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はてなキーワード: 風景とは

2017-11-25

お嬢鯖すげーな

俺なんて、近所の工場地帯、長めにウォーキングしてきただけ。

いつもと同じ風景

ごみが苦手なのでこうなる

金もないしなー

anond:20171125182947

level高いなぁ。その壁みたいなのは一般人にも判るもの

そこを増田さんが努力で克服したとして、その凄い部分を理解できる人ってそんなにいるのかな。

課題みたいなもので、眼前にそれが気になるなら、のんびりとでも克服できますように。

次の風景が激変してまたモチベが上がるしくみなら、さらに。

ときどきは、のんびりしませんか?

自分探しの答

旅行なんて紙芝居みたいなもの。目の前の風景差し替えたからって、自分が変わるわけじゃない。

自分探しの旅」っていったって、肝心の自分はもうここにいるんだから探すまでもない。愚の骨頂。

2017-11-24

日本人はなぜ基地外なのか?

日本人精神が分裂している。

自分自分が嫌いな人がいっぱい。

過去自分の姿である子どもも大嫌い。

周りに嫌いな人しかいない者は、見える風景が全て地獄

日本人理想幸福自殺すること。気が狂ってる。Q.E.D.

2017-11-22

情報断捨離をしている

この間Twitterをやめた。かれこれ4年くらいはやっていたがやめることにした。

(とは言えTwitterしか連絡が取れない人もいるかもしれないので、アカウント自体は残してある)

Tweetもふぁぼも全部消した。

自分日常やらニュース感想やらを書くにはちょうど良かったし、旬の話題キャッチするのにも具合が良かった。

有名人政治家やアレな人をウォッチするのも楽しかった。

普段会えない知人がどうしてるのかわかるのも便利だった。

しかし、次第に疲れて来た。いわゆる「SNS疲れ」なんだろうか?

それほど親しくもないけどフォローを切ったりミュートするのも憚られる程度の微妙な知人が増え、彼ら彼女らのどうでも良い日常が流れてくるのに飽きて来た。

エキセントリック政治的主張や、不快な、あるいは少し調べればわかる程度のフェイクニュース美談RTで流れて来るのにもうんざりして来た。

だんだんフォローを減らしていったけど、結局耐えられなくなってやめることにした。

遡ればInstagramもやめてしまった。出先で見たちょっと面白いもの風景ポストするのは楽しかったし、検索して同じ趣味の人の写真を見るのも面白かった。

でもこれも疲れてしまった。別にキラキラしたポストをし続けるのに義務感を感じたわけではなくて、やはりどうでもいい情報の流れを処理し続けることに疲れたんだと思う。

Facebookも早めに離脱した。知り合いじゃありませんか?を押し付けて来るのも気持ち悪かったし、そうして繋がった人たちの美しく漂白された日常を見せられるのにも飽きた。2ちゃんねる便所の落書きなら、Facebookはピカピカに磨かれたトイレだ。清潔で悪臭もしない、空虚空間空虚日常を排泄するトイレ

TVも全く見なくなって一年以上が経つ。何年もニュースくらいしか見ないくら視聴時間は減っていたのだけど、完全にゼロになってしまった。これも不快情報、興味の無い情報を流し込まれて来るのを処理するのに疲れたんだと思う。

Tumblrもやめた。ネットで見かけた興味深い話や、きれいな写真クリッピングしておくのは楽しかったが、面倒になってきた。

では今は何をしているかと言うと、好きなゲームMastodonに入っている。気が向いた時だけ同じ趣味の人と話すのは気が楽だし、お互いにプライベートほとんど口にしないし、興味も持たない。

あとは本を読んでいる。青空文庫で古い小説を読むのに凝っている。

さて、ここまで長々と書いてきたのは、最後増田もやめようと思ったからだ。色々とこじらせてる人たちが議論してるのを見物するのも面白かったが、同じ話題ループしてて食傷気味になってきた。妙な選民意識も鼻につくしね。

さようなら増田の皆さん。今まで楽しかったよ。

2017-11-19

自撮りSNSにアップする良さを考えてみた

個人的他人自撮りはするのも見るのも好きじゃない。

自撮り棒を持ってる人とかみると

「どんなだけ自分好きやねん」

とちらっと思うし、SNSなどで自撮り写真をアップしている人がいると

「有名でもないお前の顔なんぞみたくない」

ちょっと思ったりする。

そしてそんな自分写真を撮らないわけではなく、むしろ

「俺は自撮りなんてせず、クール写真を撮るぜ」

と言わんばかりにイケてる風景シャレオツな町並みの写真とかだけ撮る。

場合によっては数十万かけたドローンをもって、六時間かけて山を登り、撮影

おっこれはと思えばtwitter的なものやインスタにアップ。

これね。

全く出番のないiPhoneのインカメラをたまに起動させて、

自撮り的なことを試して見ることはあるけれど

「いやっ恥ずかしい!!」

となってSNSにアップするどころかただ「撮影する」ということすらできない。

心の奥底に自分自撮りをしている人に対して「気持ち悪い」と思っていることを

自分も思われるのではないか、という気持ちがそうさせているみたい。

そこでふと思った。

自撮り文化気持ち悪くはないのでは?むしろ自分表現する自由度が増えたんじゃ?

今の50代以上の人たちがやりたくてもやれなかったことを、今の若い世代がやりはじめてるのでは?

ということ。

自分は30代前半だけど、親の教育のおかげか、はたまたそういう時代に生まれたおかげか

そこまで自分意見を外に出す機会にめぐまれなかった。

自分表現しろ、と言われてはいものの、そうする機会はほとんどなく今に至る。

でも周りにそういう人がいても不自然ではない、そんなぐらい。

でも、自分の親の世代はどうだろう、と思うととても自撮りなんかする様には思えない。

そして同じように公の場で自分意見をどんな形であれ表現することもほとんどしない(ように見える)。

世代からの話を聞くに、そういう風に「自分」を出すのは良しとされなかったしそんな機会や場はほとんどなかったに

しかったようだ。出る杭は~を地で行く世代

でも今の10代、20代はどうだろう。

物心いたこからスマホがあり、

twitter、インスタ、Line

色々なツールが用意されて公の場で簡単自分表現できる。

これについて色々と批判もあるようだけど、これを足がかりに今の親の世代ができなかった自分表現を手軽にすることができるようになった

んじゃないだろうか。そしてそれはすごくいいことなんじゃないかとふと思う様になった。

相変わらず自分自撮り他人自撮りも苦手だけど、「自撮り」こそが日本人が苦手とする「自分表現」をしていく第一歩のような気がする。

2017-11-18

とうとう風景画で抜けるようになってしまった

この世にオカズが溢れすぎててヤバい

追記:戦乱のゼンディカー 基本土地 で検索すると幸せになれると思うよ

2017-11-17

寂れた街

JR北海道が自社の経営努力だけでは道内鉄道網を維持できないというニュースを読んで思った。

「かつての賑わいが失われた」などといった、寂れた街に対して使われる言葉果たして本当に正しいのだろうかと。

日本人口が減少し始めたのは8年前からだそうだ。

ということは、8年前の日本はどの時代日本よりも人口が多かったということになる。

しかし、まもなく廃線を迎えようとしている北海道の街や、日本全国の過疎地と呼ばれる寂れた街が

8年前に賑わっていたとは到底思えない。

「かつての賑わい」とはきっと高度経済成長期のことを指すのではないかと思うが、

その時と現在の違いは、ネットスマホはないものの、

人口ピラミッドが山型で、働けば働くほど幸せになれるという希望があったのかもしれない。

その時代背景を考慮しても、現在地方都市シャッター商店街に人がごった返すほどの賑わいがあったとは、

23区に隣接する街に住み続けている自分にはどうしてもイメージできない。

60年代80年代自分の知らない自分の街の写真には、

田畑が広がる風景から、段々と宅地化が進み、巨大な団地までもが建設されていく様子が写し出されていて、

それらからは確かに賑わいを感じた。

寂れた街はその逆のことが起きたはずであるが、変化の加速度はこれに及ばないと思う。

なぜなら、街の大きな変化を経て形成されたベットタウンの構成メンバーは、日本全国から集まってきた人であり、

ある特定の数市町村の全人口50%以上が集団移住したなどといったことはありえないからだ。

日本全国の小さい街から、少しずつ、少しずつ人が減り、その街と共に老いた人々が、

自身の体力の衰えと過ぎ去った時間に対する切ない感情を乗せて、少し大げさに「かつての賑わいが失われた」

などと言っているだけであって、実際のその街は、昔と比較して、実はそれ程変化していないのではないかと思ってしまう。

炭鉱の街」などのような特殊目的を持った街を除いて。

廃線」と言われると、街が衰退しきった証のように感じてしまうが、

計画鉄道網を築いていただけのことであって、本来の街の姿に戻ろうとしているだけのことなのかもしれない。

2017-11-16

anond:20171116214557

ゆゆ式も確かに別格だな。

でも、のんのんびよりとはベクトルの向きが違う。

ゆゆ式哲学的、嫌いじゃないけど。

のんのんびより田舎情緒を味わえるんだわ。

田園風景とか、人と人の交流とか。

そこに人情的な美しさが垣間見えるのよ。

2017-11-15

イエモンドキュメンタリー映画

特に猛烈なファンというわけでもなく、何気ない気持ちで観てみたんだけど、アラフォー自分にはじわじわ刺さる作品だった。

ネタバレに触れるかもしれないが(そもそもドキュメンタリーネタバレがあるのかわからないが)、簡単感想を書く。

90年代活躍した伝説のバンド」みたいな扱いになっているが、イエローモンキーって当時の日本音楽シーンでは、どメジャーって感じでもなかった気がする。

カラオケJAMを歌うやつはたくさんいたけど、GLAYとかラルク代表されるような90年代流行ったV系バンドほど人気があるわけでもないし、MICHELLE GUN ELEPHANTとか、エレカシほど硬派で骨太イメージもない。

当時流行ったUKロックとか、グランジとか洋楽が好きなやつからダサい馬鹿にされていた。そんな立ち位置

でも見た目は日本人離れしてかっこよかったかな。だから女子ファンが多かった。

2001年、人気の絶頂といわれた時代に突然活動を停止して、その約3年後に解散理由は明らかにされていない。

映画は、2016年5月代々木競技場での再結成ツアー初日から年明けのカウントダウンライブまでのステージ楽屋裏を淡々と密着していて、それにメンバーそれぞれのインタビューと彼らの原点であるという渋谷ライブハウスLa mama」の無観客ライブを織り交ぜて構成している。

過剰な演出もなく、シンプルに追ってるだけなんだけど、たいしてファンでもなかった自分が引き込まれしまったのは、きっと映し出されている人の「人間臭さ」なんだと思う。

皆50を過ぎたおっさんだというのに、メンバー同士アホみたいに仲が良さげであるトランポリンを跳ねたり、リーゼントにしてみたり、ライブ前後楽屋風景さながら中学校の昼休みだ。

そしてアホみたいに化粧が濃い。深い皺の刻まれた50男の顔にファンデーションを幾重にも重ね、アイラインを引き、口紅を施し、頭皮マッサージをされている姿は、ある種のおぞましささえある。

そしてその年齢ゆえ、過酷スケジュールツアー中に起きる、体の不調。

ぎっくり腰や熱、腱鞘炎に加え、ステージ中にボーカル吉井が声が突然出なくなるという、最悪のアクシデントもある。ライブが中断され、騒然とした客席、ピリピリとしたバックステージカメラは追っている。

ライブのリハやレコーディングでの音作り風景も興味深かった。「こんな細かいところまで?」「そこまでして客はわかるのか?」というくらい綿密で、本番ギリギリまで試行錯誤している。

しかしたら、解散ブランクがあるからなのかもしれない。

決してスマートではない、中年オヤジ仕事風景

それなのに、ステージの上では、煌びやかな艶とオーラもつロックミュージシャンの魅力をまとうから不思議である

上手く表現できないが、そんじょそこらの30代、40代ミュージシャンには出せそうにない「凄み」があるのだ。

これまでの日本ロックシーンで、音楽に地道かつ真摯に向き合いながらも「華のあるビジュアル」の中年ミュージシャン存在しなかったのではないだろうかと思う。

90年代20代の頃はさほど魅力を感じることができなかったが、自分不惑を迎えた歳となって、素直に「かっこいい」と思える年上のおっさんが世の中に存在するのは有難いことである

「オトトキ」ってタイトル最後まで意味からないうえ、めちゃめちゃダサいし、キャッチコピーは「4Pしようぜ!」だし、ポスタービジュアルはクソスベってるけど、この歳に出会えてよかったな、と地味に思った作品だ。

もし完全分煙が実現して非喫煙者喫煙風景をまったく目にしなくなれば(仮に煙草消費量が上がったとしても)驚くほど敵意はなくなると思うよ。

2017-11-12

日の名残と黒執事

カズオイシグロ氏がノーベル賞を受賞したと聞き、ミーハー丸出しで「日の名残」を読んだ。

 舞台イギリス。本筋としては語り手である執事が休暇を貰い田園風景を旅をする物語だ。仕えていた主は上流階級の大物政治家であり、職務に誇りを持っている。

 そんな「日の名残」を読んでいると「黒執事」を思い浮かべた。例の悪魔執事の有名なマンガである。大ファンと言うわけではないのですが。執事と言ったらね。

 「日の名残」作中において、優れた執事とは主より目立ってはならず、影を潜め、口をはさまず、しか盲目的にならずに己の忠誠を捧げる相手を選ぶ存在ではないかと語られる。

 目立ちまくり、主にイヤミを言うのが日課のセバスチャンとは真逆である。こういった執事は一時は誉めそやされるのだが、どこかで馬脚を表し失脚するのである

人間執事ならば。

 セバスチャン悪魔である。したがって、いつまでも完璧執事(ある意味で二流)のまま変わらない。

 一方で日の名残的一流執事も、黒執事には登場している。

タナカさんである

セバスチャンがどれだけ見事にこなしたところで、執事としては二流。悪魔には表面をなぞることしかできないのだ。

 主シエルセバスチャンタナカさんへの態度の差から、作者もこの辺りを意識してるように感じる。

 何でも出来て悲惨現実でもどこか他人事の癖に、矮小有象無象人間に執着する悪魔

 黒執事のこの構図にすごく説得力を感じるようになった。

 セバスチャンタナカさんへの謎の敬意もわかるし、

逆説的な人間讃歌ですよね?

日の名残めちゃくちゃ面白かったです。他の作品も読も。

2017-11-11

お前らはそんなに上等なのかよ

人の出自にゃ「低学歴かよ人間未満」「○○って仕事してる奴なんて人間扱いしなくていいだろ」「○○出身土人犯罪者しかいない実質在日

性別聞けば「ま〜ん(笑)」「子孫も増やせない精子袋」

年代聞けば「ゆとりの失敗作じゃん」「ゆとゆとwww」

うるせぇよ、お前らは何だ?貴族様なのか?上級国民なのか?

「【底辺貧乏家族の夕食風景こちらwwwwwwwwwwwwwww」とかスレ立てやがって

お前らが人の食いもんじゃないとか言ってる店でも、俺にとっては家族と一緒にご飯を食べた幸せな思い出がある場所なんだよ

何も知らねぇくせに!何も知らねぇくせに!

お前らが人間で、俺は人間じゃないのかよ!

2017-11-05

彼女がいる男を好きになっても良いことなんてない

のに何で好きになっちゃってんだ???

何でわざわざ自分自分人生ハードモードにしてんの???

恋なんてただでさえ一喜一憂して面倒なのにさ〜〜余計なことしてんじゃねえよ自分って思う。

彼女から彼を奪いたいわけじゃない。

そもそも彼の話を聞いてる限り彼女結構メンヘラだわ。めんどくさそう。

できればっていうか絶対に関わりたくないんだわ。

でもだからって

あなた幸せでいてくれることが私の幸せから…*・゜゚・*:.。

みたいな綺麗事思えねーしな。

私も私でめんどい女なんだわ。



この三連休、彼に連絡したい気持ち必死必死に抑えて終わった。

向こうから連絡来たりなんかしないかなとか思って無駄iPhoneホームボタン押してLINEの通知確認してたけど全然来なかった。千葉雄大からブログ更新の通知は来たけど。

んで三連休最終日の今日、ほんのついさっきインスタを見たら彼が旅行写真投稿してた。

風景写真しかなかったけど誰と行ったかなんて考えなくても分かるわクソ〜〜〜〜〜〜楽しそうじゃんかよ連絡しなくてよかった〜〜〜〜〜〜それにしてもめっちゃ綺麗に撮れてるね紅葉キレイじゃん話面白くてまあまあ優しくて私の好みの顔な上に写真センスまであんのかよあ〜〜〜〜好き。


とはならない。

結構な衝撃を受けたのでいいね押すの躊躇う。他の奴の投稿にはハイハイインスタ映えインスタ映えって思いながら適当に押せるのに。

はあ。





あいいじゃん!もう不毛な恋してないでさっさと忘れて新しい誰かみつけようぜ!!私も楽しいことしたいもん!!



って思って楽しいこと考えるけど、結局その楽しいことは全部彼と一緒にしたいことなんだよな!!!彼が隣にいてほしい!!!!!!バーカ!!自分バーカ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

anond:20171105074051

増田が言いたいのは現代風景馬鹿かい人の形した何かがいるってことだよな

ガリバー旅行記みたいな異世界転生ものちょっと違う感じ?

2017-11-04

取り留めのない休日

僕の仕事はアホみたいだ。みんな仕事が好きなのか、義務に囚われているのか? 同僚なんか今日も出勤してるぞ。

僕はアテもなく街へ出かけた。この糞田舎から車で2時間だ。ボロボロの高速をオンボロの軽で追い越し車線を飛ばして、街へ向かう。イライラしてアクセルを踏む、ガソリンが減る。緑の風景はは少しずつコンクリートへ変わってく。正直何回か死にかけた。

街へついたら、ラーメンを食った。二郎系だ、全マシで身体を傷めつけた。吐き気を催すほど麺とモヤシをかき込んで、逃げるように店を後にした。食ったらちょっぴり落ち着いた。

そのまま車を走らせ、コメダコーヒーへ向かった。どうしても片付けたい仕事にとりかかった。イライラしてシロノアールを一気食いした。吐きそうになりながら、仕事を完成させた。会社なんてなくなればいい。みんな消えてしまえばいい。そんなふうに思いながらも少しだけ心が楽になっていることに気づいた。

オレンジからブルーへと変わっていく夕焼け空を見ながら、高速を飛ばし家路に向かった。こんどは、追い越しもしないで落ち着いて帰った。街の明かりがだんだんと暗闇に代わり、糞田舎へ戻ってきた。

海のむこう、水平線の近くにに月が見えた。満月だった。家について、エンジンをとめた。バンッ、という扉の閉まる音のあとおおよそ文明の欠片も感じられぬ静けさと秋の夜の冷たい風がが全身を包んだ。

阿呆みたいな仕事に、日常イライラして逃げ出したかった。だけれども、あの月をみたら、自分を取り巻くものなど些細に思え、どうでも良くなった。

酒を呑みながら、この日記を書いている。

2017-11-03

anond:20171103212038

からあれだが、わかるぞ。

例えば、麻原彰晃とか、座間殺人犯によるハロウィン風景とかをいい例として出すようなものからな。

実際かかわって痛い目に見た人間としてはそれ並みのものだし。

2017-11-01

主観的分析すれば

客観的ではないという反論が来る

なぜなら分析とは客観性必要とするから

終わりの見えない会話、ここではよく見る風景だな。自分意見固執して、自分でも何を言ってるのか分からないけど反論したくなる、反論しないといけない、そう感じて終わりのない話をするようだ。自分意見に対して先入観を持っていたら、議論なんて少しも出来やしないんだ。

2017-10-24

砕かれた鏡

(この日記は、「副業風俗レポを連載していたのだが、」https://anond.hatelabo.jp/20171023190844を「俺が編集者ならこう書き換える」という内容に無断で編集したものです。)

お久しぶり~。とにかく更新が滞りがちなこの連載。今回はちょっと趣向を変えて、生まれて初めてアジアンエステに行った日のことを書くぞ。もう六年半も前の話だ。僕のドスケベオイルマッサージ道はこの日から始まったのだ!

某月某日、夜。駅前商店街を歩いていると、妖しく点滅する立て看板が目に入った。

中国式マッサージ 60分¥6000

インターホンを鳴らすと、異様に背の低い白髪の老婆が出てきた。待合室に通され、メニューを渡された。メニュー表には複数コースが書かれていたが、婆さんは大きな目をさらに大きくして90分一万円のコースゴリ押ししてきた。僕は気圧されて、よくわからないまま一万円を払った。

部屋に案内されて、ベッドに腰かけていると、小柄な女の子が入ってきた。名前はナナちゃん。第一印象はツンとして見えるが、笑うと一気に表情がやわらぐ。かわいい! 大きな目に長いまつげ。ピンク色のぽってりした唇が印象的。髪は長めで、えり足がスッキリとまとめられている。あらわになったうなじセクシーしかし、何より目を引くのはオッパイ。かなりでかい! 上着がパンパンに膨れあがってる。そして、むき出しになった太もも。僕が太ももフェチになったのは、この日がきっかけかも。ミニスカートからのびる二本の素足。た、たまらん....。

ナナ「初めてですか?」

僕 「はい

ナナ「先にシャワー浴びますか?」

僕 「あ、はい

ナナ「じゃあ、脱いで待ってて」

ナナちゃんが部屋を出ていく。言われるままに服を脱ぐ僕。上半身裸になったところで、ナナちゃんがバスタオルを持って戻ってくる。いたずらっぽい笑みを浮かべながら、僕のズボンベルトを引っ張る。脱ぐように促しているのだ。恥ずかしながら、僕はすでにビンビン。ナナちゃんがそれを見て、キャッと笑う。腰に白いバスタオルが巻かれると、腹部がふくれあがり、その形状はまるで雪山

一緒にシャワールームへ。ナナちゃんが全身をやさしく洗ってくれる。「後ろ向いて」「はい、前」「もう一回後ろ」ころころと向きを変える僕。後ろ向きになると、ナナちゃんの手首が僕の足のつけねを通って、さわ~、と尻の穴を通過。最高だ...。タオルで体を拭いてもらい、部屋に戻る。紙パンツを渡されたが、明らかに小さい。無理して履いてみたが、思いっきハミ出てしまう。ナナちゃんがそれを見てウフフと笑う。

ナナ「うつぶせになれますか?」

僕 「あ、はい・・・

ナナ「・・・やっぱり、あおむけでいいよ。うつぶせ、痛そうだから

うつぶせだと、いきり立ったモノが圧迫されて痛いと判断されたらしい(笑)それで急遽、あおむけの態勢から始めることに。ナナちゃんが僕のひざの上にまたがると、太もも感触がじかに伝わる。う~ん、たまらん!

まずは首筋のマッサージ。ナナちゃんが前かがみになると、はだけた胸もとから谷間が見える。膝を動かすたびに、スカートの中もちらり。これってわざと!? そして、ここから先は怒濤の展開。まだ序盤なのに、ナナちゃんが僕の全身にオイルを塗り始めた! 本来うつぶせでじっくりと肩や腰をもんでから、ようやくあおむけになり、オイルが登場するのは後半なのだしかし、ナナちゃんは通常のセオリーをすっ飛ばして、大暴走。おそらく僕の興奮が伝わり、一気にスパークしたのだ! 奇跡フュージョン国籍を越えた魂の交感。ナナちゃんの指先が、僕の体の上を縦横無尽に滑走。そのなめらかな滑りは、ロシアフィギュアスケーターユリア・リプニツカヤ選手のようだ。僕はあっという間にフィニッシュ。開始からわずか30分。瞬殺だった...。

本来、こういったマッサージは焦らしてナンボ。ナナちゃんの施術はあまりトリッキー過ぎた。でも僕は大満足! 最高のアジアンエステデビューであった。

🌑

これは、ある風俗系のサイトのために書いた原稿である。そのサイトが突然閉鎖してしまい、行き場所がなくなった。自分で言うのも何だが、本当に下らない。僕は二年近く、こんな文章ばかり書いていた。この記事は、新しい店を取材する時間が無かったので、苦しまぎれに昔話を書いたのだった。結果的にこの原稿は陽の目をみなかったわけだが、書きながら当時のことを色々と思い出した。

あの頃、実は僕はドン底の状態だった。親から継いだ会社倒産させた後だったのだ。単なる地元中小企業だったが、そこそこ歴史のある会社だった。古参幹部裏切り横領大手の参入、理由を挙げればキリがないが、結局は僕が無能だったのだ。すべてを失った。恋人も仲間も、みんな去って行った。絵に描いたような転落人生だ。酒びたりの日々。毎日、目を覚ます頃にはすでに日が暮れかけていた。時計を見るのもつらかった。起きるとすぐに冷蔵庫を開けて、安い缶酎ハイあおり、またベッドに戻る。酒が切れたらコンビニに行って、缶酎ハイカップ麺を大量に買い込む。そんな生活が何ヵ月も続いていた。

いよいよ金が尽きてきたので、警備員バイトを始めた。まわりは爺さんばかりだった。地元では警備員仕事高齢者の受け皿になっていた。爺さんたちと一緒に働いているうちに、まだ20代後半だった僕も、老後みたいな気分になっていた。

件のエステに行ったのは、そんな時期のことだった。前述の通り、僕は30分で果ててしまった。そのあとどうしたかというと、ずっと彼女とお喋りをしていた。彼女は色々な話をしてくれた。まだ来日して三年足らずで、日本語ジブリアニメ勉強していると言っていた。なぜか子供の頃の写真を持っていて、それを見せてくれた。山村風景を背にして、薄汚れたシャツを着て立っている、仏頂面の少女が写っていた。それが彼女だった。話を聞いてみると、彼女は非常に貧しい家に生まれて、家族を支えるために、日本出稼ぎに来ていたのだった。

僕も自分のことを話した。地元中小企業の二代目社長社員は26人。趣味スキーテニス、車はベンツを2台所有。どれも過去には本当のことだった。でもすべてを失っていた。僕は彼女に、会社経営の苦労や、幹部に対する不満を、現在進行形の悩みとして語った。彼女の前では社長でいたかった。悲しい見栄だ。話しているうちに、自然と涙が流れてきた。彼女がそっと抱き寄せてくれた。僕は彼女の胸に顔をうずめて泣いた。しばらくのあいだ泣き続けた。あのとき彼女はどんな気持ちだったのだろう。異国で、初対面の男が、いきなり泣きだしたのだ。理由もわからなかったはずだ。かなり戸惑ったにちがいない。

ナナちゃんと話した翌日から、僕は仕事で新しい現場に入った。美術館の警備スタッフだ。スタジオジブリレイアウト展覧会だった。そこでマズイことが起きた。彼女が客として入場してきたのだ。どうやら彼女は一人で、オレンジワンピーススニーカーを履いて、髪はポニーテールにまとめていた。相変わらずちょっとツンとしていて、喋らなければどこからみても普通若い女性だった。僕はあわてて顔を伏せた。見られてはいけない。彼女の中ではまだ僕は社長なのだ。警備服を着ているはずがないのだ。彼女は食い入るように展示物を見ていた。僕は帽子限界まで目深に被り、ばれないようにした。

午後になって、今度は外の駐車場ですれ違いそうになり、あわててトラックの背後に隠れた。警備員なのに、僕の挙動は完全に泥棒だった。彼女は僕の前を通り過ぎて、その先の角を右に曲がっていった。彼女は僕の視界から消えた。

数日後に、地面が揺れた。これまでにないぐらい、大きく揺れた。巨大な津波が来て、あらゆるもの破壊した。そう遠くない場所で、原子力発電所が爆発した。日常が奪われ、何日も、何週間も、不安状態が続いた。

僕はやることもなく、ふと思い立って再びあの店に行ってみた。当然のように閉まっていた。インターホンを鳴らすと、ゆっくりドアが開いた。中からあの大きな目の老婆が顔を出して、「やってませんよ」と言った。

僕 「いつごろ再開しますか?」

老婆「もうやらないよ。おしまい

僕 「・・・

老婆「みんな中国に帰ったよ」

僕 「ナナちゃんは?」

老婆「ナナも帰った。モモも帰った。サクラもユキもみんな帰った。日本は危ないから」

当たり前だが、ナナちゃんとはそれっきりだ。僕はほどなく上京して、小さな広告プロダクション就職した。その後、仕事で知り合った風俗関係者に請われ、メンズエステ体験レポを書くようになった。

最初のうちは、アジアンエステ取材する度に彼女のことを思い出したものだが、最近はすっかり忘れてしまっていた。女性の胸に顔をうずめて泣くなんて、あの夜が最初最後だと思う。

地震で粉々に砕かれた鏡の上に今は別々の人生が映し出されている。ナナちゃん、元気だろうか。

秘密のインスタSHOW

SNSでのリア充アピール、例えば‬

‪・高級店で美味しそうな食事

‪・美しい風景場所を訪れる‬

‪・仕事学問趣味で何かを達成‬

‪・家族や友人と幸せ時間を過ごす‬

‪これらは東京人価値観在京マスコミ的発想ではないか?‬

大阪で「いいね!」がつく投稿東京のそれは違うのではなかろうか?‬

信頼できない企業の特徴は?

  1. 問い合わせ先を設けてない
  2. 問い合わせしても回答がこない
  3. 不具合があっても事実確認ができないと言って問題がないと言い切る
  4. 胡散臭いオフィス風景サイト掲載してる

他に何があるだろうか

2017-10-23

副業風俗レポを連載していたのだが、

諸般の事情サイトが閉鎖されてしまった。原稿が一本無駄になってしまったので、はてな匿名ダイアリーに放流する。

🌑

お久しぶり~。とにかく更新が滞りがちなこの連載。今回はちょっと趣向を変えて、生まれて初めてアジアンエステに行った日のことを書くぞ。もう六年半も前の話だ。僕のドスケベオイルマッサージ道はこの日から始まったのだ!

某月某日、夜。駅前商店街を歩いていると、妖しく点滅する立て看板が目に入った。

中国式マッサージ 60分¥6000

インターホンを鳴らすと、異様に背の低い老婆が出てきた。待合室に通され、メニューを渡される。メニュー表には複数コースが書かれていたが、婆さんは90分一万円のコースゴリ押ししてきた。僕は気圧されて、よくわからないまま一万円を払った。

部屋に案内されて、ベッドに腰かけていると、小柄な女の子が入ってきた。名前はナナちゃん。第一印象はツンとして見えるが、笑うと一気に表情がやわらぐ。かわいい! 大きな目に長いまつげ。ピンク色のぽってりした唇が印象的。髪は長くて、えり足がスッキリとまとめられている。あらわになったうなじセクシーしかし、何より目を引くのはオッパイ。かなりでかい! 上着がパンパンに膨れあがってる。そして、むき出しになった太もも。僕が太ももフェチになったのは、この日がきっかけかも。ミニスカートからのびる二本の素足。た、たまらん....。

ナナ「初めてですか?」

僕 「はい

ナナ「先にシャワー浴びますか?」

僕 「あ、はい

ナナ「じゃあ、脱いで待ってて」

ナナちゃんが部屋を出ていく。言われるままに服を脱ぐ僕。上半身裸になったところで、ナナちゃんがバスタオルを持って戻ってくる。いたずらっぽい笑みを浮かべながら、僕のズボンベルトを引っ張る。脱ぐように促しているのだ。恥ずかしながら、僕はすでにビンビン。ナナちゃんがそれを見て、キャッと笑う。腰に白いバスタオルが巻かれると、腹部がふくれあがり、その形状はまるで雪山

一緒にシャワールームへ。ナナちゃんが全身をやさしく洗ってくれる。「後ろ向いて」「はい、前」「もう一回後ろ」ころころと向きを変える僕。後ろ向きになると、ナナちゃんの手首が僕の足のつけねを通って、さわ~、と尻の穴を通過。最高だ...。タオルで体を拭いてもらい、部屋に戻る。紙パンツを渡されたが、明らかに小さい。無理して履いてみたが、思いっきハミ出てしまう。ナナちゃんがそれを見てウフフと笑う。

ナナ「うつぶせになれますか?」

僕 「あ、はい...」

ナナ「あおむけでいいよ。うつぶせ、痛そうだから

うつぶせだと、いきり立ったモノが圧迫されて痛いと判断されたらしい(笑)それで急遽、あおむけの態勢から始めることに。ナナちゃんが僕のひざの上にまたがると、太もも感触がじかに伝わる。う~ん、たまらん!

まずは首筋のマッサージ。ナナちゃんが前かがみになると、はだけた胸もとから谷間が見える。膝を動かすたびに、スカートの中もちらり。これってわざと!? そして、ここから先は怒濤の展開。まだ序盤なのに、ナナちゃんが僕の全身にオイルを塗り始めた! 本来うつぶせでじっくりと肩や腰をもんでから、ようやくあおむけになり、オイルが登場するのは後半なのだしかし、ナナちゃんは通常のセオリーをすっ飛ばして、大暴走。おそらく僕の興奮が伝わり、一気にスパークしたのだ! 奇跡フュージョン国籍を越えた魂の交感。ナナちゃんの指先が、僕の体の上を縦横無尽に滑走。そのなめらかな滑りは、ロシアフィギュアスケーターユリア・リプニツカヤ選手のようだ。僕はあっという間にフィニッシュ。開始からわずか30分。瞬殺だった...。

本来、こういったマッサージは焦らしてナンボ。ナナちゃんの施術はあまりトリッキー過ぎた。でも僕は大満足! 最高のアジアンエステデビューであった。

🌑

自分で言うのも何だが、本当に下らない。僕は某風俗サイトで二年近くこんな文章ばかり書いていた。先の記事は、新しい店を取材する時間が無かったので、苦しまぎれに昔話を書いたのだった。結果的にこの原稿は陽の目をみなかったわけだが、書きながら当時のことを色々と思い出した。あの頃、実は僕はドン底の状態だった。親から継いだ会社倒産させた後だったのだ。単なる地元中小企業だったが、そこそこ歴史のある会社だった。古参幹部裏切り横領大手の参入、理由を挙げればキリがないが、結局は僕が無能だったのだ。すべてを失った。恋人も仲間も、みんな去って行った。絵に描いたような転落人生だ。酒びたりの日々。毎日、目を覚ます頃にはすでに日が暮れかけていた。時計を見るのもつらかった。起きるとすぐに冷蔵庫を開けて、安い缶酎ハイあおり、またベッドに戻る。酒が切れたらコンビニに行って、缶酎ハイカップ麺を大量に買い込む。そんな生活が何ヵ月も続いていた。

いよいよ金が尽きてきたので、警備員バイトを始めた。まわりは爺さんばかりだった。地元では警備員仕事高齢者の受け皿になっていた。爺さんたちと一緒に働いているうちに、まだ20代後半だった僕も、老後みたいな気分になっていた。

件のエステに行ったのは、そんな時期のことだった。前述の通り、僕は30分で果ててしまった。そのあとどうしたかというと、ずっと彼女とお喋りをしていた。彼女は色々な話をしてくれた。まだ来日して三年足らずで、日本語ジブリアニメ勉強していると言っていた。なぜか子供の頃の写真を持っていて、それを見せてくれた。山村風景を背にして、薄汚れたシャツを着て立っている、仏頂面の少女が写っていた。それが彼女だった。話を聞いてみると、彼女は非常に貧しい家に生まれて、家族を支えるために、日本出稼ぎに来ていたのだった。

僕も自分のことを話した。地元中小企業の二代目社長社員は26人。趣味スキーテニス、車はベンツを2台所有。どれも過去には本当のことだった。でもすべてを失っていた。僕は彼女に、会社経営の苦労や、幹部に対する不満を、現在進行形の悩みとして語った。彼女の前では社長でいたかった。悲しい見栄だ。話しているうちに、自然と涙が流れてきた。彼女がそっと抱き寄せてくれた。僕は彼女の胸に顔をうずめて泣いた。しばらくのあいだ泣き続けた。あのとき彼女はどんな気持ちだったのだろう。異国で、初対面の男が、いきなり泣きだしたのだ。理由もわからなかったはずだ。かなり戸惑ったにちがいない。

この話には後日談がある。翌日から僕は仕事で新しい現場に入った。美術館の警備スタッフだ。スタジオジブリレイアウト展覧会だった。そこでマズイことが起きた。彼女が客として入場してきたのだ。どうやら彼女は一人だった。僕はあわてて顔を伏せた。見られてはいけない。彼女の中ではまだ僕は社長なのだ。警備服を着ているはずがないのだ。彼女は食い入るように展示物を見ていた。僕は帽子限界まで目深に被り、ばれないようにした。午後になると、今度は外の駐車場ですれ違いそうになり、あわててトラックの背後に隠れた。警備員なのに、僕の挙動は完全に泥棒だった。

数日後に、地面が揺れた。これまでにないぐらい、大きく揺れた。巨大な津波が来て、あらゆるもの破壊した。そう遠くない場所で、原子力発電所が爆発した。日常が奪われ、何日も、何週間も、不安状態が続いた。再び店に行ってみると、当然のように閉まっていた。インターホンを鳴らすと、ゆっくりドアが開いた。中から背の低い老婆が現れて「やってませんよ」と言った。

僕 「いつごろ再開しますか?」

老婆「もうやらないよ。おしまい

僕 「・・・

老婆「みんな中国に帰ったよ」

僕 「ナナちゃんは?」

老婆「ナナも帰った。モモも帰った。サクラもユキもみんな帰った。日本は危ないから」

当たり前だが、ナナちゃんとはそれっきりだ。僕はほどなく上京して、小さな広告プロダクション就職した。その後、仕事で知り合った風俗関係者に請われ、メンズエステ体験レポを書くようになった。最初のうちは、アジアンエステ取材する度に彼女のことを思い出したものだが、最近はすっかり忘れてしまっていた。女性の胸に顔をうずめて泣くなんて、あの夜が最初最後だと思う。ナナちゃん、元気だろうか。

2017-10-17

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はい。」

って映画作ってただドームさんの調理風景を録画したものを流すだけで人集まるよ

そのままオフ回しようぜ

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