「あのころ」を含む日記 RSS

はてなキーワード: あのころとは

2017-06-22

https://anond.hatelabo.jp/20170622140312

同じ考えを持って退学という形にとったものからの助言だ。

やめない方がいい。

俺はやめた瞬間、一つ何かが崩れた記憶がある。

数か月後に気が付いたのだが、結局大学所属している自分というものしかなくて、

やめたら何も残ってないんだなってなった。

そこから就活もうまくいかず、一念発起して専門行って、そこそこでかい会社に入って仕事している。

もとの大学では入れない会社かもしれない、同期の学歴を見ていると・・・

そんなわけ合って今の会社を辞めたくてもあのころに戻りたくないという思いで今踏みとどまっている。

大学は出ておいた方がいいぞ。今思えばもっといい大学行っていい学歴がほしかった。

学生の頃は部活に夢中でわからなかったけど。

2017-06-21

専業主婦になってから、家でくつろげない

勤めていたころは、家に帰ると身も心もオフ状態になってくつろげた。自分の家はそんな場所だった。

主婦になると、仕事は家の中のこまごましたこと。

家にいても、見渡せばやることばかり見えてくる。

育児中だから片付けもじゅうぶん出来ないし掃除も行き届いていない)

あのころのようにくつろげない。

仕事が終わって家に帰ってきて、はぁ今日も終わった~~~とダラダラお弁当食べたりTV見たりブログ書いたりする時間は味わえない・・・

下手したら寝る直前まで家事に追われてる。

オンとオフ区別がほしい

2017-06-20

二次創作の堂々っぷりについていけない

今って二次創作とか同人かめちゃめちゃ堂々とやってるじゃん。

昔は、女性向けだけじゃなく男性向けも、2chで発達したようなタイプ同人とかはパスつけたり伏せ字にしたりしてた。

外で語るのはご法度というアングラ意識があって、迂闊に話題に出したやつはめっちゃ叩かれてた。

でも今は、大体の同人作品が堂々とやってるしSNS宣伝しまくってるし、二次創作メインコンテンツと言えるpixivニコニコも当然の顔して企業提携してる。

ていうかコミケにすら企業ブースめっちゃ出てる。

いいの? それいいの? オタク側もだけど企業側もOKなの?

じゃあ我々があんなに秘密主義でがんばって、外で話題にすることについて荒れるほど議論しまくってたのはなんのためだったんだ。それで潰した作者とかもいたのに。

正直ついていけない。あまり感覚が違いすぎて途方に暮れる。

そして今こういうことを言うと私の方が叩かれるくらいだ。

どうなっているんだ。あのころ私たち倫理気遣い無意味な委縮でしかなかったのか。

2017-06-13

その昔

そこそこ読まれるようなブログをやっておりまして、あるときに諸事情により逐電したものです。とはいインターネット引退するでもなく、日々ツイッターに常駐し、ホッテントリなど拝読する日々なのですけれども、たまにはこう、すごいおもしろブログとかにぶち当たったりして、過去に遡ってずんずん読んでたりしてますと、不意に自分名前が出てきてびっくりしたりします。あれは心臓に悪いからやめていただきたい。

はいえ、不思議にも思うんですよね。現在の俺は鍵垢にほとんど常駐していてエロマンガ先生いかに紗霧の肉体鑑賞アニメであるかを力説していたり、ひなたがあおいを大好きすぎるのはどうにかしたほうがいい、具体的にはセックスとかしたほうがいいんじゃないかとか呟いてるだけで、まあいってみれば俺にとって「外部」はないのです。少なくとも「俺でございます」などと大声をあげて外に飛び出すことはまったくなくなりました。インターネットにおける余生の過ごしかたのひとつかと思います

でもかつて、まあ数年前の話で、インターネットにおける糞ドッグイヤーにおいては遠い過去の話かといってもいいと思うんですが、そのころ俺は俺としてインターネットのどこかにはのさばっていたわけです。

もう俺自身記憶としても昔です。かつて自分がそういうものだったという実感はほとんどなくなってます。でも、痕跡は残るんですよね。自分のことをリアルで知っているのとは比較にならないくらいの多くの人のなかに、いっときはいえ、また文章のみを通じたかたちとはい自分存在していたかもしれないということ、そのこと自体がたまらなく不思議です。なぜそんなことが可能だったのだろう。ひょっとしたらそれは捏造された記憶なのでは?

まあそう感じるのは、ブログをやっていたことが現実の俺にほとんどなんの影響も及ぼさなかったからなんですよね。儲かったわけでもなく、人脈が爆発的に広がったわけでもなく、つまり俺はあるとき文章を書きはじめて、それを公開して、公開するのをやめた、というただそれだけのことなんです。

あのころ、けっこう楽しかったんだよなー、などとふと思いました。

いやまー、ただそんだけの話です。ヤマノススメ3期おめでとうございます。あおいとひなたはほぼセックスです。ありがとうございました。

2017-06-07

勉強は変身である

まさにこのことが私が勉強ができなくなった理由

勉強するたびに、私はなにか別のものになっていく恐怖と戦わなければならなかった

勉強をするたびに、私が勉強する前の自分の考えを受け入れられなくなってしまうことが嫌だった

あのころは若かった、幼かった、ものを知らなかったという言葉過去自分の振る舞いを否定することになるのは耐えられなかった

それには誰も子どもの私を肯定してくれなかったという実感が大きく関わっているように思う

自分過去自分のことを肯定できなくなってしまったら、どうして今の自分存在できるだろうか?

から私はペンを握るたびに、ページをめくるたびに、シュレッダーにかけられる思いを伴わなければ新しい考え方を身につけることができなかった

成長とはなにか空疎対外的自己肥大化させていくことだった

そのような感覚を初めからもちあわせていなさそうな人たちは周りに沢山いた

彼らはしあわせと未来に愛されているように見えても空の器であるように私には感じられた

自ら進んで何かになっていく彼らに人間精神が内在していると信じることは難しかった

わたしは彼らのようになっていくことが恐ろしくて勉強することができなくなった

それでも、認識は常に少しずつ私を変身させている

言葉思考存在する毎日によって私は少しずつ違う何かになっていく

あるとき私はすっかり自分認識を入れ替えてしまって、かつてそのように考えていたことも感覚レベル理解不能になってしま

変身は人間本質だった

勉強とはそのはやさを増してより遠くに行きつくための行為

どうして恐れる必要なんてあっただろう?

2017-06-06

春の終わりの不倫

日曜日

息子はリトルリーグ試合

妻はその付き添いで、

朝早くから出掛けている。

私はキッチンテーブルに置かれていた

弁当の残り物とご飯を電子レンジで温める。

 

身支度をととのえ、

試合をしているグラウンドとは逆方向の電車に乗り、

終点に着くと、改札の先で、

大学の後輩であり、

友人の妻でもある彼女が待っていた。

 

ジムに行くって出てきました。

ある意味運動するんですからウソじゃありませんよね」

さなスポーツバッグを胸に抱えながら、

いたずらっ子のような表情を見せる彼女は、

サークル勧誘で初めて声を掛けたあのころと、

少しも変わらない。

 

「うわ、日がたかいですね!」

ホテルを出ると、彼女は目を細めながら、

ちょっとうれしそうに、声を上げる。

10分ほど歩いて駅ビルのお寿司屋に入り、

刺身焼き物ビール

運動の後のお酒はおいしいですね」と

冗談っぽくはしゃぐ彼女に、ほほ笑み返す。

 

「じゃあね」と言ったら、

お互い振り向かないのが暗黙のルール

帰りの電車の中で、今日行為を思い出す。

 

妻も息子もまだ帰ってきていなかった。

冷蔵庫からビールを取り出し、

一口つけたとき、不意に、

部下から打診されていた結婚式スピーチ

引き受けよう、という気持ちになった。

社内恋愛で、2人とも直属の部下だったから、

私以上の適任はそういないのだろうが、

不倫している私に何かを語る資格などないのでは、と

逡巡していたのだ。

 

スピーチの件、引き延ばしにしていて申し訳ない。

私でよければ引き受けます

家内に話したら『ぜひやりなさい』と怒られました」

即答しなかった言い訳に、

少しだけウソを交ぜてメール送信

そのすぐ後に、どろどろになった息子を連れて妻が帰宅

「ただいまー!」

「おかえり」

「ただいま。今日は何してた?」

「部屋の中でごろごろしてたよ。さっきからビール飲みはじめた」

妻は少しだけ非難の表情を作ったが、本気で怒ってはいなかった。

「これから夕ご飯にするから、○○(息子の名前)をお風呂に入れてあげて」

了解!」

 

夕ご飯は値引きシールが貼られたパック寿司

これはこれでうまい

赤霧島』をロックで飲みつつ、

『おんな城主直虎』『NHKスペシャル』そして

スポーツニュースをだらだら見ていたら、

メールの着信音。

 

「おつかれー。今どうしてる?久しぶりに会いたいね

何てことのない文面の差出人は、彼女の夫、

まり、私の友人からだった。

 

1年以上連絡してないのに?

なぜ?

今日

このタイミングで?

 

まさか……。

 

このメールにまだ返信できずにいる。

2017-05-25

面白いサイトってなくなったよね?

インターネットで読み物探してももう何も残ってない。10年くらい前のインターネットには「うまい棒だけで1カ月生活する」「カップラーメンをいろんなジュースで作った」「うちの店にきた変な客事件簿」みたいなコンテンツであふれていたはずなんだ。それらが面白いかは別として、少なくとも他人を笑わせようと楽しませようとする人がインターネットには住んでいたんだよ。

今はインターネットを見てもどいつもこいつもミヤネ屋みたいな話ばかりしている。労働問題とか痴漢冤罪とかベビーカーとか論文がどうだとか政治家芸能人……そういうのは宮根誠二に任せておけばいいじゃんか。

似たようなコンテンツとなるといわゆるユーチューバーおすすめされると思うんだけど、それってあれらとは根本的に違うよね。毎日うまい棒食べて顔ににきびつくって「もうこれ以上うけつけない」と嘆いていたあの人たちとユーチューバーは何かが違う。これはわかる人だけわかればいい。

もう少しまともなものになるとデイリーポータルオモコロがあるし、これは昔々の俺が好きだったインターネットよりずっと質も高いし、そもそもその昔々の時代から存在しているし、それはそれでいいんだけど、あれらはちょっとプロっぽすぎる。まともすぎ。好きなんだけど、もうあの頃のアレとは違うよね。他にも面白い記事を書くライターさんはたくさんいて毎日インターネットのどこかで記事が公開されているけど、そういうプロ仕事じゃなくて、もっと素人のしょうもない何かが読みたいんだよ俺は。

いわゆるテキストサイトとはまたちょっと違った、変な記事たち。テキストサイトはたまに「あれ懐かしいよな!」と触れられることもあるし、今も活動している人はそこそこの人数いる。でもそれ未満のもっと素朴な面白いインターネットあのころにはあったはずなんだよな。

そういう人たちはみんなTwitterはてなブログなっちゃったのかな。

今、そういうサイトがあるって何か知っている人がいたら教えてほしい。

2017-05-21

http://anond.hatelabo.jp/20170521010634

テーマが迷走してる感じがあるし、アバラに次ぐ投げっぱなしエンドだけど絵はあのころが一番良いわ

2017-05-07

ずっと好きだったんだぜ

Facebookにモトカノが友達候補にあがった。あの頃の笑顔のまま。

結婚したいくらい心から好きだったけど、あっさり振られたのをよく覚えてる。

今では彼女名字は変わっている。そうか、子供はいないのか。

あのころSOHOで夢をおいかけ、ギリギリ生活を送ってた自分も、今はなんとか社会に溶け込めている。

それなりの地位収入を得ることができてる。

きっとあの頃の君は、僕に対して「あぁ、こいつはダメだな」って思ってたんだろう。

ダメなヤツには変わりないが、愛する妻と娘達に囲まれ仕事もなんとか乗り越えてる。

から別れを切り出されたあの日からスイッチしたんだよ。

ようやくふんぎりつきそうだ。

ずっと好きだったんだ。でも、それはもう過去の話だ。

俺は人並みのシアワセっぽいモノを手に入れた気がするよ。

2017-05-06

フェミニズムピークって平成中期位だったんだろうか

小池百合子田島陽子に「田島さんみたいな人がいるか女性立場が悪くなる」みたいなことを言ったのが2002年くらいのこと

その小池百合子が、フェミだの女尊男卑だの言われる時代が来るとは彼女も予想してなかっただろう

CM男尊女卑ジェンダーが盛んに云々されたのもあの頃

女性専用車両が設置されたのも

日本ジェンダーギャップ指数最高記録は2006年の80位だけど、あのころから本当に変わった。ネットを中心にして。

ネット上には女叩きのまとめサイトが乱立し、もはや女叩きはネット上に定着しきっている

2ちゃんねるでも一昔前までは「性犯罪者死刑しろ!」が主流だったのが、今は「それくらいで刑が重すぎる!女の子殺しの方ガー」と性犯罪者の方を持つレスが続出

ジェンダーギャップ指数111位と発表され、各地メディアがしたことは、焦ったように「男性差別ガー女尊男卑ガー」と言い出すことだった。2017年に入ってからますます勢いづいた

そしてとうとうこんなのが一万以上RTされる世の中に https://twitter.com/odasaburo99/status/857057211645743104

日本女尊男卑」というのはもはやネット民たわごとではなく、主流な意見なんだよ

もはや絶望しかない

2017-04-24

ド ソ ド

レミレミファソーー

もう学校なんて相当前のことだけど、毎日毎日練習させられたこれ。

いまだに頭に浮かんでくるんだけど。

まったく無意味だ。

「糞意味のないメロディーが浮かんできて仕方ない」

あのころ教師を呼び出してコンコンと問い詰めたい。

2017-04-09

http://anond.hatelabo.jp/20170408221259

俺も30代は、学園アニメはもう飽きたって感じで見れなかった。

あのころは、視聴者の年齢層が広がりつつあるんだからもっと大人主人公にしたアニメを作ってと切実に願ってた。

でも40代の今は再び見れるようになってる。政宗くんも最後まで観れた。

1クールに1~2作品しかみなくなったせいなのかもしれないけどね。

2017-03-31

職場での世間話で「花粉症が大変で」と言ったら

先輩に「病院行け」と真顔に言われたのが15年ぐらい前、病院行っても別に治らないんだがなあ・・・

あのころ花粉症アレルギーへの認識なんて、その程度の人のほうが多かった

ここ10年~20年でずいぶん理解が進んだもの

2017-03-10

http://anond.hatelabo.jp/20170310192436

ネットで評判になって逆転

正直は?って感想なんだけど

けもフレで逆転した場面って2話のたーのしー!だろ

無限パンチのころにネットがないとかなら理解できるけどネットで逆転ってなんだよアホか

あのころはそれこそニコニコ違法アニメアップされまくってただろ

認知症かなにかか

2017-03-05

ハルキ嫌いの彼女が俺を殺しにかかってる

ハルキストだ。

目覚めたのは高校生の頃。

たまたま手にしただけなんだ。嘘じゃない。

海外日本人用の図書館で、赤と緑の装丁小説が目について、

ちょうど年頃だったので恋愛やらセックスやらの話が読みたかったんだ。

最近はそんなハルキしてないよ。

新刊がでたら、一年後くらいに手に取って読むぐらい。

1q84は楽しかったし、多崎つくるは80点くらいで正直あの話題になったアマゾンレビューの方がクリエイティブだったかな。

そんな俺だが村上ハルキ嫌いの彼女ができた。それも流れだよ。

彼女には俺がハルキ好きなこと伝えている。好きになった経緯も、好きなところも。

でもだめだ。

もうハルキディスるのが体に染みついているみたいで、ご飯食べて仲良しムードになった帰り

本屋ディスプレイに例の新刊が展示されているの見て、

「どこが楽しんだろうね」

とディスってきて、俺は「そうだね」と返した。

それ以外返せなかった。

ハルキストの男たちはみなセックス下手って友達と言ってるw」

ハルキストは厨二」

そういう言葉に俺は心えぐられてきた。

もう、たくさんだ。

俺は、彼女と別れられないから、脱会する。

痛みを持った決断だがしょうがない。

ハルキストのみんな、いや村上原理主義のみんな。

どうやら俺はここまでだったようだ。

あとは任せた。

p.s.

本当に好きだったんだよ、嘘じゃない。今でも目をつむればあのころのことを思い出せる。

でも思い出すのに時間がかかるようになっただけなんだ。

2017-02-22

少子化デフレってそんなに悪いことなん?

いや、理屈説明されれば、大問題だってのが頭では理解できるんだけど、一方で感覚的に「そんなに悪いことなのか?」と思っている自分がいる。

昭和の末期の頃まで、日本は狭くて資源もなくて、でも人口だけは多い国で、だからみんなが海外からウサギ小屋」と呼ばれるような狭い家に住んでいて、地獄通勤ラッシュにもまれ必死に長時間はたらかないといけなくて、「世界第2位の経済大国」とか言われてるけど、欧米にくらべればずいぶん生活の質がよろしくない、というようなことが言われてたような気がする。

中でも「国土が狭いのに人口が多い」のが結構問題だという共通認識があった。

から、少しくらい人口が減ったほうが、とくに都市部なんか暮らしやすくなるんでないの?という感覚が抜けないのだ。

仕事がない」「給料が上がらない」という人がいる一方で、「少子化労働力不足が問題になる」ってのも、なんか狐につままれたような気分になる。

あと、インドかいくと、そりゃもう人間があまりすぎて困っているのは明白なので、地球全体から言うと、これ以上人増えて大丈夫なんかな?とか。


あと、モノ値段がさがるのがよくないって言われても、やっぱり「同じものが安く買える様になるのなら、それに越したことはない」という素朴な感情が勝ってしま自分がいる。

デフレから給料が上がらない、インフレになれば給料も上がるっていわれても、そんなもん絶対給料が上がる」よりも先に「ものの値段があがる」に決まってんじゃん、って思ってしまうし。

少し話はずれるのだが、自分子供の頃はまだまだ「公害問題」ってのがいろいろ言われていて、実家の近くのドブ川なんてひどいものだったし、隅田川東京湾も、今よりずっと汚かった。

このまま良くと、ますます公害がひどくなって、いずれ地球ますます大変なことになる、といっている大人がいっぱいいた。

たびたび「光化学スモッグ注意報がでているので、外で遊ばないでください」なんてことがあるもんだから子供達もなんとなくそ感情を共有していて、当時の子供たちが「ノストラダムスの大予言」で盛り上がって、1999年地球破滅するんじゃないかと恐れたのも、その辺の感情の発露だったんじゃないかな? と思ったりもする。

幸い、地球破滅することもなく、ミレニアム騒ぎからもうだいぶたつのだが、東京の海や川や空気は、昔に比べると驚くほどきれいになった。

公害のせいで「ますます大変なこと」になんて、ちっともならなかった。

なぜか、「少子化問題」と「デフレ」について騒いでいる人をみると、あのころ公害ガー」と青筋たてていた大人たちを思い出してしまったりしている。

2017-02-18

俺たちの好きだったラノベはもう終わってしまったのに

自分アインティティが崩れ去るのを恐れて、みんな衰退を認められずにいる。

たとえ市場規模が縮んでいなくたって、俺たちが好きだったあのころラノベとはもうすっかり様変わりしているのに。

なあ、ものわかりのイイふりしてラノベ流行を追い続けるのはいい加減終わりにしないか

書評家気どりはもう終わりにしよう。もう無理しなくたっていいんだ。

俺やお前らのようなラノベを語る連中は、いまのラノベ読者からはもう必要とされていないのだから

2017-02-08

http://anond.hatelabo.jp/20170208185930

めちゃめちゃ人気ありましたよね。ズンドコベロンチョ

あのころ家族テレビを観てることが多かったから、

大人から子供まで、ズンベロ、ズンベロと大はしゃぎだったわ。

懐かしいんねぇ・・・

2017-02-02

人生で一番楽しかった時期

早起きしてゲームして

大学行って勉強して

帰りにスーパー寄って飯作って食って

宿題と次の日の予習やって

友達ネトゲで遊んで8時くらいにはもう寝て

起きたらまたゲームして大学行く

休日は街に遊びにいく

 

そんな生活が最高に楽しかった

もう二度とあのころは帰ってこない

2017-01-24

キャプテン翼で夢を持った話

久しぶりにキャプテン翼を読んだ。

小学生のころの僕はこれに影響されてサッカーをはじめる訳なのだが、あのころ練習たらこういう技が出来るようになると本格的に思っていたことを思い出した。

オーバーヘッド練習をしては背中を痛めていた。

日向小次郎タイガーショットをしては、足首を痛めていた。

三角飛びをしようとした日には、擦り傷だらけだった。

サッカーボールは友達なので抱いて寝た。

バカだったなぁ。。w

2017-01-15

今年もセンター試験の時期ですが。

http://www.asahi.com/articles/ASK1H6G80K1HUTIL01Q.html

不正する受験生がこんなにもいるとか残念。

かくいう自分10年位まえに受験した。あのころスマホじゃなくてガラケー

電源は必ず切るように、と通達されたっけ。

英語リスニング聞き取りにくかったなー。

明日はたしか新聞問題でるよね?チャレンジしてみようかな。

2017-01-04

http://anond.hatelabo.jp/20170104170716

あのころからも変ってるからもう無理だよ

同じのを期待してるんだろうけど

2017-01-01

新しい年になっても辛気くさい気分のままだから、寝る前に浸りきって、朝が来たらより良い2017年のために頑張りたい。

そのために書いたクソポエムです。


2015年12月31日、私は自分アイドル絡みで涙を流す日が来るなんて思いもしなかった。純粋に、そこまでの思い入れがなかった。ないと思っていた。ましてやジャニーズアイドルなんて。

同級生女の子たちが楽しそうにジャニーズの話をしているのが理解できなかった。カッコイイと言うそ感覚が分からなかった。テレビきらきら歌い踊る彼らを見ても、彼女たちと同じ熱量で歓声を上げることなんてできそうもないという結論を下すほかなかった。

それでも、女子として学校生活を送る以上「好きなアイドルって誰?」という質問を避けては通れない。そんなとき、私は「SMAPとかかな」と曖昧に笑みを浮かべて答えた。

私は今、社会人1年生。留年なしのストレート。周りは「SMAPなんておっさんじゃん」と切って捨て、「変わってるね」と私のことを笑った。

中学1年のときには花より男子の2期目が放送され、みんな嵐に夢中だったし、デビューしたばかりだったHey! Say! JUNPや関ジャニ∞ファンの子もいた。ごくせんの影響でKAT-TUNが好きな子もいた。その4グループ以外にも、SMAPより後輩のグループなんてほかに沢山ある。

でも、私は「好きなアイドル」にSMAPしか挙げなかった。嵐のグループ名は認知していたし、花より男子は見ていたか松潤名前も知っていた。適当に嵐ファンの振りをすることも、いま思えばできた。

でもやっぱり、当時の私はSMAPが好きだと言っていた。あの子たちと同じ熱量できゃあきゃあ言ったりできないのに。

SMAP世界に一つだけの花が好きだった。オレンジ夜空ノムコウが好きだった。SHAKEも好きだった。がんばりましょうも。好きな歌が沢山あった。

母親スマスマをよく見ていた。母は自分世代だった近藤真彦が好きで、その後輩たちの動向も気になるらしかった。

世界に一つだけの花ダブルミリオンを達成したと知らせるラジオを母と一緒に聞きながら、小学生のころ、飛び跳ねて喜んだことがある。そのころの私は世界に一つだけの花が空で全部うたえた。

2016年、年明け早々に流れたSMAP解散報道を知ったのは、卒論を書き終えて自堕落昼過ぎまで惰眠を貪り、起き抜けに枕元のスマホを手に取ったベッドのなかだった。

嘘でしょ、と反射的に思った。SMAP解散報道は今まで何度もされて来たけれど、どれも誤報で、結局SMAP解散しなかった。だから今度だって誤報に決まってる、つまんない憶測でしょ、信憑性なんかない、と思った。

記事を読み進めていくうちに、今度はかなり深刻らしいと悟った。

気がついたら、涙が一筋こぼれていた。

驚いて、びっくりして、それからダブルミリオンの知らせを聞いたときの嬉しい気持ちを思いだした。

母親SMAP番組をよく見ていたから、SMAP総合司会をやった年の27時間テレビも、SMAPメンバー5人で旅行した5人旅も、見ていた。それぞれのメンバー個人でやっている番組も見ていた。

気がついたら、私は5人のことをけっこう知っていた。少なくとも中学生だったあの日苦し紛れに「SMAPが好き」と答えていたあのころより、ずっと沢山のことを知っていた。

最初は5人じゃなくて6人で、メンバーがひとり脱退しちゃってるとか。2回もメンバー逮捕されてるのに、解散してソロでやっていく判断はしなかったとか。

27時間テレビで見たライブときの顔、5人旅で見た意外な仲の良さ。

SMAPSMAPが好きって気持ち

いろんなことを知っていて、点と点を線で繋げられるまでに私は成長していた。昔は分からなかったことの意味が、頭のなかを巡っていた。

自分の部屋を走り出て、リビングにいた母と不安気持ち解散報道について話し合ったことを覚えている。

それから、例の謝罪があって、解散が決まって、署名が37万人以上も集まったり世界に一つだけの花トリプルミリオンを達成したり、スマスマが終わったり、8面も新聞広告が載ったりした。

私は不安や、よく分からない憤りや悲しみを抱えて、それを眺めていた。画面の向こうで、紙面を見つめて、いろんなことは言うけど、言うだけだった。

母親相談して、アルバムBlu-rayを買ったぐらいかな。やったことって。

年の瀬が迫るにつれて、どんどん心配になるのに、なんだからさら遅すぎる気がしていた。

さら、本当はちゃんと好きだったって気付いても、遅い。

ジャニーズなんて」みたいな気おくれも、私を笑う周りの声も、真面目に取り合わなきゃならないようなものじゃなかった。そんなものさっさと捨てればよかった。

ずっとそのままでいてくれるって、いつの間にか思い込んでいたから、多分あまえていた。

いなくなると知って初めて大切さに気付くなんて、やってる本人はドラマチックに浸れるかもしれないけど、やられた方は堪ったものじゃないことは、ずっと前から実地体験して骨身に染みてたはずなのに。

罪悪感が、今さら好きですなんてますます言えなくした。

2016年最後の日、初めてアイドルラジオを聞いた。SMAPの、中居さんのラジオ

終わったとき、泣いていた。涙が一筋じゃ済まなかった。ぼろぼろ泣いていた。

2016年が終わった。


27時間テレビノンストップライブの録画がまだ残っていたので昨日、改めて見た。格好いいな、と思った。思ってる。SMAPが好きです。

2016-12-31

高校教師31歳。教科は化学生物博士持ち。

2016/12/30に高校同級生3人と飲んできた。

前日の飲み会に比べて疲れたな。って感じたのは自宅で大学同級生と飲んだのと違って,

名古屋までJR使って足を延ばしたからかな。なんて考えながら帰ってきて,

夜中に酒による吐き気で起きた時に,気づいてしまたから書き残しておく。

高校同級生と合うのはたぶん5年ぶり。31歳。結構あっていなかった。

高校時代,とても仲が良かったし,5年前までは毎年のようにあっていたので自分でも今年誘われたとき

なんで5年も空いたのだろうか。と不思議だった。

メンバー医師,某ビール会社の開発(肩書き付),トヨタ完全子会社のなんか出世約束されたとこ。

世間的にみたらいわゆる受験戦争勝ち組医者以外は国立大(院)卒。

給料手取りで1千万とか,ちょっと足りないぐらいだとか言ってた。

今年は4,5回海外旅行いって,元旦からカンボジア旅行に行ってくる。とか,

結婚するから名古屋の高級住宅地に新しく家を借りた。とか,

新しい車を2回ほど買い換えた。とか,今の日本の景気状況と比べたら別世界のような話をしていた。

別にそれはいい。友達成功話,とても良い事。

でもなんか違和感があった。

アンコールワットには7年前に自分もいった。

石に刻まれ絵画歴史モチーフ。その壮大さに腰が抜けるかと思った。

シャムリアップの人々の生活は豊かではなかったが,良く笑っていた。

市場の人たちは観光地にも関わらず,

だまして売りつけるという空気感は無く,ラオスに通じるおおらかさを見た。

ベトナムホーチミン戦争博物館。すさまじい印象だった。

展示物を見た後に飯がのどを通らず,

うざい声かけしてくるおっさんタクシードライバーも,この戦争を乗り越えたんだと思ったら,

涙がでるかと思うぐらい,愛おしかった。

でも,そんな話は昨日の飲み会では通じなかった。

教科書に載ってた場所には一回行っておきたい。と彼は言った。

自分が行った時の話をさえぎり,俺もその場所旅行したことある。で,どこのホテルに泊まったの。と別の彼は言った。

でも,家のマットレスを40万の良いものに変えたらどこの高級ホテルでも寝られない。といって話は違うところへいった。

どこに行ったのか。何を食べたのか。どこに泊まったのか。そのホテルの格は何か。どんな女を買ったのか。

いくらつかったのか。

どんな贅沢をしたのか。

すべての話は結局そこに落ち着いた。

結婚式を挙げるホテルマリオット,ヒルトンウェスティン。どこが良いかな。

共働き夫婦から夕飯にいつも困って,こんな高いものを食べたよ。

かい4Kテレビを買って,見るものいかyoutubeスロット解説動画をみてるよ。

どうでも良いことで悩んでいるんだな。と思って聞いていた。

でも,さっき気づいた。この話はすべて品評会だったんだと。

俺は他の男と違ってこんな金のかけかたができる。

こんなにも裕福になった。贅沢ができる。で,お前はどうなの?そう聞かれていた。

できない嫉妬なのだろうか。いや,絶対に違う。それぞれはしたければできない贅沢ではない。全部は無理だけど。

彼らは自慢による他人比べでしか自分場所を測れないんだ。

自分を羨ましがってもらって,自分のしてきたことは正しいことなんだ。

自分経験値は間違っていないんだと正当化して欲しいだけなんだ。

そこに気づいたとき違和感があった。

東大で過ごした博士課程の3年間。とうぜん周りの人間東大生ばかり。

受験戦争結果論でいえば,昨日の同級生よりも勝ち組

でも博士課程に進学するだけあって,あまり,分かり易い欲が見えなかった。

でも,こんな経験がしたい。これが見たい。これが食べたい。これが知りたい。

そんな純粋自分欲求をみたすために,全員のベクトルは異なっていたが,貪欲だった。全力だった。

いわゆるマッドサイエンティスト的な雰囲気がそこにはあった。最高だった。

ベクトル自分と違うから見えにくいだけで,そこには確実に,なるべき自分をそれぞれに持っていた。

高校大学時代勉強しておいてよかった。と昨日の彼らは言っていた。

いや違う。君らは何も先人たちの英知を学べてはいない。

ただ,学歴を勝ち取って,そこを卒業し,資格を取り,お金という対価を比較的短い時間と交換できるようになっただけだ。

今,自分が何をしたくて,どう行動して,世界にとって必要ものは何か。何も考えていない。

君たちの言う学問とは何か。世間でいう勝ち組世間でいう高学歴とは,この人たちなのだろうか。

神を畏れることは知恵のはじめ。無知ものは知恵をも諭しをも侮る。

現勤務校にも,卒業高校にも,たまたまキリスト教高校なので,この一句が飾ってある。

勤務校ははっきり言えば底辺校教育困難校卒業高校はまぁまぁの進学校

勤務校における,卒業高校の評判は良くない。

それは進学に力をいれるばかりに,キリスト教教育を怠っているからだと宗教主任は語っていた。

それを聞いたとき,あぁ,そうですか。でもそれは勤務校の生徒がアホだからでしょ。って思ってた。

でもこの評判は,正しいのではないだろうか。

自分キリスト教徒でもない。若い時には宗教アレルギーも強かった。

はいえ,聖書に書いてある諭しや教えの多くも,学問を通じて,経験を通じて,失敗を通じて気づけていた。

から受験で使わない聖書の授業は,宗教の授業は,勤務校の生徒がアホだから「教えてあげなければならず」,

アホじゃなければ「自分で身に着けられる」と勝手に信じていた。自分で作った宗教にはまっていた。

でも恐らく違うんだと気づかされた。

昨日の3人はおそらく,知恵をも諭しをも侮る,無知もの。だと思う。勉強仕事もできるはずなのに。

さな自分価値観を,他人に羨んでもらうことでしか確認できないようになったのはいなのだろうか。

受験戦争が彼らをそうさせてしまったのだろうか。

卒業後の会社が,社会が,そうさせてしまったのだろうか。

たぶん違う。自分若い時,あっち側に近かった。

学部生の時に友人に「お前は資本主義権化だ」と言われた。その時は全く理解できなかった。

だって何か特別なこともしてないし,ものを買った覚えもなかったから。

仲が良かったということは,すくなくとも高校時代あのころは彼らも同じ価値観だったはずだ。

でも昨日の彼らは,いや,昨日の彼らも,資本主義権化だった。見ていて・聞いていて辛かった。

自分若いうちに言ってくれる友人ができて,師に会えて,幸せだったわけだ。

その後,学問の道にすすみ,お金はなかったし,挫折もしたけれど,

自分のやりたいことだけ,やりたい場所で,時間をつかえて自分を見直せてよかった。

大学で何を学んだのか。の差だと思う。教育はすごいと確信した。

ちゃんと書いておく,自分別にそんなにできた人間ではない。

5年間会っていなかった理由をこの文章を書きながら思い出してきた。

2011年に会ったとき東京計画停電自粛ムードどんよりしていた。

そんな中,居酒屋で彼は,原発は動かすべきだ。と言っていた。

でも原発はもう一度壊れるかもしれない。そこには自然があり,生き物がすんでいる。

自分は,人間だけの都合でその環境再生不可能な形に改変してはいけないと強く言っていた。

彼はそんな理由経済の再構築に劣ると言ったと記憶している。

あの時,少しの呆れと絶望を感じたので,昨日まで会っていなかったのだろう。

昨日の飲み会で生じた感情もおそらく同じだろう。自分にとって残念であった。

学ぶ時間は大切だと痛感した。彼らは良い師に巡り合えなかったのだろう。

良き友人らと朝まで色々な価値観のもと,議論できなかったのだろう。

ただ,もちろん,彼らの価値観が間違っているわけでは無いと思う。自分と相いれないだけ。

でも,仲の良かった友人たちが忌み嫌う価値観のど真ん中にいたことは自分にとって残念でならない。

人間は,もっと自然から歴史から,周りの人間から学んでいくべきであるし,そのために高等教育があるはず。

受験戦争に勝つことも,高いお給料をもらうことも,もちろん大切なことの一つであるが,それだけではない。

学問とは,大学とは,高校とは,教育のすべては本来そうあるはずだし,そうあるべきであろう。

良い就職先を探すため,資格を取るため。では絶対にない。

君らの心は貧しい。と言ってあげるべきだっただろうか。たぶん笑わるし,理解されない。

飲み会の席で今の感情に気づいていれば,あの時の自分は言っていたのだろうか。

30超えたおっさん説教しても変わらないのでしなかったと信じている。

熱く語って恥ずかしくなってもっと早く帰っていたかもしれない。たぶん,そうだっただろう。

なんだか教師としての道が見つかった気がする。

昨日までは教科教育に精一杯だったが,なんだかやりたいことが見つかった。

俺は東大出会った先輩,友人,後輩らを作りたい。

あの空間自分の生徒を送り込んでやりたい。一人でも多くの若者自分価値観の狭さを実感して欲しい。

別に東大じゃなくてもその空間はあるかもしれないが,自分があの空間経験したのが東大から仕方がない。

少なくとも一昨日まではその空間が維持されていると聞いているし。

それは私自身が生きやす世界のために必要手段であるあくまでも自分のため。

もうすぐ息子が起きてくる。

彼はどんな世界大人になるのだろうか。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん