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2021-05-12

おおおおおおおおおおおおおしっこおおおおおお

おしっこ

 泡ぶくぶくで

  僕怖い

おしっこの泡が素晴らしいことになっております

30秒経って消えなきゃヤバいよという教えをどこかで聞いたので、待ってみました。

30秒待ってみても消えません。1分経っても泡が残っちゃってますわよ!!

洋式で溜まった水に向けてほれほれほれほれ~どうだどうだって発射しているから悪いのだろうか・・・

ああそういえば、男子トイレの小便用トイレにいつだか行った日のこと、

用を足した男の人が使っていたトイレが、とんでもなく泡ぶくだったなあ。あのころはすげえとしか思ってなかったけど。

まさか自分の身にも起きているかもだなんて。俺は洋式便所だけど、小便用トイレだったらあそこまでなってしまうのだろうか。

人体って凄いけど、考えれば考えるほど怖いもんだよね。

2021-05-08

ホームセンターいったらめちゃくちゃマスクアルコール除菌剤が山積みになってて手洗い洗剤とかも山積みなのよ

去年の今頃とかもまだ全然マスクは品薄でどこでも買えなかったけどあのころ高くても買わせろ!みたいな気持ち申し訳なくてさ

こんなに山積みなのに全然みんな立ち止まりもしないのがホント申し訳ない

ちょうどいい量の生産とかできんもんかね

2021-04-28

中学の頃

先輩に絵をあげたことがあったけど絵がうまい同級生に比べて反応が露骨に悪かったことを時々思い出してしま

まああの頃の絵をもらって喜ぶのは無理だろうな〜って思うけど露骨に態度に出すのもどうかと思ってしまう複雑な心

まだ自分の絵が周りに比べて上手だと思いこんでいて

ペンタブを買えばもっとうまくなると思いこんでたあのころのおもいで

なお今はもう絵は描いてないです

2021-04-27

小柳ルミ子大澄賢也結婚した時って、すごいおばさんと結婚したみたいに思ってたけど今考えるとたった36なんだな。今の深田恭子より若い綾瀬はるかと同い年。

あのころの36ってものすごいババア扱いされてたよな

2021-04-25

しか女ばいと聞くたびに

かわいいふりしてあの子わりとやるもんだねと言われ続けたあのころ

の子が急に何故か奇麗になったのはあなたとこんなふうに

ここのメロディーが頭を流れていく

2021-04-24

anond:20210423094416

あれは緊急事態宣言機能させるための布石だったんだと思ってるけど...

あのころ日本は正直危機意識ほとんどなかったよね。

マスコミだってアクリル板もなく、マスクもせず、みんな密集して報道するのが当たり前だった。

安倍総理学級閉鎖策は権力乱用をいとわない首相によるひどい政策という扱いだっただろ?でも、欧米でも普通に実施してるよな。

このウィルスのやばさを理解し、外出を控えていたのは中国人との交流がある人たちだけだった。

あの頃、正直、コロナ自体対岸の火事という認識だった。

志村さんという有名人の死はそれを自分たち問題認識させるものだったと思ってる。

あれを見て震え上がった同年代高齢者はそれなりにいるんじゃないか

まだまだ若いと思っていても、コロナにかかったら死ぬってみんな理解した。

その2週間後、緊急事態宣言が出されたとき学級閉鎖したときのような批判が起きず、粛々と受け入れたのは志村さんの死があったからだと思う。

2021-04-19

クソみたいないじめを繰り返していたクズがなんか格闘家になってた

中学校で俺をクソみたいにいじめてたクズ格闘家になってた。で、コロナ生活が苦しくなったのかYoutube始めてた。コロナ禍でそのまま干上がれば面白かったのにな、残念だ。

しかもその界隈では結構有名な選手らしい。とはいえ、その界隈自体がどのくらい知名度があるのかわからないので、世間一般知名度はどのくらいなのかわからないけど。

いやぁ、マジで地獄の3年間でしたよ。あれは凄かった。

社会の関心を集めているあのいじめ殺人事件は「これはトラウマ穿り返される奴だ」と思って詳細は見てないのだが、まさか目を逸らした先で最悪のものを目にするとは思わなかった。

動画、やたら楽しそうだったな。楽しそうでよろしゅうございますね。

どうやらコロナ禍で格闘技とかその辺の生活が苦しくなったみたいで、いろんな選手がやってるみたいだ。どの選手も内容がほとんど同じだが。コラボ、予想、ルーティントレーニングコラボ、予想…顔が変わるだけでたいして変化がない。

まぁ、俺を恐喝すれば金を得られたあのころと違って本当に厳しいんでしょうね。金返せよ。

なんかファンからもらったプレゼントを自慢げに見せてましたね。俺の時計返せよ。

服にもこだわりがあるようで、なんか独自ブランド作ってましたね。俺の服あんなに破いたのにな。

再生数が欲しいなら「私の過去告白します」みたいな動画作ればいいんじゃないでしょうか。

ちょうどいじめ殺人世間が湧いている今、再生回数めちゃくちゃ延びると思うよ。協力してやるから取材しに来いよ。傷跡まだ消えてないからさぁ。

結構再生回数献上してしまったけど、お前の人生面白いな。俺の人生崩壊させたお前が、なんか「苦しみを乗り越えてきた漢」みたいな扱いでリングやらケージに上がってんじゃん。

いい仲間に巡り合えてよかったですね。俺をいじめ殺す寸前まで言ったあのあと、いろいろな経験がお前を成長させてくれたんですね。クソすぎるだろうお前。過去の亡霊は常にお前を見ているぞ。

まぁしかし、結局のところ、いじめってのは対等な関係ではないのが問題だな。

あの格闘技のように、リングケージで「対等に」「ルールを守って」「危険になったらちゃんストップがかかる」「失神すれば許してもらえる」お優しくて甘い世界じゃないわけでさ。

俺は人を殴らない、お前は平気で殴れる。俺は社会ルールを守る、お前は守らない。失神しても水かけて起こして蹴り続ける、みたいな不平等関係なのが問題なんだよな。

ウシジマとかい漫画にあったあれだよ。「金属バットで人の頭をフルスイングで殴れる人間が強い」ってやつ。俺はそんなことしないので、それができるお前の方が強いわけだ。

ところでウシジマはもう読んでないけど、ちゃんとウシジマ死んだ?あんなクソを生かしたまま終わるってありえないけど、作者はどう畳んだんだろうな?それともまだ続いてるのか?まぁいいや。

いじめってのは、「一方的他者攻撃できる」状態なんだよ。いじめをやるクズチート状態だし、いじめられる側は縛りプレイなわけだ。

縛りプレイ中のプレイヤーとチートプレイヤーが対戦してるのがいじめなんだよ。

でまぁ、残念ながらお前は俺の時と違って「対等に一対一でやり合えてレフェリーもいる優しい優しい優しい優しい優しい世界」でお給料もらってるんで、お前も負けるときがあるよな。仕方ない。お前チート使わしてもらえないもんな。メリケンサックとかグローブに仕込んでみるのはどうだ?俺に使ったやつ、まだもってないか?やれよ。勝ちたいならそのくらいやるよな?

つーか負けるにしても失神くらいしろよ。判定負けとか甘いこと許してんじゃねーよ。鼻が折れるまで、腕が折れるまで、金を失うまで、友人を失うまで、人間尊厳を失うまで戦えよ。金玉ひとつくらい潰れても戦って見せろ。「一個くらいいいだろ」お前が言った言葉だぞ。実践しろ格闘家なんだろ?戦いを生業にしてるんだろ?負けたらすべてを失え。無様な姿の撮影会開かせろよ。試合に負けて鼻が折れて泡吹いて下半身裸の状態撮影会しろ。それがあるんならお前の試合見に行くわ。

しかちゃん体重も同じくらいの相手を選んでもらってなぁ。うらやましいなおい。優しい世界だなぁ。すぐ病院にもいけてなぁ。スポンサーまでついちゃうんだもんな。俺、お前に金とられてたから実質お前の最初スポンサーってことになるな。俺のことも動画宣伝してみてくれよ。あるいは、お前のパンツ印刷されてるスポンサー様全員今すぐ殴りに行ってこい。「金サンキュー」とヘラヘラ笑いながらスポンサー様に膝蹴りしろ。今すぐやれ。

それとお前もヘビー級と戦えよ。何が「階級が違うと全然違う」だクソ馬鹿が。今からヘビー級チャンピオンに殴り殺されて来いよお前。お前の体重ヘビー級チャンピオン体重差は、俺とお前の体重差とあんま変わらんだろ。今すぐ男を見せて来い。無様な姿を見せて撮影会しろ

まぁ、判定負けとかクソ過ぎて嫌になるけど、お前の負け試合はほんの少し俺の心を救ってくれたわ。お前が負けた相手Youtubeやってたんで一通り見たけど、お前結構酷い評価受けてて笑ってしまったわ。

とはいえ、お前が負けたあの選手過去に何やってるか分かったもんじゃないしな。俺みたいな人間を生贄にのし上がったクズかもわからん安易に持ち上げないことにしておく。

でもまぁ、爽快だわ。ありがとう選手。できれば失神KOとか下半身裸一本泡吹き一本とかまでやってくれたらよかったけどな。

いじめってのは上で書いたようなチートプレイ快感に似た部分があるんで基本的になくならないし、「できるとわかったらデメリットメリットを超えない限りやり続ける」のが人間なので、今までもこれからいじめで亡くなる人は絶えないだろう。学校だけではなく、これは職場でも同じだ。

ただ解せないのは、ゲーム格闘技などの優しい世界ではチートプレイヤーがBANされるのに、リアルでは被害者がBANされるところだな。

いじめというのは「実に人間らしい病理」なわけで、本来はいじめクソ野郎のほうを隔離して治療しなければならないだろう。

いじめを受けた方のメンタルケア本来必要ないはずだ。

問題が早期に発見され、クソ野郎が速やかに隔離治療される流れが確立されれば、被害者は「災難だったな」で終わる話だ。被害ちゃんお金に換算して弁償してもらえば、ムカつくが人生崩壊するような被害は負わない。

文春の記事は(辛くて)読めてないが、TLなどから漏れ聞こえる内容によれば、長期的な拷問を受け続けていたということだ。悼ましいことだ。

日本入管公務員拷問行為職務としてやっている恐ろしい国なので改善は期待できないが、それでも「拷問絶対にこれを禁ずる」国であるのは間違いないだろう。

拷問というのは長期間にわたって身体を拘束され、苦痛を味わわせる行為のことだろう。

長期的に加害者から離れられず被害を受け続けるいじめというのは、単なる傷害罪を超えた拷問に近い性質があるではないか

学校はいじめ対策をいろいろ考えるよりも、まず「被害者加害者を即離す」ことを徹底してはどうだろうか。

絶対に禁ずる」という強い文言憲法に明記されている精神を示してほしい。

被害者に逃げ道を用意してあげるのはダメだ。

加害者が即隔離されるのが最良なんだ。

被害者に逃げ道を示してあげるのは優しさなんかじゃない。「お前はいじめられた」というスティグマを刻むだけだ。

そんなことよりも、すぐに、すぐに、すぐに、すぐに、加害者つまみ出してくれ。

一発殴られたくらいなら、嫌な記憶として忘れることもできる。

から、一発殴られたくらいの苦痛のうちに、加害者を、隔離してくれ。

頼む。

あと俺をいじめたクソ格闘家よ。

お前は負けろ。

2021-04-11

anond:20210409103655

今は正直、江戸時代とそう変わらないよねとは思ってる。

江戸時代、男あまりがすごかったらしい。

そのすごさに対応するため春画なり遊郭なりがあったわけ。

お世継ぎがいないとお家断絶になるなど制度必要な人たちや裕福な人たちが妾などを囲っていたそんな時代

今はそれなりの稼ぎがないと男は結婚できない...つまり貧乏長屋に詰めている男たち状態

そして、女は学費などのために春を売ったりパパ活をしたりする...これは緩い意味での遊郭なり妾なりだろうな。

これが唯一解決されていた時代高度経済成長時代

あのころ、男はがむしゃらに働き、女は家を守るのが当たり前だった。

女が働きに出るのはよほど世帯収入問題があるときだけだった。

リンクされていたトリレンマ記事を見る限り、そういうシステムになっていることで、全員結婚するという安定した時代が築けていた。

...女性社会進出と声高に叫ばれる今、確かに女性仕事を選べるようになった...いや、仕事をするのが当たり前になった。

ただ、多くは口に糊するために否応がなしに働かざるを得ない。

果たして人々の幸せさはあの頃よりも今の方が増えたと言えるのだろうか。

2021-04-01

エイプリルフールの盛り上がらなさとネット文化の終わり

毎年、エイプリルフールインターネットにおけるハレの場だった。

みんなで楽しい嘘を競い合い、今年はこれが面白かったねえ、と盛り上がったものだ。

エイプリルフールは確かにネットで一番盛り上がる日で、楽しい祭りだった。

しかし、いつからだろう。ネットエイプリルフールが盛り上がらなくなったのは。

みんなの心から少しずつエイプリルフールという祭りが離れていったように思える。

毎年、少しずつ盛り上がらなくなっていった。

悲惨だったのは新元号の発表と被ったときだ。

どのエイプリルフールネタもまったくバズらず、物寂しい空気が流れていた。

しかし、ひょっとしたら新元号の発表がなくても、同じような空気だったかもしれない。

いったいどうしてネットはこうなってしまったのだろう?

決定的だったのはネットが常にプロコンテンツであふれるようになってからだ。

明らかにエイプリルフールネタはそれらに見劣りするようになってしまった。

インターネットは様変わりして、企業アカウントはもちろん、芸能人デカい顔をするようになった。

それによってインターネット原住民は傍流に押し流されてしまった。

まりバズらなくなってしまったエイプリルフールネタを見ると、すこし寂しい気持ちになる。

あのころ主役になれていた僕らは、新興勢力によって塗り替えられてしまったのだ。

もうネット文化が主役になることはなくなり、僕らは舞台を奪われてしまったのだ。

あんなに楽しかったのに、エイプリルフールがくると、その現実を突きつけられて、物悲しい気持ちになってしまう。

2021-03-19

宮沢賢治

二、活版所

 ジョバンニが学校の門を出るとき、同じ組の七八人は家へ帰らずカムパネルラをまん中にして校庭の隅すみの桜さくらの木のところに集まっていました。それはこんやの星祭に青いあかりをこしらえて川へ流す烏瓜からすうりを取りに行く相談しかったのです。

 けれどもジョバンニは手を大きく振ふってどしどし学校の門を出て来ました。すると町の家々ではこんやの銀河祭りにいちいの葉の玉をつるしたりひのきの枝えだにあかりをつけたりいろいろ仕度したくをしているのでした。

 家へは帰らずジョバンニが町を三つ曲ってある大きな活版処にはいってすぐ入口計算台に居ただぶだぶの白いシャツを着た人におじぎをしてジョバンニは靴くつをぬいで上りますと、突つき当りの大きな扉とをあけました。中にはまだ昼なのに電燈がついてたくさんの輪転器がばたりばたりとまわり、きれで頭をしばったりラムシェードをかけたりした人たちが、何か歌うように読んだり数えたりしながらたくさん働いて居おりました。

 ジョバンニはすぐ入口から三番目の高い卓子テーブルに座すわった人の所へ行っておじぎをしました。その人はしばらく棚たなをさがしてから

「これだけ拾って行けるかね。」と云いながら、一枚の紙切れを渡わたしました。ジョバンニはその人の卓子の足もとからつのさな平たい函はこをとりだして向うの電燈のたくさんついた、たてかけてある壁かべの隅の所へしゃがみ込こむと小さなピンセットでまるで粟粒あわつぶぐらいの活字を次から次と拾いはじめました。青い胸あてをした人がジョバンニのうしろを通りながら、

「よう、虫めがね君お早う。」と云いますと、近くの四五人の人たちが声もたてずこっちも向かずに冷くわらいました。

 ジョバンニは何べんも眼を拭ぬぐいながら活字だんだんひろいました。

 六時がうってしばらくたったころ、ジョバンニは拾った活字をいっぱいに入れた平たい箱はこをもういちど手にもった紙きれと引き合せてから、さっきの卓子の人へ持って来ました。その人は黙だまってそれを受け取って微かすかにうなずきました。

 ジョバンニはおじぎをすると扉をあけてさっきの計算台のところに来ました。するとさっきの白服を着た人がやっぱりだまって小さな銀貨を一つジョバンニに渡しました。ジョバンニは俄にわかに顔いろがよくなって威勢いせいよくおじぎをすると台の下に置いた鞄かばんをもっておもてへ飛びだしました。それから元気よく口笛くちぶえを吹ふきながらパン屋へ寄ってパンの塊かたまりを一つと角砂糖を一袋ふくろ買いますと一目散いちもくさんに走りだしました。

三、家

 ジョバンニが勢いきおいよく帰って来たのは、ある裏町の小さな家でした。その三つならんだ入口の一番左側に空箱に紫むらさきいろのケールやアスパラガスが植えてあって小さなつの窓には日覆ひおおいが下りたままになっていました。

「お母っかさん。いま帰ったよ。工合ぐあい悪くなかったの。」ジョバンニは靴をぬぎながら云いました。

「ああ、ジョバンニ、お仕事がひどかったろう。今日は涼すずしくてね。わたしはずうっと工合がいいよ。」

 ジョバンニは玄関げんかんを上って行きますとジョバンニのお母さんがすぐ入口の室へやに白い巾きれを被かぶって寝やすんでいたのでした。ジョバンニは窓をあけました。

「お母さん。今日は角砂糖を買ってきたよ。牛乳に入れてあげようと思って。」

「ああ、お前さきにおあがり。あたしはまだほしくないんだから。」

「お母さん。姉さんはいつ帰ったの。」

「ああ三時ころ帰ったよ。みんなそこらをしてくれてね。」

「お母さんの牛乳は来ていないんだろうか。」

「来なかったろうかねえ。」

「ぼく行ってとって来よう。」

「あああたしはゆっくりでいいんだからお前さきにおあがり、姉さんがね、トマトで何かこしらえてそこへ置いて行ったよ。」

「ではぼくたべよう。」

 ジョバンニは窓のところからトマトの皿さらをとってパンといっしょにしばらくむしゃむしゃたべました。

「ねえお母さん。ぼくお父さんはきっと間もなく帰ってくると思うよ。」

「あああたしもそう思う。けれどもおまえはどうしてそう思うの。」

だって今朝の新聞に今年は北の方の漁は大へんよかったと書いてあったよ。」

「ああだけどねえ、お父さんは漁へ出ていないかもしれない。」

「きっと出ているよ。お父さんが監獄かんごくへ入るようなそんな悪いことをした筈はずがないんだ。この前お父さんが持ってきて学校へ寄贈きぞうした巨おおきな蟹かにの甲こうらだのとなかいの角だの今だってみんな標本室にあるんだ。六年生なんか授業のとき先生がかわるがわる教室へ持って行くよ。一昨年修学旅行で〔以下数文字分空白〕

「お父さんはこの次はおまえにラッコ上着をもってくるといったねえ。」

「みんながぼくにあうとそれを云うよ。ひやかすように云うんだ。」

「おまえに悪口を云うの。」

「うん、けれどもカムパネルラなんか決して云わない。カムパネルラはみんながそんなことを云うときは気の毒そうにしているよ。」

「あの人はうちのお父さんとはちょうどおまえたちのように小さいときからのお友達だったそうだよ。」

「ああだからお父さんはぼくをつれてカムパネルラのうちへもつれて行ったよ。あのころはよかったなあ。ぼくは学校から帰る途中とちゅうたびたびカムパネルラのうちに寄った。カムパネルラのうちにはアルコールラムプで走る汽車があったんだ。レールを七つ組み合せると円くなってそれに電柱信号もついていて信号標のあかり汽車が通るときだけ青くなるようになっていたんだ。いつかアルコールがなくなったとき石油をつかったら、罐かまがすっかり煤すすけたよ。」

「そうかねえ。」

「いまも毎朝新聞をまわしに行くよ。けれどもいつでも家中まだしぃんとしているからな。」

「早いからねえ。」

「ザウエルという犬がいるよ。しっぽがまるで箒ほうきのようだ。ぼくが行くと鼻を鳴らしてついてくるよ。ずうっと町の角までついてくる。もっとついてくることもあるよ。今夜はみんなで烏瓜からすうりのあかりを川へながしに行くんだって。きっと犬もついて行くよ。」

「そうだ。今晩は銀河のお祭だねえ。」

「うん。ぼく牛乳をとりながら見てくるよ。」

「ああ行っておいで。川へははいらないでね。」

「ああぼく岸から見るだけなんだ。一時間で行ってくるよ。」

もっと遊んでおいで。カムパネルラさんと一緒いっしょなら心配はないから。」

「ああきっと一緒だよ。お母さん、窓をしめて置こうか。」

「ああ、どうか。もう涼しいからね」

 ジョバンニは立って窓をしめお皿やパンの袋を片附かたづけると勢よく靴をはい

「では一時間半で帰ってくるよ。」と云いながら暗い戸口を出ました。

2021-03-11

あのころ上級国民疎開していて

東京には奉公へ出てきていた地方次男三男坊ばかりだった

から空襲は語り継がれない

anond:20210311110534

わかる

当時そこそこ被災した(津波ではないが)けど、あのころまだ子どもだったからか、今の方が辛くて津波映像も、画像すらも見れないでいる

唯一テレビをつけて見る朝のニュース震災震災でなんだか落ち込んでしまった

忘れちゃいけないことだとわかってるけど、忘れたい

2021-03-04

エヴァは25年の月日に潰された

1月22日、娘の前でエヴァ一挙放送の「破」を見ていた。

エヴァについて色々質問してくる娘に答える。昔流行ったアニメであること。今も作られ続けていて、今度ようやく完結すること。画面の中で動くキャラ名前兵器のこと。あれこれと説明していく私の横で、娘は一言こう言った。

面白い?」

私は答えられなかった。あらためて新劇場版を前にして、序を見ても、破を見ても、浮かんでくるのは「懐かしい」「キャラかわいい」という感想だけで、「やっぱり面白いな」という感覚が私の中になかったのだ。1995年テレビ版と2007年の序を観た時には確実に心にあったものが、今はすっかり抜け落ちていた。

一体私は、あのアニメの何を楽しんでいたのだろうか?

1995年当時、エヴァ社会的にヒットした理由は「新奇性」なのだと思っている。暗い世界観、謎に満ちたストーリーコンプレックスを抱えたキャラクター、迫力の戦闘シーン、人間ドラマ、そして何より「空気感」。

後世に残る大ヒットをかまし作品は、往々にしてその時代の空気感を反映している。エヴァというものは今までに無かったもので、そこに震災やらオウムやら世紀末やらといった「世相」が絡まっていた。1995年に生きた人間しか分かり得ない何かがあって、でもそれは2021年からは振り返れない何かであって、その熱量が本物だったから、エヴァ時代を超えるアニメになったのだと思う。

当時小学生だった私は、エヴァの裏にある複雑なストーリー理解していなかったが、「何か凄い」という感覚だけは頭の中にずっと走っていた。それは私よりずっとずっと大人の人も同じ感覚だったのだろう。「〇〇みたいなアニメ」という枠で語れない、それが新世紀エヴァンゲリオンであった。

新奇性がそこにあった。時代先駆者となれたからこそ、25年も続くアニメリーズが作られ続けたのだ。

しかし、今は違う。エヴァンゲリオンフォロワーは世の中に多く溢れかえり、設定も、キャラクターも、その後に続くフォロワー達の中に埋もれていった。アニメ表現自由になるにつれて、「エヴァっぽさ」は1995年という文脈から独立して一人歩きを始め、当時の世の中を取り巻いていた空気は、25年の歳月の中で霧散していた。

スペースオペラ金字塔を打ち立てたスターウォーズが、新三部作で散々な評価を受けたように、またオープンワールドの先駆けたるシェンムーが、20年の時を経てリリースされた3で大ゴケしたように、時代先駆者は、往々にしてその後のフォロワーから突き上げあい自分立ち位置時代性を見誤る。オリジナルからブラッシュアップを得たフォロワー達は、技術進歩と数の恩恵を受け、先駆者時代遅れへと追いやっていく。

それでも、先駆者は死なない。死ぬのは2番手以降の粗製品だ。一番乗りにはブランドと、話題性と、そして神話があるのだ。

その神話エヴァにおいては非常に重かった。定期的(と言えるか微妙な間隔)に公式から供給がある。あのころファンは存命で、まだ強い熱量を持っている。そして何より、エヴァはまだ完結していないのだ。

しかし、序からでさえ14年経った。もう時代遅れなのではないだろうか。2021年空気感を捉え、エヴァを完結へと導くには、あまりに長すぎる時が経ってしまったのではないだろうか。私は一挙放送でそう感じてしまったのだ。

それは私が大人になったからなのかもしれない。色々な作品を観てきたうちに、珍しさも目新しさも感じなくなり、エヴァのものへの興奮が薄れてきたからかもしれない。

隣に座っていた娘におそるおそる聞いて見た。「エヴァ面白いと思う?」

「うん、面白いよ、きれいですごいし」

私が子どもときに抱いた感想と同じであった。娘は娘で、エヴァを「なんかすごい」ものだと思っている。

子ども面白さに敏感だ。面白いものを前にしているときは、外から分かるぐらいはっきりと目がキラキラする。しかし、画面の前に座っていた娘の目は、Youtubeを見ているいつものときとあまり変わらなかった。

娘は派手なシーンでよく「すごい」と言う。それは恐らくアクション映画を観る感覚であり、一瞬一瞬のパーツの面白さを味わっているのだろう。TwitterTikTok動画のようなインスタント面白さが、ハイテンポで繰り返される、その状態をすごいと表しているのだと思う。

「〇〇とどっちが面白い?」口にしかけた言葉はすんでのところで飲み込んだ。

Twitter散見された感想も、ほとんどはキャラクターへの感情だけであり、ストーリーや、世界観や、その他色んな「エヴァらしさ」に触れている人はあまりいなかった。ハッシュタグを追って見ても、あのころを懐かしむ意見ばかりで、新たにエヴァ世界に参入してきた人は見かけなかった。

もう、そこには「新奇性」は無いのだ。世界観も、メカニックも、専門用語の羅列によるバトルシーンも。何なら綾波アスカといったキャラクターすら、無数のフォロワー達によって「よくあるもの」となっていた。新世から20年経ち、時代エヴァを完全に置き去りにしていた。

でも、エヴァはまだ死んでいない。新劇場版4部作、中でもアニメと大きく異なる3、4作品目、ここにまだエヴァが残されている。エヴァらしさのほとんどは時代によって風化したが、まだ、一番大きなものが残っており、ファンもそれを強く求めていた。

そして、その期待を受けて出来上がったのが他ならぬ「エヴァQ」であったのだ。

私は、エヴァQは残された「エヴァらしさ」を極限まで追求した結果生まれものだと思っている。その純化した素材は、考えられる限り最悪の料理を作り出したわけだが。

その「エヴァらしさ」とは何か?それは「意味不明さ」である

何も描かれていない背景の下でぐりぐり動くメカ声優と口調以外に面影のないキャラクター、そして「難解」というよりも「支離滅裂」なストーリー最先端だったアニメ表現は当たり前のものとなり、1995年空気感どころか、2012年当時の空気感すら作れていなかった。

エヴァとは何か?メカか、キャラか、ストーリーか?

制作者が出した答えは「意味不明さ」であった。

Qを観て、私は思ってしまった。目の前で繰り広げられる群像劇の一つひとつが、キャラクターの心情を深掘りするのではなく、制作者の考えたオ○ニーを少年少女に代弁させているだけのような気がしてしまったのだ。ただただ意味の無いセリフが飛ぶ奇妙な寸劇を眺めて、言い知れぬ不快感を覚えてしまったのだ。17年の集大成が結局ただのキャラ萌えであり、もうエヴァはとっくに時代に耐えられないのだと、そう感じてしまったのだ。

だけど、エヴァがどこかに向かって逸れていくのは、きっと仕方がないことだ。エンディングをぶん投げてから25年、今さらシンジ君がサードインパクトを止めて世界を救いました」では、ファンが許さない。時代が進むにつれエヴァは古くなっていき、それに反比例するようにハードルは上がっていく。

もう一度エヴァが築き上げたものを再構築し、あの熱狂を甦らせようと、制作者はエヴァらしさを突き詰め続けた。ただ、その先に、未来が無かっただけなのだ


一体私は、このアニメの何を楽しんでいたのだろうか?


3月8日、いよいよ新劇場版最終作が公開される。私も娘を連れずに観に行くつもりだ。

しかし、正直きちんと完結するとは思えない。毎週更新され続けたテレビアニメ版ですらまとめきれなかったのだ。たった4作で綺麗に締められるわけがない。

ただもし完結することがあったなら、ファンがかける言葉はきっと、「面白かった」や「つまらなかった」よりも、「完結おめでとう、お疲れ様なのだと思う。それはまるで野球選手引退試合のように、時代と戦い続けた者を称え、時代に敗れた者を見送る、そんな言葉がたくさん注がれるのだと、私は強く思っている。

2021-02-24

anond:20210224154916

それはちょっといじめ」に対する認識が違って。

まあ一般の方々はほぼみんな間違ってるから無理もないんだけど。

 

いじめ」ってのは、特定人間に対する悪意ある暴力、とは違うんだよね。

悪意なく暴力を振るってるのが問題なんだよね。

いじめっこが、「こいつと遊んでただけだよ」と証言した場合、それはマジで遊んでただけなのよ。大人になって「あのころバカだった」と言った場合、それはマジでバカだっただけなのだ

無自覚の悪意、ですらないの。

そいつをイジることが悪と認識されてない。なんなら善意ギャグとすら見られている。

その状態が「いじめなのだ

 

従って、こいつを殴るのは悪ではないですよ、という空気コミュニティに成立させた人間は全員「いじめ」の共犯者である……という話に、いじめ対策をするときはなるんですよ。

事態を叱らなかった先生、周りで笑ってたやつ、興味を持たなかったやつ、そういうのが暴力当事者よりも「いじめ」の原因に近いんだな。

 

暴力当事者が許されない、という話とこれは全く別なの。

あくまでも「いじめ」に対処するという時点では、そう言う話になるということ。

2021-02-22

anond:20210222032813

俺が勝手黄金時代とよんでるサンデー作品から

・一連の藤田作品うしおととらからくりサーカス。そうぼうていはちょっと体力おちてるときつい) 

・一連のゆうきまさみ作品じゃじゃ馬グルーミンUP!、パトレイバー究極超人あ~る

・一連の椎名高志作品(GS美神冒険 絶対可憐チルドレン

・一連の皆川(ARMS D-LIVE)サンデーだよな?

神聖モテモテ王国

 

あとやっぱり高橋留美子全部ですかね とにかく長編を粘り腰でつくりあげる雑誌だとおもってた

長編でもないやつのなかでは「暗号名はBF」がめちゃくちゃ絵がメリハリあってきれいストーリーも好きだった(手塚治虫のメルモちゃん平成バージョンにした感じ)が単行本3巻で連載中断、青年誌にいっちゃったのが残念 持ってないヤツ悔しがれ あれ監修か原作つけてたらARMSなみになったかもしれんぞよ

あああ他の人のトラバみてて思い出したけど

お茶にごす!と結界師も好きだったし河合作品も全部好きだしやっぱ俺あのころサンデー大好きだったわ~

年取っても週刊してるのつらそうだけど頑張ってくださいな先生がた

2021-02-08

あのころ2chで異常に叩かれてた作品

なぜかふと思い出したのでつらつら書く

2000年台の作品中心



アイシールド21

原作担当ヒルマ自己投影していると叩かれていた

ブリーチ

織姫がなぜか蛇蝎のごとく嫌われてガン箱?とかいう謎あだ名で叩かれていた

マクロス7

主人公そっちのけでランカシェリルのオタが叩きあっていた

Fate

作品のものより型月厨と呼ばれるオタが嫌われていた

コードギアス

ルルーシュを除くすべてのキャラがまんべんなく叩かれるため焦土には主人公オタだけが残った

ガンダムシード

絶対王者。いまだかつてこれほど叩かれた作品を他に見たことがない

2021-02-06

0038

20年ぶりにフュージョンに戻ってきた

あのころは56kbpsだったのに

今は21Mbpsも出る

何も知らなかったあのころの俺たちは、、

警備員警察官の違いも分からなかった。

2021-01-31

1980年前後あのころ

かつて、珠算簿記がはやった時代があった。簿記をもう一度はやらせようとしている団体があるのは知っているが、昭和期の熱意にはもう及ばないだろう。

女性大学に行くのを禁じられている時代女性習い事といえば珠算簿記で、英語は全く入っていなかった。地方によっては、女に英語やらせるのもだめという地域すらあった。ここまでの地域は少数らしいが、とにかく、女子珠算簿記強制的やらせるのが昭和の常だった。

ふと思い返してみると、あの珠算塾に行列を作っていた中学生女子は、生まれが良ければ中学受験のために列を作っていたのではないのか。よく顔色を観察すると、やらされている不幸な顔色の女子が目立った。

スマートフォンもなければインターネットもなく、ワープロ10コピーもない時代都市習い事地方田舎には全く伝わることがなかった。なかったために、簿記珠算個人塾は盛況だった。

2020年代スマートフォンで即日都市常識が筒抜けになるため、まともな親はさっと田舎を抜けて、自分の娘に大学受験をさせるだろう。

1980年代にしぶしぶ簿記珠算をやらされていた女子は、2020年代なら国公立大学の成績上位で、普通恋愛もできて、QOLが損なわれることはなかったのかもしれない。この事実を認めない日本人が多すぎるのが問題なのである日本人自分と似たQOL同士で固まる悪い常識がある。

2021-01-21

宇多田ヒカルの先駆性

単調なビートというか、反復を繰り返しながらメインのメロディだけをどんどん発展させるアプローチはそれこそジェームスブラウンだかの時代ファンクソウルからポップスに定着してる。

誰でも知ってるマイケルジャクソンの「スリラー」や「スムースクリミナル」もトラックだけ見れば1つのリフレインだけで出来てるし、それ自体は目新しいことでもない。日本でもオザケンの「ラブリー」等、局所的にそういうものがヒットすることはあった。

ただRandBやヒップホップといったブラックミュージックの色合いが強いこのスタイルが、アリアグランデやジャスティビーバーといった白人中流層に支持されるポップスターや、J-popのYOASOBIや瑛人のヒット曲に取り入れられたというのは時代の潮目なんだと思う。

https://www.youtube.com/watch?v=tcYodQoapMg

https://www.youtube.com/watch?v=8EJ3zbKTWQ8

ビート一本調子というのはNiziUやモーニング娘。の新しい曲でも見られる特徴なのでより一層こういうものが主流になっていくのかもしれない。

(反復っていうのはテクノもそうだけど、テクノミニマルすぎてポップス転用できる音楽ではない。電気グルーヴにしてもChemical Brothersにしても歌もの要素が大きくなるにつれテクノ本来とはやや趣が変わっていった。)

https://www.youtube.com/watch?v=a6QT0acJFQE

https://www.youtube.com/watch?v=Ty0dkunCvNw

宇野さんが崇拝に近い持ちあげ方してる宇多田ヒカルもかつてからループさせることへの意識が高かった。

First Love時こそ「稀代の歌姫」として売り出そうというレーベル意向もあってか、ディアンジェロ風の粘っこいドラム等といった当時のトレンドを表面的になぞっただけで、アレンジ面では当時のJ-popとそこまで違いはなかった。しかし「Distance」以降はRandBからの影響が強い宇多田ヒカル本人の意向が反映されだしたのかどんどんアレンジミニマリスティックになっていった。

注意深く聴けば20年前の「Addicted to you」や「Can you keep a secret?」のころからすでに16ビートキープしながらコード進行は8小節ほどで完結してしまっていることがわかる。

(このころはジャム&ルイスの手腕によるところも大きいのだろうが)

さらに言えばセルフプロデュースに切り替わってからロンドン拠点を移すまでの2005~2015年あたりの宇多田ヒカルはいかに宅録DTM然とした手作り感あふるる音を時折鳴らしていなかっただろうか。

マスタリング等のポスプロによってある程度計算ずくで仕上げられたものにしても、Keep tryin’のパッドシンセはあの曲にしては音が厚すぎてややアンバランスだし、Kiss & Cryのホーンはモジュレーションであることを隠そうともしていない。しかしながらそんなことは取るに足らないことだった。

あのころはまだDTMのものが新しくて費用が掛かる手段だったこともあって、宇多田ヒカルの孤高なイメージをより強固なものにしたし、なにより彼女が自宅にこもって自分感覚だけで作ったものが、ダイレクト自分コンポミニプレイヤーに届いてきたようなあの距離感ファンにとっては痛快だったんじゃないか

Ultra Blue」や「Heart station」時特有の浮遊感のあるきついリバーブ密室感のあるピアノの音像は、宇多田ヒカルの心象世界垣間見ているようだったし、私生活でのラフな顔を晒してくれている様でもあって一つの魅力になっていた。

DTMはこの20年でどんどんハードルが下がっていったし、ネット上での音楽コミュニティ成熟してきてる。今のアーティストを取り巻く環境ってあの頃の宇多田ヒカル周りの雰囲気ちょっと似てる気がする。ライブあんまりやってなくてひたすら曲を書いてブログを書いていたのが宇多田ヒカルだった。

米津玄師しろ須田景凪やヨルシカしろ宇多田ヒカルが敷いたものの上に立ってるんじゃないかな。立ってるというか宇多田さんは彼らのようなことを前時代にやりとげてしまったのかもしれない。

宇多田ヒカルの「traveling」は「夜に駆ける」に似ている。4つ打ちビート統一感を出している点や、トニックから長七度上(一度下)への移動が含まれる4小節ほどのコードパターンをひたすら繰り返している点、代理和音や経過音でコードに飽きがこないよう細かく配慮していることやフィルインの多さ、歌メロの譜割の細かさ…と共通項は多い。あの頃は幼くて単にかっこいい曲だなと何も考えず聴いていただけだが、当時の宇多田ヒカルはやはり規格外存在だったんだなと今にして思い知らされる。

https://www.youtube.com/watch?v=x8VYWazR5mE

https://www.youtube.com/watch?v=tuyZ9f6mHZk

兎に角エヴァの公開はいつになるんだ?

anond:20210120145245

2021-01-20

わすれられない むかしの

はなしだけど きいてくれないか

 

いなかで そだった ぼくは

がっこうを そつぎょうして

おおきな まちで しごとを

みつけたんだ

 

あこがれの ひとりぐらし

りょうりは じしん あるし

しごとも たのしいし

 

むかしは やんちゃしてた ような

でも たよりになる せんぱいも

いたし

 

とても あのころは たのしかったな

 

 

あのひ までは

 

 

じしん が きたんだ

 

すごく おおきな じしん だった

 

さむくて まだ そらが くらくて

ぼくは すっかり ねむって いたんだ

 

そしたら まるで じめんの したを

でんしゃ ぐらい おおきな

だいじゃ か とほうもない はやさで

はしって くるかのような

ぢひびき が したんだ

 

 

どどどどどどどどどどどどどど

 

 

どーーーーーーーーーん!!!

 

 

わんるーむまんしょん は

ゆっさゆさ ゆさぶられて

きのみきのまま とびだすと

よぞらが あかく もえていたんだ

 

せんそう が はじまったのか

ばくだん が おちたの か と

おもうぐらい

 

あちこちから ばくはつおん が

きこえ そこから まっかな ひばしらが

たちあがった

 

ぼく みたいに

いえから はいだした ひとたちが

じしんだ と くちぐちに いうのを

きいて やっと ぼくは なにが

おきたのか りかい できたんだ

 

あのころ

けいたいも ぱそこんも

まだまだ ふきゅう してなくて

ぼくも とうぜん もっていなかった

から どうしたら いいのか

あたまは まっしろ だった

 

そのとき ぼくは おもいだした

 

せんぱいが ちかくに すんでいる

ことを

 

ちかく と いっても

ふつうなら でんしゃ で

いくような きょり なんだけど

 

ぼくは

ひとりぼっちの ぼくは

なんじかんも あるいて

せんぱいの いえに むかったんだ

 

せんぱいは いまにも くずれそうな

じたくから ひっしに かざいを

はこびだしている ところだった

 

せんぱいは ぼくを みつけると

ぶじだったか! よかった! と

 

ぼくも せんぱいに おなじことを

いって ぶじを よろこびあったんだ

 

せんぱいの もっていた らじお で

すこしだけ じょうきょう が

わかってきた

 

とにかく すごい だいじしん らしい

あちこちで かじに なっていること

 

あちこちで たてもの が

たおれ どうろが ふさがれて

いるせいで しょうぼうしゃ も

きゅうきゅうしゃ も これないこと

 

もえている がれきの したに

たくさんの ひとが いきうめに

なっているのに

 

どうろが ふさがっている から

きゅうえんぶっし も おくれるかも

しれない

 

らじお は ひたすら おそろしい

げんじつを たんたんと

はきだしてくる

 

あんに おびえる ぼくに

やがて せんぱいが こういった

 

おまえ にげろ      と

 

おれだって にげたいが

おれは ここで かぞくや いえを

まもらないと いけない

 

おまえは いなかから でてきて

からだ ひとつ

にげれるじゃないか

 

なかに かえれ

こんな がれきの まちに

のこったところで

しごと どころか せいかつも

できないのだから

 

とりあえず なんとか こくどうを

めざすんだ

すこしでも あんぜんな

にし に むかえば

くるま や ばいく が

はしってるから

なんとか のせてもらって

でんしゃ が うごいてる とこまで

 

そしたら そこから なんでもいい

にし に むかう でんしゃ

のりついで

なかに かえれ

 

きっと いまごろ おやが

しんぱい してるから

はやく あんしん させてやれ

 

ぼくは いわれるまま

にげた

 

よしん で ゆれる この まちから

にげだしたんだ

 

そこからは ほんとうに たいへん

だったな

 

はじめて ひっちはいく したし

でんしゃは ほとんど うごいて

ないし

 

まる いちにち いじょう かけて

じっかに たどりついたとき

なみだが でたよ

 

でむかえてくれた おや も

だきついて きそうな ほど

ぼくの かおを みて

よろこんでいたね

 

そのとき ちちおやが いったんだ

 

おまえ しごとは

かいしゃは

どうしたんだ?

 

しごと?

ばかなことを

 

あんな じょうたいで

しごとになるわけ ないじゃないか

 

かいしゃじたい とうかい してるかも

しれないのに

 

それは たしかめたのか?

うかい した と

しごと は ない と

しかめたのか?

 

しばらく じっかに います と

れんらく したのか?

きょか を とったのか?

 

じしんの ときまで しゃちく かよ

 

と ぼくは

あのときの ぼくは おもったけど

 

そのとき かいしゃでは

ひとりぐらしの ぼくを しんぱいして

 

かちょうや かかりちょうが

ずっと ぼくを

さがして くれてたんだ

 

がれきの みちを あるいて

ぐしゃぐしゃになった もぬけのから

わんるーむで

 

がれきを かきわけて

ぼくが たおれて いないか

 

いないと わかると

ちかくの ひじなんじょ を

なんかしょも

さがしていたんだ

 

ちちおやは いった

 

いか おまえは しゃかいじんだから

じぶんが ぶじなら

かいしゃを みにいかねば ならん

 

しごとにならなくても

しごとばの かたづけが ある

 

すくなくとも どんな じょうきょうか

かくにん しなくては いけない

なにもせず だれにも いわず

にげてくるなど もってのほか

 

いまごろ れんらくの とれない

おまえを しんぱい してくれている

かも しれない    と

 

まさに ちちおやの いうとおり

だった わけさ

 

かちょうたちは ゆくえの わからない

ぼくを

にげだした ぼくを

 

しんぱいして くれていたんだ

 

ぼくの いばしょが わかったのは

せんぱいが かいしゃに かおを

だしたときだった

 

かちょうたちが ぼくの はなしを

しているのを きいた せんぱいが

 

あいつなら いなかに かえしましたよと

 

と  ごくきがるに いったのだ

 

それは かなり かいしゃで

もんだいに なったらしい

 

なんの けんげん が あって

おまえは こうはいに しょくむほうき

させたのだ

 

くわしくは わからないけど

 

せんぱいは かいしゃを

やめた

 

もちろん ぼくも

もう もどれる わけが なかった

 

いちばん かいしゃが たいへんな

ときに にげたのだから

 

いいわけする わけじゃないけど

のしゅんかん

ぼくは

にんげんは

 

あらしに ゆれる きのはよりも

ちっぽけな そんざい だったんだ

 

だれだって にげだしたく

なるだろう!?

 

だれだって こわくて しかたない

だろう

!?

 

そうか

あぁ そうか

 

だれだって こわいから こそ

にげちゃ だめ だったのかな

 

せんぱいに いわれたから  とか

これこそ いいわけ だな

 

せんぱい

 

せんぱい

 

ごめんなさい

 

────────────────

 

2016/07/01に「ひとりぼっち惑星」で受け取ったもの

ブログ画像は公開したけれど拡散力はないのでこちらにも。

 

2021-01-14

anond:20210114003602

やっぱりNiziUブームラブライブデジャヴを感じるな。

二期の告知がでてからアニオタ内で「あのラブライブの2期」みたいに騒がれだして、「なんかそんなんあった気するけど流行ってたの?」って思ったもんだよ。

円盤の売上とか知らねーし。一期放送時の2013年ってまだ「みんなご存じラブライブ」って感じじゃなかったような…リアタイだとたまこまーけっとのほうが話題になってた印象がある

で、まあ「それは僕たちの奇跡」がオリコントップ3とかになって驚いた。

一期でエモい青春群像劇みせてオタコミュニティ内で盛り上がりが過熱していたところに曲を投下したら見事にスマッシュヒットしたって流れが、Nizi Projectが終わってからMake You Happy」でブーム世間に周知させたのとなんか重なる。

あのころローカルアイドル地下アイドルムーブメントを反映してアイドルを取り扱うドラマアニメ散見されてたから、ラブライブもその一つとしか思ってなかった。

アイドルが飽和してどんどん奇抜な方向に流れていた時代ラブライブ流行ったのは、シンプルな成長ドラマとそのハイライトとして歌唱シーンを使用することで楽曲物語相互作用を図った点が見ていてわかりやすかったからだと思う。

アイドルブームも今は昔で当時勢いのあったグループが続々となくなる今、真っ当にかわいくて前向きであることを前面に出すNiziUの原点回帰的なコンセプトはなんかあのころに似ている気がする。

まあバックストーリーを売りにするのはかつてのモーニング娘。AKBももクロもそうだったんだけど、「あどけない女子が一つのグループとなって活躍する」ってだけのシンプルストーリーを1クールテレビ番組としてパッケージングしちゃったってところで、これラブライブの感じに近いんじゃないかって思う。娘。AKB一筋縄じゃなかったし、ももクロ物語あくまメンバー発言ファン口コミしか存在しなかった。

でも、そう考えると生身の人間生き様をこんな風に消費しちゃっていいのかっていうリアリティショーへの疑問も当然感じるんだよね。

NiziUは古くはアクターズスクール、今でいえばTWICE等のK-popといった、ローティーン女子が主だった支持層になるタイプグループだと思う。

ダンススクール雑誌モデルに憧れる延長上にいるアイドル系譜な。

そういった方面意識し一時代を築いたE-girls2020年12月解散。またNiziUと同じく韓国芸能事務所が協賛するオーディション番組発のIZ*ONEも今年4月活動終了

ファン層が被りそうなグループ終焉デビューが重なったためにそれらのファンからの注目を集められたことがヒットを加速させたと思う。

そうはいってもNiziUは洗練されたK-popを歌い踊るのに、発展途上にある粗削りさや初々しさを売りとする極めて日本的キャラクターももっている。

八頭身美女いかついアイメイクラッパーが一瞬の隙もないパフォーマンストークをするようなのがこれまで日本話題になったK-popアイドルとすれば、それまでなかったような柔らかさをNiziUからは感じる。

その日韓エンタメハイブリッド感が新しいし、それが日本大衆にうけている一番の要因かもしれない。

個人的にはモーニング娘。とNiziUってそこまで被らないと思う。

今の娘。ベテランで洗練された9~11メンバーフォトジェニック12期~14期、新人の15期という世代間でのカラーの違いがあって、それぞれのジェネレーションの交わりが垣間見える。

そして意外と今のハロプロには隙はない。研修生上がりとそんな連中に圧倒されない子で各グループ構成されているのでデビューからタレントとして完成されている。

もはやモーニング娘。は「あのポンコツがこんな立派に成長しました」というような見方をするものではない。それは道重さゆみ卒業で終わった。

つんくが癌で一線を退いたあたりから心なしかハロプロにおけるオーディションのあり方は変わった。それがいいとも悪いとも思わないが。

芸能経験に乏しい子がスターダムを駆け上がる成長ドラマの一面があるNiziUとは対照的であるインタビューでもはにかむばかりで月並みなことしか言わないNiziUの様な初々しさは娘。にはない。

NiziUがジャイアントキリングを目指す新興クラブならモーニング娘。伝統あるスポーツ強豪校のような魅力じゃなかろうか。

毛色が違うので両者は共存する…というかハロプロ好きはかっこよさやかわいさを評価しているのではなく”ハロプロらしさ”を支持している奇特オタク共なので、いくらNiziUが魅力的でもそうは簡単になびかないと思う。岡村靖幸ファン久保田利伸フリーライドしないのと同じだ、「縄跳びダンス」程度の奇天烈さで彼らは満足しない。

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