20180621143644

反論できなくなったらその逃げ方。

間抜けも良い所。

anond:20180619005555

「常時録音されてる居酒屋本音を話す間抜けは少ない」的な視点は欠けてると思う

2018-06-20

ちゃんとした安倍政権批判コレクション

お題→http://b.hatena.ne.jp/entry/twitter.com/konishihiroyuki/status/1009059454329876480

安倍政権反対派でも、おかしなことを言ってるヤツにはおかしいとちゃんと言える人がちゃんとした左派

こういう人に支えられた政治家こそが安倍政権を倒してまともな左派政権樹立していくべき

fb001870 これね。俺これまでどんな酷いネトウヨにもリプ送ったことないけど、さすがに諌めるリプを送ってしまった。頓珍漢なこと言ってオウンゴール決めるの本当にやめてほしい…。



neko2bo 現政権不支持ですが、こういう言動は本当に、心の底から軽蔑します。政治はチーム対抗人気比べゲームでは無い。本人が幼稚なのか。有権者バカにしているのか。そのどちらもか。



shozzy こじつけにも程があるw いくらいまの政権退陣すべきレベルに堕ちたとはいえ、これは無理があるし、こういうこと言うから野党は支持されない。頭を冷やせ。/ほんと選択肢無くて困る。与党野党もしっかりせい。



buu 俺は安倍晋三が嫌いで国外移住するほどの人間だが、これは全然関係ない。だいたい、あれが故意かどうかは意見が分かれるところ。PKは当然だが、開始3分で赤をもらう選択をする選手はさすがにいない。



francaisfran 今の政府は嫌いだけど、全ての物事政権批判する材料に使ってはあかんよ。



ohchidani 何で安倍政権露骨な反則してもレッドカードなしのクソ審判による八百長試合であるという方向性で叩かないのか。風刺皮肉機知が欠如した間抜け発言は、単なる憎悪まき散らし以外の何でもない。



wideangle 周囲のダメな人たち向けにこういうことやってるうちどんどん多くの国民ドン引きちゃう。決してバカな人ではないはずなんだが……。

2018-06-14

口が臭い人にとっての善きサマリア人

http://blog.lalamiamor.net/entry/2018/06/13/115748

上を読んで、なんだか暗い気持ちになったというか、途中で苦しくてやめてしまった。

こういう問題はあらゆる病気障害に起こって、例えば私は歯が異常に柔いらしくひどい虫歯に年中なるんだけども(前の虫歯が次の虫歯引き起こし治療が間に合わない)そんな軽い問題すら、それによって起こる金銭的な問題を誰かが保証してくれるわけでないし、それをもってして私を怠惰人間判断する人がいるという障害を生み出す。すくなくともこんな状態で誰かといちゃいちゃするつもりもないので恋人はできないし、口臭を気にする人とは話すことも許されない。私のポケットにはミントタブレット口臭予防薬が常備されている。すべての歯をセラミックに直すとしても、そのお金をどこから捻出するのか。私は私の口臭を気にしないような、ぶっとんだ人たちと仕事をするしかなく、今はそれを受け入れて何とかしのいでいるけれど、それに耐えられる精神力を持たなかったときは、本当に儲からないような仕事しかできなかった。実は、この口臭というのは、うまくごまかす方法があって、それはタバコを吸うということだった。タバコの強いにおいに紛れれば私の口臭は誰も気にしないという算段で、これが実際あたったわけだが、こんな話はどうでもよい。

まりは、障害に対する解決策はあるのだという話で、これが語ってしまえばごまかしだとしても、運用上は確かにうまくいったりするのである。で、それを実現するのに、ひとりで何とかなればよいが、そうでないときは、他人の助けを得なければならない。この助けというのは全力でなくてよい。

たとえば私の場合口臭を気にしないという態度でいてくれればいいのだ。実のところにおいの問題は例えばインド人のヘアオイル臭もつながってくる問題で、相手臭いを気にしないというだけで海外文化理解もつながる行為である。あるいは体質的にげっぷが出やすくなっているだとか、そういう人にも助けになる。それくらいでいいのだ。もちろんどうしても気になるのならそれでいい。そうであれば、嫌な顔をしない、というのでもいいのだ。それもむつかしければ、そういう人にネガティブ感情を抱かないというのでもいい。それも無理であるのなら、ただ近寄らないでほしい。

よきサマリア人のたとえはよくできていて、教えの内容としてもわかりやすいし、みんながうっすら幸せになる。簡単に言えば、あなたは救える範囲で救えばよいのだということで、その範囲自身で決めてよいのだ。しかしこれは、ある人にとっては厳しい教えになるかもしれない。逆に言ってしまえば自分でできる範囲を認めなければならないからだ。それは弱さや責任を認めるということである

例えばカップル路上で痴話げんかを起こしていて、それが暴力につながりそうな場合あなたはどうするべきか、力の強いであろう方を殴って倒す?警察通報する?それとも見なかったことにする?いずれもあなたの置かれている状況においてできる範囲であれば問題ない。しかし、その結果は誰もしらない。その結果殺人罪起訴れることになろうと、カップルのどちらかが死のうと、あなたはできる限りのことをしたのだ。それ自身を何人たりとも責めるべきではない。

より言ってしまえば、善きサマリア人により善くなるよう求めるというのは、みんなが大好きな言葉で言えば呪いである

口臭の話にもどって申し訳ないが、口臭に関する知識を得たとしても、本人の口臭改善しないし、ある人の臭いに対しての嫌悪感は薄れない。それはわたし納豆をどんなもの理解しても苦手なのと同じだ。口臭が出る人間がいるのであれば、当然口臭が嫌いな人間もいるのである。それは認めなければならない。もっと必要なのは口の工事をするためのお金で、お金を与える非営利団体があったり、そこに寄付する人があればよいのだ。多くの人は、なんとなくな気持ちで100円を寄付すればそれでうまく回るはずである。でもそれはむつかしい。世の中にはなんとなくで100円寄付するほど余裕のある人間は少ないからだ。しかし、それすらしょうがないことなのだ。

口臭の例えがピンとこないのであればホモオダホモ問題だってそうだ。ああいう、ゲイ記号化は問題だといっても、実際そういうゲイがいたときに、それはホモオダホモオ的ゲイ否定につながる。あれについては、単純にああいゲイでない人もいるのに、そういうステレオタイプ適用されるのが不快であるという表明で十分だったのである。つまり必要なのはホモオダホモオ的ゲイ以外のゲイについて知るガイダンスだった。いや、その考えすら疑う余地はあって、もっと単純に私はそういうゲイではないという表明かもしれないし、私はホモオダホモオ的見た目であるゲイではないという表明かもしれない。いやいや、それすら疑う余地があって、もっともっと簡単に「なんかちがう」という言葉だけですんだのかもしれない。私たちは常に傲慢の気がある。いやいやいや、その傲慢の気という考えも、より善きサマリア人を求める姿勢なのかもしれない。いやはや、これはずいぶん苦しい考えで、善きサマリア人のたとえにもどれば、実際はここまで悩んで発話する必要はないのだと思う。すでに私たちは苦しいのだから

とにかくできる範囲でいいのだ。一神教の話を持ち出してなんだが、捨てる神あれば拾う神ありだ。私たちは結果にコミットしなくてよい。神である必要はない。できれば拾う人でありたいという気持ちで十分なのだだってそれで機能する社会というシステムがあるのだから

私たち社会には所属しているが、私自身が社会ではない。その社会だって枠組みでしかない。

私たちは、個人で人を助け、それが無理ならば、社会というシステムに乗っかって人を助け、それが無理ならば、なんだろう、もっと大きな仕組みに従って助ければよい。それが善意であるし、その姿勢大事なのだと思う。むしろ問題なのは、善きサマリア人に対してもっともっとと求めてしま気持ちだったりする。その気持ちはわかる。わかるのだが、できるのであれば、その気持ちしまっておくほうが、きっと苦しみは少ない。

から私たちは、望むべき助けがある場合に、他人を責めるのでなく。助けるっていいね!提案すべきなのだしかし、この文章も押しつけがましく。その実行は本当にむつかしいこととしか言いようがない。

ちなみに重くなってしまうかもと思って表明しなかったが、私は発達障害バイセクシャルパニック障害もちで何より口が臭いプライドが高く臆病で死ぬこともできない間抜けで、今もゴミだらけの部屋の隅っこで体育座りをしてキーボードを打っている。それでも、誰かに助けてもらったり、親切にしてもらうことがあるから、こんな安い、なんの助けにならない文章を書いているのだと思う。これが私の醜くつたない処世術なのだ

2018-06-12

[] アメリカ北朝鮮日本序列

 

アメリカ北朝鮮日本

という力関係になっていることが、今回の会談で明確になった。

 

第2次世界大戦敗戦国となった日本は、連合国軍占領されて、戦後日本アメリカ奴隷にされた。

戦勝国側についた北朝鮮韓国は、日本に対して、戦勝国立場にある。

 

戦後日本は、アメリカになめられ、北朝鮮にもなめられている。

国際社会は、日本人のことを「牙を抜かれた間抜け」だと認識している。

 

北朝鮮による日本拉致被害者返還要求しなければ、北朝鮮はいくらでも日本人を誘拐して奴隷にできることになってしまう。

から日本政府は絶対妥協してはいけない。1人たりともだ。

 

日本自衛隊を出動させて、北朝鮮捕虜にされている拉致被害者を取り戻せばいいが、日本北朝鮮戦争を仕掛けることは日本国憲法で禁止されているので、日本は独力で救出することができない。

アメリカ大金差し出して、拉致被害者の救出を依頼しても、アメリカ全然動いてくれない。(口先だけで、はぐらかされて終わり)。

せっかく安倍さんが、アメリカポンコツ武器大金で買うと言っても、この有り様だ。

 

アメリカには期待できない。

北朝鮮にも期待できない。

安倍さんは、様々な制約の中でよくやった。頑張ってくれたが、残念だがこの結果だ。

日本野党は、北朝鮮拉致被害者問題解決全然使えなかった。(日本野党は、中国共産党下請け仕事しかやる気がないのか?)

外交カードにされている日本拉致被害者が気の毒だ。

 

在日朝鮮人在日韓国人の皆様も、北朝鮮日本拉致被害者日本へ帰えすように声を上げてください。

アジア平和のために、よろしくお願いします。

 

拉致被害者家族ビデオメッセージ

~必ず取り戻す!愛する家族へ~

 

北朝鮮による日本拉致問題とは、1970年代から1980年代にかけて、朝鮮民主主義人民共和国北朝鮮)の工作員土台人よど号グループなどにより、17人(北朝鮮側によれば13人)の日本人が、日本欧州から北朝鮮拉致された問題である

 

anond:20180612175954

2018-06-08

anond:20180608003046

5年前のツイートと言っても4年前のデビュー時点でツイ消しせずに残すことを選んだ時点で意図は疑われると思うよ

あん過激暴言、逆に反政府発言であのレベルだったらもっとヤバいし、だからこそ後顧の憂いになりそうな発言デビュー時点で掃除させられるから

正直出版社も"そういう作家"として売ろうと目論んでて意図的に放置してたのが、明らかにアウトなヘイト動画があまり放置されてるので一度ドブさらいしようっていう世界的な潮流が来て、自分にも濁流が向かってきてるのに気付かず逃げ場を見誤った間抜けが飲み込まれた、というのが実際のとこじゃないか

2018-06-07

言葉遣いには気をつけてもらいたい

双方で「低能」っていうとわけわからんので

低能先生」「低能連呼野郎」「低脳」「馬鹿」「アホ」「間抜け

など使い分けてほしい

2018-06-05

anond:20180604231303

ベンチャーは逃げ込むところじゃないぞ。本人がそう思ってたなら間抜け勘違いだし、お前がそう思ってるなら世間知らずだ。

2018-06-01

DMMから退会した。

 DMMから退会した。1020円分のポイントがあったので1002円でアダルトグッズをふたつ買って、今日商品が届いたから早速退会した。8円分のポイントは気にしないことにする。

 アダルトグッズ、まあ、つまりオナホールを買った。こいつをどのように料理しようかと思って、アダルトサイトを物色することにした。エロいイラストを見ておちんちんをこってりソース和えにしたかったのだ。ローションは粉で準備していた。風呂を二回ローションで埋められる量の粉だ。後は手を動かせばとんでもない快楽報酬が与えられる。私はさながら数ある罠をくぐり抜けて聖杯を前にしたインディ・ジョーンズだった。そして正確に描写すると、誘惑にことごとく引っかかった間抜け大学生だった。

 エロいイラストを見る前に、私はSafari有効にしなければならなかった。「インターネットなんて馬鹿馬鹿しい記事しかないごみめだから、見る必要はない」と30分前にiPhoneからWebブラウザを一掃していたのだ。まずは道を整備しなければならなかった。もちろん、私と魅惑の肌色を結ぶ道だ。設定項目からSafari検索すると、2件のヒットがあった。

  1. Safariクラウド有効にする
  2. Safari有効にする

 よく考えずに私はどちらも有効にした。どちらかが正しいのだから、どちらも実行すればいいのだ。

 期待通り、Safariが戻ってきた。だが、Safariを開くと見慣れないブックマークが展開された。

 などなど。なんだろうと考える間もなく気づいた。

 それは3年前にバックアップを取ったブックマークだった。多くのサイトブックマークしていた私は、今日のようにインターネット世界が急に嫌になってWebブラウザ非表示にしていたのだ。その決意は3日も持たなかったが、ブラウザを消す前に不安になってブックマークiCloudへ保存していた。完全に忘れていたが、特徴的なフォルダの名付けを見て思い出した。

 69番野手エロいやつだった。シックスナインという体位がとっても淫靡行為だと思っていたので、69。なんで野手を付けたのかは分からない。別に野球にはまっていたわけでもないから、謎のネーミングだ。もしかすると、野手ではなくて69番の手と読むのかもしれない。そうそう、シックスナインというものを互いにオーラセックスし合う体位しか知らなかった私は、そのとき手をどこに置くのか興味があった。足、腰、お尻、どこだろう。どこであれ、寝ながらシックスナインするのなら片方の手もしくは片方の人は相手の体の下に手を回さなければいけないと考えていた。現在はもう少しシックスナインに対する知識を深められている。まあ、そんなことはどうでもいいだろう。

 69番野手を開いて、当時見ていたサイトアクセスした。昔のまんまだ。運営への報告、好きな作品について、雑談しよう!、なに食べた? ああ懐かしい。まずは雑談板で「へいよー。古巣のみんな、元気―?」そう書き込もうとして、おかしなことに気づいた。何も変わっていない。それどころか私の書き込んだ跡さえ相変わらず残っている。んん? なんだこれ。

 おかしいと思って、運営報告板を見た。2014年10月運営からの報告が途切れている。ああ、ここは終わっていたんだと思った。もう運営が去って投稿者もいなくて知らない間にゴーストタウンと化していた。なんだか心に隙間風が通った気がして、ハッピーエロいイラストを見ることができなくなった。仕方がないかダウナー系を探し、丁度よい雰囲気イラストを見つけたので当初の目的を果たすことにした。


 あ、うっ、おおー。くるぅ。

 みたいな感じで私は達した。実を言うと我慢できなくてイラストを探している最中からオナホールへローションを垂らしておちんちんへ装着済みだった。ゆったり動かしているうちにローションが乾いてきたので唾を足していた。どのくらいの量か興味ある人がいるかもしれないが、自分カウパー氏腺液の量はプライベート情報から教えられない。

ここで私のオナホ―ルの基準を書いておこう。よいオナホール絶対におちんちんに屈しない。よいローションがその役割を果たす。むしろよいオナホールはおちんちんを通して私たちに確かな存在を示す。おちんちんオナホールに包囲され、隔離され、もはや抵抗の余地なしと知ると白旗を挙げて降伏する。というようなことを現実で言うとドン引きされるからここで書いている。


 まあ別に何があったわけでもない。くだらないことが昔あって、今もくだらないことをやっているということ。

2018-05-25

anond:20180525022407

勉強しろ間抜け

今後文科省指導単位修得条件がどの大学もどんどんキツくなるんだから

それに中途半端バイトやったところで精神病んで数百万無駄にした後に20代中盤の大卒無職がうまれるだけだ

2018-05-24

huluフルメタアニメを見つけたので一期から見てる

なんとなくの流れはスパロボで知ってて、そこだと宗介とかテッサはかっこ良いけど千鳥ピーチ姫か部屋着で軍艦に乗り込む間抜けちょっと嫌いだった

ただ今のところ宗介が世間知らず通り越したとんでもない池沼で、それをちょっと殴るぐらいで受け入れてくれる千鳥好感度が爆上がりしている

でもシリアスなシーンでパンツ見せながら真顔でマジ話してるのはすげえ間抜けだな、当時はパンチラってギャグ描写じゃなかったのか

2018-05-20

酒を早く禁止して欲しい

アル・カポネしらねーの?小学生ちゃん学校いけよ」

はあ……僕はスレを閉じた。

いつからだろう。

ネット住民はすっかり知性と良識を失ってしまった。

レッテルを貼って勝利宣言をし、マウントを取ったと勘違いして藁人形に釘を打ち付けてはゲラゲラと笑い合うだけの能無ししか居なくなった。

残念だ。

私が愛していた頃のネットは無くなった。

考えてみれば当たり前だ。

今やネットをやるのに必要なのはスマホショップスマホを買うことだけ。

ルーターの設定すら必要なくなってしまった。

プラで繋いでいた時代や、検索エンジンではなく相互リンク世界構成されていたあの頃にはもう戻らないのだろう。

アンダーグラウンドゆえのモラルの低さは合ったが、ネットにつなぐという行為要求される最低限度の知性によりIQが60を下回るレベル人間が紛れ込む可能性を警戒する必要はなかった。

昔のネットにも狂人は居ても狂人なりに思考力はあった。

今のネットには狂人ではなく純粋思考力がないだけの支離滅裂日本語を足りない脳みそ必死に繋げるのに精一杯で発言一貫性をもたせることな微塵も出来ていない連中がどこにでも紛れ込んでいる。

恐ろしいのは、そういった間抜けと一緒になってアホ踊りをすることを楽しむことがネットの正しい使い方だと勘違いした輩の多さである

2018-05-19

私のポンコツ革命

私はポンコツという言葉が好きだ

語感が柔らかくて、可愛らしい。

自分ミスをしてしまった時や、他人やらかししまった時、「ポンコツ」という言葉をよく使う。




ポンコツだね」




ポンコツ」というちょっと間抜け言葉が持つポップさ、発声気持ちよさから、人に親しまやすく、言葉が伝播しやすい。

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いい人ではあるが、ちょっと言葉がきつい、そんな上司がいる。

同僚には怒られた時に凹んでしまう人もいる。

そんな上司が先日、私のミスを叱る時に「ポンコツ」という言葉を使った。

その瞬間の、なんとも言えぬ場が和んだ空気を、私ははっきりと感じた。

ミスしたこと咎める時に、私たち負の感情流れる本流に「ポンコツ」という言葉が分流を作ってくれたのだ。

私はこの小さな革命を、密かに続けたいと思う。

2018-05-15

なんでAV女優パンツふんどしみたいにしてケツに食い込ませるの

間抜けなだけにしか見えないんだけど

みんなそんなにあれ好きなの?

2018-05-14

anond:20180514144645

追記:

事件解決するゲーム特にやりたいのではなく(そういうモードがあってもいいけど)、事件舞台の裏側をじっくり観察できるゲームがやりたいのだ。

透明人間になって舞台登場人物を観察する環境ゲームみたいな。

最近出た漫画の「金田一少年犯人たちの事件簿」みたいに、犯人を追いかけ回して客観的に見ると間抜けトリックを眺め続けてもいいし、被害者が殺されるフラグを次々と立てていくのを眺めてもいい。

本格ミステリならではの矛盾のない全体の動きを完全再現して、その世界に入り込めるゲーム

2018-05-09

人生の答えって何だろうか

これまでの人生苦痛が多く、ほとんど無意味人生だった。

淡々人生を歩んできて、楽しいと思った時期なんてそこまで無かった。

そんな日々も残りあと少しなので、簡単にだけど振り返って吐き出したい。


幼少期は両親の喧嘩が絶えず、割れる瓶と鈍く低い音、そして奇声といつも冷や冷やとしていた記憶しか無い。

もちろんその喧嘩によるとばっちりを受けたこともある。

親の友人からはいつも大人しいと言われていたが、あのような状況が続いてわいわいと騒げるわけがない。

更に親が喧嘩した後、薄かった壁に大きめの穴が空いていたのが恐怖を感じた。

幼いにも関わらず、この時から親を反面教師にして生きていこうと決意していた。

しかし、この頃から人の目を伺うという性格根付いてしまった。

ずっと無気力がちだったのもこのせいなのかもしれない。


その後、小学校入学して新しい環境になるが、学校が唯一の癒やしだった。

勉強ほとんど出来なかったが、家と比べて遥かに休息出来ているという感覚はあった。

友人も何人かでき、よく休憩時間放課後でも楽しい時間を過ごしていた。

とは言え、当時の記憶なんてもうほとんど覚えていないが、暖かく晴れた日の柔らかな風とカーテンの揺らぎが、子供ながらに不思議と癒やしを感じていたのはよく覚えている。

けれど安らかな一時というのは時間が経つのが早い。

学校が終わったら癒やしも何もない家へ帰るのは本当に億劫で、わざと遠回りして家に帰ることはしょっちゅうだった。

ただ、両親が居ない時の家は心を休めることが出来た。


そして中学になってから両親は離婚したが、母親相手に強く依存するタイプだったようで、依存対象が無くなったせいなのか更にメンタルがやられ、この時からロクに家事をやらなくなった。

母親が何もやらないので、仕方なく自炊やらを覚えたのはこの辺りだった。

肝心の学生生活については、育ちの悪い連中に影響された奴が多く、一気に不良となった子が増えたのにうんざりしていた。

小学の時は良い友人だったのに、突然万引きやらタバコをやり始めた人が何人もいた。

ただの格好つけで根は良い奴だと思っていたが、弱い者イジメに加担する輩も結構いて、私は心底呆れていた。

小学の時の癒やしとは程遠かった。


数年経ってそのような生活も終わり、高校へと進学した。

この時、知っていた小中の人達とはほとんど別れて全く別の環境になった。

全く賢い学校ではなく、むしろバカ学校と言える高校だったが、当時の担任面白いお兄さんで、学生のようなノリをしながら生徒と同じような目線勉強を教えようと頑張ってくれた。

担任ギター経験者であり、時々息抜きとしてみんなに弾き語りしてくれた時もあった。

小中とロクに勉強してなかったので日々勉強するのはそこそこ辛かったが、先生一生懸命教えてくれたこともあり、賢いとは言えるレベルで無いにせよ、ある程度の教養は身につけられたと思う。

でも、ある日からその担任は別の高校へと向かうことになった。

その高校はここよりも遥かに賢く、誰が聞いてもとても良い場所だった。バカ学校なんて所にいるより、遥かに待遇も良いだろう。

また、当時担任の奥さんは妊娠していたようで、それを含め生徒らは祝福した。


そしてお世話になった担任は去り、別の教師が新しい担任になった。

しかしこの教師曲者で、突然怒り出したと思ったら平気で授業を放棄するわ、意味分からん自慢話ばかりで授業が進まないわで非常に厄介な人で、ひどく困惑した。

他の教師からも疎まれているようで、教員会議でもワンマンぶりを発揮し、大声で意味分からん持論を発して他の教師を困らせていたようだ。

何故そんな教師がクビにならないのか非常に疑問を感じていた。

担任変更が高校最後の年だったので被害はそこまでだったが、二度と関わりたくない相手だった。

前の担任が別の学校へ行った時、その教師はアイツは逃げたと言っていたが、そりゃこんな所なんて逃げるだろうと誰もが思っていた。

ちなみにこの頃、母親は別の男を見つけ、更に家事放棄するようになっていた。

まあ、この時大体の事は自分で出来るようになったので、大した影響は無かった。


そして時が移り、大学入学を迎えた。

正直なところ、高校入学当初は大学になんて行けると思っておらず、高卒就職だろうなと考えていた。当時の最初担任のおかげだろう。

ただ自分学力では良い大学には行けなかったが、割と綺麗でお洒落大学に入れたので良かったと思っていた。

はいえ、折角大学に入ったのにそこまで勉強をせず、サークルにも入らず、自堕落生活を送っていた。

また、以前から一人で過ごすことも多かったので、積極的に友人を作ろうともしなかった。

居ても一人や二人程度だ。

大学では一応授業はちゃんと出ているつもりだったが、大抵途中で居眠りしていた。落とした単位が少なかったのは幸いだろう。

それよりも静かな図書館でひたすら眠ったり、よく晴れた日に大学のベンチでご飯を食べながら日向ぼっこしていた事が、小学生の時の癒やしを何となく思い出させた。

大学がこれまでの人生で最も安らかだった時期だと思う。


アルバイトを始めたのはこの頃。

高校バイトしている人は多かったが、学校自体禁止していたので積極的に参加は出来なかった。

バイトコンビニで働いていたが、時給の割にやることが多すぎて大変だった。

仕事自体は大変なだけで辞めるほどでは無かったが、その店のオーナーと息子があまりにも横柄で更に仕事をしなかったため、衝突が多くなり、半年もせずに辞めた。

まりイライラする職場だったので、最低限の事だけを行って何の言葉も残さず退職した。

仕事よりも人間関係の離職理由が多いとはよく聞いていたが、なるほどなと理解した。

正直この時点でもうバイトはしたくないと考えていたが、そんなこと言っている場合じゃなかったので、次は家の近くにあった小売の仕事に転換した。

また同じ事になったら嫌だと思ったが、予想とは異なり、その店の従業員はみんな良い人ばかりだった。

以前のとの差に驚き、最初からここで働いていれば良かったなと後悔した。

ここは大学卒業するまでずっと働いていた。

当時の方々には非常にお世話になったと感謝している。


ちなみに女性を初めてまともに好きになったのは大学に入ってからだった。

出会い大学の通学途中、学校へ向かう電車が一緒だった。

当初はお互い気付いていなかったが、ゼミが一緒だったこともあり、行きや帰りの駅で何度か姿を見かける事に気付いた。

の子は小柄で物静かな女性で、物腰や動作がどことなく品がある女性だった。

最初はそこまで何も思わなかったはずなのだが、気付けば気になる存在となっていた。ただ、姿を見かけてもどうすれば良いのか分からず、会話することが出来なかった。

向こうもこちらの存在には気付いていたようで、お互い気にはなっているがその先が踏み込めない状態だった。

大学ではその女性の友人間でこの話が広がり、私がその子の近くにいればその子の友人らはよく騒いでいた。

偶然隣り合うくらいに近くにいた時、彼女の顔が凄く赤くなり、若干挙動が慌てていたのもよく覚えている。

また、大学構内で彼女を近くで見かけた際、こちらに気付いていない彼女は私の事について嬉々としてその子の友人と話していたことがあり、それで私は色々と察した。


本来ならすぐにでも仲良くなるべきだったが、酷い事に年単位で何もすることが出来なかった。腰抜けにも程がある。

流石の自分もこのままでは駄目だと思い、授業中や通学途中にもどうにかするべきだとずっと考えていた。

結局良い方法が思い浮かばず、結局は素直にそのまま接触することにした。

夕方大学の帰りの電車で話しかけた時、彼女はとても驚いていたが、その目はどことなく輝いていた気がする。

ただ、こちらはあまり必死過ぎたせいか、話した内容も聞いた内容も全く覚えていない。


それから問題なく彼女と仲良くなれたと思うだろうが、残念ながらそうはならなかった。

この後に私は友人に呼び出され、何かと思えばその友人は彼女の事が好きなんだという事を話していた。

以前から何となくぼんやりとは察していたが、やはり言われれば印象は大きく変わる。

しか彼女好意を抱いている友人は一人だけではなかった。これには流石に困惑してしまった。

これからどうすれば良いかも分からず、完全に混乱してしまった私は、最終的に彼女無視するという馬鹿げた行動に至る。

これが良い行動でなかったことは言うまでもなく、理由を知らない彼女は私にからかわれたと思ったのか、徐々に避け始めた。間違いなく嫌いになったのだろう。

友人も以前から私と彼女との間を少し察していたため、どんどんとギクシャクした関係になってしまった。

それ以降、この友人とも連絡を取ることは一度も無かった。

これらが影響で大学へ行くのも面倒になってしまい、楽しくもなくなった。

そしてこの件は私を含め誰も得をすることなく、何も解決することもなく、呆気なく大学生活は終わりを迎えた。


これまでの学生生活は長いようにも短いようにも見えたが、その中で何か大きな事を成し遂げることは一切無かった。

10年以上もの時間が与えられたのにも限らず、ただ時間無駄に過ごしただけ。

それを思うだけで自分の中の自信が無くなっていくようだった。

せめて何か形に残るような事をやっておくべきだったな。


大学卒業後、私は在学中ギリギリ内定を貰った職場で働くことになる。

この職場実家と離れるために一人暮らしをしていたが、今まで以上に億劫な日々を過ごし続けていた。

学生時代とは違った、空気の全く異なる職場で何も考えることなく働き続けた。

仕事特にやりがいがあるわけでもなく、また休みの日に何かをすることもなく、ただただ無為時間が過ぎているだけだった。

同僚や上長もそんな私の空気を察したのか、ほとんど関わろうともしなかった。

話しても挨拶のみや一言や二言程度で、会話が広く発展することもない。

このような状態が続いても精神面に良い訳がなく、更に朝昼晩の交代制の仕事だったため、生活リズムも徐々に狂い、心身共に壊れていった。

まりに酷い時は心療内科に通うこともあったが、その医者は話を聞いてくれずただ薬を出すだけだったので、諦めて薬も飲まずに自分で何とかしようと考えた。

そうやって何日も何日も耐えてきたが、ある日の朝、全く起き上がれなくなった。

動こうと考えても身体は言うことを聞かず、天井を見上げていることしか出来なかった。

日経ち、その職場退職した。


辞めたあとは仕事から解放感か、体調は一時的に軽くなった。

しかし、その後もまともな生活を送っていなかったため、暴飲暴食や昼夜逆転生活で体調は日が経つごとに悪化していくだけだった。

部屋はゴミだらけで文字通り足の踏み場もない状態風呂すらロクに入らなかった。

でも途中で生活資金が尽きそうになり、仕方なく正社員での募集を探してみるものの、何度も何度も断られた。

挙句の果てにアルバイトですら断られる時もあった。

そんな生活が何年も続いた。

もう起きることすらしんどくなり、お腹が空いても飯も食べず1日中寝ている日もあった。

もはや生きているとは言えず、死んでないだけの抜け殻状態だった。

時々母親からは安否の連絡が来たが、適当に返して放置していた。


そんな鬱々とした生活のある日、久々に入った短期での仕事中に体調が一気に悪くなって倒れた。

酷い吐き気めまいがあったのを覚えているが、倒れてから記憶はなく、後で知ったのだが救急車で運ばれたらしい。

そんな体験をしたのは生まれて初めてだった。


目覚めた時、妙に病室のベッドが心地良かったのを覚えている。

今までは床で寝ていて掃除もされていない酷い部屋で生活していたからだろうけど。

その日会った看護師によると、私は数日間意識が無かったようで、ずっと眠っていたらしい。

ただあの時のベッドの心地良さが続くならば、ずっと眠っていたい。そう思った。


それからしばらくして、母親が部屋に入ってきた。

泣いていた。

私はそれを見ても全く何も感じる事はなかった。むしろ、早く一人にして欲しいと思うくらいだった。

しかし、すぐに帰らないので仕方なく相手をしていたが、その時はいつもと比べて妙に母親が優しいと思った。

その理由はあとになって分かった。


日経って病院での生活も多少慣れてきた頃、担当医者に呼ばれた。

話によると、私は余命が半年と少しほどしか無いらしい。

肝臓に酷いダメージがあり、もう治療をしようにも手の施しようがないそうだ。

できるだけ安静にしていれば余命は伸びるかもしれないが、それを怠ると今後の苦痛が大きくなるとか。

今までの経緯を話したところ、今回は重度のストレスと暴飲暴食が原因だと先生結論付けた。

から身体は弱い方だったが、それがここになって一気に来たものだと思った。


余命宣告された時にはあまりに突然だったため、一瞬驚いたが、同時に安堵した。

過去自殺を考えたことは何度もあったが、実行に移し切れずその度に憂鬱になっていた。

でも、もう無理に頑張る必要は無いんだなと、張っていた気が抜け、少し救われた気分になった。

はいえ、現在の状況は何もかも全て自分の行いで招いた結果ではあるが。


それからしばらくして一時退院、主に自宅での安静を命じられて実家に戻る事となったが、家に居ても特にしたいと思うことがない。

食事にしても身体を壊してからは何も食べられず、内容も淡白ものばかりになってしまい、当然美味しくもない。

幼い頃は家にいるとテレビゲームをよくしていたが、今となってはやる気力さえ全く起きない。

無理やりやろうとしても10分もせず飽きてしまう。

気分転換にどこか出かけるにしても身体負担が大きいので遠出は出来ず、そもそも金が無いか旅行なんて出来ない。

テレビを見ているかスマホパソコンネットでも見るか、それとも何か食べているか、眠たくもないのにただ寝ているか

結局は入院前の生活とさほど変わりなかった。


残りの人生何をやろう、と思っても前々から考えていなければすぐには思いつかないものだった。

仕方ないので、晴れた日にはとりあえず近所にある大きめの公園へ行き、ベンチに座りながら遠くを眺めていた。

園内では子供達がいつもはしゃいでおり、その姿を見ているだけでも元気が貰えるように思えた。

時には夫婦と幼い子が仲睦まじく歩く姿もあり、それを遠くで羨ましく見ている時もあった。

ネットサーフィンをしている時に時々フェイスブックを見るが、当時の友人や知人は徐々に結婚してきており、既に子供が生まれているのが何人もいる。

そして彼らが時々掲載する写真動画を見ると、微笑ましいと思うと同時に気が落ち込む。

自分も、もう少しまともに生きていればこうなっていたのだろうか。


そこでふと、大学の例の女性を思い出した。今は一体何をしているのだろうかと。

もう卒業してから何年も経っており、当時はよく注目されやすい人だったから、とっくに結婚もしているだろうとは思っていた。

でも最期に少しでも連絡が出来たらと間抜けな期待を抱き、数少ない友人に連絡が出来るかどうかお願いをしてみた。すぐに了承してくれた。

そしてしばらくして、思っていたよりも早く結果が返ってきた。

友人によると彼女はまだ結婚していないらしい。でも向こうは連絡がしたくないそうだ。

それだけ聞けたら十分だと思い、その他のことは何も聞いていない。まあ当然だろう。仲良くもなかった男から突然連絡が来ても迷惑なだけだ。

時間も経ちすぎているし、向こうにしても過去の事であり、もしくはどうでもいい事だと考えているだろう。

当時の事も謝りたいとも思っていたが、思い出したくもない過去を今更掘り返しても意味がないと考えざるを得ない。

もうすぐ終わる身としては開き直るしかなかった。


こうしてまたいつもの日常に戻り、何か特別にやらなければいけない事も無く、残り少ない日々を消耗している。

まだ時間がある人ならば、これから頑張ればいつか良い日がやってくると信じて先へ進めるかもしれない。

私のようにもう時間が無い者ならば、これからどうすればいいのか、未だに分からない。

今の私では新しい思い出を作ることは出来ず、過去を思い返すだけしか残されていない。

病院ではそんな私を哀れんで慰めてくれる人もいるが、私は言葉を表向きは受け入れるが、裏では全く何も思わない捻くれた人間であり、素直に受け取れない自分に嫌気が差す。

こんな状態でまともに気持ちの整理も出来ず、向き合えないまま死んでいくと考えると、どんどん悲しくなってくる。


ちなみにこの余命については親以外誰も知らない

言った所で今後会った時の対応に困るし、友人に話そうと思っても言葉が詰まって何も話せなかった。

顔色が悪いと言われても、ただ愛想笑いしながら、いつものように話すことしか出来なかった。

でも、例え自分が何も言わずにこの世を去ったとしても、数年も経ってしまえば、昔あんな奴いたな程度の存在で徐々に忘れ去られていくのだろう。

他人自分が思っているよりそこまで何も考えていないし、期待しても単なる思い過ごしになる。それは今までの経験上、全て事実だった。

それ以前に難しいことを考えるのはもう疲れた

病気悪化しているのか、体調の波がどんどん激しくなってきているため、こうやっていられるのもあと少しだろう。


今までの人生を軽く書こうと思い、これまでを思い出しながら突貫で文章を綴ってきたが、作成中には当時のそれぞれの場面を思い出し、その度に涙が止まらなくなった。

あの頃に戻れたら、もう少し自分に行動力があれば、または別の場所で生まれていたら、何度も何回も様々な事を考えどそれは無駄な事だと察して嫌になった。

まれ変われるならとも考えた事もあるが、そもそも宗教なんて信じていないのに、そんな事を考えるのはおかしい話ではある。

でも死んだ先に何があるのか、それとも何も無いのか、それは今の私でもとても気になっている。


20年以上生きてきた中、他人にも自分にも今後のためになるような何かを与えたことはなかった。

そして生み出すこともなかった。

ほとんど何もしなかった私のこの人生意味はあったんだろうか。

私には答えが何も浮かばなかった。

人生についての意義を考えるのは人間くらいだと言われるが、少しでも生きていて良かったと、そう思えるような意味のある何かが欲しかった。


こんな駄文をここまで読んでくれて本当にありがとう

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